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[29380] 【習作・短編集】アイアン・ステッチ2(長谷川千雨魔改造・ネギま)投稿。
Name: 弁蛇眠◆8f640188 ID:7255952a
Date: 2011/09/24 20:25
ここでは作者の短編を適当に投下するスレです。
今の所ネギましか無いですが。
感想頂けたら嬉しいです。
ちなみに作者は「千雨の世界」という泥沼多重クロスも書いてるので、よろしければ。

●更新履歴
2011/08/21 「ネギまのラブコメ」投稿。
2011/09/18 「アイアン・ステッチ(千雨魔改造)」投稿。
2011/09/20 「追憶の長谷川千雨」を三話分投稿。
2011/09/24 「アイアン・ステッチ2」投稿。

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■関連スレ
●千雨の世界(千雨魔改造・ネギま・多重クロス・熱血・百合成分)
泥沼多重クロス。

http:/
/www.mai-net.
net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=all&all=21114&n=0&count=1


●るいことめい(佐天魔改造・禁書×ネギま『千雨の世界』)
佐天涙子魔改造。2章の裏話みたいなヤツなんですが、千雨の世界進めるのに凍結中。

http:/
/www.mai-net.
net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=all&all=25216&n=0&count=1

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[29380] 【一発ネタ】ネギまのラブコメ(オリ主・ネギまSS)
Name: 弁蛇眠◆8f640188 ID:7255952a
Date: 2011/09/18 20:56
【一発ネタ】ネギまのラブコメ (オリ主・ネギまSS・雪広あやかヒロイン)

 主人公は麻帆良学園の男子高校生。
 ある日、市内で見かけた雪広あやかに恋をしてしまう。
 しかし、彼女の家は金持ちだった。
 主人公は格差社会に嘆きつつ、自らも金持ちになり、この恋を成就させる事を誓う。
 バイトをして貯めた金で海を渡った。行く先はアメリカ。
 アメリカには彼がいる。そう、あの有名な会社を築き上げた某・ゲイツだ。
 ビル・ゲイツの邸宅をどうにか突き止め、近くの林で息を潜め、主人公は待った。
 門が開き、出てくるゲイツ車。
 主人公は車の前に飛び出した。
 道路の真ん中にはアメフトボールが落ちていた。
 たまたま道路の真ん中でアメフトをしていた主人公がゲイツ車に跳ねられる。
 全ての非はゲイツにあった。なぜなら主人公はアメフトをしていただけだからだ。
 しかし、それは主人公の作戦であった。計画的当り屋アタック。
 法廷闘争にまで持ち込み、示談にまで持ち込み小金を手に入れる主人公。
 されとて当り屋としてはまだ始まったばかり。
 再びゲイツに戦いを挑もうとするも、ゲイツ車の周囲1キロは警備により封鎖されていた。
 主人公は警備外から一気に車に当たりにいかなくてはならなくなった。
 必然、主人公は自らの肉体改造に着手した。
 何にぶつかっても倒れない強靭な体を目指す。
 高たんぱく、低脂肪の食品をがっつき、一日30時間のトレーニングを課した。
 オーバーワークが限界を超え、体はボディービルダーの様に膨れ上がる。
 身長は170余りながら体重は200を越え、体脂肪率は5%を切った。
 綿密な筋肉を纏いつつ、それを小麦色の肌が覆っている。
 体は完成した、しかし……

「体が重い。そして遅い」

 筋肉を重視する余り、以前のスピードが無くなってしまった。
 これでは1キロも先の的へ、すばやくぶつかる事はできない。
 悲嘆にくれる主人公は、河を見つめたそがれる。
 そこでは少年達が石を川面に投げる姿があった。

「そうか、水切りッ!」

 天啓だった。
 水の上を走る特訓をすれば、以前以上の速さを身につけれるかもしれない。
 テレビで見たことのある、水面を走るトカゲの姿を思い出す。

「これだ!」

 グリーンバジリスクと同じポーズで走るものの、200キロの巨体は水に浮かばず沈むばかり。
 だが、主人公はあきらめなかった。
 数年の後、ついに浅い川の水面を走りきる事に成功する。
 涙を流しながら喜ぶ主人公。
 そして彼は水上を走り続ける姿は、YouTubeで世界中に配信され、連日マスコミに取材される様になる。
 もちろん日本テレビからも取材が来るが、楠田枝里子がいないまる見えに興味は無く、オファーはキャンセルした。
 時の人となった主人公だが、ふと思い出した事があった。

「なんてことだ」

 彼は浮かれるばかりで、当初の目的を忘れていた。
 そう、当り屋として車にぶつかる事だ。自らのプライドをかけた訓練を、いつの間にか忘れていたのだ。
 彼は決意する、悪を断罪し、自らの当り屋としてのプライドを世界に示す事を。
 修行期間にアイダホで出会った恋人のキャサリンと別れのキスをする。

「行くの? ジョージ」
「あぁ、行かなくては行けない」

 主人公の名前は佐藤譲治。普通の名前だった。

「どうしてそこまで当りにいくの!」
「そこに、車があるからだ」

 キャサリンはジョージの金が目当てだった。ジョージが小切手を渡したら、何も言わなくなった。
 ジョージの目指す先は太平洋の向こう、日本。
 日本の裏のボスとも言える某新聞社ネベツネの車がターゲットだ。
 しかし、彼の車にはICBMのボタンまで完備されているという徹底振りだ。
 だからこそ、ジョージはアメリカ西海岸をスタート地点に決めた。
 地球半周分にも等しい、太平洋を跨いだ当り屋アタックである。
 ジョージの筋肉はピクピクと動き、足裏が大地を掴んだ。
 多くの人間が太平洋の横断を目指す。だが、生身、ましてや自らの足でそこを越えた人間はいまい。
 ジョージは人の限界に挑戦しようとしていた。狙う頂は遠く、高い。
 ペロリと下唇を舐め、呼気を整える。

「大丈夫かジョージ」

 後ろで心配そうに言うのは、アイダホで知り合った小児科医のワトソンだ。真性のペドでジョージと気が合ったのだ。
 彼にはもしもの時のハードディスクの破壊を頼んでいる。

「あぁ、最高だぜワトソン。見てみろよ、この大腸の動きをさ」
「わからんよ」

 さすがのワトソンも、ジョージの内臓の調子を外見からは判断出来なかった。

「じゃあさ、直接触ってみるか?」
「――ッ! いいのか、ジョージ」

 ワトソンはゲイでもあった。ジョージの言葉をOKと受け止めたワトソンが、興奮のあまり服を脱ぎ出すと。

「ギャアアアア」
「わ、ワトソーン!」

 ワトソンの額が撃ち抜かれた。即死だ。
 ネベツネの雇ったスナイパーが、ジョージを殺そうとしたのだが、射線上にたまたま入ったワトソンに弾が当たったのだ。
 ワトソンの亡骸に崩れ落ちるジョージ、そこへロサンゼルス警察がやって来て、ジョージを逮捕する。

「俺は無実だ!」

 彼の言葉はむなしく響いた。
 ワトソン殺害だけでは無く、キャサリンへの婦女暴行の疑いもかけられた。

「あの人が無理やり……」

 涙ながらにかたるキャサリンに、陪審員達は同情した。ちなみにキャサリンは金を貰って嘘の証言をしたのだ。
 ジョージは実刑60年を言い渡され、刑務所へ収監される。
 刑務所は地獄だった。筋肉質だが弱気な彼は絶好のイジメの対象となっていた。
 しかし殴れば殴った方の拳が砕け、掘ろうとすると掘ろうとした方の竿が折れるという状況により、彼の周囲に人は近づかなくなった。
 孤独なジョージは脱走を決意する。刑務所に入って59年目の事だった。

「もう限界だ。俺は、俺は出るぞネベツネェェェ!」

 だが、もうネベツネは死んでいた。40年も前に。



 おしまい。



[29380] アイアン・ステッチ (長谷川千雨魔改造)
Name: 弁蛇眠◆8f640188 ID:7255952a
Date: 2011/09/24 20:24
アイアン・ステッチ(長谷川千雨魔改造)

「はぁぁぁ~」
 長谷川千雨は背中を書架に預けながら、深い溜息を吐いた。
 尻餅を突き、大股に開いた膝の間に顔を沈める。
 顔を上に向ければ、上空を飛びまくる光線の数々。それが薄暗いこの図書館島の奥底で、光を散乱させていた。
 耳朶を叩くのは衝撃音。
 光は物にぶつかると、激しい音と共に弾けるのだ。
「一体何なんだよ……」
 千雨は今、光線の嵐を、どうにか書架をバリケードにする事で防いでいた。幸い、図書館島のこのフロアには、本棚が溢れていた。
 天井を見上げれば、おそらく二十メートル以上、三・四階建ての建物ならすっぽり入ってしまいそうな広大な空間に、押し込む様に本棚が散乱している。
 千雨はその書架の森の中に、身を潜めていた。
 這いつくばりながら、本棚の端から光線の根源を見てみると――。
「ははははは、さぁどうです! 早く出てこないと、色々大変ですよ~」
 手から光線を放っている人影が、空中にプカプカと浮かんでいた。頭をすっぽり覆うフードに仮面、そして足元まで伸びるコート。奇妙な格好をした人間だった。
 自称「仮面の司書」らしい。景気良く手から光線を放っているが、どうにも当てる気があるのかすら分からない。むしろ台詞といい、どこかわざとらしかった。
「もう! 一体なんなのよ、あのカメンシショは!」
 千雨の隣で憤慨する声が上がった。
 背中まで伸びる赤い髪を、左右で束ねている。可愛らしい容姿の少女であり、十四歳である千雨よりも年下だ。
 だが恐ろしい事に、彼女こそが千雨のクラスの担任教師なのだ。
「なぁ、アーニャ先生。さっさと逃げない?」
「逃げる? 何言ってるのよチサメ! そんな事出来るわけないじゃない!」
 アーニャがガミガミとわめき出したので、千雨は耳を塞いだ。
 相変わらず頭上には光が飛び交っていた。
「本当に……どうしてこうなったんだか……」



     ◆



 思い出されるのは一ヶ月ほど前。二月の寒い時期
 新しい担任が来るとのお達しにより、クラスは賑わっていた。
 あれやこれやと様々な予想がされてたが、その多くが外れる形で新任教師はやって来た。
「アンナ・ユーリエウナ・ココロウァです。これから皆さんの担任をやらせて貰います。よろしくお願いします」
 練習したのだろう、ぎこちない挨拶ではあったが、イントネーションなどは流暢な日本語で挨拶をした。
 ペコリとお辞儀をすると、少女の長い髪が宙を舞った。
 アンナ――自称アーニャはなんと十一歳のイギリスから来た少女であり、なおかつ担任教師であるという。
 クラスは一気に騒がしなり、可愛らしい容姿のアーニャは揉みくちゃにされた。
 そんな中、長谷川千雨一人だけは、呆れた様に事態を見つめていた。
「いや、おかしいだろ」
 そんなツッコミも、誰に聞かれること無く虚空に消えた。
(まぁ今更か……)
 そう思いながら、千雨は視線を窓の外に向けた。彼女にとって理不尽などは慣れっこであり、自分に害さえ無ければいいのだ。
 話を聞けば、どうやら一ヶ月だけの研修という形らしい。それを聞けば少し納得する。このクラスは飛び級の天才児の実験台になっているのだろう、と邪推した。
 ともかく、千雨にすれば一ヶ月だけの我慢だった。幸い落第する程の成績では無い。副担任に源先生が入るらしいので、致命的な授業の遅延にはならないだろう。
 だが、千雨にとっての不幸はアーニャが単なる天才児では無く、彼女が魔法使いであったという点であった。
「え……」
「あ……」
 それは不幸な遭遇であった。
 人目を避けて校舎裏で本を読もうとしていた千雨と、人気の無いところで子猫の怪我を治そうと杖を振るったアーニャとかち合ったのだ。
 最初は何かごっこ遊びでもしてるのかと思ったが、アーニャの杖先から飛び出した光が、子猫の傷をみるみる治している光景に、千雨は目を見張った。
「……」
 一瞬の沈黙。
 アーニャが魔法を使っている所を見てしまった千雨は、見ないふりをして逃げ出した。逃げ出したといっても、結果的にはある理由で逃げられなかったのだが。
 自室に戻った千雨は、魔法の事を忘れるために、自らの趣味であるコスプレに精を出していた。
 寮の自室で、フラッシュをガンガンに効かせてアニメのコスプレ姿を撮影する。
「ちうだよ~!」
 甘ったるい声でポージングをする。ちなみに「ちう」とは、千雨ののネットアイドル時のハンドルネームだ。
 そんな至福の時、唐突なノックと共に自室のドアが開かれた。鍵が掛かってたはずなのだが、相手は合鍵を貰っていたのだ。
「え……」
「あ……」
 ドアから出てきたのはアーニャ。千雨とアーニャは再び硬直した。
 アーニャはどうやら職員寮で無く、女子寮に住むらしい。学園長曰く「同世代の者と一緒の方がいいじゃろう」と気を使ったらしい。確かに十一歳の少女が、一人異国の部屋に住むともなれば寂しかろう。
 だが女子寮には一人部屋が無く、必然アーニャは誰かと相部屋となる。そこで白羽の矢が立ったのは千雨だった。
 なにしろ千雨は二人部屋を一人部屋で使っていた。その理由も色々あるのだが、割愛する。
 何はともあれ、千雨とアーニャはルームメイトという関係になってしまった。
 着替えた千雨はアーニャと向かい合い、お互いの現状を一つ一つ話しあっていく。そこには件の魔法の事もあった。
 半信半疑な千雨だったが、アーニャが言うにはどうやら本物らしい。
 お互い落ち着いて話をすると、どうやら魔法は秘匿する必要があるとの事。一般人に魔法がバレると処罰があるらしいのだ。
「いや、じゃあ処罰されてこいよ」
 と千雨は言ったのだが。
「う、うるさいわね! いい、もし魔法の事バラしたら、この写真もバラ撒いてやるんだから!」
「あ、あーーーー! その写真は!」
 アーニャの手には千雨のコスプレ写真があった。先程の撮影時に、机の上に置いてあったプリントアウトした写真である。
 アーニャも千雨にとってコスプレが趣味であり、なおかつウィークポイントであるのを、早速察したらしい。
「わ、わかった! 魔法の事は忘れよう、うん」
「そ、そうよね。それが一番だわ。私もこの写真の事は忘れてあげる」
 そう言いながらも、ポケットに写真をしまうアーニャだった。
 こうして二人はお互いの秘密を握り合う、云わば共闘関係になったのである。



     ◆



 その後も千雨にとっては苦難続きであった。
 幾ら天才とはいえ、まだ子供。浅慮とも思える魔法の使い方をして、その度に千雨が尻拭いで奔走した。
 さらに悪い事に、尻拭いをする度に、千雨は魔法へと深入りしていってしまったのだ。
 千雨としては余計な事を聞きたくないのだが、同室であり魔法を知っているのもいい事に、アーニャはペラペラと余計な事を喋りまくったのだ。
「私ね、ここに魔法使いの修行として来たの」
「本当は大学出てないんだ。飛び級は本当よ、でも魔法学校の事ね」
「ここって認識阻害、って魔法がかかってるみたい。変なの」
「私の幼馴染のガキんちょがいるんだけどね、そいつも今修行中なのよ。しかも生意気に私より一歳年下なのに、二年も飛び級してるのよ、もう!」
「この麻帆良ってね、魔法協会の――」
「だぁぁぁぁあ、うるせぇぇぇぇ!!!」
 ってな感じで、千雨は一般人のラインの崖っぷちに立たされていたのだ。
 そしてアーニャの研修期間の終わりも近づき、残るイベントは期末テストという時期に事件が起きたのだ。
「クラスメイトが行方不明!?」
 何やらクラスでもバカで有名な一部の人間達が消えたらしい。千雨としては「どうせろくでも無い事企んでるんだろう」とか思ってた。何しろ消えた面子が面子だ、神楽坂やら長瀬など大人顔向けの身体能力であり、攫われるなどという事はありそうも無かった。
 それに色々話を聞いてると、図書館島の地下に向かったらしいタレコミが出てくる。
「生徒に何かあったのかも、行かなきゃ!」
 そう言いながら、アーニャは立ち上がって千雨の襟首を掴んだ。
「ちょ! おま! 何で私も連れていくんだよ!」
「何よ、チサメ! 私一人行かせる気!」
「当たり前だろ、私は一般人だぞ!」
 アーニャは話を聞かず、ズルズルと千雨を引っ張っていく。どうにか引き離そうとするものの、アーニャは体格の割りに力がすごいのだ。後で聞いた話によれば、どうやら肉体を魔力で強化してるとか何とか。
 とにかく色々あって、千雨は行方不明の生徒捜索のために、図書館島の地下まで連れて行かれたのだ。
 地下一階で見つけたのは、神楽坂の生徒手帳。それに益々確信を深めたアーニャは、千雨を抱えながら、本当の意味で脱兎の如く、図書館島を力の限り駆け抜けたのだ。
「ももももも、もっと、ゆゆゆゆゆゆっくりははは走れ!」
 肩に担がれた千雨は、ガクガクと絶え間ない震動に、喋る事すらままならない。
「え、何か言った?」
 対してアーニャは走る事に夢中で、千雨の事など気にしない。
 そんなこんなで、二人は巨大なアスレチックの様な図書館島を奥深くまでやって来たのだ。
 二人を出迎えたのは、空中に浮かぶ人影。自らを「仮面の司書」と呼ぶ、謎の人間だった。
「ふふふふふふふ、あなたの生徒は私が預かっています。返してほしければ、私を倒す事です」
 そんな事をのたまいつつ、仮面の司書は手から光線を放ったのだ。そして冒頭へと繋がる。


     ◆



 二人は相変わらず、書架を背に座り込んでいた。
「何なのよ、この魔法の矢の量は!」
 アーニャの言葉で、千雨はこの光線が魔法らしい事を知った。
「邪魔で近づけないじゃない!」
 アーニャは千雨の横でグチグチと文句を言い続けている。
 千雨はそんな中、どこか他人事といった感じで周囲を観察していた。
(あの魔法の矢だっけ、やっぱりなんかおかしいぞ)
 魔法の矢は壁や本棚にぶつかると、激しい音と光を放ったが、実際はそれだけだった。
 傷が無い――とまでは言わないが、せいぜい小さな傷がつくくらい。見た目よりもずっと威力が低そうだ。
(なんでこんな事してるんだ。あのわざとらしい台詞。確かアーニャ先生の目的って魔法使いの修行。もしかして――いや、考えるまい。これ以上首なんてつっこみたくないし)
 なんとなく仕掛けが分かった気がするが、千雨はそれを忘れようとする。
「こうなったらやるわよ千雨。私も嫌だけど、これしか無いわ」
「これって何だよ」
「仮契約(パクティオー)よ!」
「ぱ、ぱくてぃおー?」
 頭に疑問符を浮かべる千雨に対し、アーニャは簡単に説明する。
 要は魔法使いにとっての弱点となる詠唱をサポートするため、前衛となって守る人間と主従な契約をして、相互的に力を高めましょうよ、って事らしい。
 RPGゲームも嗜む千雨としては、おおよそ理解が出来た。
「つまりなんだ。私に戦士やらモンクやらみたいに戦えってーのか。無理! 絶対に無理!」
「それぐらい分かってるわよ。千雨の運動音痴っぷりは担任として知ってるわ。そうじゃなくて、ここで重要なのがあの魔法の矢なの」
 アーニャは頭上を指差す。未だに魔法の矢は途切れなく放たれ続けていた。
「私の得意技ってのはね、魔法を使った近接格闘なのよ。そうなると相手に近づかなきゃいけない。でもあれじゃ無理でしょ。だから――」
「だから?」
「チサメに囮になって貰おうかと」
 その瞬間、千雨はアーニャの頭を殴りつけた。
「ば、バカか! お前先生のくせに、何平気に生徒を囮にしようとしてるんだよ!」
「だってしょうがないでしょ! それに仮契約をするのはチサメを守るためなのよ!」
 話を聞くと、仮契約とやらをすれば魔力で体を守れるらしい。
「守るたって、それで私があの魔法の嵐の中を走れと。無理に決まってるだろう!」
「……でも、このままでどうすんのよ。これじゃあいつまで経っても終わらないじゃない。それにチサメ、今日見たい深夜あにめ、ってのがあるんでしょ」
「うっ……」
 千雨は言葉に詰まった。確かに今日、見たいアニメがあったのだ。ナイターの延長などで、放映時間が分からなかったため、予約録画もしていない。そう、早く帰って録画をせねば、今日のアニメを見損なう。
 千雨は意を決した。
「わ、わかったよ。その仮契約とやらする。『仮』って付いてるんだから、解除もできるんだろ」
「う、うん。そのはずよ、たぶん」
 アーニャはコクコクと頷きながら、ウェストポーチの中をガサガサと漁った。彼女のポーチの中には、魔法使いらしい気味の悪いものが沢山入っているのを、千雨は知っていた。
「あった!」
 アーニャが取り出したのは一本のチョークだった。
 チョークを持ったまま、魔法の矢に当たらないように背を低くしつつ立ち上がる。そして手に持ったチョークを地面に叩きつけた。
「おぉ!」
 千雨も思わず声を漏らした。
 アーニャの砕いたチョークは光を放ちながら、床に魔方陣を自動的に描いていく。円形の魔方陣はあっという間に書きあがり、淡い光が灯っていた。
「ほら、チサメ。入って」
「あぁ……」
 千雨は淡く光る魔方陣に、おそるおそるといった様に入った。
 そこで顔を赤らめたアーニャがコホンと一つ咳をする。
「えーと、じゃあ契約をするから。チサメ、目をつぶってて」
「ん? こうか?」
 アーニャの態度を訝しく思いつつ、千雨は目をつぶった。
「……」
 沈黙。アーニャからは魔法の詠唱も何も聞こえない。邪魔をするのも悪いと思い、千雨は目をつぶり続けてた。
 数秒ほど経った時、目の前の気配に動きがあり――。
「むぐっ!」
「~~~~~~~っ!」
 唇に感触。
 千雨は思わず目を開けば、アーニャの顔が目前にあった。
 千雨の唇と、アーニャの唇が重なっている。
 魔方陣の光がより強くなり、二人を包み込んだ。
「ぷ、ぷはぁ!」
 千雨はアーニャの体を跳ね除け、ぺっぺっと唾を吐いた。
「お、おいクソガキ! 何て事しやがるんだ!」
 さすがの千雨も顔を真っ赤にして起こっていた。
 対してアーニャも顔面を赤くして、涙目を浮かんでいた。
「な、何よ! 私だってファーストキスだったのよ! う、う~~~、幾ら自分で言ったからって、何で千雨にキスなんか……」
「それはこっちの台詞だ!」
 二人はおでこを突きつけあって唸りあってたが、やや冷静になれば馬鹿らしくなり、止めた。
「あぁ、もういいや。蚊に刺されたと思って忘れるよ」
「そうね、忘れましょ」
 そうして二人揃って溜息。
「ともかく、これでさっさと帰れるんだろ」
「うん、大丈夫。このアーニャに任せなさい!」
 アーニャはそう言いながら、手に何かカードを持っていた。
 カードの表面にはメガネをかけた千雨の姿が描かれている。それがどうやら仮契約の証の様だった。
「このカードを通して、チサメに魔力を送るわ。そうすればチサメも超人ばりの動きが出来るはずよ」
「へぇへぇ……」
 幾らおだてられても、千雨はこれから弾幕の嵐を走って、相手の攻撃を引き寄せねばならないのだ。気も重くなった。
 一応、魔法の矢がさほどの威力じゃない事も理解してたが、それでもあの中に入って行くのは気が引ける。
「いい、チサメ。あなたが飛び出した瞬間から魔力を送るから、そうしたら一心不乱に走ってね」
「あぁ、せいぜい頑張るさ」
 なにせアニメが掛かってるからな、とは言わない。
 アーニャと合図をし終わった後、千雨は書架の影から飛び出した。その姿が仮面の司書の射線上に入り、千雨に向けて魔法の矢が次々と放たれていく。
「契約執行15秒間! アーニャの従者『長谷川千雨』!」
 アーニャの詠唱と共に、千雨の体に熱いものが入ってきた。
 そして――。
「え? え? え? な、何だよこれぇぇぇぇ!」
 千雨が絶叫を上げて立ち止まってしまった。
 魔法の矢はすぐ近くまで迫っている。
「ちょ、何やってるのよ!」
 アーニャはそういうが、千雨は自らの左腕を、右手で押さえている。
「う、腕がぁぁぁ、腕が勝手に疼くんだぁぁぁぁぁ!」
「はぁ?」
 千雨がもじもじと体を捻りながら、必死に暴れる左腕を押さえようとしている。その姿は中学生特有の病気を発症した様な姿だった。
 そのまま左腕を押さえようと動いてたら、魔法の矢が千雨に直撃しそうになる。その時。
「うあぁぁぁぁぁぁぁl!」
 蠢いてた千雨の左腕、その手の平から細い光が飛び出した。魔力のレーザーともいえるそれは、直撃間近だった魔法の矢を破壊し、そのまま仮面の司書へと突き刺さる。
「へ?」
 手からレーザーが出たおかげで、どこかスッキリとした千雨は、もじもじと体を動かすのをやめていた。
 仮面の司書の顔面にレーザーがあたり、その仮面を破壊するのを、呆然と見ていた。
 仮面が割れた途端、仮面の使者は「あ~れ~」と言いながら落ちていく。負けっぷりまでわざとらしかったのだが――。
「や、やったぁ! チサメ、私達の勝利よ! さすが私達ね!」
「え、これって勝ったの?」
 アーニャには充分だったらしい。
 なんだか意味が分からなく、千雨はただただ呆然とするばかりだった。
 仮面の司書は「彼女らが監禁されているのは、そこの角を曲がった所にある階段の先です。ちなみに途中に鍵も置いてあります。ぐあ~」とか、説明台詞を吐きながら消えていった。
 その後、仮面の司書の通りの場所に向かうと、南国ビーチの様な場所に辿り着き、そこで勉強している行方不明者達を見つけ、一緒に地上へ出る事となった。



     ◆



「なるほどね」
 女子寮の部屋に戻った千雨は、即座にアニメの予約をして一息入れた。
 そこへ、学園長などに連絡し終わったアーニャが戻ってきて、なぜか千雨の身体検査をする事になったのだ。
「なにが「なるほど」なんだよ」
「決まってるでしょ。例のレーザーよ、レーザー」
 千雨ももちろん覚えている。数時間前に、自分の手の平から放たれた、不思議な光線。今は暫定的に『レーザー』と呼んでいた。
「でね、今千雨の体をザっと見て、その正体が分かったの」
「え、分かったのか」
「うん。なにせ私だからね~」
 フフン、と偉そうにアーニャは鼻息を荒くした。
「はいはい、天才乙。んで、どうしてなんだよ」
「ふふふ、教えてあげるわ。ずばりチサメ、あなたの体は――」
 千雨は多少緊張した。
「魔力経路が細いのよ! それも洒落にならないくらい!」
「ふーん……」
 良く分からなかったので、千雨のテンションは一気に落ちた。
「え、もっと驚きなさいよ!」
「いや、驚けつっても、意味分からないし……」
 そこでアーニャは図を書いたりしながら、色々と説明し出した。
 要点を言えば、魔力を体に通す経路、つまり魔力にとっての血管の様なものが、千雨は極端に細いのだという。
 そして、そんな中にアーニャの潤沢な魔力が注ぎ込まれてしまい、本来なら千雨の魔力経路はズタズタになるはずだったらしい。
「こ、恐いこというな!」
「いや、ほら。チサメ、あの時もじもじしてたでしょ。たぶんあれ、魔力が注ぎ込まれて、体中の経路に負担が掛かってたのよ」
 だが、なぜか持ちこたえてしまった千雨の魔力経路は、どうにかアーニャの魔力を押さえ込んだらしいが、おかげでとんでもない密度に魔力が圧縮されたという。
「そう、私不思議に思ったのよね。あれだけの威力がありながらも、魔法っぽく無いんだもん。あのレーザーって、恐らく密度の高い魔力を、そのまま放り投げただけよ」
 圧縮された魔力が、千雨の左腕に集まり、最終的には手の平から発射される。それが一連のプロセスの様だった。
「チサメ、確か左利きでしょ。だから左手から発射されたんだと思う。魔法って手の平から出すことが多いのは、普通に生活していく上で手を使う機会が多いからなの。そうすると自然に手の平、特に利き腕側に魔力経路の出口が出来上がっちゃうの」
 アーニャの長々とした解説を聞き、千雨は今日何度目になるか分からない溜息を吐く。
「リアル邪気眼かよ……」
「ジャキガン? 何それ」
 アーニャはさっぱり分からないという表情をしていた。
「でもチサメってレアね~。驚くべき魔力の少なさよ」
「私ってそんなに少ないのか?」
「うーん、正直あんまり気にしてなかったんだけど、改めて見るととんでもなく少ないわよ。一般人を10とすると、チサメは1くらい。私は大体200の前後って所かしら」
 余りの少なさに、千雨は唖然とする。
「普通はね、少ないっていっても5~6前後あるのは当たり前なの。なにせ生物には多かれ少なかれ魔力ってのが必要だから。でも1前後ってのは前代未聞かもね。ある意味すごい才能よ。絶対に魔法使いになれないわ」
「なりたかねーよ!」
 馬鹿にされている様で、千雨は悪態をついた。
「うーんでも、これで千雨が認識阻害にかかり難いのも分かったかも。体内にある魔力って、多かれ少なかれ魔法の行使に影響があるのよ。千雨が認識阻害にかかり難いのは、魔力が少なすぎるからね」
 そんな事をアーニャは得意気にいってたが、千雨は心底どうでも良かった。
 ただ、ほんの少し、ほんの少しだけ憧れていた『リアル魔法少女』の道が完全に閉ざされた事だけを知った。



     ◆



「あとこれ渡しておくわね」
「あ、これって例のカード」
 アーニャに渡されたのは一枚のカード。カードは二枚あり、マスター用と従者用らしい。
 そしてこのカードがあれば、お互い念話とやらが出来るとの事。
「電話代がかからない携帯電話か。ネットは出来ないのか?」
「出来るわけないでしょ!」
 更に、このカードを使って『アデアット』と言えば、なんと魔法の道具『アーティファクト』という物が出るとの事。
「おぉ! すげぇじゃん!」
 千雨もちょっとわくわくし出した。
「よし、『アデアット』!」
 ポワン、という音と共に、カードが姿を変えた。
 現れたのは、フチ無しのメガネだった。
「え……メガネ?」
 千雨はメガネといえど、なんかすごい能力があるのじゃないかと、色々見たが、やはりメガネにしか見えない。
 もう一枚のカードの表記を色々見ていたアーニャが突如噴出した。
「ぷっ! プハハハハハ! チサメ、さすがね」
 アーニャはベッドに倒れながら、お腹を抱えて笑っている。
「お、おい! 一体何がおかしいんだよ!」
「ぷふふふ、そのアーティファクトの名前はね『悠久で健やかなる眼鏡(がんきょう)』っていうの」
「おぉぉ、なんか凄そうな名前だな」
 アーニャは目尻に溜めた涙を指ですくいながら、説明を続ける。
「まず、そのメガネをかけた後、右耳の上辺りのフレームを擦ってみて」
 千雨はいそいそとメガネをかけて、アーニャの言うとおりにした。
「おぉぉぉ、すげーー! ズームになるぞ!」
「で、あと左耳の上を擦れば元に戻るわ」
「おぉぉぉ、本当だ! ……で?」
 千雨は先を促した。
「えーとね、確か、フレームから溢れる魔力で、首元の筋肉やら肩をほぐす効果があって、首コリ肩コリにならないらしいわ」
「おぉ、それもすごいな! ……で?」
「うん、それだけ」
 千雨はそのまま地面に突っ伏した。
「ちょ、ちょっと待てよ! アーティファクトとか言うからさ、なんかすげーの想像したら、単なる健康メガネじゃねーか!」
 千雨はアーニャににじり寄って文句を言う。
「だって仕方ないでしょ。仮契約なんてほとんどノーリスクなのよ。それなのにすごいアーティファクトなんて出るわけないじゃない」
「う……」
 千雨とてこのメガネをタダで貰ったのだ。確かに文句を言う筋合いは無いかもしれない。
 ちなみにメガネのズームの倍率は、三世代くらい前のデジカメレベルである。
「そのアーティファクトも、魔法の教科書に出てくる代表的なアーティファクトよ。大体仮契約って、ノーリスクな上に、制約もほとんど無いのよ。だから一人で十人と契約なんて事が簡単に出来ちゃうの。そんな中ですんごいアーティファクトが容易に出てきたら大変でしょ。悪いやつが使えば、インスタントで兵士が沢山作れちゃうじゃない」
 千雨としても、それには納得が出来た。
 アーニャが言うには、仮に十人のグループがあり、十人が片っ端から仮契約を結んでいけば、グループ内で各自九個ものアーティファクトが貰える計算になる。そして、その九個の中に一つでもすごいアーティファクトがあれば、様々な悪い事が出来るだろう、と。何より仮契約は「誰でも出来る」のだ。もちろん、魔法使いが一人でもいればの話だが。まさに無尽蔵に兵器を量産出来るといっても過言じゃない。
「わけわかんねぇな、ファンタジーは」
「まぁそんなわけで制限かけられてるのよ。ある程度の実力者がやらないと、ロクなの出てこないわよ。一応、主従の資質なんかも関係あるらしいけど、チサメじゃあねぇ~」
 ニヒヒ、と笑うアーニャ。
「いや、主従って言ったらお前も含まれてるだろう」
「う……」
 お互い固まる。
 そして――。
「ネットでもやるか……」
「私お風呂はーいろ」
 千雨はパソコンに向かい、起動ボタンを押す。対してアーニャはお風呂セットを持って部屋から出た。部屋にも備え付けのシャワーがあるが、アーニャは最近大浴場がお気に入りだった。
 二人ともアーティファクトは気にしない事にした様だ。
 しかし、千雨はふとアーティファクトのメガネを持ち上げると、手の平に置いてじっと見つめた。
「へへ、でも魔法の道具か~」
 ニヘラ、と笑う。どうやらなんだかんだ言いつつ、アーティファクトは嬉しかったようだ。
 だが、千雨は知らない。
 自分が一般人の崖っぷちから一歩を踏み出してしまった事を。
 新学年になってもアーニャが本当の担任になり、麻帆良にいる事を。
 春先に、吸血鬼エヴァンジェリンが自らの呪いからの開放を賭けて、麻帆良に存在する魔法使い全員に果たし状を送りつけた戦い『大停電バトルロワイヤル』に巻き込まれる事を。
 一学期の中盤に修学旅行で京都に行き、旅館の風呂でアーニャが間違って持ってきた惚れ薬をかぶり、クラス全員と仮契約するはめになる『長谷川ジゴロ事件』を巻き起こす事を。
 そして、京都で鬼神リョウメンスクナノカミが現れ、それに対抗するために奈良の大仏の封印を解き、京都全域を炎上させる『大仏VS鬼神、京都炎上事件』の中心にいる事を。
 一学期終盤の文化祭で、未来人超鈴音の計画に巻き込まれ、鬼神の呪いにより、アーニャと二人で幕末の京都にタイムスリップする事を。
 そこで明治維新の手伝いをしつつ、炎上する京都で再び鬼神と対峙する事を。
 長谷川千雨はこの時点でまったく知らなかったのだ。



 つづかない。





あとがき

 「千雨の世界」の合間に書いてみた、千雨魔改造です。
 邪気眼兼サイコガンで魔改造です。ヒュー。
 もちろん続きません。
 感想をひっそりと待ってます。



[29380] アイアン・ステッチ2~長谷川ジゴロ事件~
Name: 弁蛇眠◆8f640188 ID:7255952a
Date: 2011/09/24 20:34
アイアン・ステッチ2~長谷川ジゴロ事件~



「お風呂~、お風呂~」
 京都の旅館の一室。千雨の背後では嬉々としてお風呂の準備をするアーニャの姿があった。
「呑気だよなぁ~、アーニャ先生は。あんな事があったのにさ。……まぁ、私には関係無いか」
 千雨もお風呂の準備をしながら、今日の出来事を思い返した。
 四月某日。
 千雨達のクラスは無事三学年に進級し、修学旅行のため京都に来ていた。
 本来なら和気あいあいと進むはずの旅行であったが、京都に着いた途端、謎の女性『天ヶ崎千草』に一方的な宣戦布告を受けてしまう。
 京都駅に着いて観光バスに乗り換える間、3-Aのクラスの前に現れた天ヶ崎千草なる女性は、クラスメイトの桜咲刹那に対し「木乃香お嬢様は我々が頂く、返して欲しくばお前が来い」などという謎の宣告をするのだった。
 その後、突如京都駅に現れた大量のちっちゃい妖怪の数々に、クラスメイト含む多くの人々が混乱した。
 その混乱している間に行なわれた近衛木乃香を巡る攻防を、千雨は他人事の様に眺めていた。
 多くのクラスメイトは、足元に現れた低級妖怪なるものに「きゃー!」とか「わー!」とか言いながら、半笑い半泣きといった感じで慌てふためくばかりだった。
 そんな中、千雨は大したもので、足元にまとわり付く妖怪を、足裏で踏み潰し、蹴り倒し、まるでハエでも叩き潰すかの様に見事に追っ払った。
 千雨とて、つい数週間前にあった激動の『大停電バトルロワイヤル』を生き残ったくちだ。神経は図太く成長していた。
 ちなみにあの夜、絡繰茶々丸の攻撃を肛門で受けてしまったガンドルフィーニ先生は、未だ入院中だそうだ。傷自体は魔法で治療されたものの、PTSDを発症したとか何とか。
 そんなこんながありつつ、3-Aの武闘派の面々に追い返された天ヶ崎千草だったが、その後も彼女の妨害と思わしき所業は続く事になる。
 能天気な3-Aの面々は天ヶ崎の所業を頭の隅に追いやりつつ、軽快にバスに乗って京都の観光名所へと出向いた。その先々でもやはり色々とあったのだが割愛。
 夕方、千雨達はクタクタになり旅館に辿り着いたのだ。
 その後、夕食で日本旅館お決まりの和膳に舌鼓を打った。
 そして、現在は丁度部屋で一休みをし、入浴の順番待ちをしている所だった。
 ちなみにアーニャはこれまた千雨達との同室であった。相変わらずのいい加減ぶりである。
「これと、これと、あとこれでしょー」
 フンフンと、鼻歌混じりにアーニャは風呂の準備をしている。
 アーニャはわざわざ持ってきたマイ洗面器に、色々なボトルを入れていた。同室の千雨はそのボトル類が、アーニャ自作の魔法薬なのを知っている。
 寮の自室には、千雨の撮影器具だけでは無く、最近はアーニャの実験器具まで置くようになっていた。薬やら何やらを自作するのは、アーニャの趣味らしい。
 千雨もアーニャの作った魔法シャンプーを使わせて貰った事あるが、使った時の余りの効果に驚いたのは記憶に新しい。風呂上りの髪はツヤッツヤになり、翌朝にもキューティクルが消えない程であった。
 まさに『魔法』。
 千雨としては魔法の有用性をやっと実感したのが、この魔法シャンプーだったりする。
 そんな事を思いつつアーニャを見てると、洗面器にいつも持ち歩いているポーチも入れ始めた。
「おいおい先生。そのポーチまで持ってくのかよ。大事なもんなんだろ、濡らすぞ」
 ポーチの中に色々なマジックアイテムが入っているのを千雨は知っていた。されど、今部屋には魔法を知らない雪広あやかを含む数人が一緒にいる。「魔法」とはさすがに口に出さなかった。
「ふふーん、心配無用よチサメ。これね、完全防水なの。すごいでしょ」
 中には様々な香油なども入ってるらしい。
 おそらく魔法による何かしらの措置が為されてるのだろう。自慢げなアーニャだが、千雨からすればそこらへんで売ってるビニールポーチ程度にしか思えなかった。
「それは凄いな、うん」
「でしょ、でしょー!」
 その時、部屋の入り口に女性が立った。クラスの副担任の源だ。
「アーニャ先生。A組の入浴の時間になったみたいですよ。クラスの皆に知らせてきてください」
「はーい、源先生!」
 アーニャは洗面器を持ったまま、パタパタと走り出した。彼女はどうやら、日本に来てから大きなお風呂が気に入ったらしく、今回の旅行も旅館のお風呂を楽しみにしていたようなのだ。
 他のクラスメイトに知らせるべく部屋を飛び出したアーニャを、同室の面々は暖かな視線で見つめていた。
「まぁまぁ、アーニャ先生それほどお風呂が楽しみでしたのね」
 などと千雨の後ろで委員長のあやかが喋っていた。
 千雨も風呂は嫌いでは無いが、そこまで楽しみなものでは無い。むしろクラスメイトと一緒に入るとなると、少し気が引けた。
 だが、さすがに入らないわけにもいかないので、着替えやタオルを持ち、千雨も立ち上がった。



     ◆



「うわー、おっ風呂ー!」
 脱衣所からいち早く抜け出したのは鳴滝姉妹……とアーニャだった。先生なのに、生徒と混じって飛び跳ねながら浴場に突入している。
「おいおい、誰か止めろよ」
 千雨の呟きに対し、幾人かの視線が千雨に返された。
 「それはお前の仕事だろ」と暗に言っているのだ。なんだかんだで、千雨のクラス内では「アーニャ先生の保護者」という認識をされていた。
 実際の所、アーニャにコスプレ写真を握られ、嫌々世話を焼いていたのだが、多くの面々は子供先生を甲斐甲斐しく世話する少女に見えたらしい。
 湯船に浸かる前に軽く体を洗う。アーニャも女子寮で日本式の風呂の入り方を学んでいたので、同じように体を洗っていた。
 そしてとっぷりと湯船に浸かる。
「ふひゃ~、染みる~」
 あご先まで湯に浸かったアーニャが、とろける様な声を出した。
「なんか親父くさいよな、アーニャ先生って」
 対して千雨は肩までお湯に浸からず、浴槽の淵に腕を出していた。
「あ、そうだチサメ! 頭洗ってあげようか!」
「えぇ、いいよ。つか、なんで私がアーニャ先生に洗って貰わなきゃいけないんだよ」
「今回ね、新作のシャンプー作ってきたんだ! チサメの髪で試してみたいの」
「うげぇ、実験台かよ。ご免だね」
 苦虫を噛み潰した様な表情で、千雨はプイと顔を背けた。
「むふふ、チサメだって私のシャンプー褒めてたでしょ。今度のはピッカピカでツヤツヤでテカテカになるよ!」
「ピッカピカでツヤツヤでテカテカ……」
 アーニャの売り文句に、千雨は少し反応する。
「そそ、ほらチサメ、上がって上がって」
 アーニャは千雨の肩を掴み、湯船から出そうとする。
「い、いや~、しょ、しょうがねぇな。そこまで言うなら」
 千雨も口では仕方ないといった風だが、興味深々の様だ。
 アーニャに促され、シャワーの前に座らされる。アーニャは持ってきたマイ洗面器を持ち出し、何やらボトルをゴソゴソと漁り出した。
「あ、あった! よーし、じゃあ行くわよ~」
 千雨の髪を濡らし、アーニャは自作のシャンプーをドボドボとかける。そして髪をゴシゴシと洗い出した。
「あぁ~、いい感じだぜ、先生」
 千雨は目を瞑って、頭を洗ってもらう感触に身をゆだねた。チラリと薄目を開ければ、目の前の鏡越しに、千雨の背後で一生懸命頭を洗っているアーニャが見えた。
(こういうのも悪くは無いよな)
 何か妹が出来た様な感覚に、千雨は少し嬉しくなった。
 一通り髪を洗い終わり、お湯で流すと、千雨の髪はいつも異常にツヤツヤになっていた。
「おぉ、すごいじゃん」
「でしょー!」
 素直に褒めれば、アーニャはニコニコと笑った。
「なんや、アーニャ先生。これって先生の自作なん?」
 千雨の隣で体を洗ってた近衛木乃香が、興味深そうに聞いてきた。
「そうよコノカ。メイド・バイ・アーニャの自信作なの。使ってみる?」
「えぇんか?」
「うん、いいわよ。まだそこそこ量はあるし」
「ほな、ちょっと使ってみるわ~」
 木乃香はアーニャに渡されたシャンプーで髪を洗い始めた。
「あ、そういえばあと仕上げがあったわね」
 今度は自作のトリートメントを出して、千雨の髪にかけようとするが……。
「あっ!」
 アーニャの「しまった」と言わんばかりの声が上がる。
 手に持った小さなボトルは、奇妙な色の液体をトプトプと千雨の髪に垂らしていた。
「ちょ! な、何だよその反応! 何を私の髪にかけたんだよ」
「だだ大丈夫よチサメ。うん、ほんの少し髪の色が変わる液体だから。すぐに中和液出すから!」
「ちゅ、中和って何だよ!」
 アーニャはゴソゴソとポーチを漁るが、なかなか目当てのものが見つからないらしい。
 苛立った千雨は背後を振り返った。
「えーと、これでも無い! これでも無い!」
「ちょっと、アーニャ先――」
 ポーチから取り出した幾つもの小瓶。その一つがアーニャの手を滑り、空中で蓋が開いてしまう。千雨はその小瓶に収まった液体を顔で浴びてしまう。
「――うわっぷ! ペッ、何だこれ、苦い!」
「う――」
 ころころと足元を転がる小瓶を見て、アーニャは固まった。瓶にはラテン語で『惚れ薬』と書かれていた。
 これはアーニャが以前試しに作った試薬品だ。
 もちろん人間用では無い。魔法生物の家畜の繁殖用に使われる薬であり、アーニャがかつて飼っていた使い魔を交配させるために使用した残りでもある。
 本来人間には無害なものだった。例え服用しても、異性に対してわずかに好感が上がりやすい程度のものだ。
 だが、この惚れ薬を飲み込んでしまったのは千雨である。
 魔力経路が極端に細い千雨は、効力の薄い魔法薬でさえ、体内でとんでもなく凝縮してしまった。本来異性にしか影響を与えないはずの効果を、同性に与えるほどに。
 その時間僅かに五秒。
 数千倍に圧縮された惚れ薬は、千雨の体からフェロモンとして体外に排出された。
「けほっけほっ! うぇぇ気持ち悪い。おい、アーニャ先生、こ――」
 アーニャがズイっと顔を寄せてきた。頬は紅潮し、瞳は潤んでいる。
「チサメ! 私と仮契約して!」
「ちょ、お前何言ってるんだよ!」
 千雨がキョロキョロと周囲を見渡せば、クラスメイトのほとんどがボーっとした顔でこちらを向いていた。千雨は顔をアーニャの耳元に近づけた。
「おい、何いきなり言ってるんだよ。ここは人目があるんだぞ、魔法に関する事を言うなよ。それに仮契約はとっくにしただろ」
 千雨はアーニャの耳元でボソボソと呟く。対してアーニャは耳元に当たる千雨の吐息に、頬の赤味を強くした。
「……あっ。ち、違うの、私はマスターじゃなくて、チサメの従者になりたいの! 全部チサメのものになりたいの!」
「はっ、はぁぁぁぁぁぁ?」
 アーニャが急に大声でわめき出した。その行動に千雨は驚き、目を見開いた。
「ほらチサメ! 来て!」
「うわ、何すんだ、離せ!」
 アーニャの怪力で、千雨は洗い場の中央までズルズルと連れて行かれてしまう。その間、クラスメイトは無言で千雨を見つめていた。
 アーニャはそこで持ち歩いていたポーチから、仮契約用のチョークを取り出した。
「えい!」
 前回と同じくチョークを床に叩きつけ、仮契約用の魔方陣を作る。そして千雨を主として設定した。
 千雨も逃げ出そうとするものの、その四肢をクラスメイトに押さえられた。
「え?」
 右手を見れば、同じ班の那波千鶴がいた。
「長谷川さんの手。良く見れば綺麗ねぇ……」
 千鶴は千雨の手の指一本一本を艶かしく触った。くすぐったい感触に、千雨は声を上げようとするが――。
「ひぐ!」
 左の太ももに違和感。
 今度は木乃香が千雨の太ももに頬擦りしていた。
「千雨ちゃんの肌、気持ちええわぁ~」
 それだけでは無かった。
「千雨ちゃんの髪可愛い」
「長谷川殿の体、引き締まってるでゴザルなぁ」
「長谷川の事見てると、頭がボーッとなるアルよ」
 クラスメイトがぞろぞろと千雨の周りに集まっていた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待てぇぇぇ! お前ら頭沸いてるのか! 助けろ、私を助けろよ!」
 千雨は騒ぐが、周りの誰もが相手をしない。それどころか――。
「おい、アーニャ先生――ムグ」
 アーニャが千雨に覆い被さり、口付けをした。魔方陣が輝き、空中にカードが現れる。
 今度は主従逆転した形で、アーニャとの仮契約が成された。
 しかし前回とは違い、口付けは長い。アーニャの舌が千雨の口内を弄り、千雨は半泣きで目を見開いていた。
 ちなみに仮契約とは、仮契約用の魔方陣で精霊によって呪的ラインを構築する作業である。
 その際、仮契約用の精霊は唇による粘膜接触により、ラインの構築の合否を決めているのだ。
 だが、唇同士の接触で無くでも、不完全な形での契約は出来た。その場合は正式な仮契約のカード、『パクティオーカード』は現れず、通称『スカカード』というものが現れた。
 何が言いたいのかと言うと、アーニャとのキスの間、千雨の肌に唇を付けているクラスメイトにより、空中にはひっきり無しにスカカードが現れていた。
 アーニャは満足したのか、唇を離した。二人の間には唾液の糸が引いていた。
 疲れたのか、そのまま千雨に伸し掛かるようにアーニャは倒れて、気を失った。
「おぉぉい! 何寝てるんだクソガキ! いい加減目を覚まして私を――」
「……」
 今度はどこか口数の少ないザジ・レイニーデイが、アーニャを押しのけて千雨に口付けをしてきた。
「――――ッ!!」
 千雨は声無き悲鳴を上げる。
 頭上にまたパクティオーカードが現れた。
 ザジも数秒経つと満足したのか、倒れてしまう。
 どうにも濃縮した惚れ薬が千雨との粘膜接触を通して直接体内に流れ込み、その刺激の強さゆえ失神してしまう様だった。
 この時の千雨は、もちろんそこまで分からない。だが、周囲のゾンビの様な群れが、自分の唇により倒せる事が分かってしまった。
(これってやっぱりさっきの液体の効果なのか? それに……おいおい、嘘だろ……これしか方法無いのかよ)
 見れば、長瀬楓も龍宮真名も桜咲刹那も大河内アキラも、千雨に縋りつこうと這い寄ってきてる。
 どれもがクラス内で超人と恐れられている生徒である。
 彼女らを千雨が自力で撃退出来るとは思えない。それに逃げられるとも思えなかった。
 ならば、やる事は一つだった。
「ち、ちくしょー、お、覚えてろよぉ!」
 千雨は覚悟を決める。
 その後、浴場からは嬌声が響き続けた。
 旅館の女中も、修学旅行生がうるさいのはいつもの事、と特に気にしなかった。



     ◆



 三十分後。
 そろそろ次のクラスが入浴のためにやって来るだろう時間に、浴場の引き戸が開かれた。
 そこから出てきたのは全裸の千雨だ。
 ふらふらとしながら、壁にもたれる様にして立っている。
 見れば普段は白いはずの肌が、真っ赤なまだら模様になっていた。白が三、赤が七という割合である。
 千雨は無言のまま、脱衣所に置いておいた浴衣に着替え、浴場を後にした。
 ちなみに浴場には千雨を除く3-Aのクラスメイトと、アーニャが全裸で倒れていた。そして、その横にはカードの山が出来上がっていた。
 パクティオーカード42枚。(うち、ダブリ15枚)
 スカカード921枚。
 それが本日の長谷川千雨の戦果であった。大戦果である。
 千雨は出来るだけ先程の出来事を思い出さないように、自室まで歩いた。
「あら、長谷川さん。他のクラスメイトはどうしたの?」
 副担任の源が千雨に話しかけてくる。
「……みんなまだ風呂じゃないですかね」
 千雨は素っ気無く返した。そのまま自室に入っていってしまう。
 源はキョトンとしながら、千雨の反応に首を傾げた。
 自室に戻った千雨は、押入れにあった布団を引きずり出し、一人で布団に入ってしまう。
 そして布団の中で唸り声を上げた。
「あ~~~~~ッッ!」
 ゴロゴロと布団で転がり、目尻に涙を溜め、その後疲れたのか寝入ってしまう。
 次の日、千雨は意外とあっけらかんとしていた。自分の痛い過去をうまく処理する、千雨の処世術でもあった。
 ちなみにアーニャの風呂の経緯を説明した所、アーニャからの謝辞があったりした。その時教えて貰ったのが、惚れ薬による記憶の混乱であった。おそらくあの薬の効果のあった人達は、薬が効いていた時の記憶が無いだろうという説明である。なにせアーニャも昨日の事はうろ覚えらしい。なんとも都合の良い効果だなー、とか千雨は思った。
 だが千雨は知らなかった。
 アーニャが髪にかけた薬の効果で、数日後に千雨の髪の色が緑になり、「なんだ、この間違ったキャラデザ変更した様な髪の色は!」と嘆くことになる事を。
 クラスメイト内で、おぼろげに風呂の記憶が残った人々により、千雨のファンクラブが立ち上がる事を。
 アーニャが『アフラマズダー様がみてる』なるライトノベルに手を出し、千雨の事を『お姉さま』と呼び始める事を。
 実は桜咲刹那が鳥人のハーフであり、なおかつ背中の羽の封印を解くと、股間からおにゃんにゃんが生えてくる両性具有である事を。
 更に天ヶ崎千草が、ショタコンであり、幼少の時から刹那に懸想していた事を。
 そして刹那が木乃香と共に麻帆良に出奔した事を、勝手に駆け落ちと勘違いしていた天ヶ崎千草の怒りの矛先が、刹那と仮契約してしまった千雨に向く事を。
 京都から帰って来た折、千雨を巡ってクラスの人間関係がギスギスする事を。
 後に、仮契約を解除しようとするものの、千雨の周囲には千本近い呪的ラインが構築され、それらがクラスメイト中に混線し、解除が不可能である事を。
 長谷川千雨はこの時点でまったく知らなかったのだ。



 つづかない。





あとがき

 二話では無く、2(ツー)です。
 今度こそつづかないはず。
 時系列関係無く、要所だけ切り取りました。
 感想をひっそりと待ってます。



[29380] 追憶の長谷川千雨 1 (千雨魔改造)
Name: 弁蛇眠◆8f640188 ID:7255952a
Date: 2011/09/21 00:54
※この作品は「千雨の世界」と微クロスしてます。電波を受信したとか、そんな感じのクロスです。


   追憶の長谷川千雨 1



 彼女、長谷川千雨はある記憶に苦しんでいた。
 なにも彼女の部屋にある、痛々しいポエムや日記、更にはコスプレ写真についての記憶ではない。
 彼女にあるのは、不思議な世界での記憶だった。
 千雨の両親が殺され、彼女は肉体改造を受けたあげく、昔住んでいた麻帆良に戻ってくるという記憶だ。荒唐無稽も甚だしい。
 だが詳細ははっきりとはしない。おぼろげに様々な人々が見え、断片的なワードが脳内にちらつく程度だ。
 クラスメイトの大河内アキラや綾瀬夕映と共に、様々な事件へと立ち向かう。その際に小さなマスコット風のネズミや、メガネに白衣を着たあからさまな科学者風の人間も出てきた。

「漫画かよ」

 チープで良くあるバトル漫画の主要人物の様だ。
 記憶、と言うのには語弊がある。これを正確に言うのなら『妄想』と言うのだろう。もしくは『夢』だろうか。
 なにせ千雨の両親は健在だし、大河内とはろくに話をした事が無い。綾瀬は席が近いだけあり、挨拶くらいは交わすものの親しいとは言えないだろう。ネズミやエセ科学者に至っては、まったくと言って知らない。
 故に長谷川千雨はそれを『夢』と結論づけた。
 ときおり見てしまう不可思議な夢、本来ならすぐ忘れてしまうのに、余りに印象が強すぎて覚えてしまう。そんな感覚なのだろう。
 自分が大河内や綾瀬と共に、麻帆良を騒がす猟奇殺人の犯人を倒す、など夢想でしかない。

「だってなぁ」

 麻帆良学園、女子中等部の寮の自室で、千雨はパソコンチェアに座りながら、近くにあったテレビの電源をつけた。
 そこに映るのは、最近麻帆良で話題となっている猟奇殺人事件の報道ニュースだ。
 ニュースではスタジオ内で事件の経過が、フリップを使って説明されている。千雨からすれば耳からタコがでるくらい、聞き飽きた報道内容だ。
 確か、事件は今年の文化祭の終わりくらいだろうか、夏休みの少し前に麻帆良市内で女性の手首無し遺体が発見された。
 警察の発表によれば、死因は第三者によると思われる外傷――つまりは殺人事件だ。
 麻帆良は騒然とし、報道陣が一気に押し寄せた。被害者はウルスラ女子の高校生らしいが、千雨の通う女子中等部にも報道が押し寄せた。
 学校では「インタビューに答えないこと」と生徒に厳命を出し、寮との登下校には集団登校が義務付けられた。休みの日の一人での外出も禁止とされた。
 とは言っても、夏休みになった途端、ほとんどの生徒が実家に帰省してしまうわけだが。
 その後、犯人の音沙汰は無く、テレビでの報道も減る一方。集団下校は続いていたが、その事件は徐々に忘れられていく事となる。
 だが、一ヶ月ほど前の十月に事態は一変する。また新しい遺体が発見されたのだ。
 同じく手首の無い遺体、警察の発表によれば同一犯との見方だそうだ。
 再び麻帆良は混乱の渦となり、件の報道陣がまた帰って来た。
 ニュースの映像は麻帆良市内を映している。千雨も見覚えのある通りだった。

「あそこでの買い食いも、なかなか出来そうにねーな」

 お気に入りのクレープ屋が映ったが、この寮からは距離がある。よく休みの日に、買出しがてらに寄っていた店だ。
 千雨の『夢』は昨日朝起きた時に、いつの間にか脳内へそっと入り込んでいた。思わずベッドで三十分ほど固まってしまった程だ。
 しかし、冷静に考えれば『夢』も理解できる。その内容は一部を除き、千雨の周囲にあるものを寄り合わせて作られているからだ。

「クラスメイトに、殺人事件ねぇ」

 思わずニュース番組に悪態をつきたくなる。「お前らが毎日殺人事件なんか報道してるから、あたしが悪夢を見てしまう」と。
 テレビを見ていたら苛立ちが募ってきたので、その電源を落とした。

「――ったく。それよりネット、ネット」

 カタカタとキーボードの音だけが室内に響いた。机の上にはデスクトップパソコンが一つ。
 女子寮は相部屋だ。千雨の部屋も例外では無いが、部屋にいるのは千雨一人だった。
 もう一人の住人は部屋に帰ってこない事が多く、ベッドや私物が幾つかあるものの、ほとんど千雨の一人部屋だった。

「んー、やっぱアクセスの伸びがいまいちだな。少しブログのデザインも変えてみるか」

 余り友達のいない千雨は、ネットにはまり込んでいた。趣味が高じてついにはコスプレにも手を出してしまっている。
 以前、目線で顔は隠したものの、コスプレした画像をネット上に投稿してら、予想以上の反響があった。
 褒められるその気持ちよさといったら、想像以上の快感だった。
 よって、千雨はネットアイドルになろうと決意する。

「でも、にわかにゃなりたくない。なるなら一番だ、うひひひ」

 気味の悪い笑い声を上げながら、ブログのデザインをイジるために、テキストエディタを起動してソースをいじっていく。
 凝り性な性格により、千雨はネットアイドルの下準備として、様々な専門知識を獲得していった。そこそこのプログラムも最近ではすぐに組める様になったし、ブログのデザイン程度ならわざわざ実物を見なくてもプログラムソ-スだけで理解できるぐらいだ。
 現在は実験的にブログを立ち上げて、様々な事を試していってる。
 来年、ネットアイドルとしてデビューした際に失敗を犯さない様にするためだ。
 その日の夜、寮の一室では不気味な笑い声がひっそりと響き続けていた。



     ◆



 明けて月曜日。
 ねぼけ眼の千雨は、伊達メガネの下から手を突っ込み、目元をグジグジと擦った。

「――あふ」

 あくびをなんとか噛み殺すも、その吐息までは消せない。
 朝のホームルームに間に合うように2-Aの教室に辿り着き、ふらふらしながら自分の席へと向かう。

「おはようございます、長谷川さん」
「ん、あぁおはよう、綾瀬」

 隣の席の綾瀬夕映と目が合い、挨拶をする。
 挨拶をするだけすれば綾瀬の興味は失せた様で、彼女は同じ部活のクラスメイトの輪へと入っていった。
 千雨は頬杖をつきながら、先日の『夢』を思い出した。

(やっぱり夢だよなぁ)

 『夢』の中では綾瀬はいたく自分にご執心だったらしい。
 とは言っても、千雨にその〝ケ〟は無い。男性同士のものなら多少二次元で嗜むが、正直リアルでそんなのはご免だった。

(つか、ありえねぇだろ。女同士って……)

 眠気も合わさり、想像するだけで気持ちが悪くなった。
 だが、同時に寂しさもあった。『夢』の中ではあれだけ自分と親しかった存在が、現実ではああもそっけない。まぁ、無理もなかろうが。
 千雨はふと教室を見渡し、ある人物を見つけた。
 長身のクラスメイト、大河内アキラだ。
 水泳部期待のホープで二年生ながら次期エースだとか、高等部の人間も目をつけてるとか、男子生徒のファンが多いとか、なんとかかんとか。千雨がたまたま小耳に挟んだ内容だが、彼女はそんな感じらしい。
 淡い期待。彼女ももしかしたら――、と話しかけてみる事にした。
 他のクラスメイトと談笑する大河内に近づき、後ろからそっと声をかける。

「な、なぁ大河内……」

 余り自分から話しかけた事が無いために、少しどもった。
 大河内は千雨の声に気付き、そっと振り向いた。まさか千雨に話かけられるとは思わなかったらしく、ちょっと表情に驚きが混じっていた。

「なに、長谷川」

 サバサバとした返事。されど、この一言で充分だった。

「あ、いやごめん。間違いだった、何でも無い」
「? そう」

 少し眉間に皺を寄せながらも、大河内は千雨の事を気にせずに、クラスメイトとの談笑の輪に戻っていった。

(『長谷川』、ねぇ)

 余り話した事の無いクラスメイトを、いきなり下の名前で呼ぶ人間は少ないだろう。
 それに――。

(あたしは何言うつもりだったんだ。大河内とあたしは幼馴染で、なんかすごい前世っぽい記憶が云々――、電波過ぎるだろ)

 自分の思考に、ぴくぴくと口元が引きつった。
 大体、幼馴染、というのが麻帆良では当てにならない。麻帆良は中高一貫どころでは無く、幼稚舎から大学までの一貫教育まで行っている。
 このクラスの半分程が麻帆良の幼稚舎出身であり、千雨もその半分に含まれていた。必然、広義の意味ではクラスメイトの半分が千雨の『幼馴染』なのだ。
 実際の所、『幼馴染』という程親しい人は、千雨にはいない。若干人間不信であり、人との触れ合いを苦手としている千雨には、その様な気軽な相手はクラスにいなかった。
 いや、寮の同居人とは多少だが親しい関係を保てている……のか?

(まぁ、喧嘩はしないわな。部屋にもあんまり居ないし)

 寮の同居人をそっと見るが、いつも通り静かに座っていた。

(あいつと一緒にいると、なーんか居心地良いんだよな)

 家族以外の人物と、一緒の部屋にいると若干萎縮してしまうのを、千雨は自覚していた。だが、彼女と一緒にいる時は、なぜかその兆候が無かった。

(まぁ、『夢』は『夢』って事だな)

 数日苛まれていた、脳にこびりつく『夢』に、千雨は多少の折り合いをつけるのであった。



     ◆



 ズズズ、と紙パックの中のフルーツ牛乳をすすりながら、体がブルリと震えた。

「やっぱ温かいものにしとくべきだったかな。うぅ、寒い」

 場所は屋上。もう十一月となり、秋の彩が徐々に失われていってる。
 そのため、昼休みに屋上で昼食を取る人間も減り、周囲はまばらだ。
 千雨はわざわざコートを羽織り、更にはフードまでかぶってここで食事を取っていた。
 手には空の菓子パンの袋が一つ。あと奮発したデザート用のゼリーもあった。

「ゼリーって。なんであたしはもっと温かいデザートを選ばなかったんだ」

 十数分前の、売店にいた自分を恨みたくなる。
 どうにも千雨はクラスの喧騒が苦手だ。昼休みとなると、それは一層酷くなる。

「ここは幼稚園かよ」

 どたばた走り回ったり、机をなぎ倒したり、そんな風になりながらもニコニコと笑うクラスメイト。頭が狂いそうになる光景だ。
 そのため昼休みになるとクラスから逃げ出し、この屋上で朝食を取るのが千雨の毎回のパターンだった。

「ここも限界だな」

 もうすぐ真冬になる。時期的にもそろそろ屋上は潮時だろうと、千雨は思う。
 ベンチから立ち上がり、近くの手すりに寄りかかった。
 さすがに屋上というだけあり、麻帆良が遠くまで見渡せた。

「魔法使い、ねぇ」

 『夢』によればここは魔法使いの街らしい。しかし、千雨は幼稚舎からこの街で過ごしているが、魔法なんてものは見た事が無かった。
 視線を遠く、千雨は東京方面へと向けた。

「超能力に《学園都市》って聞いたことねぇぞ。それに《学園都市》って紛らわしすぎんだろ」

 ここ麻帆良は『麻帆良学園都市』と呼ばれている。そして千雨の『夢』には東京西部を中心んした独立都市《学園都市》なるものが出てきたらしい。超能力を開発している、とかそんな設定らしいが、これらの与太話も同じく、千雨の現実の記憶とは合致しなかった。

「多摩に住んでる親戚の叔母さんちも、《学園都市》ってのに入っちまうわけか、ハハハ」

 余り親しく無いが、数年前の正月に母方の叔母の家に遊びにいった事がある。確かそれが奥多摩の方だったと記憶していた。
 文部省当りがもしかしたら東京西部に学園都市を作る計画をしているかもしれないが、少なくとも千雨は知らない。

「超能力ってのがあるなら行ってみたいかもな、少なくともここよりはマシだろう」

 千雨は自分の人間不信の原因を、なんとなく理解している。自分の弱さを他者に擦り付けるのは嫌だが、実際のところこの麻帆良は千雨に合っていないのだ。
 この街そのものが持つ空気が、千雨の波長と合致しない。価値観の乖離は、幼い子供同士の場合極端なコミュニケーション不全に至る。
 幸いイジメにまではならなかったが、昔の千雨は子供の持つコミュニティにはうまく入り込めなかった。
 今ならば、作ろうと思えば友人関係を作れるだろう。それでも、千雨は一人を選んでいる。彼女なりの処世術であり、他者に対する慈しみでもあった。
 話しあう事さえしなければ傷つきあう事も無いだろう、という暴論にも似た帰結である。
 千雨はゼリーのフィルムをペリペリと剥がし、小さなプラスチックスプーンで一気にがっついた。マンゴー入りのゼリーを、ものの数分で食べ終わる。
 胃に冷たいゼリーが入ると、必然体も冷えた。

「うっ……さすがにダメだわ」

 コートの襟を合わせて、体を縮める。昼食のゴミを屋上のゴミ箱に捨て、校舎内へ戻っていく。

(昼休みが終わるまであと二十分。どうしたもんかな)

 教室に戻る、という選択肢は無い。
 千雨は生徒もまばらな廊下を、コツコツと足音を立てながら歩き出した。


 つづく。



[29380] 追憶の長谷川千雨 2
Name: 弁蛇眠◆8f640188 ID:7255952a
Date: 2011/09/20 17:40
   追憶の長谷川千雨 2



「ちうだよ~~~」

 甘ったるい様なわざとらしい猫撫で声を出しながら、カメラに向かってポージングする。
 千雨の服装はいつもの地味な私服でも、ましてや制服でもない。やたらにレースとリボンが多用されているブラウスに、傘の様に広がるスカート、頭には大きな帽子が被さり、長い髪も左右で二つに纏められている。
 正直、外を普通に歩けるような格好では無かった。
 それはそうだ、これはアニメのキャラクターコスチュームを模した、所謂コスプレというやつだからだ。ちなみにコスプレをしている時だけ、千雨は伊達メガネを外している。
 千雨はコスチュームの元となったキャラを脳内で想像しながら、なりきった様にポージングを決めていく。決めたポーズと共にリモコンでカメラのシャッターを切り、出来栄えを確認しながら何度も撮影を行なった。
 ときおり決めポーズと共に、自分の決め台詞なんかも叫んでみる。
 本人は楽しくてしょうがないが、第三者が見たらかなり痛い現場なのは明白だ。

「ふぅ、今日はこんな所か」

 撮影が終わり、カメラの画像データをパソコンで表示させ、スライドショウで次々と見ていく。

「ふふふふ、我ながら良いじゃないか」

 自画自賛。
 自分の写った写真を見ながら、ニタニタと笑みを深めた。

「おっと、皺になる前に服着替えないとな」

 千雨はコスチュームをゆっくりと脱ぎ出す。このコスチュームは千雨が数ヶ月かかって自作したものだ。そのため市販品に比べて明らかに脆い。装飾過多なのもその理由の一つだろう。
 千雨は下着姿になる。さすがに肌寒さを感じるものの、それより気になるのはコスチュームの状態だった。

「やべ、肩口のところ、糸がほつれてきてるよ……」

 クローゼットの中からミシンを取り出し、下着姿のまま修復を始めてしまう。
 更には楽しくなりだし、あれやこれやと様々な変更もし始めてしまった。

「――へっ、くしゅん」

 くしゃみが一つ。

「あ、あたしは裸で何やってんだよ」

 自分の姿を思い出した途端、部屋の冷気が一気に押し寄せてきた。

「こ、このままじゃ風邪引いちまう」

 千雨は新しい下着とパジャマを取り出し、そのままシャワールームへ飛び込んだ。
 十分後、千雨は肌を上気させながら、ほっとした表情でシャワールームから出てくる。バスタオルで髪をごしごししながら、ハンドドライヤーを出し始めた。
 湯冷めしない様に、エアコンの温度も高くする。

「今日も頑張ったぜー」

 ドライヤーを使いながら、自分のコスプレ写真の出来栄えに、再び笑みを強くしてしまう。風呂上りにミネラルウォーターのペットボトルのラッパ飲みもした。
 髪も乾ききり、さぁ寝ようと思っても、それはすぐに出来ない。

「この時が一番面倒だよな」

 部屋は煩わしい状態だ。デジカメは三脚に固定され、撮影用の背景シートが壁と地面に貼られている。更には光源用のライトまである。どれもこれも機材としての質は低いものの、中学生という千雨の身分を考えればかなりの高級品だ。
 親の仕送りと、お年玉などのお小遣い、更には試験用に立ち上げたブログの広告収入などを合わせ、千雨がなんとか買い揃えた機材だった。

「よっと、ほっ」

 機材の一つ一つを解体し、綺麗にまとめていく。一応、千雨の部屋は二人部屋だ。同居人がそうそう帰って来ないと言っても、その人間のパーソナルスペースを侵略するつもりは千雨に無かった。
 部屋にあるスライド式のクローゼットは、中央を基点に左右でニ分割。右側が千雨の領分だ。
 そこに入りきるように、機材をうまく入れていく。
 おそらくこの部屋の同居人には千雨の趣味がバレているだろう。だが無口な上に、他者にわざわざ喋るような性格じゃないので、千雨はその点安心していた。

「よし、入りきった」

 クローゼットの片側に、機材は綺麗にみっちりと収まっている。
 そこで一安心したものの、そこで一つ思い出した事があった。

「あ……国語の宿題」

 漢字の書き取りがかなりあったのを思い出してしまう。しかも担当は「鬼の新田」だ。忘れたら倍返しの上に居残りである。

「なんで、あたしはもっと早く気付かないんだよぉ!」

 慌ててカバンを漁りノートとテキストを取り出す。宿題のページを確認して、サァーっと血の気が引いた。二時間近くかかりそうな量だ。
 現在時刻は十二時過ぎ、普段なら寝ている時間だ。

「く、くっそぉぉぉ~!」

 先ほどまで「ちうだよ~~」などと言っていた面影は消え、半泣きになりながら千雨は宿題をやり出す。
 ちなみに、宿題はやっている途中で寝てしまった上に、翌日は寝坊で遅刻した。更には宿題忘れにより、新田により居残りにされる事となるのだった。



     ◆



 秋も終わりを向かえ、冬になろうとするこの頃、日が落ちるのがめっきり早くなっていた。
 今年の一学期の終わりから強制されている集団登下校だが、下校時にはそのシステムはニ分割されていた。
 当初は部活禁止令まで出たものの、一ヶ月を過ぎても解決しない事件に業を煮やし、部活は再開される事となった。
 そのため授業後に帰寮する『帰宅組』と、部活後に帰る『部活組』、二つの集団下校時間が作られ、生徒はそのどちらかの時間で帰るのが義務付けられた。
 そんな中、居残りをした千雨は微妙な時間帯に手が空くこととなっている。
 空は薄暗くなり、夕焼けも沈もうとしている時間帯ながら、体育館からは元気な声が聞こえてくる。さすがにグラウンドを使う部活はそろそろ上がる様だが。
 まだ部活組の帰宅時間まで三十分程ある。千雨としては正直言ってさっさと帰りたかった。

「帰っちまうか」

 どうせ三十分もすれば自分の後ろを運動部の集団が歩いてくるのだ、襲われるなんて事は無いだろうとタカをくくる。
 そうと決まればコートを羽織り、カバンを持って教室を飛び出した。そのまま昇降口で外履きに履き替えて、そろそろと校門目指して歩いていく。
 幸いな事に集団下校の監督をする教師はまだいない様だ。

「よし!」

 そのまま自然な振りをしながら校門を通った。千雨を呼び止めるものなどいない。

「なんとか脱出成功、って所か」

 校舎内から見えないようにしながら、そそくさと通りを進んでいった。

(あ、そういえば)

 千雨は昨晩コスチュームを弄っていた時に、欲しい色の生地が無いのを思い出した。あと、色々な小物も出来れば作りたい。
 むずむずと欲望が沸きあがり、千雨は決断する。

「――寄っていっちまうか」

 現在、寮での門限や外出はかなり厳しく制限されている。今から帰ったのでは、おそらく外出は許可されないだろう。それに一人では外出許可は出ない。一緒に行ってくれるような、同種の友人などもいない。
 そうと決まれば急げ、と千雨は一路コンビニへ向かった。お金を下ろすためだ。
 コンビニのATMで生地に必要な分の貯金を下ろし、商店街にある大きめの手芸店へ向かった。個人商店だが、ヘタなお店より遥かに品揃えが良い。店員が過剰に対応しないのも、千雨が気に入ってる所だった。
 店に入るなり「いらっしゃいませー」と挨拶はされるものの、中等部制服を着ている千雨を見ても特に対応は変えない。
 殺人事件が起きる前だったら、おそらく自分と同じように帰りに寄り道する生徒は珍しくなかっただろうが、事件を機にその数は激減している。
 それでも何人かは千雨と同じ様に、集団下校を抜け出して寄り道するのだろう。
 店員は千雨に気にも留めずに、店内の商品棚の整理をし始めた。
 千雨はほっとしながら、目当てのコーナーへ向かう。

「ふふふ、これであのコスもより完璧に……」

 ヒクヒクと口角を吊り上げながら、必死に笑いをこらえる千雨は、ぶっちゃけキモかった。



     ◆



「ありがとうございましたー」

 店員の声を背中に浴びながら、ほくほく顔で千雨は店を出た。
 紙袋を腕の中で抱える様に持っている。中身は言わずもがな、だ。

「まさかあの形のボタンまで見つかるとはなー。コス専門店まで出張らなきゃ駄目かと思ってたぜ」

 どうやらかなりの収穫があったらしい。
 見るからに上機嫌といった風で、千雨は通りを歩いている。
 街灯の下、人はまばらだ。
 まだ殺人事件が解決していないため、住人も夜の外出は控えているらしい。

「――って、あぁ、またあたしは!」

 パサリ、と紙袋を落としながら、千雨は頭を両手で抱える。
 手芸店で熱中するあまり、千雨は時間を忘れていた。時間を確認するために携帯を見るが――。

「げっ……」

 そこには何度もコールされた後があった。表示は「女子寮」と書かれている。まぎれもなく寮監からだ。

「ど、どどどどどうしよう」

 門限はとっくに過ぎていた。
 昨日に続く失態。冷気が首筋から入り込み、ヒヤリと背中を撫ぜた気がする。

「こ、こうしちゃいられない」

 千雨は手芸店の紙袋をカバンに詰めた。紙袋を露出させたまま帰ったら、取り上げられるのは目に見えていた。持ち物検査されたら結果は同じだが、どうにかその事態は回避せねばならない。
 更にはこのコール回数の多さもごまかさねば。

「と、とりあえずバッテリー切れという事にしておくか」

 携帯の電源をプチリと切っておく。
 そして猛然と走り出した。
 目指すは女子寮、門限を三十分以上過ぎているが、せめて一時間には至らないようにしたい。というかしないとエライ事になる気がする。
 元々体力の無い千雨だが、必死に走り続けた。
 普段使わない小道まで駆使し、寮まで一直線に向かう。
 だが、さすがに全力で走り続けていたら、ものの五分でバテてしまった。

「ぜーはー、ぜーはー」

 口をだらしなく開きながら、必死で呼吸する。足はがくがくで、近くにある壁に背中を預けた。夜になり気温も冷えて、白い吐息が空中に舞った。冷気が喉下をザラザラにする。

「休んでる、暇、なんて、無い、のに……」

 独り言も途切れ途切れだ。
 なんかもう怒られたっていいかなー。大体三十分も一時間も大して変わらない様なー。どうせ怒られるんだからもうゆっくり帰ればいいんじゃねー。
 そんな誘惑が千雨を襲う。

「うん、そうだよな」

 そしてあっさりと千雨は誘惑に負けた。
 今更ジタバタしたってしょうがない、なる様になれだ。と虚勢を張る。
 そんな時、少し薄暗い近くの路地に動く影があった。

「ひっ!」

 千雨はビクリ、と過剰な反応をしめした。そして思い出すのだ『未だ猟奇殺人事件の犯人が見つかっていない』という事を。
 バクバクと心音が強くなり、サァーっと血の気が引いた。
 よく見れば千雨のいる路地は薄暗い。
 麻帆良のご多分に漏れず、石畳の引かれた道は車道として機能してなく、必然道は細い。
 そのため街灯の数も最低限だ。
 街灯の影になり横道となっている路地裏を、千雨は硬直しながら見つめ続けた。
 ポケットにある携帯に手を当てるも、電源が入ってないのを思い出した。

(な、なんで電源切っちまうんだよ、あたしは~)

 急いで電源を入れようとするも――。

「ニャー」
「にゃー?」

 聞こえてきた声をオウム返ししてしまう。
 路地から出てきたのは黒猫だ。冷静に考えれば、動いた影だってかなり小さかった。人のはずなど無いのだ。

「な、なんだよ。そうだよな、いきなり出くわすなんてあるはずねぇ……」
「ニャ~~」

 猫は声を上げながら、千雨に寄って来る。

「――、お前、ドラのくせに嫌に人懐っこいな」

 千雨の足元に、黒猫がすりすりと擦り寄ってくる。
 女子寮の裏にもドラ猫が数匹いるのを思い出す。どうやら寮の誰かが餌付けしているらしいが、あの猫達は千雨を見るなり親の仇を見るように牙をむき出しに威嚇する。その上、さっさと逃げ出してしまうのだ。
 それを考えれば、目の前の黒猫はとても可愛く思えた。

「よし、じゃあせっかくだからお前に施しをやろう」

 ごそごそとカバンを漁れば、千雨の秘蔵しているスティック型の菓子『ポッチー』が出てきた。ポッチーを一本出し、そのチョコ部分の半分を自分でかじり、残った半分を猫に向けて放り投げた。

「ニャー」

 猫はかりかりとポッチーを食べ出す。
 千雨はしゃがみながら、食べている猫の頭を撫でた。

「お前も飼い主か、ちゃんとした寝床を見つけねーと、冬が越せないぞ。今年は寒いらしいしな」

 猫は相変わらず食べている。そんな猫を見ていると、千雨の心も癒された。
 ピクリ、と猫の耳が動いた。

「お、どうし――」

 千雨が何も言う間も無く、猫は食いかけのポッチーを置いて、脱兎の如く走りだした。

「??」

 しゃがんでいる千雨の背後には街灯がある。そのためしゃがんでいる千雨の目の前には、自らの影があった。そしてその影に、もう一つの人影が重なった。

「え――」

 背後に人がいる。地面に作られたシルエット――見覚えがあった。それは確か『夢』で――。

「――――ッ!!!!!!!!!」

 ザクリ、という音と共に千雨の背中の一部が焼け付いた。コートと制服が何か鋭いもので突き破られ、激痛が体中を襲った。
 余りの痛さに、自分が何を叫んだのかすら聞き取れなかった。
 視界が黒と白に明滅する。まるで炎の中に飛び込んだ様だった。
 気付いたら千雨は地面に倒れていた。
 ざらりとした石畳の感触が、顔の側面をやすりの様に削っている。男に圧し掛かれている様だった。
 体に力は全然入らないし、男に少しでも力を入れられたら、背中から激痛が体中に走った。目からぼろぼろと涙が溢れる。
 痛みをごまかそうと叫び声を上げようとするものの、無骨な男の手に口元をふさがれ、何も叫べない。

(男――、こいつ男)

 逆行で顔は見えないものの、シルエットは屈強な男の形をしていた、明滅する視界の中、なぜか男のシルエットだけははっきりと確認できた。

(嫌だ、恐い、嫌だ、助けて、助けてよ。もう、『わたし』は、もう――なぁウ――ック)

 脳内に激しいノイズが入る。混乱と恐怖と激痛のため、思考は纏まらず、ただ涙だけが溢れた。

(あぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!)

 先ほどを越える激痛と共に、ゴリゴリという耳障りな音が体の中から聞こえていた。
 いつの間にか口の中には布が押し込まれ、上半身は男の足と膝で固定されていた。伸し掛かれる状態だった。
 激痛の根源は右腕。痛みの余り、千雨はガンガンと石畳に頭を打ち付ける。とてもじゃないが、耐えられる様な代物では無い。
 視界の片隅で、男が自分の右手を、巨大なナイフで切り落とそうとしているのが見えた。

「――ヒッ!」

 口に布を詰められながらも、息を呑む自分の声が聞こえた。手を切ろうとする恐怖が、激痛と共に脳内を駆け巡る。
 あぁ、これで意識を失えたらどれほど楽なのだろう。だが、現実は無情だった。
 千雨が意識を失えど、激痛で再び起きてしまう。
 一時間だろうか、十時間だろうか、それとも十秒なのか。千雨に時間の感覚は無い。ただ、ひたすら長く感じられた。
 ゴリゴリと骨を削る音が聴覚を支配し、体の内側全てを針が貫いてるような激痛が絶え間なく襲った。
 右手を切り取る。生きている千雨を押さえつけながら、それを行なう男。異常な光景だった。

(やメロ、ヤめろ、ヤメろ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、オ願イダカラヤメテクレ!)

 目は見開き、涙が滂沱の如く溢れ、鼻水も飛び散り、布を敷き詰められた口の端からは涎が跳ねた。
 痛みを誤魔化すために、痛みを自らに課した。ゴツゴツと頭を石畳に叩きつけるのが、無意識の衝動だ。
 全身が恐怖に浸される。
 そんな千雨を、男は『笑いながら』見ていた。

(ワラッテイル――)

 千雨の視界は定まらない、だが男の口元が三日月を描いてる事だけは分かった。

「――――――ァァァァァァァッッッ!!!」

 ゴトリ、と何かが落ちた音がする。もはや右手の先の感覚は無くなっていた。千雨の周囲には巨大な血溜まりが出来ている。
 寒いのは冷気のせいだけではないだろう。
 男は無言のまま、その手に持つ血に濡れたナイフを振り上げた。

(あっ――)

 光景が、ゆっくりと過ぎていく。千雨はなぜかそのナイフが待ち遠しく感じられた。もうすぐこの体を覆う苦痛から解放される、そう本能が求めるのだ。
 そして脳内に様々な人の顔が過ぎった。両親、数少ない友人、クラスメイト、寮の同居人、そして――声。金色の小さな影。動物、なのだろうか。

(あの『ネズミ』は、何て言った――)

 漆黒。
 千雨の意識はそこで切れた。



     ◆



『えー、只今緊急のニュースが入りました。
 今年の七月より続いている『麻帆良連続殺人事件』の続報です。
 つい先ほど、埼玉県麻帆良市において新たな遺体が発見されました。
 被害者は麻帆良学園中等部に在籍する『長谷川千雨』さん、十四歳です。
 遺体は今日の午後七時半頃、長谷川さんの住む寮の近くの通りで発見されました。
 遺体には過去の殺人事件と同じく、右手の欠損が有り、同一犯との見方がされています。
 警察の発表によれば、まだ死亡時刻は特定出来ないものの、長谷川さんが午後五時に学園を出たとの証言を得ているそうです。
 他にも続報が入り次第お伝えしようと思います。では次の――』



 つづく。



[29380] 追憶の長谷川千雨 3【完結】
Name: 弁蛇眠◆8f640188 ID:7255952a
Date: 2011/09/22 13:56
   追憶の長谷川千雨 3



 ぽやぽやとぼやけた意識を振り払う。
 なんだかいつの間にか寝ていた様だ、と千雨は思い出す。
 どうにも記憶が曖昧だった。なにか恐ろしい『夢』を見たような気がする。

(いや、今はそれどころじゃないな)

 なにせ授業中だ。
 さすがに板書もせずにしていたら、教師から大目玉を喰らうだろう。

「あれ?」

 そう思い、黒板を見て違和感に気付く。

(あんな公式やったっけ)

 数学の時間、黒板には見覚えの無い公式が書かれていた。前回やった授業とは大分違う。

(おかしいなー、もしかして教師がページ間違えてるんじゃ)

 周囲を見渡すが、クラスメイトの誰もが普通に板書をしていた。こういう時に率先して教師に質問をする雪広あやかも、平然と授業を受けている。

(え? もしかしてあたしって遅れてるのか? もうすぐ期末だってのに、得意な数学すら付いていけないなんて――)

 思わずショックを受ける。
 そこで更に衝撃的な事に気づいた。
 黒板の端に書かれている日にち、それは――。

「じゅうにがつ……」

 十二月。窓の外は曇天模様で、まさに冬といった様相をしていた。

(いや、だって昨日まで十一月だったろ、なんでもう十二月。それにこの日にちじゃ期末なん
て終わってるし。あたしは期末を受けた記憶なんて――)
 自分のノートを確認しようと、机を見た。だが、そこにノートなど無い。
 あるのは花瓶と、花瓶に挿されている一輪の菊の花だけだ。

「えっ――」

 千雨は言葉を失う。思考すら固まった。
 周囲のカリカリというノートとシャープペンが擦れる音と、教師のボソボソと喋る声だけが響く。

「おい! これは何だよ!」

 千雨は立ち上がり叫んだ。だが、周囲は無言。千雨の声にも一顧だにしない。

「くっ――」

 その反応に、千雨は恐怖する。まるで周囲の人間には自分が見えてない様な――。

「おい、綾瀬。これはどんないたずらなんだよ、悪趣味すぎるぞ!」

 隣の席の綾瀬夕映の肩を強く揺する。しかし、小柄なはずの綾瀬だが、まるで岩の様に硬く、微塵も体は揺れなかった。

「なんか言えよ、頼むからさぁ!」

 綾瀬を諦め、周囲の人間に呼びかけるも無言。

「くそ! くそ! どうなってるんだ!」

 千雨は教室を飛び出すために、後ろのドアを開けようとするが。

「くっ、堅い」

 まるで引き戸が接着剤で固定されている様だった。
 だが全身の力を振り絞り、体重を掛ける事で、引き戸が少しだけ開いた。

「よし!」

 どうにかその隙間に身を滑らせ、千雨は廊下に飛び出した。



     ◆



 ガラリ、と音がしてクラス全員が後ろを振り返った。

「え、何? 今の音」
「何でドア開いてるの」
「おいおい、誰だ誰だ、ドアを開けた奴は」

 クラスの喧騒を、教師がピシャリと押し留めた。クラス内を見渡すが、誰一人欠席はいないし、教室を出て行った生徒もいない。
 だが、教室の後ろのドアは少しだけ開いていた。
 引き戸とはいえ、風で動くような代物では無いだろう。

「お、おい。誰がやったんだ。今言えば先生は怒らないぞ」

 廊下に人影も無い。足音もしなかった。ただドアだけが動いたのだ。

「嘘! マジでドアだけ動いたの」
「だって誰も席から離れなかったじゃん」
「も、もしかして――」

 クラスメイトの視線が一つの席に向けられた。
 花瓶が置かれた席、そこは先日殺人事件に巻き込まれた少女の席だった。

「ま、まさかー」
「いや、でもそれくらいしか」
「お喋りはそれくらいにしろ! 先生はこういうイタズラは嫌いだぞ! やった者はさっさと白状なさい」

 教師の言葉に再び皆が黙り込む。
 ドアが開いた時、クラスの全員が前方の黒板を見ていた。ただ二人を除いて――。
 そのうちの一人は、無言ながらもその現象に内心驚いていた。
 だが、周囲に話す事はしない。なぜなら、彼女には確信があったのだ――。



     ◆



 千雨はどうにか学校を抜け出し、街中に来ていた。
 あの場所にいたら気が狂いそうだったからだ。

「なんなんだ。本当にわけわかんねぇ」

 街を歩く人達は皆厚着をしている。そんな中、千雨だけはブレザーにスカートといういつも通りの制服だ。しかし、不思議と寒さは感じなかった。
 通りすがりの人物は、千雨の姿を見ても不思議に思わない。いや、まるで視界にすら入ってないかの様に。
「おい、まさか。嘘だろ」
 試しに近くの人間に話しかけてみる。

「なぁ、おばさん。あたしが見えるよな! なぁ!」

 買い物をしに着たのだろう、手にエコバッグを持っている中年の女性は、千雨の声に一切反応しない。それどころか顔の前で手を振っているのに、瞬きすら自然なままだった。

「は、ははは。どうなってんだよ……お父さん、お母さん、助けてよ」

 弱気になって呟き、気付く。そうだ、両親に連絡をしよう。

「携帯電話、携帯……」

 スカートのポケットに〝右手〟を突っ込む。

「は……」

 何故今まで気付かなかったのだろう。右腕の先、ブレザーの裾から先には〝何も無かった〟。
 文字通り、右手首から先が、綺麗に切断されていた。
 そうだ、綾瀬の肩を揺すった時にも、教室のドアを開けた時にも、右手は使っていなかった。

「う……あ……」

 混乱。グルグルと思考が逆流し、記憶を刺激する。千雨の網膜に、あの時の出来事がまざまざと蘇った。

「そうだ、あたしはあの時――」

 逆光の中の男性、体を巡る激痛、黒猫、血、大振りのナイフ、刃の光、口に詰められた布、骨が削られる音。

「あたしは、死んでいるのか――」

 体から力が抜ける。
 千雨は地べたに座り込んだ。冬にも関わらず、地面の冷たさすら、今の千雨には伝わらない。



     ◆



 千雨は通りの中央で、呆然としながら座り続けた。
 猛烈な孤独感に襲われ、とても人のいない場所に行く気になれなかったからだ。
 ここに居たからといって、誰かに気付いてもらえるわけではない。それでも、人波に埋まる事で、少しだけ渇きが癒えた気がする。
 あの時の光景がフラッシュバックする度に、恐怖が蘇ってくるのだが、不思議と恐怖は少しずつ和らいできた。
 座りながら自分の持ち物を確認するが、ポケットの中には何も入っていなかった。
 右手が無くて不便だったが、体中探したものの、携帯電話も財布も寮の鍵も無い。

「どうしよう」

 「自分が幽霊だ」という想像も、現状を省みれば信じざるを得ない。そしてそれを自覚すると、誰かの携帯電話を使えばいいのではという結論に行き着く。

「そうだ、緊急事態なんだ。多少我慢してもらおう」

 とにかく両親の声が聞きたかった。
 近くを歩いている不良の様な男子高校生を見つける。不貞の輩なら、多少罪悪感も紛れると思い、彼の後ろポケットからはみ出る携帯電話を取ろうとした。

「悪いが、借りるぜ」

 携帯電話を手で掴むも、その堅さにビックリした。まるでポケットに完全に固定されている様だ。

「ちょ、どうなってやがる! この、くそ!」

 携帯電話を掴んだまま、千雨は男子高校生にずるずると引っ張られる形となる。
 そして地面に盛大に転んだ。

「う、嘘だろ」

 男子高校生は普通に歩いており、千雨が携帯電話に触れた事すら気付いてなさそうだ。

「クソ、クソ。どうすれば良いんだよ」

 帰りたい、そういう気持ちが沸く。そして、自分の寮の部屋が気になりだす。

「そうだ! あたしの部屋!」

 千雨は寮を目指して走る。
 いつの間にか日は沈み、周囲は薄闇に覆われていた。
 まるであの日の様だ。とは言っても、千雨にとってはつい先ほどの様に感じられるが。
 あの時とは違う、安全な道筋を進みながら、女子寮へとやってくる。
 エントランスは自動ドアだ。案の定、千雨には反応しない。

「……待つか」

 千雨は誰かが通るのを待った。五分ほど経ち、ちょっと買い物にでも行くのだろうか、財布を持った二人組みの女子が、内側から自動ドアを開けた。

「今だ!」

 二人とすれ違う形で、千雨は女子寮へと潜りこんだ。
 ずんずんと廊下を進みながら、自分の部屋へと向かう。
 見慣れたドアの前で、千雨はとりあえずドアノブを回してみた。だが、堅くてピクリとも動かない。
 部屋の鍵も無い。

「どうしよう」

 インターフォンを押せるか分からないが、どうせ中には誰もいないだろう。
 千雨は苛立ちを隠そうともせず、ドアを蹴った。

「この! クソ! なんで! あたしが! こんな目に! 遭うんだよ!」

 蹴りながら、目に涙が溜まっていった。
 だが、千雨が全力で蹴ったせいか、ドアが少しだけ動いた。カチカチと金属が擦れる音がした。
 そして、内側からガチャリという音が聞こえる。

「え?」

 鍵を開ける音。まさか住人がいるのか、と目を見張れば。
 開けられたドアの先には、千雨の寮での相方――同居人が立っていた。
 どうせ見えまい、とタカをくくり、ドアの隙間から内側に入ろうとするも。
 ガツン、と見えない壁の様なモノに千雨はぶつかり、痛みにうずくまってしまう。

「な、なんだこれ」

 ペタペタと触る。ドアは開いているのに、ドアを境に透明な壁が存在していた。
 そして、千雨の同居人がそんな〝千雨を見ていた〟。

「え?」

 千雨は同居人の視線に気付く。

「お前、まさかあたしが見えるのか」

 千雨は自分を指差し、相手に呼びかける。同居人はコクンと頷いた後、ドアを開いて千雨を招き入れた。

――《寮の部屋の入室許可》を入手しました。



     ◆



 千雨は部屋に入り同居人――ザジ・レイニーデイを見つめた。
 彼女は今日、初めて千雨と視線を合わせた人物だった。

「お前、本当にあたしが見えるんだな。良かった、良かったよぉ」

 うわぁ~ん、と涙を流しながら、千雨はザジに抱きつく。
 ザジは千雨の背中をぽんぽんと擦った。
 熱を今まで感じなかった千雨だが、ザジの体の暖かさだけは感じられた。その暖かさは、千雨の存在そのものを包み込んだ。
 十分ほど達、千雨はザジから離れた。

「うぐ、すまねぇ。でもあたし嬉しくてさ」

 涙を流しながらも、千雨の顔には苦笑いが浮かんでいた。

「なぁザジ、あたしはどうなったんだ。あたしが死んだのはわかったんだが、それから今まで何があったんだ」

 千雨は口早に質問するも、ザジは首を傾けるばかりだ。

「おい、何とか言ってくれよ!」

 また不安が過ぎる。

「おいってば!」
「ごめん。聞こえない」

 ポツリ、とザジが言葉を漏らした。

「え、聞こえない?」

 千雨は自らの口元を指差す。そうするとザジはコクコクと頷く。

「あ、あたしの姿は見えるが、声は聞こえないっていうのかよ……」

 せっかく光明が見えたと思ったが、反動で再び落ち込む。

「で、でも。だったら――」

 部屋を見渡した。だが、部屋の中に物は少ない。
 本来、千雨の私物が大量にあるはずなのだが、千雨の物だけ綺麗に無くなっている。おそらくこの一ヶ月の空白の間に片されたのだろう。ザジの私物が少し置いてあるばかりだ。
 ザジは普段、麻帆良に常設されているサーカス団で寝起きをしている。一応学園の規則上、寮生活を送っている形になっているが、学園から特別許可を貰い、あちらでの生活を主としているのだ。
 そのためザジの私物は少ない。幾つかの着替えに、部屋に最初から置かれている勉強机とベッドの上に、幾つかの小物が載るばかり。
 千雨はザジの机の上に目当てのものを見つけた。
 ボールペンとメモ帳だ。

「ちょっと借りるぜ」

 千雨はボールペンを掴むが、とんでもなく重い。

「な、なんて重さだ」

 力を振り絞り、どうにか持ちながら、メモ帳に何かを書こうとする。されど、インクはまったく出なかった。

「ふ、不良品かよ!」

 ザジが横からポイ、っと千雨の持っているボールペンを取った。メモ帳にペンを走らせれば、さらさらとインクの跡が残る。

「あ、あれ。普通だな」

 千雨は腕を組んだ。一体どうなっているんだろう。

「このボールペン、あげる」
「え?」

 ザジにボールペンを手渡しされた。そうしたら、先ほどまで重かったボールペンは、普通と同じように片手で悠々と持てていた。

――《ザジのボールペン》を入手しました。

「おぉ、今度は書ける」

 幸い千雨は左利きだ。右手がないために紙は押さえられないものの、ザジが協力してくれた。
 さらさらとボールペンで書ける事を確認した後、千雨は筆談でザジに聞ける事を片っ端から聞いていく。
 千雨が殺された後、麻帆良はやはり大騒ぎになったらしい。
 一週間ほど学校は休校となり、部活禁止令も出された。
 その間に、千雨の告別式も隣の市で行なわれ、クラスメイト全員が参加してくれた様だ。
 ちなみに千雨の両親は、麻帆良の隣の市で生活している。電車で十分もかからないだろう。だからこそ、麻帆良での幼稚舎からの一貫教育を受けさせているのだ。
 寮の同居人であるザジにも、千雨の両親は挨拶に来たらしい。そして部屋の遺品の片付けも一緒にやったとか。

「だから何も無いのか。つか、あたしのパソコンにコスチュームも」

 死んだ後とは言え、まさか自分の秘密の私物を両親に見られるかと思うと、羞恥が走る。
 その後はいつも通りに時間は過ぎたとの事。どうやら、またもや犯人は捕まってないらしい。

「まだ、捕まってないのか」

 ギリリ、と残った左拳を握り締めた。
 そして異常があったのは今日だったらしい。ザジが言うには、ふと気付いたら授業中に千雨が席に座ってたらしい。
 最初は驚いたものの、まるでホログラムの様に揺れ、少し経ってから形が保たれたらしい。
 だが、クラスの誰もが千雨を見ない。ザジも最初は幻覚か何かと思ったが、教室のドアが開いた事で、千雨の存在を確信したらしい。そしておそらく千雨が寮の部屋に戻ってくる事も予測し、珍しくこの場所で待っていたとの事。

「そっか。お前はあたしの事見えてたのか。そりゃ教室であたしの事指摘されたら変人扱いだよな、まぁとにかくありがとう。待っててくれてさ」

 ペンでさらさらとお礼の言葉を書くと、ザジはコクンと頷いた。

「でも、なんでザジだけ見えるんだ。他にも誰か――」

 と思い考える。誰が自分を見てくれるのだろう、親しい人物だろうか。クラスでザジ以外に親しくした人間がいただろうか――いや、いない。大抵の場合、千雨は一人で行動していた。
 そのため、週に数回だけ部屋に帰ってくるザジと、一番行動を共にしていた気がする。

「……ぼっちだったからか」

 ズーン、と重い沈黙が過ぎった。声は聞こえずとも、ザジもなんとなく察したらしい。
 落ち込む千雨の頭を、無言のまま撫でた。

「これからどうしよう」

 千雨は考える。自分が死んだという事は、痛いほど良く分かった。
 ならば、なぜ自分は幽霊などになったのだろう。そしてこれから何をすればいいのか。
 ザジが気を利かせて、部屋に備え付けのテレビの電源を入れた。
 映ったのはニュース番組、そして千雨の写真だった。

「あ、あたし――」

 ザジがチャンネルを変えようとするのを、千雨が制した。そしてモニター画面をじっと凝視する。
 ニュースキャスターが、千雨について話している。どうやら麻帆良の殺人事件の特集をやってるらしい。
 件の名物学園長が映り、千雨を「優秀で社交的な生徒だった」などと言っていた。
 今度は告別式の映像に切り替わり、クラスメイトが参列している。
 そしてその中央には遺影を抱えた千雨の両親がいた。

「お父さん、お母さん」

 また涙が溢れた。
 二人は気丈に振る舞いながら、報道陣に向けて頭を下げた。
 マイクを向けられると、どうにか言葉を綴って答えていたが、途中で泣き崩れてしまう。

「うぅ……うわぁぁぁぁぁ」

 床に千雨の涙がぼたぼたと落ちる。だが、涙は床に触れると綺麗に消えてしまった。
 ほんの数分程の映像だったが、それだけで充分だった。
 泣き崩れる千雨の背中を、ザジはまた撫で続けた。ザジには千雨の嗚咽は聞こえない、だが聞こえなくても分かっていた。
 ふと声が聞こえた。

――〈千雨、お前はそうやって泣き続けるのか〉

 違う、このままでいられるか。
 悔しい。一方的に何もかもを奪われたのが悔しい。
 千雨の中にある『夢』の断片が、様々なモノを千雨に見せ始めた。その多くが理解できない。されど、その中に光るモノだけはわかった気がする。それは自分も持っていた。

「そうだ終わらせない。終わらせるか!」

 唯一残った左手で、自分の胸元を強く叩いた。
 目に、微かな光があった。意志、千雨が貫き通そうとする、〝光〟の断片。
 自分を殺した男のシルエットが過ぎった。あの男、自分の右手を奪い去った男。
 考えると、傷口がずきずきと傷んだ。
 その痛みが、ぼやけそうになる思考をクリアにする。
 自分は死んだ、だが存在はしている。
 奇跡としか言えない可能性。それでも、まだやれる。

「あたし――いや、〝わたし〟が捕まえるんだ!」

 テレビには、千雨が襲われた現場が映されていた。それを凝視する。
 そう、まだ終わってはいないのだ。



●ステータスその1
NAME:長谷川千雨
職業:幽霊
性別:おんな
レベル:0(※1)
HP:10
MP:0

ちから:1
すばやさ:5
たいりょく:1
かしこさ:11
うんのよさ:-5

所持スキル
・【遠い記憶その1】 記憶の断片
・【ゆうれい1】 幽霊の嗜み
・【プログラム1】 プログラムの作成
・【許可無き自由】 許可無く、他者の所持品を使えない、他者の領域に入れない
・【欠損部位《右手》】 右手首を失っている。全ステータス-2(※2)
・【■■の■■】 まだ君は戦える

所持品
・ザジのボールペン ザジより貰ったボールペン
・寮の部屋の入室許可 元自室に自由に入れる

※1 死んだためにレベルは初期化。だがステータスは完全には初期化せず、生前の名残あり。
※2 利き手が欠損してる場合は-3。



●ステータスその2
NAME:ザジ・レイニーデイ
職業:道化師
性別:おんな
レベル:15
HP:120
MP:65

ちから:17
すばやさ:25
たいりょく:21
かしこさ:14
うんのよさ:16

所持スキル
・【道化師2】 他者を楽しませられる
・【ペルソナ1】 ペルソナを被る事ができる
・【アーティファクト】 ??
・【■■■■】 ?



 つづかない。










あとがき



 また千雨改造モノです。
 魔改造してますが、弱改造でハードです。友人知人、更には肉体まで損失。どないなんねん、って感じです。
 これは以前「なろう」で投稿した作品です。
 元々「千雨の世界」と関連している話なので、Arcadiaに投稿しようとも思ったんですが、本スレに投稿するのが嫌で、だからといって独自にスレ立てるのもなんか嫌でした。
 けどこのスレ短編スレにしたので、ついでに投稿。
 色々意味があったり無かったりする話なんですが、解釈はおまかせ。
 感想待ってます。


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