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第二章・実践編
第10話 続・踊るチャット会議
 そして翌日の夜。またしても来夏からチャットのログが送られてきた。内容は以下の通りである。





逝王「はいはい、それでは会議を始めますよ~! みなさん、揃ってますか~?」
アラハバキ「はーい!」
フリーザー「もちろんいますよ」
ライカ「はい」
逝王「おや、ダンディさんはどうしました?」
ダンディ「……いるよ」
逝王「おお! ちゃんと全員揃ってますね! それでは、議題の続きです!」
アラハバキ「今日の議題は?」
逝王「フフフフ、フフフのフ。今日の議題は、ズバリ我らがサークルで製作中のゲームの声優についてです!」
アラハバキ「おお! 声優!?」
フリーザー「声優の話ですか。なんとも興味深い」
逝王「エロゲーの肝はヒロインの声優ですからね!」
ライカ「つまり、私の書くシナリオに声が付くということでしょうか」
逝王「その通りですよ、ライカさん!」
アラハバキ「それって、超すごくない!?」
逝王「声のないエロゲーなんてゴミ以下の存在ですからね。いえ、むしろ存在価値などないと言っても過言ではありません。私なら、声の入っていないエロゲーなど頼まれてもプレイはお断りです。もしDVDに焼いてあるエロゲーを無料(ただ)でもらったとしても、フリスビーにして大空に飛ばしてやりますよ!」
フリーザー「ふむ。まさに逝王さんの意見は的を射ています。実にその通りと言えますね」
逝王「というわけで、今夜は声優志望の方をスカウトして連れてきました! 姫花(ひめか)さん、どうぞ~!」
姫花「姫花でぇーす! みんなよろしくね(はぁと)」
アラハバキ「うわ、もしかして女の人!? うわぁ! うわぁ! すっごい!!」
逝王「ヒロインの声優役なんですし、もちろん女の人ですよ! あっはっは!」
フリーザー「素晴らしい。実に素晴らしいですよ」
ダンディ「ライターに続いて、またスタッフに相談も無しに……」
逝王「まぁまぁ。別にいいじゃありませんか! だって、私はディレクターですよ! 一番偉いスタッフが決めたんだからそれでいいのです!」
ダンディ「そうか……」





 ここで、俺は一旦ログを読むのをストップした。

「これはひどすぎる……」

 あまりの展開に目眩がしてきていた。なんなんだこのサークルは。最悪サークルのテンプレを突き進んでいる。

 来夏はこんなサークルで上手くやっていけるのだろうか? 一番最初に接触したサークルがこれだと、先が思いやられる。

 少しの間、目を閉じて首をグルりと回す。ボキボキッと、頸椎の辺りから小気味よい音がした。この音は厳密には骨が鳴っているのではく、骨と骨とを繋ぐ関節部にある髄液の気泡が弾けている音らしい──のだが、今はそんなことはどうでもいいな。俺は眉間を揉みほぐしてイスに座り直すと、再び目の前のモニター画面に映るログの続きを読むことにした。





逝王「姫花さんにはメインヒロインの声優役及び、ゲームのテーマソングを歌ってもらいます!」
ライカ「歌まであるのですか」
ダンディ「声優の話も歌の話も、今回初めて聞いたんだけどな……」
逝王「あれ、言ってませんでしたっけ? まぁ、今言ったからいいじゃないですか! あはははは!」
アラハバキ「女の人だー! やったー!」
フリーザー「素晴らしい」
姫花「いやーん。照れるぅ」
アラハバキ「うおおおお! なんか興奮してきた!」
逝王「おやおや、アラハバキさん落ち着いてくださいね! ああ、そうだ。昨夜はプロローグ部を提出していただきましたが、そろそろシナリオの締め切りが近いですよ。どの程度まで進んでいますか?」
アラハバキ「えーと、その……。まだ、あとちょっとかかりそう、かな」
逝王「ありゃりゃ! あとどのくらいかかりそうですか?」
アラハバキ「えっと……実は最近親があんまりPC使ったらだめだって怒るんです。家族共用のPCでシナリオ書いてると色々うるさくて。それに僕、来年から高校受験で、塾とかもあって忙しいし……。あと、なんだか利き腕も痛くて。……シナリオ書きすぎて腱鞘炎かも。PCも調子悪いし。だから、あと一ヶ月くらいあれば書ける……ような……書けないような」
逝王「あらら! それは大変ですね! じゃあ、あと一ヶ月期限を延ばしましょう! あっはっは!」
ライカ「あの、差し出がましいようですが、本当にそれでいいのでしょうか?」
逝王「やっぱり人間リアルが一番大事ですからね! ディレクターはスタッフのリアルを気遣うくらいじゃないと! だからこれでいいんですよ! あははははは!」
ライカ「はぁ。そうなのですか」
フリーザー「ところで姫花さん、ちょっとよろしいですか?」
姫花「なぁに?」
フリーザー「姫花さんには、彼氏はおられるのですか? 色々詳しく聞きたいので、この後スカイプでも使って個人的に俺とお話しませんか? スタッフ同士、色々と親交を深めましょう」
姫花「えー? どうしよっかなぁ」
アラハバキ「あ、あ! じゃあ、僕も僕も! 姫花さんってどこ住み? 近いんだったら、今度一緒に遊びませんか?」
逝王「あれれ? みなさん、抜け駆けはずるいですよ! 姫花さん、まずはディレクターの私と遊びに行きませんか?」
姫花「やーん。姫花大人気!」
ダンディ「……おい。声優だとか歌だとかって、録音はどうするんだディレクター?」
逝王「ん、録音ですか? もちろん、スタジオ借りて収録しますよ! 同人製作といえど本格志向でいきたいですからね!」
アラハバキ「スタジオ!? なんだかすごい!」
ダンディ「……おい、スタジオ代はどうするんだ? 当たり前だが借りるのは金がいるぞ。それとも、どこか無償で借りられる当てでもあるのか?」
逝王「え? 無償で借りられるわけないじゃないですか! そんなスタジオあるんなら逆に僕に紹介してほしいくらいですよ! いやだなぁダンディさん!」
ダンディ「おい、お前まさか……?」
逝王「というわけで、スタッフのみなさんはスタジオ代を出してください! 一人辺り五千円くらいでいいですので! お金は僕が責任を持って預かりますよ! あ、姫花さんは別に出さなくていいですよ。声優兼ボーカルさんは特別です! なぁに、最終的にコミケで完成したゲームを売れば余裕で元は取れます! 必要経費だと思って今は出してくださいね!」
ライカ「五千円ですか」
アラハバキ「五千円かぁ。お小遣い、残ってたかな……。でも、元が取れるっていうなら出すのは当然だよね。それに、僕の書いたシナリオは五千円の価値は絶対あると思うし!」
逝王「そうそう、その意気ですよアラハバキさん!」
アラハバキ「お金を取って売るってことは、プロと変わらないってことだよね。ってことは、僕はついにプロの仲間入りかぁ!」
フリーザー「まぁ、五千円程度安いものですね。俺は構いませんよ」
ダンディ「……いい加減にしろ。おい、いい加減にしろよ。そろそろ限界だぞ」




 なるほど、スタジオ代五千円か……って、

「おいィ!?」

 ここのサークルではスタジオ代まで取るのかよ! ……お嬢様である来夏にとっては大した金額でないので、もしかして些細なことくらいにしか思っていないのではなかろうか?

 俺がその場にいないのが悔やまれる。ああ、これがすでに終わった後であるログというのがもどかしい! 

 ダンディとかいうスタッフが、ついに堪忍袋の緒が切れたようだが、続きはどうなっている?





逝王「あれあれ? ダンディさん、どうしました? ウンコでも我慢してるんですか? 昨日と同じく腹痛ですか? チャットは気にせずに、トイレなら遠慮なく行った方がいいですよ!」
フリーザー「おや、やはり食あたりですか?」
ダンディ「そんな話をしてるんじゃない!」
逝王「あ、分かった! さてはスタジオ代の事ですね? どうしても足りないのなら、私が千円くらいなら貸してあげてもいいですよ!」
ダンディ「ふざけんな! 金の問題じゃない! 自分はもうこんな企画降りる! これ以上やってられるか!!」
フリーザー「おやおや、急にどうしたんですかダンディさん。まずは素数でも数えて落ち着いたらどうです?」
ダンディ「知るか! 影指定も知らない糞絵師様はデッサンからやり直してこい! 締め切り守れない上に自分のPCも持ってないリア厨はライターやるんじゃねぇ! そもそもここはエロゲの企画だ厨房! ガキは帰れ! それに、挙句の果てに勝手に声優呼んでそのスタジオ代出せだ? ふざけんなよバカヤロウ!!」
フリーザー「はは。もしかして糞絵師ってのは俺のこと、かな? ははは……」
アラハバキ「ガキって僕……?」
フリーザー「おい、少し言葉が過ぎるぞダンディ!」
ダンディ「黙れ」
フリーザー「あ、はい」
姫花「なんだか怖ーい」
逝王「ほら、姫花さんも怖がってるじゃありませんか。落ち着いて下さいよダンディさん! 冷静にいきましょうよ?」
ダンディ「問答無用だ。 自分はもう企画を抜ける。お前とはもう会う事はないだろうよ。 じゃあな」

 ダンディさんがルームから退室しました。

フリーザー「不愉快ですね。俺も落ちますよ」

 フリーザーさんがルームから退室しました。

アラハバキ「ぼ、僕も落ちる」

 アラハバキさんがルームから退室しました。

逝王「あ、あれあれ? なぜだかみなさん落ちてしまいましたね。あ、いやしかし。これで姫花さんと二人きり? 思わぬ役得ですね!」
ライカ「あの、私はまだ残っているのですが」
逝王「おや、これは失礼しました!」
姫花「さっきのダンディって人、なんだか感じ悪ーい」
逝王「まぁまぁ姫花さん! 去る者は追わずです! 私たちで頑張ればいいじゃありませんか!」
姫花「ふーん……。あ、そうだディレクターさん! 姫花、やりたいことがあるんですけどぉ?」
逝王「なんでしょう?」
姫花「姫花もゲームのシナリオ書いてみたい!」
逝王「シナリオですか! 姫花さんの頼みなら、もちろん大歓迎ですよ!」
姫花「やったぁ!」
逝王「それでは姫花さんは、サブヒロインを担当するということで」
ライカ「あの、サブヒロインは私が担当では?」
逝王「おや、そうでしたっけ? まぁ、どの道メインライターはアラハバキさんがすでにいますし。うーん、そうですねぇ。ライカさんは姫花さんのサポートということでいかがでしょう」
ライカ「サポート? それはどういった役職でしょうか」
姫花「えーとねぇ。じゃあ、姫花が考えたお話を、ライカさんが文章にしてほしいなぁ」
逝王「おお、それは名案ですね! ナイスな役割分担です!」
ライカ「つまり、私には姫花さんの考えた原作をひたすら文章にして起こせと」
逝王「まぁ、そんな感じですね!」
ライカ「それはちょっと。私も私で、少しは自分の考えた内容で書きたいのですが。昨日話したような、ファンタジーな世界での冒険譚とか」
姫花「えーっ? そんなこと言うなら、サポートなんていらなーい! 姫花一人でやるしー。アラハバキってライターさんもいるから、あの人に手伝ってもらってもいいしぃ」
逝王「うーん。それではこの際、ライカさんは別の役職に就くというのはどうでしょう?」
ライカ「別の役職とは、具体的にどのような?」
逝王「すぐには思いつきませんが……とりあえず、サークルの雑用、とか?」
ライカ「雑用……。それはお断りします。私はあくまでもライターとして応募しましたので」
逝王「困りましたね。どうしましょう?」
姫花「やりたくないって言ってるんならぁ、やらなきゃいいんじゃないのぉ? せっかくディレクターさんが新しい役職を用意してくれたのに、断る方が悪いと思うしー」
逝王「それもそうですね! ライカさん、どうしますか?」
ライカ「……あの、ライターができないのでしたら、私も企画を降ります」
逝王「おやおや、そんなこと言わずに! 雑用でもいいじゃありませんか!」
姫花「そうだよねぇ?」
ライカ「これで失礼します」

 ライカさんがルームから退室しました。





 ログを読み終えた瞬間、携帯に着信があった。果たしてそれは予想通り来夏からであった。

「来夏か。どうした?」
「師匠、大変です。聞いてください」

 挨拶も無しで、来夏が本題を切り出す。俺はイスの背もたれに体重を預けると、深く腰を下ろした。

「ありのまま今起こったことを話しますと、ライターとしてスタッフ入りしたと思っていたら、一行もシナリオを書かないうちに、いつの間にかライターを解雇されたのでサークルを辞めてきました。何を言っているのか師匠には分からないと思いますが、私も何をされたのか分かりませんでした。頭がどうにかなりそうです」
「そ、そうか。それは大変だったな」
「なんというか、非常に恐ろしいものの片鱗を味わいました」
「ログは読ませてもらったが、あそこは辞めて正解だな」
「ですよね。私もそう思います」
「メインライターが中坊なのも問題だな。エロゲー製作なのに」
「まぁ、それは私もそう思ったのですが。私の方も高校生ですので」
「それもそうか」

 五十歩百歩……なのか? でも、自分用のPCすら持っていない中学生が参加するのは無理があるしなぁ。

「そもそもですね。なんなんですか、あの声優志望とかいう女は。チャットでブリっ子口調して意味があるのですか?」

 淡々とした話し方だが、相当頭に来ているのか来夏の言葉はやや早口だ。げに恐ろしき、女の怒りである。

「というか、女というだけでチヤホヤされすぎではないでしょうか?」
「ネットはそんなもんだよ。そこに女がいれば、男は群れる」

 そういうもんだ。そういうものなんだ。

「なら、私も女だと明かした方がよかったのでしょうか?」
「やめといた方がいいな。別に来夏はチヤホヤされるのが目的じゃないだろう?」
「それはそうですが。しかしですね、師匠。私が言いたいのはですね──」

 本当なら来夏の応募したサークルについて反省会を開く予定だったのだが、結局この夜は延々と彼女から愚痴を聞き続けるだけで終わってしまったのであった。
更新が遅れた分、連続投稿です。
この辺りの場面は、もしかすると読者の方には、どこかで見覚えがあるという方もおられるかもしれません。言うなればノベライズ版です。
書いてる中の人が同じなだけですので、その辺に気付いた方がおられましても、あえて気付かないフリをして、あまり気にせずお楽しみください。
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