「深見。私と付き合って。」
二人しかいない文芸部員のうちの一人であったある先輩に告白されたのは、中二の秋の頃だった。
正直な話。このとき僕は、あぁ、やっとか、と思った。
本を読んだり書いたりするのが好きで入部した文芸部で、一目惚れした先輩。彼女に振り向いてもらうために、いろいろとやった。
小柄なので、本棚の高いところに手が届かない先輩のために、笑顔で本をとってあげることから始まり、本を読み終えた先輩に紅茶をいれてあげたり、休日に近くの古本屋へ案内したり、その帰りにさりげなくケーキと紅茶を奢ってあげたり。
中二の秋までの一年半、先輩に「気が利いて人懐っこい後輩」と思われるために、本当に努力してきた。
……だから。このとき、僕は、先輩の告白にすぐにOKと返したし、先輩が僕を好いているのだと思い、微塵も疑わなかった。
…あぁ、今ならわかる。このときの僕は、実に愚かだった。
「文芸部員」としての先輩以外を知ろうとはしなかったし、先輩の少し申し訳なさそうな笑顔にも、まったく意味を見出さなかったし、時折切なげに校庭を見つめているのは、四季の移り変わりに風情を感じているのだろう、などと思い込み、勝手に納得していた。
………だから、気がつかなかった…否、考えつかなかったのだろう。
文芸部の外にも先輩がいること、そして、僕以外にも「気が利いて人懐っこい人間」なんてたくさんいることにも。
……僕の失敗。いや、失敗どころか、最初から勝負にもなっていなかったけれど。………他にいい表現が見つからない。文芸部員としてあるまじき事態だが、ひとまずそれは置いておこう。
とにかく、失敗は、文芸部以外での先輩に目を向けなかったこと、先輩にとって没個性的な人間に自ら成り下がったこと。
そして、僕がその失敗に気がついたのは、先輩の告白から二日後、日曜日。輩
からの、最初で最後の電話だった。
「もしもし、深見?私よ。……あのね。私、深見に謝らなくてはいけないことがあるの。…二日前の告白。
……あれ…嘘だったの。サッカー部に所属するクラスメイトに振り向いてもらいたくて、私に彼氏ができた、という事実が欲しかったの。
………効果は、覿面だったわ。今日、彼に告白されたもの。
『君に彼氏ができたのは知っている。でも、この思いだけでも君に伝えたいんだ!』
ですって。顔を真っ赤にして手を震わせて、フフ、とっても可愛かったわ。
…と、話がそれたわね。そんなわけで、私は、深見とは付き合えない。
…………深見。私は、本当に残酷なことをしたと思っているわ。
…だって私、深見が私のことを好きだ、ということを知っていたもの。
優しく優しく、本当に紳士的に私に接してくれたわね。
そのことにはすごく感謝しているのよ。
…でもね。私が欲しかったのは…一番求めていたのは、別のものだったの。
わかる?わからないでしょうね。だって、深見が見ていたのは文芸部での私だけで、それ以外の私は一切見ていなかったもの。
…あぁ、ごめんなさい。深見を責めている訳ではないのよ。
…あとね。私、今日で文芸部を引退するわ。
……さすがに、こんなことをしておいて、深見に合わせる顔がないもの。
…最後までわがままで自分勝手な先輩でごめんなさい。
じゃあ、深見。
………さようなら。」
………このとき。僕は、この言葉の意味を理解できなかった。
…否、理解したくなかった。頭の中では、わかっていたはずだから。
…先輩は、もう文芸部にはいないということを。
…この頃の僕は、先輩がすべてだった。
本を読み終えたときに、いつもはほとんど動かない表情筋を動かして、少し嬉しそうに本について語る先輩。
紅茶を飲んで、ホッと一息つきながら銘柄を当ててみせる先輩。
僕をからかって、すねてみせると若干あたふたしながら慰める先輩。
……先輩。先輩。先輩。
次の日。部室でひとり。
……このときになって、ようやく僕は後悔した。何故、もっと先輩を知ろうとしなかったのか。何故、もっと自然体で接しなかったのか。
………何故、もっと早くに、こちらから告白をしなかったのか。
………本当に、本当に。僕は、先輩のことが。
…………心の底から大好きだったのに。
それから一年半後。
高校に入学し、約二週間。
中学に引き続き、文芸部に入ろうと思った。
先輩とのことはまだ少し引きずっているけれど、本は大好きだから。
入部届けを右手に持ち、左手で引き戸の上部をノックする。
「はぁい」
少し舌足らずな声が返ってきた。
舌足らず。中学の頃の先輩とは正反対のキャラかな……などと思いを巡らせ、いやなことも芋づる式に思い出し、若干鬱になりながらも、部室の引き戸を引く。
ありがちなガラガラ、という音を立てずに、滑らかに滑った引き戸に少々拍子抜けしつつ、部室の中へ足を踏み入れる。
………ここで僕は、高校入学後初の失敗をおかした。いや、失敗なのか成功なのかは、今でもわからないけれど。
回避する方法をあえてあげるとするならば、そもそも、中学の頃の先輩のようなクール系のキャラは……まぁ、実際には、仲良くなると非常に可愛いとわかるのだが、それはそれ。
あまりタイプじゃなかった、という事実に目を向けておくべきだった、といったところだろうか。
…いまさら考えても、もう遅いけど。
……まさか。まさかまさかまさか。
「君が深見君?噂は聞いてるよ!本が大好きなんだってね!私も本が大好きなんだ!よろしくねっ!」
………自分が文芸部員萌えだったなんて。
…………今度も、一目惚れだった。
そんな感じのプロローグ。文章の練習と、男女の掛け合いを書いてみたくて作った作品です。
次からはもう少し長くなります。
1週~1カ月1回更新ペースでいかせていただきます。