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竹内博死ス〈2011年6月) [月間掲示板ベスト・スレッド]

>>>三一十四四二三 -- 11/06/28-23:26..No.[12378]
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特撮映画研究家の竹内博氏が亡くなられてそうだ。
ちょうど「OHの肖像」をコケコケに批判した小林信彦のエッセイを読んだところだったので、その偶然に驚いた。
確か竹内氏は欝病を患われ、闘病中だったと伝え聞くが、その死と関係があったのかどうかは、現時点では不明。
その生き様に賛否があったようだが、その業績は賞賛に値しよう。
ご冥福をお祈りします。

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>>> 虜囚第6号 -- 11/06/28-23:50..No.[12380]

 中学卒業後に円谷プロ入社。かき集めたスチール写真の貸し出しで生活していたという、あの方ですか?
 膨大な資料は、今後どうなるのでしょうか?
 とりあえず、京本政樹の手足を縛っておくことですね。

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>>> ゴジ猫 -- 11/06/29-00:08..No.[12383]

胃がんだそうです。享年55歳。濃密な人生だったでしょうが若すぎ!



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>>> 祝 二十郎 -- 11/06/29-00:16..No.[12384]

竹内博さんのところには膨大な特撮関連資料があるので、それが散逸してしまわないことを祈ります。
奇特な人が竹内博記念館みたいなものを建立してくれればいいのですが。

ちなみに京本政樹さんにまつわるロクでもない噂ですが、あれは唐澤俊一氏がネタ元で、しかも殆どがガセのようです。
潮健児氏の通夜の席で京本さんが被り物を持ち出そうとした有名な逸話も、潮健児氏のマネージャーをやっていた唐澤俊一氏が話を面白おかしく大袈裟に広めた、というのが真相のようです。



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>>> 三一十四四二三 -- 11/06/29-13:19..No.[12397]

唐沢俊一は竹内博が
「貴重古書の『怪獣カルタ』を買うために古書市が開かれている10階建てビルの最上階まで、階段を一気に駆け上った」
という話を何かに書いていたが、竹内氏の自伝を読むと、中学時代、氏は陸上部だったらしい。
だいたいオタクの人は運動部には所属しないと思っていたので、とても違和感を感じた。

 ところで唐沢俊一は一時よくテレビなどでも活躍していたようだが、最近は見かけない。本も昔ほど出てないようだなあ。


>>>三一十四四二三 -- 11/06/29-13:38..No.[12398]
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竹内博氏のことを調べていると
「特撮関係の本で一定の収入があったのに、生活保護申請をしていた」
といった批判が多いので驚いた。
一定の収入がないから生活保護を受けていた、と考えるのが普通ではないのか?
(特撮関係の本が生活を潤すほど儲かるとは思えないが・・・)

 1978年に出た柴野拓美の「SF次元へのパスポート」は真剣なSFファンであり続けるために必要なことを書いた隠れた名著だが、ここに
「SFだけ読んでマニアとしての人生を全うしたいなら、仕事などしている暇はない。生活保護を受けなさい」
と凄いことが書いてあって、当時高校生だったわしは仰天したのだけれど、案外竹内氏は、この本を読んで「実践した」のかもしれない。

 何につけ悪く言われている人だが、「ホンモノ」と呼ばれる人の生き様が凡人に理解できようはずがないのだ。

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>>> ひろうす -- 11/06/30-08:45..No.[12408]

私も昔の友人にも、この人のことを無茶苦茶悪く言う人がいて
ちょっと引いてしまったことがあるんですけどね(^-^;)
そんなにあちこちで悪く言われてるんですかね。

たとえば、「ラドン」のことで竹内氏が
「映画としては面白いけど、怪獣としてのラドンはただ出てきて暴れるだけであまり面白みがない」みたいなことを書いていて、
私はまあ、それもそうだなと思うんですが
マニアの人はそれがとてもカチンと気に障る、
みたいなことを聞いた事がありますが。



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>>> 三一十四四二三 -- 11/06/30-11:31..No.[12409]

竹内氏の自伝(今から10年前、45歳の時書かれた)を読むと、東宝怪獣映画マニアのはずの氏なのに、意外に作品の好き嫌いが激しいことがわかります。
今話題の「ウルトラQ」についても『所詮はウルトラマンの前座に過ぎない』などと書いていて、その歯に衣着せぬ物言いは、普通の「ファン」と呼ばれる人からすれば「何だこの野郎」ということになりそうですね。
また「資料の出し惜しみ」癖や金銭に煩い面もあり、人間的には「大伴昌司の悪い面を引き継いだ」とも言われているそうです。

 しかし、わしはそういう欠落した面を持つのは、マニア的人種としてしかたがないことだと思います。
その視野の狭さゆえに特異なジャンルに没頭できるわけで、他の分野でも学級肌といわれる人の多くは一般人とは馴染めないですよね。


>>>三一十四四二三 -- 11/06/30-13:21..No.[12410]
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「本の雑誌」1989年1月号掲載の小林信彦のエッセイ「遠ざかる男の肖像」は、大伴昌司に関する証言集である竹内博編著「証言構成・OHの肖像」の評論である。

「OHの肖像」は竹内氏が支持した「優しい紳士・大伴」と周囲の人が感じている批判的な大伴像のギャップを埋めるべく、多くの関係者の証言を集めた労作である。

しかし小林はこの本を厳しく批判する。(カギ括弧内引用)
 
「読み終えても大伴昌司その人の姿が浮かび上がってこない」
理由として
「日本では死者の否定面を語らないという美風があるため、本音を語る人が少なく、こういう本はそもそも成立しない」
「温厚をもって知られる眉村卓さんの『正直に言えば大伴さんの話をするのは、これきりにしたい』という言葉の裏にある苦さと屈折が、編者(竹内博)にはまるでわかってないのだ」

小林はこの本の『資料』としての価値にも疑問をなげかける。
(1)大伴昌司が「ヒッチコック・マガジン」1962年11月号で初登場したという記述は間違い。
(小林は『ヒッチコック・マガジン』の編集長である)

(2)TBS社員の談話として「中原弓彦が『女性選科』の台本を何回か書いた」とあるのも間違い。
(中原弓彦とは小林信彦のこと)

(3)編集者時代のぼく(小林)が大伴を嫌った、というのは意図的な虚偽。

「OHの肖像」は事実関係を知らぬ者には興味深い部分も多いが、本当に我々が知りたいのは、何故「大伴昌司は『多くの人に』嫌われ、疎まれていたのか?」ということである。
「大伴師匠は優しい紳士である」という先入観を持つ竹内は、この本を作る資格をはじめから欠いていたということになる。


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>>> J・KOYAMA -- 11/06/30-14:20..No.[12412]

小林信彦のようになりたかった若き日の大伴。
大伴昌司のようになりたかった若き日の竹内。
3人はひとことで言うと「マニアック=オタク」という共通点がありますね。
同類はとことん合うか、反発してしまうかのどちらかで落ち着きます。

このエッセイを最初に読んだ頃の自分は純粋な小林ファンでしたけど、今はファンでも「御本人も対人的に偏った部分を持った、執念深いヒト」という認識で読むようになっているので、とらえ方も違ってきています。

竹内博、小林信彦のところへしっかりウラ取り取材に行けば良かったのに。



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>>> 三一十四四二三 -- 11/06/30-23:26..No.[12416]

なんだか「OHの肖像」は、大伴昌司の冤罪を晴らそうと企画したのに、まずい証言ばかり集まってしまい、逆に大伴がいかに問題のある人物だったかを後世に残す結果になってしまったようにも思えますね。
しかし竹内博自身は「大伴は優しい紳士だ」という信念があるから、その矛盾に気づいてないというか・・・



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