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第四話 惣流アスカの憂鬱
日本行きが決定したと聞いた時、アタシは狂喜した。
これでやっと使徒と戦う事が出来る。
本当は最初に襲来した使徒もアタシの弐号機が日本に行って倒すはずだった。
日本の本部に居たファーストチルドレンはシンクロ率が低くて戦力にならないと聞いていたからだ。
それが突然現れたサードチルドレンによって使徒が3体も倒されるなんて!
でも、3体目の使徒を倒すのにかなり苦戦したみたい。
戦列を離脱した零号機の代わりに弐号機が呼ばれたってわけ。
待ってなさいよ、エースパイロットはアタシだって事を思い知らせてやるんだから!
ドイツのヴィルヘルムスハーフェンを出港したアタシと弐号機を乗せた船は国連の艦隊に守られて日本に向けて出発した。
加持さんもアタシと一緒に日本に来てくれると聞いて、嬉しかった。
アタシはエヴァのパイロットとしての英才教育を受けていたから、ネルフの外からほとんど出られない。
機密情報が外に出てしまうのを防ぐために、未成年のアタシは外部とのネット通信を遮断されている。
こんな状況だったからアタシに同世代の友達ができるはずもない。
そんなアタシに優しくしてくれたネルフの人が加持さんだった。
作戦部長はアタシをしごいてばかりで好きにはなれなかった。

「ねえ加持さん、日本に着いたらアタシは中学校って学校に通えるのよね」
「ああ、きっと同い年の友達がたくさんできるぞ」

そこではアタシがエヴァンゲリオンのパイロットだと身分を明かしても問題無いみたい。
アタシがエースパイロットだと知れれば、きっと憧れの的ね。
そのためにもサードチルドレンに負けるわけにはいかないわ!

「ええーっ、アンタがサードチルドレン?」

甲板の上で碇シンジと名乗ったサードチルドレンと対面したアタシは驚きと失望を同時に感じた。
ドイツを出る前に顔写真を見せられた時もなよなよした男だと思っていたけど、実際に会って見るとチビでやせっぽちで、表情も自信の欠片も感じられない情けない印象を受けた。
こんなやつをライバル視していたアタシもどうかしていたわ。
きっと3体も使徒を倒したのもまぐれに決まっている。
それよりも油断ならないのは加持さんの昔の恋人だったって言う葛城ミサトって女だ。
加持さんの方から振られたって話だけど、アタシは加持さんのような良い男を振るなんて信じられない。
アタシの目の前で加持さんとミサトは親しげに話しているように見える。
どうやら久しぶりの再会に積もる話があるみたいだった。
アタシは石像みたいに黙り込んでいるサードチルドレンを眺めていると退屈して来た。
そうしていると、衝撃を受けたのか船体が大きく揺れた。
使徒襲来の知らせにアタシの胸は高鳴る。
アタシのデビュー戦の時がやって来たのだ。
そうだ、サードチルドレンの目の前でアタシの華麗な操縦テクニックを見せてやるわ。
浮かれてるサードチルドレンの天狗の鼻をへし折ってやる。
アタシはサードチルドレンの胸倉をつかんで強引に引っ張って弐号機へと向かった。
そしてアタシの予備のプラグスーツをサードチルドレンに投げ付ける。

「さあアンタもこれに着替えるのよ」
「えっ、でも……」
「着・替・え・な・さ・い」

アタシが思いっきりにらみつけると、サードチルドレンはプラグスーツに着替え始めた。
そうそう、おとなしくアタシの言う事を聞けばいいのよ。
アタシもプラグスーツに着替えていると、後ろから視線を感じて振り返った。
そして、アタシを見ていたサードチルドレンと目が合う。

「き、着替え終わったから……えっと……そ、惣流さんってさ、スタイルが良いよね」

アタシはサードチルドレンの言葉を聞いて頭に血が昇るのを自覚する。

「このバカっ! のぞくなんて何考えているのよ!」

そう叫んだアタシはサードチルドレンにパンチを食らわせた。
突き飛ばされたサードチルドレンは壁に後頭部を打ちつけて伸びてしまった。
もうこいつの事をサードチルドレンなんて呼ばない。
バカシンジ、それが新しい呼び名だった。
アタシは気絶したシンジをエントリープラグまで引っ張り込むと、弐号機の起動を開始した。
先にシンジをエントリープラグに押し込んだので、アタシはシンジの膝の上に乗る形になった。

「あ、あれ……ここは……?」

シンジが気が付くと、思考ノイズが発生し、弐号機はエラーを起こした。

「ほらっ、アンタのせいで起動に失敗したじゃないの、ドイツ語で考えなさい!」
「バ、バッハ!」

シンジのバカさ加減にあきれたアタシは日本語モードで起動を再開した。
ドイツ語モードよりシンクロ率が下がるのよね、しかもシンジと言う異物を混入してるし。
でもシンクロ率はいつもと変わらなかった、いや、逆にいつもより高かった。
実戦で最高記録を更新するなんてアタシって天才ね!
出現した使徒は魚のような形をしていた。
それなら話は簡単だ、大きな船の上で待ち受けて顔を出したところを切り裂いてやる。
アタシはエヴァを操り海に浮かぶ艦隊の甲板を跳ねて一番大きな戦艦の甲板へと飛び移ろうとした。
しかし、アタシは股の間に違和感を覚えてしまった。
何か変な物が当たっている。
アタシはシンジの膝の上に座っている事に気が付くと血の気が引いた。

「このスケベシンジ、何を考えているのよ!」
「こ、これは不可抗力だよ!」

焦ったアタシは操縦を誤って弐号機は海の中に落ちてしまった。
さらに手に持っていたプログナイフを流されてしまう。
つまり武器を無くしてしまったわけだ。
これでは使徒を華麗に切り裂いて倒すことなんてできない。

「アンタのせいでデビュー戦がメチャクチャよ!」
「そ、そんなこと言われても……」
「シンジ君も弐号機に乗っているの!?」

アタシとシンジが言い争いをしていると、通信からミサトの声が聞こえて来た。
ミサトはアタシとシンジが協力して使徒の口をこじ開け、無人の戦艦で使徒のコアに零距離射撃を行って撃破する作戦を立てた。
アタシの実力を見せつける形で使徒を倒したかったけど仕方が無い、負けてしまうよりはマシだ。
ミサトの作戦に従ってアタシは使徒を倒すことに成功したのだった。

「シンジ君が弐号機に乗ってくれて助かったわ。おかげで使徒を倒すことが出来たし」
「何を言ってるのよ、ミサト! シンジはアタシの足を引っ張ったのよ!」
「はいはい、解ったわよアスカ」

ちっとも解ってない!
次の使徒はアタシが華麗に倒してやるんだからね!
でも次の使徒戦は散々だった。
単独出撃で倒してやると大見得おおみえを切ったアタシだけど、2体に分裂した使徒を倒すことが出来ず弐号機は畑に投げ飛ばされてしまった。
その後、戦略自衛隊の空軍機がN2爆弾を投下することで使徒の構成物質の45%にダメージを与え、何とか足止めに成功。
完敗したアタシは司令や副司令達の見ている前で大恥をかいてしまった。
ミサトは2体に分裂した使徒を倒すためには初号機と弐号機の同時攻撃しかないと作戦を立てた。
そして、なんとミサトは生活リズムを合わせるためにシンジと同居しろと言って来た。

「ちょっと、何を言い出すのよ! 『男女七歳にして席を同じうせず、食を共にせず』ってグランマ(お祖母さん)も言ってたわよ」
「あらアスカ、随分と古い言葉を知っているのね。でもいいの? 拒否したらレイが弐号機に乗ることになるけど」

弐号機にアタシ以外の乗せるなんて、そんなの耐えられない!
だってママはアタシのために自分から進んでエヴァになったんだから!
弐号機を人質に取られた形になったアタシはシンジと同居する事を受け入れた。
あいつ、アタシの体に反応していたし、襲って来やしないでしょうね。

「大丈夫よ、私や司令も夜は家に居るんだし」

何ですって!?
今、ミサトは“司令も”って言わなかった?
改めて確認すると、アタシは碇司令の家にミサトとシンジと同居することになったらしい。
こ、これは悪夢よ!
早く使徒を倒して同居を解消するしかないわ!
それからアタシにとって憂鬱な日常生活が始まった。
まず生活用品を買うためにシンジに道案内をさせて商店街に買い物に行ったんだけど、そこでクラスメイトに見つかってしまったのよ!
シンジのやつはバカ正直にアタシと同居している事を話してしまった。
さらに追い打ちをかけるように碇司令が同居しているから問題が無いなんて言うもんだから、早くも『親公認の婚約者』とレッテルを貼られてしまった。
明日からどの面下げて学校に通えばいいのよ!
家に帰ると、シンジは夕飯の調理を始めた。
どうして保護者役のミサトが作らないのかと尋ねると、シンジはミサトは帰りが遅いし、世話になっているからだと話した。
ふん、ミサトに懐いちゃって、アタシは飼い慣らされたりしないわよ!
そして、アタシは夕食前にお風呂に入ることに勧められたけど、冗談じゃないわ!

「でも、湯船に入った方がスッキリするよ?」
「別に良いわよ、ドイツに住んでいたアタシはシャワーを浴びるだけだったし」
「僕も伯父さんの家に居た頃はシャワーを借りるだけだったけど、ここでは父さんも文句は言わないし遠慮することは無いよ」

シンジは目を輝かせて湯船の素晴らしさを訴えかけてくる。
まさか変な事を考えているんじゃないでしょうね。
アタシは自分が入った後、シンジや司令が入る事を考えてゾッとしたが、湯船に浸かってみた。
あっ、意外と気持ちいい。
ミサトの話だと日本は湿気が多いから湯船に入る方がアカも落ちて気分もスッキリするんだとか。
お風呂から上がったアタシはシンジをからかう事にした。
着ている服をバスタオルに完全に隠してシンジの居るダイニングキッチンまで向かう。

「シ~ンジ」
「えっ、ちょっと惣流さん、服を着てよ!」
「そんなこと言っちゃって、アタシの裸に興味あるんでしょう」

振り返って耳まで赤くなったシンジにアタシはそう言って体に巻いたバスタオルを取った。
アタシはシンジの反応を見て大笑いするつもりだったけど、タイミングが悪すぎた。
シンジは手に持っていたお玉を足元に落としてしまったのだ。
お玉の中に入っていた熱いスープがシンジの足にかかり、シンジは悲鳴を上げる。

「は、早く靴下を脱がなきゃダメじゃない!」

アタシは熱湯でぬれたシンジの靴下を脱がせると、冷蔵庫から氷を取り出してシンジの足にぶちまけた。
その処置もあってかシンジが大事に至らなくてアタシはホッと胸をなでおろした。
あんな危ない目にあったというのに(アタシのせいだけど)シンジは料理を続けると言うから、アタシはシンジを手伝う事にした。

「じゃあ、アスカは野菜を切ってくれる?」
「任せなさい!」

アタシはシンジに自信いっぱいに答えたけれど、包丁なんて持ったことが無い。
こうなったら、エヴァのプログナイフと同じと思えばいいのよ!
アタシは思う存分、包丁を振るった。

「……見事な乱切りだね」

シンジは困った顔でため息をついている。
何よ、アタシが手伝ってやったと言うのに!
……ゴメン、アタシが悪かったわね。
心の中でこっそりと謝った。
料理を終えたシンジはテーブルに4人分の食事を並べ始めた。
アタシだってお皿を運ぶぐらいできるんだからね。
シンジを手伝っているうちに、アタシはある事に気が付いた。

「シンジ、これはどういう事よ!」
「あっ、そうか、アスカはまだはしが苦手なんだね」

シンジはそう言ってスプーンとフォークを用意して、ご飯を茶碗から皿へと移し替えた。

「そういう事じゃなくて、野菜や魚だけじゃなくて、ほらもっと肉料理とかないの?」
「肉なら野菜炒めに入っているよ」
「アタシはステーキとか、ハンバーグとか食べたいの!」
「じゃあ父さんにお願いして、今度してもらおうか」
「今度ですって? アタシは今すぐ食べたいの」
「ワガママ言うなよ」

アタシとシンジはささいな事からケンカになってしまった。
ドイツ支部に居た時はアタシは食堂で自由に好きな物を注文することが出来たのに。

「アスカ、郷に入れば郷に従えって言うし、和食にも慣れてもらいたいわね」

いつの間にかミサトが帰って来てアタシに声を掛けてきた。

「夕食のメニューが和食なのは司令の好みなんだけどね、この食生活に慣れれば美容にも良いし、悪くないわよ」

ミサトは司令と同居するようになってからビールを大量に飲むわけにも行かず、ビール腹や食生活も改善されてウェストも引っ込んだと付け加えた。
でもアタシはまだ若いんだから、関係の無い事よ。

「あー、お腹すいちゃった。何でもいいから早くご飯を食べようよ」

アタシは席についてそう言ったけど、シンジとミサトは首を横に振った。

「ご飯は父さんが帰って来てからだよ」
「そうそう、司令は今日は遅くならないって言っていたし、食事は家長が来てから食べないとね」

そこまで縛られなくてはならないのか。
アタシはこれからの規則正しい生活を思うとため息が出た。
司令が戻って来て、息の詰まるような夕食が始まった。
アタシは慣れない箸での食事に苦戦する。

「シンジ、学校はどうだ?」
「別に、問題無いよ」
「そうか」

何よ、その味気無い親子の会話は?
ミサトによると、毎日こんな感じらしい。
夕食の後は当然司令が家にいるもんだから、タンクトップにホットパンツでリビングに寝っころがるなんて事は出来ない。
部屋に戻ってやっと1人になれたアタシはため息をついた。
こんな窮屈な生活は長く耐えられそうにない。
早く使徒を倒して気ままな生活に戻りたいとアタシは願っていた。
でも、後にアタシ達を待ち受ける重い憂鬱に比べたら、こんなのは大した事じゃなかったのよ。
だってアタシ達3人は重い罪を犯してしまう事になるんだもの……。
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