朝起きるとキュゥべえになっていた。
キュゥべえとは何かだって?
まどかマギカっつーけったいなアニメの似非マスコットキャラだよ。
全体的に白くて、両眼が赤くて、四足歩行で、尻尾が大きくて、背が低くて、背中に口がある。
『あれ? 君みたいな個体いたっけ?』
あと口を動かさずに喋る。
「いや、自分は……」
『どうして声帯動かしてるの? テレパシーはどうしたのさ?』
「ええ、ですから……あっしは、インキュベーターじゃあ御座いませんのよ」
『ん? どういうことだい?』
「話せば長くなるとです……」
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『ふん? この世界はアニメーションを用いた映像作品にすぎず、僕もその中の一登場キャラクターにすぎないと?』
「へえ……」
『それで、君はアニメの世界に迷い込んだメタ世界の人間だと、そう言いたいのかい?』
「ええ、まあ、はい」
『ナンセンスだ』
ばっさりである。
それもそうだ。
自分の生きている世界がアニメなどと言われて、誰が信じるというのだ。
荒唐無稽、支離滅裂。
『君、ちょっとおかしいよ』
俺じゃない方のキュゥべえが顔を寄せてくる。
無表情だからちょっと怖い。
『じっとしてて。診てあげる』
そう言うとコツンと額を当ててきた。
ふぉぉぉ、イメージしろ俺!
目の前にいるのは全裸美女、全裸美女、全裸美女。
『……なんだこれは』
「ふぉ……?」
『そんな、そんな馬鹿なことが……僕たちは……』
「どしたん?」
『……何が宇宙の終焉の回避だ。それっぽいこと言わせただけじゃないか』
「ん~?」
『何がインキュベーターだ。話を盛り上げるための舞台装置じゃないか。滑稽な……』
「おーい」
『君の記録、見させてもらったよ』
まあ、ひどい。
プライバシーの侵害ですわ。
『君はどうやってここに? どうすれば君のいた世界に行ける?』
「それは俺が知りたい」
『だろうね……あーあ……』
キュゥべえの尻尾が老犬のように垂れ下っている。
完全に意気消沈してしまったようだ。
ちょっとかわいそう。
「うーん、思うにさ。今の俺らには高さが足りないんじゃないかな。二次元的な意味で」
『ああ』
「スタンダップ! 身長伸ばして三次元を目指そうぜ!」
『ああ』
駄目だ。
生返事しか返ってこない。
「チッ! いいぜ、一生そうしてろ! 俺は美少女と契約してウハウハしてくるからよ!」
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そんなこんなで高速道路を爆走する一匹の白き獣、つまり俺。
「ロリ巨乳……! 待ってろよ……! 毎日一緒にお風呂入ってやる……!」
事故はどこだ。
事故車はどこだ。
まだか?
まだなのか?
「事故はきっと~起こるよ~」
トーマス、トーマス。
と、そのとき。
――――キキーッ!
アスファルトがタイヤを切りつける音!
逆か!?
まあいい!
約500メートル前方でクラーッシュ!
轟音!
そして炎上!
「ヒャッハー! もう我慢できねえ! 契約だ!」
この逸る気持ちを抑えることなどできぬ!
燃え上がる四輪駆動車にダッシュ!
窓ガラスバリーン!
「お嬢ちゃん! 助けに来たぜ!」
「ぁ……たす……けて……だれ……か……」
ああ、何て事だ。
貴重な小学生が虫の息。
「いいから契約だ! 早くしろ! 間に合わなくなっても……」
あっ、ちょっと待って。
契約ってどうやるんだろ。
「……ウェイト・ア・モーメント」
来た道を急ぎ引き返す。
嬢ちゃん、死ぬなよ!
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「べーやん! べーやん! 契約ってどうやんの!?」
『べーやんって、僕のこと?』
「イエース! ユー!」
『フッ、もう契約なんてしないさ。全部無意味なんだ。あぁ、宇宙が滅べば僕たちも終われるだろうか』
「んなこたぁどうだっていいんだよ! 小学生が死にそうなんだよ!」
『……助けたところで何の意味がある? 君にとって、この世界はただの絵なんだろ?』
「理屈じゃねえんだ! 二次元だろうが! 三次元だろうが! 小学生は宝物なんだよ!」
『なんだ? 何が君をそこまで駆り立てる? 絶望しないのか? この世界に未来はないんだぞ? 続きなど有りはしないんだぞ?』
「大丈夫だ! 二次創作がある! ゲームだって出るんだぜ! 俺達は買えねえし、読めねえけどな!」
『……一つだけ聞かせてほしい。僕たちは何者だ? 何故宇宙を救おうとする? 資料集にはなんて?』
「……どんな名作アニメでも、練られてない設定くらい、ある」
『そうか……』
・
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『少女よ、君の願いを聞こう』
「し……に……た……」
「馬鹿野郎! 死にたいなんて言うやつがあるか! 俺なんてなあ! HDDの処理できなかったんだぞ!」
『ちょっと黙って』
「た……す……け……て……」
『ん、分かった。必ず助ける』
キュゥべえが耳毛を伸ばし、少女の未発達な胸に軽く触れる。
『ここに契約は果たされた。もう大丈夫だよ』
「ぁ……」
先程までの苦悶の表情が消え失せ、一転穏やかな顔になる。
『ソウルジェム……か』
「やっぱり扱き使うの?」
『言っただろう? 意味が無いって。この子に何もやらせたりはしないさ』
「でも穢れ溜まっちゃうじゃん」
『それは……いや、そこまで面倒を見る義理はない筈だ』
「あれれ~? いいのかな~? 俺のいた世界に行く方法、教えてあげないぞ~?」
『戯言を』
「……奇跡だよ」
『なにを……まさか! いや、しかし……』
「思い当たったか。そう、願わせるんだ。俺たちを三次元に移動させろと」
『可能、なのか?』
「時間だけはあるんだ。のんびりやろうぜ」
救急車のサイレンが近付いてくる。
ドップラー、ドップラー。
「当面は、この子の家に厄介になるってことで」
『存在の証明……果たしてみせる』