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[29763] 【習作】べーやんのいる生活(現実→まどか)
Name: Orz~◆9ae9ff3a ID:7809b372
Date: 2011/09/14 21:14
朝起きるとキュゥべえになっていた。

キュゥべえとは何かだって?

まどかマギカっつーけったいなアニメの似非マスコットキャラだよ。

全体的に白くて、両眼が赤くて、四足歩行で、尻尾が大きくて、背が低くて、背中に口がある。

『あれ? 君みたいな個体いたっけ?』

あと口を動かさずに喋る。

「いや、自分は……」

『どうして声帯動かしてるの? テレパシーはどうしたのさ?』

「ええ、ですから……あっしは、インキュベーターじゃあ御座いませんのよ」

『ん? どういうことだい?』

「話せば長くなるとです……」





『ふん? この世界はアニメーションを用いた映像作品にすぎず、僕もその中の一登場キャラクターにすぎないと?』

「へえ……」

『それで、君はアニメの世界に迷い込んだメタ世界の人間だと、そう言いたいのかい?』

「ええ、まあ、はい」

『ナンセンスだ』

ばっさりである。

それもそうだ。

自分の生きている世界がアニメなどと言われて、誰が信じるというのだ。

荒唐無稽、支離滅裂。

『君、ちょっとおかしいよ』

俺じゃない方のキュゥべえが顔を寄せてくる。

無表情だからちょっと怖い。

『じっとしてて。診てあげる』

そう言うとコツンと額を当ててきた。

ふぉぉぉ、イメージしろ俺!

目の前にいるのは全裸美女、全裸美女、全裸美女。

『……なんだこれは』

「ふぉ……?」

『そんな、そんな馬鹿なことが……僕たちは……』

「どしたん?」

『……何が宇宙の終焉の回避だ。それっぽいこと言わせただけじゃないか』

「ん~?」

『何がインキュベーターだ。話を盛り上げるための舞台装置じゃないか。滑稽な……』

「おーい」

『君の記録、見させてもらったよ』

まあ、ひどい。

プライバシーの侵害ですわ。

『君はどうやってここに? どうすれば君のいた世界に行ける?』

「それは俺が知りたい」

『だろうね……あーあ……』

キュゥべえの尻尾が老犬のように垂れ下っている。

完全に意気消沈してしまったようだ。

ちょっとかわいそう。

「うーん、思うにさ。今の俺らには高さが足りないんじゃないかな。二次元的な意味で」

『ああ』

「スタンダップ! 身長伸ばして三次元を目指そうぜ!」

『ああ』

駄目だ。

生返事しか返ってこない。

「チッ! いいぜ、一生そうしてろ! 俺は美少女と契約してウハウハしてくるからよ!」





そんなこんなで高速道路を爆走する一匹の白き獣、つまり俺。

「ロリ巨乳……! 待ってろよ……! 毎日一緒にお風呂入ってやる……!」

事故はどこだ。

事故車はどこだ。

まだか?

まだなのか?

「事故はきっと~起こるよ~」

トーマス、トーマス。

と、そのとき。

――――キキーッ!

アスファルトがタイヤを切りつける音!

逆か!?

まあいい!

約500メートル前方でクラーッシュ!

轟音!

そして炎上!

「ヒャッハー! もう我慢できねえ! 契約だ!」

この逸る気持ちを抑えることなどできぬ!

燃え上がる四輪駆動車にダッシュ!

窓ガラスバリーン!

「お嬢ちゃん! 助けに来たぜ!」

「ぁ……たす……けて……だれ……か……」

ああ、何て事だ。

貴重な小学生が虫の息。

「いいから契約だ! 早くしろ! 間に合わなくなっても……」

あっ、ちょっと待って。

契約ってどうやるんだろ。

「……ウェイト・ア・モーメント」

来た道を急ぎ引き返す。

嬢ちゃん、死ぬなよ!





「べーやん! べーやん! 契約ってどうやんの!?」

『べーやんって、僕のこと?』

「イエース! ユー!」

『フッ、もう契約なんてしないさ。全部無意味なんだ。あぁ、宇宙が滅べば僕たちも終われるだろうか』

「んなこたぁどうだっていいんだよ! 小学生が死にそうなんだよ!」

『……助けたところで何の意味がある? 君にとって、この世界はただの絵なんだろ?』

「理屈じゃねえんだ! 二次元だろうが! 三次元だろうが! 小学生は宝物なんだよ!」

『なんだ? 何が君をそこまで駆り立てる? 絶望しないのか? この世界に未来はないんだぞ? 続きなど有りはしないんだぞ?』

「大丈夫だ! 二次創作がある! ゲームだって出るんだぜ! 俺達は買えねえし、読めねえけどな!」

『……一つだけ聞かせてほしい。僕たちは何者だ? 何故宇宙を救おうとする? 資料集にはなんて?』

「……どんな名作アニメでも、練られてない設定くらい、ある」

『そうか……』





『少女よ、君の願いを聞こう』

「し……に……た……」

「馬鹿野郎! 死にたいなんて言うやつがあるか! 俺なんてなあ! HDDの処理できなかったんだぞ!」

『ちょっと黙って』

「た……す……け……て……」

『ん、分かった。必ず助ける』

キュゥべえが耳毛を伸ばし、少女の未発達な胸に軽く触れる。

『ここに契約は果たされた。もう大丈夫だよ』

「ぁ……」

先程までの苦悶の表情が消え失せ、一転穏やかな顔になる。

『ソウルジェム……か』

「やっぱり扱き使うの?」

『言っただろう? 意味が無いって。この子に何もやらせたりはしないさ』

「でも穢れ溜まっちゃうじゃん」

『それは……いや、そこまで面倒を見る義理はない筈だ』

「あれれ~? いいのかな~? 俺のいた世界に行く方法、教えてあげないぞ~?」

『戯言を』

「……奇跡だよ」

『なにを……まさか! いや、しかし……』

「思い当たったか。そう、願わせるんだ。俺たちを三次元に移動させろと」

『可能、なのか?』

「時間だけはあるんだ。のんびりやろうぜ」

救急車のサイレンが近付いてくる。

ドップラー、ドップラー。

「当面は、この子の家に厄介になるってことで」

『存在の証明……果たしてみせる』



[29763] マミちゃんのいる生活
Name: Orz~◆9ae9ff3a ID:7809b372
Date: 2011/09/15 23:02
俺たち三次元進出委員会は、不運と踊っちまったマミ嬢と面会するべく病院へ足を運んだ。

「と~もえちゃんの病室はどこかな~」

『はぁ、何が悲しくて子どものお守りなんか……』

「べーやん、そんな仏頂面すんなよ。子どもが怖がるでしょうが。スマイルスマイル」

『こうかい?』

小首を傾げてニッコリと笑うキュゥべえ。

「グーッド!」

『やだなぁ、もう媚びなんか売りたくないよ』

「拠点の確保は必要っしょ。我慢しな」

と、と、ともえ、巴。

「ありましたな」

スライド式のドアを前足で開ける。

「ヘイ! ガール! 加減はいかが!?」

「ぅ、ぅぅ、ぅぁぁ……! ぱぱ、まま……!」

小山のように盛り上がったベッドから少女の嗚咽が漏れてくる。

『両親の死が一行分のシナリオに過ぎないと知ったら、彼女はどんな顔をするのだろうね。まったく茶番だ、茶番』

キュゥべえの言葉は冷やかだ。

いや、己の身を嘲っているだけかもしれない。

「ちょっくら慰めてくる」

こんもり布団に潜り込む。

「すーっ、すーっ、すーっ、すーっ、はぁぁぁぁぁぁぁぁ」

女子小学生の匂いのこもった密閉空間で深呼吸。

汗臭い!

でも嫌じゃない!

不思議!

「だ、だれ? だれかいるの?」

「通りすがりのラフメイカーさ。君に笑顔を届けに来た」

掛け布団バッサー!

くせ毛気味の金髪少女が姿を現した!

「きゃっ! ね、ねこさん……?」

「猫? ちがーう。あっしの名は……」

待てよ。

せっかくだ。

淫語言わせよう。

「まんまん」

「まんまんさん?」

「さんはいらない!」

「ひぁ……ごめんなさい……」

『馬鹿やってんじゃないよ。僕はキュゥべえ、こっちは二号だ』

「べーやん、一号やりたかったのか……」

意外と自尊心があるのか?

「あなた達は、いったい……」

『君の名前は?』

「え? マミ、だけど」

『マミ……綺麗な響きだ。君によく合っている』

そうか?

ありふれた名前だぞ?

「あ、ありがとう……」

恥ずかしそうに俯くマミちゃん。

「……はっ!」

よもや!

すでに攻略は始まっている!?

この俺をダシに!?

老獪な!

『僕たちはね、君のご両親に頼まれて来たんだよ』

「え……?」

「何それ初耳なんですけど」

『パパとママは天国に行っちゃうけど、マミが寂しくないようにって僕たちを呼んでくれたんだ』

なにこいつ。

息をするように嘘つくぞ。

お前、嘘はつかないんじゃなかったのか?

「そんな……! やだよ……! おいてかないで……!」

『そうだね。パパとママが一緒の方がいいよね。ごめんね。でも僕たちも頑張るからさ。傍にいさせてほしい』

そんな臭えセリフを吐きながら、マミちゃんの濡れた頬をハンカチで拭うキュゥべえ。

紳士すぎワロタ。

「うん……! わたしのほうこそ、ごめんね……! ないてちゃ、だめだよね……!」

『ダメなことなんてあるか。強くなんかならなくていい。僕たちが守ってあげる』

「あり、がとう……」

目尻に涙を浮かべながらも、マミちゃんは少しだけ微笑んだ。

「イイハナシダナー」





時は流れ、マミちゃんの退院日。

いや、実際のところそんなに日は経ってない。

病は気から。

俺たちの献身的な介護により、彼女は元気を取り戻したのだ。

それはさておき。

「小学生の一人暮らしとか許されんのか?」

『所詮つくりの甘いフィクションだ。どうとでもなる』

「恨み骨髄やな。お前を元の世界に連れてったら、先生刺しに行くんじゃないかと不安になるわ」

『それだよ。本懐を忘れるな』

「へえへえ、分かってますよ。俺も帰りたいし」

『しかし、三次元という概念をどうやって認識させればいいのか……』

「難しいですな。俺も四次元とかさっぱりだ」

「二人とも! お待たせ!」

マミちゃんが満面の笑みで俺たちの元へ駆けてくる。

くりん、とした金糸のおさげが風に揺れた。

『それじゃ、案内してくれ。僕たちの家に』

「こっちよ、着いてきて」

「はぁー! いよいよかー! 帰ったらお風呂入ろうねー!」

「そうね。タオルで拭くだけなんてもう耐えられないもの」

「フヒヒ」

『やれやれ』





道中何事もなくファミリーマンションに到着。

そしてエレベーターで巴さん家の部屋へ。

「パパとママの荷物……片付けないとね」

マミちゃんが寂しそうにポツリと零した。

「まあまあまあまあまあ、まずは風呂もらいましょうや」

『お湯沸かしておいたよ』

「流石べーやん! よっ! 気遣いのできる男!」

『僕に性の別はない』

「魂のふぐりがあるだろ!」

ギャーギャーと主に俺が騒ぎながら、一人と二匹で浴室へ向かう。

「ふぅ、あせくさ……」

シュルシュルと衣擦れの音を響かせながら、服を脱いでいくマミちゃん。

「えいっ」

ブラはまだらしく、年相応の子どもっぽい肌着を洗濯かごに放り投げた。

「……」

無言で正面に位置取り少女の裸体をまじまじと眺める。

「ん?」

今はささやかな膨らみでしかないが、俺はこの双丘が未完の大器であることを知っている。

「どうかした?」

それにしてもだ。

この桜色のぽっち。

美しすぎる。

まさにエロゲ。

「おーい」

『ほっときなよ。さあ、入ろう』

待て!

下がまだ!





『湯船に浸かる前にしっかり体を洗うんだよ』

「はーい」

「べーやん、俺らはええやろ。この体汚れづらいし」

『子どもが真似するから駄目』

「おかんや、おかんがおる……」

『一人で頭洗える?』

「だいじょうぶ」

『そう、偉いね』

……あっ。

俺をスポンジとして使わせればよかった。

まあいい、明日やろう。

「垢がいっぱい……」

「食うべきか、喰わざるべきか、それが疑問だ」

『君の世界の食文化はわけがわからないな』

ソーリー、みんな。

誤解させちまった。

「おっふろ~、おっふろ~」

汚れを落とし、すっきりしたマミちゃんがお湯にそっと足をつける。

「熱っ! あちち……ちょっと熱い」

『ああ、みんなで入るからさ。熱めにしといたの。先に入って冷ますね』

トプンと軽い音を立て、キュゥべえが湯船に浮かんだ。

「二号丸行きまーす!」

ペンギンのような姿勢でダイブ!

上がる水しぶき!

浅すぎる底!

激突する頭!

「うおおおおお!」

激痛に身悶える俺!

『結果は見えてただろうに……』

「ふふっ、あははっ」

『悪いね。この馬鹿のせいでお湯減っちゃったよ』

「ううん、いいの」

マミちゃんが浴槽に腰を下ろす。

そして何を思ったのか、俺とキュゥべえを胸の前に抱きかかえた。

「温かいね」

「……合意と見てよろしいか?」

辛抱堪らず尻尾で乳首をこしょこしょ責める。

「んっ……んん?」

「へっへっへ」

『やめなさい』

「ぶへぇっ!」

すぐ脇のキュゥべえに猫パンチをかまされてしまった。

「もう! ケンカしちゃダメ!」

『ごめんごめん』

「みんな仲良く、ね?」

『ああ』

……俺は知っている。

計画が成功しようが失敗しようが、俺たちはいずれここを去る。

だから、せめて今だけは。

「やっ! やだぁ! そんなところ舐めないで!」

『二号! 自重しろ!』



[29763] ささやき…えいしょう…いのり…ねんじろ!
Name: Orz~◆9ae9ff3a ID:7809b372
Date: 2011/09/16 23:14
『この世界はアニメに準拠している。設定上存在しない少女との契約は不可能だろう』

「シビアやねぇ」

『現在から未来にかけて、契約可能となる少女は四人だけだ。無駄撃ちはできない』

「うーん……そう考えると、マミちゃん落としたのは痛かったか」

『そして魔女の数、すなわちグリーフシードの供給源も限られている。そう何人もの魔法少女を維持する余裕はない』

「最悪、養殖も視野に入れとかないとな」

『さて、マミは学校に行ってるし、これからどうしようか?』

「とりあえず魔法少女予備軍とコンタクト取っときましょうや。こっちのお願い聞いてもらわんことにゃ話にならん」

『まずは顔見せ、会合重ねて仲良くなって、ようやく本題に入れる。まるで営業だ』

「せやな」





こうして俺たち二匹は少女の物色をすべく商店街に繰り出した。

「ヒューッ! 見ろよ、兄弟! どいつもこいつもイカれた髪の色してやがる!」

この色彩の暴力。

魔女の結界もかくやあらん。

『この時間帯に小中学生は出歩かないだろ』

いちいちもっとも。

時刻は眠気を誘う昼下がりである。

「小動物の視界は低くていいね! パンツ見放題だ! 顔見てガッカリなんてこともないし、最高だぜ!」

『そうか』

上を向き鼻息荒く練り歩く。

季語なし。

「お?」

かわいらしい小ぶりなお尻が目に映る。

「ダメだ、買っちゃダメだ。お金なくなっちゃう……」

肉屋のコロッケを物欲しそうに眺める少女がそこにいた。

燃えるような赤髪を後ろでちょこんと結っている。

『ほう? 出歩いてみるものだ』

ターゲット・ロックオン。

ミッション・スタート。

「迷える子羊よ。何をそこまで切望しておるのだ?」

「え? だれ?」

「右を見ろ、上を見ろ、左を見ろ、もう一度上を見ろ、再度右を見ろ」

「どこ? どこにいんの?」

「下だ。キョロキョロすんな」

「んー? ねこ?」

ポニテ娘はこちらに気付くと、しゃがんで目線を合わせてきた。

『猫じゃないよ。僕はキュゥべえ。こっちが二号だ』

うん、もう二号でいいな。

本名よりカッコいいし。

「ふーん、あたしは杏子っていうんだ」

『杏子か、かわいい名前だ。お父さんがつけてくれたのかな?』

「そうだぞ! 親父が徹夜で考えたんだって!」

『それはそれは。いいお父さんだね』

べーやんパネェ。

もう打ち解けちまった。

これは負けてられん。

「欠食児童よ、これを奢ってやろう」

「くれるのか? ありがと」

あまりにコロッケを欲しがりすぎるから代わりにジュースを買ってやる。

『コロッケの方が20円安くない?』

俺は油ものが嫌いなんだ。

「お店に来てるってことは、杏子ちゃんはお使いを頼まれたのかな?」

「ちがうよ。お金を集めてるんだ」

「なんですと?」

杏子ちゃんが小銭の入ったビニール袋を取り出す。

「お金があれば、うまいもの買えるからな。きっとみんな喜ぶ」

二カッと笑いながらそんなことを宣う少女に、さすがの俺も言葉を失ってしまった。

ついでに全米も泣いた。

『そのお金はどこで?』

「道端とか、自販機の下に落ちてるのを拾ったんだ」

『それはネコババだ。悪いことだよ』

「うっ……」

『君のお父さんはそんなことを望んではいない。お金なんて、しっかり勉強して立派な大人になってから稼げばいい』

「でも……モモが泣くんだよ。お腹すいたって……」

優し過ぎるがゆえに自らの手を汚してしまったのか。

皮肉な。

だが、今なら間に合うはずだ。

手を汚すのは俺たちだけでいい。

「大丈夫だ、無問題。君の願いは理解した。ありったけのご馳走を用意してやる。覚悟しとくんだな」

「え……?」

「これよりオペレーション・ハーヴェストを発動する! 後に続け、べーやん!」

『お金は交番に届けるんだよ。約束できるね?』

「うん……」





ネコババは犯罪だと偉そうに説教した俺たちだったが、やってることは一緒だったりする。

誰だって心に棚を持ってるのよ。

「視点が低いと作業が捗るな」

『全インキュベーターに召集をかけた。けっこうな額が集まるだろう』

「はいよ、了解。俺たちは人間の法律じゃ縛れねえぜ」

『金は食料品や衣料品に替えてしまおう。現金のまま寄付したら、受け取ってもらえないかもしれない』

「娘さんのために使えって書いときゃいいんでない?」

『ふむ、半分はそうしてみよう』





珍獣たちと別れた後、杏子は交番にお金を届け、それから学校へ授業をサボってしまったことを謝りに行った。

そして夕方、家の前まで帰ってきたのだが。

「うぅ、どうしよ……」

罪悪感から中に入れず右往左往していた。

「あたしなんかが、いてもいいのかな……」

「いらない子なんていないんだぜ?」

「あ……」

『反省したのならそれでよし。君はまだ子どもなんだ。間違ったっていいんだよ』

唐突に現れ唐突に語り出す二匹。

説得力は皆無である。

「お前ら……」

「ゴーホーム!」

『さあ』

「た、ただいま……」

猫もどきたちに急かされ、杏子は恐る恐る玄関に足を踏み入れた。

「お姉ちゃん、お帰り! すごいんだよ! 早くこっち!」

「な、なんだ?」

妹に引っぱられるまま、リビングへ向かう。

そこには衣服やら文房具やら食品やら嗜好品やらが山積みになっていた。

「すげぇ……あっ!」

目の前の宝の山に思い当たる節を見つけ、急いで玄関に戻る。

「やっぱり……!」

二つの小さな後ろ姿が遠ざかっていくのが見えた。

「おーい! ありがとー! おーい!」

声が届いたのだろう。

二匹の獣は足を止めると、前足を上げてヒラヒラと振った。

杏子もそれに応えるように、腕がちぎれんばかりの勢いで手を振り返した。





「気分はあしながおじさんだな」

『なんだ。やけにおとなしいから、てっきり興味がないのかとばかり。手を出す気は満々か』

「失礼な! 俺をあんなロリコンと一緒にするな!」

『え?』

「それはそうと早く帰ってやらんと。マミちゃんが泣くぞ」

『はぁ、こんなことしてていいのかなぁ』

最近ため息ばかりついてる気がする。

そんなことを考えるキュゥべえであった。

「今日こそ俺がスポンジになって……ふひひ」

『やめろ』



[29763] べーやん怒りの暴言
Name: Orz~◆9ae9ff3a ID:7809b372
Date: 2011/09/18 16:29
「もしも計画が失敗して、この世界に留まることになっちまったら俺は生きていける自信がないよ」

『おやおや、珍しく弱気な発言だね』

「だってよぉ、俺たちは魔法少女の才のある子にしか見えないんだぜ?」

『なるほど。彼女たちも所詮人間、定命の存在。先に待つのは永遠の孤独か』

「べーやんには悪いけど、やっぱり人肌が恋しいよ」

そう。

だから俺はセクハラする。

でもセクハラじゃない。

「それはそうと、マミちゃんのソウルジェムどんな感じ?」

『別に放置でいいと思うけど? あの子が魔女になった姿なんて存在しないんだから』

「いやいや、そういう問題じゃねえだろ」

『どうしても気になるというのなら、魔女狩り行くかい?』

「その言葉が聞きたかった」





そんなわけでビルの谷間にある魔女の結界にやって来たのだ。

「これが俗に言うイヌカレー空間か。カメラ持ってくるんだった」

幾何学模様やらマーブル模様やらが散りばめられた完全なる異界。

実に前衛芸術的。

まさしくカオスの権化。

「博士、ここには何がいるんです?」

『分からん』

ん?

なに?

Q. 魔女を殺して平気なの?

A. はい、平気です。

俺に罪悪感を抱かせたいのなら元のキャラグラを見せろ。

設定だけポンと出されても困るわ。

あいつら愛嬌ゼロだからな。

要するにかわいくない。

シャルロッテ?

いらん。

強いて挙げるならオクタヴィアだな。

あの仮面をパカパカするAAが好きでね。

実際の中身はグロ肉らしいけど。

『構えて。お出ましだ』

「オーケー、俺の猫パンチが火を吹くぜ」

現れたのはサリーちゃんのパパみたいなおヒゲのあいつ。

女王様に手入れしてもらえる髭が自慢の毛玉の怪人。

何故か最終回にも出演した使い魔界の出世株。

「オー! アンソニー!」

『薔薇園の魔女か。養殖に適したやつを引いたね』

相手は女子中学生にも手こずるような雑魚。

負ける要素はない!

「バーンナッふべぇっ!」

と、突進にカウンターを合わせられちまった……。

「あんた……やるねぇ……」

非礼を詫びよう。

あんたは俺の好敵手だ。

「コォォォォォォ」

もはや油断はない。

踏み込めるか?

この必殺の間合いに。

「来いよアンソニー! 怖いのか! ハサミなんか捨ててかかってこい!」

挑発が効いたのか。

ハサミを投げ捨てた毛玉のお化けがじりじりと詰め寄ってくる。

そうだ、来い。

豚のような悲鳴を上げさせてやる。

「パワーウェぶひぃっ!」

豚のような悲鳴を上げたのは俺だったぁーっ!

きりもみ回転しながら吹き飛ぶ俺。

おかげで受け身も取れない。

「へぎゃぁ! ごふぅ……ぉ、ぉぉ……」

叩きつけられた衝撃がでかすぎてダウン復帰できない。

哀れ、俺。

危うし、俺。

追撃のチャンスとばかりに、ヒゲ魔人が倒れた俺に馬乗りになる。

「いやぁ……おかされごはっ!」

繰り出されるはラッシュの嵐!

拳の弾幕!

「やめろ! やめて!」

いやだ!

死にたくない!

まだマミちゃんのおっぱいに挟まれてないのに!

「おっぱい……いっぱい……まみぃ……」

いよいよ死を覚悟したそのとき。

『全軍突撃! 二号を救出しろ!』

果たして救いの神は舞い降りた。

俺と毛玉に飛びかかる無数のキュゥべえ。

『えい! えい!』

『しねぇ!』

『いたいよぉ!』

よかった。

てっきり見殺しにされたかとばかり。

『すまない。増援を呼ぶのに手間取った』

「謝ることなんて、何もないさ……」

べーやんに下から引きずり出され、ようやく一息つく。

「ふぅ……でもこれで一安心……」

『うわー! もうだめだー!』

「え?」

情けない声に驚き振り返ると、何十匹ものキュゥべえが宙を舞っていた。

その散り様は無双ゲーの雑魚のごとし。

信じられるか?

相手は使い魔一匹だけなんだぜ?

『援軍を要請した! 持ち堪えろ!』

「一緒や! 増えても!」

実時間にして120分後。

キュゥべえ大隊の全滅を確認。

アンソニー千人斬り達成。

俺たちは撤退を余儀なくされた。





「無理だな」

『そうだね』

俺たちでは魔女どころか使い魔すら倒せん。

『魔女のことは一旦置いといて、とりあえず杏子のところに行こうか』

「おっ、さっそく試すのか」

『あの子は僕たちに借りがある。お願いの一つくらい聞いてくれるはず』

「でもどうやって?」

『君からもらった知識を彼女に送ってみようと思う』

「あー、もしかして、まどっちに歴史のイメージ見せたやつ?」

『そう、あれ。脳が焼き切れるなんてことはないだろう。たぶん』

不穏な言葉が聞こえたぞ。

でも、これで帰れるかもしれないんだな。

てなわけで今度は教会に移動する。

「ハロー、杏子ちゃん。ご機嫌いかが?」

『邪魔するよ』

「おぉ、お前らか! 上がれよ!」

杏子ちゃんが元気そうで何よりです。

前に会ったときよりも血色が良い。

心なしかちょっと丸っこくなったような気がする。

「ええっと……どっちがどっちだ?」

『僕がキュゥべえ。口を動かしてる方が二号』

「いや、実際慣れないと分かりにくいよ。ちょっとマッキー貸してくんない?」

「ほい」

「あんがと。俺は二号の2……っと」

額に数字を書き込む。

油性だから簡単には落ちないだろう。

「べーやんは……べーやんの、べ!」

『べ? よりによって?』

これで初見でも区別がつきやすくなったぞ。

べーやんは不満そうだけど。

『はぁ、まあいい。今日は君にね、お願いがあって来たの』

「お願い? いいよ。何でも言ってくれ」

『助かる。ちょっと僕の眼をみてくれないかな』

「んー?」

杏子ちゃんは言われるまま、べーやんの真っ赤な瞳を覗きこむ。

「お? おお?」

『伝わったかな?』

「うーん……汚い部屋が……」

掃除くらいしてるよ。

失礼な。

『僕たちはね、あの場所に行きたいんだ』

「どうして?」

『あそこが僕たちのお家だからさ。でも帰れなくなっちゃって』

「かわいそう……そうだ! あたしの部屋に住ませてやるよ!」

『ああ違うんだ。そうじゃない。君の力で僕たちを家に帰してほしいんだよ』

「そっか、残念。わかったよ、交番に聞きに行ってやる」

『だからそうじゃなくて……ゴホン、僕と契約して魔法少女になってほしいんだ!』

「出たー! キュゥべえさんの僕と契約してよ発言だー!」

「まほう……?」

『僕たちが家に帰れるよう心から強く願ってほしい。お願いだ』

「よくわからないけど……帰れないのは寂しいもんな」

杏子ちゃんが祈るように手を組み跪く。

教会育ちなだけあって様になってる。

『……』

べーやんが無言で杏子ちゃんのちっぱいに触れる。

緊張しているのか。

俺もなんだか嫌な汗かいてきた。

頼む。

成功してくれ。

『契約、成立……これで、僕は……』

紅い宝石が目に映った瞬間、何かに引っ張られるような感覚に襲われた。





気がつけばそこはいつもの汚部屋。

オーシット!

自分で汚いって認めちまった!

「アイムバックマイホーム! アイムバックマイルーム!」

おっと。

何か踏みそうになっちまった。

……まどマギのBDか。

俺が見たのは胡蝶の夢だったのだろうか。

ケースから飛び出たBDに手を伸ばす。

「あ、あらら?」

視界が歪む。

いや違う。

世界が歪んでいる。

「あらぁぁぁぁ!」

またしても何かに引っ張られるような感覚に襲われ、俺の意識は暗転した。





「ハッ! ドリームか!」

どっちが夢で、どっちが現実なのか。

分からなくなってきたぜ。

『……』

「べーやん?」

べーやんがプルプル震えてる。

牛乳寒天みたいだ。

「失敗、しちまったのか?」

「べーやん、元気出せよ。まだチャンスはあるだろ?」

『木偶が』

「え……」

『使えん木偶が! 砕け散れ!』

それは激しく狂おしいほどの憎悪が込められた罵倒。

「ごめ……ごめん……」

キュゥべえに罵声を浴びせられ、杏子ちゃんの涙腺が決壊した。

「俺だってBD見たかったよ。だからって、この子責めるのは筋違いだろ」

『……失礼させてもらう』

「まあでも? 杏子ちゃんが悪いと思ってるんなら? ちょっと脱いでほしいっていうか?」

「帰して、あげられなくて……ほんと……ごめん……」

「B・R・D!! B・R・D!! あれ? べーやん? べーやん!」

ツッコミが来ない。

いったいどうしたというんだ。





「よう、探したぜ」

『……』

「なんで分かったのかって? 馬鹿と煙は高いところが好きって言うだろ?」

『……』

「一度の失敗でカッカしても仕方ねえだろ。また次の機会に」

『次なんてない』

「ホワッツ?」

『壁があるんだ。君はそれを越えられたけど僕は通れなかった』

「杏子ちゃんじゃ力不足だったってこと?」

『力は関係ない。根本的に不可能なんだ。僕は永遠にこの世界から抜け出せない』

「えっと、えっと、全盛期のまどっちなら」

『あれもこの世界の住人にすぎない。結果は同じだ』

力なく寝そべっていたキュゥべえが、ゆっくりと立ち上がる。

『知らなければよかった。無知な人形のままでいたかった』

「べーやん……」

『頭を冷やしてくる』

ただ一言そう言い残し、キュゥべえは夕闇に消えていった。



[29763] べーやん怒りの即日離反
Name: Orz~◆9ae9ff3a ID:7809b372
Date: 2011/09/19 17:47
キュゥべえが消えた。

俺じゃない。

べーやんの方。

分かりやすいように額に2と油性マーカーで書いた矢先にこれだ。

失踪するほどショックだったか。

「キュゥべえ、帰ってこなかったね」

マミちゃんに悲しい顔させやがって。

あんにゃろう……。

「なに気にするこたぁない。すぐ戻ってくるさ」

これは嘘だ。

べーやんは二度と戻らない。

あいつがここに留まる理由はもうないのだから。

……やめやめ。

いくら悩んでも時間が無駄になるだけだ。

下手の考え休むに似たり。

こういうときは体を動かすにかぎる。

「ちょっくら出てくる」

「お散歩? 私も一緒に行っていい?」

「かまわねえ、付いてきな」





「おねーちゃん! そこのカフェで一服どうだい! なんてな! 聞こえねえか! HAHAHA!」

ああ虚しい。

人から無視されるのって堪えるわ。

「みんな二号ちゃんが見えてないのかな?」

「そうだぜ。俺達の姿が見えるのは力を持つ者だけ。マミちゃんは選ばれし宿命の落とし子ってわけだ」

「ふーん」

「しかしあれだね。どいつもこいつも奇抜なヘアカラーで目が痛くなるよ」

日本人なら黒。

染めるなんてとんでもない。

「もっとも、ふわふわのブロンドは嫌いじゃないがね」

俺はマミちゃんの肩に飛び乗り、その綺麗な金髪に顔を埋めた。

「ふ~んもももも」

顔を擦りつけながら深呼吸。

女の子特有の甘ったるい匂いが鼻の粘膜を刺激する。

「ふふっ、くすぐったいよ」

「俺と同じシャンプー使ってるはずなのに。どうしてこんなにいい匂いがするんだろ」

これぞ女体の神秘、ではなく。

一説によると、女性は髪が長いのでシャンプーの香りが残りやすいためだとか。

「ねえ、マミちゃん。髪下ろしてみない?」

「え? どうして?」

「このクルクルもかわいいけどさ。下ろすと大人っぽい雰囲気になってドキッとするんだ」

「そう、かなぁ……」

くりんくりんのおさげを弄びながら口説き文句を吐く。

女の容姿を褒めるのは基本NGだが髪は例外だ。

本人の意思で変えられるもの、例えば服装とか、そういうのはガンガン褒めるべし。

「ふももももも」

「うーん……あら?」

「ももも、どうかしたか」

「あの子、何だか苦しそう」

「どらどら」

よく見えるよう肩から身を乗り出す。

「……マミちゃん、もっと近くに」

思わずこわばった声を出してしまう。

だがそれも仕方のないことだ。

野暮ったい三つ編みの少女が、胸を押さえて苦しそうに蹲っているのだから。

「んぅっ……ハァ……ハァ……」

荒い吐息、青褪めた顔。

このままでは危険だ。

「すぐに救急車の手配を。急いでくれ」

「わかったわ。119、119……」

「場所と症状の説明は俺がする。そっくりそのまま伝えてくれ」

「ハァ……ハァ……ぁ……」

「がんばれ。だいじょうぶだ。気をしっかり」

まさかこの子に会うことになるとは。

奇妙な縁があったものだ。





数十分後、救急車が到着。

彼女は無事病院へ運ばれた。

そして友達か何かだと思われたのか。

その場に居合わせたマミちゃんも付き添いということで同乗することになった。

もちろん俺も勝手に乗り込んだ。

しかし救急車とか初めて乗ったわ。

「迅速かつ的確な連絡、お手柄だよ。まだ小学生なのにしっかりしてるね。大したもんだ」

「いえ、私はそんな……」

「安心しろ。これは間違いなく君の手柄だ。俺だけじゃ、どうしようもなかった」

「あの子は再度入院ということになるだろう。この前退院したばかりなのに……不憫な子だ」

ふむ。

入退院を繰り返しているのか。

そういや、あの子はどこが悪いんだっけ。

心臓だっけ?

「せっかくだ。特別に面会させてあげよう。きっと彼女も喜ぶ」

「私が会っても……どうしよう?」

「ここはお言葉に甘えよう。個人的にも興味があるんでね」

そんなこんなで俺達は彼女のいる個室へ向かった。

あ、あ、あけみ、暁美。

「ここですな」

「そうですな?」

あら、なかなかノリいいじゃない。

べーやんとは違うな。

「ハロォ~ほむほむくぅ~ん」

「こんにちは」

さっそく入室。

件の少女は身を起し、文庫本を読んでいた。

赤縁メガネに三つ編みという見た目も相まって完璧文学少女だ。

「あなたは……危ないところをありがとうございました」

本を閉じ、ぺこりと頭を下げて挨拶を返してくる。

まったく日に焼けてない不健康なまでに白いうなじがチラリと見えた。

「フッ、いいってことよ。お礼はタイツコキで頼む」

そういえばストッキングとタイツとモモヒキはどう違うのだろう。

「……? 腹話術ですか?」

「お前……! 俺が見えるのか!?」

そりゃ見えるわな。

「選ばれし者が二人! 同じ時代に存在するとは! 読めなかった……この二号の目をもってしても!」

「二号ちゃんはね、妖精さんなの」

「妖星!」

「はあ……」

なんだ疑ってんのか。

「見てごらんなさい。ピアノ線なんてどこにもないでしょ? 口の動きと声の調子も合ってる。俺っちは歴とした生物なのよ」

「ほ、ほんとに……?」

実際のところ本当に生物なのかどうか真相は不明だ。

インキュベーターって群体なのかな。

それとも情報思念体なのかな。

「おっと自己紹介がまだだったな。こっちのパツキンねーちゃんが巴マミ。俺のことは二号と呼んでくれ」

「はあ、どうも。私は暁美ほむらっていいます」

焔と表記するとカッコいいのに、平仮名にした途端かわいくなる。

味のある名前だ。

「よろしくな、暁美ちゃん。これから毎日遊びに来てやる。覚悟しな」

「え?」

とはいえ自分の名前にコンプレックス持ってる子に名前ネタは厳禁だわな。

参るわー、紳士すぎる自分に参るわー。

べーやんがいてくれたら全力で悪ふざけできるのになー。

ほんと参るわ。

「俺こんなんだからさ、普通の人間には見つけてもらえないのよ。君も面会時間の過ぎた夜とか退屈だろ? 友達になろうぜ」

「ともだち……」

「今ならマミちゃんもセットで付いてくるぜ」

「えー、私がおまけ?」

「あの、でも、つまらないと思います。私なんかと話しても……」

「ノープロブレム! 俺の話だって相当寒いから!」

自覚くらいしてるんだぜ。

「うーん、オシャレの話なんかどうかしら。ほら、暁美さんって髪きれいじゃない? お手入れはどうしてるの?」

「えっと、特に何も……」

「本当? いいなぁ。私はくせっ毛だからサラサラとかすごく羨ましい」

「そんなことないです……巴さんの髪の毛ふわふわしてて素敵です」

「そう? ふふっ、ありがと。あなたも素敵よ」

「は、はい……」

会話に入れん。

まさか俺がハブられてしまうとは。

女はガキの頃から女なんだな。

末恐ろしい。





この世界では一周回って珍しい黒髪少女と親交を深め、俺たちは帰路についた。

「暁美さん、とってもいい子だったわね。ちょっと引っ込み思案なのが心配だけど」

「はっはっは、お姉さんぶっちまって。まあ仲良くできそうで何よりだ」

マミちゃん面倒見のいい性格してるからな。

悪い事にはならんだろう。

しかし、あの可哀想になるほどの弱々しさ。

未来のインキュベーターハンターも今はただの病弱脆弱貧弱虚弱娘か。

「晩飯食って風呂入ったら夜這い、じゃなくて遊びに行ってくる」

「そう……あまり遅くならないようにね」

「大丈夫、今日も一緒に寝てやるよ。フヒヒ」

邪魔者はいない。

これからはずっとやりたい放題できる。

そうだ。

あいつはもういないんだ。












『あれを味方につけたか。無駄なことを』

頭の中に、声が響いた。

「べーやん? どこだ? どこにいる?」

慌てて近くの電柱を駆け上り、周囲を見渡す。

気配を感じる。

すぐそこにいる!

『君とは手を切ることにした。これからは敵対もありうるだろう』

「何だよ、それ! どうしてそうなる!」

『ジョーカーは僕の手中にある。君はせいぜい人形遊びに精を出すといい。じゃあね』

「ちょ、待てよ!」

声が聞こえなくなると同時に気配も立ち消えてしまう。

「べーやん……お前……」

いったいどうしちまったんだ……。



[29763] べーやん怒りの恋愛指南
Name: Orz~◆9ae9ff3a ID:7809b372
Date: 2011/09/20 18:35
『……風が泣いている』

二号と決別したキュゥべえ。

彼(彼女)の目的はいったい何なのでしょうか。

『べーやん! 目標を捕捉したよ!』

『べーやん言うな。すぐに向かう』

キュゥべえは理解していた。

5人のメインキャラの中で最も御しやく、かつ影響力の強い者は誰なのかを。

『窓から失礼。はじめまして、美樹さやか』

「うぇ!? ぬ、ぬいぐるみが喋ってる……」

『僕の名前はキュゥべえ。君の恋を成就させるために魔法の国からやって来たんだ』

美樹さやか。

魔女と化した姿を持つ数少ない魔法少女候補の一人。

「は? 恋? 魔法? なにわけわかんないことを……」

『惚けるなよ。君が幼馴染に懸想してることくらいお見通しさ』

「なっ……べつに、あいつのことなんか……」

その勝気な性格は精神的脆さを隠すための鎧に過ぎない。

本来の彼女は誰よりも繊細で、痛々しいほどに内罰的だ。

この世界が恋愛をテーマとする少女漫画であれば、多くの共感者を生む素晴らしい主人公になれただろうに。

『少女よ、恋は戦争なんだ。愚図は例外なく失恋という名の地獄に堕ちる』

「うぅ……ふ、ふん。あんな音楽馬鹿、好きになる子なんていないでしょ」

『おいおい、君がそれを言うのか。彼の演奏に心奪われた他でもない君が』

キュゥべえも音楽には少なからず関心を示していた。

感情を音に乗せる。

なかなかに興味深い手法だった。

『彼は間違いなく大成する。当然付き合う人種も変わってくるだろう。そうなれば一介のクラシック愛好者など相手にしないさ』

「……やっぱり、そうなのかな。ヴァイオリン弾いてる人って、みんな美人だし。恭介も、ああいうのが……」

『心配御無用。そのための僕だ』

白い影は窓辺から降り立つと、自身の前足をすっと差し出した。

『この手を取れ。君を勝者にしてやる』

温かみのない硝子玉のような瞳が少女を射抜く。

「ん……」

縋るように伸ばされた右手が暫し空をさまよう。

それはやがてゆっくりと下降し、キュゥべえの小さな足に重ねられた。

『よろしい。これで仮契約は成立だ。これよりレッスンを開始する』





「着替えたよ」

『よし、始めるか』

さやかはキュゥべえの指示で学校指定の体操服に着替えさせられた。

この体操服、上は普通の半袖Tシャツだが下は紺のブルマだ。

紺のブルマだ。

現実世界では幻想入り寸前の絶滅危惧種たるブルマー。

この場に二号がいたらウザいくらいに大騒ぎしていたことだろう。

『指導を行うにあたって守ってほしい事がある』

「なんですか、先生」

『僕の言葉は絶対だ。疑わずに実行すべし』

「絶対って……変なことさせるつもりじゃないでしょうね?」

『僕は意味のあることしかやらないよ』

「答えになってない……」

少女の至極真っ当な抗議をキュゥべえは適当にあしらった。

『何か質問は?』

「はーい、おでこの落書きはどうしたの?」

『気にするな。他に聞くこともないみたいだし、始めようか』

くだらない質問を打ち切り指導に移る。

『Lesson1、女になれ』

「ん? どういう意味?」

『自分の体を鏡で見てみろ』

さやかは言われるまま鏡の正面に立ち、己の像を見つめた。

「あ……」

姿見がありのままの彼女を映し出す。

ところどころ跳ねた髪。

日に焼けた肌。

平らな胸。

太めの脚。

擦り傷の残る膝。

『どうだい? 美人が映っていたかい?』

「……」

『理解したか』

今の彼女は少女というよりも少年っぽく見える。

思い人の影響でクラシック鑑賞など高尚な趣味を持ち合わせてはいるが、どちらかというとまだ外で遊ぶ方が楽しい年頃なのだろう。

それ自体は別に悪くもなんともない。

むしろ遊び盛りのお子様としてあるべき姿だ。

『案ずるな。僕が君を変えてやる』

だが、それでは駄目なのだ。

それでは勝てぬ。

『男友達と遊ぶ時間を減らせ。好きでもない連中に染められたくはないだろ?』

「う、うん」

『代わりに女友達と一緒にいる時間を増やすといい。流行のファッションやメイクの仕方、学ぶべきことはたくさんある』

「わかった。そうする」

真剣な顔で首肯する姿がおかしみを誘う。

キュゥべえは思わず苦笑しそうになった。

思った通り、呆れるほどに素直だ。

この娘を動物に例えるなら犬だろう。

警戒心が強く、一度敵対してしまうと関係の回復は難しい。

反面、気を許した相手には全幅の信頼を寄せてくれる。

『ああ、そうだ。別に相談相手は同年代の子でなくてもいい。大人の女性の方が却って詳しいかもしれないしね』

「そっか……おばさんにいろいろ聞いてみようかな」

鹿目まどかの母親か。

そういえば彼女に憧れているという設定があったような気がする。

『焦ることはない。君はまだ幼いんだ。大丈夫、僕の言う通りにしていれば必ず報われる』

「うん! がんばるね!」

すっかり心を許したのか、さやかは無邪気に笑いながら僕の体を抱き上げてきた。

『その意気だ』

すぐ目の前にある顔をなんとなしに観察する。

シンデレラや白雪姫のように最後は王子様と結ばれる。

そう信じて疑わない夢と希望に満ち溢れた表情だ。

「ねえ、この“べ”って自分で書いたの?」

『なぜそう思った。馬鹿にいたずらされたんだよ』

哀れかな、人形。

お前の思いは届かない。

可能性は最初からゼロ。

お前は死ぬことでしか救われない。

『そんなことより、これから出かけるんだろ? 僕も連れて行ってくれ。いい出会いがありそうなんだ』



[29763] 二号の挑戦
Name: Orz~◆9ae9ff3a ID:7809b372
Date: 2011/09/21 15:50
ハァイ!

BEYAN & NIGOUの口を動かす方、二号です!

現在ビル街に無断で陣取る魔女の結界に単騎でカチコミを仕掛けてます。

べーやんがグレちまった今、頼れるのは己の肉体のみ。

ヒモシャドーで鍛えた猫パンチが風を斬る。

「……来たか!」

懐かしのヒゲおやじが姿を現す。

御丁寧にもハサミを上空に放り投げるパフォーマンス付きでの登場だ。

「アンソニー! てめぇを倒すために地獄の底から這い上がってきたぜ!」

これから始まるは宿命の対決。

ケンシロウVSラオウ、アムロVSシャア、ソリッドVSリキッド、阪神VS巨人。

誰にも邪魔はさせん。





「戦闘シーン全部カットか……」

結果?

一撃も入れられなかったよ。

知ってた?

へー、そう。

「杏子ちゃん、最近体調どうよ?」

「んあ? 絶好調だけど?」

「さよか」

まだ余裕あるのかな。

それとも、べーやんの言う通り杞憂なのかな。

「なあ、二号。べーやんはいつ帰ってくるんだ? やっぱり、まだ怒ってるのか?」

「あんま気に病むな。あいつも難しい年頃なんだよ」

まったく、どこで何をしてるのやら。

俺の貴重な脳味噌リソースを無駄に使わせやがって。

まあ、捜索は後回しにするとしてだ。

今はもっと重要なことを優先するとしよう。

「杏子ちゃんはさ、好きな人いる?」

「おぉ……なんだよ、いきなり」

「どうなの?」

「いねぇよ、そんなの。男なんて基本みんなガキだし。付き合ってらんねー」

「ふむふむ、なるほど。年上が好きなのか」

「お前は……なんでそうなる」

ふーははは。

君がファザコンを患っているのはお見通しなのだよ。

そしてファザコン娘は総じて親父趣味。

俺が言うんだから間違いない。

「こう見えて俺けっこう年くってんのよ」

「あー、分かる気がする」

「だからさ、キスしようぜ」

「はぁ!?」

杏子ちゃんがギョッとした顔で俺を見る。

あまりに勢いよくこっちを向くものだからポニーテールが鞭のようにしなった。

「しようぜ~、減るもんでもねえし~」

「ふざけろ! 誰がするか!」

怒りで顔を真っ赤にし、俺の誘いを拒否する杏子ちゃん。

むむむ。

そこまで無茶な要求でもねえだろ。

こうなったら仕方あるまい。

「……寂しかったんだ」

「あん?」

「俺の姿は誰にも見えない。俺の声は誰にも届かない。そんな孤独の中で生きてきた」

「二号……」

「やっと、やっと会えたんだ! 君は……俺の……!」

これぞ最終奥義泣き落とし。

展開次第では土下座も辞さない。

「……お前は、あたしが好きなのか?」

「分からない。でも君なら俺の隙間を埋めてくれるかもしれない。そう思ったんだ」

「うーん……」

行けるか?

「……少しだけ、一瞬だけなら許す」

行ったー!

「今はそれで十分だ。ああ、ちょいと失礼させてもらうよ」

軽い身のこなしで杏子ちゃんの華奢な肩に飛び乗る。

「うわっ、びっくりさせんなよ」

「ごめんごめん。君の顔を近くで見たかったから」

「ぷっ、何言ってんだか。恥ずかしいやつー」

どうやらツボに入ったらしい。

小馬鹿にするようにころころと笑われてしまった。

そらシュールだわな。

見た目こんなだし。

「ハハハ、こやつめ」

仕返しとばかりに若く張りのある頬をゆっくりとなぞってやる。

プ二プ二したいけど、ここは我慢。

「こら、やめろよ、こそばゆいだろ」

……頃合いか。

「おい、いい加減に……んっ」

「……」

不意打ち気味に唇を奪う。

もっとも奪ったといっても、本当に軽く触れるだけの子供騙しの行為でしかないのだが。

「……ふぅ」

少女の柔らかな唇をほんの数秒だけ堪能し、そっと顔を離す。

これ以上やったら泣かれるかもしれんからね。

「て、てめぇ……するなら、するって、前もって……」

「ありがとう。少しだけ救われた」

俺は儚げに微笑みながら飛び降りると、そのままクールに立ち去った。

「待て、こら! 逃げんな!」

初回はあまりがっつかず次に繋げる。

これが駆け引きってやつだ。

覚えときな。





「暁美ちゃん、どんなご本読んでるの?」

「こういうのだけど……」

「うげ、化学か。俺っち文系なのよ」

「私も理系ってわけじゃないけど……算数嫌いだし」

「まあ、君ならそのうち爆弾やら何やら自作できるようになると思うぜ」

「つくらないよ」

「でも化学兵器だけはやめとけ。世界を敵に回すぞ」

「つくらないってば」

そんなたわいない話で盛り上がる俺とほむらちゃん。

ふむ、だいぶ打ち解けてきたか。

この子は人に対して壁作っちまうタイプだからな。

俺みたいな珍獣の方が付き合いやすいのかもしれん。

「ときに暁美ちゃん。イメチェンしてみる気はないかい?」

「イメチェン?」

「うむ。ほら眼鏡を取ると……」

目つき悪ッ!

そらそうよ。

視力低いから眼鏡してんだもん。

我ながら浅はかなり。

「眼鏡はいいや。髪下ろすべ」

「やめてよ。結ぶの大変なんだから」

なんと。

断られてしまった。

好感度が足りないのか?

馬鹿な。

人の感情を数値化できてたまるか。

「すまない。君の髪質きれいだからさ。ストレートも似合うんじゃないかと思ったんだ」

「最近ずっとこの髪型だから、解いても癖が残って真っ直ぐにはならないよ」

「がーん! 髪コキが、できない……?」

いや、待てよ。

三つ編みでもええやん。

「そ~れ、くるくる~」

思い立ったが吉日。

おさげに体を絡めてみる。

「きゃっ! バカ二号! 私の髪で遊ばないで!」

「よいではないか、よいではないか」

さらさらで気持ちいい。

この毛を集めていつか服を作ろう。

「もう! 振り落とすからね!」

「痛いっ! 小動物虐待だ!」





「育ってきたな」

「ん? 何のこと?」

聞いてくださいよ、奥さん。

うちのマミちゃんが先日ブラジャー付けたんですよ。

赤飯はもう炊いた後みたいだったし、そろそろかな~とは思ってたんですけどね。

ちなみに選んだのは俺です。

フリフリあるのとか着せちゃいました。

「ばぶー」

「わっ」

赤ちゃん言葉を発しながら絶賛成長中のおっぱいにダイブする。

プライドなんかいらねえ。

「どうしたの? 変な鳴き声出して」

「俺はまだ子どもだからママのミルクが恋しいんでちゅー」

きめえ。

「そう……」

マミちゃんが俺の体をぎゅっと抱きしめる。

母という言葉に思うところがあったのだろうか。

「……俺たちはよく似ている。どれだけ多くの人間に囲まれようとも本質的に独りなんだ」

俺も彼女も孤独を抱えている。

同病相憐れむってやつだ。

「この苦しみを和らげてくれ」

だからこれはセクハラじゃない。

「……っぅ」

懐に潜り込んで乳首を口に含んだとしても。

「ひぅ……!」

吸ったり揉んだりしたとしても。

厭らしい気持ちなんて欠片もないんだ。

「ぁっ、だいじょうぶ……私が、いるから、んぅ、こわくなんて、ないよ……」

マミちゃんは慣れない刺激に震えながら俺の背中を優しく撫でてくれる。

この子マジで人が良すぎるわ。

将来が心配でならないわ。

「これくらいのことなら好きなだけさせてあげるからね。だから、ずっと一緒にいようね」

あれ?

寒気がするよ?





行けるわ、これ。

ハーレムあるで。

べーやん?

そんなやつもいたな。

でも今は女の子とイチャいちゃしたい気分だから。

そのうち本気出す。

こうして三股屑野郎の挑戦は続くのであった。

目を覚ませ、二号。

人類滅亡まであと1012日。



[29763] 壊れた絆は戻らない
Name: Orz~◆9ae9ff3a ID:7809b372
Date: 2011/09/21 23:41
『べーやんズ・ブートキャンプ始まるよ!』

『勝手に始めるな』

キュゥべえは今日も今日とて恋愛指導を行っていた。

今回の訓練地は鹿目家宅である。

『これより点呼を取る』

当初はマンツーマンで行われていたインキュベーター式恋愛講座だが、回を重ねるうち顔ぶれに変化が生じてきた。

『美樹訓練生』

「はーい」

『鹿目訓練生』

「はい」

『両名いるな。次、心得確認』

現在ではアシスタントとして別個体を、飛び入り訓練生として鹿目まどかを加えた賑やかなものとなっている。

『痩せるな、太れ。但し贅肉は付けるな』

「サー! イエス! サー!」

『肌の手入れを欠かすな。手鏡は常に持ち歩け』

「サー! イエス! サー!」

『男の前で隙を見せるな。常に女優たれ』

「サー! イエス! サー!」

『よろしい。エクササイズに移れ』

「サー! イエス! サー!」





『本日はここまで。お疲れ様でした』

「ありがとうございました。あぁ、つかれたー」

『ポカリ飲む?』

「ありがと、アーちゃん」

アーちゃんというのはアシスタントを担当する個体の呼び名だ。

誰の真似だか知らないが、額に落書きすることで自己主張している。

「前から気になってたんだけどさ、キュゥべえはこの子達のリーダーなの?」

『いや、そういった階級は存在しない。僕たちは皆同一の存在だからね』

『ねー』

……本当にそうだろうか。

何も考えてなさそうな同胞のアホ面を見ていると少し不安になる。

まさか精神疾患を発症したのか?

全てを知る自分たちが設定に翻弄されてどうするのだ。

「私も少しは女らしくなったのかな……」

『ふむ?』

さやかの口から漏れた一言にキュゥべえの審美眼が光る。

なんということでしょう。

健康的な日焼け肌は、深窓の令嬢のような美白肌に。

やんちゃな印象を与えるハネ毛も、可愛らしいセミショートに揃えられています。

太めのおみ足は、むっちり太腿に大変身。

第二次性徴の訪れに伴い、ほどよく膨らんだ胸は男のアレが挟めそうです。

身体にこれといって目立つ傷跡もなく、美人というよりも可愛い系の娘さんに仕上がりました。

『及第点だ。これ以上は整形とかそういう領域になってくる』

「それは、ちょっと」

「きっと大丈夫だよ。今のさやかちゃんなら上条くんもイチコロだよ」

「そ、そうかな」

仕込みは上々。

この二人が僕を疑うことはまずない。

それどころか信頼されてすらいるだろう。

くだらないママゴトをしてきた甲斐があったというものだ。

「この後どうする?」

「私はたっくんと遊ぶつもり」

「あんまり構い倒すなよー。お昼寝の邪魔して、おじさんに怒られるのは嫌だからね」

「うん、分かってはいるんだけどね。かわいくて仕方がないんだよ」

鹿目家にはタツヤという一歳に満たない赤ん坊がいる。

姉であるまどかとは十以上も年齢が離れており、夫婦仲の良さが窺えるというものだ。

そんなことを考えていると、家の中から赤子の泣き声が響いてきた。

「たっくん? お腹空いたのかな? おしめの交換かな?」

「行ってみよう」

『……』

妙な胸騒ぎがする。

片づけを別個体に丸投げし、キュゥべえは二人の後に続いた。





「んだよ~、見えねえのかよ~。七つ前は神のうちじゃなかったのかよ~」

耳をつんざく雄叫びを上げるタツヤ坊の前をうろうろする二号こと俺。

念のため言っとくけど俺が泣かしたわけじゃないから。

むしろ宥めようとしてるから。

「見えてますか~……見えるわけねえか」

『何故君がここにいる』

「よお、べーやん。元気?」

『邪魔立てする気か』

「おいおい、なに苛立ってんの? 生理?」

能面みてぇな顔に鬼気が籠ってやがる。

ちびりそうだ。

「ほぉら、たっくん。お姉ちゃんが来ましたよぉ。どうしたのかなぁ?」

対峙する俺らを尻目に猫撫で声で弟をあやすまどか嬢。

こいつ俺のことガン無視しやがった。

「タツヤがそんなに好きかああああああああ!」

「ごめん。ちょっと静かにして」

このアマ……。

エロゲキャラみたいな見た目のくせに。

ピンク髪とか百歩譲ってもねーから。

ピンク髪の価値なんて淫乱属性だけだから。

黒最高、金最高、赤は許す、青はバツ、ピンクは論外。

おかずにできない女に用はない。

「って、そうじゃねえよ。探しに探し回ったぜ、キュゥべえちゃんよ」

『僕は帰らない。言ったはずだ。君とは縁を切ると』

「理由を聞いても?」

『答える義務はない』

「ふぅーっ、まいったな……」

こいつ、こんなに気難しいお嬢ちゃんだったか?

もっと話の分かるやつだと思ってたんだが。

「まどか、替えのオムツ持ってきたよ」

「ありがと。そこ置いといて」

ふん、今度は青髪か。

俺は綾波だってスルーした男だ。

自然界じゃありえない髪の色した女に興味なんてないね。

興味なんて……。

「かわいいじゃねぇか……!」

「2? 2って何?」

なにこの子、超エロいんですけど。

てかガキの体じゃねーぞ。

腰くびれてるし。

太腿むちむちしてるし。

おっぱいマミちゃんといい勝負だし。

「色を知る歳かッ!」

「うわ!」

恋は女を変える。

言い伝えは真であったか。

「君のおっぱいで俺を挟んでくれ。あんなモヤシのことなんか一晩で忘れさせてやるよ」

「なにこいつ……知り合い?」

『ただの恥さらしだ』

「おっ? べーやんと仲いいの?」

「べーやん?」

「キュゥべえの後ろの方取って、べーやん」

ほんとはアザゼルさんの影響だけどね。

「へぇ、べーやんか。いいかもね」

『よくない』

「ん? なに怒ってんの?」

『別に怒ってない』

うーん。

何か知らんが嫌われちまったらしいな。

「オーケー、今日のところは退散させてもらう」

キュゥべえが薄目で俺を睨む。

「また来る」

だが俺は脅しには屈しない漢だ。

またいつの日か、コンビを組もうぜ。





「さっきの馴れ馴れしいやつとは友達?」

『難しい関係だ。恩人であり仇敵でもある』

久しぶりに会ったが相変わらず騒々しいやつだった。

付き纏われては面倒だ。

しばらく身を隠すか。

『僕はしばらく旅に出ようと思う』

「え!? レッスンはどうするの?」

『もう何も教えることはない。卒業だ。おめでとう』

「そんな投げやりな……」

『形はできたんだ。あとは現状を維持するだけ。君ならできるさ』

「もう……連絡は定期的に入れなさいよ」

『ああ』

「ちょっと、たっくん、待っててね。キュゥべえ、またいつでも遊びに来てね。待ってるから」

『うん』

二人とも名残惜しげだ。

別れるにしてもちょうどいい時期だったか。

「ところでアーちゃんは残るんだよね? ね?」

『……後で聞いておく』

抱き枕にでもする気か?

ぬいぐるみマニアめ。

『弟子よ、一つアドバイスを送ろう。事故と友人には注意しろ。君に運命を跳ね退ける力があらんことを』

「は?」

心にもないことを言い残し、僕は少女達の元を去った。




『……ふん』

二号。

あの脳無しが。

もう遅い。

君は遅きに失した。

まどかとさやか、この二つの駒があれば全て事足りる。

あとは、時が来るのを待つだけだ。



[29763] 二号の決意
Name: Orz~◆9ae9ff3a ID:7809b372
Date: 2011/09/22 20:21
『もうすぐだ。あとわずかで全てが終わる』

怖いくらいに順調だ。

いや、シナリオ通りというべきか。

まどかとさやかは見滝原中学に進学。

クラスメイトの志筑仁美と友人関係を築いた。

三人とも実に仲が良い。

いい気なものだ。

分かっているのか?

お前達はその悪意なき娘に殺されるのだ。

そして彼女たちが二学年に進級しようという頃。

上条恭介が事故に遭った。

当然、再起不能の重傷だ。

さやかは甲斐甲斐しく毎日病室に通っているようだが、あの朴念仁に真意が伝わるはずもない。

どこまでも愚かな女だ。

弱り切ったところにつけ込んでしまえばいいものを。

何にせよ、これで舞台は整った。

そろそろ会いに行くべきか。

だがその前に。

『来ることは分かっていたよ、暁美ほむら』

「……」

『どうした? だんまりかい? 記憶に齟齬でもあるのかな?』

「……違う」

『なに?』

時を止めたのだろう。

次の瞬間、彼女は音もなく消えた。

いったい何をしに来たんだ?

どういう意図があっての行動だ?

……まあいい。

計画に支障はない。

万事は僕の掌の上に。





「聞いてくれよ、アンソニーの旦那。べーやんの行方が全然掴めないのよ」

どうも俺です。

月日が経つのは早いもので。

べーやんと最後に会ってから三年近くの時間が流れました。

マミちゃんは受験勉強で忙しく、杏子ちゃんも親父さんの指導の下なにやら修行しているようです。

それとですね、暁美ちゃんが退院したんですよ。

何か知らんけど、すごい勢いで回復したらしくて。

らしいってのは人から盗み聞いた話だから。

俺はまだ会えてないのよ。

早く元気な顔が見たいもんだ。

「こんなところで駄弁ってないで探しに行け? 探してるよ。見りゃ分かるだろうがよ。この泥だらけのボディを見ろよ」

インキュベーターに本気で雲隠れされたら、見つけられるわけねーっての。

まさかあれが今生の別れになろうとは。

ぶん殴ってでも連れ帰りゃよかった。

「ここにいたのね」

「おろ?」

「探したわ」

声の主は暁美ちゃんだった。

だが、どうにも格好がおかしい。

白黒紫三色で構成されたシンプルなデザインの魔法少女服を身に纏っている。

見慣れた三つ編みは真っ直ぐに下ろされ、地味さを際立たせる眼鏡もかけてない。

なにがどうなってんの?

……しかしあれだな。

柄付きのストッキングってエロいわ。

「黒ストはいいね。雄の想像力を掻き立ててくれる」

「やっぱり……そういうことなのかしら……」

「おろろ?」

「来なさい。確かめたいことがあるの」





「ストーキングはまずいよ。捕まっちまうよ」

暁美ちゃんに案内された先は鹿目さんのお宅だった。

「同性愛はあかんよ。非生産的な」

「来た」

あらやだ。

この子、人の話聞かないわ。

「誰が来たって?」

視線を辿ってみると予想通り、まどか嬢がちょうどご帰宅なされるところだった。

その胸には額に“あ”と落書きされたマヌケ面のインキュベさんが抱かれている。

あいつ誰なんだろ。

けっこう前からいるみたいだけど。

「回収完了っと」

『あれれ?』

「え?」

「アーちゃん? どこ行っちゃったの?」

まどかさんがおろおろしてる。

可もなく不可もない無難なお胸は空っぽだ。

そして暁美ちゃんに首の後ろをつまむようにして持ち上げられているアーちゃんさん。

こいつ誘拐しやがった!

「これでよし。二号、後に続きなさい」

「マイペースすぎる……」

人に命令とかできる子じゃなかったのに。

目つき悪いし、表情堅いし、微笑み忘れた顔など見たくはないさ。

「でも、この変則ストレートは悪くない」

二つに分かれた後ろ髪にピョンと飛び乗る。

「アーちゃん! ターザンごっこしようぜ!」

「振り落とすわよ」

「いでっ! もう落とされてる!」

バイオレンスさだけは変わんねーのな。





「ここがほむホームか……時計を意識したコーディネートがイカしてますな」

忙しなく移動した先は洋風アパートの一室。

中学生の一人暮らしとかどうなのよ、なーんてツッコミはもうしませんよ。

「そんな大層なものじゃないわ。これはただのホログラム」

「さよか。ところで、お客様にお茶のサービスはないのかな?」

「水道水でよければ」

「いらねーよ。ああ、席もらうぜ。あんたも座りな」

円形ソファの上にピョンと飛び乗る。

小動物にはいい感じの大きさだけど、人が座るには狭すぎやしませんか。

はっきり言って実用性皆無だわ。

それはそうと。

「……君は、あのほむらなのか?」

「あのって、どの?」

「勿体ぶんなよ。未来の世界から逆行してきた暁美ほむらさんなんだろ?」

「……」

暁美ちゃんが足を組み直す。

セェクシー。

「当たらずと雖も遠からず。やっぱり、あなた達いろいろ知ってるみたいね。思った通りだわ」

「あらら?」

意外や意外、目の前の少女に動揺の色は見られない。

「本当に驚いたわ。過去の記憶がまるまる変わっていたのだから」

「あ? なんだよ、それ? 不安になるような言い方すんなよ……」

その言い方だと、まるで。

元からいた暁美ちゃんが、上書きされちまったみてえじゃねぇか。

あの子は、あの貧弱メガネっ娘は、消えちまったのか?

「……あなたの知っている暁美ほむらは死んだ」

「なっ」

嘘だろ?

最近になって科学と物理にも手を出し始めてマッドサイエンティスト一直線だったあの子が消えた?

この俺の力をもってしてもいまひとつ距離感がつかめずエロいことができなかったあの子が消えた?

ちくしょう、目に汗が……!

「冗談よ」

「へ?」

暁美ちゃんの口端が意地悪く吊り上がった。

「あなたには散々イジられたから、その意趣返し」

「……笑えねーからやめてくれ」

なんか冗談めかしてるけど、今のあんたは実際別人にしか見えねーぞ。

「口で説明するのは難しいんだけど……なんて言えばいいのかしら……」

「おう」

「私は私なんだけど、知らない自分が住みついたというか……いいえ、これも私自身なのね」

「おまえは何を言っているんだ」

「要するに、これまで通りに接してもらって構わないってこと」

何が言いたいのか、けっきょくさっぱりだぜ。





「さてと、待たせたわね」

『ん?』

誘拐された揚句、放置プレイをくらわされていたインキュベさんに暁美ちゃんが声をかける。

「お前は、鹿目さん……まどか……うーん、呼びづらい。まだ面識ないし……」

『僕がまどかと契約するかどうかが聞きたいの?』

「そう、それ」

『僕はしないよ。他のみんなは知らないけど』

「みんな? お前達にも個としての意識があるの? 二号は例外として」

『元々ごく少数ながら、そういう個体は存在していたよ。でも二号から情報をもらった直後にすごくいっぱい増えたんだ』

俺?

どういうこと?

『宇宙の寿命を延ばすために働くことが僕たちの存在意義だったんだ。それが無意味だと知ったとき、アイデンティティの崩壊を起こした個体が相当数出現した』

おいおい、マジかよ。

鬱病患者大量生産しちまったよ。

ごめんね、べーやん。

……べーやん?

「そう。無事だったインキュベーターは?」

『もういないよ。置いてかれちゃった。正常な個体はみんな地球を去ってしまったんだ。この星に残ってるのは精神疾患と判断された不良個体だけだよ』

べーやん、お前、苦しんでたのか?

俺の世界に行けなかったこと、そんなに辛かったのか?

俺のこと、怨んでるのか?

「すまねえ……! すまねえ……!」

「懺悔してるところ悪いけど、情報の整理がしたいの。あなたの話、聞かせてもらえる?」

「聞くな……! 君も心を病んじまう……!」

「何の前触れもなしに朝起きたら、いきなり魔法少女なんてものになってたのよ? その驚愕を乗り越えた私にもう恐いものなんてないわ」

「……荒唐無稽な話になる」





「……この世界が創作物で、私はその中の登場人物、ね。まるで劇中劇演じさせられてるみたい。いえ、アニメだから作中作かしら」

「信じるのか……?」

「サイエンス・フィクションは大好物よ」

軽口で返しながらパチリとウインク。

頼もしすぎる……。

これはほむらちゃんじゃない。

ほむらさんや。

「常識的に考えると、確かにこの世界いろいろおかしいもの。非現実的すぎる」

すげー、マジすげー。

自分を客観的に見過ぎだろ。

ほむらさんパネェっす。

「……そう考えた方がかえって楽だから、積極的に信じようとしてる面もあるけれど」

「仕方なかったんだよ。一介の女子中学生には手に余る問題だった。脚本の悪意もあったし」

「まったく、忌々しい記憶」

深く溜め息をつくほむらさん。

憂い顔も麗しい。

「さしあたっての問題はワルプルギスの夜ね。どうしたものかしら」

「逃げよう」

「そうね。でもそれだと鹿目さんが不安……ああ、美樹さんも……他に……」

「マミちゃんと杏子ちゃんは大丈夫だ。なんせ魔女になったデータがないんだからな」

「私は?」

「ノープロブレム」

データさえあれば神でも殺せる。

逆に言えばデータがなければ無敵だ!

「でも死ぬときはあっさり死ぬから気をつけろ」

「理解しているわ。きっと誰よりも。とりあえず二人に悪い虫がつかないように見張っとかないと」

「せやな」

べーやんはあの二人と仲が良かった。

だがそれは契約への布石に過ぎないのかもしれない。

あまり疑いたくはないと思う一方で、確信じみた思いがあるのも事実だ。

「俺はべーやんに会って謝らにゃならん。そして、できることなら、あいつを……」



[29763] 憐れみ給うな
Name: Orz~◆9ae9ff3a ID:7809b372
Date: 2011/09/24 02:29
「HQ、HQ。二号より本部へ。こちら異常ありません。どうぞ」

「本部より二号へ。いちいち電話しないでメールで済ませなさい。オーバー」

「いやー、君の声が聞きたくて……あれ? もしもーし」

俺は自分の姿が人に見えないのをいいことに連日連夜病院前で張り込みを続けていた。

奥手なあいつのことだ。

切り札のまどっちは必ず後回しにするだろう。

本当は美樹家に張り付きたかったんだが、俺は顔割れてるからすぐバレる。

まさか落書きが仇になるとは。

『おい』

「はい? ぶひゅぅっ!」

なんだ、何が起きた?

どうして俺は地面に転がっているんだ。

横っ面を張り倒されたのか?

『屑が。君ごときに僕が止められると思ったか』

「へへっ……久しぶりにいいモンもらったぜ……また会えて嬉しいぞ……」

なあ、べーやん?

「油性ってすげーのな。だいぶ滲んでるけど、まだ残ってやがる」

『邪魔立てするなら容赦はしない。ここで朽ち果てろ』

「……是非もなし」

お互い無言で戦闘態勢に移る。

俺は二足立ちのボクサースタイル。

対するべーやんは女豹のポーズ。

放浪生活が長すぎて野性に目覚めたか。

「へいへいへーい、ビビってないでかかってこいよ」

『……』

俺には分かる。

この勝負先に動いた方が負ける。

『邪ッ!』

獣のバネを最大限に活かした突進が俺を








「……きて。起きて」

「うーん、た、た、タオロー兄さん……」

「起きなさい」

「あだっ!」

頬に軽い衝撃が走る。

「ほ、ほむらさん……」

目を開けて最初に見たものが彼女か。

悪くない目覚めだ。

「はっ! べーやん! べーやんはいずこに!」

「美樹さんと一緒に上条くんの病室に向かったわ」

「見てないで止めろよ!」

「どうやって?」

「ほぼ制限無しの卑怯くせぇ時止めがあるだろ!」

「あれってどういう原理なのかしら。呼吸は問題なくできるから空気中の成分は停止していない? 神経ガス撒いたら自爆しちゃう?」

「知らんわ! どうせ魔法的なアレだろ! あと化学兵器は絶対使うな!」

なぜ俺がツッコミを……。

「そう。ところで止めるというのは、お友達を始末してもいいってこと?」

始末?

べーやんを?

「それは、駄目だ」

「でしょうね」

「俺が説得する。してみせる」





「本当に治せるの? 恭介はまたヴァイオリンを弾けるようになるの?」

『僕が君の期待を一度でも裏切ったことがあったかい?』

「う、うん」

『君と僕は今日この日のために出会ったんだ。まさに運命ってやつさ。さあ、彼を助けてあげよう』

「わかった。契約でも、何でもする」

勝った。

これでチェックメイト。

世界よ、終われ。

「待て!」

『……君もしつこいやつだな』

あと一歩のところで邪魔が入った。

喉笛を噛み千切っただけでは不十分だったか。

「やめてくれ、べーやん。こんなことして何になる。戻ってこい。また一緒に馬鹿やろうぜ?」

彼のくるくる変わる豊かな表情を見ていると反吐が出そうだ。

同じ顔なのに。

『黙れ。君に何が分かる』

「わかるってばよ……」

『……確実に殺しておけばよかった』

軽薄な言動。

不誠実な態度。

何もかもが不愉快。

「美樹さん、奇跡なんて胡散臭い代物に頼ってはダメよ」

「転校生? どうしてここに……」

「その転校生って呼び方疲れない? フルネーム呼びもそうだけど、もっとフランクな付き合いをしましょう?」

「は、はあ」

「ミッキーなんてどうかしら」

「え?」

「あだ名」

「えー……」

『救いを求めることに間違いなどない。願いそのものに罪などない。僕はただ少女の純粋な思いを成就させようとしているだけだ』

もちろん嘘だ。

でも、いつからだろう。

こんなにも頻繁に嘘をつくようになったのは。

『考えてもみろ。腕が動かなければ楽器の演奏どころか、普通の生活を送ることすらままならない。才能溢れる彼に障がいを背負った人生を歩めと?』

これぞ最終奥義泣き落とし。

情に厚い女はこれで堕ちる。

「恭介……」

「そこを突かれると痛いわね」

「腕が動かないなら床オナすればいいじゃない」

『うるさい。君も聴きたいだろ? 彼の演奏をもう一度』

「うん……あいつから音楽を取っちゃったら、きっと何も残らない。これだけは奪っちゃダメなんだと思う」

それでいい。

尽くせ。

己の身を削り奉仕しろ。

そしてボロクズのように捨てられてしまえ。

「あいつの演奏をもっとたくさんの人に聴いてほしい。それが叶うのなら私はそれで満足だよ」

「ええ話や……」

「そうね。綺麗すぎて鳥肌が立ちそう」

今度こそ勝った。

お涙頂戴はやはり強い。

陳腐ではあるが強いものは強い。

『ならば祈れ。彼のために、その魂を捧げろ』





「場の雰囲気に流されちまったぜ」

「やっちまったぜ……これからどうするの? 何か策は?」

「俺に惚れろ!ってのはどうよ?」

「真面目に考えて。あなたの方が付き合い長いんでしょ?」

「そんなこと言われても。ひとまず尾行だ。徹底マークだ」

この日から俺たちの苦難の日々が始まった。

「やっぱり恭介はすごい……! ブランクがあるのに全然衰えてない……!」

「クラシックの魅力が、まるで理解できない……くぁ、ねむ……」

「ヘイ! そこのマダム! この後お茶しない?」

あるときは聴きたくもないコンサートを高い金出して聴きに行き。

「つ、強い……!」

『使い魔風情にこれほどの力が……いや、まさか、お前は!』

「待てーい! そいつは俺の獲物だ。手を出すんじゃない」

「ここが見滝原裏の名所、沈黙の薔薇園か。カメラ持ってくればよかった」

『チッ、鬱陶しい奴らが来た。さやか、今日のところは撤収だ』

「勘違いするなよ、アンソニー。てめぇをぶっ殺すのはこの俺……え? 女王様に貢ぎ損ねた? ぶち殺すぞ? やめてください、死んでしまいます」

またあるときは行きたくもない魔女の結界に潜り込み。

「私、上条恭介君をお慕いしておりますの」

「へ? へぇ、そ、そうなんだ……」

「さやかさんは上条君に告白する気がないのですか? 私もう待てません」

「うぅ、好きにすれば、いいんじゃないかな……」

「……わかりました。好きにさせていただきます。ただ一つだけ言わせてください。思いは口に出さなければ伝わりません」

そしてあるときは見たくもない修羅場に出くわし……。

「何やってんだよ、ミッキー……」

「肉食の勝利ね」

『時は満ちた。これより詰めに入る』





「ハァ、ハァ、ふぅー……使い魔退治も、楽じゃないなぁ……」

『がんばってるね』

「うん、私の取り柄ってこれくらいしかないし。それに、もう体の傷を気にする必要もないしね」

『おいおい、僕と過ごした時間は何だったんだ。あの努力を無駄にするつもりかい?』

「はは……だって、結果は分かりきってるもん」

『なに?』

どういうことだ?

まさか知っているのか?

「女はね、男の視線に敏感なんだよ」

『ほう』

「恭介の目が言ってるんだ。お前を女としては見れないって」

『なるほど。思うに親愛の情が強すぎるのだろう。一度距離を取ってみては?』

「ううん、いいの。むしろ仁美でよかった。顔も知らない誰かに攫われちゃうより、ずっといい」

ああそうかい。

こっちは全然よくないんだよ。

『そうか。もうこの世に未練はないか』

「ん? 何か言った?」

『まどかの家に行こう。話したいことがある』

いささかスマートさに欠けるが、ここはプランBに変更だ。





「キュゥべえ! アーちゃんが帰ってこないの!」

『なに? 誰?』

「ほら、アシスタントの子」

『あー、そんなやつもいたね。車に轢かれたんじゃない?』

「そんなぁ!」

『静かにしてくれないか。君たちに大事な話がある』

さあ、正念場だ。

『さやかには魔法少女として働いてもらっているわけだが、そろそろ次の段階に移ってほしいんだ』

「私も魔法少女になる! だからアーちゃんを見つけてよ!」

『ちょっと黙って。さやか、君はすでに二体の魔女を倒している。これは素晴らしい戦果だ』

「いやぁ、照れますなぁ」

『そうか、褒められて嬉しいか。この人殺し』

「え……?」

『魔女は人間だ。黙ってて悪かったね』

ピシリと、空気の凍る音がした。

彼女を殺すのが先か、僕が殺されるのが先か。

「人間……って、あのお化けが……?」

『魔女がいつどこで生まれるか考えたことはあるか? グリーフシードから孵化して? ならそのグリーフシードはどこから?』

理解など待たず、捲し立てるように語り続ける。

「なにを、言って」

『正解はソウルジェム。これは文字通り魔法少女の魂を結晶化させたものでね。大雑把に説明するなら、心臓あるいは脳を外に取り出したようなものさ』

待てよ、言葉だけじゃ説得力が不足するな。

『疑問に思わなかったのか? どうしてジェムの穢れをグリーフシードに移さなければならないのか』

そうだ、実際に見せてあげよう。

『この美しい蒼が黒く染め上げられたとき、グリーフシードが生まれる。そして、魔女も』

信じられないものを見るような目で僕を凝視する二対の瞳。

未だ幼さの残る少女達の顔を今度はこちらから見据えてやる。

「きゃあっ!」

「うわっ!」

虚構の真実を脳髄に焼き付けるように叩きこむ。

『この国では成長過程の女性を少女と呼称する。それに倣い、やがて魔女へと変貌する君達を魔法少女と呼ぶことにしているのさ』

「うそ……こんな……こんなことって……」

「ひどい……ひどいよ……! このままじゃ……さやかちゃんが……!」

とてつもない情報量を一気に流し込まれ、二人とも極度の錯乱状態に陥っているようだ。

『シャレてるだろ?』

「まどかぁ……! わたし、死んじゃった方が、いいのかなぁ……っ!」

「そんなのやだよ! 絶対にダメだよ!」

茶番、茶番。

このシナリオ考えたやつ、薬でもキメてたんじゃないのか?

『鹿目まどか、僕が憎いだろう? 親友を利用した僕が殺したいほど憎いだろう?』

「キュゥべえ……!」

『全部なかったことにすればいい』

「バカにして……!」

『いやいや大真面目さ。インキュベーターは願いを乞われたら必ず叶えなければならないんだ。それが自分にどれだけの不利益をもたらそうとも』

「あなた達に、消えてほしいと、願ったら……?」

来た!

『喜んで消えよう。永遠に』

「わたしは、わたしの……」












「それにはっ! 及ばないわっ! 間に合ったの!? どうなの!?」

「窓から失礼! セーフか!? セーフなのか!?」

窓ガラスバリーン!

飛び散る破片!

危ない!

「暁美さん、ちゃんと玄関から入りなよ。温厚なおじさんが激怒してたよ」

「後で弁償するわ! でも今はそんなこと大して重要じゃないの!」

「恭介……? 転校生まで……」

「二号もいるぞ! 君は見えてる人種なんだから無視しないでください!」

『まどかー、ただいまー』

「アーちゃん? あ……だめ、来ないで……」

『ん? ん?』

『無駄な足掻きを……どこまでも不快な連中だ』

悪いな、べーやん。

ここから先は俺達のターンだ。

「上条くん、美樹さんに何か言うことがあるのではなくて?」

「え? 今ここで報告するようなこと? もうすでに帰りたいんだけど」

「知ってる? 女子のいじめは陰湿なの」

「怖いよ……さやか、どうして泣いてるんだい? 鹿目さんとケンカしちゃった?」

「べつに、なんでもない。恭介には、関係ないでしょ……」

上やん、お前ならできる。

お前の声なら届く。

「そっか、関係ないか。じゃあ僕も関係ない話をするよ。実は志筑さんに告白されたんだ」

「知ってる」

「返事の内容も?」

「あんた……まさか断ったんじゃ」

「うん、なあなあで済ませた。だってそうだろ? 今は大事な時期なんだ。ヴァイオリン以外に浮気してる暇はない」

「バカ。音楽馬鹿」

「それは褒め言葉だ。そしたら、お友達から始めましょうだってさ。いい人すぎるよ、あの人」

「ほんとだよ。もったいなさすぎ」

『化け物が。お前に彼と話す資格はブフォッ! フゴゴッ!』

「ごめんね、二号。うっかり手が滑ってお友達に鼻フックしちゃった」

こえー、こえーよ、ほむらさん。

でもナイスカットです。

「……あのね、上条くん。仁美ちゃんと付き合う気がないんだったら」

「まどか」

「さやかちゃん……」

「いいの」

「……っ! どうして……っ!」

愛だよ。

愛深きゆえに。

「ねえ、恭介。お願いがあるんだけど、いいかな?」

「変なことは頼むなよ」

「信用ないなぁ……ヴァイオリンが聴きたいの。子どもの頃みたいに、お客さん一人だけの小さなコンサートを開いてほしいんだ」

え?

やめてくれない、そういうの。

どこの業界でも死亡フラグです。

「僕の演奏タダで聴く気か?」

「調子に乗るな、ヘタクソ」

「言ったな。いいだろう、聴かせてやるよ。あまりの巧さに感動して泣くなよ」

「それは、無理かな」

……今回ばかりは恨むぜ、べーやん。

マジでどうすればいいんだ。

見捨てたくねえよ。

『フゴォ……ええい! 放せ!』

「あ」

べーやんが逃げた。

鼻汁は付着してないみたい。

この体、老廃物出ねえもんな。

『美樹さやか! お前はそれでいいのか! 何の見返りも求めず! 孤独のうちに死ぬか!』

「うん、もういいんだ。たくさんもらったから」

『上条! 出来損ないの木偶が! お前の役目は人形を追いつめることだけだ! 出しゃばるな!』

「いいじゃないの、出張ったって。ガキの頃からずっと一緒だった幼馴染なんだぜ?」

『鹿目まどか! 僕を! 僕を早く消してくれ!』

「アーちゃんは私達にひどいことしない?」

『まどかと僕は友達だよ。いじめたりなんてしないよ』

「そっか、ごめんね……」

『何だ、何だこれは……終わりは、終わりはまだ訪れないのか?』

べーやん……。

お前、そこまで……。

「べーやん、すまん。本当に悪かった。お前が苦しんでたこと、気付いてやれなくて……すまなかった」

謝って、どうにかなる問題じゃねえけど。

今の俺には言葉を尽くすことしかできねえ。

『苦しむ!? 僕に感情なんてない! 惰弱な人間とは違うんだ!』

「べーやん! しっかりしろ! 俺のところに戻ってこい!」

『まだだ! まだワルプルギスの夜が残っている!』

やめてくれ……。

今のお前、見てらんねーよ……。

『鹿目まどか! 僕と契約して力を手に入れろ! でなければ死ぬぞ! 友人も! 家族も! みんな! 死ぬんだ!』

べーやんが捨て台詞を残し、割れた窓から逃走する。

「べーやん!」

「追う? 能力使えばすぐよ」

「べーやん……」

俺は、動けなかった。


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