月命日の前後は、かなり情緒不安定になります。
PTSDもそんなにすぐには治らないから・・
まあ、どうにかなります。
そういえば、www.koji-minami.comがオープンしていますね。
BIOGRAPHYに懐かしい写真がアップされてました。
ごめんなさい、
まだ冷静には見れてないのですが・・・
あ〜こんな感じだったなあ〜
人間クラブって。
お恥かしながら
アタクシ、古〜い人間でございます。
あのジャンプスーツ、
どうやら赤や黒のほかにシルバーやらあったんですね。
あれは、親戚の叔母さんが洋品店を営んでおりまして、
あつらえていたと聞きました。
そうよね、あれだけ細い身体にフィットする衣装なんて
当時、売ってるはずないですよね。
さすが、見た目重視は生まれつきです(笑)
考えてみると、1979年の時代にド金髪で、あのステージ衣装ですから、
そりゃあ〜インパクトはありました。
でも、当時の南浩二さんが狙っていたのはそこじゃないですよ。
南浩二さんは、ロックに関してアマチュアの意識は
あまりなかったかも知れませんね。
意識していたのは、DAVID BOWIEですから(笑)
彼の視線は海外の、ステージも魅せるロック!
今風に言うと、グラムでパフォーマンスなステージング・・・
人が魅了される、独自な世界観を、当時から持ってましたね。
いや、ずば抜けて持ちすぎていました。
昔、80'sFACTORYの支配人EMIさんが
バンドマンに言われてたことを想い出しました。
ステージには普段着で出るなって、サングラス1個でも変えろって。
それが、別世界へのスイッチじゃないかな・・
オーディエンスに対してもね。
そして音楽にも、プラスαとしてつながるんだってことだと思います。
そういうの、南浩二さんは教えられたわけじゃなく、
彼は皮膚感覚で解っていたと思います。
だから、34年間ブレなかった。
ファンとして、誇りに思います。
誰もが真似できないこと、誰しもが羨むこと、
日本人ばなれしたことをサラリとやってのけてみせる。
それが、フロントマンとしての南浩二さんの才能です。
「ステージで、一番カッコイイのは俺だ!」
そう言わんばかりに転がり始めた、
赤いジャンプスーツの南浩二さんは、
17歳でした。
[ この記事を通報する ]
- Liza talk |
- Comment [2] |