• jotun82

    ニセ科学批判批判に対する私見

    私の個人的な見解です。
    他の理由もあると思いますし中には妥当な主張もあるのかもしれませんが、私はこういう見方をしてます。

    反論を書き込んで下さっても結構ですが、たぶん読みませんw
    私がニセ科学批判的な意見を述べた時にそれに対する具体的な反論を頂ければおそらく目を通すと思います。

    …蛇足かもしれませんがややヒネた表現をしているので若干補足を。
    私が言いたいことの一つは、「ニセ科学批判が問題視される理由の一つは、アカデミアの内外でのスタンスの違いでは?」ということ。
    研究者が「それは間違っている」と言った場合、相手の人格を否定する意図はないわけですが、そういうニュアンスで解釈される危険もある。
    あと「エビデンスに基づくべき」は真実に迫る方法として妥当だと思いますが、物事の「正しさ」を判断する方法として必ずしも一般的ではないのかもしれないと。(「周囲の意見に従う」が基準の人も結構いる)

    そこら辺のスタンスの違いを両者が認識していれば、いくらか無用な対立が避けられるんじゃないかと思うんですよね~。

    ▼続きを読む(残り5行)
  • kenokabe
    ニセ科学批判自体は王道であり、これは反論できないことをいい事に、科学リテラシもないような連中が、それを盾に邪悪な動機で分不相応な議論に踏み込んだ欺瞞が露呈しただけ。 http://t.co/q8d0kYi
  • kenokabe
    ニセ科学、似非、エセ科学と言う言葉遣いのブレが常に気になるな。そこまで詰めるだけのレベルの話ではないのはわかってるが、常に「原発事故ニセ科学批判派」が揚げ足とってまた面倒な説明が必要で、それが「弁解しているw」みたいな愚劣なシナリオが想定可能。
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  • kenokabe
    ニセ科学を中心とした、不安心理、パニックのノイズ性を批判するとき、それ批判するおまえらも言論者としてみればかなりのノイズだよな、って観察。特に子供の安全を最大限守ろうとする愛や熱意は冷静さと対立しやすくて、冷静さってのは薄情と相関が強く、結果薄情な連中が対立していている構図。
  • kenokabe
    今回一連の原発の議論て、論理的につめれば、低放射線被爆の科学的議論にせよ、政治的判断になる。トレードオフの選択枝、決断のはなしになる。そこはもうざっと見えちゃってるんだよね。
  • kenokabe
    だから結局、もっと入り口の段階、論者の思想、立場、姿勢、愛情度、薄情さ、フェアネス、卑劣さ、みたいなところにフォーカスされる。
  • kenokabe
    わーわー騒ぐのだって仕方ないとおもうよ。政治が科学的コンセンサスがないから1mSVだと政治的合意してるのをひっくり返したんだから。
  • kenokabe
    ここ論理的批判の応酬が通用するのは下限ポイントみたいなもんがある。そっから下は論者の資質による判断、より好み。
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コメント

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