H14. 6.20 東京地裁 平成14(ヨ)21038 昭文社懲戒解雇事件
H14. 6.20 東京地裁 平成14(ヨ)21038 昭文社懲戒解雇事件
主文
1 債務者は,債権者に対し,22万円及び平成14年6月から平成15年4月まで毎月25日限り月額22万円を仮に支払え。
2 債権者のその余の申立てを却下する。
3 申立費用は債務者の負担とする。
事実及び理由
第1 申立て
1 債権者が債務者に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 債務者は債権者に対し,平成14年4月24日から本案判決確定に至るまで毎月25日限り月額24万1000円,毎年7月10日に52万2600円,毎年12月10日に60万3000円を仮に支払え。
第2 事案の概要
本件は,債権者が債務者からされた懲戒解雇が無効であるとして,地位保全及び賃金・賞与の仮払を求めた事案である。
1 前提となる事実(疎明資料を掲げない事実は,争いがないか又は審尋の全趣旨により認められる。)
(1) 当事者等
ア 債務者は,各種地図,ガイドブック,辞典等各種図書の企画,製作及び出版販売等を業とする株式会社である。
イ 債権者(昭和40年7月17日生)は,平成9年10月1日,債務者に雇用され,本社に勤務した。所属は次のとおりである(乙40の2)。
平成9年10月1日 情報システム部データベース運用課
平成11年3月1日 同部データベース運用プロジェクト
平成12年4月1日 同部データベース運用課
同年12月1日 システム部GISデータ管理課
平成13年2月1日 調査部実踏調査プロジェクト
平成14年2月16日 制作本部製作部製作課
ウ 調査部は,東日本地区の地図情報に関する調査及び管理を行う部署であり,債権者は同課において現地調査等を担当していた。
製作部製作課は,出版物の製作業務(用紙,印刷,加工,製本,納品に関するもの)を行う部署であり,債権者は同課において地図編集部再版商品全般に関する製作作業を担当するものとされていた。
(以上,甲18,乙12の1~4,乙35)
(2) ホームページへの記載
ア 本件記載1
債権者は,平成14年(以下,年の記載のないものは平成14年をいう。)1月15日から2月12日までの間,13回にわたり,就業時間等に債務者から貸与されたパソコンを使用して,自ら開設したホームページに業務と関係のない私的な事項を記載した(乙30)。
イ 本件記載2
債権者は,上記ホームページにおいて,平成13年12月26日に別紙2①,平成14年2月4日に同②,2月12日に同③の各記載をした(以下,①につき「本件記載2①」という。)。
債務者の地図編集部は,「ハローキティ」のキャラクターを生かした商品を企画しており,これを愛好していた債権者に対し,同商品に関する感想を求めたことがあったところ,本件記載2①は,この企画が公にされる前にされたものであった。同商品は4月に発売された。
(以上,乙31,乙32の1,2)
(3) 配転命令に関する経緯
ア 1月21日,債務者は債権者に対し,製作部製作課への配置転換を内示した(乙40)。
イ 翌22日,債権者は債務者に対し,「自分を女性として認めてほしい,具体的には,①女性の服装で勤務したい,②女性トイレを使用したい,③女性更衣室を使いたい」旨を申し出た(以下「本件申出」という。)(甲4)。
ウ 2月12日,債務者は債権者に対し,確認書により,①債務者が本件申出を承認しなければ配置転換を拒否する旨,②配置転換には応じるが,その後の勤務において本件申出を債務者が受け入れて欲しい旨のいずれかを回答するよう求めたところ,債権者は①を選んだ(乙24)。
エ 債権者は,2月13日から3月1日(金曜日)までの勤務日に出社しなかった。
オ 2月14日,債務者は債権者に対し,2月16日付けをもって製作部製作課勤務を命ずとの辞令(甲5)(以下「本件配転命令」という。)及び本件申出を承認しない旨の通知書(甲4)をそれぞれ発し,各書面(写)は翌15日,債権者に到達した(乙44の1~4)。
カ 2月16日,債権者は,上記各書面(写)を破棄したものに,「私の回答は同封のとおりです 従ってしかるべき公的機関にこのすべての事実を告発いたします」と朱書したメモ用紙(ハローキティのキャラクターが印刷されたもの)を添付し,宛名等を朱書した封筒に入れて,債務者に返送した。
2月18日,債務者はこの封筒を受領した。
(以上,乙26の1~5)。
キ 2月20日,債権者は債務者に対し,「会社の業務命令である辞令のコピーを破り,総務部へ送付した行為を謝罪し 辞令に従うことをここに誓約いたします。」と記載した謝罪文を送付した(甲29)。
ク 2月20日,債権者は債務者に対し,2月13日から22日までの間を有給休暇として申請する旨の有給休暇届,及び2月25日から3月25日までの間を休職としたい旨の休職願を提出した。
これに対し,債務者は,2月22日付けの通知書により,上記有給休暇届が就業規則所定の手続に違反するものであること,上記休職願が就業規則所定の休職の要件に該当しないから休職を承認しないことを述べた上で,2月25日(月曜日)から出勤するよう命じるが,有給休暇届を提出するのであれば,残日数の範囲で有給休暇を認める意向である旨連絡した。
債務者の個人別就業月報には,債権者について,2月13日から15日までの間につき「休」と記載され,2月18日から3月1日までの勤務日につき有給休暇である旨記載されている。
(以上,甲29~31,乙29)
(4) 本件服務命令に関する経緯
ア 3月4日(月曜日),債権者は,女性の服装,化粧等(以下「女性の容姿」という。)をして出社し,配転先である製作部製作課において在席したが,しばらくして債務者から自宅待機を命じられ,その後,就労しなかった(乙2の1,2,乙3の1,乙4,5)。
イ 3月5日から8日までの各日,債務者は,女性の容姿をして出社してきた債権者に対し,それぞれ下記のとおり記載された通知書を発し,自宅待機を命じた(甲6の1~4,乙6。以下,下記1,2の命令を「本件服務命令」という。)。
「就業規則57条(服務義務),58条(服務規定)に基づき下記事項を命じるとともに,自宅待機を命じます。
記
1 女性風の服装またはアクセサリーを身につけたり,または女性風の化粧をしたりしないこと。
2 明日は,服装を正し,始業時間前に出社すること。
なお,今後も貴殿が上記命令に従わない場合には,当社就業規則に基づき厳重なる処分をすることとなりますので,その旨付記します。」
ウ 3月8日,債務者は債権者に対し,債権者の一連の行為につき懲戒処分をすることも検討しているとして,3月11日に弁明を聴取すると書面で通知し,同日弁明聴取が行われた(甲7の1,2)。
エ 3月12日,債権者は,当裁判所に対し,本件申立てを行い,本件服務命令違反を理由とした懲戒処分の差止め等を求めた。
オ 債権者は,以後4月17日までの各勤務日において,女性の容姿をして出社したが,その都度,債務者から本件服務命令違反を理由に自宅待機を命じられ,その後,就労しなかった(甲20,乙6の1,2)。
(5) 本件解雇に関する経過
ア 4月17日,債務者は債権者に対し,聴聞手続をした後,懲戒解雇をする旨を告知し(以下「本件解雇」という。),その後,懲戒解雇通知書を配達証明郵便及び普通郵便により郵送した。
懲戒解雇通知書には,懲戒事由として,①本件配転命令に従わなかったこと,②本件配転命令の辞令を破棄し,債務者に送り返したこと,③本件配転命令を受けたにもかかわらず,業務の引継を怠ったこと,④債務者から貸与されたパソコンを用いて,業務時間中に私的に開設した自己のホームページに書き込みを繰り返し,また,同ホームページに上長又は同僚を誹謗中傷する記事又は業務上の秘密を漏洩する記事を書き込んだこと,⑤業務命令(女装で出勤しないこと等)に全く従わなかったことが記載されていた。
(以上,乙22の1,2,乙46)
イ 4月19日,22日及び23日,債権者は債務者本社入口前において,本件解雇が不当解雇である等として抗議した(甲24,25,乙21の1,乙21の2の1,2,乙21の3の1,2,乙21の4)。
ウ 配達証明郵便により送付された懲戒解雇通知書は,4月18日,債権者に配達されなかったため,4月25日まで郵便局で保管されたが,同日までに債権者から申出がなかったとして,4月30日,債務者に返送された(乙22の2~4)。
4月24日,債務者は本件仮処分申立ての疎明資料として懲戒解雇通知書を提出し,4月25日,債権者代理人はこれを受領した。
(6) 関連規定
ア 債務者の就業規則は別紙1の規定を定めている(乙11)。
イ 債務者の社内ネットワーク管理規程10条は,目的外使用の禁止として,イントラネットの利用は会社業務の遂行を支援するためであり,業務と無関係な目的での使用を禁止すると定めている(乙36)。
(7) 賃金等
債務者は債権者に対し,4月分の賃金(総支給額)として25万6390円(うち通勤手当3万4890円)を支給した(乙45)。
債務者における賃金は,当月15日締めで同月25日支払である。
(8) 債権者に関する事情
ア 債権者は,平成9年3月5日に結婚し,同年12月10日,妻との間に子どもをもうけたが,平成12年10月13日,妻との調停離婚が成立した(甲3)。
イ 債権者は,平成12年5月13日以降,あベメンタルクリニック(精神科)に通院し,性同一性障害(性転換症)と診断され,精神療法等の治療を受けている。
同クリニックのa医師が作成した平成13年6月23日付け診断書には,要旨「債権者は,幼稚園の頃に性同一性障害を発症したと推定される。その後,性自認の動揺があり,結婚して1児をもうけ,男性に戻ろうとする努力はされたが,いずれも失敗している。30歳ころから転性願望が強まり,女性としての性自認が確立しており,このことは1年間の観察期間を通して一貫し,今後も変化することはないと思われる。職場以外においては女性装でのリアル・ライフ・イクスピアリアンスに入っている。改名の希望も恣意的なものではなく,今後の社会的適応のためには欠かせないものと考えられる。」と記載されている。
(以上,甲2)
ウ 債権者は,家庭裁判所の許可を受けて,平成13年7月2日,戸籍上の名を「○○」から「○○」に変更した(甲3)。
2 争点
(1) 本件解雇の効力(債務者主張の解雇事由の当否)
(2) 保全の必要性
3 当事者の主張
申立書,答弁書その他主張書面のとおりであり,これを引用する。
債務者が主張する本件解雇の理由の骨子は次のとおりである。
(1) 解雇事由①
債権者は,債務者に対し,1月22日,配転を内示した翌日に配転に応じる条件として本件申出をし,2月12日,本件申出に応じなければ配転を拒否する意思を示し,よって本件配転命令を拒否したものであり,これは,就業規則43条1項,56条,57条に違反し,懲戒解雇事由である88条11号の「正当な理由なく配転(中略)を拒否したとき」に当たる。
(2) 解雇事由②
債権者は,2月18日,債務者から送付された本件配転命令の辞令及び本件申出に応じられないとの通知書を破棄し,債務者に送り返しており,これは,就業規則56条ないし58条に違反する非常識な行為である。
(3) 解雇事由③
債権者は,2月13日から3月1日まで出社せず,配転前後の各職場において引継業務をしておらず,これは,就業規則59条に違反し,86条3号に当たる。
(4) 解雇事由④
ア 債権者による本件記載1は,就業規則58条9号及び社内ネットワーク規程10条に違反し,86条5号に当たるものであり,就業時間中の行為については,さらに就業規則56条に違反し,86条1号に当たるものである。
イ 債権者による本件記載2は,上長又は同僚を誹謗中傷するものであり,就業規則58条11号に違反し,86条1号,87条4号に当たり,懲戒解雇事由である88条7号の「故意または重大な過失により,会社に重大な損害を与え,または著しく会社の名誉及および信用を傷つけたとき」に当たる。
ウ 債権者による本件記載2①は,債務者の業務上の秘密に属するハローキティに関する企画案の顛末を記載し,業務上の秘密を漏洩したものであり,就業規則58条12号に違反し,懲戒解雇事由である88条5号の「業務上の秘密を会社外に漏らそうとしたとき」に当たる。
(5) 解雇事由⑤
債権者が,本件服務命令に全く従わず,女性の服装等をして出社し続けたたことは,就業規則前文,3条,56条ないし58条(7号,15号,17号)に違反し,懲戒解雇事由である88条9号の「会社の指示・命令に背き改悛せず」に当たり,また,同条13号の「その他就業規則に定めたことに故意に違反し,あるいは前各号に準ずる行為のあったとき」に当たる。
第3 当裁判所の判断
1 本件解雇の効力(争点(1))について
(1) 解雇事由①について
ア 本件配転命令の当否
債務者が債権者に対し,1月21日,製作部製作課への配置転換を内示し,2月14日,この配置転換を命じる本件配転命令を発したことは,前提となる事実(3)ア,オのとおりである。
疎明資料(乙40~43)及び審尋の全趣旨によれば,債権者が在籍していた調査部において,債務者の組織変更の一環として,調査業務を外注にし,債務者社員が外注者への管理業務に集中することにより人員を削減する方針を立てたこと,他方,製作部において,増員が必要になった企画開発部開発編集課への異動により欠員1名が生じ,調査部からこの欠員を補充することになったこと,この補充者について,調査業務の外注により債権者が従事していた調査業務をなくす方針であったこと,外注者への管理業務につき他に適任者がいたこと,債権者にとって,製作部における印刷出版等に関する業務が,未経験であり,有益になるであろうこと等の事情により,調査部員6名の中から債権者を選んだことが認められる。
これらの事実によれば,本件配転命令は,債務者における業務上の必要に基づき,合理的な人選を経て行われたものであり,相当なものと認められる。
債権者は,本件配転命令が債権者に対する差別的な取扱いによるものである旨主張し,1月21日,配転内示の際,債務者から,債権者の勤務態度等につき約3時間も注意され,製作部製作課でアルバイト的な仕事をしろ,男らしくしろ等と侮辱された旨陳述するが(甲11),他にこれを認めるに足りる的確な疎明はなく,これに反する疎明資料(乙12の2,乙40,41)及び上記認定事実に照らし,採用できない。
イ 懲戒解雇事由該当性
債権者が,1月22日,配転の内示を受けた翌日,債務者に対し,女性として就労することを認めてほしい旨の本件申出をしたこと,2月12日,債務者から確認書を示された際,債務者が本件申出を承認しなければ配置転換を拒否する旨を回答し,翌13日から3月1日まで出社しなかったこと,2月18日,債務者に対し,債務者から送付された本件配転命令の辞令(写)及び本件申出を承認しないとの通知書(写)を破棄したものに,「私の回答は同封のとおりです 従ってしかるべき公的機関にこのすべての事実を告発いたします」と朱書で記載したメモ用紙(ハローキティのキャラクターが印刷されたもの)を添付して,宛名等を朱書した封筒に入れて送ったことは,前提となる事実(3)イないしカのとおりである。
また,疎明資料(乙27,28,31)によれば,債権者が,ホームページにおいて,2月4日,債務者の人事異動に関する実施方針を批判する旨の記載をし,2月12日,本件申出に対する債務者の対応を非難する旨の記載をしたこと,出社しなかった2月13日から3月1日までの間,配転前に在籍していた調査部及び配転先である製作部製作課において,引継業務に従事しなかったことが認められる。
これらの事実によれば,債権者は,本件申出が受け入れられなかったことを主な理由として,本件配転命令を拒否したものというべきである。
そして,債務者において,就業規則により社員に配置転換に従う義務を課しており,また,2月1日から3月1日までの間に,組織変更等に伴い,10数名の配置転換が行われたこと(乙42),他方,債権者において,本件配転命令に一旦応じた上で,債務者に対し本件申出を受け入れるように働きかけることも可能であったといえることを併せ考えると,債権者による本件配転命令の拒否は,正当な理由が認められないものというべきである。
したがって,債権者は,懲戒解雇事由である就業規則88条11号の「正当な理由なく配転(中略)を拒否したとき」に当たる。
ウ 懲戒解雇の相当性
しかし,債権者は債務者に対し,2月20日,本件配転命令の辞令(写)を破棄して送り返した行為につき謝罪し,同命令に従うことを誓約する旨を記載した謝罪文を送付しており(前提となる事実(3)キ),また,債務者は,債権者の申出を受けて,3月1日までの数日間につき有給休暇を認めており(同ク),債権者が同日まで出社しなかったこと自体は,懲戒解雇事由である就業規則88条1号の「正当な理由なく,欠勤14日に及んだとき」に当たらないといえる上,債権者は,3月4日から本件懲戒解雇を受けた4月17日までの各出勤日において,債務者に出社し,配転先である製作部製作課において在席している(同(4)ア)。
のみならず,債務者が債権者に対し,本件申出を受けた1月22日からこれを承認しないと回答した2月14日までの間に,本件申出について何らかの対応をしたこと,上記回答をした際にその具体的な理由を説明したことについては,いずれも認めるに足りる疎明がなく,債権者の性同一性障害に関する事情(前提となる事実(8),後記(4)ウ)に照らすと,債権者が,債務者のこのような対応について強い不満を持ち,本件配転命令を拒否するに至ったのもそれなりの理由があるといえる。
以上を総合すると,債権者による本件配転命令の拒否が,懲戒解雇に相当するほど重大かつ悪質な企業秩序違反であるということはできない。
したがって,解雇事由①は懲戒解雇の相当性を認めさせるものではない。
(2) 解雇事由②,③について
債権者が債務者に対し,送付された本件配転命令の辞令(写)等に関してした行為(前提となる事実(3)カ)は,本件配転命令に関する事情(前記(1)ア)に照らしても,就業規則により配転命令に従う義務を負う従業員として著しく不適切な行為であり,かつ常識を欠いたものといえる。
また,債権者が本件配転命令の辞令を受けてから3月1日までの間,配転前後の各部署において引継業務に従事しなかったことは,前記(1)イ認定のとおりであり,これは,就業規則59条の事務引継の義務に違反し,かつ,上記各部署における業務遂行に支障を来したものと認められる(乙27,28)。
そうすると,これらの行為は,就業規則87条4号の「勤務怠慢,素行不良または規則に違反し,会社の規律,風紀秩序を乱したとき」に当たり得るものではある。
しかし,これらの行為は,いずれも本件配転命令の拒否に伴うものといえるところ,前記(1)ウの認定判断に照らすと,懲戒解雇事由である就業規則88条2号の「前条に該当しながら情状重いとき,または改悛の情のないとき」に当たるとはいえず,同条13号の「前各号に準ずる行為があったとき」に当たるともいえず,仮に同号の「その他就業規則に定めたことに故意に違反し」に当たるとしても,懲戒解雇にするまでの相当性は認められない。
したがって,解雇事由②,③は,懲戒解雇事由に当たらないか,又は懲戒解雇の相当性を認めさせるものでもない。
(3) 解雇事由④について
ア 本件記載1について
本件記載1は,債権者が,計13回にわたり,就業時間中に債務者から業務用として貸与されたパソコンを用い,私的に開設したホームページに業務と関係のない私的事項を記載したものであり,就業規則56条の職務を誠実に遂行すべき義務,58条9号の会社物品を私用で使わない義務,社内ネットワーク管理規程10条のイントラネットを私用で使わない義務にそれぞれ違反し,就業規則87条4号の「勤務怠慢,素行不良または規則に違反し,会社の規律,風紀秩序を乱したとき」に当たり得るものではある。
しかし,この行為は,懲戒解雇事由である就業規則88条2号の「前条に該当しながら情状重いとき,または改悛の情のないとき」に当たるとはいえず,同条13号の「前各号に準ずる行為があったとき」に当たるともいえず,仮に同号の「その他就業規則に定めたことに故意に違反し」に当たるとしても,懲戒解雇にするまでの相当性は認められない。
したがって,本件記載1は,懲戒解雇事由に当たらないか,又は懲戒解雇の相当性を認めさせるものでもない。
イ 本件記載2について
本件記載2は,いずれも不特定多数人が見ることができるホームページにおいて,債務者社員の職務行為について非難するものであり,債務者の名誉・信用を毀損するおそれのあるものとはいえる。
しかし,上記ホームページは,債権者が私的な事項を記載するために開設したものであり,その内容に照らして,多数の一般人がこれを直接見たり,その内容を何らかの方法で認識したりするものとは認められない。
そして,本件記載2①は,「ハローキティ」との記載以外は事実や人名等を具体的に摘示するものでなく,多数の一般人が事実関係を具体的に認識し得るものでもない。また,同②,③は,一般人がこの記載により直ちに債務者における出来事と認識し得るものではない上,債権者が本件申出への債務者の対応に強い不満を抱くことにもそれなりの理由が認められることは,前記(1)ウのとおりである。
これらを総合すると,本件記載2は,懲戒解雇事由である就業規則88条7号の「故意または重大な過失により,会社に重大な損失を与え,または著しく会社の名誉および信用を傷つけたとき」に当たるものとは認められない。
ウ 本件記載2①について
本件記載2①は,債権者が私的に開設したホームページにおいて,債務者が企画段階にあり,公にしていない商品について,その事実経過を記載したものであり,従業員として守るべき業務に関する守秘義務に反し,懲戒解雇事由である就業規則88条5号の「業務上の秘密を会社外に漏らしたとき」に当たるとはいえる。
しかし,同記載が,商品の内容について「ハローキティ仕様の商品」とだけ摘示し,具体的内容を明らかにするものではないこと,同記載により債務者が財産上の損害を被ったことを認めるに足りる疎明がないことを併せ考えると,本件記載2①は,懲戒解雇に相当するものとはいえない。
エ 小括
以上のとおり,解雇事由④は,懲戒解雇事由に該当しないか,又は懲戒解雇の相当性を認めさせるものではない。
(4) 解雇事由⑤について
ア 債権者が,3月5日から4月17日までの出勤日,債務者から本件服務命令により債務者から女性の容姿をすることを禁止されていたが,これに従わずに女性の容姿をして出社し続け,その都度,債務者から自宅待機を命じられたことは,前提となる事実(4)イ,オのとおりである。
イ 債務者は,男性である債権者が女性の容姿をして債務者に就労すれば,債務者社員が債権者に対し,強い違和感や嫌悪感を抱き,職場の風紀秩序が著しく乱れる上,債務者の取引先や顧客が,債権者を見て違和感や嫌悪感を抱き,債務者の名誉・信用が低下し,債務者との取引を差し控えることになるのであり,女性の容姿をした債権者を相当な待遇により雇用し続けることはできないから,女性の容姿をして就労することを禁止した本件服務命令は正当であり,これに全く従わなかった債権者に対する本件解雇は理由がある旨主張し,これに沿う債務者社員の陳述書等(乙1の1,2,乙2の1,2,乙3の1,2,乙4,5,7~10,乙12の1~4,乙13,16~20)が存する。
たしかに,債権者は,従前は男性として,男性の容姿をして債務者に就労していたが,1月22日,債務者に対し,初めて女性の容姿をして就労すること等を認めるように求める本件申出をし,3月4日,本件申出が債務者から承認されなかった後に最初に出社した日,突然,女性の容姿をして出社し,配転先である製作部製作課に現れたのであり,債務者社員が債権者のこのような行動を全く予期していなかったであろうことを考えると,債務者社員(特に人事担当者や配転先である製作部製作課の社員)は,女性の容姿をした債権者を見聞きして,ショックを受け,強い違和感を抱いたものと認められる。
そして,債務者社員の多くが,当時,債権者がこのような行動をするに至った理由をほとんど認識していなかったであろうことに加え,一般に,身体上の性と異なる性の容姿をする者に対し,その当否はさておき,興味本位で見たり,嫌悪感を抱いたりする者が相当数存すること(甲15,乙14の1,2),性同一性障害者の存在,同障害の症例及び対処方法について,医学的見地から専門的に検討され,これに関する情報が一般に提供されるようになったのが,最近になってからであること(甲8,16)に照らすと,債務者社員のうち相当数が,女性の容姿をして就労しようとする債権者に対し,嫌悪感を抱いたものと認められる。
また,債務者の取引先や顧客のうち相当数が,女性の容姿をした債権者を見て違和感を抱き,債権者が従前に男性として就労していたことを知り,債権者に対し嫌悪感を抱くおそれがあることは認められる。
さらに,一般に,労働者が使用者に対し,従前と異なる性の容姿をすることを認めてほしいと申し出ることが極めて稀であること,本件申出が,専ら債権者側の事情に基づくものである上,債務者及びその社員に配慮を求めるものであることを考えると,債務者が,債権者の行動による社内外への影響を憂慮し,当面の混乱を避けるために,債権者に対して女性の容姿をして就労しないよう求めること自体は,一応理由があるといえる。
ウ しかし,債権者が,平成12年5月13日以降,クリニック(精神科)に通い,性同一性障害(性転換症)との診断を受け,精神療法等の治療を受けていること,同年10月13日,妻との調停離婚が成立したこと,債権者が受診した上記クリニックの医師が作成した平成13年6月23日付け診断書において,債権者について,女性としての性自認が確立しており,今後変化することもないと思われる,職場以外において女性装による生活状態に入っている旨記載されていること,債権者が,同年7月2日,家庭裁判所の許可を受けて,戸籍上の名を通常,男性名である「○○」から,女性名とも読める「○○」に変更したことは,前提となる事実(8)のとおりである。
そして,疎明資料(甲8,16)によれば,性同一性障害(性転換症)は,生物学的には自分の身体がどちらの性に属しているかを認識しながら,人格的には別の性に属していると確信し,日常生活においても別の性の役割を果たし,別の性になろうという状態をいい,医学的にも承認されつつある概念であることが認められ,また,疎明資料(甲2,11)によれば,債権者が,幼少のころから男性として生活し,成長することに強い違和感を覚え,次第に女性としての自己を自覚するようになったこと,債権者は,性同一性障害として精神科で医師の診療を受け,ホルモン療法を受けたことから,精神的,肉体的に女性化が進み,平成13年12月ころには,男性の容姿をして債務者で就労することが精神,肉体の両面において次第に困難になっていたことが認められる。
これらによれば,債権者は,本件申出をした当時には,性同一性障害(性転換症)として,精神的,肉体的に女性として行動することを強く求めており,他者から男性としての行動を要求され又は女性としての行動を抑制されると,多大な精神的苦痛を被る状態にあったということができる。
そして,このことに照らすと,債権者が債務者に対し,女性の容姿をして就労することを認め,これに伴う配慮をしてほしいと求めることは,相応の理由があるものといえる。
エ このような債権者の事情を踏まえて,債務者の前記主張について検討すると,債務者社員が債権者に抱いた違和感及び嫌悪感は,上記(ア)の疎明資料及び上記(イ)の認定に照らすと,債権者における上記事情を認識し,理解するよう図ることにより,時間の経過も相まって緩和する余地が十分あるものといえる。また,債務者の取引先や顧客が債権者に抱き又は抱くおそれのある違和感及び嫌悪感については,債務者の業務遂行上著しい支障を来すおそれがあるとまで認めるに足りる的確な疎明はない。
のみならず,債務者は,債権者に対し,本件申出を受けた1月22日からこれを承認しないと回答した2月14日までの間に,本件申出について何らかの対応をし,また,この回答をした際にその具体的理由を説明しようとしたとは認められない上(前記(1)(ウ)),その後の経緯に照らすと,債権者の性同一性障害に関する事情を理解し,本件申出に関する債権者の意向を反映しようとする姿勢を有していたとも認められない。
そして,債務者において,債権者の業務内容,就労環境等について,本件申出に基づき,債務者,債権者双方の事情を踏まえた適切な配慮をした場合においても,なお,女性の容姿をした債権者を就労させることが,債務者における企業秩序又は業務遂行において,著しい支障を来すと認めるに足りる疎明はない。
オ 以上によれば,債権者による本件服務命令違反行為は,懲戒解雇事由である就業規則88条9号の「会社の指示・命令に背き改悛せず」に当たり,また,57条の服務義務に違反するものとして,懲戒解雇事由である88条13号の「その他就業規則に定めたことに故意に違反し」には当たり得るが,前記ウ,エの各事情を考えると,前記イの事情をもって,懲戒解雇に相当するまで重大かつ悪質な企業秩序違反であると認めることはできない。
よって,解雇事由⑤は,懲戒解雇の相当性を認めさせるものではない。
(6) まとめ
以上のとおり,債務者主張の各解雇事由は,いずれも懲戒解雇事由該当性又は懲戒解雇としての相当性が認められないものである上,これらの事由を総合しても,本件解雇の相当性を認めることはできないというべきである。
よって,本件解雇は権利の濫用にあたり無効である。債権者は被保全権利を有する。
2 保全の必要性(争点(2))について
債権者は,債務者から,本件解雇前である平成14年4月分の賃金(総支給額)として,25万6390円(うち通勤手当3万4890円)を支給されており(前提となる事実(7)),他方,債権者が,本件解雇後に他から収入を得ていることを認めるに足りる疎明はない。
そして,一件記録に現われた事情を総合して考えると,仮払金額は月額22万円とするのが相当であり,仮払期間は,債権者の生活状況が時間の経過により変動を免れないものであること,その他本件手続の進行状況にかんがみ,平成14年5月分から平成15年4月分までの1年間とするのが相当である。
なお,賞与仮払及び地位保全の申立てについては,上記のとおり賃金仮払が認められることに照らすと,いずれも保全の必要性を認めるには足りない。
3 結論
よって,担保を立てさせないこととし,主文のとおり決定する。
平成14年6月20日
東京地方裁判所民事第11部
裁判官 細川二朗
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