余録

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余録:人工衛星の落下

 「天が落ちてきたらどうしよう」。そう心配したのは「杞憂(きゆう)」の語を生んだ中国の杞の国の人だけではなかった。ギリシャ神話でトロイア戦争に従軍した医師ポダレイリオスも「天が落ちてきても大丈夫なところに住め」との神託を受けた▲杞の人は「日や月、星は気の集まりだから落ちても心配ない」という怪しげな説明にすっかり安心して喜んだ。だがポダレイリオスは高い山に囲まれていれば安全だろうと、以前行ったことのある小アジアのカリアに居を定める。用心深さはこちらが一枚上手である▲さて心配性の方々は「エッ」と耳をそばだてたに違いない米国の人工衛星落下である。米国東部時間のきょう23日午後(日本時間の24日未明から昼)、20年前に打ち上げられた重さ5.6トンの大気観測衛星が大気圏内に再突入し、燃え残った部品が落ちてくるという▲しかも落下予測地域は地球上で人口が密な陸地の大半を含む広い範囲に及ぶ。正確な予測は大気圏突入2時間前でも難しいうえ、地上に届く26個の部品は800キロ四方に落下するという。杞人なら夜も眠れなくなりそうだ▲そこは現代、心配性の人にも分かりやすいように米航空宇宙局は、部品が人に当たる確率を3200分の1と推計している。これはポダレイリオスならぬ耳にもずいぶんと危ない託宣に聞こえる。ただし特定の人、たとえばあなたに当たる確率は22兆分の1だそうだ▲ちなみに「杞憂」の出典である「列子」は、天が絶対落ちないから杞人の憂いが無駄だと説いているのではない。落ちるか落ちないか人知の及ばないことを心配しても仕方ないと言っているのである。

毎日新聞 2011年9月23日 0時04分

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