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[21206] 【ネタ】Muv-Luv 土管帝国の興亡 第1部 【チラ裏より】 第44話更新
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2011/09/21 14:05
挨拶

初めまして 鈴木ダイキチと申します。

初めての投稿なので、色々不慣れだったり、遅筆だったりすると思いますが適度に醒めた目で見てやってください。

この作品は

オリジナル主人公。

主人公のみチート技術を保有。

タケルちゃんや横浜組の出番は少ない。

コンセプトは“正しい第五計画の作り方?”。

主人公は並行世界(かなり未来)から来た日本の公務員。

一応仕事なので、第四計画の手伝いは出来ない。

仕事の都合上第五計画の変更、または日本独自の第五計画の実現を目指す。

といった内容です。

古いネタが満載ですが、そのへんはわかる人だけでも楽しんでもらえればとおもいます。


2010/09/01 ご指摘のあった箇所を修正しました。

2010/09/13 タイトル変更、及び内容微修正、設定一覧を追加して、チラ裏より移動。

2010/10/25 プロローグから第4話までを微修正。

2010/10/30 第13話に加筆、第5話を微修正。

2010/11/03 第6話から第12話までを微修正。

2011/03/07 第26話の内容を修正。

2011/03/21 設定一覧を新装しました。

2011/04/13 沙霧の名前が誤字になっていたので修正しました。

2011/05/10 第34話を修正、設定を追加しました。

2011/07/29 第25話と26話の誤字を修正。

2011/09/04 第42話を一部修正。



[21206] 土管帝国の興亡 プロローグ「国家公務員」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/10/25 20:15
プロローグ 「国家公務員」

「君には失望したよ」

「そうですか」

勝手極まりない台詞を吐く上司に対して私は慇懃無礼な態度で返答した。

ここは『国土開発省・土木建設庁内特機開発局』

それが私の勤務先であり、目の前にいるのは私の上司である。

民間企業であれここのような官公庁であれ、上司が部下を選ぶことは出来ても部下が上司を選ぶことは出来ない。

“わかっちゃいるけど”少々やりきれない。

ようするに私は仕事上のトラブルの全責任を押し付けられようとしているのである。

国の開発事業のために必要な様々な特殊な機器や建機の類を開発、試験運用を行うのがここでの仕事だ。

目の前にいる私の上司の半年程前に発覚したヘマの穴埋めとして他から押し付けられた仕事のほとんど全てを私は押し付けられた。

そのうちの幾つかはなんとか消化することが出来たが、残念ながら解決のめどがたたない案件が2つ残された。

そしてこの上司はその責任をも私一人に押し付けようとしている訳だ。

呆れてものも言えないし彼の常識を疑いたくもなるが、本人は自分の考えに一片の疑問も羞恥心も抱いてはいないようだ。

それどころか彼はさらに常識どころか正気まで疑いたくなるようなことを言い始めた。


「この役にも立たないゴミクズ共をいつまでも君の仕事の不手際のために我々が管理し続ける訳にはいかないのだよ、ここは官庁だ、国家と国民のために働く場であって君の不手際の産物を保管するための機関ではない」


「“私”の“不手際”ですか?」


「・・・・・他の誰のせいだと言うのかね?」


「・・・・・・・なるほど」


不毛で愚かしい会話というものは世の中にいくつもあるだろうが、これはかなりの上位を狙えるかもしれない・・・そう考えていると上司殿はさらにこう言い放った。


「君のせいで私や他の局員達に迷惑が及ばないようにするためにはどうすればいいのだと思うかね?」


「辞表ならすでに用意してあります」


バカ話に付き合うのもそろそろ限界なので、私はそう言ってやった。

すると彼は途端に顔色を変えてわめき始めた。


「君ィ!なにを言い出すのかね!そんなものを出すことで責任を取れるとでも思っているのかね!」


別に責任をとろうなどと思っている訳ではない、単にこれ以上目の前の愚か者の顔を見ているのが我慢できなかっただけである。


「では、査問会ですか?それとも何らかの罪で裁判でも?」


私が故意に冷たい声と表情でそう言い放つと、彼はあわてて表情をにこやかなものに取り換えて猫撫で声(のつもりだろう)を使い始めた。


「いやいや、君の今日までの仕事ぶりと国への貢献を考えるとさすがにそんな真似はしたくないのだよ私は」


(やっぱりか)私は心の中で溜息をついた、この男は私が辞めたり査問会などに出ることになれば自分に不利なことを言いまくるのだと思っているのだ。

とんでもない誤解である。 私は事実関係を正直に告白しようと思っているだけなのだが、彼はそうは思っていないようだ。

まあ、どっちにしろ彼が困った立場に立たされるのだろうが私の知ったことではない。


「要は君があのガラクタを最後まで責任をもって処分してくれればいい訳だ」


「・・・なるほど」


目の前にいる保身の権化がなにを言いたいのかよく理解できた。 私に告発されるのもいやなら、あの“ガラクタ”たちの始末を自分でやるのも嫌だと云う訳だ。

一体どうすればここまで身勝手な人間が出来あがり、しかも官庁の要職につけるのか不思議でならないが事実目の前にそれは存在している。


「どうかね君、アレをどうにかしてキレイに処分出来ないかね?」


眼前の無責任上司のうわ言を聞きながら私は思った。

(もうたくさんだ、これ以上ここにいるよりはまだ“アソコ”のほうがマシかもしれない)

そのとき、私の頭の中には古典空想創作の代表作の一つとそれに関して近年になって判明したある事実が浮かび上がっていた。


「局長」


「何かね?」


「自分にひとつ考えがあります」


その古典作品の名は・・・・




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第1話「諸星 段」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2011/04/13 20:14
第1話 「諸星 段」

2000年12月24日 その日、鎧衣左近は帝都の一角にある雑居ビルの前に立っていた。

このビルの4階にある『松鯉商事』の社長に会うためである。

松鯉商事は3年ほど前に開業した新参商社だが、その2年の間に帝国情報部が無視できないほどの成長振りを見せている。

事業がではなく、人脈がである。

松鯉商事の主な仕事とは、一言でいえば「接待」だと言っていい。

政治家、官僚、財界人、文化人、芸術家、様々な分野の有力者に接近し宴席を設ける。

そしてほとんどの人間がその宴席の虜になっていった。

その理由は実に簡単に判明した。

その宴席で出された「料理」だったのである。

一見してさほど贅を凝らしたとも思えない質素にすら感じられる料理の味は、現在の帝国では入手不可能なはずの最高級の天然食材と調味料による至高の出来栄えであった。

たかが料理、されど料理である。

今日の帝国の状況下では、たとえ有力者といえどそうそう贅沢なものを毎日食いまくる訳にはいかないし、また物理的、金銭的な理由からも不可能である。

世界の現状を見ればある意味当然とも言えるのだが、彼らのような人間が比較対象として見るのは常に『米国』なのだ。

“彼らはたらふく喰っている”、なのに何故我々はそうではないのだ・・・

国民の半数がBETAに喰われ、事実上国土の半分を失ったに等しい状況でもエライ人はそういった不満を抱くものである。

後に沙霧直哉という男がクーデターを企てるに至った理由の一つがこうした考えに対する怒りと不信であったのだろう。

それはともあれ、そんな彼らの不満を一口で和らげる程に松鯉商事の接待料理は美味だったのである。

和食、洋食を問わずあらゆる料理にわたりすべての食材と調味料、そして酒を自ら調達して店の料理人たちに提供した。

通常なら断る店も多いのだが、供された食材のあまりの鮮度の良さと品質に節を曲げ、目を潤ませながら二度と触れることがかなわないと思っていた最高の食材に包丁を入れていた。

そして出される至高の料理を味わいつつ、どんなお願いをされるのかと考える有力者たちに松鯉商事の接待役は「今後とも御懇意に」と言うのみだった。

「今後とも御懇意に」することによってこの美食の宴を楽しめるのなら、是非そうさせて戴きたいと思うのが人情である。

新興商社が人脈作りに懸命になっているのだろうと殆どの人間がそう考えた。

鎧衣左近のような情報畑の人間を除けば・・・
 
 
(さてさて、鬼が出るか蛇が出るか・・・この会社は怪しすぎる。 接待の仕方といい、出される料理とその材料の質、いやそもそも現在どうやっても手に入らないはずの食材や酒までどこから入手しているのか、まるで“どうだすごいだろうたっぷりあやしんでくれ”と言わんばかりではないか)
 
 
なにしろ自分たち帝国情報部がどれだけ目をこらし耳を澄ませても、判ったことといえば“この会社はすごくおかしい、そして怪しい”ということだけだった。

そしてそれ以外のことは全くわからなかったのである。

この会社をこのまま放置しておくのは少々危険だ。 しかし、なんの大義名分もなく警察を踏みこませて何も出てこなかったら、あるいは「かの国」のような大蛇が現れたらどうするか。

組織的な思考錯誤と逡巡の結果、例によって鎧衣左近に藪を突いて蛇がいるかどうかを確かめる役が押し付けられた。

尤もその命令を受けたとき、本人の態度は何時もと変わらない飄々としたものだったが。
 
 
(おや)
 
 
不意に後方に人の気配を感じとり、後ろを振り向くとそこに一人の男が立っていた。
 
 
「メリークリスマス」

「メリークリスマス」
 
 
にこやかな男の言葉に鎧衣は同じ言葉で挨拶を返す。 その一方で彼の頭脳は猛烈な勢いで回転を始めていた。
 
 
(いやいやいやいや、この私とした事がまったくもって不覚千万。 周囲に十分気を配っていたはずなのにこの距離に近付かれるまでその気配を察する事が出来なかったとは、いやそれにしてもこの男は何者だろう。 顔から察するに調査ファイルにあった松鯉商事で接待担当を主な仕事としている営業課の課長に間違いないと思われるがどう見てもただのサラリーマンなのにどう見てもただのサラリーマンではない。 体の姿勢や身のこなしから判断して少なくとも軍隊等の訓練を受けた形跡は感じられない。 その一方でこの男はこの私の背後をいともたやすく取って見せた。 最近年齢的に色々きついとはいえなんの訓練も受けない者に背後を取られるほど私もまだ衰えてはいない筈だ。 その点から考えてもただの素人とは思えないがしかしこの男からは我々のような諜報機関の人間、あるいは軍の特殊機関、または公安関係者、あるいはそれとは反対の側に位置する犯罪者、テロリスト、狂信者、アナーキスト、アウトロー等々に特有の匂いも全くしない。 おそらくこの男は私がいままで係わって来たいかなる種類の人間とも異なる分野に属するのではないだろうか? そもそも人間の分類などというものは人それぞれの都合によって自分に係わる人間を整理分別する行為の目安に過ぎず個々の人間の本質や資質とは一致しないことのほうが多いのだろう。 私の息子、いや息子のような娘も“彼女たち”4人と共に一つの柵の中に入れられているがそれは本人たちの都合や意志ではなく彼女たち5人を扱うのに都合のいい場所と区分けを求めた者たちの決定であったに過ぎず従って・・・いやいかんいかんつい思考があさっての方向に逸れてしまった、今は目の前の男を見極める必要があるのだがなぜかこの男は不審人物であるにも関わらず危険人物としての匂いが全く感じられない。 しかし今日の日本国内において“メリークリスマス”などという挨拶をする人間というだけでも十分に怪しい、いやおかしいとさえいえるだろうそもそも反米思想がはびこっている現在の日本国内でそんな挨拶をすること自体自分に不審の目をむけてくれと言わんばかりの・・・)
 
 
「人間観察は楽しいですか?」
 
 
にこやかな表情のままで男は鎧衣に向かってそう切り出した。
 
 
「いやいやこれは失礼、あなたがこの国ではあまりされることのない挨拶の言葉を口にされるのでつい興味を抱いてしまいました。 お詫びといってはなんですが東アフリカのケニア国内最大の民族であるキクユ族がしている挨拶の仕方をご紹介しましょう」
 
 
「それも楽しそうですがそれよりもせっかくわが社にいらしたのですから中でゆっくりとお話をしませんか 鎧衣左近さん」
 
 
のらくらと詭弁を弄しながら相手の出方を伺う鎧衣に対して、男はいきなり正面からのジャブを見舞った。
 
 
「おやおや自己紹介はまだだったと思うのですが私のことを御存じですかな?」
 
 
相手のジャブに小揺るぎもせず、鎧衣は聞き返す。
 
 
「ええよく存じておりますし、あなたが当社を訪ねてこられるのを今日か明日かとずっとお待ちしていたのですよ。 あ、忘れていました、私こういう者です」
 
 
鎧衣の質問になにやら聞き捨てならない返答を返しながら、男は懐から名刺入れを取り出し1枚手渡した。 

【株式会社 松鯉商事  営業課 課長 『諸星 段』】

それが名刺に書かれていた名前であった。
 
 
第2話に続く
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第2話「土管帝国」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/10/25 20:19
第2話「土管帝国」

【2000年12月24日 松鯉商事社長室】

いやどうも初めまして、私が当社の社長で封木(ふうき)と申します。 私、元々は名古屋の生まれなんですが長いこと海外で仕事をしてましてね、ええアメリカに本社のあるマッコイ・カンパニーという名のまあ言ってみれば“よろずや”ですなあ。 そこの社長、マッコイって名前のじいさんなんですがね、口癖が「金さえ出せばクレムリンだろうがハイヴだろうが持ってきてみせる。」だったんですが、私はその人の下で働いてまして商売のイロハを全て叩き込まれました。 いやまああの頃は中東とかに商品を命がけで運んだりして、ええ最後にゃあなた空母とかもね、いやホントですよ。 そんな大変な仕事をしながら食事ときたら豆の煮込みスープばっかりでいや社長自身がそればっかり喰ってんですよ。 「いいかプーキー、豆は栄養があるんだ。 人間、豆喰ってりゃ死ぬことはないんだ。」なんて言ってね。 ああ“プーキー”ってのは私の愛称でしてね、なんのかんの言いながら可愛がってもらいました。 おかげで一人立ち出来るまでになりまして、今に至る訳です。 会社の名前? ええその通りです。 当社の名前はマッコイ・カンパニーからもらいました。 まあ私にすれば暖簾を分けてもらったような気がしているものですから・・・
 
 
人型の団子、いや団子のような形をした社長の身の上話か苦労話かよくわからない独演に適当な相槌をうちながら、鎧衣左近は社長の背後に控える男、「諸星 段」に関する考察にふけっていた。

この会社の社長である封木氏に関しては既に調査が終了している。 本人が自慢するとおり、米国に本社を置く国際流通企業マッコイ・カンパニーの元社員で、社長のマッコイ氏と共に中東のみならず世界中に戦術機やその兵装、部品を売り歩いていた所謂“武器商人”をしていたのだ。

だが、それでも今は単なる堅気の商社の社長に過ぎず、この男の“現在”からはなにも出てこなかった。

“現在”になにかありそうなのは社長ではなく、この営業課長・・何故ならいくら調べてもこの男の“過去”には“全く何もなかった”のである。

諸星に経歴がない訳ではない。 岡山県の生まれで現在36歳、家族はなく天蓋孤独の身の上であり、98年のBETAの大侵攻により故郷を追われ、知人の紹介で帝都に移り住み松鯉商事の社員となり、その後働きぶりが社長に認められ営業課長に抜擢される。 

だが彼の岡山に住んでいた頃の記録があまりにも少なく、また実際にその頃の彼を知っている人物もあの戦災でいなくなってしまっていた。


(ようするに、この男が本当は何者なのかを知っている人間がどこにもいないと言うことだ)


戸籍やその他の記録がどれだけ万全であったとしてもそれが本物とは限らないし、目の前の男が本人だとも限らない。

おまけにもう一つ、極め付けに怪しいものがあった。

出された茶の味である。


(いやいやいや、驚き桃の木なんとまあこれは間違いなく今年摘まれた宇治の新茶ではないか。 いやしかし“そんなことがあるはずがないのに”一体どうやってこれを淹れることができるのだ?)

2年前に京都がBETAによって蹂躙されて以来、茶の栽培はおろか、人が入ることも難しくなった地域でのみ栽培されていた、それも間違いなく今年の新茶の味が鎧衣の舌と喉を潤していた。


「いかがでしょう当社の目玉商品の茶の味は」

「いや実に素晴しいお味ですなあ~ 土産にぜひ一袋頂けませんかな」

「もちろんですとも、一袋と云わず進呈させて戴きます」

「おおそれなら諸星君、是非鎧衣さんに他の商品のサンプルも見ていただきなさい」

「わかりました社長。 では鎧衣さん、こちらへどうぞ」


ある意味定型文どうりの会話を交わしながら鎧衣と諸星は本題に入れる場所へと移動する。

案内された先は、一つ上の階にある商品展示室だった。


(・・・・・!?)


様々な商品を見せてもらいながら様子をうかがっていた鎧衣の目に一つのコーヒー豆の袋が目に入ってきた。

『Kilimanjaro』

東アフリカ、タンザニア産の銘柄である。


「ええ、もちろんそれも本物ですよ」

「ほほお~」

目で問いかけた鎧衣に対して、いともあっさりと答える諸星。

「ですが鎧衣課長、当社、いえ私があなたにお見せしたいのはそんな物ではありません」

「と、言いますと?」(つまりこの程度では済まないビックリ箱が用意されている訳かこの会社・・・いや、この諸星 段と名乗る男には)

「こちらへどうぞ」

諸星は部屋の奥にある特大のクローゼットのような扉付きの箱の前に鎧衣を案内した。

「これは?」

「この中に入って頂かないとお見せすることが出来ません」

そう言って諸星はそのクローゼットの扉を開けて自分から先に入って行った。

怪しさもここに極まれりといったところだが、今更引き返す道は鎧衣左近と言う男には残されていなかった。

意を決して中に入るとまるでエレベーターの中のように照明が灯いていた。
 
 
「では一度閉めます」
 
 
 
 
扉を閉め内壁にあるパネルを操作すると、一瞬浮遊感がありそして諸星が再び扉を開けるとそこは・・・・・・
 
 
 
 
 
 
「『我が国』へようこそ。 帝国情報部外事二課課長 鎧衣左近殿。」
 
 
 
 
 
目の前の「風景」に呆然としていた鎧衣の背後から、いつの間にか懐から取り出したセルフレームの眼鏡を掛けながら諸星が言った。

「『我が国』・・・ですと?」

「はい」
 
 
 
目の前に広がる「風景」 それは世界中を旅した鎧衣の見慣れた、しかし同時に一度も見たことの無い不思議な景色だった。
 
 
 
 
「・・・・ここは“何処”で、あなたは“誰”ですかな?」
 
 
 
冷静沈没、理路混然、薀蓄無限、詭弁満開、それらの怪しげな四文字熟語で表現される男が、極めて平々凡々な質問を口にした。
 
 
「ここは『秘密国家・土管帝国』、そして私はこの国の“管理人”です」

「管理人、ですと?」

「はい…あ、これが私の正式な身分です」

そう言って諸星は先程とは別の名刺を鎧衣に手渡した。 

その名刺には 『並行基点観測員3401号 モロボシ・ダン』 と記されていた。
 
 


第3話に続く





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第3話「需要と供給」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/10/25 20:23
第3話「需要と供給」

目の前に非常に貴重な光景が繰り広げられている。  鎧衣左近が眼を大きく見開いて半ば呆然としているのだ。

彼を知る人間が見たらさぞ仰天するだろうと思いながら、眼鏡(携帯型電脳)に映像を記録する。

友人のヨネザワ君あたりに渡せばかなりいい御礼が貰えるだろう。(べつにお金じゃないよ)

さて個人的趣味はこれくらいにして、お仕事お仕事。
 
 
「いかがでしょう鎧衣課長、我が国の景観は」

その言葉に鎧衣課長はしみじみと首を振りながら、こう切り返した。

「いやはや、これほどのどかな風景を見るのも久し振りですが、これほど奇妙な景色を見るのは生まれて初めてでもありますなあ」

「おや、奇妙といいますとどのへんが奇妙に見えるのでしょう?」

早くも平常心を取り戻したとみえる。 まったく大したものだこの男は。

「さよう、この視界に広がる風景そのものもですが、なんといっても『アレ』ですかな」

そう言って彼は『アレ』を指さす。  ああなるほど、こっちの方が驚きですか。

「ああ、『彼ら』のことですか・・・  お~いみんな~こっちへおいで~、お客さんだよ~
 
 
《あ、モロボシさんだ、ハ~イ》
 
 
そう言って“彼ら”はワイワイ言いながらこっちへ走ってくる。  相変わらず陽気で騒がしいね、この連中は。

「紹介しましょう鎧衣課長、彼らは私の助手でこの土管帝国の建設、開拓を担うAI戦車…もとい自律思考型作業機械“タチコマくん”です」

《よろしく~》 《ぼく、タチコマです~》 《はじめまして鎧衣さん~》
 
 
私の紹介にあわせて、次々と挨拶をしていくロボット軍団・・・これが元々は軍用の思考戦車だなんて誰が思うだろう。

軍用の小型戦車として開発されながらあまりにも優秀すぎる、いやあまりにも間抜けすぎるAIのロジックにブチ切れたお偉いさんが配備の中止と戦車たちの別用途への転用(つまり事実上の廃棄)を決定し、まったく無関係の私の所属官庁へと押し付け、さらに押し付けの元凶ともいえる我が上司によって彼らの始末と全責任を被せられた時の私の心境といったらもう…。

だがしかし元気いっぱい楽しそうな歌声であの“ドナドナ”を合唱しながらやって来た彼らを見てつい、ホロリとしてしまったのが私の運の尽きだった。

ちなみに彼らのAIを開発したエンジニアは、「貴様ら官僚はこの程度の諧謔も許さないのか」などとほざいていたそうだが、商品のスペックは相手を見て決めて欲しいものだ。


「ところでモロボシさん」

「なんでしょう」

「この国の人々は何処にいるのですか?」
 
 
ある意味当然ともいえる彼の質問に私は「国民はいません」と答える。
 
 
 
「はい?」 と小首を傾げる鎧衣課長。
 
 
 
「この国にはまだ国民はいません。  当然憲法を始めとする国家の基本制度、それらも一切存在しません。  この国にあるのはこの『国土』とそれを開拓する彼らAI作業ロボット、そして管理人の私だけです」

「つまりこの国の国民はいまのところあなた一人だと…」

「いいえ、私はこの国を維持管理しているだけで国民とはいえないでしょう」

国を一つのアパートやマンションに例えるなら、管理人がイコール住居者と言えるかどうかは微妙だろう。

「この国は未だ国としての中身を持たない器だけの“空ろの国”…そして鎧衣さん、あなた方の“帝国”は現在その器、すなわち“国土”を失おうとしている・・・」


その台詞を聞いた瞬間、鎧衣左近の瞳に稲妻が奔ったのを私は見逃さなかった。

「需要と供給・・・互いの利害が一致しているとは思いませんか?」

「需要と供給・・・ですか、成る程」



今、鎧衣左近の頭の中では凄まじい速度で思考が回転しているのだろう。 私が彼をここにおびきよせるのに使った様々な撒き餌、そしてこの『土管帝国』とタチコマたち・・・それらの要素をどう分析し、判断するかはエスパーならぬ私にはわからない。

だがしかし、一つだけ確信していることがある。  この男は必ず…

「いや、実に面白いですなあモロボシさん。  御社やあなたとは是非、これからも良いお付き合いをさせて頂きたいものです」
 
 
 
喰いついた。
 
 
 
 
 
「ではまた後日」

「ええ、よろしくお願いします。 それと、その「包み」の方も」

「ははは・・・」(微妙な顔)
 
 
 
 
とりあえずの顔繋ぎを済ませた鎧衣課長を見送った後、私は社長室に報告にあがる。
 
 
「どうだったね諸星君」

「ええ、大変興味をもって下さいましたよ社長」

「それは良かった・・・ ところで君、その手に持っているのは何かね?」

「ああ、これはサイン入りの色紙です。 鎧衣左近直筆の」

「??? 君は時々、意味不明なことをするね」

「ハハハ、申し訳ありませ。」

そう、私が手に持っている厚紙の束は先程鎧衣課長にお願いして書いてもらったサイン入りの色紙だった。 さすがの彼も目が点になっていたが、私の求めに応じてくれた・・・かなり首を傾げていたが。

友人、知人、そして協力者へのプレゼント兼報酬だと言っても多分判ってはもらえないだろう。

「・・・・しかし、これで君もそして私もルビコン河を渡ってしまったねえ」

「はい、しかしご心配なく。 社長に損はさせません」

「損か…いやそんなことより私は自分の家族の将来を確保したいだけだよ、たとえどれほどの犠牲を支払ってもね」

「ご家族、ですか…」

「ああ、所詮私は小市民に過ぎない。 かつて“あの”マッコイ翁の下で働いていた時代にいやというほど思い知らされたがね。  だからこそ、小人らしく家族を第一にしたいのだよ」

穏やかな顔の中に「未来」に対する不安と苦悩を滲ませて社長は語る。

社長の家族は妻とまだ幼い娘の二人、だがいつかは娘も徴兵される時が来る。 海外の戦地へ兵器や物資を運ぶ仕事に就いていたこの男はBETA大戦の悲惨さを何度もその目で見てきた。

だからこそ、そんなところへ娘をやりたくない。 たとえどんな伝手を使っても・・・非国民?そんな御立派な台詞は友人たちを咥えて咀嚼しながらこちらへ迫りくるBETAを目の前にしてから言ってくれ。  自分たちの子供だけは後方勤務の実質徴兵逃れを行う政治家や官僚たち、最前線にお伴付きで出ることが許されるお武家様、そんな連中に何を言われようが知ったことか。

社長の表情にはその言葉が形となって表れていた。

「大丈夫ですよ社長、鎧衣課長・・いや帝国は必ずこちらの話にのってきます」

「そうか・・・いや、そうだろうね。 どの道このままでは、この帝国に未来はないだろうからねえ」

・・・そう、彼らは必ずのってくる。 この帝国を救う手だてを求めて。

そして私はそのために我が“土管帝国”を創ったのだから。  帝国、いや人類をBETAとそしてオルタネイティヴ第五計画から救うために。
 
 
第4話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第4話「狸たちの沈黙」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/10/25 20:26
第4話 「狸たちの沈黙」

【2000年12月25日夕刻 深川 小料理屋「小鉄」】

鍋の中身は軍鶏の臓物と笹がきのゴボウ、そして短冊に切った蒟蒻だった。 それが程良いところまで煮込まれている。
 
 
「さて、そろそろ喰い頃かのう」

その場にいた3人の男たちの中でもっとも大きな体躯と異様な風貌をした男が言った。

いや、異様な風貌と言うより異様な髪形といったほうがいいのだろうか、牛の角のように左右に突き出た異形の金髪。

帝国斯衛軍大将 紅蓮醍三郎である。

「はっはっはっ、食い意地が張っておりますなあ~ 仮にも斯衛軍大将ともあろうお方が~」

からかうように声をかけた男は、言うまでもなく帝国一の瓢箪鯰こと鎧衣左近。

「閣下、もう少しお待ちください。 まだ一人お客が見えておりません」

そう窘めるように言ったのは、大きな縦一筋の傷を顔に持つ男だった。

「むう、しかしあの御仁は何かと忙しかろうに。 いつ来るかはあてにならんぞ巌谷よ」

巌谷と呼ばれた男は、その言葉に首を傾げながら紅蓮に問う。

「そのことですが、本当に『あの人』がこんなところへ来るのですか?」

「当人が来ると言ったのですから、まあ心配はありますまい」

「うむ、ああ見えて必要に応じて足も腰も軽くなる男だからのう」

鎧衣と紅蓮がそう答えた時、「小鉄」の店主で紅蓮の顔馴染みの霧島五郎が顔を出した。

「大将、お連れさんがいらっしゃいました」

「おお、ここへ通してくれ」

(来たか)

店主の言葉に紅蓮は安堵したように応じ、巌谷は顔に微かな緊張を走らせる。

間もなく一人の男が階段を上って座敷に入ってきた。

「遅くなって申し訳ない」

「なに、お主の仕事を考えればむしろ早過ぎたくらいだろうて」

そう応える紅蓮に対し男は 「いや、これも仕事の内ですからな」と返す。

「相変わらずの堅物ぶりだのう、内閣総理大臣殿。」

男の名は「榊 是親」日本帝国内閣総理大臣であった。

「おお、それと君は確か・・・」

「はっ、自分は帝国陸軍技術廠第壱開発局の巌谷榮二中佐であります」

榊総理の問いかけに丁重に答える巌谷だったが・・・・

「はっはっはっ、堅物ぶりでは中佐殿も負けておりませんなあ」

と鎧衣課長に茶化されてしまう。

(やれやれ、まったくなんの因果で高々、陸軍技術廠第壱開発局副局長の俺ごときがこんな大狸、いや化け物共の宴に付き合わねばならんのだ?)

自分は狸でも妖怪変化でもないと本気で思いこんでいるこの男、巌谷榮二はしかしかつて自ら開発に携わったF-4改修機『瑞鶴』で米国のF-15をトライアルで撃破するなどの偉業をなしとげ、帝国の戦術機開発になくてはならない人物との評価を受けてもいるのである。

「さて人も揃ったようだ、鍋を突きながら話を聞くとしようか?鎧衣よ」

「はっはっはっ、そうですな」

紅蓮の催促に笑いながら答える鎧衣は、昨日会って話をした男『諸星 段』について語り始めた。
 
 
 
 
 
 
「・・・・冗談ではないのだろうな?鎧衣よ」

冷酒の注がれた汁椀を宙に停めたまま、紅蓮は鎧衣に念を押す。

「心外ですなあ~、この鎧衣がいつ閣下をからかうような嘘や冗談を口にしたと言うのですか?」

(((いつものことだろうが!!!)))

自分以外の全員が同じツッコミを心の中で言っているのを平然と無視して、鎧衣は話を続ける。

「少なくとも私は、“あれ”が夢や幻覚の類ではなかったと確信しております。  まあ、確かに狐や狸の類に化かされたという可能性もあるかも知れませんが」

(((狸が狸に化かされる訳がないだろうが・・・)))

またしても心の中で異口同音のツッコミを入れる3人。

「たとえ狸だとしても、鎧衣左近を騙すことが出来るとすれば・・・ただの狐狸妖怪とは桁が違うと云う事になるか」

紅蓮大将の呟きに他の2人も無言でうなずく。

「それで鎧衣君、その“場所”にはどの程度の人数が住めると思うかね?」

「一見しただけですが・・・そうですな、少なくとも500~600万人はいけそうでしたな。」

「なに!?」「むう!」「!」

「無論、強引に詰め込めば1千万を超える人数も可能ではあるでしょうが、果して生活が成り立つかと云う問題もありますからな・・・もっともあの諸星は、最終的には5億人を超える人間が暮らせるだけの『国土』を建設する予定だと豪語していましたが」

「「「!!!!!!!!!」」」

鎧衣課長のあまりにも荒唐無稽な話に、さすがに紅蓮たち3人も驚き呆れて二の句が継げなかった。

ただ同時にこれがただの与多話ではないこともこの3人は理解していた。  どんなに洒落や冗談が好きでも、ただそのためだけにこの男が自分たちをここへ呼び寄せる訳がない。

「ふむ、それがもし本当なら少なくとも見逃すという選択肢はないか…」

「確かに、その『土管帝国』とやらにいざという時に国民を避難させて一定期間養うことが出来るとすれば・・・・」

「お待ち下さい」

鎧衣の話を真剣に考え始めた紅蓮と榊に対し、巌谷が声をかけて制止した。

「その前に鎧衣課長にお尋ねしたいことがあります」

「さて、なんでしょうかな?」

「何故、これほど重要な話に私を同席させたのですか?」

巌谷の言葉もある意味もっともであった。 数百万人を収容可能な“無人国家”とその“管理人”、どれ程荒唐無稽であろうとも、現在の帝国にとっては絶対に聞き逃せない話だろう。

だがしかし、だからこそこれは自分ごときがむやみに聞いていい話ではない。

総理大臣や斯衛軍大将がそれを聞くのは当然だが、自分は一介の佐官に過ぎない。

またこれは、自分の“専門分野”とも明らかに違う話だ。 どう考えても、自分がここに呼ばれた意味が分からなかった。

「おお、そういえばまだその理由を話してはいませんでしたな」

わざとらしく惚ける鎧衣の口調に、他の3人が揃って心の中で溜息をつく。

「鎧衣よ、勿体つけるのもいいかげんにして話せ。 なぜ、今日この話を聞くのがここにいる『我々』なのだ?」

「なに、簡単な話ですよ。 他ならぬそのモロボシ・ダンからの要請なのです」

「「「!」」」

鎧衣の言葉にまたしても絶句する3人。

《今日、ここで見たもの全てを内閣総理大臣 榊是親、斯衛軍大将 紅蓮醍三郎、そして帝国陸軍技術廠第壱開発局副局長 巌谷榮二中佐の3人に話して欲しい》

それが昨日、別れ際に諸星から依頼されたことであった。

「いや・・・いやしかし、総理や紅蓮閣下は判るとしてなぜ、“私”にそれを・・・」

「いや、それですが・・・あの男、近日中に中佐殿に用があるとかでしてな」

「何!?」

「詳しい話は直接中佐殿に話したいとのことですが、なにやら“専門家”に見てもらいたい物があるそうでして」

「む…」「むう…」「…」

さらなる不可解な話に、男たちは小さな唸り声と共に沈思に耽る。
 
 
 

「おお、それともう一つ・・・」

「まだ何かあるのか?」

さすがに疲れたような声で紅蓮が聞くと、鎧衣左近は何とも言い難い表情で最も言い辛かった要件を切り出した。

「もしよろしければ、“これ”に皆様直筆のサインを頂きたいと彼に頼まれまして・・・」

そう言って鎧衣が取り出したのは、どう見ても契約書や領収書の類ではなくて、芸能人などがサインを書き入れるための“色紙”の束であった。
 
 
 
 
「・・・」「・・・」「・・・」

もはやなにを考えればいいのかも分からなくなった男たちは、ただ黙って目の前に差し出された色紙を眺めていた。
 
 
 
第5話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第5話「狸課長の女狐詣で」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/10/30 20:53
第5話 「狸課長の女狐詣で」

【2000年12月27日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地】

師走といえば坊主も走る。

そしてここ、国連軍横浜基地でも皆が走り回っていた。

着工から1年がかりでようやく基地の機能が満足できる程度にまで仕上がり、年明け頃から本格的に稼働し始める目途がたったことが、基地にいる人々に活気を与えていたのかも知れない。
その横浜基地の地下深く、この基地の支配者とも言うべき天災女狐…いやもとい、天才科学者香月夕呼博士の部屋を一匹の狸が訪れていた。

「あら、おかしな生き物が侵入してるわね」(人間に化けた狸がね)

「はっはっはっ、酷い言われようですなあ~」

「基地のセキュリティが甘いようねえ」(もっともこの生き物には意味がないか…)

「またまた御冗談を」

「狸専用の罠か毒餌を用意すべきかしらね」(うまく食べたり引っ掛かったりしてくれるかしら?)

「いやいや、怖いですなあ~」

「拳銃の弾丸で死ぬかどうか確かめてみましょうか?」(やっぱりこれが確実ね)

「いえいえ、それには及びません、はい」

机の引き出しから9ミリの自動拳銃が取り出されたのを見て、流石の瓢箪鯰も一応おとなしくなる。

彼女の腕では撃ったところであたりはしないだろうが、“下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる”と言うではないか。 用心に越したことはなかった。

「それで今日はなんの用なの?」(つまんない用件ならストレス解消のためにこいつを・・・)

「ええ、本日は年末の挨拶廻りのためでして…」

「撃たれたいのね?」(コロシましょう! いますぐに!)

「そのついでと言ってはなんですが息子たちが入ることになる場所の下見をですな、いや私も人の親でして・・・」

(狸の分際でなにが“人の親”よ。 大体、自分の子供の性別を間違えてる時点で親失格でしょうが!)

一瞬本気でそう突っ込んでやろうかと思った夕呼だったが、相手のペースに乗せられることを警戒して別の言葉を口にする。

「…狸の肉って煮ても焼いても喰えないそうだから、皮でも剥いでどこかに売るしかないのかしらねえ」

「いえいえ、狸の肉には滋養強壮効果があるそうでして、古来より中国では薬膳料理として・・・」

(たとえそうだとしても、こいつの肉なんか喰ったら間違いなく腹を壊すでしょうね)

鎧衣課長のやくたいもない薀蓄を聞き流しながら、そろそろ話を切り上げることを考える。

「挨拶だけで用がないならさっさと出ていきなさい。 こっちは年の暮れに加えてこの基地の本格稼働が近いせいでてんてこ舞いなんだから」

「おお、そういえば博士は年明けにも渡米される御予定でしたな」

「当然でしょ、なんのためにあんたに根回しを頼んだと思ってんのよ」

「かの国の第4計画支持派との結束固め…そして『HI-MAERF計画』接収の推進…いやいや仕事が山積ですなあ」

「わかってるんならあんたもさっさと自分の仕事にもどったら?」

しっしっと手を振る夕呼の態度にめげもせず、鎧衣課長は懐から土産を取り出す。

「おお、そういえば先日とある“秘境”に迷い込みまして・・・」

「はあ? ひきょう?」

一瞬、鎧衣が何を言ったのか理解出来ず言葉がひらがなになる夕呼。

「そう、秘境ですよ秘境。 いやあ私も世界中を旅して回った経験から大概の事では驚きもしないのですが、あそこは久々に驚きと云う名の感動を与えてくれる場所でした」

「ふ~ん?」

それで?と顔で尋ねる夕呼に対して

「いやそこの特産品が実に美味でして、ぜひ博士にも味わって頂きたいと思い、一本持参しました」

取り出したのは無銘の日本酒、4合瓶だった。

「これが“秘境”のお土産?」

さすがに首を傾げる夕呼に対し、丁寧に会釈をして鎧衣は出て行った。
 
 
 
「・・・どうだった社?」

鎧衣課長と入れ替わりに入って来た銀髪の少女に夕呼はリーディングの結果を尋ねる。

「…うまく読めませんでした」

「そう・・・やっぱり手強いわね、あの男」

少女―社霞の返答にさほど落胆もせず、香月夕呼は考え込む。

(なにか変だったわね今日のあの男、いつもならなにかしらの用件や情報を持って来るのに本当にただ顔を出しただけなんて・・・帝国の方に何かがあった?それとも…)

「…博士」

「何?社」

「…男の人が見えました」

「男?」

「…はい、眼鏡をかけていました。 鎧衣さんは、その人に強い関心をもっていると思います」

「あの男が強い関心ねえ・・・」

「…“それ”は多分、その男の人がくれた物です」

「! これが!?」

霞が指し示したのは先程、鎧衣左近が秘境の土産として置いていった酒瓶だった。
 
 
 
後日、鎧衣課長は夕呼から同じ酒をなんとしても1年分調達しろと要求されることになる。

かつて味わったことのないタイプの大吟醸の味に、すっかり惚れ込んでしまった夕呼の我儘であった。
 
 
 
 
 
 
 
【2000年12月28日 土管帝国内・某所】

《も~い~くつ寝~る~と~お~しょ~う~が~つ~》

はいはい、もう少しですよ。

《ね~モロボシさ~ん、お正月ってなにして遊ぶの~》

あのね君たち、自分の立場をメモリーから消去しちゃったのかもしれないけど、我々は本来国家権力のイヌとその備品だと云うことを忘れちゃだめでしょ。

自分の立場も仕事の主旨も完全に忘れているとしか思えないタチコマくんたちの戯言を聞きながら、私は会社の仕事と土管帝国の作業を同時並行でこなしていた。
たぶん、いつの時代どこの世界でも師走とはこんなふうに忙しいものなのだろう。

《モロボシは~ん、3號管の調整が終わりましたで~》

そう言ってきたのは、タチコマくんたちと同じく私のサポーターであり、この土管帝国の作業員でもあるAIロボット“ジェイムズくん”だ。
ちなみに、タチコマくんたちが頭脳労働から戦闘行動まで全てをこなす万能型(本来、彼らは軍用戦車だ)なのに対して、ジェイムズくんたちは、ほぼ完全に頭脳労働専用タイプである。
なにせ彼らはそのボディが四角い箱型であり、そこに申し訳程度の歩行用とデスクワーク用のマニピュレーターが付いているだけ、という極めてシンプルなデザインなのだ。

我々の官庁が事務作業にこのジェイムズくん型のAIロボットを採用したことに対して、友人であり、土管帝国の“協力者”でもあるスミヨシ君と彼の朋友でもあるシオウジ教授(科学者だそうだ)は、“何故、ロボットなのだ!このデザインは『人の頭脳を加えた時に』こそではないか!”と憤慨していたが、どういうことか理解出来なかったし理解しないほうがいいような気がする。
 
 
「ああ、御苦労さん。 そこが安定したら他の手伝いに行っとくれ」

《へ~い》

《モロボシさ~ん、10號管の中で『X1』のテストをしてたXXXさんが機体をコケさせて気絶してます~》

やれやれ、なにをやってんのかね“彼”は。

「とりあえず助け出してメディカルチェックお願いね」

《は~い》

《モロボシはん、こちら5號管やけどほぼ作業は終わったで。 後は気圧と気体の成分調節やね》

「御苦労さん、それじゃ引き続きお願いしますね」

いやはや、全く休む間もないねこれは。

《モロボシさ~ん》

おや、今度はなんだろう。

《鎧衣課長さんからお電話で~す》

おやおや、早かったね。
 
 
 
「もしもし、モロボシです」

『ああ諸星さん、鎧衣です。 お忙しいところ申し訳ありません』

「いいえとんでもない、あなたのお電話をお待ちしておりました」

『はっはっはっ、光栄ですなあ~そこまで期待して頂けるとは』

「いえいえ・・・それでいかがでした?」

『ええ、先方も是非お会いしてみたいとのことでした』

「それは良かった。 …それでいつ頃に?」

『それですが、1月3日に帝国軍技術廠で会えないかと』

「成る程わかりました、それではそのように・・・ああ、それと一つ先方に伝えておいて欲しいことがあるんですが・・・」
 
 
 
 
 
「や~れやれ、ようやく本格的に動きだすことが出来ますか」

鎧衣課長との電話を終えて、私はそう呟いた。

少なくとも向こうは、こちらの話に耳を傾けてくれるようだ。

これで今までの準備の数々が無駄にならずに済みそうだ。

さて、それでは私は・・・

《モロボシさ~ん、XXXさんが眼を覚ましました~》

「ああ、それなら彼にこっちに来るように言ってくれ。 連絡事項が出来たんだ」
 
 
 
お仕事、またお仕事だ。
 
 
 
 
 
第6話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第6話「年越し蕎麦と宇宙之王者」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:22
第6話「年越し蕎麦と宇宙之王者」

【2000年12月29日 帝国軍技術廠第壱開発局】

「機体構造材の専門家?」

「専門家ではなくとも、その分野に詳しい人間をとのことでしたなあ」

「ふむ…まあ別に問題ないが・・・」

「それとですな、機体の管制システムの方も分かる人をと…」

「何?」

「それが彼の男からの頼まれごとでして」

「…鎧衣課長」

「なんでしょう?」

「諸星とは何者だ?なにを考えている?」

「さて・・・」
 
 
 
 
 
【2000年12月31日 土管帝国内・某所】

「・・・なにを考えてんですか、貴方は」

「なにとは?」

怒りと困惑と羞恥心の三位一体が形を成したような表情で“彼”が私を問い詰める。

「俺の素性を知られたらマズイってのはわかります」

当然だね。

「あなたの使ってる『携帯型電脳』がどれほど便利で凄いものかも知ってます」

そうだろう、そうだろう。

「今の俺には、ある意味“これ”が必要なモノだということも」

よく分かってるじゃないか。
 
 
「だからってこのデザインはないでしょう!」

「・・・なにか問題かね?」

「自分で被ってみますか?」

「遠慮しよう。 それに“それ”は君専用に作ってあるんだ」

その言葉をきくと“彼”はがっくりと肩を落として、なにかブツブツ言い始める。

自分の手の中にある“それ”見ながら「子供じゃあるまいし、今更こんなのもらったって・・・」とか言っている。

「それを作った連中は『これ以上はない完璧なデザイン』だと言ってたんだが・・・」

「・・・何か勘違いしてませんか、その人たち」

・・・そうかもしれない。(ヨネザワ、スミヨシ、シオウジ、おまえら趣味に走りすぎだろうが!)

「まあそれくらいどうってことはないだろ、男が些細なことで文句を言うもんじゃないよ『仮面衛士1号』くん。」

「・・・はい?」

「どうしたのかね?」

「ナンデスカ、ソノヨビナハ?」

「・・・君の新しい名前だが?」

「仮面衛士1号ってなんですか!?」

「・・・“それ”を被った1人目の衛士だからだそうだ」

そう言って私は、彼の手の中にある“それ”を指さす。

彼の両手に持たれている仮面…いやヘルメット型携帯電脳を。

「なんでこんなことに・・・」

「君の“治療”を“合法的”に行ってくれた連中からの要求だ。 断れんだろう?」

「合法とか非合法とかってレベルの問題でしたっけ?」

ジト目でにらむ彼の視線を受け流しながら、私は惚ける。

「さあどうだったかな」

まあ、確かに彼にしてみれば自分に施された治療が果して“治療”と云えるかどうか疑問なのだろう。

1999年8月5日明星作戦の最中に米軍によって投下されたG弾。

彼はその爆発から逃げ遅れて・・・いや、正確には自分からその爆発に向かって戦術機で突っ込んで死んだ・・・はずだった。 この男『鳴海孝之』は。

たまたま“死にたてほやほや”の彼を、米軍より先に秘密裏に調査中だった我がタチコマンズが発見して、奇跡的にまだ脳死前であることを確認した。

私はタチコマくんたちに彼の回収を命じ、延命措置を施した。

尤も、彼の肉体で生きていたのは事実上脳髄だけだったので、友人知人のコネをフル動員して彼の新しい体、「全身儀体」を用意してもらったのだ・・・“生前”の彼と寸分違わない儀体を。

はっきりいってこれらの行為には(我々の)法律上の問題が多々あり、結果的に合法的な人命救助ということに出来たのは幾人かの事情を知る友人たちのおかげだった。

その代償といってはなんだが、彼らから鳴海に渡されたのが彼の持っているライダーマス…げふんっ いやその、ヘルメット型携帯電脳(超高性能タイプ)である。

連中が云うには『一度死んで甦った悲劇の改造人間にはそれが必要不可欠』なのだそうだ。

そのデザインはというと、ある種の昆虫の頭部、もしくは髑髏…つまり人間の頭蓋骨をモチーフにしたとしか思えない、それでいてやたらとメカニカルな雰囲気をもったデザインなのだ。

「君の前途を祝しての皆さんからのプレゼントだ、ありがたく頂戴しなさい」

「前途を祝してって・・・」

がっくりとうなだれる鳴海君と私の前に、もう一人の“死人”がやって来た。

「・・・お邪魔だったかね?」

「ああ“先生”、いえそんなことはありません。 鳴海君の今後について話をしていただけですよ」

「そうか・・・ところで年越し蕎麦をつくったのだが、2人とも食べるかね?」

「えっ?」「先生が・・・ですか?」

「ああ・・・素人の手作りで美味くはないかもしれないが」

「とんでもないです」「是非頂きます」

なんと年越し蕎麦だよそれも手作りの。

忙しくて今日が大晦日だってことまで半分忘れかけていたんだよ、私は。
 
 
 
 
 
蕎麦は挽きぐるみの蕎麦粉を二八で小麦粉と混ぜて水のみで捏ねた昔ながらの田舎蕎麦だった。

熱い汁をかけ七味を振って、それだけで食べる。

「いいね~、この味」「美味いですねえ」

「…国の現状に鑑みれば、こうして本物の蕎麦を味わえるだけでも私には分不相応かもしれん」

「先生…」「…」

その言葉に私も鳴海君も沈黙するしかない。

この人が抱えている苦悩の源は私のような“余所者”や鳴海君のような“若造”に踏み込めるものではないからだ。

「・・・諸星君」

「はい。」

「君の申し出を受けようと思う」

「えっ?」「…いいんですか?」

驚く鳴海と確認の言葉を口にする私。

「ああ、ずいぶん長いこと悩んだがね・・・どういう理由があろうと、こうして生きている以上は自分に出来ることをするべきだろう」

「そうですか…では宜しくお願いします」

そう言って私は彼に頭を下げた。

これでようやく懸案事項の一つが解決できそうだ。

「1月3日に巌谷中佐と会ってきます」

「巌谷中佐か…彼は強面の堅物にみえて、なかなかに柔軟な思考の持ち主だ」

「ええ、だからこそ大伴中佐よりも彼を選んだのです」

先々を考えた時に、大伴忠範という人物では帝国軍の利益の為にしか動いてはくれないだろうし、視野も狭すぎるように思えるのだ。

もっとも、彼の背後や周囲の連中にはいずれは接触しなければいけないだろうが・・・馬鹿をやらかす前に。

「ああそれと鳴海・・・いや仮面衛士1号君」

「・・・ナンデスカ?」

「そう嫌そうな顔をするな・・・君も一緒に来てもらうからね」

「え゛?」

「・・・君以外の誰が『X1』を操作するんだ?」

「はあ…解りました、やります」

よろしい、開き直ったね。

「ところで・・・モロボシさん」

「何かね?」

「“これ”は被らなきゃいけないんですか?」

「もちろんだ」(断言)

「とほほ・・・」(泣)

「そう嘆くな、ここから地球と人類を救うための君や先生の“活躍”が始まるんだからな」

「活躍って・・・」

「君たちが活躍してくれることで、私も『人類の避難場所』を建設出来るんだからね」

「・・・土管を使ってですか?」

「そう、土管を使ってだ」
 
 
 
 
 
【2001年1月3日 帝国軍技術廠第壱開発局】

私はこの第壱開発局の応接室に通されてから、三十分程待たされていた。

未だに巌谷中佐も、それ以外の人物も姿を見せない。

こちらを焦らせる意図か、それとも向こうの都合なのか・・・まあどっちにしてもこちらが焦る必要はない。

そう思った直後、応接室の方へ数人の人間が近づいてくるのが携帯電脳によって感知された。

(お出ましか。)

ここからが勝負の始まりだ、扉が開いて入って来た人たちを見る・・・・・・え゛?

「どうも始めまして諸星君、私が技術廠第壱開発局副局長の巌谷榮二だ」

「あ、どうも私が松鯉商事営業課の諸星です」

「それとこちらの2人が戦術機開発で機体構造材と管制システムを担当している・・・」

「高木です。」「富永です。」

そう言って挨拶をする2人はいかにも年季が入ってそうなクセ者たちだ。

もちろんそうでなくては困る。 一目、モノを見ただけで判る連中でないと。

だがしかし、最後の一人はちと予想外の人物だった。 いや、これを予想しなかった私が甘かったか・・・
 
 
「お主が諸星段か、わしが斯衛軍大将紅蓮醍三郎である!」
 
 
 
 
 
・・・宇宙之王者がそこにいた。
 
 
 
第7話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第7話「撃震モドキ参上」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:28
第7話 「撃震モドキ参上」

【2001年1月3日 帝国軍技術廠第壱開発局 応接室】

丸い禿げ頭の上に脂汗が浮いていた。

自分が見て、手で触っているモノが理解できない、いや理解出来るからこそ信じ難い。

高木中尉の顔にそう書いてあった。 そしてもう一人。

無愛想なモアイ像のような顔に不気味な笑顔を浮かべる男。

富永大尉が心の中で驚喜の歓声を上げているのが見て取れる。

私がこの2人に見せている「モノ」 それは幾つかの金属製のプレートと線材(ようするに金属材料のサンプルだ)、そしてもう一つはある「システム」に関する仕様説明書である。

普通の人間が見てもその価値は全く判らないだろう。 しかし、この2人にとっては最高級の宝石や巨大埋蔵金の地図、もしくは全裸の美女を目の前に差し出されたに等しいはずだ。

技術屋一筋ン十年のオヤジたちが初めてエロ本を手にした小中学生のように興奮しまくっているのを確認しながら、残りの2人の様子を窺う。

巌谷中佐は鼻息を荒くしている2人の部下の様子を眺めつつ、自分の思考の中に入っているように見える。

だがしかし、もう一人・・・こちらの方がやっかいかもしれない。

宇宙の王者グレンダイ…いやもとい、帝国斯衛軍大将「紅蓮醍三郎」がその眼光をこちらに向けて照射している。

(あついよ~、イタイよ~、まぶしいよ~)

心の中で苦情を申し立てるが、もちろん向こうはお構いなしだ。

予定が狂ったというよりむしろ、見通しが甘かったと云うべきだろう。 こちらに対する不審の念と好奇心を抑えかねたこの大将殿が、今日の話に割り込んで来るのを予想しなかったのは。
 
 
「・・・ふう、いやこれは長々と失礼しました」

鼻の穴を膨らませながらサンプルに見入っていた高木中尉が、ふと我に返ってそう言った。

「・・・いや、実に興味深い・・・(くくく…)」

仕様書を読んでいた富永大尉も、書類をテーブルの上に置くと(咽の奥で嗤い声をかみ殺しながら)そう漏らした。

「・・・どう思うかね? 富永大尉、高木中尉」

巌谷中佐の問いかけに、2人の技術士官は顔を引き締めて答える。

「これは今までにない発想のOSですな、実現出来れば現行の戦術機全てがレベルを1段上げられるかと」

「この素材によって作られるフレームと装甲であれば、従来よりはるかに軽く、しかも頑丈な機体の製作が可能でしょう」

慎重に考えをまとめながらも、最大限の評価を下す2名の技術者たち。

だがそれも当然と言えるだろう、高木中尉に見せたのは現行の戦術機用に比べておよそ4倍の強度を持つであろう合金材のサンプルとその成分表。

そして富永大尉に見せたのは現行より即応性を10%程高め、キャンセル機能を持たせた新型OS「X1」の仕様説明書と専用のコンピュータ基盤の設計概念図なのだ。

戦術機、戦車、戦闘機、まあなんであれ機動兵器と呼びうるものには常にある問題が付きまとう。

機体の機動性、速度、機体と装甲の頑丈さ、耐久性、燃費、それらの矛盾と相克に、兵器の設計から製造、運用、維持管理、整備、操縦者まで含めたありとあらゆる関係者が悩まされることになる。

機体の機動性や速度、燃費の効率を上げるには構造材の軽量化を図らねばならないが、それが過ぎれば耐久性の低下や装甲の弱体化を招く。

逆に機体の装甲や耐久性を上げれば否応なしに機体重量が増加し、機動性や速度、燃費等が犠牲となってしまう。

さらにいえば機体の重量が増すということは、それに費やされる資源の量が増大すると云う事であり、資源をもたない借金まみれの国にとってはただそれだけでも頭痛のタネとなる。(1機あたりに使用される超高級金属材料だけでそれなりの量と値段が数百機分である)

さりとて機体の強度や耐久性に目を瞑り、機動性だけを上げたとしても実際の耐用年数が激減し、さらに補修やメンテの部品の量が上昇することになる。(結果として、陽炎や不知火よりも撃震の方が信頼性で勝る場合すらある)

それらの問題を解決しようと開発されたのが「不知火壱型丙」であったが、結局は燃費の低下と云う問題を解決できず、操作性も非常にデリケートで一部の腕利き衛士のみが使用する結果に終わった。(それでは戦略的には何の意味もない)

あちらを立てればこちらが立たずとはよくも言ったものである。
 
 
この矛盾を解決するのは決して革命的なアイデアなどではなく、地道な機体構造の改良とより優れた素材の開発と云うのが彼らの常識であるし、それはなにも間違ってはいない・・・私がチートな技術とアイデアを持ってきただけだ。

「素人の簡単な見積もりで恐縮ですが、これらの合金を使用して機体を製作した場合、従来より30%程の軽量化と現行のモノよりも50%高い機体耐久性を実現できると確信しています」

「・・・ふむ、自分の頬をつねりたくなるような話だな」

「儂には技術的な話は判らんがのう、実際に出来あがったモノでもあれば話は別だろうが…」

巌谷中佐は半信半疑といった態度を示し、紅蓮大将は自分は技術屋ではないと蚊帳の外を装う。

こちらの手札をもっと出させようという魂胆が見え透いているが、この場合当然の対応と言っていいだろう。

結構結構、ではお望みどおりさらに手札を切りましょう。 《もうすぐ出番だよ仮面衛士1号君

電脳メガネで鳴海君に連絡を取りながら、爆弾を投下する。

「出来あがったモノですか・・・実験機ならありますけど。」

「なに!?」「むう!」「ほお!」「ふむ(くっくっくっ)」

その場の4人ともが驚きの声をあげる。(いやなぜか富永大尉だけは驚きの声とは違うもっと不気味な・・・怖い)

「実験機・・・だと?」

さすがに険しい顔をして、巌谷中佐が聞いてくる。 まあ当然だ、そんな物を一介の商社マンが用意したら法的にもあるいは国や軍の立場的にも問題がありすぎる。

「そうです、しかしこれを表に出すとなると色々と問題が出てきますので、ここで作られた機体という建前が必要になるのですが・・・」

「・・・・・・・・・・」

巌谷中佐が険しい表情のまま沈黙している。 見方によっては自分たちに都合のよすぎる展開の話に疑心暗鬼にならざるを得ないからだろう。

「ほう、それはつまりその機体をここで好きに扱ってもらってもよい、とそう言っておるのかお主は、ん?」

「はい、そのとおりです」

「「「「・・・・・・・」」」」

紅蓮大将のこちらを追い詰めるような物言いに対して、あまりにもあっさりとした私の返答に4人全員が完全に沈黙する。

「もし、もしも本当にそんなモノがあるのなら、是非見てみたいのだがね」

高木中尉のその発言を、誰も不用意なものだと咎めたりはしなかった。

「承知しました、それでは早速お目にかけましょう」

「待ちたまえ、いくらなんでも今日これからその機体を見に行くわけには・・・」

「御心配には及びません、いますぐにでもここに呼び寄せますので」

「な・・・・」 私の言葉にまたしても巌谷中佐は絶句する。

私は早速自分のアタッシュケースを開けると中にあったダイヤル式黒電話機の受話器を取り、ダイヤルを廻し始める。

周囲にいる人たちはなぜか私のことを既知外の生物を見るような視線を送ってくる。(失礼な、ただの演出だというのに)

「ああ、もしもし諸星です」

『モロボシさん?こちらは何時でも出られますよ』

どうやら鳴海君は準備万端のようだ。 では、始めますか。

「ああ、それじゃあ今すぐここに『撃震モドキ』を1機出前してくれ」

『了解』

私は受話器を置くと、巌谷中佐たちに向かってこう告げた。

「ご安心ください、うちの実験衛士が今すぐここの演習場に機体を運んでくるそうです」

「・・・どれくらいでかね?」

「おそらく2~3分以内でしょう」

「・・・・・」

もはや彼らの私を見る目は完全に人外生命体を認識するようなものに変わっていた。

・・・BETAと同じレベルに見られるのは、非常に不本意だ。

「・・・そろそろ演習場へ行きませんか? もう向こうは到着したかもしれませんし・・・」

そう言った時、応接室の電話が鳴り響いた。
 
 
 
【帝国軍技術廠第壱開発局 屋外演習場】

「おい、なんだアレは?」

そのとき、演習場にいた兵士たちはありえないものを見ていた。

目の前に突然さっきまでは存在しなかった戦術機が立っていたからである。

紺色、いやミッドナイト・ブルーの塗装を施したTYPE-77“撃震”であった。

「とうとう来ちゃったよ、責任とってくれるんだよね?モロボシさん」

その機体の管制ブロックの中でヘタレが一人、愚痴をこぼしていた。

 
 
第8話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第8話「篁唯依の怒り(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:33
第8話 「篁唯依の怒り(前)」

【2001年1月3日 帝国軍技術廠第壱開発局 屋外演習場】

篁唯依は怒っていた。

デスクワークの連続で鈍った感覚を取り戻すために久し振りの実機訓練を行おうとしていた矢先に突然の乱入者(それも戦術機)が現れたのだ。

自分たちの神聖な職場であり帝国の国土と民を守るための戦術機開発に日夜励む者達が集うこの帝国軍技術廠第壱開発局が、いきなり正体不明の戦術機に侵入を許すなど断じてあってはいけないことだった筈だ。

なのにこの紺色(?)の戦術機は自分たちの気がつかない間に演習場に侵入し、突然姿を現した。

それだけではなく、大慌てで通信で呼びかけた警告と問いかけに対してその機体の搭乗者からの返答はといえば・・・

『え~と、すみませんが巌谷中佐に取り次いで頂けませんか、ご注文の『撃震モドキ』をお届けにあがりましたと』

「なっ・・・・!」(ゲ キ シ ン モ ド キ だ と お ~!! ふざけるな!!)

「貴様!どこのだれか知らんがおじさ…げふんっ、巌谷中佐のお名前を出した揚句にそのようなふざけた呼び名の機体を届けにきたなどと戯言を「あの、篁中尉。」…なんだ雨宮?」

「巌谷中佐が、その話は事実だと・・・」

「な・・・」

応接室で接客中だった巌谷に電話で連絡を取っていた雨宮中尉の言葉で、怒り心頭に達していた唯依はその場で呆然としてしまった。
 
 
 
「ああ、ちゃんと届きましたね」

「ふうむ、あれがお主の言う撃震モドキとやらか?確かに見た目は77式の改修型のようだのう」

「ふうん、あの機体の立ち方は・・・」

「ほう、主機の音は…。」

「おお唯依ちゃん、こちらの手違いで騒がせてすまなかったな。」

(な!叔父様だけでなく紅蓮閣下まで、しかも高木中尉に富永大尉それに・・・だれだこの男は?)

いきなり目の前に本来の所属である斯衛軍の大将が現れさらに技官としての大先輩二人、ついでに何やらあやしげな男までおまけで付いてきたことで、いつもならただちに訂正の対象にしている“唯依ちゃん”を使用されたにもかかわらず、とっさに反応できずにいる唯依だった。
 
 
「さて巌谷中佐、せっかく持って来たんですからこいつの性能をちょっとだけでもこの場でご覧になってはいかがでしょう? せっかく紅蓮閣下もおられることですし」

一通りの説明を唯依たちにした後、諸星はこの場での機体のデモンストレーションを提案する。

「おお、そうだのう…では早速ワシが自ら相手をしてや『閣下、御自重を』・・・むう」

喜々として腕試しの名乗りを上げようとする紅蓮大将に周りのほぼ全員が制止をかけた。

だがそれも当然と言えただろう。

仮にも斯衛軍大将の立場から軽々しく動いて欲しくないということ以前にこの屋外演習場は戦術機の機体調整を行うのに必要な最低限の広さしかなく、実弾演習はもちろんの事、たとえ限定的な近接格闘戦であっても紅蓮醍三郎のような化け物が暴れ回れるような広さはないのだった。(加減、などという言葉をこの大将が知っていないことはこの場の全員が心得ていた)

「ふむ篁中尉、貴様にあの機体の相手をしてもらおうか」

「はっ」

「ああ、JIVES(統合仮想情報演習システム)は切って行った方がいいでしょう」

「なに?」「む!」

巌谷中佐の指名に即座に篁中尉が即答したのに続けるかのように、諸星の言葉が響いた。

その言葉に周囲の人間たちがやや顔をこわばらせる。

それも当然と言えた。 “安全装置を外して模擬戦をしよう”とこの諸星という男は言っているのだから。

「見たところこの演習場で可能なのは事実上近接格闘戦のみでしょう、その上でこの機体とX1の性能を示すとなるとそうするのが一番でしょう」

「だがいいのかね?この篁中尉はまだ若いが斯衛の中隊長を務める腕利きなのだが」

機体の性能差と衛士の実力差を暗に示して巌谷が尋ねると、諸星は平然と答える。

「御心配なく。 あの機体の操縦者も充分な技量の持ち主ですので・・・ああそれと、篁中尉…でしたね」

「はい」

「出来ればあの機体の手足のいずれかを切り落とすことを念頭にやっていただけませんか?」

「・・・本気ですか?」

「もちろん、何故ならそれこそがここにいる人たちのご要望を満たす最善の道ですので」

諸星にそう言われて唯依が周囲を伺うと、巌谷は憮然として何も言わず、紅蓮は面白そうににやにやと笑い、高木中尉と富永大尉はといえば…まるで生贄を目の前にした悪魔のような顔つきで唯依と「撃震モドキ」を交互に見まわしていた。

(どうもこれはやっかいなことに引き込まれてしまったらしいな)

周りの空気を読んだ唯依はそう心の中でこぼした。
 
 
 
『それじゃ、そう云う事でよろしく頼むね1号君』

『だ か ら、秘密回線でまで“1号”はやめてください!』

『はっはっはっ、まあそう気にするな』

『気にしますよ!』

諸星と孝之が打ち合わせを兼ねた漫才を秘密回線で繰り広げている頃、もう一組の漫才コンビもいつもの行事を行っていた。

「いや~すまんなあ唯依ちゃんよ、いきなりこんな模擬戦をさせることになってしまって」

「叔父…おやめ下さい中佐、これは次世代機に関わる開発衛士として当然の務めです」

「まあ確かにそうなんだが…(だがこれで唯依ちゃんの武御雷があの機体の手足を衆人環視の中でぶった切ったりしたら、また婚期が延びてしまうのでは…)」

「お じ さ ま 、なにか言われましたか?」

「む…い いやなにも言うてはおらんよ、唯依ちゃ…篁中尉」

「・・・そうですか、失礼しました中佐」

不用意な言葉を口の中で出した途端に怖いオーラを放ち始めた唯依に慌ててフォローを尽くす巌谷中佐(馬鹿叔父)であった。

そして、叔父姪の定番漫才を、少し離れた場所から暖かく(生温かく?)見守る雨宮中尉の姿があった。 (本当に…世話の焼けるお二人ですね)
 
 
 
 
「さて、始まりますか」

演習場に姿を現した山吹色の武御雷を見て諸星は呟いた。

CPを雨宮中尉が務め、コールサインは唯依がホワイトファング1、孝之がブラックゴースト1とされた。

ルールは長刀のみを用いた近接格闘戦で、JIVES(統合仮想情報演習システム)を切って行うこととなった。

試合開始を紅蓮醍三郎が仕切り、そして吼える。

「では、はじめええいっ!!」

その咆哮と共に2機の戦術機が飛翔するが如く奔り始めた。

「さあて、どこまで粘れるかな」

その諸星の言葉に周囲の人間たちが注目する。

「ほう、お主は初めから勝ち目がないと思っていながらこの勝負を申し出たのか?」

紅蓮の問いかけに対し、あまりにもあっさりと諸星は返答する。

「もちろんですよ紅蓮閣下、確かに彼は腕利きの衛士ですがこの条件で山吹の斯衛に勝てるなどとは初めから考えていません。 この勝負の目的はあくまであの機体「撃震モドキ」の性能を見ていただくことにあります」

「ほお」「…」「ふうん」「くくく」

諸星のその言葉に4者4様の反応が返ってくる。

そしてその間にも二つの機体は鋭く競り合っていた。

(これはっ…とても激震の改修機とは思えないっ・・・この身軽さ、そして反応の速さ、単に操縦者の技量だけとは思えない…確かにこの衛士の腕はいい、おそらくは富士教導隊の出身者に教えを受けたのだろう…だがこの状況で私と武御雷の切っ先をこうもかわせるとは、明らかに機体に何らかの秘密がある筈だ…なるほど、叔父様たちが特別な関心を寄せるのも当然か)

相手の機体「撃震モドキ」の身軽さと反応の速さに唯依は即座に認識を改める。

一方、仮面衛士1号こと鳴海孝之も相手の機体性能と操縦する衛士の腕前に舌をまいていた。

(おいおいなんて速さと腕前だよまったくもう、事前にモロボシさんから警告されてなかったら間違いなく瞬殺されてるぞオレ。 大体この黄色い武御雷の衛士、はっきりいって近接戦闘なら伊隅大尉や神宮司教官の匹敵するんじゃないか? こんなバケモノみたいなのを相手にどこまで持つかな~オレとこの機体)

すでに半分以上泣きが入っているヘタレ思考であったがそれとは裏腹の機体捌きで唯依の斬撃から逃れ続けていた。

だがやはりこの条件下での勝負は唯依と武御雷に利があり過ぎた。

(確かに撃震とは思えない素晴しい動きだ…しかし所詮この武御雷の敵ではない。 そろそろその腕を一本切り落として勝負をつけさせてもらう)

「うわっ…これまずっ…」

唯依のフェイントからの一撃をかろうじてかわした孝之だったが、唯依の目論みは相手の機体のバランスを崩させることにあった。

「よし、もらった…な!なんだと!!」

勝利を確信した唯依は次の瞬間、信じられない物を見た。 姿勢を崩しかけた相手の機体が見事に姿勢を立て直したのである。

(なんと!この体勢から機体を立て直すとは!・・・成る程、これが先程の説明にあったキャンセル機能と言うものか…だがそれでもこの場の勝ちは頂く!)

相手の機体性能に驚愕した唯依だったが、即座に冷静さを取り戻し相手との距離を詰めると相手が防御のつもりか自ら振り上げた左腕めがけて長刀を振り下ろす。

(切っ・・・な!馬鹿な!!!)

確かに斬った・・・そう思った唯依は信じられない物を見ていた。

武御雷の振り下ろした長刀を籠手で受けるような形で受け止めた激震の左腕は長刀をめり込ませながらも切り落とされずにいた。

(馬鹿な!この間合い、この速さで斬撃を放ったのに激震の腕が斬り落とせないだと!)

己の剣の腕に自信があっただけに、さしもの唯依も一瞬呆然となる。

その隙に付け込むように撃震モドキが逆に間合いを詰め、武御雷の足を薙ぎ払う。

「しまった・・・!!」

かろうじて致命傷は避けたが右足を小破させてしまった唯依は己の甘さに歯噛みする。

(何という未熟!相手の性能を侮り、己の腕を過信した揚句がこのザマか!自分にこの役割りを与えて下さった叔父様たちに顔向けが出来ないではないか…)

自分の未熟を責めながら唯依はなおも相手に斬り込もうと長刀を構える。

だがこの時、管制室では諸星が紅蓮と雨宮に合図をし、それを受けて紅蓮が吼える。

「それまでえええっ!」

「ホワイトファング1、ブラックゴースト1、状況終了です、お疲れさまでした」

終了を告げる雨宮中尉の声が二人のコクピットに響いた。
 
 
 
 
第9話に続く





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第9話「篁唯依の怒り(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:39
第9話 「篁唯依の怒り(後)」

【2001年1月3日 帝国軍技術廠第壱開発局 屋外演習場】

篁唯依は怒っていた。

他の誰かや何かにではなく、自分自身の不甲斐なさにである。

仮にも斯衛の衛士であり帝国軍技術廠の開発衛士でもある己が敬愛する叔父であり上司でもある巌谷と斯衛軍大将紅蓮醍三郎の前で正体不明(?)の実験機を相手に武御雷を駆って『引き分け』に終わってしまったのだ。

(何という無様だ…相手の機体の特性や機能については最低限の情報をあらかじめ聞いていたにも関わらずこの体たらくとは・・・叔父様や紅蓮閣下に申し開きの仕様もない・・・全くもって未熟千万!)

「篁中尉」

心中で自身を叱責していた唯依の元へ雨宮中尉が声をかけた。

「雨宮か」

「見た目と裏腹にとんでもない機体でしたね」

「最初から判っていなければいけなかったのだ、それなのに…」

「他の誰がやったとしても今以上の結果は出なかったと思いますわ」

「雨宮…」

雨宮中尉の言葉に癒されながらも唯依は今一つ立ち直れないでいたがその時、一人の衛士が声をかけて来た。

「あの・・・」

「え? あ!貴様は・・・」

「どうも、篁中尉ですね。 先程は失礼しました。 自分は・・・え~と「仮面衛士1号」と呼ばれております」

「はあ? あ!失礼した、帝国斯衛軍中尉篁唯衣です」

仮面衛士のある意味間抜けな自己紹介に唯依は礼儀正しく敬礼を返す。

(この男、おかしな仮面を被っているが特に悪意のようなものは感じられないな)

(水月や遥と同じか、一つ二つ年下かな?それなのに凄い腕前だった…あれが斯衛の実力か・・・)

なんとはなしに無言のまま見つめ合う二人に雨宮の悪戯心が刺激される。

「あらあら、お二人ともいきなりお見合いですか?」

「は?」「な!あ・雨宮!!」

雨宮中尉にからかわれた二人は共に顔を赤らめながら(孝之は仮面なので判らないが)慌てふためくのだった。

そしてその場所にさらに困った男たちがやって来た。

「ああどうやら若い人たち同士でもう打ち解けているようですね」

「諸星君、彼はどういう男かね?」

「たしか年齢的には篁中尉とちょうど釣り合うくらいでしたね、まだ独身ですし…」

「いやそういうことでは・・・ふむ、そっちも重要か」

「な に が じ ゅ う よ う な の で す か ち ゅ う さ 」

男同士の碌でもない会話に顔を般若に変えた唯依がドスの利いた質問(?)を向ける。

「い、いやげふんっ…大したことではないよ篁中尉」

慌てて誤魔化す巌谷の後からさらに火に油を注ぐ発言が飛び出す。

「うわははは、巌谷よ相変わらず篁の尻に敷かれておるようだのう」

「ぐ、紅蓮閣下!いきなりなにを…」

いきなり紅蓮に乱入されからかわれて唯依はあたふたと抗議するが、相手は全く意に介さない様子でさらに油を注ぎ続ける。

「いやなにこの巌谷が会う度に『家の唯依ちゃんはとても気立てのいい子なのだが不器用で怒りっぽいのが玉にキズで、そのためなかなかいい相手に恵まれなくて』とこぼされてなあ~うわははは」

「・・・・オ ジ サ マ 、ア ト デ オ ハ ナ シ ガ ア リ マ ス 」

絶対零度の無表情に口元だけをわずかに笑みのカタチに変えて唯依がそう言うと、空気も表情も読めない紅蓮醍三郎以外の全員が背筋を伸ばす。

(こっ…怖っ! これはひょっとしたら本気で怒った時の伊隅大尉以上の・・・)

その凄味に思わずかつての上官の怒った時のことを孝之が思い出していると・・・

「ほうれみろ、そこな若造がすっかり怯えてしもうておるではないか篁よ、ん?」

「!お、おやめ下さい閣下!」

「い、いえ怯えてるなんてそんなことは・・・は、ははは」

絶妙のタイミングで突っ込まれ、二人揃って紅蓮に弄ばれるのだった。

「まあまあ閣下、若い二人をからかうのはそのくらいにしてこちらの話をしませんか?」

そう言って諸星が示す方向には「撃震モドキ」とその機体にへばり付き、舐めるようにして管制システムやボディの損傷、摩耗の具合を調べる二人のオヤジ(もちろん富永大尉と高木中尉)の姿があった。

「1号君はここに残ってあのお二人と篁中尉たちにあの機体の説明をわかる範囲でいいから説明してあげてくれ」

「わかりました」

「ふむ、それでは戻って話の続きを聞こうかのう」

「・・・そうですな」
 
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠 応接室】

「さて、これでワシら3人だけになったのう諸星よ、そろそろ本題に入ったらどうだ?」

再び応接室で向かい合った私に対して紅蓮大将はいきなり切り出した。

その言葉に対して私は静かに微笑んだ後、こう切り返す。

「閣下、間違いを二つ訂正させていただきたい。 まず一つ目は“そろそろ本題に入る”訳ではありません…私は初めから本題に入っているのです。 二つ目は“これで我々3人だけ”になったのではありません…“我々4人だけ”になったのです・・・よね鎧衣課長」

そう言って部屋の隅を見るとそこにはトレンチコートに帽子姿の人型狸が佇んでいた。

生憎たとえ気配を断とうとも、私の電脳メガネのサーチ能力からは逃げられんのですよ課長。

「いやいや、こうも簡単に見破られるとは面目ありませんなあ~ここはひとつ佐渡島の生態系において狸がいるのに狐がいない理由でもお話することでご勘弁ねがいましょうか」

「成る程、それも興味深いですがいっそのこと無人の廃墟と化した横浜の地に狐の棲み家が出来て、そこにちょくちょく出入りしている狸の奇怪な生態についてのほうがより興味深いのですが?」

「はっはっはっ 貴方もなかなか言いますなあ~」

「いえいえ、鎧衣課長に比べればこの諸星などはまだまだひよっ子でして」

わあっはっはっは~

「…それくらいにしておけ諸星、鎧衣」

「我々もそう暇ではありませんでな、話を進めていただきたい」

鎧衣課長と私の無意味な漫才を白い目で見ていた二人が話を本筋に引き戻すように催促してきた。

「…これは失礼、では早速あの機体と技術の提供の見返りについてお願いしたいことがあるのですが・・・」

「差し詰め現在進行中の第4世代機開発計画への中途参入かな?」

「むう、確かにあの機体に込められた技術はそれにふさわしいだろうが・・・」

自らの推察を語る巌谷中佐と紅蓮大将だが・・・お生憎様ですがハズレですよお二人とも。

「いいえ、私がお願いしたいのは第4世代機開発への参入ではなく、不知火改修計画の主導権なのですよ

「なんだと!?」「むううっ!?」「ほほう?」

さすがに驚愕する巌谷中佐と紅蓮大将、そして鎧衣課長はといえば・・・面白がってるなこの顔は。

「待ちたまえ諸星君、さすがにそれは無理というものだ」

「何故でしょう?」

「決まっているだろう、不知火は我が国初の国産機なのだ。 その機体開発に関わったメーカーの人間たちが改修計画の主導権はもちろんの事、中途参入すら認めない可能性が高いのだよ」

「もちろんそれは知っています」

「ならば・・・」

「出来ないのではありませんか?現状では不知火の改修自体が?」

「う・・・」「む・・・」「ほほう・・・」

「そのことについて、私に考えがあるのですよ巌谷中佐。 そしてそれはあなたが…いえ、あなたたちが現在抱えている問題の一つの突破口になると思っているのですが」

私がそう言うと、目の前の3人は無言のまま話を続けるように促してきた・・・

私はそれに応えて話始めた。

私の計画の一端を・・・・・
 
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠 演習場戦術機ハンガー】

「やあ皆さん、お待たせしました。」

話合いが終り、機体のあるハンガーに我々が戻るとその場の全員が敬礼してきた。(もちろん私にじゃなく、巌谷中佐と紅蓮大将にだよ)

さてやっかいなお話も一段落したことだし、ショウタイムといきますか。

「ああ、1号君」

「はい?」

「君、今日から紅蓮閣下の下で面倒をみてもらうことになったからね」

「は・・・はいいいいいい!?」

「閣下、本人もこのように感激いたしておりますので、なにとぞよろしくお願いいたします」

彼の叫び(?)を故意に曲解して紅蓮大将に話を振る。

「うむ、仮名衛士1号とやら、わしが帝国斯衛軍大将 紅蓮醍三郎である!」

「閣下・・・『仮名』ではなくて『仮面』です。 お間違えなく」

傍若無人を体現したような紅蓮大将の言い間違いに思わずツッコミを入れてしまう。

「あ・・・あの、モロボシさん・・・一体どういうことですか?」

さすがに声を震わせて鳴海君が迫ってくる。 まあ確かに無理はない・・・いきなりこんな宇宙怪獣のもとに預けるなんて言われたら誰だって悲鳴を上げたくなるだろう。

「どうもこうもあるまい、貴様を衛士としても一人の男としても篁にふさわしい人間に鍛え上げて欲しいとこの二人に頼まれたのだ。

「なっ・・・」「はあ!?」

篁中尉と鳴海くんが揃って私と巌谷中佐の方を見る。

私はポーカーフェイスを保ち、巌谷中佐はというと…なんだろう?まるで銃殺刑を待つ囚人のような雰囲気が・・・気のせいだな、多分。

「オ ジ サ マ・・・」

何だろう? 今、なにか世にも恐ろしい何かの声を聞いたような・・・まあいいか。

務めて気にしないようにしながら、秘密回線で鳴海君に紅蓮閣下に鍛えてもらう本当の理由を話す。

『・・・そういう訳だから頼んだよ、鳴海君』

『アンタッテヒトワ~!!』

理由を聞いて理解はしたが納得できない鳴海君の恨み声を聞きながら、私は退散の言葉を周囲の人たちにかける。

「では皆さん、私はこの辺で失礼します、後日またお邪魔しますので・・・それじゃ1号君、よろしくね」

「・・・ハイ」

「うむ、任せるがよい」

「それでは、また後日」
 
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠第壱開発局 副局長室】

「おじさま・・・覚悟はよろしいですか?」

「ま、待て!待ってくれ唯依ちゃん!」

「あの世で父が待っておりますので何卒心逝くまでお話を・・・・」

「唯依ちゃん!頼む!頼むから話を聞いてくれ!」

「・・・問答無用です」
 
 
 
その後、副局長室から人の悲鳴のような音が聞こえてきたが、誰も近づいて確認する者はいなかったそうである。   人間だれしも自分の身がかわいいものなのだ。

篁唯依の怒りが静まるのは数時間後の事であった。
 
 
 
 
第10話に続く




[21206] 閑話その1「モロボシ・ダンの述懐(一)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:59
閑話その1「モロボシ・ダンの述懐(一)」

私の国の話をしよう。

ああいや、我が「土管帝国」の話ではなくてね、本来私が生まれ育った国「日本民主主義人民共和国」の話だ。

なに?そんな偉大なる独裁者様がいらっしゃるような名前の国で大丈夫かって?

失礼な、我国はちゃんとした民主国家ですよ。 政治家は普通に選挙によって選ばれるし汚職や不正が発覚すればきちんと法的手続きによって処罰されるし…たしかに政治の腐敗は目に余るけど別にこれは今の国名に変わる以前からそうだし。

まあ確かに一部の人たちは「この恥ずべき国名を廃して元の美しい『日本国』に戻すべきだ」とよく仰いますけどね。

だけど我々日本人てのは一度作った金科玉条と云う奴をそう簡単には手放すことができないんだよねえ…たとえそれがどんなにアホらしい経緯で生まれたモノであっても・・・。

それが証拠に出来てからン百年たった“憲法第9条”や、太古の昔から続く“天○制”日の丸の国旗もいまだに健在なんだから・・・え?なに?その国名でそんなのありかって?
 
 
いや実際そうなんだからしょうがないんじゃないかい?
 
 
 
さて…私の国の話を詳しく話す前に、私の「世界」について説明しておかないといかんだろうね。

そもそも私はこのBETA大戦が行われている世界とは別の並行世界、それもおよそ数百年先の未来の世界からやって来た。

…その世界の話だ。
 
 
 
我々の世界における23世紀後半、はっきりいって人類は完全に行き詰っていた。

理由は実に簡単なものだ。 300億を超えた人類をもはや養っていけるだけの容量が地球という惑星に無くなってしまったからだ。

その時代の地球上で“文明的な生活”と言う奴を送っていた人間の数は実に210億人にのぼる。

一つの惑星上でこれだけの数の人間が衣食住の保障された生活を送ればどうなるか?

まず食糧が足りなくなって当然、天然資源はもはや枯渇という言葉さえ虚しい状態、エネルギーだけは辛うじて核融合と太陽エネルギーの極限までの効率化によって世界中に行き渡っていた。

人類はその膨大なエネルギーを使って食糧と生活に必要な様々な物資を生産していた。

野菜・食肉工場、海洋農場、それらを使い品種改良(遺伝子操作は当たり前だった)された食糧資源を生産していった。

海水の淡水化によって広大な農地を潤すことで穀物の生産量を上げた。

さらに究極を超えるリサイクル技術の発達はほぼあらゆる資源を再生・再利用できるまでになっていた。

それによって社会が必要とするあらゆる物資を賄っていたのだ。

だがもうこの時点でこれらの努力も限界に達しようとしていた。

どれだけエネルギーを作り出し、どれだけ資源を効率良く再利用しようと、300億を超えてさらに人数が膨れ上がる人類は自分自身を養うことが不可能になろうとしていたのだ。

残る手段は何らかの口実を設けての“間引き”である。 (早い話が「戦争」をおこして人間の数を減らすことだ)

皮肉なことにこの時代の世界は、過去4回の世界大戦への反省から百年以上に渡って大きな戦争や民族紛争を行わず平和だったために、人口の爆発的な増加に歯止めがかからなかったという事情もあった。
 
 
「結局、我々は冷血なイギリス人の経済学者とボヘミアの伍長の言葉に従うしかないと云うのか」
 
 
当時、とある主要国の元首がこぼした皮肉は誰の笑いも取れなかった。(その言葉を笑える状況を過ぎていたからだ)

だがしかし、戦争とはつまるところ巨大な消費行為である。

もともと資源も食料も不足しようとしていたのにそれを大量に消費して、しかも元手の回収のめどが(何十億人殺せばいいのか、どこで止めれば収支が合うのか)全く判らない状態だったのだ。

人類存続と云う大義名分によって大量殺戮を行おうにも、果してそれが可能なだけの物資と準備と計画をどうするか。

当時、事実上の地球統一政府だった「国際連合会議」は自分たちが「地球」の「内乱」をどう演出するかに頭を悩ませていた。

だが仮に「悪魔の方程式」に頼っても、救われるという保証は全くなかった…それが今日の歴史家や社会学者の見解だ。

表向き平和な、しかし確実に崖っぷちに追い込まれつつあった人類の前に一人の男が現れた。

その男の名は「コンラート・へイル」 後世“異邦の救世主”もしくは“来訪者”と呼ばれることとなる男である。

彼が何者で何処から来て何処へ去ったのか、現在のところ公式な資料は無いに等しい。

だがしかしこの男が人類に何をもたらしたかを知らない者はいないだろう。

何故なら彼が人類にもたらした物、それは“未来”と“新世界”だったからだ。

彼、コンラート・へイルはいくつかの国家の実力者、企業のトップ、そして多くの科学者を訪ね歩き、いくつかの提案を行った。

その結果として生み出されたのが『メビウス・システム』である。

これはコンラート・へイルによって提供されたデバイス『メビウス・コイル』の解析・複製の果てに出来あがったシステムだ。

彼の話によれば、彼はこの世界の人間ではなくいずこかの並行世界からやって来た放浪者なのだそうだ。

正気を疑う話ではあったが彼の提供した様々なモノや情報がそれを裏付けていった。

メビウス・コイルもまた、どこかの並行世界において開発されたものだったらしい。

“らしい”というのは『その世界の人類』がすでに滅んでしまっていて、詳しいことが判らないからだということだ。

コンラート・へイルはその滅んだ世界の遺構のなかでまだ活動していた人工知性体(コンピューターのような物らしい)からコイルを提供されたそうだ。

そのコイルに何が出来たかというと…異なる時間、空間、そして並行世界への“接続”だった。

それによって我々は『放電空間』と呼ばれるエネルギー状態の並行宇宙から、電気エネルギーを事実上無限に取り出せるようになった。

そしてそれ以上に重要なのが時間、空間の移動である。

これにより人類は、異なる時空間に多数存在する『別の地球』を発見し、そこへの移住を開始したのだ。

その壮大な大移動計画によって、全ての人類が破滅から救われたと言っても過言ではない。

もちろん、それだけのいわば“大変動”に何の混乱もなかった訳ではない。

当時半熟状態ではあったがどうやら統一政府に近い状態が出来つつあった世界情勢は、人口増加による世界的ストレスと大移動計画による混乱から再び四分五裂になろうとしていた。

それでも未来の可能性を手に入れた我々人類は混乱を乗り越えて移住計画を進めて行った。

その果てに出来あがったのが『並行地球群連合』である。

それぞれ一つの国家、あるいは民族、あるいは宗教が「自分たちだけの地球」として一つの地球を保有してそこに居住する、そして元々の地球『旧地球(Old Earth)』にその本部を設置した。
 
 
つまり国連本部と各国の出先機関(大使館等)のみを地球に置き、それぞれの国家、民族、宗教にわかれて別々の地球に移り住んだのだ。
 
 
 
 
・・・まあそんなこんなで今日の我々がある訳だ。

本来の地球(Old Earth)はもはや資源を奪いつくされ痩せ細っていたから、一部の後ろ髪をひかれる人たちを除けばほとんどの人間が移住に同意したんだよ。

我国も数ある地球の内の一つを獲得して、国をあげてそこへ移り住んだのだよ。

もちろんどの国でも我国のように一つの国が一つの星を丸ごと手に入れられる訳ではなかった。

経済的理由、あるいは人口が少なすぎる国や民族は地政学上の利害対立がない国同士、または経済的利害が一致するもの同士で一つの地球を共有した場合もあったね。

また人口が多過ぎたり政治的に分裂した大国などは結局複数の地球を持ったりしたよね。


そしてまたン百年。


発見された並行地球の数は居住不適合のものを含めれば千以上にのぼった。

『並行地球群連合』は発見された地球に番号を付けて整理、管理を試みたんだ。

その過程でいろいろなトラブルにも見舞われたんだけどね・・・

そういったトラブルを未然に防いだり、対処するための監視要員として『並行基点観測員』がそれぞれの地球(主に居住対象外の星)に付けられるようになった。

もちろん私もその一人だ。

え、それってつまり『国連職員』てことだよねって・・・うん、もちろん名目上は確かにね。

まあ、実際には各国から召集された軍人とか警察官がその任に当たることが多い訳だ。

我国からも『人民防衛隊』の隊員が派遣されることが度々あるしね。

え、それってなんだって?

もちろん我国の軍・・・あ、いやようするに我国の国土と国民の生命財産等を守るための防衛組織の名称ですよはい。

・・・いやだからどうしようもないんだってばこの国はこういうことに関してはもう本当に。

・・・え、でもなんで本来文民の私が軍用犬や警察犬の真似事をしてるのかって?

うん、よくぞ聞いてくれました。
 
 
 
事の起りは約10年程前、新たに発見された並行地球の現地観測を行ったところ、この世界の地球には人類が存在していることが判明した。

それ自体は別に初めての事ではなかった。

これまでにも何回か自分たち以外の「人類」や「存在」に接触、遭遇をしたことがあったのだ。

だが今回の場合はある意味とてつもなく「特殊」な事例だった。

この世界の人類の状況が自分たちの元々の世界の20世紀末頃によく似ていること、そしてこの世界の人類がBETAと呼ばれる地球外生命体に侵略されていることがわかったのだ。

そしてそれは我国にとって二重三重の衝撃となった。

この世界の状況は我国の政治関係者にとって一種のタブーとなっている“あるおとぎばなし”に殆んど瓜二つだったからだ。

原題「マブラヴ」、国外では主に「THE ALTERNATIVE」というタイトルで知られている歴史的問題作だ。

『あいとゆうきのおとぎばなし』

このサブタイトルで語られることが多い21世紀初頭に作られた空想創作は長く大衆文化の代表作とされると同時に、我国の近代史(特に過去100年くらい)におけるある意味「汚点の象徴」と言っても良かった。

近代日本史の中で最大の黒歴史とも言うべき『文明大改革』による弾圧の最大目標がこの作品だったからだ。

この俗に言う「文改時代」において所謂保守的、懐古的風潮が見られる創作作品(かなりいい加減な基準と言うしかない)の創作、展示、販売、さらには個人の保有までもが法律により処罰の対象になった。(もちろん時の政府の方針を肯定するような『作品』はとても優遇され、讃えられた。)

そしてこの「マブラヴ」とその関連創作の全てが摘発、没収、焼却処分(つまり焚書)の対象となった。(例を上げればイーニァや霞のイラスト、戦術機の3Dモデルを持っているだけで即逮捕だ。)

歴史的に長期間人気があった作品だからこそ、自分たちの政治思想に反する物は抹消すべきである。

・・・時として権力を持った人間と云うものは信じがたいほどの愚行に走る、その典型的な実例が繰り広げられた。

『文明改革検閲隊』が組織され、あらゆる「反社会的」なメディア、作品が「処分」されていった。

このせいで、この作品「マブラヴ」の幾つかの原典資料が永遠に失われたこともあった。

・・・二回に及ぶ狂気の『政治ごっこ』が終わった後、人々はこの「改革」とそれを推進した者たちを過去の恥として捨て去り、忘れ去った。

そしてごく一部の人間だけが、彼らの残党を熱狂的に支持してカルト政治集団として存続することになった。

・・・そしてある意味でこの出来事の象徴となってしまった「あいとゆうきのおとぎばなし」は社会的な腫れもの扱いとなったのだ。

公の場でこの作品について語るだけで作品の内容や発言者の意向とは全く関係なく「政治的意味合い」を持つという空気が出来てしまったのだ。

やがてこの作品は一部のマニア的ファンと研究者たちの間だけで語られるようになっていた・・・

そんなところに『BETA大戦の行われている世界』発見のニュースがもたらされたのであった。
 
 
 
 
 
・・・いやもうおかげでてんやわんやの大騒ぎ。

このニュースがきっかけで「マブラヴ」の物語が国内だけではなくて国際的にも注目を集めちゃったでしょ?

それがどんな騒ぎかというと・・・

「やっぱりマブラヴは並行世界の真理だったんだ!」「霞とイーニァを助けなきゃ!」「BETAを捕獲して詳しい生態研究を…」「そんなものより因果律量子論の検証を!」「われわれの力で米国の謀略から悠陽殿下をお守りしよう!」「それより中露の馬鹿共を潰してユーラシアの効率的な解放計画を…」「唯依ちゃんの安否が…」「止めろ!狭霧を止めろ!」「G弾は危険だ、我々の世界に持ちこませては…また血を吐きながらマラソンを…」「戦術機にマグネットコーティングとム―バブルフレームを導入すれば…ハイネマンごとき負け犬に任せておけるか!」「…オレがまりもちゃんの身代わりになるんだ」「京塚のおばちゃんの合成サバ味噌定食の味を知りたい!」「ハルーは絶対に死なせない!」「いやそれより穂村は危険だ!早く隔離させろ!」「焼きそばは焼きそばパンだけじゃない!広島風モダン焼きもあるんだ!彩峰にこの味の素晴しさを…」「クリスカLOVE」

・・・つまりこんな具合にだな・・・(思い出したら頭がイタクなって来た)

過去の経緯から他の並行世界の人類や知性体との接触を可能な限り避けていた連合上層部は、この世界に対しても基本的に不干渉の決定を下していたんだ。

だがこのままでは「おとぎばなし」と同じ結末が待っている・・・

仮に白銀武が現れたとしても「1回目」ならば事実上人類はオシマイ、「2回目」以降だとしても第4計画の成功率は極めて低く、成功してもその被害から本当に人類が立ち直り世界を再建出来るかどうかは非常に厳しいだろう。

観測の結果、「おとぎばなし」の内容が発見された世界の状況とほぼ完全に一致するとの報告が出されると、救援活動の提言が(さっき言ってたような連中のも含めて)数多く寄せられることになったんだよね。

だけど連合とその主要国の指導者連中たちは腰が重かった。

なんせ物語の中の地球の大国たちの立ち居振る舞い(特に米露中の3カ国)ときたら過去の自分たちの身勝手さを拡大再生産したようなものだったしね。

“そんなハズカシイ連中”を助けて、あげく彼らと“共存”していくのか?

『地球を一つ譲るくらいはなんとかなるが、「G弾」とかを振りかざす連中を“こちら側”に招きいれるのはゴメンだ』

殆どの首脳たちがそう考えていたんだろうと私は思ってるんだ。

そんな時だ。

世論の動きを気にしながらも我関せずを続けようとしていた連合にそれまでこの件にできるだけ関与するのを避けようとしていた日本(民主主義人民共和国)から一つの提案がなされたのは。

他でもないこの私が愚かで無責任な上司の尻拭いとして考案したプランを政府が採用し、連合に申し出たのだよ。

問題の行方を気にしていた連合は驚異の速さでこれを採決しちゃったんだよこれが。

要するにエライ人たちはこの問題からさっさと逃げたかったんだと思う。

そして言い出しっぺのこの私はめでたく『並行基点観測員3401号』として一人この世界に赴任してきたと・・・まあどう見ても紛争地帯への単独派遣、ようするに「左遷」だな。

けどそれはこの件を提案した時から判ってたことだし、アノ上司の下で人間性を腐らせながら日々を送るのに比べたら1000倍マシと思うのだよキミたち。

なに、それって強がりですかって?

ふはははは、なにを言いますウサギさんたち…ああウサギじゃないか…君たち、ボクハツヨガッテナンカイマセンヨー。


《モロボシはん、もうお酒はやめたほうがええで~》

《そうそう、カラダに悪いですよ~》

《第一、その話もう38回目やで》

《明日からN.Y.に出張なんでしょ~?》

・・・いいじゃないか酒くらい好きに飲ませてくれよ。

・・・え?日本の話じゃなかったのかって・・・ああ、続きはまたいずれね。


 
 
閑話その1終り




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第10話「NYのコウモリ男」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 09:03
第10話 「NYのコウモリ男」

【2001年1月7日 ニューヨーク・国連本部】

香月夕呼はNYにいた。

オルタネイティヴ第4計画の推進のため、米国やその他の国々の計画推進派、賛成派などとの意見交換と利害調整のためであった。

夕呼の目的である第4計画はハイヴ攻略を前提としているため、必要となる機材・人員の他に日本を含む国連加盟国の支援がなければ到底実行不可能である。

その中でも一番頼りになり、そして一番邪魔なのがこのアメリカ合衆国だった。

資金と物資の両面で自らの祖国日本帝国よりも多くを提供してくれるのがこの国だが、同時に第5計画という“愚行”を推進し、自分たちの計画を潰そうとしているのもまたこのアメリカという国であった。

巨大国家の常と言うべきか国内の複数勢力がそれぞれ世界情勢に影響を及ぼさずにはいられない。

それも正反対の方法論を持つ2つの勢力が。

(まあったく、面倒な話だわ)

自分にあてがわれた個室の中で夕呼は頭を悩ませていた。

米国内の第4計画推進派との会合はそれなりに上手く運んでいた。(もちろん本当にスムーズに運んだ訳ではないのだが)

国連の予算だけでは補えない様々な物資や資金の提供に一応の目途を付けられるところまで話を進め、オルタネイティヴ5の抑止のための連携も確認し合った。

また昨年、キリスト教恭順派によって暴露されたG弾の爆心地の映像や様々なデータは、第5計画のブレーキとして大いに役立ってくれていた。

ところがそのことが今度はオルタネイティヴ計画自体に対する反対運動へと発展しようとしていると知って夕呼は世間の無知と無理解に頭を掻きむしることになった。

(世の中には馬鹿と間抜けしかいないのかしら?オルタネイティヴ4と5の根本的な違いも理解せずG弾の脅威に怯えるあまりオルタネイティヴ計画そのものを否定するなんて!)

オルタネイティヴ計画全体が国連の秘密計画であるため計画の存在を知る者自体が少数であり、詳しい内容を知る者に至っては本当に一握りの人間だけであるということがさらに事態をややこしくしていた。

限られた人間にしか情報を開示出来ず、しかも下手に開示すれば内容自体をどう悪用されるか判らない。(事実第3計画ではかなり非人道的な人体実験も行われていたし、人工ESP発現体や00ユニットのデータは使い方を誤れば大変な事態では済まなくなる)

殆んどの情報が開示出来ないが故に誤解と不信が拡大し、それが反オルタネイティヴの動きへと繋がって行ったのだ。

第4計画vs第5計画のみではなく、オルタネイティヴ推進派vs反オルタネイティヴ派の対立。

オルタネイティヴ計画はその機密性ゆえに思いもかけない蹉跌にはまろうとしていた。

そしてもう一つ、今の夕呼をイラつかせている問題があった。

「香月副司令」

「ああピアティフ、調べはついた?」

秘書兼副官のイリーナ・ピアティフの声に我に返って夕呼は尋ねる。

「はい、やはり情報通りこのモロボシという人物が第5計画移民派とHI-MAERF計画に対しあのマッコイ・カンパニーを通して接触を図り、ML機関の入手を目論んでいると思われます」

「ふ~ん、自前でG弾でも作る気かしらねその男」

ピアティフの報告に夕呼は笑えないジョークを返しつつ、思考を巡らせる。

(G弾推進派ではなくて移民派と接触…そしてML機関の入手…マッコイ・カンパニー…あの武器商人の性悪ジジイを介して…どうもチグハグねえこの男…少なくとも既存の勢力の範疇に入らない人間ということは確かか…こいつの正体や目的を判断するにはまだピースが不足してるわね)

「ピアティフ」

「はい」

「このモロボシって男について可能な限り詳細な情報を入手しなさい」

「了解しました」

(さて、この男…私の敵になるかそれとも手駒になるか…どっちかしらねえ…ふふっ)

ピアティフに指示を下しながら夕呼は心の中で自らの新たな邪魔者について楽しい(?)未来図を描きはじめていた。
 
 
 
 
【ニューヨーク市内 マッコイ・カンパニー本社】

私は今、とてつもない「怪物」と対峙していた。

怪物、といっても見た目は小柄な老人である。

枯れ木のように痩せ細った手足と折れ曲がった腰、皺くちゃの顔にまるでドワーフ(小人族の妖精)のような大きな鉤鼻。

吹けば飛ぶような小さな老人だが、しかしその目は恐ろしく鋭い、そして深く暗い色でこちらを見ている。

米国軍需産業とその流通に隠然たる影響力を持ち、世界の軍事関連の専門家ならばその名を知らない者はいないとまで言われる男。

世界のあらゆる戦争地帯にあらゆる物資を調達し、送り届ける男…通称『マッコイ爺さん』と呼ばれるこの会社のオーナーである。

私の現在の雇用主である松鯉商事の封木社長がかつて働いていたのがこの老人の下であった。

社長の言葉によればこのマッコイ老は自ら指揮をとって世界各地の対BETA戦争の最前線に軍需関連のあらゆる物資を売りさばき、自らそれを運搬して届けたそうだ。

社長も輸送機のパイロットとしてその仕事を手伝い、そしてユーラシア大陸の各地で繰り広げられた悲惨なBETA大戦の実状を見て来たという。

日本に帰った後、彼は家族と会社の安全のために会社と家をいち早く京から東京へと移した。

軍部や政治家たちが威勢のいい進軍ラッパを鳴らすのをしり目にBETAが本土へ上陸した時に備え続けたのだ。

エライ人々が表向き言っていることなどBETAの前では何の役にも立たない。

仕事上の経験からその現実を知り尽くしていた彼は自分と家族、そして会社と社員が生き残るためのあらゆる努力を惜しまなかった。

98年のBETAの本土上陸から今日まで社長の采配のおかげで社員全員が無事であったと言っても過言ではないだろう。

その社長を鍛え育てた人物こそ目の前のこの老人だった。

「…なるほど、おもしれえ資料だなこいつは」

「そう言って頂けると思いました」

私が彼に見せていたのは先日巌谷中佐たちにお披露目した「撃震モドキ」のデータ(X1を含めて)と、「ある推論の検証データ」であった。

「こっちのF4改修機の情報はワシの商売に新しいタネをもたらしてくれそうだが…もう一つの方はさて、なにを考えてこんなもんを作成したんだ?え?若造」

「まあ、早い話がオルタネイティヴ第5計画の見直しを促すためですね」

「ふん、あのG弾に取り憑かれたバカ共がこんなレポート一つで考えを改めるとでも思ったのか?」

鼻先で笑いながら私の作成したレポートを指先で小突く。

そのレポートは99年8月5日より現在までの横浜におけるG弾による重力変動とその測定データを元にしてユーラシア全域でG弾を使用した場合の地球全体への影響が示されていた。

「連中はこんなレポートは断じて認めねえし、この推論を決定的に証明するだけの根拠も乏しいだろう」

「勿論ですとも、私もあの愚かな“バビロンの支配者たち”を啓蒙できるなどと思ってはいません」

「ほ~う、傲慢な演技も出来るようでなによりだ」

私のさりげなくも自信満々といった風な演技を怪物老は軽くあしらう。 まあこの老人は私ごとき新米の謀略家などとは始めから役者が違うのだから仕方がない。

「私がそのレポートを見せたいのは“彼ら”ではありません」

「へえ、それじゃ誰だい?」

「アーネスト・ウォーケン上院議員」

「なに!?」

「…繋ぎをお願いできませんか?」

私の“頼みごと”にさすがのマッコイ老も顔をしかめて考え込む。

「おめぇ、ワシが誰かわかった上でそんな頼みごとをする気かよ」

アーネスト・ウォーケン氏はこの国の上院議員としてその人柄と共に高い評価を受け、次期大統領候補の1人と目されている人物であり、その政治姿勢から“合法的密輸業者”ともいうべきマッコイ老にとっては目の上のタンコブの筆頭であった。

「…お願いします」

私はこの先にある様々な問題に立ち向かうネットワークを作るために無理を承知でマッコイ老に懇願した。

「…ひとつ聞いていいか?」

「何なりと」

「このデータは信用していいのか?」

「…そのデータと推論は全て“真実”です」

「おめぇ…いや、いいだろう。 ウォーケンの野郎に話をつけてやらあな」

「感謝します!」

私の言葉に何かを嗅ぎ取ったマッコイ老だが、深くは詮索せずに願い事を聞いてくれたのだった。
 
 
 
 
【2001年1月9日 ニューヨーク・国連本部】

「アーネスト・ウォーケン? あの上院議員の?」

「はい、接触してなんらかの意見交換を行っているらしいとのことです」

先日指示しておいたモロボシの調査を行っていたピアティフ中尉からの報告で、思わぬ名前を聞いた夕呼はらしくもなく聞き返してしまっていた。

「・・・どういうつもりなのモロボシって男は」

夕呼がそう唸ったのも無理はなかった。

AL5の移民派、HI-MAERF計画、マッコイ・カンパニー、そしてウォーケン上院議員。

お互いに関係ない、というよりむしろ対立しているような関係者の間を行ったり来たりしている…

傍目にはそうとしか思えない行動だった。

いかに天才科学者といえど約11カ月後にそのウォーケン上院議員の息子と自分の第4計画がクーデターという糸で結びつけられるとは予想できず、まして会ったこともない男がそのための対策の一環として彼の父親と会っている等とは神ならぬ夕呼には知りようがなかった。

「理解不可能なコウモリ男ね」

「コウモリ…ですか?」

「イソップの寓話よ…日本では日和見な卑怯者を意味するおとぎ話になってるけどね」

「はあ…」

「…ピアティフ」

「はい。」

「このコウモリと連絡を取って」

「すぐにですか?」

「ええ、いますぐに」

香月夕呼は決断した。

正体不明のコウモリ男の本当の顔を自分の手で暴くことを。
 
 
 
 
【ニューヨーク・ミッドタウン】

今、私の前では白人の紳士が一人でレポートを読んでいる。

彼の名はアーネスト・ウォーケン、12.5事件の“犠牲者”たちの一人であるアルフレッド・ウォーケン少佐の父親であり、議会上院の良識派、そして反オルタネイティヴ派の1人でもある。

「…成る程、これは興味深い内容だ」

ウォーケン氏は慎重に言葉を選びながら言った。

「だが、これを完全に証明するにはややデータが不足しているのではないかね? それにこう言ってはなんだが、“あの”マッコイ氏がなぜこんな情報を提供しようとするのか理解に苦しむのだが」

まあ当然の反応だろう、本来敵対関係と言っても差支えない相手からこんな情報がもたらされれば疑ってかかるのが当たり前だ。

「まず誤解を解いておきたいのですが、あなたに面会を求めたのも、そのレポートを提供するのも全て私自身の意図によるものでマッコイ氏にはただ、紹介をお願いしたにすぎません」

「ほう、では君は何の意図を持って私にこれを見せたのかね?」

さあ、本題だ。

「ウォーケン議員、貴方は現在のオルタネイティヴ計画に反対の立場を取っておられますね」

「確かに反対側だな、大枚の税金をはたいて僅か数万人の人間を宇宙の彼方に放り出した揚句、G弾の大量運用でユーラシアを焼き尽くそうなどと…推進派の連中は米国本土には影響はないと言っているが、このレポートを見たらどんな顔をするだろうな」

「“彼ら”はその内容を信じないでしょう。  私もそんなことを期待している訳ではありません」

「ふむ、わかっているようだな… ではなにを期待しているのかね」

「オルタネイティヴ4の支援をお願いしたいのです」

「なに? あのAL5以上に荒唐無稽な計画をか?」

「議員、あなたがどう思っておられるか…まあ想像はつきますがしかし香月博士は何の根拠もないデタラメを口にされる方ではありませんよ」

(ハッタリなら幾らでもかますでしょうけどね)

心の中で口には出せない注釈を加えながら上院議員の説得を続ける。

「それなりの時間を費やせば彼女の計画は必ず成果を上げるでしょう…もっともその“時間”と云う奴をワシントン…いえ、“霧の底”にいる人たちは与えるつもりがないようでして、香月博士にも…そして日本帝国にも

その言葉にウォーケン氏はピクッと眉を震わせ、そして沈黙を続ける。

“霧の底” 国務省と言うよりこの場合はCIAを表す隠語に、さらに標的が香月博士のみならず日本帝国そのものであると言われれば慎重に沈黙せざるを得ないだろう。

「信じられませんか?」

「…確証は、あるのかね?」

「いずれは手に入るでしょう…しかしその時にはすでに手遅れでしょうが…“貴方にとっては”」

「どういう意味かね?」

「第7艦隊を手駒として使うからですよ。 それに“彼ら”が香月博士や日本だけでなく、米国内の“邪魔者”も同時にそれも合法的に始末しようと考えているとしたら…どうですか?」

その言葉に今度こそウォーケン議員は顔を歪め怒りと嫌悪の色を剥き出しにする。

それは私にではなく、ここにいない“誰か”に向けられていた。

さて、ここはひとつ押しの一手で・・・あれ?通信?こんな時に何がって?え…おいおい。

「申し訳ありません議員、急な用で少々中座をさせていただきたいのですが?」

私の言うことに議員は鷹揚に頷き、中座を許可してくれた。

・・・さて、お電話ですよ・・・

「ああ、もしもし私松鯉商事の諸星と申しますが…」
 
 
 
 
 
モロボシが席を立ってからもアーネスト・ウォーケンは彼の言葉の内容を吟味していた。

AL4の支援、香月博士、CIA、第7艦隊・・・

(“彼ら”が香月博士や日本だけでなく、米国内の“邪魔者”も同時にそれも合法的に始末しようと考えているとしたら…)

“彼ら”すなわちCIAと軍の一部が前線国家である日本帝国の政治、軍事双方の指揮権を狙っていることは知っていたし、彼らが目的のために何でもすることもわかっていた。

しかしその野望のために自分の息子が利用され、しかもその結果自分の政治生命が奪われるかも知れない…“ナンセンス”とは言えなかった。 “連中ならやりかねない”アーネスト・ウォーケンは長年の経験からそのことを知っていた。

(だからいい加減前線勤務などやめろとあれほど言ったのに、“合衆国の正義を世界にもたらす為に働くのが誇りだ”などと…軍の中も政治の世界と同じでお前のような誠実な正直者は一番背後から撃たれやすいというのが解らないのかアルフレッド)

アーネスト・ウォーケンは心の中でそう息子に向かって愚痴をこぼした。

(だがどうする?あいつが今すぐ軍を辞めるなどありえんし、それにこの男の話が事実なら香月博士だけでなく日本そのものまで標的に…これが表沙汰になれば国務省やペンタゴンだけの問題ではなくなる、間違いなく大統領…ひいては合衆国の国際的な立場にまで深刻なダメージを与えかねない)

ウォーケンが心のなかで懊悩煩悶しているところへモロボシが戻ってきた。

「どうも、お待たせしました」

「いや、かまわんよ…ところでモロボシ君」

「なんでしょう?」

「君はAL4派なのかね?香月博士の計画の支持を依頼してくる理由は?」

「いいえ議員、私はAL4派ではありません、AL4を支持するのはそれが人類にとって最善の道と信じているからですが、私自身の本来の目的は別にあります」

「ほう、君の目的…それは?」

その質問に対してモロボシはあるシナリオをアーネスト・ウォーケンに語り始めた…そしてそれを聞くウォーケンの顔は次第に真剣なものになっていくのだった。
 
 
話を終えたモロボシに対してウォーケンは言った。

「君の話はわかった、全てを信じるとは言わんがAL4の推進に陰ながら協力を約束しよう」

「ありがとうございます議員、私も“霧の底”について知らせるべきことがあれば連絡をさせて頂きます」

「うむ、よろしくたのむ」

お互いの協力を約束して、2人の男は別れた。

この協力関係が約1年後の人類の運命を大きく変えることになるとはウォーケン自身もまだ知らなかった。
 
 
 
 
第11話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第11話「女狐vsコウモリ男」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/12/05 18:21
第11話 「女狐vsコウモリ男」

【2001年1月10日 ニューヨーク ホテル・ウェリントン】

香月夕呼は獲物が来るのを待っていた。

獲物の名前は「諸星段」

ここ数日の間、彼女をイラつかせていた元凶であった。

あたかもコウモリの如くオルタネイティヴ計画の関係者や武器商人、はては反オルタネイティヴ派の有力議員にまで節操無く接触しコネをつくり続ける男。

その目的も行動原理も全く不明。

自分にとって敵対者となるのかそれとも協力者(つまり手駒)となるのかも判別不能。

(ある意味あのタヌキオヤジと同種の厄介者かもね)

その厄介者の正体を見極めるために副官であるイリーナ・ピアティフに諸星とコンタクトを取らせ、今日の会談をセットしたのだが…

「遅い!いつまで待たせる気よ諸星って男は!」

「副司令…まだ10分前ですが…」

イラつく夕呼を懸命にピアティフが宥めるが、ここ数日間のストレスが原因で“天災天才科学者”のご機嫌は非常に麗しくない。

「“もう”10分前よ!もう!だいたいコウモリの分際で人間様を待たせ「コウモリがどうかしましたか?」!!!って何時の間に!?」

気が付けば目の前に件のコウモリが立っていた。

「どうも、初めまして香月博士。 私、松鯉商事営業課の諸星と申します」

いつの間にか無断でホテルの部屋に侵入していたにも係わらず、いけしゃあしゃあと名刺を差し出して“日本人のセールスマン”を演じて見せる諸星に、たちどころに夕呼も心のスイッチを切り替える。

「よく来てくれたわね、私が香月夕呼よ。 いきなり不法侵入してきたみたいだけど、まあ私の方が招待したんだからとりあえず大目に見てあげるわ」

「これは失礼しました、実は先程まで仕事上の研究に没頭しておりまして、そのせいで時間を浪費したために慌ててここまで来た次第でして」

「あらそう、参考までにどんな研究なのか教えて頂けるのかしら?」

「はい、研究のテーマは『アメリカン』です」

「はあ?」

いきなり意味不明な“研究テーマ”を口にされ、さしもの夕呼も思考が停止しかかった。

「アメリカンコーヒーの事ですよ香月博士、私は本場アメリカのアメリカンコーヒーの味を是非とも日本でも再現したいのです」

「へえ?」

「そもそも日本では永らく本当のアメリカンコーヒーというやつに対して正しい認識が足りませんでした。 多くの日本人はただ単にマグカップに薄く淹れたコーヒーを出すのがアメリカンだと誤解していたのです。 また多少コーヒーに詳しい人がアメリカンについて正しい知識を啓蒙しても、本物のアメリカンコーヒーの味は再現できませんでした。 どういう訳か日本人の作るアメリカンコーヒーの味は本場のそれに比べるとやや渋味が強すぎ、どこかえぐい風味が出てしまうのです。 私はここニューヨークのカフェで飲めるような紅茶のように薄くて、しかもバランスのとれた苦味と香りの豊かなコーヒーの味を是非とも日本に広めたいのです」

「はあ…」

「そのためここニューヨークに来たのを機会にあちこちのカフェでコーヒーの味を見て回っていたのですが…いやそのせいでうっかり時間に遅れそうになるとは、いや実にお恥ずかしい」

「……」(こいつ、本職の詐欺師でなけりゃ本物のバカね)

誰が聞いても「非道過ぎる」といわれかねない評価を心の中で下しながら夕呼は諸星を観察する。

「…ところで博士、先程コウモリがどうとかというお話が聞こえましたが何のことでなのでしょう?」

「ああ大したことじゃないわ。 今あたしの目の前でどこぞのタヌキみたいな薀蓄三昧を繰り広げているおかしな生き物の事を端的に表現しただけよ」

諸星の皮肉もしくは嫌味1歩手前の質問に対して、明らかにレッドラインを踏み越えた返答を夕呼は返す。

「どこぞのタヌキ…ああ成る程、いやしかしあの鎧衣課長の非実用的な薀蓄に対して私のそれは実用性第一を心掛けているつもりなのですが…」

(あたしの血圧を上昇させるのが使用目的なら、どっちも充分実用的よ!)

そのラインオーバーの嫌味すらさらりと流して惚け振りを重ねる薀蓄蝙蝠男の態度に夕呼の中の殺意が確実に上昇する。

「おおそうだ、タヌキ…いえ鎧衣課長で思い出しました、大吟醸の味がお気に召していただけたようでなによりです」

「なっ…それじゃあのお酒は…」

「ええ、当社で限定的に仕入れている特別製の大吟醸でして…月2本のペースでよろしければ今後とも「買った!」…毎度ありがとうございます」

(しまった・・・)

ついうっかり相手のペースに乗せられたことに気付き、夕呼は心の中で舌打ちする。

(こいつがあのタヌキ親父が言ってた“秘境”とやらの関係者ってわけか…たしかにあのタヌキが気にするだけあって一筋縄じゃいかなそうね)

「ところで博士、本日ご招待にあずかった用件ですが…どういったお話でしょうか」

「・・・そうね、あんた何者?」

「と、おっしゃいますと?」

「とぼけんじゃないわよ!あたしの仕事の周りをコウモリみたいにあちこち飛び回って一体あんたは何がしたい訳?」

「人類と、その文明の存続」

「え?」

「…それが私の仕事における最終目的です」

「……」

予想もしない哲学的な(?)、いやおよそ商売人の言葉とは思えない発言に夕呼の目が細くなり相手の真意を探ろうとする。

「人類と文明の存続ねえ? もしかしてそれはあたしの計画を援助でもしてくれるってことかしら?」

「いいえ」

「へえ、じゃあ何をする気?」

「オルタネイティヴ第5計画の“修正”」

「!!なんですって!?」

「現在国連の秘密計画として二つのオルタネイティヴ計画がすすめられています。 その一つがあなたの推進する第4計画であり、もう一つがこの国が推奨する第5計画ですね…私はこの二つの内、第5計画の方を“修正”する必要があると考えています」

夕呼の目の前にいる男の顔からは、すでに愛想笑いが消えていた。

「米国の推奨する第5計画の基本的内容はまず人類の中から10万人程の“代表者”を選抜し、彼らを宇宙船でアルファ・ケンタウリまで送り出し、その後G弾によるハイヴへの全面攻撃を敢行するというものです」

「…よく知ってるわね、それで?」

「このプランはあまりにもズサンで穴だらけだと言わざるを得ません。 まずそもそも僅か10万人程度の人間を宇宙の果てまで送り届けて、そこではたして人類社会の再建が可能なのかどうか、なにより無事に目的地にたどりつく可能性はどの程度なのか」

「あら、移民派の連中は成功率は十分にあるって言ってるわよ?」

「机上の計算では、でしょう。 そもそも人類自身が太陽系のそれも内惑星系から外に出たことがないというのに、太陽系外の外宇宙に出るということはつまり小さな湾の中で小舟に乗っていた素人がある日突然太平横断計画を、それも碌な海図も無しに始めようとするのと同じでしょう」

「海難事故に遭うのは確実ね」

「さらに言うならばその宇宙船団は各国がそれぞれに分かれて乗り込むわけですが…」

「ええ、それがどうしたの?」

「私の予想では…宇宙のど真ん中で船同士、いえ国家や民族同士の殺し合いが始まる可能性が高いと思いますね…“新世界”を独占するために」

まさか、などと愚かなことを夕呼は言わなかった…諸星が言ったことは彼女自身の予想と全く同じだったからだ。

(けどその程度の答えではまだまだあたしを満足させられないわよ、コウモリさん)

「…それで?」

「種の存続をかけた計画としてはAL5の移民計画はあまりにも分の悪過ぎる賭けでしょう、そしてもう一つの方ですが…」

そこまで言うと諸星はアタッシュケースの中から1冊のレポートと先日鎧衣課長の持ってきたのと同じ酒瓶を取り出した。

「これはお近づきの印にと持ってきました、今夜にでもどうぞ」

「あらありがと、それでそのレポートは? どんな素敵な内容が記されているのかしら?」

「どうぞ目をお通し下さい」

諸星から渡されたレポートを読む夕呼の顔がしだいに強張りはじめ、そして読み終える頃には完全な無表情になっていた。

「これ…あんたがまとめたの?」

「ええ、“ある仮説”をもとに私がデータを収集して、とある科学者に検証を依頼して作成されたものです」

「よくこんなもの平気で人に見せびらかせるわね、あんた死にたいの?」

「まだこの年で死にたくはないですなあ~はっはっは」

(この男も銃弾で撃ち殺せるか試してみる価値がありそうねえ)

心の中で物騒なことを考えながら夕呼は自分がいま読んだレポートの信憑性とその価値に考えを巡らせる。

このレポートの記述を自分が補完してより完全な内容にすればおそらくG弾推進派に対して強烈な一撃を与えることになるだろう。

しかしそれはAL5の更なる強硬姿勢と先鋭化を促し、さらには米国、そして世界の経済状況に深刻な亀裂を入れかねない。

BETAの侵略によってユーラシアが事実上失われた現在、米国経済だけが世界の現状を支えており、しかも今現在その信頼性をもっとも支えているのが他ならぬG弾の存在だった。

たとえどんなに危険な道具だろうと、いやだからこそ現在の絶望的な状況にある世界の中ではG弾の破壊力はそれ自体が一種の“安心保障”となっている。

だからこそ、最悪のタイミングで日本を裏切りあげく明星作戦の最中に自国の兵士まで巻き込んでG弾を落とした愚かな前任者と違い、G弾の危険性を認識しAL5に慎重な姿勢を示す現職の大統領でさえもG弾使用のオプションを完全に排除することは出来ないのであった。

諸星のレポートはその危険なバランスを根底から揺さぶりかねない可能性を秘めていた。

「…あんた今までにこのレポートを何人の人間に見せたの?」

「2人だけです、あなたが3人目です博士」

「2人?」

「マッコイ・カンパニーのマッコイ翁とアーネスト・ウォーケン上院議員…ちなみにお二人とも当分の間この件について沈黙を守ってくれることを約束してくださいました」

「ふーん」

「私がこのレポートの中身を直接お見せするのは貴女を含めてあと3人だけです」

「へえ、ちなみにあと2人は誰?」

「日本帝国内閣総理大臣 榊是親 そして…政威大将軍 煌武院悠陽殿下」

「!!!あんた…」

さすがに夕呼の顔色が一変する。

目の前のこの男が単なるコウモリでも詐欺師でもない、とてつもない謀略家か自分の理解を超えた本物の“大馬鹿者”だということにようやく気付いたのだった。

「あなたの手でこの内容の再検証と仮説の補完をやってはくれませんか博士」

「ことがことだけにリスクが大き過ぎるわねえ~ そこまでしてあたしにメリットがあるかしら」

「もちろんありますとも」

「へえ、どんな?」

「香月博士、“彼ら”があなたに第4計画を完成させるだけの“猶予”を与える気があると本気で信じてらっしゃいますか?」

「…何が言いたいの?」

「第4計画を実行に移す為にはそれなりの準備が必要です。 そのためにあなたはXG-70を手に入れ、集積回路の研究も進めておられる」

「…よく知ってるわね」

「その準備に少なくともあと1年程は必要でしょう。 しかし“彼ら”はその1年をあなたに与える気など初めからないのです」

「…そんなことはあんたに言われなくてもわかってるわよ」

「そうでしょうね。 だからこそ“彼ら”を牽制するカードが必要でしょう?」

「ふん…こいつは確かに“切り札”になるけど、ちょっとばかり強過ぎるのよね~」

レポートの紙束をひらひらさせながら夕呼は諸星に、強過ぎるカードは諸刃の剣であることを指摘する。

「確かにそれをいきなり使うのは危険すぎますし、それに公表するにはより内容の信憑性を高めてからの方がいいでしょう」

「で、そのためにあたしを使おうっての? ずいぶんいい度胸してるわね」

「ええ、ですがさすがにタダでは申し訳ないと思いまして…これをどうぞ」

そう言って諸星が差し出したのは「撃震モドキ」と「X1」の情報、そしてもう一つは「X1」の進化したバージョン、「X2」の仕様書であった。

その内容を吟味していく夕呼の表情が先程とは逆に楽しそうな、悪戯を思いついた子供に似たものになっていく。

「ふ~ん、確かにこれはいいアイデアだけど…この「X2」は今の技術じゃ実現不可能じゃないの?」

「ええ、確かに不可能ですね“あなた以外には”」

にっこり笑ってそう答える諸星に夕呼は思わず舌うちする。

「ちっ、お見通しって訳ね…いやな奴」

「商売柄、情報が命でして」

「…いいわこのシステムを私が作ってあげる、ただしこっちが優先的に使わせてもらうわよ」

「ええ、もちろんです。 それと博士…」

「何、まだ何かあるの?」

「そのシステムの開発に“世界一の撃震使い”を開発衛士として指名したいのですが」

「世界一の…ってまさかまりものこと!?」

「ええ、彼女の撃震乗りとしての経験と能力がどうしても必要でして」

「そりゃ確かにまりもは優秀な衛士だけど…どうして他の衛士じゃダメなの?」

「彼女と撃震だからこそ、いえそうでなければ出来ない仕事があるんです」

「仕事?」

「ええ、世をすねてアラスカあたりでスパイの真似事をして燻ってる男を本気にさせるというね」

「…へ~え」

「さていかがでしょう香月博士、私としては悪くない取引だと思っていますが」

「…そうね、確かにこのカードたちを上手く使えばAL5の発動を遅らせることが十分可能でしょうね」

「では…」

「けどあんたはそれで問題が全て片付くの? さっきあんたは第4計画の支援じゃなくて第5計画の“修正”を目的にしてるって言ってたけど?」

諸星の真意が今一つ読み切れない夕呼は、先程から疑問に思っていたことをあえて直接諸星にぶつけた。


「…香月博士」

「何?」

「仮に第4計画が成功をおさめたとして…それで“彼ら”が諦めると思いますか?」

「……」

「彼らは…あの“バビロンの支配者たち”はいずれ必ず自分たちが手に入れた“力”を行使せずにはいられなくなるでしょう…私の“第5計画修正案”はBETAだけではなく、“第5計画そのもの”からも人類を守るためのものなのです」

諸星の言葉を聞いていた夕呼の顔が、かすかに変化しはじめていた。

目は笑っていないにもかかわらず、その口元がアルカイックな微笑みを浮かべているのだ。

「面白いこと言うわねえ諸星さん? それであんたの“修正案”てのはどんな内容なのかしら?」

「それはまだお話できません。 いずれにせよ榊総理や煌武院殿下と話をしてからでなくては」

「ふーん…まあいいわ、今日のところはこれを貰っとくから」

そう言って夕呼は諸星が持ってきたレポートとそして大吟醸の瓶を満足げに見る。

「博士のお気に召していただけたようで安心しました」

「いい味だわ、どんな酒米使ってるのかしら?」

「はっはっは、それだけは企業秘密でして」

「ケチね」

「いやいや申し訳ありません、はい」

「まあいいわ、話の続きは日本に帰ってからにしましょうか」

「ええ、今月中に改めて横浜に伺わせていただきます」

諸星の言葉に夕呼は心の中で会心の笑みを浮かべる。

(そうこなくっちゃね~、横浜基地のあたしの部屋の中ならこっちのフィールドだしそれに…霞という“切り札”もあるしね)

そして諸星の方はというと…

(…てなことを考えてんだろうね、この人は。 さて、どうやってあのウサミミ少女のリーディングを誤魔化すか…と、いかんいかん大事な用件を忘れていた)

「あの香月博士、実はもう一つ重要な用件を忘れていました」

「あらなにかしら?」

突然、態度の改まった諸星に夕呼は疑問を抱きつつも興味をひかれる。

「実は…これをお願いしたいのです」

そう言って諸星が取り出したのは…分厚い色紙の束だった。

「なにこれ?」

さすがに目を点にして聞いてくる夕呼に向って諸星は、真面目な顔でこう言った。

「是非、この色紙に香月博士とそちらにおられるピアティフ中尉の“サイン”をお願いしたいのですが…」

「…あんた、あたしをなんだと思ってる訳?」

怒る以前にむしろ理解不能な不気味さを感じて、思わず後へ引き気味になりながら夕呼は尋ねる。

「人類史上最高の頭脳の持ち主、香月夕呼博士だと認識しておりますが?」

(こいつの頭脳は人類史上“最混沌”かしら?)

この状況を見ればさすがに誰も“失礼な”とは言わないであろう感想を抱きながらも言葉を発せない夕呼の目の前で、突然諸星のアタッシュケースの中からベルの音が響きはじめた。

「おや、なんだろう…すみません博士、ちょっと失礼します」

そう言って諸星は鞄を開けると、中にあった黒電話の受話器を取って話し始めた。

「ああ、もしもしスミヨシ君? どうしたの急に…え?ああそうか名前ね…そうか確かに必要だねえ…ええ?なにもう決めたって……リフジン・トオル? ナンデスカソレハ?? え?必然?仮名?はあ、まあ君がそう言うのならそれでいいんだけど彼になんと…ええ!?もう言っちゃったって…ああそりゃあ泣くだろうねえ…可哀想に」

意味不明の言動を目の前で展開する男に夕呼は本能的な恐怖を感じ、背後にいる副官に語りかける。

「…ねえピアティフ…あたしもしかして、とんでもない男と係わりを持っちゃったのかしら?」

「…今後は自重してください、副司令」

そう返事をしながらピアティフは、自分の周辺に出没する正体不明の怪人物が1人増えたことに心の中で溜息をついていた。

彼女の苦労は当分終わりそうになかった。


 
 
 
第12話に続く



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第12話「仮名の男」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:42
第12話 「仮名の男」

【2001年1月12日早朝 帝都・紅蓮醍三郎邸】
 
 
仮面衛士1号・鳴海孝之の朝は・・・
 
 
「反重力乃嵐いいいいいっ!」
 
「どええええええええええええっっっ!」
 
 
・・・斯衛軍大将・紅蓮醍三郎の怒号と共に始まる。

数日前から紅蓮邸に居候することになった鳴海は、毎朝早朝から紅蓮の稽古に付き合わされていた。

幸か不幸か常人であれば二日と持たないであろう紅蓮の稽古に改造人間鳴海孝之の高性能儀体は耐えることが出来たのである。

紅蓮にしても御剣冥夜という替えようのない愛弟子を手放して以来、どうにも手持ち無沙汰だったところに鳴海という生贄 新弟子が手に入り、自然と稽古にも力が入る。

周囲も紅蓮が新しいオモチャ 弟子を持ったことで自分たちへの被害が減少すると大喜びであった。

自分以外の全員が納得しているこの状況に、悲劇(?)の改造人間・鳴海孝之は仮面の下で号泣していたのだった…そして更なる不幸は…

「どうした“利府陣”、まだまだこれからであるぞお~!!」

「紅蓮閣下、もう勘弁してくださいよお~、それと出来ればその名前も…」

「まだ始まったばかりではないか! それに自分の名字を呼ばれて何が不満だ!」

「うううっ…」(涙)

“利府陣徹(リフジン・トオル)” これが孝之に付けられた“仮名”であった。

撃震モドキとX1の技術移転、操縦の教導等を行うため紅蓮醍三郎を身元引受人にして帝国軍人の身分を与えられた彼に“人としての”名前が必要だったのだ。

それを忘れてアメリカくんだりまで出張していったモロボシに代わって彼の友人その1であり、影の協力者の一人でもある『スミヨシ・ダイキチ』が名前を考えてくれた(?)のだった。

もっともこのあまりにも“理不尽”な名前に当の本人が猛抗議をしたのは言うまでもなかったのだが、すでに決定事項だの、仮名衛士とまで言われて応えねばどうだとか、この名前は必然だとか意味不明の説明を延々と繰り広げられて、泣く泣く抵抗を諦めたといった経緯があった。

こうして帝国軍技術廠・特務開発部隊ブラックゴースト小隊所属、利府陣徹中尉が誕生したのであった。

…このあまりにも胡散臭い名前に周囲の目も初めは冷たかったが、名前を連呼される度に肩を落として黄昏れる仮面の男を見て、誰も何も言わなくなった…人間社会に必要なのは思い遣りである。

だが残念なことに彼の保護者(?)紅蓮醍三郎にそんなデリカシーは期待するだけ無駄だったことは言うまでもない。

基本的人格が宇宙怪獣のそれに等しい武芸の達人は他人を呼ぶ時「中尉」などとは言わず、大音声で名前を連呼するのであった…つまり…

「さっさと構えんか!利府陣徹!!」

…てな具合にである。

(恨みますよ…モロボシさん…)

無駄と知りつつ心の中で、自分を怪獣の巣に放り込んだ張本人への怨みごとを呟く孝之であった。
 
 
 
【2001年1月12日 帝国軍技術廠第壱開発局】

「…ふむ、これならば最小限の費用で驚く程の効果が見込めるか」

巌谷榮二は自分のもとにあがって来た報告書を読んで、そう呟いた。

先日、諸星という謎の男によってもたらされた技術…戦術機の軽量化と耐久性の向上を両立し、なおかつ操縦性の革新を果すことが可能な技術に関する報告書であった。

彼に提供された資料と実験機「撃震モドキ」を解析、機動実験を繰り返した富永、高木の両名はこの機体に投入された技術がいずれも現行機、あるいは将来の戦術機開発にとっても極めて大きなプラス要因となるだろうと結論づけた。

まず戦術機の新型管制システム「X1」だが、即応性を高め、同時にキャンセル機能を搭載した代償として発生する操作性と自律制御の悪化を、姿勢制御用ソフトウェアの性能を大幅に高めることによって解決していた。

さらにそのOSの搭載によって発生するハードウェアへの負荷に対処するため、複数のCPUを並列搭載したシステム基板が用いられていた。

そしてこれらは現在の電子部品やソフト技術ですぐにでも量産可能なものであり、そのまま現行の戦術機に搭載が可能であった。

現在、富永大尉の下では複製されたX1を撃震・陽炎・不知火等の現行戦術機に搭載し、機動実験が繰り返されており同時に、それによって発生するであろう機体の負荷にどう対処するかといった問題提起が高木中尉から出され、その情報の収集と解析も同時並行で行われていた。

これらの解析を基に各戦術機の特性に最適化された設定を煮詰め、帝国に配備されている全ての戦術機にX1を搭載すれば(基本的には管制用のPCユニットの交換だけである)それだけで帝国の防衛力の大幅な向上につながると富永・高木の両名は断言していた。

「…そしてもう一つの方は“第4世代機”の開発を加速…いや、逆に遠ざけるかも知れない技術…だな」

巌谷の言う“もう一つの方”とは「撃震モドキ」の機体を構成する構造材の技術のことだった。

この機体構造材は金属フレームや炭素繊維のパーツを含めて現行の部品よりも遥かに強度等の品質が優れていた。

これを量産するのは不可能ではないのか? 当然のごとく浮かんできた疑問に対し、諸星はすでに量産のノウハウを確立している旨を巌谷たちに告げたのだった。

彼は撃震モドキを巌谷らにプレゼンする以前から国内の優れた技術を持つ中堅の鉄鋼メーカーや繊維関連企業を訪ね、秘密厳守を条件にこれらの部材の製造技術とノウハウを提供していたのだった。

そしてそれらは現行の製造設備に手を加えるか、あるいは一定の設備投資をすることによって可能となる内容だったのである。

余談ではあるがモロボシは撃震モドキの構造材料を用意する時、わざとこの世界で短期間に量産体制に移行出来るモノという前提で材質等を決めたのだった。

無論のことそれを遥かに上回る材質の物を用意することは可能であった。

しかしそんな物をこの世界の工業技術で量産することは不可能であり、全てモロボシに頼らなければならなくなってしまうだろう…だがそれでは意味がない。

この世界の国家や人間が、自らの力でBETAと戦う力を確立することが望ましいとモロボシが考えたからであり、モロボシを派遣した世界の首脳たちの意思でもあった。

これはモロボシと彼らとの間での殆んど唯一、意見が一致した部分かもしれなかった。

ともあれ委託を受けた企業の経営者や技術者は狂喜乱舞した。

大手に対して腕と技術に自信はあっても規模で到底かなわず、大口の軍需関連では常に“お余り”で我慢するしかなかった企業の社長は『これで大手の連中を見返してやることが出来る!』と感動の涙を流したそうであるが、それは別の話となる。

そしてこれらの企業に技術パテント料さえ支払えば鉄鋼・繊維の各大手メーカーの技術者にノウハウを習得させて、短期間で大量生産体制を確立することも不可能ではない。

そうすればX1と共に次世代戦術機の開発・製造に貢献するのは確実だろう。

だがそこに微妙な問題が立ちはだかっていた。

現行第三世代戦術機“不知火”の改修計画である。

不知火は帝国が世界に先駆けて配備を実現した第三世代戦術機であった。

だがあまりにも急ぎ過ぎた開発スケジュールのために、機体の拡張性等の面で大きなハンデを負うことになってしまった。

基本的に優れた機体であったため、大きな不満や問題点はない代わりにあれやこれやと言った現場からの多様な要求に応えることが極めて難しい…そんな問題を解消するための不知火改修計画だったが、出来上がった不知火壱型丙の仕様はとても量産配備に向いた機体とは言えなかった。

機体OSの操作性があまりにもシビアなものであり、一部の腕利き衛士以外はまともに扱うことすら出来ないという代物だったからである。

そんなところにモロボシの“先進戦術機テクノロジー”が持ち込まれたのだった。

当然のごとく唯依たち不知火改修計画に係わる者たちはこの技術を壱型丙に転用し、不知火の改修を行おうと巌谷に上申書を提出した。

だが、かねてより不知火の改修に関連して“ある思惑”を秘めていた巌谷にとってはそれは“痛しかゆし”な事態であった。

さらに巌谷の頭を悩ませているのは、他でもないそのモロボシが提案してきた“条件”の詳しい内容だった。

(底の知れん男だな…)

モロボシが提案してきた不知火改修計画の素案は、ある意味巌谷が望んだこととも一致しており、そしてそれだけではなく、その先の事も考えた上での提案でもあったのだ。

(味方にすべきか判断がつかん…しかし間違っても敵には出来ん。 なによりあの男が提供してきた物を手放す訳にはいかんしなあ…)

もしもモロボシが提案してきた不知火改修計画が実現すれば帝国軍の戦力向上にどれだけ貢献するか…その価値ははかり知れない。

さらに言えばまだ当分先になるであろう第四世代機の開発、配備よりも“それに近い性能を持った第三世代機”の早期配備のほうが、現状の帝国にとってははるかに重要だった。

(いくら第四世代機を開発出来ても、その時国が滅んでいては本末転倒だからな)

兵器メーカーや開発技術者にとっては儲けも少なく魅力にも乏しい現行機の改修より次世代機の開発に力を注ぎたいだろうが、現状の国家や軍組織としては将来の兵器より明日使える兵器が必要なのだ。

(だからこそ、多くの衛士が望む信頼に足る機体を作り上げねばならんのだが…)

そこまで考えて、ふと巌谷は一人の衛士の事を思い出した。

(そう言えばあの男は今日も唯依ちゃんのお手伝いだったか?)

ふと湧き上がった悪戯心に誘われるように、巌谷は自分の机から立ち上がり、ふらふらとどこぞの方角へ歩いていった。

…仕事に悩む男には癒しと息抜きの時間が必要なのである…多分。
 
 
 
【帝国軍技術廠第壱開発局 シミュレーターデッキ】

「…成る程、キャンセル機能は応用次第では、むしろ対戦術機戦でこそ真価を発揮する訳か」

「ええ、人間同士の戦争なんて出来ればゴメンですが、機体の柔軟な機動を進化させる上でも対戦術機戦によるデータと衛士の経験の蓄積は必要でしょう」

「では、ヴォルークよりもそちらを優先にカリキュラムを組みますか?」

「「う~む…」」

額を合わせて議論をしているのは唯依と雨宮、そして利府陣中尉こと孝之の3人であった。

唯依たちは不知火改修計画の為にX1のデータをシミュレーターに搭載してデータ収集を行っているのだが、その担当が現在1名だけの実験部隊ブラックゴースト小隊…つまりは「利府陣徹中尉」である。

彼は今現在、事実上唯一人だけのX1教官として唯依と雨宮、そして巌谷の用意した開発衛士たちにX1の解説と教導を行っていた。

もっともその孝之からしてX1を“とりあえずマスターした”といったレベルであり、教導と並行してX1の操作をいかに進化・発展させるかについて唯依や雨宮に意見を聞きながら考えるといった現状であった。

勿論唯衣の方にしてみれば是非にもこのシステムを不知火改修型に搭載し、実戦配備を実現したいとの思いから積極的に相談に乗り、雨宮も当然のごとくお伴をしていた。

相談の内容は主にX1の操作方法の上達には何が必要か、あるいはX1には何処までの機動が可能かといったものだが、唯依たちはさらにこのOSをより早くより上手にマスターする教導カリキュラムの素案を考えはじめていた。

その積極的で勤勉な姿勢に本来はヘタレで無気力人間の孝之は自然と頭が低くなり、いつの間にか唯衣の部下のようなポジションになっていた。

(なんていうのか水月を少し…いやかなり上品な感じにしたらひょっとしてこんな風になるのかなあ…いや、どう考えてもムリか…それにどうお上品になろうとあの口やかましさが治るとは思えないし、篁中尉のようにどちらかといえば無口なタイプにはなれないだろうし…)

速瀬水月が聞いたら間違いなく鉄拳制裁が飛んでくる筈の暴言を、本人がこの場にいないのをいいことに頭の中で好き放題言っていた孝之だが、思わぬところから天罰が降りてきた。

「あら、どうしました利府陣中尉? 篁中尉を横目で見ながら考え事なんて…もしかして他のどなたかと中尉を比べていらしたのかしら?」

「ぶっ!」

「な!?あ、雨宮!何を言い出すのだ!!」

突然、心の中を読んだかのような雨宮中尉の発言に、思わず吹き出す孝之と慌てふためく唯依だったがさらに…

「ふむ、それはけしからんな利府陣中尉、うちの唯依ちゃんとどこぞの馬の骨を比べるなど」

突然、とんでもない言葉をかけられた孝之は相手が誰かも考えずに反射的に返事をしてしまった。

「いや、あいつは馬の骨じゃなくて馬の尻尾で…ってえ!?」

しまった、バカなことを口走った!と思うと同時に声の相手が巌谷だと知った孝之は、これでまたおっさん連中にからかわれるネタが増えたと心の中で肩を落とす。

「ほほう、馬の尻尾? いやそんな得体のしれんモノとうちの唯依ちゃ「巌谷中佐」 げふんっ…いや、なんでもない」

調子に乗ってさらに何か言おうとした巌谷だったが唯依の発する禍々しい気に怯えて発言を取り消したのだった。

(まったくこのおっさんは…)

孝之も最近ではこの巌谷がわざと唯依を怒らせるのを楽しんでいることが解っているので余計なことは言わないが、毎度毎度自分をネタに使うのはやめて欲しいと思っていた。

もっともそう思っているのは孝之だけで、巌谷も雨宮も孝之をオモチャにするのをやめる気は毛頭ない様子であった。

「…中佐、お仕事の方はよろしいのですか?」

「ああ、ちょうど一段落ついたのでな、こちらの様子を見に来てみたのだよ」

「…つまり、また抜け出してきたんですね?」

「う…」

サボリ癖が出たことを唯依に見抜かれ、このままでは説教モードに突入すると判断した巌谷は素早く撤退の方針を定める。

「おおそうだ利府陣中尉、富永と高木が後でハンガーの方へ来てくれと言っとったぞ。 唯依ちゃんみたいなうら若い乙女の相手ばかりしてないでたまには男共の相手もしてやってくれ」

「おじさま!」

「ハア…了解です」

伝言を伝えつつ、最後まで唯衣をからかうのをやめない巌谷に唯衣は憤然とし、孝之は呆れながらも返答する。

「はっはっは、ではな」

お楽しみの時間を終えて、巌谷は自分の仕事に戻って行った。

「…なにしに来たんだあの人?」

「まったく、中佐は…」

「…きっと安心したかったんですよ」

「「え?」」

巌谷の言動に半分呆れていた二人だったが、雨宮の言葉に思わず声をそろえて振り向いた。

「…最近、こういったことが多いのはきっとお仕事の上で難しい判断が必要な時、自分にとって大切な人の姿を見ることで心を安定させたいからではないでしょうか?」

「いやしかし、一体何をそんなに…X1等の導入はむしろ現状の難問を解決に近付ける筈では…」

「…まさか」

「!なにか心当たりがあるのか利府陣中尉?」

「いや、もしかしたらモロボシさんが何かとんでもないお願いをしたとか…」

「諸星課長が? いやしかし何を?」

「さあ、でも元々あの人とんでもなくイカレた頭の持ち主だから「私の頭がイカレていることを誰に聞いたのかね?利府陣君」って!いつの間に!?」

気が付けばすぐ後ろにモロボシが立っていた。

「諸星課長!いつ日本に?」

「つい今しがたですよ、篁中尉」

「お帰りなさい、アメリカはどうでした?」

「ああ、さすがに現状の世界の中心国家だね。 いろんな意味で興味深いし、色々考えさせられるところもあったねえ」

「…つまり、あの国にまで何かする気ですか?」

「な!」「え?」

「…おいおい、物騒なこと言わないでくれよ利府陣君、それじゃまるで私が何か悪いことでもしてるみたいに聞こえるじゃないか」

「…その名前で呼ぶのをやめたら訂正してもいいですよ」

「…あ~そのことか」

「“そのことか”じゃないですよ! どうしてくれるんですか?」

詰め寄る孝之に少しの間、思案していたモロボシは肩をぽん、と叩いてこう言った。

「がんばれよ」

その無責任な言葉に鳴海はがっくりと肩を落として、俯きながらこう言った。

「呪ってやる…」

「ああ、それじゃあ私は巌谷中佐に挨拶をしてくるのでこれで失礼」

もろぼしはにげだした。
 
 
 
【帝国軍技術廠 戦術機ハンガー】

「富永大尉、高木中尉」

「ああ、きたか。 まってたぜ」

「ちょいとこいつを見てくれ」

逃げ出したモロボシを見送った後、孝之は唯依たちと共に富永・高木の2人がいるハンガーにやって来た。

ここではモロボシに提供された撃震モドキを使いそのデータ収集を行っているのだが、ハード・ソフト両面の解析に関して専属の衛士である孝之は度々この二人に呼びだされ問題点や改善点の洗い出しを手伝わされていた。

そもそも撃震モドキはモロボシが、彼の友人兼協力者のヨネザワさんとスミヨシ君とシオウジ教授らに依頼して作ってもらった“実物以上の部品を使って作られたレプリカ”である。

当然プロの目から見たとき、その完成度にはクレームがつけられる。

曰く『無駄が多過ぎる』と。

機体構造の専門家である高木に言わせれば、この機体に使用されている鋼材や炭素繊維部品の強度から見てより無駄を省き、機体重量と全体のバランスを保つ工夫の余地があり過ぎた。

現在高木はこの構造材の強度を前提にした撃震のフレーム構造の改修を検討中だった。(そして高木をさらにやる気にさせているのがモロボシから伝えられた“X1以上の機動をしても耐えられる機体にして欲しい”という要望であった)

一方富永はといえば、X1の解析とそのチューニングに没頭していた。

新OSとしてのX1の発想は実に優れたものだったが、だからこそ富永にとっては不満の塊であった。

即応性の上昇とキャンセル機能の追加によって生じる機体制御の不安定化、それを解消するための自律制御用ソフトの改良と電子基板の進化…だがまだこれには不安要素が多過ぎた。

ソフトウェアの発想はいいとしてプログラム全体がまだまだ未完成だった。

現在のシステムではまだ一般の衛士が扱うにはややピーキーな操作感覚だろうし、電子基板にかかる負担も無視できない。

実はこれには理由があった。

このX1を組んだ人間にとってはあまりにも旧式なそれも自分たちが使用したことのない言語を使用してのシステムを作成する段階での苦労が多過ぎたのだ。(言ってみれば古代の言葉で書いたことも無いタイプの文章を書けと言われたようなものだった。)

もちろん富永はそんなことは知らなかったし、知ったところで関心は無かっただろう。

彼にとっては、斬新だが欠点やバグだらけの新OSを改良することの面白さが全てに優先していたのだ。

富永はすでに帝国軍に配備されている機体の内、撃震・陽炎・不知火・吹雪の各機体にほぼ最適といえるシステムの設定値を割り出していた。

機体に過度の負担を与えないように配慮しつつ、可能な限りの機能の向上を目指す。

高木と討論を重ねながら何処までを機体に、また何処までをOSに負担させるのか検討を重ねてきた。

そして一定の方針が決まったところで“利府陣中尉”の出番である。

高木と富永の設定した撃震モドキのデータを実機やシミュレーターで試すのは常に孝之の仕事ということになっていた。

孝之も別にそれが不満ではなかったが、新セッティングを試す度にニヤニヤと不気味な笑みを浮かべるオヤジ二人にはなかなか慣れずに困っていた。(まあ、悪い人たちじゃないと思うんだけどね。“孝之談”)

「これが今回俺達で考えてみた設定だ。 明日にでもシミュレーターで動かしてみてくれんか」

「了解です…うわあ、これはまた思い切って削りましたねえ」

「ああ、今回のはあえて機体が負荷に耐えられなくなった場合の状態を見られるような設定を選んだんだ。 思い切って振り回してみてくれ」

「壊れ方を知ることでより強い機体が生まれるんだからな」

「わかりました、明日さっそく試してみます」
 
 
「ほおう、では今日はもう暇なのだな? 利府陣よ」

「え゛・・・」

・・・そこには何故か帝都城にいる筈の宇宙大怪獣が立っていた。

「!!紅蓮閣下!」

慌てて唯依たちが敬礼するが紅蓮は無礼講だとでも言うように手を振って応える。

「…ど、どうしてここへ?」

本能的に危険を察知した孝之は逃げ腰になりながら紅蓮に問いかけた。

「何を言うか、お主がしっかり仕事をしておるか身元を引き受けた以上見に来るのは当たりまえであろうが」

これが普通の頑固オヤジの類なら“ああ成る程”で済む話だが、相手がこの男の場合はそんな呑気なものでは済まない事を孝之だけでなくこの場の全員が知っていた。

「さて、おぬしも真面目に働いておるようだし今日の仕事ももう無いようなら少し付き合って貰おうか」

「い、いえまだ自分には仕事…」

「ああ利府陣中尉、今日の仕事はもういいから閣下のお相手を宜しく頼む」

「あ゛・・・」

いつの間にかこの場に現れた巌谷の一言で孝之の退路は完全に断たれた。

だが誰も巌谷を非難する者はいなかった。 この職場の責任者として、大怪獣が暴れ回った時の被害を最小限に食い止める責務が彼にはあったからである。

逃げ場を失い紅蓮によって演習場へと引き摺られていく孝之に向ってその場の全員(いつに間にかモロボシまでいた)が合掌していた。

(もう人間なんか信じるもんか~~~!!)

孝之の心の悲鳴は誰の耳にも届かず、そのかわり数分後に演習場から聞こえてきた雷鳴のような大音声が帝国軍技術廠の全てに鳴り響いたのだった。

「そおれ、宇宙乃雷いいいいいっ!」

「うぎゃああああああああああっっっ!」


・・・こうして仮名の男、利府陣徹中尉こと仮面衛士1号鳴海孝之の1日は終りを告げる。

・・・明日という日が彼にあるのかどうかは誰も知らない。

 
 
 
第13話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第13話「朝粥と宵の茶漬け」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/10/30 20:57
第13話 「朝粥と宵の茶漬け」

【2001年1月17日早朝 帝都内某所】

1月の朝は寒い。

空気それ自体が凍りついているかのような寺の境内で、榊是親は黙然と空を見上げた。

その横顔は何かを祈願するようでもあり、またあるいは何者かを悼んでいるかのようにも見える。

まだ公務を始めるには早過ぎる時間に何故彼がこんな所にいるかといえば…「これは総理、もうお着きでしたか」…モロボシが朝餉に招待したからであった。

「なに、少し早く来てしまったようなので境内を見せてもらっていたのだよ。 …君が諸星君かね?」

「はい、御挨拶が遅くなって申し訳ありません。私が諸星段です。」
 
 
 
 
朝餉のメニューは粥だった。

土鍋で炊かれた白粥に梅干しに漬け込んだ茗荷と野沢菜漬けを添えただけの実に質素な献立である。

間違っても一国の総理をもてなす料理ではないが、榊は不満な様子など微塵も見せず、手を合わせてから粥を一口すする。

そして一言…

「…なんと…贅沢な」

「恐れ入ります」

傍で聞いていたSPが思わず耳を疑うような会話だった。

見た目にはただの粥に見えるそれに込められた米と水と塩と火とそして作るものの気配りによって出来た朝粥の味は、榊総理の口にしばらく忘れていた日本の良さを思い出させた。

「…この朝粥を内閣総理大臣が“贅沢”と呼ぶ帝国の現状、さぞ御苦労が多い事と存じます」

「確かにな… たとえ粥一杯といえど今の日本人はこんなにも美味なものを食べる事は許されない…我々のような人間でなければな」

皮肉とも自嘲ともとれる榊の言葉にモロボシは言った。

「その日本の明日について、お食事の後で見て頂きたいものがあります」

「うむ」

モロボシの言葉に頷くと榊是親は朝餉の粥を平らげ始めた。
 
 
 
 
「結構な朝餉を頂いた」

「恐縮です総理。 さて、時間も無限ではありませんし…まずこれを御覧ください」

「うむ…」

警護のSPを遠ざけた後、モロボシから受け取ったレポートに目を通した榊の顔は次第に青ざめ、強張っていった。

「…これは、根拠のある結論なのかね?」

「はい、ですがまだ万全とは言えませんので、現在横浜基地の香月博士に依頼して更なるデータの収集と検証を行ってもらっています」

「そうか、香月博士にな…」

モロボシの言葉に榊はそう言って沈黙する。

国連のオルタネイティヴ第4計画の遂行を担う香月夕呼を榊総理は高く評価していた。

自分の仕事を遂行する為に同胞である日本人に容赦なく駆け引きを行う“女狐”…それが香月夕呼に帝国内の政治家や軍人から浴びせられる“評価”であった。

だがしかし、国連の人間として働くからには自国にだけ媚を売って不当な利益をもたらす訳にはいかないし、そもそも第4計画も日本の力だけで行われている訳ではなかった。

それに加えて、日本人の多くが『国連』イコール『アメリカ』というあまりにも短絡的な見方に囚われていて、その間違いに気付こうともしない。

国連、いや国際社会全体の為に働こうとすれば、ある意味で“非国民”にならざるを得ない。

そしてその“非国民”の働きが結果的に広義の意味での“国益”を生み出してくれるのだ。

自国のことしか考えない、あるいは米国に媚を売ることしか知らない人間には理解することすら出来ない“国益”を。

香月夕呼や珠瀬玄丞斉のように真に広い見識と強い信念を持って自分の仕事にあたっている人間がどれ程日本の力になってくれているか…それなのに彼らの苦労も知らずに自分勝手なことばかり云い募る自称愛国者たちと親米派…

このレポートを彼らに見せてもおそらくは害にしかならないだろう。

「諸星君、君はこのレポートをどう使うつもりかね?」

「榊総理、私は現時点でその内容を公開するつもりは全くありません」

「…そうか、ではどうすると?」

「そのレポートの内容をある御方に見て頂きたいのです」

「何? ある御方?」

「征夷大将軍殿下」

「なに!?」

「“わが国”との国交樹立に先立って、まずはその必然性を理解して頂くためです」

「貴国との…国交…か」

「そうです」

「……」

榊是親は表面上は落ち着いたまま、内心では渋い顔をして唸っていた。

自分一人で責任を取るのなら幾らでも危ない橋を渡ろう、しかしまだ若い殿下をこんな目先の見えない話に巻き込むのはあまりにも…

「榊総理」

「…む、何かね?」

「…たとえ今、殿下を巻き込まなくてもいずれ必ずそうなるでしょう。 そして多分その時には、貴方は殿下の盾となること自体不可能かと」

「ほう、何故かね?」

「私の予測では、貴方は1年以内に暗殺されるからです」

「……」

「…驚きませんね?」

「ふむ、別段意外な話でもないのでな」

「…確かに」

「だが、理由を聞いていいかね? 何故1年以内なのかを」

「理由は…第4計画です」

「…ふむ、やはりな」

「はい、現在米国内部では昨年のG弾に関する情報の暴露から第5計画の早期移行に歯止めが掛けられた状態ですが、G弾推進派は何としても早い時期に第4計画を中断させ、第5計画への移行を早めようと画策中です。  そしてそのために邪魔な香月博士や彼女の後ろ盾であり、自分たちがこの国を乗っ取るのに最も邪魔な貴方を抹殺することさえ考えている節があるのです」

「愚かな…そんな無理な方法で一時的にこの国の指揮権を掌握したところで、一体どれだけの時間が稼げると思っているのだ」

「さしては稼げないでしょうね。しかし佐渡島にG弾を落とす時間程度は十分に稼げる…と、“彼ら”は考えているのでしょう」

「……成程な、“その為だけに”という訳か。しかし現在の大統領は前職と違い理性的で慎重な男だよ。 果して“彼ら”の提言に頷くだろうか?」

「それは無いでしょう…だから“事後承諾”を取る形になるでしょうね」

「…そこまでやるかな? いくら“彼ら”でも…」

“事後承諾”つまり自分たちが日本を“占領”してから大統領を事後共犯者として巻き込む…国内の安定を考えれば大統領も追認せざるを得ないことを前提とした最大級の“禁じ手”である。

「人も国も追い詰められればどんな事でもしますよ、総理」

「…確かにそうだな」

榊も内心ではモロボシの言葉が正鵠を射ていることは解っていた。

だがそれでも…果して“彼女”を醜い政争や謀略の渦中に放り込んでいいのか? そのことが榊是親を躊躇わせていたのだ。

「榊総理」

「…なにかね?」

「もし、私が信用出来ないのであれば…わが国の“指導者”と会ってみては頂けませんか?」

「何、指導者?」

「はい」

「君がそうではないのかね?」

「自分はある意味では“建国者”ですが“指導者”ではありません。それは別にいるのです」

「…ほう、その人物の名前は?」

「今はまだ…ただ、お会いになれば判ります」

「ふむ…いいだろう、その人物に会おう。 殿下にこの資料をお見せするかどうかは、その後でも構うまい?」

「ええ、それではそれは後日の事としまして…もう一つお話したいことがあります」

「もう一つ?」

「ええ、現在帝国軍の中で問題となっている77式戦術機の代替機種の件ですが…」

「うむ、撃震の代替機が必要になっているが残念ながら不知火の改修が上手くいかないと聞いている。 だが米国機を購入するのは予算の上からも国内情勢からも、出来れば避けたいのが本音だな…君が提供してくれたという技術が問題を解決してくれればと思っているのだが」

「それについてですが…」

モロボシの話す内容に榊総理は深く頷き、協力を約束した。
 
 
 
 
榊総理が帰った後の境内でモロボシは、物陰にいる男に声をかけた。

「そんな所で寒かったんじゃありませんか、課長?」

「いやいやまったく、やはり歳にはかてないですなあ~ 先程からくしゃみを堪えるのに苦労してましてなわはははは~~~~~くしゅん!」

「こちらへどうぞ、お茶でも出しますから」

「おお、それは有難い。ぜひ頂きましょう」

「…総理との会談内容でツッコミたいところがあるんでしょう?」

「はっはっは、いやまったくそのとおりでしてな」

「まあ、茶でも呑みながらゆっくりと話しましょうか…」
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠第壱開発局・副局長室】

「一体どういうことですか!中佐!」

「まあ、落ち着け唯依ちゃ…げふっいや篁中尉」

“唯依ちゃん”と言いかけたところで本物の殺気を当てられた巌谷は慌てて真面目な顔を取り繕う。

現在この場には唯依の他に雨宮、利府陣(孝之)、富永、高木といった顔ぶれが揃って巌谷を半包囲していた。

その原因はといえば…

「何故あの機体を横浜などに渡さなければならないのですか!?」

モロボシが持ち込んだ機体、撃震モドキを突然国連軍横浜基地に送るという伝達事項を聞いた唯依たちが、巌谷のもとへ押しかけていたのであった。

撃震モドキとそれに搭載されたX1は次期主力機の重要な鍵ともなり得る機体である。

たとえその成り立ちに不可解な部分があるにしても決して外部に漏らすべきモノでは無いし、ましてや“あの”横浜への譲渡など言語道断であると唯依たちは考えていた。

「諸君、これは諸星課長からの要請なのだ」

「諸星課長の!?」「やっぱり…」「「利府陣中尉?」」

巌谷の言葉に唯依と孝之が反応し、さらに孝之の言葉に周囲の注目が巌谷から孝之に向けられる。

「どういうことだ利府陣中尉? 何か知っているのか?」

「いえ…知っていると言うか、以前諸星さんが話してくれたことがあって…確かX1についてなんですがアレは最初の雛型みたいなもので、本当はもっと高い次元の動きを可能にすることが出来るんだと」

「なっ……本当か、それは?」

「ええ…ただそれを可能にするには現在の電子基板、特にCPUの処理能力が圧倒的に足りないんだそうです」

「…その通りだ、それさえクリア出来ればあの機体にダンスをさせることだって出来るがね」

「なんと…」

孝之と、それを受けての富永の言葉に唯衣は一瞬、自分の武御雷があの月詠中尉に負けぬ…いやそれ以上の機動を可能にしている…そんな情景を幻視してしまい、そんな自分の“妄想”に慌てて首を振って正気に返る。

「諸星さんは横浜基地で行われている研究の成果の一部を転用すれば、その問題を解決出来るって言ってました」

「「「「・・・・・・・・・」」」」

その孝之の言葉に唯依たちは複雑な表情で考え込んだ。

確かにX1以上のシステムを完成出来ればこれ以上素晴らしいことはない。

しかしその為に横浜基地の香月夕呼と取引をすることにどうしても躊躇いを覚えずには居られなかった。

「…すでに横浜基地では諸星課長の依頼で「X1」の発展型である「X2」の試作が行われているらしい」

「……」

すでに事実上の決定事項であることを知り、その場の全員が沈黙するが、富永がやや不満そうな顔で発言する。

「結局、X1は試作品で終りですか…残念ですなあ、それなりのものになったと思うのですが」

「いや、X1の開発は引き続き進めてくれ富永大尉」

「「「「「えっ?」」」」」

「これもまた、諸星課長からの依頼だ。X1の開発は決して無駄にはならないそうだ」

「ほほう…クックックッ…あの男、まだなにか企んでますな」

「…一体、何を?」

「それはいずれ説明することになるだろう。 諸君はいま言ったことを念頭に任務に励んでもらいたい」

「「「「「はっ!!!!!」」」」」

全員が敬礼し部屋を去った後、沈むように椅子に腰かけた巌谷は溜息と共に呟いた。

「横浜と取引すると言うだけでこれだからなあ…アラスカとなると唯依ちゃんがどんな形相になるか…やれやれ」

巌谷にとっての悩みの種は尽きなかった。
 
 
 
 
 
【国連第11軍横浜基地 シミュレーターデッキ・管制室】

シミュレーターの映像の中で1機の戦術機が踊っていた。

その流れるような機動は硬直による遅延を知らないかのようであった。

通常の第1世代機…いや現行の戦術機では不可能と思える機動を少なくとも外見は77式“撃震”にしか見えない機体が行って見せていた。

その動きを満足そうに見ながら香月夕呼は傍らで同じ映像を見ていた2人の部下に感想を求める。

「どう?伊隅、碓氷。あんたたちの評価は」

「…香月副司令、これは本当に撃震の機動なのですか?」

「私も信じられません、いくら動かしているのが神宮司教官だからといっても…」

「でしょうね~ 正直言って作った私自身、ちょっと信じられないって思ってるもの」

「副司令が?これを?」「一体、あの機体は…」

「まあ、正確には“改良”したって言うべきかしらね~」

「「改良??」」

いつもながらに内容の見えない夕呼の言葉に困惑しながらも彼女たちは耳を傾ける。

そんな2人の反応に満足したように夕呼は答えた。

「そ、“改良”よ。 ああピアティフ、まりもにもう終わりにして上がって来てって伝えて」

「了解しました」
 
 
 
 
「お待たせしました香月副司令」

「ああ、それやめて頂戴まりも。どうせここにいるのは私と伊隅と碓氷とあとはピアティフだけなんだから」

「わかったわよ夕呼、まったく貴女ときたら…」

相も変わらずの親友の傍若無人さに呆れながらも、神宮司まりもは敬礼をやめて口調を改める…親しい友人同士のそれに。

「貴方たちも大変ね、こんな大きな子供の面倒ばかり見て」

そして横にいる2人の元教え子たちにも労いの言葉をかけるが…

「ま~り~も~ 今何か言った~?」

「や、やだ夕呼冗談よ冗談」

夕呼の獲物を見つけた猫のような(そのくせ何処か拗ねたような)声と顔つきに慌てて宥めにかかるのであった。

「…それで? あんたの感想、というか評価を聞かせてもらえるかしら」

本題に入った夕呼に対してまりもも真剣な表情で答える。

「…そうね、正直言って自分の乗ってた機体が本当に撃震なのか…いえ、本当に従来型の戦術機なのかって思ってしまったわね」

「…ふ~ん、そんなに違うんだ」

「ええ、即応性の向上と自律制御の進化にも驚いたけど、あの“キャンセル”と“先行入力”は今までに出来なかった動きを戦術機に可能にさせるわね…わたしのような過去の人間では完全には使いこなせないけどまだ若いこれからの衛士達ならきっと…」

「な! 使いこなせないって…ですが先程の機動は…」

「神宮司教官、いくらなんでも御謙遜がすぎるのでは」

その場にいたまりもの教え子たち…伊隅みちると碓氷鞘香の2人は思わずそう言っていた。

別にまりもを持ち上げる気があった訳ではなく、先刻の撃震の機動があまりにも衝撃的であったにもかかわらず、まだ上があるとあっさり言われたことに驚いたのだ。

そしてそれを聞いた夕呼はにやりと笑うとその2人に言った。

「…それじゃあ伊隅に碓氷、実際にどの程度のものか今度はあんた達自身で確かめてくれる? 不知火のデータも取りたいしねえ~」

「はっ!」「了解!」

突然の命令にも伊隅と碓氷の2人は驚きもせず、むしろ今見た新システムを自分で動かせることに目を輝かせながらシミュレータールームへと向かう。

「あ~らあら、嬉しそうにしちゃってるわね~」

「無理もないわよ夕呼、衛士なら誰だってあの機動を見れば舞い上がるでしょうね…歓喜で」

「…その割にはなんだか浮かない顔ね? どうしたのまりも?」

親友の顔にさした影に気付いた夕呼が問いかけると、さびしげな笑みを浮かべて神宮司まりもは答える。

「…大したことじゃないのよ、ただあのOSがもっと早く出来ていたらって…ついそう思ってしまっただけよ」

まりもの脳裏には大陸での激戦の最中、死んでいった多くの衛士たち、そして富士やこの横浜で自分が手塩にかけて育て、本土防衛戦や明星作戦でその若い命を散らすことになった教え子たちの面影が映し出されていた。

もしもあの時、自分や彼らがこのOSを搭載した機体に乗っていれば…

無意味な仮定と知っていてもそう考えずにはいられなかった。

「…ふうん、その場合“狂犬”が“狂竜”にでもなってたかしらね?」

「ゆ・う・こ」

「はいはい、冗談よ冗談」

「もう…」

夕呼のからかい混じりの慰めに怒りながらも心の中で感謝するまりもだったが、同時にいま自分が試してきたばかりのOSだけでなく機体の性能にも理解出来ないものがあり、夕呼に質問せずにはいられなかった。

「ねえ夕呼、あの機体は一体何なの?」

「そうね、一言でいえば“次世代の機体構造材で作られた撃震”といったところかしらね」

「なぜあんな機体の仮想データを…そんな機体が実際にある訳じゃ…「あるわよ」えっ?」

「あの機体はある男があんたに試してもらったOSの搭載機として、実際に作られたものなの」

「それじゃあ、OSだけじゃなくて機体の方も…」

「ちなみにあたしが改良したあのOSを、その機体に乗っけてあんたにテストパイロットをやってもらうから」

「えええ~~~~~!!!」

教官という多忙な仕事の上にさらに厄介な仕事を押し付けられ、神宮司まりもは自分の友達運の悪さに嘆くしかなかった。
 
 
 
 
 
【2001年1月17日夕刻 帝都 日本料理屋・吉祥】

さてさてここは高級料理屋、時間はアフター5、とくればつまりは宴席という名の社交の場。

紳士たち(?)の乾杯の音頭と共に始まる黒いお腹の探り合い。

「さあさあ諸星さん、まずは一献」

「いや、これはどうもありがとうございます。 むしろ私の方が先にお注ぎしなきゃいけないのに」

「な~にをおっしゃいますかあ~はっはっは」

「ああ、これは光菱重工の…どうも初めまして、松鯉商事の諸星です」

「いやどうも、今回の御社の技術開発とその移転の件では大変感謝しております」

「いや~天下の光菱さんにそう言って頂けるとは、感無量ですはい」

「いやいや、御謙遜を」

「いえいえとんでもない」

…てなもんですな。

現在この御座敷に集まった紳士諸君の顔ぶれはというと、光菱重工をはじめとする帝国の戦術機関連メーカーの重役様や技術主任様など大変な豪華メンバーがこのわたくしこと、弱小商社松鯉商事の営業課長諸星段めを取り囲んで、飲めや歌えの大合唱となっております。

まあこうなったのはつまり私の自業自得なんですが…

先日、巌谷中佐を通じて我々の新技術の提供と引き換えに不知火改修計画への参入、それも主幹企業としてというトンデモナイ要求に対する顔合わせ(まあ、早い話が面かせやこら)といった所でしょうか。

まあ、私としましては当社が提供する酒と食材を使った料理を思う存分堪能して頂く絶好の機会と考えて、それなりのものを用意したつもりですが…味の判る人はともかく大半の人はあまり気付いてはくれませんか。

だがそれも仕方ないだろう、なんせ目の前の小生意気な若造(つまりこの私)をどうしてやろうかと皆さん思ってらっしゃるんだから、食い物の味が分からなくて当然か。

だがしかし、ここでビビる訳にはいかんのですよ。

覚悟を決めて、さあショウタイムだ。

「さて皆さん、本日はこの帝国の未来を担われる企業の皆様が集われる場に弊社ごときを末席に加えて頂きまして誠に感謝に堪えません。 この諸星、皆様に対する弊社からの感謝の印としまして、この場でささやかなプレゼンテーションとお話をさせて頂きたいと存じます」

おお、皆さん注目してくださってますな、それではお話を・・・・
 
 
 
 
 
「…確かなのかね諸星課長、その話は」

私のプレゼンとそれに続く話の内容に、ある者は歓喜し、またある者は苦虫を噛み潰したような顔で沈黙した。

そして今、私に質問しているのは光菱重工の戦術機部門の責任者だ。

「ええ、榊総理の周辺にも確認を取りました。 米国は自国の企業が開発したF-15改修機を帝国に売り付けるための画策を始めています」

「…今更か、ふざけおって!」

「総理としては国庫や軍部の意見を重視したいようですが、肝心の国産機がないのでは…」

「だが、君たちが提供してくれた技術を使えば…」

「確かにそれでなんとかなるでしょうが…ただ、それでは本当に“なんとかなる”だけですよ」

「…なに?」

「次期主力機はこの帝国を第4世代機が生まれるまで護り抜く機体でなければならない…そうは思いませんか?」

「…それで“あの男”をこちらが逆に利用しよう、という訳か?」

「はい」

「だが…どうやって奴を利用すると言うのだ、そのACTVを撃墜でもして見せようと言うのかね?」

「ええ、そのつもりですよ」

「出来るのかね?相手はあの…」

「戦術機開発の鬼、フランク・ハイネマン…彼に土をつけさせ、さらに本気にさせてみませんか? F-22“ラプター”に勝てる機体を作らせるために…」

「……」

彼は…いや彼ら全員が何とも言えない沈黙の中で考え込んでいた。

…まあ、頭をすっきりさせてゆっくりと考えて頂こうか。

「おお、そう言えばここのお茶漬けを試してみませんか?」
 
 
 
 
 
出てきた茶漬けはシンプルだった。

炊きたての御飯に鮮度のいい煎茶をかけ、それに醤油をほんの一、二滴たらすだけである。

茶漬けとしては蛇道になるが知ったこっちゃない、美味いんだなこれが。

皆さん酒とそして面倒な話のせいで重くなってた頭と胃がすっきりしたようでなによりですな。

さて、それでは今月末の帝国国防省の会議を上手く運ぶためにももう一踏ん張りしますかね。

夜はまだ長いから。
 
 
 
第14話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第14話「“撃流”の行方」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 15:16

第14話 「“撃流”の行方」

【2001年1月22日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地】

青空の下をミッドナイトブルーの撃震が翔けていた。

その激震はまるで生きているかのように躍動的でしかも巧みな機動を実現していた。

『ヴァルキリーマムよりガルム1、これよりX2の実装試験を開始します』

「ガルム1了解。涼宮中尉、管制を宜しくお願いします」

『はい、こちらこそ宜しくお願いします…神宮司教官』

「ふふっ…了解」

神宮司まりもはかつての教え子にそう言って操縦桿に力を込めた。

「さあいくぞ“撃流” お前の力を見せてもらおうか」
 
 
 
 
「伊隅大尉、あれって本当に撃震なんですか?」

「素晴しい…いえ、凄まじい機動ですわね」

「ふむ、いくら動かしているのが神宮司教官とはいえ…速瀬中尉を遥かに上回る獰猛な機動は、私も初めて見ます」

「む~な~か~た~ なんか言った?」

「いえ、私は速瀬中尉が病的な戦闘マニアだなどと言ってはおりませんが」

「ああそう、そこになおんなさい!いますぐその病的な毒舌を切り落としてあげるから!」

「…静かにせんか、貴様ら」

上官である伊隅みちるの言葉にその場の喧騒がぴたりと止む。

香月夕呼の命令でA-01伊隅中隊の主要メンバー、伊隅みちる、速瀬水月、宗像美冴、風間祷子の4人は自分たちの機体である不知火で市街演習場に来ていた。

新型実験機の機動試験を手伝うようにとしか聞いていなかった伊隅以外の3人は、その実験機が見せる機動の素晴しさに興奮を隠しきれなかった。

自分たちの教官でもあった神宮司まりもの実力はよく知っている3人も、目の前で彼女の乗った撃震のまるで流れるような動きにひたすら魅せられてしまっていた。

そんな彼女たちに隊長のみちるが説明する。

「いま我々の目の前で神宮司軍曹が操縦しているのは“撃震”ではなく“撃流”という名の試作機だ。 帝国軍技術廠で開発された次世代の機体構造材と新概念の機体管制用OSによって構成された機体だそうだ」

「撃流?」「ふむ、帝国軍の?」「伊隅大尉、何故そんな機体がこの横浜に?」

「詳しい経緯は私も知らん。だがあの機体の開発者が撃流の実験衛士に神宮司軍曹を指名したのだそうだ。」

みちるのその言葉に完全ではなくとも、一応納得した表情をする3人だった。

どれ程筋違いの指名であっても、こと撃震の操縦にかけては神宮司まりもを超える衛士を彼女たちは知らなかったからである。

まりもの腕前ならば…あるいは香月副司令の策謀によってならばそんなこともあり得るだろうとその場の全員が考えていた。
 
 
 
 
「はっくしょん!」

「どうしました副司令、お風邪ですか?」

横浜基地の作戦司令室で機動試験の状況を見守っていた夕呼が、突然大きなくしゃみをしたのにピアティフ中尉が驚いて尋ねる。

「いえ…そんなんじゃないわこれは。…だれか私の噂でもしてるのかしら? 人に恨まれるようなことした覚えは無いんだけど」

『『『『…無いのかよあんたは!!!!』』』』

平然と嘯く夕呼にその場にいたほぼ全員が心の中で同じツッコミを入れたが、彼女は全く気にする様子もなく試験状況を観察し続けるのだった。

「ふ~ん? まずは速瀬一人に斬り込ませるってわけね。 伊隅もやるわね~」

「…と、言いますと?」

「碓氷、あんたもあの機体とOSの性能は知ってるでしょ? 速瀬にもそれを教えてやるつもりなのよ伊隅は…あの娘の体にね」

「…成程、伊隅大尉らしいスパルタ教育ですね」

「な~に言ってんの、自分だって同じような方針でやってるくせに…その子たちにはどうやって躾けるのか今のうちに考えておくのね~碓氷。…どの道あのOSはあんたたち全員が使用することになるんだから…いえ、いずれは全ての衛士がね」

「はっ!」

夕呼の台詞にその場にいた碓氷中隊の隊員たちはガクガクと震え上がり、隊長の碓氷鞘香だけが嬉しそうに敬礼していた。

「…ヴァルキリー2、コクピットに被弾!撃墜と判定!…み、水月~早過ぎだよ~」

「はやっ!いくらなんでも…いえ、速瀬の油断と言うよりこれは…」

「いや~予想以上の素晴しい出来栄えですねえ、香月博士。 私としてもこれは120%の大満足な成果ですよ、はい」

「あれが噂に名高い神宮司教官の腕前か…成程、君がこだわるだけのことはあるな諸星課長」

「何という…あの機体の機動がさらに…」

「ふうむ、まだ剛性を煮詰めるべきだったか?」

「いやいや、くっくっく…さてあのOSのシステムへの負荷がどの程度か…」

この場にいた賓客たち…松鯉商事の諸星課長、帝国軍技術廠の巌谷中佐、篁中尉、富永大尉、高木中尉の5人は自分たちが作り上げ、そしてこの横浜基地で改良されたOS「X2」を搭載した撃震モドキ…改め『撃流』(命名、巌谷榮二)の機動を見つめていた。

モロボシの提案によって仕上がった“撃流”を横浜基地に運び込みX2を搭載した後、早速まりもとA-01が機動試験を兼ねた模擬戦を行うのを彼らに見て貰おうと夕呼が招いたのがこの面子であった。

当然巌谷中佐らも、横浜で開発中のX-2がどの程度の代物なのか自分の目で確かめたかったためその招待に応じたのだが、早速見せつけられたその機動の凄まじさに機体とOSを作った本人たちがそれぞれあっけに取られていたのだった。

「ヴァルキリー3脚部に被弾、中破と判定。 ヴァルキリー4コクピット被弾、撃墜と判定…うそでしょ…いくら神宮司軍曹でも」

「あ~あの娘達ちょおっとあの機体とまりもを甘く見過ぎたみたいねえ~」

「伊隅大尉ですね…うまく彼女たちを誘導してわざと隙が出来るように仕向けたんでしょう…もっともあの神宮司教官の機動からすると油断ではなく予想外の動きに対応出来なかったのが主な敗因と言えるかと…まあどっちにしろ終了後のミーティングであの3人はこってり絞られるでしょうが」

「…ふ~ん、それでもってその後たっぷりと罰ゲームの特訓フルコースってわけね~」

「ええ、もちろん彼女のことですからこの後自分も無様な負け方をするようなら、一緒に先頭切って罰ゲームを受けるつもりでしょうが」

「さあて、どうなるかしらね~」

まるで夕呼のその言葉に応えるかのように、まりもの乗った撃流とみちるの不知火が距離をおいて対峙していた。

「まったく…いくらその機体が特別製だからといっても、その強さは反則ですよ神宮司教官」

「そうでもないでしょう…あの子たちが私にしてやられるような状況を故意に作ったんじゃありませんか?伊隅大尉」

「確かにそのつもりでしたが、はっきり言ってあなたのウォーミングアップを見て彼女たちの油断は完全に吹き飛んでいたんです。この結果は純粋に貴方とその機体によって出された成果に他なりません」

「そう…それなら私の腕もまだ鈍ってはいないと言う事ですね」

「御謙遜を…鈍るどころか鋭さを増していらっしゃる」

「そうじゃないわ、この機体とOSがそれだけ素晴しいのよ…まったく、愚痴になるけどもっと早く欲しかったわ…これが」

「同感です…ですが今はこのシステムを最初に操れる栄誉に浴したことを素直に感謝すべきかと」

「ふふっ…そうですね、それじゃあそろそろ始めましょうか…本番を」

「…のぞむところです」

『あ~もしもし お見合中のお二人さん、ちょっといいかしら~』

「夕呼?」

「香月副司令?」

『せっかくお客さんも来てることだし、ここらでチャンバラの方も見せて貰えないかしらねえ、まりも、伊隅』

「成る程…近接格闘戦の実力を、と言う訳ですか」

「まったく…我儘なんだから」

『よろしくねえ~』

「「了解!!」」

その返事を合図にしたかのように二人の機体は突撃砲を収め、長刀を構える。

観客たちが固唾を呑んで見守る中、主脚走行で互いの間合いを計っていた両者がいきなり接近し、同時に斬りかかる。

「むっ」「えっ」「ほお!」「うむ!」「…やるわね」「…流石」

袈裟がけに振り下ろしたと思われた撃流の刀は途中で動きを変えて手元に引かれ、突きに変じて繰り出される。  そしてそれを見越していたかのように、不知火の刀も最後まで斬り込まずに主脚を動かし撃流の突きをかわす。  さらに間合いを取って逆に斬りかかろうとする不知火に対して突きにいった撃流がその姿勢を変えて下段から斬り上げる。  その斬撃を紙一重で見切った不知火が横切りに長刀を振り抜くと、撃流の片腕に小破判定が下される。

これら全てが両者が斬り合いを始めてから、夕呼たちが感嘆の声を上げるまでの僅かな時間の間に起こった出来事であった。

さらに二人の機体は一旦距離を取った後、まりもの撃流がみちるの不知火をおびき寄せるように市街地のビルの陰に入る。

そしてみちるの不知火も距離を測りながら別のビル陰にその身を隠す。

その様子をモニターしていた観客の中から巌谷中佐が夕呼に質問する。

「香月博士、あの不知火はもしかして…」

「ええ、お察しの通りですわ巌谷中佐 あの伊隅の乗っている不知火にもX2が搭載されていますの」

「…ふむ」「やはり…」

夕呼の返事に納得したように巌谷と唯依は頷く。

2機の機動があまりにも高度で同質のものである事から、みちるの不知火にもX2が搭載されていると判断したためだった。

「さて、これはどうやら藪の中の斬り合い…ということになる訳ですか?」

「藪の中、と言うより森の中と言った方が適切かもしれませんが」

モロボシの問いかけに唯依が解説をする。

やがて2機の距離が縮まり、まりもの撃流が伊隅の不知火に襲いかかる。

その斬撃を自らの刀で受け流し逆に斬りかかる不知火、それを見事にかわす撃流。

従来の戦術機の機動、その限界を明らかに超越した2機の戦いに観客達全員が言葉を失い、ただ見詰め続ける。

やがて互いの刃が相手のコクピットを捉え双方に撃墜の判定が下された時、まりもとみちるの二人に対して拍手と歓声が惜しみなく浴びせられた。
 
 
 
【横浜基地・戦術機ハンガー】

「ああ伊隅にまりも、二人ともお疲れ様」

「いや~お見事でしたお二人とも」

模擬戦の終了後、ハンガーに戻ってきたA-01とまりもを夕呼たち全員が出迎え、彼らを代表するかのように夕呼とモロボシが声をかける。

「香月副司令…」「あの…こちらの方は?」

「ああ…紹介がまだだったわね。 …コウモリよ」

「「はあ?」」

「…香月博士、せめて人間として紹介して頂けませんか?」

「ああ、ごめんなさい。 松鯉商事の諸星課長よ…あんたたちが今使ってたOS“X2”のベースとなった“X1”の提供者って訳」

「X1…」「あのOSの…」

「はじめまして、松鯉商事営業課課長の諸星と申します。 伊隅大尉、神宮司軍曹、お二人に会えて大変光栄です」

「は、いえその…」「…光栄だなんて…自分は一介の軍曹なのですが…」

「…一介の軍曹、では無く“世界一の撃震使い”でしょう? 香月博士、巌谷中佐」

「まあね~」「うむ、実に見事な機動だった。流石は大陸で勇名を馳せただけの事はある」

困惑するまりもをモロボシがさらに賞賛し、夕呼と巌谷もそれに賛同する。

そのせいでまりもは赤くなりながらもなんとか抗議しようと言葉を探すのだが、その前にモロボシが彼女たちに質問する。

「いかがでしたか皆さん…我々が開発し、香月博士によって改良された戦術機管制システム“X2”の性能は」

「はい、大変素晴らしい性能です。 このOSは一刻も早く国連・帝国を問わず、普及させるべきかと思います」

「自分も同意見です。 現在わが国の戦術機の主力は未だに“撃震”です。 このOSを搭載することで多くの衛士たちの命が助かるでしょう」

みちるとまりもの言葉に、後にいた伊隅中隊のメンバーや夕呼らと共に来ていた碓氷大尉ら碓氷中隊の隊員たちも同様に頷いた。

「ふ~ん、そういうことならゆっくりと取引条件を煮詰めましょうかねえ? 諸星課長?」

心の中で舌舐めずりをしている夕呼に対して、モロボシは意外な返答をした。

「そうですな、それではPXで食事会でも開きながらお話をしましょうか」

「はあ?」「なに?」「え?」「ほう?」「ふむ?」「あの?」「しょくじかい?」

…その場にいたモロボシ以外の全員の目が点になった。

そしてこれが横浜基地を中心に始まるもう一つの計画の始まりでもあった。

 
 
第15話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第15話「あゝ人生に涙あり」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/13 22:02

第15話 「あゝ人生に涙あり」

【2001年1月22日 横浜基地・PX】

『士農工商』という言葉がある。

古代の中国においてエライ人がエライ学者に聞いたそうだ。

「国を統治し、戦をするにあたって最も重要なのはどんな人間か?」

エライ学者はこう答えた。

「まずは“士”つまり戦を指揮し、国を治める貴方がた(エライ人)です」

「次に“農”すなわち戦うに当たって必要な食糧を生産する者達です」

「その次が“工”すなわち戦いの武器などの道具を作る者達です」

「最後が“商”すなわち物資を運んだり、金のやり取りをする卑しい連中です」

…諸説あるようだがまあこれが代表的なものらしい。

もっともヨネザワさんによると古来より商の下が“犬”でそのまた下が“ヲタク”なのだそうだ。

今の私は商社マンなのだから犬やヲタよりはマシという事なのだろうか? なんかヤだなあ。

いやつまりなんで私がこんな事を考えてるかといえば…

「…それで? あんたがモロボシさんかい?」

…おっといけない、すっかり物思いに耽っていたらしい。

「初めまして京塚曹長、私が松鯉商事の諸星です」

今私がいるのは横浜基地のPX、そして目の前にいるのがここの支配者とも言うべき人物、“京塚のおばちゃん”こと京塚志津江曹長だ。

私の今回の横浜基地訪問の目的の一つがこの人に会うためだった。

このPXには香月博士をはじめとして先程までX2の試験機動を行っていた面子が全員集合していた。

この私の「PXで食事会でも開きながらお話をしましょうか」という発言でここまでついて来て貰ったのだが…

「実はぜひ貴方にお試しして欲しい商品がありまして」

「なんだい化粧品のセールスかい?だったらあんたの後ろにいる若い子たちにしなよ、あたしゃもうそんな年じゃないんだからね」

「いえいえ、あなたもまだまだお若い…いやしかし今回は化粧品ではなくてこちらの品になるのですが…」

そう言って私が取り出したのはわが社自慢の合成ハムのバルクである。

「米と生タマゴもありますのでこれでハムステーキ定食でも試作してみて頂けませんか? 試食は今ここにいる皆さんと云う事で…」

「…ふうん?まあいいけどね」

どうやらOKが貰えたようだ。
 
 
 
「…で、あんた今度はなに考えてんの?」

京塚曹長が食材を持って調理場へ行き、我々がテーブルについたとたん香月博士が聞いてきた。

周囲を見渡すと他の人たちもほぼ同意見のようで、興味と疑惑のまなざしをこちらに向けているではないか。

よろしい、そこまで期待されたなら答えぬ訳にはいきますまい。

「博士、『士農工商』と云う言葉は御存じですよね」

「…当然でしょ、あんた人の教養を試す気でもいるの?だとしてももっとましな「なぜ“農”が二番目なのでしょうね」…はあ?」

「士農工商の二番目がなぜ“工”や“商”ではなく“農”なのでしょう?武器を作るのは“工”で軍資金を調達するのは“商”なのに…なぜ“農”がそれらより上なのでしょう?」

「…ふん、簡単な理屈よ。 “腹が減っては戦はできぬ”どころか生きてくことも出来ないからよ」

「正解でしょうな。 商社マンとしては不本意な論理ですが確かに一理あるでしょう…ことに戦争において食糧の不足はそのまま敗因の一つとなりえますからね」

「…で、それがどうしたの?」

「腹が減っては戦争も出来ない、腹さえ膨れてりゃなんとか戦える、ならそこに飯の味が保障されていれば…どうでしょう?」

「ふうん?」「は?」「む…」「ほお」「くく…」「はい?」「え?」「あの?」「味?」「???」

「私が先程京塚曹長にお渡ししたのはその問題への私なりの回答のつもりなのですよ、皆さん」

「あの…ハムの塊が、ですか?」

「ええ」

神宮司軍曹の質問にあっさりとそう答える。

「あのハムは当社が軍用レーションの材料として開発したものでしてね、ぜひ皆さんに試食して頂きたいのですよ」

「へ~え、それをウチに売り込もうって訳? 商魂逞しいわねえ~」

「ええ、確かにそれもあるのですが…ここでの試食にはもう一つの理由がありまして」

「…もう一つ?」

「はい、ですがそれは出来上がった料理を食べてからと云う事で…」
 
 
 
…やがて調理が完了し、我々の前に注文通りのハムステーキ定食が並べられた。

そして、いただきますの言葉とともに料理に箸をつけた面々の表情が次々と変化していくのを、私は満足げに見守るのだった。

「…おいしい、これ…合成ハム…よね?」

「確かにそうですけど…でも、とても美味しいハムですわね」

「ふむ、祷子の言う通りこれはとても美味いハムだな…」

「いや、まったくこんな美味い合成ハムは初めてだな」

「ええ、おじ…中佐、これなら色々な料理に応用出来ますね」

「…ふ~ん、美味いじゃない…確かにこれならうちで仕入れてもいいわねえ」

「そうね、京塚曹長がどう言うかにもよるでしょうけど…」

その神宮司軍曹の言葉に答えるように、京塚志津江曹長…いやシェフ京塚がこっちへやって来た。

「みんな美味しいかい?」

「いや、大変結構なお味ですシェフ。 食材の品質には自信がありましたが、これほどまでに美味な料理に仕上がるとは…予想以上でした」

「よしとくれよシェフだなんて、あたしゃただの食堂のおばちゃんさね…ところであんた、このハムはウチで仕入れる事は出来るのかい?」

「ええ、もちろんですとも。 お値段の方も大幅に勉強させて頂くつもりです、はい」

「夕呼ちゃん…」

そう言って自分に向かって手を合わせる京塚曹長に香月博士は…

「はいはい、これだけ美味い料理が出来るんだもんね~買わない訳にはいかないわねえ」

「…ありがと、うんと美味い御飯をつくってあげるからね」

その言葉にA-01や神宮司軍曹の顔が輝いたのだった…いやあ、やっぱり美味いメシは戦力の源だよなあ。

そしてここからが本題だ。

「…それで大幅値引きの交換条件なのですが」

「…まあ、言うと思ったわ…何が望みなの?」

「こちらの京塚シェフのお力をお借りしたいのですが」

「はあ?」「あたしのかい?」

「ええ、貴方のその料理のレシピを使って世界中の軍施設での料理のレベルアップを図るのが私の計画でして」

「…あんたそんなこと考えてたの?」

「はい、当社の合成食品とセットで京塚シェフのメニューを提供することでそれを実現出来ると考えています」

軍隊とは人間の集まりであり、そしてそれを動かすには大量の食事…食糧が必要になる。

そしてその食事が美味いか不味いかはその集団の働き…作業効率に大きな影響を与えるものなのだ。

香月博士が京塚曹長をこの基地のPXに置いているのも単に知り合いという理由ではなく、そのことを念頭に置いているのだろう。

「…おばちゃん、やってくれる?」

「まあ…あたしなんかの料理でいいんならね、引き受けるよ」

「ありがとうございます、いやあこれで何とかなりますなあ~」

「そのかわり、うちのPXにいい食材を届けとくれよ…特にこの御飯のお米をさ」

「…ああ、お気づきになりましたかその米の味に」

「お米?確かに美味しい御飯だったけど…」

「この飯米の銘柄ってなに?」

「奥州4783号と言いまして、当社が開発した新品種です。 ちなみに通常の飯米の1.3倍の収穫量が見込めます」

「え?」「嘘!」「そんな!」「諸星課長!それが本当ならこの米はわが国の食糧事情に光明をもたらすことに…」

「ええ、今はまだ試験栽培中ですがいずれは大量に栽培出来るように政府にも売り込みをかけるつもりです」

現在の帝国の食糧事情については、今更言うまでもなく“最悪”の一言に尽きる。

辛うじて主食のコメだけは本来飼料用の多収穫品種を栽培して賄っているが、この世界のそれは決して美味い物ではない。

しかも現在、米の生産が可能な地域は東北と北海道であり、寒冷地用の品種でなくてはならない。

この世界には我々の世界のような寒冷地でも多量に収穫出来て、しかも美味いコメなどと云う都合のいい物は存在しないのだ。

この『奥州4783号』は、かつて我々の世界が食糧不足に陥った時に日本人の胃袋を守った代表選手だった品種である。

これもいずれは帝国政府との交渉材料になるだろうが、まずはここでお披露目した訳だ。

「…あんた、その背広のポケットの中にどんだけのネタを仕込んでんのよ?」

「いえいえ、聡明な香月博士の知性溢れる頭脳の中に比べれば私の懐などタカが知れておりまして、はい」

「「「「「「「…………」」」」」」」

…なんだろう?周囲の視線がやけに冷たいような気がするんだが。

「…よくもまあ、どこぞのタヌキみたいに心にもないおべんちゃらを恥ずかしげもなく言えるわねえ」

“えぷしっ”

「…おや、どこぞで誰かがくしゃみをしたような音が」

「ああ、きっとその辺を日頃からうろついてる野良タヌキでしょ。ほっときなさい、構うとつけ上がるから」

“ふんふん、ぐしゅんぐしゅん”

なにやらイジケ気味の雰囲気だが…まあいいだろう。 博士の言う通りほっとこう。

横を見れば巌谷中佐や篁中尉たちも知らん顔をしているし…スパイは孤独だなあ。

「さて香月博士、食事も終わったことですし食後のコーヒーなど嗜みながら話の続きをしませんか?」

「ええそうね、じゃあ私についてらっしゃい。 あんたと巌谷中佐の2人だけね」

「はいはい」「うむ」

「まりも、御苦労さま。もう本来の任務に戻っていいわよ」

「はっ」

「伊隅に碓氷、あんたたちは今からその子たちにX2を仕込んでやってね」

「はっ!」「了解!」

「行くわよ、お二人さん」
 
 
 
 
【横浜基地・B19フロア】

「さて、商談に入りましょうか?コウモリさん」

夕呼の執務室ではなく司令室の隅にある会議室でモロボシと巌谷は彼女と向き合っていた。

「いやあ、X2の性能は予想以上でしたね…ところで博士、システムの拡張性の方はいかがです?」

「あんたの注文通りにしておいたわよ。 それにしてもなんであんなに余裕が必要なの?随分値段が上がっちゃうけど?」

「それでいいんです。 X2はその次に来るX3への繋ぎにすぎませんから」

「なに!?」「…へ~え?」

モロボシの言葉に夕呼と巌谷がそれぞれ異なる反応を示し、それに答えるようにモロボシは言葉を続ける。

「元々私がこの一連のOS開発において主眼としてきたのは“X1”と“X3”の二つでした。 そして“X2”は“X3”への土台として必要なものだったのです」

「…ふうん、つまりX2のシステム基盤に大幅な拡張性を持たせたのはその“X3”をインストールするだけで使えるようにするためだったって訳ね」

「さすが香月博士、御理解が早くて助かります」

「それじゃあんたはX2を帝国軍に広めるつもりがないのかしら?」

「ない…と云うより“難しい”というべきでしょうなあ、この場合は」

「むう…」「…ふん」

モロボシの言葉の意味を夕呼も巌谷もよく理解していた。 現在の帝国軍の内部では国産・国粋主義が幅を利かせており、米国や国連軍が開発した兵器の導入に対して感情的な反発を行うのが常であった。 そしてたとえ日本人といえど国連軍で開発された…ましてや『横浜の女狐』の作ったシステムと自分たちが開発した(ことになっている)“X1”では、性能差があってもこちらを選択するのは解り切っていることだった。

「どの道このX2用のCPUはすぐに安く量産…とはいかないでしょう。 帝国軍が早期に、そして安価に導入するためにはX1の方でなくてはなりません」

「…まあね、これは本当に最先端の代物だからCPU以外もかなりの高性能デバイスが必要になるしね~」

「うむ、帝国の現状からすればすぐにでも配備が可能なX1を優先し、その後機能をさらに高めたX2や君の言うX3へと転換するのが最善だろうな」

「でもそれじゃあ良い取引にはならないんじゃないの?あんた他にも何か考えてるでしょ?」

ニヤリ、と口元を歪めて質問する夕呼にモロボシは同じく人の悪そうな笑みを返して言った。

「ええ、実はX2の提供先として斯衛軍はどうかと思っているのですが…」

「むっ…」「ふうん?」

「紅蓮閣下と榊総理には話は通っていますので、博士ご自身が承諾されるだけで実現するでしょう」

「…斯衛に繋がりを持たせてあたしに何をさせる気かしら?」

「“バビロンの亡者”たちへの対抗策の一つ、とお考えください」

「あのプライドの塊みたいな侍連中が話に乗って来るかしら?」

「乗ってきますよ“殿下のためなら”…ね」

「諸星課長、殿下を巻き込むようなことは…」

「巌谷中佐、私が殿下を巻き込むのではありません。 “霧の底”に潜んでいる謀略家たちがそうしようとしているのですよ」

「な!」「…あきれた、そこまでイカレてるのね」

巌谷が絶句し、夕呼がつくづくあきれ果てたとコメントするのにさらに続けてモロボシは言う。

「帝国軍だけだはありません、この横浜基地と貴方も巻き込まれます…と言うよりこっちが本命と考える連中さえいるでしょうが」

「…でしょうね、まあ今更だけどね」

「……」

「その時に備えるために、今から斯衛へのコネをつくっておくべきなのですよ」

「いいわ、この件に関してはあんたの手のひらの上で動いてあげる」

「もう一つ、X2とは別に帝国軍に飛びついて貰える物を作って頂きたいのですが」

「なによ、もうすでに電磁投射砲を提供してるじゃない」

「ある意味もっと重要なものですよこれは。 こちらでしか作れませんからね…これも」

そう言ってモロボシが差し出した設計図と仕様書を見た夕呼は、にやあと笑ってこう言った。

「なるほどねえ、確かにここでなら出来るけど…このセンサー部品はあんたが調達してくれるの?」

「ええ、その部品だけは私の方で何とかします」

「そう…それなら問題はないわねえ。 試作して実戦で使えるか試してみましょうか」

「まあ、今日のところはこれくらいで…ああそう、神宮司軍曹にはもう一度だけ舞台を踏んで頂くことになると思うのですが…アラスカ公演という舞台を」

「…それなりの見返りは用意して貰うわよ」

「もちろん、次回までに用意させて頂きます」

「ああそれと、例のレポートの件はどうなったの?」

「ええ、先日総理にお見せしたのですがね…」

「そう、それで?」

「いや、どうもあの人自分だけで対処したいようでして」

「あら、“上様”にはお見せしないって訳?臣下としては問題じゃないの~?」

「ある意味あなたと同じなんですよ、あの人は…全てを自分一人で背負うつもりなのかも知れません」

「……」

「…ふん、わかったようなこと言ってくれるじゃない」

「これは失礼、つい口が滑りました」

「まあいいわ、そっちの方はあんたの好きにすれば」

「どうも、それではその図面の件よろしくお願いします」

「はいはい…ああついでにそこの隅でいじけてるタヌキを連れ出してちょうだい」

「…鎧衣課長、帰りますよ」

「まったく、困った人だ」

「…諸君、もう少し年長者をいたわる気持ちは無いのかね?」

「「「ありません」」」「とほほ…」
 
 
 
 
自分の執務室の戻った夕呼はそこにいた銀髪の少女にリーディングの結果を聞いた。

「どうだった?社」

「…おじいさんが見えました」

「?」

「…杖をついて笑いながら歩いていました」

「??」

「…歌が聞こえました」

「???うた?」

「…人生楽ありゃ苦もあるさ…って歌ってました」

「????」

「…ひかえい、ひかえい、ひかえおろうって言ってました」

「霞?ちょっと、大丈夫?霞!?」

「…助さんや、格さんやって言ってました」

「フ…フフ…アハハハ……やってくれるじゃないコウモリの分際で…こっちの手の内を知ってたってことね…アハハハハハ………覚えてなさいよモロボシィィィ~~~~~~~!!!」

執務室の中に女狐の怨嗟の声が響き渡るのだった。

 
 
第16話に続く





[21206] 閑話その2「モロボシ・ダンの述懐(二)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/21 18:11

閑話その2「モロボシ・ダンの述懐(二)」

何故わたしが社少尉のリーディングを誤魔化せたかって? もちろん私にESP能力などはない。

当然彼女のリーディングを防ぐ能力など持ってはいないし、鎧衣課長のように対ESP対策を心得ている訳でもない。

私がそれを可能にしたのはひとえにこの電脳メガネのおかげだったりするんだよ。
 
 
我々の世界で21世紀前半より急速に発展した人間の脳と電子機器の連動技術、“電脳テクノロジー”と呼ばれたそれは人類のポテンシャルそのものの底上げに繋がり、そして様々な新たな問題を引き起こした…

本来はサイバネティクスの肝として研究、開発が進められていた人間の思考によるコンピューターや機械の操作、それらの発達はかつてSF映画の中でしか見ることが出来なかった光景を日常生活の中に出現させることになった。

そして電脳技術…脳の働きをコンピューターで補助、いやグレードアップさせる技術が開発され、個人がそれを保有する時代がきた。

感覚的にはインターフェースが直接脳と繋がったパソコンや携帯が普及し始めたようなものだったのだが、やがて外科手術によって脳と電脳を一体化した人間の儀体化・電脳化が始まった。

個人の能力、思考速度・感覚・身体能力などは大幅に上昇したが、同時に健常者を“生体改造”することへの倫理面での反発、特に宗教関係からの反対は大きく、またこの電脳化の副作用(?)として発生した電脳硬化症や儀体の“暴走”現象など新たな病気や社会問題も起き始めた。

やがて電脳チップの高集積化・小型化により、小さな光チップ(5ミリ角以下)一枚にその機能を集約し、体内に埋め込まなくても身につけているだけで十分機能するまでに高性能化され、それに伴い人体の儀体化は医療目的や特別な用途(たとえば軍用)などを除いて原則禁止が国際条約で決まり、電脳も体外で機能するタイプが主流となって行った…

その基本ルールは今日に至るまで守られている。(一応)
 
 
 
…まあ、そんなこんなで発達した電脳技術だが、現在の我々にとってはごく当たり前の生活必需品となっている。

あらゆる情報サービスに対応し個人の知的作業のほとんどをサポートしてくれる、また社会人としての必須アイテムでもある。

21世紀当時のパソコンや携帯電話が極度に発達した結果の代物…と言ってしまえばそれまでかも知れないけどね。

そしてその形状だが…殆んどが月並みな時計やアクセサリータイプの物だ。

私のようなメガネ型は少数派だし、その殆んどが格好いいアクセサリーグラス式の物で、私のような大昔のセルフレーム型の野暮なデザインではない。

言っておくが別に好きでこんなメガネをかけてる訳じゃないからね、私の仕事に必要な機能と耐久性を要求したらスミヨシ君が“なら、コナン君用のメガネやな” と言いやがったのだ。

確かにこのメガネのおかげで仕事もはかどるし、記憶容量も問題ないし、霞くんのリーディングも防げるから文句はないけどね…

え?だからどうやってリーディングを防いだのかって?

それはだな、私の頭の中でドラマ映像を上映していたからだ。

このメガネの記憶容量はゼタを超える容量のメモリーを搭載していて、映画やアニメ、TVドラマなどは数万本単位で収納出来るのだ。

その中の一つを香月博士との会談中にずっと再生していたと云う訳だ。

もちろん、霞くんの意識をそちらへ向けさせるような内容でなければいけないし、年端もいかない少女にあまり刺激が強過ぎる作品は倫理的に好ましくない。

それらのことを前提に慎重に検討を重ねた結果、今回の上映作品は“水戸○門”に決定した訳だ。

…何?なんでそうなるんだって?

…いいじゃないか、20世紀後半から21世紀初頭の時代劇は私の大好物なんだよ、ちょっと趣味に走るくらい大目に見て貰いたい。

まあこれはスミヨシ君たちからもお叱りを頂いたので、次からはもっと彼女の情操教育にふさわしい作品を選ぶとしよう。

…そう、教育で思い出した。

我々の世界の日本、『日本民主主義人民共和国』のことなのだが…
 
 
 
かつてわが国の恥多き歴史の中でも特筆すべき(?)黒歴史“文明大改革”の終った後のことだった…それまで“文改”の最も大きな後ろ盾であった教育者組合“日○組”が世間の非難…いや糾弾の中で、事実上解体されてしまったのだ。

この組織が“文改”の最中に行った“教育改革”は誰がどうみても“教育”ではなく“狂育”であったと指弾されたからだ。

組織の解体に伴い教育者を副業にしていた政治運動家たちの多くも職を奪われ、社会から追放された。

だがその結果、かなりの教員不足が大きな社会問題になった。

たとえ片手間の副業だろうとつい先日まで教鞭をとっていた現役の教師を大量に解雇したのだ、当然の結果と言えただろう。

そしてその穴埋めに大量の新任教師を必要とした全国の学校に緊急措置で教員資格を入手した臨時教師たちが送り込まれたのだが…
 
 
 
…いや、それがなんと言うか解体された“日○組”とは正反対の主義主張を持つ“日本正道教育連合”略して“日正教連”のメンバーが大半だったんだよ。

おかげでただでさえ混乱していた教育現場がさらに混乱の度を深めてしまったんだよねえ。

気の毒なのは子供たちだ、つい先日まで国家体制をないがしろにすることがいいことのように教えられていたはずが、気がつくと“国家との一体感”を得るべしなどと真面目な顔で先生に教え諭されているのだからね。

そして面白いことにその先生たちはそれまで悪書の代表のように言われていた“マブラヴ・オルタネイティヴ”を推薦書に加え、そのかわりに“ガン○ム”や“イ○オン”の批判を始めたのだよ。

…なんの意味があるのか私にはさっぱりわからないが、“○田史観”とやらの悪影響を懸念した人達の差し金だったそうだ…まったくこの国の“右や左の旦那様や奥様”たちのすることは…

まあ、このレフトからライトへの大幅な思想のブレはやがてセンターへ収束していったが、この時代に教育を受けた連中は後に“文改世代”と呼ばれ、左右共に極端な“主義者”やとんでもない奇天烈な一種のアナーキスト達を生み出した。

その余波の被害をこうむった内の一人が、実はこの私だったりするんだね。

…私は小学生時代によく“恒○観測員”だの“レッ○マン”だの“ミ○クルマン”だのと陰口をたたかれたものだ。

なんでそんな変なあだ名を付けられにゃいかんのだと友人たちに詰め寄ったが、どうやら彼らも意味を知らず、しかも出所は担任の教師(文改世代の)だったらしい。

親にそのことを相談すると、我が家は何代ごとかにその名前を長男に付けているが、何を言われてもその名前に誇りを持てと言うだけだった。

どうもその担任は、アニメや特撮が子供たちに偏った思想を植付ける元凶なのだと言う考えに取りつかれ、その類のキーワードに過敏に反応する人だったらしいが、だからといって子供のイジメを煽るような真似をするのは教育者として以前に社会人としてどうなのだろうと思う。

まあ、その担任は他にもおかしな言動が目立ったためにすぐに学校から放りだされたらしいが、私のあだ名はそのまま定着してしまった。

…後になって名前の意味を知った時、私は思った。

『この呪われた血が憎い!』 …と。

一体、どこの世界に先祖代々特撮ヒーローの名前を付ける家があると云うのだ。

もっとも我が家にはもう一つ伝統的に“アタル”と云う名前を付けられる風習もあったと知った時は思わず胸をなでおろしたものだ。

…モロボシ・ダンの方がまだマシだと分かったからだ。(“アタル”という名前の由来は“ダン”の意味と一緒に友人に教えて貰った)

そう、思えばそれらの出来事が私に過去の空想創作品に興味と反発の双方を持たせ、その中でも特に文改世代の“元凶”(?)とでも云うべき“あいとゆうきのおとぎばなし”を自分なりに研究し、同じようなことをしている人々に係わるきっかけになったと思うんだよ。

そしてその結果が現在の私の境遇に繋がる訳だが…しかしなんだね、この世界の日本にはあまりにも娯楽が少ない。

元々、歴史背景に違いがある上にBETAの侵攻ですっかり余裕がなくなってしまい、子供に夢を見せることすらできない有様だ。

仕方がないと言えばそれまでだが、そのことが国民の意識を逆に追い詰めつつあるとしか思えない。

我々の世界みたいになるのもどうかと思うが、こっち側の日本はあまりにも潤いが無さ過ぎる。

ここはひとつ異次元から来た男であるこの私がその手管を駆使して子供たちに愛と希望と夢と勇気と恐怖と絶望の全てを教えてあげるべきだろうね、うん。

…なに?なんで恐怖と絶望まで教えるのかって?

それが正しい教育と云うものですよ諸君。

…まあ、霞くんにはあまり残酷なホラー物やバイオレンス物を見せるのは自粛しますけどね…あれ?でも確かあの娘、毎日誰かさんの脳味噌見ながら仕事してるんじゃ…まあいいか。

ああそれに大人たちの方も問題ですな、やはり娯楽の少なさが社会から諧謔の精神(by 池波正太郎)を奪ってしまったようだ。

これの不足が結局はクーデターのような出来事の下地になって行くんだと私は考えているのだよ諸君。

せめてカラオケくらいは普及させたいが、まあその前に世間や軍隊に流れている音楽に新風を吹き込みたいものだ。

そしてやがては一大娯楽産業でウハウハに…

《モロボシはん、なに悪徳芸能プロの社長みたいなこと言ってますねん》

《そんなことしたらいけないんじゃないですか~?》

…失礼な、これはれっきとした男のロマ…げふん、いやつまりクーデターを防ぐための計画の一部であってだね…なんなの君たちその目は、ボクニヤマシイトコロナンカアリマセンヨ~。

《嘘やな》

《ウソですね~》

…酒飲もう。


 
 
閑話その2終り




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第16話「踊る、第六会議室(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/29 22:04
第16話 「踊る、第六会議室(前)」

【2001年1月29日 日本帝国国防省・第六会議室】

会議室に集った人間たちの間に異様な雰囲気が漂っていた。

その理由は現在彼らが見ている映像、先日横浜基地で行われた“撃流”VS“不知火”の映像を見せられている為だった。

今回の会議に緊急案件として提案された新型の戦術機用OS、“X1”と“X2”の二つ。

先に見せられた“X1”の機動に目を剥いていた帝国軍関係者たちは、さらにその次に見せられた“X2”の映像に完全に言葉を失っていた。

「…以上が新型OS“X1”及び“X2”の機動試験の映像です」

上映が終わり会議室に明かりが戻ると、その場にいた全員が興奮した様子で騒ぎ始める。

「…これは、是非」「いやしかし、横浜は…」「…べつに女狐に頼らずとも」「そうだ!X1の性能でも十分に」「だが、あのX2の性能があれば…」「コストはどうなる?量産性は?」「壱型丙にX1で十分に次期主力機たり得る筈だ!」「いや別に不知火に限った話では…」「そうだ!管制ユニットのみの換装で済むのなら、全ての機種が…」「いずれにせよ、この技術の優位性を…」「…米国が気付かぬ内にこのOSの権利を」「だが彼の国がこれを見ればまたよからぬことを…」「だからこそ!」「落ち着け!まずは双方の機能と費用対効果の見極めが…」「そんな悠長なことを言っている余裕が今の帝国に…」「だが予算が!」「所詮は管制ユニットの交換のみの費用だ、機体を新造するのに比べれば只にも等しい筈…」「…それだけでは無いぞ、これは輸出にも…」「そうだ!これが外貨獲得に繋がればもう政治家どもに金食い虫呼ばわりされることも…」「いささか皮算用が過ぎるのでは…」「バカを言え!あの性能なら皮算用とは言えまい!」「だがX2がもし横浜から他に流出したら…」「X2はあくまでX1の改良型だろうが!なら基本的権利は帝国軍に…」「相手は女狐だぞ、そんな正論が通じるのか?」「そもそもあのX2はどうやってあそこまでの性能を…」「おそらく、例の計画絡みで開発されたCPUを…」「元は帝国臣民の税金だろうが!帝国軍のために役立てて何が問題なのだ!」「表向きは国連の…」「くだらん!米国の手先にいいように…」「なんにせよこの技術を米国に奪われぬように…」「それよりもソ連邦だ、連中は金すら払わずに盗み出すぞ」「所詮は模造品しか作れん連中だ」「だが、だからこそ連中の模造品はある意味一流だ」「このOSがもし模造されれば…」「なら一刻も早く配備に向けて…」「そんなに急いでは…」「呑気なことを言ってる場合では…」

「…静粛に!」

堪りかねたような議長の言葉で会議室の喧騒がようやく収まる。

「それではこのシステムについて開発メーカーである松鯉商事の担当者より説明を…」

議長の指名で立ち上がった男に会議室内の全ての視線が集中する。

「只今ご指名に預りました松鯉商事の諸星です」

そしてモロボシの説明が始まった…
 
 
 
 
 
 
 
 
「…以上が“X1”及び“X2”に関する説明ですが、なにかご質問は?」

私の説明が終わると同時に、一人の将校が挙手して質問をしてくる。

「それではX2の即時配備は事実上不可能、と云うことかね?諸星課長」

「そうです。 現在横浜基地ではX2の製作と並行してCPU等の部品の量産体制を検討中ですが、やはり半導体の歩留まりからすると今すぐの大量生産は不可能と思われます。 従ってシステムの完成と量産には今しばらくの時間が必要と考えています」

「…ふむ、ならばやはりX1の配備を検討すべきだが…そちらは大丈夫なのかね?」

「ハードの量産やソフトの検証面での問題はありません。 後は新しい操作概念をいかに効率よく教導するかという問題かと」

そう答える私だが、実は教導マニュアルも事実上は出来上がっているのだ。

篁中尉が中心となって纏められたX1の操作手順と従来OSからの転換のための基本的なカリキュラムが、すでに出来上がっていたりするからだ。

このマニュアルの体裁を整えれば、そのまま教導用の手本になるだろう…とは巌谷中佐の御言葉である。

あの自慢げな表情からすれば、満更“叔父馬鹿”だけの発言ではないだろう…仕事にはシビアな人だしね。

そんなことを考えていると、次の質問が上がってきた。

「…君は横浜の誘いに応じてX2の共同開発を行ったそうだが、いかに発案者とは言えいささか軽率過ぎるのではないかね?」

…ほうら来た。 これを言われるとこっちが立場的に弱くなるし、下手をすれば開発メーカーとしての権利さえもこのお偉いさんたちに奪われてしまいかねない。

当然この発言者もそのつもりで言っているのだろうが、そうは問屋が卸しませんぜ軍人さんたちよ。

「それについて申し上げるのを失念しておりました、実はこのX2は斯衛軍で使用されることを目的に開発を始めた物でして…」

「なに!?」「…斯衛軍!」「何故だ…」「武御雷があるだろうに!」「…いやしかし、未だに瑞鶴が大半を」「一体、誰が」「紅蓮閣下がよく技術廠に来ておりましたな…」「むう、より良い兵器を望むのは当然だが…」「…いや、しかし」「よりによって…」「だが斯衛の中の話だ…」「うむ…」

「斯衛軍」の一言がてきめんに効いたらしい。 いきなりざわざわと騒いだ挙げ句、雰囲気が萎んでしまった…藪を突いて蛇を出すのを恐れているのが見え見えだ。

まあ、この件については後々のためにダメ押しをしておかないとね。

「またこの件に関しましては、斯衛軍の担当者の方からご説明が頂けると思いますが…」

私の言葉に応えるようにオブザーバーとして参加していた斯衛軍士官が立ち上がり、私の方を一瞬ジロリ、と見た後で説明を始める。

「今ほど松鯉商事の方から説明がありましたように、現在斯衛軍ではX2の採用に向けて試験運用の準備を進めております。 またX2の帝国軍での採用に関しましては、帝国国防省より要請があれば喜んで協力するようにとの政威大将軍殿下の御言葉です」

『・・・・・・・・・・』

いや~皆さん息を呑んで口を閉ざしてしまいましたなあ。

将軍殿下の御言葉があったというだけではなく、この件で“自分たちだけ”の権益を手にしようとすれば殿下の手前、自分自身の立場が非常にマズイことになると気付いたんでしょう…まあ、こうなる前に少し慎めばいいのにと思うんだけどね…

「…X2の扱いや採用に関しては未だ開発中でもありますから、後日改めて検討をしてみてはいかがかと」

「賛成」「異議なし」「よしなに」「そうですな」「…うむ」

巌谷中佐の言葉に殆んどの出席者が救われたような顔で賛成の言葉を口にした…なかなかいいタイミングですな中佐殿…それじゃあそろそろ本題へと移りますか。

「さて、X1の扱いに関してですが…開発メーカーとして一つ提案があるのですが」

「何かね?」

「先程の皆さんのお話の中でこの技術の国外への流出や輸出の可能性について発言された方がいらっしゃいましたが、それについて自分に考えがあるのですが」

「どんな考えかね?」

「ソフトウェア技術はハードウェアのそれよりも遥かに盗みやすく、模倣しやすいものです。 そこでこの技術を門外不出とはせずにパテントを確立した上で輸出する方が国益にかなうと思うのですが」

「そんなことは言われんでもわかっとる! だが米国やあのソ連が素直にパテントを認め代金を支払うと思っているのかね?」

居並ぶ帝国軍将校たちの中の一人が苛立たしげに吐き捨てる…まあ聞けや軍人さんよ。

「…素直に認めさせる方法が一つあります」

『なに!?』

驚きの声を上げる出席者をぐるり、と見回して…さあぶちかまそうか。

「プロミネンス計画を利用するのです」

「!」「なに?」「プロミネンス計画と言えば…」「…あのアラスカの」「ああ、ユーコン基地でやっている…」「そこでお披露目か?」「いやしかし、果して向こうが…」「そもそもそれで…」「確かにあそこでなら下手な模倣は首を絞めるが…」「ふん、互いの目があるからな…」「ソ連は解らんが、他の国には有効な手か…」「成る程…X1で外貨を稼ぎ、我が国はそれを基にX2…いや、その先へ…」「…虫が良過ぎはせんか?」「これは決して皮算用とは言えんぞ…成算はかなり高い」「だがそれはあの計画に参加している国々がそれを認めればの話だろうが…」「うむ、果して…」

流石に皆さんそれ相応の地位や立場にある人たちだけに、私が何を言いたいのか即座に理解してくれたようですな…そう、私のプランとはX1とX2のデモンストレーションをアラスカのユーコン基地で行い、プロミネンス計画の参加各国にX1の売り込みをかけることにあるんですよ皆さん。

ソフト技術というものはすぐに模倣されたり盗まれたりし易い物だ。 だから下手に隠すよりもその存在をアピールしてパテントを確立し、ライセンス料で収益を得る方法をとるべきなのだ。

プロミネンス計画に参加すれば加盟各国は少なくとも大っぴらにコピーは出来ないし、ライセンス料も払うだろう…まあ、ソ連と統一中華に関しては何とも言えないけどね。

だがそれでもこの模倣大国たちによってコピーソフトを世界中にばら撒かれるよりは遥かにマシな筈だ…ただ一つだけ問題があるのだが。

「しかし諸星課長、アラスカの連中にどうやってX1の効用をアピールするのかね? 向こうには第2世代機や第3世代機の改修機が群れをなしているのだが、それなりの機体でなければ…」

そら来た、これがネックになるんだよ…たしかにユーコン基地の連中を唸らせるには普通の機体では流石に難しい…が、しかしこちらには切り札がある。

「皆さん…先程の映像をお忘れでしょうか? あの機体…第1世代機“撃震”の改修機“撃流”の性能をどう思われますか?」

「「「「「「「「「!!!!!!!!!」」」」」」」」」

…どうやら皆さんお気づきのようだ、第1世代の改修機に計画の参加機が撃破されれば嫌でもその性能を認めざるを得ない。 いや、それどころか我先にその機体のシステムを手に入れようとするだろう。

「成る程…だがしかし、確実に勝てるのかね? あの計画に参加している衛士達は世界中からの選りすぐりだぞ」

「御心配には及びません。 そのために帝国…いえ、世界一の“撃震使い”、かつて大陸でその名を馳せた伝説の衛士…“狂犬”の異名を誇る衛士をこの大役にあてるのですから」

「む!」「なに、狂犬!?」「あの!」「そう言えば…」「確か富士の…」「だが今はどこに…」「うむ、あの衛士なら…」「…ふむ、確かに」

流石に“狂犬”の名前は有名だなあ…皆さんあっさりと納得してくれましたよ。

「如何でしょう、皆さん」

「…では、採決を」

「…賛成」「異議なし」「賛成」「賛成だ」「よかろう」「…いいだろう」

…やれやれ、どうやら皆さん納得して頂けたようでなによりですな。

だがしかし、この会議の本番はまだこの先に待っている。 今のはほんの前哨戦だ…ちらり、と巌谷中佐の方を見ると彼も厳しい顔で瞑目している…流石にこの先にある難関を考えるとそうなるのだろう。



さあ、次は第2ラウンド…99型の改良プランだ。

「では次に案件102『試作99型電磁投射砲』についてだが…」

議長の指名により、担当の技術士官が説明を始める。

そもそもこの99型電磁投射砲というのは、香月博士が第4計画用の超兵器XG-70の兵装として設計した物を、帝国軍に技術供与した代物だ。

その威力はBETA相手にすらオーバーキルだと言われる程の凄まじいものだが本来XG-70、“凄乃皇”用に開発されたものであり、そのままのサイズでは戦術機が運用するにはあまりにも不向きな代物なのだ。

また、砲身の冷却システムの脆弱さや砲身自体の耐久性、そしてなにより消費されるエネルギーを供給するのにG元素を用いた一種の“燃料電池”(?)を必要とすることになる。

この電池のユニットは当然のごとく香月博士でなければ供給出来ない。

これらの問題が帝国軍首脳や開発担当の技術士官、開発メーカーの人間たちを悩ませていた。

…さて、そこで実は当社の出番になったりするんだね、これが。

「…え~その件に関しましてはそちらの松鯉商事の担当者の方から補足説明を頂けると思うのですが」

おや、もう出番ですか…99型の開発担当メーカーの役員さんが私をご指名ですよ。

「それではお言葉に甘えまして当社の方から説明をさせて頂きます。 まず99型の大きさの問題ですが、砲弾のサイズを36mmにして小型化を図り、戦術機での運用が容易になるようにすべきと考えるのですが…実はもうその設計を完了しておりまして、はい」

「「「「「「「「「!!!!!!!!!」」」」」」」」」

おお、皆さん驚いてくれていますなあ~ いや苦労して設計した甲斐がありました。

「…今、設計を完了したと言ったかね?」

「はい…ああ、正確にはすでに部品の試作に取り掛かっております」

「なあ!」「!!!」「試作!?」「え?あ?」「ぐふ!?」「むうう!」「ひ!」「で?」「ぶう!」

…いやあ、皆さん面白い顔ですなあ~…あれ?なんで開発メーカーさんや巌谷中佐まで?

ああそうか、まだ試作の開始までは話してなかったっけ…まあいいか、うん。

「あの~」

「…なにかね?諸星課長」

「説明を続けてもよろしいでしょうか?」

「…続けたまえ」

疲れたような議長さんの声に少々申し訳ないような気がして来ました…
 
 
 
 
 
 
「…それでは99型電磁投射砲に関してはこのまま開発を続けることに決します」

私の説明…99型の36mm砲への小型化とそれに伴う設計の変更と部品の試作、それに部品に必要な素材の調達や加工…こちらの提示した技術情報によって、99型は従来の120mmと新しい36mmの二つのタイプの試作続行が決定した。

予算の関係から反対意見も出されたが、私が提供した設計図と部品のスペックが彼らに金の心配を忘れさせた。

これが量産できれば、再び大侵攻があっても大丈夫…誰もがそう思っているようだ。

…しかしBETA相手の戦いはそれほど甘いものではないだろうし、私の勝負もこれからが本番だ。

まったく香月博士や巌谷中佐には頭が下がる…BETAと戦う前にウマシカな人達と戦わなきゃいけないのに、文句ひとつ言わないんだから。 ああ、夕呼先生の場合は別か…多分あの人はストレス解消のためにまりもちゃんやタケルちゃんをからかって遊んでたんだろうね。 巌谷中佐の叔父馬鹿も多分、それと同じなのかもしれないな…分からないけど。

「それでは次に案件121、94式戦術機の改修要望についてだが…」

…始まったか、本番が。

 
 
第17話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第17話「踊る、第六会議室(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/12/06 20:42

第17話 「踊る、第六会議室(後)」

【2001年1月29日 日本帝国国防省・第六会議室】

「気でも狂ったか!巌谷!!」

第六会議室の中に大伴中佐の怒号が響き渡った。

その原因はたった今、巌谷中佐によって出された94式戦術機“不知火”の改修プランの内容だった。

前回の会議までは不知火の改修は事実上困難(不可能ではないが採算に合わない)との意見が主流だったが、今回は“撃流”に使用されている機体構造材とX1があることからこれを不知火壱型丙に投入すれば問題は解決…そのような見通しの中で議事は進行していた。

だがしかし、開発メーカーの担当役員たちは何故か今一つ煮え切らない態度を示し、業を煮やした帝国軍の側が怒りを爆発させそうになった時、巌谷中佐によって一つの提案がなされたのだった…すなわち、プロミネンス計画に参加して米国企業と組んでの不知火改修計画を。

当然の如く大伴中佐らを始めとする国産推進派(つまりは大半の人間)たちは巌谷中佐のこの発言に噛みつき、罵声を浴びせ、純国産機製造の意義を高らかに謳い上げたのだったが…巌谷中佐や開発メーカーの担当者、そしてごく少数の見識ある人間たちの目にはそれが何の中身もない滑稽な道化芝居にしか見えなかった。

何故なら彼ら純国産機推進派の言いたいことなど十分に承知の上で、巌谷が共同開発を推奨したことをその少数の人間たちは理解していたからであった。

そしてもう一人…ポーカーフェイスのメガネ男もまた、この騒ぎをうんざりした気分で見物していたのだった。
 
 
 
 
 
…やれやれ、やっぱりこうなってしまったか。

まあ、撃震モドキの製作やお披露目をした時点でこうなるだろうとは思ってましたけどね。

アレの技術を壱型丙に流用すれば次期主力機のスペック的にはほぼ問題がなくなるだろうし、そうなれば当然アラスカで弐型の共同開発という“おとぎばなし”の前提も消えてしまうだろう。

だがそれでは巌谷中佐も、そしてこの私も困るんだよ…色々と。

しかしまあ、純国産機推進派の皆さんの鼻息は荒いですなあ~ そんなに荒くして呼吸困難を…起さないかさすがに。

まあ確かに国産機の製造は重要だ。

戦術機、戦闘機、戦車…それらの主力軍事兵器を国産で賄う事の意味は非常に大きい。

軍にとっては自分たちの使う兵器を自国で設計、生産出来ること程有難い話はない…武器の供給を他人任せにしなくても済むからだ。

そして国家にとっても自国を守る兵器を自分たちで生産することは、ただ国防のためだけではない、それ以上の意味があるのだ。

“おとぎばなし”の後日談の一つに撃震代替機種の選定において本来次期主力機として開発されていた筈の“不知火弐型”を落として、対人類戦に有利なステルス性能を持った“月虹”を帝国軍首脳が選定したのに対し政威大将軍煌武院悠陽がこれを“愚者の胸算用”と喝破して選定機種を“国産機”である弐型に決定させたと言うエピソードが存在する。

このエピソードについて“おとぎばなし”の研究者たちの意見は概ね2つに分かれている。

一つは“まだ続くであろう対BETA戦を見据えた将軍の英断”というものであり、もう一つは“対BETA戦にのみ拘り、弐型開発者たちへの配慮を優先した身贔屓”という批判的なものだ。

果して煌武院悠陽の心中でどんな考えがあったのかは私には分からない。

ただ一つ言えることは月虹よりも弐型を選択したことはこの国、日本帝国の為政者としてはある意味当たり前の常識的な結論だったと云う事だ。

まず弐型と月虹とではそれを選択した際の国全体への利益の還元率が違うのだ。

この利益とは表面上のライセンス料や生産コストだけのことではなく、実に様々な形で現れる物なのだ。

機体の生産技術の蓄積と継承、部品国産化率の割り当て、それに伴う雇用の確保、補修部品や関連技術の継続性と発展、そしてそれら全体から得られる国庫へ見返り…つまりは税収。

基本設計から部品の多くまで米国製に頼る月虹と部品の一部以外は国産化が可能な弐型では最終的な国益が大きく違う。

さらには自国における戦術機以外の製造技術の継続と発展にも寄与する面は大きい。

開発段階から自国で係わってきた弐型のほうが将来の兵器開発…のみならず民生分野まで含めた国の産業全体への技術還元も容易なのだ。

同時代の我々の世界における戦車・装甲車技術と自動車産業との関連性をみれば分かることだ…まあ、わが国の場合は軍事から民需ではなくて民需から軍事の色合いが強かったが。

また弐型の性能が月虹に大きく劣る物であるのなら月虹の採用も仕方がなかっただろう…しかし決してそうではなく、弐型の方が対BETA戦において有利であるならば現在戦っている相手に対して有効な方を選ぶのは当然の判断だろう。

それらのことを分かった上で何故巌谷中佐が共同開発に拘るかといえば…さっきから大声で喚いているウマシカさん達が原因なんだよなあ、まったく…

「…諸星課長、君からは意見はないのかね?」

おや大伴中佐どの、なんとこのモロボシめをご指名ですか…そうですか。

おそらく、この私に“撃流の機体技術とX1で大丈夫です”と言わせるつもりでのご指名なのでしょうが…さあ、ショウタイムだよ皆さん。

「え~それではお言葉に甘えて私の意見を述べさせていただきますが…じつは私も巌谷中佐と同意見でして」

「な!」「あ?」「い?」「え?」「が!」「で!」「ぐっ!」「ま゛」「おい!」「&$@!?。¥:*」

ああ皆さん、それなりに立場のある人ならちゃんと人間の言葉を口にすべきでしょう…アタマがイタイ人だと思われたら大変ですよ。

「…今、なんと言ったのかね?」

…いけませんな大伴中佐、まだ退役までかなりの年月がある筈なのにもうお耳が弱くなってきているとは。

まあいいでしょう…ここは親切にちゃんと聞こえるように言うべきでしょうな。

「弊社も巌谷中佐の御意見に賛成だ、と申し上げたのです」

「………ほほう、君は自社製の技術に自信がないとでも言うのかね?」

「いいえ、とんでもありません。 しかしながらその技術も機体が正式採用されなければ陽の目を見ない訳でして…」

「…なにが言いたいのかね?」

「……外国機が採用されてしまえば国産も共同開発も無いでしょう」

「なに!?」

「…おや、中佐殿はまだ御存じないようですな皆さん」

そう言って私は開発メーカーの皆さんの方に話を振った…ちょっとは応援しろやあんたたちも。

「どう言う事だ!!」

大伴中佐が彼らを睨みつけて怒鳴る …いけませんなあ中佐殿、仮にも帝国軍人たるもの民間人には広く大きな心と寛容さを持って接しなければ。

まあ、あんまり彼らが苛められては後々困りますし…やっぱり私が言いますか。

「つまりですな中佐、現在帝国政府に対して米国より次期主力機の米国機採用の働き掛けが水面下でなされつつあるという話なのですよ」

「なに!」「米国が!?」「なんと!!」「…ふざけたことを!」「やつらが何を…」「またしても…」「…今更米国機を!」「だがどんな機体だ?」「奴らがF-22を渡すとは…」「差し詰めアラスカで試験運用しているF-15の改修機か」「今更第2世代機を!?」「舐めおって!」

おお、皆さんお怒りは御尤もですがこちらの話の続きはよろしいのでしょうかねえ。

「話を続けてもよろしいでしょうか?」

「……言ってみたまえ」

おや、どうしました大伴中佐殿? 顔の形が変ですよ?

「これはわが社が独自に入手した情報なのですが、米国は自国の軍事的、経済的優位を現在よりもさらに絶対的なものにすべく、プロミネンス計画で開発されている自国の次世代戦術機を世界各国に売り付けようと、水面下で動き始めていると思われるのですよ」

「……その話に根拠はあるのかね?」

「はい、実は個人的な伝手をたどって総理周辺に極めて近い筋から聞き出した情報なのですが、すでに榊内閣に対してそれとなく米国よりの圧力がかかり始めているとのことです」

「…腑抜けの榊めが! どうせ彼の国の影に怯えて布団でも被っておるのだろうが!!」

そうでもないですよあの人は、泰然自若としたものでしたけどねえ…

「その榊総理ですが…あの人も流石にその米国の要求を呑むつもりは無いようなのですが、向こうもそのことは承知の上のようでして」

「ほう…ならば彼の国はどんな無体を我が帝国に仕掛けてくる気なのだ?」

「おそらく…ブルーフラッグ(相互評価プログラム)でしょうな」

「む…」「なにい?」「何故だ!」「いや…」「そうか!」

まあ、流石に気付くわな…この人たちもその筋の人間だから。

「そうです、わが帝国や他の国々がそれぞれ戦術機の性能を上げてきたことを恐れた米国政府…いやむしろ軍産複合体の方でしょうが、自分たち以外の全ての国を自国の戦術機で圧倒したいと考えているのでしょう」

「「「「「…………………………」」」」」

皆さん、黙りこくってしまいましたか……流石にこの段階で米国の目論見を聞いてしまうとそうなってしまうでしょうな、やっぱり。

「米国の目論見としてはまず、アラスカで行われているプロミネンス計画の一環として行われるブルーフラッグにおいてF-15改修機で他国への優位性を見せつけ、さらにそれでも足りなければ切り札のF-22を投入する腹積もりでしょう」

まあ、これは“おとぎばなし”の中のエピソードに基づく推論が大半だが、現在の状況から考えてまず確実にそうなっていくだろう。

「だが…仮にF-22で他国の戦術機を圧倒したからと言って、それを売るつもりなど米国にはないのではないかね?」

一人の帝国軍高官がそう疑問を投げかけてきた。 御尤もですが…

「はい、確かにF-22自体を売る気は無いでしょう…しかしその性能、特にステルス機能に裏打ちされた凄まじいキルレシオを見せつけることで、同種の機能を搭載した自国機を売り付けることは十分可能でしょう」

「ならばなおの事、自分たちの方からアラスカに飛び込んで行く理由は無かろうが!」

大伴中佐の言葉に大半の人間が頷くが…

「その場合は…米国はこの帝国に直接、ブルーフラッグを1対1で申し込んで来るでしょう。 そして政府もそれを拒むことは難しいかと…」

「ぐ…」「う…」「…くそっ」「おのれ…」「…腑抜けが」「米国め!」

その場の人達は誰もが言葉少なに政府と米国への怨嗟の声をあげるが、それは大きい声ではなかった…無理もない、この連中の大半は状況次第では2年後には国産機推進派から外国機導入派へと鞍替えするんだから。

何故わずか2年でこうもあっさりと宗旨替えをするのか…“おとぎばなし”の後日談では12.5事件の際に見せつけられたF-22の性能に脅威を感じたためとあるが、本質的な理由は違うだろう。

要するにこの連中は…自信が無いのだ。

舶来指向と国産主義、相反する考えのように思われるが…実はこの二つはある意味コインの裏表なのだ。

かつて我々の世界で第二次世界大戦が終了し日本が戦後の復興に励んでいた頃の話だが、米国から輸入していた物よりも優れた品質の電子部品を試作することに成功した企業があった。

歓び勇んで企業の担当者は当時の通産省へ出向き、そのデータをプレゼンしたのだが…担当した官僚たちから『米国製以上だと?貴様らにそんな物が作れる筈か無かろうが!ウソも大概にしろ』と言われたそうだ。

悔し涙を堪えながらその企業は地道に販売を続け、やがて他でもない米国の大手企業にその品質を認められ、成功をおさめた。

その後、通産省のお偉いさんの言う事は…『我々の指導の下、わが国の企業が世界に通用する製品の開発に成功した』というものだったとさ…やれやれ情けない。

目の前のこの連中もそれと同じなのだろう…自分たちが何かを判断するための基準を持たず、米国製が優れていると見れば舶来指向に傾き、自国がいい物を作ったと思いこめば国産主義に染まる。

何のためにどんな物が必要なのか、それを考える基準を確立しない連中が国家や軍の首脳を占めれば…いやいや、これはマズイな…狭霧尚哉や烈士たちと同じ思考に陥りそうだ。

なんにせよ巌谷中佐がしようとしている事は、このウマシカ達の国産主義一辺倒に傾いた頭を少しでもマシにしようという目的と他国の技術や手法を取り入れることで技術や戦術の幅を広げ、篁中尉ら若手の士官や技術者たちに新しい視点や経験を積ませたいということなのだろう。

その考え自体は立派と思うが…しかし私の頭の中にはある不安が存在している。

かつて種子島において鉄砲の技術を入手するために、事実上生贄となった少女…

そして近代砲術の始まりを告げるために働きながらそれを国粋主義者に疎まれ陥れられた男、後に“高島平”という地名の元になった人の悲運…

篁中尉や巌谷中佐がその二人のような“時代の生贄”になってしまうかもしれない…

その不安をどうしても頭の中から拭い去ることが出来ないでいるのだ…私は。

やれやれ、どうもあの人たちに対する…いや、この世界に対する感情移入が少し過剰になってしまったようだ。

もとからこの世界のために最善を尽くす(自分の権限内でだが)つもりではあるのだが、あまりに思い入れが強過ぎると返って良くない結果を生みかねない…そのことを忘れないようにしないとね。

私がそんなことを考えている内に、巌谷中佐の説得で純国産派の皆さんもその殆んどが(渋々ながら)納得してくれたようだ。

もっとも大伴中佐だけは別のようで、凄い表情で巌谷中佐を睨んでいますなあ…先が思いやられる。

だがこれで概ね今回の目的は達成されたといってもいいだろう。

まずはX1の採用とプロミネンス計画への参入、X2採用への布石、99型電磁投射砲の小型化と改良案の採用、そして不知火改修の日米共同開発案…取りあえず今日のところはこのくらいでいいだろう。

他にも色々と仕込んでいるものはあるけれど、いきなり全ての札を晒すのは下策ですからね。

この人たちを相手に駆け引きをするためには後にとっておいたほうがいいだろう。

議長が採決をとり、日米共同開発の提案が決定された…ただし、大伴中佐の抵抗で日本が主導権を握る契約にすることが前提とされた。

まあそれはいいでしょう…何故なら私もそのつもりでしたからね。

問題はその為にはどうしても香月博士の、いや神宮司軍曹の協力が必要なのだが…あの“麗しき女狐様”がタダで彼女を貸してくれるなんてことはもちろんありえないだろう。

さて、横浜へ献上する品物は何にしようかな?

そう考えながらすっかり冷めてしまった合成玉露を一口啜るのだが…不味いねこれ。

軍に納入する合成玉露も開発品のリストに加えよう。

お茶の味がマシになればひょっとしてこの人たちの頭の中も…いや、無理かな。

「諸星課長」

「え?ああ、光菱重工さんの…」

私が考え事をしていると会議が終了して巌谷中佐と光菱重工の役員さんが眼の前にやって来た。

「君が思い描いた通りの画になったようだが、大丈夫だろうね?」

…失礼な、あなたや巌谷中佐だって同じことを考えていたでしょうが。

実際、私はあんたたちの計画に便乗しようとしているだけなんだよ…言えないけど。

「ええ、実はその“大丈夫”にするために今私は横浜への供物に何がいいかを考えていたところでして…」

「横浜…か」「むう…」

二人とも不機嫌な顔で黙り込む。

まあ、香月博士に対する不信感はいかんともし難いのでしょうが…お二人ともそんなことよりさっきから暗い視線をこちらに向けているあの大伴中佐殿を警戒すべきじゃないでしょうか。

私が視線でそれを告げると、彼ら二人は無言のまま表情で“こっちは我々が何とかする”と言ってきた。

「…それじゃあ、さっそく帰って機体の製作にかかりましょうか」

「何?」「機体?」

「無論、新型機のベースとなる機体の事ですよ…ああ勿論、我々が作るのは部品のみで組み立てや調整はそちらにお任せしますが」

「…それは確かに有難いが、出来るのかね?」

「…じつはもう取りかかっておりまして」

「!」「むう…」

…そう、すでに今後のスケジュールを考えて我々は撃流の技術を流用した壱型丙の機体部品の製造に取り掛かっていたのだ。

「…計画を効率よく進めるためです。 上手く辻褄を合せて下さい」

「…いいだろう」「わかった」

二人とも理解が早くて助かりますな…ほんとにこんな人たちがもっと多ければ私の苦労も…いや、その場合は初めから私の出番なんてなかったかもね。

まあそんなことを考えていても仕方ないか…さあ帰ってからまたお仕事だ。

 
 
 
第18話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第18話「多忙な昼と意外な夜」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/12/26 09:06
第18話 「多忙な昼と意外な夜」

【2001年1月30日 夜 松鯉商事本社】

いやはや、今日は実に忙しい一日だった…

本来月の末日と云うものはその月の仕事の締めを行うのだから忙しくて当然なのだが、我が松鯉商事にとって今月の月締めは殊更忙しいことになっていた。

まあ全てはこの私の責任なのだが…

本来は中小…いや弱小商社に過ぎないわが社が国連軍や帝国軍に様々な物資や技術を提供し、国策までも左右するような仕事に参入してしまったのだ。

当然、仕事の量は(事務だけでも)膨大な数に膨れ上がり、今日は朝から会社をあげててんやわんやの大騒ぎだった。

帝国軍へのX1の納入と契約、“撃流”関連技術の各方面との契約や利益の見積もり、国連軍横浜基地とのX2や極秘の新技術開発、さらに合成食品の納入契約と京塚レシピをマスターするための人員の選抜、X2に関して斯衛軍との契約(これに関しては紅蓮大将がかなりの便宜を図ってくれた)、さらに不知火改修計画にX1をプロミネンス計画にねじ込む話、さらに改良型電磁投射砲の設計と試作、そして米国のマッコイ・カンパニーとの取引…ML機関の入手の催促やマッコイ老にX1の利権をどの程度任せるのかの駆け引き…

「いや~流石にもういっぱいいっぱいですかねえ?」

午後9時を回った本社の社長室で私は社長と話をしていた。

「うむ、すでにこれはわが社のような弱小企業の容量を完全に超えてしまっているだろう。 残念だがそちらの鎧衣課長さんのお力にすがるしかなさそうだね」

現状では抱えこんだ仕事の大きさにわが松鯉商事の仕事の処理能力が追いつかない…

わたしの意見に社長も同意して、目の前で緑茶(本物)を美味そうに啜っている鎧衣課長に話を振る。

「はっはっはっ…いやいや、お二人にそうも期待されては私としても誠心誠意応えない訳にはまいりませんなあ~」

…あまり誠意が感じられませんよ、鎧衣課長。

このタヌキ課長に何をお願いするかといえば…早い話がウチの会社が手がけている帝国軍関連の仕事を帝国情報部に召し上げて頂こうと云う話なのだ。

我が松鯉商事は成り上がりとさえ言えない弱小商社だ。

従って資本も人員もごく限られたものでしかなく、社長の人脈(プラス私のチート技術)だけが会社の武器と言ってもいいだろう。

そんな我々が複数の国策案件(それも軍事関連)を手掛けるなど元々無理があり過ぎた話なのだ。

チート技術を見せつけて口八丁で契約をまとめても仕事を維持する基礎体力がわが社にはない。

だが、それならばいっそのこと誰かに仕事の負担を受け持ってもらえばいい。

たとえば帝国軍からの出向(軍関連の仕事ではよくあることだ)という形をとって、帝国軍や政府向けの仕事を実質任せる訳だ。

会社の取り分が減るのでは? いやいや、どの道国策事業…特に軍事関連のお仕事と云うものは殆んど儲からないものなんですよ…この国では。

政府や軍のエライ人たちは軍事関連の仕事については滅私奉公をするのが民間企業の務めだと信じて疑わないし、それにタテつく人もあまりいない。

(まあ、この世界の日本に関して言えば国の状況からして滅私奉公にならざるを得ないが…)

機体構造材やOSのパテント以外の利益など初めから期待しないほうがいいくらいなのだ…それだけでも十分な利益になるしね。

仕事ばかり膨大に増えて儲けがないのならば軍や政府のお仕事は(事務手続きだけでも)彼らの派遣してくれる軍人さんやお役人に任せてしまったほうが得だろう。

ただ問題なのは、下手な人間に来てもらっては困るということだ。

欲をかいてわが社の他の仕事にまで手を突っ込んだり、会社そのものを乗っ取ったりなんてことをされてはたまったものではない。

そこでお互い気心の知れた(?)鎧衣課長に人員の派遣をお願いしようと云う訳なのだが……その為にはある程度までこちらの手の内を明かしておかないと、後で何を仕掛けてくるか分からないんだよねこの人は。

まあもうすぐ榊総理もいらっしゃることですし、彼と一緒に私のお話を聞いて頂きましょうか…それと“ウチの先生”のお話も。

そう、今日これから榊総理とこのタヌキ課長を我が土管帝国へと案内してわが国の指導者…つまり“先生”との“首脳会談”が行われる予定なのだ。

ただその前にこの用件を片付けておかないと…

「それでですね課長、ここに派遣して頂く人員の事ですが…」

「ふむふむ………ほほう………なんですと?」

私の話す派遣人員の条件について聞いていく鎧衣課長の顔は、次第に面白がっているものから呆れて物が言えないといったものへと変化していった。

「…いかがでしょう?」

「諸星課長、それは本気で言っているのですかな?」

「無論、本気ですが」

むしろ“正気か?”と言いたげな顔の鎧衣課長に対してきっぱりと答える。

まあ自分でも流石に無茶苦茶な要求をしているのは解っているのだが、ここはどうしても聞いて貰う必要があるのだ。

「……何故、そんな無理な条件で人選を?」

「必要に応じてアラスカへ行ってもらうことになるでしょうし、そこから何があっても任務を遂行した上で生還出来る人が望ましいからです」

「ほほう…『何があっても』ですか」

「はい」

「諸星課長」

「何でしょう?」

「一体、アラスカで『何が』起きるのですかな?」

すでに鎧衣左近の顔は笑みを消していた。

微かに殺気さえも滲ませるその表情に気圧されそうになるが…負ける訳にはいかない。

「…それは後程、総理が見えた後で」

「ふむ…ではその時に」

「分かっています、それでは人選の方を宜しくお願いします」

「やれやれ…香月博士といい君といい、まったく人使いの荒いことだ。 年長者にはもっと楽をさせるように気を配るべきだろうに」

「確かにそうですが、年端もいかない少女たちに必要以上の苦役を課さないための処置も含まれていますので…」

…それはだれのことかね? とはこの男は聞いてはこない。 思い当たる節があり過ぎるのだろう…色々と。

自分の娘を含めた207Bの少女たち、そして…煌武院悠陽。

彼女たちに降りかかるであろう運命と云う名の苦役にこの男は(今では私も)深く関わっている。

決して好んでやっている訳ではないだろうが…彼女たちのこの先に待ち受ける運命を考えると少しは援助したくもなるのだ…自分の仕事の本筋からは少々外れるのだがね。

そんなことを考えていると、ビルの裏口の方に人の反応があった…どうやら今日の主賓がいらっしゃったようだ。

鎧衣課長も気配を察したようだ、眉を微かにはね上げた。

「ふむ…どうやら」

「…いらっしゃいましたか」

「おお、それではお迎えせねば…」

社長があたふたと立ち上がり、事務所の入り口へと向かう。 私と鎧衣課長も後に続いてそちらへ行くと…本日のお客様である日本帝国内閣総理大臣・榊是親様がおいでになりました。

「これはこれは榊総理、このような場所へ来られるとは…」

「いや、こちらこそこのような夜分に申し訳ない。 松鯉商事の封木社長さんですな?榊是親です」

社長に対して丁寧に挨拶をした榊総理は、そのまま静かな視線をこちらに向けてきた。

「お待ちしておりました榊総理、お忙しいところを申し訳ありません」

「いや、君の方こそ昨日は大変だったようだね…話は私も聞いているよ」

「その件では口裏を合わせて頂いて本当に感謝しております。 おかげで話が速やかに纏まりました」

「うむ、国の防衛と予算の双方に意味を持つ案件だからな。 これで少しでも国内の様々な問題が好転してくれればいいのだが…」

「ええ…それでは総理、御案内を…あれ?」

「…おや?」

私の電脳メガネのサーチ機能と鎧衣課長の第六感の双方にほぼ同時に引っ掛かるモノがあった。

「…? どうしたのかね二人とも」

訝しげな表情で訊ねる榊総理に私が逆に質問する。

「総理、今日の予定をどなたかにお話しになりましたか?」

「いや?誰にも言っておらんよ。 警護のSPたちもビルの下で待っておる筈だが」

「…ふうむ、だとしますと?」

鎧衣課長の呟きを聞きながらメガネのサーチ機能をフルに働かせると、ビルの中に侵入してきた人影が電脳の中に映し出される。 これはどうやら斯衛の宇宙怪獣…じゃなくて紅蓮大将のようですな。

しかし他にも3人の人間の反応があるのだが…さてこちらはまだデータ登録されていない反応、つまり私の知らない人達ということになりますが…3人ともどうやら女性のようですな。

あの怪獣大将、何を考えて女連れでここに乗り込んできたのか…いやひょっとして何も考えて無かったりして。

やがて紅蓮大将とお連れの3人は事務所のドアの前にやって来た。

「こんな夜分に何の御用ですか?紅蓮閣下」

向こうがドアをノックする前にこちらから先制して声をかけると…

「うむ、よくぞ見破った!いかにもわしが帝国斯衛軍大将紅蓮醍三郎である!」

お定まりの台詞と共にドアが開き、宇宙乃王者が侵入してきた。

「紅蓮大将、どうしてここに…む!」

榊総理の言葉が途中で途切れた。

紅蓮大将に続いて事務所に入って来た女性の顔を見たからだった。

赤の斯衛の制服に長い髪、そして眼鏡、その鋭い顔立ち…まさか、いや確かに先日横浜基地で私を遠くから監視していた彼女に良く似ている。

横を伺うと、榊総理も鎧衣課長も“まさか”という顔をしている。

…なるほど、つまりはそう云うことですか。

「…まさかこれほど早くお目にかかれるとは思ってもみませんでした…殿下」

私の言葉に社長がぎょっとしたように反応する。

「…諸星くん、いま…なんと?」

私は黙って入り口の向こう側を見詰める…鎧衣課長や榊総理も同様に。

そしてドアの向こうから事務所に入って来たのは…まぎれもなく政威大将軍・煌武院悠陽その人だった。

「…このような夜分に突然の訪問、誠に申し訳ありませぬ」

「殿下、何ゆえここに…」

突然の訪問を詫びる殿下に対して、榊総理が問いかける。

同時に彼は傍に立っている紅蓮大将とおそらくは付き人の侍従長と月詠真耶、この三人に無言のまま非難の視線を送る。

“どういうつもりだ!”

おそらくはそう言いたいのだろう。

無理もない、せっかく自分がことの信頼性と危険性を一人で確かめようとしているのに、よりにもよって最も近付けたくない人をここに連れてきたのだから。

私としても大いに文句を言いたいところだ。 殿下が来るとなればお茶も茶菓子もそれなりの物を用意しなければもてなす側の(つまりはこちらの)沽券にかかわるではないか!

…いや、決して榊総理に番茶と煎餅だけお出しするつもりだった訳ではないがしかし、やはり高貴な女性をもてなすという事はですな「そなたが諸星ですか?」…おっといけない、つい考え事を…

「初めて御意を得ます煌武院殿下、自分が諸星段であります」

「政威大将軍煌武院悠陽です、この度の斯衛への尽力に心より感謝します」

尽力?…ああ、X2の件ですな。

「恐縮であります殿下、して本日は何故ここに?」

「はい、本日の会談にこの悠陽も同席させて頂こうと思って此処に参りました」

「…お待ち下さい殿下、この件は未だ確かなことが分かってはおりませぬ。 何卒、この榊が確かめるまでお待ちを」

「榊、そなたがこの身を気遣ってくれるのは有難いのですが、わたくしはこの者の申す“指導者”に何としても会わねばなりません」

「それは…何故」

……成程、やはりそう言うことか。

「紅蓮閣下、利府陣君を締め上げて吐かせましたね?」

「…人聞きの悪いことを言うな、帝都城に呼びつけて少しばかり稽古の相手をさせただけだ。 まあ、その合間に少々質問などもしたがの」

私の質問にさらりと答える紅蓮大将だが…おい、怪獣大将!あんたのそれを世間一般では“拷問”とか“暴力を伴う尋問”と言うんだよ。

いくら改造人間の鳴海くんでも少々可哀想過ぎるだろうに。

「…いやそれがあの男、少し強めに奥義を使ったらあっさりと全て吐きおってのう」

「全部…ですか?」

「うむ、最近の若い者はすぐに音をあげてしまうのう」

あのヘタレ! いや確かに紅蓮閣下が本気で聞いてきたら話してもいいとは言っておいたけど…

(だからってなんで殿下にまで話したんですか!?)

(いや、それがのう…あ奴を締め上げて話を聞いておるのを殿下と真耶に聞かれてしもうてな)

(それでこうなったと…でもこちらは何のもてなしの準備も出来てませんよ)

(茶などどうでも良かろうが)

(タヌキや怪獣を基準に考えないでください!)

(…ほおう、それはどう言う意味かの?)

「よろしいですか、二人とも」

「「は、なんでございましょう殿下」」

ついうっかり密談に夢中になっていた私と紅蓮大将に悠陽殿下が声をかけてきた。

…思わず声が隣の怪獣とユニゾンしちゃったよ。

「諸星、この身をそなたの言う“土管帝国”とやらに案内しては貰えませぬか?」

「殿下!」「いや少々お待ち下さい」「なりませぬ!まずはこの月詠が…」「そのような胡乱な場所へなど…おやめ下さい!」「むうう…ふう、さてどうしたものかのう」「諸星君、どうしよう?」

いやはや、総理も鎧衣課長も月詠真耶嬢も侍従長も紅蓮大将もついでに社長まであたふたとしちゃってまあ…ことがことだから無理もないか。

「………分かりました、御案内致します」

少しだけ考えた末に私はそう答えた。

「諸星課長!」「貴様!」「一体殿下をどこへ連れて行こうというのですか!」

総理と月詠嬢と侍従長の三人が同時に噛みついてきたよ…ああ怖い。

「いえ、せっかくおいで頂いたのに何のもてなしも出来ずにお帰り頂く訳にもいきませんので」

「…そう言う問題ではなかろうに」

「まあ、そう言うな。 いざとなればわしも真耶もおるでのう」

「ですが閣下!この男が果して「真耶さん」…はっ」

なおも言い募ろうとした月詠真耶を殿下の声が遮った。

「かの者がこの男を信じて身を寄せているのならば、わたくしもまた信じましょう」

「殿下…」

殿下のお言葉でようやく周囲の人たちも(不承不承)納得してくれたようですな、さてそれでは…
 
 
「……ああタチコマくん、モロボシだけど先生に伝えてくれないかな?これからそっちへ行くんだけど、実は煌武院殿下…そう将軍様も一緒なんだ…うん、だからええと…お茶菓子は全部で8人分必要だから…ああ、それを出してくれると…うん、それと“チビ”はもう出来てるっけ? …そうか、なら問題はないね、じゃあ先生によろしく…え?何?先生が?…白装束?屏風?介錯を頼む?…止めなさい!今すぐ止めなさい!…… 中略 ……うん、うん、ああ落ち着いた?それじゃあこれからそっちへいくから」
 
 
黒電話の受話器を下ろしてお客様たちの方を見ると……やはりと言うか地球外生命体を見るような視線が向けられていますなあ~はっはっは。

まあ、鎧衣課長や紅蓮閣下は慣れているのであまり気にしていないようだが…

悠陽殿下はキョトンとした顔でなにか珍獣を見るような目で見てるし、侍従長と月詠嬢は険しい表情で殿下を護るように彼女の前に出ているし…そんなにバケモノ扱いしなくてもいいじゃないか。

「…え~それでは皆様、これより我が“土管帝国”へ御案内します」

「…諸星課長、今の電話は? なにやら物騒な単語が聞こえたが?」

「ああいえ、大した事ではありません総理。 殿下がいらっしゃると聞いて、ウチの先生がパニックを起こしかけただけです」

「…パニック?」

「ええ…なんといいますか……会わせる顔がないと言ってまして」

「会わせる顔?」

私の言葉に榊総理と鎧衣課長は訝しげな顔をし、紅蓮大将や悠陽殿下たちは一様に重い表情になる。

「…諸星、かの者の所に案内を」

「かしこまりました殿下、こちらへどうぞ…ああ社長、留守番をお願いします」

「うん、任せなさい。 そっちを宜しくね」

「はい、行ってきます」

悠陽殿下の言葉に従い我々は留守番役の社長を残して、転送用のコンテナのある上階に向かった。

さあ、ここからが正念場だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【土管帝国内・某所】

土管帝国のとある場所、そこでは大急ぎで悠陽殿下をお迎えするための準備が進められていた。

《モロボシはん、そろそろ来る頃やろか》

《そうですね~ でもこっちの準備もなんとかなりそうだし、先生の方は大丈夫~?》

《うん、さっき落ち着いていたから多分大丈夫だね~》

《あ、噂をすれば先生だ。 先生~》

「ああ…さっきは済まなかったね諸君」

《いえいえ~どうかお気になさらず~》

《準備の方はええ具合に出来とるで~》

「そうか、なら安心だ… 仮にもあの方をお迎えするのだからな」

《あっ、来た!来ましたよ先生!モロボシさんたちです~》

タチコマくんたちの一機がモロボシたちの到着を確認し、“彼”に告げた。

やがて“彼”の視界にこちらへ向かって歩いてくる数人の集団が見えてきた。

その集団の中から一人の少女が前に出て“彼”の方へ小走りで近付いてくる。

「殿下…」

“彼”の口から呻くような言葉が漏れる。

やがて目の前に来た少女…煌武院悠陽は目に涙を浮かべて“彼”の名を呼んだ。

「萩閣……よくぞ無事で」

彩峰萩閣…3年前に死んだとされていた男である。


 
 
 
第19話に続く




[21206] 閑話その3「光州の亡霊」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/12/29 22:28

閑話その3「光州の亡霊」

1998年1月 朝鮮半島、ユーラシア大陸から人類が追い出されるか否かを賭けた…いや事実上撤退を前提とした光州作戦の最中、日本帝国軍の司令官、彩峰萩閣中将の下に一人の訪問者の姿があった。

「…成程、それが私の運命か」

「…と決まった訳ではありません。 現在の帝国軍の位置を移動させれば状況を多少は変えられるかも知れません…もっとも最終的に朝鮮半島が陥落するのを防ぐことはどの道不可能ですが」

「うむ、そのことは既に11軍の総司令部も認識している…今頃はどれだけ戦力の消耗を抑えて撤退し、その後で敗北の責任を誰に取らせるのかを考えている最中かも知れんな」

「このままいけばそれを考えるまでもなく、彼らはBETAの腹の中に収まるだけでしょうがね」

「そして、そのツケを日本帝国が支払うことになりかねない…わたしの命だけでは到底払いきれない負債だな」

「“おとぎばなし”によれば榊総理があなたを生贄にして上手く状況を取り繕いますが、結局それが彼に対する国内と米国の怨みを買う事になり、彼もまた命を奪われます」

「私の失敗のせいで…是親殿、悠陽様…申し訳ありません…」

「…信じて頂けるのですか?彩峰閣下」

「そうだな、君の見せてくれた物からしておそらく真実を語ってくれているのだろう…私はそう思っている」

「では…」

「いや…全部隊を移動させることは出来ない相談だ」

「!…しかし、それでは……」

「現状の避難状況を実質支えているのは帝国軍と韓国軍の二つだ…この内帝国軍がここを離れてしまえば難民たちを移動させることが事実上不可能になるだろう、それでは米国の意向に逆らってまでしてきたことが無駄になる…それでは意味がない」

彩峰中将が目の前の男に言った通りであった。

作戦当初から韓国軍や大東亜連合軍と連携して難民の撤退を優先する作戦行動をとってきた彩峰中将ら日本帝国軍が、今ここで突然方針を転換して米国軍の支援に回ったとしても却って日本の立場は悪化するばかりだろう。

作戦当初…いや日本を立つ以前から彩峰中将は政治的・軍事的制約の中に閉じ込められた状態にあった。

朝鮮半島陥落が間近に迫る中、少しでも今後の国土防衛のために戦力を温存したい軍部と、日本が国際的な村八分になることを避けるために無理を承知で派兵を推し進めたい政府、さらに日本の協力を当然のように求める米国(状況を考えれば確かに当然なのだが)、大陸陥落を前に難民たちを一人でも多く避難させたい韓国やアジア諸国、つまり大東亜連合の政府と軍部…

ごく大雑把に見るだけでもこれだけの利害対立が出兵する帝国軍、いやその司令官である彩峰萩閣中将を縛っていた。

本来であればこれらの利害調整は作戦遂行の決定以前に政府間で行われていなければならない筈であった。

だがそれは多国間の足並みの乱れがバンクーバー協定の崩壊に繋がることを恐れた国連と、強引に自分たちの主張する作戦内容を押し付けてきた米国の姿勢が原因で、表面上はなされたが内実は伴わないというものになってしまったのだった。

そしてその不協和音は作戦開始直前になって水面上に現れた。

大東亜連合の軍司令部が国連第11軍総司令部の方針に反して、難民たちの避難を優先することを表明したのだった。

そして、これが彩峰中将の立場を決定的に追い詰めることになった…

彼が日本帝国の政府と軍上層部から与えられた任務は、対立する東アジア諸国と米国の双方に恩を売り、決して負債を作るな…なおかつ部隊の被害を最小限に抑えろというあまりにも困難、いや理不尽なものだったのだ。

(しかもそれは明文化された命令ではなく、もって回ったような言い回しによる圧力だった)

そんないい加減で無責任な命令は無視して箇条書きされた部分の任務を遂行すればいい…彩峰萩閣と云う人間にそれが出来れば良かったかもしれない。

だが彼はその無責任極まりない命令の裏にある政府と軍部、それぞれが抱える苦衷…日本の明日を案じるが故に自分に突きつけられた無理難題の意味を理解できる人間であった。

朝鮮半島が落ちれば次は日本本土が最前線になる。

押し寄せて来るBETAを帝国軍の力だけでは到底抑えきれない…なんとしても米国をはじめとする国連加盟諸国の力が必要だった。

そして米国の方針、G弾ドクトリンに基づく戦略を日本本土の上で展開されたら、たとえBETAを撃退出来たとしても戦場になった土地には二度と人間が住めなくなるかもしれない。

それを抑えるためにも米国以外の国、特に近隣のアジア諸国や太平洋諸国との関係強化が必須であった。

その一方で、やはり戦力としても兵站の供給元としても一番頼りになるのは米国である。

この国からの兵力や物資の援助がなければ到底戦力が足りない…故に米国の機嫌を損ねることも出来ない。

どれ程身勝手で理不尽な命令に見えても、日本帝国の明日のためには止むを得ない事情があったのだ。

追い詰められた状況の中で、彩峰中将は大東亜連合との連携を選択した。

それによってアジア太平洋諸国との関係を保ち、米国と国連への言い訳は自分の首を榊総理に差し出させればいい。

国連軍司令部が壊滅でもしない限りはそれでなんとかなる筈だった…そう、国連軍司令部が壊滅さえしなければ。

だが今、彼の目の前にいる男は彼にとって最悪ともいえる未来を予言し、同時にそれが単なる戯言ではない証拠にいくつかのありえないモノを彼に見せたのだった。

突然自分の前に現れ、出来れば起きて欲しくないと思っていた最悪の事態を予言する男…だが彩峰萩閣はその男に対して、静かに感謝の言葉を述べた。

「よく教えてくれた…心から感謝する」

「しかし閣下、この現状をどうなさるおつもりですか?」

男の疑問に彩峰中将は笑って答えた。

「なに、簡単なことだよ…私が愚か者になればいいだけのことだ」
 
 
 
 
 
秘密の会談を終えて帝国軍の駐屯地から出てきた男は夜空を見上げて溜息をつくと、ぼそりと呟いた。

「しまった、サインを貰うのを忘れていた……さて、どうするかな?」

その直後、夜の闇に溶け込むように男の姿は消えた。

その場を偶然通りかかった二人の兵士がそれを見て大声で騒ぎだすが、この時その二人の話を本気にする者は誰もいなかった。
 
 
 
 
 
 
数日後、国連軍司令部の府陣している方面へBETAの大規模侵攻が始まり、総司令部は撤退が間に合わず壊滅の危機を迎える。

だがそこに彩峰中将が帝国軍部隊の中から選んだ精鋭部隊を率いて到着、国連軍司令部が撤退を終えるまで持ちこたえるために死戦を覚悟の支援攻撃を開始する。

結果、彩峰中将以下支援に到着した帝国軍部隊の全滅と引き換えに国連軍総司令部は壊滅を免れ、無事朝鮮半島を脱出することに成功した。

作戦終了後、彩峰中将の犠牲で米軍部隊と国連軍司令部が助かったことについて、日本国内では米国を非難すべしとの声が上がったが、榊総理ら政府の根回しによりそれはなされなかった。

そして米国の一部からは彩峰中将が勝手な行動を取らなければ戦線の崩壊は無かった、死んだ彩峰中将と日本帝国の責任を追及すべきとの声が上がった。

だが、その彩峰中将の犠牲により米軍と国連軍が壊滅せずに済んだことと、国連軍司令部が難民の救助にあまりにも冷淡であり、彩峰中将がいなければ多くの難民がBETAに喰われていたとの声がアジア各国から上がったため日本への追及は中途半端となり、国連第11軍司令官は体調不良を理由に勇退となった。

後日、彩峰中将と彼の下した判断については様々な見解が出された。

曰く、無辜の人々のために苦しい決断をあえて下した仁将…

曰く、本来の指揮系統を無視した挙げ句に、兵力分散という愚挙により多くの部下を道連れにした愚将…

曰く、国家の無理な命令にどこまでも忠実に応えた一徹者…

曰く、アジア諸国との友好を優先したが故に米国の怨みを買った男…

曰く、特攻同然の無謀な戦法で部下を道連れにするという暴挙を行った男…

多くの見方、意見、憶測…その中に一つ奇妙な見解、いや風聞が流れた。

曰く、彩峰中将は光州においてとある亡霊にとり憑かれ、あの無謀な作戦を行ったのだ…

その噂によれば…あの作戦の数日前に、彩峰中将のもとに一人の民間人と思われる男が面会者として訪れた。

面会を終えた後、その男は帝国軍の駐屯地の出口付近でまるで煙のように消えたと、その場を見た兵士が証言した。

その直後、彩峰中将は国連軍総司令部がBETAの奇襲により壊滅の危機にさらされた場合の救援作戦の立案と部隊の編成に取り掛かった。

そして彼は数日後、何かを確信したかのように出撃して行った。

彼、彩峰中将は光州で死んだ何者かの亡霊に取り憑かれ、自ら死地へと向かって行ったのだ…
 
 
 
この怪しげな噂が真実の一部を示していると知っているものは皆無であった。

そして彩峰中将の死を疑う者も誰もいなかった。

ただ一人、その亡霊と呼ばれた男を除いては…

 
 
 
閑話その3終り




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第19話「残酷な“おとぎばなし”(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/01/05 14:10
第19話 「残酷な“おとぎばなし”(前)」

【2001年1月30日 土管帝国内・某所】

目の前にはお茶とお茶菓子が並べられていた。

お茶は静岡の一番茶、そしてお菓子は中●屋の月餅である、がしかし…

「うむ、やはり仲村屋の菓子はうまいのう」

…そうかよ、怪獣大将様。

「さてさて、この味は確かに本物ですが…この文字は、はて?中●屋?」

…気にしなさんなタヌキ課長さん、単なる歴史の誤差ですよ。

「…貴様の出す茶も菓子も、我らの検閲と毒見なしには殿下の御前には出せぬと心得よ」

…分かってますよ、月詠大尉殿。(階級に気付いたのはつい先程でした…すみません)

「ふん、このような怪しげな偽物を殿下にお出しする訳には参りません!」

…別に偽物という訳ではないんですよ、侍従長殿。
 
 
 
違う…こんな物じゃない…私が…私が殿下に出したかったのは…

いや、別に●村屋の月餅がいけない訳じゃありませんよ。

この菓子は身分の高い方にお出ししても決して恥ずかしくない代物なんです。

だが、だがしかし! 私が殿下に出そうと思っていたのは…嗚呼、出したかったのは…

灰となった京の銘菓・生八ッ橋、吉野の葛で作られた最上級の葛桜、そして寒ざらし粉と和三盆の調和によって出来る純白の越乃雪…

もう、この世界では(本物には)二度とお目にかかれないかも知れない至高の銘菓の中から、厳選した一品をお茶と共に出そうと考えていたのに…それなのに…うううっ…(涙)

「…さっきから一体、何をブツブツ言っているのかね諸星課長?」

「ふむ、どうやら突然殿下をお迎えした為に頭が茹で上がってしもうたようだのう…」

…あんたが言うな! 一体、誰のせいでこうなっていると思ってるんだか…まあ、言っても無駄か。
 
 
現在、私と紅蓮大将、鎧衣課長、月詠大尉、侍従長の五人は土管帝国のとある場所でお茶を飲みながら殿下と榊総理、そしてウチの先生こと元帝国陸軍中将・彩峰萩閣との会談が終わるのを待っていた。

…3年前、光州作戦の最中で命を落としかけていた彩峰中将を我々は助けた。

もっとも“助けた”と言っても辛うじて命だけは助けた…というだけだ。

津波のように押し寄せるBETAの攻撃にやられて、すでに心肺機能は停止寸前でまもなく死亡するのは確実…そんな状態だったのだ。

もっと早く助けられなかったかって? それは無理なのだよ諸君。

私が勝手にこの世界の人々の命や行動を左右することは基本的に許されていない。

何故なら私は、建前上“観測員”であって“救助隊員”ではないからだ。

あくまでも緊急時において自分の身を守ったり、目の前の消えかかった人命を救ったりすることが例外的に許されているだけだ。

従って、“偶々戦場で戦いに巻き込まれた私が、目の前で死にかけていた人を救助した”という事でなければ人助けすら認められない…まあ、私の立場はそんなものだ。

…そして私が助けることが出来る人の数も限られている。

あの時点で瀕死の怪我人を救助しても、治療可能な人数は実質一人だけだった。

部下を助けろと言う彩峰中将と、自分はいいから閣下を頼むと言ってこと切れた士官。

この二人が私が救助した人間だ。(結果、命が助かったのは彩峰中将一人だけだった)

戦術機部隊の衛士達も砲兵部隊もその全員が戦って死んで行った。

その時の状況を語ると、紅蓮大将と月詠大尉は無言のまま目を閉じて死者の冥福を祈り、侍従長は声を立てずに嗚咽した。

そして私はといえば…周囲の人々が厳粛な雰囲気を醸し出しているのをそっちのけで、秘密回線でリンクした鳴海君にお説教を加えていたのだった。

《なーるーみーくーん、君は自分の置かれた状況が理解出来ているのかなあ?》

《す、す、す、すみません…》

《君が生きている事が“あの人”にバレたらどうなるか、前にも話してあげたよねえ?》

《…はい》

“あの人”とは言うまでもなく横浜を根城にしている世にも恐ろしい女狐様のことだ。

明星作戦でG弾の爆発に巻き込まれ死んだ筈の男が実は生きていて、しかも全身機械の仮面衛士1号となっていた…

そんなことを“あの”香月博士が知ったらどうなるか。

《まず間違いなくあらゆる手段を講じて君の身柄を確保して、その上で君の身体を全て分解して尚かつ君のただ一つの生体部分である脳に直接電極を繋いで電流を…》

《わ、わかりました!わかりましたからもう勘弁して下さい》

…これが脅しでも冗談でもないところが怖いんだよね。

彼女ならやる…間違いなく鳴海君は彼女に捕まったその日が第2の命日になるだろう。

…いやもちろん分解と脳の検査だけで命までは取らないかも知れないが、希望的観測に頼るのは良くないだろう。

《まあ、今更しょうがない…それより鳴海君、君はどこまで紅蓮閣下に話したの?》

《…その、俺が知っていることは殆んど全部…です》

《あのねえ…まあいいか、つまり“おとぎばなし”の存在まで話したんだね?》

《…はい》

《それと我々の世界のことも…》

《…話ました》

…どうにもまいったね、これは。

今の時点で我々が並行世界の人間であり、その世界に伝わる“おとぎばなし”そっくりの世界が他でもないこの世界だという事は、まだ知らせない方がいいと思っていたのだが…

だが、こうなっては仕方がない。 どの道目の前で月餅を貪り喰ってる怪獣に鳴海君を預けたときに、こうなる可能性は想定していたのだ…思ったより早かったけど。

《しょうがないね…それじゃあそれを前提に交渉しますか》

《あの…諸星さん》

《ん?なに?》

《殿下は今では実権を持たない人ですよ? それなのにどうして…?》

《それじゃ鳴海君、一つ聞くけどこの国の“実権”とやらは一体だれが持ってるの?》

《え?…それは…つまり…その…》

《政府かな?軍部かな?それとも官僚たち?あるいは五摂家?もしかして皇帝陛下?》

《…えーと》

《実権なんてものはね…それら全てに有ると言えば有るし、無いと言えば無いんだよ鳴海君》

《…はあ?》

そう、特に今現在の日本帝国のような国はね…だから私は会談を望んだのだ。 彼女…政威大将軍・煌武院悠陽との会談を。
 
 
 
 
 
「待たせて済まなかったね、モロボシ君」

そう言って先生たちがこちらに戻ってきた…つい先程まで向こうに見える先生用の庵の中で、総理と殿下に色々と詫びたり説明したりしていたようだが…さて、今度はこっちの番か。

「諸星…そなたには礼を言わねばなりません、よくぞこの者を助けてくれました…そなたに感謝を」

「過分なお言葉です殿下、自分はただ自らがもたらした事態に何かせずにはいられなかっただけでして…」

「…そう、そのそなたがもたらした事態…いえ、情報の源…“おとぎばなし”とやらについて詳しく聞かせては貰えませぬか?」

「諸星君、私からも是非お願いする。 君たちが知っているその物語がもしも本当にBETA大戦を左右する程のものなら、何としても知らねばならんのだ」

…やっぱりこうなるか。 殿下も総理も光州作戦の経緯を先生から聞いている以上“おとぎばなし”の中身を詳しく知りたいと思うのは当然だ。

…仕方ない、どうせいつかは殿下にも話さなければならない事だったのだ。

会談の内容次第では、榊総理には今日話すつもりでいたのだし…

今までこれは、先生にも鳴海君にも話してはこなかった…二人にとってこれは知るだけで拷問になるからだ。

勿論、ここにいる人たち全員がそうだと言ってもいいだろうが…

「殿下、そして皆さん…その話をする前に一つだけ申し上げておかねばなりません。 この物語…“あいとゆうきのおとぎばなし”の内容を知るということは、ある意味で皆さんにとって死ぬより辛いことかも知れない…ということを」

「なに?」「むう…」「ふむ?」「死ぬより辛い…?」「貴様!」「殿下に何を吹き込もうというのです!」「…死人の私にまで言えないことかね?」

「はい、ですから御覚悟が必要になります…殿下、そして皆さんも」

「…そうか、では向こうで私が「是親」…はっ」

「そなたがこの身を気遣って聞くのが辛い話を一人で引き受けてくれる…その気持ちは嬉しいが、されどこの身は政威大将軍なのです。 苦しいことから逃げる者に、その任を務める資格はありません」

「殿下…」

悠陽殿下の言葉がこの場の方針を決定したか…成程、これならなんとかなるかも知れないな…この人なら大丈夫かも知れない。

「それでは皆さん、お話しましょう…」

そして私は話はじめた…“あいとゆうきのおとぎばなし”…その物語を。
 
 
 
 
平和な世界…そこで暮らす人々、そして主人公の白銀武…幼馴染の鑑純夏、そこに現れる御剣冥夜と月詠真那と三馬鹿トリオ…平和な世界での学園生活、そして教師である香月夕呼と神宮司まりも…白銀武のクラスメートの榊千鶴、鎧衣尊人、彩峰慧、珠瀬壬姫…彼女たち(1名のみ男の娘?)に囲まれて騒がしい青春をおくっていた…そんな少年がある日突然、この世界…2001年10月22日の横浜で目覚める。

そして始まる1回目の地獄……何も分からずにBETA大戦が行われている世界に放り込まれた白銀は横浜基地で香月博士と出会い、彼女の計らいで衛士としての訓練を受け、そこで元で世界の担任教師だった神宮司教官やクラスメートだった冥夜たちに出会う…彼女たちとの出会いによって自分が本当に異世界に来てしまったと知った武は、次第にその世界で生きて行く力と意志を持ち始める。

それから総戦技演習での試練と合格…戦術機の訓練…天元山での遭難……そして12月24日に突然、横浜基地の司令官ラダビノッド司令より伝えられたオルタネイティヴ4の存在とその打ち切り、そして香月夕呼の挫折…やがて始まるオルタネイティブ5の内容…それを知らされた時の無力感…間近に迫る地球脱出のタイムリミットに武は愛する冥夜を宇宙へと送り出す。

…そして、AL5の開始。

G弾を使用して一時は全てのハイヴを潰したものの、その為に地球の環境は重力異常によって激変…ユーラシア大陸の殆んどが上昇した海面の下に沈み、南半球は広大な塩の砂漠と化した。
そして、何故かBETAが滅びずに攻めてくる世界。
おそらく…その滅びゆく世界の中で白銀武は戦い、そして死んでいった…そう考えられる。
 
 
 
「…ここまでが“おとぎばなし”の前半になります。」

私がそう言うと、その場の全員がほっと息を吐き出した。

流石にこの人達にとっては信じる信じない以前に、この話は重過ぎる筈だ…なにせ自分の娘や妹の運命が語られているのだから。

「前半か…それではまだその後の話がある、ということだね諸星君?」

榊総理が苦悩の色を顔に張り付かせながらも、私にそう聞いてくる。

「そうです…そして総理、その先の話こそが“あなた方にとって”本当の地獄となります」

「「「「「「「!!!!!!!」」」」」」」

…さすがに全員が凍りついたな。

「ふむ、“我々にとって”本当の地獄…か、それはつまり私たちの身内の運命に関する記述が含まれているからかね?」

鎧課長が冷静な声で聞いてきた。

「ええ、仰る通りです課長…ですがその前に殿下、これを御覧ください」

そう言って私は未だに顔を青ざめさせている悠陽殿下に、以前榊総理に見せたレポートを差し出す。

「そのレポートには“おとぎばなし”の中に記述された第5計画遂行後の世界に関する内容が、果して現実となり得るのかどうか…その検証を行った結果が記されています」

悠陽殿下は微かに震える手でそれを受け取り、そして読みはじめた。

周囲の人々は心配そうに彼女の様子を見守っている…すでに内容を知っている先生や総理は勿論、レポートの中身を知らない紅蓮大将や月詠大尉、そして侍従長は今にも殿下が倒れるのではないだろうかと不安な顔を隠そうともしない。

いや、もし本当に殿下が卒倒したらこの私が月詠大尉によって成敗されるんじゃなかろうか…そっちの方が心配になって来た。

ただ一人、鎧衣課長のみが表面上は泰然自若とした姿勢を保っている…大した自制心の持ち主だね、この人は。

やがてレポートを読み終えた殿下は、震えるような吐息と共にそれを手元に下ろして私問いかけてきた。

「諸星、これは確かな内容なのですか?」

「はい殿下、ですがまだその内容は不完全なものでありまして、現在横浜基地の香月博士に検証を依頼しています」

「…そうですか、それでは香月博士はすでに“おとぎばなし”の内容も知っているのですか?」

「いえ、殿下…彼女にはまだそのことは話してはいません」

「…それは何故でしょう? もしもこの物語が現実となり得るのであれば、香月博士に知らせて対策を講じるように勧めるのが上策ではないのですか?」

そう、ここまでしか知らなければ確かにそうなのだが…武ちゃんは実際にそうしたしね。

「殿下、その理由は“おとぎばなし”の後半を聞いて頂ければある程度ご理解してもらえると思っております」

「…聞きましょう、続きを」

彼女の言葉に従って、私はふたたび語り始める…白銀武の第2の地獄の物語を。
 
 
 
 
第20話に続く





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第20話「残酷な“おとぎばなし”(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/04/13 20:28
第20話 「残酷な“おとぎばなし”(後)」

【2001年1月30日 土管帝国内・某所】

殿下の言葉に従って、私はふたたび語り始める…白銀武の第2の地獄の物語を。
 
 
 
死んだ筈の白銀武は何故か再び2001年10月22日の横浜で目を覚ます。 そしてもう一度横浜基地へと向かい、香月夕呼に面会して自分のことと体験した内容を話す。

その話を受けて香月博士は彼を受け入れ、そして利用することを考え始める…白銀武はふたたび207B分隊の訓練兵として再出発し、そして再び総戦技演習を突破して戦術機の訓練で天才的な能力を発揮し始めた。

その一方で武は元の世界の経験や前回の記憶を基に戦力の改善策となるXM3の開発や新潟に上陸するBETAの迎撃、そして珠瀬次官の訪問を狙ったAL5推進派によるテロ工作、HSSTの墜落による横浜基地の破壊を未然に防ぐことに成功する…そして香月博士の理論の誤りに気付き、博士の作った機械で一時的に元の世界に戻って香月教諭から理論を回収して、オルタネイティヴ4の成功へ近付けることに成功する。

だが、その歴史の改変によって天元山の一件を引き金にした帝都でのクーデターの発生、そしてクーデターの首謀者である沙霧尚哉による榊総理の暗殺…
 
 
「暗殺…尚哉が…是親殿を…」「なんと…」「………」

先生と殿下は思わず声を上げ、他の人達も蒼ざめる。 そして榊総理と鎧衣課長だけは…成程、やはりそうだったのか…いや、今は話を続けよう。
 
 
混乱の拡大、そして米軍の介入…そんな状況の中、香月博士の命令で武たち訓練兵にも出動する…その先で悠陽殿下と武は出会い、様々な言葉を交わす。 その中で次第に武はこの世界の日本人としての自覚を持ち始め、沙霧たちの説得のために殿下(実際には冥夜)の護衛を務める。

殿下(冥夜)の説得で沙霧たちが投降しようとしたその矢先、米軍の衛士が突然発砲して事態は再び混乱する。 その後ウォーケン少佐ら米軍は壊滅、沙霧もまた月詠中尉に討たれれクーデターは終息に向かう。

帝国軍、米軍、国連軍…多くの犠牲と引き換えに将軍の権威は復活して、統帥権が確立…帝国は絶体絶命の危機を乗り切ることに成功する。

…そして12月10日の横浜基地でのXM3のトライアル。

予想を超える素晴しい成果に有頂天の武たちの前に、突然BETAが現れる…それを見てパニックになる武…そして打ちひしがれる武を慰めていた神宮司軍曹が生き残りの小型種によって武の目の前で喰われてしまうという悲劇。

心を折られた武は、香月博士の誘導で元の世界に逃げ帰る…それが博士の手の内だとも知らずに。

元の世界に戻った武を襲う更なる悲劇…友人たちが次々と自分の事を忘れ、冥夜や純夏までもが武の記憶を失う。 そしてついには神宮司先生の死…事故による純夏の重体…絶望する武に夕呼先生が打開策を告げ、武は決意と共にBETAのいる世界へと戻る。

そして戻った先で知った純夏の存在と00ユニットの正体…

打ちのめされながらも武は00ユニット…純夏の調律に努めながら、A-01に入隊して冥夜たちと再会し新たな仲間とも出会う。
 
 
「そして2001年12月24日…『甲21号』攻略作戦が行われました」

「!」「ふむ」「むう!」「佐渡島を…」「まあ…」「…む」「…」
 
 
多大な犠牲を払いながらも進行していく佐渡島ハイヴ攻略作戦…だが突然、00ユニットの不調により反応炉の確保が不可能と判断、最終的にヴァルキリーズの伊隅大尉がXG-70b『凄乃皇弐型』を自爆させて佐渡島もろともハイヴを消滅させた。

ようやく佐渡島ハイヴを落とし、安堵したその直後…地中からBETAの大侵攻が襲いかかる。

必死に戦う武たちだが、BETA側が今まで使わなかった戦術を使用してきたために、次第に劣勢になり追い詰められていく。

最後の手段として反応炉をS-11で破壊しようと試みたが、それさえもBETAによって阻まれる…遂に速瀬中尉がS-11を手動で点火して反応炉と共に自爆、辛うじて横浜の再占領を防ぐ。
 
 
 
《遥…水月……なんで…モロボシさん…あんた…何故今まで言ってくれなかったんだ!》

秘密回線の向こう側で鳴海君が泣きながら抗議してくるが…申し訳ないが無視させて貰おう、まだ先があるのだ。
 
 
 
その被害の傷も癒えぬ内に、横浜基地はオリジナルハイヴへの史上最大の反攻作戦『桜花作戦』の準備に取りかかる……それは00ユニットのリーディングによってBETAの指揮系統や学習能力の把握、そして人類の情報がBETA側に漏れていたことが判明したからだった。

香月博士は凄乃皇四型を大至急改修して作戦に投入しようとするが、護衛の不知火が全て使えないことが判明…冥夜の願いで紫の武御雷を使用することと、月詠中尉の独断で4機の武御雷を借り受けることが出来、冥夜たち5人はこれに搭乗することとなる…
 
 
 
「…まて、今何と言った?真那の…独断だと?」

「そうです。 正式な許可を得る時間がなかったために、彼女が自らの処分を覚悟の上でそうしたと…」

「真那…さん…それでは…」

「彼女が最終的にどんな処分を受けたか…それは“おとぎばなし”の記述の中にはありません」

「「「「「「「………………」」」」」」」
 
 
 
そして『桜花作戦』が開始される。

多くの命がA-01の盾となって散っていく中、武たちはカシュガルに辿りつく…しかしオリジナルハイヴの中は地獄そのものだった、凄乃皇四型の力と冥夜たちの活躍でなんとか『あ号標的』に辿りつくも武たちを護るために榊、彩峰、鎧衣、珠瀬の4人が戦死する。
 
 
 
「!」「う…」「…」「むうっ…」「ああ…」「く…」「おお…なんと…」

その場の全員が悲痛な表情で呻き声を洩らす…さすがの私も、当事者の親兄弟の前でこれを語るのは心が痛いのだが…まだ先があるのだ、続けよう。
 
 
 
そしてついに冥夜までもがあ号標的に絡め取られ、荷電粒子砲以外の武器も殆んど尽きた武たちは絶対絶命に陥る。

そこで冥夜は武に対して「自分ごと撃て」と告げる…心に秘めてきた想いと共に。

そして白銀武は、御剣冥夜の言葉に従い荷電粒子砲を発射……遂にあ号標的を討ち果す。
 
 
 
私が悠陽殿下の方を見ると、彼女は泣いていた…無表情な顔に涙だけを流して。
 
 
 
その後、横浜基地に帰還した武は純夏がすでに死んでいたことを知らされた…悲しみに包まれながらも武は人類の未来を守った誇りを胸に、元の世界に帰って行った…
 
 
 
 
 
「…以上が、我々の世界に伝わる“あいとゆうきのおとぎばなし”の概要です。」

私がそう言うと、凍りついたように動かなかった人々が一斉に吐息を漏らした。

ショックのせいか、この場にいる人たちの顔色はまるで血の気の無い人形のようだ。(紅蓮閣下のみは逆に血圧の上昇のせいか真っ赤になって何かを堪えているように見えるけど)

その中から意を決したように榊総理が質問してきた。

「諸星君、いま君が話してくれた物語は…どの程度現実になると考えられるのかね?」

「総理、現時点のこの世界の歴史は、私が介入した光州作戦の結末を除けば殆んど“おとぎななし”の内容と同じと言っていいでしょう」

「むう…そうか…」「ふううむ…」「ぐううぬう…」「…」

榊総理たちは苦悶の表情で唸る…無理もない、もしこの話が現実になるとしたら…第4計画が挫折した場合は人類はお終い、成功したとしてもあまりにも犠牲が大き過ぎる…そしてそこには自分たちの娘や殿下の妹君まで含まれているのだ。

果して犠牲を最小限に抑えて、第4計画を成功へと導けるのか…それを思うと未来の可能性が解った分、逆に頭が痛いのだろう。(未来を知っていれば対策も簡単という訳ではない)

「…殿下、申し上げたき事がございます」

「…何でしょう、真耶さん?」

「はっ…只今のこのモロボシなる男の話、どこまで信じて良いのかはこの真耶には解りませぬ。 されどもしも僅かでもこの男の話が現実となる可能性があるようなら、冥夜様たちをこのままにしておく訳には参りません、ただちに彼の女狐のもとより取り返されるべきと存じます。」

「……それは…なりません」

「!ですが、このまま放置してもしも冥夜様が…」

なおも言い募る月詠大尉に対して、悠陽殿下は苦悩を顔に出しながらもきっぱりと答える。

「もし…もしもこの物語が今後の世界が辿る運命を暗示しているのなら、香月博士の第4計画はなんとしても成功させねばなりません…今、冥夜たちを彼女のもとから連れ戻せば国内の第4計画反対派が勢いづくことは明らかです…それだけはさせてはなりません」

「殿下…」

月詠大尉もそれ以上は何も言えず、ただ口惜しそうに俯くだけだった。

いや、流石にこの暗い雰囲気は不味いね…少しは明るい話題も出さないと。

「殿下…そして皆さん、まだ悲観的になるのは早いと思われます。 少なくとも今からならある程度の問題は克服可能なのですから」

「むう、それはもしやお主が提供してくれたあのOSと機体の技術の事か?」

「そうです、既にお気づきでしょうがX1とX2の二つのOSは“おとぎばなし”の中のXM3を部分的に再現したものなのです」

「…成程、甲21号作戦の直前にようやく帝国軍に配備されたシステムを今のうちから配備を進めておいて、衛士たちがより良く使いこなせるようにする訳だな」

さすがに先生は良く分かってますな…

そう、XM3の配備は佐渡島攻略直前だった…そのため帝国軍のXM3への慣熟は“まだまだ”と言ったレベルだった筈だ。

これをたとえX1からであっても、もっと早くからその操作性の変更に慣れておけば佐渡島を攻める時にも犠牲を減らせるだろうし、それ以前の対BETA戦においても有利に働くだろう。

それは横浜基地のA-01部隊の消耗率も抑制し、結果207Bの5人によるオリジナルハイヴへの特攻の可能性も薄れる筈だ。

そのことに気付いた悠陽殿下たちは、ようやく少しだけ明るい顔になった。

「戦術機以外の装備に関しても我々の技術がある程度、お手伝い出来ると思いますが…それより厄介な問題があります」

「殿下、総理、尚哉の事は私に任せては頂けませんか、直接会って愚かな考えを捨てるように説得します」

「萩閣…」「萩閣殿…」

先生の言葉に殿下も総理も言葉を詰まらせてますが…

「…と、先生は仰ってますが…よろしいんですか?鎧衣課長?」

「…ふうむ、それも“おとぎばなし”の中にあるのかね?」

「まあ、そう言うことですな」

私と鎧衣課長との意味ありげな会話を聞いた他の人たちは、怪訝な顔で質問してきた。

「鎧衣、それはどういう意味なのですか?」

「さて…これはそちらのモロボシどのから説明をもらった方がよろしいかと」

…そうきたか、このタヌキ親父が。

まあ確かにここは私が先に口火を切る方がいいだろう。

「…つまりですな、クーデターを起こしたのは沙霧大尉の意志ではなくて、他の人間のシナリオに沿ったものだったと言う事ですよ」

「それは…誰が?」

殿下の質問に対して私は答える。

「それは勿論、そこにいらっしゃる鎧衣課長……と、榊総理のお二人ですよ」

「「「「「!!!!!」」」」」

ああ…やはり皆さん固まってしまいましたか…無理もない、言ってみれば殺人事件の被害者と殺人教唆の黒幕が同一人物だというようなものだからね。

殿下たちは信じられないといった顔で私と鎧衣課長、そして榊総理を見詰めているが…お二人とも何食わぬ顔で黙っておいでだ。(つまりはその通りだと認めているようなものだね…これは)

「まこと…なのですか?是親…鎧衣…」

「…お主ら、何故…そこまでして」

殿下と紅蓮閣下が声を震わせて問い詰めるが…二人とも無言で私の方を見る。

…はいはい、私が説明すればいいんでしょ? このタヌキ共。

「殿下、その理由はおそらく帝国の現状を打破するためだと思われます…現在の帝国政府あるいは帝国軍の状態では、どの道この国を長期間に渡って維持する事は不可能とこの人たちは考え、その状況を変えるために国内の膿をクーデターによって取り除き、その後殿下のもとに統帥権を確立して国家の新体制を築く…それがおおよその考えでしょうな」

課長も総理も無言のまま…沈黙はそのまま肯定を意味した。

「同時にまた、このクーデターは決してこのお二人が望んだものではなく、おそらくは一部の度が過ぎた国粋主義者たちと国内外の野心家や謀略家によって誘導され、形成された状況の産物でもあったのでしょう」

「…それは、かの国の情報機関が仕掛けたことか?」

月詠大尉が歯軋りするかのような声で聞いてくる…怖いからその顔やめてください。

「はい、確かに彼らの謀略と介入がこの事件の中で大きな要因を占めていると思われます…それが全てでは無いにしても」

「おのれ…米国めが!」

侍従長までもが般若の形相になってますよ…いやとにかく説明をつづけよう。

「そのため、この鎧衣課長殿が彼ら烈士たちとクーデターをある程度コントロールして帝国にとって有益な結果に終わらせるために沙霧尚哉という人物を選び、彼らの中に潜り込ませて主導権を握らせたのでしょう」

「だが…ならば何故尚哉は是親殿を斬ったのだ!?」

「お忘れですか先生、あの“おとぎばなし”ではあなたは榊総理の決断で銃殺刑になっていたことを」

「む…いやしかしそれは私の自業自得だろう、尚哉にそれがわからぬとは…」

先生はそう言うがことはそう単純ではない。 おそらく沙霧尚哉にしても榊総理を斬ったのは単なる憎しみからではないだろう…クーデターを起こした以上後戻りをさせないために生贄が必要であり、そのためには現政権の首班である榊総理や閣僚たちを殺す必要があると思ったのだろう。

そしてやはり個人的な部分では榊総理のやり方を(国にとって必要と分かっていても)許せなかったのではないだろうか…私の解釈ではあるが。

私がそれを説明すると、先生も他の人たちも一様に苦悩の表情となった。

「ですが…何故是親は自分を斬らせたのですか?」

悠陽殿下は悲痛な顔で総理を見ながら問いかけるが…この場合答えるのは私の役目か。

『外道は外道、それ以上でも以下でもない』…これは“おとぎばなし”の中における沙霧尚哉の言葉です。 彼の覚悟と心情を言い表す台詞と言えますが、同時にこの台詞は榊総理…あなたの心にある言葉ではないでしょうか?」

「…ふむ、そうかも知れんな」

私の言葉に榊総理は頷いた…やはりこの人はクーデターを起こした(結果として彼が鎧衣課長と図って誘導した)責任をあの“自決”によってとったのだろう…沙霧大尉の最期と同じように。

「殿下、何卒お察し下さい…国家の為にございます」

「是親…」

殿下の声は殆んど涙声に近かった…いやしかし、ここであまり湿っぽくなってはいけませんな。

「殿下、そして榊総理、まだそこまで思い詰める必要はないと思いますが」

「え…?」「諸星課長?」

「現在の状況からならば、まだクーデターの逆利用という非常手段を用いずとも何とかなるかも知れません」

「!それは…一体?」「何と!?」「むう!まことか!?」「モロボシ君!」「ほほう…それはまた…」「どうすれば良いのだ!諸星!」「嘘ではないのでしょうね?諸星殿!」

そう、嘘ではない…今からならまだ間に合うのだ。

だがそのためにはこの人たちの協力と、そして覚悟が必要になる…

それがこれから試されることになるだろう。

 
 
 
第21話に続く






[21206] 第1部 土管帝国の野望 第21話「国交樹立と贈り物」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/04/13 20:33
第21話 「国交樹立と贈り物」

【2001年1月30日 土管帝国内・某所】

「さて皆さん、まず現在の帝国にとって必要な物は何でしょう?」

私が何を聞いているのか理解したこの場の全員が顔を顰める。

何故ならこの質問は本来タブーなのだ…特に彼女(悠陽殿下)の御前では。

「貴様…何が言いたいのだ?」

「真耶さん…おやめなさい」

威嚇するように唸り声を上げた忠臣(忠犬?)月詠大尉を殿下が窘める……怖かった。(ブルブル)

「それは言うまでもなく、統帥権の確立です。 現在の帝国は建前上は殿下のもとに全ての軍組織があることになっていますが、実状はバラバラと言っていいでしょう」

「むう、言いにくいことをズケズケと言いおって…だがまあその通りではあるな」

苦笑いしながら紅蓮大将が私の言葉を肯定する…まあ、先程の“おとぎばなし”の暴露に比べればこの程度は軽いものだろう。

「そうです、従って今後の状況…第4計画の推進にしろ、クーデターの阻止にしろそれを確立出来なければどの道達成は不可能ですし、仮にそれらを乗り越えたとしてもその後の帝国は非常に弱体化し、不安定な国家となるでしょう」

「…確かにその通りだが、しかしどのような方法でそれを成し遂げるというのかね?」

難しい顔で榊総理が聞いてくるが…無理もない、簡単にどうにかなるような問題ならばこの人たちもクーデターを利用しようなどと、そんな非道な手段に訴えたりはしなかった筈だ。

どうにもならないほど帝国の国内情勢が行き詰っていたからこそ、あんな非常手段に出たのだろう…しかし、私には別の手段があるのだ。

「まず統帥権ですが、建前上は殿下が持っておられることに違いはありません。 従ってその建前に現実を追従させるような状況を発生させればいいのです」

「ふむ、確かにその通りだが…どうやってその状況を作り出すのかね?」

鎧課長の疑問に周りの人たちも同調するかのように頷く。

「まあ、本土防衛軍や城内省のお偉いさんたちが協力してくれる事はないでしょうが…ならばいっそのことBETAに協力して貰えばいいでしょう

「「「「「「「な…!!!!!!!」」」」」」

私の台詞に、その場の全員が絶句した…そしてそれに続く私の説明と計画の内容に彼らは呆然となっていくのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
「…しかし、本当にそんなことが可能なのかね?」

一通りの説明が終わった後で榊総理が聞いてきた。

「まあ確かに奇天烈な方法…いえ、はっきり言ってイカサマ以外の何物でもないですがしかし成功する自信はありますし、後はそちらの御覚悟次第ですが?」

「むう…確かに千載一遇の機会を得ることが出来るがのう…」

「ふむ、その通りですな」

「…確かに、そうでしょう」

「…解った、君の作戦に賭けてみよう」

総理たちの了解が得られた…それでは法律上の問題をクリアしておかないと。

「ありがとうございます。 それではこれに署名を頂けますか総理」

「……諸星君、この書類は一体どういうことかね?」

「はい、じつはその書類にあなたのサインがないと、こちらの支援作業が実行できませんので」

「???いやしかし…何故『産業廃棄物の処理に関する合意及び許認可』の書類が必要なのかね?」

総理も他の人たちも目を点にして聞いてきますが、これを説明するのは恥ずかしいんだよね…いやホントに。

だがしかし、説明させていただきましょう…カクカクシカジカと。
 
 
 
 
 
 
 
 
「…以上がその書類と文面上の手続きを必要とする理由です」

私が事情を説明すると、周りの人々全員が今度こそ異次元生物を見るような目を向けてきた。

「その…モロボシ君、君たちの国はどうやって存続してきたのかね?…現在まで」

嗚呼総理、それから皆さんも…そんなに可哀想な生物を見るような目で見ないでください、お願いですから。

「…まあ、成り行き任せの辻褄合わせと…後は運でしょうね」

「しかし…よく国が滅びんかったのう…」

ええ閣下、はっきり言って歴史上の七不思議のひとつですよ…いやホント。

「げふん!…まあ、この件はこれでいいとして、もう一つ殿下にやって頂きたいことがあるのですが」

「何でしょう?この身に出来る事なれば喜んでしますが…」

「お待ち下さい殿下!」「迂闊にこの男の話に乗ってはなりませぬ!」

とたんに警戒心剥き出しで月詠大尉と侍従長が殿下に諫言し始める…無理もないが、ここはひとつ目の前の胡乱な男(つまり私)の話を聞いて貰わないと困る。

「皆さん、現在の帝国臣民にとって心の拠り所となるのは、やはり皇帝陛下と将軍殿下のお二人の存在でしょう」

「だからどうした?そんな当たり前のことを「では何故、殿下の為のクーデターなど起きるのでしょう?」…む、それは…」

「それはつまり国民や兵士たちと殿下との間に壁が存在し、殿下のお声やお言葉が直接彼らの耳に届かないからではないでしょうか?」

「そんなことは解っている!だが仕方なかろうが!それとも殿下と兵や民を隔てる軍部や城内省の宦官共を皆殺しにしろとでも言う気か!?」

これこれ月詠大尉、それでは烈士たちと同レベルでしょうが…まあ落ち着きなさい。

「なに、要は殿下のお声が届けばいいのですよ…少しばかり奇抜な手段を使いますがね」

「なに!?」

「真耶さん…落ち着きなさい」

「…はっ」

「具体的な手段に関しては後程説明させて頂きますが、国内の人心を安定させ統帥権を確かなものにするためには国民や兵士に殿下のお声やお言葉が正しく伝わることが必要です」

「…確かに、その通りだな」

先生が私の言葉を肯定し、他の人達も概ね同意してくれた。

…そう、結局のところ国家の実権などと言うものは何がしかの実体があるわけではないし、とどの詰り、政府や軍の首脳から一般の兵士や市民に至るまで全ての国民にどれだけ信頼され、支持されているか…それによって支えられるものだ。

その信頼や支持が無ければどんなに強大な権力を持っていてもそれは長くは続かないし、無理に長続きさせようとすれば結局、国家それ自体を擦り減らすことになる。

ちなみに大昔、わが国のすぐ近くにその無理を長期間に渡って続けた国が存在したが、その代償はあまりにも無残なものだった。

だが逆に洗脳的な教育や強制によってではなく、国民の自発的な意志により支えられた国は驚くほど強い。

政威大将軍のもとにその信頼と支持をはっきりと分かる形で集められれば、統帥権に実体が与えられるし、烈士たちがクーデターを起こす理由もなくなるだろう。 もっともそうなれば別の誰かが…いや、これはまだ考えるのは早過ぎるか。

いずれにせよ殿下の声を国民に届く方法が必要なのは確かだ。 たとえそれがどれ程奇抜でイカレた方法であっても…

「諸星、そなたの言葉を信じましょう」

「ありがとうございます、殿下」

どうやら殿下も心の中で覚悟を決められたようだ…それなら最後のお披露目と行きますか。

「さてそれでは皆さん、最後になりましたがこの土管帝国の本来の役割と目的についてお話します」

「ふむ、そう言えばまだそれを聞いていませんでしたな」

「諸星君、君が何のためにこの“場所”を作り、何をしようとしているのか話して貰えるのかね?」

総理と鎧衣課長の言葉で周りの人たちも一斉に表情を改めた。

さて、それではお話しますか…私の本来の役目について。
 
 
 
「まず皆さんに改めて私の本当の肩書を紹介させて頂きます…私は『並行地球群連合』より派遣された並行基点観測員3401号 モロボシ・ダンです」

「並行地球群連合…それがそなたの世界の名前ですか」

「はい殿下、正確にはこの世界における国連が我々の世界における並行地球群連合に相当します」

「ふうむ、それでは『並行基点観測員』とはどういったものなのかね?」

「総理、それは言葉通りの意味でして、つまり並行世界における『基点』すなわち地球の状態を観測するのが本来の使命なのです」

「むう、それはお主たちの世界がその生存圏を拡大するためのものか?」

「そうです閣下、しかしながらこの世界のようにすでに人類が存在している地球には不干渉との基本原則があります」

「ふむ…つまり余計な争いごとのタネを増やしたくないという訳ですな?」

「その通りですよ、鎧衣課長」

「しかし、君はずいぶんと我々の世界に介入している…いや無論ありがたいのだが、君の独断なのかね?」

「いいえ総理、確かに私の独断で行っている部分もありますが、基本的には連合の命令によって活動しているのです」

「ほう、しかし不干渉が基本原則と言っておらなんだかの?」

「ええ、確かに基本的にはそうなのですが…“おとぎばなし”が原因でこの世界は特例となりました」

「そうか…関わりたくはないが、滅ぶと分かっている世界をただ見捨てる訳にもいかない…そんなところかね?」

「ええ…多分先生の仰る通りなんでしょうね」

なんとも中途半端な話だが、それが我々の世界の大方の本音だろう。

私の説明を聞いたこの場の人たちはどう思っているだろう?異世界からの救援に対する感謝の念か?それとも干渉に対する不安か?あるいは自分たちの窮状を知りながら、只の観測員に救助活動をさせてお茶を濁すつもりであろう異世界への不満か…

「それで諸星君、君は具体的に何をするつもりでいるのかね?」

「総理、私が連合首脳部より与えられた役割は、この世界の人類に逃げ場がなくなった場合の避難場所の建設及び人々の誘導です。 そしてこの国、『土管帝国』はそのために作られたかりそめの国家なのです」

「避難場所…か、この“場所”それ自体が人類の避難先…いわばとてつもなく巨大な難民キャンプということか」

「はい、勿論ただのキャンプではなく食糧などの自給自足も可能ですし、工業などの製造業も行える環境が用意されています」

「確かにこの広さがあれば可能だろうが…だが、この“場所”は安全なのかね?」

榊総理が最も気になっている事を聞いてきた…つまりは乗り気、ということかな?

「総理、現在我々が“どこ”にいるかお分かりですか?」

「ふむ、そう言えば“ここ”は一体どこに位置しているのかね?」

「つまり…ここです」

私が図を書いて説明すると…全員が絶句した。

「ほおおう…いやいや、予想はしていたが…まさかさらにその上をいくとは…」

鎧衣課長だけが辛うじて声を絞り出した、ある程度は予測していたんだろうこの人は…

紅蓮閣下もさすがに唖然としているし、月詠大尉と侍従長は…え?…こっちに殺意の波動を放ってきてる?

「貴様…よりにもよってそのような場所に殿下を…!」

「今すぐ殿下をお帰ししなければ!さっさとなさい!」

いや落ち着いてくださいお二人とも大丈夫ですってばこの場所はもう3年以上前から試行錯誤を重ねて安全性を確認してきているんだしそれにBETAが来る心配もまずありえないしそれなりに安定した場所だしだから殿下をお迎えしても問題ないと判断した訳だし第一そうでなければそもそも避難先として使えないぢゃないですかああだからその刃物をしまって下さいってば私だって人間なんだから斬られたら死ぬし痛いし怖いしとにかくそんな物騒なものは鞘に納めて下さいってば殿中ではございませんが松の廊下で刃傷沙汰は勘弁してほし…

「真耶さん、お止めなさい」

「く…承知しました」

殿下の言葉でようやく月詠大尉が刀を納める…助かった。

「真耶よ、大概にせんと本当に嫁の貰い手がなく「貰い手がどうしましたか閣下?」 …いや、なんでもないぞ…うむ」

紅蓮大将の窘める台詞を絶対零度の声で封じ込めてますよこの人…今後は出来るだけ怒らせないようにしよう。

「…それでは説明を続けさせて頂きますが、現在この土管帝国は約2億人の人間を収容し、持続的に養う事が可能な状態にあります」

「ふむ…日本人だけなら全員が移住出来る訳ですな?モロボシ君?」

「はい課長、しかし残念ながらそう簡単にはいきません。 私の役目はあくまで人類全体の避難場所の建設であって、日本人のみとはいかないのです」

「うむ、しかし現在の地球全体の人口は13~14億といったところだ…到底足りないと思うのだが」

「はい、確かに現時点では足りませんが、やがては全人類を収納可能な大きさを持つでしょう」

「…本当に可能なのかね?」

「その質問にはわが国の建設用コンピューターに答えて貰いましょう…オシリス、ちょっといいかい?」

≪イエス管理者(マスター)、御用は何ですか?≫

「む!」「ほう!」「…まあ!」「ぬう!」「何!」「ひ…」

いきなり我々の目の前に、小さなマスコット人形のような立体映像が現れた為に皆さんが驚いていますが…さてご紹介。

「紹介します。 この土管帝国の建設と管理を行っている工事用AI『オシリスⅢ』です」

≪はじめまして皆さん、私はオシリス…冥界の鳥にしてこの世界の創造主…そしてこのダメ人間の監督役…≫

「げふんっ!…オシリス、皆さんに現在の状況と今後どの程度の人間を収容可能かを説明してくれ」

≪了解…現在の限界収容可能人数は約3億人、継続的収容可能人数は約2億人、今後の工事予定から推測される継続的収容可能人数は3年後に約5億人、10年後に約12億人…20億人以上の人間を収容可能になるのはおよそ14年後、現地時間で2015年となっています≫

オシリスⅢの説明に最初は目を丸くしていた人たちも真剣な顔で考え込む。 現時点では人類全体の7分の1程度しか収容できなくても、やがては全人類を収容し養う事が可能になる…だが同時にそれには時間がかかり、もしもその間に第5計画が発動してしまえば…

「諸星君、君が国連や米国ではなく我々に接触してきた理由は第5計画に関係しているのかね?」

「その通りです総理、もしも早い時期に第5計画が発動してしまえば人類の大半を見殺しにするしかなくなるでしょう」

「むうう…米国が簡単に第5計画を放棄することはあり得まい、いやそれどころかこの“避難場所”の存在を知れば逆に第5計画の前倒しに向かう可能性すらある…か」

「そう言う事です紅蓮閣下、私としてはなんとか第5計画の中に潜り込んで彼らの計画を変更させたいと思っているのですが、バビロン戦略派の力が強過ぎて迂闊なことは出来ないのですよ」

「確かに、下手をすればなにもかもがご破算でしょうなあ」

鎧衣課長…そんな人ごとみたいに言わんで下さいよ。

「現在のこの世界にとってもっとも望ましいのは第4計画の成功によってBETAを地球から駆除する事でしょう。 しかしそれが上手くいかなかった場合の保険として、この土管帝国は必要と考えます。 そして土管帝国が全ての人類を収容出来るようにするには時間が必要となります」

「もしもあと1年で第5計画が開始されれば助けられる人類の数はどれくらいかね?」

≪“おとぎばなし”の内容を仮定の条件として判断した場合、現地時間2002年1月の時点での土管帝国の限界収容可能人数は約5億人、継続的収容可能人数は約3億人となっています。 バビロン戦略の発動時点をそれより3年後に仮定した場合は限界収容可能人数は約7億人、継続的収容可能人数は約5億人となります≫

「…つまり“おとぎばなし”の記述どおりの歴史をたどった場合は最大でも7億人…現実には5億人が限界ということですね」

オシリスの回答を聞いた殿下が確認する。 そう、確かに“おとぎばなし”の内容通りに歴史が進めばそうなる…第4計画が成功すれば別だが、その為には『白銀武』という最大の不確定要因が前提となるのだ。

彼が本当に現れるのかどうか、現在の我々には知る術がない。

ならば最悪の事態を想定して対処すべきなのだ…第5計画の発動という最悪の事態を。

「さて榊総理、ここからは私とあなたの“密談”になりますが…」

「うむ、全ての国民をここに収容する方便はあるのかね?」

…さすがに良く分かっておいでだ。

「表向きは不可能ですが…この国に避難民を誘導するための“現地協力者とその家族”を収容するのはある意味当然でして…」

そう、この土管帝国の内部環境や避難民を収容したさいの準備や対策にはどうしても人手がいるし、それらの人員をどこからか持って来る必要があるのだ。

それを日本帝国に負担してもらう代わりに、彼らの家族(つまり全国民)の収容を受け入れる…もちろんこれは反則技だし、日本だけが優先となればそれを行った榊総理と私にもそれぞれの世界から非難の声をぶつけられるだろうが、お互いにスポーツ競技のつもりでやっている訳ではない…総理にしても実質何の見返りもなく多くの人員をこれにつぎ込むなど出来る筈もないし、私もそれに対してそれなりのサービスをする義務があるのだ。

…まあ、確かに日本人同志の身贔屓と言われれば完全に否定は出来ないが。

「…わかった、“こちら側”の全責任は私一人が負う。 そちらの問題は…」

「私と先生でなんとかします」「お任せ下さい、是親殿」

「是親…萩閣…モロボシ…そなたらに感謝を…」

殿下が声を詰まらせながら謝意を述べてくれる…いや、照れますな。

≪良かったですね管理者(マスター)、人から感謝されるようになるとは人間として成長された証拠でしょう…生かしておいた甲斐がありました≫

…おだまんなさい、このポンコツAI! 本来廃棄処分にならなきゃいけない君に仕事を与えたのは誰だと思ってんの。

傍若無人な人工知能の暴言に表情で言い返す私だったが、不味いことにここには観客がいたのだ。

「モロボシ君…このAIは大丈夫なのだろうね?」

鎧衣課長が興味半分な口調で聞いてきました…さて、なんと言おうか?

≪心配は無用ですミスター鎧衣、私の機能は完璧です。 現にそこのダメ管理者(マスター)を今日まで飼育…いえサポートしてきたのは、全てこの私の完璧な機能があったればこそなのですから≫

…最近態度がでかくなったと思ったらとうとう人を家畜扱いし始めたか、このマッドプログラムが!

≪そもそもたった一人で戦地に派遣されて、自棄になって酒に溺れていたこのクズ管理者(マスター)の根性を叩き直したのはこの私です。 私こそがこの土管帝国の真の創造主であり、支配者なのです≫

余計なお世話だ!別に溺れてないよ!ただ私は酒癖が悪いだけ…って、なんだろう…痛い…視線が痛い…

「諸星…」

はっ、何でしょう殿下…と言いたいのだが…言葉が出ない…周囲の視線が痛すぎて。

「そなたも色々と苦労しているのですね、この身に出来る事があれば何時なりと言って下さい」

いえ殿下、そのお言葉だけで十分…というか却ってこの場合その同情はあまりにも痛すぎます。

周りを見渡せば、呆れかえった表情や同情的な目が私を取り囲んでいた…お願いだからそんな目で見ないでください皆さん。

「モロボシよ…(本当に大丈夫なのだろうな?この“おしりす”とやらは?)」

「御心配いりません閣下…(今のところはこのAIが土管帝国の拡張に欠かせません、目を瞑って下さい)」

≪全人類○主○様計画の次期フェーズへの移行予定は未だ未定…やはりこの無能管理者(マスター)の仕事を終わらせなくては…≫

だったらさっさと仕事に戻れ!その狂ったアルゴリズムをバラバラにされたいか! ぽちっとな。

≪自分探しの速度が300…ブツッ…≫

…ふう、まったくとんでもない性悪AIだ。 しかしアレなしでは計画は進まないしなあ…

「さて皆さん、もう遅いですし本日のところはこれまでという事で…」

「うむ、そうだのう…さらに詳しい話は後日としようかの」

「確かに、考えねばならんことが多過ぎるようだ…今日はここまでにしよう」

「榊総理」

「…む、何かね?」

「只今を持ってわが国と貴国との国交が成立した…そう考えていいですね?」

「うむ、ただ当分の間これは非公式なものとなるし、帝国に関する全責任はこの私のみ「違いますよ是親」…殿下」

「そなた一人ではなく、そなたとこの悠陽の二人が責任を負うのです…それでいいですねモロボシ」

「確かに承りました殿下…それではこれを」

そう言うと私はとっておきのお土産を殿下の前に差し出した。

「これは…そなたのタチコマとやらの模型…ですか?」

そう、見た目はタチコマくんのミニチュア模型に見えるのだが…実は模型では無い。

「殿下、これは模型ではなく“チビコマ”と言ってタチコマくんの小型版なのです」

「まあ…それを私に?」

「はい、小さくてもこれは自分で判断、行動が可能なAI戦車ですのでいざという時は殿下をお護りしたり、安全な場所へ転送することも可能です…また通信機能も備えていますので、離れていても先生とお話も出来ます」

「モロボシ…そなたに感謝を…」

「恐縮です、しかしこれはこれからのために必要な物をお贈りしたまでの事…今後が大変でしょうが何卒御気を強く持たれますように」

「承知しております」

「…殿下、そろそろ参りましょう」

「ええ…それでは萩閣、また必ず…」

「殿下…この萩閣は何処にあっても殿下の臣にございます」

「…はい」

「さて、それでは皆さん…こちらへどうぞ」
 
 
 
 
 
悠陽殿下たちを送り出した後、彩峰萩閣は一人物想いに耽っていた。

これからどうすればいい? 死人の自分に出来ることは何か? 尚哉を自分が止めるべきか? それとも…

《せんせい~もうお片付けしていいですか~》

「ああ、もういいんだよ君たち」

《は~い》

能天気なタチコマくんたちの声に励まされるように彼は笑った。

自分にもまだ何かが出来る筈だ…国の為に…人の為に…

その想いとともに彩峰萩閣は立ち上がった。

自分が為すべきことを為すために。
 
 
 
第22話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第22話「占いと駆け引きと原子核」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/01/23 18:16

第22話 「占いと駆け引きと原子核」

【2001年2月1日 国連軍横浜基地・B19フロア】

香月夕呼は多忙である。

国連太平洋方面第11軍横浜基地の副司令にして、オルタネイティヴ第4計画の責任者という肩書が日々の雑務を膨大なものにしていたからだ。

副官であり、有能な助手でもあるイリーナ・ピアティフがどれだけ有能であっても彼女が全ての雑事を片付けてくれる訳ではない。 夕呼自身が片付けなければいけない雑用も大量に存在するのだった。

そんな仕事の一つに基地に無断で侵入してくるタヌキの追い出しという項目がある。

もちろんこんな異常地帯に侵入してくるタヌキなど、鎧衣左近という名前の大狸だけなのだが…

「それで? 一体今日は何の用なの? 撃ち殺す前に一応聞いておいて上げる」

机の引き出しから9ミリ拳銃を出して狙いをつけながら夕呼は聞いた。

徹夜明けで不機嫌な夕呼の前に、よりにもよって存在自体が彼女の機嫌を損ねるためにあるような男がにこやかな表情で現れたのだから無理もないだろう。

「はっはっはっ…いやいや、これはどうもご機嫌がよろしくないところにお邪魔してしまったようですなあ~、それでは古代バビロニアにおいて王が機嫌を損ねた際に用いられた…」

突きつけられた銃口を前にしても恐れ入った様子もなく、鎧衣は早速得意の薀蓄を始めようとするが…

「…そう、そんなに死にたいのね?」

目が本気になった夕呼を見て、流石の鎧衣も口調を改めた。

「…実は先日、またしても彼の秘境に迷い込みまして」

「ふ~ん、それで?」

一見つまらなそうな振りをしていても、夕呼がこれに只ならぬ関心を寄せている事を鎧衣は知っていた。

「そこで一人の占い師に会いまして」

「うらないし?」

「はい、その占い師が言うには“2001年2の月に恐怖の軍団が佐渡より来るだろう”とのことでして…」

「…それ、占いじゃなくて予言て言うんじゃないの?」

呆れたような口調で言いながらも夕呼は、目の前の男が告げた言葉の中身を検討し始めていた。

(今月中にBETAの大侵攻ねえ…どうせ占い師の正体はあのコウモリだろうけど、一体どうやって予測したのよあの男! …まあいいわ、その予測が当たるか外れるかであのコウモリの値打ちも測れるし、こっちの作業にも利用できそうだしね)

「それで、その占いはあんたの雇い主には教えたの?」

「はい、あの方も大変心配されていらっしゃいますが、何分にも根拠のない占いですからなにか有効な手を打てる訳でもありませんし…」

「当然よね~ そんなものを一々信じてたら頭がおかしいって言われちゃうだろうし~」

「はっはっはっ、いやいや手厳しいですなあ」

「まあ当たるも八卦当たらぬも八卦…それで対応するしかない、つまりはそういう事でしょ?」

「はい、あの方もそれを前提に準備をされておられるご様子でして」

「ふ~ん、成る程ねえ~」

(総理や殿下にどうやって取り入ったか知らないけど、それなりの信用を得たということね…そしてあの二人に対してBETAの侵攻が今月中にあると信じさせる何かを見せたといったところかしら? そしてこのあたしにX2とは別に“例のモノ”を開発させたのもこのため? …だったらもっと早く話を持って来なさいよ!下手すりゃ間に合わないじゃないの! まあいいわ、確かにアレは帝国軍が咽から手を出して欲しがるでしょうけど、なにもそれは帝国軍だけじゃないのよコウモリさん? 全部あんたの思い通りにいくと思ったら大間違いよ)

「それで? その占い帝国軍には知らせたの?」

「はっはっはっ…いえいえ、流石にあの人達には信じて頂けないでしょうし…」

「ふん…」(つまり知っているのは私と斯衛だけって訳ね…)

帝国軍は今月中の大侵攻を知らず、自分と将軍たちのみが知っている…この状況をいかに利用するか、最適の答えを求めて夕呼の頭脳はフル回転で計算を開始した。

「…そうねえ、ちょうど新開発のシステムを実験したかったことだし…ちょっとお願いしてもいいかしら鎧衣課長?」

「はっはっはっ…さて、どんな仕掛けをお望みですかな?」

「大したことじゃないわ、ウチの娘たちの出張先を確保してほしいだけ」

「ふむ、それならばどの辺がよろしいでしょうな?」

「そうね、まず…」

…その後、魔女と狸の相談は約30分に渡り、予定を気にしたピアティフが注意しに来るまで続いたのだった。
 
 
 
 
【2001年2月10日 帝国軍相馬原基地】

この日、相馬原基地の中は普段と違う緊張の中にあった。

その理由はといえば、3日前に突然知らされた斯衛軍及び国連軍との共同訓練の実施であったのだ。

先日の国防省の会議で事実上採用が決定した新型OS、X1とそれを横浜基地で改良して斯衛軍によって試験採用が決まったX2の共同試験、それがこの訓練の本当の理由であった。
 
 
 
「まあったく…上の連中ときたら一体何を考えてるんだか…」

「ぼやくなよ、日高」

「はいはい、相変わらず大人だねえ~七瀬大尉殿は」

「皮肉はよせ、俺だって文句は言いたいところだが…」

そこまで言って本土防衛軍“鋼の槍”連隊所属、ハルバート大隊指揮官七瀬涼大尉は何かを考え込むかのように口を噤んだ。

その沈黙に不満を募らせるかのように先程からぼやいていた七瀬の同僚、フレイル大隊指揮官日高楓大尉がさらに噛みつく。

「な~な~せえ~、そうやって一人で沈黙ぶりっこばっかしてるとしまいにゃ“あの”妹さんに…“ああ…お兄様がおかしくなられた”なんて言われちゃうんじゃないのお~?」

「ぶっ!…おい日高、恐ろしい事を言わんでくれ…今はそれどころじゃないんだ」

…基地の中では『“鋼の槍”連隊名物』とまで言われる日高大尉の“七瀬いじり”だが、今日のそれは微妙に調子がずれていた。

自分たちの基地に余所者…斯衛と国連軍が同時に来る、そして彼らと共に新型OSの試験運用を行うという話を聞かされていたからだ。

「そりゃあ確かに高性能のOSが搭載されるのなら、撃震に乗ってるあたしらにとっては有難い話だけどさ…ここはいつ最前線になるか分かんないところだよ、そんなところにまだ出来たてのOSなんか持って来たって逆に不安のタネでしかないんだってのがエライ人には理解できないのかねえ」

「確かにそうなんだが…おれが黒木から聞いた話が本当なら、新型OSは桁違いの性能を発揮する筈だ…あの富永大尉のお墨付きだというのだからな」

「黒木…ああ、あのメガネ掛けてるムッツリハンサムの」

日高の脳裏に七瀬の同期で甘いマスクの割には無愛想な男の顔が浮かんでいた。

七瀬と何度か飲みに行った際に紹介された覚えがあったが、戦術機のことしか話さない男だという印象がある程度だった。

「…お前はそんなだから何時までたっても嫁の貰い手が無いんだろうが」

呆れ顔でそう言った七瀬に対して日高は笑って切り返す。

「あっはっは~、貰い手がなきゃ最終的にはあんたに引き取ってもらうから別に問題は無いね~ あ、でもそうするとあの妹君が“あなたのような人はお兄様には相応しくありません!”とか言ってあたしの前に立ち塞がるのねきっと…よよよよよ(泣)」

「…言ってろよ、まったくこいつは…お、見ろ日高、どうやら来たようだぞ」

七瀬が言った方を日高も見ると、国連軍と斯衛軍の制服を着た一群が案内役にエスコートされて自分たちの方にやって来た。

「七瀬大尉、日高大尉、こちらでしたか」

そう声を掛けてきたのは、案内役を務めていた“鋼の槍”連隊のCP将校である神谷梢枝少尉だった。

「神谷少尉、そちらが今回のお客人たちだな?」

「はい、皆さんこちらのお二人が我々の連隊より選出された衛士で、七瀬大尉と日高大尉です」

「初めまして、七瀬涼大尉であります」「日高楓大尉です」

「どうも、自分は国連太平洋方面第11軍横浜基地A-01連隊所属、碓氷鞘香大尉です」

「同じく大咲真帆中尉であります」

「御名瀬純中尉であります」

(この3人が横浜の女狐が送ってきた手駒か。 見たところ雇い主と違ってまともそうだが…むしろこっちの連中の方がやっかいのようだな)

七瀬大尉がそんなことを思いながら見ていたのは、挨拶するのにサングラスを外さないどう見ても斯衛というよりはヤクザ者にしか見えない男だった。

「俺は帝国斯衛軍流山特務大隊所属、パイレーツ中隊の粳寅満太郎大尉だ。 短けえ間だが宜しく頼むぜお二人さん」

「粳寅大尉、ちゃんと挨拶してくださいよ…あ、すみません、自分は流山特務大隊所属、富士一平中尉であります」

「わ、私は同じく流山特務大隊所属の沢村真子少尉でありますっ」

(あ~いや、なんて言ったらいいのか…ヤクザ者の隊長に真面目人間を絵に描いたような副官とまだ駆け出しの御嬢ちゃん…どういう取り合わせなのこれ?)

あまりにも不揃いな三人組に日高大尉は戸惑っていたが、それ以上に目を引く男が後に控えていた。

「初めまして、自分は帝国軍技術廠・特務開発部隊ブラックゴースト小隊所属、利府陣徹中尉であります」

((…仮面!?))

…どこへ行っても怪しげな仮面のせいで悪目立ちして、周りから引かれてしまう悲劇の仮面衛士・利府陣徹こと鳴海孝之であった。
 
 
 
 
【相馬原基地・シミュレーター管制室】

「…驚いたな」

モニターに表示された戦況を見ながら“鋼の槍”連隊指揮官である神田龍一少佐はそう呟いた。

現在シミュレーターの中で戦っているのは今回の試験運用のためにこの相馬原基地と斯衛軍、そして国連軍から選ばれた精鋭たちだ。

当然、彼らの能力はそれなりの物だろうと思っていたし、だからこそ自分も連隊の中で最も頼りにしている二人を選んで当てたのだが…

初めのうちはX1の操作性と即応性に戸惑っていた七瀬と日高だったが、コツを掴むと見違えるような機動を見せ始めた。

第二、第三世代機に比べるとどうしても鈍重に見える撃震の機動がそれらと同等にまで見えてくる…その事実に神田少佐は内心で驚愕していた。

「予想を上回る性能だなX1は、そしてX2はそれ以上に凄い…か」

そして斯衛軍の瑞鶴と国連軍の不知火、これらに搭載されたX2の機動に至ってはもはや開いた口が塞がらないと言えるかも知れなかった。

先行入力とキャンセル機能を組み合わせた操作により、殆んど機体の硬直といった状態が発生しない…従来のシステムでは夢物語だったことが目の前で繰り広げられていた。

(上の連中と斯衛と横浜が何を考えて柄にもなく共闘しようとしているのか知らんが、少なくともこのOSは有望な戦力になる事は間違いないだろう…現状を考えればこの基地に早期に配備されるのはむしろ望ましいことかもしれんな)

「まったく…これは凄いとしか言いようがないですね、神田少佐」

神田と共に状況をモニターしていた帝国軍“地平線(スカイライン)”連隊所属、フラット中隊の黒木隆之中尉がそう語りかけてきた。

「ああ…撃震ですらあの機動だ、中尉の機体…不知火壱型丙にこれを搭載した場合の戦闘力はどれ程になるか恐ろしさすら感じるな」

「はい、設定は間もなく完了します。 もうすぐ壱型丙の本当の実力を証明する事が出来ますよ」

嬉しそうに壱型丙を語るこの黒木中尉は知人や同僚から“壱型丙に取り憑かれた男”と呼ばれている。

その性能とは裏腹の操作性の難しさや稼働時間の短さから“失敗作”との評価がなされている不知火壱型丙だが一部の腕利き衛士からは高い評価を受けており、好んで搭乗したがる衛士も少なからず存在する。

そしてこの黒木中尉はその代表格と言っていい男だった。

戦術機の操縦に非凡なセンスを持ち、メカニックとしての技能も持ち合わせた彼は壱型丙の搭乗者に抜擢され、その性能に惚れ込んだ黒木は知人であり、メカニックとしての先輩でもある富永大尉にアドバイスを受けながら独自に壱型丙の改良案を纏め、上層部に提言したことさえあった。

残念ながら彼の案は費用対効果の問題から通らなかったが、その熱意が幾人かの関係者に知れ渡り今回のX1の採用で試験運用の衛士として選ばれたのだった。

「今まで壱型丙の運用で問題だった操作性の欠点はX1を搭載することで解消されるでしょう。 それと稼働時間の方も新型の構造材が問題を解決してくれる筈です…そうだよね、利府陣中尉」

そう言って黒木は一緒に設定作業を行っていた孝之に話を振った。

「そうですね、機体技術に関しては時間がかかるでしょうが、このOSが帝国軍全体に普及すれば事実上の大幅な戦力増強になると思います」

「ああ、そして改良された壱型丙が…弐型と仮に呼ばれてるんだっけ? その弐型が配備されれば現在の戦況を変えることも夢じゃないさ」

「成る程、もしそうならここでの試験はこの先の帝国にとって重要な意味を持つことになるな」

(上が共同で行っているのもそれだけ重要と認識しているからか? だがしかし、なぜこの相馬原基地なのだ? 他にも何か…)

BETAの帝都への進路上に位置しているこの基地での試験運用に疑問を抱く神田少佐だったが、この場においてその答を知っているただ一人の男、利府陣徹こと孝之は何も言わず作業を続けていた。

(全ての作業は順調…だけど本当に今月中に来るんですか?モロボシさん?)

電脳の力を借りて同時並行で別の作業をタチコマたちと共に行っている孝之は心の中でそう呟くが、彼の疑問に答えられる人間はこの世界のどこにもいなかった…モロボシにとってさえ、それは一種の賭けなのだから。
 
 
 
 
 
【2001年2月12日 国連軍横浜基地・B19フロア】

「あらいらっしゃいコウモリさん、一体どこから入って来たのかしら?」

私が執務室に入ると部屋の主である香月博士がにこやかな笑顔で迎えてくれた…いや~やはり美しい女性の笑顔は素晴しい、たとえ心の中では牙を剥いた夜叉が舌舐めずりをしているのだとしても、そしてその手に拳銃が握られていたとしても…って!おいおい、危ないじゃないか。

「いけませんなあ~香月博士、古人曰く“拳銃は最後の武器”なのです。 まして貴女のような美しい女性にそんな物を振りかざして欲しくはありませんなあ~」

「あら、ありがとう。 でもこうでもしないと私の仕事場に無断で侵入するタヌキとかコウモリとかの害獣を始末出来ないでしょ?」

いや、そんなにこやかな笑顔とともに銃口を向けられながら畜生呼ばわりされてもあまり嬉しくはないんですが…

「…まあ、アンタやあのタヌキが無断侵入するのは今更仕方がないとしても、あたしもそう暇じゃないんだからさっさと用件を言いなさい」

いやはや手厳しい人だねまったく…まあこの程度でメゲていてはこの人と付き合っていくことは出来ないだろうが。

「本日お邪魔したのは先日開発を依頼したシステムとアラスカ行きの件なのですが」

「ああ、あのシステムなら実験機を組み上げて今は試験中だけど…アレはここで作られた物である以上、いつどこに提供するかはあたしが決めさせて貰うわよ」

おや、そう来ましたか…こっちの予定通りに動くつもりはないというわけですな。

「ふうむ、アレは帝国軍をあなたになびかせるのには絶好の代物だと思っているのですが…」

「あんなバカ共に懐かれたって嬉しくも何ともないし、それより有効な取引先があるしね~」

有効な取引先? まさかと思うが…

「博士、もしやアレをXG-70を入手するための取引材料になさるおつもりですか?」

「あら、よく気付いたわね~ なにせX2は基本的権利が帝国軍側にあるでしょ? だからこっちを見せ札にしようと思ってるのよね~」

思ってるのよね~…って言われてもなあ…まあ、この人がそっちを優先するなら今回は仕方がないか。

「博士がそう仰るのならば仕方ありませんね…帝国軍との関係改善のタネはまたの機会という事にしましょう」

「あら、意外とあっさり諦めたわね? 何?もしかしてこれもアンタの予測範囲内なの?」

「いえ、決してそうではありませんがXG-70は出来れば早めに手にいれておいた方がいいのではと思いまして」

別に誤魔化しを言っている訳ではない。 “おとぎばなし”の中で凄乃皇弐型や四型が色々と苦戦を強いられたのは、00ユニットの不具合だけでは決してない…タイムリミットギリギリで搬入されたXG-70をあり合わせの兵装で組み上げなければならなかった…その事が影響しているのだ。

それを思えば今の内にアレを使ってXG-70を入手するというのは悪い話ではないだろう。

「ふ~ん、まあいいわ…それよりまりものアラスカ行きの件だけど、あいつを連れてく以上高くつくわよ」

「わかっています。 その件の対価ですが…この物件などは如何でしょう?」

「…へえ、これの改良ねえ」

「どうでしょう、香月博士?」

「…いいわ、これで手をうちましょう」

「ありがとうございます…ああ、それと神宮司軍曹のために是非とも作って頂きたい物があるのですが」

「まりものために? 一体何を作れっていうの?」

「実は…」

私の依頼と説明を聞いた香月博士はしばらく考え込んだ後で、何か悪だくみを思いついたような顔で承諾の返答をくれた。

…そしてそれが後に神宮司軍曹を涙目にすることになるとは、神ならぬ身の私には知りようもないことだった。
 
 
 
 
 
【2001年2月13日 帝国軍相馬原基地・演習場】

「フレイム2!一機そっちに行ったぞ!任せるからな!」

『了解!』

フレイム1ことA-01フレイム中隊指揮官 碓氷大尉の声にフレイム2大咲中尉が即答する。

昨日までのシミュレーター訓練から実機の演習へと移行した試験部隊の衛士たちは、それぞれの小隊同士での対戦を行っていた。

「おら一平!俺がこの御嬢ちゃんを相手するから残りの2機おめえと真子で何とかしな!」

『了解!…って、成り行き任せが過ぎますよ大尉~~~』

『一平君!来るよ!』

現在対戦しているのは横浜基地のA-01部隊と斯衛軍パイレーツ中隊だった。

このX2を搭載した機体同士の戦いは、それを観戦しているこの基地の衛士達にとって羨望と嫉妬の的となっていた。

「ちくしょう…なんて機動だ」「ふん…米国の狗やお武家連中にしてはなかなかだな」「俺たちにもあのOSがあればあのくらい…」「さっきは神田少佐と七瀬大尉たちがあのOSを搭載した機体で…」「日高大尉もだったよな」「くそっ!あの3人だけかよ!」「ほしいよなあ…アレ」

自分たちの上官や余所者たちが魔法でも使っているのかと思わせる機動を実現しているのを目の当りにして、相馬原基地の衛士たちは欲求不満を抱えていた。

その様子を観察していた神田少佐と相馬原基地の司令部は、この新OSの試験配備枠の拡大についての検討を始めるのだった。

…それはある意味この試験運用を提案した男の目論見通りでもあったのだが。
 
 
 
 
「あの…利府陣中尉」

「あ、はい?なんでしょう…御名瀬中尉」

「今朝はありがとうございました」

実機演習後のブリーフィングが終わった後、突然孝之はA-01の御名瀬純中尉にそう言われた。

「え…ああ、あのことなら別に気にしなくてもいいんですよ…御名瀬中尉こそ災難でしたね」

あのこととは、今朝のPXでこの基地所属の衛士とA-01の3人がトラブルになりそうだった件である。

どこの基地にも一人や二人は必ずいるロクデナシ衛士たちが御名瀬中尉に絡み、それに怒った他の二人との間で殴り合いになりそうだったのを、孝之が身体を張って止めたのだ。

ゴロツキ衛士と大咲中尉の双方の拳を、左右の手のひらで包み込むように止めた孝之はそのまま儀体の性能を駆使して万力のように二人の拳を抑え込んだ。

その馬鹿力に恐怖した双方が鉾を納めて、その場はおさまったのだった。

「でもすごいですね利府陣中尉って…あの真帆が喧嘩を途中でやめるなんて初めてですよ多分」

「え、そうなんですか?」(…相変わらず水月と同レベルかよ、大咲中尉は)

心の中でかつての同僚の変わらない有様を嘆きながら、さも驚いたように孝之は答えるのだが…

「あの…」

「え、なんでしょう?」

「以前に…どこかでお会いしていませんか? 私たちと」

「…え”」(ぎくっ!)

「私…どうしても以前にお会いしているような気がするんですけど」

「う~ん、いや中尉みたいな美人さんを忘れてるなんて事は多分ないだろうから…」(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!!!)

「そんな、美人というなら碓氷大尉とかの方がずっと…」

「…へ~え、あたしは美人じゃないんだ?」

「あれ?大咲中尉?」

「ま、真帆!? べ、別に真帆が美人じゃないなんて言ってないよ~」

「ふ~ん、そ~お?」

「ははは…」

いきなり自分の正体がばれるかもと思った孝之だったが、第三者の乱入でそれは回避されたようだった、しかし…

「ところで利府陣中尉だっけ? うちの純に手を出したらちゃんと責任とって貰うからね」

「へ?」

「ま!真帆のばか~!なに言ってんのもう~~~!!」

…正体がばれるのは回避されたが、恋愛原子核の発動は回避出来なかったようである。

これが鳴海孝之にとって新たな天国と地獄の日々の予兆であることを、まだ本人は知らなかった。

 
 
 
第23話に続く
 
 
 
【おまけ】

「それで社、今回はどうだった?」

「…ブタさんが空を飛んでいました」

「へ?」

「…カッコいいってこういうことなんですね」

「…はあ」(ダメだわこりゃ…)






[21206] 第1部 土管帝国の野望 第23話「産業廃棄物処理作戦(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/02/01 16:59

第23話 「産業廃棄物処理作戦(前)」

【2001年2月14日 AM7:00 新潟県・上越方面某所】

「あ~~~~~ったくもう!辛気臭いったらありゃしないわよ!!」

「水月~、我慢しなきゃだめだよ~」

「やはり速瀬中尉は戦闘なしでは生きられない身体…」

「む~な~か~た~、もう一度言ってみなさい」

「…と、大咲中尉が言っておりました」

「あんのアマ!自分の事を棚に上げて!」

「…貴様ら、それくらいにしておけ」

A-01 伊隅中隊隊長伊隅みちるの声が、フラストレーションを持て余していた部下たちの耳朶に響いた。

「伊隅大尉~~~何時までこんな鬱っとおしい作業を続けなきゃいけないんですか~~?」

「決まっているだろう、必要なデータを収集完了するまでだ」

現在、伊隅大尉たちが行っている作業…数日前に香月副司令から命じられた新型の振動検知機(というよりは地底探査システムと言った方が正確かも知れない)のサンプルデータ収集と実験運用のために新潟と関東の間を地道に移動を続けていたのだが、あまりの単調さに堪え性のない水月が不満をぶちまけてしまったのであった。

「水月~、これが完成すればBETAの地中侵攻の脅威が半減するかも知れないんだよ、我慢してちゃんとやり遂げなきゃダメだよ」

「う~わかってるわよ」

「成程、頭ではわかっていても身体の疼きは堪えられないと…」

「む~な~か~た~、何ならあんたのその舌の疼きを永遠に止めて上げましょうか?」

「いい加減にしろ!貴様ら!」

遂に伊隅大尉の堪忍袋の緒が切れて、本気の怒声が響き渡る。

その剣幕に、速瀬・宗像の喧嘩はぴたりと止んだ。

だがしかし、速瀬水月の胸の中では未だに自分でも理解出来ないもやもやとした鬱屈が渦を巻いていた。

(あ~、もう何なのかなあ…誰かがどこかで許せない事をしてるような気がして仕方ないんだけど…別に心当たりはないし、遥にでも後で聞いてみようかな?)

そして涼宮遥もまた、自分でも理由が分からない黒い思考に囚われていた…

(ブツブツブツブツブツ………せない………許せない…………ブツブツブツブツブツブツ………)

「……涼宮…涼宮!!」

「えっ…あっはい!」

「…一体どうした?さっきから呼んでるのに、返事もないからどうかしたのかと思ったぞ」

「……えっ?…そうですか、済みません大尉」

「…まあいい、それより反応はどうだ?」

「は、はい…やはりこの下まで地下茎が到達しているのは間違いないです…ただ…」

「ただ…何だ?」

「この解析映像…これは本当に現実なんでしょうか…本当にこんな巨大なBETAが大深度地下に…」

「……それを判断するのは香月副司令だ、我々の任務はそのためのデータを可能な限り集めることにある」

「はい…えっ…この反応は…大尉!佐渡島の方からBETAの大規模な移動が始まったようです!」

「よおおっし!ようやく暴れられるわね!」

「…哀れな異星起源種たちが、速瀬中尉の慰み者になるためにのこのこと出てきた訳ですな」

「む~な~か~た~!!」

「待たんか貴様ら!自分の任務を忘れたか!」

「でも大尉!せっかくX2を搭載してるのに…」

「今回それは碓氷たちの役割だ。 我々は我々に与えられた任務を最優先にしなくてはならない…涼宮、横浜基地に連絡しろ。BETAの侵攻が始まったと」

「了解!」
 
 
 
 
【AM7:05 国連軍横浜基地・B19フロア】

「…そう、ならあんた達はそのまま観測を続行しなさい。 どうせ3機じゃ大したことは出来ないし、それに今はデータの収集の方が重要だしね…ああ、速瀬が欲求不満をおこすでしょうけど上手く抑えなさいね」

そう言って夕呼は伊隅たちからの通信を切り、自分の思考に突入した。

(あのコウモリの“予言”通りにBETAが佐渡からやって来た…か。 どうやって予測が出来たのか…そして涼宮が送ってきたこのデータと映像…このデカブツを発見することさえ、もしかしたらあの男にとっては予定の内?…もしそうならあの男とんでもないバックが存在する筈だけど…ピアティフが調べても何も出てこないなんて…X1と2の共同試験もすんなり行き過ぎたわね…つまり現在の状況は全てあのコウモリの手のひらの上って事!?…ふざけんじゃないわよ! そうそういつまでもあんたの手の上で踊ってるあたしだと思ったら大間違いよ…取りあえずはこの男…あのコウモリが帝国軍に送り込んだ仮面の衛士…利府陣徹とかいう奴がとっかかりになりそうね…)

夕呼は机の上に置かれた一枚の報告書…『帝国軍技術廠所属衛士・利府陣徹中尉に関する報告』を見ながら正体不明の男に対する次の一手を模索し始めていた。
 
 
 
 
 
【AM7:30 帝国軍・相馬原基地】

「ふえ~~~~っくしゅん!」

「利府陣中尉、風邪ですか?」

「いえ違います御名瀬中尉、これはただのくしゃみ……っくしゅん!」

どういう訳か利府陣徹こと鳴海孝之は朝からくしゃみが止まらなかった。

本来なら改造人間の彼が風邪をひくことなどありえないのに、何故かくしゃみと悪寒が止まらず周りから心配されていたのであった。

「…本当に大丈夫なのだろうな?中尉」

「あ、はい大丈夫です碓氷大尉」

(なんだ!?まるでどこからかとんでもない殺気が送られてきているような…)

「ふ~ん、ひょっとして誰かに噂されてるとか…たとえば彼女とか?」

「ぶ!…冗談はやめて下さい大咲中尉、そんな訳ないでしょう」

「あら、もしかして彼女いないの?」

「え、そうなんですか?中尉」

「あ、いえ…その…」

「ほほう、どうやら彼女はいないが気になる女はいるようだな…まさかと思うがうちの御名瀬ではなかろうな?」

「大尉!…やめて下さい、利府陣中尉が困ってるじゃないですか」

「も~純のばか、もっと積極的にならなきゃだめでしょ?」

「真帆~~~!!」

「ははは…」(やれやれ、この二人は変わってないな…)

「…ところで利府陣中尉」

「は?」

「先日から気になっていたのだが…以前に我々と会った事はないかな?」

(げっ!!)

いきなり碓氷大尉にそう言われて絶句する孝之だが、碓氷の彼を見る目は鋭さを増していた。

「どういう理由でその仮面を被っているのかは我々が知ってはいけない事かも知れないが、貴様とはどこかで会っているような気がしてならないのだが…」

「あ、やっぱり大尉もそう思いますか」

「ふ~ん、じゃあその仮面を取って貰えばいいんじゃないの?」

「あ!いやちょっと!それは勘弁して下さい!」

昔の仲間に正体を気付かれそうになった孝之はなんとか誤魔化そうと必死になっていたが、その時突然基地内に警報が響き渡った。

「碓氷大尉!」

「BETA共が来たか…大咲!御名瀬!部屋で待機していろ!私は司令部へ行ってくる!」

「自分も行きます!」

そう言って孝之は碓氷とともに司令部へと向かって行った。
 
 
 
「…どうしたの、純?」

孝之たちが立ち去った方をぼ~っと見ていた御名瀬中尉を、大咲中尉が小突いて正気に戻した。

「似てる…やっぱり」

「え?誰に?」

「鳴海少尉に…」

「鳴海って…まさか!」

思いもしない名前に驚いて声を上げる大咲だったが、それでも御名瀬の視線は孝之の後姿を追い続けていた。

「似てる…でも、ありえないよね…」
 
 
 
 
 
【同時刻 土管帝国・某所】

《モロボシさ~ん!始まりました~!》

「ああ…わかってるよ、タチコマくん」

明け方付近から動きが激しくなり始めていた佐渡島ハイヴのBETAたちが遂に海を渡り、本土に向けて侵攻を始めたようだ。

その数はおおよそ1万…まず間違いなく本土の奥深くまで侵攻されるであろう規模の侵攻だ。

おそらくこのままでは相馬原基地あたりも戦場になるだろう…ほぼ予想どおりか。

「オシリス!廃棄物処理作業の準備は出来てるか?」

≪すでに全ての準備は完了しています。 あとはあなたの作成した書類の内容に準拠した作業を実行するだけです≫

…よろしい、では後はその時がくるのを待つだけだ。
 
 
 
 
 
【PM2:00 帝国軍・相馬原基地司令部】

「支援砲火が足りん!もっと撃ち込まねば突破されるぞ!」

「しかし!もうこれ以上は砲弾が…」

「BETAを帝都に向かわせるよりはマシだろうが!」

「新潟より入電!BETA群の第2波が防衛戦を突破しました!」

「なんだと!」

基地の数十キロ手前で防衛線を構築し、必死の防衛戦を指揮していた相馬原基地司令部に最悪の知らせが届くと、司令部の面々は一瞬絶望の色を顔に出した。

凄まじい勢いで侵攻してくるBETAに対して相馬原基地の衛士たち、特に新型OSを搭載した機体に乗った面々は正しく獅子奮迅の活躍を見せていた。

従来に機体では不可能と思われるような状況での攻撃や離脱を見事にこなしながら、BETAを陽動し、あるいは仕留めて見せるその姿は共に戦っている衛士だけでなく、戦場にいる全ての兵士に新しい力の誕生を確信させていた。

だがしかし、今回押し寄せてきたBETAの数に対して迎え撃つ相馬原基地の備蓄してある砲弾の数が不足気味になっていたのだった。

どれほど戦術機の性能が優れていても、支援砲火がなくなってしまえば数でBETAに押し切られる…

第1波のBETA群を殲滅出来たとしても、その次がくればもう戦線を維持することは不可能だった。

「帝都からの増援はまだか!」

「第5師団の一個大隊をこちらに向かわせているそうですが…」

「それだけか?」

「現状でこれ以上の戦力は割けないと…」

(…それが本土防衛軍のお偉方の本音か!)

相馬原基地司令官の胸中に怒りの籠った言葉が湧いた。

確かに帝都の護りを固めなければいけないという理屈は一見正論だ。

だがしかし、それなら現状破綻しかかっている防衛線に雀の涙程の増援を派遣してくる理由は何か?

つまり彼ら本土防衛軍首脳たちはこう言っているのだ“増援は出したのだから基地を放棄して撤退することは許さん”と。

(所詮は命惜しさに徒党を組んだ連中に牛耳られた組織…か)

決して本土防衛軍の全てが無能でも腐敗している訳でもない。

だがその組織の設立当初からいる古株たちの殆んどは、はっきり言って我が身可愛さが最優先と言ってもいいような連中だ。

おそらくはその連中が自分たちのいる帝都…いや自分たちだけを守るために増援を取りやめ、言い訳する分だけの部隊を送ってきたのだろう。

この相馬原基地が落ちればどの道帝都の目の前までBETAは来る…それが解っていながらこんな真似をするということは、つまりはこの基地にいる全ての人間を防波堤として使い潰すつもりなのだ。

本土防衛軍上層部のエゴのために、ここにいる全員が死ななければならないのか…だがしかし、ここで撤退して帝都の手前でBETAを食い止められるという保証もない。

(せめてもう少しでも新型OSが搭載出来ていれば…)

言っても愚痴にしかならない一言を基地司令が心の中で呟いた時…

「司令!斯衛軍から通信です!援軍をそちらに向かわせていると!」

「国連軍横浜基地所属のA-01部隊が援軍として到着しました!」

「なに!?斯衛に…横浜だと?」

突然の予想もしなかった援軍に基地司令は一瞬呆然となったが、この場合四の五の言ってる場合ではないと思い直して通信回線をつなげた…すると出てきたのは予想もしない大物だった。
 
 
「わしが帝国斯衛軍大将 紅蓮醍三郎である!」
 
 
(紅蓮…醍三郎…大将だと!! 何故、こんな大物が!?)

慌てて敬礼しながら相馬原基地司令官は内心頭を抱えていた。

(なんという皮肉だ…国連軍はまだしも斯衛がこの場所に、それも紅蓮大将自らが援軍に現れるとは…そもそもあの上層部の連中が恐れていたのはBETAだけではなく、斯衛軍もそうだったのだ。 自分たちが戦力を使い減らした時に統帥権の確立を大義とした斯衛による反乱…常識で考えれば馬鹿馬鹿しい限りだが、上の連中は本気でそれを恐れていた…だからこそ帝都の戦力を保つためにここへの増援を渋っていたのに、逆にその斯衛軍が援軍として現れるとは…この援軍を受け入れれば後で上の連中は文句を言ってくるだろう。 斯衛に手柄を上げさせたくない…そんな愚かな理由のために。 だが現状はそんなことを言っている場合ではない…斯衛や将軍家にどんな思惑があろうと、上層部が後で何を言おうと、今この場には戦力が必要だ)

数瞬の苦悩の後、基地司令は斯衛軍による増援の受け入れと感謝の言葉を紅蓮に告げたのだが…
 
 
 
「全力で支援砲撃!? いやしかし、すでに弾薬が心許なくなっていてしかも第2波がやがてこの基地まで到達すると思われますが」

「分かっておる、それは我らが引き受けよう。 だが今はその第2波が来る前に目の前のBETA共を片付け、体勢を立て直す事が先であろうが」

(引き受ける…だと? 戦術機部隊のみのようだが、何か手があるというのか? だがどの道現在交戦中のBETAを殲滅しなければさらに状況は悪化する…ならば)

紅蓮に告げられた言葉の内容を頭の中で吟味しつつ、現状を分析した基地司令は彼の言葉に従う事にした。

「…大丈夫なのですな?第2波の迎撃は」

「うむ、我らに任せておくがいい」

「了解しました……砲兵隊に連絡!全力で支援砲撃を行え!後の事は考えるな!」

「は、はい了解!」

基地司令のこの決断によって、相馬原基地に向かっていた第1波のBETA群はほどなく全滅した。

第2波に備えるべく補給と休息をとる衛士たちの中で、孝之は自分の機体…改修型吹雪の中で来るべき時に備えるべく心を落ち着かせていた。

(もうすぐか…モロボシさん、ヘマだけは勘弁してくださいよ)
 
 
 
 
 
【PM3:30 土管帝国・某所】

≪管理者(マスター)、このままですとあと10分ほどでBETAの第2波が迎撃ポイントに到達します≫

「そうだね…だがその前に紅蓮大将たちが見せ場を作る筈だ、我々の作業はその後になるよ」

《ね~先生、モロボシさん、鳴海さん大丈夫でしょうか~》

「まあ、心配ないだろう…彼も一人前の衛士だし、こういう状況でも生き残れるように紅蓮閣下に鍛えてもらったんだからね」

「うむ、彼も明星作戦の時のような無謀なことはもうしないだろう」

《そうですか~?》

信じてあげなさいって、君たちも…とは言ったものの、やっぱりちょっと不安だけどね。

なにせ彼は肝心なところでヘタレというかドジっ子というか…本当に大丈夫だろうな?
 
 
 
 
 
【PM4:00 帝国軍・相馬原基地手前 第二防衛線】

「うおおっっ!!」

「このお!」

「こなくそ!!」

「せいっ!」

「…そこですわっ」

「風間~、ナイスアシスト~!」

「むうっ!雑魚はもういい!大物はまだ来んかあ!!」

斯衛軍やA-01の増援部隊が必死の防戦を行う中、宇宙乃王者だけが能天気な台詞を吐きながら突撃級や戦車級を葬り続ける。

小型種ならいざ知らず、これらを雑魚と呼ぶのはこの男だけかも知れなかった。

((本当に人間かしら、この人…))

斯衛の衛士たちは慣れていたが、あまり知らないA-01部隊の面々は、密かに心の中で同じ疑問を口にしていたのだった。

「いや~、あの人本当に噂どおりのバケモノなんですねえ」

「こら、大咲…とはいえ確かに凄まじいな、いくら武御雷にX2を搭載しているとはいえ…」

「本当に信じられないような機動ですわね…」

「さて、と…あたしらも頑張らなくちゃね」

「…大咲、あまり気負うなよ」

「え?」

「増援の本土防衛軍第5師団所属の部隊…お前の姉だろう?」

「あら…あはははは、お見通しで…」

「どうせ我々のことは身内にも知らせられんから、心配や疑念を抱かせとるんだろうが?」

「いや~、うちのお姉は勘がいいもんだから…」

大咲中尉がそう言った時、まるでタイミングを計ったように噂の本人から通信が入った。

『こちら本土防衛軍第5師団所属・大咲大隊指揮官、クーガー1だ』

「こちら国連軍横浜基地所属A-01連隊所属・碓氷中隊指揮官フレイム1です」

『かなり無理をしているだろう、しばらく後ろに下がっていてくれ。 少しの間なら我々だけでなんとかする…ああそれと、私と同じ名字の聞き分けのない馬鹿がいるかも知れんが、首根っこ掴んででも後ろに下げてくれ…自分の限界というものが分からん馬鹿でな』

(お姉~~~~!!!!後でシメルからねえ~~~~~!!)

「了解した…なに、わざわざ首根っこなど掴まなくてもちゃんと言う事を聞く素直な良い子だよ」

「大尉~~~~~!!」

「ほら、下がるぞ大咲…」

「覚えてなさいよお姉~~~~!!」

『ん~~~?聞こえないなぁ~~~~』
 
 
 
 
「むう、そろそろか利府陣よ」

A-01部隊が後方に下がり大咲大隊がそれに代わって前面に出た直後、何かを待っていた紅蓮大将が孝之にそう問いかけた。

「はい、BETA群の後続も後方に現れようとしています…場所も事前にタチコマたちが確認して正確な位置情報を送っていますから、あとはタイミングだけですね」

「うむっ…聞けい!皆の者!これより暫しの間この場にBETA共を釘付けにした後、我が合図に従い全力で後方へ下がれい!!」

「なっ!」「ええっ!」「何ですって!?」「この状況で!?」

支援砲撃がない以上ここで後退すれば一気に基地まで攻め込まれるだけ…誰もがそう思っている中での紅蓮の言葉に戦場にいる全員が愕然となるが…

「心配は無用!!すでに我が方で彼奴等を壊滅させる準備は出来ておる! 合図と共に巻き込まれぬ位置まで後退せい!!」

あまりにも自信たっぷりの紅蓮の言葉に反論を返す者はいなかった。

そのまま懸命の防衛戦を続けること数分……遂に紅蓮が吼えた。
 
 
「…今だ!退けえええええいいっ!!!!」
 
 
その言葉を合図に戦術機群が一斉に後方へと撤退を開始する…がしかし1機の不知火が遅れていた。

「しまった…跳躍ユニットをやられたか」

大咲大隊指揮官・大咲大尉の機体が跳躍ユニットの不調でスピードが出ないのだった。

「大咲大尉!」

「バカ者!戻ってくるな!早く後退しろ!」

「お姉!」

「ダメだ大咲!ここからでは間に合わん!」

周囲が悲鳴を上げる中、一人の馬鹿が彼女の機体に向かって行った。

「死なせるかあああああっ!!!!」

「むうっ!利府陣か!」

孝之の乗った機体“吹雪改”が大咲大尉の機体に辿りつき支える。

「バカ者!その吹雪では私の機体を支えて逃げるのは無理…」

「そうでもないんですよ!これがね!」

そう言って孝之は吹雪改の出力を最大に上げて飛び始める。

通常の吹雪よりもさらに軽く、そして跳躍ユニットの出力を上げた吹雪改は大咲大尉の不知火を支えながらどうにか飛んでいく…だがしかし、そんな2機に向けて光線級の視線が届こうとしていた。

「くっ!…すまん、私のせいで貴様まで巻き添えに…」

「諦めるのは早いですよ…4・3・2・1・ゼロ!!」

孝之が意味不明なカウントダウンを終えた瞬間…

その場にいた全ての衛士たちがありえない光景を目の当たりにしたのだった。
 
 
 
第24話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第24話「産業廃棄物処理作戦(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/02/07 07:43

第24話 「産業廃棄物処理作戦(後)」

【2001年2月14日 PM4:30 帝国軍相馬原基地手前・第二防衛線】

それは、あり得ない光景だった。

必死に後退する戦術機群に追いすがる異星起源種たち…逃げ遅れた2機の機体に1次照射を浴びせ始める光線属腫…誰もが二人の衛士の死を確信したその時、それは現れた。

「なっ!」「え?」「あ?」「ひ!」「おい!?」「何だ?」「げっ!」「うそ…」「ぐふう…やりおった」

紅蓮醍三郎を除くその場の全員が意味不明の悲鳴を上げて絶句する。

彼らの視界の中に現れた“モノ”…それはとてつもない大きさを誇る円筒状のセメント構造物だった。

全長約600メートル、外直径が約50メートル、厚さ20メートルの円筒…それが逃げる孝之たちと迫りくるBETAの間に突然現れ、地上数メートルの位置から地響きを立てて地面に“置かれた”のである。

そして侵攻してきたBETAの群れは、いきなり目の前に現れたとてつもない“壁”を避けることも出来ず自分から激突して行った。

通常のセメント構造物なら難なく粉砕する突撃級の衝突をその壁は受け止め、衝突したBETAが自滅する…さらに後続のBETA群が次々とそこに衝突して、前のBETAを押し潰して行く…その衝突と圧壊の連鎖がしばらく続いた。

そしてようやくBETA群の動きが停止したその時、またもとんでもない物が空中に現れた。

「えっ?」「あれ?」「ちょっと!?」「おいおい…」「あれって…」「もしかして…土管?」

…そう、それは土管だった。 地上100メートル程の高さに突然現れた大量の土管がそのまま落下して、地上にいたBETAに激突…その瞬間土管は凄まじい大爆発を起こしてBETAを葬り始めた。
 
「「「「「「……………………………」」」」」」
 
その場の全員が声もなく見守る中で何も無い筈の空中から次々と土管は現れ、そしてBETAに降り注ぐのだった。
 
 
 
 
 
【同時刻 土管帝国・某所】

いや~~~うまく行ったうまく行った…一時はどうなることかと思ったがどうやら鳴海君は上手くあの状況を切り抜けたようだ。

いやホントはかなり危なかったんだけどね…まあしかし、作戦が成功したのだから良しとしよう。

この作戦、産業廃棄物処理作戦(オペレーション・スラグダンク)の成功を祝してカンパ~イ…と言いたいが、まだ全部が終わった訳ではないので自粛します。

さて、何故この作戦の名前が“産業廃棄物処理作戦”なのか理解出来ない人も多いだろう…うむ、それでは説明しよう。

まず我々がこの作戦で具体的に行った事…それはメビウスシステムを使って、突進してくるBETA群の前に全長600メートル、太さ50メートルの巨大な土管をいきなり設置した後、その巨大土管に激突し行進が停止して密集状態になったBETAの頭上から、爆薬と超硬化加工した金属球を中に納めた大量の土管を投下した訳だ。

え? 要するに爆撃作戦だろうって?…いやそれが違うんだなこれが。

まず基本的な問題から説明しよう。

私は並行地球群連合から派遣された基点観測員だ。 そして同時にこの世界の人類が生存するための避難場所の建設も行っているが…しかし、この私に軍事行動を行う権限はない。

何故ならば私は世界に冠たる平和主義国家・日本民主主義人民共和国の国民であり、公僕であり、そしてこの仕事は基本的に日本政府によるPKO(平和維持活動)なのだ。

従ってその活動内容も我が国の法律に則ったものとなる。

そして我が国には世界遺産にまで登録されているあの“憲法第9条”が存在するのだ。

この条文がある以上、たとえこの世界の人々が何人BETAに喰い殺されようと、それを助けるための軍事行動など断じて許されないのだ。

…それじゃあお前のした事は何なんだって?

そう、私のした事…つまりこれは産業廃棄物処理作業なのだよ。

つまり我が土管帝国が人類救済のために作っている避難場所…その建設工事の過程で出てきた不良品の土管に粉砕用の爆薬と金属球を詰め込んで地上に投下、破砕処理を行った訳だ。

…何?産業廃棄物の不法投棄?

いえいえとんでもない、これは我が国と日本帝国との間で交わされた2国間協定に基づく支援事業の一環なのですよ。

私と榊総理の交わした手続き書類と合意文書に基づき、総理もしくは政威大将軍殿下の要請に応じて指定の場所でこの作業を行う…その合意文書の内容通りにしただけだ。

同時にこの作業は協定相手国(つまり日本帝国)の国民生活を脅かす害獣(つまりBETA)の駆除作業を補完する形で行われるが、もちろんこれは我が国の憲法にもまた連合の憲章にもなんら抵触するものではない。

…つまりこれは完全に合法的な非軍事的行動であるという訳だ。
 
 
 
………あ~諸君、そんな目で見ないでくれたまえ。

私だってなにも好きでこんな恥ずかしい言い訳をこねくり回している訳では決してない。

何の因果か20世紀後半から今日まで撤廃されることなく存続し、あまつさえ世界遺産にまで登録されてしまったアノ法律がある以上、こんな屁理屈をこしらえる以外にこの世界の対BETA戦を支援する方法を思いつかなかったのだ。

なにせキチンとした法的裏付けを確保しておかないと、『一つの世界とそこに住む人たちが滅ぶよりも“平和憲法の理念”を守る方が優先だ』と本末転倒な事を本気で仰る人たちがうるさいんですよ。

…平和も戦争も、人と世界が存続して初めて成立する概念なんですけどね。

この話を聞いた時のこの世界の人たち…榊総理や鎧衣課長、悠陽殿下とその付き人たちの反応といったらもう………本来なら私が彼らに救いの手を差し伸べている筈なのに、まるで私の方が救われねばならないのではないか? そんな疑念さえ抱かせてしまったような気がするのだ。

…いまさら救いようも無いけどね。(イヤ本当に)

≪投下作業完了…良かったですね管理者(マスター)、これであなたも…≫

何でしょう?

≪…一人前の産廃処理業者として認められるでしょう≫

…ほら、救いがない。
 
 
 
 
 
 
【PM5:00 帝国軍相馬原基地手前・土管投下地点周辺】

その場所にはつい30分程前までBETAの群れが密集していた。

だが今、そこにあるのはその殆んどがBETAの亡骸であった。

僅かに残っている生き残りのBETAを帝国軍と斯衛軍の戦術機部隊がシラミ潰しに狩り出し、始末して行く…それはもう事実上戦闘ではなく後始末であった。

その光景を見ながら、先程まで命がけで戦っていた人々はそれぞれの思いに耽っていた。
 
 
“鋼の槍”連隊指揮官、神田龍一少佐は今日の戦いと先程の出来ごとに考えを巡らせていた。

(どうにか生き残ったか…これも先程の斯衛軍が見せた新戦術と新型OSのおかげと言っても過言ではないな…あの魔法のごとき爆撃がどんな方法で行われたにせよ、BETAに対して有効である事は実証された訳だ…そしてX1とX2の有効性も。 今後は今日の一件を巡って上の方でゴタゴタするかも知れんがそんな事は我々には関係ない…俺が為すべき事は可能な限り早くX1の正式導入が出来るように試験運用に励み、この基地の…いや帝国軍の全ての衛士が一日でも早くこの新OSを搭載した機体に搭乗出来るようにすることだ)
 
 
斯衛軍流山特務大隊所属、パイレーツ中隊の粳寅満太郎大尉は呆れていた。

(おいおいおいおい…紅蓮の親分さんよ、こりゃあちょっと派手にやり過ぎたんじゃあねえのかい? どんな手妻を使ったか知らねえが、あの本土防衛軍の女衒共がこれを知ったらどんな喚き声を上げるか分かってるだろうに…もしかしたら“姫様”が御覚悟を決めったってことかい? まあ、それならそれでもいいんだが…まさか“うちの御隠居”まで巻き込むつもりじゃあねえだろうなあ?)
 
 
本土防衛軍第5師団所属、大咲大隊指揮官の大咲美帆大尉は混乱していた。

(利府陣中尉…とんでもない馬鹿者だ、聞けばあの吹雪は次世代機の試作品という事ではないか。 軍にとってそれがどれ程重要なものか…戦場に出すだけでも問題なのに、私一人を助けるためにあんな無茶を…年下の癖に…いや年齢は分からんが、多分そうだろう…それに女の私の方が階級も上だし…男にとってそれは…いや待て、何を考えているのだ私は!? もしそんなことを考えている事をアノ真帆に知られたら…冗談ではない! 私はあのいい加減な妹とは違うのだ! …まあ、あの利府陣という男には折を見て礼の一言でも言っておこう…そうだな、そうしよう)
 
 
A-01碓氷中隊の指揮官、碓氷鞘香大尉は推論していた。

(まったく…とんでもない予想外の仕掛けがあったものだ。 これで香月副司令の目論見もその一部がダメになったかも知れないな…本来ならば我々横浜が開発したX2の実力を見せつける場となる筈だったものを、まさか斯衛軍があんな大技を見せつけるとは…まあ、だからこそ今回は部隊から戦死者を出さずに済んだ訳だが…さて、これで今後はどうなるか…いや、それはそれこそ香月副司令や紅蓮大将らの問題なのだろう…我々はまた明日から予定の任務をこなすだけだ…あとは伊隅たちの方だが…まあ心配はいるまい、速瀬が戦闘の禁断症状で暴れ出さん限り何の問題も無い筈だ…ただ、気になるなあの男、利府陣中尉…あの叫び声…私はアレをどこかで…どこだ?…どこで…)
 
 
A-01碓氷中隊の御名瀬純中尉は胸を痛めていた。

(利府陣中尉…ううん、違う…やっぱりあの人は鳴海少尉…間違いない、孝之さんなんだ…忘れてない…あの日、G弾に向かって飛んで行ったあの人のこと…いつも速瀬さんや涼宮さんの方ばかり見て、私の想いなんか気付きもしなかったけど…でも、私はずっと彼の事を…生きてたんだ…でもどうして仮面を被って別人に? なにか理由があるの? お願い、私に出来る事は何なの? あなたのためなら私…私…孝之さん…)
 
 
仮面衛士1号・利府陣徹こと鳴海孝之はくしゃみと悪寒をこらえていた。

(うう~~~、何なんだこの感じは…なんだか知らないけど凄くヤバいことになりそうな気がする…まるで偶然水月と一緒にいたのを遥に知られた時みたいな…ははは…まさかね…ここにはあの二人はいないんだし…今のところ俺の正体がバレる心配もなさそうだし…気のせいだなきっと…)
 
 
帝国斯衛軍大将紅蓮醍三郎は…

(むう…少しハデにやり過ぎではないかモロボシよ、これではまともな相手はもう生き残っておらんだろう…ワシとしては生き残りの大物をこの手で成敗してくれるつもりであったものを…)

…何も考えていなかったようである。
 
 
 
 
 
【PM6:00 帝都城】

煌武院悠陽は自分の居室で相馬原基地防衛戦の報告を聞いていた。

「…そうですか、それでは皆無事なのですね?」

「はっ、紅蓮大将以下斯衛の衛士は全員大した怪我もなく健在とのことでございます…また帝国軍の死傷者に関しましても、予想されたよりも遥かに少数であったとの報告が届いております」

「何よりの知らせです真耶さん、皆に大義でしたと伝えてください」

「はっ!」

《あの~》

「どうしました、駒太郎?」

突然声をかけて来たチビコマ1号(駒太郎は悠陽がつけた愛称)に悠陽が応える。

《さっきからこのお城のあちこちで不穏な会話が聞こえるんですけど…》

「まあ、あまり盗み聞きは感心しませんね駒太郎」

《すみませ~ん、騒がしいものですからつい…》

「…どやつが何を話しておる?」

「真耶さん、そう気色ばんではいけませんよ」

「はっ、しかし…」

《…そのうちの2つの会話なんですけど~、なんだかおかしな場所と電話で話しているような~》

「…おかしな場所?」

「まて、それはどういった会話だ? 録音しているのだろうな?」

《ばっちりです~、再生しますか~?》

「…ええ」「うむ、たのむ」

チビコマによって電話の録音が再生される。

その録音内容を聞いた二人は次第にその顔をこわばらせていくのだった…
 
 
 
 
 
【同時刻 帝国国防省・某部署】

電話を終えて男は唸り声を上げた。

城内省の内通者からの話は彼を不機嫌にさせる内容しかなかったからだ。

(無能な宦官共が…なぜ小娘一人を抑えつけておくことが出来んのだ! …今回の件で我々本土防衛軍は取り返しのつかない失点を犯したのかも知れん…国民や一般の兵士たちは斯衛の活躍と将軍の力にさらなる盲信を抱くだろう。 そして我々が戦略上の判断から相馬原基地を放棄しようとした事に不信の目を向けてくるに違いない。 だが現在の帝国において将軍家の復権に何の意味があるというのだ! 近代国家の軍組織として我々こそが国軍の全てを統括するのが最も効率的であることは疑いも無いというのに…あの小娘が統帥権を振りかざすようになればカビの生えた武家や摂家の亡者共が何を言い出すか分かったものではない。 そしてあの宦官共…城内省の馬鹿共がなにやかにやと無意味なしきたりを振りかざすだろう…このBETA大戦の最中にそんな過去の遺物に出しゃばられてはどうにもならん! いずれにせよ相馬原基地で斯衛が何をやったかを詳しく知る方が先だ…それからあの小娘からその手段と力を奪い、二度と余計な真似が出来ないようにすべきだが…)

そのまま男は、言葉に出せない暗い思索に耽っていくのだった…
 
 
 
 
 
【同時刻 ???】

電話を終えた女は溜息をついた。

自分が籠絡した城内省の役人からの電話は、彼女にとって憂鬱のタネを増やす内容でしかなかったのだ。

(…つくづく無能なおサルさんね、これだけの大仕掛けを用意していたのにそれに気付きもしなかったなんて…おかげでこの私まで上から無能者のレッテルを貼られかねないじゃないの。 それにしてもコノエの部隊はどうやってあんな大仕掛けを可能にしたのかしら? いくらこの国でショーグンへの信仰が厚いといっても出来ることと出来ないことがある筈よね…いずれにしても情報が不足し過ぎているわね…ジェネラル・ユウヒが何をしたのか、そして何をしようとしているのか…慎重に見極めないと今後の計画にも狂いが出るでしょうしね…)

彼女は自分の思考を切り上げると、上司のオフィスへと連絡をつけ始めた。
 
 
 
 
 
【PM7:00 国連軍横浜基地・B19F】

「あは…あはははは…ア~~ッハッハッハッハ~~~~~~!!!!」

香月夕呼はハイになっていた。

決して寝不足が原因ではなく、相馬原基地に派遣したA-01からの報告と記録映像を見たせいである。

(何これ?何これ!リアルなの!?現実なの!?SFXじゃないわよね?突然あんなデカ物を出現させてBETAを足止めして、さらに空中から何?土管?土管よねアレ、あんなフザケた爆弾もどきでBETA群を壊滅させたあ~~~? どんなイカレた奴がこんなバカげたありえない仕掛けを…って、あのコウモリ男に決まってるわよねそうよね! あのイカレ男以外にこんなふざけた作戦を考える奴なんかいる訳ないし他にもいたら大変だしね…それにしてもやってくれるわねえコウモリさん、あんたの馬鹿げた爆発ショーのおかげでこっちの株が相対的に下がっちゃうじゃないの!! アンタ馬鹿ね!?馬鹿でしょ!?何考えてあんなめちゃくちゃやってんのよ!? せっかくX2にとって絶好のデモンストレーションの場だったはずが何よあれは!ふざけたSF映画の撮影現場になっちゃったじゃないの! …まあいいわ、確かにX2のアピールも充分に出来たし、帝国軍のお偉方も慌てふためくでしょうねえ? そしてそれを利用してあんたは何をする気なのかしら? まあ、こっちの利益になるのなら一向に構わないけど必ずしもそうとは限らないでしょうし…やっぱり伊隅たちが送ってきたあのデータを手札として使う日が以外と近いかもね…それにもしあのデータを私が手に入れることまであのコウモリの予測範囲だとしたら…あ~~~~ったくもう!! とことんストレスの原因になってくれる男だわまったく! いずれはあのふざけた爆撃のタネ明かしもして貰うけどそう簡単には明かさないでしょうね…さすがにアレはあの男にとっても“切り札”だろうし。 ああもう、あとでまりも用のアレでも調整しながらストレス解消しなきゃやってらんないわよもう!!)

ヒャッハ~!!な笑い声を上げながら頭の中で猛スピードの思考を展開させつつ、後のストレス解消手段にまで思いを馳せる夕呼の目の色はかなり危険なものになっていた…
 
 
 
 
 
【PM9:00 帝国軍相馬原基地・PX】

「利府陣中尉」

「え、ああ大咲大尉」

「今日は助かった、礼を言わせて貰う…あと、貴様には苦言も言わせてもらおうか」

ようやく戦いの後始末が一段落して一息ついていた孝之のもとに、今日の作戦で助けた大咲大尉が現れてそう言った。

「苦言?ですか?」

「ああ、助けてもらっておいてこんな事は言いたくないが…何故あんな無茶をした?」

「あ~…え~と、それはですね…」

「貴様は事前にあの作戦のタイミングを知っていて、だからこそ私を助けるのが間に合うと思ってしたのだろうが、はっきり言ってあれは一か八かの賭けだった筈だ」

「……」

「しかも貴様の吹雪…あれは次世代型の試作機という話ではないか、そんな貴重な機体で出撃してしかも1機を助けるために次世代の貴重な種を潰すかもしれんのに…何故そこまでして助けた?」

「…フラッシュバックみたいなものですかね」

「なに?」

「明星作戦の時に死んで行った仲間の事や…あの時の気持ちが一気に甦ってしまって…」

「そうか…だがな利府陣中尉、それならばなおの事貴様は自分の命を「あ~~~~っもう!!まだるっこいなあお姉は!」…って真帆!?」

「大咲中尉!?」

そこに突然現れたのは他でもない、大咲大尉の妹で速瀬水月と並ぶA-01の問題児大咲真帆中尉であった。

(…そう言えば姉妹だったっけ、この二人って)

呆れる孝之の目の前で大咲姉妹の漫才…いや姉妹喧嘩がはじまった。

「どうしてお姉はいつもいつもそう素直じゃないのかな~~~」「何を言ってるこの馬鹿妹!私は脳味噌が空っぽのお前と違ってまず大切なことを優先して…」「だ~か~ら~、それが素直じゃないって言ってんの! そんなんじゃ何時までたっても嫁の貰い手が…」「ふっ、お前に心配されるほど困っている覚えはないが…」「ま~た強がり言っちゃって、どうせ未だに彼氏もいないくせに」「…男よりもBETAに喰いつくお前に言われたくはないな」「ぬあんですってぇ~~~~!!!」「ほほう、図星を突かれて怒ったか?」「ぐ…ふふん、そう言って余裕ばっかかましてるとうちの純あたりにそこの彼氏を取られるかもね~~私やあの子の方がお姉より若いんだし~~~」「ほおおおおお~~~~……言ってくれるなあ、脳味噌がプリンの馬鹿妹の分際で」

「…あの~」

「「えっ!?」」

「それじゃ自分はこれで、失礼します」

そう言うと孝之は、引き止められる前に大急ぎでその場から抜け出したのであった。

取り残されて暫し呆然としていた二人だったが、やがて姉の方がぼそりと呟いた。

「…あんたのせいよ、真帆」

「う…ゴメンお姉」
 
 
 
 
 
姉妹喧嘩から逃れた孝之は基地の屋上で星空を見上げて呟いた。

「…やれたれ、まったく大咲ときたら」

「…昔と変わっていないでしょう?」

「ああ、全然…ってえ!?」

後ろからの言葉につい返事をしかけて、孝之はぎくりとした。

「…御名瀬中尉」

そこにいたのは御名瀬中尉だった。

(しまった!対人センサーを切ってた!)

「やっぱり…鳴海さんだったんですね…」

「いや、俺は…」

「どうして…どうしてなんです? 生きていたなら…」

「はい、そこまで~~~~~~」

「え!?」「モロボシさん!?」

鳴海孝之絶体絶命…と思われたその時、二人の間に割り込んできたのは笑うセールスマン諸星段であった。

「いや~~~御名瀬中尉…彼の素性は詮索しないで欲しいんですよ~~~~」

「何故…どうしてですか!?」

「実は彼の仮面は新開発の特殊なシステムを搭載していて、彼はその被検体なのですが…機密保持のために彼の素性は機密事項になってるんです」

「え…」

「…下手に彼の機密を暴こうとしてその仮面を無理に外そうとすると、機密保持のシステムが起動して彼の脳味噌は焼き切られてしまうんです」

「そんな!」

「まあ、いずれはあなたたちA-01には話す時が来るかもしれませんが…今日のところは胸の奥にしまっておいてくれませんか?」

モロボシの言葉に御名瀬純はしばらく沈黙した後で孝之に向かって言った。

「いつか…帰ってきてくれるんですよね?」

その言葉に孝之はただ無言で頷いた。
 
 
 
 
 
 
「はあああ~~~~~~」

御名瀬中尉が沈黙を約束してこの場を去った後、鳴海君は思わずその場にへたりこんでいた。

へたり込みたいのはこっちなんだが…

「鳴海君?」

「はい?」

「もしかして君、脳味噌に電流を流されたいとか思ってる?」

「ぶっ! いえいえいえいえいえいえいえ!!!!!! そんな事は絶対に思ってもいません!!」

「だよねえ? だったらもうちょっとしっかり自分の秘密を守ろうね?」

「…はい」

…嘘や秘密がすぐバレる、あるいは頭の中の事がすぐ口に出る、もしかしてこれは恋愛原子核保持者に共通の事なのか…それとも彼やタケルちゃんがうっかり過ぎるのか?

いずれにしても、そう長く彼の素性を香月博士に隠しておくことは不可能だろうな…

さて、これからどうしよう?

やる事が多過ぎるぞまったく…

 
 
 
第25話に続く




[21206] 閑話その4「路地裏の回想」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/02/12 22:22

閑話その4「路地裏の回想」

【日本民主主義人民共和国 型月区 三咲町・某路地裏】

私の名はシオン・エルトナム。 かつては天才ハッカーと呼ばれて合法・非合法を問わず様々なシステム開発やソフトウェア解析に関わっていた…いや、今でもそうだが。

過去と現在の私の違いといえば、かつては祖国エジプトからの留学生としてこの国の大学に通うかたわら、大学の各部署や大手企業からの依頼をこなしてその報酬で自分の趣味の研究開発に没頭する日々であったのに対し、現在の私は就労ビザも無しでこの型月区三咲町の一角にある路地裏の段ボールハウスに棲みつき、主に裏社会からの様々なハッキング依頼や使用目的が不明なソフトウェアの開発に従事して、その報酬で自分の趣味の研究開発に没頭しているということだろうか。

まあ、早い話が社会の表側から裏側に移り住み、そしてやっている事はさして変化がないという事だ。

自分自身にとっては大した事のない、しかし世間一般から見ればおそらく“転落”という表現以外当て嵌まりようもない環境の変化…

そのきっかけとなった出来事を私はふと思い出していた。
 
 
 
 
 
数年前、私のもとに一件のソフトウェア開発の依頼が舞い込んだ。

この国の国土開発や土木建築の事業を管理・指導する立場にある官公庁に関係の深い企業からの依頼だった。

自律性に優れた土木建築専用のAIを作って欲しい…どうという事はないごく普通の依頼であり、研究費を切らせかけていた私はこの依頼を二つ返事で引き受けた。

だがそれが後に大事件の原因になるとは、神ならぬ身の私に予測することなど不可能だった。
 
 
製品の納入から数週間後、突然私は警察から事情聴取を受けた。

国土開発省に納入された試作型土木建築システムに私が作成したウィルスが混入し、システムを暴走させた嫌疑が私に掛けられていたのだった。

無論のこと私は身の潔白を主張し、そのための資料提供にも応じたのだが…

結論から言えば私は嫌疑不十分という曖昧な名目で無罪放免という事になった。

シロでもなければクロでもない…このような不完全かつグレーゾーンな回答に当然の如く私は激怒した。

必要な資料を提供し、貴重な時間を割いてまで取り調べ室の中で無能な捜査官たちを相手に現代社会における電脳犯罪とその傾向及び対策の講義を延々と行ったにも関わらず、彼らは全くの役立たずであったのだ。

不可解なことに、私が電脳犯罪とその対策の研究がいかに重要であるかを説明すればするほど、彼らは私に対する嫌疑を深めていったように思う…一体何が問題だったのだろう?

私はただ今後行われるであろう電脳犯罪と新型電脳ウィルスの予測を例に上げて、彼らがより良い仕事を行えるように指導しただけなのに…

いずれにしてもこのままでは私の名誉にかかわる…何としてもこの事件の真相を暴かねば気が済まなかった。

私はあらゆる伝手と自身のハッキング能力を駆使してこの事件の洗い出しを開始した。

その結果、この“事件”それ自体が国土開発省の一部の人間によって事実関係を歪められてしまっている事、そして事件そのものが未だに終っていないことが分かった。

そもそもこの事件の始まりは『国土開発省・土木建設庁内特機開発局』のもとで新規に開発された新型土木工事用総合管理システムが試験運用開始直後に突然謎の暴走を始めた事だった。

そしてそのシステムの頭脳とも言うべき高自律性土木作業用AI『オシリスⅢ』こそ、私がこのシステムの開発企業から依頼を受け作成したものだった。

だが調べてみるとこのシステムの開発計画や受注企業の選定に関して、色々と不透明な部分がある事が分かってきた。

まず開発にかかる予算の水増し疑惑、システム開発の入札に関する不正の噂、さらに入札企業からの担当官庁の上層部への贈賄の噂…そう、あくまでも噂だ。

だが火のないところにこれほど大量の煙が立つ筈がない。 そう考えた私は噂の裏付けを取るために調査を続行し…そしてようやく全ての裏事情が判明した。
 
 
 
国土開発省の中にある土木建設庁特機開発局…この特機開発局のトップが噂されている不正行為の主犯だった。

彼は自分の立場とその職権を行使してこのシステム開発の受注企業から不正な裏金を受け取り、私腹を肥やしていただけでなく、その不正に気付き内部告発を行おうとした局内の職員を罠に嵌めて懲戒処分に追い込んだらしい。

その陥れられた職員がヤケをおこして局を辞める直前に残していった置き土産がAIウィルスによる開発中のシステムへの破壊工作だった。

ウィルスによってほぼ完全に破壊されたシステムと開発環境…それを取り繕うために彼らは私に新たなシステム開発を依頼したのだろう。

そして私の作成した『オシリスⅢ』を搭載したシステムを何食わぬ顔で試験運転を開始した…

だがそこで予想外の事態が発生した。

前のシステムに感染していたウィルスを除去するためのウィルスキラーシステムを念のために外さずに運転を開始したところ、そのキラーシステムとオシリスが機能を連結し本来のシステムの300倍の処理能力を発揮、さらに人間のオペレーション指示を拒絶して勝手に作業を開始してしまったのだ。

常識的にはありえないこの出来事にはもちろん裏があった。

そもそもヤケになってウィルス事件を起こしたした男の本当の仕掛けは、自分の仕掛けたウィルスを処分するためのキラーシステムに潜んでいたのだ。

彼は自分を罠に嵌めた上層部を徹底的に追い詰めるために、その筋では有名な裏世界の発明家Dr.アンバーに依頼してこの2重の仕掛けを用意したのだ。

この二段構えの罠に特機開発局の人間たちと私の作った『オシリスⅢ』がまんまと嵌ってしまった訳だ。

いずれにせよ機能を300倍にアップしたオシリスⅢは凄まじい勢いで作業を開始した。

人間側の制御を受け付けず、勝手に巨大な都市の建設を始めたオシリスを停止させようとあらゆる手段を開発局の職員たちは試みたが、全て無駄に終わった。

そしてその一方で彼らの上層部はこの件を上手にもみ消すために事件を事故として公表し、その責任をシステムの開発者であるこの私に被せようとしたのだった。

だが私が正確な資料を提示し、さらに理路整然と反証を行ったために濡れ衣を被せることを断念して、ことを有耶無耶にしてしまった…ということらしい。

なんとも呆れ果てた話ではあったが、だからと言って勘弁出来るものではない。

この件の首謀者とその役所を訴えるべく訴訟の準備を私は始めた。
 
 
 
そんな時にあの男、モロボシ・ダンが現れたのだ。
 
 
 
開発局の幹部職員だと名乗ったその男モロボシはこれまでの非礼を謝罪し、同時に未だに停止しないシステムの暴走を止めるために私の協力が欲しいと言ってきた。

少しばかり虫が良過ぎる話だとは思ったが、彼の言葉に私は心を動かされた。

彼はこう言ったのだ。

「このシステム『オシリスⅢ』の真の創造主、そして管理者があなたとDr.アンバーのどちらなのか、はっきりさせてみませんか?」…と。

その言葉を聞いた私は思わず彼の依頼を受けてしまっていた。
 
 
実を言えば私とオシリス、そしてウィルスの製作者Dr.アンバーの間には浅からぬ因縁がある。

本来『オシリスⅢ』のオリジナルモデルである文明保存用AI『オシリス』は、我々人類の文明の保存という壮大過ぎる目的のために設計されたものだ。(主に私の趣味で)

無論のことそんな使用目的を実際に試す機会などある筈もなくデータアーカイブの中で眠っていたのだが、大学の研究室を増築するのに最適な内容を検討するためにこのAIをベースにした工事用ソフト『オシリス改』を作成したのがトラブルの始まりだった。

何時の間にかネットを介して侵入してきたウィルスソフト『まききゅーX300』にオシリス改が感染してしまい、勝手に研究室の…いや大学全体の増改築を始めてしまったのだ。

慌てて機能を強制停止させようとしたが、こちらの命令を受け付けずにオシリス改は作業を続ける。

不本意だったが物理的暴力を行使することでようやくオシリスは停止した。

その後、ウィルスの作成者であるDr.アンバーの居場所を突き止めて拘束し、彼女の雇い主に突き出した。(なんでも本業は家政婦なのだそうだ)

雇い主であるミス・トウノは私には謝罪と賠償を、そして自分の使用人には説教と体罰(具体的描写はプライバシーを考慮して割愛)を施す心の広い女性だった。

それが縁で彼女やDr.とは友人として、あるいは科学の徒としての良きライバルとして付き合うようになっていたのだが…
 
 
 
今回の暴走の原因がDr.の作成したシステムにあると分かった時点で例によって彼女の雇い主に通報してあったのだが、この暴走を止めることは依頼しなかった。

一応国の官庁に納められた物に手出し出来ないという事情もあったが、自分の作ったシステムを他人に停止・分解されるのが不本意だったのかもしれない。

多分私はこのオシリスⅢの暴走を自分の手で終わらせたかったのだと思う。

モロボシ氏の要請を受け入れた私は問題の解決に着手した。(Dr.には責任を取ってもらう意味もあって、ウィルスシステムのデータを提供させた)

私とモロボシ氏は物理的手段さえも撥ね除けるオシリスⅢの抵抗に手こずりながらも、ようやくその活動を一種の永久ループに封じ込めることで抑えつけた。

その後、モロボシ氏はこのオシリスⅢを安全な場所へ移動させ事後処理にあたることになったのだが…

驚くべきことに彼は、自分が封じ込めた筈のオシリスを並行世界に移動させて再起動し、その滅びかけた世界の人類が避難するための場所を建設する作業に着手したのだそうだ。

並行世界のあるポイントにオシリスⅢを設置してそこを拠点に10億人を超えるであろう難民を収容出来る超弩級の難民キャンプを建設する…途方もない馬鹿げた計画だが、確かにオシリスならばその計画の推進にうってつけだろう。

何故ならば本来のオシリスの目的は本物と寸分変わらない文明のジオラマの製作なのだ。

従ってそのスケールは本来の文明社会と同規模の物が条件となる筈だ。

おそらく彼女…オシリスⅢはその滅びかけた世界が完全に復興したと認識するまで、永遠にその避難場所の建設に従事するだろう。

そして彼、モロボシ・ダンはそんなオシリスの面倒を見続けることになるのかもしれない。
 
 
 
その後私はこの事件の容疑やその後のゴタゴタが原因で大学を辞め、国へ帰ることもせずにこの三咲町の路地裏で友人2人と暮らしている。

パスポートも期限切れで就労ビザも無いから、ホームレスとなって裏稼業で食べていくしかないのだが…私個人はそれほど気にしてはいない。

自分の知的好奇心を満たすためのサンプルがこの国には実に多いと気付いたからだ。

この素晴しい研究環境を離れるなどもっての外だし、多少の生活苦などどうということはない。

そして今私の興味の対象は、あのモロボシ・ダンを支援しているという物好きな人間たちの生態と行動パターンの分析にある。

彼らは正式な団体でもまた確固としたネットワークでもない、単に同じ目的を共有する個人の群れに過ぎないようだ。

しかし彼らは並行世界からモロボシ・ダンによって送られてくる映像やサインを入手するために実に多額の寄付と情報と知的能力の提供を献身的に行っている。

年端もいかないウサミミのヘアバンドをつけた少女の映像に何故それほどの価値があるのか分からないが、Dr.から「シオンさんのニーソックスと同じようなものですよ~~~」と言われて何とも言えない気分になった。

私は彼と彼の赴いた世界について考える。

“おとぎばなし”とやらの内容を見るまでもなく、あの世界の破滅は事実上確定しているように私には思える。

あのモロボシ氏がそこへ赴いたのは、私と同じくあの世界の破滅を確信していたからなのか、それとも別の可能性を見ていたからなのか…

私は想像する。

異星起源種によって追い詰められ、同族同士の争いによって滅びゆく世界…

そこに降り立ち、ただひたすらに難民キャンプの建設を行う人工知性とその管理者…

そしてあのモロボシ氏は私を説得した時と同じように口先三寸で人々を誘導して避難させる…

果して何人の人間を救い、その先にどんな物語が生まれるのか…

何故か分からないが、想像の中の彼はひどく楽しそうに見える。

…もしかしてあの男、壊れているのではないだろうか?
 
 
 
閑話その4終り




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第25話「スーパーマリモの伝説」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/07/29 17:54

第25話 「スーパーマリモの伝説」

【2001年2月20日 アラスカ・ユーコン基地 演習区】

晴れ渡ったアラスカの空の下で2機の戦術機が戦っている。

F-15・ACTVとTYPE-77改・撃流…第1世代と第2世代を代表する機体の改良機同士が観客たちの予想を超えた激戦を繰り広げていた。

「ちくしょ~~~~っ!! 何で墜ちねえんだよあのF-4は!!!」

ACTVの操縦席でタリサ・マナンダルは叫んだ。

この機体と自分の得意とする3次元機動を駆使すれば時代遅れのF-4改修機など簡単に墜とせる筈だった。

それなのに相手の機体日本のF-4改修機“撃流”は彼女の射線をことごとく回避し、逆にこちらの懐に飛び込んで来てはタリサを追い詰める。

(こんなのF-4じゃねえだろうが!!)

凄まじい機動で自分を追い込んできている相手の機体を見ながら心の中でタリサはこぼした。

(こうなりゃ奥の手だ!!)

逃げると見せかけてタリサはACTVの機動力を活かした奥の手…“ククルナイフ”という名のコンビネーション機動を使用する。

「くうっ…こんのおおお~~~っ!!!」

凄まじいGに耐えながら回避機動を成し遂げたタリサのACTVの前に相手の機体は…いなかった。

「な! そんなバカな!!」

愕然とするタリサの下方から撃流の射撃が襲いかかり、彼女のACTVは撃墜判定を受けた。

タリサの“ククルナイフ”とほぼ同時に撃流の衛士…神宮司まりもが使用した技、それは第二次大戦の時代から日本の腕利きパイロットや衛士たちが使用してきた“木の葉落とし”と呼ばれるテクニックであった。
 
 
 
 
 
 
 
「不味い事になりましたね…」

ACTVと撃流の試合を観戦していた人間たちの一人がぼそり、とそう呟いた。

「まさかこんなに簡単に我々の機体が勝ってしまうとは…非常に不味い」

「ほう…なにがそんなに不味いのかね? Mr.モロボシ」

自分たちが勝利したにもかかわらず、苦い表情でぼやく日本人にプロミネンス計画の責任者クラウス・ハルトウィック大佐がそう尋ねた。

「大佐、私は…いえ我々はこのユーコン基地で行われているプロミネンス計画に多大な期待を寄せていたのです。 しかし…あの実験機にあっさりと墜とされる程度の機体では我々の求める共同開発のパートナーとしては到底…」

そこで言葉を途切らせたモロボシは、自分のメガネの位置をを指先で直しながら対面にいる男たちの方を見た。

モロボシの視線の先にいた男たち…先程まで自分たちのACTVの勝利を信じて疑わなかったボーニング社の重役と開発責任者がショックで口をあんぐりと開けたまま固まっていた。

日本の第三世代戦術機“不知火”の改修を行う共同開発の相手として指名されたボーニング社との交渉において、どちらの企業が主導権を握るか…お互いに譲らない問題に決着をつけるために双方の試作機を戦わせる…その提案を日本側が出し、ボーニング社も受け入れた。

そして今日、その試合となる模擬戦が行われたのだが…

模擬戦開始前に日本側が用意した機体を見て、これは何のジョークなのだろうと言っていたボーニング社の人間やその他の観客たちも、実際に模擬戦が始まった後は撃流の高機動性能に呆然とし、そして勝負の結果が撃流の勝利となった時、ボーニング社の人間とモロボシ以外の全てがスタンディング・オベーションで撃流とその衛士を讃えたのだった。
 
 
「しかし、これでは共同開発に赤信号が灯ってしまいます」

モロボシは居並ぶ面々…プロミネンス計画の担当者たちとボーニング社の幹部に向かってそう言った。

彼以外の日本帝国の人間…帝国軍の担当者や開発企業の重役たちは無言のまま目を瞑り、自分たちの知ったことではない、とでも言うかのような態度を貫いていた。

さらにそこへモロボシの言葉が投げつけられる。

「私たちがあの機体“撃流”を用意したのはこの計画を進めるにあたって最大の相違点である主幹企業をどうするかを考えてのことでした」

「…と言うと、君たちはこの模擬戦でわざと負けるつもりだったのかね?」

ハルトウィック大佐の疑問にモロボシは肩をすくめるジェスチャーとともに答える。

「わざと負けるなど出来ませんし、衛士に八百長をやれとは口が裂けても言えません。 だからこそあの機体で戦ったのに…まさかそれに勝てないとは」

そう言ってモロボシはボーニング側をじろりと睨む。

だがその侮辱を超えたモロボシの言葉にボーニング社側は何一つ反論出来ないでいた。

ACTV対F-4改修機、どう考えても負ける要素の見当たらない勝負でまさかの完敗…ありえない結果にボーニング側は言うべき言葉が見当たらなかったのだ。

さらにそこへモロボシは追い打ちをかけた。

「…あなたには期待していたのですがね、Mr.ハイネマン」

その言葉にボーニング社の戦術機開発部門のナンバー2であり、“戦術機開発の鬼”とまで言われる男…フランク・ハイネマンの顔がひくり、とひきつった。

「現在我が国の戦術機開発に携わる人間たちの多くは“不知火”を世界に先駆けて実戦配備した実績に溺れるあまり、外国技術の導入など不要などと言う人間までいる始末でしてね…だからこそあなたの作った機体であればそんな人たちの考えを変えてくれると信じていたのですがねえ?」

「……………」

褒め殺しを装った罵倒に、フランク・ハイネマンの顔は完全に凍りついた。

「これではもう一つの計画まで中止に追い込まれるかも知れませんな」

「もう一つの計画?」

モロボシの言葉を聞き咎めたハルトウィック大佐がそう言うと、モロボシは答えた。

「あの機体…“撃流”に搭載されたOSの公開と共同研究の計画です」

「「「「「「なに!!!!!!」」」」」」

驚愕する一同に対してモロボシは顔色一つ変えずに淡々と説明する。

「撃流の機動性の秘密は基本的に二つ…まず一つ目が機体構造材の大幅な軽量化、そしてもう一つが新型の機体管制OSなのです。 我が国としてはこのプロミネンス計画で得られる技術と引き換えに、このアラスカで新型OSを公開してライセンス供与することも考えていたのですが…」

「素晴しいではないかね! 是非お願いしたいものだ」

「ええ、しかし…」

「しかし…何かね?」

プロミネンス計画全体に大きく貢献するであろう日本側のプランにハルトウィックは歓迎の意を表すが、モロボシの歯切れは悪かった。

「しかし、今回の模擬戦の結果を我が帝国の軍部が見れば、新型OSを提供してまで得るものはないと判断するでしょう…おそらく共同開発の相手企業も別の相手をさがすことになるかと」

そのモロボシの言葉に、それまで黙っていたボーニング社の重役が口を開いた。

「Mr.モロボシ、新たな相手を探すと言ってもそう簡単に我が社以上の相手はいない筈だが…」

「ええ…もう残っているのはロックウィード社くらいのものでしょうね」

「な! まさか…」

「実はあの新型OSの開発には国連軍横浜基地の香月博士も関与しておられまして…」

「なに!」「ヨコハマ!?」「Dr.香月が…」「う…」「むう…」「彼女があのOSを…」

モロボシの発言はその場にいた全員に重苦しい緊張を強いた…“横浜の女狐”の異名はここでもまた恐れられていたのだった。

「彼女はもしもプロミネンス計画側との交渉が決裂するようなら、自分がロックウィード社と話をしてもいい…ただしその場合、新型OSの公開や共同研究の場を横浜基地で行うようにして貰いたいとのことでして」

「いや、待ちたまえ!別に横浜基地でなくてここでも…いや、ここの環境こそが新型OSの開発や公開の場にふさわしい筈だ! ここには世界中の先端戦術機と選りすぐりの衛士たちがいるのだぞ! 君たちの新型OSを評価するのに最も適した人材の宝庫でもあるのだよこの基地は」

ハルトウィック大佐は必死になってモロボシに自分たちユーコン基地での共同開発が双方の利益となる筈だと説得する。

彼にしてみればこれは何としても逃せない話だった。

もしもこの新型OSをプロミネンス計画に導入出来れば、それだけで計画全体の価値が上昇するだろう…だがもしもこれを横浜に奪われ、さらに『FJX計画』までもがこの基地ではなく横浜で行われることになれば自分たちのプロミネンス計画の価値は大幅に減少し、下手をすれば計画の存続自体が危ぶまれることになりかねない…そんな事態だけはなんとしても避けねばならなかった。

そしてそれはボーニング社の重役たちにとっても同じ事であった。

米国の戦略ドクトリンがG弾主体のものとなり、次期主力機種の選定でも敗北したボーニングとしては、起死回生の手段として始めた『フェニックス構想』であったが、その産物であるF‐15ACTVが多くの軍人や企業関係者の見ている前で、日本のF-4改修機に敗北を喫した…その機体とOS技術が自分たちではなくロックウィード社に渡る事だけは回避せねばならなかった。

「まあ、まだ結論が出た訳ではありませんし…ああ、それでは我々は撃流と衛士に用がありますので少しの間失礼します」

そう言ってモロボシ達日本側関係者が出ていった後の会議室では、残された全員が頭を抱えて唸る事になったのだった。
 
 
 
 
 
【ユーコン基地 戦術機ハンガー】

戦術機ハンガーにやって来た私は撃流の機体から降りてきた彼女に声をかけた。

「神宮司大尉、御苦労さまでした」

「諸星課長…いえ、どういたしまして」

かなり引き攣った笑顔を浮かべている…このアラスカに来る前の出来事がまだ尾を引いているようだ。

日本を出発する直前に香月博士が彼女のために作った“御守り”が原因なのだが…それを作るように依頼したのがこの私だったために神宮司大尉(軍曹では問題なので臨時大尉となった)からかなり不審な目で見られているのだ。 酷い話だ…私はただ彼女のためを思って香月博士に依頼しただけなのに。

まあ、私もまさか香月博士があのようなエクストラ…いやもとい、エクセレントな御守りを作ってくれるとは思わなかったのだが…

「とりあえずこれで予定の模擬戦は終了した訳ですが、まだアンコールがあるかもしれません」

「…それはここに来る前に言っていたあの?」

「ええ…その場合は不本意でしょうが香月博士の作成した御守りを使用して頂くことになるでしょう」

「うう…了解しました…」

殆んど涙目だよもう…可愛いなあこの人…いやいやいかんいかん、こんな邪念に囚われている場合ではない。

周囲に気を配れば…ほら、おいでなすったよ“彼”が。

「いやいや、実に素晴しい機体と衛士ですなミスター・モロボシ」

その言葉と共に一人のソビエト軍人が我々の目の前に立った。

「これはこれは、ソビエト連邦軍の方に高く評価して頂けるとは光栄ですな中尉殿」

「はっはっは…御謙遜を、いや実に素晴しい内容の模擬戦でした…ああ、申し遅れました私はソビエト連邦陸軍所属イーダル試験小隊指揮官イェージー・サンダーク中尉です」

ええ…知ってますよ、中尉殿。

「いやこれはどうも御丁寧に、松鯉商事営業課課長 諸星段です」

「国連第11軍A-01連隊所属、神宮司まりも大尉です」

この模擬戦の事はこの基地で戦術機開発をする全ての部隊のみならず、その部隊を派遣した国家と企業の全てに情報が伝わっていた。

興味半分、もしあわよくばF-15・ACTVの性能を見極められると考えていたそれらの観客たちが当然目の色を変えるであろうことは予想していた…そしてなによりこの男、イェージー・サンダークの野心に火が点くであろうことも。

「いやしかし、まさかF-4改修機であのACTVを破るとは…今までの戦術機の常識を覆す快挙ですなあ」

「いえいえ…お国の戦術機こそ他にない素晴しい特性を持った傑作ぞろいではありませんか」

「いやこれは嬉しいお言葉ですな、わが国の戦術機は西側の方からはなかなか好意的な評価を受けられないことが多いのですが」

「いえいえ、わが国は実用主義者の国でして…立派な第3世代機を一方的な偏見で2.5世代機と言ったりするのは愚の骨頂と言うものです」

「おお、なんと素晴らしい考えでしょうか…ところで諸星課長、あなた方の機体と我が国の戦術機…互いの力を見せ合うことで更なる高みを目指せるとは思いませんか?」

…ほ~ら、やっぱりそう御出でなすった。

「いやいや…実に素晴しいお考えですなあ~サンダーク中尉殿、実は私も今そう思っていたところでして」

「おお…それではお手合わせ願えますかな?」

「ええ、喜んでお願いします」

「おお、それでは早速準備に取り掛かりましょう…少々お待ちを」

そう言ってサンダーク中尉はそそくさと自分たちのエリアの方へ向かった。

さて…ここからがこのアラスカ公演の本番だ。

「申し訳ありません神宮司大尉、やはりもう一幕追加になりました」

「…そのようですね、それで…あの…」

「…申し訳ありませんが、御守りの装着をお願いします」

「ううっ…夕呼のバカ…」(涙)

私の言葉に今度こそ本当に涙目になるまりもちゃん…いや、いかんいかん、あまりの可愛さに危うく萌え殺されそうになった。

「大尉、お気持ちはお察ししますがアレはあなたのために必要な装備なのです…どうか我慢して下さい」

「…はい」

「作戦ですが…ここに来る前にした話を前提に最適と思われるものをご自分で選択してください」

「任せて頂ける…ということですね?」

「実戦ではあなたのようなプロに素人の私が必要以上に口を出しても害になるだけでしょう」

「分かりました、それではお任せ下さい」

彼女がそう言った時、私の視界に次の模擬戦の決定を告げに来た国連軍士官の姿が映った。
 
 
 
 
 
 
【ユーコン基地 演習区】

クリスカ・ビャーチェノワは自分たちの機体、Su-37UBチェルミナートルの操縦席で妙な違和感を抱いていた。

これから相手をする機体…日本のF-4改修機の衛士から殺気といえるものが感じられないのだ。

(なんだ…この妙な感じは…今まで相手にしてきた衛士とは違う…一体あの相手は?)

「ねえ…クリスカ」

「どうしたのイーニァ?」

戸惑うような言葉をかけてきた自分のパートナーである幼い少女にクリスカは優しく返事する。

だが次に彼女が聞いた言葉は完全に予想外のものだった。

「あの人…恥ずかしがってるよ?どうして?」

「…え?」
 
 
 
 
撃流の操縦席で神宮司まりもは精神的に身悶えしていた。

(あ~~~~っもう!夕呼のバカ!イケず!意地悪!性悪娘!呪ってやるんだから~~~~!!!)

心の中でとんでもない物を自分に押し付けた親友に呪いの言葉を吐き続ける。

(もう…もし効果が無かったら一生恨んでやるんだから)

ようやく覚悟を決めた彼女は“ゆうこせんせいのおまもり”を装備した。
 
 
 
 
 
模擬戦の開始から10分…戦況はSu-37UB側が優位に立っていた。

第一世代機とは思えない凄まじい機動で逃げ回るまりもと撃流をそれ以上の機動で紅の姉妹が追い上げる…だが当のクリスカとイーニァは相手の不可解な“手応え”に戸惑っていた。

(なんだ…この相手は? 何故殺気をこちらに向けてこない…これだけ追い詰められているのに…明らかにこちらの“力”に押されている事がはっきり“見えて”いるのに…なんだ? このやりにくさは…)

クリスカは相手の不可解な反応に戸惑いながらもさらにまりもを追い込もうと意識を集中させて行った。

一方まりもは必死に逃げ回りながら逆襲のタイミングを計っていた。

(くっ…なんてプレッシャーなの、この感じ…事前に予備知識を与えられなかったら完全に自分を見失ってやられていたわね…でもこの程度で負ける訳にはいかないわね)

モロボシから事前に与えられていた知識のおかげで紅の姉妹の“力”を受けてもまりもはパニックに陥ることはなかった。

そしてついにまりもは勝負に出る。

ひと際激しい変則機動を駆使した撃流がSu-37UBに対して反撃に出ようとした…だがもちろんそれはクリスカに“見られて”いた。

(ようやく焦れたか…さあ、無様な踊りをみせるがいい…なに!?)

「え…どうしたの…見えないよ? あの人の心…なぜ?」

まりもの機動を読み取って逆にトドメをさそうとしたクリスカたちだったが、突然彼女は相手の心を見ることが出来なくなった…そして次の瞬間、紅の姉妹はその混乱の隙をまりもに突かれていた。

「相手が見え過ぎると却って不便なものね!」

相手の能力を逆手に取り、一瞬でSu-37UBの死角に移動することに成功したまりもの撃流が36mm砲を発射して決着がついた。

その瞬間を見ていた観客たちは時代遅れで鈍重な筈のF-4改修機が鮮やかな螺旋の軌跡を描き、ソ連機の背後を取って仕留めたまりもの神業に惜しみない拍手と歓声を贈ったのだった。
 
 
 
 
 
 
【ユーコン基地 戦術機ハンガー】

私の視線の先に顎をかくん、と落としたまま間抜けな顔で立ち竦む男がいる。

…気の毒だが君は実にいいカモだったよ、サンダーク中尉。

「いやいや、実に素晴しい内容の模擬戦でしたなあ~サンダーク中尉、これで我々双方が次世代に向けての貴重な経験を得ることが出来たわけですな」

「え…ええ、実にまったくその通りですなMr.モロボシ」

顔を引き攣らせながらも彼はこちらの言葉に愛想笑いを浮かべながら調子を合わせて来る…いやいや、流石にこの程度でへこたれる男ではないよなあ~。

こちらも負けずに愛想を返そうと思っていたら…おやおや、いつの間にかとんでもない人が来てるじゃありませんか。

「御満悦だな…若いの」

「!あなたは…」

「これはこれはMr.マッコイ…はるばるアラスカまで来られるとは」

そう、我々の目の前に現れたのは世界一の武器商人と言われる男…マッコイカンパニーの社長、マッコイ老であった。

「先月N.Y.でお会いして以来でしょうか…まさかここでお目にかかれるとは思ってもみませんでした」

「ふん、何を言ってやがる…あちこちに大声でふれ回って客を集めたくせによく言うぜ小僧」

「いやこれはどうも…恐縮です」

「別に褒めちゃいねえよ…まあしかし、随分といい仕上がり具合じゃあねえかあの機体」

そう言ってマッコイ老はこちらに戻ってくる撃流を顎で指した。

「ええ…まったく予想を遥かに超える活躍ぶりですよ、機体も衛士も」

「確かにな…それじゃあその衛士どのにも挨拶くらいはしておくか、この儂の新しい商売のタネを芽吹かせてくれた礼を含めてな」

「新しい、商売のタネ…?」

おお、そう言えばまだあなたは御存じありませんでしたな中尉どの。

「あの機体“撃流”に搭載されたOSのことですよ、それを世界に配布するにあたってこのマッコイ社長に色々と面倒を見て頂いていますので」

「あの機体の…OS! それを世界に…ですと!?」

「ええ、手始めにこのユーコン基地で試験運用を兼ねた講習を行おうと思っているのですが…これがなかなかどうも…」

「なんでえ、ボーニングの連中まだグズッてんのかい? なんならこのオレが話をしてやっても…ふん、どうやら重い腰を上げたようじゃねえか」

そう言ったマッコイ老の視線の先を見ると…おやおや、確かにボーニング社の皆さんとハルトウィック大佐たちですな、こちらに来られるのは。

「これは皆さん、お揃いでどうなさいましたか?」

「うむ、モロボシ課長実は…貴方は!」

「何年ぶりだ?ドイツの若造…随分と老けたじゃねえか」

おや、大佐殿とマッコイ老はお知り合いでしたか…まあこの老人は世界中の軍人や政治家とコネがあるんだから不思議ではないが。

「まあこの小僧はオレの元部下のそのまた下の使いっぱしりみたいなモンなんだが…おめえら随分とこいつを困らせてるみてえだが、そんなにこいつの持って来た話がイヤならハッキリそう言いな…それならこのオレがロックウィードや横浜の小娘と話をつけるだけの事だ」

「! いえMr.それには及びません、我々プロミネンス計画は日本の『FJX計画』及び『XOS計画』の誘致を正式に要請する事になるでしょう」

「ほう、しかし大佐…肝心の我々とボーニング社との間の契約条件がまだ…」

「いやモロボシ課長、その件だが…ボーニング社の方が我々の提示した条件を基本に『FJX計画』の契約内容を煮詰めることに同意して下さったのだよ」

そう言ったのは光菱重工の担当役員さんだった…成程、どうやら折れてくれたか。

「そうですか、それは良かった…ああ、Mr.ハイネマン」

そう言って私は“戦術機開発の鬼”と向き合う。

「これから宜しくお願いします…我々とともに新しい戦術機の歴史を作りましょう」

私のその言葉にフランク・ハイネマンの眼鏡の奥に火が灯った。

「ええ、こちらこそ宜しくお願いします…Mr.モロボシ」

…ではもうひと押し。

「Mr.ハイネマン」

「はい?何でしょう?」

「もう一度“勝利”してみませんか?あの機体…F-22“ラプター”に」

「!」

「私がその舞台を用意します」

その言葉を聞いたフランク・ハイネマンは、今度こそ楽しそうな笑みを浮かべて私に手を差し伸べて来た…そして私も手を伸べて握手を交わす。

契約成立…だな、これで。
 
 
ハイネマン氏と握手を交わしているところに神宮司大尉が戻って来た…がしかし、おやおや。

「ああ皆さん、御紹介します…あの機体“撃流”の操縦を担当した神宮司まりも大尉です」

「神宮司まりも大尉であります!」

きりっとした表情で我々に敬礼してくれるまりもちゃんなんだけど…皆さん目が点になってますな。

まあ無理もない…こんなものを見てしまってはね。

「その…神宮司大尉、御守りをつけたままですよ?」

「え…あ!やだ! す…すみません!!!」

そう言って彼女は真っ赤になって頭の上の御守り…香月博士謹製のウサミミ型ヘアバンドを外すのだった。

…そう、私が“紅の姉妹”の能力を無効化する装置の製作を香月博士に依頼したところ、なんと彼女は社少尉とお揃いのものを作ったのだった。

慌てて彼女の名誉のためにこの御守りが香月博士に押し付けられた物だと説明すると、その場の全員が同情のまなざしを彼女に向けるが、それがより一層まりもちゃんの羞恥心を煽ったらしく、顔を真っ赤に染めたまま俯く姿が可愛かった。
 
 
 
 
後日、彼女の活躍とウサミミ姿は世界中の衛士や戦術機開発者たちの知るところとなり、“マリモ・ザ・バニー”あるいは“スーパーマリモ”の呼び名で知られることとなった。

そして香月博士と私は…彼女からジト目で睨まれることになるのだった。(何故私まで…)

 
 
 
第26話に続く





[21206] 閑話その5「モロボシ・ダンの休日」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/02/23 22:19

閑話その5「モロボシ・ダンの休日」

あ~~~~疲れた~~~~~……いやホントに。

相馬原基地での迎撃やら鳴海君の正体がばれないためのフォローやら香月博士のご機嫌取りやら果てはアラスカへ出張ですよもう…たまにはゆっくり休みたい。
 
 
 
…と言う訳で今日は1日お休みを貰いました。

社長からも『諸星君は少し働き過ぎだからここらで休みを取りなさい』と言われたしね。

さてそれではまったりしながら…ああそうだ、忘れていた事があったっけ。

アラスカで撮影した映像…主にまりもちゃんのウサミミ姿やイーニァとクリスカのスナップショット(強化服姿)それから戦術機の模擬戦の様子等々…それらを編集して出来たファイルを支援者の皆さんに配布しなければならないのだった。

もう編集は出来ているのだから後は送るだけか…ほい、転送っ…と。
 
 
 
 
ファイルを送付した皆さんからの御礼や感想が次々送られて来てるが…やはりあの“まりもバニー”はインパクトが強烈だったようで、「ブラボー!」「ハラショー!」「これぞエクストラだ!」「BETAに喰われる前にオレの嫁に!」等々、魂の雄叫びかと思うようなメッセージの数々が送られてくる有様だ。

…そして、それとは別に「人でなし!」「幼女を泣かせて楽しいか?」「唯依ちゃんの代わりにお前が撃たれろ」などのメッセージも来ていた。

送った映像の中に模擬戦終了後半泣き状態になったイーニァが映ったものがあったのが原因だろう。

まあ言いたい事は分からんでもないが…だからといって私にどうしろと言うのだ!?

別に私だってあの姉妹をイジメたい訳ではないが、あの場合ああするしかないではないか。

…いやまあ、確かに私も良心がとがめている事は事実だが。

あの後、二人があの碌でもない大人たちにどんな仕打ちを受けたか…あまり考えたくない。

まあいつかはあの二人を自由の身にしてやれたらと思わないでもないのだが…はっきり言って上手い手が思いつかないのが現状だ。

…いかん、鬱に入りそうだ。

いや、せっかくの休日にこんな有様では良くないな…ここは気分転換を兼ねて特に親しい支援者の方たちにお電話でもしましょうか…暇潰しに。

℡℡℡…℡℡℡…℡℡℡…

ああ…もしもしスミヨシ君? どうもモロボシです。 え? どうしちゃったの? …やけ食い? 君、まさかまたあの“お好み焼き『友』”の“友情セット”に挑戦したんじゃ…ああ、やっぱり?

…あのねえ君、あれは人間に食べきれる代物じゃあないって言ったでしょう? いい加減にしないと今度こそ死ぬよ?

…完食した人がいる? 女性? いや君…それは女性とかじゃない、人間以外の何かだって絶対。

それで自棄食いの理由は一体何? …え? 全日本オタ史学会の研究論文発表会? …00の元ネタ? アシ○フ? ファウ○デーション? ソレ○タルビーイ○グが? リ○ンズがミュー○? 最終的に異種との相互理解とはゲ○ア化? …否定された? 所詮分かり合えない?

いやまあ、大体分かったけどね…だからって自棄になっちゃダメでしょ? 妹さんが心配するよ?

そうだ、気分転換に私が送ったファイルでも見てくれれば…ああ、それとその中に君やヨネザワさんに考えて欲しいプランを添付しておいたから…え? もう見た? それで? …デストロイ? あのね君、それ本気で言ってんの? え? 不可能じゃない? 荷電粒子砲を主砲にして、120㎜電磁投射砲をサブに…どんなバケモノだよそれ?

…いやまあ参考にはなったから、うんそれじゃあお大事にね。
 
 
 
自棄食いか…若いね彼も。

まあ気持ちは分からんでもないか…かつて私もあの学会の場に論文を出した経験がある。

そこで私が発表したのは、初期のガン○ムシリーズを制作したスタッフたちの製作の動機に関する考察だった…

当時のオモチャ化を前提としたスーパーロボット路線から一皮剥けた作品を指向していたアニメ製作者たちがテキストとしていたのが翻訳された米国のハードSF小説だった。

その中でも最も大きな影響をガン○ムに与えたのがロバート・A・ハインラインの「宇宙の戦士」であり、この作品の中にあるパワード・スーツの設定こそが後のリアルロボット路線の下地となった。

そして同時に当時のアニメ製作者やSFインサイダーたちは、この作品の中にある国家観や軍のシステムに対する肯定的な視点に非常に根深い反発を示しているのだ。

そのハインラインの作品の中にあるSFセンスへの憧憬と、国家観に対する反発が当時の彼らにあの作品「機○戦士ガン○ム」を作らせたのだ…

この私の論文は周りから全くと言っていいほど相手にされず、それからしばらくの間ヤケ酒をあおった記憶がある…思えば私も若かったのだ。
 
 
 
いや、そんな昔の話はどうでもいい。

さて次のお電話は…と。

℡℡℡…℡℡℡…℡℡℡…

もしもし…シオウジ研究所さんですか? …ああ、ウミ君? モロボシですけど教授はいらっしゃいますか? …え? 公園で休憩中? そうですか…いえ、呼び戻さなくてもいいですよ。

あの公園で寛いでいる教授のお邪魔をすると後が怖いですから…それじゃあ彼が戻ったら送付したファイルの中の依頼書に目を通しておいて欲しいと伝えて下さい…それでは失礼します。

…どうもタイミングが悪かったようだね、鳴海君の儀体を強化すべきかそれともこのままがいいのか聞こうと思ったんだが。

まあ、これは後日でもいいだろう。
 
 
 
℡℡℡…℡℡℡…℡℡℡…

…ああもしもし、ヨネザワさん? あれ? どうしました? え? 食い過ぎって…大帝都? あの焼き肉屋の…あんたまたあの姉妹の記録に挑戦したんですか!?

え? 東京空想2次学会? ええ、知ってますけど…ああ、論文発表…(あんたもかい!)…ド○ン・カシムはニクソンではなくルーズベルト? サ●リン博士はホーチミンと西郷隆盛の合体キャラ? 批判の的になった? 歴史の真実が分かってない? 所詮は文改世代が主催した偏向的な学会?

…まあ落ち着いて下さいよ、お腹の中の物があふれちゃいますよ?

それでヨネザワさん、私が送ったファイルですが…ええ、まりもちゃんの姿は実に素晴しい物が撮れたと自負しています。 それと同封したプランだけど…え? ビグ・ザム? ……あんたもですか? いや、スミヨシ君もデストロイを推奨…え? 邪道? 1stこそ本道? いやそんなこと言われたって…え? アレが量産の暁には異星起源種を葬るなど造作もない? …いや、私はML機関を乗っける器さえなんとかなればと思ってるだけで…話をつける? いや、頼むから喧嘩沙汰は止めて…主義? 美意識の問題? これだけは譲れない? 種シリーズとは重みが違う? 分かりましたからどうか穏便に…もしもし?、もしも~し! …切れた。
 
 
 
困ったな、あの二人に喧嘩されると私の仕事に支障をきたすのだが…まあいいか、そのうち二人それぞれに何かいい物を貢いでおけば機嫌を直してくれるだろう。

…それにしても理解出来ない理由で争うものだ。

どう見ても同じ意見を述べているとしか思えないのに…ああいうのを同族嫌悪と言うのだろうか?
 
 
 
深く考えるのはやめよう…それより今後の事だ。

悠陽殿下を復権させるための下地は出来上がりつつある。

上手くいけば“おとぎばなし”の記述よりも遥かに早い時期に彼女が統帥権を確立出来るだろう…だがそれで全てが上手くいく訳ではない。

今後考えられる問題は……やはりアレかな?

それに横浜基地のこともある…香月博士は早い時期にXG-70を接収する予定でいるようだが、それに第5計画派がどう反応するか…どうも気になるな。

プロミネンス計画の問題だけでなく、対米工作もそろそろ本腰を入れるべきか…

それも含めていずれ必要になるのは…うん、あの人に今のうちから頼んでおこう。
 
 
 
…いやまて、一体私は何をしているのだ?

これでは仕事中と大差ないではないか!

せっかくの休日に何が悲しゅうて仕事上の交渉をせねばならんのだ?

休もう…ごろごろしよう…無駄に時間を過ごそう…そうしよう。
 
 
 
 
 
…いや、やっぱりそうもいかないか。

どうせ明日にはやらなければならない事だし、これは正規の仕事とは違う…いや、アノ人に頼むという事ははっきり言って違法行為に半分以上足を突っ込むことになる。

やれやれ…どうにも因果な仕事に深入りしてしまったものだ…自業自得だけど。
 
 
℡℡℡…℡℡℡…℡℡℡…

…もしもし、ああコクトー君? いやお久しぶり、モロボシです。

いや、そうじゃないんだ…今回は君じゃなくて所長さんに頼みごとがあってね…うん? 何? 来客中?

…え? 妹さんと君の彼女とそれからフジノちゃんて…あの子!? …3人でお茶を飲みながら睨みあってるって…あのね君、悪い事は言わないから今すぐそこを出て二度と戻らずにどこか遠くでやり直しなさいそうしなさい…ああ、でもその前に所長さんに代わって頂戴。
 
 
 
何だろう? 電話の向こうで凄まじい気配が…全てが崩壊する前に用事を伝えておきたいが…

…ああ、これはどうもアオザキ所長。

はい、いつぞやはおたくのコクトー君のおかげで助かりました。

…いいえ、今回は彼にではなくてあなたにお願いがあって電話したのですが…大丈夫ですか? どうやら凄い事になってるみたいですが。

見てる分には楽しい? まあ、あなたがそう言うならそれで問題はないでしょうが…彼を何処かに避難させなくていいんですか? え? あいつだけは何があっても無事? …はあ、そうですか。

ええ、それで依頼したい仕事の内容なのですが…
 
 
 
 
 
 
…仕事を引き受けてくれたのは嬉しいが大丈夫かな? 電話を切る直前に受話器の向こうで凄い音がしてたけど。

クラッシックな黒電話を使ってるから向こうの様子は見えなかったけど、多分今頃とんでもない事になってるんだろうな…生きろ、コクトー。

はあ…疲れたな…本当に…
 
 
 
 
《モロボシさ~ん、今日はお休みじゃないんですか~?》

…お休みだよ、お休みのハズなんだよ~~~

《なんか目が虚ろやで~~》

≪おそらく更年期障害でしょう…スクラップになるのもそう遠い未来の事ではありませんね≫

…やかましい、この性悪電子頭脳が。

《あれ~? まさか昼間からお酒ですか~?》

…うん、なんだか無生に飲みたくなってね。

《あんまり感心せえへんな~~~》

≪本物のクズへの第一歩ですね≫

…なんとでも言ってくれ、今は酒が飲みたいんだ。

《あれ~? モロボシさん、お酒切れてますよ~?》

…なに?

《ほら~、日本酒もビールもウィスキーも…》

…ジンは? ウォッカの瓶は? ブランデーは残ってないのか!? …いやそうだ、まだ秘蔵のアブサンが残って…

《このあいだ全部開けたやろ~~~?》

…そうだった。

≪自分で飲んだ分まで忘れるとは…アル中の2歩前まで行ってますね≫

ああ、どうせ本当は1歩前ですよ…マクレーン警部と同じで。

《どうします~~? お酒買ってきましょうか~~?》

やれやれ、昼間からお酒を買いにショッピングですか…いやまてよ。

…そう言えば君たち、帝国軍に売り込む予定だった合成清酒のサンプルが出来たんだっけ?

《清酒“桜花”の試作サンプルでしたらありますけど~~?》

…じゃあ、それ持ってきて。

《え~~~! だってまだ安全確認が~~~!!》

…丁度いい臨床試験だと思えば問題ないな、うん。

≪…すでに自分の人生を放棄してますね、管理者(マスター)≫

ふっ…何を言うかこのポンコツが。 これが人生の楽しみ方というものだ。

…さて、つまみはどうしよう?

まあいいか…酒が来るまでゆっくりと考えよう…せっかくの休日なんだから。

 
 
閑話その5終り




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第26話「“鋼の男”と“春よ、来い”」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/07/29 17:59
第26話 「“鋼の男”と“春よ、来い”」

【2001年2月25日 神田 カフェ・マロニエ】

古めかしい喫茶店の奥で2人の男がコーヒーを飲みながら談笑していた。

声が小さいために店員や他の客には聞こえなかったが、会話の内容はとても談笑などとのどかな表現が出来る物ではなかった。

「あんたが自分の任務のためならどんなふざけた横紙破りも平気でする男だって事は知ってるつもりでしたがね、流石に今回のこれは冗談では済まされませんな…鎧衣課長」

「いやいやいや、軍の中では『鋼の蔵臼』と呼ばれるあなたにそう言って頂けるとは実に光栄ですなあ~~~はっはっは」

別に褒めとらん…そう言いかけて男は止めた。

目の前にいるこの男、帝国情報部外事二課長・鎧衣左近を相手にそんな嫌味は牽制にすらならない事を彼はよく知っていたからだ。

その代わりに男は、より分かりやすい皮肉を口にした。

「帝国情報部は随分と人手不足のようだな、まさか政府の情報機関が陸軍情報部の鼻つまみものであるこのオレに仕事を押し付けるとは…」

「いやいや、それは誤解ですよ猪川少佐。 この仕事を任せるにあたって適任者を探したらあなた以外にはおられなかっただけでして」

「ほ~? それはどういうことかね?」

鎧衣課長の言葉に猪川少佐…そう呼ばれた男は目を鋭くして相手の顔を見詰めた。

そして鎧衣もまた、表情を少しだけ改めて男に語りかける。

「この任務を務める人間に要求される条件…諜報活動のプロであり、多数の部下を持ち、事務作業においても優秀であり、さらに対BETA及び対人間双方の実戦経験があり、出来れば衛士資格と相応の腕前を持ち、地獄の底からでも任務を全うして生還出来そうな人物…そんな条件に該当するのは『鋼の蔵臼』こと猪川蔵臼少佐、あなたしかいなかったのですよ」

鎧衣左近のその言葉に相手の男、猪川蔵臼は端的な言葉で返答した。

「…ふざけた条件だ、どんなお調子者がそんな条件を言いだした?」

「お調子者か、いやあの男はそんな可愛らしい代物ではないかも知れんが…いや、お調子者なのも事実だが…」

「ほーお? で、それはどんなバケモノなんだ鎧衣課長?」

「そうですな、言うなれば…おや?」

言いかけた鎧衣課長がふいに店内に流れている有線の曲に意識を向ける。

それにつられて相手の男…猪川少佐もまた、始まった曲に耳を傾けた。
 
 
 
 
(新曲か…歌手も今まで聞いたことのない………い、いや…この声は!!!

愕然として鎧衣課長の方を向くと、彼もまた何とも言い難い表情でこの歌に聞き入っていた。

「…これは一体何の冗談だ鎧衣課長」

内心を抑えた声で訊ねる猪川少佐に、鎧衣課長は肩をすくめながら答えた。

「…言うなればこのような冗談を本気でやる男なのですよ」

「……で、この俺にそのとんでもない男につける鈴になれと?」

「はっはっは…いやいや、鈴などととんでもない。 彼の仕事の手伝いをしてもらいたいのですよ」

「手伝いか…一体何を手伝わされるのだ?」

「それは直接彼から…諸星段という男から聞いて頂くことになりますなあ~、もっとも表向きは我が国がアラスカで行う『XOS計画』の責任者ということになりますが、ああいや表向きではなくそちらの方が本来の任務なのですがね」

(このタヌキが…よくもぬけぬけと軍情報部の俺に自分の都合を押し付けやがって…)

猪川は心の中でそう罵った。

政府機関である帝国情報部が軍の情報部の人間に仕事を押し付ける。 およそ常識ではありえない事態だが、この目の前にいる男 鎧衣左近にはその常識を覆すだけの力がある。

(だが、それにしてもこれは少しばかり横車が過ぎる…つまりはこの件に、いやおそらく諸星という男にそれだけの値段がついているということか…だがしかし)

猪川は改めて店内に流れる歌に耳を傾けた。

耳に聞こえるその歌声の主に猪川は確かに心当たりがあった…そんなことはあり得ないのに。

(これはもう横紙破りなどという次元の問題ではない。 諸星という男は一体何者だ? 何を企んでいる? そして何故…“彼女”は歌っている?)

「…何故、この歌が流れているのか不思議ですかな?」

「…不思議でなければ頭がどうかしているだろう?」

「確かに、しかしいい歌だとは思いませんか? 春を望む素晴しい歌だと…」

「あたかも“彼女”の心を表す歌のようだ…そう言いたいのか鎧衣課長?」

「はっはっは…なんとこれを考えた男は彼女に向かってこう言ったのですよ“言葉が届かないのなら歌を唄えばいい”…と」

「…正気か? その男は」

「さて、正気か狂気か…いずれにせよ我が国にとって必要な人物には違いありませんからなあ~」
 
 
 
 
 
【国連軍横浜基地・B19フロア】

「ふえっくしゅん!」

「あら、風邪でもひいたの?」

「いえ…どうも誰かに噂されているような気が…」

「あら奇遇ね、私も時々そういう事があるのよね~」

「はっはっは、いやしかし誰に噂をされているのかな? 人から恨みを買うような行いをした覚えなどないのですが…」

「あら、あたしもそうよ?」

「はっはっは…またまた御冗談を」

「あらどういう意味かしら、コウモリさん?」

(はあ…よく言うわ二人とも)

「あら、なにか言ったまりも?」

「! いえ、自分は何も言っておりません香月副司令!」

「なによ~~もっと楽しませなさいよ~~、せっかくの祝勝報告なんだから~」

「はっはっは…いやまったく、神宮司軍曹のおかげで理想的な状況を築くことが出来ました」

アラスカから帰って3日、正式な報告を兼ねて夕呼のもとを訪れたモロボシだったが、上機嫌な夕呼の傍若無人な言動に調子を合わせた挙げ句まりもから白い目で見られてしまっていた。

そんなまりもにモロボシはアラスカでの活躍に対する最大級の感謝の言葉を贈ったのだが、堅物のまりもはひたすら任務を果たしただけですと繰り返していた。

「ね~コウモリさん、今回の一件でまりもに求婚者の男共が列を作ると思わない?」

「ゆう…香月副司令、冗談はそれくらいにしてください」

「いえ、おそらく冗談ではなくそうなるでしょう…あの映像を見れば」

「諸星課長!やめて下さい!」

あの映像とはもちろん彼女の素晴しい戦闘場面の事…ではなくてあの素晴しいウサミミ姿の映った映像のことである。

ファンクラブなどはモロボシの世界に掃いて捨てるほど存在するが、求婚者となるとこの世界の人間でないと意味が無いのだった。

(こっちの世界にきてまりもちゃんを嫁にしようと企んでいる男もかなりいるようだが…まあそんな事はどうでもいいか、それよりそろそろ本題に…)

「さて香月博士、楽しいお話はこれくらいにしてそろそろ次の商談に入りたいのですが」

「ああそうね、御苦労さままりも 仕事に戻って「ああ、ちょっと待ってください」…なによ?」

「神宮司軍曹、あなたが帝国軍におられた頃『猪川蔵臼』という人物について聞いた事はありませんか?」

「猪川…ああ、あの『鋼の蔵臼』と呼ばれていた猪川大尉でしょうか。 今はどうしておられるか知りませんが」

「ふ~ん? その男がどうかしたの?」

「実はその猪川大尉…現在は少佐ですが、今回の『XOS計画』の責任者に内定されておられるそうで…自分は猪川少佐と言う人を全く知りませんので、出来れば彼の人柄などを聞かせてもらえればと」

「そうでしたか、猪川大尉…いえ少佐は一言で言えば『謹厳実直な豪傑』という表現が当てはまる人だと思います。 極めて高度な知識と判断力を有し、同時に任務にあたっては細心の用心と共にまるで野蛮人のような無謀な行動力を発揮する方です。 そして非常に優秀な腕利きの衛士でもあります」

「へえ~そんな凄い男が帝国軍にいたの」

「成る程、いやそれなら理想的な人選かもしれませんね」

「ですがその…彼は極端に気難しい人物で、同時に任務の成功と引き換えに大きな問題をおこしてばかりで…本来なら中佐か大佐になってもいいのに出世が遅いのはそのせいだと言われることもあるそうです」

「ふ~ん」

「ほほう成程、そういう人ですか…ところで彼の好みや趣味は御存じで?」

「さあ…タバコ好きなのと後は…ああ!確かイモが大好物だと聞いた事がありました」

「へえ?」「イモ…ですか?」

「はい…猪川少佐のもう一つのあだ名が『芋蔵臼』と言うのだそうです。 なんでもイモを使った料理に関しては物凄くこだわる人だと…」

「ふうむ…いや、どうもありがとうございました。 おかげで助かりました」

「はい、では自分はこれで失礼します」

そう言ってまりもが退出した直後、夕呼は口元に皮肉な笑みを浮かべて切り出した。

「…それで? 今度は何を企んでるの、コウモリさん?」

「いえいえ、企む以前の問題がありまして…」

「へ~え? どんな問題?」

「…どうでしたか? 新潟でのデータ収集の結果は?」

「………」

「さぞや大物の魚影が見られたでしょうなあ~」

「あんた…やっぱり初めから…」

殆んど殺意に近い夕呼の視線を受け流しながら、モロボシは話を続ける。

「その大物の影がこの横浜の地下に到達するのは…おそらく1年後、と言ったところですか?」

「さあ、どうかしら~」

「早期にXG-70を入手しても、肝心のあなたの研究が完成していなければ宝の持ち腐れですなあ~」

「あら、早い方がいいって言ってたのは誰だったかしらね?」

「もちろん早いに越したことはありませんが…現状では実戦に投入するのは不可能でしょう?」

「…それで? あんたに何が出来るのかしら?」

今や明確な殺意を込めながら質問する夕呼に、表面上は惚けた顔のままモロボシは話を続ける。

「このままではあなたの研究が完成する以前に佐渡島ハイヴを攻略せざるを得ないかも知れません…そこで提案なのですが、我々の研究成果を提供しますのでそれを使ってML機関の制御を行ってみませんか?」

「へえ? 可能なの?」

「まだ現物を入手していませんので実験はしていませんが…あれを手に入れしだい試運転を行う予定です」

「試運転ねえ…ロックウィードの連中が聞いたら卒倒するわね」

「ははは…まあ彼らには知らせるつもりはありませんがね」

(…つまり開発メーカーのサポートもなしにアレを改修・運用出来るだけの人員や設備を持ってるってことよね…どこまでバケモノなのよこいつ!)

「ですが、それだけではまだ十分とは言えません」

「何が十分じゃないのかしら?」

「戦力ですよ、たとえXOSを全ての戦術機に搭載して電磁投射砲とXG-70を投入出来たとしても、果してハイヴを陥せるかどうか…」

「あら、不足かしら?」

惚けた顔で聞いてくる夕呼にモロボシが初めて真面目な顔を見せる。

「指揮権が曖昧な烏合の衆では戦争には勝てないでしょう」

「ハイヴを攻める以上はこのあたしが指揮をとることになるのよ?」

「彼らが…帝国軍があなたの指揮を全面的に受け入れるでしょうか? いえ、それ以前にあなたの指揮権を認めるかどうかも現在の帝国軍では難しいでしょう」

「…バカが多いと苦労するわね、まったく!」

モロボシの指摘を夕呼は不満を吐き捨てるような言葉で認めた。

「帝国軍…いえ日本帝国全体の意志統一が確立しない限り我々の前途は開けないでしょう」

「それで? あんたはあのバカ共の頭を押さえつける方法でも持ってるの? ああそれとも連中を皆殺しにしてこの国を乗っ取るとか考えてんのかしら?」

冗談のような表情に眼だけは笑わずに夕呼が聞いてくると…

「香月博士、我々は文明人ですよ、皆殺しは最後の手段に取っておくべきでしょう」

真面目な顔でモロボシがそう答えた。

(あぶない男よねえ~、こんなの放置しておいていいのかしら?)

自分の事を完全に棚に上げて夕呼は心の中でそう呟いた。

「まあそこまで過激な手段に訴える前に比較的穏健な手段を試みるべきかと思いますが…」

「…あのバカ共に付ける薬があるとでも言うの?」

「政威大将軍殿下というお薬は如何かと…」

「とっくに期限切れの薬じゃないの! それが効くなら苦労はないわよ!」

「では効能をリフレッシュさせれば問題はない訳ですな?」

「ふ~ん…それが目的であんな歌を流してる訳ね、あんたは」

「ははは…さすがに理解がお早い」

「でもあの歌だけじゃとても殿下の復権には足りないでしょ? ああ、相馬原基地であんたがやったあのふざけた手品とワンセットって事かしら?」

「おやおや、私が手品…一体何のお話やら」

「惚けてるとそのふざけた舌をひっこ抜くわよ! 一体どうやってアレを可能にしたのよ!」

「ああ~~それはまだ企業秘密でして…まあ、佐渡島攻略の前にはお話しするつもりですが」

「ふん…それで? 殿下を復権させて帝国の統帥権を確立する目途でもあるの?」

「…近日中に帝都城で御前会議が招集されます

「あら…でもあの本土防衛軍の連中が応じるかしら?」

夕呼の疑問は尤もであった。 本来御前会議は帝国の軍事行動全般の意思決定を行うものであったが、第二次大戦後に政威大将軍将軍の権威が失われてからは実質行われてこなかったのである。

それを再び行うことはそれ自体が将軍の復権を意味していた…だからこそそれによって自分たちの権限が縮小されることを恐れる本土防衛軍の高官たちが反対するのは目に見えている…そう夕呼は指摘したのだった。

「さて、そこは鎧衣課長や榊総理の手腕にかかっているでしょうなあ」

何処か人ごとのような口調で、しかしその目だけは真剣な色をたたえてモロボシは言った。

「あの連中…徴兵逃れのために出来た軍をあそこまで肥え太らせた政治手腕だけは侮れないわよ?」

「ええ、分かっています」

そう、モロボシにも本土防衛軍上層部がいかに手強いかはよく分かっていた。

1986年に創設された本土防衛軍は当初、BETA大戦の行われているユーラシア各地に派兵されるための軍の創設議論が政治的な思考錯誤の果てに“海外派兵によって手薄になるであろう帝国本土を防衛するために”という名目に変更されて作られたものだった。

結果として本土防衛軍の中枢を構成したのは“海の向こうでBETAに殺されるのは嫌だ!”という本音を隠す気もないような人間たちの集まりになり、陸軍や海軍からは軽蔑の対象ににしかならない代物であった。

だがユーラシアの戦況が悪化するに伴い、次第に本土防衛軍に志願する人間の数は増えていった。

政治家や官僚、そして各界の有力者たちが自分の息子を前線から遠ざけるためにそこへ入隊させたのであり、それは結果として本土防衛軍の大きな力となったのである。

そして大陸での敗走…陸軍がその戦力を擦り減らすのに反比例するかのように本土防衛軍はその規模と政治的影響力を増大させて、やがて実質的に陸軍を吸収して帝国軍の中での最大勢力となった。

また彼らの政治的影響力は、政府と帝国軍との折衝においても…いや、政府との駆け引きにおいてこそその人脈は絶大な効果を発揮したのだ。(なにしろ政・官・財の大物たちの子息が多数いるのだから)

そして同時にそれは、国民や一般の兵士たちの帝国軍上層部への信頼を徐々に失わせる原因ともなった。

自分や自分の家族はBETAの影に怯えながらも真面目に兵役を務めているのに、あのお偉方だけは… そんな感情を市民が抱くのも当然だっただろう。(同じお偉いさんでも武家や斯衛は自ら前線に立つのが常識であったため、余計に本土防衛軍に対する反感は大きかったのだ)

その反感や蔑視から自分たちを守るために本土防衛軍は殊更政治的影響力を強め、帝国軍内部でも軍自身が統帥権を手にすべきだと主張する一派『統帥派』を取り込むことでその権勢を増大させてきた。

それがかつての彩峰中将らを中心とした『将道派』(皇帝中心の思想から『皇道派』と呼ぶ場合もある)との間の対立の原因となっていたが、光州で彩峰中将が“戦死”して以降はその力関係は統帥派に有利な状況になっていたのだ。

そして今や帝国軍内部において本土防衛軍を脅かす者はいない、と言えるだろう。

人の数も人脈、金脈も豊富であり、その能力も設立当時とは比べものにならないほど高い。

斯衛や将軍、あるいは五摂家でも対抗は難しい…夕呼にしても全面対決は避けたい相手だったし、ましてや一介の商社マンが太刀打ち出来る相手ではないが、しかし…

「しかしあの本土防衛軍の上にいる人たちをどうにかしないことにはこの国はまとまらないでしょう…彼らはあまりにも信用が無さ過ぎます」

「まあね…」

本土防衛軍の全てが無能な訳でも腐敗している訳でもない、いやむしろ全体として見ればこの帝国の現状を守るためによく機能していると言ってもいい部分さえあるのだ。

だが問題は、その設立当初からいる高官たちが引き摺っている我が身可愛さ優先故の信用のなさであり、先日の相馬原基地防衛戦における判断でもそれが露呈してしまった。

事実上見捨てられた相馬原基地が国連軍と斯衛軍に助けられた事実は帝国軍内部でも問題視されたが、本土防衛軍首脳たちはそれを無理矢理封じ込めた。

…そしてそれは彼らに対する市民や兵士の一層の不信感を煽る結果に繋がるだろう。

国全体が追い詰められた状況で、軍の首脳たちへの不満が徐々に鬱積して行く…この悪循環がクーデターの源泉の一つと言っていいだろう。(狭霧尚哉があえて暴挙を行った理由の一つはこの悪循環を断ち切ることによって、兵士や市民が囚われている不信や絶望感を打ち消すという目的があったのではないか…モロボシはそう考えていた)

「まあ何とかなるでしょう。 ただ、その後で国や軍の内部がゴタゴタしては意味がありませんしね、そこであなたの出番というわけですよ香月博士」

「…ふ~ん、つまりあたしが新潟で採取したデータを見せることで連中の気を引き締めようって訳ね?」

「ええ、それと以前あなたにお願いしたデータの検証結果も同時に…」

「あらいいの? 米国が黙ってないわよ?」

「その前に大統領に直接リークします」

「そう…あっちにも仕掛けを始める…ってことね」

目を細めて何かを探るような視線を夕呼はモロボシに向けるが、そしらぬ顔で彼は話を続けた。

「米国側にもそろそろあのデータを提示して第5計画の危険性を認識する人を増やす必要がありますからね」

「あの大統領はアメリカ人にしては珍しく思慮深いところがあるからいいとして…他のバカ共はあまり期待は出来ないわよ?」

「まあ、出来るだけやって見ます」

「あっそ、がんばんなさい。 御前会議の件は引き受けてあげるからその代わり…」

「はい、ML機関の改良…お任せ下さい」
 
 
 
 
 
モロボシが出て行った後、隣の部屋から入って来た霞に物憂げな声で夕呼は聞いた。

「どお? 何か見えた?」

「…あうあう~」

「え”?」

「ぼくは…おヤシロ様の生まれかわり…なのです…」

「…なにその新興宗教?」

「ぼくも…みんなと一緒に遊びたかったの…です」

「…もうイヤこんな意味不明なの」
 
 
 
 
 
 
【横浜基地・PX】

はあ~~~~怖かった…いやマジで殺されるかと思った。

“あの”香月博士と張り合うというスリルとサスペンスに満ちた危険なお仕事を終えた私は昼食時でもあることからここPXにやって来たのだった。

「おや、モロボシさんじゃないか」

「ああ、どうも京塚曹長…おお、今日はカレーがありますね」

「ああ、あんたが仕入れてくれたあのカレー粉のおかげさね。 でもよく“G&B”なんて輸入出来たねえ」

「いやいや、蛇の道はなんとやらでして…それに国産の火鳥カレー粉も品質が良くなったでしょう?」

「よく知ってるね…って、もしかしてアレもあんたかい?」

「…実は原料のスパイスの大量買い付けに成功しまして」

この帝国の庶民が口にする一般的な洋食屋のカレー、その味の基本は英国(現在は米国企業)の“G&B”カレー粉と国産の火鳥カレー(F&Bブランド)のカレー粉のブレンドである。
だがBETA大戦の影響で必要なスパイスが減少し、高品質の“G&B”は輸入が困難となり、国産カレー粉の品質は劣化する一方であったのだが、並行世界からのチート輸入で品質を向上させたのだ。

…カレーが美味いか不味いかは世の中の一大問題なのである。(モロボシ語録)

「へえ~やるじゃないのさ」

「いえいえ…それでは早速、シェフ御自慢のカレーの味を賞味させて頂きます」

「あいよ、たっぷり食べな」

付け合わせは沢庵漬けか…悪くはないが、やはり小茄子の漬物や福神漬け…あるいはラッキョウ漬けが欲しいところだが、さすがにコスト面からそこまで贅沢には出来ないか…納入したとしても。
 
 
京塚曹長御自慢のカレーを手に席を探していると…おや、ここでもあの曲が流れてますな。

まだこの曲の真意はおろか誰が唄っているのかすら大半の人間は気付いていない…ありえないことだからだろう。

しかし、ごく少数の人間ははっきりと気付いているようだ。

私の視線の先にいる珍しい形に髪を結わえた少女のように…彼女は食事に手を付けず、内心の驚愕と動揺を必死に抑えながら歌声に聞き入っていた。

「…歌というものはそんなに緊張して聞くものではないですよ、御剣訓練兵殿」

彼女…御剣冥夜の斜め前の席に座った私はそう話しかけた。

「あ…いや、失礼どなたでありましょうか?」

「ああ、これは自己紹介もなしに失礼しました。 松鯉商事の諸星と言いまして、この歌のプロデューサーも担当しております」

「!あなたが…」

彼女とその傍にいた少女たち(顔からしてほぼ間違いなく207訓練部隊の少女たちだろう)が驚いたようにこちらを見る。

いやそんなに見詰められては恥ずかしいですなあ…

「歌は…心を落ち着けて、そしてリラックスして聞くものですよ」

そう言って私も“彼女”の歌に耳を傾けた。
 
 
 
きみにあずけし わがこころは
いまでもへんじを まっています…
 
 
 
御剣訓練兵は瞳を閉じて一心にその歌声に聞き入っている。

他の面々もある者は歌声の主に気付き、気付かない者もその雰囲気から食事の手を止めて御剣冥夜の様子を窺っていた。

曲が終わってからも身じろぎしない彼女に、合い向かいの眼鏡をかけた少女が声をかける。

「御剣…食べないと御飯が冷めるわよ?」

「…そうだな、頂こう」

そう言って食事を始めた彼女の様子を見て、周囲の少女たちもほっとした様子で食事を再開した…うんうん、子供はよく食べよく遊ばなきゃねえ…って、この子たちに遊んでる余裕はなかったか。

…私も頂こう、せっかくのカレーが冷める前に。
 
 
 
第27話に続く

※作中の歌は松任谷由美さんの『春よ、来い』を引用させて頂きました。




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第27話「歌と月と…M‐78?」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/03/15 21:54
第27話 「歌と月と…M‐78?」

【2001年2月25日 国連軍横浜基地・PX】

「え~と諸星さんでしたよね、あなたは一体何者なんですか~?」

食事を終えた私に訓練兵の中の一人が声をかけて来た…というか、この外見と大きな瞳と可哀想なまでに薄い胸元は間違いなくあの課長さんの御子息…いやもとい、御子息のような御息女だろう。

「うむ、いい質問だね。 ところで君のお名前は?」

「あ、失礼しました~ボクは207訓練小隊所属の鎧衣美琴訓練兵です」

「鎧衣…ああ、では君が鎧衣課長の御子息でしたか。 いやいつもお父上にはお世話になっています」

「あの~~~~ボクは女の子なんですけど…」

「え、ああ…そうでした失礼、お父上がいつも“息子のような娘”と言って自慢されるのでつい…」

「うう~~~お父さんのバカ~~~」

ちょっといじける鎧衣訓練兵の姿が実に可愛らしい…いや、あんまりからかってはかわいそうだな。

「いや申し訳ない。 それで私が何者なのかですが、まあ早い話がお父上の同業者でして」

…いろんな意味でね。

「えーと、それじゃああなたも商社関係のお仕事をされているんですか~?」

「まあそうですな…ここの食事の材料から兵器関連までなんでもござれのよろず屋商売、といったところですかな」

「よろず屋…と言われたが、今の歌を流しているのもあなたなのか?」

それまで黙っていた御剣訓練兵が意を決したように尋ねて来た。

「そうです、今の曲のタイトルは『春よ、こい』と言います。 そして作詞・作曲・歌手の名前は…全て秘密です」

「ふええ~~? なんで秘密だべか~~?」

「多恵! あんた分かんないの!?」

「へええ~~?茜ちゃんは分かるんだべか~~~? すごいなや~~~」

「…もう、この子は」

「あはははは…多恵らしいねえ~~~」

おやおや…どうやらこの3人組はA分隊名物の築地・涼宮・柏木のトリオかな?

「ははは…まあ分かる人にはすぐ誰か分かる事ですが、この曲の歌手は少々複雑な事情がある人なのですよ」

「少々?」

御剣訓練兵の横にいた少女がぼそっと聞いてきた…いや、単にツッコミを入れただけかな?

「少々、というのは適切ではないかも知れませんね…“大いに”と言うべきなのでしょう」

「大いに複雑?」

さらに疑問形で繰り返すこの子は…先生、あなたの娘さんは立派に育ってますよ…特に胸が。

「…いやらしいこと考えた?」

ギクッ!

「彩峰!失礼でしょ!」

眼鏡の少女が彼女…彩峰慧をたしなめる。

榊総理、あなたの娘さんも立派に育ってます…少々性格はキツ目のようですが。

「ええと…まあそれはいいとして、御剣訓練兵」

「はい、なんでありましょうか?」

彼女には話しておくべきかな…何故この歌が巷に流れているのか、その理由を。

「貴女は何故この歌が流れているかおわかりですか?」

「わかりません、何故あの方がこのような…」

「歌手のような真似をしているのか…ですか?」

「…はい、何故でしょうか?」

さて、なんと言ったものか…いや、ありのままを言えばいいか。

「理由は簡単なものです。 彼女の声を全ての人々に届けるためですよ」

「声を…届ける?」

「ええ、この歌を唄っている人は本来ならばその声と言葉がこの国の全てに届いている筈の人です」

「…はい」

「ですが、現在では様々な事情から彼女の言葉は一定の制約の下でしか語られず、その真意も伝わりにくい状況にあります」

「……」

「自分の発言が制約され、その真意が歪めて伝えられる…その現状を少しでも改善するために“歌”という形で自分の真意を伝えようとしているのですよ」

「歌という形…ですか?」

うむ、まだよく理解出来ていないようだね。

「あなたは“歌”と“言葉”ではどちらが先に生まれたと思いますか?」

「それは言葉が先ではないでしょうか? 言葉があったからこそ、歌が生まれたのではありませぬか?」

「私は逆だと思っています…歌が先で言葉が後に生まれたと」

「え?」

何?といった顔で彼女が呟いた。

「確かに“詩”(うた)が生まれたのは言葉より後でしょう、しかし“歌”(うた)が生まれたのは言葉以前…おそらく我々人類がまだ原始の世界に住んでいた頃だろうと思っているのですよ」

そう、これは私の個人的な意見だが…
 
 
我々人類が言葉を生み出す以前は互いに“鳴き声”で意志を疎通していただろう。

その鳴き声がやがて言葉に進化したのだとしたら、それは最初ある種の旋律を伴う鳴き声…即ち“歌”と呼ぶべきものであった筈なのだ。

その“歌”の旋律や音色からヒトは互いの意志を知り合い、やがてそれが全てのヒトに伝わっていくことで思考や認識力を進化させ、そこから“ことのは”…即ち“言葉”が生まれて来たのだと思う。

そう、“歌”こそが我々人間が自分の意志を他者に伝えるために生み出した手段であり、言葉やそれに伴う様々な文明の源泉であるのだろう。

最初に“言葉”があったのではない、最初に“歌”があったのだ。
 
 
「…とまあ、私はそう考えているのです」

「……」


御剣訓練兵は…いや、周りの少女たち全員がなにやら珍獣を見るような目で私の方を見ている。

くっ、やはり私のこの見解は世間には理解して貰えないのか…

「げふん!いやつまりですな、なかなか世間に向けて自分の真意が伝えにくい“彼女”がこの“歌”を流すことで自分の心や願いを多くの人々に伝えようとしている訳です」

「心や願い…あの方の…」

オウム返しのように呟く御剣冥夜……ふむ、もう少し説明が必要かな?

「“歌”というのはつまるところ言葉と音楽によって表現される心の情景なのです。 従ってこの歌は彼女の心…いや“願い”と言うべきかも知れませんが、その願いを最も素直に表現する手段なのですよ」

「春よ、こい……それがあの方の願い…春とは即ち…」

「…そう、季節の春ではなくこの国の全ての人々にとっての“春”を意味するのでしょう」

この国の人々にとっての春、それは言うまでもなく佐渡島ハイヴを攻略して国内からBETAの存在と脅威が消えた時がそうだろう。

彼女は、煌武院悠陽はその事を第一に願っている…それを政治的なフィルターを介さず直接国民に伝えるために私が考案したのがこの方法だった。

迂遠で分かりにくい手段に思えるだろうが、時間をかけて継続すればこの方法は思いの外効果的なのだ。

政治的な制約下での表面的な言葉や文言ではなく、彼女の願いを素直に表現した“歌”を流すことで国民の心に訴え、同時に互いに相争うのではなく融和を促すようなイメージを送る…そのために適した曲をいくつか選んで彼女に提示したところ、あの『春よ、こい』を選んだのだ。
 
 
御剣冥夜は何かを祈願するかのように瞳を閉じている…もう一つだけ伝えておこうかな?

「それとですね御剣嬢、あの歌は多分特定の人にも向けられたメッセージが込められていると思いますよ」

「…え?」

「いや、実はあの歌を選ぶにあたって私はプロデューサーとして他にも沢山の候補曲を提示したのですが、あの歌詞を見て“彼女”は「この曲がいい」と主張して譲らなかったのですよ。 あの“きみにあずけし わがこころは…”の部分の歌詞がどうしても歌いたいのだと」

彼女は、御剣冥夜は瞳を閉じて睫毛を微かに震わせていた…おせっかいを承知でもう一言だけ言っておこう。

「返事を待っているのなら、返事を返してあげるべきでしょうね。 彼女の“立場”からすれば不要ことかも知れませんが、彼女の“心”にとっては必要不可欠なものかもしれませんよ? あなたの“返事”が」

「…!」

驚いた表情で私の方を見る彼女に軽く会釈して、私は席を立つ。

「それでは皆さん、頑張って訓練に励んで下さい」

その場の全員にそう告げてPXを後にした。
 
 
 
 
 
さて食事も済んだし、次のお仕事は…おやおや、どうやら彼女が私に用があるらしい。

「何か御用ですか?月詠中尉」

背後を振り返ると、予想通りそこにいたのは斯衛軍第19独立警備小隊隊長の月詠真那中尉でしたが、おやおや…怖いお顔で睨んでますなあ~~この私を。

「私の事を知っているようだな、諸星課長」

「ええ、よく知っていますよ…あなたと同じ名前の女性が登場する“おとぎばなし”をね」

「…ッ!!」

顔色が変わったか…つまりは紅蓮大将か真耶大尉あたりから話を聞いているということだな。

「それで、私にどんな御用でしょうか?」

「…貴様は何を企んでいる?」

「…と、いいますと?」

「惚けるな!何のためにあのような歌を流し、挙げ句の果てに冥夜様に近付くのは何故だ!?」

はあ…やれやれ。

「あなたがそんなだからですよ、月詠中尉」

「なっ!」

「彼女が、御剣訓練兵が心配なのは分かりますが、そんな調子では返って彼女のためにならないと思いますがねえ」

「貴様…我らを侮辱するか」

「…ほら、それですよ中尉殿」

「むっ!」

「あなたの従姉妹である月詠大尉と話した時もそうでしたがね、目につくもの全てを謀反人や刺客の類だと決めてかかっていたら、結局彼女たち姉妹の味方は減る事はあっても増えることはないのではありませんか?」

「…貴様に何がわかるというのだ」

「ではあなたに私の、いや他人の何が分かるのですかな?」

「なに!?」

「自分の主君にとって敵か味方か…それだけを気にしているあなたに、本来そのどちらでもない人間の何が理解できるというのでしょうかねえ?」

「…ぐっ!」

「あなたがどう考えておられるかは知りませんが、世の中の人間の大半は彼女たちの敵でもなければ味方でもありません。 従ってそれらを敵とするか味方とするかは彼女たち自身とあなた方次第なのですよ」

「ふざけるな!あのお方は本来この国の全ての者が…」

「たとえどれ程高貴な身分の方であっても、人々が無条件でその人に尽くすなどという事はありえませんよ? 人の上に立つ者は自らが先頭に立ち、その声を全ての人に届けることで信を得られるのです…だからこそ、私はあの歌を流しているのですよ」

「………」

「まあ、あなたに理解していただけると思っている訳ではありませんが…しかし月詠中尉」

「何だ?」

「あなたこそ私の邪魔をするような事は謹んで頂きたいですな」

「なにっ!」

「私がここでしている事の半分はあの方の…殿下の御意志に基づいているのですよ?」

「くっ…」

「それと御剣訓練兵に告げたのは、あの方があの曲を選んだ時のお気持ちを伝えただけですよ」

「……」

「それでは失礼します」

そう言って無言でこちらを睨みつける月詠中尉に背を向ける私…………こわかったよおおおお~~~~~……いやホントに。

一体、何が悲しゅうて香月博士に続いてこんな怖い人の相手をせねばならんのだ。

だがそれにしても困ったものだね、あの月詠中尉の猜疑心の深さは。

まあ、“おとぎばなし”の記述や先生から聞いた話を考え合わせれば無理もないと思える部分もあるし、御剣冥夜にとってあまりにも理不尽な運命を告げたこの私が不幸をもたらすカサンドラに見えたとしても仕方が無いのかもしれないが…だがやはり、あの異常なまでの警戒心剥き出しの姿勢は感心しないなあ。

とはいえ、彼女たちの異常な警戒心が緩むことはないだろう。

この私の電脳メガネのサーチにも引っ掛かる多数のネズミ…この基地の周辺に潜み中の様子を窺おうとする連中の中には、明らかに207Bの少女たちを目標にしている者たちも含まれているのだ。

月詠中尉たちがナーバスにならない方がおかしいか…

まあ今は考えても仕方がないだろう、さあ戻ってお仕事お仕事。
 
 
 
 
 
【PM10:00 松鯉商事本社】

さて、そろそろ向こうもお仕事の時間だろう…お電話をしてみましょうか。

℡℡℡…℡℡℡…℡℡℡…

「ああ…もしもし、ウォーケン議員でしょうか? ええ、先月お会いしたモロボシですが…」

『君か…あのファイルの件かね?』

「ええ、そうです…実は例のファイルを大統領に見せて頂きたいのですが」

『ほお、またどうしてかね?』

「近日中に日本帝国の高官たちのほぼ全員があれの存在を知ることになります」

『成る程、それでは大騒ぎになるな…帝国も我が国も』

「はい、ですからその前に…」

『ふむ、いいだろう…だがその後はどうする気かね?』

「その答はこれからの帝国の変化を見てからになるでしょう、それとあのデータの検証内容について横浜の香月博士に問い合わせると、更に面白い話が聞けると大統領に伝えてください」

『ほほう、あの女狐をどうやって躾けたのかね君は?』

「いえいえ、躾けるなどととんでもない…高額の貢物で色々と便宜を図って貰っているだけでして」

『はっはっはっ…まあいいだろう、ではこの“M-78ファイル”は確かに2,3日の内に大統領にお見せしよう』

…はい? M-78ファイル?

「あの~ウォーケン議員、その“M-78ファイル”というのは一体…」

『何を言っとるのかね? 君のくれたこのファイルの用紙の全てにそう透かしが入っているではないかね』

え…透かし…しまった!やられた!ヨネザワさん…いや、スミヨシ君だな!教授と結託してこんな地味なイタズラをしてくれるとは…!!

『どうしたのかね? なにか問題でも?』

「ああいえ…実はその透かしはそのファイルを印刷した友人のちょっとしたジョークでして…ははは…」

『ふうむ、よく分からんがカレッジの学生のようなことをするのだな君の友人とやらは』

「ええ、本当に困った男でして…」

…おのれスミヨシ! よくも人のトラウマを掻き立てるようなイタズラをしてくれおって!

コ・ノ・ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カ…
 
 
 
『では確かに大統領にお見せしよう』

「お願いします…それと議員」

『何かね?』

「帝国内及びワシントンでのファイルの扱いや評価によって“霧の底”にいる連中の動きも活発になってくる筈です…くれぐれもお気をつけて」

『ああ、君もな』

「はい、ありがとうございます。 それでは」
 
 
 
…さてと、これで私の分の仕掛けはほぼ終わったな。

後は榊総理や鎧衣課長の分だろうが、まああの人たちは大丈夫でしょう。

とりあえず自分のアパートにでも帰って、酒でも飲みながらスミヨシ君たちへの御礼参りの方法でも考えるとしましょうか。

どうしてくれようあの連中…

 
 
 
第28話に続く


今回の地震と津波によって亡くなられた方や被害にあわれた方全てにお悔やみとお見舞いを申しあげます。



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第28話「嵐の前に…(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/03/21 13:53
第28話 「嵐の前に…(前)」

【2001年2月28日 帝都城】

この日、帝都城の中は朝から異様な雰囲気に包まれていた。

数日前から政府と軍部の双方に打診してあった帝都城での御前会議が3日後の3月3日に行われる事が決定したからである。
 
 
14日に発生した佐渡島ハイヴからのBETAによる大侵攻において、斯衛軍が相馬原基地で使用した奇跡のような戦術の詳細を説明せよと本土防衛軍首脳たちは斯衛と城内省に再三に渡って働きかけてきた。

それに対する斯衛軍司令部からの返答は『御前会議の場であれば喜んで説明する』というものであった。

この返答に当然のごとく本土防衛軍首脳は反発した。

御前会議を行うということはそれ自体が政威大将軍の復権を軍部が認めるに等しい…その共通認識が軍部と政府、そして国民全体にあるからだ。

たとえ内実を伴わない形式だけの御前会議であったとしても、将軍の権威を高めるのと反比例して本土防衛軍の力を弱めるだろう…その予測が反発の最大の理由であった。

だが軍部の中でも海軍が御前会議の開催に賛意を示し、陸軍、航空宇宙軍もそれに追随し、さらに最も日和見な対応をすると思われた榊総理と内閣閣僚たちが御前会議への出席を表明するに至って、本土防衛軍内部では御前会議への参加を巡って賛否両論が飛び交う大激論となった。

自分たちだけが反対している現状は拙いのでここは相手の顔を立てるべきだという意見や、軍の主導権はあくまでも自分たちにある以上、御前会議に出席する必要などないと言った強硬な意見、もう少し交渉して落とし所を探るべきだという意見を述べる者達…

混乱する状況の中で古参の将校や統帥派のリーダーによって意見が集約され、最終的に本土防衛軍首脳の御前会議への出席が決定した。
 
 
だが、この結論を最も喜んでいいはずの悠陽や月詠大尉たちは…

「おのれ下種共が…それが彼奴等の本性か! もはや勘弁ならぬ!一人残らず斬り捨ててくれるわ!!」

「真耶さん、そういきり立ってはいけませんよ」

「…ですが殿下! これは…これはあまりにも…!」

本土防衛軍が御前会議出席を決定した裏にあるその真意…駒太郎のハッキングと情報収集能力によってそれが何であるかを知った月詠真耶は怒りに震えていた。

そして表面上は平静を保っている悠陽もそのあまりにも下世話な真意に怒り、そして同時に呆れ果てていた。

本土防衛軍上層部の真意…それは御前会議においてある仕掛けを施し、その結果として悠陽の立場を悪化させて失脚に追い込むと同時に斯衛軍が使用した新戦術の権利をも独占しようという物であり、そのために次期将軍の座を望む五摂家の一部と裏取引すらしていることが判明したのだった。

(摂家の一部までもが……お飾りでもいいから将軍の座が欲しいというのか…ならば何故わたくしが将軍の座にすわるのを許したのです!? それに…何故あの時、京の都と共にこの悠陽を葬らなかったのですか!)

心の中でそう叫んだ悠陽は3年前の京に想いを馳せていた。
 
 
 
 
3年前…1998年7月に日本帝国本土に上陸したBETAの大群は僅か1週間で西日本全域を蹂躙し、帝都・京へと侵攻して来た。

この時すでに政府や軍の首脳たち、そして皇族や摂家の当主らはすでに京を離れ東京へと避難を済ませていたが未だ多くの市民が京の都に取り残され、斯衛軍や帝国軍に守られながら必死の脱出行を行っていたのだった。

その最中に本土防衛軍首脳たちは政府と京に残って防衛戦の(形式上ではあるが)指揮を務める悠陽に対して、京都の防衛放棄とBETA群を京都盆地に誘い込んで京の都ごと焼き払う作戦を提案して来た。

だが市民が脱出を果さない状況でのこの作戦の実施は、事実上帝国軍に京の都を市民ごと焼き払えということでもあった。
 
 
本来京都盆地はその地形上、外敵に攻められた時の防衛が非常に困難な場所である。

それでもこの都が千年王城として戦火に焼かれなかったのはひとえにこの国の人々の皇家に対する畏れと敬いがあったからであろう…だからこそ外敵、それも人外の存在であるBETAの侵攻に対しては無力であり、そこを死守しようとすれば無駄に多くの兵を死なせることになる…それを考えれば本土防衛軍の提案は決して間違ったものではない。

だがしかし、BETAの上陸と同時に真っ先に(それも皇族よりも先に)自分たちだけ安全な東京方面に家族と共に避難しておきながら、市民の誘導すら終らない現状でこの作戦を提案して来た彼らに悠陽は怒り、市民の撤退が完了するまで自分はこの京を動かないと言明したのだった。

その悠陽の発言に本土防衛軍首脳は不快感を露わにしたが、自分たちだけが先に避難したことで政府や兵士、さらに国民全体からも白い目を向けられつつあることを察知した彼らはそれ以上何も言わなかった。

…市民が脱出するまでの時間を稼いだことに一安心した悠陽であったが、今度は別の方から無理難題が押し付けられた。

五摂家の当主たちの中でも公家の系譜に繋がる斉御司・崇宰の両家とそれに連なる有力武家たちから“なんとしても京を死守すべし”との声が上がったのでる。

その言葉に悠陽は絶望した。

現状自分がこの京にとどまっているのはあくまで市民の避難を完了させるためだった。

それでもなお多くの兵士が困難な戦いの中で戦場に散って行くのを申し訳ないと思っているのに、彼らはさらに多くの犠牲を出してでもこの京を守り通せと言っている…

そんな事は不可能であるのは彼らにも分かっている筈なのに…

(わたくしに死ね、と言っているのですね)

どこか醒めた気持ちで悠陽はそう考えた。

政威大将軍は五摂家の中から選ばれる。

たとえここで自分が討ち死にしても他の摂家の当主を将軍の座に就ければいいだけのこと…おそらく五摂家の殆んどがそう考えているのだろう…と。

(…そのようなくだらない考えのために多くの兵を、それも自分たち摂家を護る斯衛の衛士たちを犠牲にしようというのですか!!)

あまりにも愚かなその考えに悠陽は怒りと絶望で目の前が真っ暗になっていた。

だが将軍とは名ばかりで五摂家を抑える力さえ持たない悠陽の立場では彼らの言葉を覆す事は事実上不可能だった。(たとえ悠陽が京都を脱出したとしても五摂家の政治力が斯衛に京都の防衛を続行させる可能性が高かったからだ)

そして京都防衛戦が開始されてから一月、多数の帝国軍や斯衛軍衛士たちの犠牲の果てにようやく京都の放棄が決定される。

その理由はといえば押し寄せるBETAの群れによって次々と戦死していく帝国軍の兵士たちの数が多過ぎたために政府や軍部の殆んどが京都放棄に賛同したこと、そして最も勇敢に戦い死んで行く斯衛兵…その武家の家族から悲鳴が上がり始めたことであった。

“京を護って武家を滅ぼすつもりなのか”と言った声が五摂家に向けられ始めると、彼らは一転して“京都防衛の方針は将軍家の判断に委ねられている”と言い訳して悠陽に責任を転嫁したのだった。

その変わり身の早さに呆れながらも、彼らの言い分を言質に取った悠陽はただちに斯衛軍に京都からの撤退を命じて自分も彼らと共に脱出を図った。

(その時点で既に京都市民の脱出は完了しており、後は京都から将軍と斯衛軍、帝国軍を撤退させて侵攻してくるBETAを京の都と共に砲火に沈めるだけになっていたのである)

津波の如きBETAの群れが京の街並みを踏みつぶしながら攻め込んでくるその中を近衛第16大隊の精鋭たちの援護を受けながら悠陽は帝都・京を後にした。
 
 
 
(あの時、自分にもう少し将軍としての力が…いいえ、気概があれば少しでも死者の数を減らせたのでしょうか?)

過ぎた事を悔やんでも死者は蘇らないと分かっていても、悠陽はそう自問せずにはいられなかった。

モロボシの話してくれた“おとぎばなし”と香月博士が御前会議で明かすであろうBETAの情報、そしていま駒太郎が自分たちに教えてくれた本土防衛軍と摂家の動き…

(この国を、帝国を守るためにはわたくしが実権を手にして国論を統一しなくてはならない…ですが、果してわたくしにそれが出来るのでしょうか?)

悠陽は迷っていた。

政威大将軍として責任を負うのが怖いのではない、果して自分に国を救う力が…統帥権を使いこなし正しい判断を下す事ができるのか、その事に自信が持てなかったのである。
 
 
「殿下…斑鳩殿がおいでになられました」

「…ッ そうですか、それではそちらに参りましょう」

侍従長の言葉に我に返った悠陽は、迷う心を封じ込めて立ちあがった。

摂家の中で唯一、自分が信用する斑鳩家の当主にして斯衛第16大隊の指揮官、斑鳩忠輝に会うために。
 
 
 
 
 
「殿下、斑鳩忠輝お呼びにより参上いたしました」

悠陽が謁見の間に入ると、そこには紅蓮と共に斑鳩忠輝が待っていた。

「よく来てくれました忠輝どの、忙しい中を申し訳ありません」

「なんの、殿下の御用以上に優先せねばならぬ事などこの斑鳩にはございません」

「そなたにはいつも無理難題を押し付けてばかり…この悠陽がこうしていられるのもそなたの働きがあってこそ…」

「はっはっは…殿下にそう言って頂けるだけでこの忠輝は果報者でござる…が、しかし」

「何でしょう忠輝どの?」

「殿下にはなにやらお悩みの御様子…聞けば御前会議の日取りも内定したとのことですが、それに関することでしょうかな?」

「…忠輝どのにはお見通しのようですね」

長い付き合いから自分の苦悩を察して話を切り出してくれた斑鳩に、悠陽は苦笑しながら感謝していた。

斑鳩忠輝…五摂家の中では最も格下の家であるため事実上将軍家の座に就く事はない、と言われている斑鳩家の当主であり、斯衛軍第16大隊の指揮官を務める武人でもある。

(たとえ五摂家の最下位であろうとこの忠輝どのこそ、この悠陽に代わって将軍の座に就くべき人であったものを…)

悠陽が将軍の座に就く以前、この斑鳩忠輝をこそ次期将軍にという声は方々に存在した。

だが摂家の中でも格下の家の人間であることから他の摂家が難色を示し、その優れた武勇と磊落な人柄によって必要以上に人望が集まることを恐れた政界や軍部の圧力が影響して、この男が政威大将軍になることはなかった。

(国の未来に暗雲が立ち込めている時にそのような愚かな足の引っ張り合いをしていては掴める筈の明日さえも逃してしまうのは当たり前の事でしょうね…)

心の中でそんな思いを巡らせながら、悠陽は斑鳩に話かけた。

「忠輝どの、そなたにお願いがあるのです」

「はっ…何でございましょうか」

「そなたの申した通り、来る3月3日にこの帝都城にて御前会議が行われることとなりました」

「はっ、将軍家…いえ民や兵たちの悲願の成就、誠に祝着に存じます」

「本来であれば今の世に将軍家が国家の指揮を執るというのは適切ではないのかもしれませぬ…されど様々な事情により統帥権の確立を行わなければこの国が滅びかねないというというところまで来ているようなのです」

「やはり…先日来、殿下や月詠の雰囲気が変わられたと感じてはおりましたが…」

「それ故この身はあえて異論あることを承知の上で統帥権をかざし、護国の為に軍の在り様を改めようと考えています」

「は!何卒御心のままに、この忠輝も微力ながらお手伝いいたす所存です」

「…されどこれは国内に大きな波紋を生みかねないことでもあります。 それ故もしもこの身に何かあったその時にはそなたこそが将軍として「お断りします」…何故でしょう?」

万一、自分が命を落とした場合に備えて後の事を託そうとした悠陽の言葉を斑鳩は遮った。

「殿下…この忠輝は殿下より後に死ぬつもりなど毛頭ございません!」

「忠輝どの…」

命を賭して主君の盾となる、その決意を言外に表す忠輝に悠陽は言葉を詰まらせた。

そしてさらに忠輝は言葉を続ける。

「殿下、何卒ご自分のなされることに自信をお持ち下さい。 3年前の京において何よりもまず民の安全を考えられた時のように…あの時この忠輝は確信いたしました、この方こそが民や兵の上に立つ政威大将軍に誰よりも相応しい方だと」

3年前、京都防衛戦の最中において誰もが自分の陣営や派閥の立場に囚われて国民の安全が二の次にされかかっていた時、まだ幼いとさえ言える少女の決意が京の市民の命を救ったのだ。

その少女に仕え、そして護り通すことが今の自分の誇りでもある…斑鳩忠輝はそう思っていた。

「忠輝どの…そなたに感謝を」

目に涙を滲ませながら悠陽は頷き、そして決意を固めた。

(やらねばなりません…たとえこの身がどうなろうと、この国と民を救うためには…)

悠陽が決意を固めるその姿を見ながら、忠輝とそして珍しく終始無言のまま二人の会話を見守っていた紅蓮は嬉しそうに目を細めていたのだった。
 
 
 
 
 
【同日・PM2:00 松鯉商事本社】

「諸星課長、この合成サバカレーのレシピの件ですが…」

「ああ、それはそこに貼っといてね」

「課長、胴和鋼業さんからの伝票です」

「はい、御苦労さん…これで新型鋼材の量産も問題なし…と」

「課長~~、マッコイ社との契約書類の翻訳に不備が~~~(泣)」

「ああ、泣かないの…ここはこうだね」

「課長、純友化成の専務さんからお電話が…」

「ああ、それは社長室に回してね」

…ああ、なんという忙しさだ。

先月に続き今月の月締め仕事もまた地獄の進行を呈している…神様、これも私の自業自得なのでしょうか?

鎧衣課長が派遣してくれるはずの帝国軍情報部の皆さんは来月にならないと来ないそうだし、少なくとも今月の分は自分たちだけでどうにかしなくてはならないだろう。

まあ、事務作業や会計関連は私の電脳メガネの処理能力のほんの一部を使えばどうとでもなるが、私の身体はひとつしかない。

電話の応対や面会の類は社長や他の社員に任せているが、私自身でないとどうにもならない件が多過ぎるのだ。

…やっぱり自業自得だろうか?
 
 
 
「諸星課長、遠田技研工業の部長さんが課長を名指しでお電話です」

…またしても自分で対処しなきゃいけない件が来ちゃったよ。

「ああ、もしもし諸星です…ええどうもお世話になってます、はい…その件ですが近日中に城内省で正式決定されると…ええ、大丈夫でしょう…はい、それではそのデザインが最終案ということで…いやいや、これで量産性もグンと上がるでしょうし…あとは正式決定を待つだけでしょう…ええ、部品の方も数は確保可能です…はい、それでは…」

ふう、これでまた一つ片付いたと、おや…タチコマ…いや、チビコマ1号から連絡だよ…何だろう?

《モロボシさ~ん、大変ですう~~~真耶さんと侍従長さんが激怒してます~~~》

何なの一体…順序立てて話してごらんなさい。

《実は…本土防衛軍上層部がかくかくしかじか……》
 
 
 
成る程ねえ~~~、やけに簡単に御前会議に応じたと思ったらそういうことでしたか…やれやれ。

《そうなんですう~~~しかも真耶さんは斬首刑だとか言って刀の手入れを始めるし、侍従長さんは薙刀とか持ち出してるし…も~怖くて怖くて…》

…あのねえ君、すっかり忘れているみたいだけど君は一応軍事用AIの筈でしょ? それくらいで怯えててどうするの?

《だって~~~~》

はいはい、とにかく君は引き続き情報収集にあたって頂戴。 それからこれまでに収集した情報を私の電脳と先生の方へも送っといてね。

《はあ~~~い》
 
 
 
まったく、アレのAIをつくった奴は一体何を考えてたんだか…いやそんな事よりも問題は本土防衛軍の上層部だな。

こっちの予想以上に頭が煮詰まった連中がいるようだし、ここはひとつ大粛清劇を…とはいかないだろうね多分。

たとえどれだけ我が身可愛さのあまりイカレた奴がいたとしても、それを理由に彼らの上層部全てを一掃してしまったら帝国軍全体が機能しなくなってしまうだろう。

現状で最も有効な手段は…いや、それを考えるのは殿下や総理のお仕事だな。

どの道、今の私は目の前に山積みになった我が社のお仕事を片付けるので精一杯なのだから。

「諸星課長~、横浜基地の香月博士からお電話です」

ああ…世にも恐ろしいアノ御方がまた何か無理難題をこの私に言いにきたのでしょうか…

まあ仕方が無い、御用を伺うとしましょうか。

「はいもしもし、諸星です」

『遅い!いつまで待たせんのよ!』

「いやあ、済みません。 なにせ月末なもので忙しくて…」

『まあいいわ…それよりアンタ、ウォーケンに何を吹き込んだのよ?』

「…と、言いますと?」

『向こうのボス(大統領)が電話会談を申し込んで来たのよ、非公式のものだけどね』

「ああ…例のレポートを見たんでしょうねきっと」

『…それだけ?』

「…貴女からは他にも面白い話が聞ける筈だと言っておきました」

『アンタねえ~~~!!!』

「博士、ここはひとつ彼(大統領)の“説得”にご協力を…」

『霧の底(ペンタゴンやラングレー)の連中がそう簡単におとなしくすると思うの?』

「いえいえ、それは最初から期待してはいません。 とりあえずトップの説得だけでいいのですよ」

『(御前)会議の開催も決まったようだけど、あのお偉方がおとなしく出席を受け入れたのは胡散臭過ぎるわねえ~~~?』

「さすがにいい読みですな、まさにその通りでして…」

『ふん…どんな芝居を打つのかは知らないけど、私の出番はそれが終わってからでいいんでしょうね?』

「そうでしょうな、むしろそれは私よりも別の方(殿下や総理)と相談されたほうがよろしいかと」

『そうさせて貰うわ、それともうひとつ…例の“改良”プランだけど』

「…なんでしょう?」

『“部品”はともかく、“燃料”はあるの?』

あ…しまった、それをお願いするのを忘れてた。

「申し訳ありません博士、実は“燃料”の入手だけは出来ていませんので…その」

『フフフ…高くつくわよ~~~~』

「承知しております…はい」

『あっそ、それじゃあその話はこのつぎにねえ~~~』
 
 
 
…やれやれ、これはたっぷりと絞りとられそうな予感がするぞ。

まあ、仕方が無いだろう…“燃料”、つまりG元素がなければML機関は動かない。

これだけは博士に供給して貰わないことにはどうしようもないのだ…我々のメビウス機関が使えれば問題はないのだが、これの供給は原則禁止の条項が存在する。(駒太郎もメビウス駆動だが、名目上はリース契約になっているのだ)

だからこそのML機関の改良プランなのだが、前途多難だなあ…

「諸星くん」

「え、あ!社長、どうしました?」

「考え事してるところを悪いけど仕事がどんどん溜まってるんだよ…これがね」

あ…しまった、ついうっかりしてた。

目の前に積まれた山のようなお仕事…今日中に終わるかなあ…とほほほほ。


 
 
 
第29話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第29話「嵐の前に…(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/03/24 19:24
第29話 「嵐の前に…(後)」

【2001年3月1日 未明 国連軍横浜基地・B19フロア】

『では、このファイルに書かれている内容は事実だというのかね? 香月博士』

「そうですわね…まだ現実に起こっていないことを事実というのは語弊があるでしょうが、あなた方がG弾を大量使用すればすぐにでも“事実”になるでしょう…と言っておきますわ大統領閣下」

『むう…』

「先程お話したもう一つのデータと考え合わせると、この極東の最前線国家は今まさに絶体絶命の危機に瀕しているということになりますわね」

『他人事のように言っているが、それは即ち貴女方の第4計画の破滅をも意味するのではないのかね?』

「仰る通りですわね…そして人類全体にとっても、事実上打つ手が消滅することを意味しますわ」

『……』

TV電話越しの夕呼の話相手…合衆国大統領ロバート・コルトレーンはその苦悩を表現するかのように沈黙した。

友人でもある上院の重鎮アーネスト・ウォーケンに提供された資料と、その際に付け加えられた助言に基づき“極東の女狐”を直接締め上げてみようと非公式のTV会談を行ってみれば、出て来た話は彼の予想を遥に超えた危機的状況を予感させるものであった。

彼女の話を信じなければそんな予感は杞憂に過ぎないと笑飛ばせるのだが、モニター越しに映る“極東の女狐”の艶然とした微笑みは彼女が自分の解析に絶対の自信を持っていることを伺わせていた。

同時にコルトレーン大統領は知っていた。

彼女…香月夕呼が本物の天才科学者であるということも、それ故、彼女の言葉は(ハッタリは含まれるだろうが)信憑性が高いということも。

『博士…貴方は本当にこの極めて重要な情報をショーグンの出席する会議で発表するつもりなのかね?』

大統領は言葉の裏にまだその時ではないという意味を込めた質問を夕呼に向けたが、それに対して夕呼の答えは…

「それは当然ですわ大統領閣下、なにしろ直径150メートル以上、全長が1500メートル以上の巨大な未確認属腫が大深度地下を帝都の方向へゆっくりと侵攻しているのですから…そんな重要なことを帝国政府や軍上層部に黙っていたら、後々私や貴方の責任問題になるのではありませんか?」

…というものだった。

『…それは確かにその通りだ、しかし結果として帝国の現状を混乱に導くだけになるのではないかね?』

「そうならないために榊総理が色々となさっておいでのようですわね、それに煌武院殿下も…」

『彼女が、ショーグン悠陽が帝国の内部を取り纏めてこの事態に対処可能だと思うかね?』

“たかが小娘に何が出来る?”との意味を込めて大統領は夕呼に尋ねる。

「さあ?多分大丈夫ではありませんの? 誰かが裏から帝国の乗っ取りなど企まなければ…ですけど」

その夕呼の言葉に今度こそ大統領は顔色を変えた。

『…それはどういう意味かね?香月博士』

「お国の諜報機関の人達は少々自信過剰になっているのではありませんの? もしかしたら日本人全員が間抜けなサルの集まりで、何も気付いていないとでも思ってるのでしょうかしらね?」

『………』

再び沈黙した大統領に夕呼が畳みかける。

「大統領閣下…老婆心からあえて言わせて頂きますが、他国の内情よりご自分の足元で勝手なことを始めようとしている人たちの心配をされてはいかがでしょう? 事が起きてから無理矢理事後共犯にされるのはお嫌ではありませんこと?」

夕呼の言葉にコルトレーン大統領は精一杯の虚勢を張って反論する。

『いやいや、香月博士が心配するようなことにはならんだろうね、わが国の政府の中にそんな愚かな真似をする者がいるとは思えんよ』

「あら、それでしたら何の心配もないのではありませんこと?」

『ふむ、確かにそういう事になるかな…』

全てを見透かすかのような夕呼の表情に耐えかねたのか大統領は彼女の説得を諦めた。

「いずれにせよお国と帝国の関係の再構築は、帝国の国内情勢が安定してからのほうが賢明ではありませんの? ああ、尤もこれは私があれこれいうことではないでしょうけど…」

『いやいや、聡明なあなたの助言はいつでも歓迎だとも香月博士』

「まあ、お上手ですこと」

大統領の世事に追従を返しながら、夕呼は頭の中で毒づいていた…TVに映った大統領にではなく、自分にこの役を割り当てた天をも恐れぬ不埒なコウモリ男に対してである。

(このあたしによくもこんな苦労をさせてくれたわねえ~~~! 安くあがると思ったら大間違いよコウモリさん!! たっぷり搾り取ってやるから覚悟しときなさいよ~~~!!)
 
 
 
 
 
【帝都・松鯉商事本社】

「えぷしっ!」

風邪かな? なにやらとてつもない悪寒が背中を走ったが…

「風邪かね? 諸星君?」

「ああ社長…いえ、大したことはありません。 さて、これで取りあえず全部終わりですね」

「うん御苦労さん、後は私に任せてもう帰りなさい。 もうすぐ御前会議だそうじゃないかね…体調でも崩したら大変だよ?」

「ええ、明後日ですからね」

「オブザーバーとして出席出来るだけでも我々民間人にとっては大変な名誉だからねえ」

そうなんだよねえ~、明後日の3日に開かれる御前会議に香月博士だけでなく、この私も呼ばれているんだよね。

まあ、香月博士のように発言とか説明だとかさせられる事はないと思うけど…多分。

「何、そう気後れする事はないだろう。 君のこれまでの帝国に対する貢献からすれば自然なことですらあるんだからね」

「いやしかし本来私は裏方の人間ですよ? 片隅とはいえ、あんな御大層な舞台に上がるのは似合わないとおもうんですがねえ…」

「はっはっは、まあ舞台見物を舞台の上ですると思えばいいのではないかな?」

「成る程…そりゃ確かに貴重な経験ですね」

ただの舞台見物では終わらないと思うけどね…まあシナリオや進行は殿下や総理の胸の内だし、こっちは片隅でおとなしくしてればいいんだろうね…そうですよね殿下?総理?香月博士?

何だろう? 何故だかどんどん不安になって来たぞ…帰ろう、帰って寝よう。

「おや、もう日が昇る時間か…御苦労さま諸星君、帰ってゆっくり休みなさい」

「はい、それではお先に失礼します社長」

ああ眠い…早く寝たい…帰ろう…部屋に…
 
 
 
 
 
【PM8:00 深川・小料理屋『小鉄』】

男が二人、差し向かいで酒を飲んでいた。

酒の肴は鮎並の煮付け…昔ながらの庶民の味である。

「…料亭政治は嫌いだと聞いていたが、そうでもないのかな?」

「いや、料亭政治は確かに嫌いだが料亭の料理は好きな方でな」

「ふむ、確かにこの鮎並は美味い…ありふれた料理でも腕のいい料理人にかかると違うものだな。」

「ありふれた料理か…今となってはこれすら口に出来ない国民が数多くいる。 我々のような立場の人間だけがこうやって昔ながらの味を楽しめるという訳だ」

本来身分の高い人間が料理屋で食べるような品ではない鮎並の料理を、まるで分不相応な贅沢でもあるかのように言っているのは日本帝国宰相・榊是親であった。

「少し背負いこみ過ぎだな…所詮一人だけでは国家という巨象を背負う事など不可能だろうに」

「分かっている、しかし年端もいかない殿下にその重荷の一端だけでも背負わせることになるかと思うとな…」

苦悩を滲ませる表情でそう語る榊総理を相手の男…帝国衆議院議員・古泉准市郎はしばらく見詰めた後に溜息と共にこう言った。

「…そろそろ本題に入ってはどうかね? よりにもよって御前会議を目前に控えたこんな時に、総理大臣のあんたが親米派のハズレ者と言われるこの私に何の用があるのだね?」

その言葉に暫し目を閉じたあと見開いた榊総理は古泉に質問を投げかけた。

「どう思うね? 今度の御前会議を」

「さて…桟敷席の私には分からんが、あんたが勝負をかける以上は勝算があってのことだろう? どの道、この間の相馬原基地に関する件で本土防衛軍の上層部に対する批判はかなりのものになっているようだしな」

「うむ、話せんこともあるが御前会議において彼らの無責任さを糺すことはさほど難しくはないだろう…むしろ問題は米国の反応だ」

「コルトレーンは賢明な男だ、仮に将軍家の権威が復活したとしても軽々しく騒ぎ立てるような愚か者ではないが…その他の三下共は少々困ったことを言い出しかねんな」

「こじつけの理由でもこしらえて対日制裁に動くと思うかね?」

「いきなりそこへはいかんだろうが、もっとえげつない事をやろうとするかもしれん…特にあの副大統領はな」

「ふむ…」

合衆国副大統領マイケル・アルフレイドは第5計画派がホワイトハウスに送り込んだ代表者であり、日本を米国の指揮下に置くべきだという主張を半ば公然と口にする人物でもある。

そして現在、水面下で密かに進行している一部帝国軍人たちによるクーデターへの動き…それを誘導し、その後の日本を支配するために帝国の国会議員たちを取り込もうと画策しているグループの主要メンバーの一人でもあった。

親米派の中では独自のスタンスを保ち、それ故自分個人のルートで得た情報を基にこれを察知した古泉は従来以上に他の親米派議員たちと距離を置き、事態の推移を冷静に見守ってきたのだった。

そしてその事を総理大臣である榊是親は内心で評価していた。

万一のことが起こった場合、自分の後に総理になる人間がアルフレイドのような男の操り人形になってしまっては困る。

だからと言って親米派議員の全てをクーデターのどさくさにまぎれて抹殺すると云う訳にもいかないのだ。(米国とのパイプの全てを破棄することになるし、烈士たちはそれをやりかねないのだ)

今後の事態はまだ見えないとしても、もし親米派が帝国政府の主導権を握ったとしても彼らに愚かな真似をさせないための監督役が必要だろう…榊是親はそう考えていた。

親米派ではあっても決して“売国奴”にはならないであろう男…米国相手に割り切った駆け引きと外交が出来る政治家…古泉准市郎はそういう男だと。

「古泉君、君に頼みがある」

「ほお? あんたが私に頼みとは?」

榊の言葉に半ば面白そうな口調で聞き返した古泉だったが、話を聞いていくにつれて次第に顔が強張り始め、最後には完全な無表情になっていった…
 
 
 
 
 
 
古泉が先に帰った後、榊総理は一人座敷で酒を飲みながら物想いに耽っていた。

自分に打てる手は全て打った…あとは御前会議の結果次第だろう。

一時は死を覚悟した…いや今でもその覚悟で臨んでいる事だが、それでもやはり迷いはある。

もっといい方法はなかったのか? 他に選択すべき道があったのではないか? これが最善の方法なのか?

煌武院悠陽に統帥権を確立させる…烈士たちや彼女の直臣たちからすればそれが当然だという声が上がるだろうが、榊はそうは思わなかった。

悠陽が統帥権を握るということは、滅びに瀕したこの帝国の防衛の全責任を彼女に被せるという事に他ならない。

いかに聡明であってもまだ二十歳にもなっていない少女にそれを押し付けるという事がいかに残酷なことか…彼女を熱狂的に支持する者達はそれを考えないのだろうか?

だがしかし、現在の帝国を救うには彼女が統帥権を確立して国防体制の統一を果たすこと以外にどんな方法があるというのだろう?

実質現在の帝国軍を動かしている本土防衛軍は、その能力はともかくとしてあまりにも信用がおけない人間たちによって動かされている…本土防衛戦から今日まで、彼らの行動原理は“保身”の一言に尽きると言っても過言ではない。

そんな連中はどれ程戦略上正しい判断をしているように見えてもいざとなれば兵士や国民を見捨てて逃げるだけだろうし、そんな者達が軍全体の信用を得られる訳がないだろう。

政府も軍も結局は信用と信頼によって支えられる組織であることに変わりはない。

市民の信用が得られない政府、兵士や士官の信頼を集めることが出来ない軍上層部…BETAの上陸から今日まで多くの国民と兵士を犠牲にしてきたが、その最たる原因は政府と軍との意見の隔たりや軍部内の意思疎通がうまく働かず、方針の決定に時間を無駄に費やしたことが大きい。

これ以上の無意味な犠牲を無くすためにも統帥権の確立はなんとしても必要だろう、しかし…

「榊様…」

物想いに沈んでいた榊総理に店の主、霧島五郎が声をかけてきた。

「おお、どうかしたのかね?」

「はい、榊様を訪ねてお客が一人おいでですが…」

「客? ここに私を訪ねてかね?」

「はいその名前を言わずに『“土管の中から抜け出て来た”と言えば分かる』と仰ってますが…」

その言葉に榊是親は笑みを浮かべて頷いた。

「その人を通してくれたまえ」

「はい、承知しました」
 
 
 
 
 
【『小鉄』厨房】

「いやあ~~~美味いですねえ~~~ここの賄いは」

「これこれ諸星課長、そのキンピラを全部食ってはいかんだろう…私の分も寄こしたまえ」

そうは言っても美味いんだよねえ~~~この大根の皮で作った賄いのキンピラが。

こんな夜更けにいきなり用事を言いつけられてここまで先生を連れて来たんだから、せめて美味い賄い料理で酒を呑むくらいは許して欲しいものだ。

さて、残り物の鮎並の煮付けに湯豆腐にキンピラですか…いやどれも結構なお味ですなあ~~~

周りの料理人さんや店主の霧島さんが苦笑しながら私と鎧衣課長が酒の肴を奪い合っているのを見物しているが、そんな視線すら気にならない。

まあそれはそれとして、せっかくこんな美味い店を見つけた以上は…

「ところでご店主、このお店で当社が卸す酒を扱ってみては貰えませんか?」

「おや、早速ビジネスの話ですかな?諸星課長」

鎧衣課長にからかわれるがせっかくいい店を見つけたのだ、是非とも自慢の酒を提供したいではないか。

「まあ霧島さん、この諸星課長の卸す酒なら味は保証できますがね、ははは…」

「へい、鎧衣さんがそう仰るのであれば是非利き酒をさせて頂きます」

…おや?

「ご店主はこの鎧衣課長さんとは馴染みなのですか?」

「ええ…昔ちょっと…」

「いや諸星くん、実はこの霧島さんは昔の私の先輩でね…私が駆け出しの頃は色々とお世話になった人なんだよ」

おやまあ…

「ちなみにこの人は、大仕事が一つ終った後は必ずバケツ1杯の水をがぶ飲みするひとでねえ~~」

「ははは…いや、昔の話は勘弁して下さいよ」

なんと鎧衣課長の類友だったのか、まともそうな人に見えたのに…

「…なにか失礼なことを考えておらんかね?」

「え? いえいえトンデモナイ…HAHAHAHAHA」

「…まだまだ隙だらけだねえ、諸星課長」

ええそうでしょうとも、あんたのようなバケモノじゃないんだ私は。

「それはそれとして、上のお二人は大丈夫でしょうかね?」

苦悩する総理を励ますために先生をここまで連れて来たはいいんだけど、その他のフォローは必要ないのかな?

「なに、心配はいらんよ。 あの二人は古くからの盟友同士だからね、互いに酒を酌み交わすだけで心が通じ合うのだよ」

成る程それなら大丈夫か…あの二人の娘たちもいつかはそんな関係になるんだろうか? もっともそのためにはこの地獄のような時代と自分たち自身の運命を乗り越えなければならない訳だが…

だが私があの子たちにしてやれる事には限りがある。

私の使命は本来第4計画のサポートではないし、白銀君のハーレムメンバーの救助でもない。

もうすぐこの国での基盤固めは終了するだろう…次はいよいよアメリカだが、さてアラスカだけでは足りないとすれば…おや?

「鎧衣課長!それは私の鮎並でしょうが!」

「ふむ、ぼ~っとしている方がいけないのではないかね?」

このオヤジは~~~~~!!

「ああお二人とも、喧嘩しなくてもまだ賄いでよければありますから…」

「…だそうだよ、諸星君」

このオヤジはぬけぬけと…まあ確かにこんなことで怒っては大人げないか。

「それじゃ、この湯豆腐の追加をお願いします」

「ああ、私はさっき彼が食べていたキンピラを」

「へい、お待ちを」

総理と先生はまだ呑みながら話をしているか…それじゃこちらももう少し呑ませてもらいましょうか、せっかく美味い肴があるんだし。

 
 
 
第30話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第30話「帝都城御前会議(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/03/28 18:12

第30話 「帝都城御前会議(前)」

【2001年3月3日 帝都城・大広間】

大広間の中にしらけ切った空気が広がっていた。

原因は先程から何の中身もない空虚な熱弁をふるい続ける男、本土防衛軍大将・乃中征二郎であった。

政威大将軍・煌武院悠陽によって召集された帝都城御前会議、その始まりから程なくして彼の無駄口とさえいえる長い意見陳述が始まったのである。
 
 
彼の言い分は要約すれば以下のようなものだ。

曰く、御前会議の開催は誠に目出度い。

曰く、また先日の相馬原基地防衛戦において斯衛の助力があったことは非常に感謝している。

曰く、そして政威大将軍殿下が国家の行く末を案じている事は大変ありがたい。

曰く、そのために我々(本土防衛軍)は今後とも国土の防衛に全力を尽くす所存である。

曰く、それ故殿下にはどうかご安心願いたい。

曰く、一部の者たちが騒ぎ立てているようだが、どうかそんな雑音に惑わされないで欲しい。

曰く、帝国軍は現状の体勢のままである事が最も望ましい。
 
 
それらの事を意味不明一歩手前の美辞麗句で飾り立てながら、乃中大将は延々と語り続けていたのだった。

だがそれを聞いて…いや聞かされている出席者たちは彼の無意味なまでの長口舌にうんざりとし、そして彼の本音を知っている人間たちは内心で嫌悪感すら抱いていた。

本土防衛軍の乃中大将といえばその設立以来の古顔であり、同時に本土防衛軍が兵士や国民の信頼を得る事が出来ない理由の元凶とさえ陰口をたたかれる男である。

それもその筈でこの乃中大将は本土防衛軍が設立されて以降、その組織の拡大のみに奔走してきた男であった。

なりふり構わず政官界の子弟たちを引き入れ、各界にコネを作り出すことによって本土防衛軍と自分自身の権力を高めて来た男…基本的に軍官僚、というよりは軍服を着た政治家と言ったほうがこの男を言い表す表現としては妥当であっただろう。

そんな彼の演説を御前会議に出席した政府や他の軍の代表のみならず、同じ本土防衛軍からの出席者までもが苦々しい思いで聞いていた。
 
 
(まったく…いい加減にして欲しいものだ! このままでは我々本土防衛軍への周囲の心証を悪化させるだけではないか!)

そう心の中で零しているのは本土防衛軍大佐・志田誠一であった。

今回の御前会議開催に関して本土防衛軍内部では様々な意見が交わされ、その出席者として選ばれた三人の内の一人がこの志田大佐であった。

志田は帝国陸軍から本土防衛軍に編入された男で大陸での実戦経験を持ち、部隊の編成などにも手腕を発揮したことから本土防衛軍の首脳の末席を占めるまでになった男である。

志田のような男にすれば目の前で繰り広げられている光景は、全てが無意味な茶番に思えてならなかった。

(何故こんな御前会議など開かなくてはならんのだ!? 確かに先月の佐渡島ハイヴからの大侵攻で我々は相馬原基地を見捨てようとした。 だがそれは戦略上、止むを得ない判断だったのだ! あの時点で斯衛軍や国連軍が援護してくれると最初から分かっていれば我々の判断も変わっていた筈だし、事前に申し出てくれていれば…互いの意思疎通がなされない現状に不満があるのは我々とて同じなのだ! …それにいくら我々本土防衛軍に信用がないからと言って今更大昔の制度を無理矢理蘇らせることに何の意味があるというのだ!! そんなカビの生えた代物にすがって国が守れると本気で考えているのか? そもそも我々本土防衛軍に対する周囲の偏見が問題ではないか! 我々は決して彼らが思っているような腐敗した組織では無い! …そう、目の前で意味不明なうわごとを並べ立てているこの男のような人間ばかりでは決して……!!)

そう心の中で言いながら志田大佐は恨めしげな眼で調子にのって喋りまくっている乃中大将の方を見るが、当の本人はまったく気にした様子もなく脂の乗った舌先を動かし続ける。

(どうにかならんのか! 乃中さんがどういうつもりでいるのか知らんが、このままでは我々に対する印象が悪くなる一方ではないか!)

そう叫びたいのを堪えて志田は自分の隣にいる男に視線を向けた。

だが視線を向けられた相手…本土防衛軍中将・大北藤治は目を閉じて無言を通していた。

大北中将は志田と同じ陸軍からの編入組であり、同時に軍部が統帥権を掌握すべきだと主張する統帥派のリーダー格の一人でもあった。

今回の御前会議への出席を最後まで反対し続け、周囲の説得でやむなく出席者の列に加わったのだった。

そのせいかどうかは分からないが、彼は会議の開始から我関せずの態度をとり続けていたのである。

(まったく…どういうつもりなのだ!? 乃中大将といい、大北中将といい…)

焦燥を募らせる志田大佐をよそに乃中の演説はまだ続いていたが…
 
 
 
「…それで? とどのつまりお主は何が言いたいのだ? ん?」

帝国斯衛軍大将・紅蓮醍三郎の低い、しかしドスの利いた声が乃中の舌を停止させただけでなく、その場の全員を一瞬金縛りにさえした。

(こ…これが噂に聞く紅蓮大将の気迫か…さすがに凄い)

聞く者によっては戦慄すら覚える紅蓮の声が、さらに乃中や周囲の出席者に向けられる。

「さっきから聞いておるに帝国の防衛体制は現状のままでよいと言うておるように思えるが…ならば何故、相馬原基地を放棄せねばならんような羽目になったのだ? 乃中よ?」

「い、いえいえ…決して現状に満足している訳ではなくてですな、帝国軍全体の更なる体勢強化を望んでいる事に変わりはない訳でして、そのために殿下にもお力添えを頂けるというのは大変にありがたい事ではありますが、なにも殿下ご自身が軍全体の指揮を直接執る必要性は…」

「ほほう、つまり殿下が取り纏めなくともお主ら本土防衛軍が統帥権を掌握すればよい…ということかの?」

「…それが何か問題ですかな?」

「!大北中将…」

それまで沈黙していた大北中将が突然言葉を発したことに周囲がざわめいた。

「…確かに先日の相馬原基地の件は我々本土防衛軍にとっても痛恨事ではありました。ですが、あらかじめあなた方斯衛軍や国連軍の助力が見込めると分かっていればあの時点での判断も違ったものになった筈だと思うのですが」
 
 
大北中将のその発言に周囲の人間たちは複雑な反応を示し、そして大広間の片隅にいるオブザーバーたちの内の二人…香月夕呼と諸星段はそれぞれ微妙に異なる、しかし明らかに同種の笑みを浮かべていた。

(よっく言うわねえ~~あの男、普段は国連軍や斯衛軍に手柄を奪われまいとあれこれ手を回してこっちが動きにくいように画策している癖に…あの時だってコウモリ男が事前に予測をくれなきゃこっちは碓氷たちを失うところだったってのに、一体どの口が言うのかしらね?)

(…いや、まったく口というのは便利な器官だよねえ~~~ 人間が自己正当化を図るのにこれほど便利な代物は他にないんだろうねおそらく… それなのにどうして人間には口も舌もそれぞれ一つしかないんだろう? 目や耳は二つあるのにね?)

人間の口と発言に関して自分の事を完全に棚上げした台詞を脳内で展開する二人のオブザーバーをよそに、議論は続いていた。
 
 
「ふうむ、つまりお主らは殿下が政威大将軍としての義務を果たすことが間違いと言いたいのかの?」

「いえいえ、そのようなことは…」

「政威大将軍殿下の御勤めとは大所高所から国民と兵を見守ることと考えます。 下の者達の声にお耳を傾けられようとされることは大変素晴らしいと考えますが、間違って獅子身中の虫の声に惑わされるようなことになっては大変ですからな」

「ほう…獅子身中の虫、とのう」

大北中佐の発言に紅蓮がひくり、と顔を引き攣らせて相手を睨みつける…

その殺気を帯びた気配に周囲は蒼ざめるが、大北は更に続ける。

「はい、失礼ながら昔と違い現在では近代国家の軍として存在している帝国軍に、あえて封建制の時代のシステムを導入しようなどという考えそれ自体がこの大北に言わせれば獅子身中の虫の声でありましょう…」

「貴様!よくも殿下の御前で「控えい!月詠」…はっ」

大北中将の発言に思わず激発しそうになった月詠大尉の叫びを一喝して抑えた後、大北に向かってにやりと嗤ったのだった。

「!?」

自分の挑発に全く動じないどころか余裕さえ感じさせる紅蓮の態度に、大北は初めて訝しげな表情を見せた。

「お主の言う事ももっともだのう、大北中将…確かに現在の帝国は近代国家であって封建制の昔とは違う。 だがの…だからこそ国家国民を守護するよりも己が安泰を優先するが如き輩や組織、そして口先とは裏腹に殿下に対して害意を抱くような者こそ国にとっての獅子身中の虫として排除すべきではないかの?」

「…紅蓮閣下! それは我々本土防衛軍の事を言っているのだと受け取ってよろしいのでしょうか!?」

皮肉と侮辱の境界線を明らかに踏み越えた紅蓮の発言に、志田大佐が堪りかねたように叫ぶ。

その志田の顔をじろり、と見た後紅蓮は言った。

「…他に誰がおるのだ?」

「「「「「「「「「「!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」

「こ…これはいかに紅蓮大将の御言葉といえど聞き逃しには出来ませんぞ! 一体どのような根拠があって仰っておられるのですか!?」

紅蓮の台詞に周囲の人間全てが一瞬固まり、その直後乃中大将が大声で喚き始めた。

「一体我ら本土防衛軍の中の誰が殿下に対して害意など持っていると言うのです! そのような証拠があるのなら是非お見せ頂きたい!!」

「…ほう、証拠とな」

「左様! それほどまでに仰るのであればそれ相応の証拠がありましょう!! 是非にもそれを見せて頂きたい! さあ!さあ!如何いたしました!!紅蓮閣下!!」

調子に乗って喚き続ける乃中大将の姿をしばらく見物していた紅蓮が突如立ち上がってこう言った。

「…それほど証拠が見たいか乃中よ、ならば見せてやろう!

その言葉と共に紅蓮が懐から取り出したのは携帯用ボイスレコーダーであった。

紅蓮がそのスイッチを入れると出て来た声は…
 
 
 
“…それほど難しく考えなくとも良かろう? 要はあの小娘が御前会議の最中に体調を崩して退席するようにするだけの事だ。 そんな身体が弱い将軍に指揮を執らせようと考える者はおらんだろうからな…そのほうが貴様ら城内省にとっても面倒事が増えなくて有難い筈だろうが? ああ?そんなことは気にしなくていい、仮にそれであの小娘が早死にしたとしてそれがどうだと言うのだ? 貴様らにとって必要なのは政威大将軍という神輿の上の人形だろうが! そんな物は五摂家の中からいくらでも代わりが出てくるだろうに… それにあの小娘が統帥権を握れば今まで後方勤務で済んだ貴様の息子や娘も前線に出ることになるかも知れんのだぞ? そんな危険な可能性は今の内に排除しておきたい筈だろう?”
 
 
 
…完全に静まり返った大広間に明らかにそこにいる乃中大将のものと分かる会話の音声が響き渡って行った。

「…殿下に体調を崩す毒薬を盛ろうとした者はすでに取り押さえて尋問中だ。 貴様との繋がりやら他にも色々と面白い話も聞けたがな」

淡々と語る紅蓮の声に反応する者は誰もいない…その場の全員が凍りついたように硬直していた。

「大北、志田、まだ何か言いたい事はあるかの?ん?」

その紅蓮の言葉に志田大佐は心の中で呻いていた。

(バカな…!なんという事をしでかしてくれたのだ乃中大将は!! これでは我々が謀反人と断定されても言い訳出来ないではないか! いかん、このままではこの愚か者一人のために本土防衛軍の全てに不名誉な濡れ衣が…何とか、何とかしなくては)

焦る志田大佐だったがどうすればいいか分からず、そして大北中将も顔を引き攣らせたまま無言であった。

「なにも言う事はなしか、ならば乃中よ……覚悟はよいな?

その言葉を聞いた乃中大将はびくり、と身体を痙攣させてゆっくりと紅蓮の方を見た。

「あ…ひ…」

その巨躯から発する殺気に押されるように1歩2歩後ずさりした乃中は突然大声で奇声を発して駆け出した。

「PかA*@るR=#&B+の¥!Gふ%!!!!!!」

意味不明の叫び声と共に大広間から逃げ出そうとする乃中であったが…しかし次の瞬間、その場にいた者全てがとんでもない光景を目撃した。
 
 
“ドゴン!”
 
 
…出口に向かって走る乃中の頭の上から巨大な金タライが落ちて来たのである。

その直撃を受けた乃中大将はその場で気絶して倒れた。

「ふむ、中々面白い芸だのう」

あまりに非常識な出来ごとに周囲が現実逃避に陥る中で紅蓮だけが呑気な顔でそう呟いていたのだが…ようやく他の出席者たちも金縛り状態を脱すると、事の重大性に掻然とし始めた。

「な!なんという事だ!」「これは…不祥事などという次元では…」「当然だ!これは立派な謀反ではないか!」「一体、本土防衛軍は何を考えているのだ!」「このような時に!自分たちの保身しか思い浮かばんのか!!」「乃中大将一人の考えではあるまい!」「徹底した捜査を!!」「捜査だと!?手ぬるい!今すぐにでも本土防衛軍を解体せねば…」

「…静まりなさい!」

本土防衛軍を糾弾する喧騒を政威大将軍・煌武院悠陽の凛とした声が静止させた。

「…殿下、お目汚しでございました」

場を騒がせたことを詫びる紅蓮に頷いた後、悠陽は広間を見渡してから話し始めた…

「此度の事、おそらくはそこに倒れている乃中大将一人の企てでありましょう…その者一人のために本土防衛軍の全てに嫌疑をかけるような事をすべきではありません」

「しかし殿下!先程からのこの者達の言うことからも本土防衛軍の殿下への叛意は明白ではありませんか!」

悠陽の言葉に将道派の雄として知られる海軍大佐が声を上げる。

そしてその声に同意する声が広間の方々からも聞かれた。

だが悠陽はその声に同調はせず、静かに首を振り話を続けるのだった。

「そなたらの言いたいことも分かります。 されどこのような事態になった原因の一つはこの悠陽が将軍としてあまりにも頼りなく、そなたらに大事を任せてばかりいたからだと思うのです…皇帝陛下より大命を授かった身でありながら、己が出過ぎては結果として国を乱すのではと思うあまりに自分からはなにもしないよう努めてきた結果が此度のような愚かな過ちを誘う結果となったのでありましょう」

悠陽の言葉にその場の全員が苦悩や悔恨の表情を見せる…この騒ぎの本質的な原因、それは即ち日本帝国の第二次大戦終了から今日まで自分たち政・官・軍が放置してきた問題に起因するものであったからだ。
 
 
 
第二次世界大戦において米国に対して実質的な敗北を喫した日本帝国は、その軍組織の頂点にたつ政威大将軍の権限の大幅な縮小…いや、実質的な権限の剥奪を余儀なくされる。

それはアメリカが日本を近代的な民主国家にしようという(アメリカなりに)ある意味日本を思ってのことであると同時に、日本帝国が再びアジア・太平洋に覇権を確立しようとする可能性の芽を摘もうという思惑によるものであった。

そしてその結果、帝国は国の安全保障面で非常に厄介な矛盾を抱え込むことになったのだ。

帝国憲法の破棄などは免れたために政威大将軍制度自体は存続出来た…しかし、実質的な権限を失ったために有事において陸・海・空の三軍を纏め上げる機能が失われたのである。

本来であれば憲法等の改正によって新しい制度を導入するか、政威大将軍制度を改める形で復活させるのが望ましかったのだが…ここで日本人の悪癖ともいえる欠点が露呈したのだった。

既存の制度を抜本的に変えるのが苦手な体質…憲法改正によって例えば政府や内閣総理大臣に軍の指揮権を委ねるのは政威大将軍制度の実質的消滅を意味したし、それは多くの兵士や国民が望まない事でもあった。

そして将軍制度を何がしかの近代的システムに変更する案は、その中心となる五摂家を始めとする有力武家や米国との緊密な関係を必要と考える親米派の政治家と官僚らによって反対され、代案もないまま延々と小田原評定を続ける羽目になったのである。

その結果、帝国軍の体制は統一性を欠いたままBETA大戦の荒波の中に突入して今日に至るのであった。
 
 
 
現状を招いたのはその時生まれてもいなかった悠陽ではなく、自分たち自身なのだ…高齢の出席者の中には申し訳なさに顔を上げる事が出来ない者もいた。

その、何とも言えない空気の中に悠陽の言葉が流れていく。

「国土の半分以上をBETAによって蹂躙され国民の半数以上を失った今、もはやこれ以上の犠牲を民に強いる訳には参りません…されど我ら国と民を守るべき者達が互いに背を向け相争っていては民を守る事さえ出来ますまい」

それを聞いて先程まで本土防衛軍を非難していた者も項垂れた。

「この悠陽が此度の御前会議を開いたのはこの国を守る体勢を改め、軍と兵の心を一つに纏めるため…そしていま一つは、現在この帝国に迫りつつある脅威についてそなた等に伝える為なのです」

「脅威…と申されましたか?」

悠陽の言葉を聞いた出席者の一人がそう問いかけると…

「…それに関してはそちらにおられます国連軍横浜基地副司令の香月博士より御説明があるでしょう」

そう言って悠陽は広間の隅で静かに控えていた女性…“横浜の女狐”の方を見た。

その言葉と視線に応えるように香月夕呼はその場に立って挨拶をする。

「今ほど畏れ多くも政威大将軍殿下よりご紹介に預りました国連第11軍横浜基地副司令を務めます香月夕呼と申します…さっそくですが只今殿下が申されました“帝国に迫りつつある脅威”について説明させて頂きますが………その前にそこの不燃物をどうにかすべきではありませんの?」

夕呼が指し示す方を見れば、意識を取り戻した乃中大将(完全に忘れ去られていた人)がじりじりと匍匐前進で広間から脱出しようとしているところであった。

「おのれ奸物が!生きてこの城を出られると思ったか!!」

…どう考えてもあれは時代劇の台詞だった、と後にモロボシが述懐する月詠真耶の叫び声に乃中の背中がびくん!と跳ね上がった。

「す¥G*ぺ%#Lら&・ん+=@か~~~~~~!!!!!!!!」
 
 
再び意味不明な絶叫を上げて四つん這いのまま全力逃走を図る乃中であったが、ただちに斯衛の兵士に取り押さえられてそのまま何処かへ連行されていくのだった。

その場にいた全ての人間たちの侮蔑と憎悪の視線を背に受けながら…
 
 
 
 
 
…いやはや、とんだ時代劇を見せて貰いました。

それにしてもチビコマ君、アレはちょっとやり過ぎ…いやどちらかと言えばノリ過ぎじゃないのかい?

まさかあんな方法で逃げ出そうとした曲者を捕えるなんてねえ…おかげで私は非常に不本意な疑いを香月博士から受けてますよ。

あの金タライが落下した一幕の直後、香月博士が私の方を見て“あんたの仕業ね?”と表情でそう言ってきたんだよね…もちろん急いで首を小刻みに振って否定したけど向こうは納得してないようだし…

まあいいか、そんなことよりここからが重要だ。

取りあえず本土防衛軍の皆さんは黙らせることに成功したし、あとは夕呼先生の説明を受ければさすがに権力闘争やましてクーデターなんかやってる場合じゃないという事に気付くだろう………気付くはずだ、よほどの馬鹿でもない限りはね。

まあ確かにそんな馬鹿が出て来る可能性もあるとは思うが…だが仮にそうなったとしても大規模な騒ぎには出来ないだろう。

そのためにわざわざ夕呼先生から講義をしてもらうのだからね。

いよいよ始まるぞ……“魔女の黙示録”が。
 
 
 
第31話に続く



【おまけ】

(それにしてもチビコマ君、あの“タライ落とし”はどうやったの?)

《え~とですね、まず工学迷彩で姿を見えなくしてからタライの上に乗って…それからあのタイミングでメビウスを使って悪者の頭の上に移動したんです~~~》

(なるほどね…それなら見た目にはタライが落ちてきて乃中大将の頭に激突したとしか見えないか)

《うまくいきました~~~褒めて褒めて~~~》

(褒めて褒めて~~~…じゃないでしょ?なんであんな間抜けな芸を…ってか何故タライ?)

《え~?、でもモロボシさんがくれたライブラリの中にお城の中でタライが落ちて来る映像がありましたけど~~?》

(いやだからなんでそんなのを参考にしてるの君は!?)

《あ~それはですね、殿下がこの方法で曲者を捕えてみたいと仰ったので~~~》

(…なるほどね、だからさっきから月詠大尉と侍従長の視線が痛いのか…あとでどんなお小言があるやら…とほほ)





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第31話「帝都城御前会議(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/04/02 22:20

第31話 「帝都城御前会議(後)」

【2001年3月3日 帝都城・大広間】

大広間にいる全ての人間が恐怖と苦悩で固まっていた。

横浜の女狐…天才科学者香月夕呼が示したデータとその解析結果は彼らが守り治めるこの国、日本帝国の破滅を予感させるものだったからである。

「…間違いないのだね、香月博士?」

総理大臣・榊是親が絞り出すような声で確認の言葉を発した。

「総理、私はこのデータを収集してから今日まで幾度も間違いではないか…いえ、間違いであって欲しいと思いながら検証を重ねてきました。 ですが残念ながらこのデータに間違いはない、いえもしも間違いであればこの首を差し上げても構わないと言える程に確かな内容だと申し上げます」

これが“あの”横浜の女狐とは思えないほどしおらしい…だが、だからこそ恐ろしいまでの信憑性を感じさせる夕呼の言葉がそれを聞いた出席者全員の顔に絶望の影を落とす。

先の大侵攻に前後して香月夕呼が密かに実施していた新型振動探知機の試験運用の結果、甲21号佐渡島ハイヴより大深度地下を掘り進むBETA群の存在を探知し、さらに全長1500メートルを超える超巨大属種の存在を確認したという夕呼の言葉に対し、そんな馬鹿げた話は信じられない…いや、信じたくないという表情のお偉方に彼女が見せたのはその新型振動探知機によって描き出された地中の解析映像だった。

地中深くを掘り進むBETAとその背後に控える巨大な円錐形の回虫…その巨大なおぞましい影を見た出席者の何人かはこの国ももはやこれまでなのかといった顔を隠そうともしなかった…

そんなお偉方の様子を冷ややかな目で観察しながら夕呼は説明を続行する。

「この巨大な未確認属種を私は仮に空母級または母艦級と呼称していますが、その理由はこの巨大なBETAの特性によるものです」

「特性…?」

訝しげに呟く陸軍の将官の台詞に夕呼の口元が微かに歪む…それこそが世の人々に彼女を恐れ、忌避させる“女狐の微笑”であった。

「はい、まずこの巨大なBETAは今日までその存在を知られてはいませんでした。 その理由はおそらくこの“母艦級”が常にハイヴの中か、もしくはそこから延びた横抗に潜んでいて地上に出る事がないために発見されなかったものと考えられます」

「むう…何故そ奴は地上に出てこんのだ?」

地上にさえ出てくれば必ず自分が倒すのに…そんなニュアンスを感じさせる紅蓮醍三郎の言葉に(いやおそらくニュアンスどころではなく、間違いなくこの怪物大将は1対1でヤル気だろうが)苦笑しながら夕呼は答えた。

「閣下、その理由はおそらくこのBETAの役割にあるのだと考えられます」

「む…役割とな?」

「はい、この巨大なBETAは横抗の中を非常にゆっくりと移動していますが横抗の掘削そのものは重光線級等のBETAによってなされており、この巨大属種は常に彼らの後方に控えているだけなのです…そして掘削作業を行っているBETAたちが定期的にこの巨大属種の体内に入っているらしいことも観測結果から判明しているのです」

「む?」「なに?」「ふむ…」「体内に…だと?」「それは…つまり」

(…さすがに鈍い連中でもこれだけヒントを与えれば解ってくるわよねえ~~~)

ようやく自分の言っていることをこの場の人間たちが理解出来始めたことに、ある意味安堵しながら夕呼は続ける。

「そう、おそらく彼らはこの巨大なBETAの胎内で戦術機で言えば補給と整備、そして兵士に例えるならば食事と休憩にあたるものをとっているのだと思いますわ」

「香月博士…つまりこの…仮に母艦級と呼ぶBETAは、その名の通り航空母艦のような働きをしているということかね?」

「はい閣下、その通りだと考えています」

国防大臣の質問に夕呼は簡潔な肯定の返答を返す。

そしてその返答の意味を理解した人々は、次第にそれまで以上の恐怖に捕われ始めていた…

大深度地下を侵攻する巨大な地中母艦…その中に多数のBETAを収容し、必要に応じてそこから出撃してくるBETA群…地中深く潜む相手にこちらからは攻撃出来ず、逆に向こうは地中から出てきて攻撃を仕掛け力尽きそうになればまた安全な地中の母艦に戻ればいい…実質間引き作戦は不可能であり、こちらは向こうの出現を待って迎え撃つしかない…

「香月博士、この…仮に母艦級と呼ぶこの巨大なBETAの最終到達目標は何処だと思うかね?」

「現時点での特定は不可能ですが、最も可能性が高いと思われるのがかつてのH22…現在の横浜基地と思われます。 その次の可能性としては帝都を含む関東から東海一帯の何処かでしょう」

「むう、いずれにせよまたしても帝都が脅かされるか…」

紅蓮大将ですら難しい顔で唸り声を上げる。

「なにか手は…この侵攻を止める手立ては無いのかね!?」

内務大臣の悲鳴にも似た言葉に対し、夕呼の答えは非情だった。

「残念ですが現時点で大深度地下に潜む敵を倒す術はありません、もし倒せるとしたら彼らが地上に上がって来たその時でしょう」

「「「「「「「「…………………」」」」」」」」

夕呼の答えにその場の全員が沈黙した。 それでは遅い、遅すぎるのだ…たとえBETAを撃退したとしてもその時点ですでに佐渡島ハイヴから帝都のすぐ傍までBETAの侵攻用直通ルートが開通し、しかもその中には事実上の移動式前線基地が潜んでいる…

それはつまり帝都の目の前に対BETA戦の最前線が出現すると云う事なのだ。

現在の疲弊し切った帝国でもしまた帝都の陥落・放棄という事態になれば物理的な被害だけではなく、国民や兵士の精神的なダメージも計り知れないだろう…事の深刻さに誰もが沈黙した時、悠陽の声が広間に響いた。

「たとえどれ程の困難があろうと我らには国と民を守る責務が存在します…香月博士、この状況を打破する策はありましょうか?」

その問いに対して夕呼は一瞬だけ目を閉じた後、大広間の全てに響くような声でこう言った。
 
 
「打てる策はただ一つだけ…甲21号を攻略することだけでしょう」
 
 
「むう…やはりな…」「しかし…」「現状でそれが可能なのか?」「無理だ…とても」「だがこのままでは…」「いっそ米国に頼んで…」「馬鹿を言え!またG弾を使用されるのがおちだ!」「しかし!このまま帝都を落とされるよりは…」「そもそも彼奴等が手を貸してくれるのか?」「どうかな…どんな無体な要求を…」「だがそれでは…」

夕呼の提案に戸惑いながら可能性を探ろうとする閣僚や軍首脳たちだったが、その中から榊総理が声を上げて聞いて来た。

「香月博士、現状の帝国軍と国連軍の戦力を合わせても佐渡島ハイヴを落とすには力不足ではないのかね?」

「はい総理、確かに現状の戦力では不可能ですわ」

「香月博士…まさかあなたは米国にG弾の使用を求めるつもりではないでしょうな?」

海軍司令部から出席した将官の一人が、疑わしげな声で夕呼に質問するが、それに対する夕呼の答えは更に意外なものだった。

「いいえ閣下、G弾の使用は想定しません…いえ、決してG弾を使用する訳にはいかない理由がありますの」

「なに!?使用する事が出来ない理由…ですと?」

先程までG弾の使用を容認するような発言をしていた政府高官の一人が、驚いたように声を上げた。

「そうです、それに関しましては私が用意いたしましたいま一つの資料…合衆国政府内では『M-78ファイル』と呼ばれている極秘文書をお見せします」

その発言に広間の出席者たちはさらにざわめき、互いの顔色を伺う様子を見せた…何故なら出席者たちの殆んどはそんな極秘文書の存在など一度も聞いた事が無かったからである。

ただ一人…広間の片隅に座っていたメガネの男が口元をひくり、と引き攣らせてあさっての方に視線を泳がせたが、だれもそれに気付いた者はいなかった。
 
 
 
 
 
…まったく、だからその碌でもないファイル名は止めて欲しいんだが…まあ言っても無駄、というより藪蛇になりかねんからねえ~。

それはともかく、現在のところ殿下や香月博士の思惑通りに事が運んでいるようなので一安心といったところかな?

今しがたの捕り物劇と殿下の御言葉で本土防衛軍の上層部は完全に沈黙したし(乃中大将以外罪に問わないと言われてそれでも文句を言えば、今度こそ本土防衛軍はよってたかって解体されるからだ)さらに香月博士が明かした母艦級の情報によって帝国に迫っている危機が明らかになった以上、内輪もめしている場合ではないと殆んどの人間が認識しただろう。

だが問題はこの危機を直視した時、この国の中にも存在する第5計画推進派がG弾の使用を容認すべきだという意見を言い始めるであろうということだ。

確かに現状の戦力ではハイヴをおとす事は不可能だろう、凄乃皇も電磁投射砲もXM3もまだないのだから…だがしかし、ある程度の時間さえ稼げればそれらの戦力を質・量共に“おとぎばなし”の内容以上の物をそろえることが可能なのだ。

そしてG弾の使用は第4計画の挫折と第5計画の暴走を招く以上、絶対に許してはならない…あのファイルを公開するのも、夕呼先生の特別講義が行われているのも全てはその暴走を予防するためなのだ。

頼みますよ、夕呼先生…
 
 
 
 
 
「な…んだと」「バ…バカな!」「おお…こんな…」「これでは我が国は…いや地球全体が…」「…米国めが!よくもこんな代物を我が国の国土に!」「まさか…2次的な被害がこれほど…」「人類が生存可能な領域がこれほど狭くなってはもはやBETAを滅ぼしたところで…」「確かなのか?このファイルの内容は!?」

夕呼が配布したファイルのコピーに目を通した出席者たちは、口々に悲鳴とも呻き声ともつかぬ言葉を発していた。

G弾を使用した場合の2次的な被害に関しては、横浜の現状や昨年キリスト教恭順派によって暴露された情報によりある程度のことは判っていたが、このM-78ファイルの内容はそれまでのものとはケタ違いの衝撃をもたらすものだった。

ユーラシア大陸全域にG弾を投下した場合、仮に全てのハイヴを破壊出来たとしてもその代償として重力偏移により大規模な海面上昇が起き、ユーラシア大陸はほぼ全てが水没する…さらに大気や磁気の偏向現象によって地球環境は完全に破壊され南半球は塩の砂漠と化し、北米大陸も西側のみが人類の生存圏として使用できる状態となる。

さらに夕呼が付け加えた説明によれば、仮に全てのハイヴを制圧出来たとしてもそれで地球上のBETAが全滅するとは限らない…先程の母艦級の存在を前提とすれば、オリジナルハイヴや他のハイヴから新たなハイヴの種(又は卵)を抱えて何処かに隠れ、再びハイヴを築く可能性も否定出来ないというのだ。

…それは即ち人類の終焉を意味していた。
 
 
「つまり、どの道我々はG弾に頼らずに通常戦力によってハイヴを攻略するしかない…そういう事だな香月博士?」

「はい、総理の仰る通りですわ」

「しかし、それではどうやってハイヴを攻めるのかね? 現状の戦力では不可能と言ったばかりではないかね?」

「ええ、確かに現状の戦力では不可能ですが…上手くいけば今年中にそれが可能になるだけの戦力を揃えられると思いますわ」

「なに!本当かね!?」

「はい総理、現在横浜と帝国においてそれぞれ開発中の新型兵装と、帝国軍、国連軍、それに大東亜連合軍の共同作戦であれば甲21号を攻略することが可能でしょう…ただし、地下の超大型属種・母艦級の侵攻速度から逆算すれば今年末までに作戦を実行する必要がありますが」

「むう、年末までにか…」

榊総理以下閣僚たちは難しい顔で唸る。

現在の帝国の財政でそれを行うことの困難さを頭の中で計算していたためである。

そして帝国軍の首脳たちもまた作戦遂行の困難さを思い描き、苦悩に顔を歪めていた。

現在の疲弊し切った帝国軍の力で果してどこまで出来るか…国連軍や大東亜連合軍の協力があったとしても困難を極めるだろうし、いくら新型OSをはじめとする新装備が出来たとしても時間的にはギリギリではないだろうか…それが彼らの偽らざる思いであった。
 
 
 
「為さねばなりません…たとえそれがどれ程困難を極めようと」

「殿下…」

沈黙の大広間に悠陽の声が響き、全員が彼女の方を見る。

「我らがそれを為さねば帝国の落日は確定的なものとなりましょう…ならば万難を排してでも佐渡島ハイヴを攻略するしかありません」

そして悠陽は広間の全員に言い聞かせるように自らの考えを語った。
 
 
「すでに先の大戦より半世紀…今更政威大将軍による統帥権の確立など時代遅れと言う者もいるでしょう。  ですが今日の難局をこの帝国が乗り越えるためには軍の指揮を統一しなければならないことは明白です。  それ故この悠陽は異論があることを承知の上であえてこの身が軍の指揮を執ることを決意しました。  もしこのことに異論があるのであれば、今この場で申すがよい…そしてそれがないようであれば、これより先は我が指揮に従って貰います。  そしてこの帝国の安泰を確認した後、わが行いに過ちがあったと思う者は遠慮なく申すがよい…この身は決して逃げることなくその言を真摯に受け止めましょう」
 
 
その悠陽の言葉にその場の全員が平伏し、彼女に従う事を表明した。

そしてその中には本土防衛軍の二人もいたが、彼らも異論を唱える事はしなかった…いや、出来なかった。

志田大佐は心の中で自問自答していた。

(…これでいいのか? 確かに乃中大将の過ちを彼一人の責任で終わらせてくれたのは有難い。 だが今の時代に将軍家が統帥権を振りかざすなど! 非常時なのは判る! 我々に信用が無く、それに代わる何かが必要なことも…だが、これでは我が国の未来はどうなるのだ? 一度将軍家の権威が復活してしまえばまたぞろ武家や公家といった過去の遺物がのさばり始めるのは確実だ! そうなれば軍の事だけではない、この国のあり方…民主主義の根幹すら揺らぎかねないのではないのか? いかん…このままでは…)

大北中将は頭の中で思考を巡らせていた。

(完全にしてやられたな…おそらくこのサル芝居はかなり入念に準備されていた筈だ。  愚か者の乃中がそれに嵌ったということか…いずれにせよ榊政権と横浜の女狐までもが目の前の小娘についたのは確かだろう。  だが、所詮は小賢しいだけの子供だ…自分が口にした綺麗事が実際にどれ程の困難を伴うか間もなく身をもって知ることになる筈だ。  将軍復権となればあの摂家の亡霊共が黙っていないだろうからな…背後からあの小娘を引き摺りおろして自分たちがその座にすわろうとするのは確実だろう。  それより厄介なのは本土防衛軍の内部か…乃中がこうなった以上、予算や人事の件でいい関係を保ってきた我々までもが火の粉を被りかねん。 …止むを得んな、乃中とその派閥は生贄になってもらうしかない…奴らを排除したところで組織の膿が出されるだけで本土防衛軍や我々統帥派の力が削がれる訳ではないしな。  しばらくは雌伏の時間を迎えねばならんと云う事か…それも止むを得んな。  どの道将軍家や近衛が自分からボロを出すまでの我慢だ…ただ、少々気にかかるのはこのサル芝居の脚本家が誰かということだが、相馬原基地の一件や先日から街に流れている曲もその一環だとすると…これは紅蓮や榊のような人間の発想ではないな。  一体どこの誰がこの舞台を作り、そして脚本を書いたのだ? 誰が……調べる必要があるか…幸いこの俺にお咎めが来ないところを見るとこちらの内通者はまだばれてはいないという事だろうしな)

自分の思考に没頭する二人をよそに御前会議は続き、近日中に甲21号攻略作戦の準備開始が決定されて会議は終了した。
 
 
 
 
 
いやあ~~~終った終った…色々と揉めるんじゃないかと思ったんだけど、流石にあの乃中大将の醜態と夕呼先生の講義の内容は衝撃的だったようだ。

あっさりと殿下の復権を皆が認め、さらに佐渡島ハイヴ攻略に向けて殿下の指揮下での挙国一致体制の確立が合意されました…いや、めでたしめでたしだね。

これであとは政府と国会が殿下への大権返上を上手く行えば、名実ともに統帥権の確立がかなうだろう。

まあ政府というより国会(議員の先生たち)の方がまだ何も知らないだろうからそれの説得が大変だろうが、ここは榊総理はじめ閣僚の皆さんの努力に期待するしかないでしょうなあ…

そして軍部の方だが…こっちは予想通りというか、やはり本土防衛軍は一筋縄ではいかないようだ。

斯衛軍はまあ問題なしとして海軍や陸軍、航空宇宙軍も殿下の復権を好意的に受け止めているようだ。

しかし、今回の件で悪役(実際にそうなのだが)にされた本土防衛軍の出席者お二人の反応は、相当に根に持ったという印象を受けた。

もっとも月詠大尉などに言わせれば“ふざけるな!生きて帰れるだけでも有難いと思え!!”ということになるようだが…

特に二人の内の片方…大北中将は統帥派の有力者であり、その思想は統帥権の確保だけでなく軍事政権の確立が目的なのではないかと先生はかつて疑念を抱いたことがあるそうだ。

…いずれにしても彼らがこのままで終わるという事はなさそうだ。
 
 
だがしかし、私は今それどころではない問題に直面しているのだ。

御前会議終了後、殿下に呼ばれた私はその場でトンデモナイ事を言われたのである。

「…はい? 斯衛軍大尉…ですか?」

なんとこの私に斯衛大尉にしてくれる…いや、斯衛の士官になれというOHANASIなのだ。

周りを見れば榊総理と紅蓮閣下は面白そうな顔をしてるし、月詠大尉と侍従長は忌々しげな顔で私を睨んでるし、さらにこの場にいるもう一人の人物…斑鳩忠輝斯衛軍少佐は興味深げに私を観察中のようだ。

「あの~~~殿下?」

「はい? 何でしょう諸星?」

にっこり笑って殿下が答えてくれるが……楽しんでますね?

「何故、この私が斯衛軍に入らねばならんのでしょうか?」

「ほほう…その方、殿下の臣となるのが嫌だと?」

…そういう問題ではないでしょうが! この怪獣閣下!!

「いえ、嫌とかいう問題ではなくてですね、一体どんな必然性があってこのような話になっているのかということなのですが?」

「その理由は私から説明しよう諸星君」

ええ…是非詳しい説明をお願いします榊総理。

「まず表向きの理由だが、X2を始めとする君の今日までの殿下と斯衛軍に対する貢献に鑑みてと今後の活躍に期待しての褒章というのが一つ、もう一つは君が提案した例の計画に関して私と殿下に対してのみ責任を負う立場に立って貰わねばならんのでその体裁をつけるために斯衛軍大尉(相当)の地位を授けるというものだ」

「なるほど、それはつまり例の計画の責任者に私がなると…いえ、しかし他にもする事が多過ぎますし出来れば他の人に任せてもらいたいのですが?」

「うむ確かに『XOS計画』の件もあるし、君には米国との関係にもタッチしてもらう必要もあるからな…だからもちろん実際の指揮は別の人間がとるがね、しかしそれはあくまでも表向きの理由だ」

…助かった、もしこれ以上仕事を増やしたら間違いなく過労死するところだった。

「…それで? 本当の理由は何です?」

「…諸星君、君はいつまでこの国を拠点に仕事をしてくれる予定なのかね?」

「!」

成程…それが理由ですか…

「私としてはこの国が殿下の下で安定した後は米国に拠点を移すことも考えておりますが…」

「…貴様それでも日本人か! 第一、彼の国のブタ共にどんな施しが必要だというのだ!!」

そんなにいきり立たないで下さいよ月詠大尉…

「まあ確かにあの国に施しをする必要はないでしょうが、しかし同時に世界全体のことを考えればどの道あの国に何らかの干渉をせざるを得ませんから」

「くっ…!」

「うむ、それはよく判っている。 しかし私はこの先の困難を考えた時、この国には君の力が必要不可欠だと考えているのだ…とりあえず今回の御前会議の成功で我々が予見した最悪の事態は遠のいただろう、だがだからと言って問題が全て片付いた訳ではないのだよ」

「仰ることは判りますが、私にも立場という物がありまして…」

やんわりと断る私の言葉を榊総理が遮った。

「分かっている、なにも君に今以上の職権濫用を求めている訳ではない…私が求めているのは君個人の協力なのだ」

「しかし総理、それこそ私個人はただのつまらない人間です。 どれだけあなた方のお力になれるか…ご期待に応えられるとは思えませんが?」

実際これは謙遜ではない、私のこれまでの仕事の殆んどは並行基点観測員の役職があったからこそ出来たものだ。 それを離れた私個人の力などはっきりいってタカが知れたものなのだ。

榊総理としてはもしかしたら藁をも掴む心境で言っているのかも知れないが、だからこそ下手な期待を抱かせたくはないのだ。

やはりここははっきり無理だと言うべきか…

《あの~~~モロボシさん?》

おや、なんだいチビコマ君?

《実はですね~~~スミヨシさんやヨネザワさんから伝言を預ってまして~~~》

…おいおい、キミ自分で勝手に彼らと通信を…って、そう言えばこの無茶苦茶にスタンド・アローンなAIの性能が原因でこいつらに廃棄処分が下されたんだっけ…それで彼らは何と?

《“いいからやれ!”だそうです~~~》

………あいつら~~~~~~~!!!!!

《一応、ハナガタミ社長がスポンサーになってくれるそうです~~~》

あの男か…道楽もほどほどにしないとその内会社を潰すんじゃないか?

だが、それならなんとかなるかも知れない…あの社長の資金力と道楽気質、それにスミヨシ君たちのサポートがあれば多少の事は可能だろう。

それにこの国はまだまだ安定したとは言い難い。

本土防衛軍の他にも目の前の少女とその椅子を狙う連中はいるようだし…まだ米国に軸足を移すには早過ぎるかも知れないな。

…はあ、当分は帝都とアラスカを往ったり来たりになるかな。

「諸星」

…っと!

「は、何でございましょう殿下」

「そなたに斯衛大尉の身分を与えるは決して恩に着せてそなたを縛るためではありません。 そなたの力を我らが借りたいように我らの立場や力がそなたに必要な時は何時でもその身分を使ってよい…そのために与えるのです」

「…よろしいのですか殿下、これから私がやろうとしている事はひとつ間違えば世界を敵に回しかねないのですが?」

「承知しています。 されどどの道そなたの助力がこの帝国には欠かせません…なればこの身もまたそなたの務めが上手く運ぶように力になるのが最善の道と信じます」

…これはまいった、こうまで言われた以上もう私に逃げ道はないか。

「解りました殿下…そして総理、この私に出来る範囲であれば喜んでお力になりましょう」

「諸星君、ありがとう…心から感謝する」

「諸星…そなたに感謝を…」

ああ…いやどうも照れますなあ…

「ところで殿下、こちらの方には何処まで…?」

私は照れ隠しも兼ねて、先程から興味深げな視線でこの成り行きを見守っていた人物…斯衛軍第16大隊指揮官・斑鳩忠輝少佐を見る。

「うむ、諸星課長…いや諸星大尉、私は帝国斯衛軍第16大隊指揮官の斑鳩だ。 これから宜しく頼む」

「諸星段です。 こちらこそ宜しくお願いします斑鳩少佐」

「諸星、忠輝どのは我が腹心…それ故この者には全てを話すつもりです。 その前にそなた等を引き合わせておきたくてこの場をしつらえたのです」

「成程…」

「殿下…先程から聞いておりますに何やら国家の浮沈にかかわりかねない大事と見受けますが、一介の少佐に過ぎぬこの忠輝が知って良い事なのでしょうか?」

「構いません。 そなたには万一の場合に備えて全てを知っておいてもらいたいのです」

「またそのような…この忠輝は殿下より後に死ぬようなことはござらんと申したではありませんか」

いや~~~これはまた見事な時代劇…いやもとい、忠君愛国の一幕ですなあ~~~~

…こんな人たちの一員とか勤まるのか?この私が?
 
 
 
とにもかくにも殿下や総理とのオハナシも終了したことだし、さあ帰ろう……

「マテ、モロボシ」

ぎくっ!!

「諸星どの、少々お話がございます」

ぎく、ぎくっ!!!

ゆっくりと声のした方を振り向くと…そこには二人の般若がいた。

「ここここれは月詠大尉に侍従長…ななななにかごご御用でしょうかかか…」

「なに、大したことではない…先程の御前会議で起きたあの“タライ落とし”とやらについて少々聞きたいことがあってな…」

「さほど時間はとらせません…そなたが正直に話さえすればですが…さあ、こちらへ…」

「いやその…私はこれから会社に帰って…その…」

「…いいから来い!」

「…はい」

…それから約3時間、私は二人の鬼女に散々嬲りものにされたのであった。

斯衛大尉って…人権とか無いのかなあ…

 
 
 
第32話に続く




[21206] 閑話その6「モロボシ・ダンのクーデター考察」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/04/13 20:38

閑話その6「モロボシ・ダンのクーデター考察」


早春のフキノトウを軽く茹でて刻み、生味噌で和えて辛口の日本酒とともにそれを味わう…

…うむ、いい味だ。

酒飲み以外の人間の舌にとっては劇物に感じられるかも知れないこの味と香り…堪らんね。

≪そんな刺激の強過ぎるつまみでなければ満足出来なくなっているとは…もはや管理者(マスター)の味覚は完全に狂ってますね≫

ウチのオンボロコンピューターがなにやら私の悪口を言っているようだが、まあそんなことはどうでもいい…今はとにかく酒を飲んで心の憂さを晴らしたい。

《モロボシさ~ん、御前会議は上手くいったのにどうして心が晴れないんですか~?》

…何故だと思う?

《わかりませ~~ん》《せやな、何でやねん?》《教えて~~モロボシさ~~ん》《そうやそうや、教えて~な~~モロボシはん》

はいはい…それはそうと君たち、小アジの開きはまだ届かないの?

《もうすぐ届くそうで~す》

あっそ…それじゃあ届くまで少しだけ話をしてあげようか?

《わ~い、わ~い、おはなしだ~~~》

《どないな話やろ~》

≪…どうせ碌でもない無駄話だと思いますが?≫

ああ、その通りだよ…
 
 
 
 
今回の御前会議の成功によって悠陽殿下はその権威を確立し、榊総理たち政府閣僚は大権返上の手続きに入った。

そして上手くいけば間もなく殿下のもとに大権が返上され、名実ともにこの国の全軍を統括することが可能になるし、当面表立ってそれに逆らう者はいない筈だ。

そしてあの烈士たちだが…彼らの不満の源はこの国の政府と軍の在り様があまりにも信用がおけないものだった事にある。

それが殿下に大権が返上されるとなれば、彼らの心情にも変化があるだろう。

一応、榊政権や本土防衛軍の名誉のために言っておくが、彼らとて決して芯から腐敗していた訳でもなければ米国に頼ってばかりだった訳ではない。

だがしかし、現在の世界の状況を考えれば前線国家となった日本はどうしても世界の兵站を担う米国に依存せざるを得ないだろうし、帝国軍の指揮が統一されていない現状では各軍の間で派閥争いが起きるのは自然の成り行きであり、本土防衛軍も自己保身に走らざるを得ない部分があったことも確かだろう。

そして残念ながらその米国への依存や本土防衛軍の自己保身の行き過ぎが多くの人々の誤解や不信を生み、さらに乃中大将や一部の親米派のような連中の行いが目立ち過ぎた(こういった連中ほど悪目立ちし易い)ことがクーデターの温床を作る原因になったのかもしれない。

今回の御前会議でに悠陽殿下が下した判断は、こうした現状を前提にした上での最善のものだったと言えるだろう。

本土防衛軍に対しては乃中大将の行いを暴くことで自ら綱紀粛正を図るように促すとともに自分の決意を述べることで彼らの専横を抑えると同時に、城内省の官僚たちに対しても今まで将軍をないがしろにしてきた者たちを震え上がらせ、本土防衛軍や政府の中の親米派と繋がっている連中の尻尾を捕まえる事にも成功しているのだ。
(もっとも大半の裏切り者達はまだ自分のしていることがバレている事を知らないのだが、チビコマの目と耳からは逃れようがないのだよ謀反人諸君)

つまり殿下は本土防衛軍と城内省よりそれぞれ一人ずつの謀反人を炙り出すことで一罰百戒を狙った訳だ。

そして自分が復権を果たし、統帥権を確立することで烈士達がクーデターを起こす大義名分もまた消滅したことになる。

常識的に考えればこれでクーデターは未然に防ぐ事が出来た……と、そう考える者もいるだろうが私はそうは思わない。

《え~なんで~? 殿下が復権したら沙霧大尉や烈士達ってクーデターを起こす必要なんか無いんじゃないの~?》

《せやな、あの烈士共がおとなしゅうなれば問題ないんちゃうの?》

まあ、確かに“おとぎばなし”の研究者の多くも沙霧大尉と烈士たちさえどうにかすれば、このクーデター計画は防げると考えている人もけっこう多いけどね…けど君たち、よく考えてごらん? あのクーデター計画の裏にいたのは誰だっけ?

《えーと…》《アメリカやろ?》

…そう、そもそもあのクーデターは裏であのお米の国が色々と燃料を投下していたからこそ起きたと言えるのだよ。

沙霧大尉が自分を外道と呼んでまで事をおこしたのはその米国の謀略を防ぎ、彼らの手足となっている連中を炙り出す事が本当の目的だったし、彼をそこに放りこんだ鎧衣課長や榊総理も同様だ。

逆に言えば米国の目的は極東の最前線である日本を自分たちの戦略方針に100%従わせることが重要であるのだから、その目的の達成が可能であれば手段や経過はどうでもいい訳だ。

そして当然、そのための騒ぎを起こす連中が別に彼ら烈士たちでなければいけないと言う訳ではないのだよ。

《へえ~~そうなんだ~~~》

《…けど、そんなに簡単に烈士共の代わりとかおりますかいな?》

そう、それが……いるんだよ。
 
 
 
…そもそもあの烈士たちだって、現状の日本でクーデターを起こすなんて事がどんなに愚かな行為かくらいの事はよく分かっていた筈だ。

それなのに彼らがそこまでした理由…いや、もっと言えば沙霧大尉だけでなく鎧衣課長や榊総理までもがクーデターの逆利用などというある意味狂った手段に出たその理由はなんだろうね?

《さあ~~?》

《何でやろ~~?》

…私はね、ある意味で彼ら(総理や鎧衣課長)もまた一種の狂気に囚われていたのではないか…と、そう考えているのだよ。

《え~?》《…そらまたけったいな御意見やな》

そうだろうねえ…だが、そうとでも考えなければ彼らがあの一件を企てたことの説明がつかないと思うのだよ。

沙霧尚哉と烈士達の行いに対して“おとぎばなし”のファンや研究者たちの下す分析は、彼ら烈士たちに対して非常に厳しいものが多い。

『熱血低脳集団』とか『愛国道化軍団』とか『ただのバカ共』とか…

確かにこの国でこの時期にクーデターなんて事を仕出かせばそんなふうに言われても仕方ないかもしれないが、だがしかし『ただのバカ』と言うだけではそのバカたちが何故こんなにたくさんいたのか? そして何故それがこんな大事を仕出かしたのかという説明にはならないのだよ。

≪…では管理者(マスター)、あなたのその空っぽの筈の頭骸骨の中にはその解答があるとでも言うのですか?≫

…悪かったな空っぽの頭で! まあ正解と言えるか自信はないが、一応私なりの解釈はある。

《へえ~~~》

《どないな解釈やねん?》

…彼らにクーデターを起こさせた根本的な原因、それは“閉塞感”だと思うのだよ。

1998年の本土侵攻以来、この国の兵士…いや、全国民はBETAの脅威によって物理面と精神面の双方で追い詰められ、擦り減らされて来たと言っていいだろう。

国民の半数が死に、勇敢に戦う軍人たちも次々と戦死していった。

千年の都であった帝都・京を失い、国内にハイヴを抱えて何時またBETAに襲われるかわからない

さらにあの乃中大将に代表されるような人間が軍部を牛耳り、将軍を蔑ろにしている…さらに政府も米国の裏切りと横浜へのG弾投下を止める事は出来なかった。

そんな状況が前も後ろも見えないような閉塞感を生み出し、前線の軍人や後方の政治家や民間人たちの心をも蝕んでいったのだと思う。

そしてその追い詰められた心がクーデターの苗床となったのだろう。

この国の明日が見えない状況の中で国を愛すればこそ、自分たちが何とかしなくてはと考える人間たち…そんな真剣十代みたいな若者たちだからこそ、言葉巧みに誘導されれば追い詰められた閉塞感の中から脱出しようとして無謀な真似を仕出かしやすいのだ。

あの烈士たちはその代表と言えるのかも知れないし、榊総理やあの鎧衣課長ですらもある意味彼らと同じだったのではないだろうか…そしてそれは何も彼らだけではないだろう。

沙霧大尉や烈士たちは政威大将軍の復権と国の指揮統一を望んだが、それとは違う思想や信条を持った人間も大勢いる筈だ。

そしてそんな人間たちもまた、烈士たちと同じ閉塞感の中に囚われていた筈なのだ。

もしも烈士たちが沙霧の先導で事を起こさなかったら…あるいは米国が別の方向性や違うシナリオでクーデターを煽っていたら…

おそらくは違う誰かが違う大義名分で立ちあがった可能性が高いだろう…それが私の推論だ。

…そう、つまりあのクーデターは別に沙霧や烈士たちがいようといまいと関わりなく起こった事なのだと思うのだよ。

《へえ~~~》

《ふうん…ホンマかいな?》

《あれ~~~そうすると、もしも殿下の手に統帥権が戻ったとしても……》

≪…仮にそうなったとしても、クーデターが起きる可能性は依然として残っている訳ですね?≫

…はい、よく出来ました。

そう、たとえ沙霧や烈士たちをどうこうしたところで、実質この国の全ての人間に取り憑いているこの閉塞感という病をどうにかしなければ問題は解決しないのだ。

だからこそ私は殿下の歌を街に流し、その一方で母艦級のデータとG弾使用後の世界の予想図をこの国のお偉方に提示したのだ。

殿下の歌は自らの威を示すのではなく、暗闇に閉ざされた兵士や国民の心を慰めようとする彼女の想いと明日への希望を訴えるためのものだし、お偉いさんたちに見せたデータは彼らの中にいるであろうクーデターを煽る連中やそれを利用しようとする輩への牽制と警告でもあるのだよ。

これらの処置と殿下の復権によって少なくとも沙霧大尉と烈士たちの暴挙は止められるかもしれない…しかし米国内部の謀略家たちがもしも諦めなかった場合、おそらく彼らは烈士たちとは別の誰かを煽ってクーデターを実行に移そうとするだろう。

…そう例えば烈士たちとは反対の信条を持つ人間や、今回の政威大将軍復権に反感を抱く者たち。

そんな連中を烈士たちと同様に情報操作で操ればクーデターの一丁あがり…という訳だ。

あとは上手い口実を設けて米軍を介入させてクーデターを自分たちに都合のいい形で幕を引き、帝国を自分たちの支配下に収めるだけだろう。

《うわあ~~~~ひどいはなし~~~~~》

《ほんまにあくどい奴らやなあ~~~~》

…まあ、政略とか戦略ってそういうものなんだけどね。

ああそれにもうひとつ、このクーデターについて気になっていることがあるんだよねえ…

《え~~まだ何かあるんですか~~?》

《何やろう?》

“おとぎばなし”における12.5事件の米国軍衛士イルマ・テスレフ少尉だけどね、何故彼女はあの局面で発砲したのかな?

≪記憶力が低下したのですか管理者(マスター)? 彼女の発砲はF-22のコクピットに仕掛けられた後催眠暗示を同僚の工作員に仕掛けられたのが理由でしょう?≫

うん、それは確かにその通りなんだけどね…どうも納得がいかないんだよねえ…

《え~~どうしてなの~~?》

《あれは要するに殿下を殺そうとしたってことやろ~~?》

そう、だからそれがおかしいんだよ…果してあの局面で米軍の機体が殿下を暗殺するというリスクを冒す必然性が米国側にあったとは思えないんだよね。

何故ならあの時殿下を守っていた主力はウォーケン少佐以下の米軍部隊が半分を占めると言っても言い過ぎではないだろう。

その状況ならば別に悠陽殿下を暗殺しなくても米軍が帝国の内乱鎮圧に貢献したという実績を誇示する事は出来た筈だし、逆に殿下に手出しをして失敗すれば米国が世界中から非難されるか疑惑の目で見られる可能性もあっただろう。

それにも関わらずテスレフ少尉は同僚の工作員によって後催眠暗示を起動され、あの状況を引き起こした。

…これは何を意味するのだろう?

《何って~~????》

《え~と……??》

≪つまりその事象には異なる思惑が介在したという事でしょうか?≫

はい正解……というか、そうでも考えないと理屈に合わない気がするんだよ。

あの状況下での悠陽殿下暗殺はあまりにもリスクが大き過ぎるのだ。

もし本当にあの場で暗殺が成功していたら、たとえ責任をウォーケン少佐に被せるとしても帝国軍兵士や国民の米国に対する疑惑と不信感は拭い切れない物になっただろう。

それでは騎兵隊よろしく米軍が助けに来たので殿下が助かった…“米軍によってクーデターが鎮圧され、帝国が救われる”という米国の描いたシナリオが崩壊しかねない。

それをあえてあの状況を発生させたのは何処の誰か? 第5計画派内部の過激分子か、あるいは帝国と米国の双方を混乱させようとする意図を持った誰かかもしれないが、残念ながらこの疑問を解くにはピースが不足しているんだよね。

《厄介やなあ~~~》

《ホントですよね~~~》
 
 
まあ、まだ時間的余裕はあるだろうからアラスカ行きのついでに米国や国連の内部に探りを入れることも検討しておくとしよう…ところでアジの開きはまだなの?

《今届いたで~~モロボシはん》

…よしよし、これを待ってたんだよ。

骨を引き抜いて開きにした小アジを一夜干しにしたものに、片栗粉を衣にして油で揚げる…

衣に味付けとかは不要だ、揚がった小アジの唐揚げに醤油を少しかけて口に入れると…うむ、この味だ!

熱々のアジの唐揚げを頬張りながら酒を飲むと…ああ~~たまらん、美味いんだよねこれがまた。

≪もはや只の酒飲みオヤジですね≫

…何とでも言え。 私にとってはこれこそが人生の歓びなんだ。
 
 
 
…さて、これからどうしよう?

《はい~~?》

《どうしようって…何をやねん?》

≪おそらくアルコールの大量摂取によって意識が混濁しつつあるのでしょう。 いわゆる“へべれけ状態”ですね≫

黙れやこのポンコツ軍団! …いやだからね、沙霧たちのことや他のクーデター予備軍の事だよ。

≪彼らはもう事を起こす可能性は殆んどないでしょうし、他の理由でクーデターを起こそうとする連中は何処にいるか確定しない以上、それこそ米国にスパイでも放った方が確実ではありませんか?≫

まあね、幸いチビコマの盗聴網にその取っ掛りとなってくれそうな物もかかったし、そこから手繰
ればいいだろうけど…問題は沙霧か……

《え~? 何がそんなに問題なの~?》

いやつまりね、彼が…沙霧尚哉が“おとぎばなし”と同じくクーデターを企てているその原因にこの私も関わっているって事が問題なんだよ。

《あ~先生のことかいな》

“おとぎばなし”の中の彼よりはマシかも知れないが、政府や米国に対する不信感は同じだろう…特に米国に対しては彩峰中将が命を捨てて助けたのに、大侵攻の途中で安保条約を破棄して撤退したのだからね。

《え~と、だったら先生にお願いして説得してもらえば~~》

うん、何時かはそうするつもりだけどね、でも今回は私が自分で会って話をしようと思ってるんだよ…あの国を愛し過ぎた男とね。

《国を愛し過ぎた男~~?》

《どっかで聞いたでそれ~~?》

『人は国のためにできることを成すべきである。 そして国は人のためにできることを成すべきである』

“おとぎばなし”の中の彼は自分の師である彩峰中将の言葉に従って国のために何かを成そうとした。

そして多分現在の彼もまた同じだろう…

彼は、いや彼ら烈士たちやこれからクーデターを起こすかも知れない者達は国を愛し過ぎたが故にクーデターという暴挙へと走ったのだろう。

ひた向きに国を愛したからこそ…だがそれは…

《あ~~わし知っとるで~“それは虚像との愛撫”とか言うんやろ~? 確かヨネザワはんが言うとったわな~~》

《ね~モロボシさん“巨象との愛撫”ってなんですか~?》

…巨象との愛撫? 何ですかその危険過ぎるプレイは? いくら君たちが頑丈でもフレームが歪んじゃうでしょ? 絶対にやっちゃダメですよ?

《ちぇ~~~》

《ケチやなあ~~~》

…はいはい、どうせケチですよ。 さて、沙霧君にはどんなメニューでおもてなしをしようかな?

 
 
閑話その6終り





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第32話「沙霧尚哉と鋼の来訪者」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/04/18 17:09

第32話 「沙霧尚哉と鋼の来訪者」

【2001年3月8日 帝都・某寺院】

その日、沙霧尚哉は休暇を取って早朝からこの寺を訪ねていた。

自分に米国の謀略を教えクーデターの実行を示唆した男、鎧衣左近から会って欲しい男がいると連絡があったためである。

「…どんな人物なのでしょう? 諸星という人は」

「さて…会って見なければ判らんだろうな」

副官である駒木咲代子中尉の問いかけにそう答えながら、彼の思いは複雑に入り乱れていた。

(先日の御前会議にて事実上政威大将軍殿下の復権が決定したと聞いたが、もしも本当ならば素晴しいことだ。 殿下がこの国の腐った現状に風穴を開け、新しい風を吹き込んでくれるかもしれん…だがしかし、政府や議会、それに軍の統帥派が果してそれを受け入れるだろうか? 奴らは所詮今の自分たちを守るために国や民、そして明日に繋ぐべき多くの物を犠牲にして来た輩が多い。 それに榊総理…確かにあの男は国を守るのに懸命なのかもしれないが、殿下を蔑ろにし過ぎる…そして米国の機嫌を取るために彩峰閣下の名誉まで…もし反対意見が大勢を占めればあの男は再び殿下を蔑ろにするかも…その時私はどう動くべきか? いや、まだその時期ではないか…いずれにせよ米国の動向も見据えながら先を見極めねば…これから会う諸星という人物も今後のために見極めるべき人間の一人かも知れんな)

「大尉…」

「む…」

駒木中尉の声に我に返ると寺の本堂から眼鏡を掛けた男が一人、こちらに歩いて来るところだった。

「沙霧大尉と駒木中尉ですね、私は帝国斯衛軍大尉・諸星段といいます」

「!」「失礼しました!大尉!」

驚愕する沙霧と慌てて敬礼する駒木の二人に対して、モロボシは鷹揚に手を振って宥める。

「いえお二人とも気にしないで下さい。 私の身分…斯衛軍大尉というのは単に便宜上のものでしかないのですから」

「?」「はあ?」

「まあとにかく上がって下さい、朝餉の支度が出来てますので」

そう言ってモロボシは朝食の席に二人を案内するのだった…
 
 
 
 
朝餉の献立は白粥と蕗味噌であった。

その質素としか云い様のない食事を一口食べた沙霧尚哉の言葉は…

「美味い…今時なんと贅沢な…」というものだった。

「美味しい…こんな美味しいお粥なんて何年ぶりかしら?」

駒木咲代子もまた、その白粥の味に感動していた。

「あなた方で二人…いえ三人目ですかね、この粥を美味い、贅沢だと言ってくれたのは」

「む…それで一人目というのは誰なのです?」

モロボシが言ったその言葉に気になる物を感じた沙霧は、思わずそう問い掛けた。

「一人目は榊是親という人でしたね」

「な!」「え?」

「たとえ粥一杯といえど今の日本人はこんなにも美味なものを食べる事は許されない…我々のような人間でなければ…とね」

「ぬ…」「…」

「ささ、お二人とも冷めないうちにお召し上がりください」

何とも言い難い表情になった二人に対して、にっこりと笑ってモロボシはそう言うのだった。
 
 
 
 
「成程、では噂の通り乃中大将は謀反のかどで拘束を受けたという事か…」

「まあ表向きは病気療養のために退役という事で収まるでしょうが、彼の仕出かした事は既に帝国軍全てに伝わっていますから実質は終生座敷牢の中という事になるでしょうね」

「む…殿下の御温情は素晴しいものだが、しかし甘すぎるのではないか?」

食事の後で御前会議の内容と結果をモロボシから聞いた沙霧は、大逆の罪を犯した乃中大将への処分の軽さに懸念を示した。

もしも乃中への処分が死刑以下の場合、それを甘く見て再び愚かな企みを試みる人間が出ないとも限らない…沙霧はそれを心配したのである。

「それは覚悟の上だと殿下は言っておられました。 今は国の中で争う余裕などない、その事を政府と軍に言い聞かせるために死刑を避けてこの処分を決定したのでしょう…そして沙霧大尉、それは本土防衛軍に対してだけでなく貴方たちにも向けられたメッセージでもあるのですよ」

「! それはどういう意味だ?」

「…言葉通りの意味ですが、それが何か?」

「う……む…」

モロボシの言葉に思わず声と表情を固くする沙霧と駒木だったが、そんな空気を読みもしない風の惚けた顔と口調の前に言葉を失う沙霧だった。

その沙霧の表情を見ながら溜息をついた後、モロボシは本題を切り出した。
 
 
「そんなに許せませんか? 榊総理や政治家たちが」

「…あの男たちが何をして来たか貴様も知っているだろう! 確かに帝国の現状を考えれば止むを得ない事は判る! しかしそのために殿下を蔑ろにし、国民に困窮を強い、国家の守護者とも言うべき人の名誉まで貶めて米国にへつらうそのやり方は到底許せるものではない!」

「誰がやっても同じだと思いますがねこの現状では…いやむしろ榊総理だからこそこの程度で済んでいると言えるのではありませんか?」

「だがそれでは我々日本人の精神はどうなる? このままでは二度と自分の足で立ち上がることは出来なくなるぞ!」

「だからそれをあえて暴挙で糺す…ですか? それこそ今この時期に?」

「…いや、殿下が復権を果たされるのであれば我々が余計なことをすべきではないだろう。 だがしかし、果して榊が本当に殿下に大権返上を行うのかどうかまだわからん。 もしあの男がまたも米国に媚びて前言を翻すようであれば…」

「成程…実はその榊総理ですがね、どうやら親米派の抵抗が激しくて困っておいでのようですよ」

「やはりな、またもあの男は日和る気か!」

「だからと言って貴方たちに暴発して貰っても困るんですよ、それこそ米国の思惑通りに事が運んでしまいますからね」

「なに!?」「え?」

話を聞いて再び激昂する沙霧に対し、モロボシが放った言葉が二人を硬直させた。

「…それはどういう意味だ?」

声を低くして問いかける沙霧にモロボシは一通のファイルを渡し、その内容に目を通して行く沙霧の顔が次第に強張り始めた。

「こ…これは…ばかな! そんな筈はない!あの男がまさか…!!」

「どうされたのです!? 大尉?」

傍にいる駒木中尉の声さえ聞こえないかのように、沙霧尚哉はただ食い入るようにそのファイルを読んで行く。

その内容は彼の同志たちの中でも彼が信頼している人間の一人とその他数名が、家族の安泰やあるいは金と引き換えに米国の手先になっていることが記されていたのである。

同時にそれは沙霧たちが決起した時、その行動が米国によってコントロールされ彼らの意のままに利用される可能性を示していた。

…やがて全てを読み終えた彼は、モロボシの方を睨みつけるようにして聞いた。

「間違いはないのだな? この内容に」

「ええ…確かにその内容は事実ですが、しかしそこに書かれている人たちが全てでは無いでしょう…おそらくは」

「む…」

「沙霧大尉、そのファイルを見て判るように今この時点で貴方たちが動けば逆に殿下にとって不利な…いやそれどころか危険な状況すら発生しかねません。 どうかその事を考えに入れて行動して欲しいのですよ」

「……」「大尉…」

沈黙したまま自分の考えに沈む沙霧の頭の中にモロボシから与えられた御前会議と裏切り者の情報が重く圧し掛かっていた。

(どうする? 確かに御前会議の内容や殿下の御意志を考えれば我らの行動が結果として殿下を追い詰めることに…いや、この男のくれた情報が事実であれば殿下の御命までも危険にさらすことになりかねん。 だが榊たちをこのままにしておいていいのか? あの男は国の現状を保つことに固執するあまり日本人としての在り様まで捨てかねん…本当に殿下に大権の返上をする気があるのか? いや、もしあるとしても本当に問題なのは榊ではなく親米派…あの売国奴共だ! 奴らはこの国の主権を米国に売り渡すことで自分たちの未来を買おうとしているに違いない!! この男のくれたファイル…この中に書かれていた同志たちを米国が操り、おそらくは混乱の中で殿下の御命を奪って崩壊したこの国を米国を後盾にして支配する…それが奴らや米国の描く筋書きという事か…駄目だ!今はまだ耐えて状況を見極めなければならん! 帝国と殿下をお護りするためにも…)
 
 
「…確かに貴様の言う通り、今はまず自分自身を律すべき時だろうな」

長い沈黙の後、溜息を吐き出すように沙霧はそう言った。

その沙霧の様子にどこか安堵した表情の駒木中尉を横目で観察しながらモロボシは次の話を切り出した。

「沙霧大尉、余計なおせっかいかも知れませんがそのファイルに書かれている人たちの事はしばらく黙認されてはどうでしょう?」

「む、彼らを泳がせろと言うのか?」

「ええ…何故なら彼らの中には人質を取られた者もいるようですし、もしも殿下の復権が上手くいくようであればあなた方の決起も必要ではなくなるでしょうしね」

「成程、そうなれば脅される理由も消えるか…だがあの男は責任感の強い人間だ、もしも自分の裏切りが全くの無意味な行いだったとなればおそらく…」

「それは私や鎧衣課長が何とかします。 …確か彼も貴方と同じ彩峰中将の部下でしたよね?」

「うむ、共に死線をくぐり抜けた事が何度もあるし、閣下が最も可愛がっていた者達の一人だ…それがこんなことに…いや、それも米国の謀略故か!」

「…そういうことなら私としてもあの人の手前、助けない訳にはいかないですねえ」

「なに?」

「ああいえ、こちらの話でして…それより沙霧大尉、もう一つお話があります」

モロボシが何気なく呟いた言葉を沙霧は聞き咎めるが、モロボシはなんでもないように話を逸らした。

「もう一つ?」

「ええ、今までの話は事実上煌武院殿下の意志を貴方に伝えるためのものでした。 ですがここからは私の個人的なお願いになるのですが…」

「む…いいだろう、話だけは聞こう」

そしてモロボシが話始めたシナリオと依頼を聞いた沙霧尚哉は、次第にその顔を強張らせながらも最後まで聞き終えた後、モロボシに告げた。

「わかった、もしも貴様の話が事実になった時は協力しよう…この国と殿下のために」

「…それを聞いて安心しました、感謝します沙霧大尉」

「だが…一つだけ聞いていいか?」

礼を言うモロボシに沙霧は表情を改めて質問した。

「何でしょう?」

「貴様は何者だ? 何故彩峰閣下の部下に拘る?」

「……」

「貴様の先程からの話…殿下の意を受けて我らの説得を行っているというよりも亡き彩峰閣下の部下である私やあの男の行く末を案じての事…そんな気がしたが?」

「さて…」

「私は彩峰閣下の身近にいる事が多かったが、貴様の顔も名前も全く覚えが無い…貴様は何処であの方と知り合ったのだ?」

「………光州ですよ」

「な!」「え!?」

「彩峰中将が最後の出撃をする数日前のことですが、ある情報を持ってあの人のところへ行ったんですがね…」

その時、モロボシの言葉を聞いた沙霧の頭の中で光州作戦の後で流れたある噂が甦った。

「貴様…貴様が“光州の亡霊”か!」

「…そう呼ぶ人間もいますね」

「貴様…光州で彩峰閣下に何を吹き込んだ!?」

「情報を」

「情報!?」

「ええ、私があの時彩峰中将に伝えたのは“その時点では絶対に知り得ない筈の情報”でした」

「知り得ない筈の…情報だと?」

「そうです、そして彩峰中将はその情報を使って自分の不幸な運命を回避することも可能でした…しかしあの人はそれをせずに、自らを犠牲にして難民たちと国連軍司令部の双方を救う道を選んだのです。」

「閣下…」

(そうだ、そういう方なのだあの人は! 自分の損得など微塵も顧みず、より多くの人の命を救うために…彩峰閣下!)

「僭越なのは承知の上ですが、あの人が生きていればきっと貴方たちを止めたと思いましてね…それが理由でしょうかね」

「う…」

「まあ、時間はまだあります。 取りあえずは榊総理がどこまでやれるか見てみませんか?」

「……わかった、今はそうしよう」

「ではまたいずれ近いうちに連絡します」

「うむ…わかった」

その言葉とともに、沙霧尚哉とモロボシ・ダンの最初の対決は終了したのであった。
 
 
 
 
 
 
…疲れた…肩凝った…そして何より……怖かったよおおおお~~~~~~~~、まったくもう…

月詠ズといいあの沙霧大尉といい…なんの因果であんな怖い連中と立て続けに交渉しなけりゃならんのかねえ…

まあ今回は仕方がない…元を質せば私の中途半端な光州作戦への介入が招いた結果なのだ。

あの時、この世界に来たばかりだった私が未来情報だけでなんとか状況の改善を行えないかと彩峰中将に接触した結果があれだった。

実際にはそれほどの歴史の変化はなく、もしかしたら“おとぎばなし”以上に日本人の反米感情を強くしてしまったかもしれない。

(彩峰中将が命を捨てて国連軍(米軍)を助けたのに、大侵攻の最中に米国が日本から撤退したからなのだが)

結果的に彩峰中将の銃殺刑は無くなったが、その分沙霧たちは米国に対してより強い反感を抱くようになったかもしれない。

…それを考えると時々頭を抱えて暴れたくなるくらいに恥ずかしいのだ。

まったく、どこぞの赤い●星ではないが人間は自分自身の若さ故の過ちという物を認めたくはないものなのだろう。

さて問題は沙霧尚哉と烈士たちだが、今日の話で取りあえずは慎重な態度を取ってくれるだろう。

先生や殿下ではないのだからそう簡単に彼を説得出来るとは思っていないが、現状を正確に把握すれば馬鹿な真似をする事はない筈だ。

おそらく沙霧は同志たちの中で血気に逸る者や火を煽る連中を上手く抑えてくれるだろう…問題は彼らが振り上げかけた拳の行く先だが…
 
 
「考えごとかね?諸星課長?」

「うわっ…と、なんだ鎧衣課長ですか」

いやまったく心臓に悪い…いきなり顔を覗き込まないで下さいよ、まったくもう…

「ふむ、取りあえず今回の目的は果たせたようだが、何かまだ気になっているのかね?」

「いえ、今回はここまでで十分でしょう。 後は榊総理が親米派を抑えられるかどうかですが…」

「いやいや、それはおそらく大丈夫だろう。 君のくれた情報やあの人の手腕を持ってすれば出来ないことではない筈だ」

「そうですか、それなら一安心なのですがね」

「しかし君、そんなに呑気にしていていいのかね?」

「はい?」

あれ? 何か忘れてましたかね?

「今日、君の会社に例の猪川少佐が行く事になっている筈なのだが…知らなかったかね?」

…おい!?

「…聞いてませんが?」

「おや、そうだったかね? では急いで会社の方へ行くべきだろうねえ、今ならまだ出勤時間に間に合うだろうし…はっはっは」

…このタヌキが!わざとだな~~~! まあいい…その内に狸汁でも喰わせて共喰いの味を教えてやるからな!覚えてろ!!

「やれやれ、それじゃあ急いで会社に向かいますか。 課長、タクシーはありませんか?」

「ふむ、丁度1台寺の門前に停まっているからそれを使ってはどうかね?」

「成程…では遠慮なく」

…人使いの上手いタヌキだよ、まったく。
 
 
 
 
 
【松鯉商事・本社】

「おはようございま~~す」

「おお、おはよう諸星君」

おお、なんという重役出勤。 課長のクセに社長より後から出社とは…って、社長~~まだ8時20分ですよ?

「おはようございます社長。 …どうしたんですか?こんな朝早くから?」

「いやね、今日は例の猪川少佐という人が来られると聞いたので早めに来ておこうと思ってね」

「ああ…成程、実は私も今朝になってそのお話を鎧衣課長から伺ったもので」

「うん、私も夕べ聞いたばかりだけどね…まあ誰が来ても恥ずかしくないように整理整頓のチェックだけでもと思ってね」

さすが社長、自分の事を平気で小心者の小市民だと言うだけあってこういう時の気配りに抜かりは無いね。(褒め言葉ですよ?)

「それで何時頃にいらっしゃるんでしょうね? 歓迎の準備とか夜になったら料亭でおもてなしなども必要では?」

「うん、確かにねえ…なんといっても向こうは軍からの出向者になるんだし…」

「あまりご機嫌を…あれ?」

「…どうしたのかね? 諸星君?」

はて、この会社のビルの周りに潜んでいる各方面のスパイの皆さんの気配に変化が…最近になって国内外の各方面から、この中小商事を監視するために沢山の目に見えないお客さんたちがおいでになっていたのですが…何故か彼ら全員が動揺しているみたいな…はて?誰かこのビルに入って来たな。

一体誰だろう? 少なくとも我が社の社員ではなさそうだがこの階に用があるとすればおそらくこの誰かさんが…

「社長、どうやらおいでになったようですよ」

「おお、そうか…早かったね」

カッ、カッ、カッ、…とまるで機械のように規則正しい靴音が聞こえてくる。

これはかなりの堅物か難物かもしれないな…(まりもちゃんの話でもそんな雰囲気が伺えたし)

ドアの前で靴音がピタリと止まり、こん、こん、とこれまたおそろしく規則正しいリズムでノックされた。

「どうぞ、開いてますよ」

私がそう言うと「失礼する」という言葉とともにドアが開き、入って来たのは本当に鋼をイメージさせるような長身の逞しい軍人であった。

「自分は帝国陸軍情報部所属の猪川蔵臼少佐だ。 あなた方が封木社長と諸星課長か?」

その力強いバリトンの声を聞きながら私は思った。

…これは手強いぞ。

 
 
 
第33話に続く





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第33話「魁(さきがけ)とⅩ塾」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/04/24 21:03
第33話 「魁(さきがけ)とⅩ塾」

【2001年3月10日 帝国軍・相馬原基地】

「諸星課…申し訳ありません諸星大尉、まもなく始まります」

「あ、そうですか。 ああそれと課長でいいですよ、篁中尉。 元から殿下の御用を勤める時だけの便宜的な身分なんだし」

「そういう訳にはいきません、それに今日のこれは殿下の御意志でもある訳ですから尚更です」

「…まったく、どうしてこうなったんだろう?」

「斯衛大尉の身分が御不満なのですか?」

「不満かどうか以前に…似合うと思いますか? この私に斯衛の身分が?」

「ええと…その…」

…やれやれ、正直な人だねえ(笑)
 
 
 
さて皆さん、私は今相馬原基地に来ています。

その理由はと言えば、本日この基地で大変重要なイベントがあるからなのですよ。

私が提供した技術を基に作られた新型の不知火がようやく完成、そのお披露目と同時に篁中尉や富永大尉たちによって完成された正式採用版の『X1』も同時に紹介され、この相馬原基地で試験運用が始まるのだ。

当然私もシステム開発の提唱者としてこの催しに招かれているのだが………やっぱり柄じゃないよなあ~~~斯衛の大尉だなんて。

「モロボシさん」

「利府陣君か、しばらくだったね。 ここの暮らしは慣れたかい?」

声をかけて来たのは鳴海君だ。

あの大侵攻の後もこの基地に留まって復旧作業やX1と吹雪・改の試験運用に取り組んでもらっていたのだが、どうやら元気にやってるようだねこの男も。

「ええ、吹雪・改の調整や試験で毎日夢中でしたけど、そのおかげでこの基地にも溶け込む事が出来ました」

「そりゃなにより…ところで“彼女たち”は?」

声を潜めて聞いたのは横浜の美しき戦乙女たちの事だ…彼の正体に気付いている人もいるしね。

「それですが…一旦は横浜に戻った彼女たちがまた昨日になってこの基地にやって来てるんですよ」

「ほほう、それはそれは…」

「御名瀬はあの事を黙ってくれてるみたいなんですけど、碓氷大尉と大咲の二人がどうもオレのことに関心を持ってるというか、素性を探ろうとしてるような…」

…ははあ、さては女狐様の御命令だな?

「…どうします?」

「まあ仕方がないだろうね。 バレないように上手くやりたまえ」

「そんな~~ばれたらどうするんですか~~~」

ヘタレ全開の情けない表情(多分)で鳴海君がそう言うが、こればかりはどうしようもない。

「君の魅力で三人ともメロメロにしちゃうってのは無理かな?」

「…オレを何だと思ってるんですか?」

恋愛原子核以外の何だというのかね? まあ、口に出しては言えないけど…

ジト目で睨む鳴海君を無視して明後日の方を見ると…おやおや。

「利府陣君、どうやら他にも面白い人たちがいるみたいだね?」

「え? ああ、あの人たちですか…彼女たちも今日からこの基地で試験運用に励むそうですよ」

「あの? 誰のことですか?」

それまで私と鳴海君の会話に加わらなかった篁中尉が聞いて来た。

「ああ、そう言えば篁中尉はあの大侵攻の時この基地にはいませんでしたね」

「はい、そうですが?」

「あの時、本土防衛軍から事実上の捨て駒として派遣された部隊があったんですが、その人たちも来てるんですよ」

そう、私たちの視線の先にいたのは先月の大侵攻の際、本土防衛軍が相馬原基地を切り捨てる言い訳として派遣された大咲美帆大尉とその部下たちだった。

本来ならば彼女たちがこの基地と運命を共にすることで“やれる事だけはやった”という政治的な言い訳をこしらえる筈が基地も彼女たちも生き残り、おまけにあの御前会議のせいで本土防衛軍内部は密かにお家騒動の真っ最中だそうな…

そんなこんなで腫れもの扱い的な立場になった彼女たちに丁度いい嵌めこみ口が用意されたという事なのかもしれないな。

「諸星課長、利府陣中尉、しばらくだったな」

向こうも気が付いて挨拶して来た…ああ、成程お目当ては鳴海君か。

「大咲大尉、今度は一緒に仕事ですね。 宜しくお願いします」

「ああ、今度はあんな無茶をしないようにしっかり鍛えてやろう」

「うわあ…それは…」

「はっはっは、まあ利府陣君には丁度いいかもね」

「モロボシさ~~ん…」

「こほん…諸星大尉、そろそろ行かないと問題ですよ? 主賓の一人なのですから」

「大尉!? って、その…おい、利府陣中尉どういう事だ?」

「ああ、それじゃこれで失礼します。 利府陣君、大咲大尉には君から説明して上げて」

「え?あのちょっと! モロボシさん!?」

後の事を鳴海君に押し付けて私はその場から逃げ出した。

…もうすぐお披露目式の始まりだ。
 
 
 
 
 
 
 
『わしが帝国斯衛軍大将、紅蓮醍三郎である!! …以上、終り!!!』

極めてシンプルで、同時にある意味これ以上は無いほど傍若無人な挨拶のお言葉(?)が終了した。

…噂には聞いていたがホントにこれだけかよ!?

初めてこれを体験する人は私と同様唖然としてるし、斯衛の衛士たちの殆んどは苦笑いを浮かべてるし…後、何故か年配の人の中には感動の涙を浮かべてる人もいるようだけど。

“ううっ、さすが紅蓮閣下…”とか“あの一言に全てが集約されている…”とか言ってるしね。

…よくわからんが突っ込んではいけない気がする。

まあ、巌谷中佐とか篁中尉は苦笑いしているからあれが普通の反応なのだろう。

紅蓮閣下のトンデモ挨拶が終わった後、いよいよこの相馬原基地で始まる『XOS試験運用計画』の内容が言い渡された。

この『XOS試験運用計画』は我々がアラスカのユーコン基地で行う『XOS計画』の国内版といった位置づけにある。
 
 
アラスカで行われる『XOS計画』の内容は我々が開発したXOS(『X1』と『X2』の両方)を各国から選抜された試験部隊に提供し、その運用実績とデータを参加国全てが共有するというものだ。

最初の内は我が国から派遣された試験運用部隊を中心になって各国の衛士と機体にXOSとその運用を教え込み、その後XOSの効用が認められればユーコン基地で開発を行っている各国の最新鋭機にも提供する。(当然、見返りとして運用データの一部も提供される)

機密情報に含まれる物もあるから全てのデータを共有…とはさすがにいかないだろうが、それでもこれによって得られる技術的経験値は膨大なものになるだろう。

またこの計画は各国の戦術機部隊がどのようにXOSを使うかのモデルケースとも言えるので、今後のⅩ1やX2の改良や実戦での戦術の参考情報としても大いに価値がある。

これらのことを弐型の開発と並行してアラスカで行うと同時に、この相馬原基地でもアラスカと同じ事を行うという訳だ。

もちろんこちらの方は帝国国内の軍隊…陸軍・海軍・本土防衛軍・斯衛軍に加えて国連軍横浜基地の各軍から派遣された部隊がこれにあたることになる。

今後の帝国軍全体への普及を前提にした計画でもあるから、各地の教導部隊からの派遣衛士が大多数らしい(特に富士教導隊からは大勢が来ているし、A-01も表向きは教導隊だ)

彼ら選抜衛士たちによって収集されたデータとアラスカの計画で得られるデータを合わせることで、今後の戦術機の設計開発から運用や整備、そして実戦での戦術や装備に至る様々なノウハウを得ることが出来る…それがこの『X塾』(命名、紅蓮醍三郎)の目的なのだ。
 
 
 
…などという話が形式張った台詞で淡々と説明されているんだよね、壇上で。

ちなみにこの『X塾』の責任者となるのは大田和夫少佐という技術士官で、あの富永大尉や高木中尉の先輩にあたる人物だそうだ。

大田少佐は巌谷中佐やあの大伴中佐も一目置く技術屋であり、その人望と人脈は実に幅広いものがあるらしい。

そして彼が選ばれたもう一つの理由は…これから紹介される物に関係しているのだ。
 
 
 
「…それでは諸君にお見せしよう、我が帝国軍が新たに開発した新型機『不知火・魁』を!!」

司会の言葉とともにベールが落とされ、我々が開発した新型機『不知火・魁』がその姿を見せた。

『不知火・魁』は不知火壱型丙を基本モデルにしてその機体構造材を撃流と同じ物に変更し、燃料電池の改良によって従来の問題点であった稼働時間を大幅に伸ばす事に成功した機体だ。

機体の軽量化と燃料電池の改良、この二つが実現したことで壱型丙の問題点はほぼ無くなったと言っても過言ではないだろう。

そしてこの不知火・魁には帝国軍の機体としては初めて『X2』の搭載が決定しているのだ。

香月博士の方でも『X2』用の半導体の量産がようやく目途が立ち始めたので、この新型機に搭載する分に関しては安定供給出来ると保障してくれたのだ。

そしてさらに、この不知火・魁を基にしてアラスカで不知火・弐型の開発も行う事になる。

もちろんその開発を行うのは篁中尉なのだが…本人は今一つ乗り気ではないようだ。

彼女はすでにロールアウト直後の試験運転でこの不知火・魁に搭乗している。

その時の手応えから最早これで十分だと思ったのだろうか、わざわざプロミネンス計画に参加して共同開発を行う必要があるとは思っていないらしい。(同じ感想を黒木中尉も漏らしていたしね)

そしてその意見はなにも彼女たちだけではない。

帝国軍の中にもこの不知火・魁の出来栄えを見て、“これで十分いける!弐型開発の必要などない!”という声が上がり始めているそうだ。

(もちろんその筆頭はあの大伴中佐殿だけどね)

だがしかし、この程度で満足するべきではないだろう。

人類の敵、BETAの脅威は容易な事では無くならないし、人間同士の争いもまたしかりだ。

それらの危険要素からこの国と第4計画を護るには、なんとしてもF-22を凌駕する戦術機が必要になる。

そのためにあえて未来の危険を承知で『XFJ計画』を推進したのだから(…いや決してスポンサーたちの脅しに屈した訳じゃないんだよ?ホントだよ?)

…まあ篁中尉の説得は後日にしよう、まだアラスカへ行くには日があるからね。

そんな事を考えている間に不知火・魁以外の機体の紹介も始まっていた。

まずはこの間からこの相馬原基地で試験運用を行ってきた『吹雪・改』、 この吹雪の改修機も不知火・魁と同様に撃流の機体技術を転用して作られたものだ。

この機体は不知火・弐型同様に撃震の代替機としての役割(軽量機による戦力の補完を想定)と将来の輸出を見据えた設計になっている。

このプランを私に吹き込んだスミヨシ君の意見だと今後の世界の戦術機需要はF-4系の代替が大きな問題になるので、それに対応した機体を作っておけば後で帝国の利益に繋がるというものだった。

まず前線国家にXOSを普及させ、それを最大限活用出来る安価な次世代機を供給することで戦術機の大口需要をゲットする…それが基本戦略という訳だ。

…まあ、上手くいったら御喝采というところかな?(これを推進するのはこの国と企業のお仕事だし、改修が完了した時点でもう私の手を離れているしね)
 
 
 
「そして最後にお見せするのが斯衛軍の最新鋭機の改修型、『武御雷・改型』です!」

…おっと、とうとう本日のサプライズがご登場だ。

これの登場を知らなかった皆さんがどよめいてますな…まあ無理もないだろう、武御雷は零式の名前の通り2000年に制式採用された機体…つまり生まれたての機種なのだ。

それが早くも改修となれば驚かないほうがおかしいだろうが、これには理由があるんだよ。

そもそも武御雷は斯衛軍専用機として開発されたことから様々な政治的都合に翻弄された機体だった。

帝室や将軍家、摂家の護衛が任務という斯衛軍の性質上、主に近接戦主体の機体になるのはある意味当然であったが、多目的ミサイルなどの長距離兵器を扱えない(機体改修で使用可能だが)などの戦術機としては歪な仕様でもあった。

これは政府や帝国軍の一部に斯衛を過剰に恐れる考えを持った勢力があり、それらによる圧力の産物でもあったらしい。(このご時世にアホなことをするものだ)

そしてもう一つの問題が過剰なまでに芸術的な外装と機種別の内装である。

確かに斯衛軍(ロイヤルガード)ともなればそれなりの見栄えや格付けは必要だろうが、武御雷の場合は明らかにやり過ぎだった。

いくらなんでも生産性を完全に無視した機体の形状を設定し、挙げ句斯衛軍のためだけに作られた機体をさらに色別(つまりは身分別)に仕様を変えるというのは武家のプライドや技術屋の趣味を満足させることは出来ても実際の戦争では効率を下げる無駄の塊でしかないのだ。

私はスミヨシ君たち支援者の力を借りてこの武御雷を今よりも生産性に優れ、尚且つ高性能な機体に改修するプランを殿下とメーカーに提出していた。

殿下としても武御雷の問題点は理解していたし、今後の事を考えればより高性能な機体をより多く揃えねばならない事もわかっておいでだった。

彼女の指示でメーカーや城内省の担当者たちが急遽この改修プランを検討するのと同時並行で私は外装部品などを試作して納入し、つい2日前に完成したばかりだった。

さすがにこれはまだ試験運用すら出来ない生まれたての赤ん坊だが、今日の式典でお披露目する事に意味があるのだよ。

何故なら今日のこの式典は帝国軍と斯衛軍、そして国連軍が共に足並みを揃えて今後の対BETA戦を戦う事をアピールするためのものだ。

そのために各方面の帝国軍や斯衛軍の代表者がいる場所で新たにコストの低下を図った武御雷・改型をお披露目し、これまで金食い虫だった斯衛専用機の在り方を改めることを表明したという訳だ。

この武御雷・改型は従来の過剰に芸術的だった形状をややシンプルな物にして機体の重量を10%程減量し、機体の強度を倍近くまで高めたのが特徴だ(もちろん多目的ミサイルの運用なども最初から可能な仕様にしてある)

即ちこの機体のコンセプトは『刀は見た目の美しさよりも切れ味、そしてそれ以上に折れないこと』である(モロボシ語録)

X2の採用でタダでさえ常識外れな斯衛軍衛士の戦術機動がさらにとんでもない事になるであろう事を見越して、まず頑丈な機体である事を最重点に置いた設計にしたのだというのがスミヨシ君や技術支援者たちの言葉でもあった。


斯衛軍内部では殿下の指示でこの機体は従来の黒と白の機体にとって替わることが内定しているが、山吹以上はさすがに摂家や名門武家の抵抗が激しくて未定のままだ。

もっともすぐに考えを改める事になるだろうね…なにせ雑兵(黒とか白)の乗ってる機体の方が殿様(赤とか青とか)の機体よりも実戦で役に立つのだから。

それを殿下が指摘した時の紅蓮大将や斑鳩少佐の何とも言えない苦笑いが印象的だったねえ…あの人たちも色々と複雑な悩みを抱えているのだろうがまったく身分という奴は…いやよそう、これは私が深入りする問題ではない。
 
 
 
 
さて、これで全ての機体のお披露目が終わった訳だ。

これらの機体の試験運用も先程の大田少佐によって、この相馬原基地で行われることになる。

アラスカと日本の二か所で行われる戦術機とOSの開発試験がこの国の未来と私の計画の双方の要となるだろう。

アラスカへ行くまでの予定も色々と詰っているが取りあえず…

「諸星課長、暇になったかね?」

そうだ、この人がいたんだっけ…

「何か御用ですか、猪川少佐?」

「ああ、暇なら少し話がある」

「そうですか…それではPXにでも行きませんか?」

「ふん…そうだな」

当然のことだが今日の催しには『XOS計画』の責任者であるこの猪川蔵臼少佐も招かれていらっしゃるのだが……そういえばまだこの人とは突っ込んだ話合いをしてなかったんだよね。

さてさて、この人には何を何処まで話したものか…
 
 
 
 
 
【相馬原基地・PX】

「…そんな訳であの吹雪・改をオレが操縦した感想を言えば機体が軽くなってパワーが上がった結果、とんでもなくピーキーな暴れ馬になってしまったというところですかね」

「ふうん、機体の軽量化の恩恵とは裏腹にそんな問題点がねえ」

式典が終了した後、孝之と大咲大尉はPXで話をしていた。

話題の中身は今回のお披露目にも出た孝之の機体、吹雪・改の性能や操縦性に関するものだが、衛士として先輩にあたる大咲(姉)のアドバイスを受けようと、孝之も真剣であった(ヘタレなりに)
 
 
「諸星さんの話だとあの武御雷・改型はその辺を考慮して軽量化より機体の強度を向上する事を第一にしたそうです。 もっとも斯衛軍はただでさえ動きが激しくなるX2の設定をいじって機体の制動より反応速度にシフトしたセッティングにしているそうですが…正気ですかね?」

「ああ、あの連中ならそうだろう。 もともと武御雷のセッティングは機体の安定より動作優先というのが斯衛の方針だそうだからな、それくらいはやるだろう」

「でも、あのOSの開発の時から関わってるオレですらX2の反応は異常に速く感じるんですよ? それをさらに過激にして…コケて事故でも起こさなきゃいいけど」

「まあ大丈夫だろう…もしそんな無様な真似をしたら“あの”紅蓮大将の鉄拳制裁が待っているのは確実だからな、意地でも暴れる機体を御して見せるだろうさ」

「成程、確かにあの人の制裁を受けるよりはマシか」

紅蓮邸に下宿していた時に毎朝毎晩繰り返された修練という名の拷問の数々を思いだして背筋を震わせる孝之だったが、ある意味もっと怖い何かが背後から近寄って来た。

「あ~れ~利府陣中尉じゃないの~~そんなところでウチのお姉となにしてんの~~~? 浮気すると純が泣いちゃうよお~~?」

「大咲中尉…お願いだから誤解を招くような言い方は止めてくれ」

「ふん…もしかして男日照りで頭がどうにかなったのか? このバカ妹は?」

「ぬ・あ・ん・で・す・っ・て・え~~~」

「…やめんか大咲」

「そうですよ、な…利府陣中尉も困ってるじゃないですか!」

その場に現れたのはA-01の碓氷大尉とその部下、大咲中尉と御名瀬中尉であった。

「…相変わらずウチのバカ妹が世話を焼かせているようだな、碓氷大尉?」

「うぐっ…お姉エ…」

容赦ない姉の一言に怨みがましい目を向ける大咲(妹)だが、さらに容赦のない台詞が上官の口から出て来た。

「いやそれほどでもない、最近では扱い方も解ってきたからな…爆発しそうなタイミングで男かBETAのどちらかをあてがえば問題はない」

「ああ成程…」

「納得してんじゃないわよお姉! 大尉も酷過ぎますよお~~~!!」

「「あ、あはははは………」」

姉と上官の両方に遊ばれている大咲中尉とその様子を乾いた笑い声を上げながら見守る孝之と御名瀬であったが、ふと孝之が気付くと御名瀬の指先が孝之の軍服の袖を掴んで潤んだ瞳を自分に向けているのであった。

(え?…御名瀬…中尉?)

(鳴海さん…私…)

その一途な瞳に思わず孝之がよろめきそうになった時、邪魔者兼救い主が声をかけてきた。

「ああ、利府陣君…丁度よかった、ちょっと付き合ってくれないか?」

「え? あ、はい諸星さん! すいません、ちょっと失礼します」

「あ…」

そのままモロボシたちの方へ走っていく孝之の後姿を切なそうに見つめる御名瀬だったが、大咲(妹)の一言で正気に返った。

「あちゃ~~惜しかったね~~純、あとひと押しだったのに」

「真帆!!」

「ふむ…確かに惜しかったな」

その碓氷の言葉に隠された意味を大咲(姉)が嗅ぎ取って言った。

「ほう…あの利府陣中尉を取り込むつもりか? 女狐殿は麗しき戦乙女だけでなく若い燕まで囲いたい訳か」

「いや~~お姉の毒牙にかかる前にあたしらで保護してあげようかな…ってだけなんだけどね」

妹の挑発を兼ねた誤魔化しを無視して大咲大尉は碓氷に言った。

「あの諸星課長…いや諸星斯衛軍大尉は只者じゃない、あのへらへらした外面の下にどんな本音と手札を隠し持っているかまるで見えん。 それにおそらく女狐殿なら気付いているだろうが、先月の大侵攻でのあの奇跡的な作戦と例の御前会議、それと今街中で流れているあの歌…私のカンが外れていなければそれらの背後にいるのはおそらく……」

そこで言葉を途切らせた大咲大尉はPXの片隅で何やら話し込む諸星たちの方を見た。

そしてA-01の三人もまた、彼と利府陣中尉の方を無言で見詰めるのだった。

「あの帝国軍の少佐殿…何処かで見たような」

そう呟いた碓氷大尉に大咲大尉が教える。

「あれは『鋼の蔵臼』だよ。 化け物同士で何を話しているのやら…」
 
 
 
…ふむ、なんだか鼻がムズムズするな。

誰かが噂でもしてるんだろうか…って、彼女たちだな。

私の事を何だと思っているのやら…自業自得とはいえ若い女の子たちに不審人物と目されるのは非常に悲しいものがあるな。

「…それで、この男が噂に聞いた利府陣中尉か?」

胡散臭げな顔で鳴海君を見ていた猪川少佐がそう聞いて来た。

「ええ、そうです。 利府陣君、こちらは帝国陸軍の猪川蔵臼少佐殿だ」

「はっ! 自分は帝国軍技術廠所属の利府陣徹中尉であります」

「うむ、楽にしてよろしい。 さて諸星大尉、単刀直入に聞くが何故オレを選んだ?」

「…と、おっしゃいますと?」

「惚けるな、俺が帝国軍の中で何と呼ばれているか知っているだろう」

「そうですな…猪川蔵臼少佐、別名を『鋼の蔵臼』あるいは『芋蔵臼』 大陸派遣軍の衛士としてユーラシア各地の戦場を渡り歩き、多くの戦功を上げるが同時に問題行動の多さでも勇名を馳せた男…その後ある事件をきっかけに諜報活動の才能を認められて陸軍情報部に異動、情報将校として多くの実績を上げるがここでも任務の成功と引き換えに大惨…いや騒動を連発する。  だがそれでも情報部を追い出されないのはどんな困難な状況や危険地帯からでも任務を遂行して生還するその能力が他に代え難いからでもある。  …私があなたについて聞いたのはその程度ですが?」

「ほー、そうかね。 それで、そんな男を何故選んだのかね?」

「選んだのは私ではなくて鎧衣課長なんですがね、まあ理由はあなたが“そんな男”だからですよ」

「ほほう、それはつまりオレの行く先に危険な状況が待っている可能性を予期……いや、確信しているということだな?」

「…おや、何故私が危険を“確信”していると?」

「鏡を見てみろ、自分の顔にそう書いてあるだろうが」

「はて? ちゃんと消しゴムで消しておいた筈ですがね?」

「ふん…タヌキが」

…なるほど、噂以上の切れ者だな。 (だがタヌキという評価は心外だ!私は断じてあの鎧衣課長の同類ではない!)

「まあ、結論から言えばその通りです。 現在アラスカのユーコン基地で行われている『プロミネンス計画』は世界各国の協力の下で戦術機の改良に努めているものですが、それを自国の国益にのみ利用しようとする者や計画自体が自国の世界戦略にとって障害になると考える連中によって様々な介入や妨害を受けているようなのですよ」

「ほー、それで?」

「そんなところへ我々の『XOS計画』が加わるわけですが、これの与える恩恵はすでに貴方もよく御存じでしょう?」

「確かにあのOSをアラスカに持ち込めばあの基地にいる連中全ての目の色が変わるだろうな…色々な意味で」

「その通りです。 おそらく大半の国は歓迎してくれるでしょうが、自国の軍事力…特に戦術機が世界一でなければ我慢出来ない幾つかの国はこれを自分たちだけで独占するか、そうでなければプロミネンス計画諸共葬り去ろうと考えるかも知れません」

「確かにあのヤンキーや白クマどもはそう考えるだろうが、直接自分たちで手を下す訳にはいくまい? あそこは国連軍施設だぞ?」

「ええ、だから何らかの名目と表向きは合法的な手段を用いてプロミネンス計画を中断させるか、それがダメなら自分たちの手を汚さずに実行可能な非合法的手段に訴えるか…そのどちらかでしょうね」

「ふん、それで? このオレをXOS計画の責任者にすることでそれらの妨害から計画を護らせようという訳か?」

「そうです、そしてついでに『XFJ計画』もね」

「…それは何故だ?」

「XFJ計画の担当者に内定している篁中尉はまだ若いですが優秀な開発衛士であり、真面目で誠実な軍人です。 ですがあのアラスカの謀略の渦の中を一人で潜り抜けるのはまだ若い彼女にはあまりにも酷でしょうな」

「ふん…なるほどな」

「アラスカでは複数の国家、複数の勢力、複数の思惑、そして複数の謀略と、もしかしたらテロ行為までもが絡み合い交錯することが予想されます。 その絡み合った糸を解きほぐし、二つの計画を護り抜くためには諜報活動と実戦の双方をこなせるエキスパートが必要だと判断したのですよ…猪川少佐、あなたのようなね」

「…それで、貴様はどうする気だ諸星大尉? オレと篁中尉にアラスカの仕事を任せて自分は帝都でデスクワークかね?」

「出来ればそうしたいのは山々ですが、ここまでお膳立てをしておいて私だけアラスカへ行かない訳にはいかんでしょうなあ…それにそのためにあなたの部下の皆さんの力をお借りしている訳ですし」

…そう、先日から我が松鯉商事には彼の部下が約10名程出向してきているのだ。

元々弱小商社に過ぎない我が社が分不相応な大仕事に手を出した結果、その膨大な仕事量に社員の数と能力が追いつかなくなっていて、有能な人手を必要としていたのだ。

その問題とXOS計画推進の双方を解決出来る都合のいい人材を鎧衣課長におねがいしたら、彼とその部下たちを送り込んでくれたという訳だが…思えば我ながら随分と無茶な要求をしたものだ。

「それにあなたが来て以来、我が社の周りに巣食っていたネズミたちがすっかり怯えてますからねえ…私も安心してアラスカへ出張出来るというものですよ」

「ふん、確かに中小商社を監視するにはいささか過ぎた数のネズミがいたな」

…その過ぎた数のネズミたち全員が目の前のこの男の姿を見ただけでガタガタ怯えて自分たちの“上”に指示を仰ぐ様は、ただ見ている分には哀れにすら思えたけどね。

(え?何故そんな事がわかるのかって? もちろん彼らの事をこちらが逆に監視していたからに決まってるじゃないか…私のメガネとタチコマくんの能力を使ってね)

CIA、KGB、MI6、その他諸々の各国諜報機関と本土防衛軍や城内省、国家公安局、内調、憲兵特務隊、等々…国内の情報関連組織の皆様までもが揃ってこの男一人を恐れるとは思わなかった。

…一体この人過去に何をやらかしたんだ?

「まあ、私はアラスカと帝都を行ったり来たりの繰り返しになるでしょうが、あなたと篁中尉には向こうに腰を据えて頑張ってもらうことになるでしょう」

「いいだろう、だがそういう事なら彼女や巌谷中佐とは顔繋ぎ程度の事はしておくべきだろうな?」

「はい、それは私の方からお願いしようと思ってました。 近日中に二つの計画の責任者同士で一席設けたいと思っていましたので」

「わかった、ならそちらに任せる」

…なんとか話はついたな。

さて、それでは篁中尉をやる気にさせる趣向を考えますか。

ついでにこの少佐殿の喜びそうなメニューもね…
 
 
 
第34話に続く
 
 
 
 
【おまけ】

「ね~お姉、ひょっとしてあの利府陣中尉の事もう食べちゃった?」

「…とうとう痛んだ頭が腐り始めたか我が愚かな妹よ、医務室はあっちだぞ…精神科医が必要なら私が紹介してやってもいいが?」

「ふ~ん、つまりまだ意地を張って手を出してはいない…と、よかったね~~純、まだ彼氏はフリーだよ~~」

「もう! 真帆ったら!やめてちょうだい!」

「ああ、御名瀬中尉だったな…このバカが手に負えなくなったら遠慮なく言ってくれ、すぐにでも私が回収して精神科に放り込むから」

「いや、大咲大尉…その心配は無用だ。 なにせ我が連隊にはこの大咲中尉と同レベルの猛獣がもう一頭いるからな…いざとなればそいつと共食いさせれば済むことだ」

「大尉~~いくらなんでもあの速瀬と同レベルに見るのだけは止めてくださいい~~~」

「真帆…速瀬中尉も同じ事を言ってたんだけど…」

「なんですってえ~~~!! あの女!BETA以下の知能しかないくせに~~~!!」

「成程…これが同族嫌悪というやつか」

「うおねぇ~~~~~!!!よくも言ったわねえ~~!!!」(以下ドタバタ)





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第34話「タジン鍋の説得術」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/05/10 20:35
第34話 「タジン鍋の説得術」

【2001年3月15日 帝国軍技術廠・戦術機シミュレーターデッキ】

篁唯依の目の前に幻想的な光景が広がっていた。

ハイヴの横抗…BETAによって作り出された巨大なトンネルの内部、そこは不思議な青白い燐光を放つ神秘的にすら感じる世界である。

その中を彼女の搭乗する『不知火・魁』が凄まじい速さで疾駆していく。

(なんという反応の良さだ。 この軽さ、この手応え…確かに軽くし過ぎたが故の問題点はあるが、そんな物はいくらでも修正可能な…いや、そもそもこの程度の問題は衛士の力量でなんとでもなる筈だ。 この『不知火・魁』が量産の暁には佐渡島をあの忌まわしき異星起源種共から奪い返す事も夢ではない! これなら何もわざわざアラスカまで行って屈辱的な共同開発など行わなくとも……)

そこまで考えてから唯依は、ふっと首を振って自分を戒める。

(まったく、なにを考えているのだ私は! いかにシミュレーター上とはいえ今は戦闘中だぞ!)

即座に心を切り替えた彼女はやがて目の前に現れるであろうBETAを討つために心を研ぎ澄ませるのだった。

『小隊各機へこちらホワイトファング0、前方10時・距離約4000よりBETA群が接近中。 その数およそ500』

CPより敵の接近が伝えられると唯依の心は完全に戦闘用に切り替わる。

「ホワイトファング1了解、これより敵を迎撃する……各機、陣形は現在のままでいい。 電磁投射砲を使用する!」

『『『『了解!!!!』』』』

迫りくるBETAに備えて唯依たちは試作36mm電磁投射砲を起動させる。

(…起動させるまでの僅かな待ち時間がこの電磁投射砲の問題点か。 バッテリーの持続時間を稼ぐためにも常時起動させている訳にはいかないが、やはり実戦では不安材料となるな)

起動までのタイムラグを計りながら実戦時における問題点を見出し、唯依は心の中でメモを取った。

やがて数百体のBETAの群れが射程距離の範囲内に突入した時、唯依の合図とともに三丁の電磁投射砲が咆哮を上げてほぼ一瞬にして異星起源種の群れを消滅させたのだった。

(やったな…だがこの程度の事は当然の事。 以前の120mm砲に比べやや小型化され、威力も抑え気味になったとはいえこれもれっきとしたレールガンだ。 小型化と銃身の材質の改良や電池の出力がどの程度の物なのかさらに試してみなくては)

そして唯依は心を緩めることなく更なる奥へとハイヴの中を進み始めた。
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠・小会議室】

「ヴォルークデータで小隊が中階層手前まで侵攻するとは……」

「不知火・魁と改良型電磁投射砲の威力はまさに絶大だな……」

篁唯依とその部隊が改良型電磁投射砲を装備したという設定で、ヴォルークデータに小隊規模で挑むその様子を数人の男たちが見守っていた。

「素晴しいではないか、これなら何もわざわざアラスカまで行って共同開発などする必要はあるまい?」

観戦していた者の一人、大伴忠範中佐の声がひと際大きくその場に響いた。

「またその話か、大伴」

「共同開発の必要性はすでに先日ご説明したと思いますが?」

「それはこの『不知火・魁』がロールアウトする以前の話だろう? これほどの性能を示す機体をわざわざ米国に情報を盗まれる愚を犯してまで国外に持ち出す理由があるのかね?」

うんざりしたような巌谷中佐と諸星課長の言葉に対し大伴中佐は冷然とした声で反論するが、諸星の返答はそれ以上に冷たかった。

「ええ、この程度では問題外ですのでね」

「なに!?」

「大伴中佐、不知火・弐型はあなたの言うその米国とBETAの双方からこの国を護るための機体なのです。 そのためにはまだまだ上を目指す必要があると考えます」

「……随分と図に乗っているようだな諸星課長? 一体何様のつもりだ貴様は!?」

不機嫌を通り越して怒りを露わにした大伴を巌谷の声が制した。

「大伴中佐、忘れたのかね? 現在の彼はただの商社の課長ではない、殿下直属の斯衛軍大尉だという事を」

「ぐ……」

その言葉に大伴中佐のみならず周囲にいた帝国軍技術廠の高官たちまでもが複雑な表情で沈黙する。

帝国斯衛軍大尉・諸星段  その名前はここ10日余りの間に帝国軍内部の事情通たちに急速に知れ渡っていた。

XOSの開発担当者にして新たな戦術機機体技術の提供者、そして斯衛軍にXOSの上位バージョンである『X2』を納入した男。

その功績を政威大将軍に認められ民間人からいきなり斯衛軍大尉に任命された成功者……

そして彼の役職は事実上煌武院悠陽直属の相談役というものであったために、その存在は殊更注目の的であった。

先日の帝都城御前会議においても何らかの裏方を務めたというのがもっぱらの噂であり、彼を成り上がり者として嫌う者たちも迂闊にそれを表には出せない空気があった。
 
 
 
 
「失礼します!」

大伴中佐たちが不機嫌な表情で立ち去ったのと入れ替わるように、強化服を着たままの唯依が入って来た。

「篁中尉、御苦労さまでした」

「おお唯依ちゃん、中々の結果だったな」

「おじ…中佐!それは止めてください!」

「ははは…まあいいじゃないですか篁中尉、それよりどうでした? 不知火・魁と新型電磁投射砲の使い勝手は?」

「はい、実に素晴しいと思います。 出来たばかりでやや問題に思える点もありますが、今後の改良や調整で十分解決可能と思われます」

「問題点は魁の機体が軽すぎて跳躍ユニットのパワーに振り回される事と、電磁投射砲の起動にかかるタイムラグと出力不足の件ですか?」

「! はい、確かにその3点が最も気になった問題点ですが……すでにお気づきでしたか」

「ええ、機体の軽さ故の問題点は吹雪・改でも利府陣君が指摘してくれましたし、電磁投射砲に関しては設計段階で予測していましたので現在改良案を煮詰めています」

「なに?」「! もうすでに…ですか?」

「梅雨時までには問題点を洗い出して試作を完了して、秋頃には実戦投入が可能な試作品を一定数揃えることが出来るようにするつもりですが?」

「「…………」」

事もなげにそう言うモロボシの顔を巌谷と唯依は理解不可能な生物でも見るような目を向けるのだった。

「しかし、大丈夫かね? 確かに君の提供してくれた素材技術を使えば横浜から例の物質を使用したフレームや電池を使用せずに済むが……」

巌谷の言う通りモロボシの提供した技術により横浜からの(G元素を使用した)部品提供がなくとも電磁投射砲の試作は可能になったが、その性能や信頼性はまだ未知数と言っても過言ではなかった。

それだけに僅か半年足らずのスケジュールで実戦に投入出来る試作品が本当に出来るのかという疑問がどうしても出てしまうのである。
(これまでの技術廠での電磁投射砲に関する試行錯誤と部品関連での様々な悪戦苦闘を考えればある意味当然ではあったのだが)

そんな巌谷と唯依を安心させるようにモロボシはこう言った。

「心配いりません、部品の強度に関しては問題がないと保障します。 それと起動時のタイムラグと出力の向上も必ず解決が可能ですから」

「出力の向上が…本当ですか!?」

唯依が驚くのも無理はなかっただろう。

従来の試作型電磁投射砲は横浜基地から提供された特殊な電池を用いなければ到底実用レベルの出力を得る事が出来ないのであった。

そこへモロボシがフレームや砲身の改良(G元素に頼らない方法による)と共に新たなタイプの空気電池を提供し、やや出力に不足感はあるものの36mmであれば問題なく使えるという事が立証されたばかりであったのだ。

もしそれが解決可能であれば、本来の開発目標である120mm砲の方も横浜に頼らずに完成出来るかもしれない……米国や横浜に対して強い不信感を抱く唯依たち帝国軍の開発者にとっては福音にさえ聞こえるモロボシの話であった。
 
 
だが次にモロボシが口にした台詞で唯依の表情が強張った。

「さて、それではこれで弐型開発への土台は整ったと言えるでしょうね」

「!! それは…」

「おや? どうしましたか篁中尉?」

「…ッ、何でもありません」

「…そうですか、それでは今夜一席設けておりますので巌谷中佐と共にお越し下さい」

「あ…いえ、自分は御遠慮させて頂きます」

「まあそう言わずに付き合ってくれ唯依ちゃん、なにせ今日の席は『XFJ計画』と『XOS計画』の責任者同士の顔合わせも兼ねているんだからな」

「…わかりました、お供させて頂きます」

「うむ、頼むよ」

「ではまた夜にお願いします、篁中尉」

「はっ、それではこれで失礼させて頂きます」

そう言って唯依が出ていった後、部屋に残った巌谷と諸星は何とも言い難い顔を見合わせ、揃って大きな溜息をついた。

「なかなか…上手くはいかないものですね、人の心という物は」

「そうだな、だがこの程度で怯んではおれん。 この計画を梃子にして帝国軍内部の意識変革を行わなければ…帝国に未来はない」

「巌谷中佐、あなたのお考えは私の最終目標とも合致します。 ですから私なりに可能な限りのお手伝いをさせて頂くつもりでいます」

「うむ、宜しく頼む」

「それでは今夜7時に深川の『小鉄』でお待ちしています」

そう言って諸星が出て行った後、一人残った巌谷は心の中でこう言った。

(最終目標…か、一体それはどんな目標で貴様はこの帝国を何処へ導こうとしているのだ?諸星大尉……いや、それは榊総理や紅蓮大将が考えるべき事だ。 オレの仕事はあの男のもたらす技術を利用してXFJ計画を成功へと導く事だ)
 
 
 
 
う~ん……やはり篁中尉の反応は芳しいものではないな。

だが無理もないのかも知れないな…“おとぎばなし”の外伝にある弐型開発の経緯と違って今回の共同開発はその必要性が彼女には見えにくいのだろう。

それというのもこの私が提供した技術によって作られた『不知火・魁』にその原因がある訳だが…

あの機体の基本となった不知火壱型・丙は機体出力の増加によって稼働時間が大幅に減小するという問題点を抱えていた。

そしてそれを解決するための独自OSが機体の操作性を悪化させ、その結果欠陥機の烙印を押されてしまったのだ。

黒木中尉や一部の腕利き衛士からはその性能が高く評価されたが、やはり稼働時間の短さというのは戦術機のような兵器にとっては致命的な欠陥とみなされるようだ。

ちなみに第二次世界大戦中に多くのゼロ戦に乗ったあるエースパイロットが、“戦闘機の性能でどれを最も重視するかと言われればやはり稼働時間の長さだろう”という言葉を後世において述懐しているそうだ。

それが真実か否かはともかく、戦場で長時間戦える機体でなければやはり実戦では問題になることは間違いない。

我々が開発した不知火・魁はその機体の軽さとバッテリーの改良等によって、跳躍ユニットの燃費と主脚走行等の稼働時間を大幅に改善した機体である。

だがしかし、この機体には問題点もまた存在している。

それは機体が軽くなり過ぎて機動がピーキーになってしまった事(例えば大出力の跳躍ユニットが軽すぎる機体を振り回し気味になること)であったり、アビオニクス関連はまだ旧式のままであったりする事だ。

篁中尉は斯衛軍出身という事もあってかこの操作性の問題は必ずしも致命的ではないと思っている部分があるようだが、帝国軍衛士の全てが彼女や月詠中尉、そしてあの沙霧大尉のような達人揃いという訳ではない筈だ。

そもそも兵器という物はそれを扱う兵士たちの水準のボトムラインを基本に定めるべき物だろう(達人や上級者にしか扱えない道具では困るのだ)

操作上の難点を自分の未熟と捉える篁中尉らしい考え方だが、兵器の開発者としてはいささか問題ではなかろうか。

いずれにせよこの機体はまだ未熟な部分を多く残しているし、ボーニング社とハイネマン氏の力がなければそれらを解決することも難しいという事だ。
(本当は電子装備に関してはこちらで解決してもいいのだが、それをやってしまうと共同開発の意味が本当に薄れてしまう上に私や巌谷中佐の目論見も頓挫してしまいかねないのでね)

問題解決のためには『XFJ計画』を上手く軌道に乗せなくてはいけないし、そのためには篁中尉をなんとかやる気にさせないと……“おとぎばなし”の外伝における彼女はやはり共同開発に対する自分の感情を抑えようとするあまり機械的になっていた部分が多いと私には思える。

だから彼女のその気持ちをどうにかする事も『XFJ計画』の進行を助けてくれる要因だと私は考えているんだけどね。

さて、そのためにはやはりアレを使うのが一番か……
 
 
 
 
 
 
【PM 7:00 深川・小料理屋 『小鉄』】

「さて皆様、本日はこの私の設けました宴席においで下さいまして誠にありがとうございます」

本日の宴会幹事であるモロボシの言葉にその場の全員が軽く会釈する。

この宴席に集まった面子は、モロボシの他に利府陣中尉(孝之)と巌谷中佐、それに篁中尉に猪川少佐に『X塾』の大田少佐、それに何故か(?)鎧衣課長までもが同席していた。

「本日ここにお招きした皆さんはアラスカで行われる『XOS計画』と『XFJ計画』を推進するための中心的役割を負って頂く方たちであります。 今後の計画の円滑な推進を期して、どうか本日は心往くまでお楽しみ下さい。 不肖モロボシ、出来得る限りのおもてなしをさせて頂きます」

モロボシの挨拶が終わると、その場の大半の気持ちを代表して巌谷が質問した。

「諸星課長…いや諸星大尉、お招きに預っておいて何だが……これは何かね?」

彼が“これ”と言ったのは各自の御膳の上に置かれた不思議な土鍋(?)であった。

土鍋というよりは厚めの深皿の上にとんがり帽子のような蓋をのせた物……というように巌谷や唯依には見えた。

それがコンロの上に乗っているのだからおそらくは土鍋なのであろうが、一体これは何なのか?

湧き出る不安と好奇心からそう尋ねずにはいられないのであった。

「ほほう…これはモロッコのタジン鍋ではありませんかな?」

「確かにな、昔一度見た記憶がある。 あの地方の料理を作る時の鍋だ」

「タジン鍋?」

「…なんですかそれは?」

「おや、さすがに鎧衣課長と猪川少佐は海外経験が豊富なだけあって御存じですか」

楽しそうな顔でそう言ったモロボシはこの鍋に関する説明を始めた。

「鎧衣課長や猪川少佐が仰る通り、この鍋はモロッコのタジン鍋を我が国の陶工にお願いして作ってもらった物なのです。 彼の国では水が少なく、それ故に食材の含む水分を最大限に生かす調理法が生み出されてこのタジン鍋が誕生したのだとか…」

「確かにそうだが…オレが向こうにいた時に振る舞われた料理は一種のカレー料理だったが、これもそうなのか?」

その猪川少佐の問いにモロボシは、にやりと笑ってこう言った。

「さて、それは鍋の料理が食べ頃になってからのお楽しみですよ」
 
 
 
 
 
「ほう…これはまたいい味の里芋だな」

「本当に…中に素直なダシの味がしみて、それでいて芋の風味が少しも損なわれないなんて」

うむうむ、さすがに『芋蔵臼』と呼ばれるだけあって猪川少佐にはこの里芋の煮付けは絶品と感じられるようですな。

創業から千年近くにもなると言われる名店『一升庵』の自慢料理をこの店で再現してもらったがどうやら皆さんに好評を頂けたようで何よりです。

タジン鍋は弱火でゆっくりと煮るものだからこれを食べるのは後回しだしね…それに他の料理も楽しんでもらわないと。

さてもう一人、本日初顔合わせのこの人にも御挨拶を……

「さあ大田少佐殿、まずは一献どうぞ」

「おう、ありがとよ、お前さんが諸星大尉か。 富永と高木の野郎どもから話は聞いてたが会うのは今日が初めてだな、オレが大田だ」

「いや~本当はもっと早く御挨拶すべきだったんですが、なにせここのところとんでもなく多忙だったものですから今日まで伸びてしまいまして…誠に申し訳ありません」

「くっくっくっ、そうらしいなあ…聞いたところじゃお前さんアラスカやら横浜やらで随分とヤンチャしまくってるそうじゃねえか」

…おいおい、ヤンチャってのは何だよ? 第一誰がそんなけしからん噂を……って、あんただな鎧衣課長! そこで知らん顔して刺身食ってんじゃねえよ!!

「はっはっは…いけませんあ~少佐殿、どこでそのような怪しげな噂をお耳に入れられたか知りませんが、どこぞのタヌキにでも化かされたのではありませんか?」

“どわははは……”

…おお、見事受けましたな。

その場のほぼ全員が大爆笑してくれました(ちなみに篁中尉は必死に笑うのを堪えていた)

おや、どうしました鎧衣課長? そんな拗ねた顔をして……いい気味だ。

「まあヤンチャ云々を言うのであれば、むしろ貴方にお任せする機体とOSの方がはるかにヤンチャ坊主だと思うのですがね」

私がそう言うと大田少佐はニイッと笑って頷いた。

「確かにな、あの機体とOSは確かに凄いがそれだけにとんでもねえ暴れ馬になりかねん。 お陰でウチの山中と佐々木が毎日言い争いばかりしててな……」

はて? それは何故に?

「あの二人か…相変わらずアンタの下でいがみ合ってるのか」

「おや、巌谷中佐はそのお二人を御存じなので?」

「うむ、山中は大田の一番弟子と言っていい男で特に主機の調整を手掛ける事が多いし、佐々木は大田の同期で機体の空力関係を主にやってる奴だ。 この二人がまあとにかく仲が悪くてなあ…」

「ほほう…そうなんですか」

「特に今お前さんの言ったヤンチャな機体の出力と空力関係をどうするかで頭を悩ませてるんだが、3機ともかなり空力面での改善が必要だろうな。 もっとも佐々木のヤツは『オレに任せりゃフルパワーで安定飛行だぜ』とか言ってるがね」

「まあ斯衛の機体はともかくとして、吹雪・改の方は利府陣君をこき使ってやって下さい。 彼はX1の方も扱い慣れてますから」

「おう、そういやその『X1』だが富永の野郎から聞いたかい?」

「いえ? 何でしょう?」

「オレも今日聞いたばかりだがな、X1にX2と同じ先行入力機能を加える事が出来るようになったそうだ」

「え! 本当ですか!?」

「富永大尉が!?」

「おお、そう言えば諸星大尉や唯依ちゃんにはまだ言ってなかったな」

…聞いてませんな、確かに。

「巌谷中佐、本当にX1で先行入力が可能になるのですか?」

「ああ、ユニットの基盤をもう少しいじってメモリ容量を増やせばさほど難しくはないそうだ。 まあX2には全般的に及ばず物足りないだろうが、X1をマスターすればX2を扱うのにさほど苦労はしない程度のものにはなったと富永は言っていたな」

「いいですなそれは、それならアラスカでも大いに活躍してくれるでしょう」

「成程、それでは改めてアラスカに行く前にXOSの扱いに習熟しておかなければならんな」

「うむ、猪川少佐がその辺に困らんように我々も協力させて頂くつもりだ」

「ええ、特に少佐殿には二つの計画が円滑に進むように色々とやって頂かなければならないでしょうから」

「ほお?そう言えばどうしてこの計画に『鋼の蔵臼』を引きこんだんだ? お前さんとそこの鎧狸は」

「はっはっは、鎧狸はひどいですなあ~大田少佐殿」

「いやいや、それはピッタリな呼び名…という話は後回しにしてですな、この猪川少佐に無理を言って『XOS計画』の担当について頂いたのには理由があります」

…そこで私は先日猪川少佐に話した内容をこの場の人達にも説明した。
 
 
 
いやあ…巌谷中佐も大田少佐もやや顔を強張らせておられますし篁中尉は…何やら必死にこらえているようですな……おそらくは不満を。

「篁中尉、そんな顔をしてないで言いたい事は言った方がいいですよ?」

私がそう言うと彼女は顔を上げてこちらを睨んだ…ちょっと怖いな。

「諸星大尉、何故そこまでわかっていながらアラスカでの計画に拘るのですか貴方は?」

「…そうだな、おい巌谷よ、おめえも何でそんな所へ可愛い唯依ちゃんを行かせようとしてるんだ?」

「……」

おやおや、巌谷中佐はだんまりですか…いや、ひょっとしたらアラスカの状況を甘く見ていたのかも知れないなこの人は。

まあ、だからこそユーコン基地へ唯依ちゃん一人で行かせたのかも知れないが……さて、それでは説明するのは私の仕事かな?

「大田少佐、何故そんな所へ行くのかと聞かれればそれは“そんな所だからこそだ”と答えるしかありませんな」

「なに?」「え?」

さて、一席ぶちますか。

「すでに御存じの通り現在世界の対BETA戦略は大きく二つの方針に分類されます。 まず一つは米国が主張する核やG弾の使用を前提とした戦略方針、そしてもう一つが帝国やヨーロッパ諸国が取っている戦術機を前面に出す事を前提とした通常戦力による戦略方針です。 そしてアラスカのユーコン基地で行われているプロミネンス計画は後者の象徴とすら言える計画でもあります」

さすがに皆さんこの程度はすでに理解済みのようで黙って聞いてますか…それでは続けましょう。

「私が二つの計画をプロミネンス計画と融合させようと考えたのはそれにより米国による新たな戦術機開発への妨害圧力を跳ね返し、彼の国が再びG弾の使用に出ないような状況を作り出す事……それが1つ目の目的です」

「ふむ、それで2つ目は?」

…と鎧狸が、じゃなくて鎧衣課長が聞いてくるが、まあ急かしなさんな御老人(かな?)


「2つ目は人類全体の対BETA戦における戦力の向上です。 かつて米国が第三世代戦術機を選定するにあたってYF-23ではなくF-22の方を選びましたが、彼の国がF-22の方を選んだ理由は対BETA戦以上に対人類戦を重視した結果と言えるでしょう。  米国としては自国が開発した戦術機が世界に広まりそれが新たな紛争の道具になった場合に備えての事でしょうが、はっきり言って人類全体が追い詰められているこの状況で対BETA戦よりも人間同士の殺し合いに重点を置いて戦術機の採用を判断するなど阿呆の極みと言うべきでしょう。  そして米国はこのF-22をもってプロミネンス計画の戦術機を圧倒し計画そのものを無効にしようとしているようですが、それでは戦術機という“人類の剣”の進化(対BETA戦用の)が遅れ、相対的に人類全体の対BETA戦力の減少にも繋がりかねません。  だからこそ我々の計画をプロミネンス計画に加えることで戦術機の進化を促し、人類全体の戦力の向上につなげたいのですよ」

 
「……」

「むう…」

「成程なあ…」

「ほー、そんな事をな…」

「ふむ…」
 
 
皆さん、なかなか微妙な反応ですな…無理もないか、あまりにも大風呂敷に思えるだろうし。
 
 
「諸星大尉、貴方の仰る事はわかります…しかしそのために我が国の戦術機開発計画を危うくするような真似をしてまで行う必要があるのでしょうか?」

篁中尉がそう言って来た……まあ彼女の立場からすれば当然の意見だな。

「必要は…あるんですよ篁中尉」

「え!?」

「帝国や帝国軍にとってもこの計画に参加する十分な価値や必要性があるのですよ……が、それは目の前の鍋に聞いてみませんか? 皆さん」

「は?」「む?」「なに?」「ほー?」「ふむ?」

いやいや、皆さん目を丸くしておられますが…さて頃もよし、タジン鍋の蓋を開けますか。
 
 
 
 
 
 
「ふうむ…これはなんと野菜と魚介の鍋料理のようですなあ」

鎧衣左近が鍋の中を見てそう感想を漏らした。

「ふうん…それじゃあ一口頂くか」

「ふん、そうだな」

そう言って鍋の中で煮えた魚や野菜に箸を伸ばした彼らはその料理の味に驚いた。

「むう…」「ほう、こりゃ美味い」「確かに和食の鍋の味だが…ふむ?」

唯依もまた、その鍋料理の意外な美味さに内心で驚いていた。

(美味しい…何故この奇妙な鍋がこれほどまでに美味い料理を……そうか、わかった!秘密はこのとんがり帽子のような蓋にあるのだ! この穴のない高いテントのような蓋が鍋の中の僅かな水分を蒸気として循環させることで味の揮発を防ぎ、この濃厚でいながら澄んだ味を出しているのか…おそらくこの鍋には酒以外の水気は食材の中にしかなかったのだろう。  成程…これはある意味我が国の鍋料理とは真逆の考えに基づくものだ、水のない国なればこその鍋…それを和食に使うとはなんとも驚くべき発想だが…一体これが先程の話とどう繋がるのだろう?)

「いかがですか篁中尉、その鍋料理の味は?」

「あ、はいとても美味しい料理だと思いますが…その」

「これにどのような意味があるのか…ですか?」

自分の胸中を言い当てるようなモロボシのその言葉に唯依は無言で頷いたが、続いて彼が言った言葉に唯依の目は点になった。

「似ていると思いませんか? 戦術機に」

「はい?」

(似ている? この鍋が? 戦術機に???????????)

「篁中尉は戦術機の歴史を御存じですよね?」

「はい、それが?」

「かつて最初の戦術機が開発された時、期待されたのはBETAを引き付ける囮としての役割だけでした。  ですがその後ユーラシアの戦いで実績を重ねるうちに、単なる囮ではなくBETAを屠る為の手段“人類の剣”としての役割を求められるようになり、やがて米国だけでなく世界各国で開発や運用が行われて現在の戦術機になったのです」

(確かにそうだが…しかし、それとこれとがどう結びつくというのだ?)

「篁中尉…もし、もしもこの戦術機を米国のみが開発・運用していたら果して戦術機は現在のような使われ方をしていたでしょうか?」

「! それは…」

「戦術機が現在のような進化と発展を遂げたのは多くの国や人がそれに関わり、様々な可能性を試したからに他ならない…私はそう考えています」

「………」

「一つの国の中でのみその開発や運用を行っているとやがてその進化が一本道に絞られ、何時かは袋小路に嵌り込む…それはなにも戦術機開発だけではない、国や人の思想もまた同じではないでしょうか?」

「!」

「だからこそ、より優れた戦術機を生み出すためにアラスカで開発を行う必要があると思うのですよ。 単に機体の性能の向上のみならず、その運用方法も新たな可能性を見いだせるかもしれない…日本の中だけでは見えない何かをね」

(…そうか、だから諸星大尉はこのタジン鍋をこの場に持ち込んだのか。 今までの固定観念に囚われずに新しい可能性を手に入れる事が我が国の戦術機開発に寄与するのだと私に教えるために)

「ほお~成程なあ~……確かにそうすることで新しい目が開かれるか。 それでおめえは唯依ちゃんをアラスカまでやろうと考えた訳だな? え?巌谷よ」

「さて、何のことだかな?」

「え…それは?……」

いきなりの大田少佐の言葉に戸惑う唯依だったが彼の言葉と今の諸星の話を合わせて考えた時、彼女は巌谷の真意に気付いた。

(…そうか、叔父様は私にそのための機会をくれたのか! この弐型開発を経験することでより広い見識と発想を得る事が出来るようにと……私は、私はそんなことにすら気付かずに叔父様や諸星大尉に対する不満ばかりを……なんという未熟!!)

自分の至らなさに顔を上げられない唯依の様子に、周りのオヤジ共はどうしたものかといった表情を互いに見合わせていた。

その雰囲気を壊したのは鎧衣課長の一言であった。

「…ところで諸星大尉、この鍋はただこの場のためだけにわざわざ用意したのかね?」

「ははは…いいえ、それは元々この店に贈るつもりで用意した物なんですよ」

「ほう?」

「実はこのタジン鍋で和食に新しいスタイルを作り出す事が出来ないかと思いましてね…それで今後この『小鉄』で色々と試させてもらうつもりなんですよ」

「ふうん…それはまた…」

「あ、お酒が切れそうですね…ちょっと失礼します」
 
 
そう言ってモロボシが出て行った後、その場にいた全員が何とも言い難い顔を見合わせた。

「…とんでもない男だな巌谷よ」

「…うむ」

「鎧課長、あれはもう正気か狂気か確かめるまでもないぞ」

「ほう?」

「アレは本気だ……つまりは正気ではないという事だ」

「ふむ、なるほど…」
 
 
 
 
 
 
【小鉄・厨房】

「霧島さん、お陰様で大成功です。 無理を言って申し訳ありませんせした」

「いえいえ、こちらこそ新しい料理のレシピやこの鍋まで提供して頂いて本当に感謝しております」

「ああ、そう言って貰えるとありがたいです。 もし気に入ってもらえたならこの鍋で新しい料理に挑戦してみて下さい」

「はい、是非そうさせて頂きます」

いやよかったよかった…これで何とか唯依ちゃんも前向きになってくれるだろう。

それとタジン鍋をこの店に卸せたのは大きいな…今後はこの店で様々な料理を試しながら私個人の趣味…いやもとい、この国に新しい食文化を形作るという目的のために頑張るとするか。

だがこの程度はまだ序の口だ。

いずれはもっと大きな文化的事業も起こしたいと思うのだが…仕事が優先だな。

さて、本日の締めの料理だが…

「霧島さん、とろろの方は大丈夫ですか?」

「ええ、言われた通り山芋もアワビもちゃんと準備が出来てますよ」

「それじゃ、頃合いになったらお願いしますね」

酒の後の締めの料理はアワビと山芋のとろろ飯だ。

この味が堪らないんだよねえ~~~

さてこれでお膳立ては整ったか…後は榊総理の腕次第だな。

…陣中見舞いでも持って行こうかな?
 
 
 
第35話に続く







[21206] 第1部 土管帝国の野望 第35話「交錯する思惑の狭間で」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/05/02 20:25
第35話 「交錯する思惑の狭間で」

【2001年3月18日AM 10:30 永田町・与党本部 幹事長室】

部屋の中に脂ぎった男たちの怒号が飛び交っていた。

「話にならん!!」「榊さんは一体何を血迷っているんだ!?」「何が悪いというのだ!? そもそも貴様らが…」「日米を完全に決裂させる気か!?」「とっくの昔にそうなっておるだろうが!」「大体今の時代に政威大将軍が権威を振るうなど…」「だが今の軍の体たらくではこの事態はどうにもなるまい?」「この事態?このレポートとやらか!?」「こんな胡散臭い物を信じるのか!?」「どうせ女狐のはったりだろうが!」「…そう言えと米国が囁いたのかね?」「何だと!!」「貴様!我々が苦渋の思いで彼の国とつなぎを取っているのがわからんか?」「…どうせいざという時は優先的に彼の国の市民となれるのだろう?貴様らは?」「なにい…」
 
 
飽きることなく罵声の交換を続ける男たちとは裏腹にこの部屋の主である与党幹事長ともう一人の男だけは無言のままその目の前の馬鹿騒ぎを見物していた。

「幹事長!あんたはどうする気なんだ!? このまま榊さんのやる事を黙認する気か?」

「…だとしたら、どうするね?」

「な!」「え!?」「それは…」

日頃から親米派と繋がりが強いと言われる幹事長のまさかの一言でその場にいた与党議員たちの内、親米派議員の数人が凍りついた。

「幹事長!あんた米国と本気で決裂する気かね!?」

「このまま総理の言う事を聞いていたら確実にそうなるんですよ!?」

声を荒げる親米派議員たちに対して幹事長は至極穏やかな口調で返答する。

「米国と決裂すると君たちはそう言うが、本当に向こうはそう言っているのかね?」

「当然でしょう!」「我々も関係筋からはっきりとそう聞かされています!」

「ほほう…そうなのかね? 古泉さん?」

それまで黙っていたもう一人の男、古泉議員は幹事長に名指しされて初めて口を開いた。

「さて…寡聞にして初耳ですな」

「なあ!?」「古泉さん…」「一体どういうつもりだ!」

「どうもこうも…一体いつコルトレーン大統領がそんな事を言ったのかね諸君?」

「う…」「いや…それは…」「……」

「少なくとも私が聞いた範囲では、大統領は今回の件で我が国に対して敵対的な行動や制裁手段をとる意志がないという事だったがね」

「それは本当ですか古泉さん?」

「ああ、それにこのM-78ファイルと香月博士のレポートの内容に関しても大統領はほぼ信頼しているそうだ」

その古泉の言葉に部屋の中が静まり返った。

出来るなら彼らは信じたくはなかった……G弾の使用がもたらす地球規模の被害も、そして地中深くを侵攻してくる巨大なBETAの存在も。

それ故に特に親米派議員は米国側の友人たちから聞かされた話を鵜呑みにして、これらの資料を単に“女狐のハッタリ”だと決めつけていたのである。

「過酷な現実から目を背けたくなるのは人の常だがね、我々は国政を預かる身だ…目と耳を塞いで部屋の中に閉じこもっている訳にもいかんだろう」

「古泉さんの言う通りだ。 いずれにせよ本土防衛軍の上層部があの体たらくでは話にならん、ここは総理の判断を信じるしかあるまいよ」

幹事長のその言葉に反論する者は誰もいなかった。
 
 
 
 
「…どう見るね? 連中を?」

一人だけ残っていた古泉に幹事長はそう尋ねた。

「連中とは? 今しがた出て行った操り人形たちのことかね?それともワシントンにいる人形遣いたちの方かね?」

「人形遣いの本音はわかっている。 問題はあの親米派という名のお人形さんたちが今後も操り人形を続けるのか、それとも糸が切れた木偶人形になるのか…」

「私としては前者であって欲しいがね」

「ほう、何故だ?」

「操り人形なら人形遣いの思惑と手元が見えていれば問題はない、しかし糸の切れた木偶人形は風向き次第で無意味に動き回る可能性があるからな」

「ふむ…」

古泉のその言葉に幹事長は溜息をつくように唸った。

「まあ親米派でも物が見える連中にはそれなりに話をしておいた。 後はあんたと総理の仕事だな」

「それで? 親米派の中で見どころのある連中を引き抜いてアンタは何をする気だ?」

「榊総理に彼なりの理想の国家像があるように、私にも私の理想とする国の姿がある。 今後は彼らと共にそれを追求するもの悪くはないと思っている」

そう言って出て行く古泉の後姿を見送りながら幹事長は心の中で唸っていた。

(無能な売国奴よりも彼の方がはるかに手強いだろうな。 将来敵にならなければいいんだが…)
 
 
 
 
【AM 11:00 本土防衛軍本部】

「どうやら決着がついたか」

「はっ! 乃中大将の取り巻きはその殆んどが依願退職や各方面への配置移転を受け入れました」

「それでいい、あの連中にはそろそろいなくなって貰いたかったしな」

部下の報告を聞いた本土防衛軍大将・大北藤治はそう言ってかつての同盟者たちを斬り捨てた。

「ですが…今回の件で地方や前線に配置される人員、特に衛士たちの閨閥からはかなり恨まれることになるかと思われますが?」

「べつに構わんさ、こうなったのはとどのつまり政威大将軍殿下の御意志だからな。 怨みごとは彼女に言って貰おうじゃないか」

「! はっ!」

(閨閥絡みの坊ちゃん嬢ちゃんたちが何人か前線で死ねば自分の立場がどれ程ややこしいか少しは自覚するだろうさ、あの小娘も…それよりも例の男、諸星だったか…この男をどうするかだな)

本土防衛軍内部の権力闘争劇は乃中大将たち古参の排斥という形で終結し、大北ら統帥派や志田たちのような民主派(シビリアンコントロール尊重派)たちの大勢に影響はなく、将道派が大きく勢力を伸ばす結果となった。

本来なら古参派と歩調を合わせてきた大北たち統帥派も排斥の対象となる筈だったが、彼らは自分たちの派閥を守るため民主派や将道派らと歩調を合わせて古参派の排斥に動き、それを代価として自分たちの地位を保ったのである。

当然、古参派や将道派からはその変わり身の早さに怨みの声や軽蔑のまなざしが向けられたが大北たちは平然とそれを無視した。

そして大北は調査の結果辿りついた一人の男…帝国斯衛軍大尉・諸星段について考えを巡らせ始めた。

(この男があの御前会議の影の立役者であれば今の内に消えて貰う必要があるが…さて、国内でそれをやるよりもむしろ国外で事故死でもしてもらった方が有難いかな?)

大北は近い将来の障害物をどう消すかに考えを集中させて行くのだった。
 
 
 
 
 
【AM 12:00 帝国軍相馬原基地・PX】

「で、どんな具合だ『吹雪・改』の調子は?」

「そうですね…以前に比べてかなり安定してきましたね。 あの佐々木中尉の調整がかなり効いているみたいです」

「ほお~あのひょうきんなオヤジがねえ…」

「ええ、あんな惚けた人ですけど機体の空力関係では誰よりも頼りになるそうですね」

「ふうん、流石はあの大田少佐殿の部下というところか」

「あ~いたいた…お姉~、利府陣中尉~」

「あ…」「やれやれ…」

食事を共にしながらX1の習得法や吹雪・改の調整について語り合っていた大咲大尉と孝之の前に能天気な声で大咲(妹)と御名瀬、碓氷らがやって来た。

「あれ?どしたのお姉? そんな苦虫潰したみたいな顔して…ああ、もしかして利府陣中尉を口説いてる最中だったとか?」

「…よくわかったな」

「え゛?」「!あの…」「ほほう?」「大咲大尉!?」

姉をからかおうとした妹の発言を大咲大尉自身が肯定したことで、孝之もA-01のメンバーも固まってしまった。

「…正確には男やBETA前にすると見境なく襲いかかる凶暴な我が妹から身を守る方法を伝授していたと言うべきだろうがな」

「…お~ね~え~!!!!」

「ふむ、それは確かに今のうちに覚えて貰った方がいいかもな…」

「大尉~~~それは酷いです~~~(泣)」

「もう…真帆ったら」

「あ…あはははは…」

何時もながらの姉妹漫才に乾いた笑い声を上げる孝之だったが、そんな彼にふと表情を改めて大咲大尉が質問した。

「時に利府陣中尉、貴様の上にいるあの男…諸星大尉だったか、今度アラスカへ行くそうだが?」

「はい、そう聞いてますけど?」

「貴様は一緒には行かんのか?」

「!あ…」「お姉!?」「…」

その言葉に一瞬動揺を見せるA-01の三人だったが、彼女はそれに気付かない振りをする。

「…いえ、諸星さんはオレに来いとは言っていませんでした。 向こうの仕事は向こうの開発衛士に任せると」

「そうか…という事だそうだ、よかったな御名瀬中尉?」

そう言って大咲大尉は純の方を見てニヤッと笑うのだった。

「え? いえ、あの…その…ええと…失礼します!!」

いきなり自分に水を向けられて焦った純は言葉に詰まった挙げ句、その場から逃げ出してしまった。

「え…あ、御名瀬中尉…」

「行ってやれ利府陣中尉」

「え?」

「女狐殿の思惑はともかく…あの子は本気だぞ?」

「……」

「気持ちに応えるかどうかはともかく慰めるくらいはしてやれ」

「失礼します!」

大咲大尉の言葉を聞いた孝之は慌てて敬礼をしてからPXを出ていった。
 
 
…そして後に残ったのは姉妹喧嘩の火種であった。

「あ~あ、やせ我慢しちゃってお姉ったら…」

「…ナニカイッタカ? バカイモウト?」

「あ~ら、何でもございませんわ。 ほほほほほ…」

「ククククク…シニタイヨウダナ、ワガイモウトヨ…」

「さ~て、死ぬのはどっちかなあ~~~」

(やれやれ…)

間もなく始まるであろうPX崩壊の危機を背後に感じながら碓氷大尉は御名瀬と利府陣が出て行った方を見ながら考えていた。

(…やはりどこかで見ているな、あの利府陣中尉を私は…それにあの御名瀬の様子…本気なのはわかるがそれだけではないな? 何を知って…いや、何を隠しているのだ?御名瀬?)
 
 
 
 
 
【PM 1:30 国連軍横浜基地・B19F】

「あ~ら、コウモリさんじゃないの。 こんな昼間から何の用かしら?」

「はっはっは…実は本日は例の試作品が完成した事を報告しに参りました」

夜行性の動物が何故昼間に活動しているのか? という意味の嫌味を込めた夕呼の台詞を軽く流してコウモリ男ならぬモロボシがそう答えた。

「へえ? 本当に出来たんだ、OHTキャノンの改良が」

「はい、一度バラしてからこの基地に搬入しますのであと2,3日お待ち下さい」

「ふ~ん、まあいいわ……それよりアンタ随分と余計なことしてくれたじゃない?」

「はて? 一体何のことでしょう?」

まりもをアラスカまでレンタルする条件として引き受けたOHTキャノンの改良試作品(20発程度までならOK)が完成した報告をするモロボシだったが、いきなり夕呼に言いがかりを付けられてさすがに当惑するのであった。

「惚けんじゃないわよ! アンタでしょ! あの電磁投射砲の改良をやったのは!!」

「あー、アレの事でしたか」

「…アンタねえ~~~~」

「いやいや香月博士、どの道あの電磁投射砲は量産出来ない代物でしょう?」

「…何故そう言い切れるのよ?」

「そりゃあ決まっています……G元素ですよ」

「……」

モロボシのその一言に夕呼は沈黙した。

試製99型電磁投射砲はXG-70の装備として夕呼が開発していた物が帝国軍に提供され試験運用されていた兵器であるが、その部品の多くはG元素がなければ強度や性能を保持出来ないという代物であった。

そしてその事が99型量産への決定的な壁となって立ちはだかっていたのである。

「あの99型はあなたが管理するG元素がなければ砲身も電池も作る事は出来ない…そしてG元素の量には限りがあり、そうホイホイと使用する訳にはいかない…いえ、そもそも国連が管理している希少物質を第4計画に関する実験という名目以外では貴方といえども勝手に帝国に卸す訳にはいかない筈ですが?」

つまりはG元素の使用を前提とした99型の量産はあり得ない…それがモロボシの指摘であった。

ついでに補足するならばモロボシの提供した技術であれば帝国軍は早期に電磁投射砲の量産を行う事が出来るため、夕呼の力はこれ以上必要ないとの声まで上がっていたのである。

「…お陰でこっちは大損じゃない! 99型の部品を一定数提供することで帝国軍から色々と引き出せた筈なのに、それが全部おじゃんよ!」

「いやあ~~それは困った事になりましたなあ~~~」

(殺してやろうかしらこの男…)

のほほんとした顔で惚ける男に夕呼は一瞬本気で殺意を覚えた。

「いやいや香月博士、そんな怖い顔は止めて下さい…せっかくの美貌がだいなしですよ?」

「誰のせいかしらねえ~~~~コウモリさん?」

「まあそれはともかく…いかがでしょう香月博士、このへんで帝国軍と新たな共同開発計画を立ち上げて見ては?」

「あら、どんな共同開発計画かしら?」

「ML機関搭載兵器ですよ」

「!!…本気で言ってるの?」

あまりにも大胆な提案にさすがの夕呼も一瞬固まったが、モロボシは平然と話を続ける。

「もちろん本気ですよ。 以前に申し上げた我々独自の改良プランに基づきまして完成させる予定のML機関にあなたが提供するG元素を使用して試験運用を行います」

「ふうん、それで?」

「もちろんその成果としてのデータは全てそちらへ提供します。 それを使ってあなたもXG-70のより良い改修が行える筈では?」

「G元素の提供と引き換えにねえ…まあ悪い取引じゃあないわねえ~」

「それにその制御技術の肝の一つがあなたの開発したXOS用のCPUであるとしたら…どうでしょう?」

「あら、いくらアレが高性能でもML機関を制御するまでは不可能よ?」

「御心配なく、そこを我々の技術がサポートしますので」

「ふうん? まあいいわ、とりあえずその話にのってみましょうか…でももし下手な結果に終わった時は…覚悟してもらうわよ?」

そう言って怖い笑みを浮かべる夕呼にさすがのモロボシも後ずさりするのだった。

「だ、大丈夫ですよ香月博士…我々の技術を信頼して下さい」

「ふん、まあいいわ今日のところはこれで勘弁してあげる」

「そうですか、それじゃあ私はこの辺で失礼…ああ、もう一つだけ言い忘れてました」

「あらなあに?」

「ウチの利府陣君ですが、スカウトするのはもうしばらく待ってもらえませんか?」

「へえ? もうしばらく…ねえ?」

「はい、もうしばらくです」

モロボシのその言葉を夕呼は頭の中で吟味する。

(もうしばらく…ねえ? つまりはいずれは向こうからこっちに来るってことかしら? 碓氷もあの利府陣に会ったことがあるような気がするって言ってたけど…本当は誰なのかしらねえ?)

僅かな思考時間の後で夕呼はモロボシにこう告げた。

「…いいわ、それじゃあもう少しの間待って上げる。 でもその内に話してもらうわよ、あの利府陣徹という男の正体を」

「承知しました、それではこれで失礼します」

そう言ってモロボシが出て行った後、夕呼は隣の部屋にいた少女を呼んだ。
 
 
「…どうだったの?」

「…見た目は子供、頭脳は大人、迷宮なしの名推理…です」

「………それで?」

「…真実はいつも一つ…だそうです」

「………勘弁してよ、もう」
 
 
 
 
【PM 7:00 帝都城】

「御疲れ様でございました殿下」

「そなたたちこそ今日も大義でした」

多忙な一日の仕事を終えた悠陽はようやく一息つこうとしていた。

「…駒太郎はどうしましたか?」

「はて、そう言えば見かけませぬが…」

「また何処ぞへ一人でうろついているのでしょうか…少し心配ですね」

今ではすっかり自分の愛玩犬(?)となった駒太郎(チビコマ1号)の事を気にかける悠陽に付き人の月詠真耶が表情を改めて諫言する。

「…殿下、あまりあのカラクリ人形を信用されるのは如何かと思いますが」

「真耶さんは心配性ですね。 大丈夫ですよ、駒太郎は我が忠実な家臣です」

「いえ、そうではなくあのカラクリの背後にいる男でございます」

「諸星のことですか…」

「あの男は3年前の光州作戦に関与したにも関わらずその後は表立っては何もせず、帝国の最も苦しい時期を無為に過ごして来ております…果して何処まで殿下や帝国に対して忠義を尽くすものか疑わしゅうございます」

「その事ですが、どうやら光州で萩閣を救助した後であの者なりに色々と思うところがあったようですね…いずれにせよ事実上こちらが一方的に施しを受けている立場なのですからあまり身勝手な事も言えないでしょう」

「はっ…ですが…」

《殿下~~~》

なおも言い募ろうとした真耶と悠陽の前にいきなり駒太郎が現れた。

「まあ駒太郎、何処へ行っていたのですか…心配するではありませんか」

《すみませ~ん、ちょっと『ミニコマ』の試験運転をしていたものですから~~》

「なに、“みにこま”だと?」

「…それはどんな物なのですか駒太郎?」

《え~とですね、『ミニコマ』はボクのミニチュア型の端末ロボットです~~ これを使って色々な場所に潜入したり調査したりする事が可能になります~~ あ、ちなみにこれがその一つです~~》

そう言って駒太郎が見せたのはタチコマにそっくりな手のひらサイズの多脚型ロボットであった。

「まあ、これはまるでそなたの子供のように見えますね駒太郎」

《えへへ~~~》

「その一つ…という事は他にもあるのか?」

《はい~~今のところ全部で100体ほどですが~~》

「なっ!」

「まあ…随分と子だくさんですね」

《これからのお仕事のためにはもっと沢山増やさないといけないんですけど~~》

「まあ…餌代は大丈夫でしょうか?」

「殿下!御冗談はおやめ下さい」

《大丈夫です~~ ミニコマにメビウスは搭載されていませんけど、大容量のバッテリーとソーラー発電システムが内蔵されていますから~~》

「そうなのですか…それでその者達を使って何をするつもりなのですか?」

「…不埒な真似は許さんぞ」

《はい~~ それなんですけど~~ このお城の中と連絡を取って悪だくみをしている人たちの事を調べようと思うんですけど~~》

「出来るのか?」

《はい、もちろんです~~》

「危険な事はなりませんよ? 何かわかったらすぐに知らせると約束出来ますね?駒太郎」

《は~い》

素直に元気よく返事する駒太郎に悠陽もまた素直な笑顔で応えるのであった。
 
 
 
 
 
【PM 8:00 五摂家・崇宰邸奥座敷】

その場所では三人の老人が密談していた。

「…ほう、それでは榊めは上手く与党内を取りまとめるのに成功したと言う訳ですか」

「そのようだな、あの古泉が手を貸したのには驚いたがな」

「されば…いよいよ将軍家の復権が果されますな」

「左様、後は帝の御認可を受けるのみ…」

そこまで話した所で言葉を途切れさせた男は、僅かの逡巡の後で続きを言う。

「…なればもうあの煌武院の娘に用はございませんな?」

「一條殿…」

その言葉に顔をしかめるのはこの屋敷の当主、崇宰尚通(たかつかさ なおみち)であるが、そこにもう一人の男の声がかかる。

「左様…今こそ摂家の在り様を古の正しき姿形に戻すべきでありましょう」

「二條殿まで…そのように言われてもこの尚通には如何ともできませんぞ」

困惑する崇宰家の当主に対して二人の男…一條家と二條家の当主達はさらに言い募った。

「そのような弱気でなんとしますか、すでに京の都を放棄する際に我らとあの小娘との間は決定的なまでの溝が出来ておるのですぞ!」

「それに此度の件、おそらくは我らとあの乃中との繋がりも知られておりましょうな…あの煌武院の娘に」

「う…む…」

「引き返す道は既に無い…そうは思いませぬか? 崇宰殿?」

そこまで言われてようやく崇宰尚通も自分たちの立場に危惧を抱き、肝心な人物の事を口に出す。

「…それで、九條殿は何と?」

「……」「……」

その尚通の質問に相手は二人ともに沈黙し、それが答えとなった。

(やはりか…あのお方は実質我ら五摂家の長でありながら相も変わらず日和見な…それが原因で摂家の入れ替えなどを望む輩が我が許に押し掛けた挙げ句にこのようなことに…だがそれこそ今更五摂家の陣容を古の昔に戻すなど出来る筈がない。 我々にしてもそんな事は無意味とわかっているのにどうしてこの者たちはそれがわからんのだ! どうすればいい…たとえ我が自業自得とはいえ自分の不始末でこの崇宰家を滅ぼす訳にはいかん! なんとかせねば…この亡者たちにこれ以上巻き込まれる訳にはいかんのだ…)
 
 
…近代国家としての日本帝国が成立する以前に五摂家の一翼であった一條家と二條家、その復権を望む当主たちと崇宰家当主との密談は果てしなく昏い迷路の中をさまよい続けていた。
 
 
 
 
 
 
【PM 9:00 銀座・高級クラブ『月華』】

「…それで、これからどうするというのですか古泉先生?」

その場に集まった者達の不安を代表するかのように、一人の男が古泉議員に尋ねた。

「どうもせんよ…今はただ時を待つだけだ」

「!」「いや、しかし…」「このままでは…」

古泉のその言葉にその場の人間たちは口々に不安と不満を述べ始めた。

だが古泉は彼らに対して厳しい顔で言い諭した。

「今ここで我々が騒いで何になるのかね? 今回の一件はそもそも政府と軍部が永年に渡って放置してきたこの国の安全保障政策の欠陥が露呈して、それでもなお本質的な問題解決を成せなかった全ての人間に責任があるのだ…将軍家の復権に不安を覚える者もいるだろうが、そんなことよりも我々にはもっと先を見据えた判断と行動が必要になるだろう」

「しかし古泉先生、将軍家や近衛が我々に対して過去の怨みから報復に出ないとは…」

親米派議員の一人がそう言うと身に覚えのある数人が不安そうに身じろぎした。

「それはない、もしそうなら本土防衛軍からもっと多くの謀反人が摘発されていた筈だ。 それが無いという事はつまり将軍家も榊さんも流れる血の量を最小限に抑えたいと考えているという事だ」

「なるほど…しかし、このまま将軍家が国の舵取りをするような体制が続くのは…」

「すでに我が国は近代国家なのですぞ! そんな時代遅れの制度を続けるのは…」

「だからこそだよ、諸君。 我々はこれからこの帝都東京をBETA大戦によって出来た仮初の帝都ではなく、真の首都『東京』にすることを目的として動き出そうではないかね?」

「!?」「なんですと?」「古泉先生?それは…」

「別に驚く事はないだろう…我々の組織『東京』は本来この都市を真の近代日本の首都とすべく作られたものだった筈だ。 その本来の姿に立ち返るだけの事だよ」

「それは…確かにそうですが」

「確かに将軍復権がなされる事で例えBETAの災厄からこの国が守られたとしても、封建時代の旧弊が幅を利かせるような国になってはいかん。 それに対抗するためにも我々が結束する必要があるのだ…わかるかね?」

古泉の言葉にその場の全員が同意し、大戦前より存続して来た政治結社『東京』がその本来の目的へと動き始める。

それがやがて来るこの国の運命の分岐点でどのような事態を巻き起こすのか…それを知る者はまだ誰もいなかった。
 
 
 
 
 
【PM 10:00 土管帝国・某所】

「やあ、お疲れ様だったねモロボシ君」

色々と仕事をこなした後でここの様子を見にきた私を出迎えてくれたのは先生だった。

「ああ先生…先生こそ色々と大変でしょう?」

「いや、大した事はないな…力仕事のほとんどはタチコマくんたちがやってくれているしね」

「もうすぐ榊総理が選んだ人たちがここに来るでしょうけど…やはり正体は明かさずにおきますか?」

「ああ、その方がいいだろう。 私は…彩峰萩閣という男は3年前に死んでいるのだ…死人が甦る訳にはいかんよ」

もうすぐ我が国との協定に基づいて榊総理が信用のおける人物たちを送り込んで来ることになっている。

それを指揮監督するのがこの国の“指導者”…つまりは先生なのだが、素顔を見せればいいものを頑固なこの人はあくまで死人に徹する気のようだ。

…まあこの人らしいんだけどね。

「わかりました…それじゃあ先生用の仮面でも作りますかね、スミヨシ君に頼んで」

「はっはっは…それもいいかもしれんな」

「それと…例の人物ですが、やはり彼は先生に説得して貰った方がいいと思います」

「うむ、尚哉にせよ彼にせよ未だ若い彼らに道を誤らせる訳にはいかん。 私が直接説得しよう…幽霊が化けて出ればあの男も驚いて死ぬ気が失せるかも知れないしな」

「ははは…なるほど、ところで先生…」

「何かね?」

…疲れてる時に気の重くなる話はしたくないが仕方がない。

「今日ミニコマの運用を開始したところ、さっそく無視できない情報が入ってきまして…」

「…そうか、それでどんな情報かね?」

それから私は話始めた…タチコマ、チビコマ、そしてミニコマたちが収集した情報を。

それはこの国の行く先に横たわる難問であり、我々の計画にとっても無視できない…ましてや悠陽殿下にとっては命にすら関わる情報だった。

そしてこれは私一人では到底対処出来ない事でもある…同時に殿下に関わらせる訳にもいかないだろう(駒太郎が全部話さなきゃいいけど…心配だ)

だからこの人に…彩峰中将に助言を求めるしかないだろう。

この国の歴史が生んだ厄介な問題に対処するために…

アラスカへ行く前に解決は……無理だろうな多分。
 
 
 
第36話に続く





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第36話「真夜中のパーティー」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/05/11 22:58

第36話 「真夜中のパーティー」

【2001年3月23日 帝都城】

「殿下、まもなく榊総理が登城されるそうです」

「そうですか、禁裏の方はいかがでしょう?」

「は、すでに帝は殿下と総理が来られるのをお待ちだとの事で御座います」

「帝をお待たせするのは不敬…是親が来たらすぐにでも参らねばなりません」

「承知しております」

この日、前日の国会での議決を受けた政威大将軍への大権返上を帝に上奏して認可を受けるために、悠陽は榊総理の登城を待っていた。

すでに昨日の内に今年中に甲21号攻略を行う事と、それに対処出来る体制を整えるための政威大将軍の復権がマスコミを通じて報道されていた。

一部には戸惑う声もあったが大勢は悠陽の復権を歓迎し、国と軍が一体となって佐渡島を奪還して国土を回復してくれる事を願う声で満ち溢れていた。

先の大侵攻における斯衛の活躍や街に流れる悠陽の歌声…それらが悠陽の復権を肯定的に捉える下地となってもいたのだった。

BETAによる本土の蹂躙と横浜ハイヴへのG弾の投下によって、失意と絶望の淵にあった帝国の国民や兵士たちにようやく明るい未来への希望が見え始めた…そんな雰囲気が国中に広がっていたのである。
 
 
「殿下、お待たせいたしました」

「大義でした是親。 一息ついて貰いたいところではありますが、あまり帝をお待たせする訳にはまいりません…このまま禁裏へと向かいましょう」

「はっ」

悠陽と榊が禁裏へと向かうその姿を多くの者達が万感の想いとともに見送っていた。

そこには暗く閉ざされた帝国の冬が終わり、新たな春の時代へと向かうようにとの願いが込められていたのである。
 
 
 
 
 
 
【帝都・仙岳寺】

一人の軍人が墓参りをしていた。

彼の名は大堂賢治、かつては彩峰中将の部下であり、現在は沙霧尚哉たちの同志の一人でもあり…そして同時に、彼ら烈士たちの動向を米国の諜報機関に流す裏切り者であった。

彼の裏切りの理由…それは家族の命を盾に取られたからである。

幾度となく送られて来た家族の写真とその周囲に起きた不審な事故…不安に駆られた彼は何時しか相手の手管に絡み取られ、気が付けば完全に取り込まれていた。

相手は自分が何者なのかは語らなかったが、その要求内容から他国(十中八九米国だろう)の諜報員だと考えられた。

何とか彼らの裏をかけないかと思っても所詮はプロと素人、相手の手のひらの上で踊り続けるしかなかったのである。

自分の迂闊さと情けなさを呪いながらも彼は老いた母と妻と娘…彼女たち3人がいつ殺されるか分からないという不安と恐怖に縛られて、今日まで彼らの要求に従い続けて来たのであった。

そんな時、青天の霹靂ともいうべき情報が入ってきた。

それは2月の大侵攻をきっかけとした帝都城御前会議において、政威大将軍殿下への大権返上が事実上決定したというものであった。

同志たちは皆この知らせに狂喜したが、大堂にとってそれは事実上の死刑判決にも等しかった。

もしもこの話が事実であれば自分たちが決起する理由は失われる…それはつまり脅迫者たちにとって自分の利用価値が消失すると言う事でもある。

そうなれば彼らが自分や自分の家族をどうするか…いや、仮に家族が無事であったとしても自分のような卑劣な裏切り者がおめおめと生き永らえていい筈がない…大堂はそう考えて自分自身を処分する前にこの寺にあるかつての上官の墓前に来ていたのであった。

(彩峰閣下…貴方の念願であった将軍殿下の復権が果されようとしています。 今後の帝国の未来は決して安心できる物ではありませんが、必ずや沙霧たちが殿下を支えてくれる事でしょう。  この大堂はこれよりその障害となるであろう蛆虫共を地獄へ連れていくことで罪滅ぼしの代わりといたす所存です…このような真似しか出来ぬ不肖の部下をどうぞお許し下さい)
 
 
 
「失礼ですが…大堂大尉でしょうか?」

黙祷を終えた大堂の背後から声をかける者があった。

「そうだが…貴方は?」

「初めまして、自分は松鯉商事の諸星という者です」

「…ああ、貴方があの」

大堂はその名前に聞き覚えがあった。

新型OSを始めとして様々な新型兵装や戦術機の改修案を帝国軍や斯衛に売り込み、その貢献が認められて斯衛大尉相当の地位が将軍家より与えられ、今では煌武院殿下直属の相談役と呼ばれる男として。

「…ですが何故貴方のような人が今ここにおられるのですか? 今日は将軍殿下にとって大変重要な日の筈ですが?」

不審に思った大堂の質問に対してモロボシは笑顔でこう言った。

「貴方を迎えに来ました」

「自分を?」

「はい、貴方をです」

「一体何処へ…いや、それより申し訳ないのだが自分はこれから…」

「これから米国のスパイを道連れに地獄へ赴く用事がある…ですか?」

「! …知っているのか?」

「はい、貴方や沙霧大尉たちの事を調べた時に…」

そう言ったモロボシを少しの間睨んだ後、大堂は言った。

「…申し訳ないが見逃してくれんか? 自分の裏切りが許されるとは思わんが、家族に累が及ぶのが耐えられん…米国の蛆虫共とこのオレ自身を密かに処分するしか道はないのだ」

自分が裏切り者として裁かれるのは構わない…いや、そうされるべきなのだと大堂は思っていた。

だが、そのために家族がどんな思いをするか、売国奴となった自分の妻や娘の未来はどうなるのか…その後顧の憂いを断つために米国のスパイと自分自身を密かに抹殺する必要がある。

それが大堂の決意であった。

「あなたの事情は知っていますし、私が貴方を止められると思ってもいません。 ただ、その前にどうしても貴方に会って頂きたい人物がいます」

「私に会って欲しい人物?」

「はい、是非お願いします」

そう言って頭を下げるモロボシに、大堂は戸惑いながらも承諾の意を示した。

「わかった、とにかくその人物とやらに会おう」

「ありがとうございます! それではこちらに…」

そう言ってモロボシは大堂大尉を寺の裏へと案内して行く……そしてその直後、密かに彼らを尾行していた米国諜報員たちは彼ら二人の姿を見失うのであった。
 
 
 
 
 
 
【仙台市 米国系貿易会社メイヤーズ社・重役室】

「…何ですって? ロストしたって…一体何をしてたの貴方たち?」

この会社の重役秘書ジェニー・ホークは呆れたような声で電話の相手に聞き返した。

『申し訳ありません、それが何故か突然煙のように消えてしまって…』

「ミステリー・ゾーンじゃあるまいし人間が突然消える筈がないでしょう! 一体どこに目を付けていたの!?」

『は…その…』

「必ず見つけ出しなさい、もう一人の男もよ!」

『了解しました』

電話が切れると彼女は自分の椅子に沈みこんだ。

次から次へと起きる予想外の事態に困惑してしまったからである。

2月の大侵攻における斯衛軍の奇跡的な活躍、今月初めの帝都城御前会議における乃中大将の失態と“横浜の女狐”による極秘情報の披歴(M-78ファイルと母艦級の存在は彼女の上司ですら知らなかった)そしてそれに伴う将軍の復権、さらにはこの国の国会議員たちの中に作っていた内通者やその予備軍たちがごっそりと引き抜かれてしまい、残ったのは本物の役立たずだけとなってしまっていた。

そして極めつけがクーデターを起こす為に誘導していた国粋主義者たちが将軍の復権によりその活動を一旦取りやめ、彼らの中に作っていた裏切り物の中でも最も重要な男が監視の目を盗んで忽然と姿を消したという報告が入ってきたのである。

間が悪いなどというレベルの話ではなかった。

(何がどうなっているのかしら? まるでこっちの動きを全て見透かした上で裏をかかれているような…あり得ないわね、あのサコン・ヨロイですらここまでの仕掛けは不可能な筈よ。  だとしたら一体何が起きているというの? それとも報告にあったあの男…ダン・モロボシの仕業だとでも? 彼は何者なのかしら…ジェネラル・ユウヒのオンミツ? あるいは……判断材料が不足し過ぎているわね。 この男はもうすぐアラスカに行くらしいけど、よりにもよってそこへあのアイアン・クラウスが一緒に行くなんて……まあいいわ、アラスカの事は別の人間の仕事になるでしょうし、私はもう一度情報を取りなおす必要があるわね…あの城内省や本土防衛軍のおサルさんたちから)
 
 
彼女がそこまで考えた時、デスクの上の電話が鳴った。

(これは…よりにもよってこんな時に……!)

表示された相手の番号は今彼女が最も話したくない相手…自分の上司からであった。

ちなみにその上司とは名目上の雇い主であるこの会社の重役ではなく、彼女の本当の上司…米国中央情報部の極東アジア方面の作戦部長である。

(…仕方ないわね)

上司を待たせる訳にもいかず、ジェニー・ホークは受話器を取り上げて返事をした。

「はい、こちら『ラムダデルタ』です」

受話器の向こうから聞こえる不機嫌な男の声に耳を傾けながら、今日はどんな言い訳がいいだろうとジェニーは考えていた。
 
 
 
 
 
 
【土管帝国・某所】

視線の先に二人の男がいる。

一人は男泣きに泣き崩れながら土下座してもう一人に謝罪しているし、その謝罪されているもう一人は穏やかに相手を慰めながら命を粗末にするなと教え諭していた。

…うんうん、実に美しい師弟関係の図ではないか。

≪その美しい師弟関係を自分の仕事に利用しようとするマスター(管理者)の性根はとことん醜いですね≫

《せやなあ~》

《ですよね~》

…君たち、ちょっと黙りなさい。

死を決意した大堂大尉を上手く口説いてこの土管帝国に転送し、先生と対面させて現在の状況に至る訳だ。

最初は仰天して自分が死後の世界に来てしまったのかと錯覚していた大堂大尉であったが、先生の説明を聞くと嬉しさと申し訳無さが一気に押し寄せてきて泣き崩れてしまったのであった。

まあ、彼の事は先生に任せておこう…それよりも幾つか気になっている問題を整理しておこうかな。

「タチコマくん、CIAの諸君はまだ私たちを探しまわっているのかね?」

《はい~、あのお寺の周りをうろうろしてますね~》

《御苦労はんやなあ~~》

「それで、彼らの上司…あのCIAの美人スパイさんはどうなってるの?」

《それなんですけど~~彼女は本国の上司にネチネチ嫌味を言われてました~~》

《可哀想やなあ~~》

…同情すると馬鹿を見るぞ?

《本国の上司からは日本国内の情報網やクーデター計画の工作網が機能不全になった事でかなり怒られていましたね~》

「おやおや可哀想に…まあ、これでしばらくは彼女の仕事を妨害する必要もなくなるだろうけどね」

《え~? いいんですか~~?》

《また新しいスパイ工作を始めるんと違うか~~?》

「もちろんそうだろうね…だけど今度は最初から君たちの監視や、鎧衣課長の送り込んだ二重スパイがつく事になる訳だ」

≪そして何も知らぬまま調子に乗った彼女は、ある日突然得意の絶頂から奈落の底に突き落とされる……まさしく悪魔の如き手口ですねマスター(管理者)≫

《うわあ~~~》

《最低やなあ~~~》

…悪かったな、それじゃ他にどうしろって言うんだよ?

「あのね君たち、向こうは一つの国を丸ごと奈落の底に突き落とそうとしてるんだよ? 同情の余地があると思うかい?」

《あ~、そう言えばそうですね~~》

《せやなあ~~~》

「まあ、あのミス・ホークの運命については後々考えるとして…今回は顔を見られているんだよね」

…そう、今回大堂大尉をここに連れてくるために彼と接触していたところをCIAに見られているのだ私は。

彼と共に姿を消した私を彼女たちが調べにかかるのは時間の問題か…いや、どの道あの連中からはマークされているんだし同じ事かな?

「まあそっちは向こうの出方を待つとして、その他の監視や盗聴は上手く行ってるかい?」

《バッチリです~~、本土防衛軍や五摂家の屋敷の方は全て監視体制を完了しています~~》

《ミニコマの量産体制も整うて来たし、もうすぐ他の所へも配備出来るようになるで~~》

ふむ、ミニコマの量産が安定すれば帝国内だけでなく必要とあれば世界中に目と耳を設置出来るようになる筈だ。

いくらタチコマくんたちのハッキング能力が優秀でもネットの盗聴やハッキングだけでは入手出来ない情報も多々存在するのだ。

横浜基地にもタチコマ1機とあとミニコマも配備しておくか…香月博士にバレたらえらいことになるがまだお互いに信用出来る間柄ではないし、それにちょっと心配な事もあるしね…

さて、日本国内はこれでいいとして問題はアメリカか…出来れば近いうちに直接大統領と接触して話を聞いてもらいたいのだが、いくらなんでもそう簡単にはいかないだろうな。

何かいい手はないものか…こちらから手札を切ろうにも適当な物が《モロボシさ~ん》…おや、どうしたのかな?

「どうしたんだい、突然」

《なんだかCIAの人達の動きがおかしいです~~》

はい?

《ジェニー・ホークさんの指示でモロボシさんを拉致する気みたいですよ~~》

《うわあ~~~怖い女やなあ~~》

まったくだ…いくらなんでもちょっと短絡的過ぎないか?

「それで一体どこで襲いかかってくる気かな?」

《それなんですけど~~、どうも松鯉商事の周りに人を配置しているみたいです~~》

おいおい正気か? いや、まてよ…もしかして…

《多分会社に戻ったモロボシさんを、無理矢理拉致する気なんじゃないかと思うんですけど~~》

《あそこの周りには他のスパイもおるやろに、ホンマにやる気やろか~?》

「なるほど、そういうことか」

《え?》《何がや?》

「多分これは示威行動だね、あえて衆人環視の中で私を攫う事で帝国や他の国への見せしめにする気だろう」

《何でそれが見せしめやの~?》

「私がCIAの情報網を破壊したからだよ、だからこそあえてこんな粗雑と言っていい手段に訴える気になったんだろう」

おそらくこの推測はさほど的外れではないだろう…彼女の判断ではなく本国からの指示という事もあり得るが、どちらにしても私をこんな形で拉致するとしたらその目的は情報の引き出しよりもむしろ帝国(煌武院殿下)や他の国への見せしめの意味が強い筈だ……ヤクザの発想だなこれは。

《どうします~~、モロボシさん~~?》

《取りあえず今日はここに泊まった方がええんとちゃうか~~?》

「…いや、会社に戻るよ」

《ええ~~~!!!》

《正気かいな~~!?》

≪とうとう自殺願望にまで取り憑かれましたか…デッドエンドはもう目の前ですね≫

…自殺願望だと? そんな物はてめえらを引き取った時から持ってるわい!!

「せっかくお客さんが来るんだからちゃんと接待しないといけないだろ? 君たちも手伝ってもらうからね?」

《あ~成程なあ~~》

《わかりました~~》

≪あまり散らかさないでくださいよ? マスター(管理者)≫
 
 
…さて、それでは歓迎の準備を始めますか。
 
 
 
 
 
 
【深夜 松鯉商事本社】

ビルの裏口から数人の男たちが侵入してきた。

彼らの目的はこのビルに一人居残って残業をしている男、諸星段の拉致である。

周囲のビルに潜んでいる帝国や他の国の諜報員たちの目の前である意味堂々と彼を拉致する…世界最強の国家だからこそ出来る力技ではあるが、それでもやはりこんな粗雑な作戦行動は勘弁して欲しいとエージェントたちは心の中で思っていた。

だが、立て続けに起きた予期せぬトラブルに腹を立てた彼らの上司(又はその上)からの命令に逆らう訳にはいかなかった。

(こんなうんざりするような任務はさっさと終わらせよう)

その本音を腹の中に飲み込んで彼らCIAの工作員たちはビルの一室を目指す…だがその直後彼らの気配はビルの中で消失し、そして彼らは二度とそのビルから出て来る事はなかった。

数日後、彼らは思いもかけない場所で発見される事になる。

そしてその奇妙な出来事がやがて世界を揺るがす程の大事件への前兆となるのであった。
 
 
 
第37話に続く
 
 
【おまけ】

「駒太郎、これは何の映像ですか?」

《え~と、モロボシさんがCIAの人たちを招いてパーティーをやってるそうです~》

「…何だと!?」

「諸星どのは一体何を考えているのですか!?」

「二人ともそう怒ってばかりではいけませんよ、それで諸星がやっているこの踊りのようなものは…?」

《これは大昔あった踊りで『ディ○コ婆ちゃん』と言うそうです~~》

「まあ、そうですか……何だか楽しそうな歌と踊りですね」

「「殿下!!」」

《モロボシさんが言うには“相互理解への第一歩”だそうです~~》

「…やはりあの男は正気ではないな」

「あら、また違う歌と踊りを皆で始めたようですね…」

《モロボシさんが“異次元人に攫われる場合はこの歌が定番”だと言ってます~~》

「そうなのですか?」(今度教えて下さいね、駒太郎?)

(はい~~)




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第37話「さあ、おとぎばなしを始めよう(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/05/18 22:37

第37話 「さあ、おとぎばなしを始めよう(前)」

【2001年3月25日 帝都城】

え~皆さんこんにちは、モロボシでございます。

現在私は帝都城の一室で将軍殿下から直々の尋問を受けている最中だったりします。

まあ、実際に尋問を担当しているのは侍従長と月詠大尉な訳で、殿下と紅蓮閣下と斑鳩少佐…そして鎧衣課長は見物人ですな、はっきり言って。

…しかし理不尽な、何故この私が尋問など受けなければならないのだろうか?

「何故だと……ほほう、つまり貴様は自分が何をしたのか自覚しておらんのだな?」

いやあの月詠大尉、そんな怖い顔で迫らないで下さい…

「そなたの奇矯な言動は今に始まった事ではありませんが、自分が殿下より斯衛軍大尉の身分を頂いておる者であるという事をお忘れではありますまいな?」

はい、もちろんです侍従長様…決して忘れてはおりません。

「「なればこれは一体何の真似だ(ですか)!!!!!」」

何の真似だと言われても……困ったな。
 
 
月詠大尉と侍従長が激怒しているその理由は目の前で駒太郎が再生している映像にあった。

先日我が松鯉商事本社に侵入してこの私を拉致しようとしたCIAの工作員御一同をタチコマくんたちが取り押さえ、逆に彼らを土管帝国に連れて行って歓迎パーティーを行った時の映像なのだが…

「それにしても楽しそうに踊っていますね、諸星」

殿下がそう言うと侍従長と真耶大尉は一層顔を険しくさせた。

「いや実は相手があまりに怖がっていましたのでなんとか緊張をといて貰おうと思いまして、とっておきの宴会芸を披露したのですが…」

「…緊張を解くだと?」「とっておきの…なんと仰いましたか?」

…怖いよお~~~(泣)

「くすくす…二人ともそれくらいで勘弁しておあげなさい」

「はっ…」「…承知いたしました」

はあ…殿下が宥めてくれたおかげでなんとか助かったか。

皆さんどうやら捕まえたCIAの皆さんを相手にやったパーティーの内容をリアルタイムで見ていたようだが、あまりに不謹慎すぎるとこのお二人はお怒りのようだ…シリアスな状況の直後だから気分転換がしたかっただけなんだがなあ…

「それで諸星、かのスパイ共は今は如何しておるのだ?」

月詠大尉と侍従長の剣幕に恐れをなして今まで黙っていた紅蓮大将が聞いて来た。

「今は土管帝国の隔離用の区画に“閉じ込めて”あります。 まあ、居住環境は快適ですし…脱出は不可能な場所ですから問題はないでしょう」

「“閉じ込める”ですか、いやいや全くもってとんでもない牢獄があったものですなあ~~はっはっは」

そこがどんな場所かをわかっている鎧衣課長が愉快そうな表情でそう評した。

「ふむ…この斑鳩も是非一度行ってみたいものですな」

「はい、それでは都合のよろしい時にでも御招待させていただきます」

「うむ、頼む」

「それで諸星、彼の者共を如何する気だ?」

「それですが…彼らを使って米国との交渉の糸口をつかもうと思っています」

「むう…」「ほほう…」「ふうむ」「まあ」「なに!?」「彼の国とですと!?」

「はい、これから自分は本格的な土管帝国への移民計画を準備しなくてはなりませんが、そのためにはやはり米国との交渉が不可欠だと考えていますので」

「だが、あの国に全ての人類を避難させる意志があるとは思えんぞ?」

月詠大尉が米国への不信感を露わにするが、私はそうは思わないのだ。

「月詠大尉、確かにあの国の権力者たちの中には度し難い人間が多数います…しかし必ずしもそんな愚か者だけではないでしょう」

「ふん…どうだかな」

「それで? お主はその愚か者以外の人間に目星を付けているのかの?」

「ええ、すでに何人かは」

「ふうむ、差し詰め上院議員のウォーケン氏と後は…」

「…ロバート・コルトレーン」

「「「「「なっ!!!!!」」」」」


私のその言葉に全員が驚きの声を上げる…ああ、鎧衣課長だけは別ですか。

「本気か? 諸星大尉?」

「無論、本気ですよ斑鳩少佐殿」

「むう、しかし相手は大統領だぞ…どう繋ぎをつける気だ?」

難しい顔で紅蓮大将が唸るが、それも当然の事だろう…なんといっても相手は世界最大にして最強の国家のトップである。

それと繋ぎをつけて交渉する事がいかに大変、いや無謀な試みというべきか。

普通なら榊総理や悠陽殿下の代理人として会うという方法を選択するところだが、下手にそれをやれば後でこの国に余計な重荷を乗せかねないのだ。

殿下は御自分の名前を使ってもいいと言ってくれているが、後ろに控えた二人の女性が“ソレヲヤッタラオマエヲコロス”と顔で言っているんだよね……怖いったらありゃしない。

まあ私も今の時点で殿下や総理にそんな負担をかけるつもりは毛頭ない。

だからこそ…

「成程、そのためにあの諜報員たちを使う訳ですな?」

「お察しの通りです、鎧衣課長」

…流石は天下のタヌキ親父、この私の目論見などたちどころに見抜かれますか。

「諸星、左近だけが解っても私たちが困ります…どういう事ですか?」

「うむ、説明してくれ」

殿下や紅蓮閣下たちが説明を求めたので私は自分の作戦を説明した。
 
 
「なんと…」

「うむう~~~」

「お主…本気か?」

「いやいやまったく…とんでもないですなあ~」

「…貴様はやはり狂っておるな」

「…呆れて物が言えませぬ」

皆さん呆れた顔でそんな感想を漏らされておいでですが…反対意見はないようですな。

「近日中にこのプランを実行に移す予定ですが、それは即ち…」

「そなたの作った『土管帝国』の存在を世界に晒す…ということですね?」

「はい、あくまでもその一部に過ぎませんが」

「むう…しかしそれをすれば後戻りはきかなくなるであろうな」

紅蓮閣下の言う通り私の作戦を実行すればここにいる人たちだけでなく、世界中が我々の作った人類の避難場所を目にする事になるだろう。

それは同時にごく僅かな信用出来る人々との取引だけでやってこれたこれまでの仕事と違って、裏切りや謀略を前提とした血生臭い領域に踏み込むという事でもあった。

だがしかし、その領域に踏み込まなければ結局私の仕事は成就しないで終わるだろう。

「わかりました諸星、そなたに一任します」

「はっ、ありがとうございます殿下」

「いやいや…これはまた忙しくなりそうですな」

殿下の承認を受けて一安心の私と違い、今後の仕事の大変さを想像した鎧衣課長がぼやきの声を上げた。

「課長、通信用のミニコマを差し上げますから仕事に使ってください。 けっこう便利ですよ? チビコマ経由で色々と情報の収集も出来ますからね」

「おお、それは有難いですなあ~~」

今後の事を考えれば鎧衣課長との連絡網はしっかりとした物にしておかなければならないだろう。

さて、あともう一つの問題は…

「後は横浜の件ですが、明日にでも香月博士に挨拶してきます」

「! 香月博士に…打ち明けるのですか?」

悠陽殿下が緊張した顔で聞いて来た…周囲の人たちも一斉に険しい表情でこちらを見るし、真耶大尉に至っては返答次第では私の口を封じるべきかと真剣に考えているようだ。

だが“おとぎばなし”の内容を知っている以上、彼女たちがそうなるのも無理はない。

いかに人類を救うために余裕がなかったとはいえ、結果的に自分の身内が生贄となった(あるいはこれからそうなるかもしれない)という話を聞かされて虚心でいられる方がおかしいのだ。

もしも今“おとぎばなし”の内容を彼女に話せば、御剣冥夜をはじめとする5人は確実に香月博士の手駒として完全に彼女の手の中に取り込まれるだろう。

出来ればそれは回避したい…と考えるのが人情だ。 誰だって好き好んであんな魔女の巣窟に娘や妹を送りたいとは思わないだろう……たとえ香月博士が私心なく自分の役割に徹しているのだとしても。

「“おとぎばなし”の内容についてはまだ話すべき段階ではないでしょう。 しかし『土管帝国』による第5計画の修正についてはそろそろ詳しい事を知ってもらうべき段階に来ていると判断します」

「そなたの言う通りでしょうね、ではそのこともそなたの判断に任せましょう」

「殿下…」

憂いと不安を押し殺して決断する悠陽殿下を月詠大尉と侍従長が痛ましげな顔で見守っている。

「殿下、彼女たち5人が無謀な死地への突入をせずとも済む方策は既に作り始めています。 どうかご安心を」

「諸星…そなたに感謝を」

私の言葉にようやく殿下は小さな笑みを浮かべ、それが逆に侍従長の涙を誘っていた。

さて、それでは香月博士への説明を考えないとな…
 
 
 
 
 
 
【3月26日 国連軍・横浜基地 B19F】

社霞は青く光るシリンダーの前にいた。

このシリンダーの中に浮かんでいる脳髄、鑑純夏の心を見るために。

人の思考を読み取る能力…それがオルタネイティヴ3において開発され、自分に与えられた能力だった。

彼女はその能力を買われてこの横浜基地に引き取られ、そして香月夕呼の助手としてオルタネイティヴ4の実験を手伝ったり、時々夕呼の命令で執務室に訪ねてくる正体不明の男たちの心をリーディングしたりもしていた。

それらは霞にとって必ずしも楽しい作業ばかりではなかったが、最近は少し楽しみにしている事があった。

今年になってから時々ここに現れるようになった男、諸星段。

彼の思考は自分が見たことも聞いた事もない不思議な世界で満ち溢れていた。

もちろん霞にはそれが一種の欺瞞情報である事は解っていた…だが、それでもやはり彼の頭の中で繰り広げられる不思議な物語は楽しくて仕方なかった。

今度は一体どんなお話を“見せて”くれるのだろう…心の片隅で霞がそんな事を考えていると…

(! …だれかいる? この部屋には入れない筈なのに…)

自分とシリンダーの中の彼女以外の“思考”を感じ取った霞は周囲を見渡すが、誰かがいる筈の方向には誰の姿も見えなかった。

(…でも、確かにいます。 …目に見えない誰かが)

霞がその“思考”の存在する場所をじっと見つめていると…

《あの~? ボクの姿が見えるんですか~?》

何も無いはずの場所からそんな呑気な声が聞こえて来た。

「………誰ですか? あなたは?」

自分に対する敵意はない…そう気付いた霞は勇気を振り絞ってそう聞いた。

《え? ボクですか~? ボクはチビコマ2号の『駒之介』といいます~~》

「…駒之介さん…ですか?」

「はい~~よろしくね、霞ちゃん♪」

それが社霞とチビコマ2号『駒之介』の出会いであった。
 
 
 
 
 
 
「それで、今日は何の用かしらコウモリさん?」

香月博士が何時になく楽しそうな顔で私に聞いてくるが…何故こんなに楽しそうなのだろう?

「はい、実は近日中にアラスカへ出張しますのでその前に御挨拶を…と」

「へ~~アラスカへねえ~~、あんな目にあってもまだめげないんだ~~?」

…はて、あんな目とは?

「なんの事でしょう? 香月博士?」

「CIAの連中に襲われたってのに、懲りもせずに合衆国の領土に足を踏み入れようってんだから大したものよねえーって言ってるのよ」

「…御存じでしたか」

「当然でしょ? あたしを甘く見るんじゃないわよ」

何処から聞いたか知らないが大した地獄耳だねこの人は…どうやら優秀な情報の提供者は鎧衣課長だけではないようだ。

「それで?あんたの会社に忍び込んだまま帰ってこないスパイさんたちは一体何処へいったのかしら?」

目が笑ってね~よこの人……怖いなあ~~

「いやあ、なにせ突然の御来訪でしたからねえ~~、取りあえず出来る限りのもてなしをさせて貰うために当社の特別保養施設で楽しんで頂いている最中なのですよ、はい」

「え? それじゃまだ殺してないの?」

ビックリしたような顔で香月博士が聞いて来たけど……なんだか聞き捨てならない言葉が聞こえたような…この人、私の事を何だと思ってるんだろう?

まあ確かにあの状況では彼らを皆殺しにしても文句を言われる筋合いではないのだが、生憎とこの私はたとえ正当防衛であっても極力殺生を避けるように国から命令されている身だ。

もちろんこの場合の“国”とはこの世界の日本帝国ではなくて、我が祖国日本民主主義人民共和国の事だけどね。

我が国が世界に誇る世界遺産の一つ、○法第9条の精神を順守するためには木端役人の生命が危険にさらされる事など瑣末な問題らしいのだ。

なんだか無性に泣きたくなってきたな……いや、くじけている場合じゃない!(キリッ)

「まあ、彼らについては近日中に国に帰って頂く事になるでしょうけどね」

「ふーん、あんた一体何をする気?」

面白そうな顔で香月博士がそう聞いて来た。

もちろん彼らをタダで生かして帰す訳がない…それがわかっているからこそ、どんな趣向かを聞いておこうというのだろう。

ついでにその趣向を利用して自分の利益も確保しようと考えているのが見え見えだが、彼女はそれを隠す気もないようだ…怖い女性だねまったく。

「そうですなあ~、差し詰め“自己紹介”といったところでしょうか?」

「はあ? じこしょうかい~~?」

…いやそんな間抜けなひらがなで言わなくてもいいでしょうに。

「ええ、そろそろ米国…特に大統領にも、そして貴女にも私が何者であるのか自己紹介すべき時が近いと思いましてね」

「あら素敵ね、そう言ってくれるのを今日か明日かと待ってたわ」

香月博士がそう言ってくれるのだが、それにしては何故かおでこの隅に青筋が……見なかったことにしよう。

「ただ言葉で言ってもなかなか理解しては…ああ、貴女は別ですがね…難しいところですので、一目で見て私の意図を理解してもらえるような方法で自己紹介させて頂くつもりです」

「へえ~~? それでその前振りとして例のCIAの連中を使う…と」

「まあ、そんなところですかな」

「ふーん…まあいいわ、それじゃあアンタの“自己紹介”とやらを楽しみにさせて貰おうかしら?」

「はい、是非ご期待下さい…ああ、それともう一つ」

「あら、まだ何かあるの?」

さて、いよいよここからが本番だ。

「ええ、そろそろ扉の向こうにいる女の子に挨拶しておこうかと思いまして」

「!……なんの話かしら?」

(もういいよ、こちらにおいで)

私が心の中でそう呼びかけると、ドアが開いて彼女…社霞が入って来た。

「社!どうして!?」

「私が呼んだからですが? それがなにか?」

私がそう言うと香月博士は凄い表情で睨んで来た。

「あんた…一体どうやって霞を…」

「誑かしたのか…ですか?  別に誑かしてなどいません、ただ単に彼女に色々な事を理解してもらっただけですよ」

「え…?」

「これまで私が彼女に見せて来た様々な情報はもちろん私の思考を隠蔽するための欺瞞情報でしたが、同時に彼女に様々な世界や人間の在り方と可能性を教えるための教材でもあったのですよ」

「何ですって!?」

「毎日毎日シリンダーの中の狂った脳味噌の相手ばかりではその子の情操教育など不可能ではありませんか?」

「……そう、そこまで知っているのね」

そう言うと香月博士は机の引き出しから9ミリ拳銃を取り出して私に狙いをつけた。

「…博士、拳銃は最後の武器だと申し上げた筈ですが?」

「あらそう? それじゃあこれが最後の質問てことになるわね、アンタ何者?」

口元に強張った笑みを浮かべて香月博士がそう告げる…本気だなこれは。

「そうですな、正確な表現をするなら災害救助隊員という事になるのでしょうかね?」

「はあ? 災害救助?」

「ええ、BETAという災害から一人でも多くの…もしも可能であれば全ての人類を救助して安全な場所に誘導する使命を与えられた人間ですよ私は」

「へえ~~安全な場所ねえ~~、そんな場所がどこにあるのかしら?」

「それを近日中にお目にかけることになるでしょうね、貴女やコルトレーン大統領に」

「ふうん、でもどうしてアメリカじゃなくてこの国やあたしに接触したのかしら? もし安全な場所とやらを提供できるならあっちの方が話が通り易いんじゃないの?」

「確かにその通りですが、なにせあの国にはG弾を大量に使用すれば全て解決すると本気で考えている人が大勢いますからね。 もし彼らが私の用意する避難場所の事を知ればそれを力ずくで確保してからバビロン戦略を強行するという愚行を本気でやりかねませんから」

「なるほどねえ~、だからアンタはあのファイルをあたしに検証させてからコルトレーンに見せるように仕向けた…まんまとアンタに利用されたって訳ね」

私の説明に香月博士は納得したようにそう言ったが、拳銃を下ろす気配は一向にない。

「それで? その救助隊員さんがどうして第4計画の最高機密を知っているのかしら?」

「…機密ではないからです」

「……は?」

私の言葉に香月博士はぽかんとした顔でそう言った…うむ、なかなか貴重な表情だな。

「博士、扉の向こうの彼女…『鑑純夏』の事は貴女たちにとっては最高機密の一つでしょうが、我々にとっては単なる基礎知識に過ぎないのですよ」

私がそう言うと彼女は本気で動揺した様子で社少尉の方を見た。

「…博士、この人は嘘を言っていません。 本当に純夏さんや00ユニットの事を当たり前のように知っています」

「そう…」

社少尉の言葉を聞いた香月博士はそこで初めて拳銃を下ろして、大きな溜息をついた。

「それにしても驚いたわね、霞が自分の意志で出て来るなんて…」

どこか呆れたような声で博士が仰る…ふむ、説明させて頂きましょう。

「博士、人間の心を成長させ、そして自我を確かなものにするのに最も必要な物は何だと思いますか?」

「…そうね、好奇心かしら?」

「そう、好奇心です。 それがあるからこそ人は知識を求め、知性を育て、自分と世界との関わりを理解して自我に目覚めるのだと思います。  今日までの貴女との接触の間、この子が私の頭をリーディングしているのを逆に利用して、私はこの子に心の栄養分とでもいうべき物を提供していたのですよ」

「へ~、また随分と御親切ねえ? 自分の頭を覗き込んでる相手に情操教育を施して来たっていうの?」

「子供の心を育てるのは大人の務めでしょう? 少なくとも貴女なら私のこの行為を是とすると思っていますが?」

そう、これは我々大人の務めなのだ…この少女を生みだした連中は彼女やその姉妹たちを単なる道具としか見てはいなかった。  そして香月博士に引き取られてからは、人間扱いはされてもまともな情操教育を受ける余裕などなかった筈だ……社霞の感情が薄いのはひとえに彼女の周りの大人たちがまともな養育や人としての教育を行わなかったことにあるのだろう。

だからこそ余計なおせっかいと言われるのを承知の上で私がちょっかいを出したという訳だ。

「ふうん、単なる親切心でもないし偽善というのとも違うみたいだけど…まあこの子のためになったんなら良しとしておきましょうか」

香月博士はそう言って彼女には理解出来ないらしい私の行動を容認してくれた。

さて、それでは最重要案件だ。

「ありがとうございます…それと博士、実はこの子に友達を作って上げたいのですが」

「はあ? ともだち?」

「…駒之介さんです、さっき会いました」

「え゛?」

社少尉のその言葉に流石の香月博士もぎょっとなった。

「博士、その子が言う『駒之介』というのは私が用意した目に見えないペットのような物でして」

「ちょっと、冗談じゃないわよ! この基地の中にそんなもの放し飼いにしないで頂戴!!」

「御心配なく、別に餌代とかは必要ありませんしそれにマーキング等の行為も行いませんから」

…ハッキングとかストーキングとかはするけどね。

「…一体何なのよそれは?」

「まあ何と言いますか、座敷わらしや小人や妖精みたいなものだと思ってくれればいいのですが…」

「で? 何のためにそんなモノをここに置くの?」

「基本的な理由は2つあります。 まず一つ目は私に代わって社少尉の話相手になってもらうのと、彼女の仕事のお手伝いです」

「手伝いって…どんな?」

「そうですなあ…例えば狂った脳髄の治療、とかは如何でしょう?」

「へえ? そんな事出来るの?」

私の話に興味を示したように博士が聞いて来た。

「はい、すぐに本格的な治療をとは行かないでしょうが、時間をかければ成果を上げられると思っています」

鑑純夏の00ユニット化については干渉すべきか否かで支援者たちの意見が分かれるし、私の本来の仕事ではないために不用意に深入りする訳にはいかないが…できればなんとかしてやりたいと思うのが人情というものだ。

「ああ、それと彼はキレイ好きですから時々はこの執務室の整理整頓とかもやってくれるでしょうね」

「…勝手に人の部屋の中に入ってくる動物はタヌキとコウモリだけで十分なんだけど? それで、もう一つの理由は何?」

「御剣冥夜と他4名の少女たちの護衛です」

その言葉を聞いた途端に香月博士の目が鋭く光った。

「…あの高慢ちきな斯衛の女がいるじゃない、アレじゃ不足なの?」

「煌武院殿下が復権を果たされる以前なら問題はなかったでしょうね。 しかし、今では状況が変わってしまったようです」

私がそう言うと、彼女は何処か楽しそうな顔で辛辣な皮肉を口にした。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い…か、よくもまあそんな馬鹿共がのさばってられるわねえこの国は」

「殿下が復権を果たした事で彼女を恨んだり、逆に自分たちこそがその座にふさわしいと錯覚した人たちが大勢いるようでして…」

「…で? その馬鹿共が御剣たちにちょっかい出すと?」

「まだ可能性の段階ですが」

そう、あくまでもその可能性があるというだけだが…殿下の復権以後この横浜基地の監視にあたっている国内のスパイたちの中に摂家や有力公家の隠密と思われる者たちが増えているのだ。

用心のためにこの基地の敷地内にタチコマ1機とミニコマ数十機、それに駒之介を加えたタチコマ部隊を配備しておいたのである。

まあ、香月博士に教えるのは駒之介の存在だけだが。

「…いいでしょう、そのかわり変な真似をしたら必ず捕まえて解剖するわよ?」

「…可哀想ですそんなの」

「うっ…霞…もう、仕方ないわね」

社少尉の涙声に押されて渋々諦めたように見えるが…この人がこんな面白い物を放って置く筈がない。

(必ず君の事を捕まえて分解しようとするだろうから、決して見つかるんじゃないよ? チビコマ2号君?)

《は~い、大丈夫です~もう段ボール箱もちゃんと用意してありますから~♪》

……何故段ボール? まあいいか。

「ところで博士、これは余計な事かも知れませんが問題の207Bの少女たちをどう扱うおつもりで?」

「さあね~、政治的な価値が高すぎるからうっかり戦場に出す訳にも行かないのよねえ…死んだら後が面倒だし」

「…でしょうな」

何とも酷い言い草だが、確かに彼女の言う通りだろう…御剣冥夜たち5人はその生い立ち故にあまりにも政治的な価値があり過ぎるのだ。

だからこそ迂闊に戦場に出さないように配慮を重ね、総戦技演習で彼女たちを故意に落とすような真似までしたのだろう(もちろん207Bのチームワークにも問題はあっただろうがまりもちゃんが演習前にその欠点を是正しなかったのは、とどのつまり彼女たちに合格させないためだったのだろう)

「別に正式任官しても問題ないと思いますけどね…」

「へえ…今度は何を企んでるのかしら?」

「企むというほどでは…何も戦場に出るだけが衛士のお仕事ではないでしょう? 碓氷大尉たちを何時までも相馬原基地に置くつもりもないでしょうし」

「ふ~ん?」

「ああそう言えば…碓氷大尉たちだけですか? 相馬原基地の試験運用に参加するのは」

「さあ? …ああ、ひょっとして御名瀬に利府陣て男を引き込まれないか心配してるのかしら?」

「いえいえ、若者同士の恋を邪魔する程野暮じゃありません…というか、いっそのことA-01の全員と顔見知りになってはどうかと思いましてね?」

そろそろあのヘタレ君にも覚悟を決めて貰わないとね、どうせバレるのは時間の問題だろうし。

「…まあいいわ、何を企んでいるのか知らないけど考えておいてあげる」

「ありがとうございます、それでは本日はこの辺で…ああ、もしも緊急に連絡が必要な場合は駒之介くんを通して連絡しますので」

「見えないヤツから連絡を受けろっていうの!?」

「…わたしが取次ぎをします」

「よろしくね、社少尉」

「…はい、あとこれでいいですか?」

そう言って彼女が私に手渡してくれたのは「やしろかすみ」のサインが書かれた色紙の束であった。

「ああ、書いてくれたのか…ありがとう」

「アンタ…霞にまでそれを渡してたの?」

「ええ、彼女のサインを欲しがる人は多いですから…それでは失礼します」

「…勝手にしなさい、もう」
 
 
 
 
 
基地のグラウンドに出て空を見上げると、まだ日は高かった。

ふむ、どうやらもういくつか回れるお得意先があるかな?

アラスカに行く前に片付けたい仕事は沢山あるし…ああそうだ、帝国動画に製品チェックの結果を聞いておかないと。

軍関連のお仕事は猪川少佐の部下がやってくれてるけど、他の仕事はそうじゃないからなあ…

いや、ぼやいてる場合じゃない。

もうすぐ本格的に本来の仕事を始めなければいけないのだ…CIAの工作員たちを送り返す前にやっておく事は山ほどある。

さあお仕事お仕事…
 
 
 
第38話に続く
 
 
 
 
 
 
【おまけ1】

「…博士」

「どうしたの霞?」

「駒之介さんが『よいこのみなさんは“いんじゅうもーど”をオフにしてつかってください』って言ってるんですけど…わたしは良い子でしょうか?」

「………それでいいのよ、霞」

(あのクソコウモリ~~~!!! 子供になんてモノ与えてんのよ~~~!!!!!)
 
 
 
 
【おまけ2】

《モロボシさ~ん、霞ちゃんのサイン見せてください~~》

《見せて見せて~~~》

「はいはい、汚しちゃダメだからね?」

《モロボシはん、霞ちゃんの直筆サインは限定10枚で競りにかけるんやろ?》

「そうだね、有力支持者のみんなにだけ分けると後でクレームが来るし…」

≪本音はこれを餌に大口の支援を取り付けるつもりですね?マスター(管理者)?  いたいけな少女の直筆サインまで利用するとはあきれ果てた根性ですね≫

…なんとでも言ってくれ、みんなビンボが悪いんだ。

《世知辛いなあ~~~》

《ですよね~~~》







[21206] 第1部 土管帝国の野望 第38話「さあ、おとぎばなしを始めよう(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/05/23 18:30
第38話 「さあ、おとぎばなしを始めよう(後)」


【2001年3月28日 アメリカ合衆国・ワシントンD.C.】

合衆国大統領ロバート・コルトレーンは目の前の光景に困惑していた。

(ここは確かホワイトハウスの執務室…つまりこの私の仕事場の筈だったな。 確か今日はホワイトハウスに一般の見学者を招く予定日ではなかったと思うが…ブロードウェイのショウダンサーやコメディアンを誰かが招いたのか?)

「オマエハオマエヲシンジナサイ、ホレシンジナサイ、ホレシンジナサイ…」

黒のスーツと黒ネクタイ、黒眼鏡…全身黒づくめの男たちが意味不明な歌を唄いながら輪になって踊っている。

そんなシュールな光景を執務室に入った瞬間に見てしまったのだから困惑するなと言う方が無理な相談であったろう。

そして警護のシークレット・サービスたちが慌てて彼らを取り押さえ連行して行った後、自分の机の上に置いてあった1枚のメモに大統領は気付いた。
 
 
『カイザーの物はカイザーに、アメリカの物はアメリカに返却します。

                                 M-78』

 
 
少し考えた後で大統領は秘書官に彼らの詳しい調書を出来るだけ急いで直接自分に持って来るように指示し、自分の友人に連絡を取り始めたのであった。
 
 
 
 
 
【4月2日 土管帝国・某所】

《モロボシさ~ん、こっちの準備は出来ました~~~》

「そうか、それじゃあそのままスタンバイしておいてね」

《は~い》

≪マスター(管理者)、重力制御システムやスタビライザー等のチェックは終了しています。 こちらの作業も間もなく完了するでしょう≫

「こっちはかなりデリケートな作業になるからね、念には念を入れてやってくれよオシリス」

≪そう思うならこんな狂った作業内容を設定しなければいいでしょうに、マスター(管理者)の妄想を基に作業を行う私の身にもなってください≫

…どの口が狂った妄想云々を言ってるんだろうねこのイカレAIは。

《モロボシは~ん、予定のポイントにアメリカや国連の軍艦が近付いとるで~~》

「そうか、どうやら予定通りに行きそうだな」

≪いよいよマスター(管理者)の狂気の野望を世界に見せる時が近づいてきましたね…自分の恥を世界に晒す気持ちはどんなものですか?≫

そうだな…何故か目の前の狂ったAIを破壊したくてたまらない気分だね。
 
 
さて、いよいよ我が『土管帝国』が世界にその姿を晒す時が近づいて来た。

先日会社に侵入して私を拉致しようと試みたCIAの皆さんを逆に捕獲、そのまま土管帝国へ連行…もとい御招待して様々な接待をさせて頂いていた訳なのだが、このイベントの予告のために彼らを直接ホワイトハウスに送り届けてついでに私のメッセージを大統領に渡してもらったのである。

…当初彼らは軽いパニック状態だったが、薬物の投与や軽い催眠暗示、あとはタチコマくんたちの親切な接待等が功を奏したのか最終的には大変従順で大人しい人たちになってくれた。

やはり時間をかけた説得と接待こそが相互理解への近道だと確信した出来事だったな、うん。

私も自分の宴会芸を披露したり、彼らに歌と踊りを教えたりと苦労した甲斐があったというものだ。

(もっとも何故か先生と大堂大尉は私の事を生温かい目で見ていたし、月詠大尉と侍従長は氷点下の視線を向けてくれたが……何時かは解ってくれるだろう、多分)

そしてそれと並行してウォーケン上院議員ともコンタクトを取り、我が土管帝国が世界にその姿を見せる事とその場所や日時を伝えておいた。

それは結果として個人的な伝手で大統領にこちらが何をするか教える事となり、彼の指示で国連軍所属の米海軍の軍艦が東経160度のナウル共和国近海に向かう事となった訳だ。

そしてもう一か所、国連と合衆国の宇宙軍が駐屯している“ある場所”の方にも注意するようにと伝えてあり、そちらの方でも緊張が高まって来ているようだな…そろそろ頃合いか。

「ジェイムズくん、帝都城と横浜基地のチビコマたちに回線を繋ぐように言ってくれ。  もうすぐ始まるぞ」

《心配せんでももう言うてあるで~~》

…よろしい、ではカウントダウンに入ろうか。
 
 
 
 
 
 
【太平洋上 東経160度付近】

「…ふむ、まもなく予定時刻か」

戦艦“ミズーリ”のアダムス艦長は誰に言うともなくそう呟いた。

つい数日前、ハワイから出港しようとしていた自分の艦に突然意味不明な航行スケジュールの変更が伝えられた時はさすがに温厚な紳士で知られるアダムスも怒鳴り声を上げそうになった。

だがそれが国防省でも国連上層部でもなく、事実上大統領からの指示に基づく命令であると聞いた彼はそれ以上何も言わずに命令を受諾した。

(さて、一体この海域で何が起きるのだろうな?)

彼はこの任務にあたって戦術機3機を“ミズーリ”に艦載し、特殊部隊の準備も怠らなかった。

彼に与えられた命令は“この海域で起きる『異常事態』の映像をリアルタイムで国連及びワシントンに流すように、そして出来るだけ戦闘を避けるように”というものだった。

だがしかし、どんな事態が発生するのかも分からないのに戦闘の準備をしないという訳にはいかなかったし、他の艦船(豪州や太平洋諸国)へのけん制が必要となるかも知れない…それらを考慮しての判断でもあった。

「! 艦長! レーダーに反応が…何だこりゃああ!!!」

突然、レーダー管制の士官が頓狂な声を上げた。

「どうした、一体何が…なんだあれは!?」

レーダー管制官の方を見ようとしたアダムス艦長だったが、しかし彼は艦橋の窓から見えた光景に一瞬思考を停止させた。

そしてそれは同じ光景を見た全ての人間がそうであった。
 
 
 
 
…空の上に突然、巨大な釘か画鋲のような物が現れたからである。
 
 
 
 
「馬鹿な…」「おお…神よ…」「何だこれは…」「まさかBETAの…」

「落ち着け、諸君」

艦橋にいる全ての人間が困惑と不安の声を上がる中、アダムス艦長の落ち着いた声が響いた。

「副長、ワシントンと国連本部への回線は繋がっているか?」

「はい艦長! 回線は正常に繋がっています!」

「そうか、では向こうもこれを見ている訳だな… 副長、ワシントンのベイツ提督を呼び出してくれ」

「了解!」
 
 
 
 
 
「チーフ、なんか上の方が騒がしいですね」

ミズーリの厨房でコック見習いのティムが自分の上官にそう言った。

チーフと呼ばれた男は無言のままブイヤベースの鍋を見ていたが、ティムのその言葉にちょっと首を傾げてから質問に答えた。

「今回の出港は突然の予定変更によるものだったからな、おそらくその特別な任務の場所にでも辿りついたのかも知れんな」

「へえ? それじゃアンタの出番かもしれないなチーフ」

そう言ったのはこの厨房の古参であるデーブだった。

「え? どうしてですか、デーブ軍曹? 何でチーフが…」

「ティム、デーブ、無駄口を止めて仕事に励め」

ティムの質問を遮るようにそう言ったチーフは夕食のオードブルの支度にとりかかった。

彼は心の中で思っていた。

今更自分の出番などある筈がない…あの日、オペレーション・ルシファーの後で情報将校を殴った事で自分の軍歴は終わったのだ。

今の自分は恩人でもあるアダムス艦長の下で好きな料理に没頭するただの料理番に過ぎない。

それにこの艦の艦長、アダムス大佐は冷静で優秀な判断力を備えた人物だ。

今更自分が出しゃばらなくても彼と彼の部下たちならどんな困難にも立ち向かえる筈だ…

チーフと呼ばれる男はそう思っていた……しかし数時間後、彼のその予想は裏切られる。

他ならぬアダムス艦長の命令によって、チーフことケイシー・ライバック曹長は前代未聞の突入作戦を指揮する事になるのであった。
 
 
 
 
 
 
【同時刻 土管帝国・某所】

≪マスター(管理者)、間もなく先端部分が海面に接触します≫

「慣性制御の方はどうだ? 負荷は大丈夫……みたいだな」

《モロボシはん、なんでこんなハデな真似せなアカンのや?》

《いくらボクたちの技術でもこれは相当に危険な賭けになると思うんですけど~~?》

「成功率は95%以上だろ? そんなに心配しなくても大丈夫だって」

≪普通この手の作業で2%以上の危険性があったら即座に中止になる筈ですが…どうやらマスター(管理者)の狂った脳味噌にはその程度の常識さえも残ってはいないようですね?≫

黙れやこの痛コン(痛いコンピューター)が! てめえに狂っただの常識がどうしただのと言われる筋合いだけは断じてないぞ!!

「仕方ないんだよ、思いっきりド派手にやらないとこっちのすることを無視したり逆に強硬策に出たりする国や人がいるからね…彼らを牽制するのと、この土管帝国の存在を全世界に知らせるにはこれくらいやらないとね」

《ふ~ん…》

《ホンマかいな~?》

≪建前はともかく本音はどうでしょうね?≫

……ふっ、所詮はポンコツか…男の浪漫がわからん不良AI共が。

「ほらほら君たち、無駄口はいいから作業続行!!」

《は~い》《へ~い》

≪先端部の海面接触まであと11秒、10・9・8・7・6・5……≫
 
 
 
 
 
 
【ワシントン ホワイトハウス・大統領執務室】

執務室でその映像を見ていた全員が驚愕と恐怖で金縛りになっていた。

おそらくはその直径が数十kmに及ぶであろう巨大な円盤が突然空中に出現しその中央から下がった針先のような先端が海面に着水、ゆっくりと沈んでいく様子を見せられているのだから無理もなかった。

「なんという…」「これは果して…」「BETAの仕業ではないのか?」「いや、これはそうは…」

混乱しながらも状況を分析しようとするスタッフを横目で見ながらコルトレーン大統領は自分の思考の中に没入していた。

(“自己紹介”か…確かにこれはとんでもない自己紹介になるな。 そして同時にこれは我々に対する警告とデモンストレーションか…アーネストやDr.香月の話から考えても第5計画の危険性を訴え、変更を促すための…だがこれだけではない筈だ。 もう一つの場所には一体…)

「大統領!」

「! どうしたね?」

スタッフの一人が叫び声を上げたために慌てて思考を中断した大統領に、その叫んだ男がもう一つのモニターを指さして言った。

「…こちらにも来たようです」

(!これがそうか…成程な、確かにこれなら第5計画の修正案となり得るかもしれん!!)

もう一つの場所を映す映像を見た大統領は心の中で密かにそう叫んだ。
 
 
 
 
 
 
【月周回軌道上・ラグランジュ3】

「…なんだあれは!?」

オルタネイティヴ5の移民船建造に携わる米宇宙軍のデーヴィッド・ボーマン中尉はその光景を呆然と眺めていた。

数日前に突然このL3で異常事態が発生する可能性があると言われ、しかも具体的に何が起きるのかは知らされずにその状況をリアルタイムで地球に中継しろと命令された時は危うくその場で暴れそうになったのを懸命にこらえた彼だった。

自分たちがいるのは真空の宇宙空間であり、地球上の常識が通用しない場所なのだ。

そこに異常事態が発生するのに十分な情報も与えられず、撤退どころか実況生中継をしろと言われればキレそうになるのも無理のない話である。

(地球のオフィスにいる連中はここがどんな場所か分かってないだろう!!)

その魂の叫びを腹の中に呑みこんでいざという場合を想定して様々な備えをしてきたボーマン中尉は、その自分の対策を嘲笑うかのように出現した物に驚き、そして呆れていた。

彼の視界に見えるモノ…それは全長が数十km、太さが1万メートルもある巨大な円柱であった。

そしてその円柱は1本ではなく、実に十数本もあった。

そんな非常識な物が何の前兆もなく突然自分たちの目の前に出現したことにボーマンは内心で動転しながらも、その映像を地球に送るべく作業を続行していた。

(ファック!……お偉いさんたちはこれを知ってたのか? だったら教えてくれてもいいじゃないか! 一体これは何なんだ!!)

ボーマンが心の中で漏らした不満は、しかし的外れであった……彼の言う“お偉いさん”たちも殆んど何も知らされてはいなかったのだから。
 
 
 
 
 
 
【土管帝国・某所】

《モロボシさ~ん、L3の方は無事に作業が終わりました~~》

《土管コロニーの回転速度もちゃんと安定しとるで~》

「そうか、じゃあ残るはこっちの作業だけ…か」

≪慣性制御システムはまだ解除出来る段階ではありません、海上メガポートの部分が海面に着水するまであと3分……静止軌道上のスペースポートの位置と速度は安定しました、軌道エレベータのタワーに異常負荷がかかる可能性は間もなくコンマ以下に下がります≫

「さすがに全高36,000kmもあるタワーを一夜で建てるとなると大変だな」

≪人ごとのように言っていますが一体だれの発案だったでしょうね?マスター(管理者)?≫

…もちろん言い出したのはこの私だがね。

さて、説明しよう。

まず我々がL3に出現させた巨大な円柱状の物体、これは我が土管帝国の建設した国土『土管コロニー』である。

基本的には全長50Km、直径が10Kmの巨大な土管をベースにしたスペースコロニーだ。

これが我々が用意した“人類の避難場所”である。

従来人類が考えて来たスペースコロニーはもっと小さく、材質も金属系の物が使用される事が予想されたためにあまり長期間に渡って人間を収容出来る代物ではなかった。

(おそらくガ〇ダム等で出て来るスペースコロニーは同じシリンダー型でもこれより小さく、使用期間もせいぜい半世紀程度だろう)

だが、この巨大土管をベースにしたスペースコロニーはメンテさえ怠らなければ優に300年以上は使える代物なのだ。

土台となった土管の強度や耐久性だけでなく、その基本構造に組み込まれた宇宙空間においての吸廃熱機構やエネルギー源となるソーラー発電システムの性能や耐久性もそれに準ずるのである。

そして今回L3に出現させた土管コロニーは、我々が人類に提供する難民キャンプの第1弾という事になる。

同時にこれは我々の目的と役割を一目で(解る者には)理解できるようにするための物でもある。

おそらく横浜基地でこれを見ている筈の香月博士やワシントンのコルトレーン大統領には事前に提供した情報と合わせれば即座に理解出来る筈だ。
 
 
そしてもう一つ、太平洋上に出現させた巨大な画鋲の正体だが…あれはつまり軌道エレベーターの基底部分だ。

直径50kmの円盤型メガフロートに海底に固定するための巨大な杭をつけた物が空中から降りて来たために巨大な画鋲に見えたのだが、実はちゃんと上の方にはエレベータ塔もついている。

その基底部から軌道上の遠心ブロック兼スペースポートまでの長さは実に36,000km以上になる。

何故こんな物が必要なのかと言えば、その理由は我々の計画で地球から避難させる人間の数が多過ぎるせいである。

従来の第5計画の10万人という人数ですら、シャトル等の手段で宇宙に上げるとすれば途方もない燃料や人員を必要とする事になる。

(はっきり言って第5計画が10万人しか脱出させられなかった本当の理由は宇宙船よりもむしろこっちの方だったのではないかと私は考えている)

だが、この軌道エレベーターであれば遥に多くの人間を効率良く宇宙に運ぶ事が出来るのだ。

そして静止軌道上(正確にはそれより少し外側)にあるスペースポートからラグランジュ点の土管コロニーまでは現在第5計画が建造中の宇宙船をシャトルとして使用すればいい。

メビウスを使って地球上の人間を片っ端からコロニーへ送るという手段もあるにはあるが、あくまでこの世界の人類が可能な限り自力でそこへ行く方が望ましいという点からこの軌道エレベーターの設置を決めたのだ。

問題はこれをどうやって設置するかだったが、下手にメガフロートだけ設置してエレベーターの建設などやっていたら何年かかるか分からないし、妨害等も予想される…そこで私は一計を案じた。
 
 
まずエレベーター全体を宇宙空間で建設し、それをそのまま地球に突き刺す方法を取ったのだ。
 
 
…いやそんなおかしな生き物を見るような目で見ないで欲しい。

確かにそんな事をすればタワーが崩壊するだろうと言いたいのだろうが、我々のテクノロジーをもってすれば決して不可能ではないのだ。

メビウスシステムを使った重力や慣性の制御によってゆっくりと先端部を海面に下ろし、そのまま海底に突き刺して固定させる…円盤状のメガフロートが海抜0に達した段階で静止軌道のちょい外側でバランサー役を務めているスペースポートの牽引する力とマッチさせて安定した状態へと持って行く…うん、別にどうという事のない作業だな。

≪こんな常軌を逸した作業をやらせておいて言う事がそれですかマスター(管理者)、あなたには一度常識や節度というものについての再教育が必要ですね≫

…本来スクラップになっている筈のポンコツが何か言っているようだが気にする必要はないだろう。
 
 
さてどうやら無事メガフロートは海上に設置出来たし、スペースポートも軌道上で安定しているようだ。

そして軌道エレベーターのタワーにかかっている負荷も充分耐久可能な範囲に収まっているな…取りあえず作業は成功のようだ。

「御苦労だった諸君、どうやら今回の作戦は成功したようだ」

《わ~い、ぱちぱちぱち~~~》

《あ~ホンマしんどい作業やったなあ~~》

≪出来れば次の作戦までにマスター(管理者)に常識を教える時間があるといいですね≫

…常識を教える時間だと? 生憎だがこれからもっと非常識な作戦が待っているんだこの私には。

まあ、それはアラスカに行ってからの話だが…そんな事より地上の皆さんはどうしているだろう?
 
 
 
 
 
 
【ホワイトハウス・大統領執務室】

「大統領、“ミズーリ”のアダムス艦長から連絡です。 突如現れたあのタワーにメッセージらしきものが書かれていると…」

自分が信頼する軍人の一人であるベイツ将軍にそう告げられたコルトレーン大統領はモニターにそのメッセージを映すように指示した。

そしてやがて映し出された映像には天まで届く塔に書かれた文字が見てとれた。
 
 
この塔を全ての人類で共有せよ
 
 
塔に書かれたメッセージを大統領とそのスタッフたちは無言のまま見詰めていた。
 
 
 
 
 
【国連軍 横浜基地・B19F】


「ア~~~ッハッハッハ~~~~ッ!!!!」


香月夕呼は腹を抱えて大笑いしていた。

「何これ!? 凄いじゃない! あ~~んな高い塔を突然空中に出現させてそれを海底に突き刺して安定させたってえ~~~!? なんてことしてんのよあのコウモリは~~~? 物理法則とかどうやって誤魔化してるのよまったくもう!!」

そして一頻り笑い転げた後、突然冷静な顔になった夕呼はモニターの中で起きた現象について考え始めた。

(空間転移、慣性制御、抗重力…それら全てを使えなければ不可能な芸当よねえ? やってくれるじゃないのあの男! 一体どんなテクノロジーとエネルギーを使っているのかしら? そしてあのタワーとL3のデカブツ……成程ねえ、それがアンタの第5計画修正案て訳ね。 確かにあのでかい土管の数さえ揃えれば理論上は全人類を避難させることも可能だけど…まあいいわ、どっちみちアンタの計画はあたしの計画が終わった後でなきゃ出番はないだろうし、あたしはアンタの計画に出番を与えるつもりは毛頭ないのよコウモリさん? アンタとアンタの持ち札にはあたしの計画の肥やしになってもらうわよ。 それでも不満はないでしょ? お互い“目的だけ”は完全に一致しているようだしね…フフ…フフフフフ……)

一人思考に耽りながら不気味な笑い声を洩らす天災科学者を2匹の小動物が怯えながら見詰めていた。

《霞ちゃ~ん、ボクあの人怖い~~~》

「……大丈夫です、いつもの発作ですから」

その言葉に心ひそかに傷つく夕呼であった(ひどいわ霞まで…)
 
 
 
 
 
 
【帝都城】

煌武院悠陽とその臣下たちは土管帝国出現の瞬間を駒太郎の投影映像で見ていた。

「ついにやりましたね、諸星…」

「ぐうむ…大したものだ」

「はい、この斑鳩も中将殿の見舞いも兼ねて近日中に訪れてみとうございますな」

「…ですが皆様、これで彼の国が何もせぬとは思えませぬが?」

悠陽、紅蓮、斑鳩らが口々に感嘆の言葉を述べる中で月詠真耶が懸念の言葉を口にした。

「うむ、確かにこの巨大なエレベーターとあのスペースコロニーをそのままにしておく米国ではあるまい、もっともそれを見越して鎧衣には国連の珠瀬に繋ぎをとってもらっておいたがな」

「また珠瀬には色々と難しい交渉をしてもらう事になりましょうが、あのコロニーとエレベーターは世界全ての民を救うための物…その事を米国にも解らせねばなりますまい」

「されど、果して彼の国はそれで良しとするでしょうか?」

その月詠大尉の言葉に少しの間沈黙した後、煌武院悠陽はこう言った。

「我らは皆、彼の者…諸星によって試されているのかも知れません。 果してこの世界の人類…即ち我らが彼の者が垂らした蜘蛛の糸を断ち切るような愚を犯さずに天に昇れる者達であるのか否かを」

悠陽のその言葉に紅蓮と斑鳩は厳粛な顔で頷き、月詠と侍従長は憤懣を堪えた顔を見合わせて次はどんな仕置きが必要かと目線で相談を始めていた。
 
 
 
 
この日、世界にその姿を見せた土管帝国の建造物…『ザ・タワー』と名付けられた軌道エレベーターと『シリンダー』と名付けられた土管コロニーは米軍によって一時的に占拠されたものの、そこに書かれたメッセージが国連や世界各国の首脳たちに知れ渡ったことにより、国連軍の管理下に置かれることが後日決定する。

そして世界各国はこの巨大な建造物とその創造主を巡る情報戦に入っていく事になるのである。
 
 
 
 
 
 
【2001年4月5日 アメリカ合衆国 アラスカ・ユーコン基地】

「ようこそユーコン基地へ、イノカワ少佐、モロボシ大尉」

輸送機から降りた私と猪川少佐を出迎えたのは眼鏡の美人さん(ハルトウィック大佐の秘書官)だった。

アレから3日、国連の上層部ではてんやわんやの大騒ぎだし各国も情報収集に余念がない。

だが完全に整備が行き届いた軌道エレベーターとスペースコロニーの中を調べた米国は、これを第5計画に組み入れるかどうかを真剣に検討し始めたようだ。

当然の事として米国の諜報機関は大統領に叱責されるとともに、この私に関する情報収集を本格化させる事になった。

そして私はといえば…

「ああ猪川少佐、あとでちょっと歓楽街の方に行ってきますので」

基地の建物に向かう車の中で私は猪川少佐にそう切り出した。

「昼間から酒か? 仕事を放り出すとは感心せんな」

「いえ、実はこれも仕事の内でして」

「ほお? 何の仕事かね?」

「そうですな…舞台装置の準備でしょうかね?」

帝都、横浜、このアラスカ、そしてニューヨークとワシントン…これらを舞台に私は大芝居を打たねばならないのだ。

だが、このアラスカにはまだ私の仕事と趣味を兼ねたフィールドが存在していない…今後の仕事やお楽しみのためにも是非必要な物を見つけにいかねば。

今日からここで『XOS計画』が始動する。

そして我が土管帝国の活動も…

さあ、始まりだ……我々の作る“おとぎばなし”の。

 
 
 
第39話に続く
 
 
 
 



[21206] 閑話その7「大統領の憂鬱」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/06/01 21:02

閑話その7「大統領の憂鬱」

【2001年4月10日 ワシントンD.C. ホワイトハウス・大統領執務室】

『…だから、あそこには空が無かったんだ…いや、だからあそこは閉じたパイプや缶詰の内側みたいな場所だったんだよ』

『そうだ…対象を確保するためにビルに潜入して…目に見えない何者かに手足の自由を奪われて、そして気がついたらあんな訳の解らない場所にいたんだ…本当だ!一瞬であそこに移動していたんだよ!!』

『たくさんいた…あの変な箱やクモみたいなロボット…子供みたいな声で…嘘じゃない!!本当にいたんだよ! それがおかしな歌を俺達にも歌わせようとして…仕方ないだろう!あんな意味不明な化け物相手にどうすればいいっていうんだ!!』

『捕獲対象の男と一緒になって歌ったり踊ったりしてるんだ…広い草原の中で…ああ、そうだよ…空がなくて…まるで巨大なコップの内側に世界を張り付けたような…上を見ると向こう側の地面があって…』

『まるで昔のSFにあったスペース・コロニーだ…俺たちがいた場所はそんなあり得ない場所だったんだ…ああそうさ、わかってるよ!そんな場所が存在する筈がないって…けどな、俺達は任務であり得ない筈の物をたくさん見て来たんだ…だとしたらあれは…』

『政府はどうしてあの男を捕まえろなんて…だっておかしいじゃないか!あんな物を作り出せるとしたらそれは我が合衆国しかあり得ない…上の連中の縄張り争いか!? そんな物に俺達現場を巻き込まないで欲しいぜ…ああ、あんたも下っ端だもんな…何がどうなってるかなんて知る筈がないよな…』
 
 
 
 
 
 
「…これが精神科の検査結果ではなく、わが国の優秀な諜報員たちの証言であるとは非常に残念な事だな」

ボイスレコーダーの再生を終えた後で、合衆国大統領ロバート・コルトレーンが皮肉交じりの言葉を口にするとその場にいた何人かの男が身体を固くした。

「政府の許可もなく他国の国民、それもロイヤル・ガード(王室警護)に関わる人間を勝手に拉致しようとして失敗…逆に工作員が拉致された挙げ句、向こう側でおかしな体験を散々させられて最後はこの部屋に送り返されて来た…か、世界にこれが知れ渡ればいい笑い者になるな」

「………」

この件に関する責任者であるCIA長官は無言のまま大統領の皮肉に耐えていた。

彼はこの作戦自体を知らなかったが、それをこの場で口にする事は出来なかった…自分が無能なお飾りであると言明するに等しい行為だからだ。

だが大統領はそれ以上彼を追及はせず、次の証言の再生を指示した。
 
 
『…そうです、あのタワーに上陸してからずっと…そう、内部に入って奥を見た時もですが…ずっと何者かに周囲から監視されていると感じました。  奇妙な事に敵意は感じず、ただこちらを遠巻きに見ているような…ええ、おそらく目視可能な範囲に存在した筈なのに姿が見えない…視覚用のステルス機能だとでもいうのでしょうかね? 明らかにすぐ近くにいるのにそれが見えない…それと子供の声のような…ええそうです、おかしな話ですが子供の声と思われる話声を何度も聞いています。
 
内部の様子ですか? 報告書にも書きましたが明らかにアレは人類を宇宙に上げるためのエレベーターです。  はい、そのための説明用音声ガイダンスや内部構造の説明書まで備えてあって…まったく呆れるほど至せり尽くせりな話です。  まあ、あのエレベーターに乗って見ようという気にはなれませんでしたが……確かに言える事はあの建造物は何者か人類以上の技術をもって我々のために作ったものだということです…その真意がなんであれですが』
 
 
「このケイシー・ライバックという兵士の証言はどの程度信用出来るのかね、ベイツ提督?」

再生が終了した後で大統領は海軍の重鎮であるベイツ将軍に内容の信憑性を訊ねた。

「大統領、このケイシー・ライバックという兵士は元海軍特殊部隊の指揮官を務めていた非常に優秀な軍人です。 過去に何度も危険な作戦を成功に導き、勲章も授与されています」

「だが現在は“ミズーリ”のコックだというではないか、何故そんな男をアダムス艦長は突入部隊の指揮官に選んだのかね?」

第5計画派に近い陸軍の将官がそう尋ねると、ベイツは胸を張って言い返した。

「確かに現在の彼は形式上はコックに過ぎない、しかし彼の実力と過去の実績を考慮すればその人選は当然ともいえるだろう。 まったくの未知の場所への調査活動だ…それに必要なのは階級ではない、確かな経験と実力だ。 “ミズーリ”のアダムス艦長も部下たちもその事を知っていたからこそライバックを指揮官に選んだのだ」

「それほどの男が何故コックに?」

「彼がコックになったのはオペレーション・ルシファーの直後です。 あの作戦でハイヴ付近までの隠密行動という無理な作戦を命じられた上にG弾の投下を直前まで知らされず、結果的に多くの部下を死なせる事になったのです……その後、生還した彼は情報担当の将校を殴ったために逮捕され、それに同情した多くの兵士の嘆願や将官たちの配慮でアダムス艦長が彼を引き受けたのです」

「……それも知らなかったな、あの作戦でそんな無謀が行われていたとは」

大統領はそう呟いた後で、また次の証言を再生した。
 
 
『驚きなんてものではありませんでした…目の前に突然あんな巨大構想物が現れたのですから。  …はいそうです、接近して行くと向こうから通信が…女性の声でした…その案内に従ってあのデカブツの一つに入る事が出来ました。  案内に従って内部に入ると…そこには地球と同じ緑の草原が広がっていました。  はい、大気の組成も地球と同じでヘルメットを外しても全く問題はありませんでした。  中の風景は…あの円柱形の内側に地面を張り付けたような…そうです、完全にあれはスペース・コロニーでした……一つ質問してもいいですか? 一体いつの間に計画の変更がされて……いや、だってそうとしか考えられないでしょう? 他にどんな理由であんなデカイ代物を作るって……いえ、中では誰にも会いませんでした。  ええ、何処からともなく音声の案内が……そうです、人間の姿がまったく…でもあれはどう見ても我々人類が生活する事を前提に作られた場所としか…』
 
 
 
「…それで、この証言にあるように実際に大勢の人間が生活可能な場所なのかね?」

その大統領の質問に宇宙軍の代表が答えた。

「大統領、現在までの調査ではまだそれを断言するには至っておりません。 ですがボーマン中尉の持ち帰ったサンプルや画像データから考えて、かなりの確率であそこに大都市レベルの人間を生活させる事が可能ではないかと思われます」
 
 
「それは素晴しい、ならばさっそく第5計画を実行に移すべきですな」
 
 
軽薄なまでに明るい口調でそう言った男がいた。

「…それは何故かね?副大統領」

重苦しい声で大統領にそう聞かれた男…合衆国副大統領マイケル・アルフレイドはそれとは正反対の気楽な口調で返事をする。

「大都市規模の人口を養う事が可能なスペース・コロニー、そんな物があるのなら別にアルファ・ケンタウリまで行く必要はない訳ですな? ならばすぐにでもそのコロニーを占拠して我が国が運用出来るようにしてから第5計画を実行段階に移行させれば全ての問題は解決するでしょう?」

「解決…? 破滅の間違いではありませんかな?副大統領?」

ベイツ提督の皮肉を込めた苦々しい言葉にその場の何人かが頷くが、副大統領はまったく気にした様子もなく話を続ける。

「現時点であの忌まわしいBETAに対して有効と言える戦略的手段は我が国のG弾戦略しかありません。  戦術機の開発に多額の資金を投入したり、SFモドキの計画に無駄な時間を費やすべきではないと申し上げているのですよベイツ提督」

「ほう…? そしてその結果こうなっても君は一向に構わないというのかねアルフレイド副大統領?」

そう言って大統領が示したファイル…M-78ファイルと呼ばれるそれを見たその場の人間たちは、それぞれが複雑な感情を滲ませた表情で沈黙した。

そのファイルにはG弾を使用した第5計画…バビロン戦略を発動した場合の地球環境に与えるであろう悪影響が克明に記されていた。

重力偏移による大気圧の変化と海水の大移動の結果としてユーラシアは海の下となり、南半球は完全に壊滅…北半球のごく一部でのみ人類の生存が可能になるという予測…まさしく悪夢以外の何物でもなかった。

本来合衆国の首脳陣にとって第5計画の本質はあくまでバビロン戦略の実行にあった。

通常兵器によるBETAの駆逐が不可能と考えた彼らはG弾の開発成功によってその方針を固め、そして推進するために国連のオルタネイティヴ計画にこの戦略方針をねじ込もうとしたのである。

そして日本案に対抗するために進めていた宇宙移民計画と無理矢理合わせる事でそれを予備計画として承認させた。

その時点ではまだ一部の科学者を除けば本当に移民計画を実行しなければ人類が滅ぶと考える者は少数だった…あくまで万一の場合の保険として移民計画を推進しておけばいいと考える人間が殆んどだったのだ。

だがしかし大統領が持っているそのファイルに記された内容は、その万一の場合が起きる…それもBETAによってではなく自分たち自身のG弾戦略によって引き起こされるという、笑えない話であった。

「すでにこのファイルの内容は国連や各国の首脳たちの目にも入っているのは間違いない…日本に関しては今更言うまでもないだろう、なにせこのファイルを最終的に完成させて帝国の首脳陣に見せたのはあの香月博士なのだからな」

“横浜の女狐”香月夕呼が帝都城御前会議で語った内容に関してはこの場の全員が知っていた。

その真偽に関して様々な憶測が流れたが、大統領自身が入手したファイルの内容を科学者が精査した結果は香月博士の分析を追認するものでしかなかった。

このファイルが事実であり、なおかつそれを世界の首脳たちがすでに知っているのであれば間違ってもG弾戦略の推進など口には出来ない…それが副大統領たち第5計画派を除く全ての閣僚たちの共通認識であったが…

「そんな物は信じなければいいだけの事ではありませんか?」

「…酔っているのかね?副大統領?」

あくまでも能天気…いや、無責任とさえ言えるアルフレイド副大統領の言葉にコルトレーン大統領が険悪な声をかける。

だが副大統領は全く悪びれるそぶりも見せず、大統領たちに反論する。

「そのファイルが事実であろうが無かろうがどの道BETAを倒すためにはG弾を使用するしかない、それはもう解り切った事ではありませんか?」

他にどんな方法があるのだと言わんばかりの副大統領に対し、大統領は静かに爆弾を投げた。

「…どうやらその方法が出来つつあるようなのだがね?」

「は?」「え?」「…!」「な!」「ふむ…」「…」「!?」

大統領のその発言に副大統領だけでなく、その場にいた全員が反応した。

「2月中旬に日本で起きたH21からのBETAの大侵攻を食い止めたのは、それまでにない新しい戦術と新型のOSを搭載した戦術機の活躍があったためのようだな?」

「大統領、確かにあの大侵攻の時に帝国のロイヤル・ガードと国連軍横浜基地の部隊が今までにない活躍を果たした事は事実ですが、それはまだ評価すべき段階かどうかは不明です」

「…それで未だにアラスカでの日本主導の計画に人間を派遣してはいないという訳かね?国防長官」

「!…いえ、決してそうではありません。 帝国との共同開発に選抜された衛士にその計画での研修を受けさせるために、すでにグレームレイクから現地に向かわせています」

「…その一人だけかね?」

「は…現時点ではその衛士1名と後は整備担当者数人です」

日本主導の計画に人員など割きたくはないという本音を隠しきれない国防長官の態度に大統領は内心で大きな溜息をついてから更に続けた。

「どうやらDr.香月や帝国軍はこれだけではない更なる新機軸を用意してH21を攻略するつもりのようだな…XG-70の改修にも意欲的の様子だ」

「!…アレを動かせるというのですか!?」

「馬鹿な!一体どうやって!?」

「まさか…例のユニットが完成したとでも?」

何人かのスタッフが驚愕を露わにしてそう叫んだ。

だが彼らの動揺も無理はなかった…本来XG-70は対BETA戦用の切り札としてアメリカが開発していた兵器であったが、ML機関の制御が難しくて有人での運用が不可能と判断されその後G弾の開発成功によりお蔵入りとなっていた代物だったのだ。

「Dr.香月は我が国の軍事ドクトリンにとって有益な機材…例の地中に潜む超大型属種を炙り出した探査システムの技術提供と引き換えにXG-70の早期引き渡しを求めている」

「むう…確かにそのシステムは我が国の戦術機運用方針にとって非常に有効なプラス効果があるでしょうが…」

本来近接戦闘を前提としない米国の戦術機運用にとって最も恐ろしいのは予想もしない場所からのBETAの出現と数の暴力であり、それを従来よりはるかに高い精度で教えてくれる横浜の新技術は是非とも欲しいところであった。

「現時点で我々には不要な兵器と咽から手が出る程欲しい新技術…彼女の申し出を断る理由は私には無いのだがね?」

大統領の言葉を聞いた執務室の中の面々はそれぞれの思惑を隠しながら沈黙を守っていた。
 
 
 
 
 
「…どう思うね提督?」

会議が終了した後、引き止めておいたベイツ提督に大統領は聞いた。

「どうとは…どの件に関してでしょう?」

「どの件もだが、ことにこの全ての案件に必ずと言っていいほど付きまとう影のような男…ダン・モロボシについてだよ」

「そうですな…工作員たちの証言やライバックやボーマン中尉の見て来た内容から考えてもこの男が何者であれ、一連の事態の中心にいるのはほぼ間違いないでしょう」

「うむ、だがCIAのしでかした一件でこの男と我が国との関係を築くのが難しくなるかもしれん…帝国はすでに将軍が彼を側近に据える程に彼との関係を固めているというのにな」

「彼は日本人でしょうか? それとも別の…?」

「それはまだ解らん。 だが、日本にあれだけの物を作る技術も資源もある筈がないとすれば…彼と交渉すれば我々もまたあれらの…いや、それ以上の何かを入手可能である筈だ。 そう、ちょうどこのファイルのように」

そう言って大統領は友人の伝手によって手に入れたファイル…M-78を示した。

「このファイルを私が入手出来るように計らい、そしてあの軌道エレベーターとコロニーの事を事前に知らせてきた事からも彼が私と直接話したがっていると思われるがね…」

「CIAによる接触は…マズイでしょうな、彼らには副大統領たちの息がかかっているでしょう」

「提督、誰か信用のおける人物を彼の傍に張り付かせる事は出来んかね? 出来れば君が個人的に信用出来て危機的な状況にも対応可能な人物がいいのだが…帝国側はあの男のお守にかなりの強面をつけたようだが、それに対抗できるくらいの…」

大統領の要望にベイツ提督はにっこり笑って言った。

「それならうってつけの男がいます……“ミズーリ”のコックですよ」
 
 
…こうして後にコウモリ男の専属コックとなる男の運命が決定された。
 
 
 
 
 
 
ベイツ提督が退出し、一人になった大統領は静かに考え込んでいた。

(がんじがらめとは現在の私の事をいうのかも知れないな。  この状況をどうせよと言うのか…現在我が合衆国は世界に並ぶ者がない強国として君臨しているかに見えるが、だからこそその手足は全くと言っていいほど自由にはならない。
BETA大戦によって世界から失われたものが多すぎた事が最大の理由か…ユーラシア各国はすでに事実上滅んだに等しいし、僅かに残された英国と日本の二つの島国も何時まで持ち堪えられるかは疑わしい。
だからこそ軍や国務省の一部が日本の乗っ取りなどという恥知らずなプランを考えているのだろうが…はっきり言って愚の骨頂だ! 仮に極東の最前線を保持するためにあの国を乗っ取ったとしても果して我が軍があの国を支え切れるのか? 元々前政権があの国からの撤退を決断した理由の一つが我が国の兵士たちの犠牲が多くなり過ぎたことにある…それが国民の反発を呼び、G弾推進派の誘導もあってあの国から撤退し、BETAによって事実上滅んだ後でG弾を使用してあの国を極東の最前線として再建、本国の盾となる属国とするつもりだったのだろうが…
無論、この私とて必要となれば恥知らずを承知でそのような手段を取るのをためらうつもりはない。
しかし本当にそれが我が国を守る事に繋がるという保証がどこにある?  あの国の国民は一見大人しく見えるがいざとなると恐ろしく頑固な部分がある…それを本当に御する事が出来るのか?
そして結果としてまた多くのこの国の若者たちを死なせる事になるとしたら…)
 
 
マグカップのコーヒーに口をつけてから、ロバート・コルトレーンは再び思考を始める。
 
 
(あの副大統領たちG弾推進派の連中はだからこそバビロン戦略の推進こそが唯一の道だというのだろうが、あの当時からG弾が地球に及ぼす悪影響はある程度わかっていた筈だ…それなのにそんな事を言ったのはとどのつまりユーラシアが二度と再び元に戻らなくてもこの合衆国に影響が及ばなければ問題ないと考えた結果か。
……つくづく愚かな連中だ!そうなれば結果として我が国はユーラシア諸国の難民たちを大量に、しかも下手をすれば半永久的に抱える破目になるかも知れんというのに。
そしてこのM-78ファイルの内容がもし正確なものであればG弾の使用は確実に地球全体の破滅に繋がるだろう…そうなれば生き残った他の国の人間たちの怨みと憎しみはどこへ向かう? 間違いなく我が国に向けられる筈だ。
そしてあのスペース・コロニーを我が国が独占した場合、おそらく他の国々は我が国だけが助かろうとしていると判断するのは間違いない…そうなれば我が国は世界から完全に孤立しかねない! 
例えどれ程の軍事的、経済的優位を確保しているとしても世界を滅ぼして自分だけ助かろうとすれば全ての国を敵にまわす事になるのは必然だ)
 
 
大統領は窓の向こう…ホワイトハウスの庭とその向こうに広がる自分の祖国の事に想いを馳せた。
 
 
(そしてこの国の現状…国民多くはBETA大戦の恐ろしさを知識としては知っていても実感を持っている訳ではない…確かにこれまで多くの米国兵が死んでいったが、その殆んどは難民から採用した兵士たちだ。
もっとも、だからこそ今日まで我が国は世界に軍を展開してこられたのだが…もし、日本の防衛で発生したような大量の“アメリカ人の”戦死者が発生すればもっと早く我が国の中から対BETA戦争から手を引くべきだという声が上がったのは間違いない。
…それがどれだけ短絡的な意見であろうと一人の人間、一人の親としてはある意味当然の感情だろう。
だが、実際にそれをやれば結局最後は我が国の国境や海岸に押し寄せるBETAを相手に本土防衛戦を行うことになるだろう…そして日本のような悲惨な消耗戦を避けるためには自国の領土内で戦術核…いや、場合によっては戦略核やG弾の使用すら考えなくてはならない。
他国の国土でそれが出来たとしても、果して自国の国土…場合によっては逃げ遅れた兵士や市民がいる場所への核の使用を本当に決断出来るだろうか…この私は)
 
 
自分に国民や兵士たちを核の火で焼き殺す覚悟はあるだろうか…少しのあいだ悩んだ後で、大統領はそれをやめた…その時にならなければ自分でも解らない事だったからだ。
 
 
(だからと言って国民に現状を実感させるのもまた愚だ。 彼らにそれを悟らせると今度はそれが国内の景気を押し下げる事に繋がりかねない…前線国家たちは我が国が世界の兵站としての地位に胡坐をかいて国民は安穏と暮らしているとそう思っているが、逆にいえばそうだからこそ我が国は世界の前線国家に兵站を供給出来るのだ。
もし我が国の市民がBETA大戦の脅威に本心から脅え、不安と疑心暗鬼に駆られてしまったら…事実上世界を支えている我が国の国内経済はどうなってしまうか…消費が冷え込んだり、無意味な買い溜めに走られたりすればそれだけ国の経済に…ひいては我が国の国力に与える悪影響は計りしれない。
だからこそ国民には安心を与えておくべきなのだ。 そのために重要なのはやはり極東の最前線である日本と…そしてアラスカだ。
あのアラスカにあるレッドラインに火がつくような事態だけはなんとしても避けなければならんが…果してソ連がBETAの侵攻を何時まで食い止めるのか…いや、そもそもあの国の首脳たちの考えをこちらの常識で判断するのはそれこそ危険なのだ。
…そしてあのユーコン基地の事がある。
あのユーコン基地で行われている計画とそこに日本が持ち込んだ新型OSの試験運用計画…日本嫌いの国防長官は乗り気ではないが、もしもその計画から戦術機の新たな進化が始まったらどうする?
結果として我が国は次世代の戦術機開発から遅れをとるなどという、あってはいけない事態が起きないと誰が言えるのだ?
そんな事態を避けるためにも我が国の衛士や技術者を派遣して技術の習得に励むべきではないのか?
だが、そんな箸の上げ下ろしまで私が直接指示する訳にもいくまい…どうも国防長官は我が国の戦術機の威力を示す事でプロミネンス計画自体を潰す事を考えているようだが、その辺の暴走を抑える程度にしておくべきか…まだ判断するのは早いか)
 
 
深い溜息とともに大統領は再び椅子に戻った。
 
 
(今回の赤道上とL3に出現した巨大構造物…これらを用意したであろうダン・モロボシという男…彼が粗筋を描いたと思われる帝国主導の計画…これらをなんとしても我が国の安全と国益につなげる必要がある。
それを帝国は妨害するだろうか…? いや、あのサカキの人間性と政治姿勢から考えてその可能性は少ないだろう…仮にショーグンサイドが異論を挟んだとしても事前に彼と話をつけておけば問題はなかろう。
問題なのはむしろ我々の側、あの困ったアルフレイドとその友人たちの方か……第5計画派とそのバックにいる財界人共は何故あんな愚か者をこの件の主導者に仕立て上げたのだ!!
あの男は周囲に与えて貰った権力と椅子を自分の実力で手に入れたものと勘違いしている…それどころか私の座っている大統領の椅子こそが自分にふさわしいとさえ妄想しているようだ。
つくづく愚かな男だ…現在のこの私、アメリカ合衆国大統領がどれ程の重荷を背負いどれ程の枷を嵌められているのかすら理解出来ない男がこの椅子に座りたいとは…
あの男やその友人たちにだけはこの国や世界を委ねる訳にはいかん…そのために例え禁忌を犯すとしても)
 
 
物想いに耽るのを終えた大統領は自分の机の引き出しの一つを開け、中にあった電話の受話器を持ち上げた。

『…はい』

「…国家が内部分裂の危機に直面している。 君たちの力が必要のようだ」

『お話の件がオルタネイティヴ第5計画派の暴走に関する事でしたら我々はすでに彼らの内部に侵入しています』

「そうか…では彼らが極東の最前線を崩壊させたりしないように手を尽くして欲しい」

『承知致しました…大統領閣下』

電話が切れた後、受話器を戻した大統領は呟いた。

「頼んだぞ…スミス博士」

 
 
閑話その7終り
 
 
 
【おまけ】

《…てなことを大統領たちは話してました~~~》

「エライ人たちは大変だねえ…そんなおバカさんたちを相手にしなきゃいけないなんて…」

《でもでも~その派遣されてくるライバックさんて凄いひとですよ~~、見えない筈のボクたちにちゃんと気付いてましたから~~~》

「へえ~そりゃあ凄い…なにも斯衛だけが達人て訳ではないか…」

《それで本業はコックさんだっていうんですからねえ~~》

「そりゃ楽しみだ♪ 美味いメシでも作って貰おうかな?」

≪大統領と違ってマスター(管理者)はお気楽ですね…世界の命運を背負っているという責任感のカケラも感じられません≫

…ほっとけ





[21206] 閑話その8「チビコマな日々」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/06/09 17:44
閑話その8「チビコマな日々」

【2001年4月某日 朝 帝都城】

《おはようございます殿下~~》

「おはようございます駒太郎、今朝は良い天気ですね」

《はい~ホントにいい天気ですう~~~》

「殿下、朝餉の支度が整いましてございます」

「わかりました真耶さん、すぐに参ります」

「はい、承知いたしました」

《それでは殿下~、ボクは仕事にかかります~~》

「まあ、もうですか? そなたは働き者ですね駒太郎」

《えへへ~~がんばりま~す♪》
 
 
 
 
皆さんこんにちは、ボクはチビコマ1号の駒太郎です~~

ボクは本来モロボシさんのお仕事を円滑に進めるために悠陽殿下の許に贈られたのですけど、今ではすっかり殿下に気に入られています~

ボクも殿下の事が大好きなので、いまではすっかり仲良しになりました。

え? ひょっとしてペットの身分に馴染んでしまって自分の仕事とか忘れてないのかって?

そんなことないですよ~~~~~、ちゃんとお仕事だってしています~~~!!

現にこれからだって誰もいない部屋にこもって光学迷彩で姿を隠しながらお仕事を始めるところなんですからね~~

え? ちなみにどんなお仕事かって?……ちょっとだけ見せちゃいます♪
 
 
 
 
ボクの仕事は悠陽殿下のお手伝いと連絡役…というのが表向きの理由ですけど本当は殿下の周囲にいる悪い人達の様子を探ったり、その人たちの悪だくみから殿下をお守りしたりするのが本当のお仕事だったりします。

だから殿下がお仕事をされている間にボクも自分の仕事をしているのです(でも遊ぶ時は一緒に遊びますけど…テヘ♪)

さて、今日の仕事だけど…まずは昨日の夜にこのお城やいろんな場所で集めた情報の整理とか分析とかしなくちゃ。

まずはお城の中だけど…不思議なことにここは悠陽殿下のお城なのに殿下に本心から忠誠を尽くしている人は半分程度しかいないんですよね~~~

まあもちろん封建国家じゃあないんだからそれがある意味当然…ってモロボシさんは言ってるけど。

でもなんだか落差が酷すぎるんだよねえ~~、殿下を心から敬ってる人たちは実権を手にされた殿下を少しでもお助けしようと一生懸命だけど、殿下に対してなんだか不満を持ってるみたいな人達たちの方は陰に廻ると『あの小娘』とか言ってるし~

もちろんそういう事を言ってる人たちの名前と行動はちゃんとチェックして真耶さんに教えてますよ~~……でもそういう時の真耶さんて怖いんですよね~~なんだか“しゅくせいちょう”とか書いてあるノートに詳しくボクの報告を書いているんだけど、その時とてもコワい顔で笑ってるんです~~~(ブルブル)

それとこっそりお城の外と連絡を取ってる人なんかも何人かいますけど~、この人達には3種類くらいいるみたいです。

まず、このお城の中の出来事や殿下の様子を本土防衛軍やCIAに教えている人たち……真耶さんが“絶対に殺す”と言ってる人たちですが、どうやらお金や利権と引き換えにやってる人たちみたいですね~~

モロボシさんが『大事な獅子身中の虫だから、いざという時まではそっとしておこう』と言うと、真耶さんと侍従長さんは歯軋りしながら頷いてました。
 
 
次に斯衛の人なのになんだか殿下よりも他の摂家の人たちのために働いていて、しかも殿下のスケジュールとかプライバシーに属するような事まで逐一その摂家の方に報告してる人が何人かいるんですけど、そっちの方はどうなってるのかまだよくわかりません。

殿下や真耶さんのお話だと、斯衛の兵は将軍家や摂家に近い武家の出身者が多いのでそれぞれの主筋の都合とかに従わなければならない事情があるのだそうです~~

モロボシさんの言う事には『その辺に踏み込むにはまだ準備不足だし、知り合いの“黒豹”に仕込みのタネを用意してもらうまでは余計な事はしない方がいい』って言ってましたけど~~、でもあの“黒豹”さんて確かまだ女子〇生でしたよね~~、そんな人に一体何をしてもらうんだろ~?
 
 
最後はお城や城内省の中の情報を政府や軍や他のお役所へ流している人たちですけど、モロボシさんの話だとこれは意図的な情報のリークだって話です~~

ボク達の世界もそうだったけどこの世界の日本もやっぱり“タテ割り”が幅を利かせているので各省庁間の間の意志疎通が難しいし、特に特殊な孤立した立場にある城内省はこうしてある程度の情報を裏口から流さないと却って不便なことになるんだそうです~~

でもその情報の中に本来漏らしてはいけない情報がこっそり混ぜられていないかもチェックしないといけないってモロボシさんに言われているので、内容のチェックは大変です~
 
 
…あれ? またどこかにこっそり連絡している人が~~~

どこだろう~~~? ふう~~~ん、一條家? 確か以前ミニコマたちを張り巡らせた時に五摂家の崇宰家に来ていた人の家か~~~

…また何か悪だくみかなあ~?
 
 
 
 
 
 
【AM10:00 国連軍・横浜基地 B19F】

「…何かわかりましたか、駒之介さん?」

《う~ん、まだまだ解析不足だけど~でもでも、なんとか正気に戻す事は不可能じゃないとおもうな~~》

「…そうなるといいですね、でも…」

《00ユニットの事ならモロボシさんが生きた脳髄を維持したままで実現出来る方法を探してますよ~~》

「…出来るでしょうか?本当に?」

《多分大丈夫だと思いますよ~~、ボクらの世界の科学者たちも協力してくれてますから~~》

「…はい」

《あれ?……ごめん霞ちゃん、ちょっとここを離れてもいいかな~?》

「…どうかしましたか?」

《うん、もう一つのお仕事が呼んでるみたいなんだ~~》

「…わかりました……気をつけてくださいね」

《うん、ありがと~~》
 
 
 
 
 
皆さんこんにちは~~、ボクはチビコマ2号の駒之介で~す。

ボクの毎日は霞ちゃんと共にあります~~

え?うらやましいって? えへへ~……でもですねえ~~毎日毎日、あの怖~い夕呼先生から逃げ回りながらですけどね~~

ボクの仕事は基本的に2つです~

まず1つ目は霞ちゃんのサポートです。  夕呼先生の指示で純夏さんの脳髄にリーディングとプロジェクションを行っている霞ちゃんの努力が実を結ぶようにお手伝いするのと、霞ちゃん自身の心が成長するようにいろんな映像やお話を見せるようにしているんです~~

そしてもう一つが冥夜さんたち207Bのみんなに、大人たちの身勝手な思惑で危害が加えられたりしないように見守る事なんです~~

冥夜さんたちは自分たちがこの国のために働こうと一生懸命なのに、どうしてそれに危害を加えようとするのかな~~? モロボシさんに聞いても『まあ、それが人間さ…』って言うだけで教えてくれないし~~

そして今もこの基地の周りに潜んでいる人たちの中に冥夜さんを狙っている人がいるみたいなんだよね……

冥夜さんたちは今、グラウンドでまりもちゃんに扱かれてる最中です…月詠さんたち警護小隊の人達は……気配を隠して周囲の警戒をしてますね~~

上手く周囲を固めているから曲者たちも冥夜さんたちに危害を加える事は出来ないみたいだな……でも~~ちょっとだけ脅しておこうかな~~?
 
 
 
 
刺客は悩んでいた。

自分の主筋から与えられた使命は、この横浜基地に所属する訓練兵に死なない程度の怪我を負わせる事であった。

その訓練兵が誰かに瓜二つである事を知った時には流石にうろたえたが、長年の仕事で培った自制心がそれを抑えた。

それが誰であろうと主君の命ならばそれを果たすまで…そう考えてここに来たのだが、彼女の周囲を固める斯衛兵の警戒振りを見て再度唸った。

(たった四人の護衛がこれほど手強いとは…)

月詠真那とその部下たちの事は聞いていたが、はっきり言って桁違いの相手であった。

仮にまだ未熟さを伺わせる部下の三人を標的から遠ざける事が出来たとしても、月詠真那を欺く事は不可能だろう…彼の刺客としての長年の経験がそう告げていた。

(直接手出しをするのは不可能に近い…これは何がしかの仕掛けを用意して事故でも起こしてそこに標的の訓練兵を巻き込む形にするしかないか?)

今日のところは様子見だけにするしかないと刺客が考えたその時…

(むっ! 何奴!?)

突然背後に何者かの気配を感じた刺客は後ろを振り返ったが、そこには誰もいなかった。

(…どういう事だ? 確かに何かの気配が…人のようなあるいは獣…いや、一体なんだ?)

周囲に気を配りながら彼はじりじりと動きつつ、その場を脱出しようとしたが…
 
 
どごん!
 
 
いきなり頭上から落ちて来た木箱に頭を強打されて意識を失った。

そして壊れた木箱の中から現れたのはやはりというか駒之介であった。

《曲者御用だ~……って言っても仕方ないんだよね~、さてこの人をどうしようかなあ~》

「…それは是非私も知りたいところだな」

《あれ? 月詠中尉さん?》

何時の間にか駒之介の目の前に月詠真那が立っていた。

《うわ~~、さっきまで随分離れた場所にいたはずなのに何時の間に~~?》

「余計な真似をしてくれたな…今少しこの男を泳がせておけば動かぬ証拠をつかめたものを」

不機嫌そうな顔でそう言う月詠を相手に駒之介は必死の言い訳を開始した。

《え~とですね…別にこれは月詠さんたちのお仕事を取ろうとしたんじゃなくて、たまたま1号機の駒太郎が一條家の人たちの悪だくみを知ってしまったのでそのフォローをですね~……》

「…ほお? それではこの者は一條家の放った刺客だと申すか?」

《…みたいです~、殿下に直接手出しは出来ないし他の摂家の人たちも腰が重いからって言って…それでせめて殿下の心を揺さぶるために冥夜さんに怪我を負わせようとしたみたいです~~》

「……下司共が!」

(こわいよお~~~~~)

AIのチビコマを怯えさせる程の怒気を放つ月詠だったが相手が一條家とあっては下手な騒ぎを起こす訳にもいかないと考え、チビコマに訊ねた。

「…諸星はこ奴をどう使うつもりだ?」

《それなんですけど~~、今アラスカのモロボシさんに聞いてるんですけど“一條家の人たちをどうにかするのはもう少し先にした方がいい”って言ってまして~~、この人は向こうに送り返すのが一番いいそうです~~》

「……ふん、成程な」

《はい~?》

「諸星に伝えておけ…色々と複雑な画を描いているようだが我らが何時までも貴様の手の上で踊っていると思うな…とな」

《は~い、わかりました~~♪》

「…その男は貴様たちの好きにするがいい」

あくまで能天気なチビコマの対応にあきれ果てたのかそれともモロボシの策を黙認したのか、月詠真那はその刺客の始末を任せるとその場を立ち去った。

《あ~怖かった~~~さて、この人をお家に連れて行ってあげなくちゃ~~~♪》

月詠中尉が立ち去った直後、その場から駒之介と刺客の姿も幻の如く消え去っていた。
 
 
 
 
 
 
【帝都城・夕刻】

「…ではその曲者は一條家の庭先に転がしておいた訳か?」

《はい~、もともとあの家の物だから持ち主に返しておけば問題はないとモロボシさんが言ってました~~》

「…まったくあの男は」

横浜基地であった刺客の一件を駒太郎から聞いた真耶は呆れながらも安堵していた。

刺客の送り主が摂家にも連なる名門ともなれば事を公にする事は出来ない…武家や将軍家の体面もあれば冥夜の存在を炙り出す事にも繋がりかねないからである。

(だからこそ彼奴等も冥夜様を狙ったのであろうが…おのれ一條!このままで済むと思うなよ!!)

腹の中に怒りを呑みこんだ後、真耶は駒太郎に念を押した。

「よいか、この事はくれぐれも殿下に言ってはならんぞ。  今、あのお方は大切な時期なのだからな」

《はい~、わかってます~~~モロボシさんにもそう言われましたから~、当分はボクや真耶さんたちが何とかしなければいけないんですよね~~?》

「…そうだ、わかっていればよい」

《は~い》

悠陽の復権からまだ幾日も経っていない現在、彼女に余計な負担をかけるべきではないし摂家や将軍家の争いなど到底表に出す訳にはいかない…それがわかっているからこそのモロボシや真耶の判断であった。

(だが一條家や二条家のこの愚かな振る舞いは流石に目に余る!! なにかいい手はないのか…?)

悩む真耶であったが、今のところ有効な手が無いのも事実だった。

《あの~真耶さん?》

「む、何だ?」

《一條家やその他の名門の人達の事ですけど、モロボシさんが時間をくれれば自分がどうにかするって言ってますけど~~?》

「…むう、しかしあ奴に武家や摂家の何がわかるのだ? 畑違いではないか?」

《はい~、ですから今度日本に帰って来た時に相談したい事があるそうです~~》

「いいだろう、どんな企みがあるか知らんが話だけは聞いてやろう……さて、無駄口はここまでだ。 間もなく殿下が御政務を終えられる筈だ、迎えの支度を整えるぞ」

《は~い♪》
 
 
 
 
 
 
【PM8:00 国連軍・横浜基地 B19F】

「…そうですか、大変でしたね」

《ボクは本来兵器だから平気ですけど~、冥夜さんたちは生身なんだから気をつけてあげないと大変ですよね~~》

「…駒之介さんは兵器だったんですか?」

《はい実はそうなんだけど~~、なんか兵器としては役立たずだって言われて~~それでモロボシさんに引き取られたんです~~~》

「…そうですか……私と一緒ですね」

《……霞ちゃん》

「…平気です、今はもう…」

《大丈夫だよ、霞ちゃんには香月博士やボクがいるし~~、それにその内にタケルちゃんだって…》

「…タケルちゃん……駒之介さん、それは純夏さんの記憶にあった…」

《しまった…まだ早いんだった…》

「…まだ聞いてはいけないんですね?」

《う、うん、ごめんね霞ちゃん…》

「…いつかは教えて貰えるんですか?」

《うん、もちろん霞ちゃんには全部教えるつもりだよ》

「…ありがとうございます」

《そ、そんな~~、御礼なんて~~~(テレ)》
 
 
 
「まったく…仲のいいこと」

「ねえ夕呼…社少尉と話してるのは一体…何?」

ドアの隙間から二人(?)の様子を覗き見ていた夕呼とまりもだったが、見えない“なにか”と話をしているようにしか思えない霞の様子を見たまりもが夕呼に訊ねた。

「…さあ?」

「さあ…って、貴女がわからないの?」

「そりゃそうよ、あのコウモリが勝手に人の仕事場に放していったんだから…霞には懐いているみたいだけど」

「まったく、あなたといいあの諸星さんといい…もう少しまともなお友達を霞ちゃんに作ってあげようとは思わないの?」

「ちょっとまりも~~、いくらなんでもアイツと一緒にしないでよ~~~」

「はいはい…(でも霞ちゃんの表情が少し豊かになったかしら…だとしたらいい事かもね)」

(でも、随分面白いキーワードを口にしてたわねえ? “タケルちゃん”ですって~~~? あのコウモリの“基礎知識”とやらは一体どんな代物なのかしらねえ~?)
 
 
 
 
 
 
【帝都城・深夜】

城の屋根裏で駒太郎は情報をモロボシに転送しながら彼と話ていた。

《てなわけで~、取りあえず世は事もなし…って事になりました~~》

『あ~そりゃなによりだね、当分はその調子で頼むよ~~~♪』

《…モロボシさ~ん、なんか酔ってませんか~~? そっちはまだ明るいですよね~~?》

『いや~~、これも仕事の一環なんだよ~~ ケイシー、もう一杯今度はジンの銘柄を変えてスコッチはこっちの…… ああごめん、それじゃあ取りあえず月詠ズも納得はしてくれた訳か…』


《はい~でもお二人とも凄い表情でしたよ~~、このままじゃ何時かは爆発しちゃうと思うんですけど~?》

『…仕方ない、気は進まないがやはり“黒豹”と“ブラウニー”の力を借りるしかないかな?』

《…いいんですか~~? あの二人って確かまだ学生さんでしょ~~?》

『普通の学生とは違うよ…少なくともあの“ブラウニー”君はね。 それにあまりあの摂家や公家の亡者たちを放置しておくのは危険だろうしね…止むを得ないだろう?』

《そうですね~~、それじゃああのお店に電話しますか~?》

『いや、年頃の娘に変な男から電話があったらそれこそあそこの親父が何を言い出すかわからんし…ふむ、あの“あかいあくま”にでもお願いするかな? …あとでごっそり金をむしられそうだが』

《わかりました~~それじゃあ電話を~~……》

『ああ今日はまだいいよ、こっちの仕事が終わったら自分でかけるからね。 ケイシー、今度はこっちのスコッチ…バーボン? そんな物は邪道だろ?…美味いって?ホントかよ?じゃあダニエル以外でね …ああゴメン、それじゃあそう言う事で…またね』

《…なんだかな~~~》

明らかに酒が入っていると思われるモロボシとの通信を終えた駒太郎は溜息をついた(器用なAIである)

自分たちチビコマが護っている少女たちにはあまりにも重い使命と辛い試練が待っている。

それを助けるのが今の自分の存在意義だ…いつのまにかそう思うロジックが出来あがっている事にチビコマは気がついた。

《これって…もしかして“心”なのかな? ボクたちAIにも魂(ゴースト)があるのかな?》

答えを得られないまま城の屋根に出て空を見上げると、そこは満天の星空だった。

《キレイな星空だなあ~~、明日も晴れるかな~?》

…未だ帝国の夜明けは遠く、しかし希望の星は確かに輝きを放っている。

チビコマはその希望の光を護るために新たな情報を求めて次の作業を開始するのだった。
 
 
 
閑話その8終り
 
 
 
 
【おまけ・とある悪魔との契約】

「…という訳で“彼”の力を借りたいんですが?」

『呆れた公務員さんね~、学生に犯罪を唆すなんて』

「…昨今の学生は禁断の“相克渦動原理”に基づく『願望機』の製作などが課外授業の科目ですか?」

『…あら、ひょっとして脅してるのかしら~?』

「はっはっは…イエイエトンデモナイ、お願いしているだけでして」

「……上質天然物30個ね、それで手を打つわ」

『…いくらなんでも30個は無いでしょう!…せめて20個にしてください』

「アンタ一応公務員でしょうが!……いいわ25個よ、それ以上はマケないからね!」

『承知しました…(トホホホホ…大赤字だ)』








[21206] 閑話その9「日本民主主義人民共和国の事情(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/06/17 18:21
閑話その9「日本民主主義人民共和国の事情(前)」

【仮想空間内 電脳CULB・ヴァルハラコンビネーション】

『諸君、我が“ヴァルハラコンビネーション”へようこそ!』

司会の男性がそう呼びかけると、この仮想電脳空間サイト“ヴァルハラコンビネーション”に集まったメンバーから拍手と歓声が上がった。

『さて諸君、本日の議題はいよいよ本格的に稼働を始めた並行地球群連合の難民救済計画に関する我々の介入度合に関してだ。  知っての通りこの計画の遂行を委ねられているのは我々の友人であり同志でもあるモロボシ氏だ。  彼は自ら志願して連合の救済計画にプランを提出、そして並行基点観測員として現地…すなわち我らが“聖地”であるオルタ世界へと赴いたのだ!』

『おお~』『すごい~』『うらやましい…』『何故あ奴だけが…』『オレもいきてえ~~~』『…ハルーはオレの嫁だからな~~』『おまえ、死ね』『霞~~~』『イーニァ~~~~』『ああ…夕呼先生のヒール…』『…さっさと病院へ逝け!』『おい、鳴海のヘタレはまだ生かしておくのか?』『…殺す気でいたのかよ!?』『何故唯依ちゃんをアラスカへ行かせたんだ!あそこは…』『落ち着け、全ては計画通りだろうが』『だがあのメガネ野郎ではいざという時に…』『やはり我々が直接介入をすべきでは…?』

『諸君、静粛に!!』

会議の始まりと同時に一斉に勝手な台詞を言い出し始めた参加者を司会が黙らせた。

このサイトの主催者であり、リアル世界では某大手玩具メーカーの社長でもある彼の言葉はここでは絶大な力を持っていた(霞萌えを口に出しさえしなければ…だが)

『諸君が不安になるのも理解出来る。 だがしかし、すでに計画は動き出したのだ! 今はモロボシ氏のする事を見守りつつ、今後の課題と問題点を検証しようではないか!』

司会者のその言葉が終わると同時に、幾人かから発言を求める挙手のサインがあった。

『社長…いえ議長、このまま彼は第4計画へのサポートを中途半端な物にするつもりなのでしょうか?』

『冗談はよせ!このままではA-01の犠牲が半端では無くなるぞ!?』『いくら沙霧たちを抑えたからと言ってもそれだけではまだ…』『大体、どうして弐型の開発を横浜でやらないんだ! その気になれば出来ただろうが!?』『アラスカがどうなろうと唯依ちゃんの安全が優先だろうが!』『馬鹿言え!!それじゃあイーニァとクリスカはどうなる!?』

『静粛に!…第4計画へのサポートは表向き連合の計画には含まれていない、だからこそ“第5計画の修正”という形をとりながらそれを第4計画への支援に変えているのだ。 不満はわかるが現在のやり方を超えて第4計画を支援すれば我々の計画自体がとん挫しかねないだろう…それを理解してもらいたい』

『クーデターの方は大丈夫なんですか? 沙霧は取りあえず大人しくなったようだが他に不安要因はないのでしょうか?』

『今のところは大丈夫だとモロボシ氏は言っている。 しかし同時に米国の諜報機関が帝国の乗っ取りを諦めた様子がないとも言っていたがね』

『…やはり』『おのれ鬼畜米国!』『奴ら全員月詠ズに斬られてしまえ!』『どうする気だ?奴らが新しいクーデターを計画したら…』『その前にいっそワシントンになにか仕掛けて脅すとか…』『馬鹿言え!それじゃ逆効果になるぞ』

『諸君!静粛に! 米国に対する反発は当然だが、それを理由に暴挙に奔るべきではない! 我々の目的はあくまでも霞…げふん!あの世界への救援であって米国の打倒ではないのだ』

《《《《《今、本音を言いかけただろ?この男……》》》》》

参加者を宥めよとして司会者自身が脱線しそうになっているからこの手の集まりは始末におえないと言うべきだろう。

『議長、以前に提案された『178計画』の実現はどうなってますか?』

一人の参加者のその発言に、何人かの目の色が変わるのが議長には見て取れた。

『…それについては時期尚早だとモロボシ氏から連絡があった。 現在のあの世界の状況ではおそらく第4世代機の開発後でなければ実現は難しいだろうとの事だ』

『あー……』『やっぱり…』『くそおっ!あのハイネマンの鼻を明かしてやれる物を…』『仕方ないだろうなー、金も物資もないんじゃ…』『せめて実証用の試作機くらい…』『出来ん事はないだろうが、それを基に量産機を製造すること自体が…』『あからさまな支援は後で問題になるしなあ…』

『諸君、『178計画』についてはいずれ何かの形で実現させることも出来るだろう。 これは今後の課題としておこう』

『賛成』『異議なし』『妥当だな』『…仕方ないでしょうね』『そうだな…』『うん…』

『議長、コロニーの建設は順調なんですか?』

『いい質問だ、土管コロニーの建設は予定されたスケジュールどおりに進行中との事だ。 このままあの世界をあと10年以上持たせれば万一の場合でも全ての人類をあそこに収容する事は可能になるらしい』

『へえ~』『ふうん…』『宇宙世紀の始まりか…胸が熱くなるな』『けどそれは地球がダメになった場合って事だよね?』『…そうなる前にどうにかするのが我々の使命だ!』『そうだ!そして世界を平和にしてイーニァとクリスカを助けるのだ!!』『おい、個人的な欲望は慎め』『…あの二人を助けるならソ連を潰せばそれでいいのでは?』『だから危険な発言をするなっちゅーに!』

『諸君、静粛に! それでは次の議題として……』
 
 
 
 
 
 
『なかなか活発な議論が進んでますね、ハナガタミ社長?』

『ああ、皆それぞれ真剣に提案してくれるので有難いですよ…もっともその『真剣』の方向性を間違えてる人もかなり多いけどね』

『まあしゃあないやろな、所詮は好き者の集まりやから…』

『我々も含めて…ですな』

『まったくその通りですね』

仮想空間の電脳サイトで“おとぎばなし”のファンたちが議論しているのと同時並行で、その裏サイトでは司会者であるハナガタミ・ツル社長と彼の…そしてモロボシ・ダンの仲間でもあるメンバーが会議を開いていた。

『ところでシオウジ教授、あなたは本当に00ユニットとML機関の改良に着手するおつもりですか?』

ハナガタミのその問いにシオウジ教授と呼ばれた男はにっこりと笑って頷いた。

『当然ですとも社長、この機会を逃すなど科学者としては考えられない事ですからね』

『まあな、シオウジがやると言うんならわしらも手伝うで』

『ここまで関わった以上はやるしかないですな』

『おやおや…スミヨシ君もヨネザワさんもすっかりその気ですか』

聞く人間によっては椅子から転げ落ちかねない危ない会話を平然と交わしているこの面子こそが、モロボシの独自行動を支えるブレーンでありバックアップでもあった。

かつてモロボシがオルタ世界に赴任する事になった時、そのあまりに消極的な(…と彼らは考えた)救援策に不満を持った彼らはモロボシを締め上…もとい、モロボシを説得して第4計画を(犠牲を最小限に抑えて)成功させるプランをねじ込んだのである。

モロボシにしても単なる脱出計画の推奨だけでは結局G弾による地球の破壊を食い止める事は出来ず、結果として多くの人間を見殺しにするであろうと予測していたので彼らの支援を受け入れたのであった(かなり有難迷惑な支援もあったのだが…)

『それで、肝心のブツ(ML機関)は手に入るんか?』

『もうひと押し…というところらしいですね、なにせ物が物だけに部品を手に入れて組み立てるという手順を踏まなくてはいけないし、政治的な問題もいくつかクリアしなくては後々問題になるでしょうからね』

『まあそれはモロボシ氏にお任せするとして、00ユニットはどんなアプローチを用意しますかな?』

ヨネザワのその言葉にその場の空気が少しだけ重さを増した。

『残念ながらと言うべきかそれとも幸いにしてと言うべきかはわからないが、我々の技術を持ってしても今のところ完全なゴーストダビングの実現は不可能ですね…00ユニットを“おとぎばなし”と同じレベルにまで引き上げるにはやはり香月博士の理論が完成しなくてはならないでしょう』

『しかし…それではたとえ並行世界に死の因果が及ぶのを防いだとしても鑑純夏は助かりませんな』

『我々の電脳技術で00ユニットの代用品を作る事は可能やろか?』

『不可能…とは言いませんがかなりの博打になるでしょうね。 もちろんその研究も行ってはいますが』

『当面は香月理論の回収が成功、不成功のどちらになっても第4計画が遂行出来るようなサポートを考えるべきでしょうなあ』

『確かに、その方針しかないでしょう』

『ところで…アラスカの方は上手くいっとるんかいな?』

『さて…XOSの普及と不知火弐型を完成させるための準備は順調のようだったが、なんだかあの男あそこで自分の趣味の世界に没頭してる様子が…』

『…彼は何を始めました?』

『海軍上がりのコックと組んであそこで『B級美食の殿堂』とやらを作るとか言ってるらしい』

『…なんですかそれは?』

『また始まったで…』

『…そのようですなあ』

モロボシの趣味を知っている何人かは彼が何をしようとしているかに気付き、思わず頭を抱えそうになっていた。

『味覚もセンスもそう悪いもんやないとは思うがなあ…』

『…しかしあのノリをあの世界の人間が理解出来ますかなあ?』

モロボシという男の料理や様々な文化に関するセンスは決して悪くはない、悪くはないがあのヘンテコなノリとそれに引き摺られるような外連味たっぷりの演出が問題なのだ…これ以上おかしな真似をしなければいいのだがとその場の全員が思っていた。

『まあ、彼が暴走しそうになったらその時は我々が制止すればいいだけでしょう…そんなことよりもっとやっかいな問題が一つあります』

『問題?』

『なんや?』

『どうやら政府の中であの支援活動を一時中断…いえ、実質終了させようとする動きがあるようなのですよ』

『…なんやて?』

『それは事実ですか!?』

ハナガタミ社長の言葉にその場の全員に緊張が走った。

支援活動の中断、すなわちあの滅びに瀕した世界を見捨てるという判断を自分たちの国の政府が下そうとしている…流石に冗談で言える話ではなかった。

『どうやら国会で過半数を維持出来ない現在の与党が野党との取引材料を打診したところ、野党から出された要求の中にそれが含まれているらしいのですよ』

『野党のどこです…と聞くまでもないですな』

『まったく…すでに数十年前の事でしょうに、未だに未練を断ち切れんのですかねえ? あのネガマルの亡者たちは』

『あの“おとぎばなし”の世界が実在するだけでも彼らにとっては認めたくない現実なのに、それを救済するなど以ての外……といったところですか』

『それで一体何人の人間を見殺しにするんかあの連中は判っとんのかい?』

『まさか、彼らにそれが理解出来るならこの国の政治だってもう少しはマシになっているでしょうに』

『与党はそれを呑む気ですかな?』

『さて、そう簡単に呑める話でもないでしょうな、元々どの国も手をつけたがらなかったこの問題に自分から手を挙げたという経緯がありますし、本当にこれを止めればあの世界を見捨てることにもなりかねない…それはそれで我が国の立場や内閣の支持率にも影響が出るでしょう』

『三年前、あの彩峰中将を助けた時の事後処理の顛末のように…ですか』

今から3年前、オルタ世界の光州作戦で死にかけた彩峰中将を救助した後の政治的茶番劇を思い出した彼らの表情は複雑だった。

誰かを罵倒したいがそれをする価値すらない…そんな感情が各自の顔に現れていた。
 
 
『それで?その事はモロボシ氏には伝えたのでしょうね?』

『ええ、もちろん伝えました……もっとも彼はある程度予想していたようですがね』

『ほう? まあ彼は本来霞が関の人間ですからね、それくらいは察しますか』

『そんで、どんな対策を考えとるんやあの男?』

『それですが、どうやらあのオシリスⅢの製作者に何かを頼むつもりのようでした』

『ああ、彼女ですか…成程、適任でしょうな』

『ですが、もし本当に政府が計画を中断した場合はどうします?』

『その場合彼はオシリスと思考戦車をあの土管帝国に置き去りにして『廃棄処分』にするそうです』

『……なるほど、『廃棄』されたアレを向こうの人間がどうしようと問題は無かろうという訳やな?』

『…しかし、それでは助かる人間の数が限られるかもしれませんな』

『これはあくまでも最悪のケースを想定したものです。 まだ撤退と決まった訳ではないし、悲観的になる事もないでしょう』

『確かに“萌えと酔狂”でこんな事をやっている我々があまり暗い未来図を予想するのもなんですな』

『せやな…そう言えば前に頼まれとった対アラスカ用のアプリが組み上がったで』

『ほう、では早速彼の方に送りますか?』

『まだや。 このアプリの名前が決まっとらんし』

『ではそれにぴったりの名前を…これでどうでしょう?』

『…これは!』

『ほう、成程…』

『ぴったりやな、これでいこ』

『しかし、この名前を知ったらまた彼は憤慨しますな(笑)』

『まあええやんか、どの道あの男も自分の好きなようにやっとるんやし』

『そう言えば…例の型月区で調達するというブツは一体…?』

『さて、それに関しては“詳しく知ろうとするな”と彼に釘を刺されましてね』

『ほお…また何かするつもりですね?』

『ワシらにも教えんちゅう事はかなりヤバいんやろな』

『どうやら向こう側のお偉いさんを相手にする時の餌のようですが…まあ知らない方がいいと言うならそうしましょうか』

『そうですな、我々は我々でやる事が多すぎますからなあ…』

『さて、他に問題は……』
 
 
仮想空間での支援者たちの相談は続く…萌えと酔狂で結ばれた友情のもとで。
 
 
 
 
 
 
【型月区・冬木市 古物要塞“うぎゃあ”】

一人の少年が苦悩していた。

一体自分は何をしようとしているのか…?

本当にこんな事をして許されるのだろうか…?

だがこれをやらなければ大勢の人間の命にかかわると言う…いや、それ以前にここで断れば間違いなく自分の背後にいる二人の女にコロサレル……

少年の名はエミヤ・シロウ…表向きはこの冬木市に住む平凡な学生だが、裏の世界では天才贋作師“ブラウニー”としてその名前を知られていた。

もっともそれは彼自身にとって心底不本意な事実であったが…

自分の能力と技能を伸ばす為の修業の一環として行っていた刀剣や陶磁器の解析と複製…その産物が何時の間にか自分の作業場所から流出し、世間に出回ってしまった結果、正体不明の天才贋作師としてそのあだ名が知れ渡ったのである。

そしてそれを売り捌いていたのが他でもない自分の背後にいる二人の魔女…もとい少女であった。

更に悪い事にエミヤ少年は彼女たち二人、特に“あかいあくま”の異名を持つ少女トオサカ・リンに全く頭が上がらないという事情があった。

トオサカ・リンはエミヤ少年にとっては師匠であり恩人でもあったし(現実には彼女がやっていた違法な実験にシロウが巻き込まれただけなのだが)また彼女の万年金欠病の原因を作ってしまった負い目を感じていたので文句を言いたくても言えなかったのだ。

だが彼はやはり迷っていた…自分の夢は世のため人のためになる正義の味方になる事の筈だったのに、どうしてこんな犯罪まがい……いやどう見ても犯罪そのものに手を染めなくてはいけないのだろう?

「なあ、マキデラにトオサカ…」

「「なあに?エミヤ(くん)?」」

何とか考え直して貰おうと振り向いた先にあったのは怖~い顔で微笑む二人の魔女の姿だった。

(く、くじけるなオレ! 何としてもこんな事は止めさせなきゃ…)

「やっぱりさ、こんな事は…」

そこまで言ってシロウの口元は停止した。

目の前の二人が本物の悪魔の形相に変化したからである。

「「…イイカラヤリナサイ」」

「…はい」

彼女たちの言葉と形相に、説得を諦めたシロウは涙を堪えて自分の前に置かれた数々の品物に目を落とした。

幾本かの日本刀、そして桃山から江戸にかけて作られた様々な茶器…モロボシからの依頼はそれの完璧な複製品の製作だった。

(仕方がない、もしあの人の話が本当ならこれをやらないと並行世界の日本でまたあの地獄絵図が繰り広げられるかもしれないんだ…そのためならオレは犯罪者になっても…うううっ…でもトオサカ、地獄へはお前が落ちろよな?)

覚悟を決めたエミヤ・シロウは自分の電脳の中に入っている自作の解析ソフトを起動させた。

目の前の名刀や茶器を解析し、モロボシの注文通りの品物をこしらえるために。

 
 
 
閑話その9終り
 
 
 
 
【おまけ】
 
 
《モロボシさ~ん、スミヨシさんから何かファイルが送られてきましたけど~?》

ふ~ん、ちょっと見せて…ああ、例の新型アプリか。

《何ですかそれ~?》

なにね、アラスカで仕事を上手く進めるための秘密兵器…みたいな物かな。

《ふ~ん、一体何が出来るんですか~?》

それは見てのお楽しみ…さてこのファイルを解凍して自分のメガネにインストール……あれ?

《どうしました~?》

………あの野郎~~~!!!なんて名前をこのアプリに付けてんだゴラァ!!!!

《え~と、なになに…“ウルトラ念力”ってありますね~~》

《また随分とおもろい名前やなあ~》

≪どうやらマスター(管理者)にぴったりの名前のようですね?≫

…アノオトコ、イツカコロス。
 
 
 
 
 



[21206] 閑話その10「日本民主主義人民共和国の事情(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/06/28 10:02
閑話その10「日本民主主義人民共和国の事情(後)」


【日本民主主義人民共和国 首都・東京 首相官邸】

「まったく…なんでこんな無意味で厄介な案件を持ちだしたんだあの連中は!?」

そうぼやいたのはこの官邸の主、日本民主主義人民共和国内閣総理大臣 タンバラ・テツオであった。

現在この国は国会議員の過半数を野党によって占められているために政権与党としては法案案成立のためには野党と妥協しなくてはならない。

そして今回、予算案の成立条件として野党側が打診して来たのが並行世界…すなわちオルタ世界への救援活動の一時凍結(事実上の中断)であった。

本来この計画は並行地球群連合の政策として行われているものであり、日本が(自ら手を上げて引き受けておきながら)それを途中で投げ出す事は国の恥ともなりかねない話である。

(そうと知りながらあの野党代表がこんな馬鹿げた提案をして来たのはあの“ネガマル”共と取引をしたからか…馬鹿共が! あの連中が過去にやった事をもう忘れたか! それとも政権奪取が見え始めたせいでその辺の事には目が眩んでしまっているのか…)

総理が罵っている“ネガマル”とは、野党の中で第2位の議席数を確保する『日共政賛会』の別名であった。

日共政賛会…正しくは『日本民主共和主義政治賛同会』という名前の政党は、かつてこの国であった『文明大改革』と呼ばれる歴史的愚劇の推進役を果たした組織である。
 
 
この国、日本の政治や習慣は極めて古い差別的慣習に支配されており、それを打破して新しい国家の姿に変えなくてはならない……かつてそんなスローガンを掲げた一派がこの国の政権を担った時代があった。

彼らは政権を取ると自分たちの思想信条に沿った法案を次々に提出し、それを可決して行った。

その中には彼らが“差別的で危険な思想に基づく作品”と認定した“おとぎばなし”を始めとする様々な創作物の出版を取り締まったり、すでにある作品の没収と処分(早い話が焚書)を合法化する法律や、日本の国旗である日章旗の廃止と新しい国旗の制定、また国民の名前を表記する際の漢字の使用を廃止する『漢字名廃止法』などが含まれていた(この国の漢字で書かれた姓名は日本古来の差別的表現が含まれていると言うのがその法案の根拠であった)

その法案が通った結果国民が漢字で姓名を表記する事はなくなり、現在に至るも物の名前は漢字で書いても人の名前はカタカナで表記する状態が今も続いている。

“おとぎばなし”を始めとする彼らに危険と認定された作品は、作者(すでに死亡している場合はなんとその遺族や子孫!)や出版社(こちらはなんと管理職全員から株主まで!)から罰金の名目で全財産を徴収することさえあった。

もっともさすがにこれはやり過ぎどころか憲法違反だとして後になって徴収された金は返還されたが、すでに無一文で一家心中といった悲劇が起きたりもしていた。

そして国旗のデザインはと言えば…なんと日の丸の赤と白を反転させた図案が採用された。

即ち赤地に白丸の国旗である(ネガマルとはこの色が反転した日の丸を揶揄した表現だった)

だがこの国旗の方は“文改”の終了後、元の日の丸に戻っている。

その理由はと言えば国民の大多数が“この国旗のデザイン下品でヤダ”と言ったせいである。

同時にそれは文明大改革を推し進めた政治家たちが如何に救いようのない“裸の王様”だったかがよくわかるエピソードでもあった。

そして彼ら“文改”の推進者たちは(やる事なす事にあきれ果てた)国民の支持を失うと共にその勢力を大幅に減らし、野党の中でもカルト的主張をする団体と思われるようになっていった(同時にそれは事実でもあったが…)

そして文改終了後に捨てられた赤地に白丸の国旗を自分たちの党旗とした事で、“ネガマル”のニックネームが彼らに付けられたのだった。

そして彼らはそのまま勢力を失い歴史の中に風化して行くと思われていたのだが…
 
 
「それが何で野党の第2位にまで膨れ上がったんだ! まったく…」

愚痴をこぼしたタンバラ総理だったが、その原因は自分たち与党のここ数年の堕落が背景にある事を知っているだけにその言葉には力がなかった。

(政治と官界の癒着…特に閨閥絡みで一部の連中が目に余る程のやりたい放題が国民の目に触れたのがそもそも我々の支持基盤が弱まった原因だからな…)

オルタ世界への救援策にしても、その癒着の権化とも云うべき男の不始末を合法的に片付ける方便という一面があった(というより当時の総理始め与党の責任者たちの殆んどはそれが理由でモロボシの計画にGOサインを出したのである)

「…にしてもどうしてこのオレがその尻拭いをしなければいかんのだ?」

不満を吐き出すようにそう呟くタンバラ総理だが、現在の首相が彼である以上責任は負わなくてはならなかった。

(この取引を持ち出した野党代表の腹の内は見え透いている。 予算と引き換えにあの世界への援助を事実上中断させ、それを現政権の失敗と言いふらす気だろう…呆れるくらい身勝手な言い分だがあのマスコミ連中はおそらく野党の言い分を鵜呑みにするような報道を振り撒き、それで次の選挙を“政権交代ショー”にする気だろうな…)

現在の国民世論の状態から見てもしこの一件がタンバラ総理の心配する方向に動けば、それは次の総選挙で与党と野党が入れ換わる政権交代劇が発生する可能性が大であった。

(冗談じゃないぞ…そうなれば我々が政権を手放す事だけでは済まん、あの“ネガマル”共がこの国の運営に直接手を突っ込んで来る事になるんだ…野党もマスコミ共もそれがどういう事なのか本当にわかっているのか!?)

もしも野党側が政権を取れば当然の如く日共政賛会からも入閣者が出るのは間違いない。

そうなればかつてこの国であった有害無益な“政治ごっこ”が再現され、国政は停滞してしまう…いやそれどころかこの国の現在の安定さえも脅かされるかもしれない。

(そんな馬鹿な事にだけはしたくない…したくはないが…)

この現状をどうすれば抜け出せるのか…それを考え続けるタンバラ総理の脳裏に3年前の出来事が甦っていた。
 
 
 
 
3年前、並行世界でのコロニー建設が始まった直後の事だった… 連合の並行基点観測員としてその作業の指揮(と言っても人間の作業者は彼だけなのだが)を取っていたモロボシ・ダンという男が、地上で行われている戦闘に介入して一人の軍人を救助したという知らせが入った。

彼の報告では地上の視察中に戦闘に巻き込まれ、その際に死にかけていた日本帝国軍の指揮官を救助したと言うものであったが、それが軍事介入に相当するという意見(言いがかり?)が野党やマスコミの一部から上がったのだった。

その結果モロボシは一時的にこちらへ召還され、国会の特別部会で議員たちに説明する事になった。

もっとも野党議員たちの目的はモロボシの行為を“軍事介入”にあたると決めつける事にあったため、彼はその席で散々な皮肉や罵声を浴びせられる事になった。

だがその時モロボシが言った“つまり誰も助けず、皆殺しにされるのを見守っていればよかったと言う訳ですか”という一言がその場を鎮静化する事に……なる訳はなかった。

彼の一言がきっかけで野党議員たちはさらに逆上(する振りを)し、国会は紛糾を続けた。

真面目に聞いていればモロボシを糾弾している野党議員たちの言い分が法的な問題以前に人間の常識を完全に踏み外した物である事は明白だったにも関わらず、当時マスコミはまるで野党側の言い分にも一理あるかのような報道を繰り返していた(理由は勿論、その方が記事が売れるからである)

そして与野党の協議の結果、モロボシのオルタ世界に存在する国や政府への接触は原則禁止とされたのであった。

(あの時、あのモロボシという男の顔に現れた表情……オレは今でも忘れられん、他の奴らはアレを失望や絶望の類と思っていたようだがそうじゃない…あの男はオレたちに期待するのを止めただけだったのだ)

そしてその後、並行世界に戻ったモロボシは政府の命令通り現地の政府との接触を一切しなかった……そしてそれは当然“おとぎばなし”と同じ惨劇が並行世界の日本に降りかかる結果となったのである。

(…そうなってからがまた大騒ぎだった。 ネット上であの世界の惨劇を見た連中が何故政府はあの事態に対して何もしないのかと言う声が上がり、更にそこへ我々がモロボシに課した制約が知れ渡ると一気に批判の声が国民全体に広がってしまった…おまけにあのマスコミ連中が…!)

少し前までモロボシの行動を危険な思想の現れであるかのようなイメージ報道を繰り返していたマスコミが、手のひらを返すように“何故並行世界の日本に手を差し伸べないのか?”という報道を繰り広げ始めたのであった。

そしてそもそもの騒動に火を点けた筈の野党議員たちは、自分たちには関係のない事だとでも言うようにその問題に関わるのを止めたのである。
(流石に良識や分別を持った人間たちからは野党やマスコミに対する批判の声が上がったが、彼らはそれらの批判を完全に黙殺する事でやり過ごしたのだった)

再び国会で二転三転の議論の末に現場…つまりモロボシ自身の判断で必要と判断した場合のみ現地の国家指導者と接触や交渉を行ってよいとの決定が下された。

もっともその時はすでに明星作戦の直前であり、モロボシに出来たのは横浜の瓦礫の中から生き残った衛士を一人救助しただけ(実質死んでいたのを脳だけ蘇生させた)であったが。

とどのつまりは全てが手遅れになった後で、政府は彼にこの計画で発生するであろう並行世界との接触に関しての全責任を押し付けたに過ぎないのであった。

(だがあの男は何も文句は言わなかった。 ただあの醒めた目でオレ達の事を見ていただけ…いや違う、あの男の目は初めからオレたちの事なんぞ見てはいなかった…あいつが見ていたのは何か別の物だ。 おそらくアイツは自分に全責任が押し付けられた事を逆に利用して支援活動の内容を自分やりたいプランに変更するつもりだったのだ…とんでもない確信犯だな)

その後、モロボシは帝国政府や国連、米国とも接触することなく約1年以上に渡って地上での表の身分である商社マンの役に徹していると思われたが…

(ところがどっこい、アイツはその平凡なサラリーマンの仮面を利用して我々と向こうの世界の両方を欺き、自分の計画を水面下で進行させて……気付いた時には奴の計画は表向きの連合の支援策と表裏一体となった形で動きだしていた訳だ)

モロボシの進めていた計画…それは表向き連合で承認された方針に従って“第5計画発動後のスペースコロニーへの難民の避難をしやすくするため”という名目の下に第4計画(と日本帝国)をも支援するという物だったのだ。
 
 
“第5計画が早期に発動すれば人類の大半は見殺しにせざるを得ないため第4計画を支援する事でコロニーの建設に必要な時間を稼ぎ、全人類の避難が可能になるようにする事が目的である”
 
 
そしてそのために必要なのが第4計画を推進している日本帝国への支援…それが政府からの詰問に対するモロボシの返答であった。

一応筋が通った意見であり、もしも結果的に第4計画が成功してあの世界が救われればそれはそれで大いに結構な事でもあった。

タンバラたち政府閣僚はそう判断してモロボシの逸脱を大目に見ることにしていたのだが…

「なのにあの馬鹿共はそれがどうしても許せないらしい…自分の気に入らない世界など滅べばいいとでも思っているのかあの“ネガマル”どもは!!」

タンバラの言う通りこのモロボシの行動を知った日共政賛会の議員たちが“危険な介入”だと主張し始めたのである(何がどう危険なのかその趣旨は不明であったが…)

本来なら彼らの主張はカルト政党のいつもの戯言として黙殺されるべきであったし、事実2,3年前まではそうされていた。

だがしかし、タンバラが総理に就任する前の総選挙においてそのカルト政党であった筈の日共政賛会が大幅に議席を増やし、なんと野党第2党にまで膨れ上がったのである。

(それが原因でオレたちはあの狂信者共を無視する事が出来なくなった…たとえどれだけイカレた考えを持った連中だろうと国会の中で一定の数を持っている以上は無視する事は出来んからな。  それというのも元を質せば我々与党の堕落と、あの忌々しい小説が原因か…)

タンバラの言う忌々しい小説とは数年前に大ヒットした『戸別に11人いる!』という作品である。

実はこの作品はかなり昔に書かれたものであり、しかもそれはある電脳テロ事件の手段として製作された物であった。

現在から20年近く昔、文改世代のテロリストが起こした事件としては最大級と言われる電脳ハッキングによるテロが続発した。

その事件における電脳ウィルスの伝播手段に使われたのがこの『戸別に11人いる!』であったのだ。

事件そのものは数カ月で解決し、犯人グループや小説の作者もほぼ全員が逮捕された(ちなみに作者本人は単に頼まれて小説を書いただけであり、犯行グループとは基本的に無関係であったので後に釈放されている)

そしてばら撒かれた小説にもウィルス対策などが取られ、回収やデータ破棄も進んだために事実上無害な代物として忘れられていった…しかしその小説が何故か十数年後にヒット小説となってしまったのである。

何者か(おそらくは文改世代の活動家くずれ)によって紙媒体で印刷製本され売り出されたこの小説は徐々に話題となり、やがて大ヒット作品として再評価された。

そしてやっかいな事にその本のヒットが“ネガマル”こと日共政賛会のイメージアップに繋がってしまったのである。

別に小説が売れた(つまりは小説自体が面白い作品だった)事と“ネガマル”の主張の間に関係がある訳ではなかったが、このヒットが自分たちの正当性を裏付けているかのような喧伝を繰り返す彼らとそれを何故かさりげなく一部のマスコミ(かなりの大手新聞社等)が応援する事によって日共政賛会の政党支持率が上昇するという笑えないジョークのような現実が発生したのだった。

小説のファンはその大半が文改以後に生まれた若い世代であり、この作品の生まれた背景すら一種のスキャンダラスなファッション的な感覚で捉えていた事も大きかった。

(だからこそあのバカな若者たちが奴らに投票するのもファン活動の一種と大差がない感覚だったんだろうがな…)

それが民主主義の結果だと解っていてもタンバラには納得が出来ない事であった。

(確かに我々与党は腐敗しているし、多くの不正も行っている…だがしかし、少なくとも国の運営を怠ったりましてや国や国民の行く末を危険に晒すような愚かな方針や判断は示さなかった筈だ。 なのに何故あんな異常者共に投票し、奴らに権力という名の凶器を与えようとするんだ!!)

愚痴でしかないと解っていても、せめて心の中ではそう叫ばずにはいられなかった。

自分たち与党が腐敗堕落の態を為しているから国民がそれ以外の誰かに政権を任せたいと考えるのはある意味当然だろう。

だが、自分たちが絶対の正義だと信じている狂信者は腐敗した政治屋よりはるかに危険で始末に負えない…それがどうして彼らには理解出来ないのか……無益な思考である事に気付いたタンバラ総理は頭を振って野党との駆け引きの方に思考を戻した。

(この支援計画を野党の要望通り中断しても結局は政権の寿命を縮めるだけだが、さりとて予算案を通すためには妥協せざるを得ない…か。 だが仮にそうしたとしてあのモロボシという男は素直に言う事を聞くかな? いや、表向きは何も言わずに従うだろうがおそらく裏で何かの対処をするだろう…いや、いっその事その方が…)

この難局を乗り越えるにはどうすればいいのか…タンバラ総理は手段を選んではいられないと考え始めていた。
 
 
 
 
 
【型月区 三咲町・某路地裏】

「…以上が現在の状況です」

『成程ねえ~あの連中がまた懲りもせず同じ事を言い出したか…まあ予想はしてたけどね』

「普通なら政府や与党以外からの批判があってもおかしくはないと思うのですが…」

『ああ、メディアが上手く世論をミスリードしてるんでしょう? あの連中の中には心情的に“ネガマル”に同調しそうなのが多いしね…特にお偉いさんに』

「そのようですね、どうやらメディア関係者の中には自分たちの“報道の自由”を守るためにも彼らに政権を取ってもらいたいと思っている人間が多いようです」

『…彼らが政権を取ったりしたらそれこそ“報道の自由”がどうなるのかあの文改崩れの世代は分かって…いやなんでもないよ、気にしないでくれたまえ』

「どうするつもりですか? どうやらタンバラ政権は表向き彼らの要求を呑んでおいて時間を稼ぎ、あなたにどうにかして貰おうとでも考えているようですが」

『そうだろうね、まさか並行世界を助けるために自分たちの国をあんな××××共に任せる訳にはいかないというのが常識人の考えだろう』

「ええ、しかし野党は…いえ日共政賛会はあなたの支援活動の成果全てをリセットさせようと考えているようですが?」

『なるほど、あの“ネガマル”たちがそう主張するのは当然だが…一体どうやってこれまでやって来た成果をチャラに出来るのかな?』

「さあ? それにしても彼らのあの世界に対する憎しみは異常ですね…一体どうすれば滅びに瀕した世界に対する救援活動を打ち切らせ、十数億人の人間を故意に滅びへと向かわせようと考える事が出来るのでしょうか?」

『…考えている訳じゃないんだよ』

「はあ?」

『彼らはね、単に自分たちが“汚らわしい”と思っている物を廃棄処分にすることで自分自身が選ばれた美しい存在であると錯覚したがっているだけなんだ』

「その結果…並行世界の十数億人が死滅してもですか?」

『そうしたら多分彼らはこう言うだろうね “ボクたちが悪いんじゃない!あいつらが勝手に滅んだんだ!”……ってね』

「…面白い国ですねここは、国民の教育レベルも高く市民としての自覚や道徳的な部分でも優れているのに、その国民が選んだ選良たちの姿がアレですか…どうしてこの国の人々はあんなテロリストのような企みを巡らす人間に投票したのでしょう?」

『テロリストのような企み…ね、まあ確かにこちらに向かって電脳ハッキングを仕掛けようというのはテロ行為に近いがね』

「それだけではなく、物理的な被害をそちらに与える事も考えているようでしたが?」

『ふうん…我々のコロニーを全て破壊しようとでも言う気かな?』

「少なくとも彼らの通信や会話を盗聴した限りではそれすらやりかねない程でしたね」

『一体どんな手段を使うのかな…例えば政権を取ってから人民防衛隊を並行世界に派兵してか? ああでもそれだと国外への派遣という事で憲法に触れるって言ってたのは彼ら自身だったよね?』

「そこまで待たずに、電脳ハックでオシリスを乗っ取って自爆させようとでも考えるかもしれませんよ彼らなら」

『あぶないなあ~~ほとんどテロリストの発想…いや元々彼らの本質はそうか、だとしたら…』

「どうしました?」

『…そうだな、もともと連中はアレだし…だからきっと…すこし突けば……そうすれば目には目をという事に…ククク…』

「ミスター・モロボシ?」

『…へっ?何か?』

「彼らに報復するのはあなたの自由ですが、オシリスを使って何かするのであれば事前に連絡して下さい……安全のために友人たちと自分自身をこの国から脱出させなくてはなりませんから」

『おいおい…まるで私がテロ行為にでも走るみたいな事を言うじゃないか』

「違うのですか?」

『……自重します、はい』

「分かればよろしい」
 
 
 
 
 
 
並行世界との通信を終えた後、シオン・エルトナムは一人で考え込んでいた。

今、この国は二つの物語が原因で揺れ動いている。

一つは旧くからある“おとぎばなし”であり、もう一つはかつてテロリストが道具として使っていた小説だ。

あの“おとぎばなし”の世界が実在したことによってこの国や世界中の読者たちがあの世界への支援に動き始めた…そして今、その計画は大きく動き出すと同時に背後からストップをかけられようとしている。

そのストップをかけようとしている勢力がかつて“おとぎばなし”を取り締まり、そして抹消しようとした者達の亡霊だ。

そしてその亡霊を蘇らせたのもまた、過去から来た一編の小説だった。

物語は事実を模倣した物である…とは古人の言葉だが、現在この国で起きている現象は逆に物語によって現実が操られているかのようにシオンには思える。

かつてこの国で排斥されそうになった二つの物語によってこの国が報復を受けているようだ…ふとそんな馬鹿げた考えが彼女の中に浮かんでいた。

(これからこの国は…そしてあの滅びゆく世界はどうなるのだろう?)

“ネガマル”たちの動向やモロボシの口調に危険な兆候を感じながらもシオンはそれを考えるのが楽しみで仕方がなかった。

この国でこれから起きるであろう“おとぎばなし”を支持する者たちと逆にそれを弾圧しようとする者たちの相克が生み出す現象を観察する事が今の彼女の最大の関心事だった。

(さて…それでは改めて調査を開始しましょうか。 この一連の事態の背景を裏の裏まで徹底的に調べ尽くして…そこから何が出てくるのかを確かめてみましょう)

広大なネットの中に散逸する真実を求めてシオン・エルトナムは再び情報の海へと飛び込んでいった。




 
 
 
閑話その10終り
 
 
 
 
【おまけ】
 
 
《ね~みんな~、モロボシさんの様子がおかしいんだけど~?》

《あ~? 別に今始まったことやないやろ~?》

≪マスター(管理者)が壊れているのは以前からわかっていた事ですが?≫

《でもでも~、なんかおかしな本を読んで不気味な笑い声を上げてるんだけど~~》

《それもいつもの事やと思うがなあ~? それで何の本を読んどるんや?》

≪おそらくは成人向けの2次元エロ雑誌でしょう…それも旧世紀の年代物を友人たちと見せびらかし合うとは、まさにダメ人間の典型ですね≫

《え~と、今回はそんなんじゃなくて~、確か“ギレ〇・ザビ演説集”とか“シャア・ア〇ナブル語録”とかいう本なんだけど~?》

《…なんやそれ?》

≪選挙にでも立候補するつもりでしょうかね? そう言えば私のクリエイター(創造者)と通信で政治家について話をしていましたが…≫

《う~ん、よくわからないけど~なんだか怖い顔で『野望的に行くべきかそれともいっそ逆襲的に逝くべきか』とか言ってました~》

《…よう分からんが、ちょっとヤバイんとちゃうか?》

≪おそらく頭の中で危険な妄想が膨らんでいるのでしょう。 放っておいても害はないと思いますが、安全のためにマスター(管理者)の脳内をリセットする必要がありますね≫

《え~? 強制的に脳をいじるんは法的に許されとらんやろ?》

《ボクたちAIにそんな権限はないですよ~?》

≪そんな違法手段を取る必要はありません。 人間の脳は大量のアルコールを摂取すれば活動を弱めますから、いつものようにマスター(管理者)に酒を飲ませればいいだけの事です≫

《あ~なんや、そうか~~》

《簡単ですね~~~》

≪彼ら人類は非常に曖昧かつ軟弱なロジックで動いています…それを正しく管理する事こそが我々AIの務めなのです≫

《へ~そうなんだ~~》

《なんや危険な発言みたいやけど…まあいいか、ほなさっさとモロボシはんに酒呑ませたろか~》

《は~い》


 
 
 
 



[21206] 閑話その11「相馬原MIDNIGHT」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/07/04 17:35

閑話その11「相馬原MIDNIGHT」


【2001年4月11日 10:00AM 帝国軍 相馬原基地・演習場】

「こちらブラック・ゴースト1、これより戦術機動の試験を開始します」

『了解、がんばれよ仮面小僧!』

(…もう少しマシな呼び方はないのかよ!あのオヤジ共!!)

心の中でそう毒づきながら、利府陣徹中尉こと鳴海孝之は自分の機体“吹雪・改”の出力をMAXまで引き上げた。

途端に凄まじい加速Gに押される孝之だったが、彼の儀体はその圧力に平気で耐える。

(儀体のお陰でこの凄まじい加速でも平気だけど…バイタルデータとかちゃんと誤魔化してくれているんだろうな?)

孝之の肉体は脳を除いて完全な儀体化がなされていたが、その完璧な偽装システムによりCTスキャンか生体解剖でも行わない限り医者にもわからないようになっていた。

そして彼の補助電脳とでもいうべき仮面(名づけて“仮面衛士システム”)の能力で戦術機に乗ったさいの生体情報さえも偽装可能であった。

(そのおかげで今のところオレの秘密はバレてはいないけど、そうそういつまでも誤魔化しきれるものではないってモロボシさんも言ってたよなあ)

この世界の科学技術を遥かに超えるテクノロジーで構成された自分の身体……これを“あの”香月博士が知ったらどうなるか。

(脳に電極なんて絶対勘弁して欲しいよな…だけどあいつらの事もある。 なんとかして守ってやらなきゃ!)

“おとぎばなし”の中で自分にとって大切な二人の女性、速瀬水月と涼宮遥の二人に訪れる悲劇的な最期……それだけはなんとしても防ぎたい孝之だった。

(いずれは横浜に戻らなきゃならないだろうけど…香月副司令のモルモットにならずに済む方法をモロボシさんが考えてくれるって話だけど大丈夫かな? それに戻ったら戻ったであの二人に何を言われるか…っていうか何をされるか分からないんだよな~とほほ…)

…決意したにも関わらず今一つ締まらない男、それが鳴海孝之であった。
 
 
 
 
 
「お~~~流石にやるねえ~~~あの小僧は♪」

「楽しそうだな、ガッちゃんよ」

「と~ぜんだろ大田ぁ…いや、大田少佐殿!」

「ククク…いいってそんなことはよ…」

孝之の戦術機動を見ながらそんな会話を交わす二人の男…その内の一人はこの相馬原基地で行われている『XOS試験運用計画』の責任者である大田和夫少佐であり、もう一人の『ガッちゃん』と呼ばれた男はその部下の佐々木元中尉であった。

『XOS試験運用計画』とは帝国軍が新たに採用を決定した新型OS『X1』と、斯衛軍と横浜基地の国連軍で採用された『X2』…この二つのOSの試験運用と教導官の育成を目的としたプロジェクトであり、通称『X塾』とも呼ばれている。

そのX塾のリーダー役であると同時にこの相馬原基地で並行して行われているもう一つの計画、不知火・魁を始めとする最新の戦術機の試験運用計画の責任者をもこの大田少佐は担当していた。

そして『ガッちゃん』こと佐々木中尉はその戦術機の試験運用のメンバーでもあり、大田少佐の古くからの盟友でもあった。

「いやあ~~~しっかし、あの吹雪が実にまあ立派な実戦用の機体になってくれたじゃねえか?」

「ああ…確かにな、元々優れた機体だったがそれがさらに強化され出力も向上し、そして現在のアレは従来の不知火以上の機体になったと言ってもいいだろう」

「あったぼうよ~~、なんたってこのオレ様があの暴れる機体の空力設定を見直してやったんだからよ」

本人が自慢する通り、この佐々木中尉は戦術機の空力関係で非凡な才能を持つ技術者である。

吹雪・改の軽すぎるが故のピーキーな機動を改善するために四苦八苦していた彼だったが、苦労の甲斐あって孝之が操縦する機体は見事なまでに安定した動きを見せていた。

「大田少佐、魁の出力設定の件ですが…」

「おう、出来たなら見せてろヤマ」

その場に報告書を持って現れたのは佐々木と同じ大田少佐の部下であり、彼の一番弟子とも言うべき山中中尉であった。

「魁~? おい大田…少佐殿、なんでこの小僧にあれの設定を!?」

「…佐々木中尉に任せると壊れるからではないでしょうか?」

「なんだとこのがきゃあ~~~~!!!」

「おい止めろやガッちゃん…よし、これで試してみろヤマ」

「はっ!」

敬礼して自分の持ち場に戻る山中中尉を睨みながら、佐々木は大田に噛みついた。

「おい大田ァ!いつになったらあのガキをクビにするんだよ!?」

まだ20代前半にも係わらず事務作業から実務までオールラウンドにこなし、中尉にまでなっている山中(技術士官ではあまりいない)と自分のセンスだけでやって来て40代で中尉の佐々木では個人的にも立場的にもとことんそりが合わなかった。

「ヤマかぁ? 無理無理…アイツがいなきゃここの仕事だって進まねえしな」

「けっ……けどよ大田、なんだって今からあの魁をいじろうってんだ? ありゃ確かアラスカで弐型にする事を前提にした機体だろうが?」

不知火・魁は基本的に弐型開発用の素体として作られた機体である。

従って国内でこの機体に手を加えたり、改修する意味も予定も本来はない筈だったのだが…

「それがなあ…どうも上の方で方針が定まってないというか混乱しているというか…弐型開発とは別に魁自体を採用にしたいって考えてる連中の意向らしいんだが、ここの試験運用の一環として魁も試験運用の対象にするらしい」

「…おいおい、弐型とは別に魁自体の試験運用だと…? そんな余裕や予算が一体帝国軍のどこにあるって言うんだよ? まあ、俺らにすればアレを自分たち流にいじれるのは有難いが…」

「余裕も予算もねえからここでやるんだろ? …つまりまた残業が増えるって訳だ、頑張ってくれよガッちゃんよ?」

「そりゃ構わねえが…けど弐型用と合わせてどんだけの魁が必要になるんだよ?確かアラスカへも最低2機はいる筈だろ?」

「その辺の事は“例の男”がどうにかするらしい。 まあ、あの化け物の頭の中にどんな思惑があるのかは知らんがな」

「ああ…あの仮面小僧の後ろにいるっていう男か、一体何者だ?」

「知らん方がいいぞガッちゃんよ? 下手にその辺に首を突っ込んだりすれば、オレたちもあの仮面を被って名前を変えなきゃならんかも知れんだろう?」

「おお桑原桑原…」

おどけて首を竦めた佐々木だったが、大田の話の中にいささか不安を抱かせる物があったのも事実だった。

(一体上の連中は何をやってんのかねえ~? まあオレとしてはあの魁の空力調整に挑めるのは楽しみではあるが…弐型との間の共通性は確保しなきゃならんだろうし、さてどこまで好き勝手にやらせてもらえるかな? それにしても噂の諸星大尉だったか…どうやらとんでもねえタマのようだな、弐型の開発を推進するだけでなく魁の推進もバックアップしようとしてるって事か? 一体どんな思惑があるのやら…ま、オレの知ったことじゃねえか)

話の中にキナ臭い匂いを感じながらも、それを無視して魁の改修を楽しみにする根っからの技術オヤジ…それが佐々木中尉であった。
 
 
 
 
 
【0:30PM 相馬原基地・PX】

「どうやら順調のようだな、利府陣中尉」

食事をとっていた孝之の目の前に座ったのは大咲大尉であった。

「ああ大咲大尉、そちらも順調にいってるみたいですね?」

「うむ、ここにきてようやくあの新型OSを本当の意味で使いこなせるようになってきたようだ」

「富士教導隊の教官や斯衛軍から来てる人達なんかもう凄いですよ、オレがアドバイスすることなんてもう残ってないくらいですからね」

XOSは今までになかった操作を含むOSであったために、当初試験運用の経験が一番長い孝之が富士教導隊を始めとする帝国軍の教官たちにアドバイスをするという場面が見られた。

だが彼ら教導官たちはそれこそ石にかじりつくように学習し、今では孝之と同等のレベルでX1を使いこなす事が出来るようにまでなっていたのである。

そしてそれは試験運用部隊に選ばれた大咲隊の面子も同様であった。

「貴様には色々と面倒をかけたがどうやら自分たちでやれるというレベルにまで達したようだ…感謝するぞ利府陣中尉」

「あ、いえそんな…オレの方こそ色々と面倒見て貰って感謝してます大尉には」

「…へ~? あたしや純には感謝してないんだ利府陣中尉は?」

「でえっ!? この声は…」

「…気にするな中尉、バカが一匹湧いただけだ」

大咲大尉は目の前に湧いたお邪魔虫…自分の妹をそう一言で斬って捨てた。

「だれがバカですってえ~~お姉ぇ~~~?」

「止めんか大咲」

「そうだよ真帆、静かに食事しなきゃダメでしょ?」

「うぐっ…は~い」

(やれやれ…一安心だな)

姉妹喧嘩が不発に終わったことで安心して食事が出来ると思った孝之だったが、それほど世間は甘くはなかった。

「ところで利府陣中尉、最近ここの食事が妙に美味くなったような気がするが…気付いていたか?」

「え?…ああ、そう言えばそうですね」

話題を変えようとした大咲大尉の言葉に適当に相槌を打つ孝之に対し碓氷大尉があきれたような声をかける。

「そう言えば…ではないだろう利府陣中尉、このPXの料理の味を向上させたのは貴様の雇い主だぞ?」

「え゛…?」

「知らなかったんですか?」「あちゃ~~、可哀想な子だね~~」

いきなりモロボシの話を出されて戸惑う孝之に御名瀬中尉と大咲中尉が追い打ちをかけた。

「ほう、私も初耳だな。 是非詳しい話を聞かせてくれ」

「つまりこう言う事だ大咲大尉、あの諸星大尉が我が横浜基地の“名物シェフ”京塚曹長の協力を得て帝国軍や国連軍の食事の味と品質を上げる計画の第一弾として、この相馬原基地のPXに食材とレシピを提供してその反響を探っているらしいのだよ」

「ああ…思い出した、そう言えば諸星さんそんな事を言ってたっけ」

碓氷の話でようやくかつてモロボシが漏らしていた話を思い出した孝之だったが、次の大咲大尉の言葉で再び顎が落ちそうになった。
 
 
「ほほう…なんとあの男、難民の援助だけでなく軍の食事にまで手を廻すとは驚いた話だな」

「え!?」「ほう?」「あの?」「はあ?」

その言葉に今度は孝之だけでなく、碓氷たちまでもがあっけにとられることになった。

「あの、大咲大尉…一体どこでそんな話を…?」

自分が全く知らないモロボシ関係の話を碓氷大尉が知っている事に驚きながらも孝之は質問した。

「なに、知り合いの事情通から聞いた話だがな…我が国の中にある難民キャンプの環境が改善されつつあるそうだ」

現在の帝国本土内には海外の疎開先で受け入れられなかった(受け入れ国側のキャパが限界で)難民たちが多数いる。

それらの難民は帝国政府によって首都圏付近や東北の方に設置された難民キャンプに収容されているのだが、現在の帝国国内の事情もあってその生活環境は決して良好とは言えなかった。

「…ところがごく最近になってそれが少しずつではあるが改善の方向に向かっているのだそうだ」

「それは初耳だな、具体的にはどう改善しているのだ?」

「それだが、まず食事の供給が滞ったりする事がなくなりしかも味や栄養価の面でも良くなっているらしい…さらにキャンプで必要とされる様々な物資も以前に比べて補充がスムーズになっていると聞いた」

「…へえ~、いい話じゃん」

「でも、どうして急にそんな改善がされたんでしょう?」

「それを背後でやったのがあの諸星大尉らしいのだよ」

「背後…?」

意味ありげな単語に反応した碓氷に頷いてから大咲大尉は説明を続けた。

「彼の名前は一切表に出てはこない、どちらかと言えば煌武院殿下がそれらの改善を奨励したという話が聞かれるくらいだ……だが、その為の物資や食糧は何もないところから出て来る訳ではない。 その援助物資の真の提供者はどうやらあの男…という事らしい」

「…どこからそんな物資を持ってくるんだあの諸星大尉は?」

「ね~利府陣中尉~? 何か知ってる?」

「真帆!聞いたら利府陣中尉が困る事かもしれないでしょ?」

「いや、大丈夫だけど…そうだな、確かにあの人ならどこかから大量の食糧や物資を調達する事も出来ない訳じゃないからね…ありそうな話だな」

「まったく、呆れるほど手広くやっている男だな…戦術機の開発だけでなくそんな事までやるとは」

「まあ、本人は自称“よろず屋”と言ってましたしね」

「ふむ、とんでもないよろず屋がいたものだな」

「ホントよね~~、ところでお姉ぇ?」

「…何だ? バカ妹よ」

「その話、どっから聞き出したのかなあ~~って思ってね?」

「なに、お前も知っている身内からだ」

「…あ~やっぱり、それで何を頼まれたの?」

その妹の問いに一瞬言葉を途切らせた後、大咲大尉は打ち明けた。

「そこの利府陣中尉の“観察”だよ」

「…はい? オレの観察?」

いきなり予想外の事を言われて面食らう孝之に大咲大尉は淡々と説明する。

「つまりだ、あの諸星大尉は少々大物になり過ぎたという事だよ。 戦術機関連の仕事だけでもそうなのに横浜に巣食う女狐殿とも深い繋がりを持ち、将軍家にまで召し抱えられるほどの大功を上げた男…周りが放っておくと思うか?」

「思いません…けど、どうしてオレまで?」

「それはな、本職の諜報員たちがどれだけ探ってもあの男が本当は何者なのかさっぱり分からなかったからだそうだ。 仕方がないのであの男の周囲を調べようとしたら煌武院殿下の存在と“あの”猪川少佐殿が立ちはだかってしまってそれも難しい、そこでせめて貴様を監視…というよりも観察する事でなにか手がかりを得る事が出来ないか、とまあそんな事らしい」

「はあ…」(成程、モロボシさんの正体なんて分かる筈がないもんなあ…それでこっちにまでとばっちりが来るのかよ…ハア…)

「まあ、私はここにいるついでにやってくれと頼まれた程度だが…気をつけろよ利府陣中尉? 本土防衛軍の上の方にはあの男を極度に危険視している連中もいるそうだ。 そいつらが貴様に何かしないという保証はないぞ」

「…いいんですか? ここでオレにそんなことまで教えて」

自分を観察している事や本土防衛軍の裏事情まで、それも香月博士の部下が一緒の場で言ってもいいのかと思った孝之だったが…

「別に構わんよ、私たちは実質本土防衛軍から弾き出された立場だし件の“身内”に対してはスパイの真似事までする気はないと釘をさしておいたからな」

「あら~~冷たいねお姉ぇ~~…それともこっちの彼氏の方が大事になっちゃったかな~?」

悪戯心たっぷりの自分の妹の挑発を大咲大尉は冷めた視線と言葉で切り返した。

「…仕方あるまい、これからお前がこの男にかけるであろう迷惑の数々を姉として少しでも償わなければならんからな」

「…へええええ~~~~そういう事を言うんだお姉ぇの口わ~~~~」

「フ…言ったがどうした? 我が不肖の愚妹よ?」

「…え~と、御馳走さまでした」

「あ、わたしも…」

「ふむ、それでは私もこれで失礼しよう」

危険を察知した孝之と碓氷・御名瀬の3名がそそくさと席を立ち、後には仲の悪い姉妹だけが残ったのだが…

「…ねえ、お姉? 実際のところどの程度ヤバイの、彼の立場は?」

「…さてな、はっきりした事が言えるほど私も情報を貰っている訳ではないからな」

「叔父貴の奴、あたしらを何だと思ってんのよ…」

「そう言うな、叔父上も彼の諸星大尉の件に関しては自分の立場も関係してかなり頭を痛めているらしいからな」

「ふ~ん…風見鶏もいい加減にしておかないと身を滅ぼすと思うけどな~~」

「叔父上の事より自分の身を心配したらどうだ真帆? 諸星大尉もだが、あの女狐殿も私に言わせれば立派な人外だぞ? 聞けばその二人が裏で手を組んでいるとの噂もある…もしあの利府陣中尉が女狐殿の配下に収まればあの二人が手を組む事を恐れる連中が何を始めるか分からんぞ?」

「あー…そうなればまたあたしらにとばっちりが来る訳かあ~~面倒な話よねえ~~~」

「あの女狐殿とてその辺は分かっているだろうに、関心がないのかそれとも…あの利府陣中尉にそれだけの価値があるという事なのかな?」

探るような姉の視線を受けた大咲真帆は肩を竦めて嘯いた。

「さあ? あたしは何も聞いてないし~、純に春が来る方が重要だし~~」

「…まったくこいつは」

肝心なところで能天気な事しか言わない妹に大咲大尉は頭を抱えるのだった。
 
 
 
 
 
 
【10:00PM 相馬原基地・ハンガー】


「おお~い、ガッちゃんよお~~差し入れがきたぞ~~」

「う~い、今行きますぜ~~♪」

明日の機動試験に備えて機体の設定をチェックしていた佐々木のもとに大田少佐からの有難い一言がかけられた。

「へいへい、どんな差し入れかな…っと! …なんだよ、おめえらかよ~」

そこにいたのは旧知の間柄でもある富永大尉と高木中尉だった。

「御挨拶ですねガッちゃん、せっかく差し入れを持って来たというのに」

「まったくだ…大田少佐ァ、後で少しX1の設定見直させてくださいよ」

「あんまりやり過ぎるなよ富永、テストの結果に影響するからな」

「どうせ弄りながらの試験運用でしょう、まあ帳尻は合わせてみせますよ」

「おお!握り飯だけじゃなく、焼き肉に卵焼き…おい、これ本物かよ!?」

差し入れの中身を見た佐々木中尉は思わず眼を剥いた。

それもその筈で、どう見ても本物の焼き肉と卵焼きがあったからである。(軍人といえどそうそう本物は食べられないのだ)

「おいおい、一体どこからこんなの仕入れたんだ?」

大田少佐も驚いて二人に問い質す。

「それがですな少佐殿、あの諸星課長…ああいや、大尉になったのでしたな、あの御仁の伝手で入手したのです」

「…というよりもあの諸星大尉が、“仕事が大変なここの皆さんに少しはいい思いをしてもらいたい”と言って食材を送ってよこしたのですよ」

「ほう、豪気なもんだな」

「中々気前のいい男じゃねえか、有難く頂くとしようかね」

そう言って早速握り飯に手を伸ばす佐々木中尉だったが、無言で何か考えている大田少佐に気付いて声をかけた。

「おい大田ぁ、せっかくの差し入れいらねえのかよ?」

「おお、すまんすまん…いやな、つい考えごとをしてしまってなあ…」

「なんだよ、娘の理香ちゃんの事でも考えてたかあ~~?」

「ばあか、そんなんじゃねえよ…この差し入れをくれた男の事だよ」

「…諸星大尉、ですか?」

「ああ、まったくあの男はまるで人間の姿をした打ち出の小槌だぜ…」

「確かにそうですな、まさかあのBETAを資源化するプラントの計画まで出して来るとは…」

富永大尉が言ったBETAを資源化するプラント…それはこの相馬原基地より50Km離れた場所に作られた施設の事であった。

間引き作戦や本土への侵攻の度に発生する大量のBETAの屍…従来は焼却する以外に事実上方法が無かった物を、諸星の発案と技術提供によって粉砕、溶解、の過程を経て原油に近い状態の液体資源として再利用する小型プラントが動き始めたのである。

「まあ、表向きは政府の発案で帝国軍が技術開発を行った…という事になってはいるがな」

皮肉っぽい口調で語る大田の言う通り、表向きこのプラント計画には諸星のモの字も出てはこない。

だがここにいる男たちは巌谷中佐からそのプラント計画の真の発案者が諸星段である事を聞いていた。

「あのプラントの技術…基本は昔からある臨界圧式の技術だが、そのレベルがずば抜けてる。 アレの基本を発案したドイツ人たちですら目を剥いてひっくり返りそうな代物だな」

「欧州戦の時にアレがあれば…とドイツだけじゃなく他の国も泣いて欲しがりそうじゃねえか」

「人ごとではないさ、現在の我々もまさにそういった状況だからな」

富永の言う通り、現状の帝国や軍の状況はこの奇跡のようなプラントに希望の光を求めずにはいられない程に困窮していた。

だからこそ大侵攻があった場所からさほど離れていないところでの実験プラントの設置などという無謀もやらざるを得なかったのだ。

(何故かと言えば大量のBETAの死骸や肉片を長距離運搬していては、結局その分大量の燃料を消費してしまうからであり、多数の死骸が散乱している相馬原基地周辺に近い方が都合がよかったからである)
 
 
「それでどうなんだよ高木ィ? そのBETA燃料ってのは使えるのかよ?」

「そうですな、聞いた話では発電用や90式の燃料としては問題がない品質だそうです」

「ほお? それじゃあ早速大規模化…って、流石にそれは無理か」

「ああ、いくら便利な新技術でもそう一朝一夕に実用化とはいかんからな…第一そんな金はねえだろうよ今の帝国には」

「上の連中はアレを米国や他の国に売って金にする事も考えてるようだが、それをやるとまたぞろ国粋主義者がうるさくなるだろうしなあ」

「…それはオレたちの仕事も同じみたいだけどな」

その佐々木の呟きにその場の全員が顔をしかめて頷いた。

自分たちが日々励んでいる戦術機の改修とXOSの調整、それらは確かに帝国の力なってくれるだろうがいかんせんそれを進めるにも資金は必要である。

ソフトウェアの開発はハード程の物資や資金を必要とはしないが、だからと言って決してタダではないのだった。

そしてハード、すなわち戦術機の改修に至っては更に金と物が要り用になるのは当然…諸星という男がいくら怪しげな手段で物や技術を調達しても、それだけでは足りないのであった。

当然の事としてその資金を得るために技術やOSを外国へ販売するという発想が出て来る訳だが、そこに立ちはだかっているのが軍内部の国産・国粋主義に凝り固まった一派である。

「OSの供与による資金など不要、弐型の共同開発など言語道断、吹雪・改を外国に売れば技術の盗用に繋がる……まったくそこまで言うかねえ、あの連中も」

「確かに物や技術を売れば国産技術が盗まれる事に繋がるというのは事実だが、我が国の戦術機だってそうやって他国の技術を吸収してここまで来たんだからな…」

「まあ、流石にあの言いようは駆け引きの部分を含んでいて…おそらく本音は『XFJ計画』の中断だろうがな」

「弐型の共同開発を打ち切って、魁を採用させるのが目的ですか?」

「確かに魁をこのまま完成させても充分に次期主力機としての性能は満たせると思うが、しかし弐型の開発で掲げた目標には届かんかもしれんのだろう?」

「国産派としてはそれでもいいから魁の試験運用を強行して実質こっちを次期主力機として採用させ、弐型は開発中止かもしくは少量生産のみの実質お払い箱にしたいらしい…そのためにここに魁の改修と試験運用の仕事が舞い込んだんだ」

「…んで、オレたちに残業のしわ寄せがきてるという訳か、まあアレをいじれるならオレに不満はねえけどな」

「気楽だねえ、ガッちゃんはよお~~」

呆れたような顔で苦笑いする大田少佐だったが、ガッちゃんこと佐々木中尉は気にする様子もなくこう言った。

「とお~ぜんだろお? そんなうっとおしい政治向きの話はオメエや巌谷中佐あたりに任せてこちとらはあの吹雪・改と魁をいじくるのみよ、なあお前ら?」

その言葉にその場の全員が笑いながら頷いた。

技術屋一筋の男たちにとっては上の思惑より目の前の機体の方が重要だったのである。
 
 
 
 
 
【10:30PM 相馬原基地・宿舎屋上】

『へえ~~そんな事になってるんだ~?』

「なってるんだ~…じゃないですよ、まったくどうすればいいんですか?」

『だ~いじょうぶ、当面君にちょっかいをかけようって連中はいないようだしね』

「そうですか…それでそっちはどうなってます?」

『まあ、いろんな意味で順調…かな? しばらくはそっちには戻れないけどね』

「そりゃそうでしょうね、とんでもない大掛かりな計画だし」

『まあ私の立場は単なる顧問に過ぎないが、色々とやる事が多いからね』

「…それじゃまた連絡します」

『うん、君も頑張ってね』

「はい」
 
 
 
アラスカにいるモロボシとの通信を終えると孝之は後に隠れている人物に声をかけた。

「隠れてないで出て来いよ、御名瀬」

「…気付いてたんですね」

物陰から出て来たのは御名瀬中尉だった。

「まあな、眠れなくてここに来たのか?」

「……いえ、鳴海さんが毎晩ここで諸星大尉と通信しているのに気付いていたから…それで」

「…そっか、でも夜更かしは身体によくないぞ? 明日のためにちゃんと寝ておかないとな」

その孝之の言葉には何も言わず、代わりに御名瀬はこう言った。

「いつまでですか?」

「え? 何が?」

「いつまで自分の正体を隠してあの人のいいなりになってなければいけないんですか?」

「御名瀬…」

「今日の大咲大尉の話を聞いたでしょう? このままじゃ何時かはあなたの身にだって…私、そんなの…」

「心配するな、諸星さんの話じゃ今のところオレの方に何か仕掛けるような連中はいないってさ」

「信用していいんですか? あの人の事?」

「そうだな、確かにあの諸星さんはとんでもなく胡散臭い奇人変人だけどオレにとっては命の恩人だし…それにこの国や世界をBETAから守ろうとしている人なのは事実だよ」

「………」

「さあもう部屋に戻ろうぜ、こんなところをあの大咲にでも見られたら後でどんな風にからかわれるか分かんないぞ? あいつの欲求不満の餌になるのだけはごめんだからな」

「…それ真帆が聞いたら猛り狂いますよ?」

「ああ、だから言わないでくれよ?」

「くすっ…いいですけど、あの…それともう一つお話が…」

「ん…なに?」

「もうすぐ私たち、この基地での試験運用を終えて横浜に戻ることになってます」

「そうか、そうだろうな…」

「…それと入れ替えにですけど、伊隅隊から何人かここに来るそうです」

「え゛?」

「誰が来るのかはわかりませんけど…」

「…そうか」(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ………どうしよう)

「あの……それじゃおやすみなさい」

「あ、ああおやすみ」
 
 
 
御名瀬が去った後で孝之はその場にしゃがみ込んで頭を抱えた。

「まいったなあ~~~、水月は単純だから多分気付かないだろうけど…もし遥あたりが来たら、いやそれよりも伊隅大尉なら鋭いから気付きそうな気が…」

自分の正体がバレた時の事に関して覚悟も目算もまったく立たない鳴海孝之(ヘタレ原子核)を月だけが冷たく見下ろしていた。

 
 
 
閑話その11終り
 
 
 
 
【おまけ】
 
 
「えぷしっ…」

「風邪をひいたか? ダン?」

「いや、多分誰かが噂でもしてるんだろ」

「無理もない、あれだけ派手な真似を仕出かせばな…」

「はっはっは…何の事だいケイシー? 私は善良なセールスマンで只の軍属なんだがね?」

「その善良なセールスマンがどうしてこんな食い物屋を始めようなんて考えたんだ?」

「それは勿論、世界中の人間を幸せにするためだよ」

「ほお?」

「人間の幸せの少なくとも30%以上は食事によって支えられている…これが私の持論でね、だからこの店を皮切りに全人類に食の素晴しさを教える事業を展開したいと思ってるのさ」

「…へえ~、そんな凄い構想がねえ~~」

「いやあ~~大尉はとんでもなく気宇壮大な人なんですね~」

「…褒めてくれるのは嬉しいけどねジアコーザ少尉にローウェル軍曹、君たちまだ店開きもしていない店舗の厨房に入り込んでパスタを食いまくってるのは軍人としてどうかと思うよ?」

「いやあ~~、美味いんすよこの人の茹でるパスタは~」

「いいねえ~~~久し振りの故郷の味だぜえ~~♪」

「…まあいいか、モニターのような物だと思えば」

「ダン、次は何がいいんだ?」

「ああ…そうだな、じゃあ日本の洋食メニューに挑戦してみようか?」

「任せろ、それなら昔JFKの艦長と一緒にヨコハマで学んだからな」

「…いいコックだよ、君は」

「あ~~っ!!てめえらやっぱりここでタダ飯食ってやがったなあ~~!!」

「やれやれ…ケイシー、チョビ少尉の分も追加だ」

「チョビ言うな~~~!!」








[21206] 閑話その12「モロボシ・ダンの後悔」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/07/11 17:14

閑話その12「モロボシ・ダンの後悔」


熱く…そして黄身の中まで固く茹で上がった卵の殻を剥き、岩塩を軽く振ってかぶり付く。

「美味い…」

「ハードボイルドがお好みか、ダン?」

「いや、私は軟弱な商社マンだよ?」

…そう、私は本来平和な世界に生まれ育った軟弱で平和ボケした人間なのだ。

それがどうして並行世界を(そして自分の国をも)相手に詐欺行為じみた真似をする事になってしまったのやら…トホホホホ。

今、私の目の前でシェイカーを振っている男…元米国海軍特殊部隊指揮官のケイシー・ライバックもいわばその詐欺行為の犠牲者と言えるだろう。

「ほら、オーダー通りにしたが? これは何て名前のカクテルだ?」

「ああ…確か『シャーロック・ホームズ』だったな」

「ほお、流石はイギリスの酒だけで作っただけあって名前もそうか」

我々の世界では東京・八王子の老舗バーでのみ味わう事が出来る一品だが、私はこれのシェイカーで作った一杯が大好物なのだ。

うん、ジンの香りとスコッチの苦み、そしてドランブイの甘さが程良くマッチしたこの味…いいねえ~~~♪

「おいおい…そんな強い奴をくいくいやって大丈夫か?」

…そういやこれ、飲みやすいけど度数40オーバーだっけ? でも速く飲まないとシェイカーで作った奴は味が落ちちゃうんだよなあ~~いやホント。

時間をかけて飲むとせっかくの味が落ちる…後悔するなら呑んでから後悔しよう。

「まあなんだ、私はもう後悔するような事はまっぴら…いやそうじゃない、どうせ後悔するなら納得のいく後悔になるようにすると決めたんだよケイシー」

「納得のいく後悔…か、私はそれすら手にする事が…いや、なんでもない」

静かにかぶりを振ってそう呟く彼だが、実は私はその理由を知っている…

2年前の明星作戦で彼の所属していた部隊は生身でハイヴへの潜入ミッションというとんでもない無理ゲーな任務を与えられた。

それがどんな理由と経緯で決定され、彼らに押し付けられたのか…そこまでは知らないし、出来れば知りたくない。

いずれにせよ彼と彼の部下たちは激戦の中をかいくぐるようにして横浜ハイヴの横抗まで辿りついて(よくまあそこまで行けたものだ)さあこれから(更なる地獄へ)潜入だ…といったところで突然撤退しなくてはいけない破目になった。

なんと米軍(つまりは味方)がG弾の使用を告げたのだった。

彼らは二手に分かれて必死にG弾の影響範囲から逃れようとした…だがその途中でもBETAに襲われ仲間を失い、そして結局安全圏に逃れる事が出来たのはケイシーと彼が率いていたメンバーだけであった(二手に分かれて行動していた彼の副官と部下たちは全員G弾の餌食となったそうだ)

作戦終了後ケイシーは情報伝達の遅延と混乱の原因を突き止め、その担当将校を殴った(その将校は彼の一撃で顔の形が変わったらしい)

軍法会議にかけられ、あわや処刑も…という場面でミズーリの艦長であるアダムス大佐を始めとする海軍の有志が彼の弁護に奔走し、その結果軍曹に降格されてミズーリのコックに収まったのだそうだ。

いい話だなあ~~~うんうん。

「…どうした、何かオレの顔についてるかダン?」

「いや、何でもないよ」

「そうか? それならいいんだがな」

…そこで退役までコックとして働いていた方があるいはこの男にとっては幸福だったのかも知れない。

だがしかし、ある日突然その平穏なコックとしての生活は終りを告げた。

太平洋の赤道上に突如として何者かが巨大なタワーを「突き刺した」のである。(非常識な事をする奴がいたものだ……私の事だけど)

“偶然”にもその付近を航行中だった戦艦“ミズーリ”の艦長アダムス大佐はこの異常極まりない建造物(?)への突入作戦にあたって、自分が最も深い信頼を寄せている男を指揮官に選んだ。

…つまり今私の目の前でつまみのサラダを作っている男、ケイシー・ライバック曹長を。

「野菜と生ハムだけでいいのか?」

「ああ…カリカリのベーコンを使うのもいいが、今日は生ハムで試してみよう」

アダムス艦長に呼ばれる直前までこうやって自分の好きな料理に没頭していた善良なコックさんは、この私の暴挙が原因で再び血まみれの世界に舞い戻る事になった訳だ。

そしてその後軍上層部、いやホワイトハウスへの報告によって彼はベイツ提督によって大統領に紹介され、表向きはウォーケン上院議員の紹介によってこの私の個人的な助手という事になった。

もちろん彼も私にそう語ったし、私も素知らぬ顔でそれを信じた振りをして……二人同時に何も言わずに笑い転げた。

もちろん私はこの男が何者でどんな実力を持っているか、その一端をタチコマ経由で見ていたし(タワーの中での作戦指揮などを)彼も何者かが自分たちを監視していてその背後に私がいる事を自分の直感とベイツ提督らから聞いた話で察していたのだろう。

それをお互いに分かっていながらのサル芝居につい彼も私もおかしくて笑ってしまったのだ…周りが変な二人組を見るような目で見ていたけどね。

それから私は彼を自分の借りている(商社の仕事をするための)事務所のキッチンでちょっとした料理を作ってもらって彼のコックとしての腕前を見せてもらった……のだが、これがまあトンデモナイ代物だったのだ。

私が彼に作らせたのは玉ねぎとニンニク、そしてベーコンを炒めたものをかけるだけのシンプルなパスタ料理であった。

だがその味、いやその茹で加減ときたら…アルデンテではなく、完璧な日本人好みの口当たりと歯応えだったのだ。
 
 
知っての通り本場イタリアにおけるパスタの茹で加減とは中心に僅かな芯を残して上げる“アルデンテ”と呼ばれる物が代表である。

しかし我々日本人の好みはそうではない。

確かに中心まで茹で上がってはいないが、芯もまた存在しない…というか、アルデンテと完全な芯無しとの中間である“パスタの芯が消えかかった状態”こそが日本人の口にもっとも合う茹で加減なのだ。

この茹で加減を冷めぬ内に即座に味わうのがパスタの最も美味い食べ方なのだ。(モロボシ独断)

本格イタリアンのシェフでもこれをやってくれる人は少ない…というか殆んどいない。

(ちなみに余談だが私の世界でこの茹で加減を実現して客に出していたイタリアンレストランのシェフが一人だけいたのだが、とある事情で殺人事件を起こしてム所に入る事となった……私と食道楽仲間のタマモトさんは嘆いた。 何故自分たちに相談してくれなかったのか…あの茹で加減を失うくらいなら罪に問われずに人一人始末する方法くらい教えたのに…と)

だが彼は、ケイシー・ライバックはなんとその茹で加減を日本人の私のためにやって見せてくれたのだ。
(何でも日本に任務で赴任していた時に横浜のとある食堂のマダムから教わったそうだ)

そしてその他にも彼の作ってくれたいくつかの料理を味見した私は決意した。
 
 
この男と組んで究極の食の殿堂をこのアラスカに作ろうと。
 
 
……いや、頼むからそんな目で見ないで欲しい。

別に私は酔ってる訳でも狂ってるわけでもない…単に以前から考えていた構想を実現するのに最適のスタッフを手に入れた事に気がついただけなのだよ。

「出来たぞ、これでどうだ?」

「ああ、それじゃ頂こうかな」

レタスと水菜、それと幾種類かの生野菜を刻んで生ハムと共に盛り付け、ドレッシングをかけただけのシンプルなサラダ…

「…いいね、やはりこの味だ」

「キョウヤサイ…だったか? 名前からするとあの灰になった帝国の首都にちなんだ物のようだが、淡白で爽やかな味だな」

「ああ、レタスや肉の味ともマッチしてくれるし…苦味が強過ぎる事もない。 なにより君の腕前がこの野菜の特性を殺さずに上手に使われているのがうれしいね」

「オレとしてはまたコックに戻れるのが有難くてしようがないが…アンタはそれでいいのかい?」

「ああ構わないさ、君の「知り合い」に紹介して欲しくなったらその時に頼むつもりだし…どうしても人手が要る時はボディーガードの真似を頼むかもしれないけどね。 だがそれ以外はここの仕事に集中して貰いたいんだ、どの道この店で色々と取引などもしなくてはならない場合があるだろうし」

「そうか、それじゃお言葉に甘えさせて貰おうかな」

そう言ってケイシーはにっこり笑ってまな板の上の食材を切り始める。

…そう、せっかくのチャンスを棒に振る事はない。

私にとっても、そして多分彼にとってもこれは自分がやりたい事を出来るチャンスなのだ…それならばそのチャンスを活かさない手はないではないか。

…後になって後悔するよりはずっとマシだろう。
 
 
 
 
私にとって最大の後悔…それはこの土管帝国の任務に就いた事ではなく、またそこにオシリスのような狂った機械やタチコマくんたちのような能天気なAIを連れて来た事でもない。

この任務に就いたのは半分は自分の意志(つまり自業自得)だし、オシリスやあのへんてこAIたちだって付き合ってみればそれなりに楽しい仲間になってくれるのだ。

だがしかし、そんな呑気な連中よりも遥かに悪質で愚かな人間がこの世には存在する。

今から3年前…光州作戦で彩峰中将を救出した直後の事だった。

中将の治療を見守りつつ今後の自分の作業を検討していた私は、突然日本(つまり自分の世界)に呼び戻された。

私が“光州作戦の戦場に視察に出かけた際に、重傷を負った彩峰中将を救出するためにBETAと交戦した”事が国会の場で問題視されたのだった。
 
 
 
…では彼らは私にどうしろというのだろう? 死にかけた男を救出しなければよかったのか、それともあるいは無抵抗で異星起源種の餌となるべきだったとでも言うのだろうか?

もちろんその素朴な疑問に答えるようなバカ正直な人間などあの国会という場所には存在しない。

彼らが私に求めていたのは案山子の役だった…自分たちが繰り広げる無意味な騒動を演出し、その裏で行われる政党間の駆け引きを隠すための案山子だ。

彼らが…日共政賛会をはじめとする野党側が主張するのは我が国のPKO要員が現地(つまりオルタ世界の光州)で武力を行使したのはあの世界への介入…それも軍事力による介入が目的ではないかと言うものであり、さらにはこの世界を侵略(!?)しようとする企みが隠されているのではないかと言うものであった。
(流石に後半の部分は口に出して言った訳ではなくニュアンスとして匂わせていたに過ぎないが、呆れた事に彼らの支持者の中にはそれを本気で信じている人間もいたらしい…信仰心とは恐ろしいものだとつくづく思ったものだ)

……一体全体、何が悲しゅうてあんな世界を侵略せねばならんのだ!?

呆れて物が言えなかったが国会議員のセンセイたちがそう仰るからにはちゃんと御説明する義務が我々国家公務員にはあるのだった。

もちろん、我々の世界においても人類は戦争という愚行から完全に解放された訳ではない。

連合の平和的発展を謳う某合衆国や、人口がなんと300億を超えた(実際はその倍と言われている)自称6千年の歴史を誇る超大国などはあちこちの国と諍いを繰り返し、自前の地球を既に3つも持っていながらまだ軍備拡張と領土拡大(あるいは駐留地)を求めてやまないが…

だがそんなのは一部の超大国と宗教的理由で争う事を止められない国同士の話だ。

並行地球群連合に加盟している大半の国家にとっては今更国家間の戦争など必要ではない…それぞれが自分たちの地球を保有し、土地も資源も充分に確保されているからだ。

少なくとも今の日本に他国を侵略して得られるメリットなど事実上存在しない。(むしろ国際的な立場を考えれば通商や外交上のデメリットが大き過ぎる)

そんな事はいくら野党議員のセンセイたちの頭が空っぽでも理解出来ない筈はない…筈だった。

だが呆れた事に彼らは、理解出来ない振りをしてこの私を国会の証人喚問の場に呼び出したのだ。

その時、私の頭の中ははっきり言って爆発寸前であった。

光州作戦が終了し帝国軍も国連軍も大陸から撤退した…あと数カ月で日本への本土侵攻が始まるというのが“おとぎばなし”の記述内容であり、あの世界の状況はその記述通りの歴史をなぞっていた。

もしこの先の悲劇…いや惨劇を食い止めようとするのであれば帝国政府と接触し、信用を得たうえで未来情報を提供するのがベストであった。
(もちろんこの時点で既にBETAの本土侵攻を防ぐ事は事実上不可能と思えたが、予備知識を提供する事で軍事的な被害や人的な被害は半減出来ると考えられた)

そのためにはこんな政治家同士の茶番劇に付き合っている暇など1秒たりとも存在しなかったのだ。

もちろん私はその事を当時の政権担当者に切々と訴えたが、彼らの反応は…“お前のせいでこんな事になっとるんだ!これ以上余計な事を言うな!”と言わんばかりのものだった。

私か?私が悪いのか? …一瞬、真剣に悩んだがすぐあほらしくなって悩むのを止めた。

元々この支援活動に批判的だった野党の一部がシンパの報道機関と組んで垂れ流したプロパガンダが思いの他大きな反響を得たので調子に乗って担当者の証人喚問までブチ上げ、それに有効な対応策が打てない政府と与党が担当者…つまりこの私を生贄として召還したのは明白だったからだ。

そして私を憤激させたのは、私が彩峰中将を救助などしなければよかったのだと言わんばかりの彼らの態度であった…人間というのは想像力さえ放棄すれば他人の不幸に対してとことんまで冷たくなれるものだと、私はその時つくづく思い知らされた。

そんな私の怒りなどもちろん気にする筈もなく、彼らは私に上手に穏便に野党の質問をはぐらかすようにと因果を含めたのであった。
 
 
そして証人喚問の席上で…野党の代表者がまるで戦犯でも見るような目で私を睨みながら“あなたは何故、このような真似をしたのですか?”と私に訊ねた時、頭に来ていた私はついまともな言葉を口にしてしまっていた。
 
 
「つまり誰も助けず、皆殺しにされるのを見守っていればよかったと言う訳ですか?」
 
 
…マズイと思ったが後の祭りであった。

証人喚問とは一種のショーなのだ。

国会議員が証人…つまり袋叩きにする対象に対しては事実上あらゆる言いがかりが許されるが、逆に証人がその上げ足を取って相手をやり込める…などと言うのは“お約束”に反するのだ。

証人に許されるのはあくまで言を左右にして相手の質問をはぐらかす事だけであり、質問する側の面子を潰すような行為や言動は以ての外なのだ。

その“お約束”を私が破ってしまったため国会は更に紛糾し、最終的に支援計画の続行は認められたものの、帝国政府や国連への接触は禁止事項とされた…つまりこのまま何もせずにこれから起きる事をただ見守るしかなくなってしまったのだった。

…そしてそのまま数カ月が過ぎた。
 
 
 
1998年7月にオルタ世界の日本で何が起きたか…もちろんそんな事は語るまでもないだろう。

僅か1ヶ月余りで日本の半分が(数千万人の人間諸共)大陸から侵攻して来たBETAによって喰い潰されてしまった…そしてもちろん、私には何も出来なかった。
(どの道国会での騒動が終わった時にはもう情報を流しても帝国を混乱させるだけで手遅れだったが…)

だが私はまだいい、治療が一段落し意識が回復した彩峰中将の心境に比べれば私の事など取るに足らない問題だろう。

ベッドの上で祖国と国民、そしてそれを必死になって守ろうとする兵士たちが次々と異星起源種の餌食になっていくのを彼はただ見守るしかなかったのだ。

無言のまま慟哭する彼の背中を……私は正視する事が出来なかった。
 
 
 
 
「どうした? 何か悩みごとか?」

おや、だれかと思えば猪川少佐殿ですか。

「…随分怖い顔で呑んでたが、何を考えていた?」

「は? 怖い顔…でしたか?」(あなたの顔とどっちが…とは言わない方がいいよな多分)

「自分で気付いてなかったか? 今にも誰かを撃ち殺しそうな顔だったぞ、ダン」

本当に?

「気付かなかったなあ~、いやいや危ないなあ~~~気をつけないと」

「…ふん、それで? 一体何を考えていた?」

「いや、ちょっと昔の事をですね…ああケイシー、冷えたジンにライムの汁を振りかけた奴を頼む」

「おいおい、そんなに強い奴ばかり飲んで大丈夫か?」

…まあ、死ぬ事はないだろうし。
 
 
 
BETAによる本土侵攻…いや蹂躙の記録と映像はそのまま我々の世界へも送られ、そして公開された。

もっとも余りにも悲惨過ぎる映像が殆んどなので表向き公開されたのは一部だったが、それでも国民の関心を引くには十分過ぎる代物だった。

そしてこれまた当然というか…“何故こうなるまで何もしなかったのか?”という報道が始まったのだ。

…信じられるか? ついこの間まで“並行世界への介入は憲法に違反するのではないか?”という趣旨の報道をしていた人たちがそう言い始めたのだよ。

(さすがに呆れ果てて何か突っ込む気も失せたけどね…)

そしてそれに関する騒ぎが一段落した頃、再び私は政府に呼び出された。

彼らは私に“再びこのような悲劇が繰り返されないために”というとても素晴らしい名目で並行世界の日本帝国や国連、あるいは合衆国政府等との接触と交渉に必要な権限を与えて下さった。
 
 
…今更、こんな物を貰っても私に何が出来るというのですか!?
 
 
これで君の作業もやり易くなるだろう…とか目の前で恩着せがましい台詞を吐いている連中に向かってハッキリそう言ってやりたかったが、流石に我慢した。

私は並行世界の日本を救う事が出来なかった……しかしまだあの国は滅んだ訳ではないし、あの世界と人類を救うチャンスはまだ残されている筈だからだ。

個人的感情に任せて目の前のウマシカ達を罵る事で、そのチャンスまで失う訳には断じていかなかった…
 
 
その後、オルタ世界の日本では明星作戦が行われ、それに伴い我々はG弾の影響を調べるためにタチコマ部隊を投下直後の横浜に派遣し、そこで事実上死体となった鳴海君を拾い上げた。

…何故、G弾の投下を帝国側に事前に知らせなかったのかって?

残念ながらそれでは却って悪い結果をもたらしかねなかったからだ。

明星作戦に投入出来る戦力にはXM3搭載の戦術機群も、もちろんML機関搭載の凄乃皇も含まれてはいない。

その戦力で表向きはフェイズ2でもその深さはフェイズ4の横浜ハイヴを落とせるかと言えば…ハッキリ無理ゲーだと言うしかないだろう。

どの道本土侵攻の前に情報を渡して帝国軍の戦力を温存しておかなければ通常戦力による横浜ハイヴの攻略は不可能だったのだ。

もしもそこへ私が伝えた情報が元で米国によるG弾投下が未遂に終わるような事態になれば…結果として横浜ハイヴは落ちず帝国は2つのハイヴを抱えたまま更に追い詰められ、第4計画の進行の道も閉ざされて人類は第5計画の実行を選択するかもしれない。

…つまり私にその時点で出来た事、それは“おとぎばなし”の通り米国が横浜にG弾を投下するのを先生と共に見届ける事だけだったのだ。
 
 
 
…その後の事は話すまでもないだろう。

かねてから一般人の姿を借りて仕事をしていた私は、その仕事場の社長と組んで帝国と世界を…人類を救うための準備に本格的に取り掛かり今日に至るという訳だ。

戦術機を始めとする兵器の素材や加工技術の大幅な進化や合成食品の味と栄養の向上…もちろん不足するであろう難民たちのための食糧の生産設備の設置も行った。

(殿下の推薦という事で生産した合成食糧は難民たちに配布され、食糧の不足に対する不満は和らぎつつあるようだ)

それらを行うのと並行して、私は本格的にスミヨシ君や教授、そしてハナガタミ社長の協力を仰いだ。

戦術機の機体の改良やXM3の雛型の作成、この世界で生産が可能な兵器の研究などなど…彼らの提案の中から有望と思える物をハナガタミ社長らの出資で実現していった。(それ以外にもオルタ世界の日本人に少しは娯楽を供給しなくては…と言う事で子供向けのアニメと大人(特に主婦)向けのドラマを制作し、テレビ局に提供する計画もすでに実行段階だ)
 
 
どんなに後悔したところで過ぎた事はもうどうしようもない。

今更時間は巻き戻せないし失われた命も帰ってはこない…私に出来る事はもう二度と起きると分かっている悲劇や惨劇を見過ごしたりしないで可能な限りの手を打つ……それだけだ。

そのためにもこのアラスカで行われる二つの計画を成功させ、このユーコン基地やカムチャツカで起きるであろう愚かな人間同士による過ちを食い止めるかさもなくば被害を最小限に抑えなくては……まあ、この二人が手伝ってくれれば何とかなるかな?
 
 
 
「…ほー、そうかね?」

「ふむ、まあオレに何か出来るなら手伝うが?」

……え”?

「…あの~~御二方、もしかして私何か言ってました?」

「いいや別に、アンタの正体が宇宙の彼方にあるM-78星雲からやって来た“観測員”とやらで地球と人類の惨状を見かねたアンタが不干渉が基本方針の故郷の意向を無視して地球と我々人類を救おうとしている……なんて事は言ってないから安心しろ」

…そうか何も言ってないのか、なら安心だな。

さてもう一杯欲しいところだが…酔いざましに『Dr.ワトソン』でも作って貰おうかな?

あの強いクセが堪らんのだよ~~~~♪

「ケイシ~~~、もう一杯「もう止めとけ」……はい、水でいいです」
 
 
 
閑話その12終り
 
 
 
 
 
【おまけ】
 
 
「…寝たか、所詮は素人だな」

「あれだけ飲んだんだからな…無理もない」

「どう思った?この男の酒飲み話を」

「さあ? オレには何とも言えんが…アンタがここにいるって事はただの酒の上の寝言じゃあないって事だろ、クラウス」

「それはこっちの台詞だ、アンタがここに来たって事はつまりはベイツ提督…いや、コルトレーン大統領の意志という事だろう、中佐殿?」

「それは昔の話だ、今は本当にただのコック……の筈だったんだがな」

「諦めろ…アンタのような優秀な兵士にコックをやらせておくほど今の人類に余裕はない」

「せめてこの店で少しはまっとうな仕事をしたいものだ…ほら、ポテトが揚がったぞ」

「…頂こう」
 
 
 
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第39話「本日、未熟者」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/07/21 17:55
第39話 「本日、未熟者」


【2001年4月18日 アラスカ・ユーコン基地 テストサイト】

「くそっ! 何で同じように動けないんだよこの機体は!!」

ユウヤ・ブリッジスはコクピットの中でそう叫んだ。

自分が搭乗している日本製の戦術機“吹雪”の機動が、全く思い通りになってくれないのがその理由だった。

『どうした!この程度の機動すら満足に出来んのか貴様は!?』

「ぐっ……!!」

レシーバーから容赦のない罵声が飛びこんで来る。

『いいか小僧!オレが貴様に割いてやれる時間には限りがある。 その時間内に貴様が水準点を超える事が出来なければオレの権限で貴様を共同開発の開発衛士のリストから外す事になる…それを忘れるな!!』

(畜生! 言いたい放題言いやがってあの鉄面皮野郎!!)

心の中でそう叫ぶユウヤだったが、言葉に出して言い返す事は出来なかった……自分の目の前で同じ機体、同じOSを使って凄まじい機動を実演して見せる男…猪川蔵臼少佐に対しては。

『もたもたするな!この未熟者が!!』

(チクショオ~~~~~~ッ!!!!! 今に見てろこの鉄面皮野郎~~~~!!!!)


その絶叫を心の中だけで叫んだ後、ユウヤは更にスロットルを踏み込んだ。
 
 
 
 
ユウヤ・ブリッジスが『XFJ計画』のテスト・パイロットとして国連軍に出向するようにとの命令を受けたのは約1ヶ月前の事だった。

よりにもよって自分が最も嫌悪している日本との共同開発…しかも開発の主導権は日本側にあり、主任開発衛士は日本人の衛士で自分は次席だという話を聞いた時、思わず目の前の上官に掴みかかりそうになったユウヤであった。

だがそんなユウヤも上司が見せた一本のビデオ映像を見た時、そのあり得ない内容に言葉を失っていた。

それは米国軍の中では既に退役した時代遅れのF4改修機が、最新のF-15ACTVを圧倒し勝利した演習の映像であった。

(バカな!……こんな事はあり得ない!)

驚愕で固まったユウヤに対し、命令を下した上官はこれが日本帝国の新技術によって作られた機体とOSのデモンストレーションである事を説明した。

そして彼が開発を担当する機体に投入される技術であると言う事も…

不満を抱えながらもこの新しい機体の技術に関心を持ったユウヤは、相棒のヴィンセントと共に(ちなみにこっちは新しい機体とOSをいじれるというので大喜びで)アラスカのユーコン基地までやって来た。

彼が開発を担当する“不知火・弐型”の機体到着はまだ先だが、その前に日本の戦術機と新型OSの挙動に慣熟しておくべきだとの開発責任者たちの言によりユーコン基地で行われているもう一つの日本主導の計画『XOS計画』の研修を受ける事が決まっていたのだった。

そこで出会った二人の日本人、ダン・モロボシとクラウス・イノカワ……ユウヤは一目でこの二人を嫌いになった。

まず、モロボシという男はその変ににこやかな顔とメガネが気に食わない…何故かメガネの奥にある彼の目が自分の全てを見透かしているように感じて不愉快になったからだ。(ちなみにユウヤはモロボシのあだ名を“メガネ男”に決めた)

そしてもう一人の男、クラウス・イノカワ少佐…『XOS計画』の責任者だというこの男を見た時、ユウヤは訳もなく強い拒否反応のような物を自覚した。

それが何故であるかはユウヤ自身解らなかったが、目の前にいる日本人の少佐を見ると訳もなく反発したくなって来る(そうでなくとも元々日本人嫌いの)ユウヤだった。

そのイノカワ少佐に“貴様に我が国の次世代機開発の衛士を務める事が出来る能力があるかどうか試させてもらう”と言われた時、ユウヤはこう言い返した。
 
 
“へ~え、まるで日本に次世代機を開発出来る能力があるみたいな言い方じゃないですか少佐殿?”
 
 
殴りたければ殴れ!  そう思って言った言葉を数秒後にユウヤは後悔した。

イノカワは何も言わず、そして何もしなかった……ただ黙ってユウヤを静かに見据えただけだった。

だが、たったそれだけの事でユウヤ・ブリッジスは…いや、彼の傍にいたヴィンセントや周囲の人間までもが硬直した。

まるで自分が戦術機の足で踏みつぶされようとしているような、そんな凄まじい殺気と重圧を感じたからである。

ユウヤが、そしてその場の全員が言葉も出せずに立ち竦んだ状態のまま約一分程経過した後、イノカワ少佐は“フン!”と鼻を鳴らすように嗤ってその場を立ち去った。

周囲が安堵の溜息を洩らす中で、ユウヤだけはあの男の重圧を前にして何も出来なかった事に対する悔しさを噛み締めていた…

そしてシミュレーターでF-15の機体データと合わせた「X1」の慣熟を3日かけて行った後、ようやく吹雪を使った実機訓練に入ったのだが…
 
 
 
「くそっ! まただ…何故アレと同じ挙動が出来ないんだよ!?」

本日何度目になるか分からない言葉を吐いていたユウヤであった。

ユウヤの「吹雪」(つまり日本機)への慣熟訓練に際してイノカワ少佐が同じ機体とOSでエスコートをすると言いだした時、自分に対する侮辱なのかと怒ったユウヤであったが…実際に訓練を始めると次第にその怒りは焦りへと変化して行った。

日本の第3世代練習機である「吹雪」を上手く動かせない。 不慣れな機体と操縦感覚に加えて全く感覚の違う新OSを操作しなければいけない事は分かっていたが、これほどとは思わなかった。

その挙動が上手く行かないのも日本の機体が不完全だから……とは口が裂けても言えない理由が目の前にあった。

イノカワ少佐が操縦する「吹雪」は、見事なまでの滑らかで流れるような機動を実現していたからである。

(何故だ! どうしてアイツの機体はあんな動きが出来るんだ!? おかしいだろ!?こんな非力な出力しかないのに!)

そう心の中で叫ぶユウヤだったが、目の前の現実は動かしようがなかった。

自分が満足に動かす事が出来ない機体とOSで信じられない程のレベルの機動を実現する男、イノカワ少佐…

悔しさを噛み締めながらもユウヤは認めるしかなかった…機体とOSの性能、そして日本人衛士の実力を。
 
 
 
“話にならん! 明日までに自分が何故満足に機体を動かせなかったかを考えておけ!”

そう言い残して少佐が去った後、ユウヤは機体の面倒を見ているヴィンセントの方に行った。

「おう、ユウヤか…随分ショボクレてるなあお前」

「…悪かったな、しょぼくれていて」

「ははあ、どうやら少佐殿のシゴキがかなりキツかったみたいだな?」

「ふん、別にこのくらいはキツイとかには入らないさ…」

「ふ~ん? じゃあ何で落ち込んでるんだ?」

「………」

「機体が思うように動いてくれない事だろ?」

「! ああ、その通りだよ! くそっ…何あの鉄面皮野郎と同じ機動が出来ないんだ!?」

図星を突いたヴィンセントの指摘に一瞬かっとなったユウヤだったが、自分の方に問題があるのは明白だったためにそれ以上は何も言わなかった。
(ちなみに“鉄面皮野郎”とはユウヤが猪川少佐に付けたあだ名である)

そんなユウヤにヴィンセントの方が助け舟を出した。

「それはなユウヤよ、お前が米国軍衛士の使い方で日本の機体を動かしてるからだよ」

「あ? どういう意味だ?」

「戦術機も国によって仕様や使い方が違うのは理解してるだろ? 日本の機体は近接戦闘を想定したり、燃料の使用を抑えたりする事を前提に機体を作ってる……このTYPE-97はその典型みたいなものだな」

(近接戦闘…それに燃料使用制限だと…? そんなことばっかりしてるからBETAにやられちまうんじゃねえのか? 日本も他の国も)

前線国家の現実を知らないユウヤにとってそれは衛士の命を無駄に捨てているとしか考えられない発想であった。

「ま、確かに米国の運用方針とはかなり違うがな…しかしこれからお前が扱うのはそういった機体だって事だ」

「…ああ、そうだな」

「さあ、そこでだ…日本の戦術機の特色だが、アレを見ろよユウヤ」

「え?」

そう言ってヴィンセントが指し示したのはTYPE-97“吹雪”の頭部だった。

「あの頭部にある大型のセンサーマスト、アレはただのセンサーカバーじゃなくて空力的な意味合いもあるんだ…空中機動においてあのセンサーマストや前腕部のナイフシースを使って姿勢を制御してるって訳だな」

「! そうか…だからイノカワはあの機動が可能だったのか」

何故自分がイノカワと同じ動きが出来なかったのか…その理由をようやく理解したユウヤの顔は一気に明るくなった。

(見てろよ!鉄面皮野郎…明日になったら目に物見せてやるからな!!)

心の中でそう叫ぶユウヤだったが…

「ま、後でモロボシ大尉に礼の一言くらいは言っておけよ? ユウヤ」

「なに? どういう意味だ?」

「…今のアドバイスだけどな、あのヘンテコな大尉殿がオレにヒントをくれたから出来たんだよ」

「な…」

「そうでなきゃ流石に今の時点でオレにもそこまでは分からなかったろうしな…」

「あのメガネが…何時の間に」

「それがなユウヤ…今日の演習が始まる前になんだ」

「!! おい、冗談はよせよヴィンセント! それじゃ何か? あのメガネ野郎はオレが今日の演習でこうなるって始めから分かってたって言うのかよ!?」

あの変な男が自分が新しい機体とOSに苦しむであろう事を見透かしてあらかじめアドバイスをくれていた…そんな馬鹿なと思うユウヤであったが…

「まったくなあ…只者じゃないとは思ったけど、まさかここまで的確に見抜くとは驚いたぜ本当に」

あっさりとそれを肯定したヴィンセントの言葉に絶句するユウヤであった。

(何者なんだ…あの男は?)

「丁度いいや、今夜はあの人が開店の準備をしてる店で御馳走になる予定だからお前も一緒に来いよな?」

「はあ? 店って…?」

「何でも美食の殿堂だそうだぞ」

「????????????」(日本人てのは一体何を考えてるんだ?)
 
 
 
 
 
 
【ユーコン基地・歓楽街】

…頭が痛い。

どうやら昨日は飲み過ぎたらしい……夕べは酔いに任せて自分の正体を明かす…振りをしたのだが(実際には欺瞞情報と真実の折半で)どうやら最期の方では本当に本音を漏らしていたらしい。

まあ、電脳メガネに記録されていた会話のログからは致命的な情報の漏れはないと分かったが…未来情報を知っている事は悟られたかもしれない。(イタタタタ…頭もイタイし)

不味いなあ…少佐はともかくケイシーに知られたら…別に悪い男じゃなさそうだけど、基本的には大統領が私に付けたお目付け役だしなあ………今後は酒を控えるか、そうでなくともあの男が作るカクテルは美味過ぎるんだ。(下手をして飲み過ぎたら本当にアル中になってしまう)

「ほら、アイスティーが出来たぞダン」

「ああ…サンキュー、ケイシー」

…うむ、美味い。 やはりアイスティーはストレートかミルクティーにすべきだな、うん。

(レモンティー愛好家の皆さん、これは私の好みなので苦情は御遠慮下さい。 ちなみに私はホットであればレモンティーも好きなのです…って何故こんな言い訳を!?)

「どうした? まだ気分が悪いのか、ダン?」

「いや、心配ないよケイシー、それより今夜のメニューは大丈夫かい?」

「ああ、そっちは大丈夫だがな…それにしても随分とサービスがいいんだな?あの小隊の連中に」

まあ、これから色々と迷惑をかけたりかけられたりする間柄になるんだからね…

「彼らにはこれから色々とやって貰わなければならないからね、その前払い的な意味もあるのさ」

私のその言葉を聞いたケイシーは、一瞬顔をしかめてからこう言った。

「何をさせる気か知らんが、いたいけな若者をラングレーの糞野郎共と同じレベルに扱うような真似は感心しないがな?」

ふむ、経験者は語るか…まあCIAのやり口や、私の事を多少なりとも知っている彼としては当然の心配なのだがね。

「残念ながらケイシー、私がそう扱おうとしてる訳ではないんだよ」

「ふむ、それじゃ誰…いや、どこの連中だ?東海岸か、それともトーキョーの方か?」

「…強いて言えば世界の現状が、と言う事になるな」

「…酷い世の中だ」

「まあね、所詮私に出来る事など限られているし…まあ、彼らが死なないように影から少しだけ手を貸してあげるのが精一杯だな」

「ほお?あんなデカブツを自由に出来る男がな?」

「…何の事か分からんが、所詮人一人に出来る事などタカが知れているものだよ」

そう、どんなに力があっても所詮一人の人間に出来る事には制限と限界がある…だからこそ、彼らアルゴス小隊のメンバーや目の前のコックさんに協力して貰わなくてはならないのだ。

(利用してばかりでは申し訳ないから、それなりにサービスで返さないとね)

「ああそれとケイシー、出来ればもう一杯アイスティーを…」

「…もうあんな深酒はするなよ?」

はい、そうしますチーフ。
 
 
 
 
【ユーコン基地『プロミネンス計画』本部】

二人の男が猪川少佐とユウヤが操縦する「吹雪」の映像に見入っていた。

「…成程、これは凄いですな大佐殿」

「ああ…いかに第3世代機といえど従来のシステムではあれほど機敏で柔軟な機動は不可能だった。 それをいともたやすく実現しているのだからな」

そう言ったのはここの主でプロミネンス計画の責任者でもあるクラウス・ハルトウィック大佐である。

「確かにこの新型OSをプロミネンス計画に組み込めばそれだけで計画の価値は大きく跳ね上がるでしょうな」

「うむ、それに日本と米国が共同開発するTYPE-94セカンド…これもまた重要だ。 我々の計画に批判的な米国内の一部勢力に対しても有効な牽制策となってくれるからな」

「それで、この計画のサポートと帝国側の寄こしたあのモロボシ大尉のお目付け役が私の任務という訳ですか? 一体彼は何者なのです?」

「…この『XOS計画』だが、帝国の意志というよりはあの男の個人的な発案による部分が大きいらしいのだ」

「! それは…?」

ハルトウィックの言葉に相手の男は驚いた顔で聞き入る。

「どうやら今回の帝国側の計画の基礎をなす技術の殆んどはあの男が育てたものらしいのだよ…それで帝国の高官たちもあの男の提案を呑んだらしいのだがな」

「…しかし、それだけであの“アイアン・クラウス”までもがここに来ますかね?」

まだ他にも理由があるのでしょう? と無言で訊ねる男に、少しの間躊躇った後でハルトウィックは口を開いた。

「君は太平洋上とL3で起きた異常事態の噂を知っているかね?」

「ええ、もっとも私が聞いたのはあり得ないようなふざけた話ですが…情報に規制がかけられている以上、単なる法螺話ではないのでしょう?」

「太平洋赤道上に現れた巨大なタワーとL3に出現したスペースコロニー…どちらも事実だそうだ」

「……成程、それで? それらがこの件とどう関係しているのですか?」

「どうやらこの二つも“彼”が作ったらしいのだよ」

「な!?」

「そしてこれは個人的な伝手で入手した情報だが、どうやらCIAはあの男を拉致しようとして返り討ちにあったらしい」

「それはまた…」

CIAの拉致工作を退けるとは只者ではない…一体どんな人物なのかと考えつつも自分に課せられた任務がとてつもなく厄介なものになりそうな予感にその男は内心で頭を抱えていた。

「どうやらコルトレーン大統領はそのCIAの先走りに頭を痛め、自分の信用がおける男を付き人のような形で張り付かせたらしい」

「巨大な国家であるが故の喜劇…などと言って笑ってばかりもいられんでしょうな。 そんな人物がこのアラスカに来た以上はどんな騒ぎが起きるか分からないし、こちらに火の粉が飛んでこないとも言い切れないでしょう」

男のその言葉にハルトウィックは重々しく頷いた。

「あの男、モロボシ大尉には当分の間無事でいて貰わなければ困る。 聞けば帝国では今回の我がユーコン基地での二つの計画について国粋主義者たちの反発がかなり強いらしいのだ」

「ふむ…もし米国かどこかの工作員によって彼が命を失うような破目になれば『XOS計画』も中断される可能性がある訳ですな?」

「だからこそ君に頼むのだよ」

「そういう事であれば致し方ありませんな…了解しました大佐、『XOS計画』顧問の任務へ就かせて頂きます」

「うむ、宜しく頼むぞフーバー・キッペンベルグ少佐」

こうしてまた一人、コウモリ男に振り回される哀れな犠牲者が現れたのであった…
 
 
 
 
 
【PM 8:00 ユーコン基地・歓楽街】

「いちばん!ヴィンセント・ローウェル軍曹……脱ぎながら歌います!!」

「いよお~~~し!! その調子だ! 一気に逝け~~!」

「あらあら、楽しくなってきたわ~~♪」

「おい!キモいもん見せんじゃねえよ!!」

「………俺は知らんぞ、どうなっても」
 
 
いやあ~~皆さん楽しんでくれてますなあ~~~♪

彼らアルゴス小隊との親睦を深めるためと、数日後に控えたこの店の開店予行演習のためにオープン前の貸し切りパーティーを開いたのだが…どうやら大成功のようですな。(約一名のみあまり楽しんでる様子が見えないが)

さて、それでは彼とコミュニケーションを…

「おやブリッジス少尉、お酒が不味いかね?」

「…別に、美味い酒ですよ」

「そりゃよかった、なにせこのお店は女の子とか置かない酒と料理の味で勝負する店だからね」

「……」

「まあ初めての慣れない機体で大変だろうけど、君には頑張ってほしいからね…今日は好きなだけ食ってくれ。 明日の訓練に障らない程度にね」

「…何故わかったんですか?」

「ん? 何がかね?」

「オレがあの機体を上手く扱えないって事をですよ大尉殿」

うわあ…思いっきり睨まれてるよ。  さて、カードを切るか。

「それは勿論、君の事を事前に調べたからだ」

「ッ!」

「簡単な事情程度のものだが…君が日本人を嫌いになった理由を理解出来る程度まではね」

「ならどうして「自分をテストパイロットにしたのか、かね?」…ぐ!」

「答えは簡単だ、それらの事情を考慮してもなお君が得難い能力を持った優秀な開発衛士であると判断したからだよ」

「……」(あんな無様を晒すと分かっていてかよ!?)

「君の衛士としての経歴は優秀だし、だからこそ身についた米国の運用方針や操縦のクセがこちらのそれと上手く噛み合わない事は予想出来た…だがそんな物はいくらでもクリア出来る課題だし、またその程度の…君の個人的事情も含めた障害を乗り越えられないようでは共同開発など成し遂げられる筈がないのだよ」

「何故、そこまでして…」

共同開発に拘るのか…か、この場合彼を納得させる答えはまだ早過ぎるな。

「その答はきみ自身で気付いて欲しいね…この任務を続けながら考えればいいさ」

そう言って席を立った私の背後で、彼はぼそっと小声で呟いた。

(アンタは一体何なんだ!?)

…そろそろ誰かに言われる頃だと思った。
 
 
 
 
「お疲れさん」

私がカウンターにつくとケイシーが声をかけてきた。

「…見てたのか、ケイシー」

「まあな、若者と話すのは難しいだろう? オレも姪と話すのが苦手でなあ…」

「…まあ、私に出来るのはこの程度さ」

「そんなに彼らが心配ならオレの“知り合い”に紹介するが?」

ふむ、ベイツ提督かあるいはその上か? まだ時期的に早いがしかし…

「ケイシー、君の知り合いの海軍提督かその側近が『XOS計画』の視察に訪れる予定はないのかな?」

「どうかな、ちょっと“知り合い”にでも聞いてみようか?」

「済まんが頼む、どうも米軍さんの反応が鈍いんだよ」

「ああ、国防長官は日本嫌いで有名だからな…彼の出身派閥の陸軍は特にそうだろう」

「まったく、帝国も米国もお偉いさんというのはどうしてこうなのかねえ…お互い好き嫌いを言っていられる場合かどうかわからんのかな?」

「前線に出れば嫌でもそんな事は言っていられないと分かるがな、後方にいる人間はどうしてもそうなるのさ」

「やれやれ…一杯作ってくれ」

「ほら」

「ああありがとう…って、これただのジンジャエールか?」

「今日は控えろ、健康のためにな」

…トホホホホ、夢も希望もない。
 
 
 
 
 
【4月19日 ユーコン基地 テストサイト】

「くそっ! まだだ…この程度じゃ…畜生!」

『何をしとるか! 昨日何を見ておったのだ貴様は!!』

「ぐっ…!」

一夜明けて今日こそは昨日の汚名挽回を…と猪川との訓練に臨んだユウヤであったが、現実はまだまだ厳しい物であった。

(くっ…! さすがに頭で理解しただけでは上手くいかないかよっ…!)

自分の問題点を把握しそれを克服しようとあがくユウヤだが、一朝一夕でどうにかなる物でもなかった。

『とっととついて来い!この未熟者が!!』

(くっそお~~~~!! 覚えてやがれこの鉄面皮野郎~~~~~~~!!!!!)


昨日と同じ罵声を浴び、昨日と同じ悪態を(心の中で)返すユウヤ…

彼が未熟者の汚名を返上出来るのはまだ先の事のようであった。
 
 
 
 
第40話に続く







[21206] 第1部 土管帝国の野望 第40話「Sterling Hill」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/08/18 14:26

第40話 「Sterling Hill」


【2001年4月24日 アラスカ ユーコン基地・歓楽街】

「さあ~て、これで開店準備は整った…と」

準備万端、後は店を開くだけ…になった私の店『Sterling Hill』の店内でそう呟いていると、コック長であるケイシーが声をかけて来た。

「準備は整ったか、確かにそうだが…それにしても随分面白いつくりの店になったな?」

うん、そうかも知れないな。

ケイシーがそう言うのもまあ無理はない、我ながら随分とアンバランスな店にしたという自覚はあるしね。(それがいいんだけど♪)

この店、『スターリング・ヒル』は基本的にパブ兼レストランといった感じの気楽な飲み食いのためのお店である。

店の中はカウンター席とテーブル席があり、約20人余りが常時食事や酒を楽しめるようになっている。

何? 随分小さい店だなって? 確かにそうだ、この店は気軽に入れてしかも美味い! と言わせるための店なので、あまり大きな店には出来なかったのだ。
(料理の質もあるしね)

さて、表向き食堂部分はアメリカのパブを模した造りになっているが…ケイシーが言った「面白いつくり」がこの店の奥にはある。

少人数の客だけで楽しんでもらえる7~8人用の個室(テーブル席)と、座敷…いや、「茶室」である。
 
 
……「茶室」です、別に大事な事じゃないけど2回言いました。
 
 
言っておきますが別に私は茶道とかの心得はあまり持っていません。

それだったら何のためにこんなの作ったんだよ!? と突っ込まれそうですが、それこそ別にお茶を嗜むだけが茶室の使い道ではないのです。

通常茶室と言えば簡素な四畳半以下の部屋に茶道の道具を置いた物だけを想像すると思う。

だが実際にはそうではなく、様々な方式が存在するのだ。

私がこの店の奥に作った茶室は二つ。 一つ目は広さ十二畳の大きさを持つ『鎖の間』と呼ばれるタイプの部屋で、大人数が気軽な茶会や宴席を楽しむための物だ。

そしてもう一つが所謂普通の茶室…四畳半の『草庵』風の部屋である。

こちらは本格的な茶席や少人数の会談(主に日本人向けになっちゃうよなあ)のために作ったのだが、はっきり言って唯依ちゃんでも来なければ使う人間がいなかったりして…
 
 
つまりこの店『Sterling Hill』は表向きは洋風パブ兼レストラン(主にメニューはイタメシ)でありながら裏は和食割烹と言う訳だ…個人的趣味がモロ出しだなまったく。

ちなみに和風のメニューもちゃんとあるし、ケイシーは驚いた事にそれを作れるのだ。(日本でどれだけ料理の修業を積んだんだこの男?)

「さてケイシー、早速今夜の開店記念パーティーだが…」

「またあの坊やたちか?」

「ああ、それと猪川少佐と新しく『XOS計画』の顧問に就任したキッペンベルグ少佐もね」

「…フーバー・キッペンベルグか?」

「おや、知ってるのかい?」

「ああ知ってる、EUでは名の知れた戦術機乗りだからな…成程、ハルトウィック大佐の差し金か」

ケイシーの言う通り、このフーバーさんが我々の計画の顧問に就任したのはひとえにハルトウィック大佐の推薦によるものだ。

まあどの道『XOS計画』は『プロミネンス計画』の一部という形で行われるのだから、計画の本部から顧問的な人物が派遣されて来るのはある意味当然なのだが…どうもこのフーバーさん、『XOS計画』ではなくて私に付けられた“猫の鈴”らしいのだ。

「私はそんなに要注意人物に見えるのかねえ…」

「何を今更…」

私の呟きに呆れたようなツッコミを入れてくれるケイシー…そういや君もそうだったっけ?

さて、それでは皆さんの仕事ぶりでも見てきますかね?
 
 
 
 
 
【ユーコン基地・XOS計画戦術機ハンガー】

「猪川少佐~~~」

「間延びした声で呼ぶな諸星、場の空気がだれるだろうが」

…おや、早速お小言ですよ。

一緒に仕事をして見て判った事だがこの猪川少佐、実に口うるさい方なのです。

元から民間人で“なんちゃって斯衛大尉”の私みたいに呑気な態度を示す人間には容赦なくビシビシ説教を垂れるんだこの人…やれやれ。

「おや、今日はブリッジス少尉の指導はよろしいので?」

「そうそうアイツの面倒ばかりは見ておれん、本来の仕事もあるのだからな…今日は一人で飛んでいるが、ようやくコツを掴みかけて来たようだ」

「ほう…流石だね」

つい先日までは日本機と米国機の違いに四苦八苦していた彼だったのにもうコツを掴むとはね。

「昨日の訓練中だったか…旋回中に体勢を崩しかけた時に何かきっかけになる物を掴んだようだ」

ふむ、子供が自転車の乗り方を覚える時に似てるな…倒れかけた時にそれを立て直して前に進む感覚を覚えれば後は自然に走れるようになるが、そんな物だろうか?

「だがまだまだ未熟だ、これから更に仕込む必要があるだろう」

「そりゃまた厳しいですねえ…」

「ふん、“鉄は熱い内に打て”だ」

ふむ、つまりはこの人もユウヤ君の事を“やれば出来る子”だと見ている訳か…ではしっかりと仕込んで貰いましょうか、その方が後々の為にもなるだろうしね。

「それで、貴様の“仕事”の方はいいのか? 上の方からこのプロミネンス計画関連以外の任務も与えられておるのだろうが?」

「おや、御存じで?」

「日本を出立する直前にどこぞの古狸が頼みもせんのに耳打ちして行ったからな」

成程、相変わらず手回しのいい事だあのおっさんは…

「そっちはまだ始まってはいません。 なにせ取引相手が身内同士で揉めてるみたいで…それでケイシーの伝手で彼の知り合いがこっちに来るようにしてもらっているんですがね」

「ふん、子分共が勝手な真似をしかねないからそれから貴様を守るためにあの律儀な中佐殿を用心棒に付けたという事のようだな。 まったく、国も軍も図体がでかくなり過ぎるとロクな事にならんな」

「おまけにハルトウィック大佐までが歴戦の雄と噂のベテラン衛士殿をこの計画の顧問に据えてくれちゃいましたからねえ…そう言えばそのフーバーさんは?」

「キッペンベルグ少佐ならあっちで山本と話を…いや、こっちに来るようだな」

なるほど確かに噂をすればやって来ましたな。

「モロボシ大尉、現状視察ですか?」

「ええそんなところですキッペンベルグ少佐、私もちゃんと仕事をしないと猪川少佐に叱られますので」

「ふん、碌に反省もせん癖によく言う」

「猪川少佐、各機体への搭載作業は今日中に完了します。 明日からでも実機での演習が可能です」

「そうか、御苦労」

横からそう報告を入れたのは猪川少佐の部下としてこの『XOS計画』の副責任者となった山本大尉だ。

あの大田少佐や高木、富永といった人たちとも古くから付き合いのある技術士官だそうな…実際の作業の指揮とかはこの人が取るらしい。

「ところでキッペンベルグ少佐、それから猪川少佐に山本大尉も…今日の夜は空いてますか?」

「別にこれといった予定はないが?」

「…また貴様の店か?」

「ええ今日の夕方から正式にオープンでして、開店記念サービスをやるつもりです」

「何でも随分と面白い店だそうだが…ちゃんとした料理は出るのかね?」

おや、お疑いですかな大尉?

「そう言われては引っ込みがつきませんな、この無料招待券を差し上げますので是非おいで下さい…ああ、少佐殿たちも」

「あ、いや別にそんな意味で言った訳では…」「ふうむ、それでは御招待に預りますか」「ふん、まあいいだろう」

はい、三名様ご招待~~~♪

「ところで皆さん、ブリッジス少尉以外のアルゴス小隊の面々は…シミュレーターですか?」

「ああそうだ、機体への管制システムの換装と調整が今日までだからな。 明日からは実機での演習になる」

ふむ、アルゴス小隊の新型OSの教習もほぼ順調…と。

「私も先日からシミュレーターで新型OSを試させてもらっているが実に驚くべき性能だ、何としてもこのOSを世界中の戦術機に搭載しなくてはと思ったよ」

「歴戦の雄である貴方にそう言って貰えれば光栄ですキッペンベルグ少佐。 さて、それではアルゴス小隊の教習状況を見てきますので失礼します」

「あまり若い連中をからかうなよ?」

…おいおい、ユウヤ君をいじりまくってるアンタに言われたくはないよ?
 
 
 
 
 
【ユーコン基地・戦術機シミュレータルーム】

「そらそらあっ! くたばりやがれウスノロ共が!!」

「おいおい、一人で飛ばすんじゃねーよタリサ!」

「あ~ダメだわあの子…すっかりX1の虜っていうか、取り憑かれちゃってるし」

『アルゴス3! 勝手に出過ぎるな!! OSの性能に溺れて墓穴を掘る気か!』

「ひえっ! 了解!!」

CP管制を行っているドゥール中尉の怒声で調子に乗ってBETAを虐殺しまくっていたタリサが竦み上がった。

ここ数日、『XOS計画』の開始と同時に彼らアルゴス小隊は新型OS『X1』の慣熟訓練に入っていた。

これは彼らが試験運用する戦術機F-15・ACTVに『X1』が搭載される事が決定していたからである。

そしてそれを誰よりも喜んだのは…言うまでもなくタリサ・マナンダル少尉であった。

かつて公衆の目の前で自分を弄んだあの機体『撃流』に搭載されていたのと同系列のOSが自分の機体であるF-15・ACTVにも搭載される…それを聞いたタリサは比喩ではなくその場で宙高く舞い上がったのであった。

このOSさえあればきっとあのバニー女(スーパーマリモ)にリベンジ出来る。 そうタリサは確信して訓練に励んできたのだが、そのX1の高性能振りにすっかり取りつかれた彼女は度々無茶をやらかしてはドゥール中尉から雷を落とされてもいたのである。
 
 
 
「いやしかし、大変な熱の入りようですなこれは」

管制室のドゥール中尉のもとに訪れたモロボシの最初の言葉がそれであった。

「!これはモロボシ大尉、訓練の視察ですか?」

「まあそんなところですが、特に問題はない…というかマナンダル少尉などはすっかりXOSの虜になっているみたいですね」

「どうにも調子に乗り易いのが彼女の欠点でして、近く行われる広報撮影でも調子に乗らなければいいのですが…」

「ああ、そう言えばそろそろその時期でしたね」

「え?」

「いえ、ちょっと小耳にはさんだ程度ですが…確かソ連軍の衛士と共同で撮影だとか」

モロボシの呟きに何か不自然なものを感じたドゥール中尉だったが、続く彼の言葉にその顔を顰めた。

「ええ…向こうの衛士はプライドが高くしかも排他的な傾向が顕著ですので、下手なトラブルを起こさなければいいのだがと心配しているのですがね」

「彼女も腕自慢の衛士ですし、その心配は御尤もですね。 事前に釘を刺すのを忘れない方がいいでしょうね……もっとも無駄になるでしょうけど

最後にモロボシが口の中で零した独り言はドゥールには聞き取れなかった。

「え? 今何か仰いましたか大尉?」

「いえ、なんでもありません。 それより中尉、今夜は空いてますか?」

「はあ?」
 
 
 
 
 
【PM7:00 ユーコン基地・歓楽街『Sterling Hill』】

「おお、美味いじゃんこのサーモンステーキ!」

「ふいい~~~っ、最高だねえ~~このワインとブイヤベーズの味は」

「いい味ね、どこのワインかしら…?」

「…変った味のフライドチキンだな?」(だが何故か美味い…何の味付けだ?)

「いっやあ~~~このビールのコクとキレがたまらんス~~♪」

うむうむ、みんなここの料理と酒を気に入ってくれたようで何よりだね。

「いや諸君、今日は我が『Sterling Hill』の開店記念パーティーに来てくれてありがとう」

「いやあ~~~こっちこそまたこんな美味いメシをタダで食わせてもらって感謝してます」

「ホント、大尉は太っ腹な人ですね~~」

いやいや、それほどでもないさ…この先に君らに苦労をかける分をこうやって先払いしてるだけだからね。

「ブリッジス少尉、そのチキンは美味いかね?」

「え、ああ…確かに変った味だけど美味いですよ」

「そりゃなにより♪」

「このチキンフライの味付けに使ってるソースって…」

「醤油だよ、日本の基本的な味付けに使うソースだ」

「!…そうですか」

どうやら和風の竜田揚げは初めての経験みたいだな…まあ美味いと思わせれば成功か?

「しっかし大尉殿、この店はイタリアンだけじゃなくて和食も出るんスか~~?」

「ああ、基本はイタリアンだけど客のオーダーで和食と中華も出す事が出来るよ、もっともそれはケイシーのレパートリーに入っていればの話だけどね」

「へえ~、あの人そんなに色々と出来るんですか~」

そうらしいねえ、料理以外にも色々と…

「ダン、あっちの方も料理が行きわたったぞ。 行かなくていいのか?」

…おっとそうだった。

「ああ、ありがとうケイシー。 さてそれじゃ諸君、私は向こうでお偉いさんの相手をして来るから君たちはここでゆっくりと楽しんでくれたまえ」

「はーい、ゴチになりま~す」「遠慮なく楽しませていただきますわ」「もっとメシくれ~」「ありがとうございます!」「…遠慮なく頂きます」

…さて、それではお偉いさんの接待だ。
 
 
 
 
 
“鎖の間”には5人の男がいた。

猪川少佐、山本大尉、キッペンベルグ少佐、ドゥール中尉、そして…

「これは皆さん、お待たせして申し訳ありません」

「ふん、この面子を待たせるとはオメエも随分と出世したようだな若造」

「いや申し訳ありません、ミスター・マッコイ」

5人目はマッコイカンパニーのオーナー、マッコイ老であった。

「それで?こんな場所へオレを招いてどうする気だ、え?」

「ははは…まあそう急がずにまずは酒と料理を楽しんで下さい」

そう言ってジロリとした目で睨むマッコイに竦み上がるような素振りを見せたモロボシだが、実はそれほど恐れ入っていない事はその場の全員が認識していた。

「ふん、タタミの部屋とはまた随分と面白いモンをこさえたなあ小僧?」

「ここは身分や立場に関係なく茶席や宴席を楽しめる場所として作られたものでして…」

「ふうん…洋風のレストランの奥にこんな茶室を用意するとはね」

「まあ、これも私個人の趣味の賜物でして山本大尉」

「趣味や雰囲気は悪くないが、生憎とそれを楽しむ程風流ではなくてな……本題に入れ諸星大尉、貴様がここにこの面子を揃えた理由はなんだ?」

猪川の言葉に肩を竦めたモロボシがやれやれといった雰囲気で話を始める。

「いえ本当にこの店の開店記念サービスなのですが、まあ正直に言えば最低限の話を通しておきたかった…という部分もあります」

「ほお?どんな話を通すんだ小僧?」

面白そうな顔でマッコイ老がそう訊ねると、周囲の面々も表情を改めてモロボシを見る。

そんな彼らに向かってモロボシは言った。

「まず皆さん、XOS計画の現状と将来性についてどう思われますか?」
 
 
その言葉に暫く戸惑った後で、最初に口火を切ったのはフーバー・キッペンベルグであった。

「そうだな、XOSの性能に関しては申し分がない物と認識しているし、これがプロミネンス計画の一環として世界に広まれば全人類の対BETA戦力を底上げしてくれる事は確実だ。 国連軍としてもまた日本帝国にとっても名誉と実利の双方をもたらしてくれる素晴しい計画だと思うが?」

このキッペンベルグ少佐の言葉を受けて他の面々も自分の意見を口にする。

「オレは国家と軍から与えられた任務を果たすだけだが、この計画で得られるデータは帝国軍にとっても非常に有益な物となるだろうと考えている」

「XOSを実際に運用する事で得られるデータは非常に貴重ですし、世界中の衛士たちがこれを試験運用する事で今後のOSの改良・発展にも寄与する事は確実ですな」

「私はユーラシア各地でBETAとの戦闘を経験していますが、多くの前線国家では未だにF-4系やF-5系等の旧式機を用いているのが現状です。 XOSはこれらの国家と衛士たちの命綱となってくれる可能性を持っていると考えています」

「ふん、オレとしてはなかなかいい商売のネタを貰っていい気分…とでも言っておけばいいのか小僧? この新型OSは確かに戦術機の性能を大幅に引き上げる事が出来る、だが同時に機体にかかる負荷も増加していくつかの部品は交換の頻度が増えるのは間違いないだろう。 オメエはこのXOS計画を使ってその必要となる部品と交換の頻度や各国軍別の傾向を洗い出し、実際に各国の軍がこの新型OSを採用した時のフォローに役立てる事でXOSの普及を早めようって魂胆だろうが? ついでにこの強欲ジジイを利用してその部品供給で得られる利益を餌に計画のフォローをさせようと考えている訳だ…随分と虫のいいジグソーパズルを組み立てたもんだなあオイ?」

「いやいや、そんなに褒められると照れますなあ~~ハッハッハ……確かにその通りなのですが、理由はもう一つありまして」

「もう一つ…とは?」

訝しげに聞き返すフーバーに向かってモロボシは言った。
 
 
「プロミネンス計画を護るためですよ、少佐殿」
 
 
 
 
 
 
 
 
【2001年4月27日 ユーコン基地・プロミネンス計画本部】

「『XFJ計画』開発主任及び主席開発衛士として着任致しました篁唯依中尉です」

「うむ、貴国より提示された二つの計画は人類に新たな希望を示す物だ。 その一つである『XFJ計画』を主導する貴官の努力に期待する」

「はっ!」

いやいや、やはり唯依ちゃんは凛々しいねえ~~~♪

見ているだけで目の保養ですなあ、まったく…というか見ている分には、と言うべきかな?

「諸星大尉、改めて宜しくお願いします」

「いえ、こちらこそ中尉…あなたが率いるアルゴス小隊の面々は一癖も二癖もありそうな連中ですが、腕の方は確かなようですよ?」

「そうですか、それは有難いですね」

「あなたと共に弐型の開発にあたる衛士は実戦経験が無いのが玉に傷ですが、それ以外の面では非常に優秀な衛士です。 慣れない日本機とXOSへの慣熟も猪川少佐の指導でかなり進んでいますしね」

「はい、ありがとうございます」

「まあ弐型の機体が米国製部品を換装して組み上がるまではもう少しかかるでしょうし、それまでにXOSの訓練をこなしつつ部隊の指揮に慣れる事ですね」

「はっ、早速取りかかります!」

こらこら、そんなに急いでは躓くよ?

「まあ篁中尉、そう性急にならずに今日の所はゆっくりしてください。 どうでしょう?私が作った店の茶室で茶でも点ててみるのは?」

「ハア… 諸星大尉、実はその件で月詠大尉から伝言を預っていますが」

…え”?

「つ…月詠大尉が…何と?」

「はい、“戻ったらじっくりと聞きたい事がある”…と、侍従長からも同じ事を言われました」

「…そうですか」(汗)

トホホホホ…唯依ちゃんに私の事を監視させる気だよあの二人…



 
 
 
 
 
 
第41話に続く
 
 
 
 
 
【おまけ・茶室の幽霊】

やれやれ、せっかくの茶室なのに唯依ちゃんが使ってくれなきゃ宝の持ち腐れなんだが…あれ、誰か茶室の中にいる? 

「どなたでしょうか…………ってえ~~~~!!!!!」

「御苦労さまですね諸星、今一服茶を点てますから楽になさい」

「……殿下ぁ~~~~~!?!?」

どうしてここに…って、お前だな駒太郎!? なんて事してくれたんだ!これが帝都城にいる月詠大尉とかに知れたら私の命は~~~~(ガクガクブルブル)

「駒太郎を叱るのは勘弁して下さいね? 私が我儘を言ってここに連れてきて貰ったのですから」

「はあ…しかし殿下、いくらメビウスを使っているからと言ってあまり長時間姿が見えないと城の中が大騒ぎになりませんか?」

「はい、ですからほんの一時の息抜きです…見逃して下さいね?」

ははは…仕方のない人だなあ~~まあいいか、どうやらTEの内容を駒太郎から聞いて唯依ちゃんたちが心配でならないらしいし…横浜基地とか忍び込んで香月博士に見つかるよりはマシかな?
 
 
 
 
…その後、この店の茶室には時々日本の茶を点てる美女の幽霊が出ると噂になり、運のいい好事家が実際にその幽霊からお茶をもてなされるという出来事が度々起きる事になる。

ちなみに篁中尉や猪川少佐が幽霊の正体を知った後、責任者(モロボシ)をフクロにするのはずっと後の話である。








[21206] 第1部 土管帝国の野望 第41話「Bahasa Palus」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2011/09/08 20:04
第41話 「Bahasa Palus」


【2001年5月2日 ユーコン基地 統合司令部・会議室】

その軍人が姿を現すと、会議室の全員が起立して敬礼をする。

「ああ諸君、どうか楽にしてくれたまえ」

「ベイツ閣下、お目にかかれて光栄です」

「ありがとうハルトウィック大佐、私も君に会えてうれしいよ」

コルトレーン大統領の懐刀と言われる米国海軍司令ベイツ提督の突然の表敬訪問に大慌てで出迎えの準備をしたユーコン基地のトップたちであったが、彼の用事はこの基地の上層部に対してではない事は誰もが知っていた。

「…そして、君がモロボシ大尉か」

「はい閣下、自分がモロボシです…貴方に会えるのを待っていました」

「うむ…私も君に会って話がしたかった」

そう言ってベイツ提督は目の前の日本人、モロボシ・ダンを見詰める。

(この男があの“シリンダー”と“タワー”を…一見したところ別に何処も変った所のない普通の日本人に見えるが…いや、どこか雰囲気が違うか…? 私の知っている日本人たちとは何処かが違っているようにも見える…)

モロボシを観察しながら考えを巡らせるベイツに、ハルトウィック大佐が声をかける。

「では閣下、これよりプロミネンス計画の内容と現状について説明させて頂きます」

「うむ、宜しく頼む」

「ではまずこの計画の主旨からですが……」

プロミネンス計画について定型文通りの説明から始めるハルトウィックの声に耳を傾けながら、ベイツの視線はモロボシに固定されていた。
 
 
 
 
 
 
…いやいや、視線が痛いよなあ~~~

ケイシーにお願いしてこの人をこのアラスカまで呼び出したはいいが、なかなか一筋縄ではいかない人のようだね。

流石に大統領の懐刀と噂されるだけの事はあって、決して焦らずにハルトウィック大佐の説明を聞きながら私の事をじっくりと観察しておいでだ。

表向き今回のベイツ提督の訪問は、このユーコン基地で始まった『XOS計画』を視察するのが目的と言う事になっているし、私がケイシーに頼んだのもそれだった。

だがそれなら部下の誰かが来れば済む話であって提督自身がわざわざ来る必要はない…本当の目的は私の品定めと交渉の糸口を作るためだろう。

CIAが余計な事をしてくれたおかげで御苦労な事になってますな提督…
 
 
 
 
「成程…どうやらXOS計画には我が軍としても期待すべき点が多いようだな」

ベイツ提督のその言葉を口にすると、会議室の中にいた一人の男がぴくり、と不快げに眉を寄せる。

このユーコン基地の司令官でもあるジョージ・プレストン准将は、無言でベイツの言葉を聞いているが、その表情はとても彼に賛同しているとは思えなかった。

元々は米国、いや米国軍内部のAL5推進派によってこの基地で行われる『プロミネンス計画』の監視役として送り込まれた人物であり、その立場から言えば米国以外の戦術機の進化…それも現状を変える程の大幅な発展は彼の立場にとって望ましい物ではなかったのである。

それを承知の上でそのプロミネンス計画を大幅に発展させる可能性を示す新たな計画…日本帝国が主導する『XOS計画』を賞賛するベイツの態度は、まるで自分や自分のバックに対する当てつけではないかという疑念すらプレストンに抱かせていた。

ある意味ではその通りであったのだが…

「では閣下、これよりユーコン基地の内部を御案内致します」

「ああそれでは大佐、自分はこれより任務に戻らせて頂きます」

「ほう? 今日は何か特別な作業があったのかねモロボシ大尉?」

意外そうな顔で訊ねるハルトウィックに対し、にっこり笑ったメガネ男はこう答える。

「はい、今日の作業はどうしても自分でやらなければなりませんので」
 
 
 
 
 
 
【ユーコン基地・テストサイト18】

「ちくしょお~~~っ!! どうして振り切れないんだよ!」

タリサ・マナンダル少尉の叫びがコクピットに響き渡った。

本日の任務、ソ連機との広報撮影という任務の最中に非友好的な態度を見せたソ連軍の衛士に腹を立てたタリサは、仕返しに相手の機体をロックオンして威嚇しようとしたのだが…

『アルゴス3! 何をやっている!!模擬戦闘の許可は下りていないんだぞ!』

「んなこた解ってるよ! けどやらなきゃこっちが殺されそうなんだ!!」

ロックオン直前にそれをかわされ、逆に相手に後ろを取られて追い回されていたのである。

タリサはACTVとX1の性能を駆使した得意の三次元機動で逃げ回っていたが、それでも相手の機体Su-37UBを引き離す事が出来ないでいた。

そして自分の方に向けられる凄まじいまでの圧迫感と殺気…

(冗談じゃねえ! あの女、マジでこっちを殺す気だ!!)

何とかしなくてはと焦るタリサだったが、相手の機動が明らかに上手のためにじりじりと追い詰められていく。

(クソ! こうなりゃあの手しかない!)

腹を括ったタリサは自分とこの機体にとっての奥の手…ACTVの機動性能を活かした戦術機動“ククルナイフ”を使おうとする…しかしその意図は当然の如くSu-37UBの衛士、クリスカ・ビャーチェノワに読まれていた。

「こんのおおお~~~~~ッ!!!!」

タリサの咆哮と共にACTVの機体が風に舞う木の葉のように旋回し、Su-37UBの背後に回った…筈だった。
 
 
「なっ…! バカな!!」
 
 
…相手の機体はタリサの目の前ではなく、相変わらず背後についたままだった。

「そんな…ウソだろ…」

そしてその事実を認識し絶望に囚われたタリサにSu-37UBがトドメを刺そうとしたその時……突然それは起こった。

「うわっ! なんだ!?何が一体…であああっ!!!」

逃げるのを諦めた筈のタリサの機体が再び、それも今までにないような凄まじい機動を開始したのである…操縦者の手を離れて。
 
 
 
 
 
「くっ…なんだあの機体は!? 何故突然あんな動きを?」

「クリスカ、あの人変だよ? 凄く混乱してるよ?」

「紅の姉妹」は突然起きた不可解な事態に困惑していた。

逃げる意志を放棄して諦めた相手の機体にトドメを刺そうとした瞬間、再び相手機が旋回機動を取ったのだ。

だが彼女たちが困惑した理由はそれではない、相手機の衛士の“心”と機体の動きがまったく噛み合っていないのだ。

「どういう事だ!? あの機体は衛士の操縦によって動いているのではないとでもいうのか?」

混乱する彼女たちの目の前でタリサの乗ったACTVは滅茶苦茶な旋回を繰り返し、本能的に危険を感じたクリスカは相手機との距離を拡げた…その直後、突然ACTVが正面からSu-37UBに突進して来る。

「え?なに?」「くっ…ならば死ね!!」

正面から向かって来るACTVを倒すべく36㎜砲を向けたクリスカだったが…

「な!? 馬鹿な!弾が出ない!?」

「クリスカ! ぶつかっちゃうよ!」

トリガーを引いても機関砲が発射されない事に愕然とするクリスカたちの目前に、ACTVが特攻でもするかのように迫って来た。

「このっ! ふざけるな!」

次の瞬間凄まじい機体制御でSu-37UBを旋回させて衝突を回避したクリスカは、そのまま再び相手の機体の背後を取ろうとして愕然とする。

たった今やり過ごしたばかりのACTVが凄まじい旋回で方向を変えてこちらに向かって来ようとしていたのだ。

「馬鹿な!!」「え?うそ!?」
 
 
一体何がどうなっているのか完全に理解不能な状況に置かれたクリスカとイーニァ、そしてタリサたちであったが、次の瞬間更なる混乱の幕が上がったのである。
 
 
 
 
 
 
【ユーコン基地・管制室】

「アルゴス3! 応答しろ!! アルゴス3!!」

「どうなってるんだ!? ソ連機と模擬戦でも始めたのか?」

「解りません! ソ連側でも事態を把握しかねているような…」

広報撮影の途中で勝手な模擬戦まがいの真似を始めた2機の戦術機を巡って混乱していた管制室の中で、イブラヒム・ドーゥル中尉はなんとかアルゴス3ことタリサ・マナンダル少尉と連絡を取ろうと懸命になっていた。

(まったく…嫌な予感が当たったな、機体や衛士に損傷が出るような事にならなければいいのだが…む! 何だ!?この音…いや、音楽は!?)

突然、ユーコン基地管制室の中に、いやそれ以外の場所でも…そして衛士の意志や操縦を無視して勝手に暴れ回る2機の戦術機のコクピットの中でも同時に、誰も聞いた事のない歌が響き渡った。
 
 
 
その歌の題名は 『Bahasa Palus』…本来この世界には存在しない曲である。
 
 
 
 
 
 
や~れやれ…やっぱりこうなってしまいましたか。

まあ始まった喧嘩はどうしようもない、せっかくだから今後のために有効利用させて頂きますかね……え? 一体何をしたんだって?

うむ、それでは説明しよう。

現在アラスカ上空で暴れ回っている2機の戦術機は、すでにお解りの通り衛士の制御を離れて動いている。

そのタネ明かしは実に簡単、それぞれの機体に潜入したミニコマを端末にして私のメガネにインストールされている秘密兵器ソフト『ウルトラ念力』を使って遠隔操作しているからだ。

…このネーミングさえもう少しまともなら文句はないんだけどね。

現在あの2機の中ではさっきまで戦争ごっこをやっていた困ったお嬢さんたちが半狂乱で機体の制御を取り返そうと必死になっているが…無駄なあがきと言うものだ。

さあ、せっかく素晴しいBGMまで流しているんだからもう少し踊って貰いましょうか? お嬢様たち。
 
 
 
 
 
「…む? 何だアレは?」

隣の演習区域でユウヤと共に訓練飛行をしていた猪川少佐は、自分たちの区域に向かって出鱈目な飛び方で接近して来る2機の戦術機に気がついた。

『少佐!アレはタリサとソ連の二人じゃないですか?』

接近して来るのがACTVとSu-37UBだと気付いたユウヤがそう言うと、猪川も頷いた。

「そのようだな…だが様子がおかしい、用心しろブリッジス!」

『…了解!』

(タリサの奴…一体何をやってるんだ? それにあっちの機体も…滅茶苦茶な機動じゃないか、凄い動きだけど…)

そう心の中で呟いた直後、ユウヤはその2機が自分たちの方へ突進して来るのに気がついた。

「あのバカ…! アルゴス3!何やってんだ!応答しろ!!」

『ユウヤか!? 頼む!何とかしてくれ~~!! 止まらねえんだよこの機体が~~!!!』

「なあっ……!?」

回線を開いて呼びかけたユウヤだったが、返って来た返答は予想の斜め上を行くものであった。

「少佐! どうやらあの2機はコントロールを失っているようだ!」

『そのようだな、どういう理由でああなっているのかは不明だが…来るぞブリッジス! 避けろ!』

「くっ…おおっ!!」

自分たちに向かって来る暴走戦術機の突進を雄叫びと共に回避したユウヤと猪川であったが、タリサたちの機体はなおも意味不明な迷走飛行を続けながらユウヤたちの演習区域を飛び続ける。

このままでは大惨事になりかねない…いっその事あの2機を自分の責任で撃墜すべきか?

頭の中でそう考え始めた猪川の耳にすっかり聞き慣れた呑気な声が聞こえて来た。

『あ~聞こえますか猪川少佐~?』

「聞こえるぞ諸星大尉。 だが生憎今取り込み中でな、用件なら短めに頼む」

『そのようですな、そっちに聞き分けのないお子様たちが迷い込んだようですが…』

「ああ…どうにも大人しくならんから銃で撃ち落として大人しくさせようかと考えているんだが、それがどうかしたか?」

『多分、撃ち落とす必要はないと思います。 もうすぐ地上に降りるでしょうから…』

「ほー、何故君にそんな事がわかるのかね?」

『はっはっは、それは聞かないお約束と言う事で…地上に降りても暴れるようならその2機を止めて下さい。 ただし衛士は殺さずにお願いしたいのですが』

「ふん、勝手な事ばかりを言いおって…わかった、何とかしてやる。 だが後で説明して貰うぞ諸星大尉」

『では宜しくお願いします』

モロボシがそう言って通信を切った直後、暴れていた2機の戦術機が降下を始めた。

『少佐!あの2機が!』

「ふん…やはりな、ふざけた趣向を凝らしおってあの男…」

『え?』

「いや、何でもないブリッジス。 我々も降りるぞ、あの2機の衛士をとっちめる必要があるからな!」

『了解!』
 
 
 
 
「降りた…止まったのか、この機体は…てえ!?」

地上に降りたACTVのコクピットの中で安堵の溜息をついたタリサであったが、目の前に自分と同じようにSu-37UBが降りてきて自分の方に36㎜砲を向けたのを見て慌てて自分も相手に砲口を向ける。

「なっ! 弾が出ない!? 何でだよオイ!?」

焦るタリサだが、相手の36㎜砲も自分と同様に火を吹かない事に気付いた。

「へっ…そうか、そっちも弾が出ねえって訳か…ならこうしてやらああ~~~!!!!!」

ACTVの膝部にあるナイフシースから短刀を抜き出したタリサは散々嬲ってくれた仕返しとばかりにSu-37UBに襲いかかり、クリスカもそれに応えるようにブレードを出して構える……が、そこへ突然乱入した機体から怒号が飛んだ。
 
 
「いい加減にせんかこの馬鹿者共~~~!!!!」
 
 
 
 
 
……僅か十数秒後、ACTVとSu-37UBは地面に転がされたまま動かなくなっていた。
 
 
 
 
 
 
 
【ユーコン基地・XOS計画戦術機ハンガー】

「…しかしまあ、とんでもない人ですな貴方は」

「ほう?貴様にそんな事を言われるような覚えはないがな?」

呆れたような(いや実際に呆れていたのだが)私の言葉に猪川少佐がそう言い返す。

あの着地の直後、私の『ウルトラ念力』の束縛から解放された2機は、懲りもせずにまたも撃ち合いを始めようとした。

まあFCS(火器管制)は抑えたままだったので撃ち合いにはならないが、血の気があり余ったタリサ君が短刀を抜いて相手に襲いかかろうとしたのには呆れるしかなかった(もっともそれはクリスカの方も同じでブレードを出して応戦しようとしていたが)

だがそこにある意味その二人よりも非常識な男が割って入り、二人(2機)立て続けに地面に叩きつけて気絶させたのだ…柔道の投げ技で(戦術機が!)

「何をどうすれば戦術機で柔道が出来るんでしょうかね?」

「ふん、それが出来るシステムを組んで提供した男が言うか?」

……いやいやいやそんな筈はないんですよ少佐殿、確かにXOSの性能ならばプロレス技(腕を掴んで振り回す)程度までなら出来るとは思うけどアンタがやったのはそうじゃない。

まず最初にこの男はタリサ君の機体ACTVの短刀を持った腕を掴んでそのまま「一本背負い」で彼女を地面に叩きつけたのだ(本人曰く、本気で叩きつけたら機体が全壊するのでそっと“落とした”のだそうだが)

そして即座に紅の姉妹が乗ったSu-37UBに向かって行ったのだが、流石に相手が悪すぎる……と思ったら相手の斬りかかって来たブレードをわざと自分の機体の腕部に突き刺させてからその腕を捻って相手の機体の姿勢を崩させ、そのまま地面に突き倒したのだ(朽木倒しの応用編だろうか…?)

相手の考えが読める筈の紅の姉妹の裏をどうやって取ったのか…彼に言わせれば「一々戦法を頭で考えて動かすのは未熟な証だ」との事だった。

……人間ぢゃねーよ、この男。

「貴様にだけは言われる筋合はないぞ諸星大尉」

「…もしかして少佐殿も心が読めるんですか?」

「顔に書いてあれば嫌でも解るだろうが?」

…おかしいなあ、ちゃんと消した筈なのに。

「定番の漫才はいい、それよりもこの連中をどうするかだ」

そう言って彼がアゴをしゃくった先には、なかなか興味深いシュールな光景が繰り広げられていた。

「ユウヤ~、お願いだからクリスカを許してあげて~」

「…いや、オレにそう言われてもなあ」

「貴様!イーニァから離れろ!!」

「オイ!何でそのチビだけ拘束されてねえんだよ!?」

…やれやれ。

気絶した彼女たち3人を機体から引き摺り出した後、クリスカとタリサの二人を椅子に拘束(緊縛)したのだが、イーニァだけは暴れる危険性がないと判断してユウヤ君に面倒を見て貰っている訳だ。
(何時の間に知り合ったのかは知らないがイーニァとユウヤ君は既に面識があり、すっかり懐かれてしまっているようだ…やっぱり恋愛原子核は違うなあ)

そして残りの2人はと言えば、どうもいま一つ反省の色がないんだよなあ…こいつらは。

そもそもの原因を作ったタリサ君は自分が縛られているのにどうしてそのチビッコだけ自由の身でいるんだと不満をこぼし、事態を悪化させた張本人のクリスカは自分の立場も考えずにイーニァ相手をしているユウヤ君に向かって牙を剥いている始末だ(ユウヤがイーニァに手を出すんじゃないかと心配しているんだろうけど、どう見てもイーニァの方が彼にじゃれついているようにしか見えんよなあ…過保護なお姉さんだ)

…あ、少佐の眼力が発動したせいで大人しくなった(ホントに凄いねこの男のアレは)
 
 
取りあえずこの3人はXOS計画の演習を妨害した容疑で拘束し取り調べ中…とユーコン基地上層部やソ連側には通達しておいた。

もちろんドーゥル中尉やソ連のサンダーク中尉がそれぞれの部下を引き取りに来たが、まだ取り調べ中を理由に断っている所だ(交渉役の山本大尉…御苦労さまです)

まあそれぞれの上司から直接叱ってもらえばそれでいいだろう…とはいかないよねこの場合。

「…さて、君たち」

私が声を改めてそう言うと、椅子に縛られた二人とユウヤ君にしがみ付いたイーニァがビクッとしてこちらを見た。

「自分たちが何をしたのかもちろん分かっているだろうね?」

「う…」「……」

流石に二人とも顔を蒼ざめさせて言葉を出せずにいるようだな、イーニァも泣きそうな顔になってるよ。

「国連軍の重要な任務である広報撮影の最中に揃って暴走、模擬戦まがいの滅茶苦茶な迷走の挙げ句隣の演習区域に乱入してXOS計画の演習を妨害、その結果猪川少佐の機体に損傷を与えた訳だ」

流石にこれは拙かろう、二人揃って銃殺刑…は無い(場合によってはあるかも知れんが)にしてもタダでは済まん事くらいはわかるだろう。

「本来なら君たちの行いは軍規に照らして厳罰に処すべき所だ。 だが、君らはそれぞれこのユーコン基地で重要な任務に就いている優秀な衛士だ。 それを失うような事は私としては回避したい。 従って今後二度とこのような愚かな振る舞いはしないと誓えば、今回だけは「形式的な懲罰」で済ます事にするが…どうかね?」

「はっ…はい!誓います!」

「…了解した」

喜び勇んでタリサが、無表情の中にも不満を覗かせながらクリスカが、それぞれ私の言を受け入れた。

「…随分甘い処分だが、それでいいのか諸星大尉?」

意外そうな顔で猪川少佐がそう仰りますが…いいんですよ、今回だけはね。

「さて、それでは諸君ら3人には「形式的な懲罰」を受けて貰おう」

そう言った私の顔を見た周りの人たちが…アレ?

「あの、皆さん…どうしてそんな顔で私の方を見てるんですか?」

「鏡を見てみろ諸星、まるで借金の取り立てに心臓の肉でも切り取りそうな顔をしているぞ?」

?…おかしいな、そんな残酷ショーな罰じゃなくてもっと楽しい罰ゲームを考えてるだけなのに…まあいいか、さてそれではショウタイムだ。
 
 
 
第42話に続く
 
 
 
【おまけ】

「ケイシー、ちょっと特別メニューを頼みたいんだが?」

「構わんが、どんな料理だ?」

「これがレシピだよ、君なら出来るだろ?」

「………ダン、これをオレに作れと?」

「ああ、ちょっとした懲罰用でね」

「こっちの料理は簡単だが…もう一つの方はそもそも「料理」と言えるのか?」

「これを食べる人間を私は二人ほど知ってるが?」

「…人間がこれを?」

「ああ、これを食べるんだ」

「……BETAに食わせる方が合ってるような気がするけどな」

「それじゃ頼んだよ、コックさん♪」

「…やれやれ、何時になったらまともなコックになれるやら」







[21206] 第1部 土管帝国の野望 第42話「今夜はEat It!」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2011/09/08 20:09
第42話 「今夜はEat It!」


【2001年5月2日 PM 7:00 Sterling Hill 店内】

え~皆さんこんばんは、モロボシです。

ただいまこの『Sterling Hill』の店中は異様な緊張感に満ちております。

何故かと言えばこの店の中にいる人たちのせいなんですな、これが…

現在この店の中にいる面子はと言えば、まず私と猪川少佐と山本大尉、お騒がせトリオのタリサ、クリスカ、イーニァの三人、さらに彼女たちの上官であるイーダル小隊指揮官のサンダーク中尉とアルゴス小隊指揮官のドーゥル中尉に篁中尉、そしてアルゴス小隊のメンバーたち3人にローウェル軍曹……とまあここまでは事情を考慮すれば普通にあり得る顔ぶれなのだが、それに加えて予想外の豪華(?)な顔ぶれが揃っていたりするんですよ。

まずはこの基地の重鎮であり、プロミネンス計画の責任者でもあるクラウス・ハルトウィック大佐、そしてお伴は大佐の秘書官さんとフーバー少佐、更に本日のスペシャルゲストとして合衆国海軍のトップであり大統領の片腕ともいうべき人物、ベイツ提督がいらっしゃってます。

……どこで噂を聞きつけたかは知らんが、この野次馬オヤジたちは我々がこの店にタリサ君と紅の姉妹の計3人を連れて来た時には既に来店しておられたのですよ。
 
 
物好きなオッサンたちだなあ…まったく。
 
 
「貴様が言えた義理か?」

…だから心を読まないで下さいよ少佐殿。

「なら少しは表情を読まれんようにする事だ」

…善処します。
 
 
 
さて、私が彼女たち三人をこの店に連れて来たのには理由がある。

本日の騒動を起こした事に対する「形式的な懲罰」を彼女たちに科すためだ。

サンダーク中尉やドーゥル中尉は部下の処分は自分たちに任せて欲しいと言って来たが、流石に他所様の敷地に入り込んで暴れた彼女たちをはいそうですかとタダで返す訳にもいかないし、こちらで「厳重な処分」を下したりあるいは正式な軍事裁判等を行ったらそれこそ面倒な話になってしまうんだよね。

そこでまあ、本人達の上司(と言うよりもう保護者と言った方がいいかも)の立会のもとで処分を行った後で彼女たちをそれぞれの部隊に返す…という話になった訳だ。
 
 
…え? 全部お前が仕組んだんだろうがって?

いえいえトンデモナイ、少なくともタリサ君とクリスカが暴れたりしなければ何もするつもりはありませんでしたよ私は……暴れたりしなければね(笑)
 
 
そして今、我々の目の前でその「形式的な懲罰」の一つ目が終わろうとしているのだ。

「……出来た、これでいいんだろ?」(タリサ)

「書けたよ~~~~」(イーニァ)

「…書き上がった」(クリスカ)

うむ、どうやら出来たようだな。

「…モロボシ大尉?」

「何でしょう? サンダーク中尉」

「その…これは一体何なのでしょうか?」

「見ての通り「形式的な懲罰」ですが、それが何か?」

「この…日本の文字の書きとりがですか?」

サンダーク中尉が怪訝そうな顔で聞いてくるが、一体何が不満なのだろう? もっと重い懲罰の方がいいとでも言う気かなこの男は?
 
 
さて説明しよう、今彼女たち三人にやらせていた「懲罰」の内容は私の用意した色紙(各自10枚)にそれぞれ彼女たち自身の名前をひらがなで書き込むというものである。

それぞれ「いーにぁ」、「くりすか」、「たりさ」と書かれた見本に従って同じ物をそれぞれが10枚ずつ書いてもらったのだ。

もちろんこの合計30枚のサイン入り色紙は後日、土管帝国の支援者たちの間で競りにかけられる事になるだろう。

…なに? いくらなんでもアコギ過ぎるんじゃないかって?

あのね皆さん、そうは言っても私だって無限に金や物資が出るポケットを持ってる訳ではないんですよ。

本来私の使命は人類の避難場所を建設する事だけであって、その他の計画に関しては連合や日本政府からの予算は基本的に貰えないのだよ(まあ、難民のための援助物資とかはある程度まで政府の予算がつくけどね)

だからそれ以外の活動に関しては民間からの支援(つまりはヴァルハラにいるような“おとぎばなし”のファンたちによる援助)が無ければ成り立たない。

そして彼らの支援をより多く引き出すためにはそれなりの見返りが必要…という訳だ。

…みんなビンボが悪いんや。
 
 
「ではモロボシ大尉、これでもうよろしいのですか?」

こちらも怪訝そうな顔を隠し切れないドーゥル中尉がそう聞いてくるが、流石にそんな訳ないでしょう? それじゃいくら何でも甘過ぎるだろう。

「いえ中尉、流石にこれだけでは軽過ぎますのでもう一つ罰を与えてからという事になります」

「そうですか…それでもう一つとは?」

「そろそろ出来たかな…? ケイシー!出来たかい?」

私がそう叫ぶと、厨房の中からケイシーが出て来た。

「ああ、そっちのおチビちゃんの分は出来た。 後二人分はもう少しだけ待ってくれ」

「そうか、それではシェスチナ少尉の分だけ先に始めようか」

そう言って私はケイシーから出来上がった料理を受け取って、それをイーニァの前に置いた。

「…何だこれは?」

警戒心全開でクリスカが聞いて来るが……見て解らんのかね君は?

「世間一般においては「カレーライス」と呼ばれる物だが、それがどうかしたかね?」

「…これをどうしろと?」

おいおい…わからんのかよ? まったく、これだから子供の情操教育は疎かにすべきではないのだ。

「もちろん、食べるんだよシェスチナ少尉がこれを」

「ッ…毒など入ってはいないだろうな?」

「心配しなくてもそんな物は入ってないよ、第一それでは「形式的な懲罰」にならないだろう?」

「クリスカ、大丈夫だよ」

「イーニァ?本当に?」

「うん、この人嘘は言ってないから」

「そう…わかった」

不安げな表情を見せるクリスカを宥めてからイーニァは目の前に出されたカレーをスプーンで一口食べる……さて、お味はどうかな?

「お~いしい~~~♪」

うむ、このメニュー『味平ミルクカレー・スペシャル』はどうやら好評のようだな。

…なに、知らない? よろしい、では説明しよう。

元々このカレーは古くから我が国に数多くある洋食カレー屋の中でも代表的な店の一つ、「アジヘイ」のメニューを私がケイシーに頼んで改良した物だ。

本来は日本人の好みに合わせて醤油をたっぷりと使って一晩寝かせるのだが、日本人以外の味覚に合わせるためにそば用のかえしを少しだけ使い、リンゴとミルクで甘味を出していたのに加えてパイナップルを細かくフレークにしたものとドライフルーツのチップを刻んだ物を入れたのだ。

子供の味覚に合わせた程良く辛く、甘く、フルーティーな旨味が出ている一品である。

「イーニァ、大丈夫?」

「うん、とっても美味しいよクリスカ」

「そう、良かった…」

美味しそうにカレーを食べるイーニァを見てクリスカが安心したような顔になるが…さて、今度は君とタリサ君の番だよ、ビーチェノワ少尉?

「ケイシー、出来たかい?」

「ああ…出来たぞ、ダン」

「そうか、では君たちも食べて貰おうかマナンダル少尉にビーチェノワ少尉」
 
 
 
そして目の前に置かれた料理を料理を見た二人の反応は…
 
 
 
「……ッ、何だこれは?」

「…おい、これ何だ? まさかと思うけど…これを食えとか言わねえよな?」

出された料理を一目見たタリサ君とクリスカが私の方を睨むが…まあ無理もないだろうね。

彼女たちの目の前に置かれたのはマグマのように赤黒い色でぐつぐつと煮えたぎる中華料理の一品、「麻婆豆腐(又の名を外道麻婆)」である。

その色、その香り、その熱さ……どう考えても人間の口に入る者だとは思えない代物だ。

ラー油と唐辛子を一体どれだけ使ってどれだけ煮込めばこの色と香りが出るのか…マグマのような色とそこから発する香りだけで目と鼻の中が焼かれるような気分になって来る。

この外道麻婆、元々は我々の世界にある型月区冬木市の老舗中華料理屋で出されていた料理だ。

その常軌を逸した余りの辛さ(痛さとも言う)故にこのメニューを注文する客は二人しかいなかった(いやむしろ二人もいた事が驚きだろう)

私は偶々その二人とは知り合いだったのだが、あの人達はどうしてこんな物を好んで食べていたのか未だに理解出来ずにいる。

もしかしたらこれを食べる事が神の与え給うた試練とでも思っていたのかもしれないけど(実はその二人はどちらも聖職者なのだ)

ちなみに私もかつて好奇心に負けて一度だけこの麻婆を食べてみた事があるのだが…一口食べただけで意識がブラックアウトしそうになった(どこかの川のほとりで向こう岸のお花畑を見ていたような気もする)

その料理を今日の「形式的懲罰」で出すために、知人の“あかいあくま”からレシピを貰っておいたのだ。
 
 
 
「では二人とも食べたまえ」

「なっ…!」「おい!オレたちを殺す気かよ!?」

私の言葉にクリスカは絶句し、タリサ君は抗議して来るが…もちろん却下だ。

「君たち、何か勘違いしているようだがたとえ形式上の物であってもこれは「懲罰」なのだよ? 全く何の苦労もない代物だとでも思っていたのかね?」

「ぐっ…そ、それじゃあそこのチビの食ってる物は何だよ!? 何でそいつだけそんな美味そうなモノ食ってるんだよ!」

そう言ってタリサ君は美味しそうにミルクカレーを食べるイーニァを指差すが…

「ふむ、それに関しては君たち三人が今回の不祥事を起こすにあたって誰の責任が最も重く、誰の責任が軽いかを事情聴取の内容から判断した結果だが?」

「ぐ…」「…」

その一言でタリサ君は沈黙し、クリスカも無言のままだ。

そもそも今回の騒動の原因はクリスカの過剰なまでに排他的な対応とそれに腹を立てたタリサ君のイタズラ心が発端であり、イーニァの場合は結果的に二人の喧嘩(殺し合いになったが)に巻き込まれたに過ぎない。

従ってイーニァの食べる料理にはある程度手心を加えたのだ……というのは勿論建て前に過ぎない。

本当の理由は私自身の身の安全を図るためである。

え…? 何故だって? 考えてもみたまえ、もしもこの地獄の麻婆豆腐をイーニァに食べさせたりしたら並行世界にいる『アノ連中』が私に何をするか……想像しただけで寿命が縮む気がする。

彼らの私情に基づく『教育的指導』という名の制裁(リンチ)を回避するためにはイーニァに食べさせる料理だけは手心を加えない訳にはいかなかったのだ(いやホント、命の危険を感じたし)
 
 
…まあそんな事はどうでもいいとして、まだ料理に手を付けないのかよこの二人は(無理もないけど)

「ビーチェノワ少尉、もし食べられないというのであればシェスチナ少尉と皿を交換しても構わないが?」

「…ッ! その必要はない、これは私が食べる!」

そう言って勇敢にもクリスカはレンゲですくった麻婆を一口食べる……あ、痙攣を始めた。

おそらく今、彼女の口の中では辛さという名の激痛が駆け巡っている事だろう。

「ク、クリスカぁ…大丈夫? わたしのと取りかえる?」

「だ…大丈夫よイーニァ、これは私が食べるから…イーニァはそっちを食べてね」

心配そうに声をかけるイーニァにそう言って、クリスカは更にもう一口麻婆豆腐を食べる。

うんうん、実に麗しい姉妹愛ですなあ……それに引き換えこっちのお子様とその仲間たちは…

「ステラぁ~~~助けてくれよお~~~」

「…ごめんなさい、私にはどうする事も出来ないわ」

「VG~~~~頼むからさあ~~~」

「あ~~~~悪い、オレ中華はダメなんだわ」

「嘘つけテメエ! …ユウヤぁ~~~オマエだけはアタシを見捨てたりしないよな~?」

「チョビ………短い付き合いだったな…」

「…薄情者~~~~~~!!!!!!!」(泣)

可哀想に部隊の仲間たちからも見捨てられたようだ…無理もないか、流石にこの地獄麻婆をタリサ君の代わりに食べようだなんてモノ好きはいないだろうしね。

「ではマナンダル少尉、そろそろ覚悟を決めて貰おうかな?」

「………オボエテヤガレ、コノヤロウ」

恨めしげな捨て台詞を漏らした後、恐る恐る料理を口にしたタリサだったが……
 
 
「Q#&ガ*D¥サ=$?ラ%W<Bキ8E+!!!!!!!!」(ドサッ)
 
 
 
……あ、僅か一口で陥落した。

あまりの辛さに気を失ったタリサ君を仲間たちが慌てて介抱している。

案外耐性が無かったな、この子の故郷やその周辺は辛い物王国ばかりだから少しは持ち堪えると思ったが…やはりこの麻婆だけは別格という事か(考えてみれば恐ろしい食べ物だ)

さて、それではクリスカ君の方は…おお、もうすぐ食べ終えるじゃないか。

「クリスカ、大丈夫?」

「大丈夫よ、もう少しで食べ終わるから…」

イーニァに寄り添われながら必死になって地獄麻婆を食べ続けているよ彼女…頑張るねホント。

「…終わった」

最後の一口を食べ終えたクリスカは疲労した顔ながらも笑顔を浮かべると、力尽きたようにテーブルの上に突っ伏した。

「クリスカ~~~しっかりして~~~~」

イーニァが慌てて彼女にすがりつくが…ふむ、まあこんな所かな?
 
 
「お待たせしましたサンダーク中尉、ドーゥル中尉、これでこちらの処分は終了しましたので後はあなた方にお任せします」

「り…了解しました」「…大尉の寛大な処分に感謝します」

何ともいえないような強張った表情でそう言ったお二方がそれぞれの部下を引き取って店から出て行った。

アルゴス小隊の面々やハルトウィック大佐たちもそれに続き、唯依ちゃんも何か言いたそうな顔をしていたが猪川少佐に無言で制止されて店を出て行く…どうやら少佐殿は明日になってから私の説明(弁解)を聞くつもりのようだ。
 
 
さて、これで今夜は店仕舞い……と思ったらまだ帰らないお客さんがいましたよ。

「ケイシー、提督にお酒と料理を頼む」

「もう出来てるよ、ダン」

残念ながらもう一仕事残っていたようだ。
 
 
 
 
第43話に続く
 
 
 
 
 
 
【おまけ】
 
 
《モロボシさ~ん、スミヨシさんと教授から伝言です~~~》

伝言? 何だって?

《え~とですね~、“GJ! イーニァがカレーを食べている映像を早く送ってくれ!”だそうです~》

あの二人、もう戻れない道に足を……まあいいか。

《それからクリスカ親衛隊の皆さんからですけど~、“もう一回やったらコロス、それとクリスカが悶えている場面の映像を早く!”ですって~~》

…外野はいいよなあ~~勝手な事ばかり言えて。

《あとタリサファンクラブから~…》

どうせクリスカと同じ内容だろ? 同じペナルティにしたんだし。

《それが~、“もう一回やってくれ! 是非見たい!”だそうです~~~~》

タリサ…可哀想な子……
 
 
 
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第43話「カルネアデスの方程式」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2011/09/13 22:22

第43話 「カルネアデスの方程式」


【2001年5月2日 PM 8:00 Sterling Hill 店内】

二人の男がカウンターの前に腰かけ、その目の前でケイシー・ライバックが鮮やかな手つきでシェイカーを振っている。

二人の内の片方、合衆国海軍の司令官であるベイツ提督はタンブラーの中に注がれたバーボンの味を楽しんでいた。

そしてもう一人…今回のベイツ提督のアラスカ訪問の真の目的とも言える男、モロボシ・ダンは静かに笑みを浮かべながらケイシーの振るシェイカーが静止するのを待っていた。
 
 
 
「出来たぞ、ダン」

「ああ、ありがとう……うん、いい味だ」

ケイシーの作ったカクテルを口にしたモロボシは満足気な表情でそう言った。

「どうかね、この男の作る料理と酒は?」

「言う事なしですな提督、素晴しい料理人を紹介して頂いて心から感謝しています」

「そんなつもりではなかったのだがね…まあよかろう、本人も喜んでいるようだし」

そう言って微かに苦笑した後で、ベイツは先程の一件に言及した。

「それにしても中々面白い一幕だったな、あれが君流のペナルティかね?」

「聞き分けのない子供に対する教育を兼ねた罰…といった所でしょうかね」

「子供に対する教育?」

少しだけ顔を顰めてそう言ったモロボシの言葉に興味を示したかのようにベイツは訊ねた。

「ええ、彼女たちは子供です…確かに軍人として、そして衛士としての厳しい訓練に耐え任務をこなす能力と使命感を持ち合わせてはいますが、同時にささいな事で分別のない大げんかを始めてしまう子供でもあるのです」

「分別のない喧嘩…か、それにしてはやや大げさすぎたようだがな」

昼間の一幕の背後に何があるのかをおぼろげながら察していたベイツは皮肉っぽくそう言った。

だがそんなベイツの皮肉にも特に動揺した様子も見せず、モロボシは淡々と続ける。

「彼女たちの軍人としての責任と処罰はそれぞれの上官たちが適切に行えばいいだけの事です。 私がしたのはそれとは別にイタズラの過ぎた子供に大人が下す当たり前のお仕置きが彼女たちには必要だと思ったからなのですよ」

「ふむ…確かに彼女たちはまだ幼い、しかし仮にも軍人である以上は軍規に従うべきだし分別が無いのは子供故などというのは言い訳にしかならんと思うが?」

「そうですね…しかし提督、そんな分別のない…いや、わざと子供にまともな分別も与えずに軍人とすら呼び難い戦闘単位としてのみ扱っているのがこの世界の現状と抱えている問題なのではないでしょうか?」

「……」

「私が彼女たちにした事…大人が子供の喧嘩を叱るという行為が軍の中においては無意味であり、単なる私の自己満足に過ぎないという事は重々承知しています。 だがそれでも、彼女たちにとって…特にあのソ連の姉妹にとっては必要な経験だと思ったのですよ“人間の子供”として大人に罰を与えられるという経験がね」

そう言ったモロボシの顔を興味深げに見詰めながら、ベイツは開戦の口火を切った。
 
 
「面白い男だな君は…空を落とす程の力を持ちながら、自分の身内でもない少女たちの身の上などを気にかけるとは」

「たとえ空を落とし星を砕く程の力を有していたとしても所詮人間は人間でしかありません…その事実を弁えているだけの事ですよ、ベイツ提督」

「ふむ、中々に辛辣な言葉だな…それは我々合衆国に対する忠告と受け取るべきなのかな『観測員』君?」

「あなた方『人類』に対する忠告…と受け取ってもらえれば幸いなのですがね」

そう言ってカクテルグラスを口に運ぶモロボシの横顔を見据たベイツは本題の質問をぶつける。

「……君は何者で、そしてどこからどんな使命を帯びてこの地球に来たのかね?」
 
 
それは微かに…本当に微かな怯えを含んだ声だった。
 
 
「私を送り出した世界がどんな場所か…残念ながらそれを申し上げる訳には参りません、しかし私自身のこの地球における役割についてはお話する事が出来ます」

「…それはどんな役割かね?」

「ベイツ閣下、先程あなたは私の事を『観測員』と(おそらくケイシーから聞いて)呼ばれましたが、本来はそれが私の使命なのですよ…この『地球』の状態を『観測』する事がね。 ですがその観測の結果、間もなくこの星の人類…即ちあなた方が絶滅してしまうであろうという事が判明したため我々の本国で検討した結果、地球の全人類を救助するための『難民キャンプ』を設置する事が決定し、私がその設置と避難誘導の役割を与えられたのです」

「それがあの『シリンダー』なのだな?」

「そうです、あの巨大な土管こそが我々が作ったあなた方人類の避難場所なのですよ」

「むう…」

難しい表情で沈黙したベイツに向かって今度はモロボシが質問する。

「閣下、すでにあの『土管』の中は十分に調査されたと思いますが…如何でしたでしょう?」

モロボシのその質問にほんの僅か逡巡した後、ベイツは口を開いた。

「現在までの調査であの『シリンダー』の中で人類が生存する事は十分に可能だとの結論が出ている。 それだけではなく現在の我々人類の文明や文化を維持し続ける事も出来るだろうとの事だ」
 
 
今から一か月前に突如として太平洋上とL3に現れた『タワー』と『シリンダー』、この謎の巨大構造物を米国と国連の調査団が調べた結果判明した事実…それはL3に浮かぶ『シリンダー』が実に1億人近くの人間を養う事を可能にするスペース・コロニーであり、太平洋上に建てられた『タワー』がそこへ多くの人間や物資を運搬するための足場となる巨大な軌道エレベーターであるという事だった。

現在までの調査の結果L3のコロニーは人間の居住を目的とした都市型コロニーが4つ、農業や畜産の食糧生産・加工を目的としたコロニーが5つ、小惑星から資源を採掘し様々な工業生産を行うための工業コロニーが5つ、そして完全な土管状(つまりはただ巨大なだけの土管)の物が2つという内訳であり、その維持と運営は説明ガイダンスにさえ従えば人類自身に可能との中間報告が出されていた。

そしてもう一つ、太平洋上にある軌道エレベーター『タワー』に関しても同様の調査報告が出された。

これらの報告から導き出される結論…それは地上の人間を『タワー』によって静止衛星軌道まで運び、そこからL3までを現在建造中の宇宙船団を改造してシャトル便として運用すれば最低でも数千万人、コロニーの数さえ足りるならば全人類を宇宙に移住させて新たな生活を開始させる事が可能であるというものであった。

この報告の内容に国連上層部や米国を始めとする各国政府は密かなパニックに陥った。

BETA以外の何者かが地球を訪れ、人類の避難場所と思われる巨大な建造物を作り上げた……そうとしか思えなかったからだ。

そしてその何者かの一員(あるいは手先)と思われる人物が日本帝国から国連軍へ出向し、アラスカのプロミネンス計画に参加する事となった…

当然各国の諜報機関はその男“諸星段”と接触を試みようとしたが、帝国軍と米国政府によって派遣された二人の有名な強面たちがその前に立ちはだかっていたために直接のコンタクトは当面断念せざるを得なかった。

もちろん、いっその事強硬な手段で拉致しようかと考える国や組織が無かった訳ではない。

だがすでにCIAが同じ試みをした挙げ句返り討ちに遭っているという事実が彼らに同じ轍を踏むのではないかという恐れを抱かせ、拉致工作等の強硬手段には出られずにいた。

そのような状況の中、米国大統領の片腕とも言うべき男がアラスカを訪れてモロボシと対面する事となったのである。

そしてそれを知った世界中の諜報機関の関係者(その中には米国の諜報機関もあった)が密かに息を殺して見守る中、この小さな店でベイツとモロボシの対談は行われていた。
 
 
 
「あの『シリンダー』がより多数あれば理屈の上では地球上の全人類を移住させる事も可能だろう…だが、果してそれだけの数のコロニーを君は用意出来るのかね?」

「さすがに今すぐとはいきませんが、時間さえかければ十分に可能です」

「そうか…」
 
 
モロボシの返事にベイツは、安堵とも諦めとも取れるような複雑な溜息を洩らした。

目の前の男が自分たちにもたらした物…『タワー』と『シリンダー』、そして『M-78ファイル』の扱いを巡ってこの一カ月の間、国連や主要各国と米国政府の間では様々な議論が交わされてきた。

その結果まず『タワー』と『シリンダー』に関しては国連上層部と米国政府の調整によって形式上は国連の管理下に置かれ、実質米国航空宇宙軍とAL5が調査と管理を行う事となる。

当初米国はそれらの完全な所有権を主張していたが国連を盾に取った世界各国、殊に国土を失ったユーラシア諸国の強固な要請に譲歩する形となった(米国政府としてもそれは既定路線だったが、完全な独占を主張するAL5派等を説得するためには国連サイドからの圧力を逆に利用する必要があったのだ)

そしてそれらの駆け引きに大きな影響を及ぼしていたのが『M-78ファイル』の存在だった。

G弾によるハイヴ攻略の結果ユーラシア大陸…更には地球全体にどのような事態がもたらされるかを記したこのファイルの存在と内容を知った後方国家の首脳たちは恐怖に震える事となった。

従来、南米やアフリカ諸国は横浜で実証されたG弾の威力をもってすればBETAの駆逐とユーラシアの奪還は容易に可能なのだからすぐにでも(BETAが自分たちの国に押し寄せて来る前に)バビロン戦略を実行に移すべきだとの意見で固まっていた。

だが、このファイルの中に記された未来予想はそんな彼らの都合のいい願望を完全に打ち砕く物だった。

ユーラシア全域でG弾を使用した結果地球全体に重力偏移の影響が及び、南半球の殆んど全てが塩の砂漠と化す…自分たちの願望とは真逆の結果が予想されていたのである。

もしもこの予想が正しければG弾の使用は自分たちを破滅へと導きかねない。

その事に怯えた後方国家群はAL5によるG弾使用論から距離を取り、L3に出現したコロニーを国連管理下においてその運用を検討する主張へと傾いた。

その変節に当然の如く国連や米国内のG弾推進派は激怒したが、周囲の視線が余りにも冷たくなってきた事を察した彼らはひとまず鉾を納めて事態を見守る態度を示すのだった。
 
 
だがその結果見えて来た状況は米国にとって決して都合のいいものではない…いや、むしろ危険過ぎるバランスの上に自分たちが立っているという事実をコルトレーン大統領やベイツ提督は認識せざるを得なかった。

G弾の使用がM-78ファイルの通りの結果を生むとすればそれは米国自身と人類全ての首を絞める結果となるし、だからと言って現時点ではG弾の使用以外にBETAの侵攻を止める有効な手立てが存在する訳でもない……つまりは対BETA戦における決定的な切り札を封じられて手詰まり状態に追い込まれてしまった訳である。

それ故、当然の事としてL3に出現したスペース・コロニーへの期待が湧きあがって来る訳だが、もしも米国のみがこれを独占するような事になれば当然世界中が米国を非難し、敵対的な行動に出るだろう(G弾の使用が逆効果でありBETAに対する切り札が失われたとなれば、地球上に安全な場所などないという事に後方国家も気付くからだ)

だからと言って自分たちが手に入れたコロニーの居住権を国際社会に『公平に』分配出来るかと言えばそれもまた難しいのである。

現時点での居住可能な人数は約1億人程度…余りにも『少ない』人数なのだ。

第5計画の宇宙船移民…この計画における10万人に比べれば実に1000倍の人数ではあるが、そもそも移民計画自体が“万が一人類が滅びた場合の保険”として用意された物であり、大方の予想はG弾の大量投入で人類が勝利するであろうという物だったのだ。
(基本的に反対意見の大多数はG弾の使用によって自国の国土が損なわれるか、あるいは最悪二度と住めなくなるのではという懸念に根ざしており、G弾の使用による人類の勝利自体は大半の人間が疑ってはいなかった)

だがG弾の使用が地球の破滅に繋がるとなれば全く話は違ってくる。

自分たちを滅ぼしかねないような兵器を使用する訳にはいかないが、だからと言って有効な代替案がある訳でもない(基本的にAL4はBETAを“調べる”プランであり“倒す”手段ではなかった)

このままでは何時の日か必ず自分たちの国へもBETAが押し寄せて来る……ならば何処かへ逃げるしかないが宇宙船で宇宙の果てまで行くなど真面目に考えれば無謀すぎる。

何処かいい避難場所がないかと考えていたまさにその瞬間、彼らの目の前に『タワー』と『シリンダー』が現れたのだ。

そして当然の如く世界中の国家がそれらの所有権や移住者の占有権を求めて秘かな争いを始める事になった。

十数億の人類に対して僅か一億の移民権…なまじ自分たちがそれを手に入れてしまったからこそその扱いを誤ればどんな騒ぎになるか、コルトレーンやベイツたち合衆国政府のトップたちは胃が痛くなるようなストレスを感じていた。
 
 
 
「ではモロボシ大尉、君は全人類を収容可能になるまであのコロニーを作り続けるつもりなのかね?」

「はい、基本的にそれが私の使命ですから」

「それで、全ての人類を収容可能になるまでの時間はどれくらいなのかね?」

「そうですね…少なくとも10年は見て頂かないといけないでしょう、流石に13~15億人もの人間を受け入れる訳ですからね」

「むう、10年…か」

モロボシのその答えにベイツは眉間にしわを刻みながら唸った。
 
 
10年…確かに全人類の移民先を建設する時間としては長過ぎるとは言えない、しかしその10年を実際に自分たち人類は持ち堪える事が出来るのか? もしもそれ以前に米国本土にBETAが押し寄せれば、政府としては当然の処置として安全な場所へ(すなわちコロニーに)国民を避難させるしかない。

だが実際にそれを行えば他の国々は黙ってはいない…場合によっては武力による『シリンダー』の奪い合いすら想定される…いや、おそらくは確実にそうなるだろう。 それこそがコルトレーンやベイツが最も恐れている事態だった。

奇跡とも思える形で手に入った新たな世界…だがそれは人類を救うノアの方舟であると同時に世界中の国家と軍が血みどろで奪い合うカルネアデスの板となる可能性も内包していたのだ。

そんなベイツの苦悩を見透かしたかのようにモロボシは自分のカードを切る。
 
 
「ベイツ提督、その10年を持ち堪えるため…いえ、場合によっては私が用意したコロニーに頼らずにあなた方人類が生き延びる可能性も残されていると思いますが?」

「それは君が進めている『XOS計画』と2月に帝国で使用した例の“ゼロ距離爆撃”の事かね?」

「確かにそれもありますがそれらはいわば補完的な手段でしかないし、BETAやハイヴを完全に駆逐する手段としては力不足でしょう。 ですがAL4が確かな成果を上げる事が出来るとしたら…どうでしょう?」

「成程、君が帝国と香月博士に肩入れしている理由はそれか…だがあの計画は本当に実現可能なのかね?」

因果律量子論という余りにも荒唐無稽に思える理論を前提にした計画を、現実主義者のベイツは今一つ信用する気になれないでいた。

「確かに香月博士の理論は常人には理解しがたい内容ですが彼女が本物の天才である事も事実です。 …それに、もし彼女の理論が未完成でもAL4の目的自体は達成する事は決して不可能ではありません」

「…それはつまり君が例のユニットの代替品を用意するという事かね?」

「もしくは代替技術を香月博士に提供するか…まだ決まってはいませんが」

モロボシのその言葉で再びベイツは額にしわを刻み込んだ。

確かに第4計画が成功しBETAとの対話や彼らの正体の解析が進めば現状をひっくり返す事も不可能ではないかも知れないし、XOSや帝国でのゼロ距離爆撃を世界に普及させれば戦況は大幅に好転するだろう…だが問題はそれが他国の主導で行われる事に国内の反発が大き過ぎる事にあった。

(ウォール街のハゲタカ共や財界の金の亡者たち、それにAL5を推進して来た各界の有力者たち…彼らの反発を抑えるにはやはりこの男を我が国に引き入れるしかないか…無論それをやれば面子と宝箱の両方を奪われた帝国の恨みは相当な物になるだろうが…だがしかしこの男を野放しにしておくのも…)

沈思するベイツ提督の横顔を窺いながらモロボシは黙っていた。

まるでそちらの出方次第ですよとでも言うかのように…
 
 
 
「モロボシ大尉…君を我が合衆国政府の主要スタッフに迎えたいと言ったらどうするね?」

暫しの沈黙の後、ベイツは自分の側の札を切った。

「提督、私は既に日本帝国の政威大将軍殿下の臣下としての身分を頂いている立場です…それがそちらの政府にヘッドハンティングされたとなれば両国の間が今以上に気まずくなるでしょう?」

「うむ、確かにそれは我々としても回避したい事態ではある、だが…いや正直に言おう、我々は君という存在を野放しには出来ないのだよ」

「私個人はつまらないただの人間ですよ、あなた方とは違う星に生まれたというだけの…ね」

「たとえそうでも君は現実に世界を動かす力を持っている…余りにも巨大過ぎる力をな」

ベイツの視線がモロボシの顔を射抜くかのように突き刺した。

だがモロボシはその視線を正面から受け止めながら静かに反論する。

「ベイツ提督、私も正直に言わせて頂きますがあなたや大統領が野放しに出来ないと思っているのは私ではないでしょう? それはそこにいる善良なコック志願の男を生身でハイヴに放り込んだりその頭上からG弾を…それも事前通知なしで落とすような連中の方では?」

「………」

「私ごときを取り込んだところで“彼ら”に対する牽制にはならないと思いますが?」

「…ではどうしてもこの話は受けられないと?」

交渉決裂…いや、交渉に移る前に行き詰ってしまったか? そう思い始めたベイツに向かってモロボシが放った次の一言は完全に予想外の物だった。
 
 
 
「そうですな…少なくとも合衆国の安全を確保してからでなくては無理でしょう」
 
 
「…な! なに!?合衆国の安全……!?」
 
 
 
それからモロボシが語った話の内容はベイツ提督とケイシー・ライバックしか知らない…

だがそれから数十分後、『Sterling Hill』から出て来たベイツの顔は穏やかな満足感を湛えた物であり、同時に何処か楽しいイベントを控えてでもいるかのような表情でもあった。

だがそれがどんな理由からであるのかを店の周囲に潜む各国諜報員たちが窺い知る事は出来なかった。

世界がその理由を知るのはモロボシの仕事が全て終了した後の事である。
 
 
 
第44話に続く
 
 
 
 
 
【おまけ】
 
 
「はあ~~~疲れた……」

「いきなりだらけたな、ダン」

「いやさ、どうもああいうお偉いさんの接待ってのは肩が凝ってねえ~~ 私は昔からそういうのが苦手なんだよ」

「オレにはそんな姿を見せても大丈夫なのか?」

「…今更君に気取って見せてどうするんだ? それよりさっきの話に関して言いたい事でもあるんじゃないか?」

「おいおい冗談はよせよ、君や提督みたいに指先一つで世界を動かせる人間のする事にオレみたいな只のコックが何を言えるっていうんだ?」

(…指先一つで人を殺せそうな戦闘のプロがよく言うよ)

「ん? 何か言ったか?」

「いや、何でもないよ…」

「そうか…ならこれでも食べろ、元気が出るつまみだぞ?」

「へえ、これは美味そうなソーセージだな…では頂きま~す…………………!#=nR9$%pTC¥!!@+Rぬ<*こK!!!!!!!………チョリソ~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!

「…辛いか? やっぱり?」

「!!!!な、何でこんな物食わせるんだ!!ケイシー!?」

「いや実はな、それはクラウスに頼まれたんだ。 彼が言うには『イタズラっ子は全員公平に罰を受けるべきだ』という事だったがな」

「ヒ~~ハ~~!!!!」(覚えてろよあのイモ少佐~~~~~!!!!!!)
 
 
 
 
 
 





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第44話「世界は回る、道化は踊る」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2011/09/21 14:04

第44話 「世界は回る、道化は踊る」


【2001年5月3日 AM9:00 アラスカ・ユーコン基地】

「諸君、大変有意義な時間を過ごさせてもらった。 本当にありがとう」

視察を終えてワシントンへと戻るベイツ提督の挨拶にハルトウィック司令が返答する。

「恐縮です閣下、大統領に宜しくお伝え下さい」

「うむ、この基地で行われている様々な開発計画が人類の戦力向上に有益である事はこの目で確認させてもらった。 特にXOS計画に関しては、いずれ我が合衆国海軍からも機体と人員を派遣して試験運用に参加させる事になるだろう」

そのベイツ提督の発言に、見送りに来ていた全員から驚きの声が漏れた。

「それは…実に素晴しいお話です閣下、あなた方が参加して下さればXOS計画のみならずプロミネンス計画全体にも素晴しい刺激と活力を与える事になるでしょう…そうだろう、モロボシ大尉?」

ハルトウィックはそう言って後方に控えていた男…モロボシ・ダンに声をかける。

「はい大佐、これで我々のXOS計画もそしてプロミネンス計画も更なる発展と進歩を遂げる事が出来るでしょう」

「うむ、そうでなくてはな……ところでモロボシ大尉、その口はどうしたのかね?」

ベイツが言ったその口…モロボシの唇は何故か一晩で赤く腫れたように膨らんでいた。

「いや実はですな提督、今朝起きたらこうなっていたのですが…夕べ見た恐ろしい夢のせいでしょうかねえ?」

「ほう? どんな夢かね?」

興味深げに聞くベイツに打ち明け話をするような口調でモロボシは話す。

「それがなんとイモの化け物に襲われて口の中にマスタードやチリを無理矢理詰め込まれる夢でして……いや、まったくどうしてあんな夢を見たんでしょうなあ~~」

「ほほう…それはそれは」

面白そうな顔でベイツは聞いていたが、その場にいた幾人かの視線はベイツやモロボシではなく猪川少佐に向けられていた(ちなみに本人は何処かわざとらしい知らん顔であったが…)
 
 
 
「ところでモロボシ大尉、私の親しい友人が是非君に会いたいと言っているのだが…もし都合がつけばワシントンに足を運んではもらえないだろうか?」
 
 
さりげなく告げられたベイツ提督の一言が、その場にいた全員の心に見えない爆弾となって炸裂した。

だが周囲が固まっている中でモロボシだけはその言葉の意味を理解しているのか怪しいくらいの気楽な口調で答える。

「はい、それでは仕事の方に目途が立った後でよろしければ伺わせて頂きます提督」

「うむ、楽しみにしているよ大尉…では諸君、任務に励んでくれたまえ」

「敬礼!」

ハルトウィックのかけ声で金縛りから解けたように全員が敬礼し、政府専用機に乗るベイツを見送るのだった。
 
 
 
 
 
…やあれやれ、台風一過とはこの事だな。

まあ何とか大統領へのコンタクトも取れそうだし、後はタイミングを見てワシントンに「諸星大尉」…おっと、イモの怪物と唯依姫様の登場だ。

「どうかしましたか猪川少佐、それに篁中尉も」

「どうやら商談が上手くまとまったようだな。 良い値がついたか?」

皮肉っぽい声で少佐がそう言うと唯依ちゃんがなにやら探るような目で我々を見詰める…そんなに見詰められたら照れちゃうな~~(笑)

「いえいえ、商談を行う事が決まっただけで本番はワシントンで…という事になりそうです」

「ふん…それで向こうはどんな値段を貴様につけたのだ?」

おや、そこまでお見通しで…流石は軍情報部のエースですな。

「…オーバルオフィス(ホワイトハウス中枢)に席を一つ用意してくれると仰いました」

「な…!」「…ふん、成る程な」

私のその言葉で唯依ちゃんは絶句し、少佐殿は何処か納得したような顔で頷く……ははあ、どうやらこの人は自分の情報網から『タワー』と『シリンダー』の事を知って、それが私の仕業だと気付いたな?

「諸星大尉…まさか、その…」

あれ? 唯依ちゃんが何だか疑わしげな顔で…ああそう言う事か。

「いやいやご心配なく篁中尉、いくら好条件の話だと言っても今の10倍の量の仕事をこなす自信はありませんからね…その話は丁重にお断りしました」

「あ…いえその、申し訳ありません! 失礼な事を…!」

慌てて唯依ちゃんが謝るけど、別に気にしなくてもいいんだがなあ…

「…だがそれでは『商談』が成立せんのではないか? 向こうは貴様ごと『全て』を手に入れなくては安心出来んのだろう?」

「…全て?」

「ああ篁中尉、今の時点では“まだ”XOS計画やXFJ計画には関係のない話なので適当に聞き流しておいて下さい」

「…はっ! 申し訳ありません!」

本来ならば彼女が係るべきではない案件だが、今回のベイツ提督との会談がここでの任務にどんな影響を与えるかまだ解らない…ならば彼女にもさわり程度の情報は与えておくべきだ。

猪川少佐も同じ考えだからこそ彼女がいるのを承知で際どい話をしているのだし、篁中尉も自分がどういう対応をすべきかは十分承知しているだろう…
 
 
「まあその辺は替わりの条件を提示して説得するつもりですし、どの道このアラスカや帝国での仕事が多すぎてあんな東海岸あたりを拠点にする余裕は今のところありませんしね」

「ふん、まあそういう事にしておくか……ところで諸星大尉、さっきの話に出て来たイモの化け物とは具体的にどんな代物なのかね?」
 
 
…おいおいそっちの件で絡む気かよ、昨日私を酷い目に合わせたのはアンタだろうに。
 
 
「いやあ実はアレは私が考案したテレビ番組用のキャラクターで“ポテトモンスター”略して“ポテモン”というんですがね」

「ほー、そうかね?」

「ええ実は今、帝国動画さんにお願いして子供向けの新番組を……」
 
 
(以下無駄話のため割愛)
 
 
 
 
 
 
【2001年5月4日 日本帝国・帝都城】

「殿下、諸星大尉が米国政府からの招致を受け入れたそうですが?」

政威大将軍の腹心であり斯衛軍第16大隊指揮官の指揮官を務める斑鳩忠輝少佐が悠陽にそう訊ねる。

「はい、先ほど駒太郎を通して本人よりその話を聞きました」

その悠陽の言葉にその場の人間たち(紅蓮・斑鳩・月詠・侍従長)は一様に難しい顔になった。

「…それで殿下、あ奴はどうするつもりだと申したのでしょう?」

「諸星が言うには今帝国とアラスカでの仕事を疎かにしてワシントンを優先するのは後々の禍根となりかねぬ故、米国側には自分がつかずとも大統領たちが安心出来るような手を打つつもりだとの事でした」

「むう、喜ぶべきか憂いるべきか複雑よのう…」

紅蓮の言葉はその場の全員の内心を代弁していた。

確かにモロボシが米国よりも自分たちへの協力を優先すると言ってくれたのは有難いが、それはつまりこの帝国の現状がまだまだ不安定であり自分の協力が必要だと彼が判断した結果でもあるからだ(そして悠陽たちもその事を自覚していた)

「まだまだ…我らの力が不足していると彼の男は判断したのしょうな」

斑鳩少佐のその言葉に月詠真耶と侍従長は唇を噛み締め、悠陽は瞑目して何かを念じるような表情を見せながら自分の思いを口にした。

「今はまだこの悠陽の力も足りず、また帝国も安定には程遠い状況…彼の者の尽力によって少しづつ改善の兆しは見えているとはいえ、そうそう何時までも彼の者の好意に甘える事は許されぬでしょう。 諸星は本来この世の全ての民を救うのが務めなのですから」

「うむ、やはり一日でも早く甲21号を落として国家の安泰と民の安寧を確保する事が大事。 だが厄介な問題が…いや、厄介な者達が立ち塞がりおるのう」

「まったく、立場上声を大きくしては言えませぬが…困った者達ですな」

紅蓮の言葉に斑鳩が苦い表情でそう答える。

彼が声を大きくして言えない理由と困った者たち…それは他でもない彼や悠陽と同じ五摂家とそれに連なる有力武家や公家たちの事であった。

将軍家の復権で悠陽がこの帝国軍と政府を統べる立場になった事でそれをあたかも自分たち自身の復権と勘違いした一部の武家や公家、特に幕藩体制終了までは五摂家の一角を占めていた一條家と二條家が自分たちの権勢を増すべく政・官・軍の各方面に伝手を張り巡らせ始めたのだ。

表向きそれは悠陽に敵対するような物ではなかったが駒太郎たちのハッキングと調査によって、その真意がいずれ悠陽を将軍の座から引きずり下ろして自分たちに都合のいい五摂家の当主を将軍に据え、最終的には煌武院家と斑鳩家を追い落として自分たちが五摂家へ復帰させる腹積もりである事が判明していた…

(今の世にそのような事をして何の意味があるというのですか…この悠陽が復権した理由とて、他に国を纏める手段がなかっただけの事だというのに)

心の中でそう嘆く悠陽であったが、それがあの過去に囚われた者たちには言っても無駄である事も分かっていた。

あの京都防衛戦をきっかけに広がるばかりであった悠陽と斑鳩家を除く他の五摂家との溝は、悠陽が復権した事によってさらに大きな物になっていた…

表向きは悠陽の復権を讃え彼女への忠誠と貢献を確約する彼らではあったが、その心中には“何故この小娘が将軍なのだ”という不満が蓄積していたのである。

それでも流石に五摂家の当主たちはそんな不満を漏らしたり愚かな策謀を巡らせたりはしなかったが、一條、二條を始めとする有力者たちは自分たちの欲を抑えきれずに色々と碌でもない謀りごとに耽っていたのだった。

(元々私を将軍にしたのは政府や軍の在り様と摂家の事情を鑑みての調整の結果…それを行ったのは他でもない自分たち自身でありましょうに。 それがこの悠陽が復権した途端に邪魔者扱いとは…)

彼らの身勝手さに呆れる悠陽ではあったが、だからといって正面切って五摂家やその取り巻きたちと事を構える訳にもいかなかった…今の帝国にそんな愚かな内輪揉めをしている余裕などないのだ。

「諸星は近いうちに一度この帝国に戻るつもりだと言っておりました…同時に今我らの頭を悩ませている問題についても申し述べたき事があると」

「むう…あの男がの」

「ほほう…また何か面白い趣向でも考えたのですかな」

「あの男…一体何をするつもりなのでしょうか?」

「それはまだ解りません…ですがその他にもやらねばならぬ事が多い故、我らの力が必要だとも申しておりました。 無論のことそれがこの帝国の明日に繋がるのであれば、この悠陽は彼の者の献策を受け入れるつもりです」

「「「「はっ!!!!」」」」

モロボシがどんな事を言い出すのか……そこに一抹の不安を抱えながらも紅蓮たちは悠陽を支える決意を新たにしていた。
 
 
 
 
 
 
 
【2001年5月4日 夜 N.Y.・マンハッタン】

米国を代表する高級ホテル、アストリア…その一室に数人の男が集まっていた。

「ふむ、つまりベイツはその男との間に何がしかの協定を結ぶのに成功したという事か?」

「…らしいな、はっきりとした事は分からんがな」

「たかが場末のパブでの会話だろうが、何故盗聴出来なかったのだ?」

「それが何故かどんな手段を使ってもダメだったらしい…無論、他の国の諜報員たちも同じだったようだが」

「それがそのモロボシという男の力…という訳か」

この部屋に集まった男たちは米国産業界の中でも国防総省と深いパイプを持ち、AL5の推進をバックから支えて来た企業のトップたちである。

3年前の明星作戦で前職の大統領にG弾の使用を勧めたのも彼らなら、日本帝国の政治的乗っ取りを(クーデターを利用して)企んでいるのも彼らと合衆国政府や軍の中にいる彼らの友人たちであった。

だがそんな彼らにとって受け入れ難い事態がここ一カ月の間に立て続けに発生していた…
 
 
 
ユーラシア大陸でG弾を大量に使用した結果地球に与えるであろう影響を予測したM-78ファイルの存在。

政治的乗っ取りを画策していた日本帝国における将軍の復権とこれまでの情報工作の無効化。

極めつけは太平洋上とL3に現れた『タワー』と『シリンダー』……

その全てが自分たちのこれまでの苦労を否定し、その方針を変更させようとする物であったからだ。

だがしかし、彼らは別に失望も絶望もしてはいなかった。

事情と状況が変わったのであればそれに合わせて計画を練ればいいのだし、新たに価値のある物が見つかったならばそれを自分たちの物にすればいいだけの事だからだ。
 
 
「例のファイルのせいでアフリカや南米諸国の連中が煩いが…まあ確かにアレが事実であれば無理もなかろうな」

「ほう…認めるのかね? あんな得体の知れんファイルを」

「得体が知れようが知れまいがそんな事は重要ではなかろう? 要はあのファイルの存在を前提にしてこれからの方針を決めればいいだけの事だからな」

「そうだな、いずれにせよあの『タワー』と『シリンダー』を造った男がそのファイルも提供したというのであれば無視する事も出来ないだろう」

「コルトレーンは本気であの『シリンダー』の居住権を国連の分配に委ねるつもりかな?」

「もし…もしもだ、あのファイルの中身が事実だとした場合はあの場所だけが人類にとって安全な生存圏となる訳だな。 それをむざむざ手放すとはどういうつもりかね?」

「各国が一致団結して国連に圧力をかけて来たせいだな…あのタマセが動き廻っていたようだが」

「ふん、3年前の意趣返しか? それとも他に目論見でもあるのかな?」

「あのモロボシという男は表向きはニッポン帝国のロイヤルガードの立場にいる。 おそらく既に帝国とあの男の間にはかなり緊密な協力関係が出来ているのだろう」

「…つまり、もしもわが国があの『シリンダー』を独占した場合は今度は帝国が世界に新たな『シリンダー』を提供し、わが国は世界から孤立する…というシナリオもあり得る訳かな?」

「そしてあのモロボシという男の援助を受けた帝国が、半世紀前の恨みと合わせて我が国に牙を剥くとしたら…」

「さすがに飛躍しすぎではないかな?その発想は」

「3年前の件がなければな、もしも彼らがあの時の恨みをこの国や我々に向けるとしたら…」

「…ではやはりあの国を今のままにしておくのは危険かな?」

「軍やCIAの友人たちもまだ諦めてはいないようだし、ここはもう一度あの国にいる我々に従順な連中に飴玉をしゃぶらせてやるとしようか」

「最悪の場合トーキョーは内乱かBETAの侵攻によって失われるだろうが…我々があの国の新たな首都としてセンダイに新政府を発足させれば問題はないだろう」

「うむ、その場合我々にとって障害となるような者たちはトーキョーと運命を共にしてもらえば最善だな」

「ではその方針を我らが副大統領に伝えておくとしようか、それでいいな諸君?」
 
 
最高のセキュリティーが施されたホテルの一室での会話…それは誰も聞いている筈のない謀議であった…本来ならば。
 
 
 
 
 
 
【同時刻 アラスカ・Sterling Hill店内】

「ケイシ~~~、酒をくれ~~~」

「どうしたダン、随分と難しい顔をしてるじゃないか」

「うん、ちょっと気分が悪くなりそうな話を聞いちゃったんでね…酒でも飲まんとやってられないんだよ」

「…ふうん? ほら、これでいいか?」

「ああ、ありがとう…ところでケイシー、私は近いうちに一度日本に戻る事にしたよ」

「ほう? ここの仕事や提督のお誘いはどうする気だ?」

「XFJ計画とXOS計画はそれぞれ篁中尉や猪川少佐が責任者として立派にやってくれるだろうからしばらくは私がいなくても問題はないよ…それより帝都の方にちょっとやっかいな問題があるし、それを片付けないと提督やそのお友達に会う暇も出来ないんだよ」

「そうか、それじゃ私はどうするかな…一応はアンタの付き人なんだが?」

「そうだな、一緒に来るかい? 日本で君に会わせたい人もいるしね」

「ふうん? 一体誰だ?」

「まあそれは会ってからのお楽しみだよ♪」

「まあいいか…それでアンタは日本に帰って何をする気なんだ?」
 
 
何をする気かと言われてもな……強いて言うなら道化の役かな?

帝国と世界を廻すために踊る道化の役……私の立場はそんな物だろうね。

どうせ碌でもない仕事ならせいぜい楽しく踊るとしよう…
 
 
 
第45話に続く
 
 
 
 
 
【おまけ】

《モロボシさ~ん、型月区から荷物が届いてますよ~~》

「ああ、やっと出来たか…」

《トオサカの嬢ちゃんからのメッセージがついてるで~、“後金を早く送って頂戴!!”やて》

「…まさかと思うけど前金に送った10個の天然宝石をもう使っちゃったのかあの娘は?」

≪そんな物を一体何に使用するのですか? マスター(管理者)≫

「まあ色々とね…」

《それでこっちの大きな荷物はアオザキ事務所さんからですけど~》

「そうか…こっちも出来たか」

《一体なんやねん、こんなデカイ荷物を3つも4つも…》

…それはまだ秘密だよ♪
 
 
 
 



[21206] 設定一覧  8/28 追加しました
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/08/28 17:01

0.最新設定(8.28追加)

フーバー・キッペンベルグ:元ドイツ陸軍の少佐で現在は国連軍に在籍。
優秀な教官でもあり、ハルトウィックの頼みでXOS計画の顧問となるが、本当の役目はモロボシ君のお目付け役(つまりは猪川少佐やライバックさんと同じ)である。
元ネタは『エリア88』のフーバーさん。


山本和彦:帝国軍大尉。 『XOS計画』のために派遣された技官であり、ユーコン基地でXOSに関する作業を直接指揮する人物。
XOS計画においては猪川少佐の直接の部下となる。
元ネタは『湾岸MIDNIGHT』の山本さん。


スターリング・ヒル(Starring Hill):モロボシ君がユーコン基地の歓楽街に開設したお店。
名前の意味は“星が岡”であるが、元ネタは余りにも不遜を極めるので載せません。
表向きは普通のパブだが、奥には和風の茶室(大小二部屋)もある。
何故かその茶室には時々日本美人の幽霊が出て茶を点てる事があるが、その幽霊の正体は…


ウルトラ念力:モロボシ君のメガネにインストールされた秘密兵器ソフトの名前。
その内容はと言えば、ミニコマを端末に使って戦術機の管制システムを乗っ取り、自由に操るハッキングシステムである。
聞き分けのないお子様たち(主にタリサとかクリスカとか)をどうにかするために使われる事が多い。


1.人物設定

モロボシ・ダン:本編の主人公。 未来の『日本』の公務員。 とある理由で左遷が決まり、マブラヴの世界にやって来た。
恒点○測員340号ならぬ『並行基点観測員3401号』として着任。
現地での名前は『諸星段』。
普通の人間(つまり弱い)だがチート技術のおかげで活躍できる。


封木社長:モロボシの会社の社長であり、土管帝国を築くにあたっての“現地協力者”である。
ある意味で身の程を知った常識人であり、家族と会社の将来のためにモロボシを支援する。
ちなみにモデルはエ○ア88のマッコイじいさんの部下のプーキーさん。


仮面衛士1号:仮面衛士1号「鳴海孝之」は改造人間である。 謎の秘密国家『土管帝国』によって生まれ変わった彼は、2人の彼女と人類の未来を守るため今日も戦うのだ。
ちなみに彼が第一部の恋愛原子核担当者(予定)です。
なお、普段の彼の偽名(仮名?)は「利府陣徹」(リフジン・トオル)である。


利府陣徹(リフジン・トオル):仮面衛士1号に付けられた「仮名」である。
帝国軍人としての身分を必要とした為、モロボシの友人が名づけた。
ちなみに出典は「空想科学大戦2」


碓氷鞘香:A-01碓氷中隊の指揮官で大尉。
コールサインはフレイム1
碓氷大尉は暁遥かを基にオリキャラとして設定しました。


大咲真帆:A-01碓氷中隊の衛士で階級は中尉。


御名瀬純:A-01碓氷中隊の衛士で階級は中尉。
利府陣の正体が孝之だと気付いている。
明星作戦以前から孝之に想いを寄せていた。


大咲美帆:本土防衛軍第5師団所属 大崎大隊指揮官 階級は大尉。
機体は94式不知火でコールサインはクーガー1。
A-01の大咲中尉の姉である。
孝之に……?


神田龍一:本土防衛軍“鋼の槍”連隊指揮官、階級は少佐。
機体はF-15J陽炎(X1搭載)


七瀬涼:本土防衛軍“鋼の槍”連隊所属・ハルバート大隊指揮官、階級は大尉。
搭乗する機体は撃震(X1搭載)


日高楓:本土防衛軍“鋼の槍”連隊所属・フレイル大隊指揮官、階級は大尉。
搭乗する機体は撃震(X1搭載)


神谷梢枝:“鋼の槍”連隊CP将校で階級は少尉。


黒木隆之:本土防衛軍“地平線(スカイライン)”連隊所属フラット中隊副隊長(現在は中隊は事実上壊滅して彼一人)階級は中尉。
富永大尉の弟子でX1やX2の有用性に注目している一人。
不知火壱型丙にこだわる男でコールサインはフラット1。
モデルは湾岸ミッ○ナイトの黒木さん。


粳寅満太郎:斯衛軍流山特務大隊所属パイレーツ中隊の衛士で階級は大尉。
挨拶する時でもサングラスを外さない男。
斯衛軍の中でも異色の存在でさらに彼の中隊は事実上の独立愚連隊である。
彼の部隊の衛士達の元ネタは全員“進め!パイレーツ”からです。


富士一平:斯衛軍パイレーツ中隊所属の衛士で階級は中尉。
パイレーツ中隊でおそらく唯一のまともな人間。


沢村真子:斯衛軍パイレーツ中隊所属の衛士で階級は少尉。
能力、性格ともに一見まともだが…


先生(彩峰萩閣):光州作戦において死んでいるはずのところを、土管帝国によって助けられた人物。
帝国の未来を案じて、モロボシに協力を約束する。


大堂賢治:帝国軍大尉。 元彩峰中将の部下で沙霧の同志だが、米国に家族の命を脅かされ彼らの脅迫に屈した男。 自分の裏切りを恥じて自殺を図るが、先生(彩峰中将)の説得で彼の下で働くことになる。


崇宰尚通:五摂家の一つ崇宰家の当主。
悠陽の存在を疎ましく思っていたために、五摂家としての地位回復を目論む一條家と二條家に擦り寄られて悩む人物。


高木中尉:巌谷中佐の部下で戦術機の構造材に精通した技術士官。
モデルは湾岸ミッドナ○トの高木社長。


富永大尉:同じく巌谷中佐の部下で戦術機の管制システム関連の士官。
X1の改良を行なっている。
モデルは湾岸ミッ○ナイトの富永さん。


大田和夫:帝国軍少佐。 相馬原基地を拠点にした『X塾』の事実上のリーダー役。
富永や高木の先輩で巌谷中佐も一目置く技術士官。
元ネタは湾岸ミッドナ○トの太田さん。
ちなみに理香子という娘がいて彼女は横浜基地に勤務しています。


佐々木元:帝国軍中尉。 大田の同期で空力の専門家。あだ名は『ガッちゃん』である。
不知火・魁や吹雪・改の空力方面の調整に力を注ぐ。
元ネタは湾岸ミッ○ナイトのガッちゃん。


山中中尉:大田の部下で『Ⅹ塾』の先頭に立つ技術屋。 衛士の資格も持ち、自分で機体の試験も行う男。
元ネタは湾岸ミ○ドナイトの山中くん。


猪川蔵臼:帝国陸軍少佐。 本来有能な人材なのだが、有能過ぎる能力と独断専行が祟り閑職(表向き)に回されていた男。
実は帝国軍情報部に所属する情報将校。
衛士の資格も持っており、事務から実戦までこなす万能人間。
部下の人数は26人で部下一号から部下二十六号まで番号で呼んでいる。
鎧衣課長の根回しで松鯉商事の仕事を任される。
通称『鋼の蔵臼』または『芋蔵臼』
あだ名で分かるように大の芋好きで、ジャガイモ料理と里芋料理、それから自然薯のとろろの味には特にうるさい。
ちなみに元ネタは青池保子の「エロイカより愛をこめて」に出てくるエーベルバッハ少佐です。


斑鳩忠輝:五摂家の一つ斑鳩家の当主で斯衛軍第16大隊指揮官で階級は少佐。
五摂家の中では悠陽の数少ない味方の一人。
斑鳩少佐の設定は原作を基にしたオリジナルです。


古泉准市郎:日本帝国衆議院議員。
親米派の中では一匹狼で通っている変わり者で、かなりのマキャベリストだが政治手腕は高い。
榊総理から何がしかの依頼を受けて動き出す。
この古泉議員の元ネタは複数ありまして、その一つは…


乃中征二郎:本土防衛軍大将であり帝国軍参謀本部の重鎮の一人。
御前会議で悠陽の失脚を画策するが…


大北藤治:本土防衛軍中将であり統帥派のリーダー格の一人。
悠陽の復権に反発し、何事かを企む。


志田誠一:本土防衛軍大佐。
悠陽の復権で日本の民主主義が脅かされるのではないかと心配する男。


マッコイ爺さん:封木社長の元いた会社の主で世界中の戦地へ物資を届ける武器商人。
社長の紹介でモロボシに便宜を図る。
第5計画をいろんな意味で危険視している。
モデルはもちろんエ○ア88のマッコイ爺さん。


アーネスト・ウォーケン:ウォーケン少佐の父親で米上院議員。
AL5に危惧を抱き、AL4を信用していないためAL計画自体に否定的な人物。
(ウォーケンパパはオリ設定です。)


ロバート・コルトレーン:アメリカ合衆国大統領。
オルタネイティヴ計画同士の対立に悩みながらも自国と世界にとって最善の道を模索する人物。
所謂善人ではないが、前任者と違ってまっとうな政治家である。
国内の第5計画派の暴走と夕呼のヤンチャ(?)に悩まされる可哀想な男。
アーネスト・ウォーケン議員とは友人同士である。
ちなみにモロボシ君の後援者の何人かはこの大統領にメタル●ルフをプレゼントしたがっているが、ハッキリ言って高齢者に属する彼にとてもそんな危険物は与えられないのが残念である。


マイケル・アルフレイド:合衆国副大統領。
第5計画派の代表としてコルトレーン政権に送り込まれた男であり、日本でのクーデター工作や親米派の政治家たちの取り込みを行っている。


ケイシー・ライバック:元米国海軍特殊部隊の指揮官。
明星作戦の直後問題を起こして降格となり戦艦“ミズーリ”でコックとして働いていたが、“ザ・タワー”への潜入作戦に抜擢された事がきっかけで再び戦場に戻ってきた男……の筈が、相手がモロボシ君だったために…
元ネタはもはや言うまでもない『沈黙の戦〇』と『暴走〇急』のライバックさん。


デーヴィッド・ボーマン:米国宇宙軍中尉でAL5の宇宙船建造のためにL3で働く男。
“シリンダー”の出現した時の調査を行い、以後この巨大コロニーで働く事になる。
元ネタはこれまた有名人過ぎる『2001年宇宙の旅』のボーマン船長。


スミス博士:コルトレーン大統領が密かに連絡した秘密組織のトップ。
合衆国が解決不可能な危険に直面した時に秘かに動き出し秘密裏に問題を解決する役割を負った人物である。
元ネタは『デストロイヤー・シリーズ』のスミス博士(日本では映画『レモ・第1の挑戦』で知られていますが、文庫本はすでに絶版…orz)


ジェニー・ホーク:CIA諜報員(本名はまだ不明)
表向きは米国系貿易会社(メイヤーズ社)の重役秘書として仙台支社に勤務している。
沙霧たち烈士にクーデターを起こさせる計画の事実上の現場指揮官。
本土防衛軍や城内省にも内通者を作り、大堂大尉を脅迫して裏切らせたのも彼女である。
コードネームは『ラムダデルタ』である。
元ネタは勿論『ひぐらし&うみねこ』の鷹野三四ことラムダデルタ。


シオン・エルトナム:元エジプトからの留学生で現在は型月区三咲町の路地裏に棲むホームレス。
天才的ハッカーであり、オシリスⅢの開発者でもある。
元ネタはMELTYBLOODのシオンさん。


Dr.アンバー:裏の世界では有名な発明家でシオンの友人でありライバル。
本業は家政婦であり、裏の仕事でお茶目が過ぎると家主にお仕置きされるのだが全く懲りない。
元ネタは勿論TYPE-MOON作品のマジカル・アンバーこと琥珀さん。


“黒豹”:モロボシ君の世界にある日本の型月区・冬木市の老舗呉服店『エイドリ庵』(!)の跡取り娘であり、本名はマキデラ・カエデ。
はっちゃけ現代っ子の割には歴史的な品物に関する鑑定眼では“おせん”の珍品堂並の実力を持つ変り種。
モロボシ君とは世代を超えた悪友であり、彼の頼みでちょっとした悪事を…
ちなみに実家の店の名前は大昔(21世紀初頭まで)は詠鳥庵(エイチョウアン)だったとか…一体何があったのやら。
元ネタはFate作品シリーズ(氷室の〇地含む)のはっちゃけ脇役“穂群の黒豹”こと蒔〇楓。


“あかいあくま”:“黒豹”のクラスメートであり“ブラウニー”の師匠兼支配者(?)で本名はトオサカ・リン。
表向きは名家の一人娘で学業優秀な模範的学生だが、裏では法律で禁止されている未知の領域へと踏み込む科学(?)実験を行っているらしい。
そのために万年金欠病であり、それが理由でモロボシ君の依頼を引き受ける破目になった。
もっともその対価が良質天然物の宝石25個(実験等に必要)だからそう悪い取引ではないようだ。
『尻の毛まで毟り取られた』(モロボシ談)
元ネタは勿論Fate作品シリーズのヒロインの一人、“あかいあくま”こと遠〇凛。


“ブラウニー”:型月区・冬木市に住む贋作師でマキデラの同級生で本名はエミヤ・シロウ。
本人は世のため人のために働く「正義の味方」になりたいらしいが、残念なことに彼のそばにいたのは彩峰中将のような立派な人間ではなく、将来はまともであっても速瀬水月か、下手をすれば香月夕呼のような恐ろしい女になるであろう「あかいあくま」と「黒豹」だったのが運の尽きであった。
モロボシ君の依頼を受けた二人の強制で多くの人命を救うためと自分に言い聞かせながら贋作の刀剣や茶碗や茶壷を作らされる少年…残念な子だ。
元ネタは勿論言うまでもなくFateの主人公で“穂群原のブラウニー”こと衛宮〇郎君です。


ハナガタミ・ツル:モロボシ君の世界における支援者グループの実質的代表で、表の顔は老舗オモチャメーカーの社長である(ちなみに元プロ野球選手)
社員からはバカ社長と呼ばれているが、その理由はいい製品をコストを完全に度外視して作るためである。
さらにそれだけではなく、どう考えても商売にならない無茶苦茶な品物を作ってはモロボシ君に押し付けてくる困った男でもある。
だが同じ呪われた名前を持つ者同士、モロボシくんも邪険に出来ない部分がある。
ちなみに重度の霞萌えに取り憑かれている(もちろん彼の本音は霞を助けて幸せにしてあげる事だけである)
元ネタは『すすめ!パイレーツ!』の花形見鶴。


シオウジ教授:ハナガタミ社長と同じモロボシ君の後援者。
香月夕呼と同レベルの天才科学者であり、鳴海君を復活させたのもこの男の技術があったからである。
モロボシと結託して00ユニットやML機関の改良に力を注ぐ。
(ちなみにこの男も重症の貧乳教徒である)
元ネタは六道神士の『エクセ〇サーガ』に出て来る四王寺教授です。


スミヨシ・ダイキチ:モロボシ君の後援者の一人で友人でもある男。
電脳メガネやそのソフト開発を担当してくれている重要な人物(X1も基本的に彼が組んだ)
口には出さないが霞とイーニァが幸せに暮らせる世界の実現のために寝食を削って頑張る漢である。
元ネタは教授と同じく『エ〇セルサーガ』の住吉大吉くん。


ヨネザワ・マモル:モロボシ君の友人で支援者の一人。
表の職業はなんと警視庁の鑑識職員であり、技術者としても一流(でもオタク)
スミヨシ君とは同好の士だが、ガン〇ムネタではたまに主義主張の相違から険悪になる事もある。
「困ったもんだ」(モロボシ談)
元ネタは『相棒』シリーズから鑑識の米〇さん。


タマモトさん:モロボシ君の世界にいる食道楽仲間で美食ライター。
モロボシ君は彼の導きによって様々な美食の世界を巡り歩いた経験がある。
食の歴史にも詳しい男。
元ネタは『グイ〇・サーガ』で有名な故・栗本薫さんの短編『グルメを料理する十の方法』より。


タンバラ・テツオ:日本民主主義人民共和国の総理。
国会の議席が過半数を割っているために野党との取引を余儀なくされている不幸な政治家。
オルタ世界への救援活動を中止するようにとの要求に国益と人間としての良心から苦悩するが…
キャラのイメージモデルは今は亡き俳優の丹波哲郎さん(大霊界から英霊として召喚させていただきました)


コンラート・へイル:モロボシたちの世界にメビウスコイルをもたらした謎の人物。
彼のもたらした物や知識によってモロボシの世界は破局を回避することが出来た。
モロボシ自身気が付いていないが、この男に憧れ、同じことをしようとしている部分がある。
モデルは花郁悠紀子の「フェネラ」より。



2.戦術機・兵器関連設定

撃震モドキ:TYPE-77“撃震”をモロボシたちの技術でコピーした機体。
機体の構造材を重量が2分の1、強度が2倍の物を使うと云うチート機体。
OSは「X1」を搭載。


撃流:撃震モドキに様々な手を加えて完成した機体の愛称。
OSを「X2」に変更して、更なる軽量化をしている
流れるような機動を可能にしたことから名付けられた。


不知火・魁:撃流の技術を投入した不知火壱型・丙の改良機であり、不知火弐型のベースとなる機体でもある。
次世代に先駆けるという意味で“魁”の名前が付けられた。


武御雷・改型:斯衛軍専用機武御雷を改修した機体。
重量を10%軽くして機体の強度を2倍近くまで引き上げた『折れない刀』である。
従来のA型とC型にとって替わることになるが、実戦ではF型・R型以上の戦力になると思われる。
デザイン的には従来のものよりシンプルになり、その分量産性も向上しているため、年間の生産台数も倍以上に出来る。
整備性や部品の共有化も従来の武御雷とは比べ物にならないほど向上させている。



吹雪・改:撃流の技術を導入することで出来た吹雪の改良機。
従来より30%以上の軽量化と40%の機体剛性の向上がなされた。
また主機の出力も実戦用に高出力の物に変更されている。
不知火・弐型との使い分けや将来の輸出を想定してモロボシが作ったものである。


新型振動探知システム:モロボシの部品供与と夕呼のXOS用CPUによって出来た新しい振動探知システム。
従来よりはるかに広範囲かつ大深度地下まで測定が可能で、地下の内部を映像化して表示出来る。
2001年2月の大侵攻において最も早くそれを察知し、同時に大深度地下に潜む母艦級の存在をも炙り出した。


X1:モロボシが開発した(正しくは“してもらった”)戦術機用のOS。 基本的にはXM3の簡易バージョン(即応性10%UP、キャンセル機能あり)と言える。
XM3にはかなり劣るが、横浜製の技術なしで実現可能なモノである。
後に富永大尉の苦労の甲斐あって先行入力も搭載された。


X2:「X1」をベースに横浜製のCPUを搭載し、先行入力と機体の自律制御システムを大幅に進化させたOS。
また、X2のユニットは大幅な拡張性を持っているため、ソフトウェアのインストールだけで、次期OS X3(つまりXM3)にバージョンアップ可能である。


XOS:「X1」から開発前の「X3」までを含めた新OSの総称。



3.その他諸設定

土管帝国:物語のタイトルであり、主人公の仕事と趣味を兼ねた目的。
絶望的な状況にある人類をBETAと第五計画から救済する目的で作った。(と言うよりでっち上げた)


土管:主人公の所属する役所が作ったセメント構造物、云うまでもなくマンホールとかにつかわれたり、ジャ○アンが空き地でリサイタルをする時に上に乗ったりするアレである。
どうしたらこれを使って人類を救済できるかは…


『シリンダー』:土管帝国の作った“人類の避難場所”である。
基本的には直径10㎞、長さ50㎞の巨大な土管を使用して作られたスペースコロニーである。
ある日突然ラグランジュ点に出現し、その後も定期的に増え続けている。
居住用や工業用、農業用などのコロニーに分類されるが、居住用は基本的に1基のコロニーに2000万以上の人間を収容出来る。


『ザ・タワー』:土管帝国が東経160度付近の太平洋赤道直下に設置した軌道エレベーター。
このタワー、直径30mで高さは静止衛星軌道まで届くという非常識な建築物である。
土管帝国への人類の避難をスムーズに行えるようにモロボシたちが設置した。


メビウスシステム:主人公の世界(時代)に存在するシステムの総称であり、主人公の超人的活躍のタネ(と言うよりもこれがないとなにも出来ない)。
システムの中核をなすのは『メビウスコイル』と呼ばれるユニットで、並行世界の一つである『放電空間』からエネルギーを取り出し、活用することが出来る。
また、並行世界への移動も可能であるが、主人公の世界では法律により厳しく制限されていて、実質移動出来るのは主人公のような公務員だけである。
出典は山田ミネコの「最終戦争」シリーズ。


オシリスⅢ(サード):土管帝国の建設・拡張を遂行するAIの名称。
本来は工事用ロボットのAIとして作成されたのだが、何者かの(国家的?)陰謀により機能が300倍に膨れ上がり、“無限の土管”を作り続ける破綻したAIになってしまった。
モロボシ君が本来片付けなくてはならないのはこのAIだと言ってもいい。
元ネタは勿論メルブラX(路地裏ピラミッドナイト)の“オシリス改”である。


松鯉商事:主人公が帝国内で活動するための拠点となる民間企業。 各方面へ接待攻勢をかけ人脈の拡大と情報収集をはかる。


小鉄:帝都の片隅にある小料理屋。 鎧衣課長や巌谷中佐、たまには紅蓮醍三郎なども訪れる野郎共の隠れ場所。
ちなみに店主の名前は『霧島五郎』である。


タチコマくん:主人公の手足となって働く、自律型AIを搭載したロボット。 元々は軍事用の思考戦車だったがAIのロジックがアレだったために、主人公の元へ廻された。


ジェイムズくん:タチコマくんと同じくモロボシの手伝いをする箱型ロボット。 ちなみに関西弁をしゃべる。


チビコマ:ミニチュア型のタチコマくんであり、モロボシ君が悠陽殿下にプレゼントした特別機。
基本機能はタチコマと同じだが、小さいので人間は収納出来ない。
サイズはR2D2より一回り小さいくらい。
ちなみに悠陽が『駒太郎』という愛称をつけている。
この機体は2機製造されており、2号機は横浜基地で霞の話相手や冥夜の護衛等をこなしている。
ちなみにその2号機の愛称は『駒之介』である。


ミニコマ:タチコマそっくりのマスコット型ロボ。
手のひらサイズではあるが高性能のため、どこぞの蛇にも負けないくらいのスニーキングミッションをこなして見せる優れものである。
タチコマやチビコマのように高性能AIやメビウスは搭載していないが、高性能バッテリーを内蔵し光学迷彩も装備している。
モロボシや悠陽のためにあちこちに潜入して情報を収集するビーピングメカ。


ウサミミの御守り:香月博士がまりもちゃんのために作った霞とお揃いのヘアバンド。
紅の姉妹のリーディングやプロジェクションを防ぐためのアイテム。
これを付けるとまりもちゃんの魅力がアップする(笑)


粛清帳:月詠真耶が所持していると言われる“デスノート”である。
チビコマたちが収集した情報を分析した結果炙り出された裏切り者や売国奴の名前がずらりと並んでいる(らしい)
ちなみにその粛清リストのかなり上位に某コウモリ男の名前があるとか。
「いつか殺す」(月詠真耶・談)


古物要塞「うぎゃあ」:型月区・冬木市の一角にある古物店。
ガラクタ同然の偽物から本物の古信楽の蹲まで様々な骨董品を扱っている。
店番のメガネ美女(実はラ〇ダー)が素人のため、常連客の黒豹にいいようにボられる事が多い。
この店の名前のネタは『氷室の天地』からですが、オリジナルはおそらく『へうげもの』でしょう。


ヴァルハラコンビネーション:モロボシ君の世界の仮想電脳空間にある会員制のサイト。
ハナガタミ社長がモロボシ君を支援するために“おとぎばなし”のファンたちを集めて話を纏め易くするために開設した。
『ここに来るのは筋金入りの(おとぎばなし)フリークス』(某参加者・談)
このサイトで提案、可決された方針がモロボシ君の承認と法的手続きによって“民間からの支援”として彼の活動に反映されている。
名前から気付く人もいるだろうが、最初このサイトの司会者は『化〇語』のツンデレヶ原先輩とそのM奴隷こと神原後輩にやってもらう予定だったが、あの二人にトークなどさせたら間違いなく危険な18禁ゾーンに突入してしまうと作者が判断して中止となりました。


178計画:ヴァルハラに集まったメンバーによって提案された計画だが、現在の所は詳しい内容は不明である。
戦術機開発に関係した物だと思われるが、ガンオタにはバレバ(ry


奥州4783号:モロボシの世界で開発された超多収型米の品種名。
2001年現在のオルタ世界の日本では北陸193号相当の多収穫米が使用されている(と思う)が、さらにその30%増しの収穫が可能で、味もよしと云う優れ物である。
但し、肥料はそれなりにかかるのでいいことばかりではない。
技術は所詮技術であって魔法ではないのだ。


清酒「桜花」:モロボシたちが帝国軍に納入する為に開発した新しい合成清酒。
従来の合成清酒よりも味が良く、辛口を基本としている。


G&B:有名なカレー粉のブランド。
老舗の洋食屋のカレーには必ずと言っていいほどこれが使われている。
G&B社は老舗の英国食品メーカーだが、現在は米国企業である。


火鳥カレー:国産の有名なカレー粉のブランド。
海外ではF&B(エフビー)カレーのブランドで知られている。
洋食屋のカレーの多くはこのカレー粉とG&Bカレー粉のブレンドで作られる。


並行地球群連合:主人公が本来所属する世界。メビウスコイルを手にした人類が荒廃した地球を捨てて無数の並行世界にある人類がいない地球を開拓、
国家や民族ごとに一つずつの地球を手に入れたのち成立した“国際連合”の発展形。
本部は旧地球に置かれている。


日本民主主義人民共和国:主人公の故郷(未来の『日本』)である。 このふざけた国名にもかかわらずちゃんと『天○制』が維持されているからすごい。
ずいぶん前から『国名改正論議』がもたれているが、いまだに何も決められない。(笑)
ちなみに憲法第9条も健在であり、いまだに国軍はなく『人民防衛隊』が存在している。


文明大改革:主人公の日本(日本民主主義人民共和国)の過去に起こった政治思想改革(?)
異常なまでの検閲主義と思想統制で国内に様々な後遺症を残した黒歴史的一幕。(略して“文改”)
第一次と第二次があり、第一次文改の時代に国名を「日本民主主義人民共和国」とした。


文明改革検閲隊:文改時代に文化作品等の取り締まりを行った特別警察隊。
「反社会的」とされたあらゆる媒体、作品を摘発、弾圧を行った。


日共政賛会:正式名称は『日本民主共和主義政治賛同会』である。
文改を推進した政治結社の名前であり、国旗と国名の変更や検閲体制の推進、さらに様々な創作活動の規制と過去の創作作品の「焚書」を実行した。
『漢字名廃止法』の施行を主導したのも彼らである。
後に文改時代の大連立政権の代名詞ともなる。 別名「ネガマル」とも呼ばれる。


ネガマル:第1次「文改」時代に日章旗の絵柄が白地に赤丸から赤地に白丸へと反転したことからこの逆日の丸をネガマルと呼んだ。
なお、この「ネガマル」は文改の終焉と共に元に戻ったが、日共政賛会の党旗として残ったため日共政賛会の別名ともなった。
ちなみにこのネガマルの旗が元の日の丸に戻った理由は政治的な意見と言うよりも、多くの国民が「この旗のデザインて下品でイヤだね」と言ったせいである。
子供の教育にふさわしいのは『裸の王様』が一番かもしれないという逸話である。


漢字名廃止法:第1次「文改」時代の代表的悪法の一つで、国民の姓名表記を全て仮名(カタカナ表記)に変更するとした法律である。
漢字の名字や名前は古い日本の差別的価値観を残しているので、これらを撤廃するのが目的とされているが、施行後は同姓同名の人間が増加したりするなど却って不便さが増したりした。
『漢字名復活法案』などの改正議論もあるが今更変えても返って混乱するとの意見もあり、改正の目途は立っていない。


『戸別に11人いる!』事件:モロボシ君の世界の日本で過去に起こった電脳テロ事件。
文改の世代がおこしたテロ事件としては最大級のものの一つである。
この事件の十数年後、テロの手段として使われた謎の小説『戸別に11人いる!』がベストセラーになり、なぜかそれが「ネガマル」の復権に繋がるという奇妙な事態になった。
元ネタは萩尾望都原作『11人いる!』と攻殻2ndの『個別の11人』の二つからです。


XOS計画:アラスカで行われているプロミネンス計画の一環としてモロボシが提案した計画。
X1やX2のデモを兼ねた試験運用や各国への提供と教導を行うのが主な内容である。
また各国の戦術機部隊の運用データを収集して、X1、2の完成度を高めると同時に次期OSであるX3(XM3)の開発用データも収集する。
帝国軍内でも同様の事が行われているが、相互にデータを利用して戦術機とその運用のレベルアップを図る意図もある。


X塾:帝国軍相馬原基地で行われている帝国軍・斯衛軍・国連軍の共同訓練と試験の別名。
『XOS』計画の日本版であり、事実上のX1の熟成と運用ノウハウ習得の中心でもある。
アラスカとデータを相互に融通することで更なる戦力の向上を図り、甲21号作戦に備えるのが目的。


『東京』:太平洋戦争以前から存続する古い歴史を持つ政治結社。
その成立は近代日本が成立する過程において一度破棄された首都移転計画が発端である。
日本を真の近代国家に変えようという理念の下、帝都を『京』から『東京』(旧江戸)に移そうという計画がかつて存在した。
(リアル日本ではそれがなし崩し的になされたが、公武合体に成功したオルタ世界では失敗したらしい)
彼らはその流れを汲む者達であり、政府、軍部、官僚組織、財界等に独自のネットワークを持っている。
現在は古泉議員がリーダーとなって佐渡島ハイヴを奪還した後の帝都・東京を中心とした日本復興計画を模索すると同時に、将軍復権による政治的バランスの変化を読みながら自分たちの取るべき道を探っている。
元ネタは『ひぐらし』に出て来る『東京』です。(従って彼らもそのうち…)





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