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[29235] とある名家の娘事情1-1
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/10 18:28
第一章


 ある人は言った。
 この世には不思議が溢れている、と。
 そう、この町にも不思議があった。
 
「いってきまーす」
 とある家から少年が勢いよく飛び出した。
 少年の名は多田野(ただの)辰巳(たつみ)。近所の中学校に通う三年生だ。といっても、なりたてだが。
 しかし、辰巳はさきほど勢いよく飛び出したのにも関わらず、足を止めた。その理由は簡単、辰巳の目の前に何かが倒れているからだ。
「・・・・・・は?」
 呆然と立ち尽くす辰巳。これしか言葉が出なかったのだ。玄関の前に何かが倒れていればその理由にしっかりとマッチするだろう。
 倒れているのは少女だ。雰囲気的に美人ではなくあくまで美少女といったところだろう。態勢はうつ伏せで顔は見えないが、かなり可愛い、とちゃっかり心の中で考えている辰巳であった。身長は一四〇前後。髪はどこかの城の天守閣に貼り付けられている金箔のような金色。髪型は単純に緑のゴムで頭の両脇を縛っているツインテールだ。さらに服はこのご時世に似合わないような漆黒色の甲冑を胸、腕、腰、足といった要所にしっかりと装備されていた。
 そんないつ犯されてもおかしくない状況下に置かされている少女を目の前に、
「水が欲しい・・・・・・」
 と、どこからとなく声が聞こえる。
 最初は戸惑い、焦るものの、
「水・・・・・・」
 もう一度聞こえると、辰巳はその声の発生源である場所が分かった。
 そう、倒れている少女からだ。
 辰巳は一瞬一歩後ずさってしまうものの、何とかその場を踏みとどまる。
「み、水か・・・・・・?」
「あ、ああ」
 辰巳は意図を理解し水を持ってくるべく台所へと向かう。途中、辰巳は母に捕まり質問攻めにあったが、そんなものはささっとかわし、その場を乗り切る。
「持って来たぞ」
 どうやら辰巳が水を持ってくるまでに少女は起き上がっていたらしく、顔を押さえていた。目の色は碧眼だった。
(やっぱ可愛いじゃん・・・・・・)
 下心丸出しの辰巳の顔を見て、少女は少し気分が悪いような顔になる。
「誰だ貴様は、あとその気持ちが悪い顔は止めろ。吐き気がする」
 さきほど水を求めた青年――辰巳にそんな嫌味を言った。
「悪かったな、そんな気持ち悪い顔つきで」
 そんな言葉にも打ち負けない精神力を持つ辰巳は軽くあしらい、持って来た水を少女へと渡す。
「ああ、先ほどのは君だったのか。なんだかすまないな」
 さっきの嫌みのことなど微塵も反省していないような口調で、辰巳が持って来た水を受け取り、一気に飲み干す。
「ついでに少年、ご飯なども頂けると有難いんだが・・・・・・」
「飯か? あるにはあるけど朝の残り物だぞ。そんなんでいいのか?」
「いや、いただけるだけでいいのだが」
 そ、そうか、と確認を取ると、辰巳はまた家の中へと入り、母に朝の残り物でいいから出してくれと頼んだところ、良心溢れる辰巳の母は快く了承してくれた。
 外に出て、許可が出たことを言いに行こうと戻ったら、『歩けないからそこまでおんぶしていけ』とご命令が出た。
(まあ可愛いし、少しは我慢するか・・・・・・)
 また下心丸出しで甲冑姿の少女を背負い、台所へと向かった。
 向かおうと歩き出した時、ふっと少女の髪が辰巳の顔の目の前に落ちた。
(ぬお! なんだこいつ、髪めっちゃ良い匂いしてやがるぞ!? いや、待て俺! 正気を保つんだ)
 二度三度深呼吸して、心を入れ替え、話題を変えるべく、辰巳は頭をフル回転させる。しかし、こういうときに考えられる話題などたかが知れていた。
「あの――」
「なんだ? つまらんことは話すなよ。時間の無駄だ」
 酷い言われ方だな、と辰巳は思いながらも話題をだした。
「重いっすね」
 この時辰巳は甲冑の方を言ったつもりなのだが、どうやら少女は体重の方と受け取ってしまったらしく、顔を地平線に沈む太陽のように真っ赤にさせてブルブルとエネルギーを蓄える。
「――で悪かったな」
「へ?」
「重くて悪かったな!!」
「ば、ばか! こんなトコで暴れん――おわあああ!?」
 ドスン、という効果音が合うくらいに派手に倒れた辰巳と少女。
「いてててって――」
 ぶつけた前頭部を擦りながら起き上がろうとする。しかし、起き上がれない。辰巳は疑問に思い、首だけ動かし後ろを見る。
 そこには馬乗り状態で少女が乗っていた。
 少女はまだ頭を擦り、うずくまっていた。だが、そんな事はいつまでも続かず、頭を擦り終えた少女は、この状況を見て目を丸くした。
「な、何をしているのだ貴様は!!」
 言いながら、少女はバッ! と起き上がる。
「この――」
 体をブルブル震わせて、
「破廉恥野郎が!!」
 渾身の力であろう右ストレートパンチ(漆黒色の鋼鉄製ガントレット付き)が辰巳の後頭部に炸裂する。
 しかし、案外痛くなかったのが辰巳にとって幸いだったろう。だが、ここで『痛くない』と言ってしまったら面倒なことになる、と考えた辰巳は一瞬の判断で演技をすることにした。
「いてえええええ! テメーいきなり何しやがるんだ!?」
 もう一度言っておこう。これは演技である。
 少女は腰に備え付けていた剣を抜き、辰巳に突きつけた。
 グレートソード。
 平均的長さは一〇〇から一八〇センチメートルもする太刀だ。そのため、取り扱い方が太刀さばきというより槍に近い形で使われる。しかし、これはさっき説明したものとは違い、見た目はグレートソードに近いのだが、長さは約八〇センチメートルといったところだろう。多分、この小柄な少女に合わせて造られたのかもしれない。
「お、おい!? 何だその剣は! 待て、不可抗力だああああ!!」
 ズサササッ! とごくごくその辺にいる少年、辰巳は尻をこすりながらも後ろへと退避する。
「戯言を申すな! どんな理由であれ、この私に屈辱を抱かせたことを後悔するんだな」
 フフフフフ、と不気味な笑みを浮かべる甲冑姿の美少女。
「ちょ、お前表情がない!? って、待て! いいからその剣で俺を団子四兄弟状態にしようとすんな! 不可抗力だって言ったろ!」
 しかし、そんな反抗は今の少女には通用するはずがなかった。
「ふん、せいぜい神に懺悔でもするんだな。ま、貴様は毎日お祈りらしき儀式もやっていないようだが」
「何言ってんだ・・・・・・? 分かった!」
 ポン、と手を叩く。
「何が分かったというのだ?」
「お前、腹へってっからそんなイライラしてんだな?」
「な、ち、違うわ!!」
辰巳に突きつけていた剣を一気に振り上げ、上へと上げる。
 少女は一本八〇センチメートルほどの長さのグレートソード軽々と上へ持ち上げ、剣を掲げる。きっとその剣も三キロ以上はあるかもしれないのに、だ。女性の喜捨な腕で三キロというのはそれほどの重さではないが、この幼そうに見える喜捨な腕で三キロというのは結構な重さだろう。しかも、掲げているのは剣だ。ただでさえ安定しない物体を上げ続けるのは重労働なはずだ。
 すると、少女が掲げた剣が途端に青白く輝き始める。
「我、汝との契約を尊敬し、汝に我が魂を授けた。その見返りとして汝の力を我に分け与えよ! 魔術詠唱第二六章、『ウィル・オー・ウィスプの輝き』!」
 瞬間、剣全体に広がっていた青白い光が剣先の一点に集中する。
「おもいしれえええええ!!」
 そして、一気に振り下ろすと思ったのか、辰巳は無駄だと分かっていながらも、腕でかばおうと顔の前に出す。
 それに対し、少女は、剣を振り下ろすことなく、そのままの構えでいた。
 途端。

 剣先に溜まっていた青白い光がレーザー光線のごとく剣から辰巳に向かって解き放たれた。




[29235] とある名家の娘事情1-2
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/10 18:29
 しかし、痛みは無かった。
 あるのはただ無情にも過ぎていく時間のみ。しばらくたっても何の変化も起きないため、辰巳は思い切って目を開けた。
 そこには――
「なぜ、なぜ当たっていない?」
 驚いている少女だけだった。
 達也は疑問に思う。
(何が・・・・・・?)
 思わずあたりを見回すために首を動かす。
 ふと、右を向いた時、辰巳の目には玄関のタイルが黒こげになっている箇所が飛びこんできた。
「――ッ!?」
 直感だけで、考えることも必要なしで分かった。

コイツは普通じゃない。

さらに追撃を受ける、と思った辰巳だったが、少女がとった行動は真逆だった。
「チ! まあいい。それより、ご飯を頂けるかな?」
 下げた剣を腰に備え付けている鞘に戻すと、少女はそのまま辰巳を見下ろした。
 しかし、辰巳的にはこんな場合じゃなかった。
 ふざけんじゃねえ! の一言でも言いたい気分、状況なのだが、今そんなことを言ってしまったら人生が終わってしまう。
 つまり、
 今ここでは少女には逆らわない方がいいということが辰巳の中で結論付けられた。
 そういうことで、案内することになったのだが、もうおんぶをする必要は無いらしく、少女は普通に立っていた。
 台所は玄関を上がり、そのまま真っすぐ行った所にある。そこに、四人がけの木製のテーブルが設置されていた。
 どうやらもう既に、先ほどの事情を聞いていた辰巳の母は、台所にて調理を開始していた。
「母さん、連れて来たけど」
 背後を警戒しながら辰巳は言う。
「ん? あらそう。じゃあ座ってるといいわ」
 後ろにいる少女のことはスルーで、母は席を勧めた。
「ではお言葉に甘えて」
 言葉通り、少女は席へと座った。
 さすがに辰巳にあんなことをさせた相手だ。母をあんな危険要素満載な美少女さんと二人きりでいさせるなんて到底出来るわけがなかったみたいで、辰巳はその少女の反対側の席を取った。
 幸運なことに、まだ学校までに時間はあった。
 しばらくすると、料理を持った辰巳の母が辰巳たちがいるテーブルへとやってきた。
「ごめんね、こんなつまらないものしかなくて・・・・・・」
 本当に申し訳なさそうな顔をする辰巳の母。
(いや母さん、こんな得体の知れない服装をしたヤツに料理を出してやるだけでものすごいことだぞ)
 対して、辰巳は少女のことを警戒していた。
「いえいえ、そんな。頂けるだけで有難い事ですよ」
 料理を受け取った少女は、目をキラキラ輝かせながら料理を受け取る。
 母は辰巳の隣の席に座り、
「(どうしてあんなのに料理上げるんだよ)」
 少女が母の持って来た料理にがッついているうちに、辰巳は母に小声で言った。
「(あら、あなたがここに連れて来たって事は、それなりに信頼できる人なのでしょう? だから、よ)」
(いや、連れて来たっていうよりは、あんな事をされて強制的に連れてこされたというのが正しいんだけど、何か変な事もあったし、どうせ信じてもらえねーだろうし。はあ、今日の運勢最高だったのに、逆じゃねえか)
 はあ、と溜息をついた辰巳。
「そういやあ、名前は?」
 味噌汁を飲んでいる少女に辰巳は尋ねた。
 まあこんな状況で聞くのは危険を伴うだろう。しかし、そんな危険を冒しても聞かねばならない事が少しならずあるのだ。
「ん? 名前か? 私の名前はコロスーゾ=ヴァルキリーだ」



[29235] とある名家の娘事情1-3
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/13 09:15
 瞬間、辰巳の頭の中で危険信号が発していた。
(いや、今何か変な単語混じってなかったか!? もしかして日本語ではそういう意味なのかもしれないけど、別の国では違う意味ってことか? どっちにしろ危ないな。名前を付けた親の気がしれねーぜ)
 内心、冷や汗をかきまくっているのだが、まずはこの少女の名前が分かっただけよしとしよう、と勝手に結論を出す。
「いや失敬。噛んだ。正しくはセラフィーナ=ヴァルキリーだ。まあなんだ。長いからセラフィとでも呼べばいいだろう。こちらはそんな気にしておらんからな」
 間違えるな!! と辰巳は叫び、名前に関する疑問は消え去った。
 言い得終えると、セラフィと名乗る少女は終盤の野菜炒めへと箸を伸ばしていた。
 しかし、まだ大いなる疑問が他にあった。辰巳はその疑問点を探すべく、頭をエンジンのようにフル回転させ――る必要は無かった。
 それは、服装だ。どう見たっておかしいこの服装。
 漆黒色の甲冑に、胸、腕、腰、足といった重要な所にしか着物をつけていないのだ。そんなの、誰もが疑問に思うべき事だろう。
「それで、セラフィさん、でいいんだっけ?」
「いや、呼び捨てでいい」
「・・・・・・セラフィ、何でそんなその――」
 動かしかけた口を一旦止める。言いにくい、と考える。何でそんな格好してんだ? と聞けるわけがない。そんな事が平気で聞ける方がおかしい。いわいる無神経というやつだ。
「何だ? そんないちいち言葉を区切るな。こちらとしても何だかイライラするんでな。何でも聞いていいぞ。こちらとしてもやはりその方がいい」
「じゃあ聞くけど、何でそんな服装なんだ?」
(まさかコスプレなんて事じゃあるまいし)
 その質問に、セラフィは躊躇することなく、
「ああ、何だその程度の事か。私はてっきり貴様が私の事を変な目で見てその辺のホテルにでも連れて行ってあんなことやこんなことをさせるための口実でも言うんだと思っていたのだが」
 言った瞬間、辰巳の母の見つめる目が肌身も凍るほど冷たくなった。
「そして――」
「分かったもういいから、俺が聞きたかったのはその程度のくだらないことですから。もうそれ以上何もいわないで!」
 泣きつく辰巳。なんだか一方的にやられているように見える。
「そうか、ならやめよう」
 言うと、セラフィは野菜炒めを食べ終え、お茶をすすっていた。
「この服についてだったな」
 お茶を飲みえ、ようやくセラフィは先ほど辰巳に聞かれた質問の回答にようやく着手した。
「これはその、英国騎士団の制服兼戦闘服というのだがな、決して、コスプレというような不純な目的のために作られたのではないぞ。ただ、英国騎士団の団長がこういう特殊な趣味を持った人であって、私が独自に制作したものではないっ! 決してだ!」
 顔を青森産のリンゴのように真っ赤にさせたセラフィ。
(貴様、今世界中のコスプレイヤーの人たちを全否定したぞ!?)
 心の中では絶叫しているのだが、辰巳はそういう風な趣味は持ち合わせていない。
「てか、何だ? 英国騎士団って・・・・・・?」
 真っ赤な顔を深呼吸で落ち着かせ、セラフィは答えた。
「ふむ、英国騎士団というものは、主に世界のバランス、つまり平和を乱さぬように世界の裏で暗躍する組織であって、その行動範囲は全世界にも上っている。そのため、世界にさまざまなパイプも築き上げている。まあ、主な活動を大雑把に言ってしまえばこんなものだ」
「裏でって、警察みたいなもんか? 例えるならアメリカの『CIA』とか『FBI』みたいなさあ――」
 まあそんなの当たり前か、と思って答えた辰巳だったのだが、セラフィの顔色が突然射生き生きした感じになった。
「ふん、そんな表(そっち)の小規模な組織と一緒にされては少し困る。『CIA』などという極小規模範囲でしか活動できない組織とな・・・・・・」
(また言っちゃったよコイツ。全世界の『CIA』『FBI』で働いている人の事全否定しちっまたよ!!)
 また、心の中で絶叫している辰巳。
 しかし、そんな辰巳のことなどお構いなしに、セラフィは話を続ける。
「それで、この頃妙な組織が現れたのだ。大抵の事ならすぐにかたがつく。しかし、この組織はそうはいかないのだ。私もよくはその組織については知らない。私は下っ端に近い存在だからな」
 妙な組織。英国騎士団は、大抵の事ならすぐにかたがつく、とセラフィは言っていた。その大抵のことと言うのはテロリストの即殲滅。盗まれた絵画作品の回収といった、そう簡単にはいかない事柄ばかりだ。テロリストの殲滅といっても作戦という名のトラップを二重三重と仕掛け、突入し、殲滅ではなく、指令を受けたら即出動し、あっさりと殲滅するということでの事で、だ。
 そんな凶悪なテロリストをもあっさり殲滅させるような組織が、そう簡単には行かない、と断言しているのだ。
「じゃあ、お前はその組織を追って、ここまで来たってことなのか?」
「いや、そうであるのだが――」
 質問に言葉を濁すセラフィ。
「ってことは、朝お前が倒れていたのはその組織に追われて、やられたというのか?」
 つまり、それはこう解釈することもできる。
 朝何時に襲撃されたのかまでは定かではないが(朝かも分からないが)、まず、セラフィが襲われたというとすると、ここ近辺でということになるだろう。さすがに襲われた状態で何キロも歩くことは無理がある。となると、やはり、ここ近辺で襲撃されたということに間違いは無いだろう。
 つまり、
 まだこの近くにその襲撃者がいるということになるのだ。
 しかし、襲撃されたと仮定したとしても、その当人であるセラフィに襲われたような外傷は見当たらなかった。
「いや、確かに、襲われたと解釈するなら、そういう考えも浮かぶであろうな。だが、違う」
 セラフィは辰巳の発言を否定し、自信満々の表情を顔に浮かべ、こう言った。
「私は英国騎士団から給付される今月の金をすべて使い果たし、挙句の果て、今月の食費が無くなってしまったのだッ!!」
(ようはただ単に最初調子こいて金を使いすぎたってとこか、まあ簡単に言うとドジったってことだな)
 思った途端、
「まあそういうことだ」
 辰巳は口を開いていないのに、セラフィがまるで辰巳の心を読み取ったかのように言った。
 辰巳の母は、『何でこの子独り言言ってるんだろう?』といった感じの表情になり、辰巳は内心疑問符がたくさんでて、訳が分からなくなっていた。
(つーか今心の中読んだ? でも、そんなの本当にありえんのか? もしかすると、ただ自分で考えていた事が口に出て偶然被ったってことも――)
「それはないな。私は確かに貴様の心の中を読んだ」
 即答だった。
 セラフィは食事を食べ終え、腕を組んで言ったのだ。
「まあこれは私たちにとってごくごく当たり前の技術だ。そんな驚くことは無い」
(いや、当たり前の技術って、そんなの――)
 思わず顔を苦くする。
「え? ちょっと、たっちゃん、さっきからどうしたの? 顔色悪いわよ?」
 たっちゃんとは家族内の愛称だろう。そこに、嫌味度マックスの顔色になったセラフィが会話に入り込んでくる。
「ふん」
 鼻先で笑った。
 嫌な奴だ、と思う辰巳。
 人生そんなもんだ。
 顔を真っ赤にさせ、俯いていると、
「私はこれで失礼させてもらう。おいしいご飯すまなかったな」
 言い、もう一度辰巳のことを見た。
「たっちゃん・・・・・・くっ!」
 また笑った。
 立ち上がり、出て行こうとするセラフィ。
(早く行っちまえ)
 と、辰巳は心の中で念じていた。
 しかし、セラフィは一旦ドアの前で立ち止まった。
「(いかん、つい末端の情報であっても一般社会には流してはいけないのであったな)」
 小声でゴニョゴニョ言っているが、少し距離があるため、聞こえなかった。
「すまぬがちょっと二方に礼がしたいんでな、少し頭をこちらに出してくれはせんか?」
 特に断る理由が見つからなかった辰巳とその母。言われたとおりに頭を少し前に出す。セラフィはこちらに近づき、両手を辰巳たちのおでこにかざした。
 瞬間、
「な――ッ!?」
 グラリと辰巳と母の体がふらつき、倒れた。そのまま、辰巳たちの意識が暗闇へと消えていく。
(一体、何が――?)
 辰巳の意識は消えた。



[29235] とある名家の娘事情2-2
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/14 21:45
     2

 セラフィは商店街の道を歩いている。
(ここにもいないか。一体どこにいるというのだ、魔王は。大体、その組織の全貌も掴めていないのだろう。なのに、探す必要などあるのか?)
 言っていたあの組織とは、朝辰巳たちに言っていた英国騎士団がいま騒いでいるという組織の事だろう。
(にしても・・・・・・)
セラフィは自分の服装を見た。
 全身が漆黒色の甲冑で覆われている。といっても、隙間なくというわけではない。胸、腕、腰、脚といった戦闘において最優先して守らなければいけないような箇所に甲冑が装備されている。『なぜ頭は付けていないんだ?』という事には、きっと戦闘において、やはり、全身に装備していると、重く、邪魔になるからだろう。そうなのか、胸などに装備された甲冑も、極端に小さく、そのせいで肌が大いに露出していた。
 きっと、セラフィが気にしていたのはこの事だろう。
(さて、ここにも魔王はいない。出るか)
 町の人たちが気づかないのは、セラフィが『無色の掛布(スケルトンカーテン)』を使っているからだ。『無色の掛布(スケルトンカーテン)』とは、魔法の一種で、魔力によって自分の姿を外部から見えないようにする魔法だ。さらに、内部から外部への音も遮断する。
 そんな魔法を使っている為、人が横を通っても気づかれない。
 さてと、と言い、セラフィは町を出ようと、一歩踏み出した瞬間、セラフィにとてつもない魔力の重圧が襲いかかる。
「な――ッ!?」
 突然の出来事に、しばらく思考が停止した。
(何だこの魔力は、こんなことがありえるのか?)
 進めた足を一旦止め、考える。
(もしかして、これが魔王なのか!? それなら説明がつくかもしれない。英国騎士団という一国にも等しい組織から逃れているのだ。これほどの魔力を持つ者がいたとしても不思議ではない)
 冷や汗を流しながら、セラフィは考える。
(それで、だとするなら、これは確認しなければ。出来ればこんなことはしたくはないのだが、仕方がない。英国騎士団という組織に加入あいている以上、その組織の目的に沿って行動しなければならないしな)
 魔力の重圧に押されている足に無理矢理力を入れる。
 いくら強力な魔力が出ているとはいえ、そこらにいる一介の町人に感知できるようなことはない。あくまで一定以上の実力と知識を有することでようやく魔力を感知できるようになる。
 セラフィは魔力が出ていると思われる場所に向かう。



[29235] とある名家の娘事情2-1
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/13 09:23
第二章

     1

「・・・・・・!!」
 辰巳は家の前の道で意識を取り戻した。
 何も覚えていない、ただ平穏な風景が目の前には広がっていた。しかし、なぜか辰巳の中はモヤモヤとした違和感が残っている。
(そういやあ、学校行かなきゃ・・・・・・)
 そんな違和感もいず知れず、辰巳の頭には『学校に行く』という当たり前の事が浮かんでいた。


 学校に着いた辰巳は教室に入った。
 室内はガヤガヤと騒々しく、どうやらもうすぐ担任の磯部が来るのだろう、と辰巳は適当に考えて席へと向かった。
 窓際の席に着くと、後ろから声がかかった。
「なあ、お前にしちゃあ珍しいな、ショートホームルーム始まる直前に学校に着くなんてよお」
 ふと、声をかけて来たのは幼稚園らいからの付き合いがある葛野。なんだかモテたい時期らしく、髪を週刊誌に載っていたイケメンモデルみたいにセットして、毎日登校している。しかし、その効果は未だに現れない。
「ああ、そういやあそうだな。ま、こんな日もあるさ」
 今は春だというのに結構な暑さに見舞われている足丘市、辰巳は暑さを隠しきれず、ネクタイを緩め、シャツのボタンをあけた。
「そうか、ならいいけど」
 そう言うと、葛野は事前に開いていたであろう教科書とノートに視線を向けた。
 話も終わり、辰巳は急いでショートホームルームの準備を始める。すると、「やっぱ宿題ムズイわ、見せてくれよ」と後ろからの救援要請。
「じゃあ、見せる代わりにジュースな」
 交換条件を出し、宿題を手渡す。
「サンキュー」
 またく、と辰巳は溜息をして、準備を再開する。
 それにしても、まだ違和感が残っている。自分でも分からない、デジャブとでもいうのか、そんな感じのものが残っていた。
「やっぱ分かんねーな」
 独り言を言ったつもりなのに、どうやら声が大きかったらしく、後ろの葛野に聞こえたらしい。
「ん? 解んねー問題でもあんのか? 理科だけなら教えられるぞ。お前は中一のときから理科だけは解ってねーみたいだからな」
 ニヤニヤしながら言ってくる葛野に、辰巳は軽くあしらった。
「ちげーよ。ただ、なんか気になってことがあるもんだから」
「なんだなんだ? ついに恋愛から無縁だったお前に気になる女の子でも出来たのか。そうかそうか、お前も隅にはおけねーな。誰だ? やっぱ委員長の瑛理か? 巨乳派なのか? それとも――」
 声が途切れた。そう知った時、葛野は机にうずくまっていた。
「痛ってーなオイ!! 殴るこたあねーだろーがよー。だいたい、そんなんだからモテねーんだろ」
 余計な事を言ってくる葛野に、辰巳は、
「うっせー。そんな事言ってるお前こそどうなんだ? なんだか週刊誌のモデルの真似してるのか知らねーけどよ、モテてねーだろ。それよりか、昔より悪化してねーか?」
 頭に来たのだのだろうか、辰巳は激怒した。
「な、なななんだと!? 貴様、俺に言ってはならない事を言ったぞ! そんなことはない! 断じてない! あったとしても俺は認めねーぞ、だってこの間だって、女子に声かけられたもんっ! だからそんなの」
「それ、ただからかわれただけじゃないの? どうせ『三年の葛野さんですか? キャー、あれが噂の――』って感じじゃねーの? お前、去年の夏からその髪型だろ?」
「じゃあ、なんだよ『あの噂の』って、カッコいいからの事じゃないの!?」
 ちょっと涙目になりかけている辰巳の友人葛野、ちょっと同情する。
「それはただお前が夏休みデビューしたからだろ。今頃夏休みデビューってないだろ」
 もう目の涙腺が崩壊直前の目になった葛野。しかし、そんなことなど気に留めす、辰巳はさらに追撃をかけた。
「それに、ちょっと髪型変えたくらいじゃモテねーっつうの。まず、お前のファッションセンス、絶対に週刊誌見て決めただろ」
「何で分かったんだ?」
「なあに、簡単なことだ。前は去年からブランド物しか使わなくなっただろ、はら、その筆箱もブランド物。つまり、ブランド物ブランド物って頼り過ぎなんだよ。そのせいか、高いものしか着てなくて、髪と服の一つ一つがあってない。だからだろ」
「そ、そんな――」
 さらに涙目になる葛野、なんだか同情してしまう。
「もういい! そんな話は信じないぞ!! この野郎! よくもこの俺に嘘をつきやがったな。クソが――」
 もう悔しくて悔しくてたまらないのだろうか、葛野は辰巳にたてつく。
「何だと!? 本当のことを言ったまでだ。嘘なんかついてねーぞ!」
 むぬぬぬぬ! と両者一方に引かず闘士を燃やしている。そのせいか、顔と顔との距離が物凄く近い。もうおでこ同士がくっついている。
 その時、
「おーい、ショートホームルーム始めるぞ。みんな席に着け」
 ドアから入ってきたのは担任の磯部。顔は頼りないのだが、胸部の筋肉はモッコリと膨れ上がっており、両腕の上腕二頭筋は小山のごとく大きい。さらに、服装は黒のジャージのズボンに対し、上は吸水性の高いシャツを身にまとっていた。この礒部には、一五歳の時にレスリング日本代表に選ばれかけたとか、ほんの少し前、とある日本一の山で月の輪熊と対峙したとか、何だが恐ろしい噂が後をたたない。まあ、よく生徒指導室に生徒を吊り下げて運んで行くという目撃情報も聞く。
入ってきた磯部は、教室を見渡すと、やけに騒がしい場所を発見した。
「おい、そこ。多田野と葛野、静かにせんか。もうはじまるぞ」
 二人はようやく磯部が入ってきている事に気づくと、ブワ! とすぐさま言い争いを一時中断し、前を向く。逆らうと説教地獄にでもなるのだろうか。
 言い終えた磯部は教壇に出席簿を置くと、
「じゃあ今日は始業式だ。くれぐれも式典中になんか居眠りこくなよ。それと、この後すぐに始業式は始まるから、終わったらすぐに廊下に並ぶように。以上だ」
 目で合図したのだろうか、タイミング良く号令を出したのは委員長の瑛理千智、黒い髪につやのある綺麗なロングヘアー、顔はぱっと見たらすぐに覚えてしまいそうなほど明るい雰囲気を醸し出している。なんだかいつも告白が後を絶たないとか。一回、葛野も告白してみたが、ことごとくフラれたのだとか。
 磯部に言われたとおり、辰巳たちは廊下に並び、出発した。
 向かった先は体育館。『ここは創設以来、一度も手をくわえていない我が校の誇りじゃ』と言うほどである。いたるところに黒ずみやひびが走っていた。
(たく、何が『我が校の誇り』だ。壊れたらお終いじゃねーか)
 ぶつぶつ呟きながら辰巳は指定の位置に腰を下ろすと、床の冷たい温度が布を通して伝わってきた。
(やっぱ、体育館はこういうのはいいよな)
 うんうん、と感心しているうちに、始業式は始まった。
 だいたいこういう式典は暇なものだ。先生方の話や校歌斉唱、校長先生が送る、超暇な対談などなど、そんなものが一般的だ。この足丘市立足丘中学校もそんな一般的始業式をやる中学の一つだ。
 ぼーと過ごしているうちに、始業式は終わった。
 号令担当の先生が声をかけ、みんな立ち上がり、礼をする。
「はあ、やっと終わったよ。暇で仕方ねーや」
 列を離れ、前の方にいた葛野の所まで歩み寄っていた。
「ん? まあそうだけど、暇じゃなかったら何だってんだよ」
 ごもっともな意見が出され、二人で微笑を浮かべた。
 
辰巳は授業中であることを忘れて、下校している後輩たちを見下ろしていた。
(たく、受験なんてもんがなかったら俺らだって帰れたのによ、なんだって午後も授業を受けなきゃ何ねえんだよ)
 溜息をしながら、窓の外を見下ろし、適当に授業をさぼっていた。しかし、そんな安息な時間はそう長くは続かなかった。
「これ、多田野。私の授業より下校中の生徒を見ているほうが楽しいか? お前ら三年はもうすぐ受験だろう。集中せんか」
 ベシベシと教科書で頭を叩いてくる教師、柴原。
「センセー」
 辰巳を叱り終わり、教壇に戻ろうとしているとき、話しかけた。
「何だ多田野」
 声をかけたのは辰巳、素朴な疑問を投げ掛けた。
「何で勉学なんてあるんでしょうね」
「そりゃあ、社会に出たら必要だからだろう。ま、お前も大人になれば分かるだろうよ」
 質問も終わり、立ち去った柴原、また声がかかった。
「センセー、俺もう電車は大人料金です」
 教室中が笑いで埋った。
「あのな、多田野。私が言いたかったのは・・・・・・」
「あーオッケーです。すいません」
 まったく、と柴原は言い残し、授業に戻った。
 その後というものの、やはり、辰巳は授業に集中することは出来なかった。それは、暑い事もあるだろうが、そんなことより、どうもなんだか違和感が残っている事が一番だろう。
 そんなことで今日一日が終わった。
 帰り際、葛野が『カラオケ行こうぜ』と誘ってきたものの、辰巳は軽くあしらい学校を後にした。


 帰宅した辰巳に待ちうけていた試練があった。
 買い物だ。
そんなの昼にいくらでも行く機会があったろうと、反撃した辰巳であったが、『ごめーん、忘れっちゃったのよ、お願いだから行って、ねっ』と手を合わせられ言われたので、さすがの辰巳も断れられずに引き受けてしまったのだ。
(ったく、しかたねーな)
 気を取り戻し、覚悟をすえた辰巳はしぶしぶながらも買い物に行くことになった。
 

 ここら一帯にはスーパーと言えるものが存在しなく、代わりに商店街がある。
 辰巳は頼まれた食材を片手に買い物バック、もう片方にはを持ちながら確認していた。
(えーと・・・・・・人参にじゃがいも、玉ねぎとか。それにウコン、コエンドロ、
こしょうにショウガ、唐辛子。・・・・・・? コエンドロ? なんじゃそれ、そんなもの一体何に使うんだ?)
 せっかく途中までは今晩の夕食のメニューが出来あがっていたのだが、間に変な、聞いた事の無い食材が割り込んだため、瓦解してしまった。
(ま、分かる食材だけ買って、後はいっか)
 結論付けた辰巳は、結局分かる物だけ買うことにした。
 その時、
 視界の隅にふとどこかの城の天守閣を連想させるような綺麗な金色の髪を持った髪がなびいていた。しかし、あんな綺麗な、見たら少し視線を向けてしまってもおかしくないくらに綺麗な髪があるのに、周りの人たちは見向きもしない。それよりか、その存在自体がないような気もする。
 辰巳はすぐにそちらを見た。初めて見るような感覚はない。まるで、一回どこかで会ったような感じがあった。いわいる既視感というやつだろう。
 今までの辰巳ならそんな既視感もなく、ただ、『可愛い』と思っただけで、すぐに買い物に戻るだろう。しかし、今の辰巳には既視感がある。そのせいだろうか、辰巳は足を動かしていた。その見とれてしまうような金色の髪を持つ少女の元へと。
 あの少女が朝からの違和感の謎を握る鍵だと、そう本能が叫んでいる。



[29235] とある名家の娘事情2-3
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/15 12:34
向かった場所は路地裏にあった小さな公園だ。しばらく使われていないのだろうか、遊具の所々に錆が入っている。
 しかし、セラフィはすぐには飛び出さず、物陰に隠れていた。
(落ち着けセラフィーナ=ヴァルキリー。見るだけだ。見たら本部に報告。だから落ち着け)
 小さく深呼吸をした後、ちょっと顔を物陰から出す。
 夕陽に照らされ神秘的雰囲気を醸し出している路地裏の公園に、一人の女性がいた。しかし、普通ではなかった。
容姿は、黒に少し茶色も混じっている髪で、目は少し碧眼寄り。ここまでは至ってそこら辺にいそうなハーフの主婦さんなのだが、
(なんだあの服装は、とんがり帽子にマント?)
 その服装に驚きを隠せないセラフィ。
 すると、
「やっと来たのねぇ。まったく 、お姉さんをこんな日差しの中に長時間放置させておくなんて、女性にとって紫外線は天敵なんだから」
 突如、女性の口が動いた。
「いるのは分かってるの。ほら、そこの物陰に隠れている」
 俯いていた顔を持ち上げ、セラフィのいる方に向ける。
(分かって言っているのか? いいや、そんなはずはない。私は今、『無色の掛布(スケルトンカーテン)』を使っている)
 考えているセラフィにさらに女性から声がかかる。
「バレてないと思ってるでしょう。でも、多分それ、なんつったっけ? そうそう、『無色の掛布(スケルトンカーテン)』ね。それ、魔力を全身に覆って発動させる魔法だから、わたし
みたいなそれを知っている人にやったら魔力を感知されて意味ないわよ。だから、ね」
(分かっているなら仕方ない、か)
 覚悟を決め、セラフィは物陰から出る。
「あら、随分と若いのね。わたしが見てきた中では若い方よ」
「それはどうも。でも、あなたとてそれ相応に若いであろう。それと、あなたは何者だ? 魔王とでも?」
 魔王でなくてもあの魔力を持っているということは、相当の使い手だ、とセラフィは思う。
「まさか、わたしは魔王なんかじゃないわ。わたしはーーそうね、ただ言うのもつまんないし。さて、わたしは一体どこの誰でしょーうか」
 調子良く腰を曲げてセクシーアピール。すると、腕と腕の間にある大きな胸が強調される。
「む・・・・・・」
 少しそれが気になったセラフィは自分の胸を見る。
 ・・・・・・、ない。まな板だ。
 可哀想に。
「ほらほら、早く答えてっ」
「一般人ではないのは解るがーー」
 しばらく考える。しかし、時間が惜しかったようで、女性から答えた。
「残念、時間切れー。正解は」
 ゴクン、と生唾を飲むセラフィ。

「『七人の魔女たち(セブンシスターズ)』でしたー。ちなみに、名前はジョージ・ライリー・スコットです。まあ、ライリーとでも言ってね。よろしくー」




[29235] とある名家の娘事情2-4
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/16 10:16

 こちらに手を振ってくるライリーだが、その言っていた組織の勢力は英国騎士団と同等、とまではいかないが、それに匹敵する。しかし、大勢の人によってではない。組織の名前にもあった七人。その人数によって構成されている。わずか七人で一国にも等しい英国騎士団と匹敵するほどの勢力を持っているのだ。
「な――ッ!?」
 セラフィは驚きを隠せず、思わず一歩後ずさる。
 そんなやつが一体、英国騎士団の末端の私に何のがあるというのだ、とセラフィは疑問に思う。
「そんな驚くことはないわよ。別にわたしはあなたと戦いにきた訳じゃないからね。戦ったって、おもしろくもなんともないから」
 その一言で、セラフィは多少安堵を取り戻した。
「まあ、どうしても戦いたいって言うのなら、やってあげてもいいけど」
 その言葉に一瞬、ビクッ、と肩を震わせたが、『いや・・・・・・』と恐る恐る否定した。
 ところで、本題に戻ろう。なぜ、七人の魔女たち(セブンシスターズ)という巨大勢力の一人が英国騎士団の末端であるセラフィに接触してきたか、ということだ。
 セラフィは英国騎士団内で、『候補者(カデット)』という枠組みに値する。それは、英国騎士団内では末端――つまり、雑用係りというふうにもなる。だから、そんな雑用係りであるセラフィは『魔王捜索』という危険な任務につかされている事はおかしいのだ。したがって、それほどまでに英国騎士団は焦っている、と解釈できる。それだけの時間、その英国騎士団を騒がしている組織は強力かつ隠密機動に特化しているという事になる。長年――とまでいかないが、長い間その組織を捜索している英国騎士団だが、今尚、組織の全貌どころか組織名さえつかめていない。混乱しているのだ、英国騎士団は。そんな中、これだ。末端に巨大勢力の一人が接触してきて、もしかしたらこれを機に、英国騎士団を七人の魔女たち(セブンシスターズ)は英国騎士団を潰そうとしているのかもしれない。もし、潰そうと考えているのなら、とんでもないことになる。英国騎士団は、世界に数多のパイプ、つまり繋がりを持っている。その繋がりは時に世界経済をも影響しかねない。そんな組織を潰してしまったら世界恐慌なんてレベルの問題ではなくなる。それを意味するのは世界の終わりだ。そうなると各国の政治が崩壊する。それほどまでに影響力を持った組織なのだ、英国騎士団は。
「それにしても、英国騎士団もあなたみたいな候補者(カデット)まで捜索に駆り出されるなんて、切羽詰まってるのね」
 ライリーは、近くのビルの壁に立て掛けてあっただろう箒を持つと、セラフィの方へと足を動かした。
「――!!」
 思わず一歩後ずさる。
 無理もない。あんな恐ろしい存在が近くに寄ってくるのだ。怖くなって当たり前。
「ちょっとぉ、別に戦うなんて言ってないのにその反応はないんじゃない? 泣いちゃうわよ」
 ライリーは普通に言っているが、セラフィにとってはそんな場合ではないのだ。どんなに優しく接していても、結局は敵、しかも恐ろしい敵。悠々とした態度でいられるほうがおかしいのだ。
 近くまで寄ったライリーは、持っている箒をクルっと回し、地面に柄の方を叩きつける。タン! と快音が広場に響き渡り、その後しばらく音がなくなる。
「さて、ちょっと時間を使いすぎたようね。今から本題に入るわ」
 今までの目とは対照的にライリーの目は真剣味を帯びていた。
「まあ、別にあなたではなくても良かったんだけど、近くにいたからあなたに言うわ」
「何を・・・・・・?」
「それを今から言うのよ。焦らないで」
 片手で焦るセラフィを抑える。
「さっきね、まあ、さっきって言っても数日前なんだけど、仲間から情報が送られてきたの。で、立場的に下であるわたしが、その情報を英国騎士団の誰かに渡してこい、って命令されて、どうせ本部に持ってっちゃったらそれはそれであなたたちから総攻撃を食らうでしょ? それで、幹部クラスの奴等に渡しに行っても何だかんだでどうせ攻撃食らうし、結局のところ、あなたみたいな下っ腹くらいがちょうどいいのよ。どうせ、一人で行動してんでしょ?」
 はあ、だから英国騎士団みたいな堅苦しい組織は嫌なのよねー、とため息を重く付きながら語るライリー。どうやらいろいろと難関を乗り越えてセラフィを選んだようだ。だがしかし、その事よりもまずセラフィが驚いたのは別だ。ライリーは確かに言っていた。『立場的に下であるわたしが』と。それはつまり、まだまだ上がいるということになる。あの吐き気を感じさせるほどの魔力を持っていながらも、それでも、まだ立場的に下。まったく、本当に、恐ろしい組織だ。
「それで、情報とは?」
 やれやれ、とセラフィの前で呆れ返っているライリーに、セラフィはその行動に終止符を打った。
「ええ、ちょっとした事――ではないわね。まあわたしたちにとってはちょっとしたことだけど、あなたたち英国騎士団にとっては莫大な価値を持つ情報なのは間違いないわね。絶対に。それで、その情報を持ち帰ったあなたは間違いなく出世できる。どう? あなたも早く高いくらいに登り詰めたいんでしょ。だったら、はい、あげるわ。わたしたちが持っていたとしても宝の持ち腐れだもん」
 話終えるとライリーは紫色の奇妙なマントのうちポケットに手を忍び込ませる。
(まさか武器を――ッ!!)
 考えたセラフィは、腰に装備していた全長八〇センチメートルほどの剣の柄に手をさしのべた。
「違う違う、違うわよ。武器なんか持ってないもの。丸腰、大丈夫よ。武器といってもそういうのはこの箒くらいだから」
 ライリーは視線をセラフィから手中にある箒へと向けた。
 ま、せいぜい使えるとしても空を飛ぶことくらいなんだけどね、とこの箒の愚痴を言う。
「それで、これがさっき言った情報」
 止められていた動作を再開するライリー。マントの内ポケットから出てきたのは封筒。A4サイズほどの大きさだ。中に何か入っているのだろうか、少し厚みが感じられる。
「これが英国騎士団にとって莫大な価値を持つ情報だと?」
 受け取ったセラフィは、目の前に巨大勢力の一人がいることも忘れて封筒に視線を落とす。
「そう。あなたも早く出世したいんでしょ?」
 それは当然の気持ちだろう。誰もが出世して偉い立場になって、お金を稼ぎたい、そう考えるのは人間の真理だ。
 が、しかし、セラフィの回答は違った。
「いや、それは無しとしても、この情報は戴いておこう。この組織に加入している以上、目的に沿って行動しばければいけないからな」
 この場の雰囲気に慣れたのだろうか、少し表情が冷静に見える。
「あら、不思議ねえあなた、英国騎士団の輩は全員金にしか興味がないのかと思ってたのに」
「それは少し誤解だな。さすがに皆全員がそういう思考を持っているとは限らない。ま、いないとも言いきれないが・・・・・・」
 封筒に落としていた視線をライリーに向けた。
「さすがにそうよね、謝るわ。で、開けないの? その封筒」
 ライリーは箒を持っていない右手でセラフィが今持っている封筒を指差す。
「いや、これはまず本部提出だろうな。私はあくまで末端の人間、こんな大それた情報など今後目を通すかどうか」
「いいじゃない、別に。言わなければいいだけでしょ? あなた少し真面目なだけじゃない、さっきから見ていると、だから、ほら」
 ビリ! と勢いよく封筒の端を破く。
 セラフィはその光景を見てしばらく唖然とする。
(なぜ、なぜこの人がこの写真に写っている!?これが、本当に真実なのか!?)
 セラフィはなぜ、なぜ故意になかったにせよ、この封筒の中身を見てしまったんだ、と後悔という名の渦で泣き叫ぶ。
 そこに――



[29235] とある名家の娘事情2-5
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/18 19:50

     3

多田野辰巳は裏路地をさらに入った裏路地にあった古びた公園の前の物陰に身を潜めていた。
 辺りは夕陽の光で覆われている。辰巳は母が怒って待っていませんように、と祈っていたかったが、今はそんな状況ではなかった。さきほどあの金髪の少女を追っている途中、いろいろと思い出した。
(いや、朝の事はある程度思い出した。未だに信じられないけど。やっぱドッキリとかじゃねえんだろうな)
 辰巳はあんな非現実的なことをすんなりと受け止めれはしなかった。すんなり信じたはそれで恐ろしい。
 辰巳は勇気を出して物陰から顔を出し 、夕陽色に染まった公園を見る。
 そこにいたのは二人の人影。だが、一人は知っている。朝、辰巳を奇怪な術で攻撃したあの少女だ。
 もう一人は――
(なんだあのコスチュームは。やっぱ何かの番組の撮影だったんじゃねえか? 紫色のマントにとんがり帽子って。いや、でも、スタッフがいねえなあ、もし、これが本当に番組の撮影だったのだとしたら、普通、機材とかが必要なんじゃねえか? そうなればその機材とかを運ぶ人材が必要だ。だとすれば、番組撮影の考えは無しか。って、じゃあ二人組の嫌がらせ行動!? それって犯罪じゃね? くそー、あの野郎騙しやがったな!)
 怒りで思わずビルの壁を叩く。ゴツ、という鈍い音がなった。
 あちらの二方に聞こえても不思議ではない音の大きさだ。
(やべ、聞こえる――!!)
 だいたい、こういう場面では気付かれないのが相場だろう。が、今回は違った。聞こえてしまった、的中してしまったのだ。
 まず、最初に気が付いたのはとんがり帽子を被っている女性だ。帽子から少々茶髪混じりの背中まで届く長さの髪が風に逆らうことなくなびいている。
 女性は辰巳のことを見つけると、すぐ目の前にいる少女――名はセラフィに話しかける。
(やっちたまった。なんかされんぞこれは)
 こう考えた瞬間から辰巳の体中から冷や汗がブワ! と滲み出る。
 ここでバレてしまったとしても、のこのこと出るわけにはいかない。危険だ。例えるなら、お母さんから『知らない人に着いていっちゃだめよ』といって、着いて行ってしまうくらい地味に危険だ。
 話しかけられていた金髪の少女セラフィは、言われるや否や 、こちらに険しい表情を浮かべながら歩みよ寄ってきた。
(もうだめじゃん!)
(いや、ここで逃げたほうがいいのは分かってる。でも、ここで逃げたら男じゃねえ!!)
 心底諦める辰巳。仕方なく物陰から出る。
無駄に男気を出す。
 しかし。
(やっぱ、足の震え止まんねー)
 やはり無駄だ。
「なぜ貴様がここにいる?」
 こちらに近づき、距離が縮まった所で、セラフィは尋ねた。
「なぜ、って着いてきたからに決まってんだろ」
 当たり前で、この質問にマッチする解答だったのだが、セラフィの顔の険しさは変わらない。
「そうではない。私は確かに『無色の掛布(スケルトンカーテン)』を発動させていた。にもかかわらず、着いてきた? ふざけるんじゃない! しかも、なぜ朝消した記憶が戻っている」
 グバッ! とセラフィは辰巳の胸倉をわし掴みする。
「知らねえよそんなこと、第一、それ以外の理由なんてあるわけねえだろ! 記憶については朝から違和感があって疑問に思ってたけどよ、お前を見てから消えたんだよその違和感が」
 辰巳は冷静に答えるが、セラフィは納得できていないような表情のまま、
「そんなはず、あるわけが――」
 少し迷った後、助け舟を求めたのだろう。キョロキョロ首を動かし、誰かを探す。
「ライリー。ちょっとこっちに来てくれ」
 辰巳を掴んでいた手を話すと、ライリーと呼ばれた女性を見、こちらに呼んだ。
「なにぃ? 大体あっちかで聞いてたけど、どういうこと?」
 近づいてきたライリーは、テンポよく箒を回している。
「いや、そんな大それたこと――ではないと思うのだが、少し引っかかってな」
 言い、顎を擦る。
「ん? 確か『何で着いてきた。記憶が戻ってる』って事よね。でも、記憶に関しては分からないわ。だって、もし、その記憶を消したって、かけられて当の本人はその事さえ忘れちゃうんだからね。だから、その答えは単にかけわすれたんじゃない?」
「そんなことは無い。しっかりとやったはずだ」
「だったら、かけ忘れたんじゃない? だって、確認しなかったんでしょ?」
「それはそうだが、大勢力の一人であるあなたがそんな考えでいいのか?」
「いいのよ別に。あんな組織、強けりゃあ入れるんだから」
 辰巳には意味不明の会話を繰り広げているセラフィとライリー。頭が混乱してくる。そのため、辰巳は質問をした。
「すいません。あのー、先ほどから一体何のお話をされているのでしょうか?」
 思わず敬語になってしまう。
「ふーん、本当に分からないの?」尋ねたのはライリー。「あなたの事についてにきまってるでしょう」
「何か俺しました?」
「何って、貴様についてだといっておろう。なにを戯言を」
「貴様についてって、だから、俺、何かした?」
 本当に何が何だか分からない。惚けてもいないし、ふざけてもいない。いたってまじめだ、と辰巳は思う。
 が、しかし、セラフィは徹底的に辰巳に問いかける。
「だから、なぜ着いてこられた私はさっきまで見えなくなる魔法をやっていたんだ。着いてくるなんてことは出来ないはずだ。なのになぜ貴様はここにいる」
「だから、さっきも言っただろ。着いてきたって、よ。それ以外に何かあんのかよ」
 この発言を聞いて、セラフィはカッ、と頭に血が上る。
「ふざけるのもいい加減にしろ!!」
 セラフィは感情に負け、もう一度辰巳の胸倉を掴み、今度はビルの壁まで押して行き、叩きつける。
 ゴッ! という鈍い音が、辰巳の体に痛みを生ませた。
「が――ッ! 何、すんだよ・・・・・・いきなり」
 その言葉も聞かず、セラフィは掴んでいない腕を振り上げ、辰巳へと振り下ろす。
 辰巳はこんな痛みを忘れて目を瞑る。
「覚悟しろ!」



[29235] とある名家の娘事情2-6
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/23 20:12
覚悟しろも糞も無かった。
 痛みが無かったのだ。
 辰巳の体には。
 不思議な事に、数秒たってもなんの変化もない。前と同じまだセラフィに胸倉を掴まれたまま、時間が止まっているようだ。
 辰巳は恐る恐る目を開ける。
 そこにはセラフィの腕があった。目の前に。正面に。止まった腕が。
 しかし、良く見てみると、それはセラフィが故意に止めたものではなかった。
 少し奥にいたライリーの手がセラフィの振り下ろした腕を掴んでいたのだ。
(助かったのか・・・・・・?)
 敵か味方か。ましてやそんな事も関係の無い人が助けたのだ。少しは疑問に思う辰巳であったが、まずはセラフィの脅威は去った。そのことに安堵する。
「駄目でしょう、そんな暴力を一般人に加えちゃ。英国騎士団は一体何を教えているのかしらね」
 掴んだ腕を話さずに、微笑を浮かべて話すライリー。その口調には多少、恐怖を覚える。
「な、離せ!」
セラフィが振り払った腕の攻撃を、ライリーは後ろへ飛び退け、それを避けた。
「っとっとっと、荒いわねえ。若さが表に出ちゃってるわよ」
 余裕の笑みを浮かべる。
 セラフィは少し反省した趣を見せ、重たげに口を動かした。 
「・・・・・・、すまない、つい頭に血が上ってしまった」
「分かればよろしい」
 よほど気分が良かったのか、一見そこらにいる美人女性的な女性――ライリーは胸を張り、鼻を高くする。
 そこで、孤立感を感じた辰巳は唖然として見ていることしかできなかった。セラフィに掴まれた手は離されたものの、まだ多少壁に激突した時に生まれた痛みは生きている。何が何だか分からない状況だ。
「・・・・・・」
 何も分からない。言えない。そんな状況下で、辰巳はただ立ち尽くしている。
 そこに、セラフィが冷静さを取り戻し、また辰巳に尋ねた。
「ふうー、もう一度聞こう。本当にただ、着いてきただけなのだな?」
「そ、そうだ」
 さっき壁に押し付けられた時、圧倒的な力で押しつけられた。その事にビビりながらも、威厳さだけは保とうとする。
 本当に、無駄に努力をする。
「本当はかけ忘れてたんじゃない?」
 そこに、セラフィが考えているときにライリーは言う。
「そしたら、この市の人たちの晒しものじゃない。恥ずかしい」
 プッ、と笑う。
 それに、セラフィは頬を赤らめ下を俯く。しかし、すぐにリズムを取り戻し、話し始めた。
「いや、それはない。なぜならその人たちは私を見ていなかった。つまり、見えていなかったということだ。いくらなんでもこんな奇抜なものを着こんでいる以上、気になり、見てしまうはずだ。したがって、かけ忘れたという線はないだろう」
「そう? ただ、向けるのが恥ずかしかったんじゃない? 奇抜すぎて」
「む・・・・・・、これは私の趣味ではないぞ。これは団長の――」
分かってるわよ、とライリーはセラフィの言葉を遮って言う。
「ま、それで、そのコの事はいいの? 何か暇そうよ」
 言われてみれば、とセラフィは言い、辰巳の方を見てみる。そこには話の内容についていけなくなり、ただ呆然と突っ立っている一人の少年の姿があった。
「・・・・・・」
 やはり、暇そうだ。動物園でゴロゴロしているライオンくらいに暇そうだった。
「おっと、これはすまない事をしたな」
(いや、そんな事言ってねーで、もう帰っていいですか?)
 そう思う辰巳。実はもう帰りたくなっているのだ。
 もう朝からの違和感もなくなり、爽快感溢れている状態なのだが、どうもこの会話などでその気分が無くなり呆然と立ち尽くすただのマネキンと化してしまっていたのだ。
「ねえ、この事は英国騎士団(そっち)に任せてもいい? お姉さん、ちょっとこれから用事があるから」
 言い、ライリーはあくびをする。
「ああ。では、こちらでやっておこう。少し調査をすれば解りそうだからな」
「じゃ、そういうことで」
 じゃあね、と言い残し、少し距離を取る。
「御健闘を・・・・・・」
 わざとらしく一礼する。
 瞬間、ライリーの姿が虚空に消えた。
 何もない。そこからいきなり消えた。別にハリウッド映画みたいに車が正面を通り過ぎた訳でもない。ただ、そこから消えた。
 辰巳が瞬きしたときにはもういなかった。
 その驚きに、辺りの空気は静寂に包まれた。
「・・・・・・行ったか」
 ふと、セラフィが言う。その顔に驚きは無かった。さっきまで黙っていたのはなぜなのだろう、と辰巳は思った。
 だが、そんな場合じゃなかった。
「ちょ、おい! 何なんだよおまえら! 何がどうなって――」
 頭が混乱する。
「落ち着け。私はまず英国騎士団に連絡を取る。だからすこし黙っていろ」
 冷静沈着。まさにこの言葉がまさにあう。
「これが落ち着いていられるか! お前らは何なんだよ。ただの嫌がらせ行動してたんじゃねえのか!? さっきから英国騎士団とかセブン――なんとかとか何の事言ってんだ?」
「何をバカなことを・・・・・・。我々はいたって真面目だ。一般人ごときがこの事を知ること自体がバカバカしいことだ」
 言うと、セラフィはどこからとなくケータイを取りだした。
(? どっから出したんだ?)
 さっきまで頭が過熱していた辰巳が疑問に思うほど訳のわからない所から取り出したのだ。
 セラフィはケータイの電源を入れると、操作し、どこかに電話をかけ始めた。
 プルルルルル、プルルルルルというコール音の後に、ガチャという効果音と共に誰かが出た。
 どうやらスピーカーにしているのだろう。辰巳の所まで聞こえていた。
『はい、こちら英国騎士団事務局ですが――』
「私です。セラフィーナ=ヴァルキリーです。はい、担任ですか? 担任はキッシム=エライダム先生ですが・・・・・・、そうですあのハゲです」
(おいおい、先生の事ハゲなんて言っていいのかよ)
「は、そうですか。分かりました。そうします。では、お願いします」
 どうやら会話が終わったらしく、電話を切った。
 ・・・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・。
 待つ事数秒。
「という事だ」
「・・・・・・? どういうことだよ」
 キョトンとする。
 当り前だ。こんなこと言われて理解できる訳がない。先ほど、通話設定をスピーカーにしていたらしいのだが、音量が小さく、良く聞こえなかったのだ。
 そのため、辰巳には聞こえなかった。
「何だ。貴様は読心術も使えないのか」
 呆れたようにセラフィは言った。
「てか、何だよ。読心術って」
 質問すると、セラフィはさらに呆れる。
「何だ。そんな事も分からないのか。呆れたやつだ」
 いやいや、分からんのが普通なんです、と心の中で辰巳も呆れる。
 セラフィは心中で呆れている辰巳の為に、読心術についての説明を始めた。
「読心術というのは単に相手の心を読む、という簡単なものだぞ。なぜわからん」
 けしからんな、と吐き捨てるように言った。
「それで、行くぞ早速」
「行くって・・・・・・どこに?」
 唐突の話題路線変更に、戸惑う辰巳。しかし、そんなのも気に留めず、セラフィは口を動かした。
「決まっているだろう――」
 当たり前のように、セラフィは続ける。



[29235] とある名家の娘事情2-7
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/25 20:07

「イギリス」

「は!? 何冗談言ってんだよ。今何時だと――」
「知るかそんなもん。貴様の個人的事情なんて知った事ではない。私は貴様をイギリスにある英国騎士団に連れていく義務がある」
 そんな事を言っているのだが、時計の針はもう既に五時三〇分を回っていた。
「そっちのほうが個人的事情じゃねえか! そんな理由で俺は変な所に連れてかれかけてたのか!?」
 冗談じゃない、と辰巳は付けたした。
「くだらん事ではない! 重要事項だ」
「どこが重要事項だ! ただの誘拐犯じゃねえか!!」
「ええい。くだらん事にいちいち告げ口しよって。いい加減にしろ!」
「何だとコラア! こちとりゃ急いでんだよ! 夕飯なの! 晩飯なの! 生きていくために必要な事なの! 俺が帰らなきゃ母さん死んじまうだろ!? 何だ? それに見合う理由でもあんのか?」
 ぬ、と引き下がる。
「ねえなら帰らせて貰うぞ」
 辰巳はズサリ、と後ろを向き、そのまま歩き出す。

 考える。このまま帰らせないための案を考える。
(ここで帰らせていいのか? 私は確かに連れていく、と言った。だったらこんな簡単に帰らせてしまってもいいのか? いいや、良いわけがない。考えろ! セラフィーナ=ヴァルキリー。良い案があるはずだ。だから、考えろ!)
 必死に考えるものの、やはり、そんな簡単には出てこない。
 辰巳はもうこの古びた公園の出口に差し掛かっている。
(このままでは――ッ!!)
 その時、ふとセラフィの脳裏にある場面が写し出された。
 ここ日本に来る飛行機の中、座席についていた小型テレビで放送されていた恋愛ドラマの一部始終
(これだ!)
 もう時間はない。戸惑っている、躊躇う時間もない。言うしかない。
 そして――

「そんなの決まっている。貴様が好きだからだ!!」
 
 言った。
 すると、辰巳は、出口まで差し掛かっていた辰巳は、動かしていた足を止めた。

(ヤバイヤバイヤバイヤバイ。何だ!? この急な展開は! 俺はギャルゲーの主人公ですか!? んなわけあるか!)
 自分ですら驚いて、正常な思考を欠いている。危ない気がする。
 辰巳は止めた足をまた再び動かそうと足に力をいれる。が、しかし、動かそうとしたとき、先ほどの言葉が脳裏を駆け抜ける。

『貴様が好きだからだ!!』

 こだまする、脳内を。
 しかたなく、言葉に免じて辰巳は後ろを振り返る。
 そこには一人の金髪碧眼の少女――セラフィがいた。
 瞳は微かに潤んでおり、男の子の気を誘う。
 当の本人は告白される、という未知の質問に、戸惑う。
 
 ――一体どうしたものか、と

 悩む。悩んだ末に選んだ結論は。
「本当に・・・・・・?」
 もう一度聞く。耳を疑っているのだろう。
 その質問に、セラフィハはゆっくり頷いた。
「そうか――」
 もう忘れていた。辰巳はもう、夕飯の事、母の事。すべて、今一番大切だと言っていた自分の持論をすべて忘れていた。
「じゃあ、行くよ」
 内心パラダイス状態だった。
「そうか! 来てくれるのか!」
 喜ぶ。とびっきりの笑顔だ。
 思わず辰巳は鼻の下を指で擦る。
 かくして、辰巳のイギリス行きが決定した。




[29235] お知らせ
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/26 07:33
この度、この作品は『小説家になろう』に二重投稿させていただきました。勝手ながらこれからもよろしくお願いいたします。



[29235] とある名家の娘事情2-8
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/08/30 16:13
 訳も分からずその場の雰囲気でこの国際空港零番ゲートに来てしまった辰巳。
「どこだよ、ここ・・・・・・」
 恐怖でいっぱいいっぱいだった。
 何度かこの空港は辰巳も家族旅行などで利用した事はある。グアムだとかそんな所に行くために。大体、こういう空港にはゲートがあり、荷物検査や身体検査などの検問っぽいものがあるだろう。が、この零番ゲートにはそんなものは存在しなかった。その前に人の気配すらしなかった。
 暗闇が支配する廊下をセラフィと辰巳は歩いていた。
 どうやら、どこかで着替えたのだろう。セラフィの服装はジーンズ生地を基調としたジャケット。下にはピンク色のTシャツ。そこには何か英語でロゴがプリントアウトされていた。下は膝まであるスカート、JKが着ていそうなやつだ。
 そして、静寂を破るかのように、セラフィは言った。
「零番ゲート。我々英国騎士団専用のゲートだ。通常ではここの長でも入れない極秘中の極秘。貴様は幸運だな。ここは都市伝説にもなっているんだぞ」
 そんなんどうでもいいわ! と反抗する。
そんな会話はすぐに終わり、目的地に到着した。辺りはまだ暗い。しかし、目の前にはドアがあった。ごくごく普通のドア。
「行き止まり、じゃねえよな?」
「行き止まりではない」
 言うと、セラフィはドアノブに手をかけ、開けた。
「う――!!」
 辰巳はドアの向こうからの光で思わず顔をしかめる。
 今まで薄暗闇にいた目はそんなすぐには開けられなかった。
 徐々に慣れてきた辰巳は、ようやく瞼を持ち上げた。
「ここは――!?」
 辰巳の眼下に広がっていたのは広大な空間。今、辰巳たちがいるのはその空間を見渡せるような位置にある二階部分だ。横に視線を反らすと、辺りはソファーなど、待合室と同じような間取りだった。さらに、この部屋には数人の人影があった。
「間に合ったか」
 一言言うと、セラフィは近くのソファーに腰を下ろした。
「お、おい・・・・・・」
 見ず知らずの場所で、戸惑い、慌ててセラフィの横に席をとる。
「なんなんだよここは」
「なんだって、ここは零番ゲートだ。ほら、その空間の下の方にあるだろう、飛行機が」
「そうじゃなくて、一体何でこんなものがあるんだって聞いてるんだよ」
「ああ、そういう事か。ここは英国騎士団専用空港、通称『裏の空港(サイドエアポート)』」
 なんだか実感が湧かなかった。いきなりこんなことになって、イギリス行きが決まり、その場の雰囲気で来てしまったのだ。まだちゃんとし心の整理というやつはすんでいないのだろう。さらに、そこに追い討ちをかけるかのよいにこれだ。さらに混乱する。
「・・・・・・」
 黙りこみ、少し考える。
(これは本当に現実か? 夢だったりしねえだろうな。いや、そうであってほしいものだ。さっきは何かその――その場の雰囲気というやつで決めてしまったが、後々になって馬鹿馬鹿しくなってきた)
 はあ、と溜息を漏らす。
「何だ、溜息か。寿命が三秒縮まるぞ」
 どうでもいいですよ、と呆れながら言う。
 その後も特にする事がなかった。
 なぜ、飛行機あるのに早く行かないんだ? という事に関してはどうやらさきほど飛行機が到着していたらしく、メンテナンス中だとのことだ。その証拠に整備員さんが数人、飛行機の下に集まって会議をしていた。
 その光景を眼下に、辰巳は生理的現象を覚えていた。
「どうした。そんなにモジモジしおって」
「トイレ行きたいんだけど・・・・・・」
 一度黙りこみ、
「場所が分かんねえんだよ」
「それならここを下に降りた階段の下にある」
 頬を朱色に染めながら、セラフィは言った。
「そ、そうか。変な事聞いて悪かったな」
 せっせっせ、と辰巳はすぐそばにある螺旋階段を降りた。
 降りた先には上からも見えた広大な空間がある。すぐそばには飛行機が点検整備のためにいろんなコードがはめ込まれている。なんだか人間の点滴にも見えそうだ。
「トイレトイレ」
 首をキョロキョロ動かしながらトイレを探す辰巳。少し我慢の限界が近づき、内股になっている。
 空間内は騒音で包まれており、うるさい。
(ぐ・・・・・・、騒音の振動で俺の膀胱に負荷が・・・・・・)
 さらに内股になる。
 これではそのうち手を股間の前にかざす羽目になる。
 さらに急いでトイレを探す。
 その時、
「おい少年! こんなところで何してやがんだ?」



[29235] とある名家の娘事情2-9
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/09/02 17:04
不意に後ろから声をかけられ振り向く。そのせいで、さらに刺激が膀胱に加わる。
「え・・・・・・?」
 そこにいたのは二〇代前半の若い男性。髪は作業に邪魔にならないようにスポーツ刈り。生き生きとした印象を植え付けられる。服は作業服に身を包んでいる。
「え、じゃねえぜまったく。ここは関係者以外立ち入り禁止なんだよ」
「何と!!」
 騒音で聞こえなかったらしい。
「だから! ここは! 関係者以外! 立ち入り! 禁止だって言ってんだよ!」
「え、でもトイレは・・・・・・?」
 セラフィは確かに言っていた、トイレは階段下にあると、それは間違いない、と辰巳は心中で確認をとった。
「トイレ? それなら上のホールのところだけど」
「な・・・・・・!?」
 驚愕の真実にしばらく、羞恥心に耐えながらも、間違えさせられたという怒りの感情が沸き上がって来る。
「あのやろうわざと間違えやがったな――ッ!!」
 怒りはますますヒートアップし、これをセラフィにぶつけよう、と考えた辰巳。
 しかし、そんなことよりもまず解消しなければいけない事があった。
「――それよりトイレ行かねーと!」
 内股になりながらも辛うじて歩き出す。教えてくれた作業員の人に軽くお礼をし、その場を後にした。


 トイレを無事に済まし、さっぱりと綺麗な気持ちになった辰巳だが、先ほどの怒りは消えてはいない。
 トイレを出ると、目の前には英国騎士団の要員がいる。その中の一人、セラフィーナ=ヴァルキリーに近づくと、辰巳は軽く、悪ふざけを振り払うがごとく控えめに激怒した。
「おい。何がトイレは階段下にある、だ。もろここの階にあったじゃねえか。作業員の人に起こられちまった」
 辰巳はセラフィのすぐ隣のソファーに腰を下ろした。
「いや、まさか本当に行くとは思わなかった。なかなか面白い絵だったぞ」
 フフ、と勘に触るような笑みを顔に浮かべる。その表情は今怒っている辰巳でさえも多少反撃するのを躊躇ってしまうくらいの無邪気な笑顔だった。
 こうして、このゆったりとした時間はあっという間に過ぎ去り、飛行機の点検が終わった。すると、辺りにいた数人の人が、動き出した。それを見たセラフィは、
「では、私たちも行こうか」
 言い、ソファーから立ち上がり、皆が向かっている、辰巳がさっき使用した階段へと向かった。
 降りた先には先刻までと違い、飛行機についていた機材的なものは既に見当たらなかった。代わりに、五月蝿い作業音ではなく、静寂が広がっていた。静かすぎて耳がジーとするくらいだ。
 飛行機の側に到着すると、どうやらもう既に機内へと扉は開いており、各自勝手に乗り込んでいた。
 この光景に、辰巳はここでも不況の影響か? と自分なりに解釈したのだが、多分、ここらにいる人たちは飛行機に乗り慣れているのだろう。
 順番が来て、乗り込んだ辰巳とセラフィ。
 機内は驚くことに普通のファーストクラスと同じくらい――いや、それ以上に豪華絢爛な座席が広がっていた。
 その風景に数秒、唖然とするが、セラフィの一言で、正気を戻し、席に座る。
 どうやらここには決まった座席はないらしく、皆自由に、適当に座っていた。辰巳も同じように座る。隣には知らない金髪の男性が座っており、多少緊張はしていたのだが、通路をまたいだ隣にはセラフィが座った。それで、少しなりと安堵を取り戻す。
 しばらくし、飛行機が離陸準備を完了し、この広大な空間内を動き出す。
 目の前の大きな扉。そこがいきなり開かれ、夕陽と夜の暗闇が入り交じった空の光とも言いがたいものが空間内に流れ込んだ。飛行機が入っていたのは倉庫。見た目はごくごく普通の倉庫だ。
 飛行機はそこを出、滑走路にはいる。後、無事に離陸し空へと飛び立った。



[29235] とある名家の娘事情3-1
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/09/04 11:28
第三章


 飛行機の中は快適だった。
 飲み物は常にこのフロアの後方にコーヒー、ジュース、お茶と種類豊富に存在し、菓子類も不十分ではないくらいには整っていた。普通の飛行機のエコノミークラスではこうはいかないだろう。さらに、座席のつくりは革のシート。リクライニング式で前後に操作も出きる。そんな中、多田野辰巳は横の男性の鼾を聞きながらイライラと我慢していた。
 現在の時刻は日本時間にして午後一一時。
 隣の男性は離陸するや否や、早々に床についてしまった。
「ぐ、があークゥー」
 こんな感じにだ。
 隣の席に座るセラフィに助け船を出したのだが
、あっさりと振り払われ、今もなお、この状況が続いているのだ。
 すると、奥の、辰巳たちから見て前方から一人の女性が出てきた。女性の手にはカートが握られており、そのカートには十数センチほどの箱が積まれていた。
 女性はそれを、一人ひとりに手渡していく。辰巳の所にもそれが来て、女性から聞かれる。
 どうやら機内食らしい。
「ビーフとフィッシュ、どちらがよろしいでしょうか?」 
 笑顔で聞かれた辰巳は少し鼻の下を伸ばしてしまうが、はっと正気を取り戻し、答える。言ったのはビーフにした。
 すると、
「では、私はフィッシュ! 出お願いします!」
 言ったには隣にいた金髪の男性だ。髪に短く整えられている。
 辰巳は一瞬ビクッ、と肩を震わせたが、飛び上がるほどではなかった。
 辰巳は先ほど解答したビーフを貰い、前の座席に取り付けられているテーブルをセットし、そこに機内食を置いた。
 それから数分、早々に食事を終えた辰巳は暇になる。
 そこで、ぼーと辺りを見回すと、何やら違和感らしきものを感じた。それは朝、感じたようなものではなかった。ただ、偶然と引っ掛かる違和感。しかし、皆はそれを気づいていないのか、各自勝手に娯楽をしていた。
(そういやあ・・・・・・)
 解った――ような気がする。
 それは。違和感は。
 フロアにいたときの人数より断然多い気がしたのだ。
 不安に思った辰巳は通路を挟んだ隣の席に座るセラフィに小声で話しかけた。
「(おいセラフィ。何だか人数多くねえか? 特に黒服の奴等。本当に大丈夫なんだろうな?)」
 なるべく周りには聞かれぬよう、座席から身をのりだし、セラフィの耳元で言った。
 セラフィはその質問に少しの時間考え。ふむ、と結論を出したのか、それは本当は分からないのかは辰巳は知るよしはないのだが、セラフィは思案をまとめ、閉じていた口を開いた。
「だいたいの事は予想できた。何、心配するような事ではない」
 周りへの気遣いなど気にせず、多少は自信がある顔で言った。
 それに、辰巳は無理な追求をせずに席に戻った。



[29235] とある名家の娘事情3-2
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/09/05 08:23
 旅は順調に進んでいた。別に何のトラブルも起こることなく淡々と。
 辰巳は何となく、本当に何となくため息をついた。いや、何も考えずにため息をついたというのはないだろう。人間絶対考えずに、という事はできない。考えない考えないと考えてしまえばそう考えているし、寝ているときだって多少なりと考えはしているだろう。それが出きるのはきっと、死んだときだけだ。
 死んだときだけ、死んだら何もできない。
 多分、この時辰巳は少なからず恐怖を感じていたのかもしれない。見知らぬ場所で、見知らぬ人たちに囲まれ、さらにはイギリスに行くだ。恐怖にも似た不安。それを今、辰巳を支配しているのかもしれない。
 セラフィは相変わらず静かに座っている。まるで静寂の森の中に佇む一本の大木のような感じだ。
 暇になり、仕方なくセラフィに話しかけた時、

「テメェら! そこを動くな! 動いたらこの銃がお前ら誰かの体に風穴を開けてやるぜ」
  
 へへ、と言う一人の男性。男性の言う通り、その手中には一丁の銃。黒光りしていて、一層に不気味さを強調させていた。
 辰巳は突然の出来事に数秒思考が停止した。
 ある人は言った。
 飛行機事故にあうのは宝くじで一等をとるより難しい、と。ハイジャックも飛行機事故の内に入るの出したら――
(何だよこれ、ハイジャック!? ふざけんなよ。何たって俺がこんなもんに巻き込まれなきゃいけねえんだ)
 辰巳は憤怒する。
 そして、隣の席に座る金髪の男性は未だに寝ている。悠々と。セラフィもセラフィといい、辰巳が視線を向けると微かに顔には苦笑が浮かんでいた。
 何が何だか分からなくなってきた。
 ハイジャックを起こした男は顔に覆面などを着けていない。素顔が丸だし。
 その男はまず、辺りを見回すと、手を使って仲間らしき複数の人を呼んだ。その人たちも素顔が丸出しだ。
 男の指示で、辺りに散ったハイジャック犯。
 起こした行動は乗客の荷物チェックだ。軽く――多分銃等の武器を所持していないか確認しているのだろう。
 それもついには辰巳たちの場所までやってきた。しかし、辰巳はチェックさせるような荷物は持ってきていない。それに、ハイジャック犯は少し困惑する。
「持ってねえ!? チッ、仕方ねえ、探してもねえみみたいだし。でも、ケータイくらいは持ってるんだろ。出せ」
 緊張しながらもハイジャック犯にケータイを差し出す。
「よし、これでチェックは終わったようだな。おい、ちょっとここでコイツら見張ってろ」
 確認も終わり、作戦の第一段階が終了したのだろうか、言うとそのリーダーらしき男は近くにいた下っ端要員を側に呼び、小さな声で指示を出していた。
 説明も終わり、リーダーだろう男は機内の奥へと向かっていってしまった。
「(おい、これってハイジャックってやつだよな?)」
 下っ端要員の隙を見つけて辰巳はセラフィに話しかける。
「(ふむ、そういう事だな、直におさまるだろう)」
 ハイジャックは天災ですか!? と思いっきりツッコミそうなところを必死の思い(人間は生命が関わると、とんでもない力を出すものだ)で思いとどまる。
 しばらくし、奥に向かっていたリーダーであろう男がこちらに帰ってきて 、早々に近くにいた女性を一人無理矢理席から引きずり下ろした。
「いいか、よく聞け。今から俺らに逆らったら乗客を一人ずつ殺っていく。先程、英国政府にも連絡し、身代金を時間内に用意できなかった場合も、一秒でも遅れたら三〇分ごとにお前らを殺っていくとも言った。長く生きたければ逆らわず、英国政府の時間内の身代金給付を祈ることだな」
 男は苦笑を浮かべると、引きずり下ろしていた女性を解き放し、また、どこかに行ってしまった。
(はあ!? ふざけんなよ! 何で俺まで巻き込まれなきゃ行けねえんだ!!)
 心のなかで辰巳はまた激怒する。
 隣を見てもセラフィはハイジャックなど見向きもせずに、ただ 面白い映画を鑑賞するかのような表情を浮かべている。
 隣の男性はさすがに起きたらしく、少し険しい表情になっていた。
 その時。
  
 カチャ、とまた新たに黒光りするものが頭に突きつけられた。



[29235] とある名家の娘事情3-3
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/09/06 16:11
辰巳はその瞬間を見逃しており、音だけで判断した。が、しかし、それが向けられていたのはハイジャック犯の後頭部。しっかりと銃口と頭が密着していた。
「な――ッ!?」
 訳がわからなくなり、後ろに振り返ろうとするハイジャック犯だったが、それがさらに強く押し付けられ、動作を封じ込められた。
 ハイジャック犯は大人しく銃を床に置き、ゆっくりと両手を挙げた。そのまま先程リーダーらしき男が向かった方向とは逆の方へと誘導していき、姿を消した。他のハイジャック犯も同じだった。それが起きたのはほぼ同時刻、パレードでもやっているんではないか? と疑問を抱いてしまうくらいに綺麗に事が進んでいたのだ。
 突然の出来事に、辰巳は唖然とする。
「何、が・・・・・・?」
 呟いた言葉がセラフィにも聞こえたらしく、返答した。
「これがさっき貴様が言っていた奇妙なことの正体だ」
 黒ずくめの男たちはハイジャック犯を次々にホールドアップしていき、最初のハイジャック犯と同じ所に連れていく。何とも不気味な光景だ。
 全員の連行が完了し、男たちはぞろぞろの何くわぬ顔で席へとついた。多分、リーダーらしき男の確保の準備でも行っているのだろう。
 しばらくし、ようやく件の男がやって来た。男は驚き、周りの乗客に激しく問いただすが、何も答えない。完璧にポーカーフェイスをかましている。
「畜生どこいきやがったんだあいつら!! 戻ってきたらブチ殺してやる!」 
 くそ! と床を蹴り、辺りを見渡そうとした瞬間、男の後頭部に銃口が突き付けられた。
 困惑する。
 やはり、男も銃を床に置き、手を挙げ、冷や汗を額に浮かべる。
 しかし、男の表情には『負け』というような表情は見られない。
 その時、
「我が命は主君のためにあり!!」
 そう叫んだ。
 合図だったのだろうか、新たな仲間を呼んで捨て身の攻撃をしようとしたのかもしれないし、最後の言葉を口にして、自分から舌を噛み自殺するきだったのかもしれない。
 しかし、後者の考えは違った。合っていたのは前者。どうやら、一斉攻撃に出るきだったらしい。証拠に、自殺などしなかった。が、肝心の攻撃は来なかった。
 すると、辰巳の隣にいた金髪の男性が静かに立ち上がり、口を開いた。
「ほほう。どうやらその言葉は自殺行為に値する攻撃の開始合図だったらしいね。でも、残念だ。もう既に仲間は全員奥の倉庫へと連行させた。今も数人の仲間が監視している」
「は、バカが。ハイジャックするのにあんな少人数でやるわけがねえだろ! おい、お前ら、早くコイツらを殺れ!!」
 叫んだ。
 しかし 、何も起こらない。
 金髪の男性が口を静かに動かした。
「おっと、何だか君は勘違いをしていないかい? 私は確かに言ったよねえ、全員連行させた、と。私服で待機していた者共も連行したよ。あの程度で紛れ込んでいたなんて思われたら恥ずかしいよ」
 口調は優しげに喋っているのだが、その本心は恐ろしい程までに威圧感を感じる。
「く――ッ!!」
 最後の手段だったのものが封じられた。それは失敗ということになる。
 犯人の顔色が少し苦くなり、しゃがみこもうとした瞬間だった。
 後ろにいた女性を不意に掴み、自分の前へとつきだした。そう、縦にするかのように。
「へ、甘いんだよお前らは。さっさと俺を捕まえておけばよかったものを。お前らだってコイツの命は惜しいだろ? だったら! 早く仲間を解放しろ! 今すぐだ」
 銃口をさらに強く女性の頭へ押し付ける。
「この程度で終わらせるわけにはいかねえんだ!! 俺たちだって覚悟決めてやってんだ! この程度の計画のズレごときで諦める訳にはいかねえんだよ」
 言った。犯人はこの程度のズレごときで諦める訳にはいかねえんだよ、と。これ程までに劣勢な状況に陥ってもまだズレごときで諦める訳にはいかねえんだ、と。もうハイジャック犯に冷静な思考は存在しない。今あるのはただの焦り。もうここから巻き返すほどの方法は思いつくことなどできない、これは断定だ。
「やれやれ困ったものだな」その口調は冷静さを失わなかった。「本当に困ったものだ。何故――いや、どうしてこの組織に入っているか分かっているのかな? まあ分かるはずもないのだが、聞いておこう。君はハイジャックをしたくてその仲間たちを集めたんだろう? 言い方は変だろうけどね。私たちも一緒だ。ある人、家を守りたくてこの組織にはいった。ほとんどは引き継ぎ、みたいな形であろうけどね。まあそういう事だ」
 いきなり何やら講義を始める金髪の男性。
「何を言って――?」
 油断することなく、腕で押さえつけている女性にも意識を集中させながら、犯人は聞く。
「つまり、我々は君たち同様、死ぬ覚悟程度はできているんだよ」
 空気が変わった。
 捕まれていた女性の目付きが代わり、鋭い光が灯る。
 瞬間、ハイジャック犯は鳩尾に激痛を覚える。
「が――ッ!?」
 不意の出来事に、犯人は何も抵抗できずに肺から空気を押し出され、地面に這いつくばる。懸命に、息を正常に戻そうとするが、そんな時間は与えられなかった。女性は追い討ちをかけるように銃を握った手を蹴り飛ばし、まず、第一の脅威銃を跳ばす。さらに、うつ伏せの犯人の上に乗っかり腕を後ろへ回し、関節技を決めた。
「ゲホ、が、ああああああッ!!」
 あまりの激痛に叫び声をあげる。
「ふん、まったくこんな人数よくも通ったものだ」
 言っているのは金髪の男性だ。通ったというのは多分、あの空港の零番ゲートの事だろう。だがよく通った、という単語に辰巳は疑問を浮かべる。
 金髪の男性はリーダーの男を押さえ付けておる女性に指示を投げると、奥の方へと連れていかれた。
 金髪の男性は、はあ、とため息を着くと、鋭い目付きで辰巳を睨む。
「で、貴様は何だ? ハイジャック犯ではないだろう。かといって観光客がこんな所に足を踏み込むわけがない」
 その言葉に、辰巳は少し考える仕草を見せるが、解答は思い付かない。横にいるセラフィに視線をそらす。すると、セラフィの表情が何だか和やかになっていることに辰巳は気がつく。
「それについては連絡が行き届いていませんでしたので、私が説明します」
 言ったのはセラフィ。口調が変わっている。今はどこかのお嬢様を連想させる。
「? セラフィーナ嬢、お知り合いないなのですか?」
 さらに、金髪の男性までもが急に畏まった口調になった。
「セラフィ? 知り合いなのか?」
「ええ、知り合いというより私の護衛隊の方です。ですよね、オルコットさん」



[29235] とある名家の娘事情3-4
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/09/09 18:25
 ニコ、と微笑みを見せるセラフィーナ嬢。明らかに少し前までの態度と違う。むしろ辰巳にとっては違和感さえ抱く程だ。
「では お知り合いなのですね」
 そう言うと、いきなりオルコットと呼ばれた金髪の男性は方膝を床につけ、かがんだ。
「失礼なことをして本当に申し訳ない。まさかセラフィーナ嬢のお知り合いだったとは思えなかったもので、私の名前はオルコット=アシュレイ。そちらにいらっしゃるセラフィーナ嬢の護衛隊隊長をさせてもらっている身だ」
 言い、方膝つきの状態のまま、辰巳に握手を求めた。それに、しっかりと握手を交わした。
「それで、」
 握手し終えたオルコットは、話の話題を切り替える。
「私がここに来た目的は他でもないのですが――」
 急に顔に緊張が表れる。
「解っています。母の事で来たのでしょう? もう何回も聞きました。耳にたこができるくらい。また早く家に戻って継ぎなさい、というところでしょう。何回も言っていますが、戻る気はありません、ですので彫っておいてください」
「しかし、セラフィーナ嬢は名家ヴァルキリー家の貴重な後継者。何としても継いでいただけなければいけません」
「それなら妹のミシェルがいるでしょう。私なんかよりミシェルの方が人格、知識は上。これまでに良い条件を持った逸材はいないでしょう? なのに――」
 表情が暗くなる。よほど家に帰るのが嫌らしい。家出少女といった所だろう。
 困り果てたオルコットさんはまた言う。
「それなら理由は存在いたします。歴代の当主様を見ていると、全員共通されていることが一つだけあります。もちろん、あなたのお母さまもです。代々我がヴァルキリー家の当主様たちは体のどこかに必ずし同じ紋章(クレスト)が刻み込まれていました。刺青などではありません、生まれつきです。ですから、この事に則り、体のどこかに紋章(クレスト)が刻み込まれているお方が次期当主と決めてきました。それはあなたにしか付いていないと聞かされました。しかし、ミシェル様にはそのようなものは刻み込まれていません」
 真剣に話を進める。しかし、その話を止めた者がいた。
「だから何だと言うのですか!!」
 もちろん、そんな事が出来るのはセラフィだけだ。
 周りの人たちは全員この事など気にも止めていなかった。
「そんな古い伝統にばかり従って、私はヴァルキリー家の当主何かになりたくないと言っているんですよ!! そんな古い伝統に縛り付けられて何が楽しいんですか!? 私は楽しくなんかありませんっ! むしろ滑稽です、呆れます。そんな小さい枠組みに収まりたくないんです! もっと自由に生きたい! だから英国騎士団に入ったんですよ!? そんなにまでして何でわたしの意志が伝わらないんですか!?」
 激怒する。それはきっとオルコットに向かっての怒りではないだろう。ヴァルキリー家の、そんな下らないと本人は言っている小さな伝統に憤怒しているに違いない。
 そんな光景を見て、辰巳は呆然とする。重ならないのだ。今まで――といっても数時間の付き合いだが、今の今まで辰巳の想像していた、確信していたセラフィの人物像と重ならない。むしろ、当てはまらない方が良いのかもしれないが、まさか、あの真面目そうで堅物キャラを連想させるような行動をとっていたあのセラフィとは思えなかった。
 数時間の付き合いしか持たない辰巳がいうのは可笑しな話なのだが、それほどまで印象が狂った。
「もういいでしょう。この話は終了です。分かったのならすぐにこの話には関わらないでください。これは命令です」
 しかし、と反抗しようとするオルコットに辰巳は言った。
「別に良いんじゃねえか、セラフィをそんなにまで追い詰めなくても。確かに、伝統は大切だけどよ、あくまでそれは伝統と後継者、双方が了解したときにだけでいいんじゃねえか?」
 その返答に、オルコットさんはそんな簡単な考えで終わるような話ではないのだ、と言って、今回はセラフィの意見を尊重したのだろうか、その場で立ち上がり、一礼してこの機内の最前線の席について俯いてしまった。
「すまない、見苦しいものを見せてしまった。席につくぞ」
 いや、と、辰巳は言う。
「俺はアンタを多少なりと信頼して来ている。だから 気分は悪いだろうが少し家についての話を聞かせてもらいたい。良いか?」
 辰巳にしては珍しく大人らしい口調だった。
 それに、セラフィは頷く。
 二人はオルコットとは反対の方向にある席へと腰を落ち着かせた。
 それから、辰巳は驚くような事を聞かされた。
 そもそも、ヴァルキリーとはワルキューレの英語読みであって、差ほど代わりはないが、重要らしい。ワルキューレは元々、戦場で戦死した兵士の魂を白馬に乗りながらを選び抜き、宮殿ヴァルハラに連れていくという任務を持ってい
る。その
選び抜かれた戦死者は、宮殿ヴァルハラにてワルキューレに手厚くもてなされた。
 そんなワルキューレの中の一人、ブリュンヒルデは、フンディング家とヴォルズング家の戦いにて、主であるオーディンの名に逆らい、ヴォルズング家を勝利させてしまった。その為、ブリュンヒルデは神性を奪われ、恐れを知らない男、ジークフリートと結婚させられてしまう。後、ブリュンヒルデはアスラウグという子まで授かってしまう。
 それが後の、詳しい経緯まで知らないがヴァルキリー家初代当主アスラウグ=ヴァルキリーになったらしい。その時既にアスラウグの体には紋章(クレスト)が刻み込まれていた。
 セラフィが辰巳に話した会話を簡単には省略するとこうなるわけだが、未だに信じられない、半信半疑な表情をしているのは辰巳だった。
「まあ、これが私の知っている事のすべてだ、
いきなりは信じられないだろうがな」
「いや、もう信じるしかねえだろ、これは。さすがに悪戯の域は飛び抜けているし」
 考え、辰巳は信用することになったらしい。
「そうか、なら有りがたい」
「でも、何で俺が一緒にイギリスまで行かなくちゃいけねえんだ? まあその事に関連付けるつもりはねえんだけどよお、さすがに、ただ着いてきた、ってだけでわざわざ俺までいく必要はないんだろう?」
「そうではないのだ、その着いてきた、という時点でおかしい。前代未聞なのだ」
 その解答に辰巳はそうか? と投げやりに会話を終了させ、ぼーと考える。
 さすがにその場の雰囲気で来てしまったことは後悔しているのだが、それについてはもう諦めがいついている。時間は戻らない。だからといって、すべての疑問が消えるわけではない。辰巳がぼーと何となく考えたのは先程セラフィも言っていた、着いてきた事についてだ。なぜただ着いてきただけなのにこんな大それた行事(?)に行かなければならなかったのか。なぜ着いてきた程度で驚かられなければいけないのか。そういう事だ。前者は完全に自己責任なのだが、後者に至ってはまったく検討がつかない。セラフィは『無色の掛布(スケルトンカーテン)』などいう魔法を発動させていた、と言っていたのだが、辰巳には何の事だか分からなかった。したがって、軽く考え、この疑問点は消滅した。



[29235] とある名家の娘事情3-4
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/09/11 11:25
 ――空港出発から約九時間。さすがの辰巳も眠気に襲われ目がウトウトしていた。
「何だたっちゃん、眠いのか? 寝たければ寝れば良いだろうに。ちゃんと座席はリクライニング式でさらに幸いなことに、乗客の人数も少ないから思う存分にリクライニングの効力を発揮できるぞ?」
 嫌みからの、からかうような感覚で言ったのだろう。証拠にセラフィの顔がにたついていた。
「別にそんな嫌味混じりで言わなくてもいいじゃねえかよ。眠いもんは眠いんだ」
 言うなり、辰巳は後ろに誰も座っていないことを確認すると、座席をリクライニングさせ 、目を閉じた。
「・・・・・・」
 しかし、辰巳は眠れなかった。
 理由は簡単、セラフィが辰巳を見ていたからだ。
「・・・・・・。お前、そんなに俺の寝顔を見て楽しいか?」
 やや危ない思考の持ち主だ、と辰巳は思う。
「いやなあ、確かにその通りなんだが、やはり、もうひとつ理由があるぞ。まあ、これは最初の理由になってしまうのかもしれないが、可愛いのだよ、たっちゃんの寝顔は」
「・・・・・・」
 お前は俺より年下だろ! 絶対に、なのに何だよこの大人ぶった感想は!! と言いたくても言えない(なぜなら怒らせて大変なことになりそうだから)ことを頭のなかで叫んでいた。
 まあ寝られないのは恥ずかしいからだろう。辰巳は年頃の男の子だ。女の子に寝顔を見られるのはやはり恥ずかしい。
 そういうことで、辰巳は渋々座席を移動することに。
 移動したのはセラフィのいる座席より少し前の所にある。回りには多少セラフィ護衛隊の面々が辰巳に向かって少し冷徹な視線を向けてきた。辰巳はその視線を気づかないフリをしてやり過ごし、眠りに着いた。

「おい起きろ! 着いたぞ。ぼさっとしているんじゃない! 早く降りないと未開の地に一人置き去りにして行くぞ!」
 物騒な単語に、辰巳は命の危険を感じとり、本能的に起き上がった。
 まだ眠く、完全に目は開いていない。
 そんな目を擦りながら、
「・・・・・・あと五分・・・・・・」 
「ふざけるな! 着いたんだぞイギリスに! 深夜のイギリスに。もう貴様は二時間も寝ただろ! さ、早くしろっ」
 ペシ、と頬を軽く叩く。
「ぬぐ! 痛っ、何すんだ!?」
 どうやらハッキリと起きたらしく、自分の頬を軽く叩いたセラフィに怒りの矛先を向けた。
「どうでもいいから早くしろ。置いていくぞ」
 そんな事では動揺しないセラフィであった。

 飛行機から降りた辰巳は、日本より寒い気候に驚いた。多少日本より緯度の高いイギリスなのだが、そのせいで寒いのだ。
 冷たい風が、辰巳たちを襲う。くしゅん、と辰巳は風邪を引いたときのような嚔を一発かました。
 そんな辰巳を、セラフィはそこら辺にいる蟻を見るような目で言った。
「そんな薄着で来るからだろう。事前に考えておけばこんなことにはならなかっただろうに」
 訂正しよう。もっと酷い目だった。 
 そんなの予想できません!! と激怒を飛ばし、後ろにいるセラフィに前を向きながら言ったのだが、ふと、辰巳は思い出す。
 ――セラフィも同じ少し薄手の服装じゃなかったけ? と。
 思うと光速の如く後ろを振り向き 、反撃をしようとしたのだが、
「は? 何でお前はジャケット着ている!?」
 そう、セラフィはもう準備していたのだ。
 セラフィは哀れな辰巳を見ると、ふん、と鼻先で笑い、
「貴様はバカか? 私には護衛隊がいるんだぞ? もう分かるだろう」 
まさか・・・・・・ッ!? と体を反らすと、
「事前に持ってきて貰ったのだよ!」
 勝敗は見るまでもなかった。いや、これを勝負と言うのはどうかと我ながら思うのだが、まあそのあたりは気にせずにやっていこう。
 その後の辰巳は同情するほど、酷い有り様だった。
 セラフィは防寒具に身を包んでいるのに対して、辰巳は日本の、しかもこれから夏になるぞー、的シーズンに入りかかっている服装だ。しかも、イギリスは日本より湿度が低い。その為、鼻も痛くて仕方がなかったのだ。
 これでもか! というほどに、イギリスの気候に痛みつけられた辰巳はイギリス某所に存在する空港のゲート付近まで暗いオーラを纏ったまま歩いていったのだ。



[29235] とある名家の娘事情3-5
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/09/12 20:44
 ゲートにたどり着くと、英国騎士団の要員であろう、いや、要員である複数の人たちは皆がゲートを潜っていく。その光景は何だか妙なものだった。
 セラフィもゲートを潜り抜けると次は辰巳の番だ。深呼吸をすると、そのまま入っていく。他の面々はもう既にどこかへ行ってしまっていて、近くにいるのはセラフィくらいだった。
 そして――
 ビビビビ、とセンサーが高々と唸りを上げた。
「へ・・・・・・?」
 すぐさま近くにあった事務室から三人ほどの屈強な警官が走って来た。
 呆然とする辰巳、セラフィは珍しく、慌ただしい行動を見せて、
「すまん、一応本部には言っていたのだが、貴様にこれを渡すのを忘れていた」
 取り出したのはコインほどの大きさがある物だった。どうやら臨時パス的な物らしい。
「ちょ、おいセラフィ!? どうしてくれちゃってんの!? 掴まないで、俺怪しいものじゃ――」
 早々に駆け寄ってきた屈強な(辰巳は実際、日本とは格が違うなー、と関心していた)警官に両腕を掴まれ、余ったもう一人の警官によってガンを飛ばされていた。最後はいらないんじゃない? と思ってしまうかもしれないが、まあこれがイギリス流だと思っていただければ有りがたい。
 ちなみに、セラフィの姿は見えなかった。
 そのまま辰巳は事務室に連行され、英語での尋問を受けることになった。さすがに英語を習っているからと言って、解るわけではない。たまーに聞き慣れている単語が耳にはいるが、それ以外は宇宙語くらいに訳が分からなかった。
 しばらくして、事務室のドアが開かれた。 
 そこにいたのは一人の少女――セラフィだ。表情は変わりはしないものの、微かに安堵を味あわせる感じがあった。
 そんなセラフィを見て、辰巳は、
「おおお! セラフィ来てくれたのか? 俺もうダメかと思った。マジで。もうどこかの警察が来て逮捕されるかと思った。ありがとー」
 元気を取り戻した。
 セラフィはそんな辰巳は気にせずに、必要事項だけ、プログラム通りに動くロボのように言う。
「まあな、今回は私の責任なので、謝らせていただこう。すまなかった」
 軽く頭を下げた。
 その後、セラフィは屈強な警官に事情を説明し、納得を得たところで事務室を出た。
 今は少し先にセラフィが歩いていると言う構図でイギリス某所に存在する空港を出ようとしていた。
「なあなあ、俺たちって付き合ってるじゃん? やっぱそれってさっきのとか関係あるの?」
 その質問に、セラフィはキョトンとした顔つきになった。
「何を言っているんだ貴様は、そんなの嘘に決まっているだろう。何だ、まだ気づかなかったのか。馬の耳に念仏だな」
 使いどころは間違っているが 、そんなの、今はどうでもいい。この言葉に辰巳は落胆する。
「え? 嘘ってそんな。じゃああの告白は嘘だって言うのか?」
 目が死んでいる。
 虚ろな状態だ。
「さっきも言っただろ、嘘だ」
 その言葉にもう自我が崩壊した辰巳は野生の頃の本能に目覚める。
「うそだああああああッ!!」
 スーパーサ○ヤ人が貴様は! という驚愕のセラフィの突っ込みを無視して、辰巳は黄金色のオーラを纏った。
「ウヒヒヒヒ、犯してやる――」
 人間ではないようだ。
 そんな辰巳を見たセラフィは臨戦態勢に入る。
 服は私服だが、構えはしっかりとしていた。左足を少し、後ろへ引き、相手に肩を見せるような体勢になる。腕は前へとつき出す。
 瞬間、辰巳は目にも見えないほどの速度に乗り、セラフィの背後を取る。しかし――
「甘いわ――ッ!!」
 それを見極めたセラフィは、瞬時に回し蹴りを辰巳の顔面へとヒットさせた。
 だが、ここで誤算があった。辰巳は先程、野生の頃の本能に目覚める、と書いたが、あくまで冷静な人間の判断能力は残っていた。それを蹴られた瞬間に発動させたのだ。これだけではない。ここで、セラフィの服装について説明しよう。上はピンクのTシャツに上からジーンズ生地を使ったジャケットを羽織っている。さらに上から防寒用のジャンパーを着ている。が、下はスカート一つ。その下は――
 見えたのだ。

 漆黒色のパンティーが。

スカートは回し蹴りをすることによって、遠心力が働いてしまう。したがって、捲れてしまうのだ、スカートが。
 だが、そんなことには気がついていない。辰巳を蹴り終え、ご満悦の表情だったからだろう。
 辰巳はいい気分を一瞬だけ味わえたのだが、すぐに悲惨な運命を辿った。
 空中に蹴り飛ばされた辰巳はコンマ数秒という時間を空中で過ごし、後、落下する。
 ゴツ、という鈍い音が辰巳のからだ全身を襲った。
「痛ッ!?」
 その衝撃で辰巳は正常の思考お取り戻した。
 後頭部を擦りながら、起き上がると、スッキリした表情のセラフィがいた。
「あれ? 俺、なにやってたの?」
 どうやらさっきまでの記憶がとんでいるらしい。
「ほらさっさと行くぞ」
 すぐに辰巳を背を向け、出口へと向かった。
 辰巳も、すぐに後を追うように着いていく。
 ――そういえば。
 辰巳は疑問が湧く。
 ――なにやってたの?
 セラフィは質問に答えてくれなかった為、分からずじまいで先を急ぐことになった。
 
 向かった先にあったのは黒光りするリムジンだった。
「う・・・・・・!!」
 嗚咽感を感じる辰巳。
 無理もない今さっきというほど前に、ハイジャック犯に襲われたのだ。リムジンで反応したのは犯人が持っていた銃を連想してしまったからに違いない。
 リムジンの近くには一人の、タキシードに身を包んだ男性が立っていた。年は四〇代前半くらいに見える。
 するとセラフィはリムジンに身を入れた。
「早く乗らないと置いていくぞたっちゃん」
 本当に、嫌味ったらしく言うときだけ『たっちゃん』と使うやつだ、と思いながらも、辰巳はリムジンに乗り込む。
 もう後戻りはできなかった。怪しいとはいえ、ここはイギリスだ。帰りたいなんて今さら言えないし、言ったところで戻ることも出来ないだろう。多少怪しいくらいでもいかなくてはならない。その先にある闇に。それに、セラフィがいる。今はセラフィを信用するしか他なかった。
 リムジンの中は薄暗かった。
 何もない、というわけではない。車内の壁にはコースターが取り付けられており、運転席の後ろの所には、常備ジュースが置かれているらしく、キンキンに冷えていた。それを一杯辰巳は飲み干す。缶には『コカ・コーラ』らしき字が書いてあったが今はどうでもいい、おいしければ何でもいいのだ。
「ぷはー、うめえなこれ!! 何だこれ? コカ・コーラ、ここにもあったのかコカ・コーラ!」
 今さらか、とセラフィが呟いたのもいず知らず、辰巳はもう一本手を伸ばす。
 それも飲み終えたところでセラフィは話題を繰り出した。
「それで、貴様は今からどこかへ行くかは知っているな?」
「英国騎士団だろ?」
 そうだ、と答えると、表情が険しくなる。
「正直言って、あまりそんな態度で言ってほしくないのだが、まあいいだろう。それで、まず貴様には私の恩師であるキッシム=エライダム先生に会ってもらう手はずだ。まあ髪は他の人より残念な方なのだが、魔法に関しては一流だ」
 そう言われても困るのであった。確かに、辰巳自身、ここに来た理由くらいは分かっている。しかし、セラフィの恩師であるキッシム=エライダムという人物についての説明はどうでもよかったのである。とにかく、早く帰りたいという気持ちでいっぱいいっぱいだ。雰囲気に飲まれて来てしまったが、辰巳はあとになって冷静に考えたところ――『あー俺バカだわー』と頭を抱えて穴があったら入りたいくらいに恥ずかしくなってしまった。
 そして、セラフィは続けて言う。
「それで、貴様にも知っていてもらいたい情報がある。まあ覚えていないかもしれないが、私が朝言った、妙な組織についてだ。名前とリーダー名くらいは知っていてもらわないとこちらとしてもいざというときに面倒だからな。時間がある今のうちに話しておく」
 本格的にヤバくなってきたな、と辰巳は思う。
「組織名は『暗黒組織(ダークマター)』、そして、リーダー名は魔王(仮)だ。組織名は正確ではないが、由来はまったく検討もつかないような組織、ということだ。ダークマターとは銀河間に存在すると言う物質のことで、実際には存在しているということさえさだかではない。まあ『暗黒組織(ダークマター)』もそんな感じで見つからない為、議会も疑惑気味というわけだ。しかし、私は日本で七人の魔女たち(セブンシスターズ)の一員であるジョージ・ライリー・スコットに重大資料を受け取った。それを本部に通達し、ついでにたっちゃんのことも聞いてみたところ、ついだから連れて来い、とのことだ」
 俺はついでに、ここまで連れてこられたのか、と肩を落ししながら俯いている辰巳。しかし、セラフィはそんな小さいことでは同情すらしない。
「まあ私としては貴様についてのことは《ついで》では終わらしたくないのだが」
 腕を組み、誇らしげに胸を張る。だが、表情はぱっとしない。むしろ不機嫌さを感じる。
 それを感じたのだろうか、辰巳がセラフィに話しかけた。
「? そんなに気になるのか、俺に攻撃が当たらなかったこと」
 うっ、と意表を付かれたように、ビクッ、とする。
「まあそうなのであるが、やはり、偶然ではないと、私は思っている。私は英国騎士団の一員だ。それが候補生(カデット)という枠組みにいたのだとしてもだ。確かに、候補生(カデット)は、『騎士』の称号を持つ者に比べれば、劣りはするが、ただで候補生(カデット)になれたわけではない。それまでの過程には訓練がある。並大抵のものではない。下手したら米軍の訓練よりも厳しく、危険なものかもしれない。それに受かってようやく候補生(カデット)になれるのだ。その訓練の中に、魔法射撃訓練というものがある。それはまあ単純に言ってしまえば射撃訓練なのだが、確実に当たるまで終わらない。それは動かない的に向かってなのだが、体内の魔力を上手くコントロールし、放つものだ。簡単にできるようなものではない。そこで、初級過程として、命中精度に特化した魔導詠唱の第二六章を覚えさせられる。もちろん、失格した者の記憶からはけされるがな、万が一外に漏れたら大騒ぎだからな。まあそれを完全習得したわけだ、
私は」
 は、はあとしか返答のしようがない辰巳であったが、とりあえず、自分なりの意見を無理矢理作り、出してみた。
「でもよセラフィ、確かに精度を完璧にしたとはいえ、その時の状況下において、そんなもんは変化するんじゃねえか? 人間万能なわけないんだし、例えば体調の崩れとか
で変わるし、風とかで向きが変わったんじゃないか? 完全無風なんて早々ないわけだしさあ、確証は得られないぜ、そんなんじゃ」
 ごもっともな意見だった。
 人間そのときの環境によって体調は崩れたり調子のいいときだってあるはずだ。それに気候や湿度によって、その攻撃に影響が出るかもしれない。これが辰巳の意見の本意であった。
 しかし、そんなのはとっくに確認済みだ、と言わんばかりの態度を取る。それを見た辰巳は顔をしかめる。
「ふん、貴様にしてはなかなかの意見だな。だが、魔法にそんな物理法則が通じると思っているのか? その考えはあくまで科学の領域でしか、証明できないのだよ。したがって、気候や湿度による魔法攻撃への支障はなしだ。もうこれは英国騎士団内にて確証済みだ。それに、体調の方についてだが、それもないだろう」
「何で」
「それはだな、私は毎日健康チェックシートに毎日の気分などを記入しているからだよッ!」
 その言葉に目を点にする辰巳。先程までの論理的、説得力のある説明はどこへいったのか分からなくなっていた。
 呆然とする辰巳は、手に握っていた『コカ・コーラ』の缶を思わず落としてしまった。幸いなことに、中はもう飲み干されていた。
「まあいいや。結局、俺はここに連れてこられ、帰れないことには代わりないんだしな」
「そうか、分かってくれたならそれはそれでいい」
 その解答に、セラフィは必要以上に追求はしなかった。
 車はそのまま深夜のイギリスをアメンボのようにスイスイと進んでいく。通りには多少の人影は見える。
 そして数十分後、ようやく辰巳たちを乗せたリムジンは到着した。
 それを確認したセラフィは、車から身を出す。それに続き辰巳も同じく身を出した。
 バッキンガム宮殿。
 敷地面積約一万坪を誇り、敷地内には舞踏会場、音楽堂、美術館、接見室や図書館などの施設が設置されている。部屋数はスイート一九、来客用寝室五二、スタッフ用寝室一八八・・・・・・。多種多様である。さらに宮殿に勤務している人数は四五〇人、年間の招待客は四万人にも上るという。
 宮殿正面広場にはヴィクトリア記念碑が建立されており、その向こうにはセント・ジェームズ・パークとトラファルガー広場にはつながるザ・マルが生い茂っており、プラタナス並木に沿って位置している。
 これらがざっとしたバッキンガム宮殿の敷地内説明なのだが、今、辰巳たちがいるのはバッキンガム宮殿であって、バッキンガム宮殿ではなかった。
 この言い方は間違っているのかもしれないが、勘違いしないでほしい。辰巳がいるには列記としたバッキンガム宮殿だ。しかし、場所が場所だということだ。バッキンガム宮殿と言われると、まず思い浮かべるのは、ずんと建っているあの大きな宮殿のことだろう。しかし、辰巳たちがいるのはその裏手といってもいい場所、そこにいた。だからバッキンガム宮殿であって、バッキンガム宮殿ではない、なのだ。
 そこで、辰巳は呆然と立ち尽くす。
 いや、ただ単にどこここ? という意味ではない。しっかりとここがどこだかくらいはセラフィに聞いていた。だからこその呆然、失意。きっと辰巳はあの正面からバッキンガム宮殿を拝みかったのだろう。
「行くぞ。そんな長くはキッシム先生を待たせるわけにはいかない。わかったなら早くしろ」
 一方的な意見に、渋々と後を着いていくように、金魚の糞のように、セラフィの背中を辰巳は追っていく。運転手さんとはここでお別れらしい。そこで、辰巳は心のなかでコカ・コーラありがとうと念じ、その場を後にした。



[29235] とある名家の娘事情3-6
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/09/15 19:08
セラフィが向かったのは従業員しか入れなそうなドアの前だった。
 辺りはお化けでも出るんじゃないかと思うほど暗く、明かりという明かりは、数百メートルさっきにある電灯くらいだ。おまけに夜の霊気をのせているんじゃないかというほど冷たい風が、辰巳を襲う。
 肝心なドアの方は、至るところに錆がはいっている。年期が感じられる。
 そのドアを、セラフィは躊躇することなく、開けた。
 中は通路になっていて、一本線上見たいに長く続いていた。通路の脇には今にも落ちてきそうな沢山の荷物が山積みにされている。
 その菜かを、セラフィは突き進む。
 辰巳も後を追う。
 しばらく突き進んでいると、脇に荷物が無くなった箇所があり、横への通路が薄気味悪く存在していた。
「ここなのか?」
辰巳の質問に、セラフィは答える。
「ああ、まあ確かにここだが、正確にはもう少し奥にある。なに、ほんの数十メートルだ」
 言われた通り、奥へと入っていく。すると、暗闇の中からなにやら金属らしき物体が見えてきた。気になった辰巳は近くへと寄ってみる。
「セラフィ、これは何だ?」
 手にとって見せたのは、銀でできている杯だ。しかし、持っている本人は、それが銀でできているなど、セラフィに聞くまで分からなかった。

 また歩き、飽きてくる頃に、ようやく目的地に到着したらしい。
 目の前には一つのエレベーターがある。しかも妙に新品ぽく、回りの雰囲気と対照的だった。
「ふーん、そろそろか。おいたっちゃん、そんなつまらない物に熱中していないで、こっちに来い」
 セラフィに促され、エレベーターの前まで進む。年齢では辰巳の方が上っぽいのに、精神面ではセラフィのほうが上だった。
 待つこと数十秒、エレベーターは音もなくドアを開けた。それに、辰巳は一瞬驚くも、すぐに乗り込む。
 閉まると同時に、エレベーターは動き出す。
 静寂の中、辰巳は耐えられなくなり、セラフィに喋りかける。
「セラフィ、何でお前こんなところに入ったんだ? わざわざ危険をおかしてまでもここにはいる必要はなかったんじゃねえのか? 危険なこと出なくて他にあるだろ、家柄から囚われないところなんてさ」
「そう思うか」
 案外攻撃性のない返答に、少し戸惑いながら、「ああ」と返事を返す。
「私とてそのくらいは考えた。しかし、その程度の事で駄目なのだ。そのていどではヴァルキリー家から圧力をかけられ、すぐにおいだされる――というのは可笑しいが、そうなってしまう。だから、もっと権力のあるところに入らなければいけない。少なくともヴァルキリー家と同等の権力を持つ組織にな」
「それが英国騎士団」
 うん、と頷く。
「まあ何とか入ったんだが、案外ここの訓練が厳しくてな、投げ出そうとしたことは何度もあったが諦めずにやってこれたのはある意味家のおかげだろうな。帰りたくない、という気持ちが厳しい訓練を乗り越えられた秘訣だろう」
 何だか複雑だと、辰巳は思った。きっと、セラフィは辰巳があそんでいるとき、学校で友達とくだらない会話をしているとき、きっと厳しい、それも地獄を見るような厳しい訓練を受けていたに違いない。そう考えると、何だか心複雑な気分になったのだ。今は笑って話していられるかもしれないが、当時は死にたいと思ったことさえあったかもしれない。
 そんな過酷な過去を乗り越えて、今がある。そう考えると、辰巳はセラフィに頭が上がらなくなるような感じがした。
「ま、詮索無用ということで、この話は終わりだ」
 きっと、この笑顔も貴重なものなのだ。
 エレベーターのドアが開いた。
 そこに広がっていたのは東京ドームを連想させるような広さを持った空間だ。空港の時とは違う。ここは地下に作られている、とセラフィは説明した。辰巳も、エレベーター内で、地下に行っているということぐらいは察知していたが、まさかここまで広いとは思っていなかったらしく、目を丸くし、驚いている。
 ざっとこの空間の広さを説明すると、縦横奥行きは三〇〇メートルを優に越えている。辰巳たちがいるのはどうやらこの空間の二階部分らしく、見下ろすと、せっせと働いている英国騎士団の団員らしき人が見える。
「ここが本部ってやつなのか?」
 辰巳は視線を正面に見据えたまま、質問をした。
「ああ、ここが本部の中でも中心部にあたるメインフロアというやつだ。まあ私たちが行くのはここではないんだがな、別のフロアだ」
 言うや否や、セラフィは歩き出した。二階部分は空間を取り囲むように設置されている。例えるなら、学校の体育館によくあるちっちゃい二階部分みたいな感じだ。
 そこを、セラフィは歩く。
 目的地にはすぐについたらしい。
 そばには少し大きめの――長さは二メートル程の木製のドアがある。
「来ているといいんだが」
 呟くと、セラフィは掴んだドアノブを回す。
 入った先は、手前のメインフロアとまではいかないが、ある程度の大きさを持った部屋、だった。
「ふうーん」
 辺りを見回しているのはセラフィだ。
 部屋内は天井には豪華な装飾が描かれており、壁一面には彫刻が施されていた。それが逆に何やらどうせ意図があって施しているんだろうなー、と辰巳を思わせたのは流しておこう。
 そんな部屋の中。正面には大きな黒板が備え付けられており、その前には教壇が置かれていた。その教壇近くの机に、一人の中年男性が座っていた。
「キッシム先生! 来ましたよ」
 その中年男性に声をかけたセラフィは歩み寄る。
 それを見た中年男性――キッシムと呼ばれていた。この人がキッシム=エライダムという人物なのだろう。セラフィの言っていた通り、髪は他の人より残念な方だった。服装は黒の長いロングコートを一枚来ていることだけしか確認できないほど長い。
「お、来たか。待ちくたびれたぞ」
 日本語でセラフィが言ったからだろうか、辰巳が事前に来るのを知っていたからなのかは定かではないが、まあここで分かるのはキッシム先生は日本語が上手ということだけだ。日本人である辰巳が驚くくらいに。
「お久しぶりです、それで、単刀直入で申し訳ないのですが、こちらが連絡で言っていたたっちゃんです」
 その紹介に、辰巳は手を頭の後ろに当てながら「どうも」と返事を返す。
「やあ君がたっちゃんさんか? 随分と変わった名前をしているんだね、驚いたよ。話には聞いていたが、まさかここまで若いとは、もしかしてセラフィと同い年いうらいか?」
 その視線はまるで我が子を見つめるような暖かさを感じられる。
 しかし、セラフィの顔色は明るくはなかった。
「それで――」
 まるで無理をして話を進めるかのように、セラフィは話題を持ち出した。
「分かっている。焦らなくてもいいだろう? そのたっちゃんさんの事と、確か・・・・・・重大資料もあるとか言っていたな」
 重大資料という単語を聞いてセラフィは、顔を苦くする。
「どうしたんだい? 少し顔色が良くない。長旅で疲れたというわけでもないし、時差ボケか? なら仕方がない、この件は明日にするとしよう。今日はゆっくりと休みなさい。たっちゃんさんも一緒に休んでいってくださいな」
 その言葉に、辰巳は拒否などできやしなかった。

 二人が連れてこられたのは、英国騎士団本部であるバッキンガム宮殿地下を出て、目とはなの先にあったホテルであった。
 辰巳は、あの地下にでも泊められるかと思っていたのだが、どうやら違ったらしく、まあ違ったことを多祥なりと安堵している。 
 今正確に辰巳のいる状況を説明するというならきうだろう。
 さっきホテルと言ったが並大抵のホテルではなかった。高級ホテルだ。しかも三ツ星。そこの最上階――つまり三ツ星ホテルのスイートホームだ。室内は完全防音の上、ライトはシャンデリア。ソファやベットはすべて羽毛を利用しており、焼きたてのパン見たいにふかふかだ。さらに、いつでもルームサービスが利用できるよう、電話も設置されている。まあこれは普通だろう。ソファーとソファーに挟まれたテーブルの上にはいかにも高そうなワインが二本ほど、氷が入っているケースの中に置かれていた。
 そんな部屋の中、多田野辰巳は無邪気にはしゃいでいた。
「おい見ろよセラフィ、このシャンデリア! めっちゃ光ってやがんぞ!?」
 指を指しながら叫ぶ。ここが完全防音ではなかったら、隣の部屋から苦情が飛んでいたに違いない。しかし、そんなことはいず知れず辰巳はそれから十数分に渡ってはしゃぎ続けた。
 それにしても、セラフィの顔色はキッシムに会って以来、良くはなかった。このホテルに着いてからも、今の今までずっとソファーに座ったままだ。
 さすがの辰巳もそんな様子を見て話しかけた。
「なあ、何でそんな暗いんだよ。何かあったのか?」
「・・・・・・」
 しかし、そんな辰巳の心配も掻い潜り、何も喋らない。
「言いたくないんじゃ詮索はしねえけど、言わなきゃ楽にはなんないぜ?」
 言うと、辰巳は向かいのソファーに座った。
 そうして、何も言わない、なんの会話もない時間が数分続いた。
 そしてようやく、セラフィの口が動いた。
「たっちゃん・・・・・・」
「何だ?」
 辰巳はぼーと部屋の隅を見つめていた目をセラフィへと向ける。
「いや、やはり言っておかなければいけないことがある。ちょっと一緒に外まで付き合ってはくれんか?」
「デートか!?」
「違うわ!! いいから早く来い!」
 バカ解答をあっけなく墜落させ、セラフィは辰巳の襟首を掴むと、そのまま引きずって行く。
 何て馬鹿力だ、と辰巳は改めてセラフィーナ=ヴァルキリーの恐ろしさを痛感した。
 
 セラフィが辰巳を引きずって連れていったのはホテルの近くにあった公園だ。
 今何時だ? と思う読者もいるかもしれない。ちなみに、いまはイギリス時間――本初子午線に則って言うならば午前一時過ぎだ。辺りに人影がいないのは当たり前の時間帯。
 そこで、ベンチに腰を下ろしたセラフィが言う。
「ここに連れてきた理由は簡単だ。盗聴されると厄介なことになるからだ」
 その口調は妙に冷静だった。
「貴様にも言ったはずだな、英国騎士団に行く途中のエレベーター内で。あれに関連する――いや、もろに当たっている内容だ。『暗黒組織(ダークマター)』のリーダー、魔王に関する事だ」
『暗黒組織(ダークマター)』。今現在、英国騎士団が血眼になって捜索している組織。長い間一国家にも等しい組織から逃れている。そんな組織の、しかもリーダーについての情報だ。ここに英国騎士団の団員がいたら『手柄だー!』と言って金を払ってでも手に入れたい情報に違いない。団員だけではない。英国騎士団そのものが欲している。
「何だか言うにが嫌になってきた」
 珍しい言葉だ。
「しかし、言わなければ鬱にもなりかねんからな・・・・・・」
 ふう と一度深呼吸をしてからもう一度話す。
「いいかたっちゃん、これから言うことはすべて他言してはいけない。それは例えキッシム先生だとしても、貴様の母上にだろうとだ。それまでに重要な情報だ。いうなれば国家機密にも等しいものだ。心して聞け」
「ちょっと待ってくれ」辰巳は両手を前へ付きだし、一旦話を止める。「そもそも何で俺になんだ? そんな大事な情報、俺なんかよりキッシム先生に言った方が百倍いいに決まってるだろ!? それを置いても俺に話すべき情報なのか?」
 もっともな意見だ。
 そんな情報、一般人の辰巳に言っても何の幸もなさない。むしろ危険さえ及ぼすかもしれない。例え辰巳が知って、誰にも言わないとしても、セラフィたちには読心術があるはずだ。それを使われたら辰巳が知っているその重大な情報もたちまち広がってしまう。
 それを考えての発言なのだろうか。
「いや、キッシム先生に話すより、貴様に話した方が安全だろう。貴様は一応私の彼氏という設定になっている」
「え・・・・・・?」
 目がゴマになる。それくらい呆気なく意表をつかれたかのようなかいとうだったのである。
「多分、キッシム先生は貴様には読心術は使わないだろう。なんせ相手は一般人、使っても何の利点もないだろうからな。まあここに来た時点で一般人ではないだろうが、魔法も使えないのは我々にとっては一般人も同じだ。それに、自分で言うのもなんだが、私はキッシム先生の愛弟子だ。あちらは完全に信用している。まさかこの重大資料が『暗黒組織(ダークマター)』に関するものだとは思うまい」
「何だよ、それ。俺が言うのは何だが、捉え方によっては、まるでキッシム先生が魔王みたいな言い方じゃねえか!」
「そうだその通りだ」
 暗かった理由はこれなのだろう。
 恩師が魔王。
 セラフィは完全には七人の魔女たち(セブンシスターズ)による情報を信用したわけではない。半信半疑だ。
 それでも、その考え、そうなってしまった場合の想定はしなくてはならない。
 灯台もと暗し。
 それなら、暗黒組織(ダークマター)がこれまで追っ手から逃れ来た理由にもなる。
 つまり。
 辻褄が合ってしまうかもしれないのだ。
 これはよもや偶然とはいいがたい。
 それに、キッシム先生は魔法の腕も一流だ、とセラフィが言っていた。それも考慮するとやはり、この考えがありうる可能性は高くなってしまう。
「でも、そんな簡単に信じちまっていいのか!? キッシム先生はお前の恩師なんだろ? だったら、まだ断定したわけじゃ――」
「違う」セラフィの表情が暗くなる。「私が言ったのはあくまでこの仮説を頭の中にいれておけということだ。いつでも対応できるようにな」
 でも、と反論材料を探そうとする辰巳だったが、見つかるわけなかった。辰巳がこの世界のことを知って、まだ一日と経っていない。むしろ、たった一日程度でここまで巻き込まれてること事態がおかしいのだ。
 したがって、今の辰巳に反論材料など見つかるはずもない。
「・・・・・・」
 黙りこむ。
 しばらく、その公園には静寂が続く。
 冷たい風も何度か吹いたが、今の辰巳にとってはどうでもよかった。
「話はこれでおしまいだ。いいか、くれぐれも他言するんじゃないぞ」
 ベンチから立ち上がり、セラフィはそのままホテルへと戻って行く。
 その後ろ姿は、どうにも小さく見え、どことなく、大ききも見えた。
 その後、辰巳も颯爽とホテルに戻ることにした。

 戻ったあとは、特に二人とも喋ることなく、寝床についた。
 事前にシャワーだけは浴びておいた。
 やはり、この間の朝とは違う違和感が、辰巳には感じられた。

 翌朝、辰巳はとあるホテルのスイールームの洗面所にある鏡の前で自分の顔に刻み込まれた傷を擦っていた。
「いってーなクソ。別にあそこまで徹底的に殺んなくてもよかったんじゃねえかよ」
 イテテテテ、と傷を擦りながら、愚痴を漏らす。
「悪かったな。まあ貴様があそこで寝ていたことを後悔しろ」
 後ろから声がかけられた。
 かけたのは、もちろんセラフィだ。
 辰巳をひょんなことで大事件に巻き込みかけさせている張本人だ。
「後悔しろ・・・・・・って、お前が入り込んできたんだろ?」
 セラフィは洗面所入口付近の壁に、背中を預け、少々顔を朱色に染めていた。しかも腕は組んでいて、『動揺してなんかないぞ私は!!』という感がもろに感じられる。
 しかし、セラフィは辰巳の解答に、うっ、と顔をしかめた。
「それで一方的に攻撃されるって、イジメじゃん」
「な――ッ! そもそも、貴様が私に着いて来なければこのような事態には発展しなかったであろうにようは貴様が悪いのだ!」
「つーかどんだけ話の内容、昔に戻してんだよ!」
 知ったことか! と叫び、その場を去ってしまった。
(どう考えたってアイツが悪ぃじゃんかよ)
ふて腐れながらも、辰巳は早朝のことを思い出した。

 時は少々遡り、まだ日が昇りかけている頃のことだった。
 スースーいい感じに眠っていた。
「まだまだ行くぞっ! うおおおおおおおッ!!」
 どうやらファンタジー系の夢を見ているっぽい。
 辰巳はフカフカのベットの上で、庶民顔負けの寝相の悪さで掛け布団を抱き枕にして寝ていた時のことだった。高級ホテルだけあって、寝巻きも用意されており、今はそれに着替えて寝ている。
「よし、ざまあ見ろ・・・・・・大魔王」
 ボス戦も終わり、夢も終わったときに、
 ふと、辰巳にいい香りが鼻に誘い込まれた。
 それは、夢を見ていた辰巳にも不快感を与え、目を覚めさせてしまった。
「・・・・・・」
 まさかの事態に思考を停止させる。
 それからしばらく 、
「あのーセラフィさん? 何で俺のベットに寝ていらっしゃるんですか?」
 バカだった、とこの事を、洗面所に来て思うのであった。
「ん、んん――」
 そんな辰巳の問いかけに、セラフィは小さく答え、ふと疑問に思う。

 ――何でたっちゃんの声がすぐ隣から聞こえるんだ? と。

 そう思ったセラフィは機嫌ながらも重い瞼を持ち上げ、確認をした。
「おーいセラフィさん?」
 やっぱり、と。
 確信をしたセラフィは顔が熱くなるのを自覚しながら、ベットの上に置いてある拳に力を入れ、
「なななな何で私のベットに貴様がいるのだ!!」
 思わず辰巳をボコボコにしてしまったのであった。

 そして時は現在に戻る。
 今はもう傷のことは忘れて、朝食を済ませた辰巳とセラフィ。今はホテルをチェックアウトし、英国騎士団へと向かっていた。
「ふわー。まだ寝みーわ」
 あくびをしながら辰巳は目尻に涙を溜める。
「貴様が変なことをしたからだろ!」
 まだ根に持っているようだ。
「もういいだろ、その事は。なっちまったことはしょうがないし、過去は変えられない。変えられるのは未来だけだ。で、どうすんだ。言いにくいけどさ。キッシム先生の事」
「どうするもなにも、まあ――」
 この話題になると、やはり暗くなる。
「そういやあ、キッシム先生に資料渡すんだろ? どうすんだよ」
 街中を歩く。
 朝だというのに、もう車がちらほら走っているのが見える。
「そのことなら心配ない。資料の中身は写真だ、キッシム先生のな。だが、写真は事前に別途の物と取り替えてある。それがこれ」
 セラフィがどこからとなく取り出した封筒の中から出てきたのは縦一五センチ、横十センチ程の写真だ。そこには若い男性の顔が写っていた。
「コピーしておいたのだ。ちなみにこれはビジュアル系ロックバンド『Galaxy dust 』。マイナーなユニットだから嘘とばれてもなんとかなるだろう。これをキッシム先生に提出する。いいか、ここで言っておくが、貴様は英国騎士団に到着しだい、一言も声を出すな。駆け引きはこちらでする」
「分かった」
 反論はしなかった。
 事の重大さが、少なからず辰巳にも伝わったのだろう。
「そこで、変に会話に反応されては困るので、このウォーキングマンで、音楽を大音量で聴いていてほしい。いいか?」
 またどこからとなく取り出した。
 手には小型の音楽プレイヤー。それを辰巳に渡す。
「もちろん、要は会話内容が、聞こえないような音量で、音楽を聴け、っつう話だろ? 素人が下手に聞いて、表情で判断されたら困るんだろ? 何、このくらいは了承するさ」
 案の定、辰巳が素直にこの条件を飲んでくれたことに、安心するセラフィ。
「理解が早いな。そうならばこちらも助かる。くれぐれも気を付けてくれ」
 早速、手渡されたウォーキングマン耳に装着させる。
 曲は英語で入力されていて、読めなかった。
「ちなみに、その中に入っている曲はすべて『Galaxy dust 』のものだ。何だか写真を利用させてもらうと考えたら同情してしまってな。シングル十枚、アルバム四枚を買ってその中に入れさせてもらった」
 無駄な気遣いだな、と辰巳は思う。
 流してみると、何を言っているのかは解らないが、結構いい歌だった。
 セラフィが確認をするためか、何やら喋っている。しかし辰巳にはただ腕やら何やらを動かしているようにしか見えなかった。
「ふむ、聴こえていないようだな、オッケーだ」
 どんなに声をかけても返答をしない辰巳を見て、満足そうな表情を取った。
 ちなみに、さっき辰巳に言っていたのはすべて罵倒だ。



[29235] とある名家の娘事情3-7
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/09/18 11:36
そして、待ち合わせ場所なのか、一台のハイヤーが待ち構えるように辰巳たちの先に停車する。
 それに、セラフィが躊躇なく乗車するので、辰巳も習い、乗車する。
「キッシムさんから頼まれてね。窮屈ですまないね」
「いえ、贈ってくれるだけで感謝です」
 そうかい、と笑顔で返すと、運転に意識を集中させるドライバーさん。
 しかし、それが何の会話なのか、辰巳は知るよしもなかった。
 数十分後、辰巳たちを乗せたハイヤーはバッキンガム宮殿の前で止まった。
「すまない、ここからは歩いていってほしい。さすがにこの車で裏側まで行くと目立つのでね。まあイギリス一、つまらないアトラクションを楽しむといい」
 イギリス一、つまらないアトラクションをどう楽しめというのだ、という疑問に思うかもしれないが、まあ言葉の綾だと思っていただければ幸いだ。
 ハイヤーを降りた二人は少し会話をした。
「ちょっと外せ」
 どうせ聞こえないと分かっているセラフィは、口に出しながらも動作で辰巳に促す。
「何だよ?」
 動作の意味を理解し、イヤホンを外す。
「これから入るが、いまから追加の注意点を話す。一応、昨日貴様は私の彼氏という設定になっているということを言ったな」
「ああ、聞いた」
「だが、そんな馴れ馴れしくするな、私が促したときだけ彼氏っぽくしろ、いいな。合図は私が腕に飛び付く。そうした場合にはイチャイチャ度をアピールしろ、分かったな?」
「・・・・・・、多分」
 まあできれば使わないようにしたいものだな、と愚痴を溢すように言ったのを聞いて、辰巳は少し肩を落とした。
 少し歩き、到着したのは昨夜にも来た従業員が使っていそうなドアの前である。
 時は既に午前九時を回っており、暖かくなってきた。
 しかし、そんな平穏な時は今はどうでもいい。むしろ、邪魔になるだけかもしれない。
 今からしようとしているのは半ば英国騎士団に対する反乱だ。身内に敵のリーダーがいるなんて発言したら笑の的にもなる。それで終わればいい。だが、最悪の場合、死にいたる可能性だとて捨てきれはしない。
 そんな緊張溢れるなか、セラフィは堂々と辰巳の前を歩き、英国騎士団本部へと進行している。
「・・・・・・」
 辰巳はその後ろをただ黙々と着いていく。耳にはイヤホン、音が聞こえないように、耳に入ってこないようにするための言わば兵器だ。
 ウォーキングマンは辰巳のズボンのポケットに入っていて、どこから見てもそこらにいる若いあんちゃんだ。
 辰巳たちはエレベーターの前に到着する。
 セラフィは動作で『イヤホンをはずせ』と促す。
「何だ?」
「いや、まあちょっとしたことだ。これからしようとしているのは半ば英国騎士団に対する反乱だ。うまくいけば成功だが、まあ失敗したら――」
 言うまでもないだろう、と付け足す。
 それに、辰巳も静かに首肯する。
 エレベーターに乗り、慣性の力が働き、体に気持ちが悪いような浮遊かんを感じながら、本部に入る。
 昨日と同じ場所まで行くだけだった。
 だが、それが異様に長いような気もする。ただ、辰巳はセラフィに言われた通り、立っているだけでいい、しかも耳には念を入れてのイヤホンだ。多少は気を使ってくれているのだろう。それでも、人は考える。考えようとするのを辞めない。寝ているときでさえ、きっと人は考えているだろう。
 もし、会話が始まっても、辰巳の『知りたい』という好奇心がなくならない限り、その会話を聞きたい、と考えるのもやむを得ない。そうしたら顔に出てしまう。それ命取りとなってしまう。
 こう考えてしまったら、終わりだ。
 そして今辰巳はそうなりかけている。
 そのまま二人は昨日も来た、木製の高さ二メートル超えの扉の前にたった。
 セラフィの顔つきは悪くなり、一度深呼吸をする。深呼吸の効果ありか、顔つきが多少、柔らかくなる。
 その心境は計り知れないだろう。
 セラフィは静かにその扉を開ける。
 ギイー、と耳にさわる音が、その先に存在する部屋に響き渡る。
「? 来たのかい。随分と早いお出ましだね、僕の予想では昼くらいに来るかと思っていたんだけど」
 キッシムは机に座り、読書をしていた。その本をすぐに閉じる。
「それまでに重要な用件だということです」
「そうか、そうだったな。あの冷静沈着な君が、一人で何でもこなしていた君が僕に助けを求めるということは、それなりの資料なんだね?」
 はい、ときっぱりと答える。
 それと同時に、セラフィは懐から封筒を取り出した。
「それが――」
「ええ。そうです。これが『暗黒組織(ダークマター)』と我々が読んでいる組織に関する資料です」
「何だと!?」
 驚愕の表情を浮かべるキッシム。それからは、本当にこの人がリーダーなのか、と疑問を持たせるほどのものだ。
 だが、確信は持っていなかった。これはあくまで敵側である七人の魔女たち(セブンシスターズ)からの情報だった。だから、百パーセント信用できる代物ではない。だが、キッシムをリーダーとして仮説をたててみると、奇妙なほどに行動時間やらなにやらが当てはまってしまう。だからこそ、疑ってしまう。たとえそれが自分の恩師であろうとだ。
 人間の心理なんてものは単純だ。喜怒哀楽が皆平等に存在する。だが、現段階ではセラフィの心情に『楽』と『喜』という感情はなかった。あるのはそれ以外。負の感情のみ、それがセラフィの心を支配していた。
『怒』――自分へ対する怒り。何でこんなことを知ってしまったんだという意味での、だ。
『哀』――キッシムへの哀れみ。なさかこんな形で出会ってしまうとは、と久方ぶりの再開に、哀れむ。
 その当の本人であるキッシムは、セラフィが渡した封筒の中身を見て、驚きを隠せない表情をしていた。
「それで、この情報の元は?」
 顎に手をあて、疑問をセラフィに投げる。
「信じられないかもしれないんですが、情報元は七人の魔女たち(セブンシスターズ)です」
 その一言に、キッシムはまた驚く。
「そうか、でも、確信は持てないわけだな。なんせ相手は英国騎士団と対立している組織だ。その一員から手渡された、というのが引っ掛かるな」
 顔を険しくし、考え始める。
 セラフィはようやくここで第一段階とも言える通過点をクリアした。この写真が偽物ではないと、信じこませることができたからだ。そして、さらにセラフィは続ける。
「だから、先生にご鑑定していただこうと考えたのですが、どうでしょう?」
「ああ、判断は正しいな。これを一人で解決しようとするには無理がある。しかしどうしたものか」キッシムは困った顔つきになり、頭を軽く掻く。「悪いがこれでは私にもどうすることができん。そうだな・・・・・・では、こうするのはどうだ」
 良い策でも見つまったのだろうか、ハキハキとした声色になる。
「今から数時間後に、ここ英国騎士団本部で『老騎士会(ナイトマスターズ)』がある。そこで、この資料の信憑性についての議論をしてもらおう。どうだ?」
「そうですね。このレベルの情報なら、臨時パスもとれるかもしれませんし」
 決定だな、とキッシムは付け足した。
 この会話を聞いていると、セラフィが立てた仮説が瓦解しておくように思われる。やはり、この情報は偽のものだったのではないか、と。七人の魔女たち(セブンシスターズ)は端から偽の情報を流し、英国騎士団が騒ぎ立てるのを高みの見物で悠々と見遊ぶつもりではなかったのだろうか。
 しかし、セラフィはその考えを今持っている精神力を用い、否定する。だが、完全にまではいかない。半信半疑、そのくらいで止めておく。あくまで仮説。その域を脱しない限り、仮説はいつまでたっても仮説のままだ。
 キッシムとセラフィの議論はすぐに終わった。
 会話も終わった事だし、とセラフィはジェスチャーで辰巳にイヤホンを外すように促す。
「そういえば、何でたっちゃんさんはイヤホンをつけていたんだい?」
 たっちゃんさんて。がっかりする辰巳を無視し、セラフィは言う。
「ただの音楽バカですよ」
「なっ! ただの音楽バカとは何だ! お前――ムム!!」
 突如、辰巳の言葉が濁る。いや、正確にはセラフィに口を塞がれた、だ。
 形相が険しい。背中にキッシムを預けて、セラフィは口を押さえたのだ。
「どうしたんだい、いきなり」
 いえいえ何でもないんです、ね? 表面上はモデルのような可憐な微笑みをしているのだが、絶対裏では滅茶苦茶怒ってるよ、と内心ヒヤヒヤな辰巳であった。
 その後、キッシムから驚きの提案が生まれた。
「どうだい? まだまだ議会までは時間がある。そこらで食事でもいかがな? もちろん、たっちゃんさんもご一緒に」
 笑みを浮かべながら招待してくれているキッシムに、悪いと思いながら訂正をした。
 もうたっちゃんさんじゃなくて辰巳って呼んでください、と。
 顔から火が出るような思いであった。
 その受け答えに、キッシムは笑いながら、
「なんだい、君の名前は辰巳と言うのか? はじめて知ったな」
 そして、特にこのやり取りとは関係のないセラフィまでも、
「貴様っ! 辰巳という名前があったのか!?」
 これはものすごく傷つく答えだ。
 まあとも知れず、二人の誤解を解いた辰巳たちご一行は、食事をとるべく英国騎士団を後にした。



[29235] とある名家の娘事情3-8
Name: 田浪亜紀◆207db25a ID:2960a770
Date: 2011/09/21 17:18
時間はもう既に正午になっていた。
 日本の私服を着ている辰巳。ジャケットを上から羽織り、なかなかいいファッションセンスをしているセラフィ。ただ単に黒いロングコートを着ているキッシム。
 これらを町中の人が見たら異様な小規模集団に見える。現に、そう思われているらしく、周囲にいる複数の奥様方から『ねえ、あのグループ見てくださいよ、何か異様じゃありませんミセス・マドワーゼル』『そうね、ミセス・アントワネット』的感じの会話が辰巳の耳には届いていた。といってもほとんど会話内容は解らない。あくまで雰囲気で判断した結果だ。
「これから行くのは私のお気に入りのお店でね。パスタやピッツァが美味しいんだよこれが」
「ピッツァ?」
「何だい、ピッツァを知らないのかい? 珍しいね。日本でも人気があると聞いていたんだが、私の勘違いだったかな」
 可笑しいなあ、と呟いて、それ以降何も喋らなくなった。
 ちなみに、ピッツァとはピザの事である。どうやら辰巳は正しい発音のピザのことをピッツァとは知らなかったのだろう。
 それからというもの、何度も言っているかもしれないが、挙動不審すらしないキッシムに、辰巳、セラフィは『キッシム魔王説』を否定しかけていた。
 
 食事も終わり、時はもう既に『老騎士会(ナイトマスターズ)』の開始を示す時になりつつあるころだ。
 ここはその会議が開かれる部屋の前であった。辺りは薄暗く、一本の通路のようになっている。その通路に沿うように複数の扉が連なるように備え付けられている。その扉一つの大きさは優に三メートルを越しているだろう。その一つひとつにド派手な――とまではいかないが、手間がかかっていると思わせるような彫刻が絢爛に彫られていた。
 そんな薄暗く、どこまでも通路が続いているんじゃないかと思わせるようなところの、そのまた派手に彫刻された扉の前で、辰巳、セラフィはふらふらとふらついていた。
「やっぱ嘘だったんじゃねえか?」
 そこに、辰巳は今までのキッシムの行動を思い浮かべながら尋ねた。
 セラフィもその意見に同意したい気分であったが、やはり完全には捨てきれないのだ。だが、今セラフィの心中に存在しているであろう『信頼パラメーター』があるのだとしたら、比率は、キッシム魔王説を信じる、信じないでいくと、3対7くらいだろう。
「これまでの行動をみたって、何の素振りもしなかった。やっぱ考えすぎ、だったんだよ」
 その甘い言葉がセラフィの思考に拍車を掛ける。
「だが、そうとも決まったわけではない」
 だが、それを、セラフィは叩きわる。
「確かに、キッシム先生に先程までに見せた素振りには怪しい観点はなかった。それは認めよう。だが、それはあちらに私たちはキッシム先生が『暗黒組織(ダークマター)』のリーダーである魔王と知られていないからではないか? それならばいつも通りの行動をとって当たり前だ。だったらそれを知っているような状況を作ってしまえばいいだけだ」
「どうやって――」
「その為の重大資料だろ」
 言うと、セラフィは封筒を取り出した。あの、A4サイズの写真が入った、正真正銘の重大資料。英国騎士団から長年逃げ延びてきた組織のリーダーの顔写真。
 それが今、手元にある。
 あとはそれがどの程度、キッシムの不安感を煽れるかどうかだけだ。
「そっか――」
 辰巳は了承する。いや、関心、といった方が正しいのだろうか。何だか今、辰巳はセラフィが大きく見える。それは、体がではない。体はそのままだ。言っているのは心の問題だ。そうやって、組織の為に恩師さえ疑う。恐ろしいには恐ろしい。恩師を信頼できないのか! と思うかもしれないが、これは信頼しているからこその決断だ。当初、セラフィは鬱のなりかけるほど悩んで、苦しんだ。それがあってに今の決断だ。それが、辰巳にとっては尊敬に値した。セラフィはそれほどまでにキッシムのことを信用している。
 それでのこの決断。
 それらを考慮して、辰巳はある言葉を口に出す。
「違うといいな」
 と。
 その言葉に、セラフィも優しく答えた。
 時も数分たち、奥の方から一人の頭が残念な中年男性がやってきた。
「すまないね、待たせちゃって」
 すべての元凶であるキッシム=エライダムが。
「なんとか貰ってきたよ臨時パス。これで出られるようになるだろう。それと、セラフィ、君には壇上に出て、その情報を入手するまでの経緯を語ってほしい。一応この議会最大の情報だ」
 誇らしげに語るキッシム。
「では、壇上で話せばいいのですよね?」
「そうだ。何、緊張することなんて何もないさ。たとえ君が間違っていたとしても、悪いのは君じゃない、そのくらいは上の人たちもわかっているだろう」
 その会話を最後に、目の前にある三メートル超えの扉が悠々と開く。
 向こう側には既に三十人近い人が、席に座り、鋭い眼光で入ってきた辰巳たちを見ていた。部屋の構造は俗に言う、裁判所を連想させるような造りだ。
 辰巳は案内され、一般傍聴席に案内され、キッシムは専用の席に案内されていた。
 セラフィは前に出て、中央の少し広めの空間にある小さな椅子へと腰を掛けていた。
 辰巳は緊張のあまり上を見上げた、そこには何と、四人の人がいた。別に浮いていたわけではない。ただ、高さ約十メートルほどの高さがある壁の四メートル付近の壁に穴が開いていた。そこに、四人のフードを被った人がいたのだ。
(なんだありゃあ)
 疑問に思う。
 不気味に見えたのだ。
 そして、遂に『老騎士会(ナイトマスターズ)』が始まる。
 議会進行係らしき人が、キッシムがいる群衆から、出てきた。年は三十代半ばくらいだろう。
 その進行係の人は壇上に上がり、ごほん、と咳を払い、
「えー、これでは第百七十八回『老騎士会(ナイトマスターズ)』を始めます。今回の議題は事前にも説明させていただいたように、候補生(カデット)であるセラフィーナ=ヴァルキリーから暗黒組織(ダークマター)に関する情報を開示していただきます。では、セラフィーナ=ヴァルキリー、こちらへ」
 すると、進行係の人は、壇上を譲るような形でその場を退いた。
 セラフィは勧められたとおりにそこへと上り、話す態勢を取った。
「ご紹介に預かりました、セラフィーナ=ヴァルキリーです。今回開示させていただく情報の元は七人の魔女たち(セブンシスターズ)からです」
 その七人の魔女たち(セブンシスターズ)の単語が出てきた瞬間、会場内はざわつきで埋まった。
 しかし セラフィは動じず、さらに続ける。
「なので、あまり情報の信憑性には欠けますが、ご了承ください」
「少し待ちなさい」
 突如、ここの者たちではない声が降りかかる。
 一瞬、辰巳は声の発生源が分からなかった。だが、会場内の人たちはすべて、視線を上に向けていた。もちろん、セラフィもだ。
「セラフィーナ=ヴァルキリーと申したな。そなた、なぜ七人の魔女たち(セブンシスターズ)と接触できた」
 声を出しているのは上にいる四人のうちの一人。
「そうそう接触できる組織ではなかろう。それに、偶然会ったというのも考えにくい、もし、そなたは七人の魔女たち(セブンシスターズ)と取引でもしたんではあるまいな、それは重罪だぞ」
 その声だけでも威圧感が解る。
 セラフィは少し動揺した声色で、
「いえ、偶然といってしまえば偶然ですが、それは私の主観的思考です。あちらから接触してきたのです」
 そして、セラフィはあの時の、ジョージ・ライリー・スコットが接触してきたことを嘘偽りなく話す。あの情報を除いて。
「して、その情報とは」
「はいそれは――」
 キッシムが黒いロングコートの中から例の封筒を取り出した。
 しかし。
「いえ、それではありません」
 周囲がざわめく。
「本当はこちらです」
 取り出す。真の封筒を。
 見た目は代わり映えしない。キッシムが持っているものとまったく同じだ。
「これが本当の正真正銘の情報です。すいません、キッシム先生。嘘をいってしまって」
「いや、気にするな」
 やや薄い笑みを浮かべ、嘘をついていた教え子を許す。
 セラフィはその封筒を、近寄ってきた人に、渡す。その人は、ささっと上にいる四人のうちの一人に手渡した。もちろん、先程まで、セラフィに質問をしていた人である。
 それを見た人は、嘆息をつく。
「セラフィーナ=ヴァルキリー。このことは本当か? 主はこの英国騎士団を愚弄する気ではなかろうな」
 その言葉には殺気さえ感じられた。
 その言葉に冷や汗をかきながらも、セラフィは言う。
「はい、嘘偽りもございません。七人の魔女たち(セブンシスターズ)の一員であるジョージ・ライリー・スコットから渡されたもの、そのままの物です」
「ではなんだこれは!!」
 四人のうちの一人は手渡された封筒を下にいるセラフィヘ突きつける。
「まるでここにいるキッシム=エライダムのようではないか!!」
 その発言に、室内は沈黙に陥る。
 セラフィはその沈黙など気にせず、自分のペースに入ったという確信で、自信に満ち溢れる。
「ええ。その通りです。その写真に写っているのは間違いなくキッシム先生です」
「何を・・・・・・!?」
 キッシムも戸惑う。
「何を言っているんだセラフィ!! 私はそんなこと知らんぞ!?」
 勢い謝ってイスから立ち上がる。
「すいませんとはそう言うことなのかッ!!」
「静かに! セラフィーナ=ヴァルキリー、真なのか」
 その追求にセラフィは首を縦に動かす。
 さらに、四人のうちの一人――仮にBとしておこう。Bは顎を擦りながら、キッシムに問う。
「キッシム そなたはこの事を自覚しているのか?」
「知りませんよこんなこと! 出鱈目です!」
 形相が激しくなる。
 その返答にBは考えをまとめに入るべく、もう三人に意見を求めた。
 会話内容は聞こえないが、答えは数分後には帰ってくる。
「仕方がない事態になった。これは英国騎士団創設以後の最大の事件だ」
 Bは拳を堅く握る。
「判決を下す」
 その次の言葉に。期待に。すべての神経が使われる。この場の全員が息を飲む。

「キッシム=エライダムに数日間の監獄入りを命ずる」


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