[2011年09月21日(水)]
【S・クーパー】先駆者にとって教訓となるベンゲルの栄光と衰退の物語
- サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki - photo by Getty Images
【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】アーセン・ベンゲルの凋落(後編)
ベンゲルは先駆者だったが、革命家ではなかった。たとえばアーセナルが採っていたイングランド伝統のあか抜けない守備には、しばらく手をつけなかった。「私は変化をゆっくりと持ち込んだ」とベンゲルは言う。彼自身が言っていたことだが、ベンゲルの持つ最高の資質は経験のある人々の声に耳を傾けることだった。
ベンゲルがめざした頂点はチャンピオンズリーグ優勝だったはずだ。彼はトロフィーにほとんど手をかけたことがある。2006年の決勝でアーセナルがバルセロナを1-0とリードしていたとき、アンリがGKと1対1になったシーンがあった。だがGKがこれを防ぎ、そこからバルセロナが逆転勝ちした。
その1年後、アテネで行なわれたチャンピオンズリーグ決勝で、ベンゲルはACミランがリバプールを下してトロフィーを手にするのを見ていた。試合で指揮をとっているときと同じく、ベンゲルはときどき怒っているように見え、おとなしく座っていられないようだった。
その後ミランの選手たちがメダルを受け取るのを見ながら、ベンゲルは言った。「これでわかっただろう。チャンピオンズリーグで勝つには、ごく普通のチームでいいんだ」。鋭い数学者である彼は、一発勝負の大会では運が大きくものをいうことを知っていた。その運にベンゲルは恵まれなかった。