世界でもアップルはこの状況に悩まされており、これまでの「1国1通信会社」の原則を崩し始めていた。米国では当初AT&Tに独占販売権を与えていたが、今年2月にはベライゾン・ワイヤレスに、さらに今度のiPhone5からは第3位のスプリント・ネクステルも参入する。
KDDIはスマートフォン市場で乗り遅れが目立っていた。ソフトバンクが初代iPhoneを発売した2008年、同社の小野寺正社長(現会長)は「テンキーで日本語を入力するのに慣れた日本市場にスマートフォンは合わない」と話し、当面スマートフォンと距離を置く方針を取ったのだ。だが、この読みは誤っていた。
NTTドコモはソフトバンクとのiPhone獲得競争に敗れてから対抗機種探しに奔走し、2010年以降、英ソニー・エリクソンの「エクスペリア」や韓国サムスン電子の「ギャラクシーS」など矢継ぎ早にスマートフォンを投入したが、KDDIは座して動かなかった。
昨年9月、小野寺氏は「従来型携帯に固執した面がある」との反省の弁とともに、田中孝司専務を社長に昇格させる人事を発表した。昨年12月に就任した田中氏はこの反省を踏まえ、スマートフォンへの対応を強化した。「1年半以上にわたりアップルと粘り強く交渉した」(KDDI関係者)という。
KDDIが払う代償
実際KDDIはiPhoneを迎えるに当たって相当気を使ったようだ。
「つながらないスマートフォンなんて意味ないですよね」。KDDIは今年1月から人気グループの「嵐」を使い、ソフトバンクのiPhoneを暗示するネガティブキャンペーンを開始した。ソフトバンクより通信回線の容量に余裕のあることを強調し、米グーグルの基本ソフト「アンドロイド」を採用したauスマートフォンの拡販を狙ったのだ。
だが、9月8日の人事異動でこのネガティブキャンペーンを担当したマーケティング本部長が突然子会社に転出させられた。KDDI関係者は「iPhoneを迎えるために、示しをつけたのではないか」と話す。
キラー端末であるiPhoneを獲得したことでKDDIが払う代償も大きそうだ。アップルはiPhoneを供給する通信会社に高いノルマを要求することで有名だ。その内容は明らかになっていないが、「ノルマには販売台数と通信料金の2つがある」(同アナリスト)という。まず台数は、通信会社の年間出荷台数の2割とも言われる。KDDIに置き換えれば年間200万台から300万台を確保する必要がある。
次に通信料金だ。ソフトバンクの携帯電話向けパケット定額料金は月額5460円だが、iPhone向けだけは同4410円。iPhoneの販売を促すために、ほかのスマートフォンより安い料金をあえて設定しているのだ。KDDIも同様の条件を突きつけられているとすれば、現在のスマートフォン向け月額5985円より1000円近く安い「iPhone特別料金」を作らなければならなくなる。
特別料金は、携帯電話会社の収入を目減りさせるだけなく、ほかの端末と差別化することでアップル以外のメーカーの離反を招く恐れがあるのだ。iPhone獲得は金星に違いないが、やり方を間違えると逆効果になる可能性もある。
日経ビジネス 2011年9月26日号8ページより