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[29817] 刃桜 咲き散る(剣戟物、になってるといいな)
Name: ささみサン◆89d8e20a ID:d3acddde
Date: 2011/09/19 10:12
はじめまして。ささみサンと申します。

当SSは剣戟物です。そんな感じを目指しています。
描写に残酷な表現がときおり入ります(血が飛んだり、手足が飛んだり、あとなんか飛んだりします)。
苦手なかたはご留意くださいますようお願いいたします。
でもささみサンの描写力はたいしたこと無いと思います。たぶん。めいびー。まちがいなく。

気ままに更新していきたいと思っております。
ときおり戦闘描写を書き直したくなる病がありますので、訂正した場合にはこちらで追記してきます。

楽しんでいただければ幸いです。


追記
  感想を書いてくださったかたがた、まことにありがとうございます。
  喜びのあまり思わず素振りをしてしまいました。
  また誤字についても見つけて教えていただき、ありがとうございます。
  教えていただいた誤字の修正と、細かい部分でいくつかの表現を変更いたしました。
  今後も気ままに更新していく予定でありますので、未熟の身でありますがどうぞよろしくお願いいたします。



[29817] 一桜
Name: ささみサン◆89d8e20a ID:d3acddde
Date: 2011/09/19 10:05

真昼の血臭が濃く漂う野原には、つごう十二の死体が転がっていた。
ある者は首筋を斬られ、ある者は袈裟に身体を斬られ、ある者は利き腕を斬り飛ばされ……どれもが地に倒れ付し血を流してただの肉塊と成っている。
その中心に、男がひとり立っている。
男の見目は若く、整った面立ちをしていたが、血で色づいた片頬にところどころが赤く染まった青い着流しが男の外観を損なっていた。
男の右手には刀が握られている。刃長はおよそ二尺三寸(約69cm)程、反りが浅く武骨な刀である。
刃は持ち手の男とは対照的に血で染まっておらず、白い刀身は真昼の日を鈍く反射させている。
男が空を仰ぎ、疲れたような息を漏らした。
事実、男は疲れていた。先ほどまで十二の数をひとりで相手取っていたのだから、無理からぬことではある。
そしてその疲れに、男は自身の未熟を痛感する。
たかが十二人。そう、たかが十二人だったのだ。それもひとりを除いて、どれも男から見れば素人に毛が生えた程度の者達ばかりであった。
あいつならば、この程度の相手は鼻歌交じりで殺せるだろうに。
男の口からため息が漏れる。意味のない思考だとはわかっていても、そう思わずにはいられなかった。
ひとまずここから離れようと思い、握った刀を鞘に納めようとする。


「ま、 て……き……ざ  まっ!」


呼び止める声は左手から。男は即座に納めかけていた刀を抜き声のほうへと正対する。
立っていたのは先ほど相手取った十二のうちのひとり。それも先ほど除いた大男であった。
他の者と違い、この大男はおそらくなんらかの流派を学んでいたのだろう。体つきや足捌き、太刀筋からそれはわずかながらに感じられた。
大男は袈裟に斬られていた。傷は深く、いまもそこから血が流れ続けており、口からも血がこぼれ出している。
誰が見ても致命傷であるとわかる。が、大男は生きていた。
未熟だな、と立ち上がった大男を見て男は自身を再びそう評価する。
たしかに斬った。殺したという感触もあった。しかし大男は死んでおらず、いまこうして立ち上がり、震える手で落とした刀を握りその切っ先を敵意と共にこちらへと向けている。
憤怒に滾る眼差しと血で汚れた口元が相まって、悪鬼もかくやと言わんばかりの相貌をなしている。
まったくもって未熟。そう思いながら、男は眼前の大男を見やる。
たしかに大男は立ち上がった、が受けた傷が致命的であることには違いない。
現にいまも膝は震え、動くことなど出来そうにもない。このままでいれば幾ばくもせず大男は死ぬ。

――だから、男は構えた。

構えは正眼。
右足をひき、刀は身体に対して正面に構え、切っ先は相手の喉下に向ける。肩の力を抜き自然体となって相手を見やる。
数ある構えのなかでもっとも基本とされ、あらゆる構えの基礎とされる正眼の構え。
攻守どちらにも対応する構えである。

対する相手は上段の構え。
足を肩幅に広げ、左足をやや前に、身体は正面に向ける。相手を真っ向から断ち割る烈火の構え。
それも、切っ先を中天に向けた大上段の構えである。
上段の構えには隙が多い。刀が上に向けられているため、その見た目からわかる通りに胴やその他が無防備になっているためである。
が、その隙を補うほどの利点が上段には存在する。
上段は受けるに無防備だが、攻めるには隙が無いということ。
刀で相手を斬る場合、基本的にまず刀を引くという動作が生じる。
この引くという動作は刀に限らず棒術、拳術などにも同様のことが言えるが、人体と武器の構成上、基本的に生じてしまう動作である。
例えば正眼の構えから相手を袈裟に斬るならば、まず刀を振り上げる必要がある。
あるいは拳ならば、より相手を強く殴打するために身を捻る動作が必要とされる。
この引くという動作は、攻撃前の一瞬の隙とされる。この隙を狙い相手を仕留める術理が無論あるが、いまは上段の話へと戻ろう。
上段には、この隙がない。
なぜならば、上段の構えはすでに刀を引いた状態にあるからだ。
真上からの振り下ろし。これが上段のほぼ全てと言ってもよい。
相手が攻めるならばそれより速く断ち切り、相手がかわすならばそれより速く断ち切り、相手が受けるならばそれごと断ち切る。
迷い無くただ一太刀でもって仕留める。ゆえに、上段の構えは数ある構えのなかでもっとも攻に優れ、攻に特化した構えと言われる。

互いの刃が殺傷圏内に届くまでの距離はおよそ五歩。近づくにはやや遠く、待つにもやや遠い距離である。
互いに動かず、じっと挙動を見つめあう。
静かに致命傷を負った大男を見つめる男の目にはしかし、油断の色は微塵もない。
――手負いの獣がもっとも恐ろしいと、男はよく知っていた。





岩倉耕太郎いわくらこうたろうの胸中には憤怒の念が渦巻いていた。
自身の周りに転がる十一の死骸。どれもこれも、よく知った奴等だった。
岩倉という男は生来から暴力的な面が強い男であった。この岩倉はかつて極一東流きょくいっとうりゅうと呼ばれる刀術流派の門下に身を置く男だったが
その生来からの性質によるものか、暴力沙汰が絶えず終いには些細なことで同門を殴り倒したことで破門の身となった男である。
それから岩倉は生活の糧を得るために様々な職についたが、やはり生来の性質のためか長続きせず、いつしか野盗へと身をやつしていた次第である。
岩倉は自身の刀術に自信を持っていた。かつて門下にいたころ、岩倉は他の門下生に比べて頭ひとつ飛びぬけた強さを持っていた。
そのため野盗に身をやつしても上手く生きてこれた。むしろ天職であると感じていたほどだ。岩倉は自身を屑だとしっかり認識していた。
頭に血が上りやすく、暴力を好んで揮う自身は人の屑だろう。そして野盗という身分は岩倉の暴力的な面をひどく満足させてくれるものだった。
時には弱い者たちから奪い殺し、時には己を強いと思い上がった者を自身の刀で殺し奪った。好きな時に殺して、殺した相手から奪う。これぞまさしく
俺の天職よ、と岩倉耕太郎は思わず笑ったものだった。
そうして過ごすうちに、岩倉の周りには同じような野盗が集まるようになった。どれも岩倉に劣らぬ屑ばかりであったが、不思議と岩倉は心落ち着くもの
を感じていた。屑は屑同士で群れるのが一番いいのだと、岩倉はひとり感心したほどだ。
そうして幾日も長い時を重ね、いつしか岩倉達は仲間となった。共に仕事に行き、仕事がなくとも共に過ごした。門下に身を置き、同門と過ごしていたとき
には感じられなかったほどの安らぎを岩倉はこのとき得たのである。岩倉にとって、彼らは大事な仲間であり、掛け替えの無い友でもあった。
その彼らはいま、物言わぬ骸となって自身の周りにめいめい転がっている。
憎悪の薪がくべられ、憤怒の炎がさらに燃え滾る。
岩倉は眼前の男を射殺さんばかりに睨みつけた。
優男であった。整った面立ちをしていたが、片頬についた血痕と青い着流しをそこかしこに染める朱色によってその外観を損なっていた。
もとより、岩倉には眼前の男を襲うつもりなどありはしなかった。
道を歩きすぎていく男の腰元に帯びた刀を見たとき、岩倉の身体が不意にブルリと震え、この男には手を出さないほうがいいと感じたのである。
ひとつの直感であった。岩倉は仲間に撤退の指示をし、別の獲物を待つことにした。それで終わり、のはずだった。
撤退の指示を聞いた仲間のひとりが、数で勝るこちらが退くこともない、と進言したのである。
この言葉に、岩倉は頷いた。頷いてしまったのである。たしかに見たところあの優男はひとりきり。仲間がいる様子はなく、対してこちらは十二人。それも
全員が武装している。いかに相手が手練れだろうと、数に勝る力はないと岩倉は考えた。自身の腕もある。そして岩倉達は眼前の男に襲いかかった。
あとは簡単な話だ。眼前の男は尋常の相手ではなく、わずかばかりの数の理をものともしない化け物であったと、それだけのことである。

慢心があったのだろう。口から血を吐き出しながら、岩倉はそう思考する。
慢心があった。幾人も殺し、今まで生きてきたことで岩倉は自身を強いと思ってしまった。それは今まで岩倉が斬り殺してきた自身を強いと思い上がった者と
同じ考えであった。
岩倉はたしかに強かった。かつての同門のなかでも岩倉に敵う者は少なかった。それでも、岩倉より強い者はいたのだ。
かつての師の言葉が脳裏をよぎる。
いかに強くなろうとも、お前より強い者がいることを忘れてはならない。
どうやら、思い出すのが一歩遅かったようだ、と岩倉は胸中で苦笑した。
岩倉は震える手足に力を入れ、上段の構えを取る。対する相手は正眼の構え。
口から血が再び溢れ出す。左肩上から右脇下腹まで斬られた傷からは血が止まらず、地に立つ足と刀を握る手の震えも止まらない。
もはや自身の余命はもう幾ばくもないと岩倉には分かっていた。眼前の男が自身より強いことも分かっていた。だからこそ、岩倉はただで死んでやるつもりがなかった。
あわよくば命、たとえ届かずとも手足のひとつは奪っていくと岩倉はやや霞む視界のなかで思う。
互いに動かず、互いの動きを注視する。

――もって二合。

自身の状態を分析し、岩倉は自身が放つことの出来る太刀数をそう判断した。
それ以上は身体がもたない。二合でもって、眼前の男に刃を届かせなくてはならない。
この時、岩倉は自身でも気づかぬほどに小さな想いが胸中にあった。それは刀を振る者ならば誰しもが抱く一種の信仰のようなものだった。
己より強い者と死合うこと。そこに岩倉は喜びを感じていた。小さくとも、確かに。
どうする、と岩倉は己に問いかける。こちらは死に体。相手は無傷。男から仕掛けてくることはない。黙っていればこちらは勝手に死ぬのだ。先手を仕掛ける利点などない。
ならばこちらから仕掛けるしかもとより無い、が無策に飛び込めば待っているのは死。しかし相手は尋常の相手ではなく、生半可な手では届かない。
どうする、と再び問いかける。上手く働かぬ頭で必死に思考する。転がる死骸。正眼の構え。上段の構え。真昼の日差し。腰元の脇差。生暖かい風。誰もいない野原。震える手足。握った刀。
そして岩倉は、ひとつの解答を導き出した。
成すことは決まった。あとは成すだけである。
互いに動かぬまま時が過ぎる。岩倉の乱れていた呼気が次第に落ち着いていき、手足の震えも小さくなっていく。死期が、近い。
岩倉の手足の震えが、止まる。その一瞬に、岩倉は一歩踏み込んだ。

互いの距離が一歩縮まる。だが、まだ遠い。いまだたがいに刃の殺傷圏内にない。
にもかまわず、岩倉は踏み込むと共に刀を振り下ろした。無論、その刀が届くはずはない。
だが、届かぬはずの刀が男に届こうとする。
なぜか。
このとき、岩倉は振り下ろしながら刀を眼前の男に投擲したからである。


――極一東流須田式きょくいっとうりゅうすだしき突飛つきとび


刀術には、裏術理と呼ばれるものが存在する。
これはいわば一般的に邪道といわれ忌避されるものだ。
だが、刀を振る者たちにとって邪道というものなど存在しない。
これが試合ならば、なるほど罵倒もされるだろう。だが彼らが行うのは試合ではなく死合い。互いの命を賭けた闘いに邪道などなく、これもまたひとつの技なのである。
極一東流須田式『突飛』
これは上段に構えた状態で、相手の間合いの外から振り抜き投擲することで相手の裏をかく術理である。
むろん簡単にできるものではない。上段から振り下ろす刀を相手に飛ばすのはよほどの腕がなければまずできはしない。
そうして刀がまっすぐに男へと向かっていくなか、岩倉は振り抜くと同時に駆け出していた。
この刀で仕留められるとは、もとより岩倉は思っていない。だから、岩倉の狙いはひとつ。ほんのわずかでも、男の動きを止めること。
すでに岩倉は二歩の距離を詰め、手は腰元の脇差に伸びている。
そしてもう一歩踏み込み、岩倉は脇差を抜刀して――


「   ぐ っ    げ   」


岩倉の喉に、男の刃が刺さっていた。
刺された衝撃で動きがとまる。喉に刃が突き刺さっている。なにが起きたのかわからず、眼前の男の顔を呆然と見つめ。
岩倉耕太郎の意識は暗転した。





喉元を突き刺した刀を引き抜く。大男は脇差に手をかけたまま地に倒れ伏した。今度こそ、死んでいた。
倒れ伏した大男を見下ろしながら、男は先ほどの殺りとりを思い返していた。

相手が刀を投擲した――それを認識した直後に、男はすぐさま動いた。
刀を弾く――論外。弾く間に大男はこちらに肉薄し、手にした脇差でけして安くない傷を負わされていた。
刀を避ける――これも論外。正面から迫る刀に対して下がることはできない。ならば左右のどちらかに避けるか。それも出来ない。どちらにせよ、隙が生じる。
ならば後方に下がりながら刀を弾くか。返す刃でこちらが仕留めるのが先か、肉薄する相手の刃が届くのが先か、賭けとなる。それも分の悪い賭けだろう。
飛んでくる刀を弾いた衝撃がいかほどのものか。それも下がっているためこちらは体勢を崩している。そのような賭けはできない。
ならばどうするか。男は即座に、ひとつの解答をだす。
弾くことはできない。左右に避けることもできず、後方に下がって弾くのは分が悪い。
ならば、前進するのみ。
飛んでくる刀に対し、男は一歩を踏みこんだ。
引いていた右足で踏み込み、半身となりながら刀を前に突き出す。
踏み込む足にしたがって体が沈みこんでいく。飛んできた刀が右側頭部を掠めていくのもかまわずさらに右手を伸ばす。
突き出した右手に衝撃。飛び込んできた大男の喉笛に、男の刃がふかぶかとのめり込み突き刺していた。
そうして大男は死んだ。どうしようもないほどの、致死傷であった。

刀を一度振り、今度こそ男は刀を鞘に納めた。
ひとつため息をつき、刀が掠めた右側頭部に触れる。傷はなく、髪を数本持っていかれただけのようであった。
そうして自身の身体を見回す。青かった着流しはところどころが朱色に染められ、露出した肌には返り血がこびりついている。
男はふたたびため息をひとつ落とした。うんざりしたような感じである。
この格好のままでは歩けぬが、いまのところ着替えもなく、拭くものもないと分かっているためにでたため息であった。
ひとまずはどこか水場でも探そうと思い、男が歩き出す。どこかに川でもあればいいがと考える男の姿が野原から遠のいていく。


あとに残ったのは、日差しに曝された物言わぬ十二の骸だけである。



                                                   〈続く〉



[29817] 二桜
Name: ささみサン◆89d8e20a ID:707eec30
Date: 2011/09/21 10:01


真昼の街道沿いに立つ人で賑わう茶屋。
旅の道中、ほんの骨休めに茶を飲み団子を食べ、客はおもいおもいに過ごしている。
ある者はひとり静かに茶を啜り、ある者は同行者と歓談し楽しげな雰囲気である。
そんな茶屋のなか、やや薄暗い奥のほうで男がひとり腰掛けている。
奇妙ないでたちの男であった。
ところどころが黒い染みで汚れくたびれた青い着流しを身にまとい、履いた草履はひどく痛んでいる。
男の左手すぐ近くの壁には鞘に収められた刀が立てかけられ、腰元には脇差をひとつ帯びている。
よく見れば整った面立ちをした歳若い男であったが、そのいでたちが男の外観をひどく損なっていた。
そんな奇妙な男の周りに座りたがる者もなく、ましてや好んで近寄ろうとする者もなくその空間だけ妙な空きがあった。
店内の客には好奇の視線を投げる者もいたが、男は構うことなくひとり熱い茶を啜っている。
そんな男に、近づく影がひとつあった。


「ちょいと失礼するぜ、お前さん」


そう言って、男の前に腰掛けた者がひとり。
あご下に生やした髭がよく似合う、精悍な面立ちをした男であった。
常葉色の着流しを身にまとい、腰元には脇差と刀がそれぞれ差し込まれている。
露出した地肌は浅黒く、うっすらと刀傷らしきものが見受けられる。
男を見る目には好奇の色が隠す様子もなくあり、どこか軽薄な雰囲気を浮かべた男だった。
髭面の男に声をかけられた男は視線をすこし向けたのち、すぐさま湯呑みのほうへと戻りまた茶を啜りはじめた。
その様子に拒絶ではなく肯定と受け取った髭面の男は、席を退くこともなく男のほうを見続けている。
その視線にはどこか男を観察するところがあり、男はやや眉をしかめてもう一度髭面の男へと視線を向ける。


「いやなに、ごらんの通り店内の席はほとんど埋まっていてね。
 野外で食ってもいいんだが、連れが暑いのを嫌ってな。出来ればなかで休みたいとわがまま言いやがる。
 でだ。空いた席がないかと見てみれば、お兄さんの周りが空いているのを見つけて、こうして失礼させていただいたわけだ」


その言葉に、男が店内を軽く見回した。
たしかに髭面の男の言うとおり、店内の席はどこもほとんど埋まっており、空いているのは自身の周りだけのようらしい。
しかしなにも対面に座ることもないだろうと男は思ったが、しかし口にするのがおっくうなのか、何も言わずにただ頷き、黙って茶を啜る。


「悪いな。助かるよ。しかしひでぇ格好してるな。ずいぶんと汚れているじゃないか。
 ああ本当にひでぇ……そいつは血の汚れだろう」


髭面の男の言葉に、男は持っていた湯呑みを置きあらためて髭面の男に視線を向けた。
互いに無言。
どのような意図で先の言葉を言ったのか、男には計りかねた。ただ髭面の男の目には先ほどから隠す気の無い好奇の色だけが見えている。
男は目線を外さぬまま、静かに口を開いた。


「道中、獣に襲われてな。その返り血だ」

「獣か。物騒な話だな。
 物騒な話と言えばな、ここから二日ほど歩いたさきに野原があるんだが、そこに仏さんが十二もいたそうだ。
 身なりから最近ここらを騒がせてた野盗だという話だが……俺はな、野盗は獣みたいなもんだと思ってるんだ。どう思う?」

「……どう、とは? よくわからない質問だな」


再び無言。しばし見詰め合う形となる。
やがて髭面の男の肩が細かく震えたかと思うと、楽しげに笑い始めた。
その様子を無表情に眺める男。
ひとしきり笑った後に、髭面の男が口を開いた。


「いや失敬、失敬。別に意味もない質問さ。ただの世間話だよ。
 連れが生真面目なやつで、ろくに冗談も言えないからたまにこうして誰かと話したくなるんだ。
 ま、詫びというわけでもないが茶の一杯でも奢らせてくれ」


そう言って髭面の男がたまたまそばを通りかかった店員を呼びとめ、茶を三杯といくつかの団子を頼んだ。
店員は顔に笑みを浮かべているが、どこかややひきつった笑みである。視線がときおり男のほうをむくことから、男に対してなんらかの警戒心があるのだろう。
髭面の男の提案を断るためか男が口を挟もうとした刹那、不意にぐうぅう、と腹の虫が鳴いた。
男と店員と髭面の男の間に、沈黙がおちる。
やがて髭面の男が楽しげに笑いながら店員に団子を多めに、と言い添える。
店員もまた先ほどまでのややひきつった笑みではなく、自然な笑みとなりながら注文を復唱し去っていこうとする。
男はやや渋面をつくりながら自身の腹をさすり、去っていこうとする店員の背に団子は甘いものを多く、と言う。
その言葉に振り返りながら店員はかしこまりましたと大きく告げ、そのまま去っていった。
去っていく背を見送ったのち、髭面の男が口を開いた。


「くくく、お前さん思ってたより愉快な男だったんだな。
 しかし見たところ旅の者みたいだが、着替えもないのか……荷物も、特に見当たらないようだが」

「……ここに来るまでに落とした。小銭入れは持ち歩いていたからいいが、あとは全部なくしてしまった」

「……格好から察するに、かなり遠くから来たみたいだが。お前さんはどこから」


髭面の男の言葉が、品物を運んできた店員によって中途で遮られる。
店員は湯気が漂う湯呑みを三杯と、それぞれ違う団子の皿をいくつか置いていく。
店員が、男が先に注文し飲み終わった湯呑みを受け取ると、ごゆっくりどうぞと一言つげ去っていった。
男が新たにきた湯呑みに手をつける。わずかに湯気がたつ湯呑みは手に持つと暖かく、男は静かに一口啜る。
男が飲むのは先に頼んだものと同じく抹茶。鼻腔をくすぐる抹茶の香りと、口に広がる抹茶独特の苦味を楽しむ。
一口飲み口をしめらせたあと、男は湯呑みを置き眼前の団子が盛られた皿へと目を向ける。
きな粉にずんだ、くるみに三色団子などがそれぞれの皿に盛られている。どうやら髭面の男は手当たり次第に頼んだらしい。
男はまず右手前に置かれたみたらし団子に手をつけた。
串に刺さった団子は四つ。それぞれに焼き目がつけられ、そのうえに砂糖醤油の葛餡がかけられている。
ひとつ手に持つと、葛餡がとろり、と下に垂れていく。
男はこぼさぬよう注意しながら口元に運んでいくと、甘く香ばしい匂いが鼻先を掠める。
ひとつ、男は串に刺さった団子を食った。
団子のもっちりとしたほどよい弾力と、葛餡のとろみが混じりなんとも言えぬ食感が男の口内に広がっていく。
甘い。かといって、くどい甘さではない。砂糖醤油のほどよい甘辛さであり、男はふたつ、みっつと立て続けに食べてしまった。
串ひとつぶんを食べ終え、男は湯呑みに手を伸ばした。
男は口内に残る甘味を感じながら、湯呑みから漂う抹茶の風味を鼻腔で楽しむ。そうしてすっ、と湯呑みに口をつける。
口内に残っていた甘味が抹茶独特の苦味へと変わっていく。その変化に男はえもいわれぬ心地を感じて、ほうと一息漏らし、美味いと小さく告げた。
その様子を眺めていた髭面の男もごま団子に手を伸ばしながら楽しげに口を開いた。


「遠慮せずどんどん食べてくれ――――俺の金じゃないしな」


なにか小言で告げたようであったが、男には届いておらず、また男にとっては眼前の団子に心奪われていたので聞き返すこともなかった。
しばしそうして黙々と互いに団子を食べ茶を啜り、団子が半ばまで減ってきたところで、髭面の男が口を開いた。


「さて、先は聞きそびれちまったが、お前さんいったいどこからきたんだね」


その問いかけに、男は話してもよいものかと考え、すぐに隠すほどのことでもないと判断した。


「関東だ。関東の神奈川からきた」

「関東三部から徒歩できたってか。そりゃまた遠くからきたもんだ。なんだ、観光でもしにきたか」

「いや、人を探している」


ふと、髭面の男の背後に少女がひとり立っていることに男は気がついた。
藍色の着物を身にまとった少女である。面立ち美しく、着物から覗く肌は色白で瑞々しい。烏羽色の美しい髪が背の半ばほどまで伸びている。
まだ年若いが、物腰から育ちの良さを窺わせる。
少女は整った眉を寄せ、渋面でこちらに視線を向けている。


「藤田」


鈴がなるような、よく響く耳心地のよい声音が少女の口から発せられる。
どうにも、眼前の髭面の男に呼びかけたらしい。その証拠に、髭面の男が少女の声に振り返る。


「おや、お嬢。ようやくお戻りで」

「近くにいないからどこに行ったかと思えば、お前はいったいなにをしているんだ」


少女の声音の調子には怒気が感じられ、寄せられていた眉がますます寄っていく。


「そう怒らないでくださいよお嬢。可愛い顔も台無しになっちまう。
 先にこうして席をとっといたんですよ。ほら、お嬢も座って。お嬢のぶんの茶も頼んであるんですから」


そう言って髭面の男は自身の右手近くに椅子を寄せて少女のために席をつくった。
しばし髭面の男を眉寄せた顔で睨んでいた少女だが、やがてため息をひとつこぼして席に座った。
髭面の男が先ほど頼んだ湯呑みを受け取り、一口啜る「……ぬるい」


「それはまあ、頼んでからけっこう経ってますからね。ぬるくもなりますよ」


どこかからかう様子で髭面の男が少女に言う。
少女はもう一口ぬるい茶を啜り、湯呑みを置いて横目に髭面の男をみやった。


「……お前は主人にぬるい茶を飲ませるのか」

「そんなつもりはなかったんですがね。もっとはやくお戻りになると思ってたんですが。
 ……大きいほうでしたか?」


沈黙。
やがて髭面の男が、絶叫をあげた。


「いってぇえええええええええええ!!」

「年頃の、女子に、そんな風に、聞くやつが、あるか!」

「だからって本気で足を踏み抜くこともないでしょうが! めっちゃいてぇ……」

「デリカシーのないお前が悪い!」


少女はぷいっとそっぽを向く。髭面の男はどうやら足を踏まれたらしい。
とはいえ、先の会話を思い返すにどう考えても非は髭面の男にありそうだったので、自業自得だと男は思った。
そうして眼前のふたりを眺めていると、少女はようやく同席の存在を思い出したという風に男のほうへと目を向けた。
場をとりなすように「んっ んっ」と咳払いを二、三して男へと声をかけた。


「見苦しいものをお見せしたようで、申し訳ありません。
 それで、藤田。こちらの御仁は?」


少女は男に謝罪の言葉を口にし、頭を下げ、それから隣でいまだ痛がる髭面の男に声をかけた。


「あー……いま先ほどこの茶屋で知り合ったんですよ。
 席がほとんど埋まってましたから、空いていたここにご同席願ったところ、快く承諾してくださって」


快く承諾しただろうかと思い返しながら、一応男は頷いておいた。
男の頷きに感謝の言葉を述べながら、少女は男の格好に目を向けた。


「ずいぶんと汚れていますね。旅人でしょうか?」

「そうみたいですよ。なんでも人を探しているとか」

「ああ、女をひとり、捜している」


男がそう言うと、髭面の男は下卑た笑みを浮かべて男に右手を突き出してきた。右手はこぶしに握られ、人差し指と中指の間から親指が覗いている
妙な形をしていた。


「ああ、もしかしてお前さんのこれか?」


沈黙。
やがて、髭面の男が再び絶叫をあげた。


「だからいってぇええええええええええええええ!!」

「お、お前は、年頃の女子の前で、なにを聞いているんだ! 主人に恥をかかせるんじゃない!!」


どういう意味があったのか男にはわからなかったが、どうやら少女に恥をかかせるような意味があったらしい。
聞いてみたかったが、少女の怒り具合から聞かぬほうが賢明と思い、男は口を閉ざした。
そうしてしばらく髭面の男に説教をしたあと、荒げた息を整えながら少女が男のほうへと口を開いた。


「なんでお父様はこいつを私につけたんだ……重ね重ね申し訳ありません。
 あー……っと。藤田、こちらの御仁のお名前は?」

「……そういやまだ聞いていませんね。俺もまだ名乗ってませんし」


髭面の男のその言葉に、少女は呆れたという風にため息をひとつもらした。


「互いに名前も知らずにあんな風に話していたのか?」

「いやいやお嬢。茶屋で知り合った相手の名前なんていちいち気にしないものなんですよ」


そうなのか、と少女は髭面の男の言葉に首をかしげたが、すぐに首を横に振って男のほうを見た。


「いや、ここまで迷惑をかけて名乗らぬのも失礼だろう。
 申し遅れました。私は粟巳陽子あわみようこと申します。そしてこちらが」


粟巳陽子と名乗った少女が、隣に座る髭面の男に促すような視線を送る。
その視線に促されてた、髭面の男が口を開く。


藤田十蔵ふじたじゅうぞう。好きに呼んでくれてかまわないぜ」

「藤田は私の護衛役を務めている男です。腕はたつのですが……ええ、なにぶん性根のほうが少々あれで」

「ひどいなお嬢。俺はこんなにもお嬢を想っているのに」

「自分の行いを振り返ってから同じような言葉を吐けるか考えてみろ。
 ……もしよろしければ、あなた様のお名前をお聞きしても?」


陽子の問いかけに、男はやや沈黙したのち、短く答えた。


恭司きょうじ。姓はない」

「では、恭司殿とよばせていただきます」

「まあ、改めてよろしくな。恭司。それと、やっぱりお嬢はひどいと俺は思うわけだが」

「……お前の待遇について帰ったらお父様とよく話しあう必要があるみたいね」


陽子と十蔵の言葉に男――恭司はそれぞれに頷いた。
恭司は湯呑みを手にして、残った茶を啜る。


「しかし人を探している、ね……恭司はこれから京に向かうのだろう?」

「ああ、そのつもりだが」

「ならちょうどいい。俺らは京へと戻る途中なんだ。そっちさえよければ、一緒にいかないか」

「……藤田?」


隣に座る陽子のいぶかしげな声に答えることなく、十蔵は恭司を見たまま言葉を続けた。


「見たところ、お前さん京に行くのは初めてだろう。なんなら向こうについたら俺が案内してやってもいい。
 どうだ、悪い話じゃなかろう?」

「――勝手に話を進めるな。藤田」


いささか不機嫌そうな声で、陽子が十蔵の話を遮った。
十蔵は笑みを浮かべながら陽子のほうをみやった。


「まあいいじゃないですかお嬢。袖振り合うも他生の縁、旅は道連れ世は情け、情けは人のためならずって言いますし」

「いろいろ間違っている気がするが」

「細かいことはいいんですよ。それに、ここ最近はここいらも物騒になってきました。俺が見たとこ、こいつはなかなか使えると思いますがね」

「―――まあ、私はべつに構わないがな」


陽子はため息をひとつこぼした。今日だけで何度こぼしただろうと陽子はすこし思う。
そうして眼前に座る恭司に目を向ける。

「どうでしょうか、恭司殿。藤田の言うように昨今は京とはいえ物騒なことが増えています。
 恭司殿さえよろしければ私の護衛役として京まで雇わせていただきたく思うのですが。
 むろん礼金も用意させていただきます。いかがでしょう」


陽子の申し出は、少なくとも恭司にとって渡りに船といえた。
恭司は十蔵の言うように、京へ行くのは初めてである。人を探すにも見知らぬ土地では効率も悪い。地理に明るい者がいれば、それだけで助かるという面も
あった。
しかし恭司にしてみれば、不可解な話でもある。
こうしてお互いに言葉を交わしたのはこの茶屋が初めてなのである。にもかかわらず、なぜこうもこちらにとって都合のいいことを言ってくるのだろうか。


「……失礼ながら、会ってまだ間もない者にそのようなことを頼んでよろしいのでしょうか?」

「……この藤田は性根が少々あれな男ですが腕はたしかですし、それに人を見る目もあります。
 その藤田が言うのですから、私からはとくになにも。私としても護衛が増えれば安心できますしね」


十蔵のほうを見れば、ただ肩をすくめるだけ。答える気はないと、そういうことだろうか。
どうするか、恭司は考え、その申し出を受けることにした。
相手が気にしておらず、そしてこちらにとってもいい話なのであれば、断る理由もないと恭司は結論した。


「それともうひとつ、礼金にかんしてはけっこうだ。すでに受け取っている」


その恭司の言葉に、陽子が「は?」と首をかしげた。


「お嬢。ここの支払いはお嬢もちだからよろしくな」


沈黙。
やがて、十蔵が絶叫を――あげなかった。


「そう何度も踏まれるか!」

「かわすんじゃない藤田! お前はいつもいつも勝手なことばかりしおって。私の護衛役だという自覚があるのか!?」

「まあまあ、お嬢。ここの茶屋代で護衛役がひとり雇えたんですから安いもんですって」

「それとこれとは話がべつだ!」


互いに言い合う陽子と十蔵の様子を眺めながら、団子のおかわりを頼めないだろうかと恭司は考えていた。






                                                〈続く〉


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