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[28454] 犬夜叉(憑依)×リリカルなのは
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/09 01:30
このSSはその他版の「犬夜叉(憑依)」のIFエンド後の話になります。

そのため「犬夜叉(憑依)」のネタバレが含まれており、初見の方には分からないような展開にもなっています。

パワーバランスは犬夜叉>リリカルなのはとなっています。

以上のことをご理解の上で読んで頂けるとありがたいです。

宜しくお願いします。



[28454] 第1話 「復活」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/04 14:42
森の中、傷ついた少年が地面に蹲りながらも懸命にどこかに向かおうとしている。しかしその怪我はとてもこれ以上動くことができるようなものではなかった。それでも少年は自らの使命を全うしようとする。だがついに力尽きその場から動けなくなってしまう。

『誰か………僕の声を聞いて……。力を貸して……魔法の……力を……。』

そう誰かに向けて呟いた後、少年は気を失ってしまう。

その瞬間、光が少年を包み込み、それが収まった先には一匹のフェレットが地面に横たわっているだけだった。

今、新たな物語が始まろうとしていた――――




海鳴市のあるアパートの中で一人の少年がゆっくりとその体を起こす。少年はそのまま布団か起き上がり、何をするでもなくただどこか遠くを見るような視線を窓の外にむける。

その目はまるで光を失ってしまっているような目だった。とても十七歳の少年がするような目ではない。またその雰囲気も異常だった。髪は乱れ、服は汚れ、生気が感じられない。まるで死人のようだった。

部屋は散らかり一体いつから掃除をしていないのか想像もつかない。
部屋の隅には埃をかぶってしまっている高校の制服と鞄。そして机の上には

一つの首飾りが置かれていた。その首飾りだけは他の物と違って汚れてはいない。それはその首飾りが少年にとって大切なものであることを示していた。

窓の外を見た少年は今が夜であることに気づく。

少年はそのままふらふらと部屋にある冷蔵庫に向かって歩いていく。体の具合からそろそろ食事を取ろうと思ったからだ。しかし開けた冷蔵庫の中には何も入っていない。どうやら昨日で全て使いはたしてしまったようだ。

少年は少し考えるような仕草を見せた後、手早く着替えを済まし買い物に出かけて行く。だがその顔に表情は見られない。

ただ生きるために食べて寝て起きて過ごす。

それが少年、闘牙の日常だった………。




闘牙は一人夜の道を進んでいく。町には人が溢れていた。家族で食事に出かけている者。デートをしているカップル。買い物に向かう老夫婦。そんな中闘牙は一人、道を進んでいく。

闘牙は自分の時間だけが周りとずれてしまっているのではないか。そんなあり得ないことを感じてしまう。

何故こんなに世界が灰色にみえるのか。

何故こんなにも息苦しいのか。

何故こんなにも寂しいのか。

何故――――



犬夜叉――――


そんな少女の声が聞こえた気がした闘牙は慌てて後ろを振り返る。しかしそこには闘牙が探し求める少女の姿はなかった。そのことに落胆しつつもどこか自虐的な笑みを浮かべながらそのままその場を離れようとした時


目の前に一つの石が落ちていることに闘牙は気づいた。

「何だ………?」

闘牙はその石をまるで導かれるかのように手に取る。その石はまるで青い宝石。ローマ字の数字が中には刻まれている。どうやら誰かが落としてしまったようだ。どうするべきか闘牙が考えようとした時、その宝石から奇妙な感覚を感じ取る。それはどこかで感じたことのある感覚だった。

(俺は……この感覚を……どこかで………)

激しい既視感に襲われた闘牙が記憶を想い返そうとする。だが青い宝石は突然光を放ち始める。それはまるで何かに反応しているかのようだった。

(一体……何が起こってるんだ……?)

闘牙はそのまま宝石に導かれるように歩みを進める。そして進むにつれて宝石が放つ光が強さを増してくる。どうやらこの近くにこの宝石が反応する何かがあるようだった。

そのことに闘牙が気付いた瞬間、近くの建物から大きな爆発音のようなものが響き渡る。突然の事態に闘牙はその場に立ち尽くすしかない。そして壊された建物の跡には


巨大なナニカが存在していた。

それはまるで巨大な毛玉のようだった。

しかし目と思われる物が二つある。どうやら生き物のようだ。しかしこんな生き物が戦国時代ならいざ知らずこの世にいるとは思えない。

しかしその生物が放つ気配に闘牙は身震いしそして理解する。
あれには関わってはならない。
殺される。
逃げろ。
それは闘牙の人としての本能だった。

幸い化けものは自分には気づいていないようだ。逃げるなら今しかない。そう判断し闘牙がその場を離れようとした時、化け物の視線の先に小さな女の子がいることに気づいた。

小学生ぐらいだろうか。その腕には何かの動物を抱えている。少女は化け物に目を奪われてしまっているようだった。そして化け物がその少女に視線を向ける。その動きはまるで獲物を見つけた獣。闘牙は咄嗟に

「何やってる、早く逃げろっ!!」

そう少女に向かって叫ぶ。それによって少女と化け物は同時に闘牙の存在に気づく。そして化け物はその矛先を闘牙に変え襲いかかってくる。
その大きさからまともに直撃を食らえば即死は確実。闘牙は化け物の突進を何とか紙一重で躱す。化け物はそのまま塀に向かって突っ込んでいく。その威力によって後には大きな穴ができた塀が残っていた。

その瞬間、闘牙は自分が今、生死の境にいることを実感する。化け物は怯むことなくい再び闘牙に襲いかかってくる。それは闘牙が持つ宝石に反応しているからでもあった。しかし闘牙は不思議と焦りがなくなっている自分に気づく。再び襲いかかってくる化け物を見ながらも冷静にその攻撃をかわす。普通の人間ならその恐怖によってまともに身動きすら取れないだろう。しかし闘牙は普通の人間ではない。人間ではあるが普通ではありえない経験を積んでいる。それは命を懸けた戦いの経験だった。それが今、極限状態の中でよびさまされていた。だがそれでも闘牙の体は普通の人間。次第に追い詰められていってしまう。


(ちくしょう……どうすれば……!!)

体力を失い、朦朧とする意識の中闘牙は化け物に対峙する。だがこれだけの時間を稼げば先程の少女を逃がすことはできた。それだけでも自分が来た意味はあった。そう闘牙が考えた時、



先程の少女が再びこちらに戻ってきていることに気づいた。

「なっ……!?」

闘牙はそんな光景に唖然とするしかない。何故戻ってきたのか。この状況が分かっていないのか。少女は何かを握りしめながら呟いている。何を言っているのかはここからでは聞き取れない。

しかしその瞬間、化け物は少女に向かって矛先を変え襲いかかって行く。少女はいきなり化け物が自分に襲いかかってきたことに驚き、身動きが取れない。そしてそのまま少女が化け物に吹き飛ばされそうになった瞬間、

少女は闘牙によって突き飛ばされた。少女はそのまま地面に倒れ込んでしまったものの何とか立ち上がる。そして顔を上げた先には、


血溜まりの中、地面に倒れ込んでいる闘牙の姿があった……。






高町なのはにとって今日は人生始まって以来の特別な日だった。

なのはは特にこれといった特技もないごく普通の小学三年生。

優しい父と母、兄と姉の四人の家族と幸せに暮らしていた。

学校ではアリサとすずかという親友と一緒に勉強し遊ぶ毎日。

そんな日々がずっと続くのだと信じて疑わなかった。

しかし不思議な声によってそれは終わりを告げる。

それは今日見つけたフェレットによるものだった。

そのフェレットは自分が持っているという魔法の力を貸してほしいと頼んできた。

自分にそんな力があるのか、何よりも魔法なんてものが本当にあるのか。様々な疑問が頭に浮かんでくる。

しかしそれは突然の化け物の襲撃によって終わりを告げる。その存在は間違いなく自分が知っている世界ではありえないものだった。
早く逃げなければ。そう考えながらも体が動かない。そして化け物が私に向かって視線を向けようとした時、

「何やってる、早く逃げろっ!!」

そんな知らない男の人の声が聞こえた。その瞬間、化け物はその男の人に向かって襲いかかって行く。男の人はそれを何とか避け続けている。私は男の人に言われるがままその場を離れて行く。

しかし私は足を止めてしまう。あのままではあの人は死んでしまう。自分を庇ったせいで。そして私はフェレットに再び尋ねる。自分に本当に魔法の力があるのならあの人を助けることができるのかと。そして私は赤い宝石のようなものを渡される。それがあれば魔法の力を使うことができるのだと。そして教えられた呪文を唱えながら私は再び元来た道を戻って行く。

本当ならその呪文を唱えてから行くべきだった。でも早く行かなければあの人が死んでしまう。その焦りから私はそのまま現場に戻ってしまった。そして目の前には巨大な化け物の姿。私は咄嗟に目をつぶることしかできない。しかしその瞬間、私は化け物とは違う方向から突き飛ばされる。一体何が起こったのか。顔を上げた先には

血だらけになった自分を助けてくれた少年の姿があった。




「いやあああああっ!!」

なのははただ悲鳴を上げることしかできなかった……。




うつろな意識の中闘牙は何とか目を覚ます。目の前には血だらけになった自分の体。

そうか。自分は死ぬのか。

闘牙はそうどこか他人事のように考える。

もういい。

もう疲れた。

もう休んでもいいんじゃないか。

もう……こんな世界で生きて行く意味も……理由もない……。

このまま目を閉じれば……

あいつのところへ…………。


そう思った時、闘牙の目に先程の少女の姿が映る。少女は泣きながら自分に近づこうとしている。だがその前には化け物がいる。

このままでは少女は殺されてしまう。だが今の自分にはどうしようもない。そうあきらめかけた時



「犬夜叉、『後悔』だけはしないようにしなさい。」



そんな言葉が頭に浮かんでくる。それは誰が自分に言ってくれた言葉だったのか。



そうだ……



俺はもう二度と………



闘牙の右手に力がこもる。



その手の中には青い宝石が握られていた。





力が欲しい……




誰かを守れる力が……


宝石からこれまでとは比べ物にならない光が放たれる。



それは闘牙が忘れてしまっていた心が蘇ったことを意味していた。



『ごめんね………犬夜叉………』


それはかごめが自分に残した最後の言葉だった。



俺は




俺は二度とあんなことを繰り返さない!!



その瞬間、辺りはまばゆい光に包まれた。







化け物はそんな光を振り払うかのようになのはに向かって突進してくる。なのははそのままその場を動くことができない。なのははそのまま目を閉じながら痛みに備える。しかしいつまでたっても痛みは襲ってこなかった。恐る恐る目を開けたその先には

自分を守るように立っている少年の姿があった。

「え……?」

少年はその手で化け物を抑えていた。信じられない光景になのはは声をあげることができない。そして少年の姿が先程までと大きく変わっていることに気づいた。

髪は銀髪に

爪は伸び

頭には犬の耳が生えている。



それは闘牙の魂に刻みつけられた姿。


闘牙にとっての力の形。




今この瞬間、五百年の時を超え『犬夜叉』が現世に復活した。




闘牙はそのまま拳を構え化け物を殴りつける。その威力によって化け物は向かいの塀に向かって吹き飛んで行ってしまう。なのはとフェレットはその光景に目を奪われたまま固まってしまっていた。

「大丈夫か?」

「は……はいっ!」

なのはは慌てながら闘牙の言葉に答える。しかしその瞬間、吹き飛ばされた化け物が再びこちらに向かってくる。闘牙は慌てることなくその姿をとらえながら手に力を込める。そして


「散魂鉄爪っ!!」

その爪によって化け物を切り裂いた。威力によってアスファルトには大きな爪痕が残ってしまう。化け物は粉々に砕け散ってしまった。大きな溜息とともに闘牙がそのまま踵を返そうとした時

「気を付けてください、まだ終わっていません!!」

そんな少年の声が辺りに響き渡る。それはなのはが抱えているフェレットが発しているものだった。

「何っ!?」

フェレットがしゃべったことに驚きかけた闘牙はさらに化け物の肉片が集まり再生していることに気づく。そしてフェレットは闘牙に説明する。これはジュエルシードと呼ばれる古代遺産によって引き起こされていること。本来は手にしたものの願いを叶える魔法の石であること。しかし力の発現が不安定でたまたま見つけた人や動物が間違って使用してしまってそれを取り込んで暴走することもあること。
それを聞いた闘牙の脳裏にはある一つの存在が浮かぶ。それは

(四魂の玉………)

細かい差異はあれどそれは四魂の玉に酷似していた。そして説明を聞いている間に化け物は再生し、再び襲いかかってくる。しかしそれを闘牙は難なく退け再び切り裂く。

「すごい……」

フェレットは目の前の光景に思わずそんな声を上げる。闘牙の動きは時間がたつごとにキレを増していく。それは三年ぶりの半妖の体にようやく闘牙が慣れてきたからだった。しかしいくら切り裂いても化け物は再生し襲いかかってくる。鉄砕牙があれば跡形もなく吹き飛ばすこともできたかもしれないが今の自分ではそれは叶わない。

「こいつを何とかする方法はねえのか!?」

「ま……魔法の力でジュエルシードを封印できれば……でも今の僕には……」

フェレットは苦悶の表情でそう告げる。そんな様子に闘牙も何も言うことができない。このままでは町に被害が出てしまう。なんとか人気のないところに誘い込もうと闘牙が考えた時

「私なら……その魔法が使えるの?」

なのはがフェレットに向かってそう尋ねてくる。その目には涙が浮かんでいた。

「力を貸してくれるの……?」

フェレットはそうなのはに聞き返す。何度も命の危険に会ってしまったなのはが魔法の力を貸してくれることに驚きを隠せない。



「もう誰かが傷つくのは見たくないの……私の力でそれができるなら……お願い、力を貸して!!」

なのはは目の涙を拭いながらそう宣言する。それがなのはが魔法の力を望む理由だった。


なのはの言葉を聞いたフェレットはそのままなのはの肩に乗り共に呪文を唱え始める。それは赤い宝石、レイジングハートを起動させるための呪文だった。


化け物はそのことに気づきなのはたちに向かっていこうとする。しかし

「てめえの相手は俺だっ!!」

闘牙がそれを防ぐように向かっていく。化け物はそれ以上、なのはたちに近づくことができない。そして呪文が始まる。



「「我、使命を受けし者なり」」


「「契約のもと、その力を解き放て」」


「「風は空に、星は天に」」


「「そして、不屈の心は」」



「「この胸に! この手に魔法を! レイジングハート、セット、アップ!!」」


その呪文と共に辺りは桜色の光に包まれる。それはなのはの魔力の光だった。そしてそれが収まった先には

白い衣服をまとった魔法少女の姿があった。その手には杖が握られている。それはなのはの心を具現したものだった。


すぐさまなのははその杖を化け物に向ける。そして自分が何をすべきなのか。なのはには全てが理解できていた。頭の中に呪文が浮かんでくる。


「リリカルマジカル、ジュエルシード、封印!」

そうなのはが唱えるのと同時に光の糸が化け物に絡みつきその動きを封じていく。そして

「リリカルマジカル、ジュエルシード、シリアル21、封印!」

化け物はそのまま姿を消していき、あとには一つのジュエルシードが地面に残っているだけだった。


闘牙はしばらく臨戦態勢のままその場を警戒する。しかし化け物はもう現れることはなかった。

「やった、やったよ!!」

なのはは、はしゃぎながらフェレットを抱きしめている。フェレットはそんななのはに振り回され目を回してしまっている。闘牙はそんな二人の様子に苦笑いしながら近づいていく。



これが闘牙となのは、ユーノの初めての出会いだった。





これは大切な人を失った少年と魔法少女の物語――――



[28454] 第三十八話 「君がいない未来」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/20 14:39
今、一人の少年と一人の少女の旅が終わろうとしている。

少年は少女のために、少女を守るために強さを求め共に生きたいと願っていた。

少女は少年のために、自分を守ろうとしてくれる少年のために強くなり共に生きたいと願っていた。

二人はその願いを持ちながら一年間、仲間と共に長い旅を続けてきた。

共に笑い、共に悲しみ、共に怒り、共に過ごしてきた。

そして今、少女に最後の試練が訪れようとしていた。


「っ!!」

かごめは急に自分の目の前が真っ暗になっていることに驚く。いや暗いのではない。周りには何もない。自分以外誰もいない。どこまでも広がっている闇があるだけだった。そのことにかごめが気づいた瞬間、目の前に一つの光が現れる。それは完成された四魂の玉だった。

「四魂の玉っ!?」

そしてかごめは自分が四魂の玉の放った光に飲み込まれたことを思い出す。一体自分がどうなってしまったのか考えようとした時

『巫女よ……時はきた……』

四魂の玉から男とも女とも分からない声が聞こえてくる。かごめはそれが四魂の玉の意志であることに気づく。

「ここはどこ!?さっきのは一体何なの!?」

かごめは手を握りしめながら気丈に四魂の玉に問いかける。

『ここは四魂の玉の中。そして先程の光景はお前が見た幻。お前がこれから過ごすことができるかもしれない世界の日々。』

その言葉でかごめは全てを理解する。さっきの幻は犬夜叉が元の体に戻れた後の世界、あり得るかもしれない世界の幻だった。



『あの世界に辿り着きたいか……?ならば………願え、この四魂の玉に。犬夜叉と共に生きたいと。さもなくばお前たちは二度と出会うことはできない。』

それは四魂の玉のかごめに対する最後の問いだった。



(二度と……会えない……?)

かごめの脳裏に犬夜叉との思い出が次々に思いだされる。

共に笑い、共に泣き、共に怒り、共に過ごした旅の日々。

全部……全部……犬夜叉がいたから過ごせた日々。これからも過ごしたい日々。



でも犬夜叉は四魂の玉の力がなければ生きていけない。

もし四魂の玉がなくなれば……犬夜叉は死んでしまう。

もう二度と会えない。

あの声も、あの温もりも………全て失ってしまう。

四魂の玉に願えばあの幻の日々が待っている。

あの幻は私の……本当に……本当に望んでいた夢だった………。




私は…………………






「犬夜叉と……一緒にいたい………」

そう願ってしまった。

それが間違った願いであることは分かっている。四魂の玉は争いを生む物。だからこそ自分たちはそれを断ち切るためにこれまで旅を続けてきた。かつて桔梗も自分の命と共に四魂の玉をこの世から消し去った。私はその意志を受け継がなければいけない。

でも

四魂の玉がなくなれば犬夜叉は死んでしまう。

もう二度と会えなくなってしまう………。

そんなのは嫌だ………

せっかく出会えたのに

好きになったのに

恋人になれたのに


ずっと

ずっと一緒にいてくれるって言ってくれたのに………


私は




犬夜叉と一緒にいたいという願いを捨てることができなかった………。




その瞬間、世界は闇に閉ざされた。




「かごめっ!!」

犬夜叉が決死の覚悟で四魂の玉に触れようと手を伸ばす。しかし四魂の玉の周りには結界が張られておりそれ以上進むことができない。奈落を倒したと思った瞬間、かごめは四魂の玉の光に包まれそのまま取り込まれてしまっていた。何とか結界を破ろうと鉄砕牙を振るうもその結界を破ることができない。
どうすればいい。
どうすればかごめを救いだせる。
かごめはどうなってしまっているのか。
様々な不安と恐怖が犬夜叉を襲う。しかし犬夜叉はそんな不安と恐怖を抑えつけながらただひたすらに鉄砕牙を振るい続ける。そして

四魂の玉が再び凄まじい光を放ち始める。それと同時に四魂の玉から凄まじい瘴気が発せられる。それは先程までの奈落とは比べ物にならない程強力な物だった。さらに四魂の玉に集まるように暗雲が立ち込めてくる。空は闇に閉ざされ光は失われる。まるでそれはこの世の終わりの様な光景だった……。


「これは………」

村にいる楓がその光景に言葉を失う。四魂の玉から生まれてくる災厄にただ目を奪われるしかない。そしてそれに呼応するように村を襲ってきている蜘蛛たちの妖力が桁外れに上がって行く。まるで四魂の玉の力を取り込んでいるかのようだった。


「な……なんじゃ!?」
「殺生丸様………。」

邪見とりんがそんな状況に不安の声を上げる。何かとてつもなく悪いことが起きている。二人ともそのことを肌で感じていた。

「…………」

殺生丸はそんな二人を守るように立ちながら空に視線を向ける。そこには巨大な結界を張った四魂の玉の姿があった………。




「かっ……ごっ……めっ……!!」

凄まじい瘴気と妖気に襲われながらも犬夜叉は鉄砕牙とその鞘の力で何とかその場にとどまっていた。
一体何が起こっているのか。
かごめはどうなってしまっているのか。
犬夜叉が視線を上げた先には完成された四魂の玉が存在していた。そして


『犬夜叉………』


そこから誰かの声が聞こえてくる。それは間違いなくかごめの物だった。


「かごめっ!!そこにいるのか!!」

犬夜叉はそのまま四魂の玉に近づこうとするも見えない力によって阻まれてしまう。それは四魂の玉の意志によるものだった。それでも犬夜叉はあきらめることなくかごめを救おうと四魂の玉に向かっていく。しかし何度やっても四魂の玉に触れることはできなかった。

『犬夜叉……私……もうここから出ることができないの……』

そんなかごめの言葉が聞こえてくる。その言葉に犬夜叉の目が見開かれる。その言葉の意味が分からない。かごめが四魂の玉から出ることができない。
それはかつての翠子と同じようにかごめが四魂の玉の中で妖怪たちと永遠に戦い続けなければならないことを意味していた。

「な……何言ってんだ……かごめ……」

そのことに気づいた犬夜叉は声を震わせながら呟く。
なんでかごめがそんなことにならなければならない。
自分は奈落を倒した。
ならそれで全部終わるはずではなかったのか。
死ぬのは自分ではなかったのか。
なんで……なんで……

『私……願っちゃったの……犬夜叉と一緒にいたいって……それが……いけないことだって……分かってたのに……』

四魂の玉は使う者の本当の願いを決して叶えてはくれない。そのことを犬夜叉は記憶から思い出す。
なぜ今なのか。何故もっと早く思い出せなかったのか。思い出せていればかごめは……。

犬夜叉の目に涙が流れる。しかし犬夜叉はそんなことには全く気がつかずかごめの言葉に聞き入っている。かごめの言葉を決して聞き逃してはいけない。これはかごめの最期の……犬夜叉は心のどこかでそう気付いてしまっていた。

『犬夜叉……お願いがあるの………』

かごめの声が響き渡る。その声はすぐ近くから聞こえる。かごめは手を伸ばせばすぐに手が届く場所にいる。
なのに……どうして……自分はそれに触れることができないのか……どうして……助けることができないのか……

そして永遠に思われる一瞬の間の後

『四魂の玉を……この世から消してほしいの……』

そうかごめは犬夜叉に告げた。


四魂の玉を消す。


それは



『かごめを殺す』ということだった


呼吸が荒くなる。

汗が噴き出す。

動悸が収まらない。

そして


犬夜叉の手にはそれを為し得る力があった。


「ふざけるなっ!!どうして……どうしてそんなことしなくちゃいけねえんだっ!!」

泣き叫びながら犬夜叉はかごめに向かって慟哭する。

なんで俺が……お前を……お前を殺さなくちゃいけないんだ……

『このままじゃ……この時代が大変なことになっちゃうの……四魂の玉の災厄が……起ころうとしてるの……』

かごめの言葉によって犬夜叉は周りの様子に目をやる。周りには瘴気が溢れ空は雲に覆われてしまっている。そしてそれが際限なく広がろうとしていた。そして四魂の玉から新たな『奈落』が生まれようとしていることが分かった。

『このままじゃ……みんなが……だから……』

「何言ってんだっ!!あきらめるんじゃねえっ……俺が……俺が……お前を助け出して見せるっ!!」

叫びながら犬夜叉は何度も何度も四魂の玉に向かっていく。その体には無数の傷ができて行く。しかしそれでも……犬夜叉は決してあきらめようとはしなかった。


「一緒に……退治屋をしてくれるんじゃなかったのかよ………」

その目は涙であふれ赤く充血してしまっている。

「一緒に……この時代で……生きてくれるんじゃなかったのかよ……」

その声は枯れ果ててしまっていた。

「かごめ…………」


それは御神木の前でした……二人の約束だった……


『犬夜叉………』

かごめの声が小さく聞こえづらくなってくる。それに合わせるように四魂の玉の災厄、呪いがついに解き放たれようとしている。


犬夜叉はそのまま四魂の玉に向かって鉄砕牙を構える。


その手は震えている。まるで自分の体が自分の物ではないかのようだ。


足も震え膝は今にも崩れ落ちそうだ。


なんで俺は鉄砕牙をかごめに向けてるんだ……?


俺はかごめを守るために……鉄砕牙を手に入れたはずなのに……。


かごめを守るために……強くなってきたはずなのに……。


鉄砕牙の刀身が黒く染まっていく。


この力は殺生丸が自分を認めてくれた証だった。それなのに……


犬夜叉はゆっくりと鉄砕牙を振りかぶる。そして




「うあああああああああああああああああああっ!!!」



四魂の玉に向かってそれを振り切った。冥道残月破が四魂の玉を冥界に向かって葬って行く。その刹那



『ごめんね………犬夜叉………』





そんな……かごめの声が聞こえた気がした……………。









「かごめっ!!」

意識を取り戻した少年は叫びながら飛び起きる。同時に少年は自分が見知らぬ部屋にいること、自分が犬夜叉の体ではなく、元も体に戻っていること、そして自分の名前が闘牙であることを思い出す。

(俺は……一体……)

闘牙が落ち着きながら自分の状況を理解しようとした時、犬夜叉の記憶が一気に蘇ってくる。それは仲間たちとの、かごめのとの一年間の旅の記憶、自分のかごめへの想い、そして

自分がかごめを殺してしまった記憶だった。

「うっ……!!」

その瞬間、闘牙は口を押さえながら吐いてしまう。かごめを殺した。その事実が闘牙の心を攻め立てる。その時の感覚がまだ手に残っている。そしてその最後の言葉も……

そんな中一人の女性が慌てた様子で闘牙に近寄ってくる。それはかごめの母だった。

「君、大丈夫!?しっかりして!!」

かごめの母は俯きながら吐き続けている闘牙に近寄り介抱する。闘牙はそのままかごめの母に縋りつきながらただ泣き続けることしかできなかった……。

その後、何とか落ち着きを取り戻した闘牙はかごめの母に礼を言った後神社を後にしていた。かごめの母も闘牙の様子に何か事情があるのだと察し深くは聞いてはこなかった。

少年はそのまま自分の中では約一年ぶりに自宅に戻る。しかし自分の中にある記憶は決してなくなることはなかった。夢だと思えたらどんなに良かっただろう。だがその記憶の鮮明さ膨大さから闘牙はこれが夢ではないことを心のどこかで理解していた。

何とか一週間後学校に通えるまでに回復した闘牙は一人中学に向かって登校する。そしてその校門に差し掛かった時、


一人の少女に目を奪われた。


それは自分が初めて好きになった少女。

一年間、一緒に旅を続けてきた少女。

自分が愛する恋人。

そして




自分がその手に掛けた少女。


日暮かごめだった。


その瞬間、闘牙の目には涙が溢れる。



かごめが……かごめが今、自分の目の前にいる。


自分が救えなかった……守ることができなかったかごめがここにいる。




「かごめっ!!」

闘牙は我を忘れてそのままかごめに詰め寄って行く。もはやここが学校の校門であることなど闘牙の頭にはなかった。そして闘牙はそのままかごめを抱きしめる。

「かごめっ……!!かごめっ……!!」

闘牙はそのまま嗚咽を漏らしながらかごめを強く抱きしめる。もう二度と離さない。それほどの強さがあった。しかし


「何するのよ、離してっ!!」

闘牙はかごめによって突然突き飛ばされてしまう。かごめはそんな闘牙を怯えたような表情で見つめる。それはまるで知らない人を見るような表情だった。闘牙はそんな反応をするかごめに戸惑いを隠せない。


「分からねえのか、俺だ、犬夜叉だ!!」

闘牙はかごめの肩を掴みながらそう叫ぶ。


「何わけわからないこと言ってるのよ!?」

しかしかごめは犬夜叉という言葉にも全く反応しない。何かがおかしい。そう闘牙が考えた時、


「どうしたの、かごめ!?」
「何かされたの!?」
「大丈夫、かごめちゃん!?」

かごめの友人たちが騒ぎを聞きつけ集まってくる。それだけではない。闘牙とかごめの周りには人だかりができていた。闘牙はそのことに気づき慌ててその場を逃げ出すしかなかった……。


そして闘牙は理解する。

今のかごめは、犬夜叉に出会う前のかごめなのだと。

つまり自分とかごめは本当は同い年。

戦国時代で出会った自分たちは違う時間から来ていたことに闘牙は気づいた。

闘牙はそれから何度もかごめに接触する。しかしそのたびにかごめはまるで自分と初めて出会ったような反応を繰り返すだけ。周りもそのことには全く気付かない。いやまるで見えない力によって気づかないようにされているようだった。そして闘牙は犬夜叉だった時かごめから闘牙の話を一度も聞いたことがないことに気づく。これだけ接触している同級生のことを恋人である自分に話さないなんてことがあるだろうか。つまりかごめは恐らく中学三年の卒業式まで闘牙である自分のことを覚えることができないのだろう。

そのことに気づいた闘牙だったがそれでも闘牙はかごめに接触し続ける。何とか四魂の玉のことをかごめに伝えなくてはいけない。そうしなければまた同じことが起きてしまう。

自分が……犬夜叉である自分がかごめを殺してしまう。

何度も……何度も……闘牙はかごめに接触し、話し続ける。

しかしかごめにその言葉は決して届くことはなかった。



そして一年後、闘牙はかごめと同じクラスになった。そしてかごめが度々学校を欠席するようになる。闘牙はかごめが戦国時代に行き始めたことに気づいた。

闘牙は同時にある希望を見出す。

もしかしたらこの世界のかごめは四魂の玉に願いをかけないで済むのではないかと。

全てが自分の記憶通りに進むとは限らないと。

闘牙はそう自分に言い聞かせる。

それが叶わない希望だと分かっていても。



かごめが生きていてくれさえすれば……

自分はどうなっても構わない。だからどうか……

闘牙はそう祈るしかない。

そして闘牙はかごめにプレゼントした首飾りを探し始める。

かごめに言葉が届かないならこれしか方法がない。

もし覚えてもらえなくともその首飾りを持って行ってくれれば向こうの自分が何かに気づいてくれるかもしれない。そう考え闘牙は首飾りを探し続ける。そして同時に勉強もおろそかにはしなかった。かごめと同じ高校に通うこと。それは二人の約束だった。

そして闘牙は卒業式の前日にとうとう首飾りを手に入れる。

卒業式の後、闘牙は一人御神木の前でかごめを待ち続ける。そしてついにかごめが姿を現す。かごめはこれから奈落との最後の闘いに向かおうとしていた。闘牙がそんなかごめに声をかけようとした瞬間、闘牙は突然自分の体を動かせなくなってしまう。

(何だっ!?一体どうなってやがるっ!?)

闘牙は何度も何度も体を動かそうと力を込めるも全く動けない。それだけではない。声を出すことすらできなくなっていた。まるで見えない力によって金縛りにあってしまっているようだった。そしてその間にかごめは自分の前を横切り井戸に向かって走って行ってしまう。


(駄目だっ!!……待ってくれ、かごめっ!!)

闘牙はそんなかごめに向かって叫ぼうとうする。しかし声を出すこともできない。



そしてかごめは井戸を通り向こうの世界へ行ってしまった。





その瞬間、闘牙を縛っていた力がなくなり闘牙はそのまま地面に膝を突く。地面に涙が落ちる。




「かごめええええええええええっ!!!」






闘牙の絶叫が辺りに響き渡る。その手には首飾りが握られたままだった。







そして






かごめは二度と戻ってくることはなかった―――――














闘牙は生きる意味を失った―――――











[28454] 第2話 「決意」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/28 00:49
人気のない夜の公園に二人と一匹の人影がある。それはジュエルシードの暴走体との戦いを終えた後、状況確認をするために集まった闘牙となのは、ユーノだった。三人は名前を教えあった後、これまでの状況を互いに確認する。

「闘牙さん、体の方は大丈夫なんですか?」

フェレットの姿をしたユーノが心配そうに闘牙に向かって話しかける。闘牙は暴走体によって吹き飛ばされ重傷を負った。しかしジュエルシードの力によって犬夜叉の力を取り戻した際にその怪我は全て治ってしまっていた。

「大丈夫だ、傷一つ残ってねえ。」

そう言いながら闘牙は自分の体と犬の耳を触る。先程の暴走体との戦いで闘牙は今の自分が間違いなく戦国時代にいた犬夜叉と同じ力を手に入れたことを実感していた。しかしユーノとなのはは心配そうに闘牙を見つめ続ける。ユーノは自分が見つけてしまったジュエルシードのせいで、なのはは自分を庇ったせいで闘牙が傷ついてしまったこと、何よりもその姿が大きく変わってしまったことに責任を感じてしまっていた。そのことに気づいた闘牙は

「気にすんな、この姿は俺が望んだ物だったんだからな。それに……」

そう言いながら目を閉じる。そして一瞬の光の後には人間に戻った闘牙の姿があった。

「え……?」
「これは……?」

目の前の光景になのはとユーノは目を丸くする。それはまるで闘牙が変身してしまったように見えた。

「どうやらこいつのおかげらしい。」

闘牙はそのまま自分の手の中にあるジュエルシードを二人に向けて見せる。それは淡い光を見せているがとても安定しているように見えた。

「ジュエルシード!?それにこれは……もう封印されてる!?」

ユーノが驚きの表情でそのジュエルシードを見つめる。ジュエルシードは持った者の願いを叶える魔法の石だがその力が不安定なため危険な古代遺産に指定されていた。しかし闘牙の願いを叶えたにもかかわらずジュエルシードは安定している。それはジュエルシードが完全な形で願いを叶えたことを示していた。
ユーノはそのことを闘牙に説明する。闘牙はその説明を聞きながら自分がなぜジュエルシードを制御できたのか思い当たる節があった。それは闘牙の魂が長い間、四魂の玉の力によって戦国時代に留まっていたことだった。四魂の玉とジュエルシードは恐らくその性質も似た存在なのだろう。そのため恐らく自分の魂に残っていた四魂の玉の力の残滓によってジュエルシードの力を制御することができたのだと闘牙は考えていた。

「じゃあその姿は一体何なの?」

なのはが不思議そうな顔をしながらそう闘牙に尋ねてくる。その目は闘牙の犬の耳に向けられていた。

「これは俺の前世の姿だ。」
「ぜんせ?」

闘牙は簡単に自分の状況を説明する。自分が三年前に魂だけ五百年前の戦国時代にタイムスリップしたこと。そこで自分の前世の体である半妖の犬夜叉に憑依したこと。四魂の玉と呼ばれる願いを叶える宝石をめぐる闘いに巻き込まれたこと。

ユーノは闘牙の話を興味深そうに聞き入っている。元々考古学に興味があるユーノにとってそれはとても興味を刺激される物だったからだ。しかしなのはは話に全く付いていけないのか頭の上に?マークを浮かべている。そのことに気づいた闘牙は

「簡単にいえば俺はなのはと同じように変身できるってことだ。」

そう無理やりまとめる。闘牙は自分の意志で人間と犬夜叉の姿を切り替えられるようになっていた。それは犬夜叉への変身が既に闘牙自身の能力になっていることを示していた。なのはは何となく納得がいかないような表情を見せながらもそのままその言葉に頷く。そんな二人の様子を見ながら

「すいません、闘牙さん、なのはさん。僕のせいで危険な目に合わせてしまって……。」

ユーノは神妙そうに顔を俯かせながら二人にそう謝りながらこれまでの経緯を話していく。

ユーノは故郷で、遺跡発掘を仕事にしていること。

そしてある日、古い遺跡の中でジュエルシードを発見し調査団に依頼して保管してもらったこと。

しかし運んでいた時空艦船が、事故か何らかの人為的災害にあってしまい二十一個のジュエルシードがこの世界に散らばってしまったこと。それを回収するためにこの世界にやってきたこと。

それを聞いたなのはは

「あれ?それって別にユーノくん全然悪くないんじゃ……。」

そうユーノに向かって尋ねる。闘牙もその言葉に同意する。実際そのことにユーノに非があるとは思えなかった。

「だけど、ジュエルシードを見つけてしまったのは僕だから……。全部見つけて、ちゃんとあるべき場所に返さないといけないんだ……。」

しかしユーノは決意に満ちた表情でそう告げる。それはユーノという少年の本質を現している言葉だった。そのことに闘牙となのはは気づく。そして

「ならさっさと残りのジュエルシードを集めなきゃな。どこにあるかは分かるのか、ユーノ?」

そう闘牙はなんでもなことのようにユーノに尋ねる。ユーノはそんな闘牙の言葉に驚きを隠せない。その言葉の節々から闘牙がジュエルシード集めを手伝うという意思が伝わってきたからだ。

「て……手伝ってくださるんですか……?」

「なんだ、手伝っちゃまずいのか?」

闘牙はそんなユーノの言葉に思わずそう返す。それはまるで手伝うことが当たり前だと言わんばかりの態度だった。なによりも願いをかなえる危険な宝石、そんなものを闘牙が放っておくことができるわけもなかった。そして

「わ……私も手伝うよ、ユーノくん!」

そうなのはが慌てながら闘牙の言葉に続く。なのはにとってもジュエルシードは放ってはおけない存在だった。

「……ありがとうございます……二人とも……。」

ユーノはそんな二人の言葉に目に涙を浮かべながら感謝するのだった……。


そしてそんなユーノが落ち着いたところで

「なのは、お前魔法のこと家族にどう説明するつもりだ?」

闘牙はいきなりそうなのはに向かって尋ねる。なのははそんな闘牙の言葉にぽかんとした表情を見せる。なのはとしてはもちろんそれは秘密にしておくつもりだったからだ。しかし

「ちゃんと話しておいた方がいい。危険なことだからな。それに夜にも出歩くことにもなるからな。隠しておくのも難しいと思うぜ。」

「う……。」

痛いところを突かれたのかなのはは困惑した顔をする。自分はまだ小学三年生。夜出歩くどころか夜更かしすら怒られてしまう。加えて学校もある。それを考えると魔法のことを隠しながらジュエルシード集めをすることは困難であることは明らかだった。しかし家族に話して許可を得ることができるだろうか。ジュエルシード集めが危険なことはなのはも先程身をもって理解していた。しかし経験がある闘牙とユーノに任せておけばきっと問題ないだろう。

それでも……

なのはは自分を庇って傷ついてしまった闘牙の姿を思い出す。あの時の自分はそれを前にしても何もできなかった。もしかしたら同じことが自分の家族に、友達にも起こるかもしれない。誰かを守れる力が欲しい。それがなのはが魔法の力を望んだ理由だった。

「……私、闘牙君みたいに強いわけじゃないけど……それでも……ユーノくんのお手伝いがしたいの!」

なのははそうはっきりと自分の気持ちを宣言する。闘牙はそんななのはをしばらく見つめた後

「………分かった。俺も一緒に行って説明してやる。」

そう笑いながらなのはの言葉に頷く。ユーノもそんななのはの言葉に礼を言いながらもどこか不安そうな顔をする。やはり小さな女の子を巻き込んでしまったことに負い目を感じているようだった。それに気づいた闘牙は

「そういえばユーノ、お前本当は人間だろ?」

そう話題を変えようと話しかける。

「え、よく分かったね闘牙さん?これは変身魔法って言ってそれでフェレットに姿を変えてるんだ。本当はなのはさんと同じ9歳なんだ。でもどうして分かったの?」

自分は闘牙の前では人間に姿を見せたことはなかったはずだ。なのになぜすぐに分かったのかユーノには見当がつかなかった。闘牙はそんなユーノの様子を見ながら再び犬夜叉の姿に変身する。そしてその鼻を触りながら

「この体は犬の妖怪と人間の間に生まれた半妖だ。だから匂いで分かったんだよ。」

そうユーノに説明する。変身魔法といえども匂いまでは誤魔化せなかったようだ。そのことにユーノが感心していると

「ユ……ユーノくんって人間の男の子だったの!?」

なのははこれまでの出来事で一番驚いたといった態度を見せる。てっきりしゃべるフェレットだとばかりなのはは思っていたからだ。

「あれ……?でも初めて出会った時、僕人間の姿をしてたよね……?」

「してないっ!最初からフェレットだったよ!!」

二人は慌てた様子で互いに言い合いを始める。しかし闘牙が呆れていることに気づいた二人は何とか落ち着きを取り戻し、なのはの家に向かって歩き出す。闘牙もその後に続こうとした時、なのはが何かを言いたそうにこちらを見ていることに闘牙は気づいた。

「どうした、なのは?」

「……闘牙君、一つお願いしてもいい?」

なのはは真剣な表情でそう闘牙に尋ねてくる。闘牙は思わず身構えながら

「ああ、俺ができることならな。」

そう答える。なのはは少し言いづらそうにしながらも意を決したように



「その耳、触ってもいい!?」

そう目を輝かせながら尋ねてきた。

「……………」

闘牙はその言葉に思わずそのままその場に固まってしまったのだった……。





光がともっている家の玄関に向かってそろりそろりと近づいていく小さな人影がある。その様子はまるで誰かに見つかりたくないかのようだった。そしてその手が玄関の入り口をつかもうとした時

「おかえり。」

その人影に向かって一人の青年が声をかける。それはなのはの兄、高町恭也だった。

「お……お兄ちゃん……。」

なのははいきなり見つかってしまったことに冷や汗を流しながら恭也に目をやる。どうやら自分が家を抜け出したことは既にばれてしまっていたようだ。

「こんな時間にどこにお出かけだ?」

恭也はそんななのはの様子を見ながらも冷静に問いかける。その言葉からなのはのことを心配していたことがうかがえた。

「あの……その……えーと……」

どう答えたらいいものか分からずなのははそのまま黙りこんでしまう。そんな中

「あら可愛い~!」

一人の少女がなのはが手で後ろに隠しているユーノに気づき声を上げる。それはなのはの姉、高町美由希だった。

「あ、お、お姉ちゃん……?」

美由希はそのままなのはの手からユーノを抱き上げる。ユーノはどうすればいいのか分からず固まってしまっていた。

「あら?何か元気ないね。なのははこの子の事が心配で様子を見に行ったのね。」

「気持ちはわからんでもないがだからといって内緒でというのはいただけない。」

恭也は美由希の言葉に納得しながらもなのはが勝手に夜中出歩いたことに関してはやはり思うところがあるようだった。

「まぁまぁ、いいじゃない。こうして無事に戻ってきてるんだし。それになのはは良い子だから、もうこんなことしないもんね?」

「そ……それは……」

美由希の言葉に何とかなのはが答えようとした時、一人の少年がなのはに続くように姿を現す。そのふるまいからどうやらなのはの知り合いであることに恭也と美由希は気づく。

「どういうことか説明してくれるな、なのは?」

恭也が少し声のトーンを低くしながらなのはに問いかける。なのははこれからのことを考え困惑した顔をするしかなかった……。





高町家に訪れた闘牙とユーノはなのはの父である高町士郎と母である桃子を加えこれまでのいきさつを説明することになった。
魔法のこと。
ジュエルシードのこと。
ユーノのこと。
闘牙のこと。
そしてなのはが魔法の力に目覚めたこと。

初めは半信半疑だった家族たちだったが実際にユーノがしゃべること、なのはと闘牙の変身を見せられそれが真実であることを理解してもらうことができたのだった。

「僕のせいで娘さんを巻き込んでしまって……本当にすいませんでした。」

ユーノははなのはの家族に向かって頭を下げながら謝罪する。それは普通の少女であるなのはを魔法の世界に巻き込んでしまったユーノのけじめでもあった。

「いや……君がいなければこの街はもっと大変なことになっていたかもしれない。そんなに気に病むことはないよ。」

士郎はそうユーノを慰める。桃子たちも言いたいことは同じようだった。そんな高町家の対応にユーノは改めてお礼を述べるのだった。そして

「じゃあ、私、ユーノくんのお手伝いをしてもいいの?」

なのははそう慌てながら士郎に向かって尋ねる。話の流れから自分も手伝ってもいいのではないかとなのはは感じ取っていた。しかし

「なのは、今日はもう遅いから部屋に戻って寝なさい。お父さんたちはもう少しユーノくんたちから話を聞いておく。」

そう士郎はなのはを諭す。

「わ、私も一緒に聞く!」

しかしなのはは何とか自分もその話に加わろうとするがそれは桃子によって止められてしまう。

「なのは、お父さんの言うことはちゃんと聞きなさい。明日は学校もあるし話なら後でちゃんと聞かせてあげるわ。」

桃子は優しくなのはにそう言い聞かせる。なのはもそれ以上口をはさむこともできず、そのまますごすごと自分の部屋に戻って行く。その後、士郎たちは改めてユーノと闘牙に向かい合う。

「それじゃあもっと詳しい話を聞かせてもらう前に……」

士郎がそう意味ありげに言葉を切ったあと



「……闘牙君、その耳ちょっと触らせてもらってもいい?」

桃子がそう言葉を続けてきた。



闘牙はこの二人は間違いなくなのはの両親であることを確信するのだった……。





「ん………」

携帯の目覚まし音と共に布団からゆっくりとなのはは体を起こす。その髪は寝癖で所々はねてしまっている。そしてなのはは大きなあくびをしながらベッドから起き部屋を出て行く。
昨日は魔法のこと、ジュエルシードのこと、ユーノと闘牙のことを考え、興奮し結局ほとんど寝ることができなかった。なのははまだ重い瞼をこすりながら階段を下り朝食を食べに行く。テーブルには既に皆、揃ってしまっているようだった。

「おはよう、みんな。」

どこか心ここにあらずといった風になのはがあいさつをする。

「おはよう、なのは。」
「おはよう、ちゃんと寝れた、なのは?」
「おはよう。」
「なのは、おはよう。」
「大丈夫、なのは?」
「眠そうだな、なのは。」

そんななのはを見ながら皆がなのはにあいさつをしてくる。なのははそのまま自分席に着き朝食を食べようとしたところで、

いつもよりあいさつの数が多いことに気づいた。なのははそのまま顔を上げ辺りを見回す。

そこには朝食を食べている闘牙とその横で同じようにそのおかずを分けてもらっているユーノの姿があった。

「え………?」

なのははその光景に思わず言葉を失う。闘牙はそんななのはを見ながら

「なのは、お前寝癖が凄いことになってるぞ。」

そう何でもないことの様に告げる。一瞬の間の後、なのはは顔を真っ赤にし



「にゃああああああああっ!!」

奇声を上げながら自分の部屋に駆け上がって行った。



その後、何とか身だしなみを整えたなのはが再び下りてきてからなのはに昨日の話し合いの結果を伝えることになった。だが

「ど……どうして闘牙君とユーノくんが家にいるの!?」

なのははてっきり二人は家に帰ってしまったのだとばかり思っていた。

「昨日は深夜まで話し合いだったからな、泊って行ってもらったんだ。……そしてこれからも二人には一緒にこの家で暮らしてもらうことになる。」

士郎はどこか嬉しそうな笑みを浮かべながらなのはにそう告げる。

「それって………」

なのはがその言葉の意味に咄嗟に気づく。それはジュエルシードの反応があってもすぐに一緒に行くための案だった。

「なのは、ユーノくんのお手伝いをしてあげなさい。」

士郎はそんななのはの様子を見ながらどこか満足そうに伝える。その言葉に反応するようになのはの髪が動く。

「いいの、お父さん!?」

「ああ、ただし二つ条件がある。」

身を乗り出してくるなのはにくぎを刺すように士郎はなのはに向かって指を向ける。

「一つは絶対に一人でジュエルシードには近づかないこと。近づく時には絶対にユーノ君か闘牙君と一緒にいること。二つ目はユーノ君と闘牙君の言うことは必ず守ること。この二つをきちんと守ることが条件だ。約束できるかい?」

「……うん、約束する!!」

なのははそのまま士郎と指切りをする。それはなのはが安全にジュエルシード集めを手伝えるための約束だった。

「よろしくな、なのは。」
「よろしく、なのは。」

闘牙とユーノがなのはに向かって手を差し出す。なのはは慌てながらも嬉しそうにそ手を握る。この瞬間、三人は仲間になったのだった……。

「そうそう、闘牙君は今日から喫茶翠屋の方でアルバイトとして働いてもらうことにもなってるから。なのはもそのつもりでね。」

桃子が付け加えるようにそう告げる。それは高校に通っていない闘牙の事情を察して桃子が提案したことだった。

「いいのか、俺、喫茶店で働いたことなんてないぜ?」

「大丈夫、すぐ慣れるわ。ちょうど男の子のアルバイトが欲しかったところなの。さあ行きましょう。」

桃子は闘牙の背中を押しながら家を出発していく。闘牙はそれに戸惑いながらも何とか一緒に翠屋に向かっていく。ユーノもその後に着いていく。

なのはは新しい生活のスタートを肌で感じ取りながら学校に向かうのだった……。




「…は、……のは……なのはったら!!

「え、何!?」

なのははいきなり大声で自分の名前を呼ばれたことに驚きながら顔を上げる。目の前には金髪の少女が腕を組みながら不機嫌そうにこちらを見ている。その後ろにはそれを苦笑いしながら見守っている黒髪の少女がいる。二人はなのはの親友であるアリサ・バニングスと月村すずかだった。

「もう、何回呼んだと思ってるのよ、いくら考え事してるからって限度ってものがあるでしょ!」

「にゃ……にゃはは……ごめん、アリサちゃん。」

「にゃははじゃないでしょ、ちゃんと人の話は聞きなさい!!」

そう言いながらアリサはなのはのほっぺをつまみながら引っ張り上げる。なのははそのまま為すがままにされてしまう。

「ア……アリサちゃん、もうそのぐらいにしなきゃ。」

すずかはそんなアリサを何とか落ち着かせようと仲裁にはいる。なのはは魔力を持つ者同士が行える念話と言われる物でユーノと様々な話をしていた。そのせいでアリサの声に気づくことができなかったのだった。

「とにかく、今度ユーノに会いに行くから!いいわね!」

「あ…あたしも行っていいかな?」

なのはが自分たちが見つけたフェレットを保護し家で飼っているという話を聞いた二人はユーノに会いに行きたいとなのはにお願いしているところだった。

「うん……あ………」

特に断る理由もないためそのまま返事をしようとした時、今家には新しく闘牙が住んでいることになのはは気づく。闘牙のことをどう二人に説明すればいいのか。なのははそのことを全く考えていなかったたため再び考え込んでしまう。

「あんたなんかあたしたちに隠し事してるでしょ、正直に言いなさい!」

「な……何も隠してないよ……。」

「ふ……二人とも……落ち着いて。」

再びじゃれあい始める二人とそれを止めるすずか。


これが高町なのはの学校での日常だった。





今、闘牙は自分が置かれている状況に絶望を感じていた。まずアルバイトが自分以外全て女性だったこと。まだそれはいい。喫茶店ということと桃子の言葉で何となくそれは覚悟していた。
だが闘牙は自分の目の前に置かれたメニューの前で固まってしまっていた。そのずらりと並んだ聞いたことも見たこともない飲み物、ケーキ、お菓子の名称、値段に圧倒される。

そして自分はそれを全て覚えなければならない。闘牙は途方に暮れてしまっていた。そして

「闘牙君には最終的には厨房にも入ってもらうつもりだから頑張ってね。」

そう満面の笑みで桃子は闘牙に話しかけてくる。



闘牙にとってジュエルシード集めより遥かに厳しいかもしれない試練がこれから待ち受けているのだった。





「ふう………」

大きな溜息を吐きながら闘牙は高町家の廊下を自分が借りている部屋に向かって歩いていた。慣れない仕事をしたせいかそれとも長い間引きこもってしまっていたからなのか闘牙は疲れ切ってしまっていた。そして廊下の突き当たりに差し掛かった時

「た……助けてっ、闘牙っ!!」

必死の形相でこちらに向かって全速力で走ってくるユーノの姿があった。ユーノは最初は闘牙のことをさん付けで呼んでいたのだが闘牙の希望で呼び捨てで呼ぶようになっていた。ユーノはそのまま闘牙の肩にのり身構えてしまう。一体何の騒ぎなのか闘牙が聞こうとした時

「もう、逃げたらだめだよ、ユーノ君。」

なのはがユーノの後を追うように走ってこちらに向かってきていた。

「どうしたんだ、なのは?」

闘牙がそんな様子のなのはに向かって尋ねる。特に喧嘩したような雰囲気も見られないため闘牙も事情を察することができない。

「ユーノ君、何日もお風呂に入ってないっていうから一緒に入ろうとしてるの。なのにユーノ君嫌がって逃げちゃって……。」

そう言いながらなのははユーノに目をやる。ユーノはそんななのはの目線に気づきながらも首を横に振り続ける。そして闘牙はやっと事情を理解する。

「でもなのは、ユーノは人間の男の子だぞ。それでもいいのか?」

闘牙はそうなのはに諭す。なのははそんな闘牙の言葉に思い出したような顔をする。どうやらそのことを忘れてしまっていたようだった。そんななのはの様子にユーノが安堵しかけた時、

「……でも今ユーノ君はフェレットだからいいよ。さあユーノ君、一緒に行こう。綺麗にしてあげる!」

少し考えるような仕草を見せたもののなのははそのままユーノに詰め寄って行きユーノはそのままなのはに捕まってしまう。

「い……嫌だよ!なのは、僕は男なんだよ!?女の子と一緒にお風呂に入っちゃいけないんだ!と……闘牙っ!闘牙助けてっ!!」

ユーノが悲痛な叫びをあげるもなのははそのままユーノを連れたままお風呂場に向かっていく。

(ユーノ……強く生きろよ……)

闘牙はそんなことを考えながら自分の部屋にさっさと戻って行くのだった……。




そして次の日の夕方、なのはとアリサ、すずかの三人は一緒に並んで塾から家に向かって歩いていた。昨日、夜間に闘牙たちと一緒になのははジュエルシードの探索を行ったものの結局見つけることができなかった。そして大きな信号に差し掛かった時、

なのはは大きな違和感を感じ取る。それは発動したジュエルシードの気配だった。

(これがジュエルシードの気配……!?凄く近いところにある!!)

なのははその気配が自分の位置から近いところにあることに気づく。それは神社がある方向だった。

なのははそのまま急いでその神社に向かって走り出す。

「なのはっ!?」
「なのはちゃんっ!?」

そんななのはにアリサとすずかは驚きの声を上げる。

「ごめん、忘れ物しちゃったから先に帰ってて、二人とも!!」

なのはは二人いそう言い残しジュエルシードの気配に向かって走り続ける。そんな中

『なのは、聞こえる!?今どこ!?』

ユーノの念話がなのはに向かって伝わってくる。

『ユーノ君!?』

『今、ジュエルシードの発動を感じたんだ!今、闘牙と一緒にそこに向かってる、なのはは今どこにいるの!?』

『ジュエルシードは私の近くにあるみたい、きっと神社だと思う!今向かってるところ!』

なのははもう神社の階段の前まで来ているところだった。

『なのは、僕と闘牙もすぐ着くからそこで待ってて!!』

しかしユーノがそう言った瞬間、なのはの目には神社の階段の上からジュエルシードの発動の光が見える。どうやらもう力は発動してしまっているようだった。もしあそこに人がいれば大変なことになってしまうかもしれない。なのはの脳裏に血まみれになった闘牙の姿が蘇る。もうあんなことは起こさせない。そのためになのはは魔法の力を手に入れていた。なのははそのまま一人階段を登って行ってしまう。

『なのはっ!?返事をして、なのはっ!?』

後にはユーノの念話が響き渡るだけだった……。




「レイジングハート、セットアップ!」

その言葉と共になのはの服はバリアジャケットに、手には魔法の杖が握られる。なのはは既にユーノから起動の呪文を短縮する方法を習っていたためすぐさま変身する。

そして階段を登った先には巨大な牙をもつ犬の姿があった。そしてその近くには一人の女性が倒れ込んでいる。もしかしたらジュエルシードを発動させた犬の飼い主かもしれない。
しかし暴走体はすぐさまなのはの存在に気づいたのかなのはに向かって視線を向け臨戦態勢を取る。そしてなのはもそれに合わせるようにレイジングハートを暴走体に向ける。しかしそれを握る手は震えてしまっていた。

『怖い』 その感情が暴走体を見たなのはの心に襲いかかってくる。前の時はユーノがいて闘牙がいた。しかし今、この場には自分しかいない。誰も助けてくれる人はいない。でも自分は魔法の力を手に入れた。ならきっと大丈夫。なのははそう自分に言い聞かせる。なのはは意を決してレイジングハートに魔力を込め

「リリカルマジカル、ジュエルシード封印!!」

その力を解き放った。その瞬間、光の糸が暴走体に向かって伸びて行く。なのははそれがそのまま上手くいったと思った時暴走体は大きく空に向かって跳躍しそれを飛び越えてしまった。

「え?」

なのはは目の前で起こったことが分からず思わずそんな声をあげてしまう。そして暴走体はそのままなのはに向かって爪を振り下ろす。その鋭さになのはは自分がどれだけ危険な状況にいるのか今更ながらに理解する。なのははそのまま杖を握りしめたまま目を閉じることしかできない。そしてその爪がなのはに届くかというところで

『protection.』

レイジングハートの声と共になのはの周りに光の膜が作られる。暴走体の攻撃はその膜によって弾かれてしまう。

「レイジングハート……助けてくれたの……?」
なのははレイジングハートの助けによって何とか攻撃を防げたことに気づく。暴走体はその強度に自分の攻撃ではなのはを倒せないことに気づく。そしてその矛先を気を失い倒れている女性に向ける。

「ダメっ!!」

なのはは女性を助けようと暴走体に杖を向けようとする。しかし暴走体の動きの方がそれよりも早い。なのはは自分の目の前で再び人が傷ついてしまうことに恐怖する。そしてその爪が振り下ろされようとした瞬間、


暴走体は突如現れた影によって吹き飛ばされてしまう。それは肩にユーノを乗せた闘牙だった。


暴走体は闘牙の蹴りによって森に向かって蹴りだされる。闘牙とユーノはそれを確認した後、急いでなのは元に駆けつけてくる。

「怪我はねえか、なのは!?」
「なのは、大丈夫!?」

なのははそんな二人の姿に思わず目を潤ませる。それは先程の恐怖からではなく、闘牙とユーノが来てくれたことによるものだった。

「うん……大丈夫……。」

なのははその目を拭いながらそう二人に答える。そんななのはの様子に二人が安堵したと同時に暴走体が再び闘牙たちに襲いかかってくる。

「闘牙、あれは現住生物を取り込んでるみたいだ、きっと前のよりも手強い!」

ユーノの言葉に合わせるように闘牙は戦闘態勢に入る。生物を取り込んでいるなら前の様に爪で斬り裂くわけにはいかない。そう判断した闘牙は自らの右手に拳を作る。そしてそれを暴走体の腹に向かって振り切った。その衝撃と威力によって暴走体はそのまま地面にたたきつけられ身動きが取れなくなってしまう。

(やっぱり凄い……これが半妖の……犬夜叉の力……)

ユーノはそんな闘牙の闘いぶりに圧倒される。魔法も使わずに純粋な身体能力であれだけの強さが存在することに驚きを隠せない。

「なのは、封印を!!」

ユーノは暴走体が身動きが取れなくなったことを確認しなのはに指示する。なのはそんなユーノに導かれるようにレイジングハートを構える。そして

「リリカルマジカル、ジュエルシード、シリアル16封印!!」

その光の糸が暴走体を縛り付け力を封じ込めて行く。そしてそれが収まった先には首輪をつけた子犬が静かに眠っていた……。



子犬とその飼い主が目覚め神社を立ち去ったのを確認した後、闘牙となのはは向かい合っていた。闘牙はどこか厳しい表情をしている。そしてそれに対するようになのははその顔を俯かせてしまっている。

「なのは……どうして俺たちが来るまで待たなかったんだ……?」

今までで見たことのないような闘牙になのはは声を出すことができない。

「闘牙、なのはは」

「ユーノは黙ってろ。」

ユーノが何とかなのはを擁護しようとするがそれも闘牙に止められてしまう。そしてなのはと闘牙の間に長い沈黙が続いた後




「……私……魔法の力を手に入れて……嬉しかったの……。」

なのはは自分の気持ちを話し始める。

「何の特技もない私でも……できることがあることが嬉しかったの……誰かを助けてあげることができるって……。」

その目には涙が溢れていた。

「でも……怖かったの……死んじゃうんじゃないかって……あの女の人が死んじゃうんじゃないかって……」

闘牙はそんななのはの言葉を黙って聞き続ける。


「闘牙君も……ユーノ君も……お父さんもそうならないように約束したのに…………約束破ってごめんなさい。」

そうなのはは素直に二人に謝る。その瞬間、なのはの頭に闘牙の手が置かれる。


「もう約束破ったりしねえな……?」

「うん……。」

なのははそんな闘牙の言葉に頷く。その瞬間、闘牙の雰囲気はいつもの物に戻る。

「まあ、なのはが行かなけりゃもしかしたら間に合わなかったかもしれないしな。でももう無茶はするんじゃねえぞ。」

なのははそのままユーノに視線を向けたまま何かを考え込む。そして

「ユーノ君、私強い魔法使いになれるかな……。」

呟くようにユーノに尋ねる。ユーノはそんななのはに向かって微笑みながら

「もちろんだよ、なのはには才能がある。僕なんかよりずっと凄い魔法使いになれるよ!」
そう自信を持って答えた。

「ユーノ君、私に魔法を教えてほしいの。お願いしてもいい?」

「もちろん!一緒に頑張ろう、なのは!」

ユーノはなのはの肩に乗りその涙を手でぬぐいながらそれに答える。闘牙はそんな二人を見ながら



「もう暗くなっちまったからな、二人とも背中に乗れ!急いで家に帰るぞ!」

背中を見せながら屈みこむ。なのはは恥ずかしがるようなそぶりを見せていたが結局その背中におぶさり、ユーノは二人の間に収まる。


「行くぞっ!」

掛け声と共に闘牙はひと飛びで神社の階段を飛び降り、その後は家の屋根を飛び乗りながら家に向かっていく。なのはとユーノにとってそれはまるでジェットコースターのようだった。

「すごい、すごいよ闘牙君!!」

なのはは先程までの様子が嘘のようにはしゃいでいる。闘牙にとっても誰かを背中に乗せるということはかけがえのない思い出の一つだった。空には星空が広がっている。三人はそれを見上げながら自分たちの家へと向かっていくのだった……。



[28454] 第3話 「時代を超える想い」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/25 16:12
「なのは、気をつけて!来るよ!」
「うん!」

なのはの肩に乗ったユーノがなのはにそう助言する。そしてなのははその言葉に合わせるように自らの前にレイジングハートを構える。その瞬間、なのはの周りのは桃色の光の膜が作られる。それはプロテクションと呼ばれる防御魔法。そしてそれに合わせるかのようにジュエルシードの思念体からなのはに向けて黒い影のような触手が放たれた。しかしなのははそれを全く動じない。そして触手がまさにプロテクションに触れようとした時、

「散魂鉄爪っ!」

それらは全て闘牙の爪によって切り裂かれる。思念体は自分の攻撃がいとも簡単に防がれてしまったことに戸惑いを隠せない。そしてその隙を狙ってなのはが動き出す。

「闘牙君、私に任せてっ!」

そう叫んだ瞬間、なのははレイジングハートを思念体向ける。その前に桃色の光の玉が作られていく。そして

「リリカルマジカル 福音たる輝き、この手に来たれ。導きのもと鳴り響け。ディバインシューター、シュート!」

呪文と共に光の玉は思念体に向かって放たれる。そしてその光の玉はそのまま思念体に命中し吹き飛ばしてしまう。まだ完全には倒しきれていないようだが思念体はその場にうずくまってしまった。

「や……やった……やったよ、ユーノ君!」
「うん、すごいよなのは!」

それを見たなのはは思わず喜びの声をあげる。それはユーノの魔法の練習による成果だった。二人がそのことに喜ながらも封印をしようとしたところで蹲っていた思念体が突然動き出しそのまま逃げ出そうとする。

「えっ!?」
「いけないっ!」

まさか逃げ出そうとするとは考えもしなかったなのはとユーノが驚きの声を上げる。しかしその時には既に思念体との距離がかなり広がってしまっていた。このままでは逃げられてしまう。そう二人が焦った時

「逃がすと思ってんのか!」

その言葉と共に闘牙は自らの腕に爪を立てる。それにより闘牙に腕には血がにじみ出てくる。

「闘牙君っ!?」
「闘牙っ!?」

そんな光景に二人は思わず悲鳴を上げる。しかし闘牙はそんな声を聞きながらも全く動じずその爪に自らの血を着け妖力を込める。そして

「飛刃血爪っ!!」

妖力によって硬化した血の刃を思念体に向かって放つ。それは思念体の体を次々に切り裂いていく。それをまともに受けた思念体はその場に倒れ込んでしまった。しかしこのままでは再び再生をしてしまう。

「なのは、封印を!」
「う……うん!」

ユーノの言葉と共になのはは思念体に近づき

「リリカルマジカル、ジュエルシード封印!!」

封印魔法を使う。その瞬間、思念体は姿を消した後にはジュエルシードが残っているだけだった……。

「こんなもんか。」

ジュエルシードを拾い上げながら闘牙はそう呟く。今、闘牙たちは夜の小学校の校庭にいる。なのはたちと夕食を食べようとしている時にジュエルシードの発動を感じたため闘牙たちは急いで駆け付けたのだった。そして闘牙はなのはに目を向ける。先程の闘いは恐らく自分が手を出さなくともなのはだけで十分だと言えるものだった。神社での戦いから一週間もたっていないにもかかわらずこの成長。まさしく天賦の才といえるものを魔法に関してなのはは持っていると闘牙は感じていた。そんなことを考えていると

「闘牙君、大丈夫!?」

心配そうな表情をしながら慌ててなのはが闘牙に走り寄ってくる。その目は血がにじんでいる闘牙の腕に向けられていた。

「ああ、どうってことない。ほっときゃすぐに治る。」

闘牙はそう何でもないことの様にそれに答える。実際この程度の怪我は半妖の体を持つ犬夜叉なら瞬く間に治ってしまう。それに今の自分は鉄砕牙を持っていないため飛び道具に関しては飛刃血爪に頼るしかなかった。だがなのははそんな闘牙の様子を見て怒りの表情を見せながら

「闘牙君、これからはその技は使っちゃダメっ!!」

そう反論は許さないと言った風に告げる。

「い……いや……でも」

闘牙はそんななのはの剣幕に思わず怯みながらも弁明しようとするが

「闘牙君っ!!」
「わ……分かった、分かったからそんなに怒るなって。」

なのはの言葉にそう従うしかない。ユーノはそんな二人を苦笑いしながら見守っている。九歳の少女に怒られている十七歳の少年。端から見ればあり得ない光景がそこにはあった。


闘牙から見て高町なのははごく普通の少女だった。どこか家族に遠慮しているようなところは見られるものの一緒に生活していく中でそう闘牙は感じ取っていた。普段は聞き分けのいい、いわゆる良い子なのだが一度これだと決めたことに関しては決して譲ろうとはしない。よく言えば芯が通った、悪く言えば頑固なところがあることを闘牙は最近になって理解し始めていた。もしりんが大きくなればこんなふうになったのではないか。そんなことを闘牙は考えていた。

なのはの説教が終わった後、闘牙たちは人目につかない内に学校を離れることにする。そして闘牙がそのまま学校の入り口に急ごうといていると、なのはが何か言いたそうな表情でこちら見ていることに気づいた。

「どうした、なのは?」

闘牙がまだ言い足りないことがあったのかと思いながらそうなのはに尋ねる。しかしなのははそんな闘牙の言葉に答えずにどこか恥ずかしそうな態度を見せる。そして闘牙はなのはの視線が自分の背中に向けられていることに気づいた。そして

「ほら、さっさと乗りな。」

屈みながらその背中をなのはに向ける。

「うんっ!」
「ま……待ってよ、なのは!」

なのはは笑顔を見せながら闘牙の背中に乗りユーノも慌てながらそれに続いていく。そのまま闘牙は二人を背中に乗せたまま家に向かって走り出す。

これが闘牙たちのジュエルシード集めのいつもの光景だった……。





「ただいま!」

元気よく声を上げながらなのはが家に入って行く。

「おかえり、なのは。」
「おかえり、大丈夫だった?」

「うん、闘牙君とユーノ君がいたから平気。私も頑張ったの!」

士郎と桃子がそれを迎えながら興奮したなのはの話を優しく聞き続けている。闘牙がそんな三人の様子を何となく眺め続けていると

「おかえり、闘牙。その腕は大丈夫なのか?」

いつの間にか近くにやってきていた恭也が闘牙の腕を見ながらそう尋ねる。血は洗い流していたのだがどうやら気付かれてしまったようだ。

「大丈夫、大したことはないよ恭也兄さん。」

そう闘牙は何でもないことの様に答える。しかし恭也はそんな闘牙の言葉を聞きどこか難しい顔をしながら口を開く

「闘牙……だから兄さんというのは……」
「気にしなくていいよ、闘牙君。恭ちゃんは恥ずかしがってるだけだから。」

そんな恭也の言葉をさえぎるように美由希が闘牙に話しかける。闘牙は初め恭也のことをさん付けで呼んでいたのだが桃子の提案でそう呼ぶようになっていた。

「美由希……明日の稽古の量を増やしてほしいみたいだな……。」
「え……?」

そんな恭也の言葉に美由希は慌てて弁明を始める。向こうでは今度はユーノがなのはたちにもみくちゃにされているようだった。闘牙はそんな高町家の日常を溜息をつきながらもどこか楽しそうに眺めている。

闘牙の脳裏にはいつかの仲間たちとの日常が蘇っていた。

誰かと一緒に笑い、泣き、怒る。

誰かと一緒に話し、食べて、過ごす。

そんな当たり前のことを闘牙はこの三年間忘れてしまっていた。しかしなのはとユーノと出会い、一緒に暮らすようになってから闘牙はそんな当たり前のそして大切なことを思い出し、自分が少しずつかつての自分に戻りつつあることを感じていた。

だがそれと同時に不安に襲われる。

自分に誰かを守ることなどできるのだろうか。

また同じことを繰り返すだけなのではないか。


自分は――――を守れなかった。


――――の声も


――――の温もりも


もう戻ってはこない。



俺は――――



「闘牙君?どうしたの?」

どこ様子がおかしい闘牙に気づいたなのはが闘牙に話しかけてくる。どうやら知らない間にかなり考え込んでしまっていたようだった。闘牙は慌てながらいつもの調子に戻り

「なんでもねえよ、さっさと晩飯にしようぜ。腹減っちまったしな。」

そう言いながら家の奥に進んでいく。なのははそんな闘牙の様子に何かを感じながらもその後に続いて行くのだった……。




「なのはちゃん、何かいいことがあったの?」
「え?どうして?」

すずかがなのはに向かって突然そんなことを話しかけてくる。今なのはたちは授業の休み時間中だった。

「なんだか授業中も楽しそうな顔してたから……。」
「そ……そうかな……。」

すずかの言葉にどこか気まずそうにしながらなのはは答える。なのはは授業中にずっと昨日のジュエルシード集めのことを考えていた。昨日は初めて自分も闘牙とユーノの役に立つことができなのはは上機嫌になっていた。ユーノとの魔法の訓練が実を結んだ結果だった。

そして同時になのはの心には余裕が生まれつつあった。自分は一人ではない。闘牙とユーノが一緒にいる。家族も自分のことを応援してくれている。そして自分が他の人にはできないことをやっているということに喜びを感じていた。

またジュエルシード集めが終わった後に闘牙の背中に乗って帰ることがなのはの密かに楽しみになっていた。最もそのことは闘牙とユーノにはバレバレなのだが。

「隠したって無駄よ、あたしは全部知ってるんだから!」

そんな二人に向かってアリサが胸を張りながらそう宣言する。その姿には自信が満ちあふれていた。

「なのは、あんた知らない男の人と一緒に歩いてたでしょう?車の中から見たんだから!」

アリサは指をなのはに向けながらそう勝ち誇ったように告げる。なのははそんなアリサの言葉に思わず身構えてしまう。それは闘牙と一緒に買い物に行った時のことだった。闘牙の背中に乗って帰っているところでなかったことに安堵しながらもどう言い訳しようか考えながらなのはが窓の外に視線を移した時

校庭から校舎に向かって歩いている闘牙とその肩に乗っているユーノの姿があった。

「と……闘牙君っ!?」

二人が学校に来ていることに驚いたなのはは思わず声をあげてしまう。アリサとすずかもそれにつられるように窓の外に目を向ける。闘牙はそんな騒ぎに気づいたのかなのはに向かって手を挙げている。なのはは顔を赤くし慌てながら教室の外に出て行くのだった……。

「よう、なのは。」
「闘牙君っどうしてここに!?」

なのはは肩で息をしながら校舎の入り口にいる闘牙に向かってしゃべる。闘牙の手には布に包まれている物があった。

「お前弁当忘れて行っただろ。桃子さんに頼まれて届けに来たんだ。」

そう言いながら闘牙はなのはに持っていた弁当を手渡す。なのはは今日寝坊し慌てて家を出て行ったため弁当を持ってくるのを忘れてしまっていたのだった。

「あ……ありがとう……」

そのことに気づいていなかったなのはがそう闘牙にお礼を言った時、自分のクラスの窓からアリサとすずかが興味深々にこちらを眺めていることになのはは気付く。

「わ……私もうすぐ授業だから戻るねっ!」

なのははそのまま全速力で校舎に戻って行く。その姿はまるで何かから逃げて行くかのようだった。


「何なんだ……?」
「さあ……?」

そんななのはの様子に首を傾げながらも闘牙とユーノは学校を後にする。

「帰りに何か食い物でも買って帰るか。何か食べてみたいもんあるかユーノ?」
「え、良いの、闘牙?」

闘牙の提案にユーノはそんな声を上げる。ユーノにとってこの世界の食べ物は見たことがない物が多かったため食事はユーノの楽しみの一つでもあった。

「ああ、バイトも今日は午後からだしな。ただし流石にお前をつれて店には入れないから持って帰る物に限られるけどな。」
「それでも十分だよ、どんなものがあるの?」

ユーノは闘牙が何を買って帰るつもりなのかしきりに尋ねてくる。その姿は年相応の少年の物だった。闘牙はユーノがジュエルシードのことで負い目を感じ気を張っていることを感じ取っていたためそれを何とかできないかずっと考えていた。ユーノは考古学に興味があるのか戦国時代の話には興味深々でその時にはいつもの九歳とは思えないような態度は消え子供のそれに戻っていた。なのはとは違った意味で大人びている少年にこれ以上負担をかけないように、肩の力を抜くことができるようにしたいと闘牙はユーノを見ながら思うのだった……。



「休み?」
「そう、これまでずっと働きづめだったでしょ。明日はお休みをあげるから息抜きするといいわ。」

バイトが終わった闘牙にそう桃子が声をかける。闘牙は努力の甲斐もあり何とか翠屋の仕事に慣れつつあった。そして突然休みをもらえたのはいいがどうしたものかと闘牙は考える。


そして闘牙は思い出す。


自分が行かなければならない場所。



これまで自分が逃げ続けていた場所を。



闘牙は自らの過去と向き合うことを決意した





闘牙の目の前には神社の境内へ向かう階段がある。


知らず闘牙は息をのむ。

体が震える。

目が霞む。

自分の体が自分の物ではないようだ。

闘牙は一歩一歩、まるでかみしめるかのようにその階段を登って行く。

まるで時間が止まっているかのようだ。

そしてついに闘牙は辿り着く。

そこには




五百年前から変わらず在り続ける御神木の姿があった。



闘牙はそれを静かに見上げ続ける


ここは犬夜叉が封印されていた場所。


自分がタイムスリップをした場所。


そして


かごめと初めて出会った場所だった



闘牙の脳裏に様々な思い出が蘇る。


それはかごめと一緒に過ごしたかけがえのない日々、そして


かごめを失ってしまったこれまでの日々だった


闘牙がそのまま顔を俯かせていた時




「あなたは……あの時の……?」

突然、女性の声が闘牙に向けて発せられる。闘牙は驚きながら顔を上げる。その先には


かごめの母の姿があった。



「大きくなったのね、一目見た時には分からなかったわ。」

微笑みながらかごめの母は闘牙にそう話しかける。それは三年ぶりの再会だった。その時の闘牙は十四歳、今の闘牙はその身長も顔立ちも大人のそれに近づきつつあった。闘牙はそんなかごめの母に何も答えることができない。

言葉にはできない様々感情が闘牙の胸に押し寄せる。かごめの母は自分が誰なのかも、かごめがどうなったのかも知らない。自分がそれを語ったところで何になる。信じてもらえるのか。何よりも自分を許してくれるのか。闘牙はそのまま黙って顔を俯くしかなかった。
かごめの母はそんな闘牙を見ながら

「……少し付き合ってくれないかしら?見てもらいたい物があるの。」

そう言いながら闘牙を連れて歩きだす。そして辿り着いた先には大きな蔵の様な物があった。かごめの母はその扉を慣れた手つきで開く。そこには恐らく古い価値があるものだと思わる品が置かれている。そしてその奥には



まるで自分を待っていたかのように納められている一本の刀があった。


その瞬間、闘牙の目は見開かれその顔は驚愕に満ちる。


その刀は自分の持つ記憶と変わらない姿でそこにあった。


それはかごめを守るために手に入れた刀。


それは自分と共に闘い続けてくれた刀。


それは自分にとっての力の象徴。


そして


かごめの命を奪った刀。


自分にとっての罪の証。




「鉄砕牙…………」

知らず闘牙はそう呟く。そしてそれを見たかごめの母は

「やっぱり……あなたが犬夜叉君なのね……?」

そう静かに告げる。闘牙はそんなかごめの母に驚きを隠せない。なぜかごめの母がそのことを知っているのか。闘牙は混乱の極致のあった。そんな闘牙にかごめの母は一つの木の箱を差し出す。その様子からこの箱が相当以前の物であることは一目瞭然だった。闘牙はその箱を恐る恐る開く。そこには


赤い火鼠の衣が納められていた。


闘牙は一体今、自分に何が起きているのか全く理解できない。自分がここに訪れた時に鉄砕牙と火鼠の衣がある。そんな偶然があり得るのか。そして箱には一枚の紙が納められている。そこには




『犬夜叉へ』


そう一言だけ書かれた紙が納められていた。




その瞬間、闘牙の目には涙が溢れこぼれ落ちる。



それは





仲間たちの時代を超える想いの形だった。






「その刀はね……うちの神社に代々受け継がれてきた物なの。」

そんな闘牙を優しく見守りながらかごめの母は語り始める。

「そしてその刀の名前は神社の関係者にしか伝えられていない。そして……もしこの刀の名前を知る人が現れたら……鉄砕牙とこの箱を渡すように……そう言い伝えられていたの。」

仲間たちには闘牙が元の世界に戻れたのかも、犬夜叉の力を持っているのかも分からない。

それでも仲間たちは闘牙を信じて鉄砕牙と火鼠の衣を残したのだった



「かごめがあっちの世界に行って……犬夜叉という男の子に会ったと言った時……何か運命の様なものを感じたの。もしかしたらこれは……何か大きな意味があることなんじゃないかって……きっとこれは……あなたのために残された物だったのね。」


闘牙は涙によってぐちゃぐちゃになってしまった顔を上げながらかごめの母を見つめる。




「………俺は……かごめを………」


「……いいの、今のあなたを見てれば分かるわ。そしてあなたがどれだけ辛い思いをしてきたのかも………。でも……一つだけ覚えておいて……」



かごめの母は闘牙をまっすぐに見つめ




「あの子は……かごめはあなたと会えて本当に幸せだった……それだけは忘れないであげて。そして」




あなたも幸せになりなさい――――




そうかごめの母は闘牙に告げる。





闘牙は再び、誰かを守るための力を手にしたのだった――――





日が沈んだ中、闘牙は一人高町家へもどってくる。そしてその玄関を開けると

「おかえり、闘牙君!」
「おかえり、闘牙!」

なのはとユーノが待ち構えていたかのように闘牙を出迎える。闘牙はそんな二人に目を丸くする。

「それ何、闘牙君?」
「何だか古そうなものだね。」

闘牙が持っている鉄砕牙と火鼠の衣に気づいたなのはとユーノは興味深そうにそれに目をやる。

「……ただいま。これは後で見せてやるよ。それより腹が減っちまった。夕食はまだか?」

闘牙はそんな二人に笑いながら尋ねる。二人は闘牙の後に続き騒がしくしながら夕食に向かっていく。その先には士郎と桃子、恭也と美由希が同じように闘牙を待っている。




自分が犯した罪が許されるとは思わない――――


自分に幸せになる資格なんてない――――


それでも――――


この二人を守るためにもう少し闘っていこう――――



闘牙はそう決意するのだった――――



[28454] 第4話 「仲間」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/26 19:22
闘牙は自分の部屋で一人、何かをじっと握り眺め続けている。それは鞘に納められた鉄砕牙だった。闘牙はかごめの母から鉄砕牙を受け取ってからまだ一度もそれを鞘から抜いてはいなかった。

鉄砕牙は今の自分を認めてくれるのか

そんな不安が闘牙の中を駆け巡る。自分はかごめを守ることができなかった。そしてそのままただ無気力に三年間、何もしないまま死人のように生きてきた。鉄砕牙は人を慈しみ守ろうとする心がなければ扱えない刀。今の自分にそれがあるのか。もし鉄砕牙が自分を認めてくれなかったら自分は仲間たちの想いすら裏切ることになってしまう。そんなことを一人考えていると

「闘牙君、入ってもいい?」

ノックと共になのはの声が聞こえてくる。こんな時間に尋ねてくるなんて珍しいと思いながらも闘牙は自分の頬を叩き意識を切り替える。そしてドアを開けるとそこにはなのはとその肩に乗ったユーノの姿があった。

「どうした、何かあったのかなのは?」

闘牙はそうなのはに尋ねる。ジュエルシードが発動したような気配も感じられないため一体なのはが何の用で自分に会いに来たのか闘牙には見当がつかなかった。

「ちょっと見てほしい物があるの!」

そう言いながらなのはは闘牙の手を引っ張りながら家の外に向かっていく。そんないつもとは違い何かに興奮しているようななのはの様子に闘牙は戸惑いを隠せない。事情を聞こうとするもユーノは苦笑いするだけでなのはも答えようとはしない。そしてなのはたちはそのまま家の庭に出る。辺りはすっかり暗くなってしまっていた。なのははそのままレイジングハートを起動させ変身する。どうやら何かの魔法を自分に見せたいようだ。

「見てて、闘牙君!」

そう言いながらなのはは何かの呪文を唱える。その瞬間、なのはの靴には光の羽根の様な物が生えそのまま上空に飛び上がって行く。それはアクセルフィンと呼ばれる飛行魔法だった。

「おお。」

そんななのはに思わず闘牙は驚きの声を上げる。今までいくつかの魔法を見せてもらったことはあるがまさか飛ぶことまでできるとは思いもしなかったからだ。

「凄いでしょ、闘牙君!」

そんな闘牙の様子になのはは上機嫌になる。なのはは初めて闘牙にもできないことが自分にもできるようになったことに喜んでいた。ここ数日はこの魔法を見せるために夜遅くまでユーノと特訓をしていたのだった。闘牙を驚かすことができたことになのはが満足していると

「その魔法は魔法使いなら誰でも使えるもんなのか?」

自分のすぐそばからそんな闘牙の声が聞こえてくる。

「え……?」

なのはは思わずそんな声を上げる。自分は今、空を飛んでいるはずだ。なのになぜ闘牙の声がこんな近くから聞こえるんだろう。不思議に思いながら顔を上げた視線先には


自分と同じ高さで宙に浮いている変身した闘牙の姿があった。



「えええええええっ!?」

その瞬間、なのはの叫びが高町家に響き渡ったのだった……。



「なんで!?なんで闘牙君、空が飛べるの!?」

なのはが頬を膨らませながら闘牙に詰め寄ってくる。せっかく闘牙ができないことを見せて驚かせようとしていたのに自分の方が驚かされてしまったことに納得がいかないようだった。

「いや……誰も飛べないなんて言ってないだろ……。」

そんななのはの剣幕に戸惑いながらもなんとか闘牙は弁明する。今までのジュエルシード集めの中では特に飛ぶ必要がなかったこと。何よりもさっきなのはが飛ぶのを見るまで自分が飛べることを忘れてしまっていたのが一番の理由だった。しかしなのははそのまま庭の隅で不貞腐れてしまった。

「でも空も飛べるなんて……闘牙は何でもできるんだね。それも半妖の力なの?」

そんななのはを見ながらもユーノはこの場を何とかしようと闘牙に話しかけてくる。

「ああ……。俺からすればお前達の魔法の力の方が信じられないけどな……。」

時々忘れそうになるがなのはもユーノもまだ九歳。にもかかわらずこれだけの力を持っている。闘牙は自分もうかうかしていられないと気を引き締めるのだった……。



「ありがとうございました!」

そう頭を下げながら客を見送る制服を着た少年。それが闘牙の翠屋でのアルバイトの風景だった。

「ふふ、もうだいぶ慣れてきたみたいね。」
「まあ……何とか……。」

そんな闘牙の様子を微笑ましく桃子が見守っている。最初はメニューを覚えることで精一杯でなかなか接客まで意識を向けることができなかった闘牙だったがここ最近は何とか接客も問題なくこなせるようになりつつあった。

「しかし本当にここ流行ってるんですね。平日もお客さんが多いし……。」

闘牙の中では喫茶は平日などはそれほど客が入る物ではないと思っていたのだが翠屋はどうやらそれには当てはまらなかったようだ。

「そうね……でも今日はこれからもっと忙しくなるわよ。」
「え……?」

桃子はどこか意地悪そうな笑みを浮かべながらそう闘牙に告げる。闘牙がその言葉の意味を尋ねようとした時

何かのユニフォームを着た多くの少年たちとそれに続くように大勢の大人たちが翠屋に次々に入店してくる。そしてその中には士郎の姿もある。そして闘牙は理解する。今日は士郎がコーチ兼オーナーをしているサッカーチーム、翠屋JFCの試合の日でありなのはとユーノも朝からその応援に行っていた。それが終わりここで食事をしようとしているらしい。その数の多さに闘牙の顔が引きつる。

「さあ、頑張って働きましょう闘牙君。」

桃子はそんな闘牙の様子を見て笑いながらそう告げるのだった……。




「可愛い!」
「賢い、賢い!」

翠屋のテラスでアリサとすずかがユーノを触りながら遊んでいる。ユーノはそんな二人にもみくちゃにされながらも何とか耐えている。

『ご……ごめんね、ユーノ君……。』
『だ……大丈夫だよ、なのは……。』

息も絶え絶えに何とかなのはに念話でそう答えるユーノ。そんなユーノに謝りながらもどうすることもできずなのはは苦笑いするしかない。そんな中

「お待たせしました。」

そう言いながら店員がなのはたちのテーブルに注文された料理を持ってくる。その聞き覚えがある声になのはが顔を上げる。

「闘牙君っ!?」
「なのはか、おかえり。サッカーはどうだったんだ?」

なのはがどこか慌てながら闘牙に話しかける。闘牙はそんななのはを不思議に思いながらもテーブルに目をやりながら料理を置いていく。そこにはなのはと同じぐらいの二人の少女がなにか珍しい物を見るかのように自分を見ていた。その隙にアリサに捕まっていたユーノはその手から脱出し闘牙の肩に乗る。

「あんたはあの時の!?」

椅子から立ち上がり指をさしながらアリサがそう闘牙に向かって叫ぶ。闘牙はいきなり自分に向かって叫んでくる金髪の少女に戸惑うしかない。自分はこの少女に面識はなかったはず。そんなことを考えていると

「ア……アリサちゃん失礼だよ……。あの……初めまして、なのはちゃんの友達で月村すずかって言います。」

そんな金髪の少女をなだめながら黒髪の少女が闘牙にそう自己紹介をしてくる。闘牙はその言葉でなのはがよく話している二人の親友というのがこの二人であることに気づく。

「ア……アリサ・バニングスよ。」

すずかに言われて何とか落ち着きを取り戻しながらアリサもそう闘牙に自己紹介をする。どうやらなのはの話から聞いた通りの少女たちらしい。

「闘牙だ。よろしくな。」

闘牙はそう二人にあらためて挨拶する。しかしなのははどこか居心地が悪そうな態度を見せながら闘牙に目を向けている。そのことに闘牙が気付いた時

「あんたがなのはを誑かしてるんでしょ!分かってるんだから!」

「誑かす……?」

アリサは鬼の首を取ったかのごとく闘牙に迫ってくる。最近なのはが自分たちに何か隠し事をしているのをアリサとすずかは気づいていた。そしてアリサは以前車の中から見たなのはと一緒に歩いていた闘牙がその原因だとずっと疑っていた。そして先日闘牙が学校になのはに会いに来たことからアリサはそれに確信を持ったのだった。

「ち……違うよ、アリサちゃん!」
「お……落ち着いて、アリサちゃん!」
「何よ、すずかだって気にしてたじゃない!」

三人は店中からの注目を受けていることにも気付かないままそのまま痴話げんかを始めてしまう。闘牙はそんな三人を黙って眺め続けるしかない。闘牙はそんな様子を見ながらやはりなのはは九歳の小学三年生なのだと改めて認識する。

「闘牙君、こっちもお願い!」
「はい!」

桃子の声に返事をしながら闘牙は業務に戻って行く。なのはたちはそうとも気付かずにまだ騒いでいるようだ。しかし一番安堵しているのは闘牙の制服の中に隠れているユーノだった……。

「闘牙とはどういう関係なの、なのは!?」
「え……えっと……最近翠屋で新しく働いているお兄さんなの。」

アリサの詰問に何とかごまかそうとするなのは。しかしアリサはそんな答えでは納得できないようだった。

「なんで翠屋の店員が一緒に街を歩いてたり、学校にお弁当を持ってきてくれるのよ!」
「そ……それは……。」
「アリサちゃん、もうそのぐらいに……」

なのはがどうすればこの状況を乗り切れるのか必死に考えている時、微かにジュエルシードの気配を感じた。

「え……?」

なのはは思わずその方向に向かって視線を向ける。そこには先程のサッカーの試合に出ていた少年とその横に並んで歩いている少女の姿があった。一体どういうことなのかなのはが考えていると

「なのは、聞いてるの!?」

アリサが話を聞いていないなのはに向かって食って掛かってくる。なのははそんなアリサの相手をすることで精一杯だった。きっと気のせいだろう。なのははそう自分に言い聞かせるのだった……。



「はーっ。」

なのははアリサとすずかが帰ったのを見届けた後大きな溜息を突く。結局、闘牙とのことについて誤魔化すことができなかった。これから学校に行くたびにそのことを聞かれると思うと溜息を突くしかなかった。

『大丈夫、なのは?』

そんななのはの肩にユーノが乗ってくる。

『ずるいよ、ユーノ君。闘牙君のところに逃げるなんて。』
『ご……ごめん、なのは。』

なのははどこか恨めしそうにユーノを見つめながらそう呟く。逃げてしまっていたユーノも負い目があり謝るしかなかった。

『と……ところでなのはこれからどうするの?』

ユーノは何とか話題を変えようとそう話しかける。アリサとすずかも今日は用事があるとのことで帰ってしまった。まだお昼が過ぎたばかり。なのはは少し考え込んだ後

『……じゃあ図書館に行ってみようか。前ユーノ君、行ってみたいって言ってたでしょ?』
『え……いいの、なのは?』

ユーノがなのはの提案に嬉しそうな声をあげる。なのはは以前ユーノが闘牙からよく聞いていた戦国時代について調べてみたいと言っていたことを覚えていたのだった。

『うん、でも図書館の中には動物は入れないから鞄の中に隠れててねユーノ君。』
『分かった、ありがとう。なのは。』

二人はそのまま図書館に向かって歩き始めるのだった。




『うわー、一杯あるね、ユーノ君。』
『本当だ、どれがいいのか迷うなあ。』

なのはとユーノの前には戦国時代に関する書物が視界いっぱいに広がっていた。なのはにはどれから手をつけていいのか全く分からなかった。しかしユーノはその中から次々に本を選んでいき、なのはユーノに言われるとおりに本を取って行く。本を選んでいくユーノの様子は本当に楽しそうだった。なのははユーノを図書館に誘って本当に良かったと思いながら微笑む。
そしてユーノと一緒に本を選びながら闘牙があまり戦国時代での旅の内容を自分とユーノに話してくれていないことにふと気付いた。その時代の人がどんな暮らしをしていたのか、どんな食べ物を食べて、どんな物を使っていたのかはよく話してくれるのだが実際にどんな旅をしていたのかはほとんど話してはくれていなかった。最初に闘牙が言っていた仲間と一緒に願いをかなえる宝石巡って闘っていたということしかなのはとユーノは知らなかった。どうしてなのかなのはが考えていた時、

強力なジュエルシードの気配が二人を襲った。


『ユーノ君っ!!』
『うん、ジュエルシードだ!』

二人は慌てて図書館を出て、その気配の方向に目をやる。そこには巨大な樹が街を覆ってしまっている光景が広がっていた。その規模はこれまでのジュエルシードの比ではなかった。

「ひどい………。」

なのはは目の前に広がる惨状に思わずそんな声を上げる。

「多分、人間が発動させちゃったんだ……。強い思いを持った者が願いをこめて発動させた時ジュエルシードは一番強い力を発揮するから……。」

ユーノの言葉になのはは自分が先程感じたジュエルシードの気配のことを思い出す。


「やっぱり、あの時の子が持ってたんだ……。私……気づいてたはずなのに……。こんな事になる前に、止められたかもしれないのに……」

「なのは……」

なのはは防げたであろうこの事態を起こしてしまったことに後悔し顔を俯かせる。ユーノはそんななのはに声をかけることができない。しかしなのははすぐさま顔をあげレイジングハートを起動、変身する。

「ユーノ君、こういうときはどうしたらいいの?」

「え?あ……」

なのはの突然の問いに戸惑いを隠せないユーノ。今のなのはにはこれまで感じたことのない程の意志の強さが感じられた。

「ユーノ君!!」
「あ……うん。封印するには接近しないと駄目だ。まずは元となっている部分を見つけないと……でもこれだけ広い範囲に広がっちゃうとどうやって探していいか…」

そうユーノは顔をしかめながら説明する。これだけ広い範囲から場所を特定しそこに近づかなければならない。事態を収束させるには長期戦を覚悟しなければいけない。そうユーノが考えていると

「元を見つければいいんだね!」
「え?」

なのははそう言いながら自らの周りに桜色の魔法陣を作る。

「リリカル、マジカル。探して、災厄の根源を!」

その瞬間、なのはの魔力が巨大化した樹を瞬時に巡って行く。そしてなのはの頭に少年と少女が抱き合うように寄り添っている場所が浮かぶ。そこがジュエルシードの力の根源だった。

「見つけた!」
「ホント!?」

ユーノはそんななのはに驚くしかない。こんな魔法はまだなのはには教えてはいない。なのはは自分の感覚だけで魔法を組み使っている。それはまさしく天才でなければできない芸当だった。

「すぐ封印するから!」
「ここからじゃ無理だよ、近くにいかなきゃ!」

ユーノがそうなのはに助言するもなのははその場から動こうとしない。なのはは不思議な感覚に囚われていた。今の自分にならできる。そんな確信がなのはにはあった。

「出来るよ!大丈夫……そうだよね、レイジングハート!」

そう自らの手にあるレイジングハートに話しかける。その瞬間、

『SealingMode. Set up』

なのはの声に反応するようにレイジングハートがその形態を変える。それは遠距離魔法を使うための形態だった。そしてなのはがレイジングハートに魔力を注ぎ込みそれを放とうとした時、

突然巨大化した樹の幹たちがなのはに向かって襲いかかってくる。それは自らを狙っている魔力にジュエルシードが反応したことで起こったことだった。

「え?」
「なのはっ!」

突然の事態になのはは動くことができない。しかしその幹たちはユーノが咄嗟に張ったシールドによって弾かれてしまう。

「ユーノ君!」
「気をつけてなのは、また来る!!」

幹たちはその数をさらに増しなのはたちに向かって襲いかかってくる。なのははユーノと共にその意識をすぐさまシールドに向ける。そして樹の幹が再び襲いかかろうとした時


「散魂鉄爪っ!!」

それらは突如現れた闘牙の爪によって次々に引き裂かれていく。そして闘牙は二人を守るようにその前に降り立つ。そして二人は闘牙の姿がこれまでと大きく変わっていることに気づく。

赤い着物を着、

腰に刀を携え、

首に首飾りを掛けている。

初めて見るにもかかわらずなのはとユーノにはその姿が闘牙の本当の姿なのだと理解した。


「大丈夫か、なのは、ユーノ!?」

「闘牙君っ!」
「闘牙っ!」

闘牙が来てくれたことに二人が喜びの声を上げる。しかし樹の幹は再生し再び襲いかかってくる。ユーノはなのはを守るようにシールドを張りながら事態を闘牙に説明する。闘牙は幹を切り裂きながらどうするべきか考える。ジュエルシードを封印するためにはなのはの力が必要だ。だがそのためにはこの木の幹を何とかし、なのはが封印するまでの隙を作らなければならない。だがこれだけの数の幹を爪だけでは一気に切り裂くことはできない。そう闘牙が焦りを感じた時


大きな鼓動が自分に響いてくる。


それは自らの腰にある鉄砕牙の鼓動だった。


(鉄砕牙………!?)


闘牙は驚きの表情を見せながら鉄砕牙に目をやる。そしてその瞬間、闘牙は全てを理解した。


闘牙は導かれるようにその柄に手を伸ばし、そして一気にそれを引き抜いた。


その瞬間、闘牙の手には一本の巨大な刀が握られていた。



「え……?」
「あれは……?」

なのはとユーノはそんな闘牙の姿に目を奪われる。それはまるで巨大な牙のようだった。しかし二人はそんな刀から不思議な力を感じる。それはまるで自分たちを守るような温かい力だった。そしてその刀身から凄まじい風が巻き起こり始める。


今、鉄砕牙は喜びに震えていた。鉄砕牙はこの五百年、ただひたすらに自らの主を待ち続けていた。その主は自分の力によって守りたい者を守ることができずその手に掛けるしかなかった。鉄砕牙はそのことをこの五百年、ずっと後悔し続けた。そして今、主は再び誰かを守るための心を取り戻しつつある。
今度こそ主の想いに応えてみせる。鉄砕牙は五百年の時を超え再びその力を取り戻した。


この瞬間、『半妖犬夜叉』が再び現世に蘇った。



闘牙は鉄砕牙を握りしめながら巨大化した樹に目をやる。鉄砕牙の気持ちが自分に流れ込んでくる。その感情に自らの心も震える。今の自分たちは負けない。そんな確信が闘牙を支配する。
そして鉄砕牙を振りかぶる。ジュエルシードの発動の元にいる二人には当たらないように、街には被害が出ないようにその力を絞る。そんな闘牙の様子に気づいた樹の幹たちが襲いかかってくる。だが


「風の……傷っ!!」


闘牙が鉄砕牙を振り切った瞬間、樹の幹は一つ残らず消し飛ばされていく。それは一振りで百匹の妖怪を薙ぎ払う鉄砕牙の力だった。


「すごい……。」

なのははその光景に目を奪われる。その圧倒的な力に目を見開くことしかできない。


どうしてこんなに違うんだろう……

私も誰かを守るために魔法の力を手に入れたのに……

どうして私は……結局、闘牙君とユーノ君に迷惑をかけちゃうんだろう……


「なのは、今のうちに封印を!」

「う……うん、リリカルマジカル、ジュエルシード封印!!」

なのははユーノの言葉によって我を取り戻し、その遠距離魔法によってジュエルシードを捉え封印する。その瞬間、街を覆っていた巨大な樹は次々に枯れて行く。

後には一つのジュエルシードと気を失った少年と少女が残っているだけだった……。






「いろんな人に……迷惑かけちゃったね……。」

夕陽が辺りを照らしている中、ビルの上でなのはは顔を俯かせながらそう呟く。そんななのはを闘牙は黙って見つめている。

「え?な、何いってんだ、なのははちゃんとやってくれてるよ!!」

そんななのはに慌ててユーノがそう告げる。しかしなのははそんなユーノの言葉を聞きながらも顔をあげようとはしない。

「私、気づいてたんだ……。あの子がジュエルシードを持ってるの……。でも……気のせいだって思っちゃった……。」

「なのは……。お願い、悲しい顔しないで……。元々は僕が原因で、なのははそれを手伝ってくれてるだけなんだから……」

ユーノは悲しげな顔をしながらそうなのはを元気づけようとする。しかしなのははそのまま黙りこんでしまう。そして二人の間に長い沈黙が流れた後



突然、なのはの額にデコピンが放たれた。

「痛っ!?」

なのはがいきなりのことに驚きながら顔をあげた先には、しゃがみ込みながら自分を覗き込んでいる闘牙の姿があった。

「と……闘牙君っ!?」

なのはは突然の事態にどうしたらいいのか分からず慌てるしかない。しかし闘牙はそんななのはを見ながら

「なのは……お前今いくつだ……?」

突然そんなことを訪ねてくる。

「きゅ……九歳……」

なのはは自分の額を抑えながら言われるがままに質問に応える。なのはには闘牙が何を言いたいのか分からない。

「そうだ……お前もユーノもまだ九歳だ。失敗したっていい。その時には俺が何とかしてやる。」

闘牙はそう優しく諭すようになのはに告げる。それはユーノにも向けられた言葉だった。

「でも……闘牙君は強いもん!……私も……私ももっと強くならないといけないの!!」

なのはは目に涙を浮かべながらそう叫ぶ。それは自分のせいでまた誰かが傷つくかもしれなかった恐怖からだった。しかし

「なのは……俺が初めて闘ったのは十四の時だ……。」

「え……?」

なのはは闘牙がいきなりそんなことを言い出した理由が分からず目を丸くする。

「最初の頃はてんで弱くて……負けてばっかりだった……俺が弱かったせいで……大切な人を傷つけちまったこともある……」

闘牙はどこか遠くを見るような目でそう語る。なのははそんな闘牙の話に驚きを隠せない。なのはにとって闘牙は強い、誰にも負けない存在だったからだ。

「でも俺はこの鉄砕牙を手に入れて一緒に闘うことで強くなることができた……。お前にもレイジングハートがいるだろう?」

闘牙は鉄砕牙をなのはに見せながらそう告げる。なのははそのまま自分の胸に掛けられているレイジングハートに目をやる。レイジングハートは闘牙の言葉を肯定するかのように点滅する。


「それに俺たちは仲間だろう?もっと頼ってくれなきゃな。」

闘牙はそう笑いながらなのはの頭を撫でる。

それはかつて珊瑚が自分に言ってくれた言葉だった。



「……うんっ!!」

なのははそんな闘牙の言葉を聞いた後、その目を拭いながら立ち上がる。その顔には笑顔が戻っていた。ユーノはなのはの肩に乗りその涙を拭う。

そしてなのはとユーノは闘牙の背中に乗りながら家に向かって出発する。




なのははユーノの手伝いではなく、自分の意志で


闘牙とユーノと共にジュエルシードを集めることを決意したのだった……。



[28454] 第5話 「運命」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/06/29 11:34
私、高町なのははごく普通の小学三年生。

ですが偶然の出会いとめぐり合わせで別世界から来た魔法使い、ユーノ君と不思議な力を持つお兄さん、闘牙君と出会って……

昼間は普通に、小学生。

夕方や夜は魔法少女としてユーノ君の探し物、ジュエルシードを探し集める日々を送っています。

最初は私のせいでユーノ君や闘牙君に迷惑ばかりかけてしまっていたのですがここ最近は二人の協力もあって何とかジュエルシード集めも様になってきたところです。

そしてもう一人の大切な仲間、レイジングハートも未熟な私のためにお手伝いをしてくれています。

そんな順調な日々を送っていたのですが……



「すごい、これが魔法の服なの?」
「なのは、ちょっとその杖見せなさいよ!」

今の私の目の前には親友であるアリサちゃんとすずがちゃんの姿があります。

そして今の私は魔法少女の姿。

二人は興味深々に私に詰め寄ってきています。闘牙君とユーノ君はそんな私を笑いながら眺めているだけで助けてくれません。


何故こんなことになっているのか……それは昨日の晩にまで遡ります……。






「じゃあこの刀を使えるのは闘牙だけなの?」
「ああ、この世界で鉄砕牙を使えるのは俺だけだ。」

ユーノの言葉に闘牙はそうきっぱりと答える。ユーノはそんな闘牙の答えを聞きながらも興味深そうに鉄砕牙を触り続けている。もっとも今はただの錆びた刀の状態なのだが。

今、闘牙はユーノと一緒に自分の部屋で雑談をしている。理由は簡単。なのはにお風呂に連れて行かれることを嫌がったユーノが闘牙に助けを求めてきたからだ。闘牙としてはどちらでもよかったのだがユーノの必死の訴えと以前、見捨ててしまった負い目もあり匿ってあげることにしたのだった。

「この刀には意志があるんだね……それもインテリジェンスデバイスの様なAIじゃないものが……。」

そう言いながらユーノは完全に自分の世界に入り込んでしまっている。どうやら本当にこういう物には目がないようだ。闘牙も実際に戦国時代にタイムスリップしていなければ魔法のような存在を簡単には受け入れられなかったかもしれないが。

「ユーノのいた世界には似たようなものはないのか?」
「うん……僕たちの魔法はプログラムに近いものだから……見た目と違って結構機械的なものが多いんだ。」

ユーノの言葉に闘牙は感心したような顔を見せる。そういえばなのはは小学三年生とは思えない程理系の成績が良かったはず。間違っても自分には魔法は使えそうにない。その後二人は魔法について様々な話をする。

ミッドチルダ、時空管理局、ロストロギア。どれも聞いたこのない言葉の連続。魔法という力があることでこの世界とは大きく違う風習や価値観があるようだ。そして闘牙はユーノと二人きりで話すのは珍しいことにいまさらながらに気づく。なのはとユーノは四六時中一緒にいることがほとんどだったからだ。そんなことを考えていると

「そういえば闘牙に見せたい物があったんだ!」

そう言いながらユーノは慌てながらなのはの部屋から一冊の本を持ってくる。どうやら何かの古い本らしい。

「何なんだ、これ?」

闘牙がそんな疑問を投げかけるもユーノはそのまま本のページを次々にめくって行く。そしてあるページを開きそこで動きを止める。

「これを見てよ、闘牙!もしかしてこれ、闘牙なんじゃないの!?」

ユーノは興奮した様子でそう闘牙に尋ねる。そのページには


妖怪の軍勢の奥にいる竜に向かっていく二匹の犬の姿が描かれていた。

「これは………」

闘牙はそんな絵に思わず言葉を失う。間違いない。それは竜骨精との決戦の様子。そして描かれているもう片方の犬は恐らく殺生丸だろう。そんな闘牙の様子にユーノは自分の予想が間違っていなかったことを確信する。

「戦国時代の資料を探していくとほとんどの資料にこの戦のことが載ってるんだ。妖怪がいることは今の人たちには信じられてはいないからお伽噺みたいになってるみたいだけど……やっぱりこれが闘牙なんだね!」

ユーノは興奮したように闘牙に詰め寄ってくる。闘牙がタイムスリップしていたということについてはどこか半信半疑だったユーノだったがこれで納得がいった。闘牙はただ呆然とするしかない。まさか自分が歴史の資料に乗っているなどとは思いもしなかったからだ。

「でもすごいよ、この戦いで地震が起こったり谷ができたって!闘牙は本当に強いんだね!」

ユーノは目を輝かせながら闘牙に詰め寄ってくる。それは少年の強さへのあこがれも含まれていた。


(実際、竜骨精を倒したのは師匠なんだが………)

そう思いながらも闘牙が事実を言い出せずにいると


「あ、やっぱりユーノ君ここにいた!」

パジャマ姿のなのはがどこか機嫌が悪そうに騒ぎを聞きつけて闘牙の部屋に入ってくる。ユーノはそんななのはの様子に思わず顔を引きつかせる。


「もう、せっかく一緒に入ろうと思ってたのに!」

「ご……ごめん、なのは……きょ……今日は闘牙と一緒に入るから!」

ユーノはそう謝りながらもどこかほっとした様子だった。間違いなくユーノは尻に敷かれるタイプだなと闘牙が勝手に考えていると

「そうだ、闘牙君!明日、すずかちゃんの家にお呼ばれしてるんだけど一緒に行かない!?」

なのはが思い出したようにそう闘牙に提案する。闘牙はそんななのはの言葉を聞きながら以前翠屋に来ていた二人の少女を思い出す。たしか黒髪の少女がすずかだったはずだ。

「俺は構わないけど……いいのか?せっかく女の子同士で集まるのに。」

九歳の女の子の遊びの場に自分が行っていいのかどうか考え闘牙は難色を示す。なのははそんな闘牙の様子に気づいたのか慌てて詰め寄ってくる。

「い……いいの!それに闘牙君にはアリサちゃんとすずかちゃんに私とのことを説明してほしいの!上手く誤魔化せなくて……。」

そうなのはは困った顔をしながら懇願する。あれからというもの学校に行くたびにそのことを尋ねられ、なのはは気が気ではなかったのだ。闘牙はそんななのはの事情を理解したうえで


「じゃあ、ちゃんと魔法のことを説明すればいいじゃねえか。」

そう何でもないことのように答える。

「え………?」

なのはは思わずポカンとした顔をしながらそんな声をあげる。なのはの頭にはそんな選択肢は全くなかったからだ。

「で……でも、魔法のことは秘密にしなきゃ……それに……。」

もし魔法のことを知られて嫌われてしまったり、避けられてしまったら……そんな不安がなのはの中にはあった。しかし

「別に悪いことしてるわけじゃねえんだし……いいんじゃねえか?それにあの二人なら話しても問題ないだろ。」

闘牙はそうどこか確信を持って告げる。まだ一度しか会ったことはないがあの二人なら魔法のこともなのはのことも間違いなく受け入れてくれると感じていた。

「本当はできるだけ魔法は知られない方がいいんだけど……でも元はといえば巻き込んじゃったのは僕だし、なのはがいいんなら僕は構わないよ。」

そうユーノも闘牙の言葉に続く。それは実際、友人に隠し事しなければならないなのはの辛さを知っているからこその言葉でもあった。



「…………分かったの。でも闘牙君とユーノ君も協力してね?」

今まで自分が悩んでいたのは何だったのかという釈然としない気持ちはあるものの、なのはは魔法のことを親友に明かすことを決意したのだった……。




「本当に魔法があるなんて……」
「もう、なんで早くそんな大事なこと言わなかったのよ!」

すずかとアリサは変身したなのはを見ながらそう告げる。二人は自分に魔法の力があることを知ってもいつもと全く同じ態度で接してくれる。闘牙が言ってくれた通りだった。なのははそんな二人を見ながら何か大きな肩の荷が下りたような気分になる。しかし二人はそんななのはにお構いなしに詰め寄りもみくちゃにしていく。まるで新しいおもちゃを見つけた子供のようだった。なのはも苦笑いしながらもどこか楽しそうにしている。そんな様子を闘牙とユーノはテーブルに置かれたお菓子を食べながら眺めている。

「どうやら問題なかったみたいだな。」
「そうだね。」

一応魔法のことを話すよう提案した手前、何かあった時にはフォローをしようと考えていた闘牙だったがどうやら杞憂だったようだ。ユーノも自分の正体を隠す必要がなくなったため堂々とクッキーを食べている。最初はこの家にいる猫に追い回されて大騒ぎしていたのが嘘のようだ。久しぶりの休日でもあるので自分も今日はのんびりしようと考えているとなのはたちが自分に向かって走ってきていることに気づいた。

「どうしたんだ、何かあったのか?」

端から見ている分には何も問題ないように見えたのだが何かあったのかと思い闘牙も立ち上がりながら三人に近づいていく。すると

「闘牙、あんたも変身できるんでしょ、見せなさいよ!」
「アリサちゃん……言葉が悪いよ。」
「ごめん、闘牙君……。」

なのはのどこか罰が悪そうな表情を見てどうやら自分のことを二人に話したことに闘牙は気づく。

「分かった、分かった……見せてやるからそんなに慌てんなって……。」

そう言いながら闘牙は一瞬で犬夜叉の姿に変身する。その姿にアリサとすずかは驚愕する。なのはは変身といっても服と杖が現れた程度の違いだが闘牙はその姿も大きく異なっていたからだ。そして二人の視線はその犬の耳に釘付けになっていた。

「その耳……本物なんですか?」
「さ……触らせなさいよっ!」

どうしてこの姿を見た人は皆同じことを言うのか。そう闘牙は心の中で溜息をつきながらも言われるがままに二人に耳を触らせる。二人はその手触りからそれが本物であることに驚きながらも触り続ける。

「おい、あんまり強く触るんじゃねえぞ。」

夢中で耳をいじっているアリサに向かって闘牙がそう悪態を突く。すずかと違って全く遠慮がなかったからだ。

「大丈夫、あたしは家でたくさん犬を飼ってるから扱いにはなれてるわ!あたしがおすわりって言ったらみんな一斉に言うことを聞くんだから!」

そうアリサが胸を張りながら宣言した瞬間、


闘牙はその場を一瞬で飛び上がり、アリサから距離を取ってしまった。


「え?」
「闘牙君……?」
「闘牙……?」

そんな闘牙の様子に四人は目を丸くする。闘牙も自分が何故そんなことをしてしまったのか一瞬混乱するもののすぐにその理由に気づく。そしてそれにアリサも同時に気づいてしまう。アリサはどこか意地悪そうな笑みを浮かべながら


「おすわり。」

そうアリサが呟いた瞬間、再び闘牙の体がびくりと動く。それは闘牙の体に染みついていた条件反射だった。

「おすわり!おすわり!おすわり!」

「やっ……やめろっ!くそっ……!」

アリサはそんな闘牙の反応が面白かったのかおすわりを連呼しながらその後を追いかけまわす。闘牙はそんなアリサから逃げ回ることしかできない。その姿はまるで飼い主に追い回されている犬のようだった。

「ア……アリサちゃん……。」
「だ……大丈夫かな……闘牙君……。」
「き…きっと闘牙なら大丈夫だよ!」

なのははアリサにどこか呆れながら、すずかは追いかけまわされている闘牙を心配しながらそう呟く。


「そういえばユーノ君って人間の男の子なんだよね……?でもなのはちゃん、前一緒にお風呂に入ってるって言ってなかった?」

そうすずかはなのはに向かって尋ねる。ユーノはその言葉を聞いて背中に冷や汗を流すもののどうすることもできない。

「うん、一緒に入ってるよ。」

しかし、なのはそう何でもないことのように答える。

「え……でもユーノ君は男の子なんじゃ……」
「そうだよ、でもフェレットの姿だからいいの!」

すずかは何とかそう諭すように言うもののなのはには全く通じない。

「そ、そう……なのはちゃんがそう言うんなら……。」

「…………」

ユーノはそんな二人のやり取りを聞きながら胸を締め付けられるような想いをするのだった………。

その後、なんとか落ち着きを取り戻したアリサと闘牙を加えて再びお茶会を再開することになった。なのはたちは楽しそうに魔法の話をしている。ユーノもその中に加わり、さらに騒がしさが増していく。それを見ながら闘牙が物思いにふけっていると

すぐ近くからジュエルシードの気配を感じ取る。それになのはとユーノもすぐに反応する。

「闘牙君、ユーノ君!」
「ああ!」
「すぐ近くだ、きっとこの家の庭だと思う!」

闘牙はすぐさま火鼠の衣に袖を通し、鉄砕牙を携える。闘牙は外出する際には剣道部が持っているような竹刀と防具を入れる袋に鉄砕牙と火鼠の衣を入れ持ち歩くようにしていた。

「アリサちゃんとすずかちゃんはここにいて!すぐに封印してくるから!」

そう言いながらなのはは変身し、闘牙とユーノと共に庭に向かって走って行く。

「き……気をつけて、なのはちゃん!」
「闘牙、ちゃんとなのはを守りなさいよ!」

二人はそう言いながらなのはたちを見送るのだった……。




「この辺りだ、被害が出ないように結界を張るよ!」

そう言いながらユーノは庭を覆うように結界を張る。ユーノは怪我も順調に回復し、力も段々と戻りつつあった。なのはと闘牙は緊張した面持ちでジュエルシードが発動した地点に向かっていく。そしてその先には


巨大化した子猫の姿があった。


「「「…………」」」

その姿に三人の目は点になってしまう。子猫はその場で蹲りながら遊び始めてしまう。

「ユ……ユーノ君これって……」
「き……きっとあの子猫の大きくなりたいって願いが叶えられたんじゃないかな……。」
「俺は帰ってもいいか……?」

三人はどこか気の抜けたような態度でそう呟く。しかしこのまま放っておくわけにもいかない。幸いどうやらこちらに危害を加えてくることはなさそうだ。なのははそのままレイジングハートを子猫に向け封印をしようとする。どうやら自分の出番はなさそうだ。そう闘牙が判断しかけた時、闘牙は自分たち以外の二つの匂いの存在に気づく。


「なのはっ!」

そう叫びながら闘牙はなのはとその肩に乗ったユーノを一瞬で抱えながらその場から離脱する。その瞬間、子猫に向かって金色の光が放たれる。子猫はその光によって貫かれその場に倒れ込んでしまう。

「えっ!?」
「これはっ!?」

その光景になのはとユーノは驚きの声をあげる。闘牙は地面降り立ち、二人をその場に下ろしながら金色の光が放たれた場所に目をやる。そこには二つの影があった。




一つは額に宝石の様な物がある狼。その大きさは普通の狼よりもはるかに大きい。



そしてもう一つはなのはと同じぐらいであろう金髪の少女。

その手には黒いまるで斧の様な杖が握られている。その姿から少女がこの世界の住人ではないことは明らかだった。なのはが白ならこの少女は黒。そう言えるような雰囲気を纏っていた。


「同系の魔導師……ロストロギアの探索者……。」

少女はなのはたちに静かに視線を向けそう呟きながらその杖をなのはに向ける。

「え……?」

なのはは自分と同じぐらいの少女がいきなり現れその杖を向けてくることに戸惑いを隠せない。

「き……君たちは何者だ!?ど……どうしてこんなことを!?」

ユーノはなのはを庇うように前に出ながらそう問いかける。先程の光は間違いなく自分たちと同じ世界の魔法の光。それがなぜこんなところに、しかも自分たちに向けてその杖を向けるのか、ユーノには見当がつかなかった。

「あんたたちこそ何者だい?あたしたちはそこの子猫に用があるだけさ。邪魔するなら容赦しないよ。」

答えない少女の代わりにその隣にいる狼がそう答える。

「しゃ……しゃべった!?」
「君は……その子の使い魔か!?」

なのはは狼がしゃべったことに驚きを隠せない。ユーノという前例はあるもののほかにも同じような存在がいるとは思っていなかったからだ。
そんななのはとユーノをいつでも庇える距離を保ちながら闘牙は黒い少女と狼に視線を向ける。どうやら友好的な相手ではないらしい。しかもその立ち振る舞いからどうやら素人でもない。闘牙が自分はどう動くべきか決めかねていると

「ロストロギア……ジュエルシード……申し訳ないけど、頂いていきます。」

そう静かに呟いた瞬間、少女の持つ杖がその姿を変える。それはまるで死神の鎌のようだった。そして少女がそのまま戦闘態勢に入ろうとした時

「悪いが、そうはいかねえ!」

それよりも早く闘牙が少女に向かって飛び上がる。闘牙はその手に力を込める。相手がどれほどの実力を持っているのか分からないこと、鉄砕牙では相手を傷つけてしまう危険が高いことから闘牙は素手での肉弾戦を挑もうとする。しかし

「邪魔をするなっ!」

その間に狼が割って入ってくる。

「くっ!」

闘牙はその爪の攻撃を何とか防ぐがその勢いでそのまま後方に吹き飛ばされてしまう。しかしなおも狼は闘牙に向かって襲いかかってくる。

「こっちの使い魔は私に任せて!」

狼はそう言いながら少女から闘牙を引き離すように攻撃を仕掛けてくる。闘牙はそれをかわし続ける。


「……分かった、でも無茶はしないでね。」

少女はそう言いながら再びその鎌を構えなのはに向かって肉薄してくる。その速さになのはは体を動かすことができない。そしてその刃がなのはを襲おうとした時

「なのはっ!」

ユーノのシールドが発動し、その刃からなのはを守る。少女は少し驚いたような表情を見せながらもそのまま距離を取る。

「ユーノ君……。」
「なのは、気をつけて、また来るよ!」

なのはは何とか立ち上がりながら少女に対峙する。しかしなのはは人と、しかも自分と同じぐらいの少女と闘うことに戸惑いを隠せない。

「ユーノ、すぐにそっちに行く!それまでなのはを頼む!」
「分かった、任せて闘牙!」

闘牙の叫びにユーノはすぐさま答える。それは闘牙とユーノの信頼から来ているものだった。




「どっちが優れた使い魔か教えてやるよ!!」
「訳が分からねえことをごちゃごちゃと……」

そう叫びながら狼はその爪を闘牙に向かって振り下ろす。しかし闘牙はそれを難なく避け続ける。その威力によって庭の木は次々に切り倒されていく。闘牙は防戦一方だった。しかし

(こいつ……ちょこまかと……!)

狼は戦いながら次第に違和感を感じてくる。自分は間違いなく優勢に立っている。相手は自分の攻撃を避けることしかできていない。だが何かがおかしい。自分の攻撃は紙一重で躱されている。そして自分は最初の一撃以来一度も攻撃を当てられていない。この相手とは戦ってはいけない。そんな感覚が体を巡って行く。それは狼の本能から生まれている物だった。


(どうやらこいつは接近して闘うタイプらしい……)

闘牙は狼の攻撃をかわしながらそんなことを考える。初めはなのはのように魔法の誘導弾や砲撃を使ってくるかもしれないと思い距離を取っていたがその気配もない。この狼は自分に近い闘い方をするタイプらしい。ならこれ以上様子見をする必要はない。何よりこれ以上時間を掛けるわけにはいかない。そう闘牙が判断した時、なのはと少女がいた辺りから激しい桜色の光が放たれる。

(なのは……ユーノ……!)

闘牙が思わずそちらに意識を向けた瞬間

「もらったっ!」

その叫びと共に光の鎖の様な物が闘牙の体に巻きついてくる。それはチェーンバインドと呼ばれる拘束魔法だった。その鎖によって闘牙は動きを封じられてしまう。

「これでもうちょこまか逃げられないよ、覚悟しな!!」

狼はそのまま己の勝利を確信し闘牙に向かって飛び込んでくる。しかしその瞬間、その光の鎖は一気に引きちぎられてしまう。

「なっ!?」

その光景に狼は目を見開く。相手に魔法を使った気配は見られない。それなのに何故。それは闘牙の純粋な力によるものだった。そして闘牙はそのまま狼の懐に潜り込み、その拳を振り切った……。



『Arc Saber』

黒いデバイスの声が響き渡った瞬間、その鎌の部分のあった魔力の刃がブーメランのようになのはとユーノに向かって放たれる。なのはは飛行魔法を使いながらそれを何とか避けようとするが叶わずシールドで受け止めるしかない。

「きゃっ!」
「なのはっ!」

ダメージは負っていないもののなのはの疲労は限界を超えようとしていた。元々なのはは対人戦を念頭に入れた訓練は積んでいない。加えて相手は恐らくAAAクラスの高ランク魔導師、どうやっても勝ち目はない。このままでは撃墜されてしまう。

(なんとか闘牙が来るまで時間を稼がないと……!)

ユーノは今の自分となのはでできる戦術を考える。そして一つの賭けに出ることにユーノは決意する。

『……なのは、僕が一瞬だけあの子の動きを止める。その間に砲撃魔法を使って!』

『で……でも人に魔法を使うなんて……』

『大丈夫、魔法は相手を傷つけずに倒すことができるから!』

なのははこれまで人に向かって魔法を使ったことがないためユーノの提案に戸惑いを隠せない。しかしこのままでは自分とユーノはやられてしまう。なのはは己を奮い立たせながらレイジングハートを構え、砲撃態勢に入る。


(あれは………)

少女はなのはが何かの遠距離魔法の体勢に入ったことに気づく。そして回避運動に入ろうとした瞬間、自分の足首に緑色のバインドが掛けられていることに気づいた。


(これは……!)

それはユーノが設置していたトラップ式の相手を縛るバインドだった。少女はすぐさま魔力でそのバインドを何とか破壊するが



「ディバインバスタ―――!!」

その一瞬の隙を突いてなのはは叫びと共にレイジングハートから強力な桜色の魔力を放つ。それはそのまま少女に向かっていき、大きな爆発を起こす。その衝撃で辺りは砂埃で覆われてしまった。



「や……やった……?」
「す……すごいよ、なのは!」

なのはは自分の攻撃が当たったことに驚きが隠せない。ユーノはなのはの砲撃魔法の威力に驚きながらもそう喜びの声をあげる。そして二人が安堵しようとした時、

煙が晴れた先に少女の姿が無いことに気づく。

「え……?」
「そんな!?」

二人が声をあげた瞬間、なのはの背後に鎌を振りかぶった少女が現れる。少女はその速度で砲撃を完璧に回避していたのだった。

「なのはっ!!」

ユーノがそのことに気づき悲鳴を上げるもなのはの反応は間に合わない。


「………ごめんね。」


そう呟きながらその鎌がなのはに向けて振り下ろされようとした瞬間、



一瞬で現れた闘牙が鉄砕牙でその鎌の刃を受け止める。



「闘牙君っ!!」
「闘牙っ!!」


「はあっ!!」

闘牙はそのまま腕に力を込めデバイスごと少女を押し切り吹き飛ばす。

「っ!!」

少女はそのまま吹き飛ばされるも何とか受け身を取り体勢を整える。そしてなのはとユーノを庇うように立っている鉄砕牙を構えた闘牙に目をやる。

(あれは……剣……?でも、魔力を全然感じない……それにアルフは……?)

少女がそのことに気づいた時、

『フェイト、ここはあたしが抑えるから早く封印を!!』

そう念話を飛ばしながらアルフがこちらに向かってくる。しかしその動きはどこかぎこちない。まるでどこかを怪我してしまっているようだった。

『アルフ、どこかやられたの!?』
『……どうってことないよ!それによりも早く封印してここをずらかろう!』

アルフは顔をしかめながら闘牙たちに対峙する。それは先程闘牙によって腹に一発拳をくらってしまっているためだった。フェイトはそんないつもとは違うアルフの様子に戸惑いながらもその言葉を聞き入れる。

『………分かった。』

フェイトはそのまま飛び上がり倒れている子猫に向かってデバイスを向ける。同時に金色の魔力が子猫を包みこんでいく。

「させるかっ!」

闘牙がそれをさせまいとフェイトに向かって飛び立とうとするが

「邪魔はさせないよっ!」

アルフはそんな闘牙たちに向かってチェーンバインドを放ってくる。その数は先程の比ではない。避けることもできるがそれはなのはとユーノも狙っている。避けるわけにはいかない。
闘牙は鉄砕牙を構え、それを横に薙ぎ払う。その瞬間、その剣圧によってチェーンバインドは次々に砕け散って行く。なのはとユーノはそんな光景を驚きながら眺めることしかできない。

(こいつ……一体……!?)

アルフはそんな闘牙に戸惑いを隠せない。あの剣はデバイスだろうか。しかしそれにしてはおかしな点が多い。何よりもあの使い魔からは全く魔力は感じられない。なのになぜか自分はあの使い魔に恐れの様なものを感じてしまう。

だがその間にフェイトはジュエルシードの封印を終え、アルフの元に戻ってくる。そしてフェイトと闘牙の間に沈黙が流れる。しかし

『フェイト、ジュエルシードは手に入れたんだ、さっさと帰ろう!』

アルフはそうフェイトに提案する。それはフェイトをあの使い魔と闘わせたくないというアルフの無意識からの行動だった。

『……うん、分かった。』

フェイトはアルフの提案を受け入れそのままその場を去ろうとする、その時、

「ま……待って!」

なのはが慌てながらフェイトに向かって話しかける。フェイトはその言葉に一度足を止めて振り返る。

「どうして……どうしてこんなことするの!?」

フェイトはそんななのはを少し悲しそうな目で見ながら


「きっと……言っても意味はない。もう私たちの前に現れないで……今度は、手加減できないかもしれないから……。」


そう言い残し、飛び去って行った……。




「なのは、ユーノ、大丈夫か?」

鉄砕牙を鞘に収めながら闘牙はそう二人に声を掛ける。見たところ大きなけがはないようだ。そのことに闘牙は安堵する。

「大丈夫だよ……でも闘牙、どうしてあのまま闘わなかったの?」

ユーノが自分たちの体の無事を伝えながらもそんなことを口にする。それは闘牙の実力ならあの少女にも引けはとらないと思っていたからだった。


「いや……まだ全力を出してなかったみたいだし……俺の力は魔法と違って加減が難しいからな……。」

そう言いながら闘牙は自らの腰にある鉄砕牙に目をやる。

ただ倒すだけなら風の傷を使えば済むだろう。だがその威力が強力すぎる。下手をすれば大怪我をさせかねない。いくら敵とはいえなのはと同じぐらいの少女に使うのはためらわれる。もしかしたらシールドもあるのかもしれないがその強度も分からない。

そしてなによりもこっちにはなのはがいる。本人の目の前では言えないが乱戦になれば庇いながら戦うのは無理があるためそのまま闘牙は二人を逃がしたのだった。

闘牙はそんなことを考えながらなのはに目を向ける。


なのははレイジングハートを握りしめたまま少女が去って行った方向を見つめ続けている。

その目には何かを決意したような光が宿っている。




これがなのは、闘牙とフェイト・テスタロッサの運命の出会いだった……。




[28454] 第6話 「激突」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/02 10:26
「なのはちゃん、何かあったの?最近元気がないけど……」
「え……?」

なのははすずかの言葉に驚きながらもどこか気の抜けたような返事をする。今、なのはたちは学校が終わり下校している最中。そしてすずかの横には何か言いたそうにしている不機嫌なアリサの姿があった。

「な……何でもないよ……ちょっとぼーっとしてただけで」
「あんたの嘘は分かりやす過ぎるのよ、何があったのか分からないけど……あたしたちは友達でしょ!相談してくれてもいいじゃない!」

なのはの言葉をさえぎるようにアリサは大きな声をあげながらそう告げる。それはなのはのことを本当に心配している親友の姿だった。そしてその言葉を肯定するようにすずかも優しく微笑みながらなのはを見つめている。

「二人とも……」

なのははそんな二人を見ながら目がしらが熱くなるのを感じる。そして同時になのはは、いつか闘牙が言ってくれた言葉を思い出す。

なのははずっと誰かを頼ること、迷惑を掛けることはしてはいけないと自分に言い聞かせてきていた。そうしなければ自分は嫌われてしまう。一人ぼっちになってしまう。そう思っていた。しかし仲間であるユーノと闘牙、そして親友であるアリサとすずか。みんなが自分を心配し、そして信頼してくれていることをなのはは理解し始めてきていた。

一人で考えていてもどうしようもないことがある。でもみんなで考えれば、力を貸してもらえればきっと何でもできるんじゃないか。それはなのはがジュエルシード集めの中で新たに気づき始めている自分の心のあり方だった。

そしてなのはは二人に話し始める。先日であった自分と同じぐらいの魔法少女のことを。


「そんなことがあったんだ……。」
「それで、なのははどうしたいの?その子をやっつけたいの?」

「そ……それは……」

アリサの言葉なのはは思わず考え込んでしまう。自分はあの子とどうなりたいんだろう。ジュエルシードを集めている以上、きっとまたあの子とは闘うことになってしまう。でも……

「あの子、どこか冷たい雰囲気だったけど……でも……悲しそうな目をしてた……きっとジュエルシードを集めてるのも何か理由があると思うの……だから……」

なのはの目にあの日の光景が蘇る。あの子が自分を見る目にはどこか悲しさがあった。それがなんなのかは分からない。でも放っておけない。なのはは、そんな自分の感情が何なのか分からず戸惑うしかない。しかし

「そんなの簡単じゃない、友達になればいいのよ。」

「え……?」

アリサの言葉になのははそんなあっけにとられたような声をあげる。

友達になる。

それはあまりに当たり前すぎて気付けなかった答え。それを聞いたなのははまるでそれまで雨だった自分の心が一気に晴れてしまったように感じた。


「でも……お話を聞いてもらえなかったら……」

「その時はぶつかりあって……喧嘩して……それから仲直りすればいいの。私の時みたいにね。」
「そうだよ、なのはちゃんがいなかったらきっと私たち、友達になれなかったもん。」

なのはの不安を打ち消すようにアリサとすずかはそうなのはに助言する。三人が親友になれたのも互いにぶつかり合い、喧嘩して、仲直りすることができたから。

なのはは自分があの子とどうなりたいのか、その答えを見つけ出す。

「……アリサちゃん、すずかちゃん、ありがとう!私、行ってくる!」

なのはは笑顔を見せながらどこかに向かって全力で走り出して行ってしまう。二人はそんななのはを笑いながら見送るのだった……。




「ありがとうございました!」

闘牙はそう大きな声で店内にいた最後の客を見送る。その姿はすっかり様になっていた。闘牙自身も最近は仕事にも慣れ、楽しくもなってきいてるところだった。最もこれから先には厨房に入るというさらなる試練が待ち受けているのだが。

「お疲れ様、闘牙君。少し休憩してくれていいわよ。」

厨房から桃子が顔を出し、闘牙にそう提案する。ちょうど客足も一段落したところでもあったため、その言葉に甘えようと闘牙が考えた時、

「闘牙君、いるっ!?」

店の入り口からいきなりそんな少女の声が聞こえてくる。驚きながら振り返った闘牙の視線の先には急いで走ってきたために肩で息をしているなのはの姿があった。

「どうしたんだ、なのは、そんなに慌てて……」

何かあったのかと心配しながら闘牙はそのままなのはに近づいていく。なのははそんな闘牙を見ながら息を整え、一度大きな深呼吸をした後

「……お願いがあるの、闘牙君……お話、聞いてくれる?」

そうどこか決意に満ちた目で闘牙に尋ねてくる。闘牙はそんななのはに思わず気圧されてしまう。しかし今は仕事中、どうしたものかと考えていると

「いいわよ、闘牙君。今日はこれで上がって頂戴。その代りなのはのことよろしくね。」

そんな二人の様子を見ていた桃子がそう優しく声を掛ける。闘牙はそんな桃子の好意に甘えてなのはと話をするために場所を近くの公園に移すのだった……。




「で……話ってのはなんなんだ……?」

二人で公園のベンチに座りながら闘牙はそうなのはに尋ねる。なのはは少しの間顔を俯かせるもののその膝の上の両手を握りしめながら


「闘牙君……私に、闘い方を教えてほしいの!」

そう闘牙にお願いしてきた。

「闘い方を……?」

いきなりのお願いに闘牙は思わずそう声をあげてしまう。自分に戦い方を教えてほしい。魔法の訓練ではなく闘い方を。それは間違いなく先日の黒い少女と狼との戦いに関連したことだろう。

「なんで闘い方を教えてほしいんだ……?」

知らず低い声になりながら闘牙はなのはに聞き返す。闘牙はあの日以来、あの二人に関しては、なのはは抜きにして自分とユーノの二人で対処しようと考え始めていた。
相手が素人ではなく経験を積んでいること。何よりもジュエルシードの暴走体とは違い、相手は人間。その戦い方も、それに対する気構えも大きく異なる。実際、前回の闘いではなのははそれに戸惑い上手く動くことができなかった。
それに魔法に関して才能があるとはいえ、なのははまだ九歳の女の子。闘い方を教えることに闘牙は抵抗を感じてしまう。なのはには悪いがこの件は断らせてもらおう。そう闘牙は考える。しかし


「私……あの子と友達になりたいの!!」

そんな考えはなのはの予想外の答えによって粉々に砕かれてしまった。闘牙はそんななのはの言葉に驚き目を見開くことしかできない。なのははそんな闘牙を見ながら答えを待ち続ける。そしてしばらくの沈黙の後

「ふっ………ははっ、ははははっ!」

闘牙は堪え切れずとうとうそんな笑い声を漏らした後、笑い始めてしまう。

「な……何で笑うのっ!?」

なのはは自分の真面目なお願いが笑われてしまったことに怒り、顔を赤くしながら喰ってかかってくる。しかしそんななのはを見ながらも笑いが止まらないのか闘牙はそのまま顔をうずくまったまま笑い続ける。なのははそんな闘牙を見て頬を膨らませすっかり不貞腐れてしまった。

「悪い悪い……そんなに怒るなって……」

何とか落ち着いた闘牙はそう言いながらなのはの頭を撫でる。しかしなのははまだ気が収まらないのか不機嫌オーラを発している。

「それにしても『友達』か……。そうなれたら一番いいな……。」

闘牙はそう言いながらどこか楽しそうになのはを見る。自分にとって戦いは何かを守るためのもの。そのため戦いにおいては相手をいかに倒すか。そればかりを考えるようになってしまっていた。
しかしなのはの言う通り、相手と分かり合い、友達になれるならそれに勝る物はない。闘牙は自分の考えが知らず知らずの間に狭くなってしまっていたことに改めてなのはに気づかされたのだった。(最も闘牙の闘ってきた相手は話し合いが通用しない者がほとんどだったのも大きな原因だったのだが。)

「え……それじゃあ……」

「……ああ、闘い方を教えてやる。ただし、魔法に関しては俺は素人だからな。そこはユーノに教えてもらうことになるけどな。」

「やったあ!ありがとう、闘牙君!」

自分のお願いが叶ったことに喜び、なのはは闘牙の手を握り何度も上下させる。そんななのはに闘牙は苦笑いするしかない。


自分は『かごめを守るため』に力を求めた。

そしてなのはは『誰かと分かりあうため』に力を求めている。

闘牙は自分とは違う力を求めている、なのはの可能性に賭けてみよう。そう決意するのだった……。そして




「そうだ、なのは、やるからには徹底的にやるからな。覚悟しとけよ。」
「……………え?」

闘牙はどこか楽しそうな笑みを浮かべながらそうなのはに告げる。

自分は頼んではいけない人にお願いをしてしまったのではないか、なのははそんなことに今更気づいたのだった……。




「闘牙、僕、闘牙と一緒に温泉に入れて本当に嬉しいよ!」

「泣くなよ、大げさな奴だな……。」

ユーノが心の涙を流しながら闘牙に縋りついてくる。闘牙はそんなユーノをあしらいながらも湯につかりながら体の疲れを癒している。

今、闘牙は高町家では恒例らしい海鳴市の温泉へ一泊二日の旅行に一緒に参加することになり、今はユーノと共に温泉に入っている最中だった。今は二人以外誰もいないため二人は安心して会話をしていた。

「別に女湯でもよかったんじゃないか?ここ、十歳までならどっちでも入れるらしいぞ。」
「よ……よくないよ!闘牙、他人事だからってひどいよ!」

闘牙はそんなユーノを見ながらもからかい続ける。温泉に着いてからというものユーノは闘牙の肩から決して離れようとはしなかった。それはユーノの絶対の意志の表れでもあった。当然、なのははユーノを女湯に連れて行こうとしたのだがユーノはアリサとすずかもいることを理由にして何とか逃げ切ったのだった。

「それにしても……闘牙って結構厳しいんだね。なのはとの特訓を見て驚いたよ。」

温泉の湯の上を泳ぎながらユーノはそう闘牙に話しかける。なのはが闘牙に特訓をつけてもらうようになって一週間が経とうとしていたがその厳しさはユーノの想像をはるかに超えていたものだった。いつもの闘牙の様子からもっと優しく教えるものだとばかりユーノは思っていた。

「そうか?結構優しくしてるつもりなんだが……」

闘牙は不思議そうな顔をしながらそう戸惑いの声をあげる。その顔から本当に闘牙は優しくなのはに教えているつもりらしい。

闘牙の特訓、修行の方法は一言でいえば『体に覚え込ませる』ただそれだけだった。手取り足取り教えられたことは役に立たない。実際に体験、経験したことが実戦では全て。それが闘牙の考え方だった。
そのため闘牙は戦いの心構えを一通りなのはに教えた後はただひたすらに模擬戦を行っていた。できる限りあの狼の動きに近い動きをするようにも心掛けていたが。その過酷さになのはは涙目になりながらも持ち前の精神力でそれに耐えているのだった。

これは闘牙自身は自覚していないが、かつて自分が受けた殺生丸の修行が大きな影響を与えていることは言うまでもない。

「そ……そうなんだ……。と……闘牙も誰かに戦い方を教えてもらったりしたの?」

闘牙の言葉に顔をひきつらせながらもユーノはそんなことを聞いてくる。

「ああ、俺は師匠に……あの絵のもう片方の犬の妖怪に戦い方を教えてもらったんだ。」

「へえ、どんな修行をしてたの?」

「それは…………」

そう言いかけた瞬間、闘牙の動きが止まる。その脳裏にはかつての地獄の修行が蘇る。闘牙はそれによって温泉に入っているにもかかわらず冷や汗をかく。


「ご……ごめん、闘牙。」


そんな闘牙の様子を見て自分は何か聞いてはいけないことを聞いてしまったことに気づきそう謝るのだった……。




温泉を出た後はみんなで豪華な夕食を食べ、遊技場で卓球を楽しみ、大人たちはお酒をたしなむ。

そんな慌ただしくも楽しい時間はあっという間に過ぎ、なのははアリサとすずかと共に布団の中に横になっていた。しかし、なのははフェイトのことが気になり、寝付けずにいた。初めて会ってからもう一週間が経つがまだジュエルシードはそれから一つも見つかっていない。

これからのことを一人考え続けていたその時、突然強力な魔力の発動をなのはは感じ取る。それは間違いなくジュエルシードの発動の気配だった。

「ユーノ君、闘牙君!」
「間違いない、ジュエルシードだ!」
「行くぞ、乗れ、お前ら!」

なのはたちはすぐさま準備を整えその場所に向かって急ぐ。どうやら発動したのは森の中らしい。闘牙は凄まじい速度でその場所に向かっていく。そして同時にその場所にあの二人の匂いがあることに気づく。

「間違いねえ……あいつらもいるぞ。」
「え……?」
「本当、闘牙!?」

闘牙の言葉に二人が驚きの声をあげる。そしてなのはは何かを考えるような表情をしたまま黙り込んでしまう。闘牙はそんななのはを見ながら

「なのは……約束は分かってるな?破るんじゃねえぞ。」
「うん……。」

そう念を押す。なのははどこか残念そうな顔をしながらもその言葉に頷く。

闘牙となのはの約束。

それは『闘牙が認めるまでなのははフェイトとは戦わない』という物だった。

修行を始めたとはいえまだ一週間。まだとてもフェイトと闘える段階ではない。何よりフェイトの実力を確かめる必要があると闘牙は考えていた。そのため今回はフェイトとは闘牙が、アルフとはなのはとユーノが闘う手筈になっていた。

闘牙自身、魔導師と一度闘う必要があると考えていたのも大きな理由だった。なのはの修行においても魔導師がどんな戦い方をしてどんな力を持っているのかユーノから教えてもらいもした。


そして闘牙たちはその場所に辿り着く。そこには以前と同じ黒衣を纏った金髪の少女と見たことのない長髪の女性が佇んでいた。どうやらジュエルシードの封印はすでに終わってしまっているらしい。二人もすぐに闘牙たちの存在に気づき緊張した面持ちを見せる。

「またあんたたちか、残念だったね、もうジュエルシードは頂いちゃったよ!」

長髪の女性がそう自慢げに告げる。その耳には動物の耳がある。闘牙はその匂いで目の前にいる女性が前に戦った狼であることに気づく。

「お前、この前の狼だな。」
「え、そうなの!?」

そのことになのはが驚きの声をあげる中、アルフはそのままフェイトを庇うようにその前に立つ。

「こいつらはあたしに任せて先に帰ってて!こんなやつらあたしだけで十分だよ!」

そう言いながらアルフは戦闘態勢に入る。しかしその言葉には半分嘘が含まれていた。白い魔導師とフェレットの使い魔は大したことはないだろう。だが目の前の銀髪、犬耳の使い魔は油断ならない。こいつとフェイトを闘わせるわけにはいかない。アルフはそう考えていた。

「アルフ……」

そんなアルフの様子に何か気付いたのかフェイトが何か話しかけようとするが


「はああああっ!!」

アルフはそんな言葉をかき消すように闘牙に向かって飛びかかりその拳を放ってくる。そしてその拳が闘牙に届くかといったところでそれは桜色のシールドによって阻まれてしまう。それはなのはによって張られたものだった。

「ちびっこ!?」
「今日は私があなたの相手なの!」

いきなりの事態にアルフは思わずその動きを止めてしまう。その隙を突いてなのはとアルフの間に緑色の魔法陣が現れ光を放ち始める。それはユーノによる転移魔法だった。

「行くよ、なのは!」
「ちっ、こいつっ!!」

アルフは何とか転移から逃れようとするが間に合わず三人はそのまま姿を消してしまう。

あとにはフェイトと闘牙が残されただけだった。二人はしばらくの間、互いに無言で見つめ合う。そして


「今日は、あの子が相手じゃないんですね……。」

フェイトはそうぽつりと呟く。

「ああ……今のあいつじゃお前には勝てないしな。まあ、これから先はどうなるかは分からねえが……。」

そう言いながら闘牙は自らの腰にある鉄砕牙を抜き、構える。それに応えるようにフェイトも自らのデバイス、バルディッシュを構える。

「私はあの子にも……あなたにも負けません……。」

フェイトはそう告げながら闘牙を睨みつける。その瞳には先ほどとは違って力が宿っている。どうやら見た目とは違って負けず嫌いのようだ。

「……賭けてください、互いのジュエルシードを一つずつ。」

闘牙はそんなフェイトの言葉に思わず毒気を抜かれてしまう。ジュエルシードが欲しいだけなら一つといわず全部、有無を言わさずに奪っていけばいい。しかしどうやら目の前の少女はそうする気は、いやそんなことすら考えの中にはないらしい。

なのはが言っていたこの少女と友達になりたいという願い。もしかしたらそう難しいことではないかもしれない。そのことに気づいた闘牙は笑みを浮かべながら

「いいぜ……その代わり、俺が勝ったらお前の名前とジュエルシードを集めてる理由を教えてもらう。」

そう告げる。その瞬間、フェイトの足元に金色の魔法陣が姿を現す。二人の間に緊張が走る。そして

「それと……」

「………?」

闘牙は静かにそれを見つめながら



「俺は使い魔じゃねえっ!!」

そう叫び、フェイトに向かって飛びかかって行く。



本来ではありえない、半妖と魔導師の闘いが今、始まった。


「バルディッシュ!」
『Photon Lancer』

フェイトの呼びかけと共にその周りに光の球体が現れそれらが一斉にその矛先を闘牙に向ける。そして次の瞬間、球体から槍の様な魔力弾が次々に放たれる。その速度はとても常人に捕らえられるようなものではない。
この魔法はフェイトが最初に習得した魔法であり、その扱いも熟練している。しかしそのすべてを闘牙は紙一重のところでかわしていく。
そのことに驚きながらも決して慌てず、フェイトはバルディッシュを構える。同時にその先には魔力の刃が姿を現す。

「はあっ!」

フェイトはそのまま掛け声と共に闘牙に斬りかかる。闘牙もそれに合わせるかのように鉄砕牙を振り下ろす。その瞬間、バルディッシュと鉄砕牙の間に激しい火花が散り、両者の間に鍔迫り合いが起こる。両者の力は互角。そのまま互いに一瞬で距離を取りながらも両者の間には無数の火花が散って行く。それは目にも止まらないほどの高速戦。フェイトと闘牙はそのまま一進一退の攻防を繰り広げる。しかしそんな中、フェイトは次第に違和感を感じてくる。それは

(手加減されてる……?)

自分と相手は間違いなく互角に近い戦いをしている。それは間違いない。にも関わらずそんな疑念がフェイトの中に生まれてくる。自分はこれに近い感覚を知っている。それはまるで昔、リニスに訓練をしてもらっていた時のような感覚だった。最初のフォトンランサーは全力ではなかったが今の攻防は間違いなく自分の全力。近接戦闘に関しては少なからず自信はあるにも関わらず攻め切れていない。このままでは埒が明かない。そう判断したフェイトは攻防の一瞬の隙を突いて闘牙から距離を取る。そして

「アークセイバー!」

バルディッシュを振りかぶり、その魔力刃を闘牙に向かって放つ。それはまるでブーメランの様な軌道を描きながら闘牙に襲いかかる。しかし闘牙はそれを難なく鉄砕牙で斬り払う。だがそれは囮にすぎなかった。闘牙がアークセイバーに気を取られている隙にすでにフェイトの周りにはフォトンランサーのフォトンスフィアが設置されている。だが先程とは大きく違う点がある。それはその数。そのすべてが闘牙を捉えその隙を狙っていた。そして絶対に避けられないタイミングで

『Photon Lancer Multishot』

その金色の槍は次々に闘牙に向かって放たれる。闘牙はその波に為すすべなく飲み込まれてしまった。


(やりすぎたかな……)

そんなことを考えながらフェイトは闘牙がいる場所に目をやる。そこはフォトンランサーの弾着によって煙が起こり視界がさえぎられてしまっていた。フェイトが少し心配そうな顔をしながらその場所に向かって近づこうとした時、その煙が一瞬にして吹き飛ばされる。その先には

鉄砕牙の鞘を構えた無傷の闘牙が立っていた。

(ダメージを負ってない!?そんな……)

間違いなく避けられないタイミングであれだけの魔力弾。だが闘牙には全くダメージが与えられていない。シールドを張ったのだろうか。だが以前と同じように相手からは魔力は全く感じられない。フェイトがそのことに混乱していると

「なるほど……こんなもんか……」

闘牙はそうまるで何でもないことのように呟く。


「え……?」

フェイトはそんな闘牙に思わずそんな声をあげる。それはまるでここが戦場であることを忘れさせるほど自然な呟きだったからだ。そして次の瞬間、闘牙の纏っている雰囲気が一気に変化する。その変化にフェイトが気付いた瞬間、


目の前に鉄砕牙を振りかぶった闘牙が現れる。


「くっ!」

フェイトは咄嗟にバルディッシュを構えその斬撃を受け止める。しかし先程までは受け止められていたはずのその斬撃によってフェイトは遥か後方に吹き飛ばされてしまう。それは闘牙の半妖の腕力によるものだった。

(一体、何が……!?)

何とか体勢を立て直すもののすぐさま闘牙はフェイトに肉薄し鉄砕牙を振るってくる。それを何とか防ぎ続けるもののフェイトは段々と追い詰められていく。そしてついにフェイトの体勢が崩れ、その隙があらわになってしまう。

(やられる……!!)

フェイトはその瞬間、己の敗北を覚悟する。シールドもあるが自分のシールドの強度は決して高くはない。あの剣の一撃を防ぐことはできない。そしてその斬撃の痛みに備えた時、


鉄砕牙はフェイトではなくバルディッシュに向かって振り下ろされる。

「えっ!?」

フェイトはそのことに気づき驚きの声をあげる。なぜ自分を狙わなかったのか。そうしていれば間違いなく勝負は決まっていたはず。そう混乱している間にも闘牙は鉄砕牙を振るい続ける。そしてその全てはバルディッシュに向けられていた。

(この人……バルディッシュを狙ってる……!?)

フェイトはついにそのことに気づく。しかしバルディッシュにはすでにその威力によってひびが入り始めている。


バルディッシュを破壊、使用不可にすることによるフェイトの無力化。

それが闘牙の考えた戦法だった。

闘牙はなのはの修行とユーノの話によって魔導師に対するいくつかの知識を得ていた。


一つは魔法陣について。

魔導師は基本的に魔法を使う際に足元などに魔法陣が現れる。もちろん例外もあるが大きな魔法を使うならほぼ間違いなく発生するらしい。それはつまり魔法のタイミングをある程度察知できることを意味していた。風の傷が使えない以上、遠距離戦が闘牙にとってはネックになってくる。だがその発動を予期できるなら何とかやりようはある。自分には火鼠の衣と鉄砕牙の鞘という防御がある。実際になのはに誘導弾を撃ってもらったところ火鼠の衣ではダメージの軽減、鞘は無効化することができた。(ただしディバインバスターは衣では軽減しきれずその威力によって闘牙は吹き飛ばされてしまった)


二つ目はシールドについて。

これは実際になのはのシールドを実験台にさせてもらった。ユーノの話ではなのはのシールドはかなりの強度を誇っているらしく、黒衣の少女のシールドもなのは以上ではないだろうとのことだった。(実際に闘牙の攻撃を受けたなのははその恐怖で涙目になってしまった。)


最後にデバイスについて。

魔導師にとってデバイスは自分の相棒といっても差し支えがない存在らしい。魔法の威力、構築、速度においてもデバイスがなければ大きく落ちてしまう。特になのはとフェイトが持っているデバイスはインテリジェンスデバイスと呼ばれるAI搭載型の物らしく特に魔導師にとって依存度が高いものらしい。

魔法のように非殺傷設定がない闘牙は直接フェイトの体に斬りかかることができない。そこで闘牙はそのデバイスを狙う戦法を取ることを思いついたのだった……。



フェイトはこのままではバルディッシュが破壊されてしまうことを悟り、何とか上空に飛び上がり距離を取る。どうやら相手は遠距離の攻撃手段を持っていないようだ。

だがこのままでは追い詰められてしまうのは必至。フェイトは一気に勝負を掛けることを決意する。


フェイトがその掌を闘牙に向ける。その瞬間、その手の前に金色の魔法陣が現れる。そして


「撃ち抜け、轟雷!!」
『Thunder Smasher』

その魔法陣から強力な砲撃魔法が放たれる。その威力によって辺りには風が巻き起こり、その光はそのまま闘牙に向かって一直線に突き進んでいく。しかし闘牙はそれを見ながらもその場を動こうとはしない。闘牙は鉄砕牙を自身の前にかざす。そして砲撃が目の前に迫ったその瞬間、その剣圧によってサンダーズマッシャーは切り裂かれてしまう。

だがその時、フェイトは一瞬で闘牙の後ろを取っていた。

(もらった!!)

それはフェイトのソニックムーブと呼ばれる高速移動魔法。フェイトは『速さ』に絶対の自信を持っていた。その真骨頂が相手に気づかれることなくその間合いを取り、一気に切り裂く戦法。先程の砲撃もそのための布石。フェイトは自身の勝利を確信しその刃を闘牙に向かって振るう。そしてその刃が闘牙に届くかと思われた時


闘牙は突然それを予期していたかのように頭を下げ、その斬撃をかわす。

「え?」

フェイトはそんな光景にあっけにとられた声を上げるしかない。何で。どうして。スピード、タイミング、どれも完璧だった。相手には自分の姿は捉えられていない。それなのにどうして。


闘牙の強さは半妖の身体能力によるところが大きい。なのは、ユーノはもちろん、フェイト達もそう思っている。もちろんそれも間違いではない。しかしそれに加えて、半妖としての鼻と耳の良さ。それは実戦において大きな力を発揮する。その鼻は遥かに離れた臭いをかぎ分け、その耳はその音を聞き分ける。極端な話、闘牙は目が全く見えない状態でも十分戦うことができる。それはつまり、闘牙に不意打ちは通用しないということだった。


フェイトは自身の最高の一撃がかわされたことで体勢を崩し隙をさらしてしまう。そしてその隙を闘牙が見逃すはずはなかった。闘牙は一瞬で振り返り、そのまま鉄砕牙でバルディッシュを斬り払う。フェイトはそのまま手からバルディッシュを弾き飛ばされてしまう。

何とか体勢を立て直しながらバルディッシュを取りに行こうとしたところに


「勝負ありだな。」

鉄砕牙の切っ先がその前に突きつけられる。フェイトはそれを睨みつけるも動くことができない。そして


『put out』

そんな言葉と共にバルディッシュから一つのジュエルシードが闘牙に向かって渡される。

それはバルディッシュがフェイトの負けを認め、それ以上手を出さないでほしいということを意味していた。

「バルディッシュ……」

フェイトはそんなバルディッシュの意志を感じ取り、素直に負けを認める。そんな様子を感じ取った闘牙も鉄砕牙を下ろす。


「フェイト……フェイト・テスタロッサです。」

フェイトはそう自身の名前を闘牙に告げる。闘牙はそんなフェイトに面喰ってしまう。自分がした約束を闘牙はすっかり忘れてしまっていたからだ。

「フェ…フェイトか……俺は闘牙だ。」

慌てながらも闘牙は何とかそう答える。しかし


「トーガ……?」

フェイトはそう片言な発音で闘牙の名を口にする。それを正すこととジュエルシード集めの理由を聞こうと闘牙が話しかけようとした時

「フェイトから離れろっ!!」

突如現れたアルフの拳が闘牙に向かって放たれる。闘牙はそれを何とかかわしながら距離を取る。アルフの手には先程斬り飛ばしたバルディッシュが握られていた。なのはたちはどうなったのか。闘牙がそのことを考えていると

「フェイト、捕まって!さっさとこの場を離れるよ!」
「う……うん……。」

アルフはフェイトの手をつかみながら強引にその場を離脱していく。それを追うかどうかで闘牙が悩んでいると


「闘牙君っ!」
「闘牙っ!大丈夫!?」

なのはとユーノが慌てた様子でこちらに向かってやってくる。どうやら怪我もなく無事なようだ。

「なのは、どうだった、上手くやれたのか?」

「だ……大丈夫だったよ、ちゃんと闘えたもん!」
「ほ……本当だよ、闘牙!あの狼にも互角に戦えたんだから!」

なのはは少し慌てながら、ユーノはそんななのはをフォローするようにそう告げる。恐らく危ないところはあったがそれをユーノがフォローしたのだろうと闘牙はすぐに見抜く。

「そういえば……あの子は……?」

そういいながらなのはは辺りを見渡す。そんななのはを見ながら

「フェイトならさっき狼と一緒に逃げて行ったぜ。」

そう事実を告げる。しかしその言葉を聞いたなのははなぜか驚いたような顔をする。

「フェイトって……?」

「ああ……あの黒い子の名前だ。」

なのはの問いに闘牙はそう何でもないように答える。なのははそのまましばらく固まった後



「ずるい、ずるいっ!!私が聞こうと思ってたのに!!」

そう頬を膨らませながらなのはは闘牙に迫ってくる。闘牙はそんななのはに気圧されながらもどうすることもできない。

「い……いいじゃねえか……名前くらい……」

「よくない!私が最初に聞きたかったのに!」

なのはは怒りが収まらないのかレイジングハートを振り回しながら闘牙を追いかけまわす。闘牙はそんなのはを諫めながらも逃げ続けている。


「全くもう……」


そんな二人の様子を呆れながらもどこか楽しそうにユーノが眺めている。



そして三人を見守るように月明かりが辺りを照らし続けていた……。




[28454] 第7話 「禁忌」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/04 22:23
夜の公園に三つの人影がある。そしてそれ以外には全く人影が見られない。まだ時間は夜の八時、いつもならもっと人気があっておかしくない。だがそれはユーノが張っている結界の力だった。

そしてその結界の中、空を飛んでいる白い少女の姿がある。それは変身したなのはだった。なのはは飛行魔法を使いながら上空に飛び上がり、レイジングハートを構える。そして

「いくよ、レイジングハート!」
『Divine Shooter』

なのはの掛け声と共にその周りには三つの桜色の光の玉が形成される。なのははそのままレイジングハートを振り下ろす。その瞬間、三つの魔力弾、ディバインシューターが公園にいるもう一つの人影に向かっていく。それは犬夜叉に変身している闘牙だった。しかし闘牙は魔力弾をその速度によって次々にかわしていく。そしてそのまま一気に上空に飛び上がり、なのはの目の前に現れる。そしてその爪がなのはに向かって振り下ろされるが

『Round Shield』

なのはは慌てることなく自身の前に円形の楯の魔法陣を作り出し、それを受け止める。闘牙はその楯を破れず、そのままなのはから距離を取る。しかしその瞬間、闘牙の背後から先程避けたはずのディバインシューターが迫ってくる。闘牙は咄嗟に自らの爪を振るい、それらを撃ち落とす。だがそれにより、闘牙には隙が生まれてしまう。その瞬間、

「ディバイン……バスタ―――!!」

すでにチャージを終えていたレイジングハートからなのはの砲撃魔法が放たれる。闘牙はなんとか避けようとするが間に合わない、そう判断し、一瞬で腰にある鉄砕牙を抜き、それを楯に砲撃を受け流す。しかしその威力によって、公園の地面は吹き飛び闘牙はその爆発に巻き込まれてしまう。

(やった……?)

なのはは確かな手ごたえを感じながら闘牙の姿を探す。そしてその煙が晴れた先に闘牙がいないことに気づく。そのことになのはが焦った瞬間、

「にゃっ!?」

なのはの背後を取った闘牙がその鞘でなのはの頭を小突く。なのはは頭を抱え涙目になりながら

「参りました……。」

そう静かに自分の敗北を認めるのだった……。





「途中までは悪くなかったが……最後に油断したのがだめだ。勝ったと思った時が一番危ないんだ。覚えとけ。」
「はい………。」

闘牙の言葉に頷きながらもどこかしょんぼりした様子をなのはは見せる。

闘牙に修行をつけてもらうようになってから二週間。最初は何もできないままやられていたなのはだったがここ最近はすぐにやられることもなくなり、何度か闘牙にも攻撃を当てられるようになりつつあった。

しかしまだフェイトには及ばない。それはなのは自身が一番分かっていることだった。しかし闘牙がすでにフェイトと闘い、勝利し名前の交換を済ませていることになのはは焦りを感じ始めていた。

もっともこの短時間でここまで成長しているなのはには間違いなく天才といえる才能があるのだが本人はそのことには全く気付いていなかった。

「まあ、及第点か………なのは、次はお前がフェイトと闘っていいぞ。」

闘牙はそんななのはの様子を少し眺めた後、そうなのはに向かって告げる。

「…………え?」

なのははそんな闘牙の言葉の意味が分からないと言った様子でしばらく呆然としたまま固まってしまう。しかしすぐにその言葉の意味に気づき、驚きながら闘牙に詰め寄って行く。

「ほ……ほんと!?ほんとに私が闘ってもいいの!?」

その剣幕に闘牙は思わず気圧され後ずさりする。闘牙もまさかここまでなのはが反応するとは思っていなかった。

「ほ……本当だ……ただし、ユーノと一緒に闘うことが条件だけどな。」

そう言いながら闘牙はユーノに目をやる。その言葉にユーノは力強く頷く。

「やったあ!よろしくね、ユーノ君!」
「ちょ……ちょっとなのは!?」

なのはは喜びのあまりユーノを抱きしめながら振り回す。ユーノは顔を赤くしながらも目を回している。闘牙はそんな二人を見ながら苦笑いをするしかない。

ユーノと一緒に闘うこと。

それはどうしても経験不足のなのはをフォローするためでもあった。

なのはは魔法の集束と放出に秀でており、また大きな魔力を持っている。だがそれ以外の点についてはまだかなりお粗末といわざるを得ない。特に飛行についてはその速度、機動が重く、とてもフェイトには敵わない。そこで闘牙はユーノとも相談したうえで、短所をなくすのではなく、長所を伸ばす戦闘スタイルにすることを決意する。

それは一撃必殺を目的としたスタイル。なのはの砲撃は恐らくフェイトの砲撃を大きく上回るほどの威力を持っている。(これは闘牙自身の実体験)そしてフェイト自身の防御もそれほど高くはなかった。もしなのはの砲撃を当てることができれば恐らく勝つことは可能。加えてなのはは、その防御においても強力な物を持っている。ならばそれを生かさない手はない。堅固な防御で相手の攻撃を耐え、一瞬の隙を突いて全力の一撃で相手を倒す。それは後に、高町なのはが『砲撃魔導師』と呼ばれることになる戦闘スタイルだった。

しかしこのスタイルには課題も多い。

まず最初に、ほぼ確実に『受け』にまわらなければならないこと。もしそこで致命的なダメージを負ってしまっては話にならない。

二つ目は精神力。この戦法を取る以上、勝つには相手の隙を見つけるまで耐え続けなければならず、それは想像以上に精神的な負担になる。

どんな劣勢でもあきらめない『不屈の心』。それがこのスタイルには絶対に必要なものだった。

だがいきなりそれを全てなのはに求めることは無理がある。そこで結界魔導師と呼ばれるほど補助の魔法に秀でたユーノになのはの補助に入ってもらい、その短所を補ってもらうことでその問題を何とかしようと闘牙は考えた。

今の段階で、なのはだけならフェイトに対する勝率は恐らく二割から三割。だがユーノが加わればその勝率は五割に近づく。そう判断し、闘牙はなのはにフェイトと闘うことを許可したのだった……。




「はあっ……はあっ……」
「よし……このぐらいにしとくか、ユーノ。」

そう言いながら闘牙はユーノに近づいていく。ユーノはそんな闘牙の言葉に安堵したのかその場に座り込んでしまう。それはユーノの修行が終わったことを意味していた。


今、二人は夜の海岸に佇んでいる。学校があるなのはを先に家に送り届けた後、この海岸で修行をすることが闘牙とユーノの習慣になりつつあった。これはなのはの修行を見ていたユーノが自分にもできることがないかを考え、闘牙にお願いしたのが始まりだった。

「悪いが結界をそのまま張っといてくれるか?ちょっと体を動かしてくる。」
「うん……分かったよ、闘牙。」

闘牙はそう言いながら一人、ユーノから距離を取り、鉄砕牙を抜き構える。そして

「はあっ!!」

鉄砕牙を振り切った瞬間、放たれた風の傷によって海が割れそのしぶきが辺りに降り注ぐ。闘牙はそのまま体を動かしながら鉄砕牙を振るい続ける。そのたびに海岸の砂が舞い上がり、海が切り裂かれていく。それが闘牙の修行風景。闘牙もまたなのはとユーノを鍛えて行く中、先日のフェイトとの戦闘によって自分の勘、体が鈍っていることを実感し、自らを鍛え直すことにしたのだった。

もう見慣れた風景のはずにもかかわらず、ユーノはそんな闘牙を驚きながら見つめ続ける。その強さ、非常識さには驚きを通り越して憧れすら抱いてしまう。それは闘牙やなのはのように強い力を持たないユーノにとって当然のことだった。しかしそんな闘牙もあの絵に描かれていた竜骨精と呼ばれる竜の妖怪には手も足も出なかったらしい。それはとても自分には想像できない次元の話だった。なのはと闘牙に出会ってからユーノは自分の持っていた知識、価値観がいかに狭い物だったのかを実感していた。そして同時に二人に頼ってしまっている自分自身にいらだちを感じてしまっていた。

ユーノがそんなことを考えていると修行が終わった闘牙がこちらに向かって歩いてきていた。

「お……おかえり、もう修行はいいの!?」
「……ああ、いつも結界張ってもらって悪いな。」

どこか慌てて話しかけてくるユーノを不思議に思いながらそう闘牙は答える。

そしてもう遅くなってきたこともあり、二人はそのまま家に戻ろうとする。そんな中

「……闘牙……僕、なのはの力になれるかな……」

そうぽつりと呟くようにユーノが言葉を漏らす。闘牙はそんなユーノをしばらく黙って見つめ続ける。そして長い沈黙の後


「ユーノ、お前、なのはのことが好きなのか?」

いきなりそんなことを闘牙は問いかけた。

「なっ……ななな、なにを言ってるんだよ、闘牙っ!!」

ユーノはいきなりそんなことを聞かれるとは夢にも思っていなかったため顔を真っ赤にしながら慌てふためく。しかし言葉とは裏腹にその態度が闘牙の問いに対する明確な答えだった。

闘牙はそのまま慌て続けるユーノを何とか話ができる状態まで落ち着かせる。ユーノは恥ずかしさのあまり顔を俯かせてしまっていた。闘牙はそんなユーノの様子に思わずにやついてしまう。それはまるでかつての自分を見ているようだったからだ。

「な……なのはには言わないでよ、闘牙っ!!」
「分かってるって、心配すんな。」

必死の様子のユーノをそうなだめながら闘牙は考える。確かにユーノがなのはに好意を抱いていることは何となく分かっていたがここまでだとは思っていなかった。そして

「でも……なのはか……あいつかなり鈍感そうだからな……大変かもな……。」
「や……やっぱりそうかな……。」

闘牙の言葉にユーノはどこか納得しながら肩を落とす。どうやらそのことには気づいてはいたようだ。闘牙も自分とかごめが鈍感なことは分かっていたがなのははそれを上回っているのでは、と考えていると

「と……闘牙はなのはのこと、どう思ってるの?」
「………………は?」

ユーノはそう真剣な表情で闘牙に尋ねてくる。闘牙はそんなユーノの言葉にそんな間の抜けた声をあげてしまう。どうやらユーノはなにやらとんでもない勘違いをしているらしい。

闘牙はそんなユーノと話し続ける。どうやら闘牙がなのはのことを大切に思っている様子となのはも闘牙に懐いている様子からそんなことを考えてしまったらしい。

「そんなわけねえだろ……俺となのはは八つも離れてるんだぞ?」
「で……でも八つ以上離れていても結婚してる人もいるし……」

どうやら自分の早とちりであったことにユーノが気付き、恥ずかしながらもそう言い訳をする。確かにそれぐらいの年の差の夫婦やカップルはいるが、九歳と十七歳ではありえないだろう。闘牙はそんなことを考えていたのだが

(そういえば……師匠とりんっていう例もあるか……)

ふとそんなことに気づく。年齢でいれば自分となのはよりもさらに離れている。だがあの二人は恋や愛を超越した関係であり、あまり参考にはならないかもしれない。闘牙はそのままユーノの頭を撫でながら

「ま……あんまり焦りすぎるなよ。相談ぐらいならいつでも乗ってやるから。」

そう笑いながら告げる。どうもユーノには他人事には思えないところがある。闘牙は知らず知らずのうちにユーノにかつての自分を重ねていた。

「うん……ありがとう、僕、闘牙に会えて本当によかったよ!」

ユーノはそう言いながら闘牙の肩に乗ってくる。それはユーノの心からの感謝だった。闘牙はそんなユーノの言葉によって動きを止めてしまう。

「どうしたの、闘牙?」

「………いや、何でもねえ。遅くなっちまったしさっさと帰るか、しっかり捕まってろよ!」

そう言いながら闘牙はそのまま家に向かって走り出す。ユーノは慌てながらもその肩につかまりそれに続く。


なのはとユーノ。

二人に会えて本当に感謝しているのは自分の方だ。

もし、二人に出会えなければ今の自分はなかっただろう。

闘牙はその巡り合わせに感謝しながら家路に急ぐのだった……。





そして、ついにその日がやってくる。

闘牙はなのはとユーノを背中に乗せながらジュエルシードの発動が感じられる場所に向かって走って行く。どうやら今回のジュエルシードは街中にあったようだ。すでにユーノよって結界が張られているため人目を気にすることなく闘牙は全速力でその場所に向かう。

そんな中、なのははどこか緊張した面持ちでジュエルシードの発動場所を見つめている。その姿はまるで待ち焦がれた恋人に会いに行こうとしているかのようだった。

「なのは、緊張しすぎるんじゃねえぞ。いつもどおりにやればいい。分かってるな?」
「う……うん、分かってる!」

どこか声を震わせながらそうなのはは答える。どうやらこれから先のことはユーノに任せるしかない。そう闘牙が考えていると、二つの人影が自分たちの前に現れる。それはバルディッシュを手にしたフェイトと人間の姿をしたアルフだった。そこから少し離れたところに封印されたジュエルシードがある。封印したばかりのようだ。

「またあんたたちか……!」

そういいながらアルフはその犬歯をむき出しにしながら闘牙たちを威嚇するどうやら前回、フェイトがやられジュエルシードを奪われてしまったことを根に持っているようだ。

対するフェイトは静かにいつも通りの雰囲気を纏っている。しかしその目は真っ直ぐに闘牙を捉えている。フェイト自身も気づいていないが初めて完璧な敗北をしてしまったことに何か感じるところがあったらしい。フェイトはそのままバルディッシュに魔力刃を作りながら闘牙に向かって近づいてくる。そして

「今度は……負けません。」

その静かな瞳の中に力を宿らせながらそう闘牙に宣言する。どうやら闘牙が思っていた以上に負けず嫌いな性格らしい。そしてフェイトがそのまま闘牙に向かって行こうと力を込めようとした瞬間、

二人の間に白いバリアジャケットを着たなのはが割って入る。その目にはフェイトにも劣らない、いやそれ以上の意志が秘められていた。

「あなたは………」

いきなり現れたなのはにフェイトは戸惑いながらもそう話しかける。フェイトにとってなのはは魔力が大きいだけの素人。そんな子がなぜ自分たちの間に割って入ってくるのか。

そんなことを考えているとなのはは大きく深呼吸した後、真っ直ぐにその視線をフェイトに向ける。フェイトもそんななのはに思わず驚きその視線を向ける。そして

「私……なのは、高町なのは!私立聖祥大学付属小学校の小学三年生!」

そう大きな声で自己紹介をする。フェイトはそんななのはに戸惑いを隠せない。闘牙はそんななのはを見守るように笑みを浮かべている。

「私が……フェ…フェイトちゃんに勝てたら、お話を聞いてほしいの!!」

緊張しながらもなのははそう自分の気持ちを真っ直ぐにフェイトに伝える。フェイトはそのまま闘牙に目を向ける。闘牙はそんなフェイトに気づきながらも動こうとしない。どうやら本当にあの白い子が自分の相手をするつもりらしい。そのことを悟ったフェイトはなのはに向かってバルディッシュを構えながら

「いいよ……でも私が勝ったらあなたが持ってるジュエルシードを一つ、渡してもらう。」

そう静かに告げる。なのははそんなフェイトの言葉に頷きながら、レイジングハートを構える。その肩には既にユーノの姿がある。そして一瞬の間の後、二人は同時に上空へと飛び上がる。



今、高町なのは、ユーノ・スクライアとフェイト・テスタロッサの再戦が始まった。



「どうした、その剣は抜かないのかい!?」

そう言いながらアルフはその拳を闘牙に向けてはなってくる。闘牙はそれを手で受け止めながらアルフに向かって拳を返す。二人の間にはいくつもの拳と蹴りが交差していく。まさに肉弾戦と呼ぶにふさわしい攻防だった。


「いや、お前には抜く必要もないしな。」

「何だって!?」

闘牙の挑発に激高しアルフはさらに勢いを増しながら襲いかかってくる。どうやらなのはが相手ならフェイトは心配ないと判断したらしい。なら自分の役目はアルフをこのままひきつけること。


(後はお前達次第だぜ……なのは、ユーノ……)

闘牙はそのままなのはたちが闘っているであろう場所を見ながら目の前の闘いに集中するのだった……。





「いくよ、ユーノ君!!」
「うん!!」

その言葉と共になのはの周りには三つのディバインシューターが作られる。それはなのはを守るようにその周りを回転し始め、なのはがレイジングハートをフェイトに向けた瞬間、それらは一斉にフェイトに向かって襲いかかって行く。

しかしフェイトはそれを見ながらも全く表情を変えないまま難なくそれらをかわしていく。フェイトはそのまま近接戦を仕掛けようとなのはに向かおうとした瞬間、避けた筈の魔力弾が再びフェイトに向かってくる。

(これは……誘導弾?)

フェイトはそのことに気づき、今度は避けずにそれらをバルディッシュで斬り払っていく。確かに以前に比べれば魔法の腕は上がったようだがこの程度なら何の問題もない。この子を倒してジュエルシードを手に入れて闘牙に再び挑む。そんなことを考えていると、

『Divine Buster』

なのはからフェイトに向かって桜色の砲撃魔法が間髪いれずに放たれる。フェイトは考え事をしていたため一瞬反応が遅れるがその速度によってそれを何とかかわす。しかしその威力を目の前にして背中に冷や汗を感じる。

(さっきのはこれを当てるための囮……?それに、さっきの砲撃は前よりも威力が上がってる……)

フェイトはそのことに驚きながらなのはに目を向ける。どうやらあの子は放出の魔法が得意らしい。今のを受ければ防御が薄い自分はひとたまりもないだろう。あの子が自分に挑んできたのもそれが理由かもしれない。

しかしそのことに気づきながらもフェイトは冷静にバルディッシュを構える。フェイトは自分の速さ、速度に絶対の自信を持っている。以前負けた闘牙にも速度では決して負けていないという自負がある。どんなに強い攻撃でも当たらなければいい。それがフェイトの戦闘スタイルだった。

「いくよ、バルディッシュ。」
『yes sir』

そう呟いた瞬間に、フェイトは目にも止まらないスピードでなのはに迫ってくる。なのはもそれ迎え撃とうとディバインシューターを放つがフェイトを捉えきれない。そしてフェイトは一瞬でなのはを背後を取る。

(ごめんね……)

いつかと同じ言葉を頭に浮かべながらフェイトがその刃をなのはに振り下ろそうとした瞬間、

「なのはっ!」
「うんっ!」

なのはの背後にまるで待っていたかのように桜色の魔法陣の楯が現れる。バルディッシュの魔力刃がそれに斬りかかるもその楯を破ることができない。

(堅い……!)

フェイトがなのはのシールドの強度に驚きながらもひとまず距離を置こうとした瞬間、フェイトの両足に緑色のバインドが掛けられる。それはユーノによる拘束魔法だった。フェイトがそのことに気づき、それを壊してその場を離脱しようとした時、

「ディバインバスタ―――!!」

その隙を狙うかのように先ほどと同じ砲撃がフェイトに向かって放たれる。

「っ!!」

フェイトは自分とっての最速のスピードでそれを紙一重のところでかわす。しかし今の砲撃でマントの一部が破けてしまっている。後少し離脱が遅ければやられていたかもしれない。そのことにフェイトが冷や汗を流していると再びなのはからフェイトに向けてディバインシューターが放たれる。しかもそれに加えて緑色に光る鎖も自分を狙っているかのように放たれてくる。それはユーノによるチェーンバインドだった。フェイトはそれらをかわし、捌きながら考える。

中遠距離からの砲撃であのバリアを破るつもりだったがこの弾幕と鎖のせいでその隙を作ることは難しい。やはり接近戦で決めるしかない。そう判断したフェイトは再び、その速度を増しながらなのはに肉薄する。そしてフェイトは一気にその間合いに侵入しその刃をなのはに向かって振り下ろす。しかしなのははそれを予期していたかのように再び魔法陣の楯でそれを受け止める。だが

「え?」

フェイトはすぐさまその場を移動し、楯の範囲から離れた場所からバルディッシュを振り切ってくる。フェイトの攻撃を防げたことに安堵していたなのははその連続攻撃に対応できない。なのはは自分の敗北を悟る。そしてその刃がなのはを切り裂こうとした瞬間、緑色のシールドがなのはを守るように包み込みその刃を退ける。

「なのは、今だ!!」
「うん!!」

ユーノの声に導かれるようになのはの砲撃がフェイトに向かって放たれる。

「くっ!」
『Defensor』

避けきれないと判断したフェイトは咄嗟に防御魔法を使い、ディバインバスターを受け流すもその威力を殺しきれず吹き飛ばされてしまう。何とか体勢を立て直しながらフェイトは再びなのはに向かい合う。なのははそんなフェイトを決意に満ちた目で見つめ続けている。

(ちょっと前にはただ魔力が大きいだけの子だったのに………)

フェイトは驚愕しながらなのはに目を向ける。いくら使い魔の力を借りているとはいえ最初に戦ってからまだ一カ月もたっていないのにこの成長。とても信じられない。

そしてその戦法。誘導弾とチェーンバインドによって牽制し、近接戦では強力なシールド、加えて使い魔によるバインドで動きを止め、その隙を砲撃魔法で狙ってくる。

一見単純なように見るがそれを行うには高い集中力と精神力そしてなによりも息のあった連携が不可欠だ。それをあの子と使い魔は完璧に行っている。


闘牙は訓練においてもその速度は落ちるがフェイトに近い動きでなのはの相手をしていた。そのためなのははフェイトの動きに何とか対応できている。

そしてその隙を庇うことができるようにユーノにも訓練を課してきた。



なのはが『矛』でユーノが『盾』

それは闘牙の二人への願いと希望が形となったものだった。


フェイトはこれまでの油断していた自分に気づき、本気で相手をすることを決意する。

そしてフェイトはその速度をさらに一段上げなのはに向かってくる。なのははその速さにフェイトを見失ってしまう。

「えっ!?」
「なのはっ!!」

そんななのはを庇うようにユーノがシールドを張るが本気のフェイトの斬撃を防ぎきることができずなのははそのまま吹き飛ばされてしまう。しかしフェイトはそんななのはに隙を与えまいとさらに追撃を仕掛け続ける。二人はその猛攻に防戦一方になってしまう。

『なのは……何とかあの子を僕の言うところに誘い込めない!?』
『ユーノ君っ!?』

フェイトの攻撃を何とか耐えながらなのははユーノに何かの策があることに気づく。しかしそれが失敗すれば自分たちは間違いなく敗北してしまう。そんな不安がなのはをよぎる。だが

『なのは、僕を信じて!!』

そんなユーノの言葉がなのはの勇気を蘇らせる。

『うん、分かった!!』

そうなのはが答えた瞬間、なのはを守っていたシールドが爆発を起こし、フェイトはその爆風によって吹き飛ばされる。それはバリアバーストと呼ばれるバリアを爆発させることで相手にダメージ与え、同時に距離を取るための魔法。だがタイミングを誤ると無防備となってしまう諸刃の剣でもあった。

そしてなのははすぐさまディバインバスターをフェイトに向かって放つ。バリアバーストによって体勢を崩していたフェイトだがすぐさま立て直しそれを難なくかわす。だがそれがなのはとユーノの狙いだった。

「えっ!?」

フェイトがユーノの指示した空間に入った瞬間、その両足にバインドが掛けられる。それはただのバインドではない。先程とは比べ物にならない強度を持った設置型のバインド。

ユーノは戦闘が始まったその時から切り札としてそれを設置していたのだった。

「ディバイン……バスタ――――っ!!」

ユーノが作ってくれたチャンスをなのはは掴み取る。しかしフェイトもバインドがすぐに解けないことに気づき、砲撃魔法で迎撃する。

「撃ち抜け、轟雷っ!!」
『Thunder Smasher』

フェイトがかざした手から金色の魔力波が放たれる。それはそのままなのはが放った砲撃に向かって突き進み両者は激突し大きな魔力爆発を起こす。そしてその爆発は封印されたジュエルシードを飲み込んでいく。そして



その瞬間、世界が止まった。




ジュエルシードからこの世の物とは思えない程、強力な魔力の波動が放たれる。その余波がなのはたちを襲う。

「きゃああああっ!!」
「くっ……!!」

なのはとフェイトはそれを何とかシールドで防ぐもその凄まじい衝撃によってレイジングハートとバルディッシュにはひびが入り、使用不能の状態にまで陥ってしまう。

「なのはっ!!」
「フェイトっ!!」

ユーノは何とかなのはに怪我をさせないようにシールドを張りながら地面に降り立つ。フェイトも何とか体勢を立て直しながら地面に着地する。そして先程まで闘牙と闘っていたアルフもフェイトの元に駆け寄って行く。


そして発動したジュエルシードに呼応するかのように空には暗雲が立ち込め雷が起き始める。同時に地を這うような地震が起こり始める。

それはまるでこの世の終わりの様な光景だった。



「これは………」

闘牙はそんな光景に目を見開いたまま動くことができない。

息ができない。

動悸が収まらない。

自分はこの光景を知っている。

それは


四魂の玉の災厄の光景だった。


なのはとユーノもそんな光景にただ呆然とするしかできない。このままでは世界が滅びてしまう。それほどの危機が目の前に迫っていた。

しかし、そんな中、一人、フェイトが発動したジュエルシードに向かって飛び込んでいく。

「フェイト!!」
「フェイトちゃん!!」

そんなフェイトにアルフとなのはが声をあげるもフェイトはそのままジュエルシードに近づいていく。

その魔力の余波によってシールドは破られ、バリアジャケットは次々に切り裂かれていく。だがそれでもフェイトは一歩一歩、ジュエルシードに近づいていく。そしてそれを掌に包みこみ、自らの魔力のみで封印しようとする。

「そんな、無茶だ!!」

そんなフェイトの様子にユーノが悲鳴を上げる。デバイスを使わない封印。しかもこれほどの力を発しているジュエルシードを素手で封印することなどできるはずがない。

その威力にフェイトの両手から鮮血が飛び散る。だがそれでもフェイトは封印をやめようとしない。

「止まれっ……止まれっ!……止まれっ!!」

フェイトはそう叫びながら両手に魔力を込め続ける。しかしジュエルシードの魔力波は収まるどころかさらに力を増していく。フェイトとなのはの砲撃の魔力を浴びたジュエルシードはもはや封印できない状態にあった。

もうどうしようもない。そんな絶望がフェイト達を包みかけた時、



フェイトの腕に闘牙の手が添えられる。

「トーガ………?」

突然の出来事にフェイトがそう驚きの声をあげた瞬間、フェイトは闘牙によって腕を引っ張られそのままアルフがいる後方に向かって投げ飛ばされてしまう。

「きゃっ!」
「フェイトっ!」

投げ出されたフェイトを何とかアルフが抱きとめる。闘牙はそれを確認した後、ジュエルシードを見つめながら腰にある鉄砕牙を抜き構える。その目には決死の覚悟が宿っていた。

「だ……駄目だ、闘牙!!今のジュエルシードに衝撃を与えたらきっと取り返しのつかないことになる!!」

ユーノが闘牙が何をしようとしているのかに瞬時に気づき叫びをあげる。確かに鉄砕牙の風の傷ならジュエルシードを壊すことができるかもしれない。だが今のジュエルシードは魔力が限界以上に暴走している、いわば爆弾のようなもの。もし壊すことができても辺りは消し飛んでしまう。もはやどうしようもない絶望的な状況だった。だが



「………………ジュエルシードを……壊さなけりゃいいんだな……?」

闘牙はそう自分に言い聞かせるように呟く。


「え………?」

ユーノはそんな闘牙の言葉に何か得体の知れない不安の様なものを感じる。それは闘牙の放つ雰囲気これまで感じたことがないほど異常なものだったからだ。

そして闘牙が鉄砕牙に力を込めた瞬間、その刀身が黒く染まって行く。同時に辺りになのはたちが感じたことのないような不気味な気配が漂ってくる。なのはとユーノ、フェイトはその感覚に嫌悪感を感じ、体が震え始める。そしてその正体に動物の本能で気付いたアルフはその場に座り込んでしまう。

それは鉄砕牙の最後の形態、冥道残月破。

それはこの世の物ではない力。

それはまさしく『死』そのものだった。




「ハアッ……ハアッ……ハアッ……!!」



鉄砕牙を振り上げながら闘牙はジュエルシードを見据える。

その手は震えている。まるで自分の体が自分の物ではないかのようだ。


足も震え膝は今にも崩れ落ちそうだ。


闘牙の意識は今、三年前のあの日に戻っていた。


目の前にあるのはジュエルシード。


四魂の玉ではない。


そう自分に何度も言い聞かせる。


なのに――――


なのにどうして――――


かごめの姿が――――


声が――――


蘇ってくるんだ――――?


俺は――――


俺は―――――!!



「うああああああああああっ!!!」

闘牙は絶叫をあげながら鉄砕牙を振り下ろす。その瞬間、ジュエルシードは冥道残月破によって冥界に葬られていく。



そして後には何事もなかったかのように静まり返った世界が広がっているだけだった。





なのはたちは自分たちに目の前で何が起こったのか分からずその場に立ち尽くすしかない。




そして


突然、闘牙が手に持っていた鉄砕牙を地面に落とす。


その音になのはたちが気付いた瞬間、



闘牙は口を押さえ吐きながらその場に倒れ込む。


「闘牙君っ!?」
「闘牙っ!?」

二人はそんな闘牙を見て悲鳴を上げながら闘牙に駆け寄って行く。しかし闘牙はそんな二人にも全く気がつかないのかそのまま胃のものを吐き出し苦しみ続ける。アルフはそんな闘牙を見ながらも近づくことができない。そして



「トーガ……?」

フェイトもそんな闘牙を呆然と眺め続けることしかできない。




闘牙はそのまま意識を失った―――――




[28454] 第8話 「傷心」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/08 21:40
(…………ここは……?)

闘牙はゆっくりとその瞼を開きながら意識を取り戻す。

目の前には何も見えない。いや違う。そこにはなにもない。どこまでも続く闇が広がっているだけだった。

何故自分はこんなところにいるのか。

そう闘牙が己の状況を確認しようとした時、目の前に一つの光が現れる。

その輝きによって闘牙は自身の姿を確認する。

その姿は犬夜叉。火鼠の衣をまとい、首には首飾りを、そして、その手には黒い鉄砕牙が握られていた。

「っ!!」

そのことに驚くと同時に闘牙は自分の目の前にある光の正体に気づく。


それは自分の運命を狂わせた存在。

闘牙にとって忌むべき存在。

そして自分からかごめを奪った存在。


完成された四魂の玉。


それが今、再び闘牙の前に姿を現していた。


闘牙はそのことに驚愕し、混乱する。なぜ四魂の玉が自分の前にある。四魂の玉はもうこの世には存在しない。存在するわけがない。存在してはいけない。

四魂の玉は自分がこの手で――――

かごめと共に――――

そう闘牙が考えた瞬間、闘牙の目にあり得ない光景が映る。それは四魂の玉に取り込まれ
たかごめの姿だった。

「かごめっ!!」

闘牙はそのまま四魂の玉に向かって手を伸ばす。しかしその手は決して四魂の玉には届かない。それはまるで三年前の再現だった。かごめの姿は闘牙が覚えているまま。あの時から何も変わっていない。だがその体は傷だらけだった。

そのことに闘牙が気付いた瞬間、かごめに向かって無数の妖怪が襲いかかってくる。かごめはそれに向かって神通力を、弓を使い闘い続ける。だが妖怪の数は全く減る気配がない。そして傷ついたはずのかごめもそのまま戦い続ける。それはまさに永遠に続く戦いだった。そんなかごめの姿に闘牙は言葉を失くす。その姿はかつての翠子そのものだった。そして

「どうした、犬夜叉。何を驚いている。これはお前が招いた結果だ。」

そう心底面白そうに笑いながら男が闘牙に話しかけてくる。闘牙は咄嗟にその声の方向に振り返る。そこには狒々の皮を被った男の姿がある。

何故。

何故お前がここにいる。


「奈落っ!?」

闘牙は鉄砕牙を向けながらそう奈落に向かって叫ぶ。しかし奈落はそんな闘牙を見ながらもただ笑い続けている。

「何をそんなに驚いている。わしは四魂の玉が生み出した存在。四魂の玉なくならない限りわしは決して死なん。そしてかごめもだ。」

「え…………?」

闘牙はそんな奈落の言葉に言葉を失う。奈落がこの場にいる。そのことが霞んでしまう程の衝撃が闘牙を襲う。

違う。

そんなはずはない。

俺は――――

俺は間違いなくかごめをこの手で――――

「馬鹿な奴だ……かごめは既にその魂を四魂の玉に取り込まれていた。お前が四魂の玉を冥界に送ったところで意味はない。かごめは四魂の玉の中で永遠にこのわし……『奈落』と闘い続けている」

その瞬間、闘牙はその場に崩れ落ちる。その目には涙が溢れている。だがその目にはまるで生気がない。まるで死人のようだった。

「無様だな……お前が『代わり』と遊んでいる間もかごめは四魂の玉の中で闘い続けていたというわけだ……犬夜叉、貴様まさか自分が許されると思っていたのか……?『代わり』を救うことができれば、守ることができれば自分の罪が許されると……?」


………違う!

………違うっ!!

なのはも、ユーノも………『代わり』なんかじゃないっ!!


闘牙はそう心の中で叫び続ける。


しかし闘牙の体は全く動かない。まるで自分の体が死んでしまっているようだった。


「お前はかごめも、桔梗も救うことができなかった。お前には誰も救うことはできん。」


そう言い残し奈落は闇に消えて行く。同時に四魂の玉もその姿を消していく。


闘牙は


その言葉に何も言い返すことができなかった……。






「ん…………。」

闘牙はゆっくりとその瞼を開きながら意識を取り戻す。

そして同時に辺りを見回す。そこは知らない部屋、いや違う。高町家で借りている俺の部屋だった。

どうしてこんなところに。俺は確か……

闘牙がそのまま自分の状況を思い出しかけたその時、

「闘牙君……?」

そんなどこかで聞いたことのある声がすぐそばで聞こえてくる。そこには目に涙を浮かべたなのはとユーノの姿があった。

「闘牙君っ!!」
「闘牙っ!!」

二人はそのままベッドに横になっている闘牙に向かって抱きついてくる。闘牙はそんな二人に困惑するしかない。しかしなのははそのまま闘牙に縋りつきながら泣き続ける。

「闘牙君っ……闘牙君っ……よかったよう……。」

「闘牙……体は大丈夫なの?」

そんな二人の様子を見ながら闘牙は自分の状況を思い出す。闘牙は二人の頭に手を乗せながら

「………ああ、大丈夫だ。ごめんな、心配掛けた。」

そう笑いながら告げるのだった……。



何とかなのはを落ち着かせた後、闘牙はユーノから事の顛末を聞かされる。
ジュエルシードの暴走の影響はなく辺りに被害はなかったこと。
フェイトとアルフもあの後すぐに撤退していったこと。
そのあと、ユーノが転移魔法を使い闘牙を家まで運んだこと。

闘牙は特に大きな問題がなかったことに安堵する。しかしなのはは顔を俯かせたまま黙り込んでしまう。その目には涙がにじんでいた。

「なのは?」

「………ごめんなさい……私が……ジュエルシードを暴走させちゃったせいで……闘牙君が……」

なのはは自分の魔法によってジュエルシードがん暴走し、そのせいで闘牙が倒れてしまったことをずっと気に病んでいたのだった。しかし

「気にすんな、前にも言っただろう?失敗しても俺が何とかしてやるって。だからもう泣くな。」

「………うん。」

なのははそんな闘牙の言葉で救われたのか目を拭いながら何とかいつもの雰囲気に戻る。

ユーノもそんな二人に安堵する。

そして闘牙は黒い鉄砕牙、冥道残月破についてなのはたちに説明する。もちろん本当のことではない。

冥道のことはなのはたちに教えることはためらわれたため、誰もいない違う場所に斬ったものを送る力ということ、同時に自分が倒れてしまったのもその力を使った反動、副作用ということにした。

本当のことを言ってもなのはたちを心配させるだけ。何よりも闘牙自身がそのことを話したくないというのが一番の理由だった。二人はその話を黙って聞き続けた後、もう冥道残月破を使わないということを闘牙に約束させた。そしてもう夜も遅いということで二人は闘牙の部屋を後にするのだった……。





「ユーノ君……さっきの闘牙君の話って……」

「うん……僕もそう思う……」

なのはの部屋に戻った二人はどこか悲しそうな表情を見せながらそう言葉をかわす。

二人には先程の闘牙の話が嘘であることを悟っていた。もちろん闘牙の雰囲気から恐らくそうだろうということはある程度分かるだろう。闘牙もそのことは百も承知だった。だが二人にはそれ以上の確信があった。

『かごめ』

それは闘牙がうなされながら何度も口にしていた言葉。それはおそらく女性の名前だろう。
闘牙は苦しみながら何度も何度もその名前を口にし、そして謝り続けていた。その目には涙が流れていた。

なのはが泣いていた本当の理由はその姿を目の当たりにしたからだった。

きっとそれが闘牙が倒れた本当の理由。そして戦国時代の旅を自分たちに話してくれない理由なのだと二人は悟ったのだった。

なのははそのまま自分の手にあるレイジングハートを握りしめる。ユーノもそんなのはを見つめ続ける。


「……ユーノ君、強くなろう。いつか……闘牙君を助けてあげられるくらい!」

「うん、なのは!」

二人はそう互いに強く誓い合う。それは自分たちを守り、導いてくれる闘牙への二人の想いの形だった……。





なのはたちが部屋に戻って行ったあと、闘牙は一人部屋に佇んでいる。

その姿は犬夜叉に変身し、そしてその手には鉄砕牙が握られている。

だが闘牙は鉄砕牙を見つめたまま動こうとはしない。

その顔から闘牙の感情を読み取ることはできない。

そしてその姿はいつもと大きく異なっている。

それは

鉄砕牙が錆びた刀のままであること。




闘牙は鉄砕牙を使えなくなってしまっていた………。







ある庭園を一人の少女が歩いている。だがその姿は無残だった。服は所々破れ、体には無数の痣がある。それでも少女はその体を引きずる様にして歩き続ける。その表情は憔悴しきっていた。

「フェイトっ!!」

そんなフェイトに向かってアルフはすぐさま近寄り、その体を支える。

「ありがとう……アルフ、大丈夫だから……」
「大丈夫なもんか……!なんで……なんでこんなひどいことを……!!」

アルフはフェイトの体にある無数の痣を見た後、その顔を憤で歪める。その目には殺気と呼んでもおかしくない程の怒りが宿っていた。

「仕方ないよ……ジュエルシードを一つしか持ってこれなかったから……」

「それはあいつらに邪魔されたからだよ!あいつらさえいなければ……!それでも……ちゃんと言われた物を探してきたのに!!」

アルフは目に涙を浮かべながらそう叫ぶ。確かに自分たちは一つしかジュエルシードを取ってこれなかった。でもそれはその白い魔導師と使い魔に邪魔されたから。悔しいがその強さは認めざるを得ない。しかしそれでも実の娘に対してこんな虐待をするフェイトの母、プレシアへの怒りをアルフは抑えることができない。

「大丈夫だよ……今度はもっと多くのジュエルシードを取ってくればきっと母さんは喜んでくれるから……。」

「フェイト………。」

そんなアルフの感情を読み取ったフェイトはそう言いながらアルフの頭を撫でる。アルフはそんなフェイトに何も言うことができない。だがどう考えてもおかしい。プレシアのフェイトへの態度は異常だ。きっとジュエルシードを複数持ち帰ってもそれは変わらない。そうなればきっとフェイトはもっと傷つくことになる。その時には自分が。そんなことをアルフが考えていると

「アルフ………やっぱり、トーガはあの時……私を助けてくれたのかな……?」

フェイトは自分の右腕を見ながらそう呟く。それはフェイトをアルフに向けて投げる時に闘牙が掴んだ場所だった。

フェイトの脳裏にあの時の光景が蘇る。闘牙は黒くなった剣を振るった後、倒れ込んでしまった。驚き呆然とした後、近づこうとしたのだがアルフに連れられてそのままあの場を離脱してしまい、フェイトは闘牙がどうなったのか分からないままだった。

だがあの時の手のぬくもりがなぜか忘れられない。フェイトはこれまで感じたことない感覚に戸惑っていた。その感情はフェイトと契約をしているアルフにも流れ込んできていた。しかし

「ち……違うよ!きっと……あいつはあたしたちにジェルシードを渡したくなかっただけだよ!」

アルフはそうフェイトの言葉を否定する。もちろんそんなことはアルフにも分かっている。誰よりもフェイトのことを大切に思っているからこそあの時、闘牙がフェイトを助けようとしてくれたことは理解していた。だがもしそのことをフェイトが知ったら、フェイトはもしかしたらもう闘牙とは戦えなくなってしまうかもしれない。そうなればフェイトはプレシアにもっとひどい目にあわされてしまうかもしれない。アルフはそれを最も恐れていた。

「そう……なのかな………。」

フェイトは傷ついた自らの体を庇うように立ちながらそう呟く。その瞳には迷いが現れ始めている。そのことに気づいたアルフは

「とにかく、早く帰って休もう?元気になってもう一度あいつらに挑んで倒せばいいさ。そうすればジュエルシードも手に入る。そうだろ?」

そうフェイトに提案しながらその体を支え、歩き出す。

「…………うん、そうだね。」



フェイトはそんなアルフを見て優しく微笑みながら庭園を後にするのだった………。






いつもなら賑やかな公園に今日は人影が見られない。そんな中、一人ベンチに座り込んでいる少年の姿がある。

それは人間の姿をしている闘牙。今日は翠屋の仕事も休み。なのはも学校のため、闘牙は一人何をするでもなくただ時間を過ごしていく。その手には鞘に納められた鉄砕牙が握られていた。

あれから何度試しても、やはり鉄砕牙は変化をしなかった。なのはたちに心配を掛けるわけにはいかないためまだこのとことは話していない。

闘牙は鉄砕牙を握るその手に力を込める。

これまでにも一度、鉄砕牙が変化をしなくなってしまったことがあった。それは桔梗との戦いのとき。しかしあれは桔梗と闘うことをまだ自分の物になっていなかった犬夜叉の体が拒否したからだった。だが今回は違う。既に闘牙にはその理由は分かっていた。

これは闘牙自身の心の問題。

鉄砕牙は今の闘牙の心を認めてくれていない。

ただそれだけだった。



(俺は……何も変わってなかった……)

闘牙は顔を俯かせながらうなだれる。

自分は犬夜叉の力を取り戻したことで変われたと思っていた。

自分にはまだ誰かを守ることができるのだと……そう思っていた。

いや……そう思い込もうとしていた……。

でも……違った……。

俺は何も変わっていない。

かごめを守れなかったあの時から……

その事実から逃げ続けたその日々から……


なのはとユーノ

二人を守ることで……自分の罪から……目をそむけようとしていた……



知らず闘牙の目から涙が流れ落ちる。


こんな姿を


こんな姿をなのはやユーノに見せるわけにはいかない。


自分はあの二人の前では強く在らなければいけない。


そう思い、闘牙が顔をあげた先には





黒いワンピースを着た金髪の少女の姿があった。





フェイトがここにいるのは偶然ではなかった。

フェイトは時の庭園へ帰る際にプレシアへのお土産としてケーキを買っていった。

それは翠屋で買ったものだった。そしてその時、フェイトは厨房に一瞬だが闘牙の姿を見た。だが一瞬であったことと人間の姿であったことから確信には至っていなかった。しかしアルフとの会話以来、どうしても闘牙のことが気になったフェイトは今日、再び翠屋を訪れようとしていた。

しかしお店に入る前にその近くを通りかかっている闘牙をフェイトは偶然見つける。フェイトはそのまま話しかけようとしたのだがそこで初めて闘牙の様子がおかしいことに気づいた。それはこれまで三度しか会ったことはないがそれでも気づいてしまうほどだった。もしかしたらあの時、倒れてしまったせいかもしれない。しかし、なかなか話しかけるタイミングが掴めずフェイトはそのまま公園まで闘牙についていくことになってしまう。

そしてフェイトは闘牙が俯きながら涙を流しているのを見てしまう。その姿にフェイトは思わず姿を隠すことを忘れてしまったのだった……。






(見られた………?)

闘牙はそのままフェイトと互いに見つめ合う。

どうしてこんなところに。

どうしてこんな時に。

誰にも。

なのはにも。

ユーノにも。

士郎にも桃子にも。

恭也にも美由希にも。

見られたことがなかったのに。

見られてはいけなかったのに。

闘牙の中に言葉には表せないような黒い感情が生まれてくる。

それは


これまで抑え続けてきた闘牙の心の闇だった。




「あの………」

フェイトはこちらの様子を窺うように話しかけようとしてくる。そんな言葉を


「何の用だ。」

闘牙はそう冷たい声で遮る。その冷たさに闘牙自身も驚いてしまう。それを感じ取ったフェイトはその比ではないだろう。にもかかわらずフェイトは勇気を振りしぼり言葉を発しようとするがそれを声に出すことができない。闘牙はそんなフェイトを一瞥した後


「用がないんなら俺は行くぜ。」

ベンチから立ち上がりそう言い残し闘牙はフェイトを残したままその場を離れて行く。

フェイトはそんな闘牙を見つめながらも動くことができなかった……。





闘牙は逃げるようにフェイトがいた場所から離れて行く。しかし次第にその足取りは遅くなり、ついに闘牙は立ち止まってしまう。そしてしばらくの間の後


闘牙は自らの顔面に拳を叩きつける。


それは自分自身への怒りだった。


あんな少女に。

あんな少女に自分は……八つ当たりをしてしまった。

あまつさえ……あんな……あんな言葉をぶつけて……


俺は……


俺は………!!





闘牙は静かにその場所に戻って行く。そこにはまだ少女の姿があった。その顔は悲しみに満ちていた。その姿は本当に小さく、幼いものだった。

自分が……あの少女をあんな風にさせてしまった。そのことに凄まじい自己嫌悪を感じながら


「フェイト。」

そう闘牙は少女の名を呼ぶ。

「え?」

フェイトはそんな言葉に驚きながら顔をあげる。そして目の前に闘牙がいることにさらに驚きの表情を見せる。闘牙はそのまま片手に持ったジュースをフェイトに差し出す。それは闘牙が先程自販機で買ってきた物だった。そして


「さっきは悪かった……。何か話があったんだろう……?聞かせてくれ……。」

そう罰が悪そうな表情をしながら闘牙はフェイトにそう告げる。フェイトはそれを驚きながら見つめた後


「………ありがとう。」

微笑みながらジュースを受け取る。

それは闘牙が初めて見たフェイトの笑顔だった。





そのまま闘牙とフェイトは近くのベンチに並んで座る。闘牙はとりあえずフェイトがジュースを飲み終わるのを待つことにする。しかしフェイトはそのことに気づいたのか慌ててジュースを飲み干そうとしてむせてしまう。

「おい、落ち着けって。ゆっくり飲めばいい。もうどこかに行ったりしねえって。」
「は…はい……。」

フェイトは呼吸を整えながら闘牙の言葉に従いゆっくりとジュースを飲んでいく。そんなフェイトの姿を見ながら闘牙は先程までの自分の黒い感情がなくなっていることに気づく。


「トーガ……その……体は大丈夫なの……?」

フェイトはどこか緊張した様子でそう闘牙に尋ねてくる。闘牙に敬語は使わなくていいと言われたためフェイトは自然に話そうと心掛けていた。

「ああ……。体は何ともないが……」

闘牙はそうどこか気の抜けた返事をする。どうやら前倒れてしまったことを心配してくれていたらしいことに闘牙は気づく。だが先程の様子から何か大事な話があるかと思い身構えていた闘牙はどこか拍子抜けしてしまった。

「で……それだけのために俺に会いに来たのか?」
「え……?」

闘牙の言葉にフェイトはきょとんとした表情を見せる。どうやらそれから先のことは何も考えていないかのような反応だった。しかし


「えっと……その……や……約束!この前の約束を守りに来たの!」

フェイトはそう思いだしたかのように闘牙に告げる。闘牙は一瞬何のことか分からなかったのだがすぐに思い出す。それは闘牙が勝てばジュエルシードを集めている理由を話すという物だった。

フェイトはそのまま自分が母親のためにジュエルシードを集めていること。

自分がその母親のことを大好きなこと。

アルフのこと。

リニスのこと。

魔法のこと。

そして他愛のないことを闘牙と話していく。


決して饒舌ではなかったがそれでもフェイトはゆっくりとどこかかみしめるように会話を続ける。闘牙もフェイトがこんなに話を振ってくるとは思っていなかったため少し驚きながらもそれに応えていく。

なのはがこの子と友達になれればそれに越したことはないと思いながらもまた自分が先にフェイトと話していたことが分かればどうなるか。そんなことを考え闘牙の背中には嫌な汗が流れ始めていた。



(なんでだろう……トーガと話してると……何だか楽しい……?)

フェイトはそんな自分の感情に戸惑いながらも会話を続ける。

初めは闘牙の体のことを聞いたらすぐに帰るつもりだった。しかしそのまますぐに終わってしまうのが何だか嫌で咄嗟に自分でも忘れていた約束のことを持ち出してしまった。本当なら母さんのことは言うべきではないこと。でもそう思いながらも闘牙には話してしまった。それからは何を話したかよく思いだせない。

母さんやアルフ、リニス以外の人と話すのは久しぶりだったから上手く話せたかどうかも分からない。でもまるで自分が知らない自分を見つけられたみたいだ。そんな今まで知らなかった感情にフェイトは困惑しながらも楽しむ。


そして会話に一段落がついた時、闘牙が急にフェイトの腕を掴んでくる。

「えっ!?」
フェイトは思わず驚きの声をあげる。しかし、その時に見た闘牙の顔は真剣そのものだった。

「フェイト……この傷は何だ……?」

闘牙の視線の先にはフェイトの腕にある痣がある。それはプレシアによる虐待の痕だった。フェイトはそのことに気づき一気に先程までの感情が引き、胸が締め付けられるような気持ちになる。フェイトはそのまま俯き黙り込んでしまう。そのことに闘牙が違和感を感じたその時


ジュエルシードの発動の気配が二人を襲う。


その気配に二人の目が見開かれる。発動場所はここからそう遠くないことが二人にも感じられた。



(そうだ……私は……母さんのためにジュエルシードを……だから……トーガとは……)

ジュエルシードを集めること。

それは闘牙と闘うことを意味していた。

フェイトはそのことにいまさらながらに気づく。

フェイトはそのまましばらく目を閉じた後、何かを振り切るようにバルディッシュを手に取りながら変身する。そして闘牙に一度目をやった後、すぐさまその場所に向かって飛び立って行ってしまう。


闘牙はそんなフェイトの様子を静かに見つめ続けるのだった……。




(見つけた……!)

フェイトの視線先にはジュエルシードによって力を得てしまった樹木の姿があった。どうやらまだあの白い子は来ていないようだ。ならこのまま倒してすぐに封印してしまえばいい。

そうすればジュエルシードが手に入る。

母さんに喜んでもらえる。

そして

闘牙と闘わなくて済む。


「アークセイバー!」

フェイトの叫びと共に魔力刃が樹木に向かって放たれる。その刃で樹木を切り裂きその隙に封印する。フェイトはそのまますぐさま封印の体勢に入る。しかし


魔力刃は樹木が張ったバリアによって弾かれてしまう。

「え?」

その光景にフェイトは思わず驚きの声をあげる。まさかバリアを持っているとは考えていなかったためだ。樹木はそのままその枝を鞭のようにしならせフェイトに向かって振り下ろしてくる。だがそれでもフェイトに焦りは見られない。この程度の攻撃なら造作もなく避けられる。そしてフェイトがその攻撃を避けようとした瞬間、

「っ!!」
その体に激痛が走る。それは虐待の痕から生じる痛みだった。それによってフェイトは思わず動きを止めてしまい、そのまま樹木の攻撃を受けてしまう。

「うっ!!」

何とか防御魔法を使ったもののフェイトは地面に叩き落とされてしまう。ダメージ自体は大したことはない。だが傷跡の痛みがさらに増しながらフェイトに襲いかかる。そしてその隙を樹木の暴走体が狙い襲いかかってくる。

(やられるっ!!)

フェイトは目をつむり、痛みに備えることしかできない。そしてその鞭がフェイトに届こうとした瞬間、

それは闘牙の爪によってバラバラビ切り裂かれてしまった。闘牙はそのままフェイトを庇うようにその前に立つ。

「トーガ……?」

フェイトはその体を庇いながら何とかその場に立ちあがる。その様子を見て闘牙はフェイトには腕以外にも傷があることを悟る。そして

「……俺があいつの相手をする、お前は封印だけに集中しろ。」
「え?」

闘牙はフェイトの疑問の声を聞きながらもそのまま樹木の暴走体に向かって一気に接近していく。そのことに気づいた樹木も先程以上の数の鞭を闘牙に向かって放ってくる。だが闘牙はそれを難なくかわし、切り裂きながら進んでいく。そして

「散魂鉄爪っ!!」

その爪を樹木に向かって振り下ろす。その瞬間、バリアがその爪を防ごうとその力を働かせる。だが

「はああああっ!!」

闘牙の咆哮と共にそのバリアはその限界を超え、粉々に砕け散ってしまう。その爪はそのまま樹木の暴走体を真っ二つに両断する。フェイトはそんな光景に思わず目を奪われてしまう。だが

「フェイトっ!!」

闘牙の呼びかけによってフェイトはすぐさま我に帰りバルディッシュを構える。

「ジュエルシード、封印!」

その言葉と共に金色の魔力がジュエルシードを包み込んでいく。それにより再生しようとした樹木たちはその力を失い、元の姿に戻って行く。後には封印されたジュエルシードが残っているだけだった。


闘牙は地面に落ちているジュエルシードをそのまま拾い上げ、フェイトに向かい合う。


「……………」
「……………」

フェイトはそんな闘牙を見ながらどうすればいいのか分からずただ戸惑うしかない。


そんなフェイトの様子を見て取った闘牙は


「封印したのはお前だからな……今回は譲ってやる。今日はお前と闘う気分でもないしな……。」

そうまるで誰かに言い訳をするようにそっぽを向きながらその手にあるジュエルシードをフェイトに差し出す。


フェイトはそんな闘牙の意志を感じ取り、そのまま自らの手を闘牙の手に向かって伸ばそうとする。その瞬間、




「そこまでだ!」


そんな聞いたことのない少年の声が辺りに響き渡る。闘牙とフェイトはすぐさま声をした方向に目を向ける。


そこには黒いバリアジャケットを着、杖を構えた短髪の少年の姿がある。その姿は間違いなくユーノやフェイトと同じ世界の住人であることを示していた。


「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。事情を聞かせてもらおうか。」


そう静かに少年、クロノは告げる。





物語はさらに混迷を深めようとしていた………。




[28454] 第9話 「接触」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/19 20:55
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。事情を聞かせてもらおうか。」

クロノはそう言いながら闘牙とフェイトに近づいてくる。闘牙はその佇まいと雰囲気からクロノがかなりの実力者であることに気づく。もしかすると目の前にいるフェイトよりも実力は上かもしれない。いつでも動けるように身構えながらも闘牙はクロノが発したある言葉に反応する。

『時空管理局』

それはユーノから聞いたことのある言葉だった。聞いた内容を全て覚えているわけではなかったがユーノがいた世界における警察の様な組織と言うことは覚えている。その組織がここに現れた理由。それは一つしか考えられない。闘牙はその手の中にある宝石に目をやる。ジュエルシード。恐らくはこれが関係していることは間違いない。闘牙はそのままフェイトに目を向ける。

フェイトは驚きの表情を見せながらもクロノを警戒するようなそぶりを見せる。その目には明らかな戸惑いと焦りが見られる。やはりフェイトにとってクロノ、時空管理局は敵対する関係にあるらしい。自分はどう動くべきか。そう闘牙が考えていた時、

「フェイトっ!」
「闘牙君っ!」
「闘牙っ!」

同時にアルフ、なのは、ユーノが現れ、それぞれ二人に近づいてくる。皆、ジュエルシードの発動を感じ駆けつけてきたところだった。三人も見たことのないクロノの存在に戸惑いを隠せない。対するクロノもさらに状況を聞かなければならない人物が増えたことでどうするべきか一瞬、思案する。しかし

「フェイト、撤退するよ!」

状況の不利を見て取ったアルフはすぐさまクロノに向かって魔力弾を放ちそのままフェイトに向かっていく。しかしクロノはそんなアルフの攻撃にも全く動じずシールドによってそれらを難なく捌く。

「ちっ!!」

そのことに舌打ちしながらもアルフはそのままフェイトを抱きかかえながらその場を離脱しようとする。だが

「逃がすわけにはいかない!」

クロノは自らの杖をすぐさまアルフとフェイトに向け魔力弾を放つ。その弾速、威力は咄嗟にアルフが防げるレベルの物ではなかった。そのことに気づいたアルフはフェイトを庇うようにその身を楯にする。しかしそれと同時に

「だめっ、撃たないで!」

なのはが悲痛な声をあげながらその間に割って入る。それはフェイトとアルフの身を案じたなのはの咄嗟の行動だった。

「なっ!?」
「なのはっ!?」

そんななのはにクロノとユーノが驚きの声をあげる。しかしクロノの攻撃はすでに放たれてしまっており止めることができない。その魔力弾がなのはたちを貫こうとした瞬間、それは闘牙の爪によって全て叩き落とされてしまう。

「闘牙君っ!?」

そして闘牙はそのまま驚くなのはを抱きかかえ地面に降り立つ。

アルフはそんな闘牙たちを一瞥した後、凄まじい速度でその場を離脱していく。一瞬どうするべきかクロノは悩むがすぐにそのまま闘牙たちに対面する。

「君は……何故彼女たちを庇うような真似を?」

クロノはそう闘牙に問いかける。クロノには先程の行動がなのはではなくフェイト達を庇うための物であることを見抜いていた。しかし

「何言ってんだ、俺はなのはを助けただけだぜ?」

闘牙はそんなクロノの疑問をそうあっけらかんと言った調子で返す。もちろんなのはが間に入っていなくとも闘牙はそうするつもりだったのだが。そんな闘牙の様子になのはとユーノも呆れながらも苦笑いする。そんな中、クロノの目の前に突然ウインドウの様な物が現れる。その画面には制服を着た女性の姿が映っていた。

「御苦労さま、クロノ執務官。」

「すいません、艦長。片方を逃がしてしまいました。」

クロノはそう画面の女性に向かって謝罪する。どうやら女性はクロノの上官に当たる人物らしい。

「しょうがないわ、それよりもその子たちをアースラに案内してくれない?いろいろと事情も聞きたいし。」

「分かりました。」

どこか柔らかい物腰でそう女性はクロノに頼んだ後、ウインドウを閉じる。クロノはそのまま改めて闘牙たちに向かい合い

「申し訳ないが事情を聞きたい。僕たちのいる船、アースラに同行してもらえないか?」

そう提案してくる。なのはが事情が分からずおたおたしている中、闘牙はユーノに視線を向ける。ユーノはそんな闘牙の視線に気づき小さく頷く。どうやら危険な相手ではないらしいことを闘牙はユーノの頷きから察する。闘牙たちはそのままクロノの言葉に従い、次元航行艦アースラへ向かうのだった……。





「わあ~!」
「すげえな……。」

なのは闘牙はそう驚きの声をあげながらアースラの内部に目を奪われる。それはまるでSF映画の中に出てくる宇宙船の内部のようだった。どうやらユーノ達がいる世界は自分たちの世界よりも随分技術が進んでいるらしい。二人はまるで観光に来たかのようにきょろきょろと周りを見渡し楽しそうにしながら騒いでいる。クロノはそんな二人の様子に溜息をついた後

「そういえば……君も、もう元の姿に戻ってもいいんじゃないか?」

そうユーノに向かって提案する。


「そうですね……ずっとこの姿のままだったからすっかり忘れてました。」

ユーノはクロノの言葉に従い変身魔法を解きその光によって周りが満たされていく。

そしてそれが収まった後にはスクライアの民族衣装を着た少年が立っていた。

「え?」
「ほう。」

その光景になのはと闘牙は驚きの声をあげる。しかし二人の反応には大きな違いがあった。闘牙は初めて見るユーノの姿に感心するような態度を見せる。だが

「えっと……その……ユーノ……君……?」

なのははユーノの姿を見て目が点になってしまっている。口が開いたままふさがらないと言った様子だった。

「な……なのは……?」

そんななのはの尋常ではない様子にユーノが慌てながら近づいていく。しかしなのはは放心状態のままユーノの声掛けにも反応しない。


(ユーノ君は人間の男の子……でも……ずっとフェレットだったし……あれ……でも私……ずっとユーノ君と一緒だったし……着替えも……お風呂も……)

なのはは今更ながらに自分がしてきたことに気づき体中が熱くなってくる。そして目の前にユーノの姿があることに気づき

「にゃあああああああっ!!!」

顔を真っ赤にし奇声をあげながらなのははそのままユーノから逃げるように走り去ってしまう。

「なのはっ!?なのはーっ!?」

ユーノはそんななのはの尋常ではない様子に驚きながらもその後を追っていく。ふたりはそのままいつまで続くか分からない勢いでの鬼ごっこを続ける。

(やっぱりあいつ……ちゃんと分かってなかったんだな……)

闘牙はそんな二人の様子を見ながらそうどこか達観したように考える。なのははユーノが人間に男の子であることを頭では理解したつもりになっていたが実際にそれを目の当たりにすることで混乱状態になってしまっていた。

「艦長を待たせているから……できれば早く行きたいんだが……。」

額に指を当て青筋を浮かべながらそうクロノは呟く。クロノは闘牙たちに出会ってからずっと闘牙たちのペースに飲まれっぱなしだった。闘牙はそんなクロノの肩に手を乗せる。

「そう肩に力を入れすぎんなって。疲れるだけだぞ?」
「何で君はそんなに馴れ馴れしいんだっ!?」

クロノは一刻も早く艦長の元に向かわなければ自分もこの空気に飲まれてしまう。そう焦るのだった……。




「お疲れ様。アースラ艦長のリンディ・ハラオウンです。さあ三人とも座って座って。楽にして頂戴。」

先程ウインドウに映っていた女性は笑顔で闘牙たちを迎え入れる。もっと厳かな雰囲気での話になると思っていた闘牙たちはそんな女性の様子に呆気にとられてしまう。さらに闘牙となのははその部屋の様相に目を奪われてしまう。

それはまさしく『和』その物だった。日本の伝統的な工芸品や食べ物が部屋中に溢れている。それはここが本当に先ほどまで自分たちがいた船の中なのかどうか分からなくなってしまうほどだった。そして何とか落ち着きを取り戻した闘牙たちは自分たちの事情を話し始める。

ジュエルシードのこと。

なのはのこと。

闘牙のこと。

フェイトとアルフのこと。



「そうだったの……。」

話を一通り聞き終えたリンディはそう言いながら自らの前にある抹茶に砂糖を混ぜながら飲み始める。

「「っ!?」」

その光景に闘牙となのはが驚愕の表情を浮かべるものの、さも当然と言ったようにそれを飲み続けるリンディに何も言うことができない。そんな中

「あれは僕が発掘してしまったものだから……僕が何とか回収しないといけないと思って……。」

ユーノがそう顔を俯かせながら呟く。そこにはここまで事態を悪化させてしまった自分への後悔が含まれていた。

「立派だわ。」

「だけど同時に無謀でもある。」

リンディはそんなユーノに配慮した言葉を掛けるがクロノはそう厳しい言葉を続ける。もちろんそれをユーノが分かっておることはクロノも承知しているが時空管理局の執務官としてそれは言っておかなければならない言葉だった。ユーノがそのままさらに落ち込んでしまいかけた時その頭に闘牙の手が置かれる。

「まあそうだが……ユーノがいなければ俺もなのはも死んでたかもしれない。それにもっと被害が出てかもしれない。そうだろ?」

「闘牙………。」

闘牙そう言いながらユーノに笑いかける。それは間違いない事実だった。なのはもそんな闘牙に続くようにユーノに向かって頷く。ユーノはそんな二人の優しさに感謝しながら顔を上げる。

「そうね、それは紛れもない事実だわ。それにしても……半妖ね……でもその姿を見せられたら信じないわけにはいかないわね。」

そう言いながらリンディは興味深そうに闘牙に目をやる。ジュエルシードを完全な形で発動させたこともだが先程のジュエルシードの闘いやクロノとのやり取りから魔法ではない力があることに驚きを隠せない。そしてリンディの目がその耳に向けられた瞬間、

「耳なら触らせねえからな。」
「あら……残念。」

闘牙の言葉にリンディはそう残念そうな声を上げるのだった……。


そしてリンディとクロノはジュエルシード、ロストロギアの危険性を三人に説明していく。
さらにリンディ達はジュエルシードの暴走による次元振を感知したことでこの世界にやってきたことを告げる。

「その次元振を起こしたジュエルシードがどうなったか教えてくれないかしら?封印されたような反応も見られなかったから……。」

「こちらでは突然反応が消失してしまったことしか分からなかったんだ。」

リンディとクロノはそう闘牙たちに尋ねてくる。闘牙はそんな二人にどう事態を伝えるべきか迷ってしまう。本当のことを話してもいいがそれだと面倒なことになるかもしれない。何よりもこれ以上その話題でなのはとユーノに心配を掛けるわけにもいかない。そんなことを考えていると

「あのジュエルシードは魔力の暴走に耐えられずに壊れてしまったんです。」

ユーノがそう二人に説明する。そんなユーノに闘牙となのはは一瞬戸惑ってしまう。だがユーノに何か考えがあるのだと気付きそのまま話しに合わせることにする。

ユーノもあの黒い鉄砕牙のことは話すべきではないと直感していた。あれは自分たちが触れてはいけない力なのだとユーノはあの瞬間、感じ取っていたからだ。加えて闘牙にこれ以上負担を掛けるわけにはいかないという気持ちもあった。フェイト達に持って行かれてしまったことにしようかとも考えたがそれでは数が合わないことがばれてしまうかもしれない。単純だがジュエルシードが壊れてしまったことにしようとユーノは考えたのだった。リンディはそんなユーノの言葉に引っかかりを感じはしたものの

「そう……でも被害がなかったのなら幸いだったわ。」

そうまとめこの件はそれ以上追及をしてくることはなかった。そして


「これよりロストロギア、ジュエルシードの回収は時空管理局が全権を持ちます。」

リンディはそうどこか厳しい表情をしながら三人に告げる。それはアースラの艦長としての顔だった。

「君たちは今回のことは忘れて元の世界で普通の生活に戻るといい。」

クロノもそうリンディの言葉に続く。それは時空管理局としての責務でもあった。

「で……でも……」

突然の宣告になのはは戸惑いを隠せない。それはもう自分たちがジュエルシードに、フェイトに関われなくなることを意味していたからだ。

「次元干渉に関わる事件だ。民間人に介入してもらうレベルの話じゃない。」

しかしそんななのはの戸惑いを理解しながらもクロノはそう厳しく言い切る。民間人を守ること。しかもここは管理外世界。いくら魔力があるとはいえ民間人を巻き込むことはクロノにとっては許容できないことだった。

「まあ、急に言われても心の整理もつかないでしょう。今夜一晩ゆっくり考えてもらってそれから改めてお話をしましょう?」

そんなクロノの言葉の厳しさを感じ取ったリンディはそうお茶を濁しその場を収めようとする。しかし

「…………私、ジュエルシード集めのお手伝いをしたいんです!」

なのははそんなリンディの言葉を聞きながらもそう断言する。その目には確かな意志が宿っている。そんななのはの言葉にリンディとクロノは思わず驚いてしまう。リンディはそんななのはの様子を見ながら

「なぜジュエルシード集めの手伝いをしたいのか……聞かせてもらってもいいかしら?」

そう優しく諭すようになのはに尋ねる。なのはは自分の膝の上にある手を握りしめながら

「私……あの子を……フェイトちゃんを止めたいんです!!」

そう自分の心を真っ直ぐに伝える。それはなのはが見つけた自分が闘う理由だった。

「僕はともかくなのはの魔力はそちらの戦力にもなるはずです。それに闘牙は一度あのフェイトって子にも勝っている。悪い話じゃないと思います!」

「ユーノ君……。」

そんななのはの決意を感じ取ったユーノはそうなのはの言葉に付け加える。それは確かにリンディ達にとっても悪い話ではなかった。

「君はそれでもいいの?」

リンディはそう闘牙に向かって話しかける。闘牙はそのままなのはとユーノの頭に手を置きながら

「俺はこいつらの保護者だからな。当然だろう?」

そう笑いながら答える。三人の間にもはや言葉はいらなかった。もちろん闘牙もこのまま黙って手を引くつもりはさらさらなかった。あれだけの力を持つジュエシード。そしてそれ以上にフェイトのことが闘牙は気にかかっていた。

それはあの痣の痕。フェイトの強さから言ってジュエルシードの暴走体などによって負った傷とは考えづらい。以前の暴走したジュエルシードによるものかとも考えたがあの傷の痕はそんな風ではなかった。何よりあの時のフェイトの反応。あれはまるで知られたくないことを知られてしまったようなそんな表情だった。そしてフェイトが言っていたジュエルシードを集めている理由。その母親。その存在に闘牙は引っかかりを感じていた。そんなことを闘牙が考えていると


「……いいでしょう、こちらとしてもあなたたちに力があればとても助かるし。」
「か……艦長!?」

リンディはそうどこか楽しそうに闘牙たちの提案を受け入れる。まさか承諾するとは思っていなかったクロノは驚きの声を上げるしかない。

「ただし一時的にあなたたちは時空管理局の所属になり、こちらの指示には従ってもらうことになるけれど……それでもいい?」

「はいっ!」
「分かりましたっ!」

リンディの言葉にそう元気よく返事をしながらなのはとユーノは子供のように(実際には子供なのだが)はしゃいでいる。そんな二人をどこか呆れながら見ているクロノに

「闘牙だ。宜しく頼むぜ。」

闘牙はそう言いながらその手を差し出す。

「……クロノ・ハラオウンだ。こちらこそ宜しく。」

クロノは少し戸惑いながらもその手を握り返すのだった……。



「なるほど……。」

真剣な顔をしながら士郎はそう頷きながら答える。その隣には桃子、恭也、美由希の姿がある。そしてテーブルをはさんで対面になのは、ユーノ、闘牙が座っている。

今、なのはたちはアースラから高町家に戻り、これまでの事情、そしてこれからしばらくアースラで行動することの許可を得るために話し合いの場を設けているのだった。

なのはは自分の素直な気持ちを包み隠さず家族に打ち明けていく。その様子を闘牙とユーノは静かに見守り続ける。家族たちもそんななのはの話を真剣に聞き続け、皆が士郎に目を向ける。そして

「……分かった、そこまで決意があるならきちんと最後まで頑張ってきなさい。」

士郎はそう優しい口調でなのはに告げる。

「本当っ!?」

なのははそう叫びながら桃子たちの方にも顔を向ける。桃子たちもその言葉に続くように頷き返す。

「ただし、無茶はしないこと。必ず家に帰ってくることが条件だ。約束できるな?」

「うん!約束する!」

なのはは自分の願いを家族が認めてくれたことに喜びユーノの手を握りながらはしゃぎ始めてしまう。ユーノもそんななのはに戸惑いながらも喜びを分かち合う。ユーノ自身ももしかしたらなのははもうこの事件には関われなくなるのではないかと気にしていたからだ。もっとも、ユーノの中には喜び以外の複雑な感情もあるのだが。

そんな二人をいつものように眺めていると恭也と美由希が闘牙に近づきながら話しかけてくる。

「闘牙、悪いがなのはのことを宜しく頼む。」
「闘牙君も気をつけてね。」

二人はそう言いながら闘牙に笑いかけてくる。そこには闘牙に対する信頼があった。それを闘牙は二人から感じ取り、なのはだけではなく自分も気に掛けてくれていることに闘牙は心の中で感謝する。

「……ああ、任せてくれ。」

二人の言葉にそう答えながらも闘牙はまだ自分の中の迷いを断ち切れないでいた。



「そういえば、本当にユーノ君は男の子だったんだな。実際見てみないと実感がわかなかったよ。」

「そうね、でもこれからはちゃんとみんなと同じようにご飯が食べれるわね。」

士郎と桃子が人間の姿になっているユーノに向かってそう騒ぎながら話しかける。なのはと闘牙と一緒に戻ってきたときには家族中、驚きで皆目を丸くしてしまった。やはりなのは同様、頭で理解しているのと実際目の当たりにするのとでは大きく異なるのだろう。ユーノ自身ここに来てからはずっとフェレットの姿であったため無理もない話だ。闘牙は変身している間は匂いでユーノが人間であることを何度も再認識していたためそれほど驚きはなかったのだが。

「い……いいですよ!フェレットの方がみんなの邪魔にもならないし……」

ユーノはそう桃子の提案を遠慮する。それはこれまで通りフェレットで生活する方がいろいろと便利だろうと思ってのことだった。しかし

「いいのか、ユーノ?ちゃんと男の子だって認識してもらわないと困るんじゃねえか?」

いつの間にか近くにやってきていた闘牙がそう言いながら思わせぶりに視線を動かす。その先には恭也と美由希とおしゃべりをしているなのはの姿があった。

「どうしたの、闘牙君?」

「いや、なんでもねえ。」

「?」

自分に視線を向けている闘牙になのはがそう疑問の声をあげるが闘牙はそれをすぐにごまかす。

「と……闘牙っ!!」

闘牙がなにを言いたいのかすぐさま理解したユーノは顔を赤くしながら闘牙に食って掛かる。しかし闘牙はそんなユーノをからかい続ける。闘牙は今なら自分をからかい続けていた弥勒の気持ちが分かるような気がした。まあ弥勒ほど露骨にするつもりはないがたまにはこのネタで楽しませてもらおうと闘牙は密かに考えていた。

「ほう。」
「あらまあ。」

そんな闘牙とユーノのやり取りで事情を察した士郎と桃子もその様子を微笑ましそうに見守り続ける。高町家にはいつもと変わらない日常が流れていくのだった。



その後、騒ぎも終わり闘牙は自分の部屋に戻り一人荷造りをしていた。それはしばらくはアースラに乗船したままになるので生活用品をある程度持っていくためだった。といってもそれほど持って行く物は多くはなかったためすぐに荷造りは終わってしまう。

ユーノは人間の姿で闘牙と一緒に寝ようとしたのだがなのはに捕まり、結局フェレットの姿でいつも通りなのはと一緒に寝ることになってしまったようだ。なのはもユーノが男の子であることを最初は意識していたようだがもう慣れてしまったのかそれほど気にしなくなっている。それがいいことなのかどうかは闘牙にも判断はつきかねるが。闘牙は当初、かごめを意識して寝られない時期があったことを思い出す。その時もかごめがあまりに無防備に寝ているのを見て意識するのが馬鹿らしくなり抵抗がなくなっていった。それと同じようなものだろう。



闘牙は荷物を一つにまとめた後、目の前にある鉄砕牙に視線を向け、それを握りしめる。

しかしやはり鉄砕牙は変化をしなかった。もう何度目になるか分からない溜息をつきながら闘牙は鉄砕牙を見つめ続ける。

もしこのまま鉄砕牙を使うことができなかったら。そんな不安が闘牙を襲う。おそらくジュエルシードの暴走体であれば鉄砕牙がなくとも後れを取ることないだろう。しかしフェイトやそれ以上の魔導師と闘うにはやはり力不足は否めない。

妖怪化を使えば恐らく負けることはないだろう。だがあまりにリスクが大きすぎる。かつて闘牙は五分までなら妖怪の血をコントロールすることができた。しかしジュエルシードの力によって再び犬夜叉の力を取り戻して以来、闘牙は一度も妖怪化を使っていない。いや、使うことを恐れていた。妖怪化を行うには体に大きな負担がかかる。そしてそれ以上に精神的な、心の強さが必要になる。

かごめがいてくれること。それが妖怪化を制御できた理由であることに闘牙は今更ながらに気づいた。かごめを守りたいという思いがあったから、かごめなら自分を止めてくれるという信頼があったからこそ闘牙は妖怪の血をコントロールできていた。だが今、自分の傍にはかごめがいない。もし自分が妖怪の血によって暴走しても止めてくれる人はいない。それが闘牙が妖怪化を行えない理由。

そして、鉄砕牙が使えない理由もそれが影響しているのだろうと闘牙は何となく理解していた。

冥道残月破を使うことで自分はかつての記憶を思い出し、誰かを守るために戦う。という闘う理由に疑問を抱いてしまった。それはあの夢の中で奈落が言っていた言葉。

自分には誰も守ることはできない。

そんな不安と恐怖が闘牙の心を支配してしまっている。そしてその奈落の言葉はほかでもない、闘牙自身の心の闇だった。鉄砕牙はそんな闘牙の心を感じ取りながらも答えようとはしない。それはまるで答えないことこそが鉄砕牙の答えなのだと、そう伝えるかのように。

闘牙はそのまま鉄砕牙をしまい、テーブルの上にある首飾りを手に取る。

闘牙にとってそれは自分が自分である証。

それには特別な力はない。だがそれでも闘牙は犬夜叉になった時にはそれを首にかけ闘ってきた。

だがそれを送りたかった、本当に掛けてほしかった相手はもういない。


もうあんな思いはしたくない。


そのために強くなりたい。



闘牙は誰かを守れないかもしれない自分に焦りを感じながらもなのは、ユーノと共にアースラに向かうのだった。








あるマンションの一室に二つの人影がある。しかしそこかどこか暗い雰囲気に包まれている。

「フェイト、もう無理だよ……時空管理局まで出てきたんじゃ……あたしたちじゃもうどうしようもないよ!」

アルフはそうどこか悲痛な声でそう自らの主であるフェイトに訴える。ただでさえあの白い魔導師と使い魔たちにてこずっているにもかかわらず、とうとう管理局まで姿を現してしまった。相手は一流の魔導師。いくらフェイトが優れた魔導師であっても限界がある。もはやフェイト達は絶望的な状況に追い込まれてしまっていた。

「フェイト……二人でここから逃げよう!このままじゃきっと捕まっちゃうよ!」

アルフはそうフェイトの身を案じ必死に訴える。しかし

「ダメだよ……アルフ……私は母さんのために……ジュエルシードを集めないといけないから……。」

フェイトはそうどこか悲しそうな笑みを浮かべながらそう呟く。それはフェイトにとっての生きる意味だった。

「なんで……なんであんな奴のためにフェイトがここまでしなきゃいけないのさ!?あいつはフェイトに何度も……何度もひどいことを……フェイトに辛い思いばかりさせてるのに……!!」

ついにアルフの感情が爆発しその目には涙が溢れてくる。それはフェイトの感情を感じ取ったからでもあった。フェイトは心から母親のことをプレシアのことを愛している。それなのに……それなのにフェイトはこんなに悲しい気持ちになっている。アルフにはそれが我慢ならなかった。

「アルフ……母さんのことを悪く言わないで……母さんは本当は優しい人なの……だから……私は母さんに幸せに……笑ってほしいんだ……。」

そう言いながらフェイトはアルフを優しく撫でる。アルフはそれ以上フェイトに何も言えなくなってしまう。


自分ではフェイトを救うことはできない。

フェイトを止めることも――――

プレシアを止めることも――――

誰か―――

誰かフェイトを――――

その瞬間、アルフの脳裏に一人の姿が浮かぶ。


それは闘牙の姿だった。


(そうだ……あいつなら……あいつならもしかしたらフェイトを……)

アルフの脳裏にあの日の光景が蘇る。

あの日、フェイトは一人で買い物に出かけると言って出かけて行った。自分も付いていこうとしたのだが一人で大丈夫と頑なに断られてしまった。そんなフェイトの様子に違和感を感じたアルフは少し時間を置いた後にその跡を着いていくことにした。そして追いついた先にはベンチに座っているフェイトとあの使い魔の姿があった。

アルフはすぐさまフェイトを救うためにその間に割って入ろうとする。しかしその瞬間、フェイトが笑いながら話していることに気づく。

その姿にアルフは目を見開くことしかできない。

その笑顔はいつもの自分を心配させまいとする悲しい笑顔ではない。


その笑顔は


本当に


本当にアルフが心から望んでいたフェイトの笑顔だった。


知らずアルフの目から涙が溢れてくる。

フェイトの感情が自分に流れ込んでくる。

その感情がフェイトの笑顔が間違いなく本物であることを示していた。


そしてあの使い魔はジュエルシードの暴走体との戦いでもフェイトのことを守ってくれた。

あの使い魔ならフェイトのことを助けてくれる、救ってくれるのではないか

アルフはそう考えるようになりつつあった。

アルフはそのまま悲しい笑顔を浮かべながら自分を気遣ってくれるフェイトに目を向ける。

フェイトのことは自分が命に代えても守って見せる。


でも、もし自分が命を落としたその時には――――


アルフはそう決意を新たにするのだった――――



[28454] 第10話 「守るもの」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/19 01:03
「はあ~~っ。」
「な……なのは、しょうがないよ。」

なのはがそう溜息をつきながらアースラの食堂のテーブルに突っ伏す。ユーノはそんななのはを何とか元気づけようとしている。しかしなのははやはりショックが大きかったのかそのまま落ち込んでしまう。

「クロノは執務官、しかもAAA+クラスの魔導師なんだから負けても仕方ないよ。」
「うん……。」

ユーノの言葉になのはもそう頷くしかない。

先程までなのははクロノとの模擬戦を行っていた。クロノとしてはこれから一緒に行動するなのはたちの実力を確かめたかったためでもあった。そして初めはなのはとクロノの一対一の戦闘を行ったのだがなのはあっという間に負けてしまった。その後、ユーノとのコンビで再び挑んだのだが善戦はできたもののやはりそのまま負けてしまった。しかもクロノは本気を出していなかったことになのはも気付いたためその実力差に落ち込んでいた。ユーノとのコンビならフェイトとも互角に戦えたこともあり、自信を持ち始めていたなのはにとってはショックも大きかったのだった。

「でもなのはだって凄いよ。まだ魔法を覚えたばっかりなのにこれだけ闘えるんだから。僕じゃなのはにももう敵わないよ。」

ユーノはそう少し残念そうに告げる。魔法においては一応なのはの師にあたるユーノだったが単純な戦闘能力ならなのはには既に及ばなくなってしまっていたからだ。

「そんなことない、ユーノ君にはもっと魔法のこと教えてほしいんだから!」

そんなユーノの様子に気づいたのかなのははそう言葉を掛ける。それはなのはの心からの本心だった。しかしユーノはそのまましばらく俯いたまま何かを考え込んでいる。そしてゆっくりとなのはに向かって話し始める。

「僕……最近考えるんだ……もし僕がなのはに会わなかったら、なのははあの世界で普通に暮らせてたんじゃないかって……。」

「え……?」

なのははそんなユーノの言葉に思わずそんな声を上げてしまう。それは初めてなのはに出会ってからユーノがずっと考えていたことだった。

「魔法がある世界が悪いってわけじゃないんだ……でも……なのはにとってはあの世界で暮らしていた方がいいんじゃないかって……。」

ユーノはそれきり黙りこんでしまう。魔法。なのはにはその才能がある。でもそれがなのはにとっていいことなのかは別問題だ。日常と非日常。そのどちらがいいのか。それは誰にも分からない。

ユーノは同じことを闘牙にも訓練の時に聞いたことがある。だが闘牙はいつもの調子で笑い飛ばすだけだった。闘牙自身、これまで非日常の中で過ごした経験があるからなおのことだった。だがなのはは事情が違う。

なのはは本当になんの変哲もないごく普通の九歳の少女。それをやむを得ずとはいえ巻き込んでしまった。その負い目をユーノはずっと考え続けていた。二人の間に沈黙が流れる。そしてユーノが再び口を開こうとした時

ユーノの額にデコピンが放たれた。

「えっ!?」

驚いたユーノが顔を上げた先には微笑みながら自分を見ているなのはの姿があった。ユーノのそんな姿が可笑しかったのかなのはは笑いながらユーノに答える。

「闘牙君だったらきっとこうするよ。私、ユーノ君と会えて本当に良かったと思ってる。魔法のことだけじゃない、闘牙君ともお父さんやお母さんたちともユーノ君が来てからもっと仲良しになれたの。……それに自分のやりたいこともそのおかげで見つかったからユーノ君が謝ることなんてないよ。」

なのはにとってユーノとの出会いは自分の人生を大きく変えたものだった。まだ九年しか生きていないなのはにもそのことは理解できている。そしてその出会いによって自分は前よりもずっと成長できたと、そう実感もしていた。ユーノには感謝こそすれ責めることなど考えられなかった。

「うん……ありがとう、なのは。」

そんななのはの言葉に救われたのかユーノも笑顔を見せながらそう答える。なのはもそんなユーノに満足したのか微笑み返す。そして

「あれ?」
「どうしたの、なのは?」

突然、何かに気づいたようななのはにユーノが尋ねる。

「さっき、闘牙君がいたみたいだったけど……気のせいかな?」
「そうじゃない?闘牙ならきっと僕たちを見つけたらこっちに来ると思うけど……。」

二人は首をかしげながらもそのまま会話を続けるのだった……。




「お邪魔するぜ。」

そう言いながら闘牙はクロノ達がいる制御室に入って行く。もちろんノックをし許可を得てからだったが。

「あら、闘牙君。」
「噂をすればってやつだね。」

闘牙に気づいたリンディと通信主任兼執務官補佐であるエイミィ・リミエッタがそんな声を上げる。クロノはそのまま大きなスクリーンに映し出されているモニターを見つめている。そこには先に闘牙が闘った樹木のジュエルシードとフェイトの姿があった。

「あの時の映像か。」

闘牙もそのまま映像に目を移す。闘牙もまさか自分たちが撮られているとは思いもしなかった。アースラではサーチャーと呼ばれるもので事前に偵察を行うのが鉄則らしい。

「本当に闘牙君って魔法を使ってないんだね。魔力の方も全然感知できないし。不思議だねー。」

「俺からすればお前達の魔法の方がずっと不思議だ。」

エイミィのそんな感想にいつか言ったような答えを闘牙は返す。闘牙たちはエイミィとは既に顔見知りになっており、年齢が近いということもあって気さくに話す仲になっていた。

「そうかな?でも闘牙君は爪だけで戦ってるの?腰に剣みたいなものをいつも持ってるけど……」

そう言いながらエイミィは闘牙の腰にある鉄砕牙に目をやる。初めの顔合わせの時には状況説明ばかりで鉄砕牙や火鼠の衣のことなどはエイミィには詳しく伝えられていなかったことに今更ながら闘牙は気づく。

「剣じゃないわ、刀っていうのよ。闘牙君たちの世界の古い剣の名称よ。」

リンディはそう自慢げに語る。リンディはなぜか管理外世界にも関わらず日本の文化には詳しいらしい。もっとも抹茶に砂糖を入れることについては突っ込むのはすでにあきらめていたが。

「へえ、見せてもらってもいい?」
「ああ、気をつけろよ。」

そう言いながら闘牙はエイミィに鉄砕牙を手渡す。エイミィはそれを受け取った後、それを鞘からゆっくりと抜く。そこには錆びた状態の鉄砕牙があった。

「なんか錆びちゃってるけど……いいの?」

「ああ、元々そんな姿で俺以外の奴には使えない刀なんだ。」

闘牙は訝しんでいるエイミィにそう説明する。本当なら本来の姿を見せるのが手っ取り早いのだが今の自分にはそれができないため闘牙はそう簡単に言い切る。

「ということはあれはまだ君の全力じゃないってことか。」

いつのまにかクロノも二人に続きながら鉄砕牙を眺めている。どうやら先程まで闘牙とフェイトの戦闘データを見ていたのが終わったらしい。鉄砕牙の所有については既にリンディに許可を取ってある。

本来なら管理局は質量兵器の所有、使用は禁止しているらしいのだがここが管理世界外であること、鉄砕牙は闘牙以外には使用できないこと、民間協力者であることから特別に許可をもらっていた。もちろん闘牙は鉄砕牙の力については説明したのだが実際には見せられなかったことから冗談だと受け取られてしまっているのも理由の一つだった。


「ああ、そう言えば管理局ってのはお前みたいな奴がごろごろいるのか?」

闘牙はそう言いながらクロノに向き合う。先程のなのはとの模擬戦を見る限りおそらく実力的にはフェイトよりも上であろうクロノに闘牙は少なからず驚いていた。その闘い方も洗練されており、確実に相手を倒す戦法、戦術をみせていた。闘牙にとって闘うには苦手なタイプだった。

「そんなことないよ、クロノ君はアースラの切り札なんだから!」
「そうね。」

闘牙の言葉に代わりにエイミィとリンディがそう答える。クロノはそんな言葉が照れ臭かったのか顔を少し赤くしながらも咳払いで誤魔化す。

「そういえばあの二人はどうしたんだ?姿を見ないが……」

クロノは話題を変えようとそう闘牙に尋ねる。いつも一緒に行動しているなのはとユーノの姿が見えないことにクロノは気づく。

「あいつらなら食堂で話してるぜ。」

そう何でもないことのように闘牙は答える。しかし

「なるほど、気を利かせてこっちにやってきたんだね。」

エイミィはそうすぐさま闘牙の真意を見抜く。闘牙はそんなエイミィに驚きを隠せない。みればリンディもそれに頷いている。どうやらアースラの船員にはユーノがなのはを好きなことは周知の事実だったようだ。しかしクロノはそのことを今初めて知ったらしく、少し考えるような仕草を見せる。

「クロノ君、早くしないとなのはちゃん取られちゃうかもよ。」
「なっ何を言ってるんだエイミィ!?」

エイミィの予想外の突っ込みにクロノが顔を赤くしながら狼狽する。エイミィはそんなクロノが気に入ったのかさらに続ける。

「だってクロノ君が好きそうな可愛い子だし。」
「僕の好みなんてどうでもいいだろ!」

二人はそのまま言い合いながらもみくちゃになって行く。いつも冷静なクロノにもこんな面があるのだと闘牙が感心しているとリンディがいつの間にか闘牙の傍まできながら話しかけてくる。

「闘牙君はなのはさんのことはどう思ってるの?」

そう楽しそうな笑顔を見せながら闘牙に詰め寄ってくる。どうやらこういう話には目がないようだ。

「年が離れすぎてるでしょう……。」

闘牙はそんなリンディの言葉に呆れながらそう答える。ユーノといいなぜこんなことばかり聞くのかと闘牙は頭を抱える。

「あら、恋に年は関係ないわよ?なのはさんは将来、美人になりそうだし。」

リンディはそう自信を持って告げる。確かにそうかもしれないが流石に九歳とはあり得ない。

「クロノやユーノみたいに同年代なら分かりますけど……。」

闘牙はそう言い何とかこの話題を自分から逸らそうとする。しかしその言葉に三人の動きが止まる。みな同じように闘牙に目を向けている。

「ど……どうかしたのか?」

そんな三人の様子に思わず闘牙はたじろぐ。そんな中

「……闘牙君、ちなみに聞くけど……クロノ君のこと、いくつだと思ってるの?」

エイミィがそうどこか笑いをこらえているような表情でそう問いかけてくる。リンディもどうやら同じようだ。クロノの顔からはその感情は読み取れない。

「いくつって……なのはたちと同じ九歳か十歳ぐらいなんじゃないのか?」

そう闘牙は真面目に答える。その瞬間

「あははははっ!!クロノ君、そんな風に思われてたんだね!」

エイミィはそう笑い声を上げながらおなかが苦しいのか蹲ってしまう。

「確かに背は低いかもしれないわね……。」

何とかフォローをしようとするリンディも笑いがこらえきれないのか口を手で押さえながらそう言うことしかできない。そして


「……僕は……十四歳だっ!!」

クロノはそう叫びながらデバイスを抜き闘牙に向かっていく。闘牙はクロノの逆鱗に触れてしまったことに気づき咄嗟に逃げようとするがバインドに捕まってしまう。もはやクロノは冷静さを完全に失っていた。

「わ……悪かったって……だからこのバインドを解けっ!?」

「君には執務官の強さを身をもって味あわせてやる!!」

そのまま二人は制御室を飛び出していき鬼ごっこを始めてしまう。そんな二人を見ながらリンディはあの二人はいいコンビになるのではないか。そんなことを考えるのだった。





今、闘牙たちの目の前には巨大な鳥の姿がある。それはジュエルシードによる暴走体だった。

闘牙はそんな暴走体に向かって一直線に突撃していく。暴走体はそんな闘牙に向けてその翼を大きくはばたかせその羽根を槍のように放ってくる。しかし闘牙はそんな攻撃を目の前にしながらも全く臆することなく突き進もうとする。そしてその羽根の雨が闘牙に襲いかかろうとした瞬間

「スティンガースナイプ!」

クロノがそう叫んだ瞬間、そのデバイスから光弾が放たれる。それは螺旋のような軌道を描きながら闘牙に向かってくる羽根を次々に撃ち落としていく。そして闘牙その間に一瞬で暴走体の間合いに入り込む。暴走体は慌ててその場を飛び立とうとするが

「させるかっ!」

それよりも早く闘牙の拳がその腹に突き刺さる。その威力によって暴走体はその場に倒れ蹲ってしまう。

「クロノっ!」
「分かってる、封印!」

闘牙の言葉と同時にクロノは暴走体に向かって杖を構え封印魔法を行使する。後には小さな鳥とジュエルシードが残っているだけだった。そして


「私の出番が全然ないの……。」
「な……なのは……。」

どこか不満そうな表情を見せながらなのはにユーノは何も言うことができなかった……。



「全く……君はいつも突っ込みすぎだ。援護がなければどうするつもりだったんだ?」
「良いじゃねえか、お前が援護してくれたんだから問題ねえだろ。」

クロノの忠告にも闘牙はどこ吹く風と言った風に答える。もちろん闘牙はクロノの援護があるという前提で闘っていたのだが。すでに何度かクロノとは模擬戦と共闘をしているためその実力も把握している。何よりも闘牙はクロノの共闘を気にいっていた。まるでかつて珊瑚と共闘していた時の様な感覚が感じられたからだ。

「闘牙君ばっかりずるいの!」
「そうだよ、僕たちもちゃんと闘えるんだから。」

なのはとユーノがそう闘牙に迫ってくる。今回は闘牙が闘う予定になっていたもののなのはたちには不満があったようだ。

「分かった、分かった……昼飯好きなものおごってやるから機嫌直せって……。」

闘牙はそう苦笑いしながら二人を連れて食堂に移動していく。クロノはそんないつも通りの三人を見送った後、艦長室に向かっていく。

「あら、おかえりクロノ。」
「クロノ君、お疲れ。」

そこには艦長のリンディとエイミィの姿があった。

「エイミィもいたのか。仕事はきちんと終わらせたのか?」
「失礼だなー、ちゃんと終わらせたよ。サボるとクロノ君がうるさいしねー。」

クロノとエイミィはそんな調子で互いにからかい合う。リンディはそんな二人のやり取りをしばらく微笑みながら眺めた後

「それであの三人はクロノから見てどう?」

そうクロノに尋ねる。闘牙たちがアースラに加わってから既に一週間以上が過ぎようとしていた。

「……なのはとユーノは優秀な魔導師です。特になのはは魔法を覚えたばかりの子だとはとても思えません。特にあの無茶苦茶な闘い方……教えたのは闘牙らしいですがあの子には合っているようです。ランクでいえばAAAクラスに近い実力だと……。」

「ほんと、信じられないよね。魔力値だけならクロノ君より高いし。」

クロノは初めなのはの戦い方を見た時は驚き修正させようかと考えたのだがなのは自身が気に入っている様子、何よりも型にはまっているところが見られたため断念したのだった。

「ぜひ管理局に欲しい逸材ね……。それで闘牙君の方は?」

リンディはそう興味深そうにクロノに尋ねる。リンディが一番気にしているのはやはり闘牙だった。半妖と言う魔法とは違う力がどれほどの物か想像ができなかったからだ。クロノは少し目を閉じて思案した後ゆっくりと話し始める。

「あの三人の中で一番強いのは間違いないです。遠距離の攻撃手段がないのは弱点でもありますが……恐ろしく戦い慣れています。」

「へえ、クロノ君がそこまでほめるなんて珍しいね。クロノ君でも勝てなさそうなの?」

「どうだろうね……まだ切り札は持ってそうだし……何よりも僕が苦手な本能や直感で戦うタイプだ。できれば相手はしたくないな……。」

クロノは理論や理詰めで戦い、確実に相手を倒すタイプのため闘牙の様なタイプは苦手にしていた。だがそれは闘牙にも当てはまる。逆を言えば闘牙とクロノは互いに足りない部分を補い合うことできるコンビ。そのためその連携も上手くいっているのだった……。





(ここは……?)

フェイトはゆっくりとその体を起こす。ここはどこだろう。自分がだれで何をしていたのか思いだせない。そんな中、フェイトは自分の体が小さくなっていることに気づいた。年齢でいえば四、五歳だろうか。同時にフェイトは自分の体が自分の意志で動かせないことに気づく。まるで自分の体が別人になってしまったかのようだった。

そして『私』はそのまま草原を走りながら一直線に走って行く。その手には花で作られた冠が握られている。そして辿り着いた先には自分に笑いかけてくれる、優しい母さんの姿があった。

そこで私は初めてここが昔の夢の中だと気がついた。でも違和感を感じる。夢の中の母さんはたった数年前のはずなのに今よりもずっと若い。まるで十数年前の母さんのようだった。


「どうしたの、■■■■?」

母さんはそう優しく微笑みながら『私』の名前を呼ぶ。でもその声がなぜか聞き取れない。
まるでそこだけ霧がかかってしまっているようだ。

『私』はそのまま手にある花の冠を母さんの頭に乗せる。母さんはそれに一瞬、驚いた顔を見せてから

「ありがとう、■■■■」

そう『私』に向けて私が好きだった優しい笑顔を向けてくれる。




そうだ。

これが私が欲しかった世界。

これが私が取り戻したい、母さんが笑ってくれる世界。

なのに

なのに何かが違う。

それに気づいてはいけない。


もしそれに気が付いてしまったら私は――――




「母さんっ!」

フェイトは慌てて起き上がる。辺りを見渡すが母さんの姿はない。そしてフェイトは自分が部屋で仮眠をとっていたことを思い出す。時空管理局に見つからないようにジュエルシードを集めることは困難を極め、フェイトも疲労困憊だったからだ。

(今のは……夢……?でも………)

フェイトが何とかベッドから立ち上がりながら先程の夢を思い返していると

「フェイト、もう大丈夫なのかい!?」

隣の部屋にいたアルフが慌ててフェイトに近づいてくる。そんなアルフを見てフェイトは微笑みながらそれに答える。

「うん、少し寝れたからもう大丈夫。……じゃあ手筈通りに行こう、アルフ。」

フェイトはそのまま手に持ったバルディッシュを起動し、バリアジャケットを着る。その瞳にはすでに戦いに行くための光が宿っていた。

「フェイト………。」

これからフェイトが行おうとしていることははっきり言って無謀そのものだ。

もちろんそのことはフェイト自身も分かっている。それでもフェイトに立ち止まるという選択肢はなかった。そのことを分かっているアルフはそれ以上何もいうことはできない。
自分ができるのはフェイトの邪魔をするものをフェイトの敵を排除するだけ。そうアルフは自分に言い聞かせる。

そしてフェイトの脳裏には闘牙となのはの姿が浮かぶ。

きっとこれからまたあの二人と闘うことになる。

あの二人に出会ってからフェイトは自分が母親のこと以外にあの二人のことを考えるようになっていることに気づいていた。

母さんのために。それがフェイトすべてであり、生きる意味だった。それだけあればいいと、そう思っていた。

でも、闘牙と出会って、あの女の子と出会って知らず惹かれていっている自分に気づき始めていた。しかしその感情が何なのかフェイトには分からない。

自分が知らない自分と母さんを想う自分。

二つの感情にフェイトは板挟みになりつつあった。だがフェイトは一度頭を振りかぶり混乱しかけた自分を諫める。


(迷っちゃだめだ……私は……私は母さんの……母さんのあの笑顔のために闘うんだ……!!)

フェイトはそう自分に言い聞かせ、アルフと共に部屋を後にする。




その願いが決して叶わないことを知らずに………。






「なのは、ユーノ!」
「闘牙君っ!」
「闘牙っ!」

闘牙たちは走りながら合流しリンディ達の元に向かっていく。それは管内に警報が鳴り響いたからだった。そして闘牙たちが辿り着き見上げた巨大なモニターには

暗雲が立ち込めた海にいくつもの竜巻が起きている信じられないような光景が映っていた。それは自然には絶対に怒らないような規模の竜巻だった。
そしてその竜巻の中に二つの人影がある。それはフェイトとアルフだった。

「フェイトちゃんっ!?」

その光景になのはは悲痛な叫びを上げる。フェイトとアルフはジュエルシードによって発生した竜巻を何とかしようと挑むもその圧倒的力に翻弄され続けている。このままでは力尽きてしまうのは明白だった。

「何とも無茶する子ね……。」

リンディはそうどこか難しい顔をしながらそう呟く。海に落ちたジュエルシードを魔力を打ち込むことによって強制的に発動させ封印する。しかもその数は七個。それは無謀極まりない行為だった。

「あ……あの、私、急いで現場に……。」

なのははそう言いながらすぐさま現場に向かおうとするが


「その必要はない。あのまま放っておけばあの子は自滅する。」

クロノはそう冷静になのはに告げる。

「え……?」

なのはは一瞬クロノが何を言っているのか分からず立ちすくんでしまう。しかしその言葉の意味に気づき、驚愕する。それはフェイト達を見捨てるということだった。ユーノと闘牙もそのことに気づき、苦悶の表情をみせる。

「……自滅しなくても力を使い果たしたところで叩く。」

そんななのはたちの様子を見ながらもクロノはそう淡々と続ける。それは執務官としてのクロノの顔だった。

「残酷に見えるかもしれないけど……それが最善。」

リンディもそうクロノの言葉に続く。アースラといえどその戦力、人員は無限ではない。それは指揮官として艦長として当然の判断だった。

それは闘牙にも分かっていた。

今の自分は十七歳。組織がどういう物でリンディ達がどんな責務を負っているかは少しは分かっている。

フェイト達はどんな事情があろうともその行為は犯罪、犯罪者であることは間違いない。

そして管理局はそれを取り締まる組織。リンディ達の言うことは間違いなく正しい。最善だ。

なのに。


どうして自分の心はこんなにもざわつくのか。

モニターに映るフェイトの姿。

その表情に何故こんなに胸が締め付けられるのか。

何故――――


そう闘牙が戸惑った瞬間、


腰にある鉄砕牙が騒ぎだす。


(鉄砕牙………)

それはまるで闘牙に訴えかけているようだった。

鉄砕牙は闘牙の心に反応していた

鉄砕牙は闘牙の心の迷いを冥道残月破を放った後から感じ取っていた。それはこれまで闘牙が闘ってきた理由。誰かを守りたいという気持ちが揺らいでしまっていたことを意味していた。

鉄砕牙と天生牙は自ら使い手を選び、自らが認めた使い手にしか力を貸さない。

そして鉄砕牙と天生牙を使いこなすにはそれに相応しい「強さ」と「心」が必要になる。

闘牙はこれまで鉄砕牙を手に入れた時から「かごめを守りたい」という強い思いを持ち続けながら闘い続けてきた。

その心は一度も折れることなく育まれ、妖怪化の制御という「強さ」を手に入れ闘牙は鉄砕牙の真の継承者となった。

だがかごめを失ったことで闘牙の心は折れ、その気持ちは失われてしまっていた。

しかし再び犬夜叉の力を手に入れ、なのはとユーノに出会ったことで闘牙は再び誰かを守りたいという心を取り戻し、それに鉄砕牙も応えた。

その心は間違いなく闘牙自身の気持ち。決してかごめの代わりでもない、偽物でもない、本当の気持ちだった。だが闘牙はそのことに気づかず、迷い苦しんでいる。


鉄砕牙はそのことを闘牙に気づかせるためにそして、闘牙ならその「心」を取り戻してくれると信じただ待ち続けていたのだった……。



闘牙はそんな鉄砕牙の気持ちに気づき、自分の想いが、闘う理由が間違いではなかったことを悟る。




そうだ――――

俺には何が正義で何が悪かなんて分からない――――

元々そんなことを考えるなんて性に合わない――――

俺は管理局でも――――

正義の味方でもない――――

いつだって俺は――――


俺自身の心に従ってきた――――


そして俺は目の前の少女を――――




闘牙はそのことを思い出し、なのはとユーノに目を向ける。そんな闘牙の視線に当然のように二人は頷く。三人の心は既に一つになっていた。そして闘牙たちはそのまま転送装置の場所に迷いなく向かっていく。

「君たち、何を!?」

そんな闘牙たちにクロノが驚きの声を上げる。しかし間に合わず既に転送は始まってしまう。闘牙たちは罰が悪そうな顔をしながら

「ごめんなさい、後できちんと謝ります!」
「悪いな、クロノ。あとで説教でも何でも受けるさ。」
「行くよ、なのは、闘牙!」

そう言い残し、アースラから姿を消したのだった……。





「ハアッ……ハアッ……」

フェイトは肩で息をし、苦悶の表情を浮かべながら竜巻に対峙する。すでにジュエルシードを発動させるためにつかった魔力によって体力は消費し、疲労困憊。加えてジュエルシードの数は七個。これだけの数のジュエルシードを封印することはいくらフェイトといえど不可能だった。しかしフェイトはそんなことなど関係ないといわんばかりにバルディッシュを手に構え竜巻に挑んでいく。だがその強力さによってフェイトはそのまま吹き飛ばされてしまう。

「フェイトっ!フェイト―――っ!!」

アルフがそんなフェイトを救おうと近づこうとするも他の竜巻の攻撃のよって近づくことができない。そして吹き飛ばされたフェイトに向かって無数の竜巻が襲いかかってくる。

(母さん………トーガ………)

フェイトはそのまま目を閉じることしかできない。そしてその攻撃がフェイトを飲み込もうとした瞬間、


桜色の砲撃が竜巻を貫き、その軌道を変えていく。

そして次の瞬間、フェイトはそのまま誰かに抱きかかえられながらに上空に連れだされる。フェイトの目を開けた先には


「よう、随分無茶してるじゃねえか。」

そうどこか場違いな口調で自分に微笑みかけてくる闘牙の姿があった。

「トーガ……?」

フェイトは自分の目の前の光景が信じられないといった様子で目を見開くことしかできない。そんな中

「闘牙君ばっかりずるい!」

そうどこか不機嫌そうななのはが二人に近づいてくる。ユーノはそんななのはの様子に苦笑いするしかない。

「フェイト、一人で飛べるか?」
「う……うん。」

フェイトは戸惑いながらも闘牙の腕から離れその場に浮かぶ。何故ここに闘牙たちがいるのか。何故自分を助けてくれたのか。フェイトは事態が分からず困惑するしかない。

「フェイトっ!!」

そんな中何とか竜巻から脱出したアルフが凄まじい速度でフェイトに近づき抱きついてくる。その目には涙が浮かんでいた。そしてアルフはそのままフェイトを庇うようにその前に立ちふさがる。しかしそんなアルフを見ながらもなのははそのままフェイトに近づいてくる。

「いったい何のつもりだい!?」

アルフはそう言いながらなのはを威嚇する。しかしなのははそのままレイジングハートから自らの魔力を形にした物をバルディッシュに向かって譲り渡す。その瞬間、フェイトの中にその魔力が浸透していく。フェイトとアルフはその光景に驚くことしかできない。

「ふたりできっちり半分こ!」

なのははそう笑いながらフェイトに告げる。なのはは自らの魔力の半分をフェイトに分け与えたのだった。それはなのはの気持ちを表したものだった。

なのはの脳裏にかつての悲しかった日々が蘇る。士郎が怪我をし、桃子、恭也、美由希はお店と家のことで手一杯となりなのはは一人家で過ごす日々が続いた。

ひとりぼっちで過ごすことの寂しさ。それをなのはは誰より理解していた。そんななのはが一番欲しかった物。

それは喜びも悲しみも半分に分けあえる、そんな存在。そして今、自分にはユーノと闘牙という二人の仲間がいる。二人がいればきっと何でもできる。なのはは自分がフェイトに伝えたいことを見つけ出す。


しかしその瞬間、ジュエルシードによって起こった竜巻が一つにつながり、巨大なハリケーンへと姿を変える。その強力さは先程までの比ではない。その脅威にフェイトとアルフの顔が曇る。しかしなのはとユーノには不思議と焦りはなかった。その視線の先には
鉄砕牙に手を掛けた闘牙の姿があった。

「お前ら、危ねえから少し離れてろ。」

「トーガ……!?」

一人ハリケーンに向かっていく闘牙に驚き、フェイトはそれを止めようとする。しかし

「大丈夫だよ、フェイトちゃん。」
「うん、闘牙は絶対に負けない。」

なのはとユーノがそう絶対の信頼を持ってフェイトに告げる。フェイトはそんな二人の言葉に驚きながらも闘牙を見つめ続ける。


闘牙は一人、目の前のハリケーンに向かい合う。その強力さは先程までの比ではない。だが今の自分は誰にも負けない。鉄砕牙の鼓動が聞こえてくる。自分の心が高まってくるのを感じる。闘牙はそのまま一気に鞘から刀を抜き放つ。その手には復活した鉄砕牙が握られていた。

同時にその刀身に風が巻き起こる。その力は以前と同様、いやそれ以上の力が満ちていた。


まだ自分の答えを見つけられたわけじゃない。


だがそれでも


悩むのも後悔するのは後でいい。


今はただ――――


目の前の少女を守るために――――!!



闘牙はそのまま鉄砕牙を振りかぶる。


その力に反応したのかハリケーンがその力を闘牙に向かって解き放つ。


だが


「風の傷っ!!!」


闘牙が全力で鉄砕牙を振り下ろした瞬間、その威力によってハリケーンは一瞬でかき消されていく。それはまるで海を消し飛ばしてしまうのではないかと思うほどの威力だった。

それはまさしくお伽噺の様な光景だった。


「あらまあ………。」
「す……すごい………。」
「な……なんてでたらめな………。」

リンディ達はその光景を唖然とした顔で眺めるしかない。暴走したジュエルシード七個分の力を持ったハリケーンをたった刀の一振りで消し飛ばす。とてもリンディ達の常識では測りきれないものだった。

フェイトとアルフも目の前の光景に目を奪われるしかない。闘牙が強いことは分かっていたがこれほどまでとは想像していなったからだ。

しかしジュエルシードは再びその力によって竜巻を引き起こそうとする。それに気づいたなのはとユーノは封印の体勢に入る。

「行くよ、なのは!」
「うん!」

ユーノはそのままチェーンバインドによって再び起こり始めようとするジュエルシードを拘束していく。しかしその数が多く全ての力を抑え込むことができない。そのことにユーノが焦りを感じた時、オレンジ色のチェーンバインドがそれを助けるかのようにジュエルシードに巻きついていく。それはアルフによる物だった。

「アルフさん!」

「借りを返すだけだよ、今回だけさ!」

なのはの喜びの声にそうどこか照れくさそうにアルフが答える。同時になのはは砲撃魔法の体勢に入る。フェイトはそんな三人の様子に目を奪われながらこれまで感じたことない感情に支配される。それが何なのかフェイトには分からない。でもこの気持ちはきっと……。


『Sealing form, setup』

フェイトの心の変化を感じ取ったかのようにバルディッシュがその形態を変える。

「バルディッシュ……」

フェイトはそんなバルディッシュを驚きながら見つめた後、そのまま封印の体勢に入る。そして


「ディバインバスター……フルパワ――――っ!!」
「サンダ―――……レイジ――――っ!!」

なのはとフェイトの封印魔法が同時に海底にある全てのジュエルシードの向かって放たれる。その力によって暴走した魔力が次々に収まって行く。そして辺りはまるで嵐が収まったかのような静けさに包まれる。


そんな中、なのはとフェイトはそのまま互いを見つめ合う。なのははどこか嬉しそうな笑みを浮かべながらフェイトを見つめている。フェイトはそんななのはに思わず見とれてしまっているようだった。そんな二人を闘牙とユーノは静かに見守っている。そして


「私……フェイトちゃんと友達になりたいんだ。」


なのははそう真っ直ぐに自分の気持ちをフェイトに伝える。フェイトはそんななのはの言葉に驚きの表情を浮かべる。


『友達』


それは自分が全く考えたことのない言葉だった。

目の前の女の子は

こんな私と友達になりたいと言ってくれている。

私――――


私は――――


フェイトがそのまま何かを口にしようとしたその瞬間、





紫の雷が全てを奪い去っていた――――



[28454] 第11話 「誓い」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/19 21:52
薄暗いアースラの一室に五つの人影がある。一つはリンディ。大きなテーブルに両手をつきながら真剣な表情で闘牙、なのは、ユーノの三人を見つめている。そして少し離れたところにクロノは控えていた。

「命令違反に独断行動……本当なら厳罰になるのですが……結果として得るものもありました。よってこの件は不問とします。」

リンディはそう言いながら三人に目をやる。闘牙たちはその言葉にほっと胸をなでおろす。

「ただし、二度目はありませんよ、いいですね?」

リンディはそう三人に釘をさす。そんなリンディの言葉に慌てながらも闘牙たちはすぐさま頷く。

今、闘牙たちはフェイトを助けるために命令を無視してしまったことに対する説教を受けている最中だった。闘牙たちも怒られることは覚悟の上だったがなのはとユーノは艦長としてのリンディの顔に少し萎縮してしまっているようだった。最悪、アースラから下ろされることも闘牙は考えていたため思ったよりも軽い説教で済んだことにほっとする。しかし。そんな中

「それと闘牙君の刀……鉄砕牙についても考えないといけませんね……。」

そうリンディは少し考えるような仕草を見せながら闘牙の腰の鉄砕牙に目をやる。先程の海上で見せたジュエルシードの暴走を一振りで薙ぎ払った力。闘牙から口頭ではそのことを聞いていたリンディだったがあれほどの物だとは予想外だった。

質量兵器の上にあれだけの力。場合によってはロストロギアに指定される可能性もある。だが制御という点では闘牙しか使えない代物であること、短い間だが闘牙の人となりを見れば危険は少ないとみていいだろう。ここで鉄砕牙を取り上げる、もしくは協力を断ったところで闘牙がそれに応じる性格ではないことも明らか。そんなことをすればなのはやユーノの協力も得られなくなる可能性もある。何よりもフェイトを無力化できる戦力が抜けることは大きな痛手になる。先の雷の攻撃からも犯人はフェイトだけではない。様々なことを考慮した結果

「……鉄砕牙についてはあの技を人に向けて使うことは禁止、それを守れなかった場合にはこの事件からは手を引いてもらいます。それでいいですね?」

リンディはその辺りが落とし所だろうと判断し闘牙に提案する。

「はい、分かりました。」

闘牙はそんなリンディの提案にすぐさま了承する。鉄砕牙を取り上げられるのではないかと内心焦っていたため闘牙は胸をなでおろす。風の傷については言われるまでもなく人に向けて使う気などさらさらなかったので何の問題もない。なのはとユーノも今まで通り闘牙が闘えることに安堵しているようだ。リンディはそんな三人の様子を満足そうに見た後にさらに話を続ける。

「クロノ、先程の攻撃について心当たりがあると言っていたけれど」

先程の攻撃とは闘牙たちを襲った紫の雷のことだった。なのはがフェイトに話しかけ、フェイトがそれに答えようとした瞬間、上空から突然、紫の雷が闘牙たちを襲ってきた。フェイトはその直撃を受けながらもアルフとともにその場を離脱。アースラも同様に攻撃を受けその混乱に乗じてジュエルシードも奪われてしまった。闘牙もなのはを庇うためにその攻撃を鉄砕牙で斬り裂いたのだがその威力に驚かされた。間違いなくこれまで自分が闘ってきた魔導師の中で一番強力なものだったからだ。

「はい、あの少女、フェイト・テスタロッサのテスタロッサという名前に聞き覚えがあったので調べていたんです。」

クロノはそう言いながらテーブルの上にモニターを表示する。そこに一人の女性の姿が映し出される。黒い服を着た妙齢の女性の姿がそこにはあった。

「僕らと同じミッドチルダ出身の魔導師、プレシア・テスタロッサ。かつて大魔導師とまで呼ばれていた人物です。」

そしてクロノは続けて説明していく。

プレシアが次元航空エネルギーの開発を行っていたこと。違法研究と事故によって放逐されたこと。先程の雷の魔力波動も登録されたものと一致していたこと。そしてフェイトは恐らくプレシアの娘であること。

「フェイトちゃん、雷が落ちた時に言ってました……『母さん』って……。」

なのはは顔を俯かせながらそう話す。その言葉は近くにいた闘牙の耳にも聞こえていた。

「でも……驚いてるって言うより何だか怖がってるみたいでした……。」

なのはは言いづらそうにしながら自分が感じたことを伝えていく。その言葉に皆、考え込んでしまう。

そんな中、闘牙の中には確信に近いものが生まれつつあった。以前フェイトが言っていた母親のためにジュエルシードを集めているということ。そしてあの腕や恐らく体中にあるであろう傷。それが意味するもの。知らず闘牙の手は握りこぶしになっていた。


「エイミィ、プレシア・テスタロッサに関する情報を可能な限り集めて頂戴。クロノ、アースラのシールドの強化と武装局員の増員を要請して。」

「はい。」
「分かりました。」

クロノとエイミィはリンディの指示に従いすぐさま動き始める。どうやら本格的にアースラが動き始めるようだ。自分たちはどうするべきか闘牙たちが考えていると

「あなたたちは一旦元の世界に戻った方がいいでしょう。少し準備に時間がかかるだろうし。特になのはさんは学校もあるでしょうから、一度顔を見せておいた方がいいわ。」

リンディはいつもの親しみやすい雰囲気に戻りながらそうなのはたちに提案する。なのははまだ何か思うところがあったようだが

「なのは、とりあえず一旦帰るぞ。みんな心配してるだろうし、今俺たちがいてもできることはないしな。」

「……うん。」

闘牙はそうなのはを諭し、リンディの提案を受け入れ一旦元の世界に戻ることにするのだった……。




次元空間のはざまに巨大な要塞の様な物が存在している。それは時の庭園と言われるプレシア・テスタロッサの本拠地だった。そしてその庭園内の建物の中に一人倒れている少女の姿がある。それは傷つき、意識を失ってしまっているフェイトだった。

「フェイトっ!!」

アルフはすぐさま自ら主の元に近づき、その体を抱きかかえる。しかしフェイトは意識を取り戻すことはなかった。その姿がどれほどひどい仕打ちをフェイトがプレシアから受けたのかを物語っていた。

あの雷の攻撃の後、時の庭園に戻ったフェイトはそのままプレシアの部屋に連れて行かれ、そのまま罰と称した虐待を受けていた。アルフはフェイトの悲鳴を聞きながらもどうすることもできない。自分がプレシアに楯突けばその分フェイトがさらに辛い目に会ってしまうからだ。そう言い聞かせてアルフは何とかこれまで自分を抑えてきた。しかしそれももはや限界だった。

(許さない……!!絶対に許さないっ!!)

アルフは自分の中の何かが切れてしまったことを感じる。アルフは凄まじい怒りの感情に支配されてしまっていた。アルフは自らの拳を振るい、プレシアがいる部屋の扉を吹き飛ばす。そして煙が晴れた部屋の奥には黒い服を着、冷たい雰囲気を纏ったプレシア・テスタロッサの姿があった。

プレシアは一度、アルフの方に目をやるが興味はないとばかりにすぐに自分の作業に戻ろうとする。まるでアルフのことなど眼中にない。いないも同然だと言わんばかりの態度だった。その瞬間、アルフは獣になった。

「あああああっ!!」

アルフは狼本来の様な動きで一瞬でプレシアとの距離を詰め殴りかかる。しかしそれはプレシアのシールドによって難なく弾かれてしまう。

「ぐっ!!」

吹き飛ばされながらもアルフは凄まじい殺気をプレシアに向け続ける。しかしプレシアはそれを受けながらも表情一つ変えない。それは二人の間の絶対的な力の差から生まれている物だった。アルフとてそのことは十分わかっている。自分では逆立ちしたところで目の前のプレシアには敵わないだろう。だがそれでもアルフはフェイトに命を救ってもらったあの時から、フェイトを守ると心に誓った。その誓いを守るために自分は引くわけにはいかない。

「うあああああああっ!!」

咆哮を上げながら再びアルフはプレシアに向かっていく。しかしやはりそれはシールドによって拒まれてしまう。だが

「あ……ああああああっ!!」

アルフは自分の限界以上の魔力を両の手に込め力づくでそのシールドをこじ開けていく。

しかしそれに合わせてアルフの手は鮮血に染まって行く。しかしアルフはそんなことは関係ないとばかりにシールドをこじ開けていく。フェイトが感じた痛みや苦しみに比べればこんなものは何でもない。アルフはそのままシールドを破り、そのままプレシアの掴みかかる。

「あんたはあの子の母親で……あの子はあんたの娘だろうっ!!」

アルフはプレシアに顔を近づけながらそう慟哭する。しかしそんなアルフを見ながらもプレシアは表情を崩さない。

「なのに何で……あんなに頑張ってる子に……あんなに一生懸命な子に……」

知らずアルフの目に涙が溢れる。フェイトがどんな気持ちで、どんなに身を削って、どんなに傷つきながらプレシアのために、母親のために頑張ってきたのか。誰よりも分かっているからこそアルフはプレシアを許せない。

「なんであんなにひどいことができるんだよっ!?」

そう叫んだ瞬間、アルフは吹き飛ばされてしまう。それはプレシアの手から放たれた魔力の波動によるものだった。アルフはそのまま後方の階段に向かって吹き飛ばされ激突する。しかしその痛みに顔を歪めながらもアルフはプレシアから顔を背けようとはしなかった。

「……あの子は使い魔の作り方が下手ね。余分な感情が多すぎる。」

プレシアはそう冷たく呟きながらアルフに近づいていく。その手には杖が握られていた。

「フェイトは……あんたの娘は……あんたに笑ってほしくて……優しいあんたに戻ってほしくて……あんなに……!」

痛みに耐えながらもアルフはそうプレシアに訴え続ける。しかしプレシアはそのまま自らの杖をアルフに向け、とどめを刺そうとする。

「くっ……!!」

その瞬間、アルフは咄嗟に手を地面に着き転移魔法を発動させる。同時にプレシアの攻撃が辺りを破壊していく。そして煙が晴れた先には大きな破壊による穴の痕が残っているだけだった。


(誰か……誰か……フェイトを………)

転移の最中、アルフはそうフェイトの身を案じながら意識を失った……。





「ただいま、アリサちゃん、すずかちゃん!」

なのはそう元気よく二人の親友にあいさつをする。なのははアースラから元の世界に戻り。久しぶりに学校に登校してきたのだった。

「なのはっ!?」
「なのはちゃん、いつ帰ってきたの!?」

なのはがいることに驚きながらも喜びの声を上げながらアリサとすずかがなのはに近づいてくる。そしてなのはは二人に質問攻めに会ってしまう。アースラに行くことは既に話していたのだがあまり詳しい事情までは話す時間がなかったからだ。なのははそんな二人に困惑しながらもこれまでの事情を説明していく。

ジュエルシードのこと。

リンディ、クロノ、エイミィのこと。

そしてフェイトのこと。

「大変だったんだね。」
「でももうすぐ終わりそうなのね。」

「うん……きっとそうなると思う。」

アリサの言葉になのははそう答える。何となくであるがジュエルシードから始まったこの事件はもうすぐ終わることになる。そんな予感がなのはの中にはあった。真剣な表情のなのはを見ながら二人はさらに話を振ってくる。

「……それじゃあ、そのフェイトって子と友達になれたらすぐに紹介してよね!」
「私たちも楽しみにしてるの。」

アリサとすずかはそう笑いながらなのはに告げる。その言葉は今のなのはにとっては何よりも勇気づけられる言葉だった。

「うん、約束する!」

なのははこの世界が自分にとって帰る場所なのだということを実感し知らず笑顔を取り戻す。いつもの表情に戻ったなのはに二人は安堵しながらもアリサは先程の話で気になったことがあったことを思い出す。

「そういえばなのは、ユーノってもう人間に戻れるようになったんでしょ?」
「?そうだけど……。」

アリサが何を聞きたいのか分からずなのはは首をかしげる。

「でもあんたさっきまだ一緒の部屋で寝てるって言っなかった……?」
「そうだよ?それがどうしたの?」

アリサは何とか自分の意図をなのはに伝えようとするがなのはには全く通じていないようだ。既に以前、同じことを聞いたすずかはそんなななのはに苦笑いするしかない。

「なのは……あんた結構大物になるかもしれないわね。」
「?」

事情が分からず頭に?マークを浮かべているなのはを見ながらそうアリサは言葉を漏らす。

(ユーノ君……頑張ってね……)

すずかはここにはいないユーノに心の中でエールを送るのだった……。





「ふう……」

そう溜息をつきながら闘牙は椅子に腰を下ろす。今、闘牙は久しぶりの翠屋のバイトの休憩中。やっと仕事を覚えられたところでのアースラへ行くことになったため、勘を取り戻すまで時間がかかり闘牙はいつもより疲労してしまっていた。自分が元の世界に、日常に戻ってきたことを実感しながらそのまま何をするでもなくぼーっとしていると

「お、ここにいたのか。闘牙君。」

「士郎さん……?」

厨房で働いていたはずの士郎がいきなり姿を現す。どうやらその口ぶりから自分を探していたようだ。

「どうしたんですか、お客さんがたくさん来たとか?」

人手が足りなくなったのかと思い、闘牙はその場を立ち上がろうとするが

「いや、そういうわけじゃない。ちょっと闘牙君と話したいと思っただけだよ。」

そんな闘牙を制しながら士郎は対面するように休憩室のいすに座る。闘牙はそんな士郎の様子に首を傾げるしかない。士郎はそのまま何度か闘牙を見直した後

「どうやら、迷いはなくなったようだね。」

そう告げる。

「え?」

闘牙はそんな士郎の言葉に呆気にとられてしまう。そんな闘牙の様子がおかしかったのか士郎は笑いながら闘牙に向き合う。

「どうしてそのことを……。」

闘牙は鉄砕牙が使えなくなってからは特になのはたちには心配は掛けないように振る舞ってきたつもりだった。しかしそれをあっさり見破られてしまったことに驚きを隠せない。

「まあこれでも三児の父だからね。そのぐらいは分かるさ。流石に何に悩んでるのかまでは分からなかったが……。」

士郎と桃子は闘牙が最初から何か無理をしていること、それを隠そうとしていることには気づいていた。だが無理にそれを聞き出しても意味がないと考え、見守っていたのだった。

「なのはとユーノ君のことをお願いしているからあまり強く言える立場じゃないが……無理はしないようにしなさい。」

士郎はそう優しく諭すように闘牙に話しかける。それはまるで息子に話しかける父親のようだった。

「君もまだ十七歳だ……どうしても困った時には大人を頼りなさい。僕じゃ言いづらくても桃子さんもいるしね。」


「……はい!」

ただ純粋に自分のことを心配してくれる存在がいることの大切さに闘牙は改めて気づき、そう力強く頷く。士郎もそんな闘牙の様子を見て安心したような顔を見せる。そんな中

「大変、士朗さん、闘牙君こっちに来て!」

店の入り口の方からそんな慌てた桃子の声が聞こえてくる。何があったのかと思いながらも二人は急いで声がしたほうに向かっていく。

そこには怪我をし、衰弱をした赤い狼の姿があった。


「アルフっ!?」

その狼がアルフであることに気づいた闘牙は慌ててそばに駆け寄って行く。何故アルフがこんなところに。何故こんな姿で。闘牙は今の状況が理解できず混乱するしかない。だが


「お願いだよ……闘牙……フェイトを……フェイトを助けて……。」

アルフはそんなボロボロの体でそう闘牙に話しかけてくる。今まで決して自分のことを名前で呼ばなかったアルフが自分に頼みごとをする。その言葉に込められた思いに闘牙は気づく。

アルフはプレシアの攻撃を受ける前に間一髪のところで転移することができた。しかしその体は満身創痍。とても魔法を行使できるような状態ではなかった。加えてここには頼ることができる人も場所もいない。ただ一つ、闘牙となのはを除いて。そしてアルフは以前闘牙に会いに行ったフェイトを尾行していたことで闘牙が翠屋にいることを知っていた。


アルフは残された力を振り絞って闘牙に助けを求めてきたのだった……。




闘牙はそのままアルフを急いで高町家に運び、ユーノに治癒魔法を施してもらった。そのおかげがアルフは話すだけなら問題ないレベルまで回復することができた。どうするべきか少し悩んだが闘牙はそのままクロノに連絡を取ることにする。すぐにサーチャーが闘牙の部屋に現れ、クロノは念話でアルフと会話を始める。念話が使えない闘牙はユーノに通訳してもらいながらその話を聞き続ける。

『どうやら複雑な状況らしい……君たちの事情をきちんと話してくれれば、君の主、フェイト・テスタロッサも悪いようにはならないよう約束する。』

クロノはそう静かにアルフに提案する。アルフはしばらく目をつぶった後

『分かった……話すよ、全部。』

静かにこれまでの自分たちの状況を話し始める。


フェイトの母親、プレシア・テスタロッサが全ての始まりであること。

プレシアが欲したジュエルシードを手に入れるためにフェイトは動いていたこと。

フェイトはただ母親のために闘っていたこと。

しかしプレシアはそんなフェイトに虐待を繰り返していたこと。

そんなプレシアに我慢できず自分がプレシアに歯向かい、深手を負ったこと。




『そんな……』

その話を聞いたなのははそう悲痛な声を上げる。なのはは学校にいる最中だが念話によって会話に参加している。闘牙もユーノもそんなアルフの話に口をはさむことができない。クロノは少し思案するような仕草を見せた後

『……これまでの状況から考慮してもどうやら疑う余地はないようだ。これから本件はプレシア・テスタロッサの逮捕を目的に動くことになる。悪いが明日には闘牙たちと一緒に来てもらうことになる。それで構わないか?』

『ああ、宜しく頼むよ……』

アルフがそう答えると同時にサーチャーは消え、部屋には闘牙とユーノ、アルフの三人だけになった。闘牙はとりあえずアルフが体力を回復するのを邪魔するわけにはいかないと思い席をはずそうとする。だが


「闘牙……今更、虫がよすぎるってのは分かってる……でも……フェイトを……フェイトを助けてやってほしいんだ……。」

絞り出すような声でアルフはそう闘牙に懇願する。その目には涙があふれ始める。

「あたしじゃあ……フェイトを守ることも……プレシアを止めることもできなかった………。」

涙は止まらず、涙声になり嗚咽を漏らしながらアルフは自身の心内を吐露する。それはこれまで誰にも言えずため込むことしかできなかったアルフの心の叫びだった。

「でも……フェイトはあんたと……あんたと話してる時は本当に楽しそうだった……あれが……あれがフェイトの本当の姿なんだ………だから……だから………」

そんなアルフの頼みを聞きながら闘牙はアルフの頭に手を乗せる。そして

「……分かった、後は任せろ。」

そう闘牙力強くそれに答えるのだった……。





その日の夜、闘牙はなのはの元を訪れていた。闘牙の方からなのはの部屋に訪れるのは珍しいためなのはもどこか緊張した面持ちを見せる。そして

「なのは、頼みがある。」

闘牙はそうなのはに切りだしてくる。

「「え?」」

そんな闘牙になのはとユーノはあっけにとられたような顔をする。闘牙から頼み事をされることなど初めてだったからだ。そして

「なのは、お前がフェイトを止めてやってくれないか?」

闘牙はそうなのはに頼みこむ。


闘牙ならフェイトを無力化し助け出すこともできるだろう。でもそれではきっと意味がない。

フェイトを本当の意味で止められる、助けられるのはなのはだけなのだと闘牙はそう考えていた。

『誰かと分かりあうため』の力を求めている、フェイトと対等に、ぶつかり合い、そして『友達』になりたいと願っているなのはだからこそきっとフェイトを救うことができると。

そして自分が本当に戦うべき相手はフェイトではない。そう闘牙は考えていた。


そんな闘牙の想いが通じたのか、なのはは真剣な様子で闘牙を見つめた後、

「当たり前だよ。それに私だけじゃない。『みんな』でフェイトちゃんを助けよう!私たちは仲間なんだもん!」

そう笑いながら闘牙に告げる。その言葉はかつて闘牙がなのはに告げた言葉でもあった。そのことに気づき、驚きの顔を見せた後、闘牙も笑みを浮かべる。


「……ああ、宜しく頼むぜ、なのは、ユーノ!」

「うん!」
「頑張ろう、闘牙!」

三人は決意を新たに誓い合う。



自分にはなのはとユーノ、クロノやリンディ、エイミィ。



そして自分の帰りを待ってくれる高町家のみんな。




仲間と帰る場所が自分にはある。



恐れるものは何もない。




三人の出会いから始まった物語は一気に終息に向かおうとしていた………。




[28454] 第12話 「想い」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/23 09:11
今、アースラの制御室に四人の人影がある。それはリンディ、クロノ、エイミィと人間の姿になっているアルフだった。

「つまり、プレシア・テスタロッサが目的を果たすためには今まで手に入れた以上のジュエルシードが必要なのね?」

「ああ……あいつはそう言ってた……そのせいでフェイトは……」

リンディの質問にアルフは苦渋の表情を浮かべながらそう答える。アルフがアースラに保護されてからすでに三日が過ぎようとしていた。アースラはシールドの強化、戦闘局員の増員を終え既に臨戦態勢に入っている。そして先の闘いからまだプレシアもフェイトも行動を起こしていない。すぐにでもフェイトを助けに行きたいアルフだがフェイトがいる時の庭園は常に次元空間を移動しており、その座標はフェイトにしか分からない。そんな状況にアルフは焦りを感じているのだった。そんなアルフの様子を見て取ったクロノは冷静に現状を口にする。

「既に二十一あるジュエルシードはこちらで確保したものとプレシアに奪われたもので全て出揃っている。プレシアがさらにジュエルシードを手に入れるにはこちらに接触してくるしかない。そしてどうやら君の話から考えるにプレシアはジュエルシードの確保をかなり焦っている節がある。近いうちに必ず仕掛けてくるはずだ。」

「そうね……その時がフェイトさんを助けるチャンスになるわ。だから焦らずに待ちましょう。」

リンディがそうクロノの言葉に頷きながらアルフに話しかける。アルフはその言葉に頷きながらも俯いてしまう。アルフはフェイトと精神的にもリンクしている部分がある。アルフには今もフェイトが苦しみ、悩んでいることが伝わってくる。しかし今の自分にはどうすることもできない。そんなことを考えていると

突然、大きな爆発音と衝撃がアースラを襲う。その瞬間、船員たちに緊張が走る。

「どうしたの、敵襲っ!?」

リンディがそう叫びながらエイミィに確認する。アースラは今、常に警戒状態にありいつでも襲撃に備えることができるようにしていたはず。そう思いながらもリンディとクロノは戦闘体勢に入ろうとする。しかし

「敵襲じゃありません!これは……え……?訓練室……?」

エイミィはそう戸惑った声を上げる。どうやらプレシア達ではないようだがエイミィにも様子が分からないらしい。クロノとアルフはそのまま急いで先程の衝撃の原因があると思われる訓練室へと急ぐ。そして辿り着いた訓練室には


ボロボロになった闘牙が床にうつぶせに倒れ込んでいる姿があった。

「なっ……!?」
「闘牙っ!?」

そんな闘牙の様子にクロノとアルフは驚きの声を上げる。闘牙はそのまま動こうとはしない。いや動けないようだ。しかもその倒れている場所はまるで隕石が落ちたかのようなクレーターができている。一体何があったのか。二人が呆然としていると

「闘牙君っ!?」
「と……闘牙っ!?」

訓練室にいたなのはとユーノが慌てながら闘牙に近づいてくる。なのははバリアジャケットの姿。どうやらいつものように闘牙となのはが模擬戦をしていたようだ。特に最近はフェイトとの戦いに備えていつも以上の過酷な訓練をなのはが闘牙から受けているところをクロノとアルフは何度も目にしていた。だが一体何があればこんな惨状になるのか。そんなことを考えていると

「うっ………」

うめき声を上げながら闘牙がよろよろとその場を立ち上がる。しかしその足はふらつきまだ意識がもうろうとしているのか何度も頭を振っている。

「だ……大丈夫……?闘牙君……。」

どこか罰が悪そうな顔で恐る恐るといったようになのはがそう闘牙に話しかける。ユーノはそんななのはの様子に顔をひきつらすことしかできない。ユーノ自身もどこか戸惑いを隠せないような様子だ。

「君たちは一体何をしてたんだ……?」

そんな三人にクロノは戸惑いながらも問いかける。この訓練室には何重もの結界が張られ高ランク魔導師が模擬戦をしても問題がないほどの強度がある。にも関わらずあの衝撃と目の前の惨状。一体何があったのか。闘牙はそんなクロノの疑問に答えることなく

「もうお前とはしばらく模擬戦はしなくていいかもな……」

そうどこか悟った様な表情で呟く。あの砲撃、光は下手をするとトラウマものだ。しかもこんなにボロボロになったのはいつ以来だろうか。もしかしたら竜骨精たちとの戦い以来かもしれない。まさか手加減していたとはいえ、なのはに、しかも模擬戦でこんな目に会うとは闘牙も思っていなかった。もしかしたら自分はとんでもない相手を育てていたのかもしれない。闘牙はなのはの戦い方の師としてうれしいやら恐ろしいやら複雑な気持ちになってしまっていた。

「な……なんでっ!?」

なのははそんな闘牙の言葉に焦りながら弁明しようとするが闘牙は心ここに非ずと言った様子で答えようとはせず、

「ユーノ君も何とか言ってよ!」

なのはは何とかユーノにこの場を納めてもらおうするが

「……………ごめん……なのは……」

ユーノはそう言いづらそうにしながら目を背ける。そしてユーノは密かに、なのはだけは本気で怒らせないようにしようと心に誓う。

なのはは二人のそんな態度に慌てながらも怒りながら迫って行き、二人はそんななのはから逃げ回っている。クロノはどんな状況でもある意味いつもどおりな三人に溜息をつきながら頭をかく。そして

アルフもそんな三人を見ながら知らず自分の表情が緩んでいることに気づく。

自分は間違っていなかった。闘牙なら、闘牙たちならきっとフェイトを救ってくれる。そんな不思議な魅力、力が闘牙たちにはある。アルフはそう確信するのだった………。






時の庭園の一室でフェイトは一人、自らの手にあるバルディッシュを見つめ続けている。その表情は部屋の暗さによってうかがうことはできない。だがそれでもフェイトが一人、深く悩んでいることは明らかだった。

(アルフ………)

フェイトはそのまま自らの相棒であり、家族であるアルフのことを考える。自分が目覚めた時には既にアルフは時の庭園にはいなかった。その後、フェイトはプレシアからアルフは逃げ出してしまったという話を聞かされた。そして同時にさらに多くのジュエルシードが必要なこと。それをできるだけ早く手に入れてきてほしいと。

フェイトはアルフが逃げ出してしまったという話はおそらくプレシアの嘘であることは何となく理解していた。アルフとの魔力のラインはまだつながっていることからアルフが無事なことは間違いない。フェイトはそのことに気づき安堵する。どこにいるのかは分からないが無事でいてくれるなら。そう思いながらもフェイトはいつも一緒にいてくれるアルフがいないことに寂しさを隠しきれない。

いつも一緒で、明るくて、優しくて、こんな私にずっと一緒にいてくれると、そう誓ってくれたアルフ。アルフが自分にとってどんなに大切な存在だったのか。フェイトは改めて実感する。

そしてフェイトは自分の中に生まれつつある違和感に悩まされる。

それは海中のジュエルシードを封印する前に見た夢。あれ以来フェイトは何度も昔の夢を見るようになった。その頻度も鮮明さもどんどん増してくる。そして同時にまるで自分が自分ではないような違和感がフェイトを襲う。その不安と恐怖がどんどん増してくる。

何故こんなことが起きているのか。自分が誰なのか分からなくなってくる時がある。しかしそれがなぜなのかフェイトには分からない。だがそれでも自分は母さんのためにジュエルシードを手に入れなくてはいけない。


何で母さんがジュエルシードを欲しがっているのかは分からない。でもそんなことは関係ない――――


私がいなくなったら母さんは一人ぼっちになってしまう。そんなのは嫌だ――――


昔の母さんに。何度も母さんを困らせてばかりの私をいつも優しく包んでくれた優しい母さんのために――――


私は戦う――――


その瞬間、フェイトはその身に黒いバリアジャケットを纏う。それは母さんのバリアジャケットを模したもの。いつでも母さんと一緒だと。母さんの力になりたいというフェイトの想いの形。


フェイトはその手にバルディッシュを握りしめながら決死の覚悟で戦いに臨むのだった……。






消灯になったアースラの中をユーノは一人、歩いている。

どうにも眠れなかったためなにか食堂で飲み物でも買おうと思ったからだ。そしてそのままユーノが寝ている人を起こさないよう静かに食堂に足を運ぶとそこには

レイジングハートを握りしめながら何か考え事をしているなのはの姿があった。

「なのは?」
「っ!?ユーノ君!?」

話しかけられるまで全く気がつかなかったのかなのははそんな声を上げながら驚くがすぐにまた座り込んでしまう。そんないつもと様子が違うなのはに気づいたユーノはその隣に座りながら

「どうしたの、なのは?」

そういつものように声を掛けた後、静かになのはの言葉を待つ。

「…………最近、不安になってきたんだ……私……フェイトちゃんを助けてあげることができるのかなって……」

なのははそう自分の心の内を打ち明けていく。それは家族にも闘牙にも打ち明けたことのないものだった。

「闘牙君が、私ならフェイトちゃんを助けられるって言ってくれて嬉しかったの。だから私もそれに応えたいと思って……でも……私……いままでずっと闘牙君とユーノ君と一緒に戦ってきて……フェイトちゃんと一人で闘うのは初めてだから……」

なのはそう呟いた後に俯いてしまう。これまでなのははずっとフェイトと友達になりたい。分かりあいたいという想いを持って闘ってきた。

しかし、自分のそんな気持ちがフェイトに伝わるのか、伝えることができるのか、そして実際に一人でフェイトと闘うのは次が初めて。そんな自分にフェイトを助けることができるのか。

そんな不安をなのはは抱えていた。ユーノはそんななのはをしばらく見つめた後


「なのは……僕、なのはと闘牙が羨ましかったんだ……」

いきなりそんなことを口にする。

「え?」

なのははそんなユーノの言葉にきょとんとした表情を見せる。ユーノはそれを見ながらも静かに続ける。

「二人とも僕には持てないような凄い力を持っている……それが羨ましかった。二人に比べたら僕にできることなんてない。そんな風に思ってたんだ……。」

なのははそんなユーノの言葉を黙って聞き続ける。それはこれまでなのはが聞いたことのないユーノの心の内だった。

「でも……訓練の時に闘牙が言ってくれたんだ……僕には僕にしかできないことが……闘牙やなのはにはできなくて僕にしかできないことがあるって。」

微笑みながらユーノはそうなのはに伝え続ける。まだ自分はその答えを見つけられていない。でも、それでも今、このことをなのはには伝えなくてはいけないとユーノは感じていた。

「闘牙がなのはにフェイトのことを頼んだのはきっと……それがなのはにしかできないことだって闘牙が思ったからだと思う。僕もなのはならきっとそれができるって信じてる。」

「ユーノ君……」

知らずなのはの目に涙が浮かんでくる。

誰かが自分を信じてくれるということ。

自分にしかできないこと。

なのははそれをずっと探し続けていた。

それが何なのかまだ自分には分からない。でもきっとそれは……

「もし、どうしようもないことがあったら、闘牙も僕も力になるよ。だからなのはは全力であの子に気持ちを伝えてきて。」


「……うんっ!!」

なのははそんなユーノの言葉に満面の笑みで答える。

なのはは、ユーノからもらった勇気を胸にフェイトとの戦いに臨むのだった……。






そしてついにその時がやってくる。
海に面した公園。そこにフェイトと闘牙たちは集い、そして見つめ合っている。

それはアースラでフェイトの魔力反応を感知し闘牙たちがそこに向かう形になったからだった。フェイトは自らを囮として使うことでジュエルシードを手に入れようと考えていた。フェイトはそのまま静かに闘牙たちを見つめ、アルフがその中にいることに気づく。

「アルフ……よかった……無事で……。」

フェイトはそういつものように優しい声でアルフに話しかける。そんなフェイトの姿を見ながらもアルフはフェイトに向かって訴える。

「フェイト……もうこんなことやめよう!?こんなこと続けてても、フェイトが傷つくばっかりじゃないか!!」

アルフは心からフェイトの身を案じそう叫ぶ。その気持ちはフェイトにも痛いほど伝わっている。アルフがどれだけ自分のことを心配してくれているか。どれだけ自分がそれに救われているか。しかし

「でも……それでも…私は、あの人の娘だから。」

フェイトはそう決意を持って告げる。その目には確かな力が宿っている。そのことに気づいたアルフはそれ以上何もいうことができない。そしてそんなフェイトに向かって、なのはが一歩前に踏み出す。




なのはとフェイト。

二人の魔法少女が互いに向かい合う。

初めの出会いは突然だった。

そしてジュエルシードという願いをかなえる宝石、ロストロギアをめぐって多々幾度も闘ってきた。

そんな中二人は互いに惹かれあう。

なのはは悲しそうな瞳を持ち、そして自らと同じ孤独を抱える少女に。

フェイトは自分に何度も話しかけ、友達になりたいと言ってくれた少女に。

だがそれでも互いに譲れないもの、願いのために。

二人は闘うことを決意する。


そんな二人を闘牙たちは静かに見守り続けている。

そしてなのははレイジングハートを自らの前にかざす。それと同時にこれまで集めたジュエルシードが姿を現す。

「きっときっかけはジュエルシード……だから賭けよう。お互いが持ってる全部のジュエルシードを!」

そのなのはの言葉に応えるようにバルディッシュからも全てのジュエルシードが姿を現す。同時にフェイトは静かにバルディッシュをなのはに向ける。


「始めよう……最初で最後の本気の勝負!!」


その瞬間、二人の魔法少女は上空に飛び上がって行く。



なのはとフェイト、言葉通りの最初で最後、お互いの信念を掛けた戦いが始まった。





なのはとフェイトはお互いに睨みあいながら平行に海の上を飛び続ける。互いに出方を伺う。その速度によって海には水しぶきが舞い、後には波が起こっていく。そして最初に動いたのはなのはだった。

「ディバインシューター!」

呪文と共になのはの周りに桜色の魔力弾が作られていく。しかし以前とは異なるところがある。それはその数。前の時には三つだったそれが今は五つになっている。フェイトもそのとこに瞬時に気づき、身構える。

「シュートッ!!」

叫びと共に五つの魔力弾が次々にフェイトに襲いかかって行く。しかしそれを見ながらもフェイトは決して慌てず回避運動に入る。数は増えても自分の速度ならば十分に振り切ることができる。その自信がフェイトにはあった。そしてなのはが狙っているのは誘導弾を囮にした砲撃魔法。

以前はなのははフェイトの戦闘をスタイルを知り、フェイトはなのはの戦闘スタイルを知らないというアドバンテージがあった。だがフェイトも既になのはの戦闘スタイルを知っている。条件が同じならば決して負けない。フェイトはそのまま誘導弾を避けながら接近戦を挑もうとする。だが

「っ!?」

フェイトの目の前にまるでフェイトの動きを読んだかのように誘導弾が現れる。フェイトは咄嗟にそれを防御魔法で受け流すも残った誘導弾がフェイトを取り囲むように襲いかかってくる。

(これは……!)

フェイトは誘導弾の動きが以前とは比べ物にならない程精度が上がっていることに気づく。本来誘導弾には高いコントロール技術が必要なため数が増えれば当然その制御も困難になり動きが悪くなる。以前よりも二つ増やした数で対抗しようと考えたのだと思い、フェイトはその動きも良くて以前と同じ程度だと考えていた。しかしその予想は大きく外れていた。誘導弾はまるでフェイトを取り囲むように正確に制御されている。それは高い空間認識能力と思念制御がなければできない芸当だった。

闘牙とユーノはアースラに乗るようになってからは、なのはに改めて魔法の基礎を教えていく方針を取っていた。闘牙との模擬戦で実際の戦闘で必要な判断力や思考はある程度教え込むことができた。何よりも一度フェイトと闘い、クロノというお手本のような優秀な魔導師と闘えたことで実際の魔導師との戦いがどんなものであるか知ることができたのが大きい。

これまでなのははできるだけ早くに戦えるようにするという目標のため魔法の組み方、発動の際の制御や消費などの技術をある程度切り捨てざるを得ず、そこをユーノにフォローしてもらう形になっていた。だが今度の闘いは正真正銘の一対一。闘牙たちはこれまでできていなかった魔導師としてのなのはの基礎を磨くことに力を注ぐ。その努力によりなのはは今、本当の意味での『砲撃魔導師』としての力を手に入れていた。


(なら……!)

フェイトは誘導弾を全て避けきるのは困難だと瞬時に判断し、バルディッシュに魔力刃を作り誘導弾に切りかかって行く。誘導弾はそれを避けようとするがフェイトの無駄のない動きによって次々に切り裂かれていってしまう。そして最後の誘導弾が切り裂かれた瞬間、なのはの砲撃魔法、ディバインバスターがフェイトに向かって放たれる。だがフェイトもそれを予期していたように躱す。

「……!」

そのことに若干戸惑いながらもなのはは再びディバインシューターを自らの周りに作り出していく。難なく砲撃を回避したフェイトだったがその内心は穏やかなものではなかった。

避けられると思っていてもあの威力の砲撃を意識するとやはり精神的負担が大きい。自分にも強力な砲撃があるがあれを使うには時間がかかるため使いどころは限られる。ならばやはり接近戦で挑むしかない。

「いくよ、バルディッシュ。」
『yes sir』

フェイトはそのままバルディッシュを構えたまま圧倒的速度でなのはに向かって疾走してくる。なのははそのことに一瞬、驚くもののすぐさま誘導弾を放ちそれを迎撃しようとする。しかし

『Photon Lancer』
「ファイアッ!!」

それよりも早くフェイトの周りに作られた金色の魔力弾が次々に放たれ誘導弾を撃ち抜きながらなのはに襲いかかる。フォトンランサーはディバインシューターのように誘導性はないがその分、弾速に優れている。そして確実に誘導弾を撃ち抜けたのはフェイトの技量によるものだった。

「きゃっ!」

フォトンランサーの衝撃によってなのはに隙が生まれてしまう。そしてその隙をフェイトが見逃すはずがなかった。

「はあっ!」

フェイトは一気になのはに接近し、その刃を振り抜く。しかしなのはも咄嗟にそれに応じるように目の前にシールドを張り受け止める。両者の間に魔力の摩擦による火花が散る。だが次第にフェイトの魔力刃がシールドに切れ目を作り始める。このまま一気に勝負をつけようとフェイトはその魔力を集中させる。そしてついにシールドが破壊されるかに思われた時、

先程のフォトンランサーで落とし損ねた一つの誘導弾がフェイトの背後に向かって迫ってくる。それはマルチタスクとよばれる魔導師に必要な分割思考によるもの。だがシールドと誘導弾という全く違う術式の魔法を同時に行使することは高等技術。フェイトはそのことに驚きながらも反応する。今、自分は魔力刃に魔力を集中している。誘導弾といえど当たれば無事では済まない。

フェイトはすぐさま振り向き、誘導弾を切り払う。なのははその隙にその場を離脱し距離を取ろうと試みる。だがフェイトはソニックムーブと呼ばれる瞬間高速移動魔法を使い一気にその間合いに入り込む。シールドを張る隙を与えない程の速度でフェイトはそのまま斬りかかる。

(もらった!)

フェイトがそう思った瞬間、目の前のなのはが瞬時に自らの後ろに現れる。それはフラッシュムーブという高速移動魔法。これはフェイトに対抗するために新たに覚えた魔法。その速度、精度はフェイトには遠く及ばないが戦術の幅を広げてくれる物だった。フェイトはなのはは高速移動の類は使えないと思っていたため一瞬、判断が遅れる。

「やあああっ!!」

その隙を狙って、なのはは自らの魔力を込めた打撃をフェイトに向かって振り下ろす。フェイトは何とかそれをバルディッシュで受け止めるもその威力によってレイジングハートとバルディッシュの間に激しい火花が散る。それはまるで刀同士での鍔迫り合いのようだ。

二人はそのまま魔力をぶつけ合いながら睨みあうものの、その爆発によって互いに吹き飛ばされる。

距離が開いてしまったものの何とか体勢を立て直し、二人は再び向かい合う。だが両者ともに肩で息をしていた。





(もう前までのこの子じゃない……速くて……強い……!!)

フェイトは呼吸を整えながら目の前に白い少女に想いを馳せる。

最初に会った時にはただ魔力が大きい素人だった。それがこの短時間にこれだけの力をつけている。そして目の前の少女はジュエルシードのためではなく、自分と話しをするために、友達になるために全力で挑んできてくれている。その想いが闘いながら伝わってくる。

なんでこんな自分にそこまで。

これまで感じたことのない感情がフェイトの中に生まれてくる。それは以前、闘牙にも感じたことがあるもの。

それはきっと……私の中の本当の気持ち。でも。それでも、だからこそ、自分はこの子に全力で向かっていかなければいけない。

フェイトは再びその力を振り絞り持てる力の全てで目の前の少女に向かっていく。






(やっぱり……凄く強い……ちょっとでも気を抜くとやられちゃう……!!)

なのはは自分の前にいる少女を見ながらそう考える。何とかここまで粘ってはいるがその速度に圧倒されっぱなしだ。中には見えない攻撃まで出てき始めている。

いくら修行したといってもまだ自分は目の前の少女には実力的には敵わない。でも。それでも、だからこそ、絶対に負けないという気持ちで向かっていくだけ。

私は自分だけのために闘ってるんじゃない。闘牙君の想いとユーノ君がくれた勇気を私は背負ってる。

だから私は絶対に負けられない。




なのはは間違いなく魔法に関しては天賦の才を持っている。だがそれでもまだフェイトの方が実力的には上。それでも互角の戦いができている。それは精神力、気持ちの力だった。

戦いにおいて実力はもちろんだが勝敗は精神状態が大きく左右される。実力が近い相手であれば気持ちが強い方が勝つといっても過言ではない。

なのはは確かに魔法の才能がある。だがなのはの本当の強さはそこではない。

絶対に負けないという『不屈の心』。

それがなのはの本当の力だった。



白と黒の姿。


金と桜色の魔力光。


その二つが幾度も交差し火花を散らしながら絡み合っていく。


それはまるで互いの想いを確かめ合っているかのような光景。


それはまさしく全力での真剣勝負に相応しい戦い。


それに闘牙たちは目を奪われる。




「凄い……この子たち本当に九歳とは思えないよ!!」

エイミィがそう驚きの声を上げる。今、クロノ達はモニターでその戦いの様子を観戦していた。リンディもその考えと同じらしくそのままモニターに目が釘付けになっている。

「エイミィ、見とれるのもいいがタイミングは逃さないでくれよ。」

そんなエイミィに釘をさすようにクロノが告げる。

「分かってるって。それにしてもこんなギャンブルを許可するなんてクロノ君にしては珍しいね。」

「この勝負の勝ち負けについてはそれほど意味はないから……と言いたいところだけど、僕も闘牙と同じようになのはに賭けてみたいと思ったのが理由さ。まったく……闘牙の影響かもしれないな……。」

「闘牙君とクロノ君って仲よさそうだしね―。さっき出動する前にも何か話してたけど何だったの?」

エイミィはそうクロノに尋ねる。闘牙とクロノが出動前に何か話していたことをエイミィはずっと気にしていたからだ。クロノは少し考えるような仕草をした後


「………『こっちは任せろ、そっちは任せた』だそうだ。」

そう少し照れくさそうに答えたのだった。




闘牙はなのはとフェイトが闘い続けている光景を見ながら心が高まって行くのを感じる。

それはきっとこの戦いを見ている者、皆がそうだろう。

これがなのはの求めた『誰かと分かりあうため』の力。

相手を倒すことでなく、その先を求めたもの。

自分がなのはに賭けたのは間違いではなかった。

そう確信しながら闘牙は自らの腰にある鉄砕牙を握り続けている。

自分がここにいる理由。

なのはとフェイト。

二人を守ることが今の闘牙の役目だった。





ひときわ大きな魔力爆発が起こり、再び両者の距離が開く。しかし両者とも体力と魔力を消費し疲労困憊。だがどちらも致命打は与えられていない。

だがもうすぐ決着がつく。

そんな空気が辺りを支配する。

そして次の瞬間、



「えっ!?」

なのはの体が突然、金色のバインドによって拘束されてしまう。それはフェイトが切り札として設置していたもの。なのはは知らずその場所へと誘導されてしまっていたのだった。

フェイトはそのまま己が持つ最高の魔法で決着をつけようとする。だがその瞬間、


「なっ!?」

フェイトの体にも桜色のバインドが掛けられてしまう。それはなのはがシールドを切り裂かれそうになった際に仕掛けていたもの。

奇しくも二人は同じ魔法を切り札として温存していたのだった。

お互いに身動きが取れない二人はそのまま睨みあうことしかできない。だがフェイトは己の両腕に魔力を集中させ、その拘束を力づくで解いていく。そのことに気づいたなのはも同じように両腕のバインドを集中して解放していく。そしてほぼ同時に二人の両腕が自由になる。

その瞬間、フェイトはバルディッシュを自らの前にかざし呪文を唱え始める。


「アルカス・クルタス・エイギアス……疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ………」

同時にフェイトの足元にこれまでとは比べ物にならない程巨大な魔法陣が現れ、辺りは雷雲に包まれていく。強力な魔力の奔流が辺りを襲う。それはまさしく切り札に相応しいほどの力を秘めた魔法だった。

「まずいっ、フェイトは本気だっ!!」

フェイトが何の魔法を使おうとしているのか気づいたアルフはそう焦った声を上げる。その魔法はフェイトの魔力を大幅に消費するフェイトが持つ最大攻撃魔法。その威力はこれまでの物とは比べ物にならない。何とかしなければ。そう思いアルフは闘牙とユーノに目をやる。しかし

闘牙とユーノはそれを見ながらも動こうとはしない。そんな二人にアルフが戸惑った瞬間、



「受けてみて!ディバインバスターのバリエーション!!」


そう叫ぶと同時になのはの前にも巨大な桜色の魔法陣が作られる。同時にその中心に桜色の魔力が次々に集まって行く。それはなのはの周りにある使いきれなかった魔力すら吸収しながら巨大化していく。それはなのはの最大攻撃魔法。この日のために、この戦いのためになのはが習得したまさしく切り札。

なのはとフェイト、共にこの魔法には発動に時間がかかる。その時間を稼ぐために二人は互いにバインドを使おうと考えていた。ならば互いに身動きができないこの機を狙うしかない。すでに二人の魔力と体力は大幅に消費してしまっている。ここで使わなければ次はない。

互いの最高魔法の撃ち合い。それが今まさに起ころうとしていた。


「バルエル・ザルエル・ブラウゼル………」

なのはが自分と同じように切り札を使おうとしていることを感じ取りながらもフェイトはそのまま呪文を唱え続ける。勝っても負けてもこの撃ち合いで決着がつく。そんな確信がフェイトの中に生まれる。同時に脳裏に在る光景が浮かぶ。それは自分に優しく微笑むプレシアの姿だった。



勝つんだ――――

勝って――――

勝って、母さんのところに帰るんだ―――― !!


「フォトンランサー・ファランクスシフト……撃ち砕け、ファイア――――!!!」


叫びと共にフェイトの周りに作られた無数のスフィアから凄まじい速度と威力をもった魔力弾が一斉になのはに向かって放たれる。フォトンランサー・ファランクシフト。それがフェイトの切り札でありそれはフォトンランサーの一点集中高速連射。どんなに強い防御を持つ相手をも倒す。そのためにリニスがフェイトに託した魔法でもあった。



「これが私の全力全開!!」

同時に、なのはの前の魔力球も一気に膨れ上がり、発射態勢に入る。その姿はまるで星の輝き。なのははレイジングハートを振り下ろし



「スターライト……ブレイカ――――!!!」


その光を解き放つ。それは術者の周りの魔力すら利用する集束砲撃魔法。なのははそのことを計算に入れ戦闘空間に自らの魔力を散布していた。その威力は防御の上からでも相手を撃ち落とすほどの物。なのはの想いを乗せた星の輝きがフェイトに向かって放たれる。




そして瞬間、時間が制止した。



二つの大魔法の衝突によって体気が震え、風が吹き荒れ、海が荒れ狂う。


金と桜色の光が辺りを覆い尽くす。その光が自身の光以外はいらないとばかりにぶつかり合う。両者の力は拮抗しせめぎ合う。だが


次第に桜色の光が金の光を押し返していく。



なのはの想いの光がフェイトの願いの光を押し戻していく。


「あああああああっ!!」

そのことに気づきながらもフェイトは己の魔力を全力で込め続ける。


「フェイトちゃんっ!!」

なのはも自身の力を振り絞りそれに応える。


そして


ついにスターライトブレイカーがフェイトの魔法を飲み込み、そのまま海面に突き刺さる。その威力によって海には大きな水柱が生まれてしまう。




「な……なんつー馬鹿魔力………」
「うわあ………フェイトちゃん大丈夫かな………?」

その光景を見たクロノとエイミィは驚きながらそう呟く。その威力によってフェイトの姿は完全に見えなくなってしまった。







「ハアッ……ハアッ……!」


大きく肩で息をしながらなのははその場に立ち尽くす。あれだけの砲撃魔法。その負担は相当の物。なのははその疲労によって意識を失いそうになりながらも何とか耐える。


「なのはっ!!」

なのはの勝利にそうユーノが歓声を上げる。そしてすぐになのはの元に向こうとした瞬間、



そこにはなのはの背後に満身創痍のフェイトが現れ、バルディッシュを振りかぶっている姿があった。



フェイトはスターライトブライカーに飲み込まれる直前にその攻撃を一点に集中し、わずかな逃げ道を作りその最大の速度で避けていた。もちろんその余波だけですでにいつ倒れてもおかしくない程のダメージを既に負ってしまっている。

だがそれでもフェイトはプレシアのために、そして全力を出して自分に向かってきてくれている目の前に少女のために最後の力を振り絞り攻撃を繰り出す。



(勝った……!!)


フェイトは自身の勝利を確信し、その刃をなのはに向かって振り切る。その瞬間、




まるで予期していたかのようになのははそれを頭を下げながら紙一重のところで躱す。


「え………?」

フェイトはそんな光景に驚きの声を上げる。フェイトは今、二つの驚愕に襲われていた。


何故自分の攻撃が避けられてしまったのか。そして



何故その姿に、かつての闘牙の姿が重なるのか。


それは


闘牙の教えを守ったなのはの力。そして



闘牙とユーノ、二人の想いを背負った強さだった。


なのははそのまま振り向きながらレイジングハートをフェイトに向ける。


その一撃になのはは自分の想いを、闘牙とユーノの想いを込める。


「ディバイン……バスタ――――!!」






その瞬間、なのはとフェイト。二人の勝負は決着がついたのだった………。



[28454] 第13話 「真実」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/29 08:34
「ん………」

フェイトはゆっくりとその瞼を開き目を覚ます。どうして自分は意識を失っていたのか。そして今、自分はどこにいるのか。そう考えた時

「あ……起きた?フェイトちゃん?」

自分のすぐそばからそんなどこかで聞いたことのある声がする。慌てて振り向いた先には、自分を抱きかかえたままどこか心配そうな表情をしているなのはの姿があった。そしてフェイトは思い出す。

自分が目の前の少女と勝負し、そして負けてしまったことを。


「大丈夫……?ごめんね……。」

なのははそう言いながらフェイトに目を向ける。フェイトはそんななのはの視線に気づきながらも何とかその傷ついた体を起こし、自らの力で立ち上がる。

なのはとフェイト。二人の魔法少女はそのままお互いを見つめ合う。そして


「私の……勝ちだよね……フェイトちゃん……。」

なのははそう言いながら優しい笑顔をフェイトに向ける。フェイトはそんななのはの笑顔を見つめながら

「………うん。」

そう静かに自分の負けを認める。その表情は儚げだったがどこか晴れやかでもあった。

自分は目の前の少女に負けてしまった。自分はもうジュエルシードを手に入れることはできない。

母さんの役に立つことができなかった。もう母さんの笑顔を取り戻すことも、母さんの元に帰ることもできない。

でも………自分は持てる力のすべてを出し切った。そして目の前の少女もそれに応えてくれた。そのことにフェイトは自分の胸が熱くなってくるのを感じる。

そしてバルディッシュからフェイトが持つジュエルシードが姿を現す。勝った方に全てのジュエルシードを渡す。それが二人の約束だった。

そしてフェイトがそれをなのはに渡そうとした瞬間、凄まじい魔力が辺りを覆い尽くす



「え……?」

なのははそのことに気づき驚きの声を上げる。それは以前感じたことのある魔力。紫の雷が放っていた魔力。プレシア・テスタロッサの魔力だった。

「母さん……!」

フェイトもそのことを瞬時に気づき同時にこれから何が起ころうとしているのか悟る。そしてそのままなのはに自分から離れるように言おうとするがそれよりも早く、上空にできた次元のはざまから強力な雷の魔法が二人を襲う。

既に勝負によって魔力を使い果たしている二人はそれを防ぐことができない。為すすべなく二人がその雷撃に飲み込まれようとした瞬間、


「何度も同じ手が通じると思ってんのか!!」

二人の前に一瞬で鉄砕牙を持った闘牙が姿を現し、その雷を鉄砕牙で斬り裂く。

二人の真剣勝負に水を差すような真似は許さない。闘牙はこうなる可能性を考え、いつでも二人を庇えるよう待ち構えていたのだった。

鉄砕牙の力によって二人を襲おうとした雷は難なくその力を失い、消滅していく。だがそれでもまだあきらめないのか次々に次元のはざまから雷撃が三人に向かって放たれてくる。その力は先程の攻撃をはるかに上回っている。だが

「なめるなっ!!」

闘牙は鉄砕牙に妖力を込め、その刀身を振りきる。その瞬間、風の傷によって紫の雷は消し飛ばされていく。その光景になのはとフェイトはただ目を奪われるしかない。だがその隙をついてフェイトが渡そうとしたジュエルシードが見えない力によって次元のはざまに飲み込まれようとしていく。雷はそれを行うための目くらましだった。

「闘牙君っ!!」

そのことに気づいたなのはがそれを伝えようと闘牙に叫ぶ。しかしそれを聞きながらも闘牙は全く動じる様子を見せない。どうやらそのことに闘牙はすでに気づいていたようだ。それなのになぜ動こうとしないのか。そのことになのはは戸惑いを隠せない。

そしてジュエルシードはそのまま、プレシア・テスタロッサがいる時の庭園へと転送されてしまう。だがこれこそが闘牙たちの狙いだった。


「ビンゴ!次元地点の座標特定完了したよ、クロノ君!!」
「よし!」

エイミィの言葉にクロノは力強く頷く。どうやらこちらの思惑通りに動いてくれたようだ。そしてなのはとフェイトも打ち合わせした通り闘牙が守り抜いてくれた。ならこれからは自分たち、アースラの出番。

「武装局員、転送ポッドから出動。任務はプレシア・テスタロッサの身柄確保!」

状況が整ったと判断したリンディがそう力強く命令を下す。それと同時に既に待機していた武装局員たちが次々にプレシアがいる時の庭園へ転送されていく。


今、アースラとプレシア・テスタロッサの闘いの火蓋が切って落とされた………





闘牙たちはフェイトをそのまま保護した後、アースラに戻り制御室にフェイトともに向かっていく。フェイトの手には手錠がはめられている。それはまだ九歳とはいえフェイトはAAAクラスの魔導師であるためやむを得ない処置だった。


「フェイト………」

そんなフェイトの姿をみながら心配そうにアルフが声を掛ける。本意ではないとはいえフェイトを裏切るような形で時空管理局に協力していたアルフはフェイトにどう接していいか分からず顔を俯かせる。しかし

「大丈夫……心配掛けてごめんね、アルフ。」

フェイトはそんなアルフの気持ちに気づいたのかいつもと変わらない様子でアルフに答える。アルフもそんなフェイトの気持ちを感じ取ったのか笑みを浮かべながらフェイトと並んで歩いている。

そんな二人の姿をなのは、ユーノ、闘牙の三人は見守っている。

なのはは自分が闘牙との約束を守れたこと、フェイトに想いが伝えられたことを実感し、心から喜んでいた。

だがそれはすぐに空しく崩れ去ることになる。



闘牙たちはそのままフェイトを連れ制御室に入る。しかしその様子はいつもとは大きく異なっていた。船員が慌てて動き回り、混乱状態に陥っている。そんな事態になのはとユーノはどこか不安そうな表情を見せる。

「と……闘牙君……。」
「いったい何が……?」

戸惑いながら闘牙たちは目の前の大きなモニターに目を奪われる。そこには倒れているアースラの武装局員たち、そしてそれを冷酷な目で見下しているプレシア・テスタロッサの姿があった。

「母さん……?」

そんな光景にフェイトは言葉を失う。目の前で起こっている光景にフェイトはどうしたらいいか分からずただ立ちつくすことしかできない。それはなのはとユーノも同様だった。

「クロノ、何があったっ!?」

そんななのはたちを気遣いながらも闘牙はそのままクロノに問いかける。手筈通りプレシアの居場所が特定された後は武装局員によるプレシアの身柄確保が行われる予定だったはずだ。

だがその武装局員たちは皆、重傷を負い戦闘不能に陥ってしまっている。そしてそれに対してプレシアは全くの無傷。あれだけの数の魔導師を相手にしてダメージ一つ負っていない。

「…………どうやら僕たちはプレシア・テスタロッサの力を大きく見誤っていたようだ……。」

クロノは苦渋の表情でそう絞り出すように答える。確かにプレシアはSランクを超える大魔導師。だがそれは十数年前のデータでありプレシア自身、実際に前線に出ていた人物ではない。その油断が目の前の結果だった。

状況は不利と判断したリンディの指示によって武装局員は次々に送還されていく。後にはプレシアを映すサーチャーが残されただけだった。プレシアはそのまま奥にあるカプセルの様なものに近づいていく。


「え………?」

フェイトは目を見開いたまま動くことができない。闘牙たちもその光景に声を上げることもできない。プレシアが縋りついているカプセル。その中には一つの人影がある。


「アリシア………」


プレシアがその名を口にする。




そこにはフェイトと瓜二つの少女が眠っていた。




『アリシア』


その名前にフェイトは聞き覚えがある。でも思い出せない。思い出してはいけない。それに気づいたら私は――――


「もう駄目ね……時間がないわ。これだけのジュエルシードではアルハザードに辿り着けるかは分からないけれど………」


そう言いながらプレシアは手に入れたジュエルシードに目をやる。同時にジュエルシードはプレシアの魔力によって淡い光を放ち始める。


「でももういいわ……終わりにする。この子を失くしてからの暗欝な時間も……この子の身代わりの人形を娘扱いするのも………」

そう言いながらプレシアは愛おしそうにカプセルの中にいるアリシアに向かって手を添える。それはまるで誰かにその光景を見せつけているかのようだった


「聞いていて……?あなたのことよ……フェイト。せっかくアリシアの記憶をあげたのにそっくりなのは見た目だけ……役立たずで、ちっとも使えない私のお人形。」

プレシアは自分を映しているサーチャーに向かってそう告げる。



その言葉によってフェイトは真実に気づく。


自分の中にある記憶、思い出、その中でプレシアが自分に向かって呼んでいた名前が『アリシア』であったことに。


「作り物の命は所詮作り物……失った物の代わりにはならないわ。アリシアはもっと優しく笑ってくれたわ……アリシアは時々わがままを言ったけれど私の言うことをとてもよく聞いてくれた……アリシアはいつでも私に優しかった……」


フェイトの脳裏に記憶が蘇る。


『私』に向かって笑いかけてくれる母さん。


『私』がわがままを言ってもそれを優しく包み込んでくれた母さん。


『私』はそんな母さんが大好きだった。だからそんな母さんに戻ってほしくて……その頃に戻りたくて…………



「フェイト、あなたはやっぱりアリシアの『偽物』よ……せっかくあげたアリシアの記憶もあなたじゃ駄目だった……」


プレシアはさらに言葉を続ける。その言葉によってフェイトはこれまで自分を支えてきたものを次々に失っていく。


『偽物』


私は『アリシア』の『偽物』


自分の体も――――


自分の記憶も――――


母さんを想うこの気持ちも――――


全部―――――


全部――――――


「アリシアを蘇らせる間に私が慰みに使うだけのお人形……だからあなたはもういらないわ……どこへなりと消えなさい。」


母さんが好きだったのは私じゃなかった。


母さんが好きだったのは『アリシア』


『アリシア』じゃない私では母さんを笑顔にはできない。


今まで耐えていた痛み。あれは私の為の物ではなかった。


あれは―――――



「いいことを教えてあげるわ、フェイト……あなたを作り出してからずっとね……私はあなたのことが」



母さんは私のことが―――――






大嫌いだったのよ――――――





その瞬間、フェイトの心は崩れ去った―――――




「フェイトっ!!」
「フェイトちゃんっ!!」

そのままその場に倒れ込んでしまうフェイトをアルフとなのはが慌てて支える。だがフェイトはそのまま動かない。その目には光が失われてしまっていた。

「どうして……どうしてこんなひどいことを………」

なのはの目に涙が浮かぶ。プレシアにとってアリシアがどんなに大切だったか。それはなのはには分からない。でも。それでも母親のためにあんなに頑張っていたフェイトにこんなことをするプレシアになのはは悲しみと怒りを感じる。

「なのは………」

そんななのはの様子にユーノが気付く。その心はなのはと全く同じだった。



「フェイト………」

涙を流しながらアルフがフェイトを抱きしめる。

どうして。

どうしてフェイトばかりがこんな目に会わなければいけないのか。

フェイトはただ。ただ母親のために。それだけのために頑張ってきたのに。

闘牙となのは。自分たちのために二人は力を貸してくれた。そのおかげでフェイトを助け出すことができた。

あとはフェイトがフェイトのために生きる人生が待っている。それがきっと闘牙たちとならできると。そう思っていたのに。

アルフは無力な自分に、そしてプレシアに怒りを感じる。そして再びモニターに目をやろうとした瞬間、凄まじい恐怖に襲われる。

「え………?」

アルフは知らず自分の体が震えていることに気づく。それは狼として残っていた本能によるもの。そしてアルフはそのままひきつけられるように闘牙に目をやる。

闘牙は鋭い目つきでモニターのプレシアを睨みつけている。ただそれだけだ。しかしアルフは確かに見た。

その目が赤く染まっていたことに……。



「私はアルハザードに旅立ち……そして……取り戻すのよ……全てを!!」

プレシアがそう叫んだ瞬間、ジュエルシードがまばゆい光を放ち、その力が解き放たれる。同時に巨大な次元震が起こり始める。その影響によって時の庭園から距離があるはずのこのアースラまで影響が生まれ始める。

「…………」

クロノは自身のデバイスを起動させながらそのまま時の庭園へと向かおうとしている。その目には倒れ込んでいるフェイトの姿がある。クロノはそれを見ながらもそのまま出動しようとする。その時

「クロノ君、私も一緒に行く!」

涙を拭いながらそうなのはが絶対の意志を持ってクロノに頼み込む。その隣にはユーノの姿がある。もはやなにも言葉はいらなかった。

「………分かった、ただしちゃんと指示には従ってもらう。いいね?」

「うん!」
「分かった!」

クロノの言葉に二人は力強く頷く。そしてなのはたちはそのまま時の庭園へ向けて出動するためにその場を離れようとするが

「闘牙君………?」

なのはがそう不思議そうな声を上げる。一緒に着いてくると思っていた闘牙はそのままその場から動こうとしなかったからだ。闘牙はそんななのはを見ながらも動こうとはしない。

その視線は倒れたフェイトに向けられていた。

なのははそれで全てを理解する。そして

「闘牙君、フェイトちゃんのこと宜しくね!」

そう闘牙に告げる。闘牙はそんななのはの言葉に込められた思いを感じながら


「……ああ、後からすぐに行く。先に行っててくれ。」

そう笑いながら答えるのだった。





(ここは………?)

フェイトは知らず自分が何も見えない闇の中にいることに気づく。ここがどこなのか、自分が誰なのか分からない。

何もかも失くしてしまった。自分が自分である意味も。自分が生きる意味も。全て。

私が欲しかったもの

私が望んだもの

それは全部アリシアのものだった。

それを私は自分のものだと勘違いしていただけ。

じゃあ私は――――

私は一体何のために――――


「ん………」

フェイトはゆっくりとその体を起こす。そして自分が知らない部屋のベッドで寝かされていたことに気づく。どうして自分はこんなところにそう考えた時

「……フェイトっ!!フェイトっ!!」

フェイトが目覚めたことに喜びの声を上げながらアルフが抱きついてくる。そのことに驚きながらもフェイトは思い出す。

自分がなぜこんなところにいるのか。どうして倒れてしまったのか。そして

あれが夢ではなかったことに

俯き黙り込んでしまうフェイトに気づき、アルフはそのままフェイトから離れる。その姿にアルフはかける言葉を持たない。その感情がアルフにも流れ込んでくる。その感情はこれまで感じたことのある悲しみや悩みとは比べ物にならない。フェイトはその心を失ってしまっていた。だが


「よう、目が覚めたか、フェイト?」

「え………?」

フェイトはいきなり聞こえてきた聞き覚えのある声に思わずそんな声を上げてしまう。視線を上げた先にはこちらを見つめている闘牙の姿があった。

「トーガ………?」

フェイトはそう名前を呼ぶことしかできない。

なんで。どうしてトーガがここにいるのか。フェイトはそのまま再び俯き黙り込んでしまう。

トーガはこんな私のことを何度も助けてくれた。そのことが本当に嬉しかった。母さん以外にこんな気持ちになったのはトーガが初めてだった。一緒に話したあの時間は今でも忘れない。本当に楽しい時間だった。

でもそれも……その気持ちも……私の物ではなかった。今のこんな自分を見られたくない。一人になりたい。

もう……何も…………



そんなフェイトを見ながらも闘牙はその場を動こうとはしない。ただずっと、静かにフェイトの言葉を待っているかのように。

アルフはそんな二人の様子を黙って見続けることしかできない。 

長い沈黙が二人の間に流れる。それはまるで永遠に続くのではないかと思うほどの時間。

そして

静かにフェイトはその心の内を話し始める



「私………母さんのことが大好きだった………。」

自分に微笑んでくれる母さんが

自分を優しく包み込んでくれる母さんが

それは自分が自分である証


「母さんと一緒に……笑って過ごすことが……私の夢だった……」

知らずフェイトの目に涙が浮かぶ。

その脳裏には優しかった母さんと『アリシア』の姿が浮かぶ。

そこに私はいなかった。


「でも違ってた………それは………私の気持ちじゃなかった……。」

私は『アリシア』の『偽物』。

この体も、記憶も、気持ちも

全部、『偽物』だった


「どうして………私は生まれてきたのかな……」

母さんは『アリシア』を蘇らせたかった。

そのために私を作った。

だけど

私は『アリシア』にはなれなかった。


だったら、私は何のために生まれてきたんだろう


私は…………



「私……生まれてきてよかったのかな………」


フェイトは生きる意味を失ってしまっていた。しかしそう口にした瞬間、





部屋に乾いた音が響き渡る。



「………………え?」


フェイトは目を見開きながらそんな声をあげる。

一体何が起こったのか分からない。

知らずその手が自分の頬に触れる。

そこには確かな痛みがある。

それは闘牙の平手打ちによるものだった。



「と……闘牙、あんた何をっ!?」

いきなり闘牙がフェイトに手を上げたことに驚きながらアルフが闘牙に詰め寄ろうとする。なぜ闘牙がそんなことをするのか。そう思いながら近づこうとしたアルフはすぐにその動きを止めてしまう。それは


闘牙の表情に激しい怒りと悲しみがあったからだった。




今、闘牙の脳裏にはかつての自分の姿、犬夜叉に憑依したばかりの頃の自分の姿があった。

他人の記憶と体を持つ苦悩。

フェイトは今、それに悩み、苦しんでいる。

闘牙にはその気持ちが手に取るように分かる。


自分が自分ではない恐怖。

自分の体が、自分の心が自分の物ではないかもしれないという不安。

今、思い出すだけでもぞっとする

半妖という体に憑依して、村人に差別された日々

その不安によって食事すら取れなくなってしまった日々

明日には自分が消えてしまうかもしれない恐怖で眠れない日々

自分の気持ちが

自分の誰かを想う気持ちが自分の物ではないかもしれないという不安

それは本当に、本当につらいものだった



何度、死にたいと思ったか分からない

何度、他人を憎んだか分からない

誰も信じられず、誰にも信じられない孤独な日々



だがそれはある日、終わりを告げる




『かごめ』という一人の少女によって


かごめはこんな俺のために涙を流してくれた


こんな俺のために怒り、悲しみ、喜んでくれる。


自分は一人ではないのだと


自分は決して一人ではないのだと


そう訴えかけてくれるかのように


そしてかごめは俺を『犬夜叉』としてではなく『闘牙』として見てくれた。




「私は犬夜叉じゃなくて………『あなた』を好きになったんだから………。」


あの言葉は今も自分の中で生き続けている。


あの言葉があったから


かごめがいたから今の自分はここにいる。




目の前の少女は自分と同じ、いやそれ以上の苦しみを抱いている。

自分よりずっと幼い、目の前の少女が

自分はかごめのようにはなれない

優しく相手を包み込むことも

優しく言葉をかけることも

だがそれでも


自分が心の闇に、闘う理由に悩んだときに、その心を救ってくれた目の前の少女のために闘牙は言葉を告げる




「フェイト………お前は『アリシア』じゃない。お前は『フェイト・テスタロッサ』だ。……例え、プレシアが認めなくても俺がそれを認めてやる。それを……絶対に忘れるんじゃねえ……。」


静かに、それでも力強く、闘牙は自らのフェイトへの想いをその言葉に込める。



フェイトはそんな闘牙を驚きながらただ見つめ続けるしかできない。


闘牙はそのまま振り返り、部屋を出ていこうとする。その行先は最早語るまでもない。


闘牙はその背を向けたまま


「先に行ってる………………叩いて悪かった………」


そう言い残したまま闘牙はその場を去って行く。



フェイトはその後ろ姿をただずっと見つめ続けるのだった………。




時の庭園で巨大な傀儡兵と呼ばれる兵器たちがその力を振るっている。それは時の庭園に侵入した外敵を排除する鎧たち。その強さは一つ一つが魔導師のAランクに相当する。その鎧たちが何十体と二人の侵入者に襲いかかる。だが

「シュートッ!」

その叫びと共に桜色の光の玉が次々に鎧たちを貫いていく。鎧たちはある者は盾で防ごうと、ある者はそれを避けようと動き始める。しかし

「させないっ!」

それを待っていたかのように翠のバインドと鎖が次々に鎧たちをからめ取って行く。鎧たちはそれにより動きを封じこまれてしまう。そして

「ディバイン……バスター!!」

その隙を狙うように強力な砲撃が鎧たちをまとめて薙ぎ払っていく。

なのはとユーノ。

二人のコンビの前では傀儡兵は全くの無力だった。

時の庭園着いた後、なのはとユーノは時の庭園の動力炉の破壊をクロノに頼まれていた。クロノはその場を二人に任せ、単身プレシアの元に向かっていたのだった。

しかしその数を減らされたにもかかわらず傀儡兵は全く動じることなくなのはたちに襲いかかってくる。だが二人は背中合わせになりながら、ユーノが防御と捕縛。なのはが攻撃。互いに補い合いながら闘い抜いていく。

なのははそんな中、自分の心が温かくなっていくことに気づく。先程までフェイトのこと、プレシアのことで悲しみと怒りに支配されていた心が今は嘘のように落ち着きを取り戻している。ユーノが背中を守ってくれる。ただそれだけのことが今のなのはにとっては何ものにも勝る勇気を自分に与えてくれる。そしてユーノもそれは同じだった。

互いが互いを高め合っていく。今ならきっとだれにも負けない。そんな気持ちが二人にさらなる力をもたらしていた。

そして、新たに現れた傀儡兵に向かっていこうとしたその時、なのはとユーノは突然、動きを止める。

二人は同時に同じ方向に目をやる。

二人はその先に、圧倒的なこれまで感じたことのない感覚に囚われる。

その先には、鉄砕牙を握っている闘牙の姿があった。


「闘牙君………?」

なのはがそうどこか恐る恐ると言った様子で闘牙に話しかける。だが闘牙はそんななのはの声が聞こえないかのようにこちらに近づいてくる。

その姿、瞳には今まで二人が見たことのないほどの力が満ちていた。

それは本来、妖気を感じることができないなのはたちですら身震いするほどの物だった。



それはなのはたちが初めて見る、闘牙の本気の姿だった。



しかしそれに気づかない傀儡兵は次々に闘牙に向かって襲いかかってくる。だが

闘牙が鉄砕牙を一振りした瞬間、襲いかかってきた傀儡兵は一瞬でこの世から姿を消した。

それは風の傷ではない。ただの剣圧。それのみで傀儡兵は跡形もなく消し飛んでしまっていた。その光景に闘牙の強さを知っているはずのなのはとユーノですら声を失ってしまう。

そんな闘牙に共鳴するかのように鉄砕牙は震え続けている。


守るもの

誰かのために怒り、悲しむ心。

それを再び手に入れた闘牙はかつての力を取り戻した。


しかし、傀儡兵はそれにも動じずさらに数を増やしながら闘牙たちに向かおうとしてくる。それを見ながら

「なのは、ユーノ………もうすぐフェイトがこっちに来る。それまでここを頼む。」

そう二人に頼む。それはなのはとユーノ。二人の仲間の力を信頼しての物だった。

「……うんっ!!」
「任せて、闘牙っ!!」

それに気づいた二人は喜びの表情を浮かべながらそう答える。闘牙はそんな二人を見て微笑みながら、先に行ったクロノの後を追うのだった………。





「ハアッ……ハアッ……!」

自らのデバイスを杖代わりにしながらクロノは何とか立ち上がる。だがその体は既に満身創痍。これ以上戦闘を行うのは困難なことは明白だった。だがクロノはそんなことは関係ないといわんばかりに目の前の相手を睨みつける。

そこには冷たい目をした魔導師。プレシア・テスタロッサの姿があった。だがその体は全くの無傷。自分の圧倒的優位を知りながらもその顔には何の感情も見られない。

それはプレシアとクロノの絶対的な力の差から生まれたものだった。

プレシアはその体を病魔に侵されており、かつて程の力はない。にもかかわらずこの力の差。

これがSランクオーバー、大魔導師と呼ばれる者の力だった。

「もうあきらめなさい……あなたでは私には敵わない。私はこのまま過去を取り戻すためにアリシアと共にアルハザードに旅立つの。これ以上邪魔をするなら殺すしかないわ。」

プレシアはそう冷酷にクロノに向かって告げる。それはプレシアの最後通告だった。だがクロノはそのままデバイスを再びプレシアに向け、向かい合う。そこには迷いない決意があった。

「世界はいつだって……こんなはずじゃなかったことばっかりだ。ずっと昔から……いつだって……誰だってそうだ………」

クロノの脳裏に倒れ込んだフェイトの姿が蘇る。目の前にいるプレシアは死んだ娘を蘇らせる。そんな夢物語のためにフェイトを利用し、さらには次元を起こして多くに世界を危険にさらしている。

『死者蘇生』

それはクロノにとって決して他人事ではない。

クロノはかつて尊敬し敬愛していた父親を亡くした。

それにより母もショックを受け、自分もまた心を閉ざしてしまった。

なぜこんなことになってしまったのか。

どうして自分たちがこんな目に。

あの日に戻ってやり直したい。

そんなことばかりを願いそして苦しんできた。

だが、そんなことをしていても何一つ変わらなかった。

そしてそんな自分に話しかけ、心配してくれる女性がいた。

それにどれだけ救われたか分からない。

それからはただ己を鍛え続ける日々だった。

自分には魔法の才能がなかった。師からもそう言われてしまうほどだった。

だがそれでもあきらめるわけにはいかなかった。

もう自分の様な悲しい思いをする人を一人でも少なくするために

自分を心配し、気遣ってくれた女性のために。

時空管理局執務官として。

クロノ・ハラオウンとして。


「……こんなはずじゃない現実から逃げるか、それに立ち向かうかは個人の自由だ!だけど……自分の勝手な悲しみに無関係な人間を巻き込んでいい権利はどこの誰にもありはしない!!」


クロノは目の前のプレシア・テスタロッサには絶対に負けるわけにはいかない。



「そう…………ならさっさと死になさい!」

プレシアはそのままクロノに向かって強力な雷撃を放ってくる。クロノにはそれを避ける力も防ぐ力も残されていなかった。それでもクロノは真っ直ぐにプレシアに視線を向ける。そしてそのままその雷がクロノを飲みこもうとした時、

クロノの目の前に赤い着物を着た銀髪の少年が現れる。

そして雷はまるでクロノを避けるかのように切り裂かれる。

クロノはその背中にかつての父親の姿を見る



「待たせたな、クロノ。」

闘牙は背中を見せたままそうクロノに告げる。クロノはそんな闘牙に向かって


「全く………いつまで待たせるんだ、君は……。」

そうどこか笑みを浮かべながら悪態をつく。


プレシアは突然現れた闘牙に一瞬驚きながらもいつもの無表情に戻る。誰が現れようが自分が行うことは変わらない。過去を取り戻す。アリシアを取り戻すために自分はここで止まるわけにはいかない。

「誰がこようと関係ないわ………。私は全てを取り戻す。止められるものなら止めてみなさい!」

プレシアは凄まじい魔力を纏いながらその杖を闘牙に向ける。それはもはや狂気に近い感情だった。だが

「関係ねえ…………」

それを見ながらも闘牙全く動じずに鉄砕牙をプレシアに向かって構える。



ジュエルシードも


次元振も


アリシアも


時空管理局も


自分にとってはどうでもいい


闘牙の脳裏にはただ一人



金髪の少女の姿があった。



「俺はお前が気に食わねえから闘う……それだけだっ!!」


闘牙はそう慟哭する。





今、ジュエルシードをめぐる物語の終わりが近づこうとしていた………




[28454] 第14話 「自分」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/27 20:24
今、クロノは目の前の光景にただ目を奪われていた。

激しい雷光、衝撃、爆煙が辺りを包み込んでいく。その威力によって地面は割れ、壁が砕けていく。そんな嵐の様な惨状の中に二つの人影がある。それは闘牙とプレシア。

半妖と大魔導師。本来ならありえないはずの闘いがクロノ目の前で起こっていた。

闘牙に向かって無数の雷が次々に襲いかかる。それはプレシアの杖から放たれている物ではない。何もない空間、闘牙の上下左右のいたるところからまるで空間を超えたかのように突然、紫の雷が闘牙の死角から襲いかかってくる。

それはプレシアの次元跳躍魔法。それは先日のように次元すら跳躍した攻撃を可能とする反則と言ってもいい魔法。クロノがプレシアに手も足も出なかった理由の一つだ。

戦いにおいて相手を視界にとらえて戦うのは常識であり鉄則。だがプレシアの攻撃はそれを覆す。複数のサーチャーを飛ばすことによって相手の動きを、隙を捉え、それを跳躍魔法による雷撃で貫く。それはプレシアの圧倒的なマルチタスク、分割思考の為せる技だった。

だが

「なっ………!?」

その驚愕の声はプレシア、クロノはたしてどちらの物だったのか。死角から襲いかかる回避不能のはずの雷撃。それを闘牙は紙一重のところで避け、捌きながらプレシアに肉薄してくる。その光景はまるで舞。神業と呼ぶにふさわしい物。とても人間業とは思えないものだった。闘牙は無数の雷をまるで後ろに目があるかのように感知し対応していく。そんな光景にプレシアは驚愕し、目を奪われる。

今、闘牙は自らの体にみなぎる力に戸惑いすら覚えていた。



体が軽い。
力が湧く。
動きが見える。

それはまるでかつての瑪瑙丸との戦いの様。鉄砕牙と自分は今、一つになっている。ジュエルシードの影響で闘牙は魔力の発動や流れを感知できる。そして今、その力はさらに鋭さを増していた。プレシアの魔法。その恐ろしさを闘牙は身をもって理解する。自分の死角からのこれほどの威力の攻撃。おそらくなのはのシールドであってもこの攻撃には耐えきれないであろう、それほどの力が込められている。それは決して自分にとっても例外ではない。その強さは鉄砕牙を持つ自分でも苦戦することは間違いないほどの力だ。しかし

「はあっ!!」

闘牙は自らの背後からの魔法を瞬時に感じ取り、鉄砕牙を振り切ることでそれを切り払い、そのままプレシアとの距離を詰める。

今の自分は誰にも負けない。そんな確信が闘牙の力をさらに高めていく。それに呼応するように鉄砕牙もその力を解放していく。闘牙を守るように風の傷が闘牙の体の周りを包み込んでいく。そしてついに闘牙はプレシアの間合いに入り込む。

「くっ!!」

プレシアが自らを守るシールドに力を込める。その瞬間、鉄砕牙がプレシアの持つデバイスに向かって振り下ろされる。二つの力がぶつかり合い、両者の間に無数の火花が散る。闘牙とプレシア。互いが互いを至近距離で睨みあう。しかし闘牙は鉄砕牙に力を込めるもそのシールドを破ることができない。闘牙はその強度に驚きを隠せない。それは自分が知っている中で最も強いなのはのシールドを遥かに上回る物だった。

儀式魔法によるシールド。それがプレシアの防御だった。儀式魔法とは通常の魔法とは異なる術式でありその発動には条件がある。一つは発動した場所から動かないこと。儀式魔法はそれを発動した地点に術式が固定されてしまうためそこから離れるとその効果も失われてしまうからだ。そしてもう一つが膨大な魔力。儀式魔法は通常の魔法よりも遥かに上回る力を誇るがそれ故に消費する魔力も比べ物にならない。この二つのデメリットにより戦闘において儀式魔法を使用する魔導師はほとんど存在しない。

だがその例外がここに存在する。

圧倒的魔力量が可能にする儀式魔法による『絶対防御』とその場を動かずとも相手を倒すことができる空間跳躍魔法。

これがSランクオーバー、大魔導師プレシア・テスタロッサの力だった。


「死になさいっ!!」

シールドに向かって鉄砕牙を押し込んでいる闘牙に向かってプレシアは焦りながら雷撃を放つ。それは絶対であるはずのシールドが次第にその力によってひびが入り始めていたからに他ならない。だが闘牙はその攻撃を後ろの飛び跳ねることで間一髪回避する。そして両者の間には再び距離が開く。闘牙は体勢を立て直しながら再び鉄砕牙を構える。その目には全く恐れがない。そんな闘牙に対抗しようとプレシアが自らのデバイスを構えようとした瞬間、その口から赤い鮮血が流れ落ちる。それは病魔に侵された体を行使してしまった代償だった。

「がっ……げほっ……げほっ……!!」

プレシアはその激痛によってその場にうずくまってしまう。それは戦闘においては致命的な隙だった。プレシアは己の敗北を悟る。


だがいつまでたっても相手の攻撃はやってこない。そのことに気づいたプレシアは何とか落ち着きを取り戻した体を起こしながら顔を上げる。そこにはまるで自分が立ちあがるのを待っていたかのような闘牙の姿があった。そんな闘牙にプレシアは戸惑いを隠せない。

「何のつもり……情けでもかけようっていうの……?」

プレシアは自らの口を拭いながらも再びその杖を闘牙に向ける。だがそんなプレシアに闘牙は何も答えようとはしない。まるで答えないことがその答えであると、そう伝えるかのように。

プレシアはそんな闘牙に向かって再び跳躍魔法による攻撃を放ち続ける。しかしそれは闘牙にダメージを与えることはできず、闘牙は再びそのシールドに向かって鉄砕牙を振るう。そして再び両者の間に距離ができる。それは完全に先ほどのやり取りの再現だった。それが何度も何度も繰り返される。

(これは……一体……!?)

プレシアは目の前の銀髪の少年に驚愕し、恐れを感じる。自分は間違いなく魔導師として最高位の力を持っている。病魔に侵され全盛期程の力はないがそれでもその力は健在だ。

なのに自分は目の前の少年にダメージひとつ負わせることができない。そしてその相手からは魔力も魔法を使っている様子も見られない。プレシアは目の前で起こっているあり得ない事態に焦り、狼狽する。

このままではやられてしまう。このままでは捕まってしまう。そうなればもう終わりだ。もうアリシアを蘇らせることが、アルハザードに行き、失ってしまったその日々を取り戻すことができなくなってしまう。そんなことは許されない。こんなところで、こんなところで躓くわけにはいかない。

「私は全てを取り戻す………アリシアを……あの日々を……邪魔はさせないっ!!」

自らの心を叫びながらこれまで以上の威力持った雷撃が闘牙を襲う。

「闘牙っ!!」

その魔力に思わずクロノが叫びを上げる。しかし闘牙は全方位から襲いかかる無数の雷に為すすべなく飲み込まれてしまう。辺りはその威力と衝撃によって煙に包まれてしまう。


プレシアは自らが持てる力をすべてつぎ込んだ攻撃によって消耗しその場にデバイスを杖代わりにしながら蹲ってしまう。だがその顔には笑みがこぼれていた。

完璧なタイミングにあれだけの攻撃。いくら相手が妙な力を持った存在だとしてもあれを耐えられる魔導師など存在しない。それほどの大魔法だった。プレシアはそのまま何とか立ち上がり、そのままカプセルにいるアリシアと手に入れたジュエルシードに近づこうとする。もう自分たちを邪魔する者はいない。今こそ悲願を達成する時。プレシアがそう考えた時


煙の中から一つの人影が姿を現す。


そこには傷つきながらも全く闘気も意志も失われていない闘牙の姿があった。


プレシアはそんな闘牙の姿に目を見開くことしかできない。そして同時に恐怖がプレシアの感情を支配する。目の前の少年。その眼光。その圧倒的な存在感。それが自分の、自分とアリシアの前に立ちふさがっている。知らず体が震え始める。こんなことは生まれて初めてだった。

闘牙が一歩プレシアに向かって足を進める。それに合わせてプレシアも思わず一歩後ずさりをしてしまう。プレシアは完全に戦意を失ってしまっていた。




「どうして…………」

知らずプレシアの口から言葉が漏れる。それは今までプレシアが抱えてきた心の叫びだった。

「どうして邪魔をするの……私はアリシアを……あの日々を取り戻したいだけなのに……」

震える体を何とか抑え込みながらプレシアは闘牙に向かってそう呟く。

「あなたに……あなたに何が分かるっていうの……アリシアを失った私の気持ちが!!」

プレシアはそう慟哭する。それはもはやただ八つ当たりに近い叫びだった。


プレシアの脳裏にこれまでの日々が、地獄の様な日々が蘇る。

優しかったアリシア。仕事が忙しく、いつもさびしい思いをさせてしまっている私に笑いかけてくれるアリシア。

アリシアは私のすべてだった。だがそれは一瞬で奪われてしまう。自らの実験によって。

こんなはずじゃない。こんなはずじゃなかった。認めない。こんなことは認めない。認めるわけにはいかない。

私はアリシアを、あの日々を取り戻すために狂気の道に足を踏み入れる。使い魔を超える人造生命の生成。命を弄ぶ悪魔の道に。アリシアを蘇らせられるなら悪魔に魂を売っても構わない。身を削りながら、文字通り命を削りながらも実験は完了する。だが生まれた命はアリシアではなかった。

利き腕も。魔力資質も、人格さえも。それはまるで私への罰。アリシアを蘇らせようとした、命を弄んだ私への。

『フェイト』それがその命の名前。人造生命体を作成するプロジェクト「F.A.T.E」。それが由来だった。

フェイトを見るたびに私の心はざわついてしまう。それは自分の罪の証。逃れ得ない運命そのものだった。




プレシアは涙を流し、嗚咽を漏らしながら自らの心をさらけ出す。しかし闘牙はそれを聞きながらも表情を崩さない。そして


「関係ねえ………」

そう口を開く。

「アリシアも……死者蘇生も………アルハザードも……俺にとってはどうでもいい……勝手に好きなだけやればいい……」

そんな闘牙の言葉にプレシアは驚きただ呆然とするしかない。それはクロノも同様だった。
そして闘牙はそのまま鉄砕牙を振りかぶりプレシアに向かってそれを振り下ろす。プレシアは咄嗟にシールドによってそれを何とか防ぐ。だがその力によってシールドには亀裂が生じていく。

「どうしてフェイトを巻き込んだ……あいつはただお前のために……それだけのために頑張ってた……それを……」


闘牙の脳裏にフェイトの姿が浮かぶ。

ただ母親のために。

それだけのためにフェイトがどれだけ頑張ってきたか。何度も刃を合わせてきた、その姿を見てきた闘牙にはその想いが伝わってきた。その純粋さに自分も救われた。

プレシアにとってアリシアがどんなに大切だったか。

それは俺には分からない。きっとそれはプレシアにしか分からないことだ。

それでも

母親のため身を削って、ただ自分を認めてほしくて、ただそれだけのために闘ってきた少女にプレシアはあんな言葉をぶつけた。それが闘牙には許せない。


「お前こそわかるのか……人形だと……偽物だと言われた……あいつの気持ちが……」



『人形』だと。

『偽物』だと。

自分を否定される。それがどんなに辛いことか。



『私………生まれてきてよかったのかな………』

あんな言葉を………あんな幼い少女に………


自分が自分ではないというあの不安が、恐怖が、苦しみが





「お前に分かるのか―――――!!」


闘牙の慟哭と共に鉄砕牙によって絶対であるはずのプレシアのシールドが粉々に砕け散る。


そしてその瞬間、あり得ない事態が起きた――――






アースラの一室に二つの人影がある。それはフェイトとアルフだった。

フェイトは出ていった闘牙の姿がもうないにもかかわらずただずっと、その扉を見つめたまま佇んでいる。アルフはそんなフェイトを見ながらもどうしたらいいのか分からず、ただそれを見守ることしかできない。

そして部屋のモニターには白い魔導師と翠の魔導師が傀儡兵たちと闘っている光景が映し出されている。だがその数は際限がないかの如く増え続けている。助けに行かなければ。そんな思いがアルフの中に生まれるものの目の前のフェイトを一人にすることもできない。そんなことを考えていると

フェイトの目から大粒の涙が流れ落ちる。フェイトはそれを拭おうとするも涙は止まらず流れ続ける。その手は闘牙が叩いた頬にあてられていた。

「だ……大丈夫かい、フェイト!?痛むのかい!?」

叩かれた痛みによってフェイトが泣いているのだと思いアルフは慌てながらフェイトに近づく。しかし

「………ううん……違うの…………」

フェイトは涙を流しながらもそうアルフに応える。


フェイトは今、ある感情に支配されていた。

それは喜び。

それは闘牙に叩かれた頬の痛みによるもの。

『痛み』

それはフェイトにとって辛くて怖いものだった。

母さんから受ける痛み。それは私が悪いから受けているもの。それは仕方がないもの。

その痛みは怖くて、辛いものだった。

でもこの痛みは違う。

この痛みにはトーガの自分への、トーガが認めてくれた『フェイト・テスタロッサ』としての自分への想いが込められていた。



「痛いのと怖いのは一緒じゃないんだね………アルフ………」

フェイトはそうアルフに呟く。フェイトは今、生まれて初めて悲しみではなく、喜びからの涙を流していた。

「フェイト………」

そんなフェイトの感情を感じ取ったアルフは自分の心がざわつき始めるのを感じる。こんなことは初めてだった。そしてフェイトはモニターに映った白い少女に視線を向ける。

自分に、『アリシア』ではない自分に『友達』になりたいと言ってくれた少女。



自分の体も、記憶も『アリシア』の物なのかもしれない。

でも

トーガを想う気持ちも

あの少女を想う気持ちも

そして

母さんを想う気持ちも

きっとそれは―――――


その瞬間、フェイトの手にあったバルディッシュが起動し、その姿を現す。それはまるでフェイトの心に反応しているかのようだった。フェイトはそのまま己の相棒であるバルディッシュに魔力を込める。同時に黒いバリアジャケット、フェイトのプレシアへの想いが形を作る。


フェイトは他の誰でもない、『自分』を取り戻した。


「行こう……アルフ……これまでの私じゃない……新しい私を始めるために、力を貸して。」

フェイトは力を取り戻した、いやそれ以上の力を持つ瞳をアルフに目ける。アルフはそんなフェイトの姿に体が震えるのを感じる。そして

「………ああ!!もちろんさ!!」

これまでで最高の笑顔を見せながらそれに応える。

今ここにフェイト・テスタロッサとその使い魔、アルフが復活した――――





「ハアッ……ハアッ……!」

なのはは肩で息をしながらもレジングハートを構える。しかしその姿は疲労し、動きには精彩が見られない。それを何とかユーノがフォローをしているものの次第に二人は追い詰められていってしまう。

傀儡兵はついにその数の底がついたのか増員が現れることはなくなった。だがフェイトとの真剣勝負からの連戦、慣れない一体多数の闘いになのはの限界が近づこうとしていた。

だがそれでもなのははあきらめようとはしない。自分は闘牙にこの場を任された。それは自分とユーノを信頼してくれたからだ。それを裏切るわけにはいかない。そして何よりこれからやってくるフェイトのためにもなのはは絶対にあきらめるわけにはいかなかった。

しかし、一瞬の隙を突いて一体の傀儡兵がなのはに向かって斬りかかって行く。他の傀儡兵に気を取られていたなのははそれに反応できない。

「なのはっ!!」

ユーノが悲痛な叫びを上げる。そしてその攻撃がなのはを襲おうとしたその瞬間、


『Photon Lancer』

金の光が次々になのはを襲おうとした傀儡兵を貫いていく。そしてそれは爆発を起こし跡形もなく消え去ってしまう。


「え………?」

なのははそんな光景に目を奪われそんな声を上げてしまう。そして見上げたその先には


バルディッシュを構えたフェイト・テスタロッサの姿があった。


「フェイトちゃん………?」

そうどこか現実感のないような様子でなのはがその名を呼ぶ。それに応えるかのようにフェイトがなのはの目の前に現れる。そしてバルディッシュから魔力の光がなのはのレイジングハートに流れ込んでくる。それはフェイトのなのはへの想いが込められていた。

「二人できっちり半分こ……だったよね……」

そう静かに微笑みながらフェイトはなのはに告げる。なのははそんなフェイトの言葉に思わずその場に立ちつくしてしまう。

そしてそんな二人を狙って新たな傀儡兵がその矛先を向ける。だが

「はあああああっ!!」

それは魔力を込めたアルフの拳によって打ち砕かれる。その威力によって傀儡兵の鎧は砕けその力を失う。

今、アルフは喜びに震えていた。フェイトが自らの主が今、初めて自身のために闘おうとしている。その心が流れ込んでいる。それがアルフの力を限界以上に高めていた。

アルフはそのままチェーンバインドによって残った傀儡兵を次々に拘束していく。

「フェイトっ!!」
「うん!」

アルフの言葉に合わせるようにフェイトの足元に金色の魔法陣が姿を現し、それに呼応するように雷が起こり始める。そして



「サンダーレイジ―――!!」


その強力な雷撃によって残った傀儡兵は一つ残らず破壊されていく。その光景になのはとユーノは立ちつくすことしかできなかった。


だがその瞬間、これまでとは比べ物にならない程巨大な傀儡兵が姿を現す。その大きさからこれまでの傀儡兵よりも手強いことをなのはたちは悟り身構える。しかし


「大型だ……バリアが強い……でも……二人でなら……」

フェイトはそうなのはに向かって話しかける。その言葉はなのはにとって本当に心から嬉しい物だった。

フェイトと一緒ならきっと何でもできる。そんな気持ちが再びなのはの心に勇気と希望を蘇らせる。

「うん!!」

なのはがそう力強く頷くと同時に傀儡兵が二人に向けて攻撃を繰り出してくる。だがそれは一つとして二人を捉えることができない。金と桜色の光が傀儡兵を翻弄するようにその周りを縦横無尽に飛び回る。そしてその隙をついて翠とオレンジの鎖が傀儡兵の動きを次々に封じていく。それは二人をサポートするユーノとアルフによるものだった。


「ディバイン―――」

それを見たなのはは自らの足元に魔法陣を生みだしレイジングハートを構える。その先には既に桜色の魔力が集中し始めている。


「サンダ―――」

そんななのはに合わせるようにフェイトもその魔力を高めバルディッシュを構える。その先端からは雷が起き始めている。


傀儡兵はその力を振り絞り何とかそれを迎撃しようとするもチェーンバインドから抜け出すことができない。そして



「バスタ―――――!!」
「スマッシャ――――!!」

二つの砲撃魔法がそれぞれの想いを乗せて放たれる。二つの光はその力を合わせながら目の前の傀儡兵に向かってその力を振るう。傀儡兵はそのバリアによってそれを何とかしのごうとする。だが力を合わせたなのはとフェイトの前にはどんなバリアも無意味だった。


「「せ―――のっ!!」」

二人の掛け声と共にバリアは打ち砕かれ、二つの光によって傀儡兵は跡形もなくその姿を消したのだった………。





「フェイトちゃん………」

なのはがその目に涙を浮かべながらフェイトに向かい合う。フェイトはそんななのはの様子に優しく微笑みながら答える。ユーノとアルフはそんな二人を静かに見守っている。そして

「フェイトちゃん、闘牙君が言ってたよ、先に行って待ってるって。」

なのははそうフェイトに伝える。その先には闘牙が、そしてプレシアがいる。

「うん……ありがとう。」

そうお礼を言いながらフェイトとアルフはその先に向かって走り出す。



新たな自分を始めるために―――――



[28454] 第15話 「答え」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/07/31 15:23
今、一つの物語が終わろうとしている。

それは願いを叶える宝石、ジュエルシードから始まった。

そしてそれによって多くの出会いが生まれた。

それを巡って幾度も争いが起きた。

大切な人を失くした少年と魔法少女の物語。

それが今、一つの終わりを迎えようとしていた。




時の庭園。

そこに二人の人影がある。

闘牙とプレシア。

年も、性別も、生まれた世界も違う二人がただ己の信念を掛けて闘っている。

それはまさしく心のぶつかり合い。

次第に二人は奇妙な感覚に囚われていく。

まるで自分がもう一人の自分と闘っているような感覚に。



そしてついに二人の闘いに終わりが訪れようとしていた。





闘牙はプレシアとの戦いは『心の闘い』になると考えていた。

例えプレシアを力で逮捕したとしてもそれは自分にとっては何の意味もない。

プレシアを再びフェイトに向かい合わせる。

それが闘牙の目的。

それはなのはと同様の『分かりあうため』の闘い。

だがそれはただ戦って勝つだけの今までの闘いよりも遥かに難しいもの。

だがそれでもやるしかない。

その決意を持って闘牙はこの戦いに臨んでいた。


そしてその心を鉄砕牙は感じ取る。

そして闘牙の心が高まるのと同時に予想外の事態が起こる。それは闘牙の中にあるジュエルシードの力の残滓。その力が闘牙の心に共鳴し、鉄砕牙に新たな力を呼び起こす。それはまさに奇跡だった。




闘牙がシールドを破ったその瞬間、見えない力が二人を包み込む。しかしそれは何かを傷つける力ではない。それはどこか温かさを感じさせる力だった。

その力は闘牙が望んだ『分かりあうため』の力。なのはと出会うことで闘牙が求めたこれまで鉄砕牙が持っている誰かを倒すための力ではない、新たな力だった。

二人は驚愕しながらその力に包み込まれていく。そして同時に自分ではない記憶と感情が流れ込んでくる。それは闘牙とプレシア、互いの記憶と感情だった。




プレシアは闘牙の記憶と感情を感じ取る。

目の前の少年の半生。

ごく普通のはずの少年が『半妖』と呼ばれる人間ではない体に憑依してしまったこと。

そしてそれによる差別と他人の体と記憶を持つことの苦悩。

その恐怖と不安。まるで自分の立っている足元が崩れ落ちていくような感覚。それにプレシアは恐怖する。そして同時に気づく。

自分がフェイトに行った仕打ち。それによってフェイトもこれと同じ恐怖と不安を抱いていることに。

少年が自分に戦いを挑んで来た理由がそれだったことに。

そして目の前の少年が本当にジュエルシードのためでもなく、次元振を止めるためでもなく、ただフェイトのためにここにやってきたことに。



他人の体と記憶を持つ苦悩。それによって少年の心は壊れてしまう寸前だった。

誰も信じられず、誰にも信じられない孤独な日々。それはまるでアリシアを失ってしまった自分そのものだった。

だが一人の少女によって少年の心は救われる。

少年はそんな少女を守る力を、強さを求め続けた。

少年にとって少女は生きる意味だった。

旅を続ける中で新たな仲間、出会いがあった。

そして二人はついに結ばれる。

だが最後の闘い。そこで少年は残酷な選択を迫られる。

『少女』か『世界』か。

少年の慟哭が、涙がプレシアの心に流れ込んでくる。

そして

少年は『世界』を選択する。いや、選択せざるを得なかった。



少年の心は完全に崩れ去ってしまった。それからの日々はもはや語るまでもない。

それはプレシア自身が誰よりも分かっている。

大切な人を失ってしまった悲しみ。自分と同じ、いやそれ以上の悲しみを目の前の少年は抱いている。それ故に分からない。それなのに何故―――




闘牙はプレシアの記憶と感情を感じ取る。

それは母と娘の日常だった。

仕事に忙しい母とそれを待ち続けながらも優しく母を癒す娘の姿。

小さくとも確かな幸せな日々。

だがそれは突然終わりを告げる。


プレシア自身が起こした事故によって。

自らの手で最愛の娘の命を失ってしまう。それがどんなに辛いことか。

子を想う親の、母の心。

知らず闘牙の頬に涙が流れる。


子を持たない自分にはそれを理解することはできない。だがそれでも愛する者を失う悲しみは、痛みは誰よりも分かる。


そしてプレシアは決意する。アリシアを、自らの娘を蘇らせるという道を行くことに。

自らの命を削りながらも、ただアリシアのために、それだけのためにプレシアは走り続ける。

しかし生まれた命がアリシアではなく別人だと知った時、プレシアの心は壊れてしまった。

それは誰よりも優しい心を持っているからこそ

誰よりもアリシアを愛していたからこそ

プレシアは壊れてしまうしかなかった。



そして闘牙は気づく。


目の前のプレシアの姿。


それはもう一人の自分であることに。



愛する人を失ってしまう悲しみ。それを自分とプレシアは持っている。だがそれでも、だからこそ――――




闘牙とプレシア。

二人はまるで合わせ鏡のように互いを見つめ合う。

長い沈黙が二人の間に流れる。そして

「どうして………」

プレシアが絞り出すような声で呟く。その目には涙が溢れていた。

「あなたなら分かるでしょう………愛する人を失くした悲しみが……苦しみが……なのに、どうして」



私を認めてくれないのか。



それは誰にも伝えることが、訴えることができなかったプレシアの心からの叫びだった。

闘牙はそんなプレシアの言葉に悲しげな表情を作りながらもゆっくりと口を開く。



「お前の気持ちは分かる………俺も、お前と同じ立場だったら同じような道を進んだかもしれない………」

かごめの姿も、声も、温もりも、一日だって忘れたことはない。もしそれを取り戻せるかもしれないとしたら自分もきっとそれに縋りつくだろう。

『死者蘇生』

それが夢物語でないことを闘牙は知っている。

『天生牙』

その存在を知っているから。

でもきっとそれは自分には使えない。あれは師匠だから、殺生丸だからこそ扱えた刀。

例え自分が天生牙を使えたとしても、アリシアを蘇らすことはできないだろう。

天生牙は『死者を蘇らせる刀』ではない。

天生牙は『救われるべき、救うべき命を救う刀』だ。

それ故にりんと邪見は天生牙によって命を救われた。

そして天生牙はきっとアリシアを救うためにはその力を貸さないだろう。

アリシア自身のためではない。

狂気に囚われ、他人を利用し、傷つけてきたプレシアのためには。

「でも……お前は間違ってる………」

愛する者を取り戻したい。その気持ちはきっとだれでも持っている。それはきっと間違いじゃない。

だがそのために、自分一人の悲しみのために他人を巻き込むのは、傷つけるのは絶対に間違っている。

クロノが言ったあの言葉。あれが全てだ。

「だから……俺はお前を認めるわけにはいかない!!」

闘牙は涙を流しながらそうプレシアに向かって慟哭する。

俺も一人なら目の前のプレシアと同じ道を進んでいたかもしれない。でも俺には仲間がいる。


真っ直ぐな勇気と信念を持つなのは。

誰にも負けない優しい心を持ったユーノ。

自らの持つ力を正しいこと、正しくあろうとすることに使おうとするクロノ、リンディ、エイミィ。

自分たちのことを温かく見守り、帰りを待ってくれる高町家のみんな。

自らの主のために命を掛けて闘うアルフ。

そして

敵であるはずの自分の身を案じ、その心を救ってくれたフェイト。

自分のために鉄砕牙を残してくれた仲間たち。

みんながいたから、導いてくれたから今の自分がここにある。



例え誰かを犠牲にしてかごめを蘇らせても、きっとかごめは俺を認めてくれない。

それは、かごめが好きだと言ってくれた俺を裏切ることになるから。

プレシアはそれに気づいていない。

アリシアを蘇らせようと、誰かを犠牲にしていくたびに

アリシアが好きだったプレシアがなくなっていってしまっていることに。

それが闘牙がプレシアを認めない理由だった。




その心が、感情がプレシアに流れ込んでくる。

分かってる。

そんなことは分かっている。

今の自分が間違っていることも。

今の自分の姿が、アリシアが好きでいてくれた自分ではないことは。

だがそれでも、それでもアリシアにもう一度会いたかった。あの姿を、声を、温もりを取り戻したかった。

分かっている。

分かっていた。

フェイトへの仕打ち。それがただの八つ当たりであることも、自分の心の弱さのせいであることも。

だが止めることができなかった。

自分は時間を、命を削って突き進んできた。今更立ち止まることなどできない。立ち止まることなど許されてはいなかった。

「それでも………それでも私は……私はっ!!」

プレシアの悲痛な叫びと共にその体から魔力が雷が巻き起こる。自身の間違いを、過ちを理解しながらもはやプレシアは止まることができないところまで来てしまっていた。その力が闘牙に向かって放たれようとする。だが

闘牙はそんなプレシア見ながらも鉄砕牙を下ろす。

そんな闘牙にプレシアは戸惑うしかない。なぜそんなことをするのか。自分がもう闘うことができないとでも思っているのか。プレシアはそんな疑問を持ちながらも雷撃を放とうとしたその時、闘牙の後ろから一人の少女が姿を現す。


その姿にプレシアは動きを止める。知らず息が止まる。



それはフェイト・テスタロッサだった。





フェイトは一歩一歩、その足で、静かにそれでも力強くプレシアに近づいていく。プレシアはそんなフェイトを見つめ続けることしかできない。その魔力も、雷も既に霧散してしまっていた。闘牙はそんなフェイトの姿を静かに見守っている。

そしてフェイトはその足を止め、真っ直ぐにプレシアに向かい合う。その目にはいつもの悲しさも、怯えもない。ただ純粋に自らの母親を見つめている娘の姿がそこにはあった。

プレシアはそんなこれまで見たことのないフェイトの姿に戸惑いながらもそれを悟られまいといつもの無表情に戻る。しかしその心の動揺を抑えることができない。何故、何故あれだけの仕打ちを受けた後に再び自分の前に現れるのか。

何故その姿に、アリシアの姿が重なるのか――――



「何を……しにきたの……」

プレシアは感情のない声でそうフェイトに告げる。そこには明確な拒絶の意志があった。だがそれを感じ取りながらもフェイトはその視線を、その瞳を真っ直ぐにプレシアに向け続ける。


「消えなさい、もうあなたに用はないわ」

まるでそれを振り払うかのようにプレシアはさらに言葉をつなぐ。しかしその声は震えていた。こんなことは初めてだった。


「あなたに言いたいことがあって来ました……。」

フェイトはゆっくりと自らの気持ちを言葉に、形にしていく。



「私の体も……記憶も……アリシアの偽物かもしれません………」

そのことに迷い、苦しみどうしていいか分からなくなった。でも今は違う。

トーガが、少女が、誰でもない自分を認めてくれたから。



「でも……私は『アリシア』じゃありません。私は………」

だから認めてくれなくてもいい、振り向いてくれなくてもいい、ただ聞いてほしい。




「私はあなたの娘、『フェイト・テスタロッサ』です。」

自分が見つけた偽物ではない、本当の答えを。




プレシアの顔が驚愕に染まる。鉄砕牙の力が、目の前のフェイトの想いが間違いなく本物であることをプレシアに伝えてくる。


いつも冷たく、厳しく、辛く当たってきた自分を。


偽物だと、人形だと言った自分を。


それでも目の前の少女は自分が母親であるとそう思ってくれている。


プレシアの脳裏にかつてのアリシアの姿が蘇る。




『ねえ、ママ。私、妹が欲しい。』

それは遠い昔、アリシアとした約束。


『だって妹がいればお留守番もさみしくないし、ママのお手伝いも一杯できるよ。』

その光景を覚えている。


『だから約束だよ。ママ。』

プレシアは気づく。自分が欲しかった答え。それがすぐ側にあったことを――――



プレシアはそのまま顔を俯かせる。その表情をうかがうことはできない。そして

「くだらないわ………」

そう呟きながら、プレシアは自らの杖を床に突き立てる。その瞬間、その魔力によって時の庭園が崩壊し始める。その振動によってフェイト達はその場から動くことができない。


「私は行くわ……アリシアと一緒に………」

そう言いながらプレシアはアリシアのいるカプセルに近づいていく。そしてその足場が次々に崩れ去り、二人はそのまま虚数空間へ向かって落ちていってしまう。

「母さんっ!!」

フェイトがそんな二人向かって手を伸ばすも間に合わず、プレシアとアリシアはそのまま虚数空間に飲み込まれていく。

しかし、そんな中、プレシアはフェイトの姿を、その姿が見えなくなるまで見つめ続けている。



いつもそう――――

いつも私は――――

気づくのか遅すぎる―――――


プレシアは自らの本当の気持ちを取り戻しながら姿を消した




(プレシア……………)

そしてその気持ちは闘牙にも伝わってきた。間違いなくその気持ちはプレシアの本当の気持ち。悲しみによって覆い隠されていたフェイトへの想いだった。


だが次の瞬間、闘牙たちの足元が次々に崩壊し始める。それにより闘牙たちはフェイトと分断されてしまう。このままでは自分たちも虚数空間に飲み込まれてしまう。

闘牙はこの虚数空間がこの世とあの世のはざまであることに気づいていた。それは冥道残月破をもつ闘牙だからこそ。これに飲み込まれればもう二度と戻ってくることはできない。闘牙は傷ついたクロノを担ぎながらその場を離脱しようとする。だが


フェイトは一人、崩壊し始めている自らの足元から動こうとはしなかった。そしてその視線はプレシア達が落ちていった先に向けられている。


「フェイトっ!!」

その姿にアルフが悲鳴を上げる。同時に闘牙もフェイトの心を悟り、戦慄する。そしてついにフェイトの足場が崩れ去ってしまう。闘牙はフェイトを何とか助けに行こうとするが間に合わない。


闘牙の目の前が暗くなっていく。

また。また自分は繰り返すのか。自分が守りたかったものをまた――――

闘牙がそう絶望に支配されかけた時、




桜色の光が辺りを照らしていく。それはなのはの魔力光だった。

「フェイトちゃんっ!!」

なのははそのままフェイトに向かって手を伸ばす。その姿はまさに天使だった。


フェイトはそんななのはの姿に自分を取り戻す。



母さん……アリシア……ごめんなさい。私はまだこの世界に………トーガと少女がいるこの世界に………


フェイトの手がなのはに向かって伸ばされる。


その手をなのはは力強く握り返す。



フェイトはこの世界で、新たな自分を見つけるために生きていくことを誓った。






「全く………あいつには敵わねえな………」

そんな二人の姿を眺めながら闘牙はそう呟くのだった―――――



[28454] 第16話 「名前」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/01 17:27
私、高町なのははごく普通の小学三年生。

ですが偶然の出会いとめぐり合わせで別世界から来た魔法使い、ユーノ君と不思議な力を持つお兄さん、闘牙君と出会って願いをかなえるジュエルシードという宝石を封印するお手伝いをすることになりました。

今までの日常から魔法の世界と言う非日常に足を踏み入れることで私は魔法少女として頑張ろうと心に決めました。

でもジュエルシード集めは私にとって簡単なものではありませんでした。怖いこと、辛いこと、自分のせいでみんなに迷惑を掛けてしまうこともありました。

でもユーノ君と闘牙君の力も借りることでそれを乗り越えることができました。誰かを頼ること、私はそれがいけないことだとずっと思っていました。でもユーノ君と闘牙君と一緒にジュエルシード集めをしていく中でみんなで力を合わせることの大切さを知ることができました。

そして自分と同じ魔法少女、悲しそうな瞳を持った自分と同い年の少女、フェイトちゃんとの出会い。

フェイトちゃんは大好きなお母さんのためにジュエルシードを集めていました。私はそんな自分とどこか似ているフェイトちゃんとただ争うのではなく、話しあって、友達になりたいとそう思いました。

そのために、自分の想いを伝えるために闘牙君に特訓をお願いし、それからは過酷な特訓の日々が始まりました。闘牙君の厳しさには本当に驚きました。しかも闘牙君はそれが優しく教えてるつもりだと知った時には目を丸くするしかありませんでした。でもそのおかげでフェイトちゃんと対等に、お互いの想いを伝えあうことができました。


そして時の庭園での最後の闘い。

フェイトちゃんのお母さんとアリシアちゃんが虚数空間に落ちていってしまうという結末によって私たちのジュエルシードを巡る争いは終わりを迎えました。

アースラに戻った後、フェイトちゃんとアルフさんはそのまま違う部屋へ連れて行かれてしまいました。二人が悪いことをしていたということはやはり簡単には許してもらえないようです。

でもフェイトちゃんたちは何も知らされていなかったこと、未成年であったことからそれほど重い罪にはならないだろうとクロノ君が言っていたので少し安心しました。二人の保護者になるのがリンディさんだと知り、その優しい笑顔を見てきっとリンディさんなら二人を守ってくれるとそう確信しました。


それでもお母さんのことがあったせいかフェイトちゃんには元気がありませんでした。そしてそれは闘牙君も同じでした。顔には出ていませんでしたが私とユーノ君には闘牙君が何かに悲しんでいるのが伝わってきました。クロノ君から闘牙君はフェイトちゃんのお母さんを助けようと闘っていたことを聞かされて闘牙君が悲しんでいる理由が分かりました。


そして私たちは元いた世界、日常へと帰ることになりました。


家族のみんなは無事に私たちが帰ってきたことを心から喜んでくれました。そんなみんなの姿を見た時気づきました。ここが私の帰る場所なのだと。


それから闘牙君は元々住んでいたアパートに戻って行ってしまいました。元々ジュエルシード集めが終わったらそうするつもりだったみたいです。家族のみんなもこのままいればいいと説得したのですが闘牙君はそのままアパートに戻って行ってしまいました。なんでもけじめなんだそうです。

闘牙君がいなくなって一番寂しがっていたのはユーノ君でした。二人は私から見ても兄弟の様なものだったのでユーノ君の気持ちも分かります。でも闘牙君は翠屋のバイトやたまに家で食事をしていくこともあるので会う機会もたくさんあります。

最近は厨房に入るためにお母さんと一緒に特訓をしているみたいです。初めは乗り気じゃなかった闘牙君でしたが負けず嫌いな性格もあって、一生懸命頑張っているみたいです。

ユーノ君はそのまま私の家で暮らすことになりました。食事などの時は人間に姿になりますが、やっぱり落ち着くのかフェレットの姿でいることが多いです。流石に恥ずかしいので一緒のお風呂に入ることはなくなりましたが夜は一緒に寝ています。でもそれも嫌だったようで最初は闘牙君がいた部屋に住みたいと言っていましたがもう諦めたのか今は私の部屋で生活しています。

図書館でたくさんの本を借りてきたり、翠屋の手伝いをしたり、フェイトちゃんの裁判の準備をしたりと忙しい日々を送っています。でも闘牙君が休みの日に一緒に何かを食べに行ったり遊びに行くのはずるいと思います。時々闘牙君のアパートに泊まりに行ったりもしています。闘牙君曰く「男同士じゃないと分からないこともある」だそうです。私には闘牙君が何を言っているのかさっぱり分かりません。

学校での日々もいつも通り。アリサちゃんとすずかちゃんも帰ってきた私をいつも通り暖かく迎えてくれました。


魔法少女としてではない私の日常。

それは私にとってかけがえのないとても大切なもの。

でも、私の中にはどうしても気になって仕方がないことがあります。


それはフェイトちゃんのこと。

会えない日々が続く程、フェイトちゃんのことを考える時間が増えていく。

会いたいという気持ちが強くなっていく。


魔法。

それは普通ならできないことを可能にする力。

力は怖いものだと。

闘牙君は特訓の中でそれを何度も私に伝えてきてくれました。

そしてそれは使う人の心によってそれは良いことにも悪いことにも使えるものだと。

私が魔法に出会った意味。

私が本当にやりたい、私だけができること。

それを私は探しています。



そしてついに待ちに待った日が来ました。


それはフェイトちゃんと会える日。


それは裁判のために遠くに行ってしまう前に短い時間だけどクロノ君が無理を言って機会を作ってくれたものです。



胸を高鳴らせながら、まるで初めて小学校に行った時の様なそんな気持ちで私はユーノ君、闘牙君と一緒にその場所に向かっています。


友達になりたいと、そう伝え続けた女の子の元に――――





海に面した公園の中で二人の少女が互いに見つめ合っている。

高町なのはとフェイト・テスタロッサ。

ジュエルシードという宝石によってめぐり会った二人の魔法少女。

互いの心を、想いをぶつけ合った二人。

二人は初めて、闘いではなく、魔法少女としてでもなく、ただの女の子として向かい合う。

二人はそのまま何をするでもなく、ただ見つめ合う。そんな二人を潮風が撫でる。そんな時間がいつまでも続くのではないか。そんな中


「なんでだろう………フェイトちゃんに会ったら話したいこと、一杯あったのに……顔を見たら全部忘れちゃった………」

微笑みながらなのははそう告げる。その頬は喜びから桜色の染まっている。その声もどこか緊張しているようだ。


「私も………たくさん言いたいことがあったのに……言葉にできない……。」

そんななのはの様子を見ながらフェイトもその気持ちは同じなのかどこか恥ずかしそうに戸惑いながらそう答える。


フェイトの脳裏にこれまでの光景が浮かんでくる。ぶつかり合い、言葉をかわし、それでもただ自分に対等に、本気でぶつかってきてくれた目の前の少女。そんな少女が今、目の前にいる。


そしてしばらくの間の後

「私……あの時の答えを言いたいと思ってたんだ………」

「え………?」

フェイトの言葉になのはは思わずそんな声を上げてしまう。フェイトの脳裏には海上で自分を助けてくれたなのはの姿があった。そんなのはが自分に言ってくれた言葉。その答えを。



「私も……君と『友達』になりたい………」



静かに、それでも力強くフェイトはあの日の答えを告げる。その言葉にはフェイトへのなのはへの想いが全て込められていた。


その言葉になのはの目に涙が溢れる。それはなのはが心から欲していた、望んでいた答えだった。なのはは喜びのあまりそのまま顔を俯かせてしまう。フェイトはそんななのはの様子を心配するが


「君じゃないよ……『なのは』……それが私の名前……」


なのはは涙を拭いながらそうフェイトに伝える。


『名前』


それは自分が自分である証。


目の前の少女は自分の名前を何度も、何度も呼んでくれた。


それがあったから今の自分がある。


自分が誰か分からなくなった時、


目の前の少女とトーガがいたから私は立ち上がることができた。


だから――――


「ありがとう………なのは………」

フェイトは笑顔を見せながらその名前を呼ぶ。こんな自分のために何度も名前を呼んでくれたなのはのために。



それがなのはとフェイトが『友達』になった瞬間だった――――





そんな二人の姿を少し離れた場所から四人が見守っている。そんな中

「うう………闘牙……あんたの御主人さまは……なのはは……本当にいい子だね……フェイトが……フェイトがあんなに嬉しそうに笑ってるよ………」

アルフが二人の姿を見ながら号泣している。そんなアルフの様子をクロノとユーノは笑いながら、闘牙はどこか呆れ気味に見つめている。

「なのはがいい子なのは分かるが……何度言えば分かるんだ、俺は使い魔じゃねえ。」
「良いじゃないか……似たようなもんだろう?」

そんなアルフに溜息を吐きながら闘牙はなのはとフェイトに目をやる。


フェイトと友達になりたい。

なのははそれだけのために戦い続けていた。

そしてその願いはついに叶った。それはなのはの求めていた『分かりあうため』の力だった。

闘牙の脳裏にプレシアの姿が蘇る。

自分はプレシアを助けることができなかった。いや、助けるなどとおこがましいことなどできるはずもなかった。それでも

目の前の二人の少女の姿。

それだけでも自分が闘った意味はあった。

そんなことを考えていると


「闘牙っ!!本当に……本当にありがとう!!あんたのおかげでフェイトは……フェイトは……」

アルフが涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま突然闘牙に抱きついてくる。闘牙はそのあまりの力、そしてその感触に慌てる。

「分かったから離れろっ!!胸が……胸が当たってるんだよっ!!」

顔を真っ赤にしながら闘牙は何とかアルフを引きはがそうとするが人間の姿の闘牙にはどうすることもできない。そんな二人をクロノとユーノが呆れながらも楽しそうに眺めている。そんな中、なのはとフェイトがいつの間にか闘牙の前にやってきていた。

「どうした……もういいのか?」

なんとか抱きついてくるアルフを引きはがした闘牙が二人にそう尋ねる。

「フェイトちゃんが闘牙君に言いたいことがあるんだって。」

なのはがそう言いながらフェイトに目を向ける。フェイトはそんななのはの言葉に慌てて顔を赤くしながらも、闘牙に向かって顔を上げる。そして


「トーガ………その……今まで助けてくれて………ありがとう。」

そう何とか聞き取れるぐらいの声で闘牙にお礼を言う。どうやら面と向かってお礼を言うことが恥ずかしかったようだ。闘牙はそんなフェイトに気づき笑いながら

「気にすんな……俺もお前に助けられたからな、お互い様だ。」

そう答える。

「………?」

自分が闘牙を助けたことがあっただろうか。そう思いフェイトは闘牙の言葉に頭を傾げる。
闘牙はそんなフェイトを誤魔化すように話題を変える。

「そういえばそのトーガって発音、どうにかなんねえのか?」

闘牙はそのことがずっと気になっていたもののなかなか言い出す機会がなくそのままになってしまっていた。しかし

「え……トーガはトーガじゃないの……?」

闘牙が何を言いたいのか分からないフェイトはそう疑問の声を上げる。

「いや……何でもない。とにかく、何かあったら言ってこい。助けに行ってやる。」

名前のことはあきらめた闘牙はそう言いながらフェイトの頭に手を乗せる。これからフェイトとアルフは長い裁判によって見ず知らずの世界に旅立つことになる。クロノやリンディ達がいるからそれほど心配はしていないが自分やなのはがいることも覚えておいてほしいという闘牙の想いだった。

「全く……君が言うと冗談に聞こえないから困る……。」

そう言いながらクロノは座っていたベンチから立ち上がる。実際にフェイトのために時の庭園へ単身で乗り込みプレシアと闘う闘牙を見ているクロノにはそれが冗談に思えなかった。

「悪いがそろそろ時間だ……二人ともいいかい?」

クロノはそう言いながらフェイトとアルフに目を向ける。アルフはそのままクロノがいる場所に向かって急いで走って行く。しかしフェイトはそのまま闘牙の前で何かを言いたそうに俯いている。そして闘牙はフェイトがその手をしきりに動かそうとしては戸惑っていることに気づく。全てを理解した闘牙は


「ほら。」

フェイトに向かってその手を向ける。それはあの時できなかったことの続きだった。

「………うん!」


フェイトは微笑みながらその手を握る。フェイトはその温もりを忘れないようその手に力を込めるのだった………。




クロノとフェイト、アルフは転送の魔法陣の上に集まり、その手を振りながら別れを惜しむ。

なのはもそんなフェイトに涙を見せながらも笑いかけている。

フェイトは最後までなのはと闘牙に手を振りながら旅立っていく。新たな自分を見つけるために。

その手にはピンクのリボン。なのはとの絆の証が握られていた。そしてなのはの手にもフェイトの黒いリボンがしっかりと握られている。


「またね、フェイトちゃん!」

なのはの大きな声が響く中、三人は光と共に姿を消した。


そして


「さあ、帰るか、なのは、ユーノ!」
「「うん!」」

闘牙となのは、ユーノはそのまま歩き始める。自分たちが帰るべきその場所へ向かって。




一つの物語が幕を下ろす。だがそれは終わりではない。



闘牙と魔法少女の物語はまだ始まったばかりなのだから―――――



[28454] 第17話 「再会」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/06 21:46
私、高町なのははごくごく平凡な小学三年生。しかし春先のとある出来事によりそれは大きく変わりました。

それは魔法との出会い、そして多くの人たちとの新しい出会いでした。

ユーノ君、闘牙君、クロノ君、リンディさん、エイミィさん、アルフさん、

そしてフェイトちゃん。


あれからもう半年が経とうとしています。暖かかった春も今は過ぎ去り、今はもう十二月。

フェイトちゃんの裁判は上手くいっているようで、もうすぐ終わりそうだということをクロノ君から聞きました。私はあれからまだフェイトちゃんとは一度も会えていませんが、ビデオメールをお互いに送り合っているのでそれがこの半年の大きな楽しみです。アリサちゃんとすずかちゃん、闘牙君も一緒に写ってフェイトちゃんにメッセージを送っています。フェイトちゃんもアルフさんやリンディさん達と一緒なので楽しく生活しているみたいで安心です。裁判が終われば一度こっちに遊びに来てくれる予定になっているので今からそれが楽しみでたまりません。


今、私は朝の公園で魔法のコントロールの訓練をしています。あの出来事の後もユーノ君とレイジングハートの力を借りて魔法の訓練は欠かさずやっています。

朝に訓練をして学校に行き、早寝をしてまた朝を迎える。それが今の私の日常になっています。

闘牙君はあの事件が終わってからは私に戦い方を教えてくれることはなくなってしまいました。元々私に戦い方を教えるのは良いことだとは思っていなかったようです。何度かお願いしてみましたが断られてしまいました。その時の闘牙君の顔がどこか引きつっていたように見えたのはきっと気のせいだと思います。

闘牙君は今も翠屋の店員として忙しく働いています。特訓の成果もあって今はウエイターとしてだけではなく厨房でも働いています。お店での評判もいいみたいです。でも最近、闘牙君がユーノ君とばっかり遊んでいるような気がするのがちょっとずるいと思います。



「ただいま!」

朝の訓練が終わった私はそのまま家に戻り朝食をすませます。家族のみんなも変わらずみんな元気です。みんな仲良しです。以前は私はちょっとこの家族の中では浮いているのではないかと心配していましたがユーノ君が一緒に住むようになってからはそれをあまり感じなくなりました。今、ユーノ君はフェイトちゃんの裁判を手伝うためにアースラに行っています。ユーノ君ならきっと大丈夫だと思います。



「いってきます!」

「いってらっしゃい。」
「気をつけてな、なのは。」

お父さんとお母さんに見送ってもらいながら私は急いでバス停に向かっていきます。冬の冷たい風がひときわ強く吹き、私の髪を揺らします。その髪は黒いリボンで結ばれています。

それはフェイトちゃんと交換した大切なリボン。友達の証。それを触りながら私の日常は始まります。





「おはよう、アリサちゃん、すずかちゃん!」

「おはよう、なのは。」
「おはよう、なのはちゃん。」

なのははそのままバスの後部座席で待っている二人の元に急いで向かっていく。そこが三人のいつもの指定席だった。

なのはは息を切らせながら二人の間に収まり安堵の声を漏らす。どうしてもなのははいつもバスに乗るのがぎりぎりになってしまうのだった。

「大丈夫、なのはちゃん?」
「また時間ぎりぎりまで魔法の練習でもしてたんでしょ?」

「う…………」

アリサにズバリ言い当てられたなのはは思わず言葉につまってしまう。しかし二人とも魔法のことも事件のことも既に知っているため隠し事をしなくてもいい、相談できる相手がいることはなのはにとってとても嬉しいことでもあった。

「全く……それで、結局なのははその魔法の力を生かした仕事に就こうと思ってるの?」

アリサがそう興味深そうになのはに尋ねる。それはいつか三人で話した将来の夢という話題の続きだった。その時はなのははまだ自分のやりたいことが見つかっておらずそれに答えることができなかったのだった。

「うん……それができたらいいなって思ってるの。」

そうどこか恥ずかしそうになのはは答える。それは魔法とそれに関係した人たちとの出会いから見つけたなのはの夢だった。まだ漠然としたものだったが自分の魔法の力で誰かを助けることができるなら、そんな思いがなのはにはあった、

「そうなんだ。きっとなのはちゃんならできるよ。」
「じゃあ、翠屋二代目はどうなるの?恭也さんか美由希さんが継ぐの?」

「それは………ちょっとまだ分からないかも。」

なのはは苦笑いしながらそう質問を誤魔化す。実は桃子が闘牙のことを将来を見越して鍛えているということを聞いてしまっていたなのはは言葉を濁すしかない。当の闘牙はそんなこととはつゆ知らず着実に翠屋の仕事を身につけていっているのだった。


「そういえばユーノ君はどうしたの?最近見ないけど……」

「ユーノ君は今、フェイトちゃんの裁判のお手伝いでお出かけしてるの。」

すずかの質問になのははそう答える。すずかとアリサもユーノが人間の男の子だと知ってからは時々一緒に遊ぶ仲になっているのだった。

「そうなんだ……借りてた本返そうと思ってたんだけど」

「でももうすぐ帰ってくるから大丈夫だよ。」

二人はそのままユーノの話題で仲よくおしゃべりを続ける。しかしそんな二人の様子をどこか難しい顔でアリサは眺めている。



(やっぱりなのははユーノが自分のことを好きなのには気づいてないのね……)

ユーノ自身は隠しているつもりらしいがアリサとすずかにはバレバレだった。なのはが鈍感なことは分かっていたがあれに気づかない程だとはアリサも思っていなかった。だが全く目が無いわけではないらしい。

以前、四人で遊んだときにユーノとすずかが本の話題で盛り上がっている時があった。

二人は読書好きと言う共通の趣味があること、性格的にも近い物があるため話しは合うようだ。そんな時、アリサはなのはが二人を見ながらどこか不機嫌そうなオーラを出していることに気づいた。

なのは自身もそのことには気づいていないらしい。すずかもユーノがなのはを好きなことは知っているのでわざとそんなことをしているわけではないのだが、これから先どうなるかは分からない。


(なのは……早く気づかないとユーノ、取られちゃうかもしれないわよ……)

おせっかいと思いつつもそんな心配をするアリサだった………。





アースラの一室で四人の人影がテーブルに座ったまま向かい合っている。その雰囲気からなにか重要な話し合いをしているようだ。

「以上が裁判での受け答えだ……大丈夫だね?」

「うん。」
「もちろんさ!」

クロノの言葉にフェイトとアルフがそう力強く答える。今、クロノ達は明日のフェイトの裁判の最終日に向けて最後の打ち合わせをしている最中だった。

「特にそこのフェレットは間違えないように注意してくれ。」

「ちょっと待て、なんで僕だけ!?それに僕はフェレットじゃない!」

クロノの言葉にユーノが思わず突っ込みを入れながら噛みつく。しかしクロノはそんなユーノを見ながらもどこ吹く風といったふうに落ち着きはらっている。

「気にするな。ちょっとしたジョークだ。」

「くっ……クロノまで闘牙と同じようなことを言わなくていい!」

「まあまあ……。」
「クロノもあんまりそんなこと言っちゃだめだよ……。」

まだ怒りが収まらないユーノをアルフとフェイトが苦笑いしながら宥めている。これがアースラでのフェイト達の日常だった。

裁判も順調に進み、このままいけば事実上の無罪、数年の保護観察で決着することはほぼ確実ではあるが念には念をというクロノの性格から細かい打ち合わせを行っていたのだった。

「全く………そうだ、フェイト、はいこれ。」

何とか落ち着きを取り戻したユーノは思い出したように一枚のディスクをフェイトに手渡す。そこには『フェイトちゃんへ』と書かれている。そのことに気づいたフェイトの表情が喜びに染まる。

「ありがとう、ユーノ!」

フェイトはそのまま部屋に置いてあるテレビに急いでそれを持って行く。それはなのはからのビデオレターだった。

ディスクが再生され画面になのはとアリサ、すずかの姿が映し出される。初めはどこか落ち着かない三人だったがすぐに慣れてきたのか自然な様子でフェイトに向かってメッセージを送ってくれる。魔法のこと、日常のこと、これからのこと。そして皆、フェイトに会えることを楽しみしていることを三人は笑顔で伝えてきてくれる。そんな三人の様子をフェイトは微笑みながら眺めている。そんなフェイトの様子をクロノ達は静かに見守っていた。


『じゃあ、またね!フェイトちゃん!』

なのはの言葉と、三人が手を振る姿を最後にビデオレターは終わりを告げる。フェイトはそんな自分の友達の姿を嬉しそうに見つめ続ける。しかし

「…………あれ?」

そのまま映像が終わってしまったことにフェイトは思わずそんな声を上げてしまう。それは自分が会いたいと思っているもう一人の映像が無かったからだった。どうして写っていないんだろう。フェイトは困惑しながらそのままビデオレターを持ってきたユーノに目を向ける。そんなフェイトの疑問を感じ取りながらもユーノはどこか罰の悪そうな顔をするだけだった。そのことにフェイトが何か引っかかりを感じた時


「……もう入ってきてもいいんじゃないか?」

クロノがそう部屋のドアに向かって話しかける。すると


「何でわざわざやってきたのにこんなに待たされなくちゃいけねえんだ……?」

そんな懐かしい声がフェイトの耳に届いてくる。


「え…………?」

そうフェイトが疑問の声を上げるのと同時に部屋のドアが開かれる。


そこには犬夜叉の姿の闘牙がどこか不機嫌そうな顔で佇んでいた。


「トーガ………?」

どこか現実感のないような様子でフェイトはその名を呼ぶ。どうしてトーガがここにいるのか。フェイトは事情が分からずただ呆然とするしかない。その時、どこかしてやったりといった様子のアルフの笑顔がフェイトの目に映る。

「本当はちょっと前から裁判の証人としてくることが決まってたんだけど、アルフが内緒にしてフェイトを驚かせようって言うからつい……」

ユーノはそう苦笑いをしながら事情を説明する。それを聞きながら闘牙はどこか呆れた様子を見せながら

「久しぶりだな、元気にしてたかフェイト?」

闘牙はそのまま半年ぶりに会ったフェイトに声を掛ける。それはまるでいつも会っているかのような自然なものだった。しかし

「え!?……あ……その………きゃっ!?」

そんな闘牙に何とか答えようとするもフェイトは驚き、混乱してしまい上手く答えることができない。そして座っていた椅子から立ち上がろうとしたのだがそのまま転んでしまった。そんないつものフェイトとは大きく違う様子にクロノ達は驚きを感じる。

「相変わらず落ち着きがない奴だな……ほら。」

公園で話した時のフェイトの姿を思い出しながら闘牙はそのままフェイトに向かって手を差し出す。

「あ……ありがとう………。」

フェイトは恥ずかしさと嬉しさで顔を真っ赤にしながらもその手を握りながら立ち上がる。その温もりは半年前と変わらない。フェイトは闘牙との再会に満面の笑顔で喜ぶのだった。

そんなフェイトと闘牙の様子をアルフは尻尾を振りながら嬉しそうに眺めている。

「どうしたの、アルフ?」

そんな様子のアルフにユーノが声を掛ける。アルフの企みに乗ったユーノは結局アルフが何故こんなことをしたのかよく分かっていなかったからだ。

「フェイトが嬉しければ私も嬉しいのさ。ありがとう、ユーノ助かったよ!」

フェイトとアルフは魔力のラインが繋がっていることと精神的にもリンクしているところがある。アルフはフェイトを驚かすことでその喜びを大きくしたと思い、ユーノ達に協力してもらったのだった。



何とか落ち着きを取り戻したフェイトは闘牙に向き合い、少しずつ話をしていく。それはあの日の続きのようだった。

「そうか、元気そうでよかったぜ。ここに来るって言った時にはなのはがごねて大変だったんだぞ。」

「なのはが……?」

闘牙の脳裏にあの日のなのはの姿が蘇る。裁判のためにアースラに行くということになった時のなのはの嫉妬ぶりは凄まじかった。どうもなのははフェイトのこととなると冷静さを失うことがあるらしい。結局闘牙はレイジングハートを持ったなのはに追いかけまわされる羽目になったのだった。

そんな闘牙の話をフェイトは楽しそうに聞き入っている。闘牙と会って話をすること。それをフェイトは半年間ずっと楽しみにしていたからだ。そんな中

「そういえばトーガはなんでその姿になってるの……?」

フェイトはそんな疑問の声を上げる。ユーノやクロノから聞いて闘牙の事情はある程度知っているフェイトはなぜ闘牙が犬夜叉の姿をしているのか分からなかった。しかし

「闘牙―――!!」

そう大きな声を上げながらアルフが闘牙に抱きつこうと迫って行く。だが闘牙はそれを冷静に手でアルフの頭を押さえ込むことで難なく防ぐ。これが闘牙が犬夜叉の姿になっている理由だった。

「何するんだい、久しぶりに会ったっていうのに!」
「分かったからとりあえず離れろ。土産もあるしな。」

どこか不満そうなアルフをあしらいながら闘牙は手に持っていた袋をテーブルに置き、中身を並べていく。それは翠屋のケーキだった。

「わあ!」
「美味そうじゃないか!」

フェイトとアルフがそれを見て喜びの声を上げる。

「これは俺が作ったもんだ。味を見てもらおうと思ってな。」
「え!?」
「闘牙がこれを作ったのかい!?」

闘牙の言葉にフェイトとアルフは驚きを隠せない。闘牙は桃子との特訓の成果によってこの半年で自分でケーキが作れるまでになっていた。初め闘牙は店のケーキを土産に持って行こうと考えていたのだが桃子が自分が作ったものを持って行った方がいいとしきりに勧めてくるためそうすることにしたのだった。

その味は桃子にはもちろん及ばないものの十分に美味しいと言えるものだった。フェイト達はそれを食べながら久しぶりに会った闘牙との交流を楽しむ。


「そ……そういえば、トーガはこれから時間はあるの?」

フェイトがケーキを食べ終わった後、そう闘牙に話しかけてくる。その目にはどこか輝きが秘められていた。

「ああ………特に用事はないが。」

そんなフェイトを不思議そうに眺めながら闘牙はそう答える。裁判についての打ち合わせは既にクロノと行い終わっている。後は明日を待つだけの状態だった。それを聞いたフェイトは


「じゃあ……これから私と模擬戦しない……?」

そうどこか嬉しそうに闘牙に提案する。


「………………は?」

闘牙はそんな予想外のフェイトの提案に呆然としてしまう。なにがどうなったらそんな話になるのか。

「だ……だってトーガとは一度しかちゃんと戦ったことないし……それになのはが言ってたよ?トーガとたくさん模擬戦したって。」

そんな闘牙の様子に慌てながらフェイトがそう弁明する。フェイトはその話をなのはのビデオレターやユーノから直接聞いて羨ましいと思い、自分もしたいとずっと思っていたのだった。

そんなどこかプレゼントを待っているかのようなフェイトの様子に闘牙は思わず後ずさりしてしまう。

裁判に出るためにやってきたのに何故フェイトと模擬戦をしなければならないのか。すでになのはと模擬戦をすることはあれからなくなっている。元々フェイトと闘うための特訓でもあったからだ。(本当はスターライトブレイカーが軽くトラウマになっているからでもあったが)だがそんなことを本人を目の前にして言うわけにはいかない。どうにか話題を変えようと闘牙が考えていると

「いいじゃないか、ユーノもいるし二対二でやろうよ!」

アルフがそう元気よく立ち上がりながら闘牙に向かって告げる。その目はすでに臨戦態勢になっている。アルフ自身ももう一度、闘牙としがらみなしで戦いたいと思っていたからだ。

すでに模擬戦を行うことは避けられないような雰囲気になってしまっていた。それに闘牙が呆れていると


「闘牙、フェイトはかなりのバトルマニアだ……僕も何度も付き合わされている……あきらめた方がいい……」

クロノはそう呟き闘牙の肩を叩いた後、部屋を出ていってしまう。


闘牙はなぜか来て早々フェイト達と模擬戦をすることになってしまったのだった………。





「「「フェイトちゃん、おめでと―――!!」」」

アースラの食堂にそんな大勢の声が響き渡る。それはアースラの船員たちのもの。今、フェイトの裁判が無事終わり、無罪になったことのパーティーが行われていた。


「あ……ありがとう……みんな……。」

フェイトは自分のことを祝ってくれるみんなに恥ずかしそうにしながらもお礼を述べる。そんなフェイトと一緒にアルフとユーノも喜びながら騒いでいる。特にアルフは目の前の料理にすでによだれが抑えきれないようだった。

「早く食べようよ、フェイト!」
「お……落ち着いて、アルフ……」
「ちゃんとスプーンとフォークを使ってよ、アルフ。」

そんな二人の注意に頭をかきながらもアルフは次々に料理を食べていく。フェイトとユーノもそんなアルフを見て笑いながら食事を始める。闘牙はそんな三人の様子を少し離れた所から眺めていると

「お疲れさま、闘牙君。」
「お疲れ!」

いつの間にか自分のすぐ側にリンディとエイミィ、クロノがやってきていた。二人とは挨拶はしたがゆっくり話すのは今日が初めてだった。

「元気そうでよかったわ。なのはさんも元気?」
「ええ、元気すぎるぐらいです。」
「なのはちゃんらしいね。」

闘牙は久しぶりに会った二人に近況を伝えていく。そしてリンディたちもアースラの整備のために一時的に本局に戻り休暇になる予定だと言う話を聞かされる。どうやら時空管理局も自分たちがいる世界と同じようで大変らしい。そんな中

「そういえば……一つ大事なことを言ってなかったわ。私ね……フェイトさんに家の子にならないかって話をしてるの。」

リンディはそう嬉しそうに闘牙にそのことを伝えてくる。隣にいるエイミィも同じように笑顔でその話を聞いている。クロノは感情を悟られまいとしているのかいつもの表情のままだった。

「フェイトを………?」

「ええ………まだ返事はもらっていないんだけど……優しくて強い子だし、何よりも娘が欲しかったの。」

優しい声でリンディはそう闘牙に告げる。そんなリンディの姿を見ながら闘牙はどこか安心したような顔を見せる。

フェイトはいくら優れた魔導師と言ってもまだ子供。まだまだ成熟していない年代だ。家族がいること、頼れる大人がいることはフェイトにとって大切なことになる。それは自分やなのはではできないことだ。目の前のリンディならきっとフェイトを大切に育ててくれるだろうと闘牙はそう確信する。

そして同時に闘牙はクロノに目をやる。フェイトがリンディの養子になると言うことはクロノにとっては妹ができることになるからだ。


「な、何だ?」

いきなり自分に視線を向けてくる闘牙にクロノが疑問の声を上げる。闘牙はそんなクロノを見ながら


「宜しく頼むぜ、『お兄ちゃん』」

そう笑いながら告げる。

「き……君はっ!!」

そんな闘牙の言葉に顔を赤くしながらクロノが闘牙に食って掛かろうとした時


「ト……トーガ、一緒にあっちの料理食べにいかない?」

いつの間にか近くまでやってきていたフェイトがどこか恥ずかしそうにしながら闘牙にそう話しかけてくる。

「よし、行くか!」

そんなフェイトの言葉に会わせるように闘牙はそのまま料理があるテーブルに向かって走って行ってしまう。そんな闘牙をフェイトが慌てながら追っていく。闘牙はそんなフェイトの姿にかつてのりんの面影を見るのだった。


「全く………」

そんな二人の様子を見ながらどこか呆れたようなクロノは漏らす。だがその姿はどこか楽しそうでもあった。

「フェイトちゃん、闘牙君に会えて本当に嬉しそうですね。」
「そうね、本当に楽しみにしていたでしょうから。」

リンディとエイミィはそう言いながら闘牙とフェイトの様子を見守っている。その姿はまるで兄妹、親子のようだった。

「やっぱりフェイトちゃんは闘牙君のこと、お兄さんみたいに思ってるんですかね?」

「どうかしら、それはどちらかと言うとなのはさんやユーノ君じゃないかしら?」

フェイトにとって闘牙がどんな存在なのかはリンディとエイミィにも何となく分かってはいる。だがその感情が友情なのか、家族愛なのか、それともそれ以外ものなのかは分からない。それはフェイト自身も分かっていない。きっとそれはフェイトが大きくなれば分かること。リンディがそんなことを考えていると



突然、アースラの艦内に警報が響き渡る。その瞬間、アースラは瞬時に本来の姿に戻り局員たちが持ち場に戻って行く。

それは管理世界外での大規模な結界の反応によるもの。



場所は地球、海鳴市だった………。





倒壊しかけたビルの中に二つの人影がある。

一つは地面に座り込んでしまっているなのは。しかしその体はすでにボロボロでバリアジャケットも崩壊寸前、その手にはレイジングハートが握られているが既にいつ壊れてもおかしくない程の損傷を受けてしまっていた。


そしてもう一つはなのはよりも幼いであろう少女。しかしその服装から少女がなのはと同じ魔導師であることは間違いない。だがなのはとは対照的にその体にはダメージらしいものは一つもない。その手にはハンマーのようなデバイスと、一つの本が握られていた。

「悪いがお前の魔力、もらっていく。」



そう少女が告げながらそのデバイスをなのはに向ける。なのははそれを何とか防ごうとレイジングハートを構えようとするが既に立ち上がる力も残っていない。まさに絶体絶命の状況だった。そして少女のデバイスがなのはに向かって振り下ろされようとする。



(こんなので……終わりなの………?)


朦朧とする意識の中でなのはの脳裏に仲間たちの姿が浮かぶ。

せっかく自分がやりたいことが見つかったのに。

せっかくみんなに出会えたのに。


もうすぐ……もうすぐ会えるのに………




(フェイトちゃん………!!)


なのはがそう心の中で叫びを上げながら目を閉じた瞬間、辺りは金色の光に包まれる。そして同時に赤い少女のデバイスと鍔迫り合いなのはを庇うように立ちふさがる少女が現れる。


「何だてめえ、仲間か!?」

慌てて距離を取りながら赤い少女は目の前に突然現れた黒い少女に向かって叫ぶ。


黒い少女はそんな赤い少女に向かって己の相棒であるデバイスを向ける。その目には揺るがない強い意志が満ちている。



「友達だ。」


フェイトはそう言いながらバルディッシュの魔力刃を向ける。



これがフェイト・テスタロッサと高町なのはの再会。






今、新たな物語の幕が切って落とされようとしていた…………



[28454] 第18話 「逆鱗」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/09 07:02
倒壊しかけたビルの中でフェイトはバルディッシュを構えながら目の前の幼い赤いバリアジャケットと思われる物を纏った少女と対峙する。赤い少女はいきなり現れたフェイトに驚いたもののすぐさま冷静さを取り戻し臨戦態勢に入る。両者の間には目の見えない緊張が張り詰めていた。

「フェイトちゃん………」

自分を庇うように目の前に立っているフェイトに向かってなのはは心配そうな表情を見せる。それは赤い少女の実力が分かっているからだ。いくら不意を突かれ、油断していたとはいえ自分は全く目の前の赤い少女に歯が立たなかった。もしかしたらフェイトも同じようになってしまうかもしれない。そんな不安がなのはを支配する。

しかしフェイトはそんななのはの表情を見て取ったのか、優しく微笑みかける。それは絶対になのはを助けて見せるというフェイトの決意を物語っていた。


「なんだてめえ……管理局の魔導師か!?」

自らのハンマーのようなデバイス、グラーフアイゼンを構えながら赤い少女、ヴィータはフェイトに向かって問いかける。もしそうなら容赦はしない。剣呑な雰囲気を纏いながらヴィータはフェイトに対峙する。フェイトはそんなヴィータに気圧されることなく、真っ直ぐな瞳を向けながら

「時空管理局嘱託魔導師フェイト・テスタロッサ……抵抗しなければ弁護の機会が君にはある……武装を解除して。」

そう静かに投降を呼びかける。それはフェイトの時空管理局魔導師としての対応。だが

「誰がするかよ!」

そんなフェイトの言葉を聞きながらもヴィータはすぐさま自らが作ったビルの穴に向かって後退し、上空に飛び去って行く。どうやら投降する気はさらさらないようだ。


「なのははここでじっとしてて。すぐにトーガ達もやってくるから。」

そう優しく呟いた後、フェイトはすぐさま疾走しヴィータの後を追っていく。その姿には一片の迷いもない。自分の友達を傷つけられた。そのことが知らずフェイトをいつも以上に感情的にさせているかのようだ。

そんなフェイトをなのはが見送ったと同時に翠の魔法陣がなのはの目の前に現れる。その光はなのはにとっていつも見慣れたもの。ユーノの魔力光だった。そしてその魔法陣からユーノ、闘牙、アルフの三人が姿を現す。

「ユーノ君、闘牙君!それにアルフさんも!」

三人の姿になのはが喜びの声を上げる。みんなが来てくれた安心感からなのはの表情に安堵の色が戻る。

「なのは、大丈夫!?」
「何があったんだ、なのは!?」

ユーノと闘牙がなのはの状態を見た後すぐに話しかけてくる。ユーノはそんななのはにすぐさま回復魔法をかけ始める。そのままなのははこれまでの状況を説明する。

いきなり街が結界に覆われてしまったこと。赤い少女が問答無用で自分に襲いかかってきたこと。対抗しようとしたのだがその強さに圧倒されてしまったこと。

「フェイトはどこに行ったんだい!?」

先に行ったはずのフェイトの姿が見えないことに気づきアルフがなのはに尋ねる。フェイトはなのはに危険が迫っていることを知り、闘牙たちよりも早く単身で転移してきていたのだった。

「フェイトちゃんは赤い子を追って行っちゃったの……」

「分かった、闘牙、ユーノあたしは先に行ってるよ!」

それを聞いたアルフはすぐさま自らの主がいるであろう上空に向かって飛び上がって行く。


闘牙はそれを見ながら考える。

相手の目的は分からないが友好的な相手ではないのはなのはの状態から明らか。しかも実力的にはなのはを上回っていることは間違いない。なのはが魔導師としてはかなりの実力を持っていることは闘牙も分かっている。にもかかわらずここまでなのはを追い詰めている。そしてなのはとフェイトには大きな力の差はない。フェイト達だけでは少し荷が重いかもしれない。

「ユーノ、なのはを頼む。俺はフェイト達の援護に行く。」

「分かった、任せて闘牙!」

ユーノの力強い答えに頼もしさを覚えながら闘牙もフェイトとアルフの後を追い飛び上がる。そして同時に複数の自分たち以外の存在に闘牙は臭いで気付く。

その数は四つ。一つはフェイトとアルフの近くにある。恐らくなのはが言っていた赤い少女だろう。そしてそれ以外の三つのうち二つの匂いがフェイト達に向かって接近している。そして闘牙はその臭いに戸惑いを覚える。

それは人間でも使い魔でもないもの。できるならすぐにここから離脱したいがこの結界のせいでそれも不可能。戦闘は避けられそうにない。


(どうやら思ったより面倒臭えことになりそうだ………)

そう内心で嫌な予感に駆られながらも闘牙は再び戦場に飛び込んでいくのだった……。




誰もいない結界に覆われた街の中、金色と赤の光が空中で幾度もぶつかり合う。それはフェイトとヴィータの戦闘によるもの。フェイトはそのままその速度で一気にヴィータの懐に飛び込み、バルディッシュを振り下ろす。

「はあっ!」
「なめんなっ!」

それに合わせるようにヴィータもグラーフアイゼンをフェイトに向かって振り下ろす。バルディッシュとグラーフアイゼン。二つのデバイスが鍔迫り合いを起こし、両者の間に火花を散らす。両者の力は拮抗しているかのように見える。だが実際にはそうではなかった。

(ちくしょう……!ぶっ潰すだけなら簡単なんだけど……それじゃ駄目なんだ……!)

目の前のフェイトを睨みながらヴィータは内心で愚痴をこぼす。自分の実力なら目の前の相手を倒すことはそう難しいことではない。だがそれでは意味がない。ヴィータの目的は魔導師から魔力を奪うこと。そのためには相手をできる限り傷つけずに無力化する必要がある。その意味では先程のなのはとの戦闘は失敗だった。つい激情に駆られて必要以上のダメージを与えてしまった。同じ失敗をするわけにはいかない。そうヴィータが考えていると

「チェーンバインドッ!!」

いつの間にか二人に追いついていたアルフが鍔迫り合いによって身動きが取れなくなっていたヴィータに向かってバインドを発動させる。同時にヴィータの両手足に次々に鎖が巻きついていく。

「くそっ!!」

いきなりの敵の増援にヴィータは対応しきれずヴィータはそのままオレンジのバインドのよって拘束されてしまう。何とかバインドを破壊して脱出しようとするも目の前にフェイトの魔力刃がすぐさま突きつけられる。

「終わりだね。出身世界と目的を教えてもらうよ。」

フェイトは戦闘が終わったと判断し、一度大きく深呼吸してからはそのままヴィータに近づこうとする。ヴィータはそんなフェイトを凄まじい目つきで睨みつけている。そしてフェイトがそのままヴィータに触れようとした瞬間、

突然、フェイトの目の前に剣を持った長髪の女性が現れる。

「え?」
「フェイトっ!!」

いきなりの出来事にフェイトは身動きを取ることができない。アルフは咄嗟にそれに気づき何とか助けに入ろうとするが間に合わない。そして女性のもつ剣による斬撃がフェイトを襲おうとした瞬間、それは同じように一瞬で現れた闘牙の鉄砕牙によって防がれる。


「トーガ……!」

自分を助けてくれた闘牙にフェイトが喜びの声を上げる。そしてすぐさまフェイトはそのまま体勢を立て直し距離を取る。しかし闘牙と長髪の女性はそのまま互いの剣を合わせたまま鍔迫り合いを起こす。そしてしばらくの睨みあいの後、同時にそのまま後ろの下がり距離を取る。両者はそのまま何を言うでもなく睨みあう。先の一合で両者は互いの力量を悟ったからだ。

「大丈夫か、フェイト、アルフ?」

「うん……ありがとう、トーガ。」
「気をつけたほうがいいよ、闘牙。こいつらなんか変だ!」

闘牙の言葉に二人は落ち着きを取り戻しながら戦闘態勢をとる。先程のやり取りで相手が一筋縄でいくものではないことを二人も悟る。

長髪の女性、シグナムはそんな三人に向かい合いながらヴィータに目をやる。

「どうした、苦戦しているようだな。お前らしくもない。」

「う……うっせーな!ここから逆転する予定だったんだ!」

シグナムの軽言にヴィータは顔を赤くしながら食って掛かる。その様子は見た目通りの小さな子供そのものだった。シグナムはそんなヴィータに苦笑いしながらその手をかざし、掛けられていたヴィータのバインドを破壊する。

「それは悪いことをした。これからは気をつけることにしよう。」

「ふんっ!」

シグナムの言葉に頬を膨らませながらヴィータはグラーフアイゼンを構えなおし闘牙たちに対峙する。シグナムもそれに合わせるようにその剣、レヴァンティンを構える。闘牙もそんな二人の姿からまだ戦闘を続けるつもりであることを悟り、鉄砕牙を構える。

そんな中、さらに一つの人影が闘牙たちに向かって近づいてくる。それは男性。だがその耳にはアルフと同じような獣の耳がある。男は無言のままその拳に力を込め、闘牙たちに向かい合う。

「ザフィーラも来てたのか。」

「ああ、思ったよりも敵の増援が早かったからな。」

ヴィータの言葉にザフィーラがそう答える。その会話からさらに敵が増えたことにフェイト達の顔に緊張が走る。奇しくも状況は三対三の様相を見せていた。そのことに内心舌打ちしながら

「もう一人は来ないのか、それとも闘うタイプじゃないのか?」

闘牙はそう三人を挑発する。もう一人を隠しているのか、それとも戦闘型ではないのかカマをかけたかったからだ。

「………っ!」

その言葉の意味を悟ったシグナムが鋭い目つきをしながらその刃を闘牙に向ける。どうやらもう一人の存在を見抜かれたことに驚いているようだ。同時にその存在は隠しておきたいものだったらしい。シグナムはそのまま闘牙を見据えたまま対峙する。

それに合わせるようにヴィータはフェイト、ザフィーラはアルフに向かい合い、対峙する。そしてしばらくの沈黙の後


「分かってるな、ヴィータ……一対一なら我らベルカの騎士に」
「負けはねえっ!!」

ヴィータの叫びと共にシグナムとザフィーラが弾けるように動き出す。


その瞬間、ベルカの騎士、守護獣と魔導師、半妖、使い魔の三対三の闘いが始まった。




「はあああっ!!」
「おおおおっ!!」

闘牙とシグナム。鉄砕牙とレヴァンティン。二人の剣士の間に無数の火花が散る。それはまさに剣舞と呼ぶにふさわしい光景。それは優れた剣士同士でなければ起こらない光景。いくつもの剣閃が夜の闇を照らしていく。そして二人の間にひときわ大きな鍔迫り合いが起こる。

ベルカの騎士と半妖。全く違う力を持つ二人は互いの姿を睨みあいながら己の剣に力を込める。そして瞬時に二人は互いに距離を取る。

闘牙の表情は無表情のまま。だが対照的にシグナムの顔には明らかな喜びが現れていた。


優れた剣士は刃を重ねるだけで相手の心が分かると言う。闘牙とシグナムは互いの力量とその心を感じ取る。


(まさかこれほどの剣士にこんなところで出会えるとはな……しかもこの男、魔力も魔法も使っていない……)

シグナムは自らが持つレヴァンティンに力を込めながら改めて闘牙に目を向ける。初めはその姿から使い魔かと思ったがどうやらそうではなさそうだ。使い魔であれば間違いなくその主からの魔力の流れが感じられるが目の前の男にそれは感じられない。恐らくは魔導師ですらないのだろう。だがそんなことは些細なことだ。

驚嘆するのはその強さ。シグナムは自分の強さに自信を持っている。それは決して慢心でも自尊でもない。だが目の前の相手はそんな自分と互角に戦っている、しかも剣のみ闘いで。

知らずシグナムは自分の体が昂ぶってくるのを感じる。本当なら心ゆくまで戦いを楽しみたいところだが自分には使命がある。シグナムは自らの全力を持って闘牙を倒すことを決意する。



(強え………!!)

闘牙は目の前でレヴァンティンを構えているシグナムを見ながら驚愕する。恐らく剣技だけなら目の前のシグナムは自分を上回る腕の持ち主だ。そしてさらに驚くべきはその技量。

間違いなくこの相手は凄まじい戦闘経験を持っている。それが闘牙には分かる。そしてこれまでの攻防からこの相手はどうやら近接戦闘型らしい。なら同じ土俵で負けるわけにはいかない。

さらに闘牙の中に疑問が生まれてくる。目の前の相手には悪意や邪気が全く感じられない。まるでかつて戦った瑪瑙丸のようだ。それ故に分からない。なぜこんな人を襲うような真似をするのか。


「お前、何でこんなことしてるんだ?何か理由があるんじゃねえのか?」

闘牙は鉄砕牙を構えながらもシグナムにそう問いかける。そんないきなりの闘牙の問いにシグナムは一瞬、驚いたような顔を見せるがすぐさま凛とした表情に戻る。

「悪いがそれには答えるわけにはいかない………その代わり、全力を持って相手をしよう。」

そう言いながらシグナムはレヴァンティンを自らの前にかざす。


「レヴァンティン、カートリッジ、ロード!」
『Explosion.』

シグナムの言葉に呼応するようにレヴァンティンが稼働し、排気煙の様な物が稼働音と共に噴出される。その瞬間、その刀身に凄まじい炎が現れる。


「なっ!?」

その魔力の大きさに闘牙は思わず動きを止めてしまう。そしてその隙をシグナムが見逃すはずがなかった。シグナムは一瞬で闘牙の間合いに入り込み


「紫電一閃!!」

叫びと共に炎を纏ったレヴァンティンを闘牙に向かって振り下ろす。闘牙は咄嗟に鉄砕牙でそれを受け止める。だが


「甘いっ!!」
「くっ!!」

先程までとは比べ物にならない魔力と力によって闘牙はそのまま吹き飛ばされ、地上のビルに向かって叩き落とされてしまう。その衝撃によってビルは崩れ去って行ってしまう。

だがそんな光景を見ながらもシグナムは臨戦態勢のまま剣を構え続けている。そして次の瞬間、崩れたビルの中から傷つきながらも戦意も闘気も失われていない闘牙が姿を現す。だが闘牙は明らかな焦りを感じていた。

先程の攻撃はこれまで受けてきた斬撃とは威力が桁違いだ。恐らく先程の剣の稼働が関係するのだろう。あれにはいくら半妖の腕力でも対抗しきれない。そして自分は風の傷を使わずに剣技のみであの相手を無力化しなければならない。その困難さに闘牙は苦渋の表情を見せる。

本当なら使いたくはなかったが仕方がない。何よりも手加減をしながら無力化できるほど甘い相手ではないことは身をもって味わった。闘牙はそのまま鉄砕牙に己の妖力を注ぎ込む。

その瞬間、鉄砕牙の刀身に凄まじい風が巻き起こり始める。それはかつて奈落の結界に対抗するために闘牙が殺生丸との修行で編み出した技だった。だがデバイスを狙うだけとは言ってもやはり危険は伴う。闘牙にとってこの技を使うことはまさしく苦渋の選択だった。


その光景に何か強力な技が来ることを感じ取ったシグナムはすぐさま剣を構えなおし、それに備える。闘牙はそれを見ながら


「行くぞっ!!」

鉄砕牙を振りかぶりながら一気に飛び上がり、シグナムに肉薄する。それに合わせるようにシグナムもレヴァンティンを振りかぶりながら闘牙に向かって急降下する。


「レヴァンティン、たたっ斬れっ!!」
『Jawohl.』

カートリッジを装填し再び強力な魔力と炎を纏った魔剣レヴァンティンが闘牙に向かって振り下ろされる。


「何度も同じ技が通用すると思ってんのかっ!!」

それに対抗するように風の傷を纏った妖刀鉄砕牙がシグナムに向かって振り切られる。


妖刀と魔剣。風と炎。その二つの力がぶつかり合い凄まじい衝撃が辺りを襲い、近くにあるビルはその余波だけで崩れ去って行く。

闘牙とシグナムは互いの全力を持って剣を押し込みあう。それは拮抗するかに見えたが次第に、鉄砕牙がその力を持ってレヴァンティンを押し戻していく。


「くっ!!」

このままでは分が悪いと瞬時に判断したシグナムは絶妙な力加減でそれを受け流し、さらに上空に飛び上がる。闘牙はそれによって体勢を崩されてしまうもすぐさま立て直し、追撃を加えようとする。だが

『Schlangeform.』

レヴァンティンがその声と共に変形しその姿を大きく変える。それはレヴァンティンの中距離戦闘形態である鞭状の連結刃。そしてそれはまるで蛇の様な動きで闘牙の周りを囲んでいく。

「はあっ!!」
「っ!?」

シグナムが叫びと共にその柄を振り切った瞬間、連結刃は一気にその速度を増し、闘牙を切り刻もうと襲いかかってくる。すでに闘牙はその刃に周りを囲まれてしまっているため逃げ場はない。そしてその刃の鞭が闘牙に届くかに見えたが

「なめるなっ!!」

闘牙は瞬時に連結刃に向かって鉄砕牙の剣圧を放ち、その軌道を変え、逃げ道を作りそのままシグナムに斬りかかる。しかしそんな闘牙を見ながらもシグナムは全く動じない。

シグナムはその手首をひねり、弾かれた連結刃を再び操る。そして闘牙にとっての死角、背中に向かって連結刃を放つ。闘牙はそれを視界にとらえていない上にまさに自分に斬りかかろうとしているところ。絶対に避けられないであろうタイミングでの攻撃にシグナムは自身の勝利を確信する。そしてその刃が闘牙の背中を貫くかに見えたその時

闘牙はまるで後ろに目があるかのような反応で体をひねりその攻撃をかわす。

「なっ!?」

その光景にシグナムは思わず声を上げる。まさかあのタイミングの死角からの攻撃が避けられるとは思いもしなかったからだ。

(もらった!!)

闘牙はシグナムのその隙を見逃さず鉄砕牙をレヴァンティンに向かって振り下ろす。いくら強いと言っても剣を失えば無力化することはたやすい。そしてそのまま鉄砕牙がレヴァンティンを破壊するかに思われたが

「させんっ!!」

驚異的な反応でシグナムはその鞘で鉄砕牙を受け止める。まさか鞘で受け止められるとは思いもしなかった闘牙は一瞬反応が遅れる。その隙にレヴァンティンは再び剣の形態に戻り、シグナムはそれを闘牙に向けて振り切ってくる。闘牙もそれを何とか鉄砕牙で受け止めるも吹き飛ばされ両者の間には再び大きな距離ができてしまう。


闘牙とシグナムはそのまま臨戦態勢のまま互いににらみ合う。そして


「ふっ………」

シグナムが突然そんな笑いを漏らす。

「何だ、何がおかしい?」

そんなシグナムの様子に闘牙は困惑しながら問いかける。これだけの死闘の中でまさか相手が笑うとは思ってもいなかったからだ。

「いや、すまない。」

そう言いながらもシグナムは笑いをこらえ切れてはいなかった。


目の前の男は本当に強い。魔法や技術ではない。『ただ単純に強い』それはある意味でもっとも恐ろしい強さだった。ベルカの騎士に一対一で負けはない。その信念を曲げるつもりはない。だがもしかしたら自分は目の前の男に全力で挑んでも敵わないかもしれない。それほどの強さを相手は持っている。だが、だからこそ自分は負けるわけにはいかない。シグナムの脳裏に自らの主の姿が浮かぶ。

主のために。それが今の自分の全て。そのためには目の前の相手を倒すほかない。


「私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターが将、シグナム。そして我が剣、レヴァンティン。お前の名は?」

シグナムは闘牙を見据えながらそう澄んだ声でその名を問う。それは一人の剣士として闘牙を認めたことを意味していた。


「……………闘牙。こいつは鉄砕牙だ。」

そんなシグナムに戸惑いながらも闘牙はそう名乗りを上げる。シグナムはそれを聞き届けた後


「私は負けるわけにはいかない……そして悪いがお前が相手では手加減もできん。私の未熟を許してくれ……」

そう絶対の決意を持って闘牙にその闘気を向ける。闘牙はそんなシグナムを見ながらも


「気にすんな、勝つのは俺だからな。」

そうどこか不敵な笑みでそれに答える。だが闘牙の内心は焦りで満ちていた。もし他の敵の二人もシグナムと同等の強さだとするならばフェイトとアルフでは敵わない。何とかシグナムを下し、助けに入らなければならない。加えてもう一人の敵の存在もある。



それに焦りながらも闘牙とシグナムの闘いはさらに激しさを増していくのだった……。





「くっ………!」

「どうした、逃げてばっかじゃ勝負になんねえぞ!」

そう叫びながらヴィータがグラーフアンゼンをフェイトに向かって振り下ろしてくる。だがフェイトはその速度によってそれを何とかかわし続ける。しかしフェイトがヴィータに追い詰められていってしまっているのは誰の目にも明らかだった。

(駄目だ……速さで誤魔化してるけど私の攻撃が全然通用しない……近接戦闘でも押されっぱなしだ……!)

フェイトは焦燥に駆られながら思案する。中遠距離からの魔法でも戦いを挑んだがそのどれもヴィータの障壁の前には通用しなかった。その魔力量は異常だ。そしてフェイトはヴィータの持つグラーフアイゼンが何か弾丸の様な物を使って一時的に魔力を高めていることに気づく。その力は今の自分の力では上回ることができない。悔しいがその弾丸が尽きるまで時間を稼ぐしかない。フェイトはそう判断する。幸いにも速度はこちらの方が上。それなら何とかなるとフェイトが考えていると


「グラーフアイゼン!カートリッジ、ロード!!」
『Explosion.』

ヴィータの合図と共にグラーフアイゼンが起動し、カートリッジによってその魔力が一気に高まって行き

『Raketenform.』

その形態も同時に変化する。ハンマーにはブースター、先端部分には鋭い突起が付いている。フェイトはそれが危険なことを直感し距離を取ろうとするが


「ラケーテン………ハンマ――――!!」

ヴィータの叫びと共にブースターからジェット噴射の様な力が噴き出し圧倒的な加速を見せながら一気にフェイトに向かってくる。それはフェイトの速度をもってしても振り切ることができない。

「バルディッシュッ!!」

避けきれないと瞬時に判断しフェイトは防御魔法を自らの前に展開するが


「ぶちぬけええええっ!!」

ヴィータの渾身の一撃によってシールドは難なく破られその衝撃がバルディッシュを襲う。それによりバルディッシュにはひびが入り無残な姿になってしまう。そしてついにフェイトはそのままビルに向かって吹き飛ばされてしまう。


「フェイトっ!!」

そんなフェイトに気づいたアルフが何とか助けに入ろうとするがその前にザフィーラが現れアルフに向かって強力な蹴りを繰り出してくる。アルフはそれを何とか腕でガードするがそのまま吹き飛ばされてしまう。とてもフェイトを助けに行ける状況ではなかった。


そんな闘牙たちの様子をなのはとユーノは心配そうに眺めることしかできない。ユーノは何度もこの結界を何とかしみんなを転移させようとしたのだが見たことのない術式の魔法にどうすることもできない。無力な自分にユーノが悔しさを感じていたその時


「ユーノ君………私がスターライトブレイカーで結界を破るからその隙にみんなを転移させてあげて……」

なのはがどこか決意したような表情でそう告げる。その目には迷いは全くなかった。


「だ……駄目だよなのは!!そんな体でスターライトブレイカーを使ったら……それにレイジングハートだってもう………!!」

なのはは満身創痍。加えてレイジングハートもヴィータとの戦闘によって損傷している。とても魔法を行使できるような状態ではない。

だがそれを分かっていながらもレイジングハートはそのコアを点滅させ自らの意志を示す。それは自らのマスターであるなのはと同じだった。そんななのはたちにユーノもついに決意する。

『みんな、なのはがスターライトブレイカーで結界を壊すからその間に転送の準備を!!』

ユーノがそうフェイトとアルフに念話を飛ばす。同時になのははスターライトブレイカーの発射態勢に入る。それに呼応するようになのはの周りの魔力が収束し、魔力の球が作られていく。

フェイトとアルフはなのはの様子を心配しながらもそのチャンスを決して無駄にするわけにはいかないと転送の準備に入る。念話を使えない闘牙にもなのはがスターライトブレイカーの発射態勢に入っていることを魔力の流れによって感じ取りこの状況をなのはとユーノが何とかしようとしていることに気づき、何があっても対応できるように準備する。

そのことに気づいたヴォルケンリッターたちもそれを阻止しようとなのはの元に向かおうとするが闘牙たちはそれを残された力で防ぐ。


そしてついにスターライトブレイカーの発射準備が完了する。


「なのはっ!!」
「うんっ!!」

ユーノの合図と共になのははレイジングハートを振り上げる。既に限界を超えているレイジングハートもその力を振り絞り自らの主に応えようとする。そして


「スターライト……」


なのはがそう口にした瞬間、




その胸から突然、何者かの腕が突然姿を現す。その手には桜色の光の球が握られていた。




「…………………え?」


「なのは…………?」




なのはは自分の身に何が起こったのか分からず、ユーノは目の前の光景に身動きを取ることができない。そして次の瞬間、桜色の光の球が徐々に小さくなりその力が失われていく。それはなのはのリンカーコアだった。



「あ……ああ………………」

その魔力が奪われなのはは力を失いその場に倒れ込んでしまう。それにより発射態勢だったスターライトブレイカーは霧散しなくなってしまう。



「な……なのは………?」


ユーノはどこか心ここに非ずと言った様子で倒れたなのはを抱き起こす。しかしなのはは目を閉じたまま起きることがなかった。その光景にフェイトとアルフは言葉を失う。そして




「なのは―――――!!!」



ユーノの絶叫が結界内に響き渡った。






闘牙はそんななのはとユーノの光景をただ黙って見続けることしかできなかった。


その目が見開かれる。


体が震える。


鼓動が高まる。


息が止まる。



なのはを抱きかかえながら涙するユーノの姿。




その姿にかつての自分が重なる。




かつて救いたかった、救えなかった女性。



自分の腕の中で逝ってしまった桔梗の姿。



あの時の後悔と悲しさ、苦しさ。




それと同じことがなのはとユーノに起こってしまった。




もう二度と後悔しないと――――




そう誓ったのに――――





なのはとユーノを守ろうと誓ったのに――――





俺はまた同じことを――――





瞬間、闘牙の手から鉄砕牙が抜け落ちる。







守護騎士たちはまだ気づいていなかった。








自分たちが絶対に触れてはいけない逆鱗に触れてしまったことに―――――



[28454] 第19話 「暴走」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/12 19:01
結界の覆われた街で交戦している闘牙たちの位置から離れたビルの屋上に一つの影がある。それは金髪のショートボブの女性。そしてその体にはシグナム達と同じく魔力でできた甲冑を身につけている。

彼女は名はシャマル。『泉の騎士』と呼ばれるヴォルケンリッターの一員だった。そしてシャマルの前には光る鏡のような物体が浮かんでいる。

それは旅の鏡と呼ばれる転送の特殊魔法。そしてシャマルは自らの手をその鏡に侵入させた後


「リンカーコア、捕獲。蒐集開始!」

そう呟きながら自らのもつ大きな本に力を込める。その瞬間、本は淡い光に包まれ、その中の白紙のページが次々に字で埋まって行く。それはなのはから奪ったリンカーコアの魔力によるものだった。そしてなのはの魔力を蒐集し終わったシャマルは本を閉じ、鏡から自分の手を引き戻す。


シグナム達が交戦し、その隙を狙って魔導師の魔力を蒐集する。それがヴォルケンリッター達の狙いだった。シャマルはシグナム達とは違い直接的な戦闘力はほとんど持たないがその代わり、回復や補助と言った魔法に優れておりこの結界も張ったのはヴィータだが今はシャマルがその制御を受け持っている。

旅の鏡は通常の状態の魔導師には通用しないがなのはは既にヴィータによって大きなダメージを受けており、防御機能もほとんど失われていた。加えて集束魔法を放とうとしたタイミングであったため、蒐集を行うことができたのだった。


『シグナム、白い子の蒐集は終わったわ。ページも二十ページは埋まったみたい。』

シャマルは無事蒐集が完了したことを念話でシグナムに伝える。

『……そうか、魔導師はあと二人いる。引き続き頼む。』

『分かったわ。』

シグナムの言葉に頷きながらシャマルは再び念話を止め、シグナムたちの闘いを観察する状態へ戻る。


(二十ページか……やはり大きな魔力を持つ者ならページの数も増える。後はヴィータと闘っている黒衣の魔導師、白い魔導師と一緒にいる翠の魔導師か……)

シグナムは一度なのはがいる場所を確認してから再びレヴァンティンを構え闘牙に向き合う。自分が闘っている闘牙は魔導師ではなく、ザフィーラが闘っているのは使い魔であるため自分たちが狙うのは後の二人。黒衣の少女に対してヴィータは優勢に立っている。追い詰めるのは時間の問題だろう。ならば自分の役目は敵の中で一番強いであろう闘牙を足止めすること。そうシグナムは考えていた。


それは間違いではない。

フェイトはヴィータに敵わず、ユーノも例外ではない。

魔力を蒐集することは十分可能だっただろう。



たった一つの例外。


闘牙の存在がなければ。




シグナムはそのままレヴァンティンを構えたまま闘牙に対峙する。だが闘牙の様子が先程までとは大きく違っていることに気づく。その顔は俯き、表情をうかがうことはできない。同時に得も知れない感覚がシグナムを襲う。その感覚にシグナムが戸惑いを感じた時、闘牙はその手から鉄砕牙を落としてしまう。何故剣士である闘牙がそんなことを、そうシグナムが疑問を抱いた瞬間、





シグナムの意識は途切れてしまった








「…………………あ……?」

シグナムはそんな声を漏らしながら意識を取り戻す。

一体何が起こったのか。自分は先程まで闘牙と……

シグナムが何とか体を起こし辺りを見渡す。そこには自分がぶつかってしまったために崩壊してしまったビルの残骸が散乱していた。そして

「ぐっ……!!」

同時に凄まじい激痛がシグナムの体を襲う。それは先程自分を吹き飛ばしたのであろう衝撃によって受けたダメージ。シグナムはパンツァーガイストと呼ばれるバリア式の防御魔法を常に展開している。その強度は並みの魔法ではビクともせず、全力で展開すれば砲撃魔法ですら防ぎきることができる程の物。にも関わらずこれだけのダメージを負ってしまっている。そして一体誰がこれほどの攻撃を、そう混乱しながらシグナムが顔を上げたその先には




悠然と自分を見下ろしている闘牙の姿があった。


その姿にシグナムは目を見開き、息をのむ。


目の前にいる闘牙は先程まで自分が闘っていた時とは大きく姿が変わっている。


爪は伸び


顔には紫の痣が浮かび上がり


そして


その目は赤く染まっている。


それはもうこの世にいないはずの『妖怪』の姿だった。



その眼光にシグナムの体が震える。

それは『恐怖』

絶対的強者によってのみ与えられるもの。

これまでシグナムは数えきれない程の強敵と幾度も戦い、戦場を駆け抜けてきた。それがシグナムの誇りでもあった。だがその今まで戦った相手の全てと比較しても全く意味がないほどの圧倒的な威圧感。

何よりもその表情。それはまるで自分を虫ケラのように見下しているようだった。


「ああああっ!!」

シグナムはそんな全ての感情を振り切るかのように自らの手にあるレヴァンティンを闘牙に向かって振り切ろうとする。それは百戦錬磨のシグナムだからこそとれた行動。並みの剣士ではこの状況では動くことすらできなかっただろう。だが

その刃が届くよりも早く闘牙の手がシグナムの首を掴み、その体を引きずり上げる。

「がっ……!!」

そのあまりに強力な握力にシグナムが苦悶の声を漏らす。闘牙は片手だけでシグナムを引きずり起こし、そのまま自分の頭上まで持ち上げる。


「何をした………」

まるで地の底に響くかのような低い声で闘牙がそう呟く。しかしシグナムは首を絞められていることで身動きが取れず、息もできない状況でそれに応えることもできない。


「なのはに何をしたっ!?」

凄まじい叫びと共に闘牙の手の力はさらに強さを増していく。それは普通の人間ならとっくに首がへし折れているほどの物。シグナムといえどそれは例外ではない。パンツァーガイストがあることで何とかそれを防いでいる状態だった。だがそれさえも闘牙の圧倒的力によってヒビが入り、崩壊寸前の状態。このままでは間違いなく自分は殺されてしまう。シグナムがそれを理解しながらもどうしようもない状況に絶望しかけた時、


「てめえええええっ!!」

凄まじい怒号と共に、鉄槌の騎士ヴィータがグラーフアイゼンを全力で振りかぶりながら闘牙に肉薄する。シグナムの危機を見たヴィータはフェイトとの戦闘を中断し全速力で救援に駆け付けたのだった。

同時にグラーフアイゼンが稼働しカートリッジによってヴィータの魔力が爆発的に高まる。ブースターによる加速も相まって手加減なし、全力の一撃が容赦なく闘牙に襲いかかる。だが



闘牙はそれを左手の素手で難なく受け止める。


「なっ!?」

あり得ない事態にヴィータは目を見開くことしかできない。自分の渾身の一撃が受け止められた。それも剣ではなく素手で。しかも相手は魔力も魔法も使用していない間違いなく生身の体。ヴィータが驚愕を抑えきれないまま顔を上げたその先には


自分を睨みつけている闘牙の目があった。


「ひっ!?」



『殺される』


ヴィータは闘牙と目があっただけでその感情に支配されてしまう。蛇に睨まれた蛙どころの話ではない。それ以上の差が自分と目の前の相手にはある。瞬時にそのことを悟ったヴィータは戦意を失いかける。だが


「あ……ああああっ!!」

シグナムがヴィータの攻撃によってできた一瞬の隙を突いて蹴りを闘牙に向けて放つ。その衝撃によってシグナムは何とか首締めの状況から脱出し、闘牙から距離を取る。それに気づいたヴィータも瞬時にグラーフアイゼンのブースターの向きを変え同じように闘牙から距離を取る。だがその表情は恐怖に支配されたままだった。

「飲まれるな、ヴィータっ!!ここで負ければ我らが主はどうなるっ!!」

そのことに気づいたシグナムがふらつく体を何とか奮い立たせながらヴィータに向かって叫ぶ。それはヴォルケンリッターたちの闘う意味、生きる意味だった。


(はやて………)

ヴィータ脳裏に自らの主の姿が浮かぶ。

はやてのために。

それが自分が闘う理由。

そのために絶対に自分は負けるわけにはいかない。


ヴィータはシグナムの言葉によって自分を取り戻し、再び自らの相棒であるグラーフアイゼンを構える。そんなヴィータの姿に安堵しつつシグナムもまた自分の魂であるレヴァンティンを構える。


二対一。

それはベルカの騎士の誇りに反するもの。

だがそんなことは二人の頭には微塵もなかった。二対一と言う本来なら圧倒的有利のはずの状況。にもかかわらず自分たちはまるで追い詰められているのではないか。そんな疑念を抱いてしまうほどの圧倒的な存在感が相手にはある。だがそれでも自分たちは負けるわけにはいかない。シグナムとヴィータは同時に闘牙に攻撃を加えようとしたその時

闘牙が突然、自分の腕に爪を立てその手を血に染める。

「「っ!?」」

いきなりの闘牙の行動に二人は驚き、一瞬動きを止めてしまう。その瞬間、闘牙は己の爪に着いた血を妖力によって硬化させ飛刃血爪を二人に向かって放つ。その威力は普段の物とは比べ物にならない。まともに食らえば即死は間違いないほどの威力が秘められていた。

「はあっ!!」
「こんなもんっ!!」

だがシグナムとヴィータはそんな奇襲に対しても慌てず対応する。シグナムはレヴァンティンの炎によって。ヴィータはグラーフアイゼンの障壁によって飛刃血爪を防ぐ。だがその衝撃によって辺りは破壊され粉塵に覆われてしまう。そしてそれが晴れた先にはそこにいた筈の闘牙の姿が無かった。

「何だ……?逃げちまったのか……?」

そのことにヴィータは困惑の表情を見せるが


「……っ!!まずいっ!!」

すぐさま事態を察したシグナムは全速力で飛行し疾走する。慌てながらヴィータもそんなシグナムの後にすぐさま続く。

二人が向かう先。



それはシャマルがいる場所だった





「ユーノ、なのはは!?」

フェイトとアルフが慌てながらユーノとなのはの元に集まって行く。既にヴィータとザフィーラは闘牙の元に向かって行ってしまっていた。何が起こったのかは分からないがフェイトとアルフはまずはなのはの安否を確認しなければと思い駆けつけたのだった。

「………大丈夫だよ、気を失っちゃってるけど命に別条はないみたいだ……。」

ユーノは自らの涙を拭いながらそう二人に伝える。そのことに二人は安堵の声を上げる。もしなのはに何かあったら。きっと自分は冷静ではいられなくなってしまうだろう。だが危険な状態には変わりない。

これからどうするかフェイトが考えようとした時、凄まじい爆発が闘牙がいる方向から起こる。そこでは闘牙が二人の敵と闘う光景が繰り広げられていた。そしてその凄まじさに三人は目を奪われる。

まるで獣になってしまったかのような闘牙の姿。その力。

アルフはその力に本能で気付き体が震えその場から動けなくなってしまう。それに近いものをアルフは感じたことがある。それは闘牙がプレシアの言葉を聞いて一瞬目が赤くなった時。だがあの時はすぐに闘牙はいつものの闘牙にすぐ戻っていた。

だが今は違う。

今の闘牙はまるで――――



フェイトは妖怪化し闘い続けている闘牙に目を奪われる。

その力が凄まじい物だと言うことも、それが怖い物だということもフェイトには分かる。

でもそれ以上の感情をフェイトは闘牙から感じ取る。


それは『悲しみ』


闘牙は今、深い悲しみの中にいる。


それがフェイトには分かる。



咆哮しながら闘い続ける闘牙の姿。



その姿にフェイトはかつての闘牙の姿が見える。




公園で一人、涙を流していた闘牙の姿。



誰にも言えない悲しみを抱えている闘牙の姿。



フェイトはそのまま上空に飛び上がり凄まじい速度で闘牙の元に向かっていく。


「フェイトっ!?」

そのことにアルフが驚きの声を上げる。今の闘牙に近づくことがどんなに危険なことか一番分かっているのはアルフだった。アルフは何とかフェイトを止めようとするがそれを振り切ってフェイトはそのまま飛び立ってしまう。


このままでは闘牙がどこか遠くへ行ってしまう。

そんな不安がフェイトを襲う。

そんなのは嫌だ。

だから―――



フェイトの瞳には揺るがない意志が宿っていた――――






「………え?」

シャマルはそんな自分の出した声に驚きを隠せない。

何故自分はそんな声を出したのか。何故自分の体は震えているのか。何故自分の体は動かないのか。

先程まで自分はシグナム達の戦闘を見ていた。そしてその相手である犬の耳をした使い魔の様な少年の姿を。その圧倒的な強さにあのシグナムとヴィータが翻弄されている。何とか二人をフォローしなければ。そう思い、自らが持つデバイス、クラールヴィントを操ろうとした時、ひときわ大きな爆発が起こる。

そしてその中から一つの影が自分に向かって疾走してくる。その速度、走り方はまさに獣そのもの。それが一直線に自分に向かってくる。

闘牙は本能でなのはを襲ったのがシャマルであることを理解していたからだ。

自分は魔力が探知されないよう偽装の魔法を使っている。なのに何故。自分に向かってくる相手。その殺気、視線によってシャマルは身動きを取ることができない。それは十秒にも満たない時間。だが妖怪化した闘牙にはそれだけの時間があれば十分だった。

闘牙はあれだけ離れた距離を数秒でゼロにしその爪をシャマルに向かって振り下ろす。シャマルにはそれを防ぐ出立てはなかった。そしてそのままシャマルがその爪に引き裂かれようとした時

「させんっ!!」

シャマルの前にザフィーラが現れその前に障壁を張る。それはザフィーラが持つ最高の防御力を持つ防御魔法。

『盾の守護獣』

その名が示す通りザフィーラは防御に優れている。シグナムとヴィータに攻撃に関しては一歩譲るものの防御に関してはヴォルケンリッターの中では最も優れている。その盾はどんな魔法をも通さない。そう言っても過言ではない力を持っている。だが


闘牙の突撃と爪の斬撃によって障壁は一気にひび割れ、崩壊していく。それは魔法の力ではない純粋な力によるものだった。


「はああああっ!!」

叫びを上げながらザフィーラはその魔力を全力で込め障壁を保とうとする。自分がここを守れなければ間違いなくシャマルは殺されてしまう。ザフィーラは文字通り死力を尽くして闘牙の攻撃を耐える。しかしそれでも今の闘牙の力を抑えることはできなかった。

「邪魔だ!!」

そう叫んだ後、闘牙は使っていなかったもう片方の手の爪を障壁に向かって振り下ろす。その瞬間、障壁は粉々に砕け衝撃によってザフィーラは後方のビルに向かって吹き飛ばされてしまう。

「ザフィーラッ!?」

その光景にシャマルは思わず悲鳴を上げる。今自分の目の前で起こっていること。まるで悪夢の様だ。

どうしてこんなことになってしまったのか。ただ自分たちは主の命を救うために頑張っていたのに。相手が魔導師といえど自分たちはベルカの騎士。後れは取らない。そう思っていたのに。涙を浮かべながら顔を上げた先には


自分を殺意を持った目で睨みつけている闘牙の姿があった。


「てめえがなのはを………」

そう言いながら闘牙は己の爪を振り上げる。その目には一片の躊躇いもない。ただ目の前の相手を殺す。闘牙はもはやただ戦うだけの存在になろうとしていた。


どうしようもない絶望と恐怖。それにシャマルが包まれてしまいかけたその時


「レヴァンティンッ!!」

叫びと共にシグナムの紫電一閃が闘牙に向かって振り下ろされる。その威力はまさに一撃必殺に相応しいもの。闘牙は今、鉄砕牙を持っていない。この一撃を防ぐことはできない。そしてその刃が闘牙に届くかと言うところで


レヴァンティンは闘牙の手によって掴まれてしまう。


「なっ!?」

片手での白刃取り。そんな絶技をこうもこともなげにやってのける闘牙の技量にシグナムは驚愕する。だがそれだけではない。

今、レヴァンティンは刀身に炎を纏っている。その炎はカートリッジによって発生しているもの。触れればただではすまない。最悪焼け死んでしまうことだって十分あり得る。だが闘牙はそれを全く問題ないかのように握っている。だがダメージを受けていないわけではない。その手はその炎によって焼かれ凄まじい火傷がその手を蝕んでいく。だがそれでも闘牙はその手を離そうとはしなかった。

(こいつ……痛みを感じていないのかっ!?)

シグナムの戦慄をよそに闘牙はその手に力を込める。その力によって次第にレヴァンティンにひびが入り始める。シグナムは改めて闘牙に目を向ける。

先程まで戦っていた闘牙はまさに剣士と呼ぶにふさわしい相手だった。それは間違いない。だが目の前の闘牙は何だ。まるで獣そのもの。いやそれ以上の存在だった。


『シャマルッ!!結界を解除して転送の準備をしろっ!!』

『は………はいっ!!』

シグナムの念話にシャマルは我を取り戻しすぐさまその準備に入る。もはや魔力の蒐集にこだわっている状態ではない。一刻も早くこの場を離脱しなければ。だが闘牙にレヴァンティンを握られている今の状況を何とかしなければレヴァンティンが破壊されてしまう。そうシグナムが焦った瞬間


「シグナムを離せっ!!」
『Schwalbefliegen.』

ヴィータの放った鉄球によって闘牙は攻撃を受け一瞬、隙が生じる。その隙にシグナムはその場を離脱しシャマルを庇うようにその前に立つ。それに続くようにヴィータ、ザフィーラも障壁を張りシャマルを守る。そして同時に街を覆っていた結界が解除され転送が可能になる。

後は転送してこの場を離脱するまでの時間を稼ぐだけ。いくら闘牙が規格外の存在だとしても後数秒であれば耐えることができる。ヴォルケンリッター達はそう考えていた。だが



「逃がすと思ってんのか……………」

闘牙はそんなヴォルケンリッターたちを見ながらそう冷たく言い放つ。

その言葉にヴォルケンリッター達は凍りつく。

同時に闘牙は自らの腰にある鞘に力を込める。その瞬間、錆びた状態の鉄砕牙が凄まじい速度で飛翔しながら闘牙の手元に向かってくる。それは鉄砕牙の鞘が鉄砕牙を呼んだために起こったことだった。

そして闘牙がそれを握った瞬間、鉄砕牙は本来の姿を取り戻しながら凄まじい風を巻き起こしていく。それはまさに暴風。その力によって周りにある建物は次々に吹き飛ばされていく。それは真の風の傷が放たれようとしている前兆だった。

その光景にヴォルケンリッター達は身動きを取ることができない。


今、闘牙は怒りと悲しみの感情に支配されていた。

自分の大切な人を、守りたい人を守れなかった。守れたはずの人を。

初めから殺す気で、全力で敵を倒していればこんなことにはならなかったのに。その力が自分にはあったのに。

自分の甘さのせいで。自分の弱さのせいでまた同じことを繰り返してしまった。

許さない。絶対に許さない。

よくも。よくもなのはを。

殺してやる。同じようにお前達も殺してやる。

もう二度と自分の目の前に現れないように。


塵一つ残さず消し去ってやる!!





激しい憎悪を纏った鉄砕牙が振り上げられる。



鉄砕牙は今、悲しみで震えていた。

今の自分には守りの力はない。主の妖怪の血を抑えることはできない。いや、例え守りの力があったところで既に主の力は抑えきれないほど強くなってしまっている。

だが自分が主に力を貸さないようにすること、鉄砕牙の変化を解くことはできる。だが主の悲しみが鉄砕牙の心を迷わせる。

目の前の敵の姿。目の前の存在が主の守りたい者を奪っていった。五百年間、鉄砕牙はかごめを守る力を主に貸すことができなかったことを後悔し続けていた。そしてまた主に同じことが起こってしまった。故に鉄砕牙は変化を解くことはなかった。

それが間違いだと言うことに気づかずに。






「死ね」


その言葉と共に風の傷を纏った鉄砕牙が振り下ろされていく。


ヴォルケンリッター達にはその光景がまるで止まりながら動いているように感じられる。


それは走馬灯。


自分たちはここで死ぬ。


ヴォルケンリッター達は自分たちの死を悟る。



その刹那






「やめて、トーガ―――――!!!」


闘牙の目の前に金髪の少女が姿を現す。



その表情は悲しみに満ちていた。


その目には涙が溢れていた。


闘牙はその姿に目を見開く。


その姿は


自分がもう二度と見たくないと思っていた女性の姿と同じだった。




「か……ご……め…………?」


闘牙はそのまま動きを止め、目の前で手を広げ涙を流しているフェイトの姿を見つめ続ける。


目の前にいるのはフェイトだ。


なのに何故


その姿にかつてのかごめの姿が見えたのか。



知らず闘牙の手から鉄砕牙が抜け落ちる。



目にはすでに人の心が戻っている。



そしてその目には涙が流れていた。



フェイトはそんな闘牙に走り寄りながら抱きついてくる。



「大丈夫だよ、闘牙。なのはは無事だから。だから………」





「………………そうか」



闘牙はそのまま静かに目を閉じる。


後には既に姿を消したヴォルケンリッター達と破壊されつくされた街が残っているだけだった……………



[28454] 第20話 「後悔」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/13 21:06
「ん…………。」

なのははゆっくりとその瞼を開き、体を起こす。そして自分が知らない部屋のベッドに寝かされていることに気づいた。

(あれ……ここは……?それに私どうしてこんなところに………)

なのははまだ覚醒しきっていない頭を何とか回転させながら自分が何故ここにいるのか、ここがどこなのか考える。そして自分がいきなり赤い少女に襲われ、ユーノ達が助けに来てくれたこと、フェイト達が苦戦していたこと、そして結界をスターライトブレイカーで破壊しようとしたところで突然自分の胸に誰かの腕が現れ気を失ってしまったことを思い出す。なのははふらつき体で何とか起き上がり、そのまま部屋を出ようとしたところで


「なのは………?」

「フェイトちゃん……?」

目の前のドアがそれよりも早く開き、目の前に私服姿のフェイトが現れる。その後ろにはユーノ、闘牙、アルフ、クロノの姿もある。皆、なのはの状態が安定したと聞いて見舞いに訪れようとしたところだった。



「なのは……体の方は大丈夫なの……?」

大事を取り、再びなのはにベッドに戻ってもらった後、フェイトは心配そうな顔でなのはに尋ねる。命に別条はないとの話だったがやはりなのはの姿はどこかつらそうな様子が見られたからだ。

「うん、ちょっとまだ体が動きづらいけどそれ以外は全然大丈夫だよ。」

なのははそんなフェイトに向かって優しく微笑みかける。何よりも半年ぶりに会えたこと、自分を助けに来てくれたことが嬉しかったからだった。

「よかった………。」
「ほんとに心配したんだからね、なのは。早く元気になってよ!」

フェイトに続いてアルフもそう笑顔を見せながらなのはに話しかける。その明るさは半年前と変わらない。その姿を見るだけでこっちも元気が湧いてくる、そんな風に思えるものだった。

「ありがとう、アルフさん。」

半年ぶりにあった二人となのはは再会を喜び合う。戦闘中であったため実感があまり湧いていなかったなのはだったが、自分が楽しみにしていた友達との再会に自然と頬が緩む。そして闘牙とユーノがそんな自分たちの様子を少し離れた所から眺めていることになのはは気づく、そして

「闘牙君、その手……?」

なのはは驚いた顔をしながら闘牙の右手に目をやる。闘牙の右手は包帯でぐるぐる巻きにされている。その様子からかなり大きな怪我だったことは明白だった。


「ああ……少し苦戦しちまってな……でももう治りかけてるからな、心配すんな。」

包帯が巻かれた右手を動かしながらそう闘牙はなのはに告げる。実際、火傷はかなりの重症だったが妖怪化していたこと、今は半妖の姿でいることで治癒を速めているためそれほど時間を掛けずに完治することは間違いなかった。

だがなのははやはり心配そうな顔で闘牙を見つめ続けている。それは自分を助けに来てくれた闘牙たちへの申し訳なさからだった。自分がやられなければみんなにこんなに迷惑と心配を掛けずに済んだのに。なのはがそう思いながら顔を俯きかけた時

「そんな顔すんな。みんな無事だったんだからな。それにお前の無茶はいつものことだろう?」

闘牙は笑いながらなのはの頭を撫でる。なのははそんな闘牙とのやり取りに既視感を感じる。それは自分がジュエルシード集めの中で失敗したときのもの。

「もう、私そんなに無茶ばっかりしないよ。子供扱いしないで!」

「そう言ってる内は子供だ。」

なのはは頬を膨らませながら闘牙に向かって食って掛かる。それはいつも通りの闘牙となのはのやり取り。闘牙もなのはがいつもの調子を取り戻してきたことに気づき、その頭を撫で続ける。それが恥ずかしいのかなのはは赤くなりながら不機嫌なオーラを発している。アルフはそんな二人の様子を笑いながら楽しそうに眺めている。先程まで暗い雰囲気は既になくなってしまっていた。


フェイトはそんな闘牙となのはの様子を眺め続けている。しかしその表情はいつもの物とは違っていた。



(なんだろう………二人を見てると何だか胸がもやもやする……?)

フェイトは自分の中に生まれている知らない感情に戸惑いを覚えていた。闘牙となのはが話している。それは闘牙がなのはを心配している光景。それは何もおかしい物ではない。当たり前の光景だ。なのに何でこんな気持ちになるんだろう。フェイトは自分の感じている感情が何なのか分からなかった。


(フェイト………?)

そんなフェイトの感情を感じ取ったアルフはそのままフェイトの方に目を向ける。フェイトはそれに気づかずにじっとなのは闘牙の様子に見入っている。アルフにはその感情が何なのか分かる。それは嫉妬。フェイトは闘牙に心配されているなのはに嫉妬している。だがフェイトにはそれが何なのか分かっていないようだ。それに気づきながらもどうしたものかとアルフが考えた時、


「盛り上がっているところ悪いが、そろそろ話をさせてもらっていいか?」

咳ばらいをしながらクロノがそう皆に伝える。その言葉に闘牙たちは慌てながらクロノに向かい合う。そのためにここに来たはずだったのすっかりいつもの調子で騒いでしまっていたからだ。

そんな闘牙たちの様子を確認しながらクロノは事情をなのはに説明していく。



結界が解除された後、敵たちはすぐに転移してしまい逃げてしまったこと。

すぐさまになのはを時空管理局の医療施設に運んだこと。

なのははリンカーコアと呼ばれる魔力の源から魔力を奪われてしまい倒れてしまったこと。

命に別条はないがリンカーコアにはまだ分かっていなことが多く、安静にしなければいけないこと。

しばらくは魔法は使えないこと。

そして敵が使っていた魔法が恐らくベルカ式と呼ばれる魔法であること。


「ベルカ式?」

「ああ。かつてミッド式と勢力を二分していた魔法だ。特に一対一の闘いを得意とする魔法でカートリッジと呼ばれるシステムが組み込まれたデバイスを使うことで自身の魔力を高めることができるのが特徴だ。そして優れた使い手は騎士と呼ばれていたそうだ。」

クロノの説明を受けてなのはは納得する。自分が闘った赤い少女。少女が持っていたハンマーのようなデバイスも何かの弾丸のようなものを何度も装填していた。あれがカートリッジと呼ばれる物なのだろう。その強さは身をもって味わっている。もしもう一度勝負してもあの強さには今の自分では通用しないだろう。

そしてなのははあれから闘牙たちがどうなったのか聞いていないことに気づく。闘牙はともかくフェイトやアルフは苦戦していたはず。にも関わらず二人にダメージらしいものは負っていない。

「あれから戦いはどうなったの?」

「それは………」

なのはの質問にクロノはどこか言いづらそうな雰囲気を放ちながら口ごもってしまう。そんなクロノの様子になのはが疑問を感じた時

「それは俺が話す……みんなに知っておいてほしいからな………。」

「闘牙君……?」

闘牙がどこか落ち込んでいるような雰囲気でクロノに代わり事の顛末を話し始める。

自分が暴走し、騎士たちを襲い追い詰めたこと。

とどめを刺そうとした時にフェイトの制止によって間一髪で事なきを得たこと。

自分が暴走をしてしまったのが妖怪化と呼ばれるもののせいであること。

闘牙は自らが犯してしまった事態を包み隠さずになのはに、仲間たちに伝える。


「本当なの……?」

なのははそんな闘牙の言葉に疑問の声を上げる。確かに闘牙は怒ると怖い時がある。時の庭園での戦いのときもそれは身をもって感じた。でもその姿はとても頼もしい物。闘牙の話から感じるような怖い物ではなかった。なのははそんな闘牙の言葉に実感が持てずそんな言葉を漏らしてしまう。だがフェイト達は皆そんななのはの疑問に答える者はいない。それが闘牙の言葉が真実であることを示していた。

なのはたちの間に沈黙が流れる。皆、どんな言葉を発していいのか分からない状況だった。そんな中

(ユーノ君………?)

なのははユーノがここにやってきてから一言もしゃべっていないことに気づく。その表情は暗く、自分と会ってからもずっと顔を俯かせたままだった。なのはがそれがなぜなのか考えていると

「とりあえずしばらくはここで安静にしておいてくれ。すぐ良くなるとは思うが念のためだ。騎士たちについては何か分かり次第伝える。」

クロノはそう言いながら場の空気を変え、部屋を出ていこうとする。その言葉になのはたちは重苦しい空気から解放される。そんな中

「クロノ、話がある。ちょっといいか?」

闘牙が部屋を出ていこうとするクロノについていきながらそう引き留める。

「……分かった、場所を変えよう。」

闘牙の真剣な雰囲気を感じ取ったクロノはすぐに執務官としての顔に戻り、別室に闘牙と共に向かう。




闘牙とクロノは少し離れた別室で向かい合う。闘牙は少し目を閉じ思案するような仕草を見せた後

「クロノ……しばらく俺は戦闘には参加しないつもりだ……。」

そう呟くようにクロノに告げる。そんな闘牙の言葉にクロノは驚きを隠せない。

クロノは短い期間だが闘牙と一緒に過ごしたことで闘牙がどんな人物であるかは知っている。フェイトが一人で海上のジュエルシードを封印しようとしていた時には命令を無視して助けに向かい、フェイトのために単身時の庭園に乗り込んでいきプレシアと闘った。そんな闘牙が自ら闘うことを放棄した。それがクロノには信じられなかった。

妖怪化による暴走。クロノはその様子を見たわけではない。結界により中の様子を確認することができなかったため、闘牙やアルフからの話からでしか事態を把握できていなかった。

「………理由を聞いてもいいか?」

クロノはそんな闘牙の様子を見ながらもそう問いかける。闘牙はクロノ言葉に静かに頷きながら話し始める。

犬夜叉は犬の大妖怪と人間の間に生まれた半妖でありその体には強力な妖怪の血が流れていること。

命の危機や感情の昂ぶりによってそれが暴走し妖怪化してしまうこと。

妖怪化すれば理性を失い闘うだけの存在になってしまうこと。

以前はそれをコントロールすることができていたが今回はそれができなかったこと。

もしもう一度妖怪化してしまえばフェイト達を傷つけてしまう可能性があること。

それを聞いたクロノはしばらく思案した後


「………分かった。元々君は民間協力者だ。そんなに気に病むことはない。」

そうどこか闘牙を気遣うような口調で告げる。

「だが個人的に僕は君の力を当てにしている。闘えるようになったらすぐに言ってくれ。」

その言葉は執務官としてではなく闘牙の友人としてのクロノの言葉だった。


「………ああ、すまねえ。」

そんなクロノの言葉に感謝しながら闘牙は頭を下げるのだった………。





時空管理局本局の休憩室に一人の少年の姿がある。だがその姿はどこか落ち込み、暗い雰囲気を纏っている。少年は顔を俯かせたままただ一人座り込んでいる。それはユーノ・スクライアだった。

(僕の……僕のせいで………)

ユーノの脳裏に先の戦闘の光景が蘇る。自分の目の前で襲われるなのはの姿。それを見ながらも何もできなかった自分。倒れ込み、気を失ったまま目を覚まさないなのはの姿。自分の無力さにユーノが涙を流していたその時、

「ここにいたのか、ユーノ。」

犬夜叉の姿の闘牙が突然現れる。闘牙はユーノの様子がおかしいことに気づき、匂いでユーノを探してきたのだった。

「と……闘牙っ!?」

いきなり現れた闘牙に驚きながらユーノは慌てて自分の頬に流れている涙を拭う。

闘牙はそんなユーノの姿を微笑みながら見つめた後、その隣の席に座りこむ。ユーノはそんな闘牙に戸惑いながらもどうすることもできずにまた顔を俯かせることしかできない。

闘牙はそんなユーノの心境がまるで全て分かっているかのように何も言わずにその隣でただユーノの言葉を待ち続ける。

そしてしばらくの沈黙の後、ユーノは自分の本心を話し始める。




「……僕、怖かったんだ……なのはが襲われた時、なのはが死んじゃうんじゃないかって……」

ユーノは震える声で闘牙に自分の心の内を吐露していく。


「もう目を覚まさないんじゃないかって……本当に怖かったんだ………」

あの時のなのはの姿が脳裏に浮かぶ。もう目が覚めないかもしれない。もうあの声も、温もりもなくなってしまうかもしれない。

なのははユーノにとってかけがえのない存在だった。

いきなり現れた自分を助けてくれて、危険なジュエルシード集めを手伝ってくれる。

その優しさに何度も救われた。

その姿に、心に惹かれていく自分があった。

そして自分がなのはのことを好きなことに気づいた。

そんななのはの力になりたいと、そう思い闘牙にも特訓をつけてもらった。

幾度もの闘い。

なのはの隣で共に戦う続けることで自分はなのはに力になれていると、そう思っていた。

でも違った。

なのはの危機。

それを前にして自分は動けなかった。それは自分の心の弱さだった。




「………………強くなりたい。」

ユーノは知らずそう呟く。

それはユーノの心からの言葉。

ユーノは許せなかった。

なのはを傷つける相手が。

いや、なによりもなのはを守ることができなかった自分自身が。



「闘牙………僕、強くなりたい!………なのはを……なのはを守れるくらい強く!!」


ユーノは涙を流しながらそう闘牙に叫ぶ。

ユーノは自分が強くないことを知っている。

自分になのはやフェイトの様に魔法の才能がないことも

闘牙の様な強さが無いことも。

だがそれでも


誰かを守れる強さが、力が欲しいとユーノは願う。



『なのはを守れる強さが欲しい』


それがユーノの求める力。

それは闘牙がかつて自分に言ってくれた言葉


ユーノが見つけた自分にしかできないことの答えだった。




ユーノの言葉に闘牙は知らず自分の心が高まってくるのを感じる。

涙を流しながらなのはを守れる強さを求めるユーノの姿。その姿にかつての自分の姿が見える。

初めて妖怪化し、そのせいでかごめを傷つけてしまった後悔と恐怖。それは今でも忘れていない。そしてその時に自分は心の底から求めた。かごめが守れる強さが欲しいと。

その気持ちがあったから、その決意があったから今の自分はここにいる。

自分は結局それを守ることができなかった。

一番守りたかった、愛した女性を守れなかった。

だが目の前の少年は違う。

ユーノは自分よりも強い、誰よりも優しい心を持っている。それを闘牙は知っている。自分と同じようにはならない。そんな確信が闘牙にはある。

闘牙はその手をユーノの頭に乗せる。ユーノはその温もりを感じながら涙でぬれた顔を上げる。そこには自分に笑いかけている闘牙の顔があった。そして


「なれるさ、お前なら。なのはを守れるくらい強く………」

そう力強くユーノに告げる。それはお世辞でもなんでもない。確信に満ちた表情だった。


「闘牙………」

そんな闘牙の言葉と表情にユーノの目から大粒の涙が流れる。そんなユーノを真っ直ぐに見詰めながら



「ユーノ、絶対に『後悔』だけはするんじゃねえぞ、いいな?」


自らのユーノへの想いの全てをその言葉に込める。



ユーノはそんな闘牙の言葉に体が震えるのを感じる。


忘れてはいけない。

自分はこの言葉を絶対に忘れてはいけない。

それほどの重みがこの闘牙の言葉にはある。そうユーノは確信する。


「……うん、分かった!!」


ユーノは涙を拭いながら闘牙の言葉を心に刻む。


この日の誓いと決意。


これによりユーノの運命は大きく変わることになるのだった…………





ユーノと別れた後、闘牙は一人施設の廊下を歩いていた。闘牙は歩きながら考える。

ユーノは大丈夫だ。ユーノなら間違いなくなのはを守ることができる。そしてそれをサポートすることが自分の役目だ。その方法も考えている。あとはそれをクロノが了承してくれるかどうかだ。


そして妖怪化。


それが自分の大きな問題だ。


かつて自分は五分までなら妖怪化をコントロールすることができた。だが今回はそれができなかった。ある程度予想はしていたが全くコントロールできないとまでは思っていなかった。

今回はまだ理性が残っていたためフェイト達に襲いかからずに済んだが妖怪化は回数を重ねるごとに理性を失くしていってしまう。次、妖怪化すればどうなるか分からない。

かごめを傷つけてしまった後悔と恐怖。それを自分はまた繰り返すところだった。

フェイトが止めてくれなければ自分は騎士たちを殺し、後戻りできない状態になってしまっただろう。だがフェイトを危険にさらしてしまったこと、妖怪化の姿を目の前で見られてしまったこと。闘牙はそれに深い罪悪感を感じていた。

涙を流し自分を止めようとするその姿にかつてのかごめを見た。

でももうかごめはいない。

そのことが闘牙の心に寂しさを感じさせていた時



「あ、トーガ!」

自分の後ろからそんな少女の声が聞こえる。驚きながら闘牙は後ろの振り返る。そこにはどこか嬉しそうなフェイトの姿があった。普通なら匂いですぐ気付くのだが深く考え事をしてしまっていたため気づくことができなかったようだ。

「探してたんだ。一緒にご飯食べにいかない?アルフは待ち切れずに先に行っちゃたんだけど……」

フェイトはそう言いながら闘牙の目の前に近づきながらそう誘ってくる。その姿はいつもと全く変わらない。

それに闘牙は驚きを隠せない。妖怪化した自分を間違いなくフェイトは目の前で見た筈だ。そして後一歩で死ぬかもしれなかった。

アルフとユーノも必死に隠そうとしていたがやはりどこか自分にぎこちないところがあった。

だがフェイトにはそれがない。

一体何故。

闘牙は戸惑いを隠せない。


「………?どうしたの、トーガ?」

そんな闘牙の姿に気づいたフェイトが不思議そうな声を上げる。闘牙はそんなフェイトを見ながら


「………………怖くねえのか?」

闘牙は呟くようにそうフェイトに尋ねる。

「え?」

フェイトは闘牙が何を聞いているのか分からず、首をかしげる。


「俺が怖くねえのか?」

闘牙はそうどこか怯えるような声でフェイトに尋ねる。闘牙の脳裏にはかつての記憶が蘇る。

半妖だと。化け物だと差別され恐れられた日々。それだけの力がこの体にはある。だが


「トーガはトーガだから怖くなんてないよ。……それにあれはなのはのために怒ったからなんでしょ?だったらトーガは悪くないよ。」


フェイトはそう何でもないことの様に答える。その言葉にはフェイトの闘牙への絶対の信頼があった。同時に闘牙の脳裏にかつての光景が蘇る。

それは妖怪化し、落ち込んでいた自分を励ましてくれたかごめの姿だった。

闘牙はそのままその場に立ちつくしてしまう。そんな闘牙の姿を不思議に思いながらも


「あの……聞いてもいい、トーガ……?」

どこか恥ずかしそうにしながらフェイトはそう闘牙に話しかける。

「あ……ああ。何だ?」

フェイトの言葉によって我に返った闘牙は慌てながらそう答える。フェイトはそのまま顔を赤くしながらも意を決して


「襲われたのがなのはじゃなくて私でも……トーガは怒ってくれた……?」

そう闘牙に尋ねる。

闘牙はそんなフェイトの問いに一瞬驚いたような顔をした後、


「…………当たり前だろ。変なこと聞いてんじゃねえよ。」

そう笑いながら答える。その言葉にフェイトの表情が喜びに染まる。


「そういえば腹が減ったな。さっさと行くか、フェイト。」
「うん!」

どこか照れくさそうにしながら先に歩いていく闘牙に慌ててフェイトは付いていく。二人はそのまま並んだまま食堂へ歩いていく。




闘牙は自分の大切なものを守るために再び自分の弱さと向き合うことを誓ったのだった…………



[28454] 第21話 「約束」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/19 21:33
「さて、私たちアースラスタッフは今回、ロストロギア闇の書の探索、および魔導師襲撃事件の捜査を担当することになりました。」

リンディの声の凛とした声が部屋に響き渡る。今、闘牙たちは時空管理局本局の一室で今回の事件のミーティングを行っているところだった。既に体調が回復したなのはも含めてこれまでの事件の概要と資料が説明されていく。

『闇の書』

ロストロギアに指定される危険な本であり、魔力を蒐集することによってページが増え、完成すればその持ち主に絶大な力をもたらすと言われている。

だがこれまでの持ち主は皆、それを扱いきれずに破滅してしまっている。

そしてその危険性は以前闘牙たちが関わったジュエルシードに匹敵する。


『ヴォルケンリッター』

闇の書とその主を守るために生み出された守護騎士。

魔法生命体であると同時にプログラムであり、ベルカ式と呼ばれる対人戦に特化した魔法を使う。




「プログラムって……本当なんですか……?」

リンディの説明を聞きながらなのははそんな疑問の声を上げる。プログラムと言うことは機械、感情が無いということになる。だがなのはが闘った相手、ヴィータには間違いなく感情があるように見え、とてもプログラムの様には見えなかったからだ。

それを聞きながら闘牙も同じ疑問を持つ。自分と闘ったシグナムにも間違いなく感情、心があることを感じた。実際に剣を交えることで感じたそれは間違いなく相手がただの機械では感じられないものだった。

「そうね……私もまだ実際に見たわけではないから分からないけれど、管理局に残っているデータにはそう記録されているわ。」

そんななのはたちの戸惑いを感じながらもリンディはそう答える。今まで闇の書は何度も転生を繰り返しており、その中には管理局が対応に当たったケースも存在する。そう言った意味ではこの資料は信憑性があるものだ。そんなことを考えていると


「魔法生命って言うと……私みたいな……?」

少し儚げな表情を見せながらフェイトがそう呟く。

『魔法生命』

それはフェイトにとっても他人事ではない。自分もクローンとはいえ、ある意味魔法生命と言える存在、作られた命だったからだ。そんなフェイトの迷いに気づいた闘牙がそれを嗜めようとするが

「それは違うわ、フェイトさん。」

それよりも早くリンディそれをすぐさま否定する。その言葉には確かなフェイトを想うリンディの意志が込められていた。そんなリンディの言葉にフェイトは驚きの表情を見せる。

「……そうだ。君は普通の人間と変わらないことが検査でもちゃんと分かっている。めったなことを言うもんじゃない。」

そんなフェイトの様子を見ながらもクロノそう付け加えながらフェイトを嗜める。その言葉の節々からクロノがフェイトのことを心配していることが闘牙には感じられる。そしてそれはフェイトにもきちんと伝わっていた。

「うん……ありがとう……。」

そんな二人の言葉と優しさに救われたフェイトは微笑みながらそうお礼を告げる。闘牙はそんな三人の様子を見ながら、リンディとクロノならフェイトを間違いなく家族として迎え入れてくれるだろうと確信する。なのはたちも同じ気持ちなのかそんなフェイト達の様子を見守っていたのだった………。


その後、一通りの説明が終わった後、一呼吸置いてからリンディはこれからの人員配置の説明に入って行く。

なのはは民間協力者として、フェイトは嘱託魔導師として今回の事件に関わることになった。

なのはは民間人であり事件に関わる義務はないがすでになのははこの事件に関わることを決意しており、それはフェイトも同じだった。

ただ、なのはは体調が回復したと言ってもまだリンカーコアは回復しておらず魔法は使えないこと、レイジングハートとバルディッシュは先の戦闘によって深刻なダメージを受け、修復中のためなのはとフェイトがすぐに闘うことはないであろうことが伝えられる。そして


「闘牙君はしばらく戦闘には参加せず待機、そしてユーノ君はしばらくの間、管理局で魔法の訓練を受けるために離脱することになります。」

リンディはそう闘牙とユーノの配置について説明する。


「え?」
「ユーノ君が?」

そんないきなりの事態にフェイトとなのはは同時に疑問の声を上げる。フェイトは闘牙に、なのははユーノに慌てて視線を向ける。二人ともそんな話は全く聞いていなかったため驚きを隠せない。


「………悪いな、しばらくは戦闘についてはクロノやお前達に任せる。」

闘牙はそんなフェイトの様子を見ながらそう答える。何とか心配を掛けないように伝えたかったのだがやはり難しかったようだ。

フェイトも闘牙が何故そんなことを言うのか、その理由が分かっているだけにそれ以上何もいうことができない。だがその顔には明らかな戸惑い、闘牙を心配する様子が見て取れる。

「心配すんな、すぐに一緒に戦えるようになるさ。」

そう言いながら闘牙はフェイトの頭に手を置く。それは嘘偽りない闘牙の本心だった。

こんなところで自分は躓くわけにはいかない。何よりも新たな決意をしたユーノに負けないよう自分も動かなくてはいけない。闘牙の胸には新たな決意が宿っていた。


「どうしてユーノ君が……?」

なのははそうユーノに問いかける。

なのはの顔には明らかな困惑が見て取れる。闘牙ならまだ分かる。実際に自分は見たわけではないがみんなの様子を見て闘牙が今は戦えなくなってしまっていることは何となく感じていたからだ。だが何故ユーノが自分たちから離れていってしまうのか。ユーノはそんななのはの様子を見ながらどこか難しい表情をしている。ユーノの表情。そしてこのタイミングでの出来事

「……もしかして私のせいで……?」

なのはは自分が倒れてしまったことが原因でユーノがそんなことをしようとしていることに気づく。同時にその顔には暗い影が見え始める。

自分のせいで。自分がやられてしまったせいでユーノに、闘牙に迷惑を掛けてしまった。そのことで二人が。そうなのはがふさぎこんでしまいそうになった時

「……違うよ、なのは。これは僕の問題で……僕が何とかしなきゃいけないことなんだ。」

ユーノはそう真剣な表情でなのはに告げる。その瞳には確かな意志が宿っている。それはかつて闘牙がかごめを守る強さを求めた時、なのはがフェイトと友達になりたいと決意した時と同じものだった。そんなユーノの姿になのはは何も言うことができなくなってしまう。

「大丈夫だよ、なのは。闘牙やクロノだっているし、僕もずっといなくなるわけじゃないんだから。」

笑いながらユーノはそうなのはに告げる。

ユーノはこれから二週間ほどの予定で管理局でクロノの師匠であるリーゼ姉妹に魔法の訓練を見てもらうことになっていた。それは闘牙の相談を受けたクロノの計らいだった。

闘牙はユーノが決して弱いわけではないことを知っていた。むしろ状況判断や冷静さではなのはやフェイトを大きく上回っているとさえ思っている。実際、ジュエルシード事件が終わってからも闘牙はずっとユーノに稽古をつけていたからだ。(なのははこの二人の特訓を二人が遊びに行っていると勘違いしていた)

ユーノに足りないのは自信なのだと、そう闘牙は考えていた。ユーノはどうしてもなのはやフェイトと比較して自分を過小評価する傾向がある。だが自分では闘い方を教えることができても魔法自体を教えることはできない。そこで闘牙はクロノにユーノの魔法を見てもらい、教えてもらうことでユーノに自信を持ってもらおうと考えていた。

だがクロノ自身が人に魔法を教えるのが不得手であると考えていること、事件の関係がありその時間をとることが難しいため、クロノは代案として近々自分に会い来る予定の魔法の師匠、リーゼ姉妹にユーノを見てもらうことを提案したのだった。


闘牙とユーノを心配しているなのはとフェイトの姿に気づいたリンディはそんな空気を変えようと一度大きな咳ばらいをした後に再び闘牙たちに向かい合う。そのことに気づいた闘牙たちも気持ちを切り替えながらそれに向かい合う。そして少しの間の後

「……今回、アースラは整備中のため使えません。そのため、現地に本部を設けることになります。」

リンディはそう闘牙たちに告げてくる。その様子はどこか楽しそうなものだった。クロノはそれを見ながらもどこか呆れた顔をリンディに向けている。その隣にいるエイミィはリンディと同じようにどこか楽しそうだ。それがなぜなのか。闘牙たちは皆、首を傾げるしかない。そんな中

「ということでアースラスタッフは地球の海鳴市、なのはさんの家のご近所に本部を置くことになります。」

リンディは笑顔を浮かべながらそう大きな声でなのはたちに向かって宣言する。その言葉になのはとフェイトは同じように一瞬固まってしまう。だがすぐにその言葉の意味に気づき驚きの表情を浮かべる。

「ほ……本当ですか、リンディ提督!?」

「ええ、本当よ。これからいつでもなのはさんや闘牙君に会えることになるわ。」

慌てながら尋ねてくるフェイトに微笑みながらリンディは答える。それが本当であることを知りフェイトはその顔を喜びに染める。そしてフェイトは再びなのはと闘牙に目を向ける。闘牙はそんなフェイトを見ながらどこか安心したような顔をする。なのははフェイトと見つめ合いながら

「やったあ!」

そんな喜びの声を上げるのだった………




海鳴市のマンションの一室で騒がしく引っ越しが行われていた、そして今、何とかそれが終わり部屋は落ちつきを取り戻しつつあった。

「見て、あそこが私の家だよ!」
「そうなんだ。」
「凄く近いじゃないか、いつでも遊びに行けるよフェイト!」

なのはとフェイト、アルフの三人はベランダではしゃぎながらなのはの家がある方向を眺めている。その光景は本当に楽しそうなものだった。フェイトもなのはの家が近くにあることを知り、喜んでいる。

友達の家に遊びに行く。

それはフェイトがこの半年楽しみにしていたものだったからだ。そんなフェイトの姿を見ながらアルフも尻尾を振りながら喜びを表している。

今、アルフは人間の姿をしている。本当なら狼の姿でいなければいけないのだがなのはの関係者は皆、魔法のことは既に知っているため隠す必要もない。そのためアルフは周りを気にすることなく生活することができることになったのだった。三人はそのままさらにおしゃべりを続けようとしていると

「みんな、アリサとすずかが遊びに来てくれたよ。」

人間の姿のユーノが三人にそう声を掛ける。ユーノは今日の夜から管理局に行く予定になっているため、その前にフェイト達の引っ越しの手伝いに来ていたところだった。

「こんにちは。」
「お邪魔します。」

行儀よく挨拶をしながらアリサとすずかが笑顔で家に上がってくる。そんな二人をなのはとアルフは喜びながら、フェイトは少し緊張しながら出迎える。

「初めまして……って言うのも変かな?ビデオメールでは会ってるもんね。」
「そうだね。フェイトちゃん、会えてうれしいよ。」

笑いながらそう二人はフェイトに話しかけてくる。その姿はまるでもう自分のことを友達だと認めてくれているようなものだった。そのことに気づき、

「わ……私も会えてうれしい。アリサ……すずか……。」

そうどこかかみしめるように名前を呼ぶ。そんなフェイトの姿になのは、ユーノ、アルフは笑顔を互いに見せ合いながら喜ぶ。。初めはどこかぎこちないフェイトだったがすぐに慣れてきたのか、会話の中に自然に加わっている。

「すずか、前話してた図書館で知り合った子とはもう遊んだの?」

「ううん、でも今度、食事に誘ってもらったんだ。はやてちゃんていうの。」

「じゃあまた今度私たちにも紹介してね。」

「どんな子なの?」

それからは今までのこと、これからのことで話題に尽きないおしゃべりが続いていた。

「そういえば闘牙君は?来てないの?」

すずかはそのことに気づき、疑問の声を上げる。ビデオレターを送ったことや、なのはの話から闘牙がフェイトと仲がいいことを知っていたため闘牙もいるだろうとすずかは思っていたからだ。

「闘牙なら今日は翠屋で働いてるよ。今まで休みをもらってたから今日からは連勤だって。」

ユーノがそうすずかに向かって答える。闘牙はフェイトの裁判に参加するために休みを取っていたのだがヴォルケンリッターとの戦いやなのはのことがあり予定よりも長く休みを取っていたため今日からはその埋め合わせをすることになっていたのだった。

「そうなんだ……。まあ闘牙も最近やっと仕事がマシになってきたしね。」

どこか胸を張りながらアリサはそう告げる。その姿はまるで闘牙が仕事ができるようになったのは自分のおかげだと言わんばかりだった。

「アリサちゃん、闘牙君が働き出してからよく家に来るようになったもんね。」

なのははそんなアリサを見ながら何の気なしにそう話しかける。実際、アリサは闘牙が働き始めてから翠屋によくケーキを買いに来るようになっていた。元々翠屋に来ることはあったアリサだったが明らかに頻度が増えていることになのはですら気づいていたのだった。

「と……闘牙は関係ないわよ!いい加減なこと言わないで!」
「ご……ごめん……アリサちゃん……」

顔を赤くしながらアリサはなのはの頬を引っ張りながら詰め寄ってくる。なのはは涙目になりながらアリサに謝るもののまだ気が収まらないのかアリサはなのはに覆いかぶさって行く。すずかはそんないつもどおりに二人を見ながらそれを楽しそうに見つめている。

これがなのはの日常。

自分の友達の姿。

フェイトはそれを見ながら自分がなのはたちの友達になれたことを実感し、微笑むのだった。


「フェイトさん、ここじゃあ何だからどこか場所を変えたらどうかしら?」

そんなフェイト達の様子を見つめていたリンディがそう提案する。まだ引っ越したばかりで部屋は散らかっており、落ち着いて話をすることは難しい状況だったからだ。

「じゃ……じゃあ、うちのお店で!」

アリサにもみくちゃにされながらも嬉しそうな声でなのはがそうみんなに提案する。その言葉に皆が頷く。

「そ……そうね、翠屋なら闘牙もいるし、ケーキもあるし……。」

何とか落ち着きを取り戻したアリサもそう続く。そんな言葉にアルフの耳がピクリと動く。

闘牙とケーキ。その二つの単語にアルフは大きな反応を示す。

「フェイト、早く行こうっ!!ほらほら!!」
「ア……アルフ!お……落ち着いて!」

アルフはフェイトの手を握り我先にと翠屋に向かって走り出してしまう。フェイトはそんなアルフの行動が恥ずかしく顔を赤くしながらもそのままアルフに引っ張られていってしまう。

なのはたちはそんな二人の様子を見て笑いを漏らしながらもその後に続くのだった………。





「いらっしゃ……って何だ、お前たちか。」

闘牙はやってきたのがフェイト達だと気づいてそんな声を上げる。今、翠屋はお客のピークが終わり、落ち着きを取り戻しているところだった。

「ちょっと、その態度はなによ。あたしたちはお客なのよ!」

そんな闘牙の態度が気に入らなかったのかアリサが闘牙に向かって食って掛かっている。フェイトはそんな二人の様子を見てあたふたするがなのはたちはそんな闘牙とアリサのやり取りを見ても全く動じずそれどころか楽しそうに眺めている。どうやらこの光景はいつも通りの物らしいことにフェイトも気付く。

「分かった分かった……相変わらず可愛げのない奴だな。」
「何ですって!?」

どこかうんざりしながら呟く闘牙の言葉にアリサは怒りながら迫って行くもそれを闘牙は軽くあしらい続ける。そしてフェイトとアルフが不思議そうな顔でこっちを見つめていることに気づく。

「よう、フェイト、アルフ。引っ越しは終わったのか?」

「う……うん。みんなが手伝ってくれたからすぐに終わったよ。」

いつもとは違い、翠屋の制服を着ている闘牙の姿に少し戸惑いながらもフェイトはそう答える。そして

「闘牙、ここはケーキがあるんだろう!?早く出しておくれよ!」

目を輝かし、よだれをこぼしながらアルフが闘牙に迫ってくる。どうやらもう待ちきれないと言った様子だ。隠さなければいけない耳としっぽも姿を現してしまっている。

「分かったからとにかく落ち着け。持って行くからそこの席で待ってろ!」

アリサとアルフにもみくちゃにされながら額に青筋を浮かべた闘牙はそう叫ぶ。そんな闘牙の姿にフェイト達が笑いを起こしていると


「あら、盛り上がってるわね。」
「そうみたいだな。いらっしゃい、フェイトちゃん、アルフさん。」

騒ぎを聞きつけた士郎と桃子が姿を現し二人に近づいていく。二人ともビデオレターでフェイトとアルフのことは既に知っていたからだ。フェイトは緊張しながら、アルフは落ち着きを取り戻し恥ずかしそうにしながら自己紹介をしていく。そんな中

「お邪魔します……あら、ちょうど良かったみたいね。」

翠屋の入り口からそんなリンディの声が聞こえてくる。リンディもなのはの両親にあいさつをしておこうと思い、翠屋に訪れたのだった。大人たちはそのまま自己紹介をし、談笑を始める。そしてフェイトはリンディが何かの箱を抱えていることに気づく。

「リンディ提……リンディさん、それは……?」

「ああ……これね。」

フェイトが興味深そうにしていることに気づいたリンディは楽しそうな顔をしながらフェイトの目の前でその箱を開ける。そこにはまっさらな聖祥大付属小学校の制服が納められていた。

「これって……」

その制服にフェイトは驚きを隠せない。フェイトはビデオメールの中でその制服がなのはたちが通っている学校の物だと言うことを知っている。そしてその新品がここにある。それはつまり

「考えてるとおりよ。フェイトさんは明日からなのはさん達と同じ小学校に通うことになるわ。」

優しい笑顔を見せながらリンディはそうフェイトに伝える。その言葉にフェイトは顔を赤くしなが喜びを表す。自分がしたかった、夢見ていたことが次々に叶っていく。フェイトはそんな状況に戸惑いを隠せないようだ。

「本当、フェイトちゃん明日から学校に来るの!?」
「転校生になるのね。」
「同じクラスになれるかな?」

なのはたちもそのことに喜びフェイトの周りに集まりながら騒ぎ始める。フェイトはそんな三人にもみくちゃにされながらも嬉しそうに笑い続けている。そして闘牙はそれを少し離れた所から眺めながら考える。


あれから半年。

フェイトには元々どこか達観した、悟りきったような様子が見られていた。そのことを闘牙は少し心配していた。

特殊な生まれ、経験をしていること。それはやはり少なからずフェイトの人生に影響してくる。

それでもフェイトはまだ九歳の女の子。できるなら普通の子供の様に過ごしてほしいと、そう闘牙は考えていた。そしてどうやらその心配は杞憂だったようだ。魔法と言う力は持っているがフェイトならそれを間違ったことには使わないだろう。

なのはという同じ力を持った友達、そしてそれを受け入れてくれる友達がいるから。そんなことを考えていると

「闘牙君、何だか娘を見守ってる父親みたいな顔してるわよ。」

桃子が楽しそうに笑いながらそう闘牙をからかってくる。その言葉に闘牙は驚き、顔を赤くしながら慌てて厨房に戻って行くのだった………。




「お待たせ。」

そう言いながら闘牙は注文された品をフェイト達がいるテーブルに並べていく。その姿は半年前とは比べ物にならない程慣れた手つきだった。

「ありがとう、トーガ。」
「もう食べていいかい?フェイト?」

フェイトがお礼を言う中、アルフはもう待ちきれないと言った様子でフェイトに尋ねてくる。そしてフェイトに了承をもらえたアルフは飛びつくように目の前の料理を平らげていく。そんな姿になのはたちは苦笑いをするしかない。

「トーガはここでずっと働いてたの?」

フェイト達も料理を食べながらそう闘牙に尋ねてくる。フェイトは闘牙の事情については全てを知っているわけではなかったからだ。

「いや……ちょうど半年ぐらいになるな。」

少し考えながら闘牙はそう答える。口にして見れば簡単だがこの半年は自分でもよく頑張った方だと闘牙は考える。最初はメニューすら覚えきれなかったからだ。

「最初の頃はほんとにひどかったんだから!」

飲み物を飲みながらアリサはそうどこか勝ち誇ったように告げる。

「なんでお前が答えるんだ?お前には関係ねえだろ。」

不機嫌そうに闘牙はそう悪態をつく。確かにその通りなのだが何が悲しくて小学三年生にそこまで言われなければならないのか。しかしアリサはそんな闘牙の言葉を聞きながら

「そんなこと言っていいの、闘牙?あたしはあんたの弱点を知ってるんだから!」

そう自信をもって闘牙に対面する。その言葉に闘牙は背中に冷や汗が流れる。それは野生の本能だった。

「弱点……?」

アリサの言葉にフェイトは首をかしげる。闘牙に弱点なんかあるんだろうか。フェイトはこれまで闘牙の闘いを何度か見てきたが弱点らしいものは見つけることは出来ていなかった。


「そうよ、闘牙はおす」

アリサが高らかにある言葉を宣言しようとした瞬間、アリサは闘牙によって口を押さえられたまま店の隅に連れ去られてしまう。一瞬の出来事にフェイトはその場に固まってしまうのだった……。


「何すんのよ、闘牙!」

いきなり口を塞がれたことに怒りをあらわにするアリサ。だがそんなアリサを見ながらも闘牙は真剣な表情でそれに向かい合う。そして

「アリサ……おすわりのことはあの二人には言うんじゃねえ……」

そう告げる。その姿はどこか必死さが伝わってくるものだった。フェイトはともかく、アルフにそのことが伝わればどれだけからかわれるか分かったものではない。ただでさえアリサに散々からかわれているのにこれ以上それが増えるのは絶対に御免だった。しかしアリサはそんな闘牙の様子を見ながらもどこか試すような視線を向けてくる。全てを理解した闘牙は

「…………今日は全部、俺のおごりだ……。」

そうどこか悔しそうに呟くのだった………



「あ、トーガ、アリサ。どこに行ってたの?」

「いや、何でもねえ……」

どこか意気消沈した闘牙と満足げなアリサの様子を不思議に思いながらもフェイトはさらに言葉を続ける。

「トーガはこの近くに住んでるの?」

「ああ、少し離れたアパートに住んでるがそれがどうかしたのか?」

闘牙はフェイトが何を言いたいのか分からずそうどこか気の抜けた返事をする。しかし


「じゃあ……今度遊びにいってもいい……?」

フェイトはどこか戸惑い、恥ずかしそうにしながらそう闘牙に尋ねてくる。

「ああ……別にかまわねえけど来ても面白いもんはねえぞ?」

フェイトのお願いを了承しながらもどこか戸惑うように闘牙は答える。自分の部屋に来ても残念ながら女の子が喜ぶようなものは一つもない。どうしたものかと考えていると

「じゃあ、あたしも行くよ!闘牙、いいだろう!?」

口に食べかすを残したままのアルフがいつの間に聞いていたのかそう言いながら話に割り込んでくる。

「フェイトはいいがお前は部屋を汚しそうだから来んじゃねえ。」
「何でそんなこと言うのさ!?」

アルフは闘牙の言葉に驚きながらも慌てて詰め寄って行く。そんな漫才の様な光景にフェイト達は笑いに包まれる。

これがフェイト達の新たな日常の形だった。


だがそんな中、なのはは一人、ただ静かにユーノ姿を見つめているのだった………




夜の公園。そこはなのはたちにとってはなじみのある場所。闘牙に特訓をしてもらった場所だった。そこに闘牙、ユーノ、なのはの三人の姿がある。

これからユーノは転送によって時空管理局へ行き、それから魔法の特訓に行こうとしている。その見送りに闘牙となのはがやってきたのだった。


「じゃあ、行ってくるよ、闘牙。」

ユーノは荷物をまとめたリュックを背負いながら闘牙にそう告げる。そこには男同士にしか分からないものがあった。

「ああ………気をつけてな。」

そんなユーノを見ながら闘牙は答える。

『こっちは任せろ』

本当ならそうユーノに伝えたい。だがその言葉を今の自分は使うことができない。自分の不甲斐無さを痛感しながらもそれを見せまいとしながら闘牙はユーノを見送る。互いに強くなる。その誓いを守るために。

「ユーノ君………」

寂しそうな表情を見せながらなのははそう呟く。ユーノとはあれから何度か話す機会があったがやはりユーノ決意は変わらなかった。その姿になのははまるでいつもと立場が逆になっていることに気づく。いつもは自分が無茶をしてそれをユーノが止めてくれていた。

でも今は違う。

ユーノは誰でもない、自分自身の意志で旅立とうとしている。何だか自分が置いていかれてしまうのではないか。そんな不安がなのはの中にはあった。だが

「なのは、大丈夫だよ。二週間ぐらいで帰ってくる予定だから。あっという間だよ。」

ユーノはそんななのはの様子を見ながら笑ってそう伝える。ユーノにとってなのははいつも明るい、笑ってくれる存在。だから悲しい顔は見たくなかった。

「二週間………約束だよ、ユーノ君?」

「うん……約束する。」

二人はそのままどちらからともなく指切りをかわす。その瞬間、なのはの顔に笑顔が戻る。それを確かめた後

「行ってきます!」

ユーノは力強く声を上げながら、翠の魔法陣の中に姿を消していった……。



なのははそれを黙って見つめ続けている。その顔にはやはり寂しさが残っていた。そんななのはを見ながら


「………なのは、久しぶりに背中に乗って帰るか?」

そうどこかからかうような口調でなのはに話しかける。


「もう、闘牙君っ!!」

なのははそんな闘牙の言葉に顔を赤くし、頬を膨らませながら闘牙に向かって迫ってくる。だが闘牙はそんななのはをからかうように逃げ続ける。



夜の公園の中、闘牙となのはの鬼ごっこはしばらく続いたのだった…………




[28454] 第22話 「心」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/11 23:15
「はやてちゃん、お風呂が沸きましたよ。」

エプロン姿のシャマルが洗い物を終わらせた後に、そうはやてに話しかける。今はやてたちは夕食も済ませ、皆、リビングでくつろいでいるところだった。

「はーい。ほんなら一緒に入ろうか、ヴィータ?」
「うん!」

一緒にソファに座っていたはやての言葉に頷きながら立ち上がり、ヴィータはそのまま先にお風呂場に向かっていく。その姿は年相応、まるではやての妹であるかのようだった。そんなヴィータの姿を見て微笑みながらシャマルがリビングまでやってきてそのままはやてを抱きかかえる。

「シグナムはどうする?一緒に入る?」

ソファに座りながら新聞を読んでいるシグナムに向かってはやてがそう尋ねる。しかし

「いえ……今日はやめておきます。また明日入りますので。」

シグナムは新聞を置きながらそう申し訳なさそうに答える。そんないつもとどこか違うシグナムを見ながらはやてはシグナムの首に巻かれた包帯のことを思い出す。

「そうやな、首の傷がまだ治ってないもんな。まだ痛むん?シグナム?」

はやては心配そうな顔をしながらシグナムに話しかける。シグナムはそんなはやての気遣いに感謝しながらも微笑みながらそれに答える。

「痛みはもうほとんどありません。心配を掛けてすいません。」

「そうか……でもあんまり無茶したらあかんよ。剣道の稽古もほどほどにな?」

「……はい、気をつけます。」

シグナムの答えに満足したのか笑みを浮かべながらはやてはそのままシャマルに連れられてお風呂場へ向かう。お風呂場からはもう待ちきれなくなっているヴィータの声が家に響き渡る。そんなはやてたちをシグナムと狼の姿になっているザフィーラが見守っている。

これが闇の書の主、八神はやてと守護騎士ヴォルケンリッターの日常だった。



「シグナム……本当に傷の方は大丈夫なのか?」

はやてたちがお風呂の入ったのを見計らってザフィーラはそう真剣な様子でシグナムに問いかける。その空気を感じ取ったシグナムはヴォルケンリッターの将としての顔を見せながらそれに答える。

「ああ……痛みはまだ残っているが治るのにはそう時間はかからないだろう……。」

シグナムは包帯が巻かれた自らの首に手を当てながらそう静かに答える。同時にシグナムの脳裏にあの時の闘いが蘇る。突如獣の様に暴走しながら自分たちに襲いかかってきた闘牙。その力によってシグナムは首に大きな傷を負ってしまった。腕や足なら服で何とか隠すこともできたかもしれないが首ではどうしようもない。

苦肉の策としてシグナムは自らが通っている剣道場の稽古によって首を怪我してしまったということにして何とかそれを誤魔化すことにしたのだった。だが結果としては主を心配させる形になってしまいシグナムははやてに申し訳なさを感じてしまっていた。

「そうか……だがお前にそこまでの傷を……そしてあの強さ……」

ザフィーラもそう言いながら自らの防御を破り、自分たちを後一歩まで追いつめた闘牙の姿を思い浮かべる。その存在感、そして強さはまさしく規格外と言わざるを得なかった。

乱戦だったとはいえ実質上相手は自分たちヴォルケンリッター全員を一人で追い詰めた。しかも相手はどうやら魔導師でも使い魔でもない全く未知の存在だった。そんなザフィーラの胸中を悟ったかのようにシグナムは言葉をつなぐ。

「……以前にも話した通り、もし闘牙と出会った時には離脱を第一に考えてくれ。」

それがヴォルケンリッター達の決断だった。一対一ならベルカの騎士に負けはない。それがシグナム達の信念であり、誇りだ。だがそれ曲げざるを得ない程の強さを闘牙は持っていた。

真剣勝負、殺す気での三対一でなら対抗できたかもしれないが相手は魔導師ではない。例え勝てたとしてもこちらが得るものはない。何よりもリスクが高すぎる。今回は首の怪我だけで済んだが次もそれで済むかどうかなど分からない。これ以上、自らの主を心配させるわけにはいかなかった。

「……分かった。だがシグナム、我々はもはや止まることはできんのだぞ。」

ザフィーラは自らの将が出した命令を承諾しながらもそう決意ある表情で告げる。それはヴォルケンリッター達全ての決意を表した言葉だった。




『八神はやて』


それが新たな闇の書の主。そしてヴォルケンリッターの主の名前だった。

はやては九歳の少女。ただ普通の少女と違うところがある。それは足が悪く、車いすで過ごしていること。そして身寄りがなく一人暮らしをしていることだった。だがその生活は彼女の九歳の誕生日に一変することになる。はやてが物心ついた頃から持っていた本。ロストロギア、闇の書によって。

その起動により『剣の騎士シグナム』、『鉄槌の騎士ヴィータ』、『盾の守護獣ザフィーラ』、『泉の騎士シャマル』

四人の守護騎士たちがはやての前に現れた。

闇の書の完成を目指し、闇の書とその主を守るプログラム。それがヴォルケンリッターであり彼らも自分たちがそのための存在であると認識していた。だがその考えははやてによってすぐに打ち砕かれることになる。

『家族になってほしい』

それが八神はやてのヴォルケンリッター達への命令、いや願いだった。そんなこれまでの主とは全く違うはやてにヴォルケンリッター達は戸惑いを隠せなかった。

闇の書が完成すればその主は大いなる力を得ることができる。これまでの主たちもそれを手に入れるために自分たちを使役し闇の書の完成を目指していた。中にはまるで物の様に自分たちを扱う主もいたがそれを疑問に思うこともなかった。自分たちはプログラム。そう言った意味ではその扱いも至極当然と言えなくもなかったからだ。

だが新たな主、八神はやてはそんなこれまでの主とは何もかもが違っていた。自分たちに衣食住を与え、自分たちを人並みに、まるで本当の家族の様に扱ってくれる。初めはそんな生活になじめず、戸惑う日々が続いたがまるでそれ自体が楽しいと言わんばかりにはやてはヴォルケンリッター達の心を開かせていく。

一度、シグナムは聞いたことがある。闇の書の力が欲しくないのかと。その力があれば足を治すこともできると。だがはやてはそれを笑いながら否定した。誰かに迷惑を掛けるようなことはしてはいけないと。そして何よりも自分は今、幸せなのだと。その言葉に騎士たちは誓った。魔力の蒐集は行わない。そして何があろうとも目の前の少女、主であるはやてを守って見せると。

だがそれはある日突然終わりを告げる。はやての足の麻痺の悪化。それに伴う命の危機。そしてそれが闇の書、自分たちの影響のせいだということが分かったからだ。

騎士たちは絶望した。自分たちのせいで自らの主は命の危機に瀕している。にもかかわらずそれに気づくことなく自分たちはのうのうと暮らしていた。はやての命を奪いながら。

そして騎士たちは決意する。魔力の蒐集。闇の書を完成させることによってはやてを救うことを。

それは騎士の誇りを、あの日の誓いを破ることになる。だがそれでも、例えどれだけ怨まれようとも、どんな罰を受けようとも、必ずはやてを救って見せる。だから



「私たちは負けるわけにはいかない。」

自らの魂、レヴァンティンを握りしめながらシグナムは夜の星空を見上げる。その先に自分たちが望む未来があるのだと、そう信じているかのように………





時空管理局本局の廊下に三人の人影がある。それはクロノ、エイミィ、ユーノの三人。これからユーノの訓練を見てくれるクロノの師匠、リーゼ姉妹に会いに行くところだった。

「クロノの師匠ってどんな人たちなの?」

ユーノはそうクロノに向かって尋ねる。訓練については闘牙とクロノの提案であり、それも急遽決まったためユーノはまだリーゼ姉妹については詳しく聞かされていなかったのだった。

「実際、会ってみるのが一番早いさ………。」

そんなユーノの問いにどこか憂鬱そうな顔を見せながらクロノはそう答える。そんな様子のクロノをエイミィはどこか面白そうに見つめている。ユーノがそんな二人の姿に首をかしげているうちに三人はリーゼ姉妹がいる部屋に辿り着いた。クロノは一度大きな深呼吸をしてから


「……リーゼ、久しぶりだ。クロノだ。」

そう言いながら部屋に入って行く。中には二人の女性の姿がある。だがその頭の上には猫の耳、そしてしっぽがある。それがクロノの師匠、双子の姉妹の使い魔、リーゼロッテとリーゼアリアだった。

「わお!」

双子のうちの妹、リーゼロッテが入ってきたのがクロノであることに気づき、そんな歓声を上げる。そして同時に飛び上がりながらそのままクロノに抱きついてきてしまう。

「クロ助、お久しぶりぶり~!」

クロノを自分の胸に押しつけ、頭を撫でながら嬉しそうにロッテはクロノとの再会を喜ぶ。だが

「ロッテ!離せ、こらっ!」

顔を真っ赤にしながらクロノはそんなロッテに抵抗し何とかそれから脱出しようと試みる。だがそんなクロノの抵抗も空しく、ロッテはさらに強い力でクロノをはがいじめにしてしまう。

「何だと、久しぶりに会った師匠に向かって冷たいじゃんかよ~!」

そういながらロッテはさらにクロノをからかい続ける。ユーノはいきなりの事態にどうしたらいいのか分からずその場に立ち尽くすしかない。いつもの冷静なクロノからは考えられない程の狼狽ぶりだった。

「アリア、エイミィ、な…何とかしてくれ……!」

息も絶え絶えにクロノはそう二人に助けを求める。だが


「久しぶりに会ったんだしいいじゃないか。好きにさしてやりな。」
「クロノ君も満更じゃなさそうだしね。」

エイミィとアリアは微笑みながらそう告げる。二人にとってはこの光景は当たり前の物の様だ。もはや自分を助けてくれる存在は一人しかいない。そう考えながらクロノは最後の力を振り絞りながら

「そ……そんな……ユ……ユーノ、助けてくれー!!」

そんな断末魔を叫びながらロッテに押し倒されてしまったのだった………。




「久しぶり、リーゼアリア。」

「ああ、お久しぶり。エイミィ。」

手を合わせながら二人は久しぶりの再会を喜び合う。そんなやりとりからユーノは二人が旧知の間柄であることを悟る。どうやら思ったよりも砕けた人達の様だ。

それに少し安堵しながらもユーノはここから見えない位置に連れ込まれてしまったであろうクロノの方向に目を向ける。そこからはクロノの悲鳴が絶え間なく聞こえてくる。しかし目の前の二人はそんな声を聞きながらも談笑している。自分はどうしたらいいのか、そんなことを考えていると

「ふう、御馳走様!」

そんなどこか満足そうな声を上げながらロッテがこちらに戻ってくる。どうやら感動的な師匠と弟子の再会は終わったようだ。それに続くようにボロボロになり、顔に無数のキスマークを付けたクロノがふらつきながらも何とか立ち上がり、こちらにやってくる。ユーノはクロノがこの部屋に入る前に妙に緊張していた理由をようやく悟ったのだった。そんな中

「うん、こちらはどちら様?」

ユーノの存在に気づいたロッテが興味深そうに顔を近づけてくる。先程のクロノとのやりとりを見ていたユーノはそんなロッテに思わず後ずさりしてしまう。その姿にエイミィとアリアは苦笑いするしかない。

「連絡しただろう……その子がロッテたちに見てもらいたいと言ってたユーノ・スクライアだ。」

顔のキスマークを何とか拭いながらクロノが説明する。その言葉にロッテは思い出したような表情を見せる。どうやら本当に忘れてしまっていたようだ。

「紹介するね、クロノ君のお師匠さんで魔法教育担当のリーゼアリアと近接戦闘教育のリーゼロッテ。猫の双子の使い魔だよ。」

「宜しく。」
「ヨロシク~!」

エイミィの紹介に会わせるようにロッテとアリアがユーノに向かってあいさつする。どうやら双子と言っても性格は大きく異なるようだ。

「ユーノ・スクライアです……よ……宜しくお願いします!」

そんな二人に緊張しながらもユーノはそう力強くそれに答える。それはこれからの訓練への意気込みと闘牙との誓いを守ると言う決意に満ちていた。そんなユーノの言葉にクロノとエイミィは微笑みながら、リーゼ姉妹は驚いたような表情を見せる。

そしてロッテはそのままユーノに向かって近づきながらその顔を見つめる。ユーノはそれに驚きながらもその視線を真っ直ぐにロッテに向け続ける。しばらくの見つめ合いの後

「……ふ~ん、見た目と違って男の子なんだね~。いいでしょう、このロッテがちゃんと面倒見ちゃうよ!」

「あ…ありがとうございま……うぷっ!?」

そんなユーノが気に入ったのかクロノと同じようにユーノをはがいじめにしながらロッテはそう告げる。どうやらロッテの眼鏡には適ったらしい。

「私たちも仕事があるからずっと付きっきりってわけにはいかないけど、できる限りの協力はするよ。」

「ああ、すまない。」

アリアの言葉にクロノも胸をなでおろす。口には出さないがクロノはユーノの心配をしていた。魔法の才能がない。その点において自分とユーノは近い物がある。それ故にクロノはユーノの焦りと苦悩が手に取るように分かる。大切な女の子のために強くなりたい。それはかつての自分と同じものだったからだ。


「そういえば、もうお父様とは会ったの?」

「ああ、提督とは先に挨拶をしてきた。協力をしてくれると言ってくれたよ。」

お父様とはリーゼ姉妹の主である時空管理局提督、ギル・グレアム。「時空管理局歴戦の勇士」という通り名で呼ばれている程の人物だった。それからクロノ達は闇の書事件についての情報交換を始める。だがユーノはその間もロッテの猛攻にさらされ続けてしまっていた。


(闘牙……僕、本当に強くなれるのかな………)


もしかしたら自分は修行以前に駄目になってしまうかもしれない。ユーノはこれからの訓練のことを思いながら意識を失ってしまうのだった………





あるアパートの一室のベッドで横になっている少年の姿がある。それは人間の姿の闘牙だった。だがもうすでに時間は昼を過ぎている。にもかかわらず闘牙は横になったまま動く気配がない。

今日、闘牙は翠屋での連勤が終わり、久しぶりの休日だった。フェイトの裁判のためにアースラへ行ってから戦闘、ミーティングとほとんど休みが取れていなかったため闘牙は今日一日部屋でゆっくりしようと考えていた。だが



『ピンポーン』

そんな闘牙の心境を嘲笑うかのようにドアのインターホンが鳴り響く。しかしそれを聞きながらも闘牙は動こうとはしない。どうせセールスか何かだろう。ならこのまま居留守を使ってしまえばいい。そう考え闘牙はそのまま横になる。しかし


『ピンポーン、ピンポーン』

どうやら相手はかなり手強い業者らしい。さらにインターホンのチャイムは激しさを増している。もしかしたら何かの届け物なのかもしれない。だがそれでも闘牙は動こうとしない。もはや闘牙は意地になっていた。一体何と闘っているのか分からなくなりながらも闘牙はそれを無視し続ける。そして


チャイムはさらに激しさを増しもはやボタンの連打をしているのは間違いないほどの速度で鳴り続ける。そのあまりの激しさにとうとう闘牙はその場から飛び起きる。このままでは近所迷惑になってしまう。闘牙はイライラを何とか抑えながら


「はい、どなたですか?」

そう言いながらドアを開ける。そこには


「やっほー、闘牙!!」

満面の笑顔のアルフの姿があった。



「……………」

闘牙はそのまましばらくアルフの顔を見つめた後、




再び、ドアを閉め部屋の中に戻って行ってしまう。



「ちょ…ちょっと、何するんだい!せっかく遊びに来たってのに!フェイトもいるんだよ!?」
「ア……アルフ………」

アルフは涙目になりながらそう訴え続ける。そんなアルフを見ながら恥ずかしそうにフェイトは周りを見渡す。その騒々しさから他のアパートの住人や通行人からの視線が二人に突き刺さる。あまりにいたたまれなさにフェイトの顔は真っ赤になってしまっていた。そんな二人を見かねたのか

「……分かった、分かったからさっさと入れ!近所迷惑だ!」

闘牙は半ばやけくそ気味に二人を部屋に招き入れたのだった………



「へえ、ここが闘牙の部屋なんだね。」

アルフはそう言いながら興味深そうに部屋を見渡している。フェイトもそれに続くようにきょろきょろと部屋を見つめている。

「結構、綺麗にしてるんだね。もっと汚いかと思ってたよ。」

「………お前、今すぐ出ていきたいのか?」

アルフの傍若無人ぶりに青筋を浮かべながら闘牙はそう呟く。だがアルフはそんな闘牙の言葉などどこ吹く風と言った風に部屋を漁り始める。その姿は自分の住処を作ろうとする犬のようだった。

「ご……ごめん、トーガ……アルフがトーガをびっくりさせようっていうから……」

そんな闘牙の様子に気づいたフェイトが慌ててそう謝罪する。どうやら内緒で自分の部屋を訪れて驚かせたかったらしい。アパートの場所は恐らくなのはから聞いたのだろう。なのはもユーノと一緒に何回か遊びに来たことがあったからだ。ある意味その目論見は成功したと言えるがもう少し人目を気にしてほしい。

「まあいいさ……ちょっと待ってろ。何か飲み物取ってくる。」

「う……うん、ありがとうトーガ!」

そう言いながら闘牙は立ち上がり台所へ移動する。あの二人ならジュースの方がいいだろう。闘牙は慣れた手つきで飲み物とお菓子を準備する。こういうところでは翠屋での仕事の経験が生かせるため助かる。そして闘牙が二人分の飲み物とお菓子を運びながら戻ってくるとそこには


何かの箱をもったアルフの姿があった。


それを見た瞬間、闘牙は凍りつく。それは男ならだれでも持っている物。そして絶対に見られてはいけない物が入っている箱だった。



「見てよ、フェイト何だか大事そうな箱が隠してあったよ!」

「だ……駄目だよ、アルフ。勝手にもってきちゃ……」

まるで宝箱を見つけたかのようにはしゃぐアルフをフェイトが焦りながらたしなめている。しかしアルフはそんなフェイトの制止を振り切ってその箱を開けようとする。

「や……やめろっ!!そいつを開けるんじゃねえっ!!」

闘牙は持っていたお盆をすぐさま机に置いた後、必死の形相でアルフに飛びかかる。だがアルフは持ち前の瞬発力でそれをかわし闘牙から距離を取る。同時に闘牙の様子から自分が持っている箱が何か見られたくない物が入っている物であることに気づく。

アルフはそのまま箱を持ったまま部屋の中を逃げ回り、闘牙は必死にそれを追いかけまわす。フェイトはそんな二人を見ながらおたおたすることしかできない。そしてついに闘牙がアルフを部屋の隅に追い詰める。

「さ……さあ……そいつをさっさと返せ……」

息も絶え絶えに闘牙はそう警告する。しかしアルフはそんな闘牙を見ながらも余裕の表情を崩さない。そんなアルフを不思議に思いながらも闘牙は力づくで箱を奪おうと飛びかかろうとする。アルフはともかくフェイトには絶対に見られるわけにはいかない。それは男の意地だった。そしてその手が箱に届くかに見えた時



「おすわり!」

アルフの口からそんな言葉が発せられる。

その瞬間、闘牙は条件反射によって体が反応しその場に転んでしまう。

その光景にアルフとフェイトは唖然としてしまう。アリサから聞いていたとはいえ本当におすわりに闘牙が反応するとは思っていなかったからだ。


「あははははっ!!ほんとに闘牙は犬の半妖なんだねっ!!」
「ト……トーガ、大丈夫!?」

腹を抱えながら大笑いするアルフ、フェイトは転んでしまったトーガを心配しながら近づいていく。しかし闘牙はそんなフェイトに気づかないかのようにゆっくりと立ち上がる。


「……………え?」

その気配にアルフは体が震えるのを感じる。闘牙の表情は前髪によってうかがうことができない。だがその姿は犬夜叉の姿へと変わっていた。その圧倒的気配にアルフは今更ながらに気づく。自分がやりすぎてしまったことに。


「…………どうやらちょっと躾が必要みてえだな……」

闘牙は自らの拳を鳴らしながらアルフに迫って行く。アルフはそんな闘牙を見ながらも動くことができない。そしてフェイトはいつの間にか安全圏へと避難していた。


「ご……ごめん、闘牙……あ……謝るから!だから……」


アルフそう涙目になりながら謝るも闘牙の躾によって部屋にはアルフの悲鳴が響き渡るのだった………




闘牙の躾によって落ち着きを取り戻し、おとなしくなったアルフとフェイトを加えながら三人はそのまま闘牙の部屋でお茶をすることになった。といっても特別な物が闘牙の部屋にあるわけではないので世間話といった意味合いが強い物になっていく。

フェイトは主に学校関係の話。新しくできた友達。初めての学校。なのはたちとの交流。フェイトは楽しそうにそれらを闘牙に話してくる。フェイトにとって引っ越してからの生活は新しい、経験したことのないことで埋め尽くされているらしい。元々多弁ではないフェイトだが話題が尽きないのか放っておくといつまでもしゃべっていそうな勢いだった。

アルフもそんなフェイトを満足そうに見つめながらも自分の現状を話していく。おもにリンディやクロノたちの手伝いをしていること。お小遣いをもらって美味しい物を街へ探しに行くのが楽しみであること。想像通りの自由奔放な生活をしているらしい。

そして次第に話の内容は闘牙の話題へと変わって行く。フェイトとアルフは闘牙の事情をなのはやクロノから聞いてある程度は知っているがやはりまた聞きであるためよく知らないことも多かったからだ。そんな無邪気な二人の質問に答えながら闘牙は考える。

闘牙は自分の過去の話をすることが苦手だ。

それはどうしても暗い話になりがちになってしまうからだ。そのため何とか当りさわりのない、答えられない物については言葉を濁しながら対応していく。

なのはとユーノ。二人は闘牙が昔のことを話したがらないこと、『かごめ』の存在を何となくであるが察しているためその話題を上げることはなかった。

だがそれを知らないフェイトとアルフはどんどん突っ込んだ質問をしてくる。それをかわすことはかなりの重労働だった。



「ふーん、じゃあその犬夜叉の姿は闘牙のゼンセってやつの姿なんだ。」

アルフはそう分かっているのかいないのかといった風に呟く。どうやら魔法の世界には魂や転生と言った概念はあまり一般的ではないらしい。そんなことを考えていると

「…………」

フェイトが何か言いたそうな顔で自分を見つていることに闘牙は気づく。

「どうしたんだ、フェイト?」

闘牙はそんなフェイトを不思議に思いながらそう問いかける。そして闘牙はフェイトの視線が自分の犬の耳に向けられていることに気づく。激しい既視感が闘牙を襲う。そして


「……トーガ、その耳……触らせてもらっていい……?」

予想通りのお願いがフェイトの口から発せられる。それは犬夜叉の姿を見た人から必ず言われると言っても過言ではない言葉だった。

だがフェイトは既に何度もこの姿を見ているはず。それなのになぜいまさらそんなことを言うのか。そんな闘牙の疑問を感じたのかフェイトは慌てながら弁明する。


「だって……なのはたちはみんな触ったことがあるって言うから……」

顔を赤くしながらフェイトはそう白状する。どうやらなのはたちがしたことを自分もしてみたいということらしい。そういえばこの間の模擬戦もそうだった。小さい頃は何でもみんな一緒のことをやりたがるもの。闘牙はそう理解し

「分かった……この際だ、ついでにほかにやりたいことがあったら言ってみろ。」

フェイトに提案する。せっかくの機会だ。この際やってしまった方がいいだろう。フェイトはそんな闘牙の言葉に目を輝かせながら

「じゃ……じゃあ、トーガの背中に乗ってみたい!」

そう力強く闘牙にお願いしてくる。

「そ……そうか……分かった……」

その勢いに若干押されながらも闘牙はフェイトのお願いを聞くことになったのだった……。




今、闘牙とフェイトはある場所に向かって歩いている。正確にはフェイトをおぶった闘牙がだ。自分から言い出したにもかかわらずフェイトは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてしまっていた。

アルフはこの場にはいない。闘牙がフェイトと共にフェイトの行きたいところに行くという話になった時、お使いを頼まれていたといいだし、そのままさっさと去って行ってしまった。本当に嵐の様な奴だと呆れてしまうほどだった。その際、アルフはフェイトに何か目配せをしていた。恐らく念話をしていたのだろう。闘牙は魔力を持たないため念話を行うことができない。自分以外の関係者は皆それができるためそれが少しうらやましいと思うことがある闘牙だった。そんなことを考えているうちに二人は目的地に辿り着く。



そこは闘牙とフェイトが初めて話した公園だった。



「ほんとにここで良かったのか?街に行ってもよかったんだぞ?」

「う……ううん、いいの。ここに来たかったんだ……。」

慌てながら闘牙の背中から降りつつフェイトはそう告げる。一緒にもう一度この公園に来たい。それがフェイトのお願いだった。

闘牙は公園を見ながらその時のことを思い出す。あの時の自分は鉄砕牙を使えなくなったこと、闘う理由に迷いそのせいでフェイトに奴当たりをしてしまった。そのことを思い出してしまい、闘牙はどうもいたたまれない気持ちになってしまう。

だがそれとは対照的に隣にいるフェイトは嬉しそうにしている。なら自分がそれを壊すわけにはいかない。



「フェイト、ちょっとそこのベンチで待ってろ。」
「え?」

フェイトの疑問の声を聞きながらも闘牙そう言い残したままはさっさと姿を消してしまう。後には事情が分からないフェイトが一人残されただけだった。フェイトは仕方なく言われた通りベンチに座り闘牙を待つことにする。

誰もいない公園。その静かな時間の中、フェイトはかつて闘牙と過ごしたその時のことを思い出す。

初めて闘牙と話をした場所がこの公園だった。あの時の自分は母さんのことで頭がいっぱいで他のことが頭に入らない程だった。でも闘牙のことはなぜか気になって仕方がなかった。それがなぜなのかは今も分からない。それでもあの時、闘牙と過ごした時間は自分にとって本当に楽しい、かけがえのない時間だった。それを確認したくて無理を言ってここに連れてきてもらった。

そしてあの時とは違って今、自分はいつでも闘牙と会うことができる。それが嬉しい。自分の中にあるこの気持ちがいったい何なのか、そう考えていると


「待たせちまって悪いな、ほら。」

いつの間にか帰ってきた闘牙がそう言いながら何かを自分に向かって差し出してくる。それはあの時、闘牙が買ってきてくれたジュースだった。

そしてあの時とは違うところがある。それは闘牙も自分のジュースを持っていること。


「………ありがとう。」

闘牙の意図に気づいたフェイトは闘牙に向かって微笑む。それはあの時の笑顔と同じものだった。闘牙とフェイトはそのまま並んでベンチに座り、ジュースを口に運んでいく。その姿はまるで兄妹のようだった。



ジュースを飲み終わった二人はその後他愛ないことを話していく。それはまるであの日の再現のようだった。そして話が途切れ沈黙が二人の間に流れる。そんな中


「………何か俺に聞きたいことがあるんじゃねのか?」

闘牙が静かにそうフェイトに尋ねてくる。その言葉にフェイトは微かに反応する。闘牙はフェイトが何か自分に聞こうとしながらも言いだせないような仕草をしていることに気づいたからだ。フェイトは少しの間の後



「トーガは………『犬夜叉』のことを……どう思ってるの……?」

そう呟くように闘牙に尋ねる。闘牙はその質問が予想外だったのか驚いたような顔をする。フェイトがいったい何を言おうとしているのか闘牙にはすぐには分からなかった。だが


「闘牙にとっての『犬夜叉』は……私にとっての『アリシア』みたいなものなんだよね?だから……聞いてみたいと思って………」

聞いていいものかどうか迷いながらも勇気を振り絞って自分に向かって話しかけてくるその言葉によって闘牙はフェイトが何を聞きたいのか理解する。


闘牙はその問いに応えるために静かに目を閉じる。純粋な目の前の少女のために。闘牙はゆっくりと偽りない己の本心を語り始める。



「……………最初は怖かった……」

「怖かった……?」

闘牙の言葉にフェイトが疑問の声を上げる。闘牙が何かを怖がることがあるんだろうか。フェイトにとって闘牙は絶対の存在。フェイトはそんな闘牙の言葉に驚きを隠せない。


「ああ………自分が知らない自分がいるみたいで……明日には自分は消えちまうんじゃねえかって……怖くて眠れなかった………」

どこか遠くを見つめるような眼で闘牙はそう独白する。フェイトはそんな闘牙の言葉に聞き入ってしまう。

闘牙の言葉。それは自分が経験したものと全く同じだったからだ。

二人の間に長い沈黙が流れる。だがそれは気まずい物ではなかった。互いに互いを気遣っている。そんな暖かさすら感じる物だった。そして


「でも………気づいたんだ。俺は『犬夜叉』じゃない。誰でもない俺自身なんだってことに………」

闘牙の脳裏に一人の少女の姿が浮かぶ。彼女がいたから。彼女が闘牙である自分を認めてくれたから。俺は『犬夜叉』と真っ直ぐに向き合うことができた。憎しみでもなく悲しみでもない。『闘牙』として。

その言葉にフェイトは目を見開きそして気づく。

闘牙が自分を叩いて叱ってくれた理由。

その言葉の意味。


「お前が『アリシア』じゃなくて『フェイト』だってことと一緒だ。」

闘牙はそう言いながらフェイトの頭を撫でる。フェイトはそんな闘牙の手のぬくもりを感じながら理解する。

自分が『アリシア』とどう向き合うべきなのか。

そして

全てを理解したうえで闘牙がこの言葉を言ってくれたことに


「………そろそろ暗くなってきたな、帰るか、フェイト。」
「…………うん!」

立ち上がり、先に歩いていく闘牙の背中をフェイトは追って行こうとする。だがフェイトは不意にその足を止める。


その胸中にある疑問が浮かぶ。


あの日、なぜ闘牙は泣いていたのか。


その理由をフェイトは知らなかった。


何故泣いていたんだろう。


あんなに強い闘牙が何故。


だけどそれは聞いてはいけない。


きっと聞いてはいけないことなのだと、そんな確信がフェイトの口から出かかった言葉を押しとどめる。



「……?どうしたんだフェイト?」

立ち止まったまま付いてこないフェイトに気づいた闘牙が振り返りながら話しかけてくる。


「……ううん、何でもない。」

そんな闘牙に悟られまいとしながらフェイトは走りながらその隣に並んで歩き始める。




闘牙が泣いていた理由。



それをフェイトは遠からず知ることになる―――――



[28454] 第23話 「交錯」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/24 17:05
リビングのソファに一人に少年の姿がある。それは私服姿のクロノだった。クロノは目の前にあるコンソールを使いながら自らの前にいくつものモニターを映し出し、作業をしている。その顔は真剣そのもの。時空管理局執務官としての顔だった。


(やはり闇の書本体については断片的な情報しか残っていないか……)

動かしていた手を止めながらクロノは大きな溜息をつく。クロノは時空管理局のデータベースを使って過去の闇の書に関する情報を調べていた。

しかし守護騎士たちに関するデータはいくつか見つけたものの、闇の書本体についてはほとんど今分かっている以上の情報を得ることはできなかった。歴代の闇の書の主は捕まる前に皆、闇の書の力によって死亡してしまっているのだからある意味それは当然のことだった。


「……………」

クロノは一度目を閉じ、呼吸を整えた後モニターの写っている闇の書に目をやる。その目には様々な感情が入り乱れていた。



『闇の書』

それはクロノにとって深い因縁があるもの。

クロノは十一年前に闇の書によって自らの父親、クライド・ハラオウンを亡くしていた。

それによって自分は心を閉ざし、母であるリンディもまた心に大きな傷を負ってしまった。

クロノにとって闇の書は自らとその家族の運命を狂わせた存在、仇と言っても過言ではない物だった。

そして闇の書は再びこの世に現れ、自分とリンディが指揮するアースラがその事件を担当することになった。それはまるで運命、避けえない宿命だと言えるものだった。


それを知った時、クロノは自分の心にある感情が生まれてくるのを感じた。

それは『憎しみ』

かつて自分が抱き、そして克服できたと思っていた物だった。だがそれが今、再び自分の心に生まれつつある。それは『クロノ・ハラオウン』個人の避けえない感情だった。

だがそれを表に出すわけにはいかない。今の自分は時空管理局執務官。あの時のただ心を閉ざすことしかできなかった自分とは違う。

『憎しみ』

それは現場において冷静な判断力を失わせ、そのミスが部隊を危機に陥らせることがあるもの。だからこそ自分はそれを殺し、あくまでも執務官としてこの事件に向き合い、立ち向かっていかなければならない。

自らの母であるリンディも自分と同じ、いやそれ以上の迷いや戸惑いがあったはずだ。だが母はそれを微塵も感じさせずアースラ艦長の職務を全うしている。ならば自分もそれに負けるわけにはいかない。そんなことを考えていると



「あれ、クロノ君?今日は休みじゃなかったの?」

いつものように明るい雰囲気を纏ったエイミィがそう言いながらクロノに近づいてくる。どうやら休憩中らしい。

「いや……ちょっと調べ物をしていただけだ。」

そう言いながらクロノはモニターを消していきながらエイミィに目を向ける。エイミィはそのモニターを見ながらクロノが闇の書について調べていたことを悟る。

「闇の書のことを調べてたんだ……何か新しいことが分かったの?」

「……今分かっている以上のことは何も分からなかったよ。」

先程までの自分の迷いを感じ取られまいとしながらクロノはいつもの調子でそうエイミィの問いに答える。エイミィはそんなクロノ姿を見ながらもさらに質問を続けていく。

「そうなんだ……守護騎士についてはどうなの?クロノ君でも相手は難しそう?」

エイミィはそう少し心配そうにクロノに尋ねる。なのはやフェイト、闘牙の話から守護騎士たちがかなりの実力を持っていることは明らかだったからだ。

「………正直かなり厳しいな。一対一なら何とかなるかもしれないが……」

クロノは難しい顔をしながらそう呟く。四人の守護騎士。その誰もが魔導師、いや騎士として優れた使い手であるのは間違いない。

特にシグナムとヴィータ。この二人はカートリッジシステムが搭載されたデバイスを有しておりその力は凄まじい物がある。その力はAAAクラスの魔導師であるなのはとフェイトが手も足も出ず、魔導師でいえばSランクオーバーの実力を持つであろう闘牙がてこずるほどのもの。少なく見積もってもAAA+クラスを超える力を持っていることは間違いない。いくらクロノとはいえそんな相手を複数同時に闘うことは不可能だった。

「闘牙君が闘えたら話は違ったのにねー。」

残念そうな顔をしながらエイミィがそう愚痴をこぼす。そんなエイミィの言葉にクロノは内心で同意する。

もし闘牙が闘えたなら状況は大きく違ってくる。自分と闘牙がシグナムとヴィータを抑え、なのは、フェイト、アルフの三人でザフィーラとシャマルを確保する。この布陣ならほぼ負けることはなかっただろう。

「確かにそうだが仕方がない。元々闘牙は民間協力者なんだ。いつも当てにするわけにはいかないさ。」

クロノはそうエイミィの愚痴に釘をさす。これは元々は自分たちの任務であり役目。闘牙はそれを手伝ってくれている協力者。にもかかわらずジュエルシード事件、特に時の庭園での戦いでは結果として闘牙に頼りきりの物となってしまったことにクロノは大きな借りを感じていた。今回はそれを返すという意味でも自分たちが持てる力で対抗するしかない。


「そうだね……でも大丈夫だよ。この子たちも生まれ変わって戻ってきたし!」

そう力強く答えながらエイミィは自らの掌の上にある二つのデバイスをクロノに見せる。それは待機状態になっているレイジングハートとバルディッシュ。エイミィは先程までこれを受け取りに管理局に行ってきたところだった。

「生まれ変わった……そうか、確か」
「そう、二人ともカートリッジシステムを搭載したんだよ!」

クロノの言葉にエイミィはどこか自慢げにそう答える。レイジングハートとバルディッシュは騎士との戦いにより損傷を受け修復のために管理局に預けられていた。そして修復の際に自らベルカ式カートリッジシステムCVK792-Aの搭載を望んだ。それは自分たちの力で主を守れなかった二人の新たな決意から生まれたものだった。

「主人想いのいいデバイス達だ。」
「そうだね。」

二人はそう笑い合いながらレイジングハートとバルディッシュに目を向ける。カートリッジシステムの搭載によってなのはとフェイトは間違いなく今より強くなることができるだろう。

だが問題もある。カートリッジシステムはミッドチルダ式の魔法、そして繊細なインテリジェントデバイスとは相性が悪く、デバイスの破損や術者の負傷が相次いだため、実際に使われることはなかった。いわゆる試作機、諸刃の剣ともいえる物だった。だがそれを理解したうえでなお、二人はシステムの搭載を望んだのだった。

「クロノ君はカートリッジシステムは使わないの?」

「いや……カートリッジシステムは僕とはあまり相性が良くないからな……」

エイミィの言葉にクロノはそう言葉を濁す。確かにカートリッジを使えば瞬間的な魔力量を増やすことができるだろう。だがそれは術者に大きな負担を掛け、また戦闘もそれに頼りきった物になりがちになってしまう。それは自分の戦闘スタイルには合わない。元々クロノは魔力量で相手を圧倒するタイプの魔導師ではない。

「『魔法は魔力値の大きさだけじゃない。状況に合わせた応用力と的確に使用できる判断力』……でしょ?」

エイミィはそうどこか得意気にそう告げる。それはクロノの信条であり口癖だった。それを先に言われてしまったクロノはどこか不機嫌そうな顔を見せるも何も言い返すことができない。

「そういえばユーノ君はどうなの?上手くやってるのかな?」

そんなクロノの様子を楽しそうに見つめながらもエイミィはそうクロノに問いかける。既に一週間近く経っているが全く音沙汰がなかったからだ。

「ああ……どうやら上手く行っているらしい。昨日アリアとロッテから連絡があったよ。」

クロノはそう言いながら経過をエイミィに伝えていく。



ユーノの訓練は順調に進んでいるらしい。それどころか教える二人の方が驚かされることが多かったらしい。

二人の修行は一言で言うとスパルタだ。それは弟子であるクロノが一番よく分かっている。だがそれを受けながらもユーノは文句一つ言わずこなしているらしい。それはユーノの決意によるものもあるがそれ以上にこの半年、闘牙から受けていた修行によるものだった。その厳しさに慣れていたからこそ二人の訓練にも付いていけているらしい。

クロノはなのはから闘牙が修行をつけてくれなくなったという話を聞いたことがあったためユーノもそうなのだろうと思っていたがそうではなかったらしい。なのはではなくユーノを鍛えていた。そこに闘牙がユーノに期待していることがうかがえる。

そしてさらに驚かされたのがユーノが防御と補助の魔法だけを教えてほしいと二人に頼んできたこと。

普通この年代の魔導師なら攻撃魔法を教えてほしいと頼んでくるのが普通だ。それは一般的な魔導師にも当てはまる。だがユーノは一片の迷いもなくそれを切り捨て、防御と補助の魔法のみに力を注ぐことを決意していた。

それはなのはを守り、支える。それがユーノが求める力だったからに他ならない。

そんな普通とは違う魔導師のユーノに惹かれたのか特にロッテは熱を入れてユーノを鍛えているらしい。曰く

『クロ助より覚えがいいから教えがいがある。』らしい。


「そうなんだ、じゃあこのまま上手く行けば一週間後には戻ってくるんだね?」

「ああ、それまでにデバイスの準備だけ宜しく頼む、だそうだ。」

「了解!」

クロノの言葉にエイミィはそう元気よく答える。そんなエイミィに苦笑いしながらもクロノはこれからのことに想いを馳せる。


準備は整いつつある。あとは騎士たちを捕えるだけ。

闇の書の暴走による悲劇。あんなことをもう二度と起こさせるわけにはいかない。

あの時の自分には力も決意もなかった。だが今の自分にはそれがある。もう同じことは繰り返さない。そんなことを考えていると


「クロノ君、あんまり考えすぎてると疲れるよー?」

そう言いながらエイミィが突然クロノの頭を撫で始める。

「な……何をするんだっ!?エイミィッ!?」

いきなりのことに顔を真っ赤にしながら慌ててクロノは立ち上がりエイミィから距離を取る。だがそんなクロノが可笑しかったのかエイミィは笑いながら

「クロノ君は真面目すぎるところがあるからね。もうちょっと肩の力を抜いていこうよ?」

そう諭すような口調でクロノに話しかけてくる。

「………分かってるさ。でも僕は上官なんだぞ。ちゃんと分かってるのか?」

「分かってるよ。でも今、クロノ君は休みであたしは休憩中だからいいの。」

クロノの悪態を聞きながらエイミィはそんなよく分からない理論でそれを煙に巻く。そんなエイミィに向かってクロノはさらに突っかかって行く。その姿はいつものクロノのものだった。そんなやり取りをしばらく続けた後クロノが顔を上げた先には


こっちをじっと見つめている闘牙、フェイト、なのはの三人の姿があった。



闘牙たちはレイジングハートとバルディッシュが直ったという知らせを受けそれを受け取りに来たのだった。なのはとフェイトはそんな二人の様子を不思議そうな顔で、闘牙はどこか含みがある笑みを浮かべながら眺めている。そして



「………どうやらお邪魔だったみたいだな……なのは、フェイト、帰るか?」

闘牙はそうわざとらしく言い残し、二人を引き連れたままその場を立ち去ろうとする。

「ま……待てっ!!何を勘違いしてるんだっ!?エイミィ、笑ってないで君も何とかしてくれ!!」

そんな闘牙たちの様子にクロノは慌てながら迫って行く。そしてエイミィはそんなクロノ達の様子を楽しそうに見つめている。


それはアースラクルーのいつも通りの日常だった………。




その後、何とか落ち着きを取り戻したクロノは改めてこれまでの状況と方針を闘牙たちに伝えていく。

端的にいえば守護騎士たちを見つけるまでは今まで通り生活をしてほしいという物だった。そして一通り説明が終わった後

「はい、なのはちゃん、フェイトちゃん。」

エイミィはそう言いながら二人の手にレイジングハートとバルディッシュを手渡す。それはおよそ一週間ぶりの再会だった。

「レイジングハート、もう大丈夫なの!?」
「バルディッシュ……良かった……」

二人は無事に直って帰ってきてくれた自らの相棒に喜びの声を上げている。二人にとってレイジングハートとバルディッシュはなくてはならない家族の様な物だった。

「破損は全部直ってるから安心して。それと新しい機能も搭載してるの。」

そんな二人を満足げに眺めながらエイミィはそう二人に伝える。

「新しい機能……?」

なのはとフェイトはそんなエイミィの言葉に首をかしげる。見たところレイジングハートもバルディッシュも特別変わったところはないように見える。一体何が変わったのだろうか。

「ふふ、それは実際に使ってからのお楽しみ。説明は訓練室でするね。」

「「はい!」」

エイミィの言葉を聞きながらなのはとフェイトは嬉しそうにそう大きな返事をする。そして待ちきれないのか二人はそのまま先に訓練室へ走って行ってしまう。まるで新しいおもちゃを手に入れた子供の様だ。まあ実際、二人は九歳の子供なのだが。闘牙がそんなことを考えていると

「闘牙君には……はい、これ!」

エイミィが闘牙に向かって手を差し出す。その掌の上には黒い真珠ほどの大きさの宝石がある。それは闘牙が頼んでいたデバイスだった。

デバイスと言ってもなのはやクロノが持っているような一般的なものではない。闘牙は魔力を持たないためデバイスを使うことはできない。そのためカートリッジの魔力を使うことで起動できるデバイスを作ってもらうことにしたのだった。そしてそれは戦闘に使えるような機能ではない。

一つは簡易的な結界を張る機能。

闘牙は自らの力で結界を張ることができない。そのため町などで戦闘になった際、なのはたちが近くにいない場合はそれが大きな問題になる。そのため簡易的ではあるが結界を張ることができるようになるのは大きな利点だった。また敵の結界への耐性も備えている。そして何よりも妖怪化の制御の修行をおこなうためには必要不可欠なものだ。


もう一つが転送の機能。

離れた場所への転送はもちろんだがそれ以上に鉄砕牙と火鼠の衣の転送ができるのが一番の利点だ。今まで闘牙はその二つをいつも持ち歩く必要があり不便を感じていた。だがこのデバイスがあればなのはたちの様に一瞬でそれを取り出し、身につけることが可能になる。


「ありがとな、助かるぜ。」

そう言いながら闘牙はそのデバイスを自らが持つ首飾りに組み込む。そのためにこの形のデバイスにしてもらった。これなら常に首飾りを着けていれば不測の事態にも対応できる。そしてこれでやっと自分も妖怪化の制御の修行に入ることができる。闘牙は自分が自分である証、首飾りを握る手に力を込める。


「闘牙……僕が言うのもなんだが……あまり無茶はしないようにしてくれ。君に何かあればフェイト達も悲しむ。」

そんな闘牙の姿を見ながらクロノはそう静かに闘牙に告げる。闘牙相手にこんなことを言っても意味がないことはクロノも分かっている。だがそう言わざる得を得ない程の不安がクロノの中にはあった。


「……………ああ、分かってる。」


クロノの言葉を聞きながら闘牙はそう答えるしかなかった…………。




今、なのはは自分の部屋のベッドのうえで寝転びながら自らの手の中にあるレイジングハートを見つめている。

あれから訓練室で新しく生まれ変わったレイジングハートの力を試すことになった。

カートリッジシステム。

あの騎士たちが使っていたものと同じ力を手に入れたことでなのははヴォルケンリッター達と闘う力が手に入ったことを実感したのだった。

加えて再び魔法が使えるようになったことになのはは喜びを感じていた。一週間にも満たない期間だったが自分は魔法を使うことができなかった。そしてそこで初めて自分にとって魔法はもう体の一部、生活の一部であることを改めて感じたのだった。

そしてなのははこれからのことを考える。それはヴォルケンリッター達のこと。

リンディ達の話では彼らはプログラム、機械だと言うことらしい。だがなのはにはどうしてもそうとは思えなかった。自分と闘った赤い少女、ヴィータには間違いなく感情が、意志があった。なのははそう確信している。ならきっと分かりあうこともできるはず。魔力の蒐集にもきっと何か理由があるはずだ。だから今度出会った時にはそれを聞いてみよう。フェイトちゃんの時の様にぶつかり合って自分の想いを伝えてみよう。なのははそう決意を新たにし寝る準備をする。明日は学校。そしてその前にいつものように朝の訓練だ。夜更かしするわけにはいかない。


「じゃあもう寝ようか、ユーノく……」

そういつものように振り返りながら話しかけたところでなのはは動きを止める。

その視線の先にはいつもユーノが使っていた籠がある。だがその主は今はいない。なのはは何度目になるか分からない自分の間違いに気づきながら寂しげな表情を浮かべる。

ユーノがいなくなってから一週間。

なのはは事あるごとにいないはずのユーノに向かって声を出してしまう自分に気づく。

いつも一緒にいるのが当たり前だった自分の大切な友達。フェイトちゃんが転校してきて学校は今まで以上に楽しい物になった。それは自分が望んでいた生活。

なのに

ユーノがいない。

そのことがなのはの心に何か大きな穴を作ってしまっているようだった。

いつも優しく自分を見守ってくれる、導いてくれる自分と同い年の男の子。


なのはは自分にとってユーノがどれだけ大きな存在だったかをいまさらながらに気づいたのだった。


(でも……後、一週間だもんね………)

なのはは自分にそう言い聞かせながら布団にもぐりこむ。後半分の同じ時間が経てばユーノは帰ってくる。そう考えればあっという間だ。帰ってきたら新しくなったレイジングハートを見せて驚かせてやろう。


そんなことを考えながらなのはは一人、静かに目を閉じるのだった………。




人気のない夜の海岸に一つの人影がある。それは犬夜叉の姿をした闘牙だった。

だがその様子はいつもと大きく異なる。鉄砕牙を杖代わりにすることで何とか立っているがその顔は苦悶に満ち、体は汗により濡れ、疲労によってふらついている。

そしてその周りの光景も異常だった。闘牙の周りの砂浜はまるでなにか大きな爪か何かによって切り取られたかのような凄まじい惨状になっている。とてもこの世の物とは思えないような荒れようだった。だがそんな惨状にもかかわらず、誰ひとりそのことには気づかない。いや、闘牙の周りには人の姿が全く見られない。それはデバイスによって張られた結界の力だった。


(ちくしょう…………!!)

闘牙は杖代わりにしている鉄砕牙に力を込め何とか立ち上がろうとするも敵わずその場に座り込んでしまう。それは度重なる妖怪化による代償だった。


闘牙はクロノ達からこのデバイスを受け取ってから一人、いつもユーノと修行をしているこの海岸で妖怪化の制御に挑んでいた。そして今日はそれを始めてから三日目。にもかかわらず闘牙は妖怪化を全く制御することができずにいた。それは闘牙にとっても全くの予想外だった。

かつて妖怪化の修行をした時には制御をするのに一週間かかった。だがそれは五分間の制御の話。だが今、自分は五分どころか一分すら制御することができない。そしてそれが伸びる気配も全くない。


一体何故。

闘牙は自問自答する。

だがその答えは既に分かり切っていた。



かごめがいない。

それが妖怪化を制御できない理由。

だがそんなことは既に分かっている。だがそれでもここまでだとは思っていなかった。

妖怪化の制御には強い、闘牙の人としての心が必要になる。そして妖怪化を抑えることができないということ。

それは闘牙の心が妖怪の血に負けているということに他ならなかった。



体なら鍛えればいい。

知識なら覚えればいい。

経験なら積めばいい。

だが

心はどうすればいい。

どうすれば心を強くできる。

ユーノは新たな決意をし、自らを鍛えている。

なのはとフェイトも新たな力を手に入れた。

なのに自分だけが

自分だけがこんなところで足止めを食っている。

焦燥が闘牙の心を支配する。

だが焦れば焦るほど妖怪化の制御からは遠ざかって行く。


あの時の自分にあって、今の自分にない物

闘牙はそれを一人、あがきながら探し続ける。






それぞれの思いが交錯する中、決戦の火蓋は再び切って落とされようとしていた…………



[28454] 第24話 「再戦」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/29 01:22
「おはよう!」
「おはよう、二人とも。」

「おはよう、なのは、フェイト。」
「おはよう、なのはちゃん、フェイトちゃん。」

挨拶をしながらバスに乗ってくるなのはとフェイトに先に乗っていたアリサとすずかがそう返事をする。四人はそのままバスの後部座席に並んで座りながらおしゃべりをする。それがフェイトの新たな日常の光景だった。

フェイトの家はなのはの家から近いこともあり、学校へ行くバス停も一緒のためフェイトがなのはの家まで行き、その後一緒にバス停まで行くことになっていた。ただなのはは変わらず朝の訓練を行っているのでぎりぎりになってしまうのは相変わらずだったのだが。


「どう、フェイトちゃん。学校にはもう慣れた?」

「う……うん。まだ分からないこともいっぱいあるけど少しは慣れてきたかな……。」

すずかの言葉にフェイトは少し戸惑いながらもそう答える。フェイトが小学校に通い始めてからもう一瞬間が過ぎようとしていた。初めは分からないことばかりで混乱していたのだが親友の三人のおかげでそれも何とか乗り越え今は少しずつではあるが余裕ができつつあるフェイトだった。

「まあ、最初は大変だったしね。」

アリサがそう言いながら転校初日のことを思い出す。珍しい転校生しかも外人(と言うことにしている)のフェイトにクラス中大騒ぎとなり、質面攻めにされてしまうことになってしまった。元々あまり人混みは慣れていないこともあってフェイトは目を回してしまいそうになったのだった。それをなんとかアリサが収め、フェイトの小学生活はスタートした。物静かな性格ではあるが優しく、頭もよく運動もできるフェイトはたちまちクラスの人気者になったのだった。

「にゃはは……あ、そう言えばフェイトちゃん、この前はどうだったの?闘牙君には会えた?」

アリサの言葉に苦笑いしながらもなのはは思い出したようにそうフェイトに尋ねる。闘牙の家に遊びに行くという話になり家の場所は教えたもののちゃんと会えたかどうかはまだ聞いていなかったからだ。

「うん、ちゃんと会えたよ。アルフが騒いじゃって大変だったけど……」

どこか困ったような顔を見せながらもそうフェイトは答える。あの時のアルフのはしゃぎようは凄かった。元々明るく元気なアルフだが闘牙のこととなるとそれが一層増すようだ。

「フェイト、闘牙の家に遊びに行ったの?」

「うん、アルフがびっくりさせようっていうからトーガには内緒で行ったんだ。」

恥ずかしそうにしながらもそこか嬉しそうにフェイトはその時のことを三人に話していく。アルフが騒ぎすぎて闘牙に怒られたこと。一杯いろんな話をしたこと。闘牙の耳を触らせてもらって背中に乗せてもらったこと。一緒に公園へ行ったこと。

いつもは物静かなフェイトが多弁になっていることに三人は驚きながらもその話を聞き続ける。なのははその理由をよく分かっていないようだったがアリサとすずかはその理由を何となくであるが察する。


(ふーん……フェイトが闘牙をね……)

そんなフェイトの姿を見ながらアリサは考える。元々闘牙のことを気にしているようなそぶりは見せていたがここまでだとは思っていなかった。どうやら以前のジュエルシードと言う宝石を巡った事件での二人の関わりはアリサが思っていたよりずっと深い物だったらしい。フェイト自身はその気持ちが何なのかは分かっていないようだが。


(あとはなのはね……)

同時にアリサは自分の隣にいるなのはに目を向ける。なのはがこの一週間、どこか元気がないことをアリサは気づいていた。もちろん表だって分かるようなものではないがこれまでの付き合いからそれに気づいたのだった。恐らく原因はユーノのことだろう。理由は知らないがユーノはしばらくなのはの元から離れているらしい。なのははきっとそのことで元気がなくなっているのだろう。しかしそれはきっとなのはにとってはいいことなのかもしれない。なのはは自分のことになると鈍感になってしまう。一度ユーノから離れることでなのはもきっと自分の気持ちに気づくだろうとアリサは思う。


おせっかいと思いながらもどこか楽しそうにしながらアリサはそんな二人の様子を眺めるのだった………






夜の海鳴市街の上空に複数の人影がある。その姿から彼らがこの世界の住人ではないことは明らか。

一人は赤い服と帽子をかぶった少女。ヴォルケンリッター、『鉄槌の騎士』ヴィータ。

そしてその周りを取り囲んでいる複数の魔導師たち。彼らはアースラの武装局員たち。

(ちくしょう………!)

ヴィータは自らの相棒であるグラーフアイゼンを握りしめながら自分の周りを取り囲んでいる局員たちを睨みつける。

ヴィータは先程まで管理外世界で一人、魔力の蒐集を行いそれを終えた後、自宅に戻ろうとしていた。だがその際に転移魔法の魔力を感知されアースラに捕捉されてしまったのだった。ヴィータは臨戦態勢のまま局員達とにらみ合う。その数は八人。本来なら圧倒的不利な状況。だがヴィータは全く臆することなくそれに向かい合っている。それは目の前にいる局員たちの実力を感じ取っていたからに他ならない。

確かに数の上では圧倒的不利だが自分の実力なら負けることはない。その自信がヴィータにはあった。考えようによってはこれだけの数の魔導師から魔力の蒐集できるということでもある。だが一度管理局に捕捉されてしまった以上これから先、魔力の蒐集がやりにくくなってしまうのは間違いない。自分のミスで魔力の蒐集が滞ってしまうことに憤りながらもヴィータは戦闘を開始しようとする。しかしそこでヴィータはあることに気づく。それは局員たちがまるで自分と闘う気が全くないかのような雰囲気を放っていること。

そのことにヴィータが戸惑いを感じた時、新たな一人の魔導師が現れ自分に対峙してくる。


「なんだ、てめえ?」

その雰囲気からヴィータは目の前の魔導師が局員たちのリーダーであること、そして高い実力を持っていることを悟る。

「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。闇の書、および魔導師襲撃事件の容疑者として君を逮捕する。」

愛杖であるストレージデバイス『S2U』を向けながらクロノはヴィータに対峙する。その目には揺るがない意志が宿っている。

目の前の存在。守護騎士ヴォルケンリッター。それは自分の、自分の家族の仇。だが今のクロノには憎しみも悲しみも見られない。ただ時空管理局執務官クロノ・ハラオウンとして。クロノは今、一切の迷いを断ち切り戦場に臨んでいた。


ヴィータの反応を察知したアースラクルーはすぐさま戦闘態勢に移行。そのままなのはたちにも出動要請が出されたのだがまだこちらに合流するには時間がかかる。なのはたちが来るまで待つという選択肢もあったが今、ヴィータは他の騎士たちと共にはおらず単独行動をしていたと思われる状況。まさに千載一遇のチャンスだった。

ヴォルケンリッター達複数を相手にすることは困難だが一対一なら勝機はある。クロノはすぐさま単身でヴィータと闘うことを決断する。自分以外にも武装局員はいる。だが言葉は悪いがヴィータが相手では足手まといになりかねない。加えて最悪、相手に魔力蒐集のチャンスを与えることにもなりかねない。局員たちには結界の維持に専念するよう命令を下し、クロノはヴィータとの一対一の闘いに挑む。

その脳裏には自分を心配するエイミィの姿があった。彼女を心配させないためにも自分は負けるわけにはいかない。



「ふん、誰が管理局の言うことなんて聞くかよ!」

ヴィータは叫びながら自らの前に魔力で作った鉄球を出現させる。同時にその手に持ったハンマー形のデバイス、グラーフアイゼンを振りかぶる。

相手がだれであろうと関係ない。自分は鉄槌の騎士。ならば目の前にある障害は打ち砕くのみ。クロノに負けない決意を胸にヴィータはその鉄球をクロノに向かって放とうとする。だが


『Blaze Cannon』

それよりも早くクロノの砲撃魔法がヴィータに向かって放たれる。それは一直線にヴィータに向かって肉薄してくる。


「くっ!!」

ヴィータはそれを驚異的な反射神経で反応し紙一重のところで躱す。だがそれを見ながらもクロノは一切の隙もなく次々に砲撃魔法を放ってくる。ヴィータはそれを何とか避け、防御していくがその猛攻に防戦一方になってしまう。


(こいつ……速え……!)

ヴィータは内心で驚愕する。それはクロノの魔法の発生速度によるもの。自分とほぼ同時に魔法を発動させているにもかかわらず相手の方がそれよりも早く攻撃を発動させている。結果自分は後手に回っている。


驚異的な魔法の攻撃速度と制御。

それが魔導師としてのクロノの強さだった。

クロノは魔力量ではなのはやフェイト、そして目の前にいるヴィータには一歩劣る。それは攻撃力、防御力にも言える。だがそれを補って余りある技術と経験。それがクロノの武器。インテリジェンスデバイスではなく反応速度に優れるストレージデバイスを使っているのもそれが理由だった。


「こいつっ!!」

ヴィータは焦りながらも何とか一瞬で距離を取りながらクロノに向かって鉄球を打ち出す。それはシュワルベフリーゲンと呼ばれるヴィータの中距離誘導型射撃魔法。それは誘導性にも優れ、相手のバリアも貫通するほどの威力が込められている。その凄まじい弾丸が次々にクロノに向かって襲いかかってくる。同時にヴィータは一気に加速しクロノに接近を試みる。例えクロノがシュワルベフリーゲンを防いだとしてもその隙を狙って一気に勝負を決める。それがヴィータの狙いだった。だが


「スティンガースナイプ!」

クロノの叫びと共にその杖から光弾が放たれる。それは凄まじい速度で螺旋を描きながら加速し、一気に放たれていく。その光弾によってヴィータの放った鉄球は次々に撃ち抜かれ、破壊されていく。

ヴィータはその光景に驚き、目を見開くことしかできない。たった一発の魔力弾で自分が放った鉄球を寸分の狂いなく撃ち抜いていく。それはまさにクロノだからできる高等技術だった。そして光弾はそのままクロノに向かって突進していたヴィータにその矛先を向ける。


「……っ!!アイゼンッ!!」

ヴィータは旋回しながらそれを躱そうとするが敵わず、自らの周りにバリアを展開し、それを何とか防ぐ。その強度の前にスティンガーはその力を失い失速していく。それを見て取ったヴィータはその隙を狙い再びクロノに向かって行こうとするが


「スナイプショット!」

クロノが発したキーワード共に力を失いかけた光弾は空中にて螺旋を描きつつ魔力を再チャージし、加速しながら再びヴィータに襲いかかってくる。予想外の攻撃によってヴィータは再び足止めを食らってしまう。


(こいつ………!)

バリアによって光弾を防ぎながらヴィータはクロノを睨みつける。

目の前の黒い魔導師。

その強さをヴィータは認めざるを得なかった。

ベルカの騎士は魔導師には負けない。それがヴィータの持論であり誇りでもあった。そしてその中には魔導師には騎士は負けないと言う自負とヴィータ自身も気づいていない慢心があった。それに気づいたヴィータは熱くなりすぎた自分を落ち着かせ目の前の相手と対峙する。

その技術は自分以上の物だろう。だがそれでも攻撃、防御においては間違いなく自分の方が上回っている。その証拠にこれまで受けた攻撃で自分はダメージを負っていない。

そして元々接近戦こそが自分の、ベルカの騎士の真骨頂。

一対一ならベルカの騎士に負けはない。



ヴィータは一気に勝負を決めるべく、バリアを解き全速力でクロノに向かって疾走する。その速度に光弾は追いつくことができない。クロノはそんなヴィータの速度を見ながらもその表情には焦りは見られない。そして

「はああああっ!!」

咆哮と共にグラーフアイゼンがクロノに向かって振り下ろされる。その威力はまさに鉄槌の騎士に相応しい、防御されても相手を吹き飛ばすほどの威力を秘めている。しかしクロノはそれを何とか紙一重のところで避けながらヴィータから距離を取ろうとする。


クロノはヴィータの戦闘スタイルと力をなのはとフェイトから聞いていたためその攻撃の危険性を理解していた。故にヴィータとの接近戦は避けなければならないと判断しクロノはそのまま一気にヴィータとの距離を取ろうと試みる。

だがそれはヴィータにも分かり切ったことだった。ヴィータはその姿は幼いが数えきれない程の戦場を駆け抜けてきた強者。一瞬でクロノの狙いを見抜き、


「アイゼン、カートリッジロード!!」
『Raketenform.』

ベルカ式の真骨頂、カートリッジシステムを稼働させる。同時にグラーフアイゼンの形態が変形し、ヴィータの魔力も爆発的に高まる。そしてそのブースターによる圧倒的な加速によって距離を取ろうとするクロノに肉薄し、その間合いに一気に入り込む。

その速度はあのフェイトですら振り切ることができなかった物。それはいくらクロノといえども例外ではなかった。



(もらった!!)

己の全力を込めた一撃が相手に向かって振り下ろされる。それは相手の防御すら打ち砕くことができるまさに一撃必殺の威力。目の前の熟練の魔導師といえどこれを防ぐすべはない。ヴィータは自身の勝利を確信する。そしてその一撃がクロノを捕えようとしたその瞬間、




ヴィータは突如、魔力でできた鎖によって絡み取られてしまう。


「なっ!?」

突然の事態にヴィータは驚愕の声を上げる。それはクロノによるディレイドバインドと呼ばれる設置型のバインドだった。

だがあり得ない。

自分は戦闘中ずっと目の前の黒の魔導師から目を離さなかった。いくら設置型のバインドと言えそれを見逃すほど自分は甘くはない。

一体いつの間に。

ヴィータはあり得ない事態に混乱することしかできない。

そしてついに気づく。自分がいる場所。そこは戦闘が始まる前にクロノが立っていた場所。


クロノは戦闘が始まる前からこうなることを予測しその場にバインドを仕掛けていたのだった。

そんなクロノの戦術眼にヴィータは戦慄し理解する。自分が知らず知らずの内にこの場所へ誘導されてしまっていたことに。



相手の戦闘スタイルを見抜き、それに対抗する戦術を瞬時に思考、実践する。


クロノは魔力量も、制御も、フィジカルも、決して初めから優れた物を持っているわけではなかった。


だがそれでも、だからこそクロノは自らをただひたすらに鍛え、今の実力を身に付けた。


『努力の天才』


なのはやフェイトとは違うもう一つの魔導師としての完成形。



それが時空管理局執務官、アースラの切り札『クロノ・ハラオウン』だった。




「ここまでだ。おとなしく投降すればこれ以上罪を重くしなくて済む。」

デバイスをヴィータに向けながらクロノはそう宣告する。ヴィータは何とかもがきながらバインドから脱出しようとするが敵わない。そしてヴィータがあきらめかけたその時、


結界内に突如大きな爆発音が鳴り響く。その衝撃に驚きながらもクロノはその場所に視線を向ける。そこにはレヴァンティンを手にしたシグナムとそれに続くように結界内に突入し、こちらに向かってくるザフィーラの姿があった。


「はあっ!!」

叫びと共に一気に距離を詰めてきたザフィーラの拳がクロノを襲う。クロノは咄嗟にシールドを張り受け流そうとするもそのバリアブレイクの力によって吹き飛ばされてしまう。その間にシグナムはヴィータにかけられたバインドを解き、クロノに対峙する。


「これで二度目だな、熱くなりすぎるなといつも言っているだろう?」
「わ……分かってるよ!!」

シグナムの言葉を否定したいヴィータだったが流石に自分の失態に後ろめたさがあるのか素直に己の未熟を認める。そして再びヴィータはクロノに対峙する。その目にはもはや油断も慢心もない。その姿にクロノは内心で焦りを感じていた。


(まずいな………一対一の内に決着をつけたかったんだが……)

そう後悔しながらも自分の目の前にはシグナム、ザフィーラも加わった三人の騎士の姿がある。加えて姿が見えないがどこかにシャマルが待機しているとみて間違いない。武装局員もいるが騎士たち全員が相手では勝ち目は薄い。クロノは悩みながらも撤退を視野に入れ始める。だがその時


『お待たせ、クロノ君!とっておきの助っ人がそっちに向かったよ!』

そんなエイミィの明るい通信がクロノに伝わってくる。同時に結界内に新たな魔力を持つ存在が姿を現す。それは私服姿のなのはとフェイトとアルフだった。


「あいつらは……」

そんな二人に気づいたヴィータがそんな声を上げる。どうやら増援の様だがあの二人は自分たちには手も足も出なかった。なら何の問題もない。金髪の少女の方はまだ魔力を蒐集していない。ならばこれはチャンスでもある。

そして今、闘牙はいない。増援が来たときは闘牙が来たのかと思い一瞬、騎士たちは緊張したがどうやら杞憂だったようだ。だが闘牙が出てきた時のことを頭に入れながらも騎士たちは臨戦態勢に入る。


そんな騎士たちを見ながらもなのはとフェイトには全く恐れはない。いやそれどころか前以上の自信がその顔には満ちていた。そして二人は新しく生まれ変わった自らのデバイスを手に声を上げる。


「いくよ、レイジングハート!」
「いこう、バルディッシュ!」


二人の合図と共にまばゆい光が辺りを包み込んでいく。それは新たな力の現れ。それが収まった先には



レイジングハート・エクセリオンを握った『不屈』の魔導師、高町なのは。


バルディッシュ・アサルトを手にした『雷光』の魔導師、フェイト・テスタロッサ。


二人の魔法少女の姿があった。


魔導師とベルカの騎士の闘いが今、再び始まろうとしていた―――――



[28454] 第25話 「激闘」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/08/31 21:57
海鳴市に置かれたアースラの本部に三人の人影がある。

一人はエイミィ。その姿は真剣そのもの。いつもの明るく親しみやすい雰囲気は消え時空管理局局員として戦況の変化を見逃さまいとコンソールを目まぐるしい速度で叩き続けている。

そしてもう一人がリンディ。リンディもいつもの穏やかな表情は消え、アースラ艦長として目の前の事態に対応している。その目にはいつも以上の揺るがない決意が現れている。

そんな二人から少し離れた場所で一人モニターを見ている少年。それは人間の姿をした闘牙だった。闘牙は難しい表情をしながらモニターに目をやっている。

今、闘牙たちはフェイト達を送り出したところ。そしてモニターには変身したフェイトとなのは、アルフがヴォルケンリッター達と対峙している。間もなく戦闘が始まるのは間違いない。あのままヴィータを確保できれば一番だったのだが流石にそう上手くはいかなかったようだ。闘牙は自らの相棒、鉄砕牙を握りしめながらも静かにモニターを眺めることしかできない。

今の自分は闘うことができない。クロノにどうしようもない事態が起きた時には出動するよう頼まれてはいるが恐らく自分の出番はないだろう。もし自分が闘えたとしても自分が出ていけばいたずらに騎士たちを刺激するだけ。闘牙は自分の無力さと情けなさを痛感しながらフェイト達を見つめ続ける。

「大丈夫だよ、闘牙君。フェイトちゃん達は負けたりしないよ。クロノ君もアルフもいるんだし。」

「そうね、前と同じようなことにはならないわ。」

そんな闘牙の様子を察したエイミィとリンディがそう闘牙に話しかけてくる。二人の言葉はお世辞でも何でもない。それはフェイトとなのはの力を信頼しているからこそ出た言葉だった。


「………ああ。」

二人の気遣いに感謝しつつ闘牙は戦場を見つめ続ける。本当なら自分もいるはずのその場所を…………




なのはとフェイト、アルフは飛びながらクロノの元に集まってくる。その姿は既にバリアジャケットを纏っておりいつでも戦闘に移行できるものだった。そして同時に目の前の騎士たちに目を向ける。


騎士たちもまた集まりながらいつでも戦闘できるように身構えながらなのはたちに向かい合う。


魔導師とベルカの騎士。


同じ魔法を使いながらも大きく異なる二つの存在が互いを睨みあう。そんな中



「あの……私達、あなた達と話をしたいと思って来たの!」

なのはが意を決してそう自分の真意を騎士たちに伝える。既にクロノとヴィータの戦闘があり、難しいかもしれないがそれでも話し合いで解決いできるならそれに越したことはない。もしかしたら分かりあえるかもしれない。それがなのはがここにやってきた、この事件に関わろうとしている理由だった。

「……何か事情があるんなら話してほしい。もしかしたら力になれるかもしれない。」

そんななのはの言葉に続くようにフェイトもそう騎士たちに話しかける。それはなのは同様、フェイトの嘘偽りない本心だった。


シグナムとザフィーラはそんな二人の言葉に一驚いたような顔を見せるもののすぐに元の表情に戻る。恐らく目の前の二人の少女の言葉は真実だろう。できれば自分たちもこんなことはしたくはないがもはや止まることはできない。

主のために。それが自分たちの全て。そのためには目の前の少女たちの言葉に応じるわけにはいかない。シグナムはレヴィンティンに、ザフィーラはその拳に力を込める。それが騎士たちの答えだった。


「ふん、お前たちみたいな子供に誰が話すか!」

ヴィータはそう言いながらグラーフアイゼンを構えなおす。すでに戦うことは避けられない雰囲気になり、仕方なくなのはたちもデバイスを構え臨戦態勢に入る。

「ヴィ……ヴィータちゃんがそれを言うの!?」

自分よりも幼い姿のヴィータにそんなことを言われて困惑しながらもなのははそう反論する。実際ヴィータはなのはたちよりもはるかに長い時間を生きているためその言葉は真実なのだがどうしても違和感は拭えなかった。


「う……うるせえ!話が聞きたいなら力づくでやってみろよ!」

顔を赤くし反論しながらヴィータはそうなのはを挑発する。それを見ながらもシグナムはフェイトを、ザフィーラはアルフを見据え、対峙する。どうやら互いに自らの相手を見定めたようだ。


それを見ながらクロノは思案する。自分がなのはたちの誰かに加勢すれば二対一の状況を作り出せる。いくらヴォルケンリッターといえども二対一であれば捕えることは可能だろう。だがシャマルと闇の書の主の存在が気がかりだ。実際、先の戦闘ではシャマルのよってなのはは戦闘不能にされてしまった。放置しておくにはリスクが高すぎる。そして闇の書の主。この近くにいるかどうかは分からないが魔導師である以上警戒を怠るわけにはいかない。

クロノは迷いながらも目の前の三人の騎士たちをなのはたちに任せることを決断する。それはなのはとフェイトの力を既に確認していたからでもある。まだカートリッジシステムを完全に使いこなせているわけではないが今の二人ならシグナムとヴィータにも後れは取らないとクロノは考えていた。


『なのは、フェイト、アルフ、この場は任せる。その間に僕はシャマルと主の探索を行う。いいかい?』

『うん!』
『任せて、クロノ。』
『そうこなくっちゃ!』

クロノの念話を聞きながらなのはたちはそう力強くそれに答える。その言葉は自信に満ち溢れている。それを感じ取ったクロノは頼もしさを覚えながらも加えてエイミィにも指示を飛ばす。

『エイミィ、そちらからもシャマルと主の探索を頼む。それと、もしなのはたちが危険な状態になればすぐに転送をできるよう準備をしておいてくれ。』

『了解、こっちは任せてクロノ君!』

クロノの指示を受けたエイミィはそう答えながらすぐさま探索、転送の準備に入る。これでもしなのはたちに何かあってもすぐに対応できる。最悪、闘牙にも力を借りることも考えたがそれはリスクが高く何よりも闘牙に負担を掛けることはクロノ自身したくはなかった。

クロノはそのまま自らの魔力を隠しながら街の中に姿を消す。元々執務官は逃げる犯罪者を捕まえることが大きな任務の一つ。探索はある意味クロノにとってお手の物だった。


そしてクロノが飛び出していくと同時になのはたちも動き出す。



なのはとヴィータ。

フェイトとシグナム。

アルフとザフィーラ。


互いの信念を掛けた戦いの幕が再び切って落とされた………




「私が勝ったら話を聞いてもらうよ、いいね!?」

なのははレイジングハートを構えながらそうヴィータに叫ぶ。闘うしかなくなってしまったことは残念だがそれでもまだなのははヴィータと分かりあうことをあきらめてはいなかった。そんななのはを見ながらもヴィータは自身の前に鉄球を作り出し戦闘態勢に入る。

どうやら本当に目の前の白い魔導師は自分と話し合いがしたいらしい。だが相手は管理局。そんなことをしても意味がないことは今まで管理局と闘ってきたヴィータ自身が何よりも分かっている。なら自分の役目は目の前の相手を倒しシグナム達の援護に回ること。

白い魔導師からはすでに一度魔力を蒐集してしまっているためもう魔力を蒐集することはできない。それならば手加減する必要もない。何よりも一度は倒している相手。なら何の問題もない。


「やれるもんならやってみろよ!」

アイゼンを振りかぶり、すぐさまそれを鉄球に向かって振り下ろす。その瞬間、魔力を帯びた鉄球たちは凄まじい速度でなのはに向かって襲いかかる。だがそれは目くらまし。以前の闘いでもこの攻撃では相手のシールドを破ることはできなかった。白い魔導師のシールドは魔導師としてはかなりの強度を持っている。それを破るにはカートリッジを使った一撃が必要だ。ヴィータはそのまま疾走しながらなのはと距離を縮めようとする。

だがなのははそんなヴィータの姿を見ながらも慌てる様子を見せない。その目には確かな力が宿っていた。そんななのはの様子にヴィータが気付いた瞬間、


「レイジングハート、カートリッジロード!」
『Load Cartridge.』

なのはの言葉と同時にレジングハートが稼働し、マガジン式のカートリッジが装填される。その瞬間、なのはの魔力が爆発的に高まっていく。これがなのはとレイジングハートが新たに手に入れた力だった。

ヴィータはなのはがカートリッジシステムを使って魔力を高めたことに気づき一瞬、動きを止める。そしてその隙をなのはは見逃さなかった。


「アクセルシューター……シュ――トッ!!」
『Accel Shooter.』

叫びと共に桜色の魔力弾が凄まじい速度で次々に放たれていく。その威力は以前の物とは比べ物にならない。しかし驚愕するのはそこではない。

それはその数。以前は五つだったそれが今は十二。それは魔導師が操れる誘導弾の常識を遥かに超えた数だった。


「なっ!?」

ヴィータはその誘導弾の数に一瞬驚くもすぐに冷静さを取り戻す。ヴィータは数多くの戦場を駆け抜けてきた猛者。故に魔導師の力もよく分かっている。その経験が目の前の光景は恐るるに足らないと告げていた。


(こんな大量の弾、制御できるわけがねえ!!)

それは誘導弾を使うヴィータだからこそわかること。誘導弾はその数を増せば増すほどその制御が困難になる。それはある意味当然のことだ。ましてや相手はカートリッジによって魔力を増した誘導弾を使っている。それを十二個も同時に操ることなどできるはずがない。そうヴィータは判断し、すぐさま再び突進しながら鉄球を操りなのはに放つ。


ヴィータの認識は間違っていない。それは魔導師の常識。だがそれは高町なのはには通用しなかった。


自分に向かってくるヴィータと誘導弾。それを見ながらもなのはは静かに目を閉じイメージする。それは朝の訓練のイメージ。

なのははこの半年、デバイスに頼らない魔法の制御を磨いてきた。それはレイジングハートに頼るのではない、自分自身の強さを求めていたからに他ならない。そしてそれが今、発揮される時が来た。


「そこっ!!」

なのはが目を開き叫んだ瞬間、自分に襲いかかってきた四つの鉄球は同時にアクセルシューターによって打ち砕かれる。そして残った誘導弾は次々にヴィータに向かって襲いかかって行く。


それはカートリッジによる力ではない、高町なのは自身の力だった。



「このっ!!」

自らの攻撃を迎撃され、同時に襲いかかってくる誘導弾に驚きながらもヴィータは己の周りにバリアを展開しそれを防ぎ続ける。だがその攻撃によってバリアには次第にひびが入り始める。このままでは破られてしまうのは時間の問題。何とかしなければ。ヴィータがそう判断した瞬間、


「ディバインバスタ―――――!!」
『Divine Buster Extension』

桜色の砲撃魔法がヴィータに向かって放たれてくる。だがその威力は今までの物とは比べ物にならない。カートリッジによって魔力を増したまさに一撃必殺の砲撃がヴィータは襲う。

「くっ!!」

ヴィータは瞬時にバリアを解き、紙一重のところでそれを躱す。その際に誘導弾を何発か受けダメージを負ってしまう。だがそんなことは些細なことだった。

ヴィータはその砲撃の威力に戦慄する。以前の闘いの時も強力だったがそれがさらに増している。まともに食らえば間違いなく防御の上からでも落とされる。それほどの威力だった。背中に冷や汗が流れるのを感じながら振り返ったそこには再び誘導弾を自らの周りに作り、それを放ってくるなのはの姿があった。そしてヴィータは理解する。

誘導弾を囮に使い、一撃必殺の砲撃で相手を倒す。それが『砲撃魔導師』高町なのはの戦闘スタイルだった。


なのはの猛攻を何とか捌きながらヴィータは考える。目の前の白い魔導師。その強さは本物だ。その強さは間違いなく自分に匹敵するだろう。だが自分は負けるわけにはいかない。

なのはの強さがヴィータの騎士としての心に火をつける。そしてヴィータはなのはが誘導弾を使っている間はその場から動いていないことを見抜く。それは誘導弾の制御の代償でもあった。無論そのことはなのはも分かっている。だがなのはには強力な防御がある。堅固な守りで相手の攻撃を耐え、一撃必殺の砲撃で相手を倒す。その自信がなのはにはあった。だが


「アイゼンッ!!」

ヴィータの叫びと共にグラーフアイゼンはカートリッジを装填し、ラケーテンフォルムへとその姿を変える。同時に凄まじいブースターの加速によってヴィータは一気になのはへと接近してくる。何とか誘導弾で迎撃しようとするもその速度に対応できない。なのはは誘導弾の制御を切り捨てレイジングハートをヴィータに向ける。そして


「シュ―――トッ!!」

その矛先から先程同様、一撃必殺のディバインバスターがヴィータに向かって放たれる。ヴィータはブースターの加速によって一直線にこちらに向かってきている。これを避けることはできない。なのはは自身の勝利を確信する。だが


「なめんなっ!!」

ヴィータは突如、グラーフアイゼンの方向を変え、一気にその軌道を変える。それによりディバインバスターはヴィータに直撃することなく避けられてしまう。まさかあの状態から砲撃がかわされるとは考えもしなかったなのはは一瞬反応が遅れる。そしてその隙をヴィータは見逃さなかった。


「はああああっ!!」
「ううっ!!」

一気になのはの間合いに入り込んだヴィータはその鉄槌をなのはに向かって振り下ろす。だがなのはは咄嗟にバリアを張りそれを何とか防ぐ。その強度は以前より増しており、その証拠に前回は同じ攻撃によってバリアを破られてしまったが今回はそれに耐えている。なのははそのまま砲撃魔法によってヴィータを迎撃しようと試みる、だが


「ぶちぬけええええっ!!」

ヴィータの咆哮と共にアイゼンはさらにカートリッジを装填し、その力を増す。その圧倒的突破力の前についになのはにシールドにひびが入り崩壊し始める。このままではやられてしまう。なのはは咄嗟にバリアに力を込め


『Barrier Burst.』

バリアバーストによってそれを何とか防ぎ、ヴィータから距離を取る。だがタイミングが遅れてしまったため、その衝撃によってなのははダメージを負ってしまう。ヴィータは吹き飛ばされながらもすぐさま体勢を立て直しなのはに向かい合う。なのはもまたそれに答えるようにヴィータにその視線を向ける。


ヴィータは本当に強い。自分も同じカートリッジシステムを使っているにもかかわらず押し切ることができない。特に接近戦はだめだ。自分のシールドでもあの攻撃は防ぎきることはできない。

でも、それでも自分は負けるわけにはいかない。

目の前にいるヴィータは間違いなく感情を、意志を持っている。そして分かる。目の前の子が決して悪い子ではないことが。ならきっとこんなことをしているのにも理由があるはず。

同時になのはの脳裏にユーノと闘牙の姿が浮かぶ。

自分がやられてしまったせいで二人は戦えなくなってしまった。だから自分はもう負けるわけにはいかない。

きっと私一人ではヴォルケンリッター達には敵わない。でも私には仲間がいる。フェイトちゃんが、アルフさんが、クロノ君が。みんながいればきっとどんなことも乗り越えられる。

そしてユーノ君が、闘牙君が戻って来た時に胸を張って迎えられるように私は強くなって見せる。



それが高町なのはの新たな決意。闘う理由だった。





なのはとヴィータが闘っている空域から離れたビル群の中、金と紫の光が幾度も交差しぶつかり合って行く。その衝撃によって夜の空が光で照らされていく。それはまさに高速戦と呼ぶにふさわしい戦い。剣の騎士シグナムとフェイト・テスタロッサの闘いだった。

二人は互いに凄まじい速度でぶつかり合いながら刃を重ねる。レヴァンティンとバルディッシュ。二つのデバイスも主に応えんとその力を振り絞る。

「はあっ!!」
「ああっ!!」

二人の間にひときわ大きな鍔迫り合いが起こる。フェイトとシグナムは至近距離で互いを睨みあう。しかしシグナムの力によって次第にフェイトが押し込まれ始める。

しかしフェイトはそれを瞬時に判断し、その速度によって一気に離れ距離を取る。そのことに驚きながらもシグナムはそのままレヴァンティンを構えフェイトに向かい合う。フェイトもまたそれに応えるようにバルディッシュを構えなおしながらシグナムに対峙する。


シグナムは目の前の少女の強さに驚嘆する。

いくらカートリッジシステムを新たに搭載したと言ってもそれを扱う実力がなければ意味がない。そして目の前の少女はそれを使いこなし、前以上の、自分に匹敵する強さを手に入れている。まだまだ闘牙に比べれば闘い方に荒は見られるもののそれを補って余りある『速さ』がある。その速度には驚嘆するほかない。何とか力で誤魔化しているが一瞬でも気を抜けば一気に勝負が決まってしまうだろう。

だがそれでも自分は負けるわけにはいかない。負けられない理由が自分にはある。だが今戦場の状況は拮抗しているが闘牙が現れればそれは一変してしまう。


「……闘牙は来ないのか?姿が見えないが……」

シグナムはそうフェイトに尋ねる。もちろんそれに応えてくれるなどとは考えていない。それは少しカマを掛けると言うだけの意味合いの物だった。だが


「………トーガがいなくても、私たちは負けません。」

フェイトはそう言いながらバルディッシュのカートリッジを装填し、魔力を高めていく。その目には先程以上の力が満ちている。その姿から本気でこちらに挑んでくる気配が伝わってくる。どうやら自分は少女の逆鱗に触れてしまったらしい。シグナムもそれに応えるようにレヴァンティンを構え本気で戦うことを決意する。


「レヴァンティンッ!!」
『Schlangeform.』

シグナムの叫びと共にレヴァンティンがその形態を変え、蛇の様な連結刃となってフェイトに向かって放たれていく。しかしフェイトは一気にその速度を増しそれをかわし続けていく。それはフェイトの速度だからこそ可能なもの。だがシグナムの技量はそれをさらに上回っていた。

「っ!?」

フェイトはすぐさま気づく。自分の周りの避けた筈の刃がまるで取り囲むように自らの周囲に配置されている。

そして理解する。知らず自分が誘導され、その場所に誘い込まれてしまったことに。

『速さ』ではフェイトに『力』ではシグナムに分があり、総じて戦えば互角。だがシグナムはさらなる武器がある。

それは『技量』。数えきれない程の戦場を駆け抜けてきたシグナムだからこそ持ちえるもの。それは闘牙ですら苦戦するほどのもの。まだ九歳のフェイトではそれを超えることはできない。

連結刃が蛇のようにフェイトの周りを取り囲み、一気にその体を切り刻まんと襲いかかる。すでにフェイトには逃げ場はない。だがフェイトの目には恐れはなかった。


「バルディッシュッ!!」
『Haken Saber』

フェイトが叫びと共にバルディッシュを振りかぶる。同時にその先から魔力刃が姿を現す。そしてフェイトはそれを自分の間の前に迫る連結刃に向かって放つ。三日月状の魔力刃はブーメランの様な軌道を描きながら連結刃とぶつかり合う。だがそれでも連結刃の攻撃を止めることはできなかった。

しかしフェイトはそれを見ながらも一直線に自ら目の前の連結刃に向かって飛び込んでいく。そこにはハーケンセイバーによってできた連結刃の隙があった。フェイトはそこに向かって一片の迷いもなく飛び込んでいく。だがその斬撃の風圧によってフェイトの体には切り傷が刻まれていく。しかしフェイトはそれを受けながらも怯むことなく連結刃の網から脱出しシグナムに向かってバルディッシュを振り切ってくる。

その姿にシグナムは闘牙の姿を見る。フェイトが行った行動は闘牙と全く同じだったからだ。

だが例え脱出方法を知っていたとしてもそれは一朝一夕でできることではない。いくら隙ができたとはいえ自分から刃の網に飛び込んでいく。それはまさに決死の、特攻と言ってもおかしくない程の決意がなければできない物。

闘牙はその戦いの経験からそれを為し得た。だがフェイトは違う。フェイトには才能がある。それは間違いない。しかしそれでも経験、技量においてはフェイトは闘牙にもシグナムにも敵わない。だがそれを覆すほどの勇気と決意。それがフェイトにはあった。


「くっ!!」

予想外のフェイトの攻撃にシグナムは咄嗟に自らの鞘を盾代わりにすることで何とかそれを防ぐ。だがフェイトはすぐさまその速度でその場を一瞬で移動し再び死角からシグナムに向かってその刃を振りかぶる。


「はあああっ!!」

同時にバルディッシュのカートリッジが装填され、その魔力が魔力刃に注がれる。その威力は先程までとは比べ物ならない。

そのことを瞬時に悟ったシグナムは一瞬でレヴァンティンを再び剣の形態に戻しカートリッジを装填する。あの攻撃に対抗するには自分も技を使うほかない。


「紫電一閃!!」

シグナムの言葉に応えるようにレヴァンティンの刀身に炎が発生しその力を爆発的に高める。そして互いに全力の一撃がぶつかり合う。

雷と炎。その力がせめぎ合いその衝撃によって周りのビルは崩れ去って行く。だが次第にレヴァンティンの炎がバルディッシュの雷を押し戻していく。やはり力ではシグナムに分がある。フェイトはそう判断し、その刃を受け流しながら再び距離を取る。だがその目にはあきらめは全く見られない。

フェイトはすぐさま自らの手を前にかざしながら魔法陣を作り出す。それを見て遠距離砲撃が来ることを悟ったシグナムもまたレヴァンティンをその鞘に納め、カートリッジを稼働させる。

フェイトとシグナム。二人の魔力が高まり、夜の空に激しい風が巻き起こり始める。そして


「プラズマスマッシャ――――!!」
「飛竜一閃――――!!」

互いの遠距離攻撃が同時に放たれる。

その光が自身の光以外はいらないとばかりにぶつかり合い、その衝撃によって辺りの建物は破壊されていく。そして二つの魔力は拮抗したまま大きな爆発を起こす。

同時にその粉塵が辺りを覆い尽くしていく。その粉塵によってシグナムはフェイトの姿を見失ってしまう。そしてそれこそがフェイトの狙いだった。


フェイトは自身の最高の速度を持って一気にシグナムの間合いに入り込み、その背後を取る。

並みの魔導師ならばまるでフェイトが瞬間移動したかのように映るだろう。それは高速魔導師としてのフェイトの真骨頂であり、奥義でもあった。

フェイトはそのままその魔力刃をシグナムに向かって振り下ろす。それはまさにこの戦いの決着に相応しい攻撃。だが


シグナムはそれをまるで予期していたかのような反応で頭を下げ、その攻撃をかわす。それは百戦錬磨のシグナムだからこそとれた行動。まさに『直感』だといってもいいものだった。


シグナムはそのまま振り返りながらレヴァンティンを振り切ろうとする。砲撃魔法を目くらましに使った上での高速移動魔法による斬撃。素晴らしい攻撃だった。だがそれでも自分は負けるわけにはいかない。シグナムはフェイトの強さを称賛しながらも攻撃をかわされてしまい体勢を崩したフェイトに向かってその剣を振り下ろす。

だがシグナムはその瞬間、驚愕の表情を見せる。自分が振り返った先。そこにまるで自分を待ち構えていたかのように魔力弾が設置されている。



それはフェイトが用意していたプラズマランサー。

フェイトは自信の『速さ』に絶対の自信を持っていた。

だがそれに頼りすぎになっていることをクロノに指摘され、それを改善しようと努力してきた。実際、闘牙にもなのはにもその隙を突かれ敗北してしまった。フェイトは魔法の同時発動や遠隔操作を苦手としている。だがそれを克服するためにこの半年、クロノに鍛えてもらっていた。その成果が今、発揮されたのだった。



「ファイアッ!!」

フェイトの合図と共にプラズマランサーがシグナムに向かって放たれる。いくらシグナムといえどそれに反応しきることはできず、その直撃をうけてしまう。フェイトはすぐさま崩れた体勢を立て直しながらシグナムがいるであろう場所を見据える。

誘導弾の弾着の煙が晴れたそこにはダメージを受けながらも健在なシグナムの姿があった。

シグナムは自らの周りに常にバリア式の防御を展開している。だがそれをもってしてもフェイトの攻撃を防ぎきることはできなかったようだ。シグナムは体勢を立て直し再びレヴァンティンを構えながら


「私はベルカの騎士、ヴォルケンリッターが将、シグナム。そして我が剣、レヴァンティン。お前の名は?」

そうフェイトに問う。それはかつて闘牙にも問いかけたもの。それはつまりフェイトのことをシグナムが認めたことを示していた。


「ミッドチルダの魔導師、時空管理局嘱託、フェイト・テスタロッサ。この子はバルディッシュ。」

フェイトはそう静かに答えながらバルディッシュを握る手に力を込める。


フェイトは戦いながら気づく。目の前のシグナム。いやヴォルケンリッター達が何か大切な理由のために闘っていることに。それはかつての自分と同じだった。

あの時の自分は自分がこれだと決めたことしか頭になかった。今でも母さんのために闘ったことに後悔はない。でもジュエルシードを集めることで誰かを傷つけ、世界を危険にさらしてしまったこと。それは許されないことだった。だけど自分はそれをせずに済んだ。

トーガとなのは。二人が自分を助け、導いてくれたから。だから今度は自分が目の前の騎士たちにそれを示さなければいけない。それが私が嘱託魔導師になった理由。


そして何よりもトーガのために自分は負けるわけにはいかない。自分が負ければきっとトーガはまた悲しい思いをしてしまう。もうあんなトーガの姿を見たくない。私はトーガに何度も助けられてきた。だから今度は私の番。

トーガと一緒に闘うこと。それが私の夢。そのために私は負けるわけにはいかない。



それがフェイト・テスタロッサの新たな決意、闘う理由だった。





地上のビル群の中、二つの人影が幾度もぶつかり合い、その衝撃によって建物が次々に破壊されていく。それはアルフとザフィーラの闘いによって起こっている光景。

拳と蹴り。それが凄まじい速さで数えきれない程交差していく。奇しくも二人は同じく肉弾戦を戦闘スタイルとしている。

そしてそのいでたち、能力もまさに瓜二つと言ってもおかしくない程酷似していた。そのことを二人は互いに戦いながら悟る。


「あああああっ!!」
「ぬううううっ!!」

アルフの強力な拳がザフィーラに向かって放たれるもザフィーラはその強力な防御によってそれを受け止める。

その衝撃によって二人の足元のアスファルトはまるでクレーターの様にめり込み、崩壊していく。


「あんたも使い魔だろうっ!?何でこんなことしてんだいっ!?」

アルフは叫びながらその拳にさらに力を込める。間違いなく目の前の男は自分と同じ使い魔だ。本能でそれが分かる。しかしそんなアルフの猛攻を受けながらもザフィーラは全く動じない。


「使い魔ではない……俺は守護獣だっ!!」

ザフィーラの咆哮と共にアルフは吹き飛ばされ一気に両者の間に距離が開く。だがアルフはすぐさま体勢を立て直しザフィーラに飛びかかって行く。それに合わせるようにザフィーラもまたアルフに向かって突進してくる。

両者の激突によって周りの建物がさらに崩壊していく。そして互いに手を掴みあい、両者の間に力比べが始める。


「ぐううううっ!!」
「はああああっ!!」

互いに手加減なし、全力を持って相手を押し込もうとするも二人の力は拮抗する。

そしてアルフは悟る。

目の前のザフィーラが主の命令ではなく、自らの意志で主のために闘っていることに。

それはかつての自分と同じだった。

自分もまた主人が間違っていると気付きながらもそれを正すことができなかった。

そして主は傷つき、自分もまた瀕死の重傷を負ってしまった。

しかしアルフは救われた。

闘牙となのは。二人が自分に力を貸してくれたから。

自分一人ではきっとフェイトを助けることができなかった。だからこそ自分は目の前のザフィーラにそれを伝えなければならない。

誰かの助けを借りること。それが主のためであることを知っているから。


そして自分は負けるわけにはいかない。これ以上闘牙に負担をかけないために。そしてフェイトを守るために。

闘牙がどこか無理をしているのは半年前から分かっていた。だがその理由を自分は知らない。おそらくフェイトも同じだろう。だがそれでも何度も自分たちを助けてくれた闘牙に借りを返すまでは自分は負けられない。


それがアルフの新たな決意、闘う理由だった。




新たな決意と闘う理由を手に入れたなのはたちの力に押されながらもヴォルケンリッター達は決して臆さない。

自分たちの闘う理由。守りたい者。それを知っているから。

自分たちが守護騎士だからではない。プログラムだからでもない。

八神はやてのために。

それが騎士たちの絶対に譲れない闘う理由だった。




闘牙はそんなフェイト達の闘いにただ目を奪われていた。

フェイト達は初めて会った時とは比べ物にならないほど成長し、あの騎士たちと互角に戦っている。その決意が、信念がモニターからでも伝わってくるようだ。

自分はフェイト達を守るために闘ってきた。だが心のどこかで自分はフェイト達よりも強く、フェイト達は弱い存在だと思ってしまっていたのかもしれない。

今、自分は闘えず、守られる立場にある。

それは初めての経験だった。

それがどんなに辛いか、無力さにさらされるか。闘牙はそれを知らなかった。

闘牙の脳裏にかつてのかごめの姿が、言葉が蘇る。


『私、犬夜叉と一緒に戦いたいの』


それはかごめがいつも自分に言ってくれていた言葉。その言葉の本当の意味を闘牙は今、初めて理解した。


知らず鉄砕牙を握る手に力が入る。


どうして自分はあそこにいないのか。


どうして自分はここで見ていることしかできないのか。


フェイト達は決して守られるだけの存在ではない。


共に闘う、いや闘いたい存在だ。


自分もフェイト達と一緒に戦いたい。仲間として。戦友として。闘牙は心からそう願うのだった………




三対三の闘い。それは拮抗したまま激しさを増していく。だが疲労によって皆、傷つき、消耗し始めている。もうすぐ決着がつく。そんな気配が戦場を支配する。



(エクセリオンモード………やるしかない……!)

なのははレイジングハートを握りしめながらもそう決意する。しかしそれはまだ未完成の諸刃の剣。最悪レイジングハートがそれに耐えきれない可能性もある。だがレイジングハートにはそれを分かった上でなのはを信頼し、その命を預ける覚悟がある。目の前のヴィータを倒すにはそれしかない。



(ギガントシュラークを使うしかねえ……!)

ヴィータはグラーフアイゼンを握りしめながらもそう決意する。それは自らが持つ最高の攻撃。だがそれ隙が大きく外せば致命的な隙を生んでしまう諸刃の剣。だが目の前の白い魔導師のシールドを破り、一気に決着をつけるにはそれしかない。



(ソニックフォーム……使うしかないかな……)

フェイトはバルディッシュを握りしめながらそう決意する。それは防御をさらに薄くし、速さのみを追求したフォーム。だが攻撃に当たればそれだけで致命傷となってしまう諸刃の剣。だが目の前のシグナムに勝つにはそれしかない。



(シュツルムファルケン……当てられるか……)

シグナムはレヴァンティンと鞘を握りしめながらそう決意する。それはレヴァンティンのもう一つの姿、弓形態から放たれるシグナムの最高攻撃魔法。だがそれをはずせば大きな隙をさらしてしまう諸刃の剣。加えて相手は凄まじい速度を持ったフェイト。だが目の前のフェイトに勝つにはそれしかない。


各々が自らの切り札の使用を決意し、そのタイミングをうかがう。

戦場に一気に緊張が張り詰める。まるで時間が止まってしまったかのような静けさが辺りを包み込む。そしてそれがついに弾けるかに思われたその瞬間、



凄まじい魔力を纏った雷が結界を破り、辺りを襲い始める。


なのはたちはそれに驚きながらも何とかそれを避けながらその場を離脱する。

騎士たちはそれがシャマルが持つ闇の書から放たれた魔法であることを悟り、戦闘を中断しその場を離脱することを決意する。



「テスタロッサ……悪いがこの勝負、預ける。」
「シグナム!」

シグナムはそう言い残し、すぐさま結界から脱出し離脱していく。それを追おうとするも無数の雷の前にそれは叶わなかった。


「おい、白いの!今度は負けね―からな、覚えとけ!」
「し……白いの!?」

ヴィータのあまりの言い草に困惑しながらもなのははヴィータを捕えることができない。


それに続くようにザフィーラも戦線から離脱し、後には破壊された結界となのはたちが残されただけだった。




これが二度目のヴォルケンリッター達との戦いの終幕。



戦いが終わったことに闘牙たちは緊張を解き、安堵する。


そして誰も気づいていなかった。





この戦いを見ていたもう一つの存在のことを……………





[28454] 第26話 「嫉妬」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/01 21:59
辺り一面が白に染っている。

それはまるでどこまでも続くようなそんな光景。

それが自分の目の前に広がっている。



(なんや……ここは……?)

そんな光景の中に一人の少女がいる。

それは八神はやて。


はやては誰もいない世界に一人佇んでいる。はやては自分が何故こんなところにいるのか、ここはどこなのか、様々疑問を持ちながらも歩き出す。だがどこまで行ってもそこには何もない白い世界が広がっているだけだった。そんな中、はやてはあることに気づく。それは


(あれ……私、今……歩いてる……?)

自分が知らない内に歩いていること。同時に理解する。ここは現実ではない。夢の中なのだということを。それに気づき、再び顔を上げたその先には先程まで何もなかった場所に一つの人影があった。


(あれは…………)

はやてはその人影に目を奪われる。

その人影は女性だった。次第にその姿がはっきりと見えてくる。

長い銀髪、そしての目は深紅。年はシャマルやシグナムと同じぐらいだろうか。それははやてが会ったことのない女性だ。

だがはやては激しい既視感に襲われる。まるで何度もあったことのあるような。そんな感覚がはやてを支配する。はやてはそのまま銀髪の女性に向かって声を掛けようとする。だがはやては声を出すことができなかった。


(なんで……なんで声が出えへんの……?)

はやてはいきなりことに驚くことしかできない。ここは夢の中。その証拠に自分は動かないはずの足で歩くことができた。

なのに今、自分は声を出すことが、そして体を動かすことができなくなってしまっている。まるで金縛りにあってしまったようだ。

銀髪の女性はそんなはやてに視線を向ける。二人の視線が交差する。そしてはやては気づく。

その女性がまるで自分を見守っているような、そんな優しい眼を自分に向けていることに。そして同時に深い悲しみと寂しさ。そんな矛盾した感情がその瞳にはあった。

そしてしばらく二人が見つめ合った後、女性は振り返り、そのまま自分から離れていこうとする。

瞬間、はやては理解する。

あの子を一人にしてはいけない。

あの子はきっと自分にとって大切な子。

なら自分があの子を引きとめてあげなくては。

はやてはそう直感し何とか女性を呼びとめようとするもそれは叶わない。


はやてはただその寂しげな背中を見続けることしかできなった…………




「ん…………。」

はやてはそう声を漏らしながらゆっくりとベッドから体を起こし辺りを見渡す。どうやら今日はいつもより寝坊してしまったようだ。すでに外は明るく、カーテンから朝日がさしている。

同時にはやては自分が何か夢を見ていたことに気づく。だがそれがどんな夢だったか思い出すことができない。でもそれは何か大事な夢だったような。そんなことを考えていると


「ううん………はやて………。」

自分の横でまだ夢の中にいるヴィータがそんな寝言を漏らす。その顔は本当に幸せそうだ。そんなヴィータの姿を微笑みしく思いながらはやてはヴィータの頭に手を置き、撫でる。それがはやてのいつもの朝の光景だった。



「おはよう、シャマル、シグナム、ザフィーラ。」

車いすに乗ったはやてがそう言いながらリビングに入ってくる。すでにリビングにはヴィータ以外の三人の姿がある。

「おはようございます、はやてちゃん。」
「おはようございます。」

シャマルは台所で朝食を作りながら、シグナムはソファで新聞を読みながらそう挨拶を返す。ザフィーラは犬の姿のままはやてに近づいていき、その頭を撫でてもらっている。

「ごめんな、シャマル。今日はちょっと寝坊してしもうた。」

「いいんですよ、はやてちゃん。今日は私が作りますからそのまま寛いでてください。」

はやての言葉を聞きながらもシャマルはそう優しく答えながら朝食の準備を整えていく。その手際は最初にこの家にやってきた頃からは想像ができない程だ。

はやてにとってシャマルは優しいお母さんといった存在だ。といっても見た目も性格もそんな年齢ではないのだが。主にはやての日常のサポートを一番にしてくれているので自然とそんなことを感じるようになっているのだった。

「シグナムは今日も稽古に行くん?」

「ええ、傷ももうすっかり良くなりましたし。」

ソファに座って新聞を読んでいるシグナムに近づきながらはやてはそう尋ねる。シグナムはいつもと変わらない凛とした雰囲気でそれに応える。

はやてにとってシグナムは頼れるお姉さんというような存在だった。その物腰、雰囲気からとても頼りになる。一度まるでお父さんの様だと言ってしまった時にはさすがにショックだったのか、困惑していたのでそれからはそれは禁句になっている。最もそれを聞いてしまったヴィータから度々ネタにされてしまっているのだが。

「ほうか、でも怪我せんようにな。」

「はい、ありがとうございます。」

そう一応釘をさしながらもはやては自分の隣に座っているザフィーラを撫で続けている。

ザフィーラは本当は男性の姿にもなれるのだが家にいるときはほとんど犬の姿で過ごしている。物静かで自分からしゃべることは少ないがとても頼りになる存在だ。よくその背中に乗せてもらって移動することがはやての楽しみの一つでもあった。


「うう………おはよう……」

そんな中、寝癖が直っていないままぬいぐるみを手にもってるヴィータがリビングに姿を現す。どうやらまだ寝ぼけてしまっているようだ。昨日はいつもより遅くまで自分と一緒にテレビを見ていたせいだろう。

「ヴィータちゃん、ちゃんと寝癖を直してから来なさい。もうすぐ朝ごはんだから。」
「はーい………。」

そんなまるで親子の様なやり取りをシャマルとしながらヴィータはそのまま洗面所に向かって行く。

はやてにとってヴィータは妹のような存在だ。騎士たちの中でも一番年齢が近いということもあって特にはやては可愛がっている。初めは人見知りが激しかったが、今では本当の姉妹の様な関係になっている。


「そういえば……みんな、明日には前言ってたすずかちゃんを夕食に招待しとるからそのつもりでな。」

はやてはそう騎士たちに伝える。それはずっと前からしていたすずかとの約束だった。


「そういえば……この間、図書館で知り合った女の子でしたよね?」

「そうですか……では夕食には戻ってくるようにします。」

そんなはやての言葉にシャマルとシグナムはそう嬉しそうに答える。自分たち以外の、それもはやての友達が来ることは騎士たちがこの家に来てから初めてのことだったからだ。ザフィーラもはやてに寄り添うことでそれを伝える。


「よろしくな、私も腕によりをかけてご飯作るから楽しみにしといて!」

はやては自分の腕をまくりながらそう元気よく宣言する。はやては一人暮らしをしていたおかげもあり料理には自信がある。初めて友達を夕食に招待すると言うことで張り切っているようだ。

「ほんと!?はやての料理はギガうまだからな!!」

そんなはやての言葉を聞きつけたヴィータがそう嬉しそうな声を上げながらリビングなやってくる。特にヴィータははやての料理には目が無く、期待が膨らんでしまっているようだ。そんなヴィータにはやてたちの間に笑いが起きる。そんなはやてにたちにヴィータ赤くなりながらも反論していく。


それがはやての日常。


家族がいて、友達がいる。本当に自分が心から望んでいた生活。

きっかけは誕生日に起動した闇の書。

初めは驚き、戸惑いもあったがそれもあっという間になくなった。

騎士たちも最初は生活に戸惑いがあったようだがこの半年ですっかりそれもなくなり、自然にこの世界で生活を送れるようになった。

誰かと一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に寝る。

それははやてが本当に心から望んだ、自分の夢だった。そしてそれが今、現実になっている。

自分は足が悪く歩くことができない。でもそんなことを忘れることができるぐらい、はやては今、幸せだった。



今がずっと続けばいい。はやてはそんなことを一人、願い続けるのだった………




夜の海に面した砂浜の中に犬夜叉の姿をした闘牙の姿がある。そしてその周りの海岸は妖怪化した闘牙の力によって無残な姿になってしまっている。

闘牙は一人、鉄砕牙を砂浜に突き刺したままその場に座り込んでいる。その視線は海に向けられているがその目はさらに遠くを眺めているようだった。

妖怪化の制御の修行を始めてから既に一週間以上が過ぎ去っている。だが妖怪化の制御を闘牙は全く行うことができないでいた。最初は自分の焦りによるものがあるのだとそう闘牙は考えていた。だが今、自分はあのときよりも落ち着き、冷静に妖怪化の制御に挑んでいる。それは先のなのはたちの闘いを見たからでもある。


なのはたちの成長した姿。

それを見て闘牙は自分がなのはたちの力を見誤り、自分が闘わなけらばいけないと言う強迫観念の様な物に囚われていたことに気づくことができた。

だがなのはたちは既にあの騎士たちと互角に戦える程の力を手に入れている。そしてクロノやエイミィ、リンディもそのサポートについている。なら自分は焦らずに確実に再び戦えるように修行をすればいいと、そう考えることができた。


だが気になることもある。

それは謎の仮面の男の存在。

クロノは先の戦闘でシャマルを補足し、逮捕寸前まで追い詰めた。だがその瞬間、仮面をつけた謎の男の乱入によってそれを邪魔され、結果騎士たちを逃がしてしまうことになってしまった。

そしてその強さも驚きに値する。あのクロノを仮面の男は体術だけで退けたことになるからだ。どうやら騎士たちの仲間ではないようだがその目的も不明。事態は混迷を深めつつある。



なのはたちと共に戦いたい。それが今の闘牙の願いだった。だがそれでも自分は妖怪化を制御することができない。

何か自分は根本的な間違いを、勘違いをしているのではないか。そんな不安が闘牙を支配し始める。



闘牙は大きな溜息を吐いた後、思考を切り替える。


それはこれからのこと。


騎士たちとの戦い。それは恐らくそう長く続くことはないだろう。もしかしたら自分は闘えないまま終わってしまう可能性もあるが、なのはたちなら自分がいなくともうまく対処することができるだろう。もっとも自分もこのまま指をくわえて見ているつもりは毛頭ないのだが。


そしてそのさらに先のことに闘牙は思いを馳せる。それは闘牙がこれまで考えていなかった、いや考えようとしなかったこと。


今、自分は翠屋で働いている。それは高町家の好意に甘える形でだ。自分もその仕事があんなに楽しい物であることは知らなかった。最初はなし崩し的始めた仕事ではあったがこんな仕事を続けるのも悪くない。そんな風に感じ始めている。


なのはとフェイトは恐らく魔法に関係した道に進むことになるだろう。それは確信に近い物だった。

特になのはは初めて出会った頃からずっと見ていた闘牙にはよく分かる。なのはなら魔法という力を正しく使うことができるだろう。もうすぐ帰ってくるユーノもその力になってくれるはずだ。

フェイトも恐らくはそういう道に進んでいくのだろう。だがアルフはもちろん、恐らく新しい家族になるであろうリンディ、クロノの存在がある。きっと彼らがいれば大丈夫だろう。


そして自分自身。


自分は闘う力は持っているがその力は魔法ではない。今は外部協力者ということで大目に見てもらってはいるがこの先はそうはいかない。時空管理局は基本的に質量兵器の使用は禁止しているらしいからだ。だが元々自分は闘うこと自体が好きなわけじゃない。無理にそういう仕事に就く必要もないだろう。


もう一度学校に通う。それも選択肢の一つだ。高校からはもう厳しいかもしれないが勉強して大学に進学すると言う手もある。学校に通う。それはかごめとした約束でもある。


闘牙は一人、静かにこれからの自身の未来を考える。




そして気づく。




今、俺は自分の未来のことを考えていたはずだ。




なのにどうして



どうして俺はまるで他人事の様にそれを考えているんだ………?





闘牙は気づく。


自分のことをまるで他人の様に考えている自分自身に。


自分はこの感覚を知っている。


それは初めてなのはと出会い、暴走体によって重傷を負わされた時。



『誰かを守れる力が欲しい』


あの時の強い想いがあったから今、自分は再び立ち上がることができた。


あの時の想いは今もまだ自分の中にある。


だが



それと同じぐらい心の中で俺は――――



あのまま死んでも構わないと――――――






瞬間、闘牙は自分の顔面に拳を叩きつける。


それは恐れ。


気づいてはいけない。


それに気づいてはいけない。


それに気づいてしまったら俺はもう――――――





闘牙は立ち上がり鉄砕牙を手に取ったままその場を後にする。まるで何かから逃げ出すかのように……………






「それで……フェイトはあれから闘牙と遊びに行ってるの?」

アリサが興味深そうに自分の隣で弁当を食べているフェイトにそう尋ねる。今、アリサ達はいつもの四人で集まり、屋上で昼食を取っている最中だった。すずかもそんな二人の話に聞き入っている。

「ううん……トーガはいつも翠屋で働いてるし……前もう一度家に行ってみたんだけど留守だったんだ。」

そんな二人の様子に気圧されながらもフェイトはそう答える。

実際闘牙はほぼ毎日と言っていいほど翠屋で働いており、休みの日も妖怪化の制御の修行で出かけているためフェイトと出会う機会が少なかった。もっと遊べると思っていたフェイトはそのことに少し寂しさを感じているのだった。そんなフェイトの様子を見て取ったアリサは

「それなら……そうよ、闘牙にデートの約束をすればいいのよ!」

突然大きな声を出しながらそうフェイトに提案する。それは本当にただの思いつきだったのだが。

「でーと……?」

そんなアリサの様子に驚きながらフェイトは疑問の声を上げる。デートが何なのかをフェイトは知らなかったからだ。アリサはそんなフェイトに自慢げに説明する。

「デートっていうのはね、好きな人と遊びに行くことよ!」
「ア……アリサちゃんっ!!」

声高らかに宣言するアリサにすずかが慌てて制止に入る。アリサは初めなぜすずかが自分を止めようとするのか分からなかったがすぐその理由に気づく。

フェイトは自分が闘牙を好きなことに気づいていない。にも関わらず自分がそのことを言ってしまった。アリサは一気に血の気が失せ、背中には冷や汗が流れ始める。そして恐る恐るフェイトに目をやる。だが

「へえ……そうなんだ……。」

フェイトは特に気にした風もなくそうアリサの言葉に頷く。どうやらアリサの言った好きの意味とは違う意味として捉えてくれたようだ。もしかしたらそういう好きという感情をまだよく分かっていないのかもしれないが。とにかく心配した事態にはならずアリサとすずかは胸をなでおろす。

「じゃあいつ行くかと場所を考えましょう!ちょっとなのは、あんたもさっきからぼーっとしてないで考えなさいよ!」

調子を取り戻したアリサはそう言いながら先程から一言も発していないなのはに向かってそう話しかける。だがなのははそんなアリサの声が聞こえていないのかまだぼーっとしているままだった。

「ちょっと、聞いてんの、なのは!?」

「ご……ごめん……アリサちゃん……」

いつも通りアリサにもみくちゃにされるなのはにフェイトとすずかは苦笑いするしかない。

だがそんな中、なのはの頭の中にはすでに一つのことで一杯だった。


それはユーノのこと。


今日の夕方、二週間ぶりにユーノが帰ってくることになっていたからだ。




「お……お邪魔します!」

なのはは肩で息をしながらもそう言いながらアースラの本部の部屋に入って行く。待ち切れなかったなのははフェイト達よりも先に走って帰って来たのだった。その目には喜びが満ちていた。

二週間。

言葉にしてみればなんてことのないような時間だがなのはにとっては今まで一番長い二週間だったかもしれない。そう感じるほどの物だった。

何度か連絡をしようとしたのだが時間が会わず結局できずじまいだった。でも訓練の方は順調に進んでいるらしいことはクロノからは聞いていたため安心することができていた。

なのはは慌てて走ってきてしまったため乱れてしまった髪と服装を直しながら部屋に入って行く。

いつも会っているユーノに会う。

なのになぜか緊張してしまう自分を感じながら意を決して部屋に入ったそこには



モニターの向かって話をしているクロノの姿があるだけだった。



「……………あれ?」

そんな光景になのははそんな声を上げてしまう。周りを見渡してみるもそこにユーノの姿は見当たらない。

間違いなく今日がユーノが帰ってくる日だったはず。

もしかして入れ違いでユーノは先に家に帰ってしまったんだろうか。そんなことを考えていると


「………ああ、なのはか。すまない、すぐに連絡しようと思っていたんだが……。」

いつの間にか部屋にやってきているなのはに気づいたクロノはそう言いながら自らが話していたモニターをなのはに向ける。そこにはいつもと変わらないユーノ・スクライアの姿があった。


「ユ……ユーノ君っ!?」

『な……なのはっ!?ひ……久しぶり、元気だった?』

驚きの声を上げるなのはにどこか照れくさそうにしながらもユーノはそう声を掛けてくる。その姿も仕草もなのはが知っているユーノと全く変わっていなかった。そのことに喜びながらもなのはは疑問の表情を浮かべる。

ユーノは今日帰ってくる予定だったはず。なのになんで本局にいるままなんだろう。そんななのはの様子に気づいたクロノがどこか罰が悪そうに説明をする。


「本当なら今日戻ってくる予定だったんだが……少し頼みごとをユーノにしてもらいたくてもう少しあっちで仕事をしてもらうことになったんだ……」

「頼みごと……?」

なのはの不思議そうな顔を見ながらもクロノは説明していく。


『無限書庫』

それは時空管理局本局内にある世界の書籍やデータが全て収められた超巨大データベース。

そこは、『世界の記憶を収めた場所』と呼ばれるほどの場所。

クロノはユーノにそこで闇の書に関する情報を探ってほしいと頼んできた。


無限書庫はその名の通り、膨大な量の資料があるものの、その数故に整理ができておらず資料を探すことは困難を極めていた。だがユーノ達スクライア一族は遺跡や古代史探索など過去の歴史の調査を本業としており、それらはいわばお手の物。そこでクロノは修行がひと段落したユーノにそれを依頼することにしたのだった。

なのはたちがカートリッジシステムを手に入れ騎士たちと互角に戦えるようになったこと。ユーノ自身のデバイスもまだ完成していないことからユーノもそれを了承することにしたのだった。

そして何よりも闇の書について今分かっている以上のことが何も分かっていないと言うこと。それがクロノとユーノにとって大きな不安要素だったからだ。先の戦闘でもシャマルは闇の書の魔法を行使してきた。

それはクロノにとって予想外だった。闇の書の力を行使できるのは主だけだと思っていたからだ。守護騎士をとらえれば何とかなると思っていたがどうやらそう一筋縄ではいかないらしい。もしこれ以上大きな見落としがあっては取り返しがつかない。

ユーノもこれもなのはを、仲間たちを守るためには必要なことだと判断し、本局に残ることにしたのだった。



「そうなんだ………」

どこか残念そうな表情を見せながらなのははそう呟く。今日会えると思っていただけに期待が裏切られたなのははそのまま俯いてしまう。

『だ……大丈夫だよ、なのは。調べ物が終わったらすぐに帰るからそれまで』
『あ、ユーノ。どこに行ったかと思えばこんなところに!』

そんななのはの様子を見て取ったユーノがそう口にしようとした瞬間、ユーノは突然、誰かに抱きつかれてその場に倒れ込んでしまう。

それはリーゼロッテの仕業だった。

ロッテは抱きついたままユーノをもみくちゃにしていってしまう。その姿に同じ弟子としてクロノも同情せざるを得ない。

『すぐ帰るなんてそんな寂しいこと言うなよ~!無限書庫でも手伝ってあげるんだから師匠の言うことは聞きなさい!』
『ちょ……ちょっと…!離して……ロッテさん!』

息も絶え絶えに抵抗しようとするも近接戦闘のエキスパートであるロッテから逃れることなどできるわけもない。そして




「…………………」

そんなユーノの様子を冷たい視線で眺めているなのはの姿があった。



『な……なのは……?』

そんな様子に気づいたユーノがそんな恐る恐るといった風な声を出す。まるでモニターからでもその空気が伝わっているかのようだ。

それを直に感じ取ったクロノは静かに既にその場から姿を消していた。

そしてしばらくの沈黙の後





「ユーノ君の……バカ――――!!」

なのははそんな叫びを残したまま部屋を去って行く。

ユーノはそんななのはの叫びを聞き、呆然とするもそのままロッテにいいようにおもちゃにされ続けるのだった………。




夕食の時間の高町家に闘牙の姿がある。今日は遅くまでのシフトで桃子に夕食に誘われ、久しぶりに御馳走になることにしたのだった。そして一人、闘牙がリビングでくつろいでいると


制服姿のなのはが玄関から戻ってきたことに気づく。


だがユーノの姿が見当たらない。確か今日はユーノが帰ってくる日。

それを迎えに行くとなのはが嬉しそうに言っていたため、闘牙は気を利かせてなのはだけに迎えを任せたのだった。


「おい、ユーノはどうしたんだ、なのは?」

闘牙はそうなのはに何の気なしに尋ねる。それはある意味当然の疑問。闘牙に全く非はなかった。だが



「……………っ!」

その瞬間、なのはは鋭い目つきで闘牙を睨みつけてくる。




その迫力と剣幕に闘牙は思わず固まってしまう。

それはこれまでで見たことない本気のなのはの怒りだった。

なのははそのまま階段を駆け上り自分の部屋に帰って行ってしまう。


闘牙はそんななのはを見ながら気づく。あの感覚。自分はそれを知っている。


それは桔梗にキスをされたところを見られた後のかごめのもの。






本能で状況を悟った闘牙は心の中でユーノに手を合わせることしかできなかったのだった…………



[28454] 第27話 「遭遇」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/03 11:41
まだ日が昇ってから時間が経っていない早朝、白い息を吐きながら歩いている少年の姿がある。それは翠屋に向かっている闘牙の姿だった。

今日は朝早くからの仕事になっており、店の準備や仕込みのために早朝から働きに出ているのだった。今では厨房にも入るようになっているため、初めに比べれば格段に任せられる仕事も増えているためそのことにやりがいを感じている。なんだかんだで楽しんで仕事をすることができている闘牙だった。


そしてそれほど時間を掛けずに闘牙は翠屋に辿り着く。闘牙のアパートはそれほど離れた場所ではないのでそれも助かっている理由の一つだ。

そして闘牙は翠屋の中に灯りが付いていることに気づく。いつもこの時間なら自分が一番早くに来るのでまだ誰もいないはず。士郎か桃子だろうか。そんなことを考えながらドアを開けて店内に入った瞬間、



「いらっしゃいませ―――!!」

なぜかメイド服を着ているアルフの大きな声が店中に響き渡った。




「…………………」

闘牙はそのまま静かにしばらくアルフに向けて視線を向けた後


踵を返し、そのまま店から出ていこうとする。




「ちょっ……ちょっと!!どこいくのさ、闘牙!?せっかく出迎えてあげたっていうのに!?」
「アルフ…………。」

アルフは慌てて闘牙にしがみつきながらなんとか引き留めようとするもそのまま引きずられて行ってしまう。店内にいたフェイトはそんなアルフを見ながら恥ずかしそうに顔を赤くすることしかできない。

どうやら面倒くさいことになりそうだ。そんなことを考え、大きな溜息をつきながら闘牙は仕方なく、そのまま翠屋に戻って行くのだった………



「で………その格好は何なんだ……?」

何とか落ち着きを取り戻した闘牙はそのまま店の準備をあらかたすませた後、そう言いながら改めてアルフとフェイトに向かい合う。今日は休日であるためフェイトも来ているようだ。

闘牙はそのまま再びアルフの姿に目をやる。その姿は間違いなくメイド服だった。だがなぜそんな恰好をしているのか、というかどこからそんなものを手に入れてきたのか。


「おかしいのかい?前テレビでは喫茶店ではメイド服で女の子は働いてるって言ってたのに。」

アルフはそう不思議そうな顔をしながら自らが着ているメイド服をいじりまわしている。どうやらテレビの、しかもあまり一般的ではない知識に振り回されてしまったらしい。


「確かにそういうところもあるが………それよりその服どこで手に入れてきたんだ?」

「これ?これはすずかの家のメイドからもらってきたんだ。何でも、もう古くなったからって。」

闘牙の疑問にそうアルフは胸を張って答える。そういえばすずかの家は大きな屋敷でメイドもいたことを闘牙は思い出す。どうやらアルフもフェイト一緒にいろいろと遊びに行っているらしい。

「そうか……で、今日は何しに来たんだ?悪いが今日は仕事だから遊びには行けねえぞ?」

闘牙はそういいながら店の開店の準備に入って行く。フェイトと一緒に来たということは恐らく遊びに来たのだろうが流石に仕事をほっぽり出すわけにはいかない。ならなのはと一緒に遊んでいけばいいとそう提案しようとするが

「心配いらないよ、今日私たちは翠屋の手伝いできたんだから!ね、フェイト?」
「う……うん。」

そう言われることは分かっていたと言わんばかりにアルフはそう自信満々に答える。フェイトもそんなアルフに続くように頷く。そんな三人の様子を厨房にいる桃子が楽しそうに眺めている。どうやら桃子はそのことを知っていたようだが自分にわざと教えなかったのであろうことを闘牙は察する。

「…………いろいろ言いたいことはあるが邪魔だけはすんじゃねえぞ。それとその耳は人前では出さないようにしろ。」

闘牙は頭をかきながらそうアルフに釘を刺す。アルフの知り合いのほとんどはアルフが使い魔であることを知っているため隠す必要はないが店で働くなら話は別だ。流石に一般人相手に見られるわけにはいかない。だが

「いいじゃないか、この世界の人間も同じようなもの付けてたよ?たしか……こすぷれとかいったっけ……?」

アルフはそう思い出したようにそれに応える。闘牙はそんなアルフの答えに呆れるしかない。どうやらアルフの知識はかなり偏ったものであるらしい。

「それに闘牙も犬夜叉の姿になればいいじゃないか。それならそう言う場所だってみんな分かってくれるさ!」

アルフは名案を思いついたとばかりにそうはしゃぎ始める。そんな訳の分からない理論を聞きながら闘牙は頭を抱える。

動物の耳を着けた自分とアルフが翠屋で並んで働く姿…………………嫌過ぎる。


「あら、いいじゃない。楽しそうだし、私は構わないわよ?」

そんな闘牙とアルフのやり取りが可笑しかったのか、笑いながら桃子はそう告げる。闘牙はそんな桃子の様子からその言葉が冗談ではないことを悟り、慌てながらそれを否定する。

だがアルフはまだ納得がいかないのかそれに噛みついてさらに騒ぎたてていく。まだ開店してもいないのに店はいつも以上に騒がしくなってしまっていた。

そんなやり取りをしながら闘牙はふとあることに気づく。それはフェイトが先程から一言も言葉を発していないこと。物静かなフェイトだがここまで静かなのは闘牙の記憶の中でも初めてだった。


「どうしたんだ、フェイト。調子でも悪いのか?」

「え…………う、ううん、そんなことない!」

何か考え事をしていたのか、闘牙に話しかけられたことに驚き、フェイトはあたふたしてしまう。相変わらず落ち着きがない奴だなと闘牙が考えていると

「ト……トーガ………お願いがあるんだけど………」

フェイトはどこか緊張し、手をもじもじさせながらそう闘牙に切り出してくる。その姿は何か言いづらいことを言おうとしているかのようだ。

「ああ……何だ?」

闘牙はそんなフェイトの姿に既視感を感じる。それは以前、自分のアパートに遊びに来た時の物。まだその時にやり損ねたことがあったのだろうか。

フェイトは一度大きな深呼吸をした後


「ク……クリスマスイヴに、私とデートしてくれない……?」


そう意を決したようにフェイトは闘牙に約束を持ちかける。フェイトは今日、それを言うために翠屋に訪れており、そのため来てからずっと無言のままだったのだった。


「デート……?」

闘牙はそんなフェイトの言葉に面喰ってしまう。デートと言う言葉もだがそんな言葉がフェイトから出てきたことの方が驚きだった。闘牙は改めてフェイトに目を向ける。フェイトは恥ずかしさのあまり顔を俯かせてしまっている。そしてそんなフェイトの姿をどこか楽しそうにアルフが見つめている。そんな二人の姿に闘牙は恐らく、アリサかアルフ辺りがフェイトにそんなことを焚きつけたのだろうと気づく。


「デートか………でもイヴはな………。」

闘牙はあごに手を当てながら難色を示す。

クリスマスイヴ。

それは翠屋にとって一番の稼ぎ時であり、そして毎年恒例の地獄の忙しさになる。まだ実際に体験したことはないが士郎や桃子、なのはの話からそれが比喩ではないことを闘牙は理解していた。そんな日にある意味、店員の中ではリーダーに近い位置にいる自分が抜けるわけにはいかない。

そんな闘牙の姿にフェイトは目に見えて落ち込んでいってしまう。

『デート』

それがどんなものであるかフェイトは完全に理解しているわけではなかった。それでもそれが何か特別なものであることはアリサの話や本などで調べて何となく分かった。

前、トーガと一緒に公園に行ったこと。あの時は本当に楽しかった。きっとデートはあれよりも楽しいことなのだろうと、そうフェイトは期待していた。しかし闘牙の反応からそれが難しそうなことを感じ、フェイトは意気消沈してしまう。しかし


「……じゃあ、イヴの前に行けばいいんじゃないかしら。それならお休みもあげられると思うし。」

そんなフェイトの姿を見かねた桃子がそうフェイトに助け船を出す。その言葉に闘牙は気づいたような顔をする。確かにイヴには難しいがその前なら何とかなるだろう。


「そうだな………じゃあ、二十三日でどうだ?イヴじゃあなくなっちまうが………」

闘牙はそうフェイトに提案する。妥協案だが仕方がない。もしイヴに何か強いこだわりがあるなら悪いが今回は断るしかない。そう闘牙は考えていたが

「う……うん!それでいい!」

フェイトはそうすぐさま闘牙の言葉に応える。闘牙はそんなフェイトの勢いに思わずのけぞってしまう。元々イヴと言うのはアリサの提案であり、フェイトはそれほどそれにこだわっているわけではなかったからだ。

「そ……そうか。じゃあ、二十三日ってことでいいな?」

「うん、ありがとう、トーガ!」

闘牙と約束できたことが本当に嬉しかったのかフェイトは満面の笑みでそれに応える。そんなフェイトの姿に闘牙たちは思わず微笑んでしまう。


(デート………か……)

よく考えれば自分はデートなんてしたことがない。

もしかしたらこれが初デートと言うことになるのかもしれない。もっとも相手はフェイトなので一般的なデートとは言えないが。

恐らくアリサ達から言われただけでフェイトもよく意味が分かっていなのかもしれないがあんなに嬉しそうにしているのなら約束する甲斐もあると言う物だ。

ならフェイトを楽しませてやれるように計画を立てることにしよう。



闘牙は自分でも知らない内に不安定になっていた自分の心が安らいでいることに気づくのだった…………




正午過ぎの街へと続く大きな大通りの中、闘牙は一人、歩いている。

それは翠屋の買い出しのためだった。週に一回は闘牙は店員の中で唯一の男性であるということで買い出しに行くことが日課になっていた。先程までの仕事を思い出して闘牙は大きな溜息をつく。

案の定、アルフは仕事中にも問題ばかり起こしてくれた。注文された料理に向かってよだれを垂らしたり、人目があるにもかかわらずいつもの身体能力で動いたりとやりたい放題だった。まだフェイトの方が何倍も働いてくれるという何とも情けない結果だった。


闘牙はそんなことを考えながらいつも買い物をしている店に向かって歩いていく。

そしてその姿は犬夜叉の姿だった。

もちろん、火鼠の衣ではなく私服、そして頭には帽子をかぶっている。それは大量の買い物をする時のいつもの闘牙のスタイルだった。

この姿ならどんなに大量の買い物をしても疲れることなく持ちかえることができる。桃子もそれを見越して普通ならありえないような量の買い物を頼んでくる。できるだけ不自然にならないように気をつけてはいるがそう言った意味では自分もあまりアルフのことを偉そうに言えないかもしれない。そんなことを考えていると



「あれ……闘牙君……?」

そんな声が自分の近くから聞こえてくる。闘牙は驚きながらその方向へと振り返る。犬夜叉の姿の自分を知っている人はかなり限られていたからだ。そして振り返った先に


月村すずかと見たことのない車いすの少女の姿があった。



「おう、すずかか。久しぶりだな。」

すずかに気づいた闘牙はそう何気なく挨拶する。それはフェイト達と一緒に翠屋に来て以来になるのでかなり久しぶりの再会だった。すずかもそれに嬉しそうに答える。いつも穏やかなすずかだが今日はいつも以上に楽しそうだった。

そして闘牙はそのままその隣にいる車いすの少女に目を向ける。それは闘牙が初めて見る少女だった。

年はすずかと同じぐらいだろうか。もしかしたらクラスの同級生なのかもしれない。だが車いすのクラスメイトの話は一度もなのはやフェイトからは聞いたことはなかった。


「紹介しますね、私の友達の八神はやてちゃんです。」

「八神はやていいます。初めまして。」

すずかに紹介され少し照れくさそうにしながらそうはやては自己紹介をする。その姿からどうやらすずかとは仲がいい友達であることが伝わってくる。


「はやてか……俺は闘牙って言うんだ。よろしくな。」

闘牙はそう言いながらはやてたちに近づいていく。


しかしその瞬間、闘牙は何かに気づいたように突然その動きを止めてしまう。



「………どうかしたん?」
「闘牙君………?」

そんな闘牙の様子に驚きながら二人は戸惑いの声をあげる。だが闘牙はそんな二人の声が耳に入っていないかのようにその場に立ちつくしてしまう。


その目は見開き、そしてその視線ははやてに釘づけになってしまっていた。




(これは……………)


闘牙はそのままはやてを見つめ続ける。


闘牙は今、驚愕していた。


それははやての匂い。


犬夜叉の姿をしている自分にはそれが分かる。


はやての匂い。その中にヴォルケンリッター達の、騎士たちの匂いが染みついていることに。

騎士たちが恐らく近くに潜伏していることはクロノから聞き闘牙も知っていた。ならすれ違った人間にその匂いが残っていても不思議ではない。

だがはやてから感じる匂いはそんな物ではない。それは間違いなく一緒に暮らしていなければつかないような匂いだった。



そして闘牙はふと我にかえる。そこには不思議そうに自分を眺めている二人の姿があった。


「す……すまねえ。ちょっと考え事しててな………。」

闘牙は慌ててそうその場を取り繕う。だがその内心はまだ混乱の中にあった。そして同時に気づく。はやてから本当にわずかだが魔力を感じることに。それは闘牙だから分かるほどの本当にわずかなものだった。そして悟る。

目の前の少女、八神はやてが闇の書の主であるということに。それは闘牙の直感と言ってもいい物だった。


「なんや面白いお兄さんやな。」

そんな闘牙の胸中など全く気付かずはやてはそう面白そうに笑いながら闘牙に話しかけてくる。それに続くようにすずかも笑いを漏らす。闘牙はそんな二人を見ながらもう少し様子を見てみること決意する。もしはやてが危険な魔導師であればすずかに危険が及ぶ可能性もあったからだ。


「お兄さん珍しい髪と目の色しとるな。外人さんなん?それともハーフとか?」

はやては興味深々と言った様子でそう闘牙に質問してくる。確かにこの姿ではそう見られても仕方ない。

なんせ銀髪に金色の瞳。通りすがりの人からも好奇の目で見られることは日常茶飯事だった。だが最初はそれに戸惑っていたが今はすっかり慣れてしまっていたため闘牙はそんな質問に戸惑ってしまう。


「あ……ああ。………俺はハーフなんだ。」

闘牙は戸惑いながらそう質問に応える。それは嘘ではない。実際犬夜叉は人間と妖怪の間に生まれた半妖。ハーフと言ってもおかしくない存在だったからだ。事情を知っているすずかはそんな闘牙の言葉を面白そうに聞き入っている。


「そういえば今日はどうしたんだ。何か用事でもあるのか?」

闘牙はそう話題を変えようと二人に尋ねる。ここは街に向かう大通り。どこかに出かけようとしていたのだろうか。

「今日、はやてちゃんの家の夕食にお呼ばれしてて……その前に図書館で本を借りてきたところなんです。」

「そうなんや。」

二人は笑い合いながらそう闘牙の質問に応える。その姿は本当に楽しそうな友達同士の姿だった。そんな二人の姿に闘牙は見入ってしまう。

目の前の少女。はやてはとても闇の書を、魔力の蒐集を命じるような人間だとは思えない。

だがまだ油断するわけにはいかない。

魔導師にとって年齢が大きな判断材料にならないことを闘牙は知っている。なのはとフェイト。二人は九歳の少女にも関わらずあれだけの力を持っている。今の二人を相手にするのは今の自分でも苦労するだろう。はやてにそれだけの力がないとは言いきれない。そして闘牙は決意する。



「すずか、はやて………俺もその夕食に一緒に行きたいんだが……いいか?」

闘牙はそうどこかいつもより低い声で二人に話しかける。それはまるで今の闘牙の心境を表しているかのようだった。

「闘牙君…………?」

そんないつもと様子が違う闘牙に気づいたすずかはそんな疑問の声をあげる。すずかはまだ会って半年だが闘牙がどんな人物であるかは知っている。そんな提案をしてくるとは全く予想外だった。はやてもそんな闘牙のお願いに少し驚いたような顔を見せる。


「……実は今、夕食の材料を買いに行くところでな。よかったら一緒にどうだ?これでも料理に少しは自信があるからな。手伝えると思うぜ?」

二人の驚きを感じ取りながらも闘牙はそう言葉をつなぐ。これで駄目なら後ですずかにはやての家の場所を教えてもらうことにしよう。そう闘牙は考えていた。だが


「ええよ、人数が多いほうが楽しいもんな!それに料理には私も自信あるから簡単には負けへんよ!」

闘牙の言葉が気に入ったのかはやては楽しそうにそう言いながら闘牙の提案を了承する。そんなはやての様子を見たすずかもそれに合わせるように笑顔を見せ同意する。



本当ならこの時点でクロノ達に連絡するべきだったのかもしれない。


だが闘牙はそれをしなかった。


それは無意識からの行動。


自分は自分の目ではやてと騎士たちを見極めなければいけない。


そんな想いが闘牙の中にあったからに他ならなかった。





闘牙たちはそのまま買い物を済ました後、はやての家へと辿り着く。どうやら騎士たちは出かけているようだ。夕食には帰ってくるとはやては二人に伝えてくる。その際、家族の名前がはやての口から告げられる。

シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ。

間違いなくここがヴォルケンリッター達の拠点。そして目の間にいる少女が闇の書の主であることを闘牙は確信する。




「ほんまに闘牙君、料理上手いんやな。てっきり嘘かと思っとったのに。」

台所で三人並んで料理をしながらはやてはそう感心したような声を上げる。そんなはやての言葉にすずかは笑いながら答える。

「そうだよ、闘牙君は翠屋って言う喫茶店で働いてるの。」

「翠屋ってケーキが美味しいっていうあの?そうなんや。人は見かけによらんのやね。」

「お前な………。」

はやてのあまりに失礼な言い草に悪態をつきながらも闘牙は目の前の料理に手を加えていく。はやてはそんな闘牙の反応が面白いのか次々にちょっかいをかけてくる。すずかもそんなはやてと闘牙の姿を微笑ましく見ながらも会話に入り、笑顔を見せている。


「闘牙君、なんで部屋の中なのに帽子脱がへんの?」

「……………趣味だ。気にすんな。」

ある意味当然のはやての疑問に闘牙は焦りながらもそう誤魔化そうとする。だがその帽子に何かあると悟ったはやては何とか帽子を脱がしてやろうと車いすを動かしながら闘牙に迫ってくる。闘牙はそれから逃げながらすずかを盾にしそれをかわし続ける。そんな鬼ごっこを続けながらも時間はあっという間に過ぎていく



はやての姿は本当に楽しそうな普通の九歳の少女だった。


まだほんのわずかな時間しか関わっていないが闘牙はそう感じていた。とても演技だとは思えない。もしかしたらはやては何も知らないのではないか。そう考えてしまうほどだった。そして賑やかな夕食の準備が終わり、一息ついたところで



「ただいまー!!」

そんな元気な少女の声が家に響き渡る。その言葉にはやてが気付き、嬉しそうな表情を見せる。


同時に闘牙は気づく。


騎士たちが全員が一緒に帰ってきたことに。





騎士たちがいつもと同じようにはやての元に、家に戻ってくる。


そしてリビングに辿り着いた瞬間、



時間が凍りついた。





闘牙と騎士たち。


互いが互いを見つめ合う。


闘牙の顔には驚きも戸惑いも見られない。


だが騎士たちは対照的だった。ヴィータは目の前の状況が理解できていないのか目を見開き、闘牙を見つめている。

シグナムとザフィーラは状況を瞬時に理解したのか鋭い目つきで闘牙を睨みつけている。

シャマルは怯えた目で闘牙を見つめることしかできない。


騎士たちの反応はある意味当然だった。


自分たちを殺す寸前まで追い込んだ相手が目の前に、しかもはやてと共にいる。それは騎士たちにとって絶体絶命の状況に他ならなかったからだ。



「どうしたん、みんな?」

そんないつもと違う騎士たちの様子にはやては疑問の声を上がる。それはすずかも同じだった。だが


「てめえっ!!」

我に返り、状況を理解したヴィータはそのまま闘牙に向かって行こうとする。だがシグナムの手がその前に出されヴィータは制止させられる。


『シグナムっ!?』

『落ち着け、ヴィータ。この状況では闘うわけにはいかん。主はやてがいるのだぞ。』

『で……でもっ!』


シグナムは念話でヴィータにそう諭し何と落ち着かせる。

今、ここにははやてとさらにその友人であるすずかもいる。とても戦闘を行えるような状況ではなかった。

そして何よりはやてを狙われれば自分たちに勝ち目はない。いやそれを狙っているのなら当に決着はついているはずだ。


『どうやら闘牙はここで戦うつもりはないらしい……シャマル、もう無駄かもしれんが通信妨害を頼む。』

『は……はい!』

シグナムの言葉に我を取り戻したシャマルはすぐさま家の周囲に通信妨害の結界を張る。

既に管理局には伝わってしまっている可能性の方が高いが仕方ない。状況的には既に詰みと言ってもいい状況。それでも自分たちは負けるわけにはいかない。

シグナムはヴォルケンリッターの将として最善を尽くすことを心に誓う。幸いにも闘牙はこの場で闘う気は全くないようだ。その証拠に闘牙は闘気も殺気も全く放ってこない。まるで自然体そのものだった。


「そっか、闘牙君がおったから驚いとったんか。紹介するな、すずかちゃんの知り合いのお兄ちゃんで闘牙君や。」

はやては騎士たちが知らない男性が家にいたことで警戒していたのだと考えそう皆に闘牙を紹介していく。

騎士たちもこれ以上いつもと違う態度を取るまいと考え、いつもどおりを装いながら交流をしていく。そしてすぐに夕食に移ることになった。


「さあみんな。遠慮せずに食べてな。今日は私だけやなくて闘牙君とすずかちゃんも手伝ってくれたからいつもより量があるよ!」

はやてはそう嬉しそうに宣言しながら料理を配って行く。皆、そのいつもより豪華な食事に驚きながらも次々にそれを平らげていく。

だがそんな中、ヴィータだけが鋭い目つきをしたまま闘牙を睨みつけている。それは今にも飛び出して行きかねない程の様子だった。だが


「こら、ヴィータ。いつまでそんな怖い顔してるん?」
「は……はやて……。」

そのことに気づいたはやてがそう言いながらヴィータの頭を撫でてくる。そんなはやてにヴィータは為すがままにされるしかない。

「ごめんな、闘牙君。この子人見知りが激しいけど悪い子やないんよ。許したげてな?」

「ああ……分かってる、気にすんな。」

闘牙はそんなはやての言葉にどこか罰が悪そうな顔で答える。それは本当なら楽しいものになったであろう今日の夕食を自分が台無しにしてしまった罪悪感からだった………




夕食が終わった後、闘牙とシグナム、ヴィータ、ザフィーラは家の外で静かに対峙していた。


すずかはそのままはやての家に泊まることになり、シャマルは家に残ることになった。そしてシグナム達は闘牙を送って行くと言う口実の元、家の外に出向き、今の状況となっていた。



闘牙と騎士たちはそのまま何を言うでもなくただ睨みあう。


まるで時間が止まっているのかと思ってしまうほどの緊張が両者の間に流れていく。



「今、管理局はお前だけなのか?」

シグナムはそう静かに闘牙に問う。あれから周囲を警戒していたが他の魔導師の気配は全く感じられなかったからだ。


「ああ………まだこのことは管理局には伝えてねえ……。」


そんなシグナムの問いに闘牙はそう事実を告げる。今の自分の行動はまさに独断専行、命令違反と言ってもいいものだった。だがそれでも闘牙は自分自身ではやてのことを、騎士たちのことを見極めたいと考えていた。


「そうか………悪いが管理局にこのことを伝えられるわけには行かない。ここでは闘えん。場所を変えさせてもらうぞ。」


同時に騎士たちは魔力を放ち、その姿を変える。それは騎士甲冑。はやてが自分たちのために作り上げてくれた絆と言えるものだった。


それに応えるように闘牙も自らの首に掛けられた首飾りに手をやる。その瞬間、火鼠の衣と鉄砕牙が転送され、その姿が変わる。それは『犬夜叉』の姿だった。



そして闘牙たちの足元に転送の魔法陣が現れる。その行先は誰もいない管理外世界。



闘牙と騎士たちの視線がぶつかり合う。





今、闘牙と騎士たちの三対一。


そして




闘牙の自分自身との戦いが始まろうとしていた……………



[28454] 第28話 「願い」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/05 08:43
荒れ果てた荒野。そんな光景が地平線の彼方までどこまでも続いている。そんな荒廃した世界の中、四人の人影がある。

闘牙と騎士たち。

騎士たちは闘牙を取り囲むような形で対峙している。

三対一。

それは騎士の誇りに、誓いに反するもの。騎士たちもそれは理解している。

だがそれでも闘牙の強さを知っているから、何よりもはやてのために自分たちは絶対に負けるわけにはいかない。

卑怯と罵られようと卑劣だと断じられようと構わない。主の、はやての笑顔のためなら騎士の誇りも、誓いすら捨てると誓ったあの日。それを守るために騎士たちは全身全霊の全力を持って闘牙と闘う覚悟で闘牙と向かい合う。


闘牙はそんな騎士たちを見ながらも一言も言葉を発しようとしない。いや、もはや自分たちの間に言葉など必要なかった。

目の前の騎士たちの姿。その気迫と覚悟。それがまだ戦いが始まっていないにもかかわらず自分に伝わってくる。それは以前の闘いの時とは比べ物にならない程の物。


『真剣勝負』


騎士たちは持てる力の全てを持って自分と闘うつもりなのだと、そう闘牙は悟る。そこには以前あった余裕や甘さは全くない、自らの主を守る守護騎士の姿がそこにはあった。


そして闘牙も決意する。



自分もまた全力を持って騎士たちと闘うことを。





闘牙は自らの腰にある鉄砕牙を抜き、構える。その刀身には既に風が渦巻いている。


それに合わせるようにシグナムはレヴァンティンを


ヴィータはグラーフアイゼンを


ザフィーラは自らの拳にその力を込める。


半妖と守護騎士たち。


全く違う二つの力が向かい合う。その闘気によって辺りは一気に空気が張り詰め、緊張がその場を支配する。並みの使い手ならその闘気だけでも戦意を失ってしまうであろう、それほどの闘気が、殺気がぶつかり合う。


両者の間に時間が流れる。


それは時間にすれば数秒に過ぎない。だが闘牙にはそれがまるで数時間の様に感じられるような、そんな錯覚すら感じる時間。


そして一際大きな風が巻き起こったその瞬間、互いの信念と譲れない物のための闘いが始まった…………




最初に動いたのは闘牙だった。闘牙は騎士たちが動き始めるよりも早くその手にある鉄砕牙を振りかぶる。


その姿に騎士たちは驚愕の表情を見せる。まだ自分たちは闘牙の間合いに入り込んでもいない。にもかかわらず何故。そんな疑問が一瞬、騎士たちに巡って行く。そして気づく。

騎士たちの脳裏にある光景が浮かぶ。それは先の闘いの最後の時。自分たちにとどめを刺そうとした時の物だった。そしてそんな騎士たちの隙を闘牙は見逃さなかった。



「風の……傷っ!!」


闘牙は自らの妖力を鉄砕牙に込めながらその刀身を振り切る。その瞬間、凄まじい威力を纏った風の傷が放たれていく。その威力によって大地は裂け、暴風が辺りを吹き飛ばしていく。そしてその矛先はシグナムに向けられていた。シグナムはそれを見ながらも為すすべなく風の傷に飲みこまれていく。まさに一撃必殺に相応しい攻撃だった。



風の傷による各個撃破。それが闘牙の狙いだった。

守護騎士たちとの三対一。それはいくら闘牙といえど苦戦せざるを得ない。一対一なら風の傷を使わずにも勝利することもできるかもしれない。だが目の前のこの状況。風の傷なしでこれを切り抜けられると思うほど闘牙は自分の力を過信していない。

それでもつい先ほどまでの闘牙なら騎士たち相手に風の傷を使うことはなかっただろう。だが騎士たちの覚悟と決意。それを前にして闘牙は風の傷を使うことを決意した。それは騎士たちの力を、覚悟を認めたからこそ。


それは闘牙自身が犬夜叉の力を取り戻して以来初めて、全力の闘いをすることを意味していた。

そして何よりも戦いが長引くことで妖怪化の危険が生まれてしまうことを闘牙は恐れていた。




最初にシグナムを狙ったのにはいくつか理由がある。



一つ目は闘牙は一度シグナムと闘い、その実力を知っていたこと。

風の傷を使うといってもその加減を間違えれば間違いなく自分は騎士たちを殺してしまう。それは闘牙にとって敗北以上に侵してはならないもの。だが闘牙はシグナムと闘いその力量を知っている。それを計算したうえで闘牙は戦闘不能になるであろう威力の風の傷をシグナムに向かって放った。それでも危険がないわけではない。だがそうせざるを得ない程の強さがシグナムには、騎士たちにはあった。


二つ目はシグナムが騎士たちの中で中心的な役割を担っていること。それに気づいたからだった。

加えて恐らくシグナムはヴォルケンリッターの中では一番の実力者。それを最初に撃破することができれば他の騎士たちの戦意も削ぐことができる。それが闘牙の狙いだった。だが



闘牙は瞬間、驚愕する。


シグナムが風の傷に飲まれてしまったにも関わらず、ヴィータとザフィーラは全く動じることなく自分に向かってこようとする。そんな二人の姿に闘牙は戸惑ってしまう。ヴィータとザフィーラの姿には、瞳には全く恐れも怒りも見られない。それは自らの将であるシグナムを誰よりも信頼しているからに他ならなかった。闘牙がそのことに気づいた次の瞬間、



放たれた風の傷の中から傷つき、ボロボロになりながらも全く戦意も闘気も衰えていないシグナムが飛び出してくる。その手に握られたレヴァンティンはすでに刀身に炎を纏っている。

シグナムは自らの防御のバリアを瞬時に全面に集中して展開、同時にカートリッジで魔力を増したレヴァンティンの斬撃によって風の傷にひずみを作りそこを一点突破してきた。


それはまさに百戦錬磨のシグナムだからこそできた神業と言えるほどの絶技だった。




「くっ!!」

闘牙は自分に迫ってくるシグナムに驚きながらも再び鉄砕牙を振りかぶり、風の傷を放とうとする。同時に自らの甘さを痛感する。相手を倒したと思った時こそが危険であること。それは自分がなのはに教えたことでもある。闘牙はまだ心のどこかで騎士たちを侮っていたことに気づき瞬時に心を整え、鉄砕牙を振り切ろうとする。だが


「させんっ!!」

咆哮と共にシグナムがその速度によって一気に闘牙の間合いに斬り込み、再びカートリッジによって力を増した全力の一撃を闘牙に向かって振り切ってくる。その速さはまさに電光石火。闘牙は咄嗟に鉄砕牙を自らの前に構え、それを受け流そうとする。しかしその威力によって闘牙は遥か後方に向かって吹き飛ばされてしまう。


(くそっ………!!)

闘牙は咄嗟に受け身を取りながら体勢を立て直そうとする。だがその瞬間、目の前には既にレヴァンティンを振りかぶっているシグナムの姿があった。闘牙は焦りながらも鉄砕牙に風の傷を纏わせながらシグナムの攻撃に応じていく。

風と炎。二つの力がぶつかり合い辺りはその威力と衝撃によって吹き飛んでいく。だがその凄まじさは先の闘いの時とは比べ物にならない。その力の前に闘牙は風の傷を放つ隙を作り出すことができなかった。そしてそれこそがシグナムの狙い。

いくら自分といえど先程の攻撃をもう一度受ければ恐らく致命的なダメージを負ってしまう。ならばあの技を使う暇を与えない程の速さの接近戦。それを狙うしかない。それは剣士としての長くに渡る戦いの経験がもたらす直感とすらいえるもの。そしてその攻撃の激しさ、鋭さは以前とは比べ物にならない。それはまさに剣聖と呼ぶに相応しい力。それがシグナムの本気の姿だった。


シグナム達ヴォルケンリッターは魔力の蒐集において相手を無力化する必要があり、そのため戦いにおいても不殺の誓いを立てていた。何よりもはやてのために人殺しはしない。それが騎士たちの誓いでもあったからだ。

そしてそれは戦いにおいてはある意味リミッターの様な役割を果たしていた。もしそれがなければいくらカートリッジシステムを手に入れたと言っても今のなのはとフェイトでは騎士たちには敵わなかっただろう。

今、騎士たちはその枷を外し、正真正銘の全力を持って闘牙に挑んできている。それは殺す気での全力でなければ闘牙を倒すことができない、そう騎士たちが闘牙の力を認めているからに他ならなかった。

そしてここで負ければ自らの主、はやては死んでしまう。その極限状態が騎士たちの力を限界以上に引き出していた。



自分たちは絶対に負けるわけにはいかない。

ただ闘うだけのプログラムである自分たちを優しく、本当の家族の様に扱ってくれた、安息の日々を与えてくれたはやてのために。

それが騎士たちの闘う理由だった。




(これは………!!)

シグナムと刃を交えながら闘牙は気づく。

騎士たちが闘う、闘わなければならないその理由。その強さ。

それが鉄砕牙を通じて自分に伝わってくる。それは間違いなく感情、本物の気持ち。決してプログラムでも機械でもない、騎士たちの主への、家族への想いだった。


そして闘牙は理解する。


それはかつて自分が持っていたもの。


そして




今、自分が求めているものであることに。



闘牙とシグナムの間に無数の火花が散って行く。鉄砕牙とレヴァンティンがぶつかり合い、その衝撃によって荒れ果てた荒野はさらに大きくその姿を変えていく。シグナムの命を掛けた猛攻。だがそれを前にしても闘牙はそれを何とかそれをしのぎ続ける。

しかしそれを前にしてもシグナムは焦りの顔を全く見せない。全力の自分の力をもってしても追い詰めることができない。本来ならば少なからず焦りは生まれるはずだ。例えそれがシグナムであったとしても。

だがシグナムは既に知っていた。目の前にいる男、闘牙の実力を。単純な強さでいえば間違いなく闘牙はシグナムを上回っている。限界以上の力を出している自分でもそれを簡単に追い詰めることはできない。加えて既に自分は風の傷によって少なくないダメージを負ってしまっている。このまま長引けば自分は間違いなく負けてしまうだろう。


それは正しい。

このまま戦えば間違いなくこの戦いは闘牙が勝利するだろう。



それが一対一の闘いであれば。



闘牙とシグナムの間にひときわ大きな鍔迫り合いが起きる。互いの愛剣が刃を交え、その摩擦によって火花が起き始める。だが次第に闘牙の持つ鉄砕牙がシグナムの持つレヴァンティンを押し込んでいく。力では半妖である闘牙に分がある。いくらシグナムといえどそれを覆すことはできない。そしてついにその力の均衡が崩れ去ろうとしたその瞬間、

「アイゼンッ!!」

ヴィータの叫びと共に魔力を帯びた鉄球が凄まじい速度で闘牙に向かって放たれる。その一つ一つに並みの魔導師なら一撃で倒してしまえるほどの力が込められている。それは弾丸の様に鍔迫り合いを起こしている闘牙だけに襲いかかってくる。それはヴィータの誘導によるものだった。

「っ!!」

そのことに気づいた闘牙は一気に自分の腕に力を込め、シグナムを吹き飛ばしながらそれを何とかかわそうとする。だがヴィータの誘導によって操られている鉄球たちはすぐさまその軌道を変え、再び闘牙に襲いかかる。闘牙はそれを鉄砕牙で斬り払おうとするも先程までシグナムと闘い体勢を崩してしまったことで鉄球をその体に受けてしまう。


「ぐっ!?」

その威力に闘牙は苦悶の声を漏らす。

自分は火鼠の衣と言う鎧と言っても過言ではない防御を纏っている。それはなのはたちのバリアジャケットにも引けを取らない程のもの。にもかかわらずこのダメージ。このままではまずいと判断し闘牙はそのまま二人から距離を取ろうと試みる。だが


「はあっ!!」

闘牙が逃げようとしたその場所には既に人間の姿のザフィーラが待ち構えていた。そして同時にその強力な蹴りが闘牙を襲う。何とか咄嗟に鉄砕牙を盾代わりにするもその威力によって闘牙は再び、シグナムとヴィータの前に押し戻されてしまう。

そのことに闘牙は驚きを隠せない。まるで自分の動きを読んでいるかのようなその手際、連携。それはヴォルケンリッターのもう一つの力だった。



ベルカ式、騎士は一対一の闘いを得意としている。それは対人戦に特化しているからでもある。


だがそれは決して集団戦ができないと言う意味ではない。


ヴォルケンリッター達は長い年月を共に闘い続けてきた存在。そのため互いの力を、思考を知り尽くしている。それ故その連携は一部の隙もない。


本来守護騎士は主を守りながら闘う存在。今の守護騎士たちの姿こそ本来の姿だった。




「はあああっ!!」

叫びと共に再びシグナムが疾風の如き速さで闘牙に斬りかかってくる。そしてそれを援護するかのようにヴィーダの誘導弾が闘牙に向かって放たれてくる。その連続攻撃に闘牙は防戦一方になってしまう。何とかしなければ。焦りながら闘牙がその場を離脱する術を模索しようとしたその瞬間、


光の鎖が突如、闘牙の両手に絡みついてくる。闘牙はそのことに驚きながらもそれをちぎろうとするがその強さにすぐにそれを壊すことができない。

それはザフィーラの得意とする拘束魔法。『盾の守護獣』その二つ名の通りザフィーラは防御の魔法を得意としている。だがそれだけではない。

相手の動きを封じる、主を、仲間たちを守る力がザフィーラの強さだった。


そしてその隙をシグナムとヴィータは見逃さなかった。



「レヴァンティンッ!!」

シグナムの声と共にカートリッジが装填され、レヴァンティンは連結刃へとその姿を変える。そして同時にそれは闘牙に向かって襲いかかる。だがその狙いは闘牙自身ではなかった。連結刃はそのまま闘牙ではなく、鉄砕牙に向けて疾走し、絡みついていく。そしてその力によって鉄砕牙は風の傷の力を封じられてしまう。それは闘牙が鉄砕牙の風の傷の力でザフィーラの拘束から逃れようとしているのを見抜いたからだった。


そしてそれに続くように赤い鉄槌の騎士、ヴィータがその相棒を振りかぶりながら闘牙に肉薄する。



「ぶちぬけえええっ!!」


ヴィータの咆哮に応えるようにグラーフアイゼンはカートリッジによって変形し、圧倒的速度、威力によって力を増し闘牙に向かって振り下ろされる。その攻撃力はシグナムすら凌駕する。まさに一撃必倒の鉄槌だった。


闘牙は残された力を振り絞りながら何とかその腕を盾代わりにその攻撃を受ける。だが


「がっ!?」

その威力によって闘牙の左腕に鈍い音が起きる。それはグラーフアイゼンの威力によって砕かれてしまった骨の音だった。その激痛に闘牙は苦悶の表情を見せながら声を上げる。

そして闘牙はその威力によって吹き飛ばされ、地面に叩きつけられてしまう。その威力によって地面には大きな穴ができ、辺りは砂埃で覆われる。そしてそれが収まった先には左腕を力なくぶらさげながらも何とか鉄砕牙を杖代わりに立っている闘牙の姿があった。

だがその姿は満身創痍。とても戦えるような状態ではなかった。



闘牙はそれでも闘う意思を失っていないかのように騎士たちに向かい合う。だが既に闘うことができない程の傷を負ってしまっているのは隠しようもなかった。



確かにヴォルケンリッター達は一騎当千と言っても過言ではない程の凄まじい力を持っている、


だがそれは闘牙にも当てはまる。実際に闘ってきた年月、経験はヴォルケンリッター達とは比べるべくもないが、闘牙は間違いなくそれに匹敵する、いやそれ以上の強さを持っている。それは例え三対一であったとしてもだ。


だが心の強さ。戦いにおいて最も重要なものが今の闘牙には欠けていた。


もし今の闘牙にかつて奈落や竜骨精達、そしてプレシアと闘った時の様な心の強さがあれば騎士たちにも負けはしなかっただろう。


だがその強さは今の闘牙にはなかった。





そしてその瞬間、闘牙の体に異変が起き始める。

「う……ぐ………!」

闘牙は突然、その場にうずくまり苦悶の声を上げ始める。それは傷の痛みによるものではない。


熱い。


体が熱い。


目の前が赤と白の光に点滅し始める。


同時に凄まじい破壊衝動が自分を襲う。


これを俺は知っている。


それは妖怪化の前兆だった。



それは半妖の犬夜叉の体が己の命の危機に反応したために起きていること。闘牙は何とかそれを抑えつけているもののその力は段々と力を増していく。


だが騎士たちはそんな闘牙の様子に気づきながらも再び襲いかかってくる。相手はどんな状態であれ遠慮も容赦もしない。そこに全く油断はない。歴戦の強者の姿がそこにはあった。


シグナム、ヴィータ、ザフィーラの猛攻が闘牙に襲いかかる。闘牙は何とか片手の鉄砕牙でそれをさばき続けるもその攻撃によって、火鼠の衣は破け、無数の傷が体中にできていく。


そして同時に妖怪化の進行がそれに呼応するように力を増していく。


目の前の敵を殺せと、引き裂けと妖怪の血が闘牙に迫ってくる。



体と心。


そのどちらもが摩耗し、擦り切れていく。その痛みと衝動によって意識が遠のく。もはや闘牙は限界を迎えようとしていた。


騎士たちはそんな闘牙を見ながら一気に勝負をつけることを決意する。




「はああああっ!!」

先陣を切ったのはザフィーラだった。ザフィーラは咆哮と共に自らが持つ最高の拘束魔法を闘牙に向かって放つ。その数と強さはこれまでの比ではない。闘牙はそれを何とかかわそうとするもその数と自らの満身創痍の体によってそれは敵わない。闘牙はそのままその場に縛り付けられてしまう。

そしてそれを待っていたかのようにヴィータが自らの相棒、グラーフアイゼンを振りかぶる。

その瞬間、今までとは比べ物にならない程のカートリッジと魔力が注ぎ込まれる。それはヴィータの最大の切り札が発動されようとしている前兆だった。


『Gigantform.』

アイゼンの声が響き渡る同時にその姿が大きく変わって行く。だがそれはラケーテンフォルムではない。それはヴィータの身の丈ほどもある巨大な鉄槌。


「轟天爆砕!!」

そしてそれをヴィータが振りかぶった瞬間、その大きさはさらに増し、数十倍の大きさにまで巨大化する。その光景はまるでこの世の物とは思えない物。圧倒的な力。それがヴィータの切り札だった。


「ギガント……シュラ――――ク!!!」


ヴィータの叫びと共にその圧倒的な質量、魔力をもった破壊の鉄槌が闘牙に向かって振り下ろされる。だがその大きさゆえに攻撃速度はこれまでの物より大きく劣る。闘牙ならそれを避けることも可能だったろう。だが満身創痍の上にザフィーラの魔法によって拘束されている闘牙にはそれを避ける術はない。残されたのはそれを受け止めることだけだった。


ヴィータの最大攻撃が闘牙に向かって振り下ろされ、闘牙は残された右腕で何とかそれを受け止める。だがそのあまりに強力無比な一撃によって闘牙の足元の地面はまるで隕石が落ちてしまったかのようなクレーターができてしまう。

同時にその威力と衝撃によって鉄砕牙が悲鳴を上げる。体中の傷が痛み、広がって行く。このままでは間違いなく自分は押しつぶされてしまう。だが今の自分にはどうすることもできない。それでも片手でその一撃を耐えることができていたのは皮肉にも妖怪化が進んでいたからだった。だが


そんな闘牙を見ながらもシグナムは自らの魂であるレヴァンティンとその鞘を自らの前にかざす。そしてその柄と鞘を連結させたその瞬間、


『Bogenform.』

レヴァンティンは光を放ちながらその姿を変える。それは連結刃ではない。それは弓。それがシグナムの切り札、レヴァンティンの第三の姿だった。


シグナムは矢を作りながらそれをヴィータのグラーフアイゼンによって押しつぶされようとしている闘牙に向ける。その目には迷いはない。

自分たちは……負けるわけにはいかないのだから。

シグナムはそのまま魔力を集中させながらその弓を引き、狙いを定める。そして



「駆けよ、隼!!!」
『Sturmfalken.』


その弓を闘牙に向かって放つ。その速度はまさに隼。いかに闘牙といえどこれを避けることは叶わない。その威力もこれまでの攻撃とは比べ物にならない。まさに一撃必中の切り札。


その躱すことのできない矢、敗北が闘牙に迫る。

いや、この矢が無くとも自分はこの鉄槌によって間もなく敗北するだろう。どちらにせよ結果は変わらない。


その刹那、闘牙はある感情に支配される。





それは『あきらめ』


自分の目の前の騎士たち。


その強さ、その心に自分は勝つことはできない。それは騎士たちが持っている心の強さ。それをかつて持っていたからこそわかるもの。


その迷いない、純粋な力の前に今の自分が敵うはずなどなかった。


そして妖怪化。


騎士たちの攻撃にさらされている今この時もその力が自分の心を蝕んでいく。自分はそれに抗うことができない。それを制御するために修業に明け暮れた。自分の弱さと向き合いながらそれを克服しようと、そう努力してきた。


でも………自分はそれを制御することができなかった………。


『心の弱さ』


それを超えることはできなかった。


騎士たちにも、妖怪の血にも自分は勝つことができなかった。


そう認めるしかなかった。



なのはたちと出会い、再び犬夜叉の力を取り戻してからの日々。


なのはとユーノ。二人を守り、導くことが自分の役割だった。


そしてなのはは新たな仲間を、力を手に入れ


ユーノは自らの闘う意味を見出し、強くなろうとしている。






ならもう………いいんじゃないか…………?



もう休んでも………いいんじゃないか…………?



再び闘う意味を取り戻してから………ただがむしゃらに走り続けてきた。ずっと前を向いて、ただひたすらに…………


それは『恐れ』


後ろを振り返ればきっともう走りだすことはできないと………そう分かっていたから…………


でも………それでも誤魔化せなかった……………



一人でいる寂しさも………辛さも………一人で夜眠ることができない恐怖も………


だから………もう……………



闘牙が自らの心に負け、妖怪化に身をまかせようとしたその時、






『トーガ』

そんな少女の声が聞こえた。


瞬間、闘牙の脳裏にある光景が浮かぶ。



それは妖怪化した自分を涙を流しながら止めようとしてくれたフェイトの姿だった。


その姿に闘牙は自らの折れかけた心をつなぎとめる。



もし自分が負けてしまえば


もし自分があの時の様に妖怪化してしまえばまたフェイトにあんな顔をさせてしまう。


それは自分が二度と見たくないと思っていた姿だった。


同時に闘牙の心にフェイトとの思い出が次々に蘇って行く。




公園で泣いていた自分を、闘う理由に迷っていた自分を救ってくれたフェイトの姿。


ただ純粋に母親のために闘い続けるフェイトの姿。


恥ずかしそうにしながらもこんな自分に嬉しそうについてくるフェイトの姿。


自分とデートに行くことをあんなに楽しみにしてくれるフェイトの姿。


その姿に


言葉に何度救われたか分からない。


その白い雪の様に純粋な言葉に何度安らぎを覚えたか分からない。


闘牙は気づく。



自分にとって




フェイト・テスタロッサがかけがえのない唯一無二の存在であることを。




そして思い出す。


それは半年前の光景。


時の庭園での最後の闘い。



自らの過ちに気づきながらもそのまま虚数空間に落ちていくことを選んだプレシア・テスタロッサの姿。



そしてその最後の願い。


それが闘牙には伝わってきた。それは鉄砕牙の力だった。





『フェイトを頼む』


それがプレシア・テスタロッサの、フェイトの母としての闘牙への最期の願いだった



だから――――――



あいつのために――――――



フェイトのために――――――





俺は負けるわけにはいかない―――――――!!



その瞬間、闘牙は長い間探し続けた本当の『答え』に辿り着いた――――――






巨大な爆発。自分とヴィータの切り札の直撃によって辺りはまるで爆心地の様な惨状になってしまう。

それを見ながら騎士たちは自分たちの勝利を確信する。だが闘牙であればこの攻撃を受けても致命傷を受けることはないだろう。しかしもう動くことができないほどのダメージは与えられたはず。後は悪いが闇の書が完成するまでどこかで拘束させてもらおう。そうシグナムは考えながらその爆心地に近づこうとする。そしてその瞬間、


爆心地から圧倒的な『力』が放たれる。


その衝撃によって辺りを覆っていた煙は一瞬でかき消され、騎士たちはまるで台風の様な暴風にさらされてしまう。


その力に騎士たちは戦慄する。

それは妖気。

それは本来騎士たちには感じ取ることができないもの。にもかかわらず騎士たちは本能でそれを悟り、気づく。自分たちの体が震えていることに。



煙が消え去った爆心地。その中心に一人の少年の姿がある。


それは闘牙だった。


だがその姿は大きく異なっている。



頬には紫の痣が浮かび、


爪が鋭くとがっている。



それは妖怪化してしまった闘牙の姿だった。だが以前とは大きく違うことがある。



それは目。その目には確かな闘牙の人の心が宿っていた。



その放たれる妖気も以前とは大きく異なる。騎士たちはそれに気づく。以前の様な恐怖や暴力ではない。



それは『温かさ』



フェイトへの闘牙の想いが形になったものだった。


それに共鳴するように鉄砕牙から凄まじい風が巻き起こり始める。それは『喜び』

今、鉄砕牙は喜びに打ち震えていた。自らの主が今、再び守るべきものを自覚しその力を取り戻した。それは鉄砕牙が五百年間、ずっと待ち望んでいた瞬間だった。





今この瞬間、妖怪の力と人の心を持った存在、『闘牙』が復活した。


「行くぞ!!」



今、真の力を取り戻した闘牙の闘いが再び始まろうとしていた…………



[28454] 第29話 「光」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/10 21:48
ヴィータは自らの相棒、グラーフアイゼンを握りしめながらある一点を見つめ続けている。そこはまるでミサイルが落ちてしまったかのような惨状になってしまっている。それは自分とシグナムの切り札によって作り出された光景。そしてそこには先程まで自分が闘った相手がいるはずだった。

三対一での勝負。本来なら誇ることができない勝負。だがそれでもヴィータ達はそれに勝利した。にもかかわらずヴィータの顔には嬉しさも安堵も見られない。ただ厳しい顔でどこか苦しげな表情でヴィータは闘牙がいるであろう場所を見つめ続けている。


ヴィータにとって闘牙は恐怖の対象だった。

実際に殺されかけたのだから無理もない話だがそれ以上にその目。突如として獣のように自分たちに襲いかかって来たときに自分を睨めつけてきたその目にヴィータは恐怖を感じたのがその本当の理由だった。シグナムの話ではその前までは優れた剣士だったと言う話だったが自分には実感がわかなかった。


そして再び闘牙は自分の前に現れた。しかもはやてのすぐ側という最悪の状況で。


すぐにでもはやての傍からあいつを引き離してやりたかったがはやてとすずかの前ではそれもできない。あたしは仕方なくそのままあいつの動向を観察することにした。もし妙な真似をすれば容赦はしない。その覚悟をもって。

だがあいつはこの場では本当に闘う気は全くないようだった。それどころか本当にはやてやすずかと楽しそうにおしゃべりをしている。そんな光景に呆気にとられるしかなかった。初めは演技しているに違いないとそう思っていたがそうではないことに気づく。

はやてには人を見る目がある。それをヴィータは知っている。そしてそのはやてが何の抵抗も見せずに触れ合っている。その姿にヴィータは闘牙が本当は悪い人間ではないことに気づく。

だがそれでも相手は管理局の人間。

そしてはやては闇の書の主、自分たちはその守護騎士ヴォルケンリッター。

それは決して相入れることない関係。

もしそうでなければ自分もあの楽しそうな場に加わることもできたかもしれない。そんな感傷を抱きながらもヴィータは騎士として闘牙との戦いに挑む。三対一というヴィータ自身も経験したことのない戦いに。先の戦いでそうせざるを得ない程の強さを闘牙が持っていることが分かっていたからだ。そして自分たちは徐々に闘牙を追い詰めていく。その中でもヴィータは目の前の相手に称賛を抱かずにはいられなかった。

自分達ヴォルケンリッター三人を相手にしながらここまで持ちこたえることができる。その強さに驚嘆するしかない。だがそれでもこちらの勝利は揺るがない。そして自分たちの切り札の連続攻撃。それによって勝負は決した。ヴィータにとっては苦々しい勝利でしかなかったのだが。そして自らの将であるシグナムがその場所にむかって近づいていく。恐らく闘牙を捕まえ拘束するつもりなのだろう。後はシグナムに任せればいい。ヴィータはそう判断し踵を返そうとしたその瞬間、


まるで台風の様な暴風が辺りを襲い始める。そのあまりの強さにヴィータは思わず声を上げながらもその中心に目を向ける。そこは闘牙がいるであろう場所だった。そしてその風によって煙が吹き飛ばされた先には



鉄砕牙を握っている闘牙の姿があった。


だがその姿は先程までとは大きく違っている。顔には痣がそして手の爪は鋭くとがっている。その姿にヴィータは既視感を覚える。それはかつて獣のように自分たちに襲いかかってきた闘牙の姿と同じだったからだ。だがその時とは大きく異なることがある。

それは目だった。あの時はまるで獣の様な赤い目をしていた。それに自分も恐怖した。だが今は違う。その目は赤く染まってはいない。その目にはゆるぎない意志と力が満ちていた。そしてヴィータは自分の体が震えていることに気づく。だがそれは恐怖ではない。それは騎士としての、戦士としての本能。


目の前の男。


その圧倒的存在感、力、まるで先程までとは別人のようだ。


目の前の男に自分は敵わない。


それは歴戦の騎士であるヴィータだからこそ感じることのできるものだった。


ヴィータは自分のそんな感覚を何とか抑え込みながら再びグラーフアイゼンを構えながら闘牙と対峙する。シグナム、ザフィーラも同時に戦闘態勢に入る。だが三人は闘牙から放たれる未知の力に気圧されていた。


それは大妖怪に匹敵する妖気。並みの妖怪、魔導師ならそれにあてられただけで動けなくなってしまう程の物。それに耐えることができる。それは騎士たちが一騎当千の戦騎であることの証拠だった。そして



「行くぞ!!」


そう闘牙が口にした瞬間、騎士たちの目の前から闘牙が姿を消した。




「なっ!?」

その光景にヴィータが驚愕の声を上げる。戦闘中に相手を見失うなどありえない。しかも自分と闘牙の間にはかなりの距離があった。至近距離ならともかくこの距離で相手を見失うなど考えられない。そしてヴィータがすぐさま辺りを見渡した瞬間、凄まじい衝撃が辺りに響き渡る。そこには闘牙の一撃によって吹き飛ばされてしまったシグナムの姿があった。



(馬鹿な……っ!?)

闘牙の放った斬撃によって吹き飛ばされたのであろうシグナムはその刹那、驚愕に支配される。

自分は先程まで臨戦態勢で闘牙と対峙していた。そこには油断も慢心もなかった。にもかかわらず自分は闘牙の動きを、攻撃を察知することができなかった。

それは純粋な『速さ』

シグナムはそれ故に闘牙の攻撃を察知することができなった。それでもそれを紙一重で受け止めることができたのは偶然、いやシグナムの経験がそれに無意識に反応したからだった。


シグナムはすぐさま自らの体勢を立て直そうと試みる。だがそれよりも早く闘牙の追撃が自分に向かって振り下ろされる。自らの意識を極限まで集中し、何とかそれを感じ取ったシグナムはレヴァンティンを盾代わりにして受け止めようとする。だが闘牙の一撃を受け止めた瞬間、その威力によってレヴァンティンの刀身にヒビが入り始める。同時にシグナムは衝撃を受ける。


それは目の前の光景。闘牙は片手だけしか使っていない。それはすなわち手加減されているにもかかわらず今の闘牙と自分にはここまでの力の差があるということ。

シグナムはそのまま防戦一方になってしまう。いや防戦すらできていない。防いだはずの攻撃の威力によって武器は破損し、体は切り刻まれていく。このままではあと数秒も持たない。そう理解しながらもどうしようもない状況にシグナムが己の敗北を覚悟した瞬間、


闘牙の体に光の鎖が次々に巻きついていく。それはザフィーラの拘束魔法だった。


ザフィーラは自らの全力をもって闘牙の体の自由を奪う。いくら闘牙といえどその体の自由を奪われればシグナムとヴィータ、二人の騎士の攻撃を防ぐ術はない。自分が闘牙の動きを奪い、その隙をシグナムとヴィータが叩く。それがザフィーラの狙いだった。


だが次の瞬間、闘牙をからめ取っていた鎖は為すすべなく千切られその力を失っていく。まるで鎖などないかのように闘牙はその動きを止めることはなかった。


ザフィーラはその光景に戦慄する。

先程まで間違いなく自分の拘束魔法は闘牙に通用していた。にもかかわらず目の前の光景。本当に目の前にいる男は先程まで自分たちが闘っていた闘牙なのかと疑わずにはいられない程の力。


だが闘牙の動きを止めるには至らなかったものの、一瞬ではあるが闘牙に隙が生まれる。そしてそれをシグナムとヴィータは見逃さなかった。


シグナムは一瞬で体勢を立て直し、レヴァンティンを振りかぶりながら闘牙に飛びかかって行く。それは決死の覚悟。このまま受けに回れば自分に勝ち目はない。それを先程の攻防で悟ったからだった。レヴァンティンの刀身に炎が生まれ、シグナムの全身全霊の一撃が闘牙に放たれる。


それに合わせるようにヴィータもグラーフアイゼンの形態を変え、そのブーストによる加速をしながら一気に闘牙に接近していく。その目には先程までの迷いはなかった。たった一つ。自らの願いのためにヴィータはその鉄槌を振りかぶり、渾身の一撃を闘牙に放つ。


二人に一歩遅れる形になりながらもザフィーラは体勢を立て直し、自らの拳に力を込めながら闘牙に向かって行く。自らの主の盾となり、その身を守る。それが自分の役目。それを果たすためにも自分は、自分たちは負けるわけにはいかない。ザフィーラの全ての力を込めた拳が闘牙に向かって放たれる。



三人の騎士たちの最高の一撃が同時に闘牙に向かって襲いかかってくる。その一撃にはSランクオーバーの魔導師ですら倒してしまうほどの威力、魂が込められていた。だがそれを前にしても闘牙はその場から動こうとはしなかった。



「紫電……一閃――――!!!」
「ラケーテン……ハンマ――――!!!」


剣の騎士と鉄槌の騎士。二人の攻撃が同時に闘牙に向かって振り下ろされる。それには限界以上のカートリッジによってまさに一撃必殺の威力が込められていた。だが



闘牙はそれを鉄砕牙とその鞘によって同時に受け止める。



「「なっ!?」」


シグナムとヴィータは目の前の光景に驚愕の声を上げる。自分たちの限界を超えた攻撃が止められた。それも二人同時に、それぞれ片腕で。あり得ない。それは騎士たちの理解を超えた光景だった。



そして二人は同時に気づく。闘牙が左腕を使っていることに。

それはヴィータの攻撃によって折れてしまい使い物にならなくなってしまっていたはず。にも関わらずまるでそれが治ってしまったかのように闘牙は左腕で鞘を使い、グラーフアイゼンを受け止めている。治療魔法を使ったとしてもあれほどの傷をこの短時間で完治することなどできるはずもない。そしてさらにあることに気づく。

闘牙の体にあったはずの先程の戦闘による無数の傷がなくなってしまっていることに。それは妖怪化による完全治癒の力だった。



「はあああああっ!!」
「おおおおおおっ!!」


自分たちの常識を、理解を超えた事態に戸惑いながらも二人は自らの武器にその力を込め続ける。

それはデバイス達の限界を、自分たちの扱える魔力の限界を超えた力の行使。だがそれをもってしても闘牙を押し切ることができない。そして二人は遂に悟る。


目の前の存在。


桁が違う。


そうとしか思えない程の絶対的な力の壁。


それが自分たちと今の闘牙の間にはある。


それが闘牙の真の力。



かつて殺生丸と瑪瑙丸が認めた、大妖怪に匹敵する闘牙の力だった。





今、闘牙は自らの力に驚きすら抱いていた。


今の自分の力。それはかつての、いやそれ以上のもの。


鉄砕牙と自分が一つになっている。


長い間、自分の前に広がっていた霧が、闇が消え去った。そうとしか言えないような感覚。


それはフェイトという光が自分を導いてくれたから。


目の前の騎士たちの力。限界を超えた、自らの大切な、守りたい人のための力。


その強さを自分は誰よりも知っている。だがそれでも




俺は負けられない、否、負けるわけにはいかない―――――!!




闘牙はレヴァンティンを受け止めている鉄砕牙に力を込める。その瞬間、見えない力がシグナムを襲う。

それは風の傷ではない、ただの剣圧。だがその力によってシグナムの体を覆っていたバリアは一瞬でかき消され、その圧倒的力によってその体は切り刻まれ遥か後方にシグナムは吹き飛ばされてしまう。その剣圧には一撃でシグナムを戦闘不能にする程の力が込められていた。



「シグナムッ!?」

その光景にヴィータは思わずそんな声を上げてしまう。自分たちの将が、シグナムが為すすべなく倒されてしまった。そのことがヴィータに一瞬の隙を生む。そしてそれを闘牙は見逃さなかった。


凄まじい衝撃がヴィータを襲う。

ヴィータは一瞬何が起こったのか分からない。だがすぐさま理解する。

それは鉄砕牙の鞘。

先程までグラーフアイゼンを抑えていたそれが今、自分の腹部に突き立てられている。だが驚くべきはその威力。それは自分が身につけている騎士甲冑の上からでも自分を戦闘不能にするほどの威力を秘めている。

バリアを張る暇も、受け身を取ることもできず、ヴィータはそのまま遥か後方に吹き飛ばされてしまう。



「うおおおおおっ!!」


咆哮と共にザフィーラは闘牙の背後から己の拳を闘牙に向かって放つ。

シグナムとヴィータ。自分よりも優れた騎士が敗北した姿を見ながらもザフィーラは一片の迷いも見せずその拳を放つ。

それは闘牙の死角からの、そして攻撃の後の隙を狙ったもの。いくら闘牙といえど躱すことはできない。そうザフィーラは確信する。

だがその一撃は紙一重のところで闘牙に躱される。その光景にザフィーラは驚愕する。闘牙は間違いなく自分を、自分の攻撃を捉えてはいなかった。それなのに何故。

それは妖怪化によってさらに鋭さを増した半妖としての闘牙の力だった。

闘牙は一瞬で振り返りながらその拳をザフィーラの腹部に向かって放つ。カウンターとなる形になったその一撃はザフィーラを戦闘不能にする程の物。その凄まじい衝撃によってザフィーラはそのまま後方へと吹き飛ばされていく。




時間にすれば一分にも満たない時間。


三人の騎士たちはその闘う力を失った。



この瞬間、闘牙と騎士たちの闘いは終わりを告げたのだった……………





静まり返った荒野の中、闘牙は妖怪化を解きそのまま騎士たちに向かって歩み寄って行く。それはもはや騎士たちには闘う力が残っていないことを見抜いているからでもあった。


シグナムはレヴァンティンを杖代わりに何とか立ち上がろうとするも、ダメ―ジによってそれは叶わない。いや、例え立つことができたとしても、仮に自分が万全の状態だとしても目の前の相手には、闘牙には勝てないことをシグナムは先程の闘いで悟った。

シグナムはそのままその場に膝をつき頭を垂れる。それはシグナムが自らの敗北を認めたことを意味していた。そしてそれはザフィーラも同じだった。



「我らの負けだ……………。」

そうシグナムは呟く。その表情をうかがうことは闘牙の位置からはできない。だがその姿がシグナム達の無念さを何よりも物語っていた。そんなシグナムを見ながら



「聞かせてくれ……お前達は何で魔力を蒐集してたんだ……?」

闘牙はそうシグナムに問う。それは闘牙の当初からの疑問。闘牙はシグナム達が悪意や邪気を持っていなかったこと、そして先程の闘いで私利私欲のためでなく、はやてのために騎士たちが闘っていたことに気づいていた。闘牙にはどうしてそんな彼らが魔力の収集のため人を傷つけているのかが理解できなかった。


シグナムはそんな闘牙の言葉に一瞬、驚いたような顔を見せる。まさかそんなことを聞いてくるとは予想すらしていなかったからだ。シグナムは少し思案するがその理由を包み隠さず話していく。それは決して闘牙の同情を引くためでも、自分たちの正当性を主張するためでもない。ただ敗者として、自分たちを倒した勝者である闘牙へ。ただそれだけだった。


そして闘牙は知る。


はやての足の麻痺が闇の書の浸食によるものであること。


それによりはやてにはもう一月も余命が残されていないこと。


それを食い止めるために騎士たちが魔力を蒐集していたこと。


それははやての意志ではなく、自分たちの独断であったこと。



全てを知った闘牙は納得する。騎士たちから悪意を感じなかったこと、そしてはやてが何も知らなかったこと。


そして闘牙は考える。自分がこれからどうするべきなのか。



このまま自分が騎士たちを管理局に引き渡し、はやての居場所を伝えればこの事件はすぐにでも解決するだろう。それが自分たちの目的だった。

だがそれをすれば間違いなくはやては命を落とすだろう。闇の書が危険なものであることは闘牙も知っている。そんなものの完成を管理局が許すはずもない。そうなればはやてはそのまま死ぬしかない。

まだほんの短い間でしかないが一緒に触れ合った中ではやてが本当に優しい少女であることは闘牙も理解していた。彼女には何の罪もない。ただ家族と一緒に暮らしたい、そんな当たり前の願いをもっていただけだ。それは騎士たちも同じだった。

だがこれまでの闇の書の主はその力によって破滅してしまっている。はやてもそうなってしまう可能性が高い。そうなれば多くの人を、世界を危険にさらすことになる。なら自分ははやてたちを管理局に引き渡すべきだ。


それは正しい。


それは間違っていない。


なのにどうして、どうして俺の心はこんなにも――――


闘牙が自分の中の得も知れない感情に囚われかけたその時、




一人の少女がふらつきながらも立ち上がり、自分に向かって近づこうとしてくる。


それはグラーフアイゼンを杖代わりにしているヴィータだった。

ヴィータはそのまま何とか闘牙に近づこうとしてくる。だがその体は満身創痍。とてももう闘えるような状態ではなかった。だがそれでもヴィータはその体を引きずりながら歩を進めていく。

その姿を闘牙たちはただ見つめ続けることしかできない。



「痛くねえ…………」


絞り出すようにそう呟きながらヴィータはボロボロの体を引きずりながらも闘う意思を失っていなかった。


その脳裏には自分に優しく微笑みかけてくれるはやての姿があった。


初めてはやてに会った時、自分ははやてのことを全く信じていなかった。


どうせ同じだ。優しい言葉を掛けてきても結局みんな同じだ。主はあたしたちのことを道具だとしか思っていない。そしてそれがあたしたちの役目。そう考えはやてとは距離を取っていた。


だが違った。はやては本当に、心からあたしたちを家族の様に扱ってくれた。


それは一筋の光。


その安息が安らぎがあたしたちみんなを変えていった。闘うためのプログラムではなく、はやてを、家族を守るための存在として。



「痛くねえ……!」


でもこのままじゃあはやてはもうすぐ死んでしまう。


あの笑顔も、声も、温もりもなくなってしまう。


そんなのは嫌だ。やっと見つけたのに。あたしたちが見つけた本当に大切なものを。


ここで負ければ、このままあきらめてしまえばそれを失ってしまう。そんなのは嫌だ。


はやては麻痺によって体を蝕まれている。本当は怖くて仕方がないはずだ。でもあたしたちにはそんな姿を決して見せようとはしない。


でもあたしは知っている。一人部屋の中で死の恐怖と闘っているはやての姿を。だから――――




「こんなの全然………痛くねえええ!!」


ヴィータは残された力の全てを持って闘牙に向かって行こうとする。そこにはヴィータのはやてへの絶対に譲れない想いが込められていた。




そんなヴィータの姿に闘牙は目を見開く。


自分は知っている。


目の前のヴィータの姿にかつての自分が重なる。


それは奈落との、四魂の玉との最後の闘い。


『かごめ』か『世界』か。


そのどちらかを選ぶことしかできなかった自分。


そして自分は『かごめ』ではなく『世界』を選んだ。


それは正しかった。それは間違いじゃなかった。そう今でも信じている。


でも――――


でもそれでも――――


俺はあの時、本当は――――――――




目の前の自分に向かってくる少女の姿。その姿に心がざわめく。


俺はあの時、本当に大切なものを選ぶことができなかった


例え世界が滅んだとしても俺は『かごめ』を選びたかった。


それができなかったことを俺はこの三年間ずっと後悔し続けてきた。


俺は自分の心を、想いを信じることができなかった――――――



だが今は違う。


はやてはまだ生きている。そしてその死が決まっているわけではない。


闇の書の完成によって助かるかもしれない。もしかしたらユーノの調査で新しいことが分かるかもしれない。でも管理局に引き渡されればそれが難しくなるのは間違いない。


それは管理局が悪いということではない。それは正しい。


でもはやてを、一人の少女を救おうとすることが間違いであると、誰が言えるだろうか。


何が正しくて何が悪いかなんて俺には分からない。元々そんなことを考えるのは俺の性には合わない


俺はいつだって――――



「犬夜叉、『後悔』だけはしないようにしなさい」



俺自身の心に従ってきた―――――




ヴィータがその最後の力を持って闘牙に挑もうとしたその瞬間、闘牙は鉄砕牙の変化を解き、それを鞘に納める。その光景にヴィータは思わず動きを止めてしまう。それは闘牙が闘うことを放棄したことと同義だったからだ。



「てめえ……何のつもりだ……?」

鋭い目つきで闘牙を睨みながらヴィータがそう尋ねる。シグナムとザフィーラもそんな二人の様子を見つることしかできない。そして少しの間の後



「お前ら、もう人から魔力を蒐集しないと誓えるか………?」


闘牙はそう静かに騎士たちに問いただす。騎士たちはそんな闘牙の言葉の意味が分からず、ただそれに聞き入ることしかできない。



「それが誓えるんなら、俺はお前達のことは管理局には伝えねえ………。」


闘牙はそんな騎士たちの様子を感じ取りながらもそう告げる。それは闘牙のぎりぎりの妥協点だった。


はやてを救いたい。


その騎士たちの想いも願いも間違いではない。


でもそのために他人を傷つけるのは絶対に間違っている。


リンカーコアの蒐集は命には別条はないとされているがどんな後遺症や事故が起きるかは分からない。倒れるなのはと涙するユーノ。あんな光景をこれ以上作らせるわけにはいかない。これが闘牙の譲れない条件だった。


これは管理局を、クロノ達を裏切る行為になる。だがそれでも闘牙は自分の心に従うことを決意した。



その言葉にシグナムとザフィーラは驚愕の表情を見せる。目の前の闘牙の表情、態度がそれが嘘ではないことを物語っていたからだ。だが


「う……うるせえ、そんな約束誰が信じるかよ!!」

そんな闘牙の言葉を信じきれないヴィータはそのまま闘牙に向かって行こうとする。しかしその前にシグナムの手が現れヴィータを制止させる。


「シグナムッ!?」

「よせ、ヴィータ………我々は負けたのだ……勝者の言葉には従うほかない……。」


シグナムの言葉に苦渋の表情を見せながらもヴィータはその手にあるグラーフアイゼンを下ろす。



それを見届けた闘牙は自らの首に掛けられた首飾りを操作し転送の魔法陣を展開させる。



「感謝する……闘牙。」

シグナムはヴォルケンリッター達の将としてそう闘牙に礼を述べる。ザフィーラもその気持ちは同じようだ。だがヴィータはまだ納得いっていないのかあさっての方向を向いている。


「気にすんな………ただし、今度戦場で会った時には容赦しねえ……。」


闘牙はそう言い残し、その場を後にする。その胸中には一つの決意があった。



はやての命が救われるならそれに勝ることはない。だがそれでも


闇の書の力によってどうしようもないことになった時には


俺がこの手で――――


それがこの決断をした俺の責任だ――――



闘牙はそれが現実にならないことを祈りながら元の世界に戻って行く。





闘牙は知らなかった。自分と騎士たちの認識の齟齬に。


闘牙は騎士たちがこれまでの主たちが闇の書の力で滅びていることを知っている上ではやてを救おうとしているのだと思っている。


だが騎士たちは闇の書の改変によってそのことを知らない。闇の書の完成がはやてに危険をもたらすことを騎士たちは知らなかった。



もしそのことに闘牙が気づいていれば物語は全く違う物になったかもしれない――――





すっかり暗くなってしまった冬の夜道を闘牙は一人歩いている。その両手には抱えきれない程の荷物が抱えられている。それは翠屋の買い出しだった。

お昼過ぎに出てきたのだが結局帰ってくるのは夜になってしまった。悪いことをしてしまった。もしかしたら心配させてしまったかもしれない。そんなことを考えながら闘牙が翠屋の前までたどり着いた時



「あ、トーガ!」

そんな嬉しそうな声が響き渡る。そこにはコートを着たフェイトの姿があった。


「フェイト……?」

そんなフェイトの姿に闘牙はそんな驚いたような声を上げる。フェイトとアルフはもう帰ってしまっているだろうとばかり思っていたからだ。だがフェイトはそのまま走りながら自分に近づいてくる。

手はかじかみ、息は白くなりその体は震えている。その姿にどうやらフェイトが自分を待っていてくれたのだと言うことに気づく。


「お前、ずっとここで待ってたのか……?」

「え……ううん、ちょっと前からだよ!」

闘牙の言葉にフェイトはそう言い訳をするがその慌てようの前には何の意味も為していなかった。そんなフェイトを見ながら


「…………ありがとな、フェイト。」

そう闘牙は呟くように告げる。その言葉には闘牙のフェイトへの想いが込められていた。


「?何か言った、トーガ?」

それを聞き取れなかったフェイトは不思議そうな顔をしながら闘牙に目を向ける。だが闘牙はそんなフェイトを見ながらもそれに応えようとはしない。


「寒くなってきたからな、さっさと中に入るぞ。」
「うん!」

並んで歩きながら二人はそのまま翠屋に向かっていく。そこには賑やかな仲間たちが待っている。


闘牙はその大切さを心に刻みながら生きていくことを誓ったのだった…………



[28454] 第30話 「日常」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/13 01:10
「じゃあ、本当に二十三日に闘牙とデートすることになったの!?」

「う……うん。」

アリサの一際大きな声に気圧されながらもフェイトはそう答える。そしてそんな二人の姿をなのはとすずかが興味深そうに見つめている。

今、四人は学校の屋上でいつものように昼食を食べ終わった後、談笑を楽しんでいるところだった。そんな中、フェイトはアリサ達に闘牙とデートの約束をしたことを報告しているところだった。元々闘牙とのデートはアリサが発案したことでもあったからだ。

しかし、アリサはそんなフェイトの言葉に驚きを隠せない。


(まさか……本当にデートの約束をしてくるなんて……)

アリサは内心の混乱を何とか気取られまいとしながら考える。

闘牙とフェイトのデート。

それははっきり言って冗談半分の物だった。十七歳の闘牙と九歳のフェイトがデートすることなどないだろうとそう勝手に思い込んでいた。

何よりも本当にフェイトがそのことを闘牙に切り出したことの方が驚きだ。どうやらフェイトは闘牙のことになるといつもとは考えられない程の行動力を発揮するらしいことに今更ながらにアリサは気づく。


「……?」

フェイトはそんないつもとは違うアリサの様子を不思議そうな顔で見つめている。アリサはそんなフェイトに気づき慌てながら話を続ける。


「そ、そう……で、どこに行くかは決まったの?」

「ううん。でもそれはトーガが考えてくれるから気にするなって……。」

アリサの質問にフェイトはそうどこか楽しそうに答える。どうやら本当に闘牙はフェイトとデートをするつもりらしいことにアリサは気づく。もっともアリサが考えている意味のデートと闘牙が考えているデートは大きく意味が違っているのだが。しかし行くところも闘牙が考えているなら自分にアドバイスできることはほとんどない。

でもデートを提案した手前何もアドバイスできないのは何だが納得できない。何かフェイトにできるアドバイスはない物かとアリサは考える。そして


「……それならフェイト、デート中に闘牙とキスしてくるのよ!」

そういきなりとんでもないことをフェイトに吹き込む。


「「ええっ!?」」

そんなアリサの言葉になのはとすずかがそんな声を上げる。フェイトはその言葉の意味を反芻して考え、まだ考えがまとまっていないのか心ここに非ずと言った様子だった。どうやらキスの意味はフェイトも知っているらしい。


「ア……アリサちゃん、それはちょっと………。」
「やりすぎなんじゃ………。」

なのはとすずかはそうどこか心配そうな表情でアリサに告げる。しかしもはや引っ込みがつかなくなってしまったアリサはどこか開き直ったかのように捲し立てる。


「何言ってるのよ、今時デートでキスするぐらい当たり前なんだから!」

そう胸を張り威張りながらアリサは宣言する。アリサもまだ九歳の女の子。どこか自分がませているところをなのはたちに見せたかったのがそんなことを言い出した本当の理由だった。だが


「キス………トーガとキス………」

そんな三人をよそにフェイトはそう呟きながらずっと何かを考え込んでいる。アリサ達はそんなフェイトを見ながら何も言うことができない。

アリサはこの純粋な少女にとんでもないことを吹き込んでしまったのではないか。そんなことに今更ながらに気づき、冷や汗が背中に流れ始める。だが今更自分の発言を撤回することもできない。後は闘牙が何とかするだろうと、アリサは後のことを全て闘牙に丸投げすることにする。そしてアリサは話題を少し変えることにする。


「そ……そういえば、闘牙って誰か付き合ってる人がいるの?」

アリサはそうこれまで持っていた自身の疑問を口にする。闘牙と知り合ってから半年以上になるがそういう女性も噂もアリサは知らなかったからだ。


「私も知らないかな………」

アリサの言葉に続くようにすずかもそう呟く。アリサもすずかも闘牙に付き合っている人がいるかどうか、それどころか今まで闘牙がどこで何をしていたのかも知らなかった。


「でも闘牙だからね。そんな女性いるわけないわよ。」

「そうかな……私はいてもおかしくないと思うけど……。」

アリサとすずかはそんなことを言い合いながらさらに盛り上がって行く。まだ小学生と言ってもやはり女の子。そう言う話には興味が尽きないらしい。そして会話には参加していないがフェイトもいつの間にかその話に聞き入っている。

だがそんな中、なのはだけがどこか居心地が悪そうな雰囲気を放っている。そしてアリサはそんななのはの様子に気づき、どこか閃いたように尋ねてくる。


「そうよ、なのはなら闘牙に彼女がいるかどうか知ってるんじゃないの!?」

その言葉にどこか同調しながらすずかとフェイトもなのはに目を向ける。この中では一番闘牙と長い付き合いをしているのはなのはだった。ならなのはなら何か知っているのではないか。そんな期待が三人からなのはに向けられる。しかし


「闘牙君には………付き合ってる女性はいないと思う……でも………」

なのはどこか歯切れが悪い様子でそう言葉を濁す。そんななのはの姿にアリサ達は首をかしげる。


「何よ、何か他にあるの?」

「う……ううん。何でもない。」

アリサの疑問にそうなのはは答える。アリサはそんななのはの様子を不思議に思いながらもそれ以上追及することなく、闘牙には彼女がいないという前提のもとでフェイトと闘牙とのデートについて楽しそうに話を進めていく。そんなアリサの話にフェイトはどこか真剣そうに、すずかは楽しそうに聞き入っている。だがそんな中、なのはだけが一人考え込んでいた。


なのはとユーノは知っていた。


『かごめ』という女性の存在を。

そしてその人が恐らく闘牙にとって大切な人であることを。

そして恐らくはその人がこの世にはいないことを。

だがそれを闘牙は誰にも言っていない。なら自分がそれを口にするわけにはいかない。


なのははそう心に決めたままいつも通りの自分を演じながら三人の話に加わって行くのだった…………





海鳴市のアースラ本部の中、クロノはモニターに向かい合い、会話をしている。そしてそのモニターに映っているのはユーノ。今、クロノはユーノとの定時連絡を行っている最中だった。


「なら調査は順調に進んでいるということでいいんだな?」

「うん、流石は無限書庫。探せばきちんと資料が見つかるのは驚きだよ。」

クロノの言葉にそうユーノはどこか満足気に応える。今、ユーノは無限書庫でクロノに頼まれた闇の書についての情報を集める任務についている最中だった。そしてユーノは既にいくつかの資料を書庫の中から探し出すことに成功していた。

それは無限書庫の中にある膨大な資料のおかげでもあるがそれ以上にそれを見つけ出すことができるユーノの検索魔法、マルチタスクの力だと言っても過言ではなかった。


「でも、まだ情報の真偽や詳しい情報を手に入れる必要があるからもう少し時間が欲しいんだ。いいかな?」

「ああ、元々こちらの無理な依頼で二足のわらじを履かせてしまっているんだ。そのくらいは構わない。だができる限り早くしてくれると助かる。」

ユーノの提案にそうクロノは答える。情報はある意味、どんな事件でも最も重要視するべきもの。速さももちろんだがその正確さこそが現場では最も重視するべき点。なら多少の遅れは仕方がない。

元々ユーノには訓練をしながら無限書庫での調べ物というハードスケジュールをこなしてもらっている。これ以上無理をさせるわけにもいかなかった。そんなことをクロノが考えていると


「と……ところでクロノ……聞きたいことがあるんだけど……」

どこか聞きづらそうな雰囲気を放ちながらユーノがクロノに何かを尋ねようとしてくる。

「ああ……何だ?」

そんなユーノの様子に何か無限書庫で問題があったのかと思いながらもそうクロノは答える。ユーノは一度大きな深呼吸をした後


「………………あれから、なのはの様子はどう……?」

そうどこか呟くようにクロノに尋ねる。その言葉とユーノの様子でクロノは全てを悟る。そして


「……大丈夫だ、あれからなのはは一度も君のことを話題にしていない。」

そうきっぱりと告げる。


「ぜ……全然大丈夫じゃないじゃないかっ!?」

クロノの冷酷な言葉にユーノは思わずそんな悲鳴を上げる。そんなユーノの様子をクロノはどこか楽しそうに眺めている。そんなクロノの姿に自分がからかわれていることに気づきながらもユーノはまだ怒りが収まらないようだ。


「いいじゃないか、嫉妬してくれるということは芽があるってことだぞ。」

「ひ……他人事だと思って!!」

クロノの軽口にユーノはどこか涙目になりながら食って掛かる。なのはとモニター越しに会ってからユーノはまだ一度もなのはと話していなかった。いや、正確には一度も顔を合わせていなかった。その理由は分かっているものの謝ることもできず、ユーノは途方に暮れていたのだった。


「まあ、冗談は置いといて……ロッテのことはあきらめろ。あれにはどうやっても敵わない……。」

クロノはどこか哀愁を漂わせながらそうユーノに告げる。それは同じ師を持つ者、兄弟子としての言葉だった。そんなクロノの重い言葉にユーノも同意せざるを得ず二人の間に沈黙が流れる。そしてそれを何とかしようとクロノは咳ばらいをしながら話題を変える。


「そう言えばリーゼ達はどうだ?ちゃんと手伝ってくれてるのか?」

「え……うん、無限書庫でも訓練でもお世話になりっぱなしだよ。ただ最近忙しいみたいでよく出かけてるみたいだけど……」


「そうか………」

クロノはそのままどこか考え事をするような仕草を見せる。そんなクロノの姿にユーノは戸惑いを覚えるしかない。


「どうかしたの、クロノ?」

「いや、何でもない。」

ユーノの言葉にすぐに我に返ったのかクロノはいつもの雰囲気の戻る。そして再びユーノに向かい合いながら

「とにかく、もうすぐクリスマスだ。それまでには一度こっちに戻ってくるといい。その時になのはにも謝ればいい。」

「う……うん、そうするよ。」

クロノの提案にユーノは苦い表情を見せながらもそう呟く。どうやら思ったよりユーノのダメージは大きいようだ。まあもっともそれはなのはにも言えることなのだろうがクロノはあえてそれをユーノには伝えなかった。なんだかんだでクロノもユーノの恋路を楽しみながらも応援しているのだった…………



クロノとユーノがそんなやり取りをしているのと時同じくして闘牙となのは、フェイト、アルフの四人も本部にやってきていた。それは定時連絡と近況の確認のためでもあった。といっても先の戦闘から騎士たちは一度も補足できておらず、特に進展はなかったのだが。しかし


「本当、トーガ!?」

そんなフェイトの大きな声が部屋に響き渡る。その表情には喜びの色がある。そしてそれはなのはとアルフも同様だった。


「ああ、これからは俺も闘えるようになった。心配掛けたな。」

闘牙はそんなフェイト達を見ながらどこか照れくさそうにそう告げる。その言葉にフェイト達はそれが嘘ではないことを知り、さらに喜びを増していく。


闘牙は自分が妖怪化のコントロールを会得し、再び闘えるようになったことをクロノ達に伝え、戦闘に参加する許可を得てきたところだった。

できればヴォルケンリッター達との戦闘は避けたいところだがもし何かの時に出撃できなければどうしようもない。加えて仮面の男の存在もある。そして騎士たちにも戦場で会えば容赦はしないことはすでに伝えている。その時には悪いが闇の書の完成以外でのはやての命を救う術を探すしかない。


何よりもこれ以上フェイト達に心配をかけたくないのが一番の理由だった。


特にフェイトとなのはには大きな心配を掛けてしまっていた。それがやっと解消でき、闘牙もやっと肩の荷が下りたといった様子だ。そして


「あとはユーノが帰ってくれば完璧だな。」

そう何気なく闘牙はそう告げる。そこには何の悪意も意図もない、純粋な言葉だった。


だがその瞬間、なのはからどこか不機嫌そうな、暗いオーラが放たれ始める。その負の雰囲気に闘牙たちは思わず後ずさりをしてしまう。



(ト……トーガ………)

(わ……悪い………)

フェイトの言葉に闘牙は静かにそう謝罪する。

フェイトも最近のなのはにユーノの話が禁句であることは理解できていた。そのためできるだけその話題には触れないようにしていたのだが闘牙がその地雷を踏んでしまった。

だがそんなことには全く気付いていないアルフは楽しそうにしながら騒いでいる。相変わらず空気が読めない奴だと闘牙が呆れていると


「じゃあさ、久しぶりに模擬戦しようよ!あれからまだ闘牙とはずっとできなかったからさ!」

そう目を輝かせながらそうアルフは闘牙に詰め寄ってくる。闘牙はフェイトの裁判に参加するときに一度ユーノと一緒にフェイト、アルフと模擬戦をしてから一度も模擬戦をしていなかったからだ。


「そうだね、ちょうど四人いるから二対二でできるよ、トーガ!」

そんなアルフの言葉に続くようにフェイトもそう闘牙に提案する。闘牙もフェイトがこの場の空気を何とかするためにアルフに乗ったのだと悟り、仕方なく模擬戦を行うことを承諾する。もっともフェイトも半分以上闘牙と模擬戦がしたかっただけだったのだが。


何とか機嫌を直したなのはを連れながら闘牙たちはそのまま訓練室に移動する。もうすでにフェイトはバリアジャケットを身に纏っている。どうやら本当にフェイトはクロノが言っていたようにバトルマニアらしい。アルフも既に待ちきれないのかしきりに体を動かしている。

闘牙もそのまま犬夜叉の姿に変身し、戦闘態勢に入る。せっかくの模擬戦だ。やるからにはちゃんとやる必要がある。カートリッジシステムを手に入れてからのフェイト達の力を直に見れる機会だと思えばいい。

いざ戦闘になると闘牙は容赦がないことをフェイトもアルフも知っているためここまで来ればこっちの物だと内心安堵する。


そしていざ模擬戦を始めようとした瞬間、闘牙は動きを止める。




その隣には自分と同じ方向を向いているフェイトとアルフの姿があった。


三人は同時にそのことに気づき顔を見合わせる。



「…………なんでお前ら二人ともこっちにいるんだ……?」


どこか呆れ気味に闘牙はフェイトとアルフに尋ねる。まるでコントでもしているのではないかと思えるほどの間抜けな姿を自分たちはさらしていたからだ。そのことに気づいたフェイトとアルフは慌てながら弁明する。


「いや……だってバランスでいえばあたしがこっちに付いた方がいいと思って!」

「ず……ずるいよ、アルフ。私もトーガと一緒に闘ってみたかったのに……」


アルフはそうもっともそうなことを言いながら弁明するがただ単に闘牙と一緒に闘ってみたかったのが一番理由だった。そしてフェイトは最初からそのつもりだった。

二人はそのままどちらが闘牙と組むかでもめ始めてしまう。それはフェイトとアルフが主人と使い魔になってからの初めての言い争いだった。


「どっちでもいいから早くしろよ……」

そんな二人の様子を闘牙が呆れかえりながら眺めていると




「二人とも……そんなに私と組むのが嫌なの………?」


そんななのはの呟きが訓練室に響き渡る。その言葉に闘牙たちは一瞬で凍りつく。それはまるで地の底に響くようなそんな錯覚を抱かせるような呟きだった。


闘牙たちは恐る恐る振り返りながらなのはに目を向ける。


そこには既にバリアジャケットを装着し、レイジングハートを構えたなのはの姿があった。そしてその杖の先にはすでに魔力が集束している。


そのことに気づいた闘牙たちは戦慄する。


「お……落ちついて、なのは!あたしたちはそんなつもりじゃ……」
「そ……そうだよ、なのは。私たちはなのはと組むのが嫌なことなんて……」


フェイトとアルフはそう慌てながらなのはに謝り、その場を収めようとする。だが既になのはのストレスは限界を超えていた。もっともその大半はユーノのせいだったのだが。フェイト達はその最後の引き金を引いてしまったのだった。


闘牙はなのはを怒りを納めようとする二人を見ながらも自分だけは既に鉄砕牙を構えていた。

それは本気で怒ったなのはを知っているからこそ。フェイト達はなのはが本気で怒っていることにまだ気づいていない。




「………………模擬戦はバトルロイヤルに変更だな。」


そう闘牙が呟いた瞬間、訓練室は桜色の光に包まれる。




なのはを本気で怒らせてはいけない。


フェイトとアルフはそのことをこの日、心に誓ったのだった…………



[28454] 第31話 「恋心」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/19 06:22
「主はやては?」

「大丈夫だ、ぐっすり寝てるよ。」

シグナムの言葉にそうヴィータが答える。その口調、雰囲気は日常のものではない、騎士としてのもの。そしてそんな二人の傍には同じように真剣な表情をしたザフィーラとシャマルの姿がある。


今、騎士たちは深夜のリビングで話し合いを行っている最中だった。定期的に行っているものではあったが最近は蒐集のペースを上げているため、こうして全員が一堂に会するのは珍しい光景だった。


「シャマル、闇の書のページの方はどうだ?」

「大丈夫、順調に集まってる。この調子なら十分間に合うわ。」

シャマルはそう嬉しそうにシグナムの問いに応える。その言葉に騎士たちは安堵の息を吐く。はやての麻痺の進行は早くなっているがこのペースで蒐集を行って行けばほぼ間違いなくはやての命を救うことができる。具体的な展望が見え始めたことは大きな進展だった。


「あれから管理局にも補足されていないからな。」

ザフィーラがそう言葉を付け加える。騎士たちは先の闘いからまだ一度も管理局とは接触をしていない。そしてそれは一つのことを意味していた。


「闘牙は我らのことを管理局には伝えていないようだな……。」

シグナムはそう騎士たちの心境を代弁する。もっともシグナムはそんな心配は全くしていなかったのだが。シグナムは闘牙と闘う中でその人となりを理解していたため、約束を破ることはしないと確信していた。だが


「ふん、まだそう決まったわけじゃねえ………」

ヴィータがどこか不機嫌そうにしながらそう愚痴を漏らす。どうやらまだ闘牙のことが信用できていないようだ。だが闘牙が約束を守っていることは間違いないため、それはヴィータの一種の意地の様なものだった。


シグナムもヴォルケンリッターの将としてその可能性を考え、はやてを連れ、違う世界に移る案も検討したのだが結局断念するほかなかった。

管理局にマークされてしまった以上、それをかわし続けることは難しい。加えて自分たちには時間制限がある。拠点の移動に時間を取られれば本末転倒。加えてはやてには医療のケアが必要不可欠。はやての体にもこれ以上負担を掛けるわけにはいかない。それらのリスクを考え、シグナムは闘牙の言葉を信じ、ここに留まることを選択したのだった。


「とにかく、これからも管理局には見つからないように管理外世界での蒐集に専念する。それと人からの蒐集は禁止だ。いいな、ヴィータ?」

「わーてるって………」

そっぽを向きながらもヴィータはそう返事をする。人からの蒐集は行わない。それは闘牙と騎士たちとの約束だった。


もしこれを破れば間違いなく闘牙は自分達のことを管理局に伝えるだろう。


何よりもこれ以上、騎士の誇りを汚すわけにはいかない。それが騎士たちの決意だった………




「ありがとうございましたー!」

そんな大きな店員の声が響いた後、店の出口から二人の人影が姿を現す。それはフェイトとリンディの二人の姿だった。フェイトはどこか恥ずかしそうにしながら何かの箱を持っている。大事そうに持っているその姿からどうやら大事なものが入っているようだ。そしてそんなフェイトの様子を優しく見守るようにリンディは見つめている。


「あの……リンディ提督……これ、本当に良かったんですか?」

フェイトはどこか申し訳なさそうな表情を見せながらそうリンディに尋ねる。その手に中には先程の店で買った新しい服が入った箱がある。

今日、フェイトは休みのリンディと共に街に買い物に出かけているところだった。それは闘牙とのデートのためにフェイトの新しい服を買いに行こうというリンディの提案によるものだった。


「ええ、もちろん。フェイトさんにはお世話になってるし、少し早いクリスマスプレゼントだと思ってくれればいいわ。」

そんなフェイトの言葉を聞きながらもリンディはそうどこか楽しそうに答える。こちらの世界に来てからは忙しくなかなかフェイトと触れ合う機会が少なかったリンディも今日の買い物を楽しみにしていたからだ。


「あ……ありがとうございます。」

リンディの言葉が嬉しかったのかフェイトは大事そうに服を抱きしめ、顔を赤くしながらそうお礼を言う。恥ずかしがっているのは闘牙とのデートのことを知られてしまっていること、リンディと二人きりになることが珍しいからだった。

デートのことは翠屋で闘牙に約束してしまったため高町家のみんなには既に知られてしまっているが、アースラのスタッフにもアルフがなぜか得意気に触れまわってしまったためそのことを知らない人はもうほとんどいないだろう。その時には恥ずかしさのあまりフェイトはまともにアースラの本部に立ち入ることができなかったほどだった。もっともアルフはそのことが闘牙にばれ、再び躾をされてしまったのだが……。



「でもこれでデートの準備はばっちりね。」

「は……はい。」

リンディの言葉に恥ずかしそうに頷きながらもフェイトは少し心配そうな顔を見せる。そしてリンディもそのことにすぐに気づく。何か心配なことがあるのだろうか。リンディはそのままフェイトが再び口を開くまで静かに待ち続ける。そして少しの間の後、


「リンディ提督……トーガは私とデートに行くこと、迷惑に思ってないかな……。」

呟くようにそうフェイトは自分の不安を口にする。フェイトは闘牙とデートの約束ができたことで舞い上がり、ずっと楽しみにしていたのだが最近そんなことを考えるようになっていた。今から思い返せば自分はかなり強引に約束をしてしまった。もしかしたら闘牙は無理をして自分と約束をしてしまったのではないか。そんな不安がフェイトにはあった。



「……大丈夫よ、フェイトさん。そんなことはないわ。それにきっと楽しみにしてるのは闘牙君も一緒だと思うわ。」

「ほ……本当?」

「ええ。」

リンディはそう優しくフェイトの不安を失くすことができるよう話しかける。そしてその言葉はリンディの本心だった。


リンディは初めて闘牙と出会ってから、ずっと闘牙が無理をしていることには気づいていた。

確かに十七歳と言う年齢を考えればまだまだ大人になりきれない不安定な時期ではあるが闘牙のそれはそれとは思えない程の不安定さがあった。その強さに隠れがちだが、リンディは闘牙の精神面をかなり心配していた。

フェイトはまだ気づいていないかもしれないが闘牙にはどこか脆い、儚げな雰囲気を感じる時がある。まるでいつかふっと消えてしまうのではないか、そう錯覚してしまうほどに。

『抜き身の刀』

そう言ってもおかしくない程の危うさが闘牙にはある。なのはとユーノ。あの二人はどうやらそのことには気づいているがそれを見せまいとしているようだ。妖怪化の暴走からその危うさはさらに増していった。それが恐らくは闘牙自身の過去にかかわることであることは士郎と桃子と話す機会があり、耳にはしていた。もしかしたら闘牙はもう闘うことができなくなってしまうのではないか。リンディはそのことも覚悟していた。だがそれは杞憂に終わった。今、闘牙は妖怪化の制御を会得し再び自分たちと共に闘うことができるようになった。そしてそれから明らかな変化が闘牙に見られ始める。

それはフェイトへの接し方。

今までも闘牙はフェイトをよく気に掛ける、見守るような接し方をしていたがそれはなのはやユーノにも同じことが言えた。だが今の闘牙のフェイトへの接し方はこれまでとは違ってきている。なのはやクロノはまだ気づいていないようだがエイミィもそのことには気づいている。そんなことを考えていると


「リンディ提督………聞いてもいいですか?」

フェイトがそうどこか聞きづらそうにしながらその視線をリンディに向けてくる。


「ええ、何?」

リンディはそんなフェイトの姿を見ながら、先程までの思考を中断し、フェイトの視線の高さに合わせるように屈みこむ。フェイトは少し迷うような仕草を見ながらも


「『好き』って………どういう意味なんですか?」

そう自身の疑問を口にする。それは闘牙とのデートが決まってからフェイトがずっと考えている疑問だった。


「アリサやすずかから聞いたり、本で調べたりしたんだけど……よく分からなくて………」

デートに関して調べたり、知ったりするたびに必ずと言ってもいいほどにその言葉が出てくる。

デート。それは自分が好きな人と、自分を好きでいてくれる人とするもの。

でもそれがよくわからない。私は闘牙のことが好き。それは間違いない。

でもそれはなのはやアルフ、ユーノ、アリサやすずか、アースラのみんなにも言える。ならデートの好きとそれは一体何が違うのか。フェイトにはそれが分からなかった。リンディはそんなフェイトの純粋な質問に一瞬驚いたような表情を見せた後、すぐに微笑ましいものを見るようなそんな笑みを浮かべる。



「そうね…………フェイトさん、『好き』にはいくつも種類があるの。」

「種類?」

リンディの言葉にフェイトはそう疑問の声を上げることしかできない。リンディはそんなフェイトを見ながらも優しく諭すように、言葉をつなぐ。


「ええ、それはフェイトさんがもっと多くのことを経験して、大きくなれば分かることなの。だから焦らずにゆっくり考えていきましょう?」

「………うん。」


フェイトはリンディの言葉の意味を考えながらそう頷く。リンディはそれを見ながらも自らの手を差し出し、


「まだ時間があるからどこかでご飯を食べに行きましょうか?」


そうフェイトに提案する。フェイトはそんなリンディの手に慌てて自分の手を重ねながら並んで街の中を歩いていく。それはまるで親子の様な光景だった…………




「う~~~!」

机に突っ伏しながらアルフはそんなうめき声を上げ続けている。その顔は不機嫌でたまらないと言った風だ。そしてそんなアルフを苦笑いしながらなのはとエイミィが見つめている。


「アルフさん………。」
「もう、アルフ。いい加減機嫌直しなって」

エイミィがそうアルフを嗜める。今、三人は本部の留守番をしているところだった。今、クロノは整備が完了しつつあるアースラを確認するために本局に行っている。闘牙は翠屋で仕事。そしてリンディとフェイトは買い物に出かけているため、今は三人だけの状態だった。


「うう、あたしも一緒に行きたかったのに………」

まだおさまりがつかないのかどこか未練がましそうにアルフはエイミィとなのはに視線を向ける。二人が残っていたのは本当はアルフを監視することが目的だった。

リンディがフェイトに養子にならないかと言う話をしていることは皆知っていたが闇の書事件に関わってから二人はほとんど触れ合うことができていなかった。そこでアースラクルーは久しぶりにリンディに休日を取ってもらい、フェイトと触れ合う機会を作ろうと計画していた。

だがアルフはそのことを知り、自分も行きたいと言い出してしまった。できれば二人きりの時間を作りたいと考えたエイミィとなのははこうしてアルフを見張ることしたのだった。


「まあ、それはまたの機会ってことで………」
「そうだよ、また今度行けばいいよ、アルフさん。」

そう何とかアルフをなだめながらなのはたちは談笑をしていく。この三人だけになることは珍しかったため、話も弾んでいるようだ。


「でも楽しみだよ。二人のデートはアリサと一緒に尾行する予定なんだ!」

アルフはそう楽しそうに二人に話しかけている。フェイトがそれを楽しみにしていることは知っているため一緒に行くのはさすがに断念したがどうしても様子が気になるアルフとアリサは当日尾行しようと計画していたのだった。


「アルフさん、それはやめた方が………」
「あたしもそう思うよ。アルフ自身のためにもねー。」

なのははそう心配そうに、エイミィはどこか含みのある言い方でアルフを説得するが


「大丈夫だよ、こう見えてもあたしは気配を消すのには自信があるんだから!」

アルフはそんな二人の忠告にも関わらず、胸を張りながらそう宣言する。こうなったらもうどうしようもないと二人は悟り、あきらめることにする。そしてエイミィは同情する。フェイトにではなく、恐らく再び躾にあうであろうアルフに。


「そういえば、なのはちゃん、ユーノ君とは仲直りできたの?」

話題を変えようとエイミィはそう何気なくなのはに尋ねる。その言葉にアルフの耳がピクリと動き、体を縮こませる。今のなのはにとってユーノの話題は地雷であることを流石にアルフも悟ったからだった。


「………私、ユーノ君と喧嘩なんてしてません。」

不機嫌オーラを出しながらそうなのはは答える。だがその態度からその答えには全く説得力がなかった。どうやら頑固な性格がこんなところで現れてしまっているらしい。


「そうなんだ、でもユーノ君、言ってたよ。なのはちゃんが会いに来てくれないから寂しいって。」

そんななのはの様子を見ながらもいつもの明るさでエイミィはそうなのはに伝える。実際、ユーノはなのはに会えないことをかなり寂しがっていたので嘘ではない。


「………………」

そんなエイミィの言葉に少しは感じるところはあったようだがまだ納得がいっていないのかどこか頬を膨らませながらなのはは俯いている。


「ロッテのことなら気にしても仕方ないよ。あの子はいつもああなんだから。クロノ君もいつもやられてるしねー。」

そう言いながらエイミィはいつもロッテに言いようにやられているクロノ姿を思い浮かべる。あれはもはやロッテなりのコミュニケーションといったものと言える。加えてその実力からあれから逃れることはできないだろう。ユーノはタイミングが悪かったとしか言いようがない。なのはもそのことは分かっているのだろうが仲直りのタイミングがつかめないのだろうとエイミィは見抜く。


「クリスマスにはユーノ君も一度こっちに戻ってくる予定だからその時に仲直りしたらいいよ、なのはちゃん。」


「…………うん。」

エイミィの言葉にそうなのはは小さく返事をする。そんななのはの姿にエイミィは微笑む。

どうやらなのはもフェイトも恋心に目覚めているらしい。なら年長者としてできる限りアドバイスをしてあげなければ。自分のことを棚に上げながらエイミィがそんなことを考えたその時、



本部にけたたましい警報が鳴り響く。


それは緊急事態が起こった際の警報。同時にモニターに映像が映し出される。そこにはシグナムとザフィーラの姿がある。警報は二人を補足したことによるものだった。


「ヴォルケンリッター!?場所は………文明レベルゼロの管理外世界!?」

エイミィは慌てながら座席に付き情報を集め始める。どうやら魔法生物がいる管理外世界で蒐集活動を行っていたらしいことに気づく。

すぐさまエイミィはリンディ、クロノ、闘牙に連絡を取る。だがこちらに到着するにはまだ時間がかかる。その間に騎士たちが転移してしまえばそれを追うのは困難になってしまう。今、本部にいる艦長代理の自分がすべきことをエイミィが考えた瞬間


「私が行きます、エイミィさん!」

「あたしも行くよ。あいつにはちょっと言いたいこともあるしね。」

既に戦闘準備に入っているなのはとアルフがそうエイミィに進言する。もはやそれ以上の余計な言葉は必要なかった。


「うん、二人ともお願い!」

「はい!」
「任しときなって!」

なのはとアルフは笑顔を見せながら転送魔法を発動させ、現場に向かう。



再び、騎士と魔導師がめぐり会う。



剣の騎士と砲撃魔導師、守護獣と使い魔の闘いが今まさに始まろうとしていた…………



[28454] 第32話 「乱戦」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e
Date: 2011/09/21 18:34
誰もいない荒野。そこは人も文明もない管理外世界。そこに一人の騎士の姿がある。それはヴォルケンリッターの将、シグナム。そしてそこから離れた場所には人間の姿をしたザフィーラの姿もある。

二人は今、この世界に生息している魔法生物から魔力を蒐集しているところだった。既に何体かの生物の魔力の蒐集を終えたシグナムは大きな溜息をつきながらレヴァンティンに新たなカートリッジを装填していく。


(何とか予定の数の魔力は蒐集できたか………)

シグナムはそのことに安堵しながら戦闘態勢を解除する。魔導師からの蒐集に比べれば一度に奪える魔力の量は劣るが、手加減をする必要がないこと、管理局にばれるリスクも低いことから効率自体は以前よりも上がっている。何よりもそれは闘牙との約束でもある。それを破るわけにはいかない。

どうやら闘牙は純粋な時空管理局員ではないらしい。そうでなければ自分たちを見逃すようなことはしないだろう。何にせよ、闘牙にはいくら感謝してもしたりない程だ。事態が終わった後には個人的にもしがらみなしに手合わせをしたいものだ。そうシグナムが考えていた時

突然自分の真下の地面から巨大なワームの様な魔法生物が現れシグナムに襲いかかってくる。ワームはシグナムが油断する隙をずっと息を殺して待ち構えていたのだった。


「くっ!」

すぐさまレヴァンティンを構えなおしそれを迎撃しようとするもそれよりも早くワームの触手が次々に襲いかかりシグナムはそれに捕えられてしまう。それはシグナムの油断と、それまでの戦闘による疲労によるものだった。

ワームはそのまま間髪入れずにその巨大な口を開きシグナムを飲み込もうと迫ってくる。その攻撃を前にシグナムがカートリッジを起動させ、触手を焼き払おうとしたその刹那、


「シュートッ!!」

掛け声と共に桜色の光が一直線にワームに突き刺さり、その爆発によって触手は次々に千切れていく。その砲撃によってワームはすぐさま地中に逃げ帰って行く。シグナムは瞬時にその場から距離を取り、砲撃が放たれた場所に目を向ける。

そこには白いバリアジャケットを身に纏い、レイジングハートを手にした高町なのはの姿があった。



「お前は………」

シグナムはいつでも戦えるように体勢を立て直し、間合いを計りながらなのはに向かい合う。目の前の魔導師はテスタロッサ達の仲間。そしてヴィータがてこずるほどの砲撃を得意とする魔導師であることをシグナムは思い出す。


「私、なのは。高町なのはです。あなたたちにお話が聞きたいと思って……」

そんなシグナムの姿を見ながらも一切の迷いなくなのははそうシグナムに話しかける。騎士たちと分かりあうこと、事情を知りたいというのがなのはの一番の目的だったからだ。

そんななのはの姿にシグナムは一度小さな笑みを浮かべた後、すぐさまいつもの凛とした表情に戻る。


「……悪いがそれに応えるわけにはいかない。できれば見逃してもらいたいところだがそれも難しそうだな……。」

そう呟きながらシグナムは己の相棒であるレヴァンティンの切っ先をなのはに向ける。恐らく速度なら自分の方が上。振り切ることは可能だろう。だが相手は砲撃を得意とする魔導師。そんな相手に背中を見せることは自殺行為。なら残された手は一つしかない。そこには力づくでもこの場を押し通るというシグナムの意志が込められていた。それを感じ取ったなのはもそれに合わせるようにレイジングハートをシグナムに向かって構える。その目にはシグナムに負けない決意が秘められていた。


「分かりました……でも、私が勝ったら話を聞かせてもらいます。」

なのはの言葉と共に二人の間に緊張が走る。シグナムはそんな中、思考を巡らせる。

自分が補足されたとなるとザフィーラや、ここから近い世界で蒐集しているヴィータも補足される可能性が高い。テスタロッサやヴィータが以前戦った黒い執務官が相手ならば勝機はあるが闘牙に出てこられれば自分たちに勝ち目はない。以前は見逃してもらったがあれは管理局に気づかれていない状態での闘牙の独断。加えてもう一度交戦するときには容赦はしないと言われている。戦闘に関して闘牙に容赦がないことは身をもって味わっている。なら闘牙が出てくる前にこの場を離脱するしかない。シグナムはそのまま自らのレヴァンティンを握る手に力を込める。

もう少しで主を、はやてを救えるところまで来ている。ここで負けるわけにはいかない。


「行くぞ!!」

叫びと共にシグナムがなのはに向かって疾走していく。この瞬間、シグナムと高町なのはの闘いの火蓋が切って落とされた…………




(あれは…………)

シグナム達がいる場所から離れた場所にいるザフィーラはシグナムの近くに新たな魔力が現れたことに気づきその方向に目を向ける。同時にそこから桜色の魔力光が放たれ始める。自らの将の危機に気づいたザフィーラがすぐさまその場へ向かおうとした瞬間、



「残念だけどあんたの相手はあたしだよ。」

目の前に戦闘態勢になっているアルフが現れる。その姿には以前戦った時以上の闘気が満ちている。どうやら戦闘は避けられそうにないことを悟ったザフィーラはアルフに向かい合いながら自らの拳に力を込める。その姿にはアルフに劣らない、いやそれ以上の決意と闘気がある。


「あんたも使い魔ならご主人様の間違いを正そうと思わないのかい!?」

そんなザフィーラを見ながらそうアルフは語りかける。それは自らも同じ間違いを犯したことがあるからこそ。

ジュエルシード事件。あの時の自分はフェイトの助けになることがフェイトのためになると、そう信じて疑わなかった。でもそれは間違いだった。フェイトの間違いを正し、止めること。それが自分の使い魔としての、家族としての役目だったことをアルフはこの半年で理解した。

だからこそ自分は目の前の相手にそれを伝え、そしてそれを止めなければならない。


そんなアルフの言葉に何か感じるものがあったのかザフィーラは静かに目を閉じた後、再びその目を開き真っ直ぐにアルフを見据える。そこには一片の迷いもなかった。


「主は関係ない………これは我らの独断。主は我らの蒐集のことは何もご存じない。」

「え?」

ザフィーラの言葉にアルフは思わずそんな声を上げてしまう。主が魔力の蒐集を命じていない。それならなぜ騎士たちはこんなことをしているのか。様々な疑問がアルフの中を駆け巡る。だがそんなアルフの戸惑いをよそにザフィーラはそのまま拳を構え、アルフに向かい合う。


「貴様も俺も譲れないものがある。なら何も迷うことはない。………行くぞ。」


「………そうかい。ならあたしはあんた達を止めて見せる!」


その瞬間、二人の姿が交差し、拳が交り合う。


アルフとザフィーラ。

使い魔と守護獣。


互いに譲れない物を懸けた戦いの火蓋が切って落とされた…………




(ちくしょう……シグナムにもザフィーラにも連絡がとれねえ……!)

闇の書を抱えながら飛行しているヴィータはそう思案しながら焦燥に駆られていた。先程まで連絡を取れていた二人と念話が通じなくなってしまった。この世界と二人がいる世界はそれほど離れているわけではない。なら考えられる理由は一つしかない。ヴィータはすぐさま自らの足元に魔法陣を発生させる。それは転送の魔法陣。そのままヴィータが二人がいる世界へ転移しようとしたその時、


「そこまでだよ。」

そんな声がヴィータのすぐそばから聞こえてくる。慌てて振り返った先には黒いバリアジャケットを纏い、バルディッシュを手にしたフェイト・テスタロッサの姿があった。


フェイトはエイミィの連絡を受けすぐにリンディと共に本部へ帰還。まだ闘牙とクロノは帰還していなかったため先にヴィータの元へ向かって来たのだった。


「私たちはあなた達と闘うために来たんじゃない。武装解除して事情を聞かせてくれれば……」

そうフェイトがヴィータに話しかける。これまでの戦闘で騎士たちが悪意を持ってこんなことをしているわけではないことはフェイトにも分かっていた。もしかしたら自分達にも手伝えることがあるかもしれない。それはフェイトの心からの本心だった。だが



「……………すんな。」

ヴィータは俯きながら絞り出すような声を漏らす。フェイトからはその表情をうかがうことはできない。だがヴィータから放たれる殺気に気づいたフェイトは思わずそのままバルディッシュを構える。


ヴィータの脳裏には自らの主、家族であるはやての姿があった。


あと少し。


あと少しで助けられるんだ。


あの笑顔を、声を、温もりを。


あの安息の日々を。


目の前の黒い魔導師の言葉。それは真実だろう。もし管理局に話すことではやてを救うことができるなら喜んでこの身を差し出すだろう。


だがそれはできない。管理局にはやてのことが、闇の書のことがばれればどうなるかはあたしたちが一番よく分かっている。


一度闘牙にそのことがばれ、もう駄目だと思ったが闘牙は本当に約束を守ってくれている。


闇の書もあと少しで完成する。

もうすぐはやての体が治るんだ。


だから



「邪魔すんじゃねええええ!!」


叫びを上げながらヴィータはグラーフアイゼンを振りかぶりながらフェイトに突進していく。フェイトはそんなヴィータの姿を見ながら戦闘は避けられないことを悟り、迎撃する。


この瞬間、ヴィータとフェイト・テスタロッサの再戦の火蓋が切って落とされた…………




「遅れて済まねえっ!」

「闘牙君!」
「来てくれたのね、闘牙君。」

そう慌てた声を出しながら闘牙が本部にやってくる。そのことに気づいたエイミィとリンディは嬉しそうな声を上げる。その姿は既に犬夜叉の姿になっている。すぐに仕事を中断してやってきたのだが既にフェイト達は現場に向かい戦闘は始まってしまっているようだ。本部のモニターには戦闘の様子が映し出されている。どうやら三対三の状況らしい。

本当なら騎士たちとは戦闘は避けたいと思っていた闘牙だがこうなってしまってはどうしようもない。一瞬、迷うものの闘牙はすぐにそれを振り払い、戦士としての思考に切り替える。


「俺はどうすればいい?」

「そうね……それじゃあ、フェイトさんの援護に向かって頂戴。闇の書の本体もあそこにあるようだし。」

リンディはそう判断し、闘牙にそう命令する。闇の書本体を抑えることができればこの事件も早期に解決することができる。そう判断してのことだった。闘牙が命令に従い、そのままフェイトの元に向かおうとした時、


「いや、少し待ってくれ闘牙。」

そんな声が転移しようとした闘牙を制止する。驚いて振り返った先には本局から今戻ってきたクロノの姿があった。そしてその姿は既にバリアジャケットを纏っている。どうやらクロノも戦闘に参加するつもりらしい。

だが何故自分を止める必要があったのか。闘牙はまだクロノが自分が闘えないと思ってそう言ったのかと一瞬考えるがそれは違うことにすぐに気づく。それならクロノ自身がフェイトの援護に行けばいい。だが闘牙を止めたクロノは自分もその場を動こうとしない。どうやらすぐに出撃するつもりはないらしい。それなら一体何故。闘牙がクロノの行動に戸惑っていると


「……なるほど、そういうことね。」

リンディはそう悟った様な声を上げ、後の判断をクロノにゆだねる。そこにはリンディのクロノへの信頼があった。そのやりとりでクロノに何か考えがあることに気づいた闘牙もクロノに従うことに決める。


「頼りにしてるぜ、執務官。」

「………ああ、任せてくれ。」


闘牙のそんな軽口にクロノも笑みを浮かべながら答える。闘牙たちはそのまま戦闘の推移を見守るのだった…………




戦闘によって荒れ果てた荒野の中、シグナムとなのはは互いを睨みあっている。その体にはダメージらしいダメージは見られない。だが二人とも疲労のために肩で息をしている。それは一進一退の攻防によるものだった。


(まさかこれほどとは………)

シグナムは息を整えながら目の前の白い魔導師、高町なのはに目を向ける。なのはもそれに合わせるようにレイジングハートを構えながらシグナムに対峙する。その周りにはいくつもの魔力弾が浮かんでいた。


シグナムは魔導師との戦い方を熟知している。それ故に魔導師に関しての戦闘に関しては絶対と言っていい自信を持っていた。だがそれは目の前の魔導師には通用しないらしい。

テスタロッサは魔導師の中でも近接戦闘を得意とする魔導師のため自分と競り合うことができた。だが目の前の魔導師は違う。砲撃魔法と言う対人戦には向かない魔法で自分と互角に渡り合っている。その実力に驚嘆するしかない。


「強いな……高町。だがこのまま負けるわけにはいかん。一気に勝負を決めさせてもらう。」


「私も負けません。」


そんなやり取りの後、二人の間に緊張が走る。そしてそれが弾けた瞬間、シグナムは一気になのはに接近しようと試みる。その目には一切に迷いもなかった。



間合いの取り合い。


シグナムとなのはの闘いはその一言がすべてと言っても過言ではない。クロスレンジではシグナムに。ミドル、アウトレンジではなのはに分がある。故にいかに自分の間合いで闘うことができるかが二人の闘いの大きな鍵になっていた。

一気に自分との距離を詰めようとしてくるシグナムを見ながらもなのはは焦ることなく自らの周りに浮かんでいる魔力弾を次々にコントロールし


「アクセルシューター……シュ―――トッ!!」

それらをシグナムに向かって放って行く。それはなのはのコントロールによって縦横無尽に駆け回りシグナムに襲いかかる。その数は十二。とても対応できるものではない。だがその例外がここに存在する。


「はあっ!!」

シグナムは自らの手にある相棒、レヴァンティンを振るうことで次々に魔力弾を切り裂き、打ち払って行く。その光景はまるで舞。一切の無駄のない動きでなのはの魔力弾を捌きながらシグナムはなのはとの距離を詰めようと試みる。

シグナムにも連結刃や飛竜一閃という中遠距離の攻撃手段は存在する。だがそれらは発動に時間がかかり、また発動中には足を止めざるを得ないと言うリスクがある。それはなのはの戦闘スタイルとは相性が悪い。なのはと闘うには常に足を止めず、動き続ける必要がある。

誘導弾を操るなのはとそれを捌き続けるシグナム。これが先程から繰り返されている光景だった。そして


「ディバイン……バスタ―――!!」

なのはの砲撃魔法がシグナムに向かって放たれる。いくらシグナムといえど、これを捌くことはできない。そのためそれを大きく距離を取ってかわし、再び両者の間に距離ができる。それがこれまでの攻防の流れ。なのははこのまま戦闘が持久戦になることも覚悟していた。だが


シグナムはそれをかわすどころか自らその砲撃に向かって突進していく。それはまるで特攻と言っても過言ではないものだった。


なのははそんなシグナムの行動に一瞬、動きを止めてしまう。自分の砲撃は間違いなく一撃必殺の威力がある。それなのに何故。そう考えたのと同時に


「はああああっ!!」

シグナムは咆哮を上げながら自らの甲冑に展開していたバリアを自らの前面に展開する。そのバリアは並みの攻撃ではなくビクともせず、全力で展開すれば砲撃魔法ですら凌ぐことができるもの。

しかしそれをもってしてもなのはの砲撃には耐えることができず、次第にバリアにひびができていく。そしてそれが限界を迎えようとした瞬間、シグナムは体をひねり、砲撃を受け流した。


「えっ!?」

なのははそんなシグナムの技量に驚愕する。まさか自分の砲撃をそんな風にかわされるとは思いもしなかったからだ。そしてなのははすぐに我に返り、再び砲撃を放とうとするも次弾のチャージができるよりも早く、シグナムがなのはの間合いに入り込む。その速度になのはは誘導弾を迎撃に出すこともできない。

シグナムはそのままレヴァンティンのカートリッジを起動させ、魔力を高める。なのはのシールドの強度は既にヴィータから聞き及んでいる。ならそれを打ち崩すだけの一撃を放つしかない。


「紫電一閃―――!!」


シグナムの全力の一撃が容赦なくなのはに向かって振り下ろされる。なのははすぐさまシールドを展開しそれを受け止める。なのはのシールドの強度は高く、並みの攻撃ではビクともしない。だがシグナムの全力の攻撃によってそのシールドにはひびが入り、崩壊していく。そしてその一撃がついになのはに届こうとしたその瞬間


『Barrier Burst』


レイジングハートの声と共にバリアは爆発を起こし、二人の間に大きな距離を作る。その爆発によってダメージは受けなかったもののシグナムも吹き飛ばされ、何とか体勢を立て直す。煙が晴れた先には全く恐れも迷いもない真っ直ぐな瞳をもったなのはの姿があった。


シグナムは驚愕の表情でそれを見つめるしかない。

あれだけの斬撃を目の前にして冷静にそれを対処する。いくら才能があったとしても、勇気があったとしても一朝一夕でできることではない。それはまるで剣士との戦い方を知っている。そうとしか思えないような手際だった。

そして同時に気づく。そんな剣士の存在を。



「……どうやら剣士との戦い方を知っているようだな。闘牙に教えてもらったのか?」


レヴァンティンを再び目の前に構えながらシグナムはそうなのはに問いかける。


「……そうです。闘牙君は私の闘い方の先生ですから。」


そんなシグナムの問いになのははそう力強く答える。同時になのはの周りに再び誘導弾が作られていく。


「そうか……なら尚のこと負けるわけにはいかないな。」


シグナムはそうどこか楽しそうに呟きながら再びなのはに向かって挑んでいく。目の前の少女。その強さは本物だ。だがそれでも自分は負けるわけにはいかない。なのはもそんなシグナムの決意を感じ取りながら全力でそれ応えていく。


剣の騎士と砲撃魔導師の闘いはさらに激しさを増していくのだった………





黒と赤の少女。フェイトとヴィータは肩で息をしながら対峙している。だが疲労しながらも二人ともまだ意志も闘気も衰えてはいなかった。


(こいつ………!)

グラーフアイゼンを握りしめながらヴィータは目の前のフェイトを睨みつける。ヴィータは一度フェイトと闘い、その戦闘スタイルも強さも知っていた。

だがカートリッジシステムを手に入れたことでフェイトの強さは以前とは比べ物にならない程増している。その速さはさらに増し、自分の障壁を破ることができなかった攻撃も今は自分に届く域にまで上がっている。力ではこちらが勝っており、相手のシールド、防御も前戦った白い奴に比べれば大したことはない。攻撃が当たれば勝つことは可能だ。だがその速度を捉えることができない。

ならカートリッジを使った加速によって一気に決着をつけるしかない。そう決意したヴィータは大きくグラーフアイゼンを振りかぶる。その目には揺るがない決意が秘められていた。



(この子……やっぱりすごく強い……!)

フェイトは自らの相棒であるバルディッシュを握りながら目の前にいるヴィータに目を向ける。以前は手も足も出なかったがカートリッジシステムを手に入れた今なら負けない。そう思っていたがそれが甘かったことをフェイトは痛感する。

自分は相手の速さを上回っており、以前とは違いその障壁を超える攻撃を繰り出している。だがそれでもヴィータはそれを避け、捌き、反撃をしてくる。その攻撃には冷や汗が止まらない。おそらく攻撃力ならヴィータはシグナムを上回っている。その攻撃を受ければ間違いなく自分は一撃で落ちてしまうだろう。このまま闘い続けても速度が落ち、いずれやられてしまう。

ならさらに速度を上げ、全力の一撃で勝負を決めるしかない。フェイトはバルディッシュを振りかぶりながらソニックフォームの使用を決意する。



フェイトとヴィータ。二人の間に凄まじい緊張が走る。次の一撃で、攻防で決着がつく。そんな気配が辺りを支配する。風が辺りを吹き荒れ、時間が二人の間を流れる。そして同時に二人が動き出そうとしたその瞬間、



フェイトの胸から見知らぬ手がその姿を現す。その手には金色の光。フェイトのリンカーコアが握られていた。




「……………え?」


フェイトはいきなりの事態にそんな声を上げることしかできない。何とか動こうとするもリンカーコアを握られてしまっているため身動きを取ることができなかった。そしてそんなフェイトの後ろには仮面をかぶった男の姿があった。



「な……何だてめえっ!?」


いきなり現れた仮面の男にヴィータは驚き、距離を取る。仮面の男のことはシャマルから聞き知っている。シャマルは危ないところを助けてもらったようだがその目的も不明。どうやら闇の書に興味があるらしいことしか知らなかった。


だがそんなヴィータの戸惑いを見ながらも仮面の男は静かに




「さあ、奪え。」


そうヴィータに告げる。



「…………え?」


ヴィータはそんな仮面の男の言葉の意味が分からないかのようにその場に立ちつくすことしかできない。


奪え?何を?そんなの決まってる。目の前の光。リンカーコア。その魔力。それを奪えと仮面の男は言っている。



「…………何をしている?闇の書を完成させるのだろう、早く奪え。」

いつまでも動こうとしないヴィータを訝しみながらもそう言葉をつなぐ。だがヴィータにはそんな仮面の男の言葉は耳に入っていなかった。



魔力の蒐集。それが自分たちの目的だ。


はやてを助けるためにそれを行ってきた。もうすぐそれが叶う。


そして自分の目の前にはそれがある。その光には前に蒐集した白い魔導師に匹敵する魔力がある。これがあればページも一気に埋まるだろう。今ならそれが簡単に手に入る。



そんな誘惑がヴィータを襲う。



知らずヴィータの手が伸びる。


そしてその手がリンカーコアに向かって伸ばされようとした瞬間、




ヴィータはその動きを突如止めてしまう。



「………何のつもりだ?」



ヴィータの行動が理解できない仮面の男はそう疑問の声を上げる。ヴォルケンリッターは魔力の蒐集を目的にしたプログラム。そんな存在が何故。ヴィータはそのまま顔を俯かせ、その場に立ちつくす。


その脳裏にはあの日の光景が蘇っていた。


自分たちを倒した男、闘牙の姿。


自分たちを管理局に引き渡そうと思えばできた筈だ。


でも闘牙はそれをしなかった。


それは自分たちの決意を、はやてのことを気に掛けてくれたからだと言うことは自分にも分かった。


そんな闘牙の言葉が蘇る。


『お前ら、もう人から魔力を蒐集しないと誓えるか………?』


それが自分たちと闘牙の約束、誓いだった。


自分たちは既にはやてとの誓いを破り魔力の蒐集を行ってしまっている。でももしここでその約束を、誓いを破ってしまえばあたしたちは大事なものを失くしてしまう。だから




「………あたしはヴォルケンリッターの騎士、ヴィータだ!お前みてえな奴の助けなんていらねえっ!!」


ヴィータはそう咆哮しながらグラーフアイゼンを振りかぶる。それは騎士の誇り。その瞳にはもう一片の迷いもなかった。


「………プログラム風情が。」

仮面の男はそう冷たく吐き捨てた後、自らが手にしているリンカーコアに目をやる。そしてその手に力を込めようとしたその瞬間、



仮面の男は突如凄まじい衝撃に襲われ、そのまま吹き飛ばされてしまう。



「っ!?」

突然の事態に混乱しながらも仮面の男はすぐさま受け身を取り、体勢を立て直す。一体何が起こったのか。顔を上げたその先には



フェイトを抱きかかえた闘牙の姿があった。



「トーガ………?」

どこか夢心地な様子でフェイトはそう闘牙に話しかける。どうやらリンカーコアを取りだされかけたせいらしい。


「悪いな、遅くなっちまった。」

そんなフェイトの様子を見ながらも闘牙は優しくそう言い、フェイトをそのまま地面に下ろす。そしてそのままフェイトを庇うように立ちながら仮面の男に対峙する。


フェイトはそんな闘牙の後ろ姿に目を奪われていた。同時にこれまでに感じたことのない感情がフェイトの中に生まれてくる。それが何なのかフェイトには分からない。だがその感情はきっと大切なものなのだと。そうフェイトは気づく。


闘牙はそのまま仮面の男とヴィータに目を向ける。ヴィータは一瞬、呆けたような顔をしていたがすぐにいつもの表情に戻り、闘牙と仮面の男を睨みつけ、距離を取る。ヴィータにとってはどちらも敵であることに変わりはなかったからだ。


闘牙はそんなヴィータを一瞥した後、仮面の男に目を向ける。先程自分は一撃で意識を失うほどの蹴りを放った。にもかかわらず仮面の男はそれを受け流し、ほとんどダメージを受けていないようだ。その技量に闘牙は驚きを隠せない。そして同時にあることに闘牙は気づく。


(こいつ………)

それは匂い。目の前の男から感じる匂い。それは人間の匂いではない。

それはアルフと同じ使い魔のもの。それも恐らくは猫の使い魔。その姿は恐らくは変身魔法によるものなのだろう。ユーノも変身魔法でフェレットに姿を変えていたが匂いまで変えられてはいなかった。そのことを仮面の男に問いただそうとしたその時、



突然闘牙とフェイトに向かってバインドが掛けられてしまう。


「えっ!?」


突然のバインドにフェイトは驚愕の声を上げる。フェイトはすぐさまバインドを壊そうとするがそれは叶わない。その強度には驚くしかない。間違いなくこのバインドは高等魔法。すぐに解除できるようなものではない。それを複数、これだけの速度で展開させることはクロノでも難しいだろう。一体誰が。そう思い顔を上げた先には、

もう一人の仮面の男の姿があった。



「そんな………」

「こいつら………」


目の前の状況にフェイトとヴィータは苦渋の声を漏らすことしかできない。仮面の男がもう一人いる。さらにトーガと自分はバインドに捕まってしまっている。このままでは負けてしまう。何とかしなければ。そうフェイトが焦った瞬間、闘牙の顔が視界に入る。その顔には焦りも戸惑いも見られない。こんな状況なのに何故。そうフェイトが疑問を抱いたその瞬間、


「バインドブレイク。」

声と共に闘牙とフェイトを縛っていたバインドが粉々に砕け散る。フェイトが振り返ったその先にはデバイスを構えたクロノの姿があった。


「クロノ……?」

「すまないフェイト。遅くなった。」

クロノはそう言いながら闘牙の隣に並ぶ。

仮面の男の襲撃に備えて待機する。それがクロノの作戦だった。

仮面の男たちがどういった方法かは分からないがヴォルケンリッター、管理局、双方の動きを察知していることは先の戦闘で明らか。ならば今回の戦闘でも恐らく介入してくる可能性が高い。そう判断し、クロノは闘牙を温存していたのだった。もっとも仮面の男がもう一人いることはクロノにとっても予想外だったのだが。


仮面の男たちもそんな闘牙とクロノに向かい合うように対峙する。どうやら素直にこちらに投降する気はないようだ。そして仮面の男たちは騎士たちに匹敵、いやそれ以上の実力を持っていることは間違いない。そのことに気づいているフェイトとヴィータは緊張した面持ちを隠せない。だが



「久しぶりの共闘だ。頼むぜ、クロノ。」

「ふん、君の方こそ腕がなまっているんじゃないか?」


そんな二人の緊張を全く感じていないかのように闘牙とクロノは軽口を叩きあう。そこには互いに対する絶対の信頼があった。そんな二人の様子に面喰いながらも仮面の男たちはすぐさま戦闘態勢に入る。



闘牙とクロノ。


アースラの最強コンビと仮面の男達の闘いが今、始まろうとしていた…………


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