「はあ~~っ。」
「な……なのは、しょうがないよ。」
なのはがそう溜息をつきながらアースラの食堂のテーブルに突っ伏す。ユーノはそんななのはを何とか元気づけようとしている。しかしなのははやはりショックが大きかったのかそのまま落ち込んでしまう。
「クロノは執務官、しかもAAA+クラスの魔導師なんだから負けても仕方ないよ。」
「うん……。」
ユーノの言葉になのはもそう頷くしかない。
先程までなのははクロノとの模擬戦を行っていた。クロノとしてはこれから一緒に行動するなのはたちの実力を確かめたかったためでもあった。そして初めはなのはとクロノの一対一の戦闘を行ったのだがなのはあっという間に負けてしまった。その後、ユーノとのコンビで再び挑んだのだが善戦はできたもののやはりそのまま負けてしまった。しかもクロノは本気を出していなかったことになのはも気付いたためその実力差に落ち込んでいた。ユーノとのコンビならフェイトとも互角に戦えたこともあり、自信を持ち始めていたなのはにとってはショックも大きかったのだった。
「でもなのはだって凄いよ。まだ魔法を覚えたばっかりなのにこれだけ闘えるんだから。僕じゃなのはにももう敵わないよ。」
ユーノはそう少し残念そうに告げる。魔法においては一応なのはの師にあたるユーノだったが単純な戦闘能力ならなのはには既に及ばなくなってしまっていたからだ。
「そんなことない、ユーノ君にはもっと魔法のこと教えてほしいんだから!」
そんなユーノの様子に気づいたのかなのははそう言葉を掛ける。それはなのはの心からの本心だった。しかしユーノはそのまましばらく俯いたまま何かを考え込んでいる。そしてゆっくりとなのはに向かって話し始める。
「僕……最近考えるんだ……もし僕がなのはに会わなかったら、なのははあの世界で普通に暮らせてたんじゃないかって……。」
「え……?」
なのははそんなユーノの言葉に思わずそんな声を上げてしまう。それは初めてなのはに出会ってからユーノがずっと考えていたことだった。
「魔法がある世界が悪いってわけじゃないんだ……でも……なのはにとってはあの世界で暮らしていた方がいいんじゃないかって……。」
ユーノはそれきり黙りこんでしまう。魔法。なのはにはその才能がある。でもそれがなのはにとっていいことなのかは別問題だ。日常と非日常。そのどちらがいいのか。それは誰にも分からない。
ユーノは同じことを闘牙にも訓練の時に聞いたことがある。だが闘牙はいつもの調子で笑い飛ばすだけだった。闘牙自身、これまで非日常の中で過ごした経験があるからなおのことだった。だがなのはは事情が違う。
なのはは本当になんの変哲もないごく普通の九歳の少女。それをやむを得ずとはいえ巻き込んでしまった。その負い目をユーノはずっと考え続けていた。二人の間に沈黙が流れる。そしてユーノが再び口を開こうとした時
ユーノの額にデコピンが放たれた。
「えっ!?」
驚いたユーノが顔を上げた先には微笑みながら自分を見ているなのはの姿があった。ユーノのそんな姿が可笑しかったのかなのはは笑いながらユーノに答える。
「闘牙君だったらきっとこうするよ。私、ユーノ君と会えて本当に良かったと思ってる。魔法のことだけじゃない、闘牙君ともお父さんやお母さんたちともユーノ君が来てからもっと仲良しになれたの。……それに自分のやりたいこともそのおかげで見つかったからユーノ君が謝ることなんてないよ。」
なのはにとってユーノとの出会いは自分の人生を大きく変えたものだった。まだ九年しか生きていないなのはにもそのことは理解できている。そしてその出会いによって自分は前よりもずっと成長できたと、そう実感もしていた。ユーノには感謝こそすれ責めることなど考えられなかった。
「うん……ありがとう、なのは。」
そんななのはの言葉に救われたのかユーノも笑顔を見せながらそう答える。なのはもそんなユーノに満足したのか微笑み返す。そして
「あれ?」
「どうしたの、なのは?」
突然、何かに気づいたようななのはにユーノが尋ねる。
「さっき、闘牙君がいたみたいだったけど……気のせいかな?」
「そうじゃない?闘牙ならきっと僕たちを見つけたらこっちに来ると思うけど……。」
二人は首をかしげながらもそのまま会話を続けるのだった……。
「お邪魔するぜ。」
そう言いながら闘牙はクロノ達がいる制御室に入って行く。もちろんノックをし許可を得てからだったが。
「あら、闘牙君。」
「噂をすればってやつだね。」
闘牙に気づいたリンディと通信主任兼執務官補佐であるエイミィ・リミエッタがそんな声を上げる。クロノはそのまま大きなスクリーンに映し出されているモニターを見つめている。そこには先に闘牙が闘った樹木のジュエルシードとフェイトの姿があった。
「あの時の映像か。」
闘牙もそのまま映像に目を移す。闘牙もまさか自分たちが撮られているとは思いもしなかった。アースラではサーチャーと呼ばれるもので事前に偵察を行うのが鉄則らしい。
「本当に闘牙君って魔法を使ってないんだね。魔力の方も全然感知できないし。不思議だねー。」
「俺からすればお前達の魔法の方がずっと不思議だ。」
エイミィのそんな感想にいつか言ったような答えを闘牙は返す。闘牙たちはエイミィとは既に顔見知りになっており、年齢が近いということもあって気さくに話す仲になっていた。
「そうかな?でも闘牙君は爪だけで戦ってるの?腰に剣みたいなものをいつも持ってるけど……」
そう言いながらエイミィは闘牙の腰にある鉄砕牙に目をやる。初めの顔合わせの時には状況説明ばかりで鉄砕牙や火鼠の衣のことなどはエイミィには詳しく伝えられていなかったことに今更ながら闘牙は気づく。
「剣じゃないわ、刀っていうのよ。闘牙君たちの世界の古い剣の名称よ。」
リンディはそう自慢げに語る。リンディはなぜか管理外世界にも関わらず日本の文化には詳しいらしい。もっとも抹茶に砂糖を入れることについては突っ込むのはすでにあきらめていたが。
「へえ、見せてもらってもいい?」
「ああ、気をつけろよ。」
そう言いながら闘牙はエイミィに鉄砕牙を手渡す。エイミィはそれを受け取った後、それを鞘からゆっくりと抜く。そこには錆びた状態の鉄砕牙があった。
「なんか錆びちゃってるけど……いいの?」
「ああ、元々そんな姿で俺以外の奴には使えない刀なんだ。」
闘牙は訝しんでいるエイミィにそう説明する。本当なら本来の姿を見せるのが手っ取り早いのだが今の自分にはそれができないため闘牙はそう簡単に言い切る。
「ということはあれはまだ君の全力じゃないってことか。」
いつのまにかクロノも二人に続きながら鉄砕牙を眺めている。どうやら先程まで闘牙とフェイトの戦闘データを見ていたのが終わったらしい。鉄砕牙の所有については既にリンディに許可を取ってある。
本来なら管理局は質量兵器の所有、使用は禁止しているらしいのだがここが管理世界外であること、鉄砕牙は闘牙以外には使用できないこと、民間協力者であることから特別に許可をもらっていた。もちろん闘牙は鉄砕牙の力については説明したのだが実際には見せられなかったことから冗談だと受け取られてしまっているのも理由の一つだった。
「ああ、そう言えば管理局ってのはお前みたいな奴がごろごろいるのか?」
闘牙はそう言いながらクロノに向き合う。先程のなのはとの模擬戦を見る限りおそらく実力的にはフェイトよりも上であろうクロノに闘牙は少なからず驚いていた。その闘い方も洗練されており、確実に相手を倒す戦法、戦術をみせていた。闘牙にとって闘うには苦手なタイプだった。
「そんなことないよ、クロノ君はアースラの切り札なんだから!」
「そうね。」
闘牙の言葉に代わりにエイミィとリンディがそう答える。クロノはそんな言葉が照れ臭かったのか顔を少し赤くしながらも咳払いで誤魔化す。
「そういえばあの二人はどうしたんだ?姿を見ないが……」
クロノは話題を変えようとそう闘牙に尋ねる。いつも一緒に行動しているなのはとユーノの姿が見えないことにクロノは気づく。
「あいつらなら食堂で話してるぜ。」
そう何でもないことのように闘牙は答える。しかし
「なるほど、気を利かせてこっちにやってきたんだね。」
エイミィはそうすぐさま闘牙の真意を見抜く。闘牙はそんなエイミィに驚きを隠せない。みればリンディもそれに頷いている。どうやらアースラの船員にはユーノがなのはを好きなことは周知の事実だったようだ。しかしクロノはそのことを今初めて知ったらしく、少し考えるような仕草を見せる。
「クロノ君、早くしないとなのはちゃん取られちゃうかもよ。」
「なっ何を言ってるんだエイミィ!?」
エイミィの予想外の突っ込みにクロノが顔を赤くしながら狼狽する。エイミィはそんなクロノが気に入ったのかさらに続ける。
「だってクロノ君が好きそうな可愛い子だし。」
「僕の好みなんてどうでもいいだろ!」
二人はそのまま言い合いながらもみくちゃになって行く。いつも冷静なクロノにもこんな面があるのだと闘牙が感心しているとリンディがいつの間にか闘牙の傍まできながら話しかけてくる。
「闘牙君はなのはさんのことはどう思ってるの?」
そう楽しそうな笑顔を見せながら闘牙に詰め寄ってくる。どうやらこういう話には目がないようだ。
「年が離れすぎてるでしょう……。」
闘牙はそんなリンディの言葉に呆れながらそう答える。ユーノといいなぜこんなことばかり聞くのかと闘牙は頭を抱える。
「あら、恋に年は関係ないわよ?なのはさんは将来、美人になりそうだし。」
リンディはそう自信を持って告げる。確かにそうかもしれないが流石に九歳とはあり得ない。
「クロノやユーノみたいに同年代なら分かりますけど……。」
闘牙はそう言い何とかこの話題を自分から逸らそうとする。しかしその言葉に三人の動きが止まる。みな同じように闘牙に目を向けている。
「ど……どうかしたのか?」
そんな三人の様子に思わず闘牙はたじろぐ。そんな中
「……闘牙君、ちなみに聞くけど……クロノ君のこと、いくつだと思ってるの?」
エイミィがそうどこか笑いをこらえているような表情でそう問いかけてくる。リンディもどうやら同じようだ。クロノの顔からはその感情は読み取れない。
「いくつって……なのはたちと同じ九歳か十歳ぐらいなんじゃないのか?」
そう闘牙は真面目に答える。その瞬間
「あははははっ!!クロノ君、そんな風に思われてたんだね!」
エイミィはそう笑い声を上げながらおなかが苦しいのか蹲ってしまう。
「確かに背は低いかもしれないわね……。」
何とかフォローをしようとするリンディも笑いがこらえきれないのか口を手で押さえながらそう言うことしかできない。そして
「……僕は……十四歳だっ!!」
クロノはそう叫びながらデバイスを抜き闘牙に向かっていく。闘牙はクロノの逆鱗に触れてしまったことに気づき咄嗟に逃げようとするがバインドに捕まってしまう。もはやクロノは冷静さを完全に失っていた。
「わ……悪かったって……だからこのバインドを解けっ!?」
「君には執務官の強さを身をもって味あわせてやる!!」
そのまま二人は制御室を飛び出していき鬼ごっこを始めてしまう。そんな二人を見ながらリンディはあの二人はいいコンビになるのではないか。そんなことを考えるのだった。
今、闘牙たちの目の前には巨大な鳥の姿がある。それはジュエルシードによる暴走体だった。
闘牙はそんな暴走体に向かって一直線に突撃していく。暴走体はそんな闘牙に向けてその翼を大きくはばたかせその羽根を槍のように放ってくる。しかし闘牙はそんな攻撃を目の前にしながらも全く臆することなく突き進もうとする。そしてその羽根の雨が闘牙に襲いかかろうとした瞬間
「スティンガースナイプ!」
クロノがそう叫んだ瞬間、そのデバイスから光弾が放たれる。それは螺旋のような軌道を描きながら闘牙に向かってくる羽根を次々に撃ち落としていく。そして闘牙その間に一瞬で暴走体の間合いに入り込む。暴走体は慌ててその場を飛び立とうとするが
「させるかっ!」
それよりも早く闘牙の拳がその腹に突き刺さる。その威力によって暴走体はその場に倒れ蹲ってしまう。
「クロノっ!」
「分かってる、封印!」
闘牙の言葉と同時にクロノは暴走体に向かって杖を構え封印魔法を行使する。後には小さな鳥とジュエルシードが残っているだけだった。そして
「私の出番が全然ないの……。」
「な……なのは……。」
どこか不満そうな表情を見せながらなのはにユーノは何も言うことができなかった……。
「全く……君はいつも突っ込みすぎだ。援護がなければどうするつもりだったんだ?」
「良いじゃねえか、お前が援護してくれたんだから問題ねえだろ。」
クロノの忠告にも闘牙はどこ吹く風と言った風に答える。もちろん闘牙はクロノの援護があるという前提で闘っていたのだが。すでに何度かクロノとは模擬戦と共闘をしているためその実力も把握している。何よりも闘牙はクロノの共闘を気にいっていた。まるでかつて珊瑚と共闘していた時の様な感覚が感じられたからだ。
「闘牙君ばっかりずるいの!」
「そうだよ、僕たちもちゃんと闘えるんだから。」
なのはとユーノがそう闘牙に迫ってくる。今回は闘牙が闘う予定になっていたもののなのはたちには不満があったようだ。
「分かった、分かった……昼飯好きなものおごってやるから機嫌直せって……。」
闘牙はそう苦笑いしながら二人を連れて食堂に移動していく。クロノはそんないつも通りの三人を見送った後、艦長室に向かっていく。
「あら、おかえりクロノ。」
「クロノ君、お疲れ。」
そこには艦長のリンディとエイミィの姿があった。
「エイミィもいたのか。仕事はきちんと終わらせたのか?」
「失礼だなー、ちゃんと終わらせたよ。サボるとクロノ君がうるさいしねー。」
クロノとエイミィはそんな調子で互いにからかい合う。リンディはそんな二人のやり取りをしばらく微笑みながら眺めた後
「それであの三人はクロノから見てどう?」
そうクロノに尋ねる。闘牙たちがアースラに加わってから既に一週間以上が過ぎようとしていた。
「……なのはとユーノは優秀な魔導師です。特になのはは魔法を覚えたばかりの子だとはとても思えません。特にあの無茶苦茶な闘い方……教えたのは闘牙らしいですがあの子には合っているようです。ランクでいえばAAAクラスに近い実力だと……。」
「ほんと、信じられないよね。魔力値だけならクロノ君より高いし。」
クロノは初めなのはの戦い方を見た時は驚き修正させようかと考えたのだがなのは自身が気に入っている様子、何よりも型にはまっているところが見られたため断念したのだった。
「ぜひ管理局に欲しい逸材ね……。それで闘牙君の方は?」
リンディはそう興味深そうにクロノに尋ねる。リンディが一番気にしているのはやはり闘牙だった。半妖と言う魔法とは違う力がどれほどの物か想像ができなかったからだ。クロノは少し目を閉じて思案した後ゆっくりと話し始める。
「あの三人の中で一番強いのは間違いないです。遠距離の攻撃手段がないのは弱点でもありますが……恐ろしく戦い慣れています。」
「へえ、クロノ君がそこまでほめるなんて珍しいね。クロノ君でも勝てなさそうなの?」
「どうだろうね……まだ切り札は持ってそうだし……何よりも僕が苦手な本能や直感で戦うタイプだ。できれば相手はしたくないな……。」
クロノは理論や理詰めで戦い、確実に相手を倒すタイプのため闘牙の様なタイプは苦手にしていた。だがそれは闘牙にも当てはまる。逆を言えば闘牙とクロノは互いに足りない部分を補い合うことできるコンビ。そのためその連携も上手くいっているのだった……。
(ここは……?)
フェイトはゆっくりとその体を起こす。ここはどこだろう。自分がだれで何をしていたのか思いだせない。そんな中、フェイトは自分の体が小さくなっていることに気づいた。年齢でいえば四、五歳だろうか。同時にフェイトは自分の体が自分の意志で動かせないことに気づく。まるで自分の体が別人になってしまったかのようだった。
そして『私』はそのまま草原を走りながら一直線に走って行く。その手には花で作られた冠が握られている。そして辿り着いた先には自分に笑いかけてくれる、優しい母さんの姿があった。
そこで私は初めてここが昔の夢の中だと気がついた。でも違和感を感じる。夢の中の母さんはたった数年前のはずなのに今よりもずっと若い。まるで十数年前の母さんのようだった。
「どうしたの、■■■■?」
母さんはそう優しく微笑みながら『私』の名前を呼ぶ。でもその声がなぜか聞き取れない。
まるでそこだけ霧がかかってしまっているようだ。
『私』はそのまま手にある花の冠を母さんの頭に乗せる。母さんはそれに一瞬、驚いた顔を見せてから
「ありがとう、■■■■」
そう『私』に向けて私が好きだった優しい笑顔を向けてくれる。
そうだ。
これが私が欲しかった世界。
これが私が取り戻したい、母さんが笑ってくれる世界。
なのに
なのに何かが違う。
それに気づいてはいけない。
もしそれに気が付いてしまったら私は――――
「母さんっ!」
フェイトは慌てて起き上がる。辺りを見渡すが母さんの姿はない。そしてフェイトは自分が部屋で仮眠をとっていたことを思い出す。時空管理局に見つからないようにジュエルシードを集めることは困難を極め、フェイトも疲労困憊だったからだ。
(今のは……夢……?でも………)
フェイトが何とかベッドから立ち上がりながら先程の夢を思い返していると
「フェイト、もう大丈夫なのかい!?」
隣の部屋にいたアルフが慌ててフェイトに近づいてくる。そんなアルフを見てフェイトは微笑みながらそれに答える。
「うん、少し寝れたからもう大丈夫。……じゃあ手筈通りに行こう、アルフ。」
フェイトはそのまま手に持ったバルディッシュを起動し、バリアジャケットを着る。その瞳にはすでに戦いに行くための光が宿っていた。
「フェイト………。」
これからフェイトが行おうとしていることははっきり言って無謀そのものだ。
もちろんそのことはフェイト自身も分かっている。それでもフェイトに立ち止まるという選択肢はなかった。そのことを分かっているアルフはそれ以上何もいうことはできない。
自分ができるのはフェイトの邪魔をするものをフェイトの敵を排除するだけ。そうアルフは自分に言い聞かせる。
そしてフェイトの脳裏には闘牙となのはの姿が浮かぶ。
きっとこれからまたあの二人と闘うことになる。
あの二人に出会ってからフェイトは自分が母親のこと以外にあの二人のことを考えるようになっていることに気づいていた。
母さんのために。それがフェイトすべてであり、生きる意味だった。それだけあればいいと、そう思っていた。
でも、闘牙と出会って、あの女の子と出会って知らず惹かれていっている自分に気づき始めていた。しかしその感情が何なのかフェイトには分からない。
自分が知らない自分と母さんを想う自分。
二つの感情にフェイトは板挟みになりつつあった。だがフェイトは一度頭を振りかぶり混乱しかけた自分を諫める。
(迷っちゃだめだ……私は……私は母さんの……母さんのあの笑顔のために闘うんだ……!!)
フェイトはそう自分に言い聞かせ、アルフと共に部屋を後にする。
その願いが決して叶わないことを知らずに………。
「なのは、ユーノ!」
「闘牙君っ!」
「闘牙っ!」
闘牙たちは走りながら合流しリンディ達の元に向かっていく。それは管内に警報が鳴り響いたからだった。そして闘牙たちが辿り着き見上げた巨大なモニターには
暗雲が立ち込めた海にいくつもの竜巻が起きている信じられないような光景が映っていた。それは自然には絶対に怒らないような規模の竜巻だった。
そしてその竜巻の中に二つの人影がある。それはフェイトとアルフだった。
「フェイトちゃんっ!?」
その光景になのはは悲痛な叫びを上げる。フェイトとアルフはジュエルシードによって発生した竜巻を何とかしようと挑むもその圧倒的力に翻弄され続けている。このままでは力尽きてしまうのは明白だった。
「何とも無茶する子ね……。」
リンディはそうどこか難しい顔をしながらそう呟く。海に落ちたジュエルシードを魔力を打ち込むことによって強制的に発動させ封印する。しかもその数は七個。それは無謀極まりない行為だった。
「あ……あの、私、急いで現場に……。」
なのははそう言いながらすぐさま現場に向かおうとするが
「その必要はない。あのまま放っておけばあの子は自滅する。」
クロノはそう冷静になのはに告げる。
「え……?」
なのはは一瞬クロノが何を言っているのか分からず立ちすくんでしまう。しかしその言葉の意味に気づき、驚愕する。それはフェイト達を見捨てるということだった。ユーノと闘牙もそのことに気づき、苦悶の表情をみせる。
「……自滅しなくても力を使い果たしたところで叩く。」
そんななのはたちの様子を見ながらもクロノはそう淡々と続ける。それは執務官としてのクロノの顔だった。
「残酷に見えるかもしれないけど……それが最善。」
リンディもそうクロノの言葉に続く。アースラといえどその戦力、人員は無限ではない。それは指揮官として艦長として当然の判断だった。
それは闘牙にも分かっていた。
今の自分は十七歳。組織がどういう物でリンディ達がどんな責務を負っているかは少しは分かっている。
フェイト達はどんな事情があろうともその行為は犯罪、犯罪者であることは間違いない。
そして管理局はそれを取り締まる組織。リンディ達の言うことは間違いなく正しい。最善だ。
なのに。
どうして自分の心はこんなにもざわつくのか。
モニターに映るフェイトの姿。
その表情に何故こんなに胸が締め付けられるのか。
何故――――
そう闘牙が戸惑った瞬間、
腰にある鉄砕牙が騒ぎだす。
(鉄砕牙………)
それはまるで闘牙に訴えかけているようだった。
鉄砕牙は闘牙の心に反応していた
鉄砕牙は闘牙の心の迷いを冥道残月破を放った後から感じ取っていた。それはこれまで闘牙が闘ってきた理由。誰かを守りたいという気持ちが揺らいでしまっていたことを意味していた。
鉄砕牙と天生牙は自ら使い手を選び、自らが認めた使い手にしか力を貸さない。
そして鉄砕牙と天生牙を使いこなすにはそれに相応しい「強さ」と「心」が必要になる。
闘牙はこれまで鉄砕牙を手に入れた時から「かごめを守りたい」という強い思いを持ち続けながら闘い続けてきた。
その心は一度も折れることなく育まれ、妖怪化の制御という「強さ」を手に入れ闘牙は鉄砕牙の真の継承者となった。
だがかごめを失ったことで闘牙の心は折れ、その気持ちは失われてしまっていた。
しかし再び犬夜叉の力を手に入れ、なのはとユーノに出会ったことで闘牙は再び誰かを守りたいという心を取り戻し、それに鉄砕牙も応えた。
その心は間違いなく闘牙自身の気持ち。決してかごめの代わりでもない、偽物でもない、本当の気持ちだった。だが闘牙はそのことに気づかず、迷い苦しんでいる。
鉄砕牙はそのことを闘牙に気づかせるためにそして、闘牙ならその「心」を取り戻してくれると信じただ待ち続けていたのだった……。
闘牙はそんな鉄砕牙の気持ちに気づき、自分の想いが、闘う理由が間違いではなかったことを悟る。
そうだ――――
俺には何が正義で何が悪かなんて分からない――――
元々そんなことを考えるなんて性に合わない――――
俺は管理局でも――――
正義の味方でもない――――
いつだって俺は――――
俺自身の心に従ってきた――――
そして俺は目の前の少女を――――
闘牙はそのことを思い出し、なのはとユーノに目を向ける。そんな闘牙の視線に当然のように二人は頷く。三人の心は既に一つになっていた。そして闘牙たちはそのまま転送装置の場所に迷いなく向かっていく。
「君たち、何を!?」
そんな闘牙たちにクロノが驚きの声を上げる。しかし間に合わず既に転送は始まってしまう。闘牙たちは罰が悪そうな顔をしながら
「ごめんなさい、後できちんと謝ります!」
「悪いな、クロノ。あとで説教でも何でも受けるさ。」
「行くよ、なのは、闘牙!」
そう言い残し、アースラから姿を消したのだった……。
「ハアッ……ハアッ……」
フェイトは肩で息をし、苦悶の表情を浮かべながら竜巻に対峙する。すでにジュエルシードを発動させるためにつかった魔力によって体力は消費し、疲労困憊。加えてジュエルシードの数は七個。これだけの数のジュエルシードを封印することはいくらフェイトといえど不可能だった。しかしフェイトはそんなことなど関係ないといわんばかりにバルディッシュを手に構え竜巻に挑んでいく。だがその強力さによってフェイトはそのまま吹き飛ばされてしまう。
「フェイトっ!フェイト―――っ!!」
アルフがそんなフェイトを救おうと近づこうとするも他の竜巻の攻撃のよって近づくことができない。そして吹き飛ばされたフェイトに向かって無数の竜巻が襲いかかってくる。
(母さん………トーガ………)
フェイトはそのまま目を閉じることしかできない。そしてその攻撃がフェイトを飲み込もうとした瞬間、
桜色の砲撃が竜巻を貫き、その軌道を変えていく。
そして次の瞬間、フェイトはそのまま誰かに抱きかかえられながらに上空に連れだされる。フェイトの目を開けた先には
「よう、随分無茶してるじゃねえか。」
そうどこか場違いな口調で自分に微笑みかけてくる闘牙の姿があった。
「トーガ……?」
フェイトは自分の目の前の光景が信じられないといった様子で目を見開くことしかできない。そんな中
「闘牙君ばっかりずるい!」
そうどこか不機嫌そうななのはが二人に近づいてくる。ユーノはそんななのはの様子に苦笑いするしかない。
「フェイト、一人で飛べるか?」
「う……うん。」
フェイトは戸惑いながらも闘牙の腕から離れその場に浮かぶ。何故ここに闘牙たちがいるのか。何故自分を助けてくれたのか。フェイトは事態が分からず困惑するしかない。
「フェイトっ!!」
そんな中何とか竜巻から脱出したアルフが凄まじい速度でフェイトに近づき抱きついてくる。その目には涙が浮かんでいた。そしてアルフはそのままフェイトを庇うようにその前に立ちふさがる。しかしそんなアルフを見ながらもなのははそのままフェイトに近づいてくる。
「いったい何のつもりだい!?」
アルフはそう言いながらなのはを威嚇する。しかしなのははそのままレイジングハートから自らの魔力を形にした物をバルディッシュに向かって譲り渡す。その瞬間、フェイトの中にその魔力が浸透していく。フェイトとアルフはその光景に驚くことしかできない。
「ふたりできっちり半分こ!」
なのははそう笑いながらフェイトに告げる。なのはは自らの魔力の半分をフェイトに分け与えたのだった。それはなのはの気持ちを表したものだった。
なのはの脳裏にかつての悲しかった日々が蘇る。士郎が怪我をし、桃子、恭也、美由希はお店と家のことで手一杯となりなのはは一人家で過ごす日々が続いた。
ひとりぼっちで過ごすことの寂しさ。それをなのはは誰より理解していた。そんななのはが一番欲しかった物。
それは喜びも悲しみも半分に分けあえる、そんな存在。そして今、自分にはユーノと闘牙という二人の仲間がいる。二人がいればきっと何でもできる。なのはは自分がフェイトに伝えたいことを見つけ出す。
しかしその瞬間、ジュエルシードによって起こった竜巻が一つにつながり、巨大なハリケーンへと姿を変える。その強力さは先程までの比ではない。その脅威にフェイトとアルフの顔が曇る。しかしなのはとユーノには不思議と焦りはなかった。その視線の先には
鉄砕牙に手を掛けた闘牙の姿があった。
「お前ら、危ねえから少し離れてろ。」
「トーガ……!?」
一人ハリケーンに向かっていく闘牙に驚き、フェイトはそれを止めようとする。しかし
「大丈夫だよ、フェイトちゃん。」
「うん、闘牙は絶対に負けない。」
なのはとユーノがそう絶対の信頼を持ってフェイトに告げる。フェイトはそんな二人の言葉に驚きながらも闘牙を見つめ続ける。
闘牙は一人、目の前のハリケーンに向かい合う。その強力さは先程までの比ではない。だが今の自分は誰にも負けない。鉄砕牙の鼓動が聞こえてくる。自分の心が高まってくるのを感じる。闘牙はそのまま一気に鞘から刀を抜き放つ。その手には復活した鉄砕牙が握られていた。
同時にその刀身に風が巻き起こる。その力は以前と同様、いやそれ以上の力が満ちていた。
まだ自分の答えを見つけられたわけじゃない。
だがそれでも
悩むのも後悔するのは後でいい。
今はただ――――
目の前の少女を守るために――――!!
闘牙はそのまま鉄砕牙を振りかぶる。
その力に反応したのかハリケーンがその力を闘牙に向かって解き放つ。
だが
「風の傷っ!!!」
闘牙が全力で鉄砕牙を振り下ろした瞬間、その威力によってハリケーンは一瞬でかき消されていく。それはまるで海を消し飛ばしてしまうのではないかと思うほどの威力だった。
それはまさしくお伽噺の様な光景だった。
「あらまあ………。」
「す……すごい………。」
「な……なんてでたらめな………。」
リンディ達はその光景を唖然とした顔で眺めるしかない。暴走したジュエルシード七個分の力を持ったハリケーンをたった刀の一振りで消し飛ばす。とてもリンディ達の常識では測りきれないものだった。
フェイトとアルフも目の前の光景に目を奪われるしかない。闘牙が強いことは分かっていたがこれほどまでとは想像していなったからだ。
しかしジュエルシードは再びその力によって竜巻を引き起こそうとする。それに気づいたなのはとユーノは封印の体勢に入る。
「行くよ、なのは!」
「うん!」
ユーノはそのままチェーンバインドによって再び起こり始めようとするジュエルシードを拘束していく。しかしその数が多く全ての力を抑え込むことができない。そのことにユーノが焦りを感じた時、オレンジ色のチェーンバインドがそれを助けるかのようにジュエルシードに巻きついていく。それはアルフによる物だった。
「アルフさん!」
「借りを返すだけだよ、今回だけさ!」
なのはの喜びの声にそうどこか照れくさそうにアルフが答える。同時になのはは砲撃魔法の体勢に入る。フェイトはそんな三人の様子に目を奪われながらこれまで感じたことない感情に支配される。それが何なのかフェイトには分からない。でもこの気持ちはきっと……。
『Sealing form, setup』
フェイトの心の変化を感じ取ったかのようにバルディッシュがその形態を変える。
「バルディッシュ……」
フェイトはそんなバルディッシュを驚きながら見つめた後、そのまま封印の体勢に入る。そして
「ディバインバスター……フルパワ――――っ!!」
「サンダ―――……レイジ――――っ!!」
なのはとフェイトの封印魔法が同時に海底にある全てのジュエルシードの向かって放たれる。その力によって暴走した魔力が次々に収まって行く。そして辺りはまるで嵐が収まったかのような静けさに包まれる。
そんな中、なのはとフェイトはそのまま互いを見つめ合う。なのははどこか嬉しそうな笑みを浮かべながらフェイトを見つめている。フェイトはそんななのはに思わず見とれてしまっているようだった。そんな二人を闘牙とユーノは静かに見守っている。そして
「私……フェイトちゃんと友達になりたいんだ。」
なのははそう真っ直ぐに自分の気持ちをフェイトに伝える。フェイトはそんななのはの言葉に驚きの表情を浮かべる。
『友達』
それは自分が全く考えたことのない言葉だった。
目の前の女の子は
こんな私と友達になりたいと言ってくれている。
私――――
私は――――
フェイトがそのまま何かを口にしようとしたその瞬間、
紫の雷が全てを奪い去っていた――――