Private Kingdom 10
Private Kingdom
10
今日と明日は連休で皆自宅に帰り、中等科の寄宿舎に残るものは十人にも満たなかった。
いつもは休日でも世話をしてくれる寮母さんも休みで、夕食は大鍋に作り置きしたビーフシチューとパンを勝手に食べるだけだ。
別段変わったことではないけど、俺とセキレイはなんだか変に緊張して、言葉も少なく、シチューとパンとせっせと口に入れた。
別々にシャワーを浴びて、自分の部屋へ戻り、夜が更けるのを待った。
ベルから貰ったエロい雑誌を開いたりしたけれど、なんだかそんなことより、セキレイとずっと過ごしてきたこの十年近くを思い出し、センチメンタルに浸ってしまう。
セキレイと出会う4つの時まで、俺はひとりだった気がする。
いや、周りの誰もが親切で暖かく、穏やかに接してくれた。先生も友人も嫌いな奴なんて居なかった。
それでも、俺はこの世界でたったひとりなんだと、ずっと感じていたんだ。
拾われっ子であった所為かも知れない。
俺自身がどこかで人と交わる事を拒んでいたのかもしれない。
誰もが俺とは違う生き物だと感じ、それは改めて言うことではないにしても、仲間意識には繋がらなかった。
アルトの性だと言われればそうかもしれない。
だげど、俺はセキレイに会えた。
セキレイに会えて、初めて俺は自分以外の大切なものを知ることができた。
彼は他の奴とは全く違っていた。
俺は本能的にそれを知り、また俺とも違うことも知ってしまった。
俺達はお互い独りぼっちだったのだ。
その孤独さがお互いを繋ぎ合わせたのかもしれない。
セキレイへの愛しさは、他の誰とも比べようがない色合いになる。
彼を…失くしたくない。
そんな思いに囚われていたら、セキレイへの愛しさが半端なく募って、俺は彼を抱く尊さに胸がジンと熱くなってしまった。
セキレイの部屋に向かうのには勇気が要ったけど、それでもドアを開けて、仄かにピンクに染まった彼の顔を見て、愛しさが溢れだした。
失敗なんか気にしてる場合じゃない。
俺達は結ばれる為に存在している。
そうじゃないのか?
「ごめん、待った?」
「…ううん、大丈夫。少しワインを飲んでいたの」
「へえ~」
机にワインボトルとグラスが置いてあった。
「この間、ベルと三人で飲んだ残りがあったからね」
「俺にもくれる?」
「飲んでしまって、もう無いの」
「君ねえ~」
セキレイは少しむくれて「早く来れば残っていたのに、無理矢理飲んじゃったじゃないか」と、自分のバツの悪さを隠そうとする。それが何ともかわいく思えて、彼の腕を引き寄せた。
「まあ、いいさ。ともかくベッドへ行こうよ。先行き不安も見えなくもないが、君は酔った勢い、俺は過去からの情念に背中を押してもらってさ、上手くいくように祈ろう」
セキレイはふふと笑い、俺に従った。
裸のままベッドに横になった。
セキレイは俺の眼鏡を外して、枕もとのテーブルに置いた。
「本当は眼鏡の無いアーシュは少し苦手なんだ」
「どうして?」
「色っぽくて困るもの。でも僕以外の奴らには見せたくないのも事実だよ。アーシュは…誰をも惹きつけてしまうから、とてもヤキモキしてしまう。…つまらないことだけどね」
「そんなことない。俺だってセキレイが誰か他の奴と仲良くしているのを見たら、ムカつくもの」
「ホント?うれしいな」
「ずっと…4つの誕生日に君を見つけた時から、俺はセキレイを自分のものだと思って束縛した。そのエゴを君は許してくれた。ありがとう。大好きだよ、セキレイ」
「アーシュ…」
ゆっくりと開いていく…
お互いの身体を出来る限り繋ぎ合わせ、隙間なく密着させた。
残りの部分は、至る所を口唇で触れた。
セキレイもまた同じようにキスを繰り返す。
ふたりの結びつきは、それまでのそれぞれの杞憂に過ぎなかったと言えるほどに上手く運んだ。
自然体でありながらも、想像以上の充実感が満ちていた。
セキレイが「アーシュ」を切なげに呼びながら、揺れる顔を見せる。
セキレイの中で俺もまた揺れ続けた。
初めてにしては上出来だと、言葉に出さずふたりで顔を見合わせ笑った。
その後、セキレイは自分の番だと言い、俺の中に入りたいと言うから、勿論おいでと言った。
違った観念が生まれ、お互いに声を、耳を、身体を震わせ、行き着くところまで浸透させた。
酔いどれた官能がお互いを満たし、まるで宇宙に漂っているようだと、彼は呟いた。
ずっと繋がっていられたらいいね、と言葉にせずに伝えた。
セキレイはコクリと頷いて笑う。
手を合わせた指先から、溶け合うような感覚と、触れ合う胸の鼓動が痛いほどにお互いの肌に伝わる。
何事かとお互いを見合わせた時、セキレイと俺の身体が白く発光した。
その瞬間、俺達の身体は浮き上がり、瞬く間にセキレイの部屋からワープしたのだ。
俺達は裸のまま、草原に寝転がっていた。
さわさわと風にそよぐ草むらから、ミントの淡い匂いがあたり一面に漂っている。
「薄荷草だ」
俺達の寝ている絨毯は薄荷草の茂みで、身体中にミントと草の匂いが立ち込めている。
「ここは…どこなんだ?」
先に身体を起したセキレイが驚きの声を上げる。
「見て、アーシュ」
「あ…」
セキレイが指差した先は、見たことも無い景色だった。
緑の草原の地平線の先、広がった暗黒の世界、
その暗闇に数知れず瞬く星々と、惑星、衛星、星雲、ガス状の雲…図鑑で見た宇宙の景色。
…圧倒される。
まるで宇宙船の外に投げ出された迷い子のように不安になる。
自然にお互いを抱きしめあった。
「…どうしたんだろう。一体何が起きたの?」
「多分…次元を超えたんだろうね」
「え?なんで?」
「セキレイと俺の官能の力が、俺達を異次元に運んだんだ。魔力にも相性がある。きっとセキレイと俺の官能の力は、想像をはるかに超えるのかもしれないね」
「トゥエは喜ぶかしら」
「…さあ、あの親父はああ見えて食えねえとこがあるからな。こっちもホイホイと利用される気は毛頭ないぜ」
「別に…僕は利用されても構わないんだけど。だって彼は親みたいなものでしょ」
セキレイはそう言って立ち上がり、ゆっくりと歩いていく。
裸ではあんまりだと思ったが、辺りを見回しても身体を覆うものはない。
仕方が無いから裸のまま、セキレイの後を追った。
「ほら、合歓の木だ。花が咲いて、甘くていい匂いがする」
草原に一本だけ育った合歓の木に、セキレイは手をあてた。
「合歓はセキレイの木。薄荷草は俺の匂いだから、やっぱりここは俺とセキレイの願いの場所らしいね」
「アーシュの瞳もあるしね」
「え?」
「宇宙の星の煌きは、アーシュの瞳の中にあるんだ。だからここはアーシュと僕の身体の中なのかも知れないね」
「おもしろいね。内と外、空間は質量とエネルギーの移動により、より相対的概念を結びつける。しかし、理論的には難しい話だね。だって、これは俺達の中だけにしか確立しない場所だ」
「…アーシュは時々つまらないことを言うね。ここは僕と君の秘密の楽園って言った方が、らしくない?」
「…そういうことにしておくよ」
俺達は合歓の木に凭れ、香りと果てしない宇宙の景色を楽しんだ。
時が経つのも忘れてしまいそうになる。
「いつまでもここに居たい気もするけど、それでは駄目だともわかっているよね」
「うん、ここは特別な秘密基地みたいなものだ。僕らの生活する場所じゃない」
「じゃあ、リアルに戻ろうか」
「え?そんなに簡単に戻れるの?」
「まあ、なんとかなるよ。おいで、大丈夫。俺に任せて。うまく君の部屋のベッドへ帰りつくようにするよ」
「へえ~、自信満々だ。じゃあ、僕は何をすればいい?」
「もう一回官能を味わいたいって、祈ってて」
もう一度、俺達は身体を繋ぎ合わせた。
二回目のトリップは案外簡単だった。力の抑制は意外にも理性に比例したのだ。
だが無事にベッドに戻ってきた時は、ふたりとも指先さえ動かす事もできないほど疲れきってしまい、泥のように深い眠りに落ちた。
それから翌日の夕方、宿舎に帰ってきたベルが部屋のドアを叩くまで、ふたりの惰眠は続いた。
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