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SNS時代の落とし穴 エンタメ

2011.09.20

どじょう首相もびっくり!? ネットの和製英語をなんとかしてほしい!

担当:
山田順

0920-01engrish.jpg 前回「SNSより英語!」と題して、 本当に世界と繋がり、情報人間になりたいなら、英語ができるようにしたいと書いたら、かなりの反論がきた。これには本当にがっかりした。なんで、日本人はこんなに英語にアレルギーがあるのだろうか?
 「日本人に英語は必要ない」「英語より正しい日本語教育が大切」なんて言う方々は、このグローバル時代、本当にそう思っているのだろうか? とくに、ネットという国境のない空間ができ、そこでものすごい数の情報が行き交うこの時代に、そんなことを言っていて、本当にいいのだろうか?

 私は以前から、日本人は日本語のモノリンガルを脱し、英語とのバイリンガルになるべきだと主張してきた。その理由はいたって単純。英語がいまや世界標準語になってしまったからだ。世界に標準語ができた以上、それは一回きりのことで、この先ほかの言語が英語に代わって標準語になることはない。だから、それを話せないということは大きなハンデを背負うことになる。
 今後の日本人がそのハンデを背負い続けると、ビジネスも経済も、そして日本文化も大変なことになるだろう。日本語しか通じない極東郡日本村は、世界から大きく取り残され、人々はどんどん貧しくなってしまうだけだ。

 日本人はもともと優秀なのだから、小さいときから英語をやれば、たちまち話せる。話せるということは、読める、書ける、コミュニケーションができるということだから、世界中で就活ができ、仕事を得られるうえ、暮らしていける。英語しかできない英語モノリンガルの人々より、はるかに競争力がある国民になれる。つまり、地球全部が舞台になり、地球全部で生きていけるのだ。
 ところが、いまの日本の英語教育は、わざと日本人に英語を話せなくする教育で、政府は進んで自国民の将来の可能性を奪っている。


 じつは、世界にはモノリンガルの国民より、バイリンガルの国民のほうが多い。1990年からのグローバル化のなかで、大きな発展をとげてきた国は、ほとんどが母国後と英語ができるバイリンガル国家だ。アジアでは、香港、マカオ、シンガポール、インドなど、中東ではトルコ、欧州ではフィンランド、デンマークなどが英語教育を徹底させ、経済発展を遂げてきた。いまではフランスやドイツ、イタリアなどの欧州の名だたる企業も社内言語は英語だ。
 
 こうしてみると、英語しか話せない英語モノリンガルは世界から見ればマイノリティで、今後は母国語と英語(標準語)のバイリンガル国民がよりパワーを持つ時代になる。そういう時代だから、日本語という母国語を持って生まれてきた日本人は、潜在的にもっとも競争力を持つわけで、それを活かさない手はない。
 しかし、悲しいかなこの国では、英語が話せないうえに、世界観ゼロの「どじょう首相」が誕生してしまう。どじょうのように泥臭く仕事をするのは政府の勝手だが、国民を道連れにしてもらっては困る。
 こういう政権は、困ったらどじょうのように土の中に潜り込むだけで、おそらくなんにもできないだろう。

 話がそれてきたので、「SNSより英語」に話に戻すと、今後、私たち日本人もグローバルなネット世界で生きていく以上、その第一歩として一刻も早く和製英語を止めてほしいと、私は思う。現在の日本人はバイリンガルではないので、母国語でない言葉はなんでもかんでも母国語化してしまう。とくに英語はカタカナ語に変えてしまう。
 こうすると、本来の意味がわからなくなることも多い。

 たとえば、スマートフォン(smart phone)は、いつの間にか「スマホ」になった。日本村ではこれでいいが、ときどき、英語でもスマホと言ってしまい、英語人間にキョトンとされることがある。かつて、ネットの黎明期に、「ホームページを持っていますか?」と言って、キョトンとされたのと同じだ。英語界では、HPはウエブサイトの最初のページのことで、サイト全体を指さない。しかし、いつのまにか、日本村ではウエブサイトを「HP」と言うようになり、本来の意味が変質してしまった。
 いったい、どういう理由でスマートフォンがスマホになったのだろうか?
 なんでも略すのはいいが、これは日本村でしか通じない。たとえば、日本では映画評論家まで、ジェニファー・ロペスを「ジェニロペは素晴らしい」なんて言っている。しかし、英語界では「ジェイロー」だ。略し方が違う。これでは、ハリウッド村では出入り禁止だ。

 パソコンも典型的な和製英語である。これは、もちろんパーソナル・コンピューター(personal computer)の略だが、英語界では単に頭文字を略して「PC」(ビーシー)と言う。こうした和製英語がとくに多いのがIT世界で、この和製英語の世界にどっぷり浸かってしまうと、世界との交信に支障をきたすことが多い。
 たとえば、「パソコンは、なにを使っていますか? ノート? それとも、デスクトップ?」というたったこれだけの文に、和製英語は3つもある。まず、前記したようにパソコンで、これはPCだ。続いてノート・パソコン。これは略してノートも言うが、「ラップトップ」(wrap-top)あるは「ラップトップ・ピーシー」(wrap-top PC )でないと通じない。さらに、デスクトップも「デスクトップ・ピーシー」(desktop PC)としたほうがいい。

 メールをやっていて驚くのは、アットマーク。もちろん、これは@のことだが、アメリカ人はこれをマーク(mark)とは言わず、サイン(sign)と呼ぶので、本来は「アット・サイン」(at sign)だ。また、よく「バージョン・アップした方がいいね」などと言っているIT人間がいるが、それではバージョンはアップされない。そんな英語の言い方はなく、これは「アップグレード」(upgrade)だ。日本人はたらとアップをつけたがり、たとえば「スピードアップ」「パワーアップ」なんて言うが、そんな言い方は英語界には存在しないのだ。
 そういえば、ネット・ショッピングも通じない。これは、「イーショッピング」(e-shopping)である。

 そんなわけで、せめてネット界、IT界だけは、和製英語をやめて世界と更新可能な英語に切り替えてほしい。そうしないと、日本村はますます情報過疎地になってしまうだろう。
(次回も英語に関して書く。日本人が英語が苦手なのは、日本語という言語の特殊性でもなく、勉強の仕方が悪いのでもなく、ただ単に政府の陰謀だということを暴いてみたい)

WRITER PROFILE

山田順

『女性自身』編集部『カッパブックス』編集部を経て、光文社ペーパーバックスを創刊、編集長を務める。日本外国特派員協会(FCCJ)会員。2010年、光文社を退社し、フリーランスに。近著に『出版大崩壊 電子書籍の罠』(文春新書)。川崎順平、神山冴などのペンネームで、著書多数。

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