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[29543] 【習作】とある陰陽師と白い狐のリリカルとらハな生活
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/08 00:45
こんにちは、篠 航路と申します。
本作品はアニメ「魔法少女リリカルなのは」を主軸の世界に ゲーム「とらいあんぐるハート1・2・3」の設定や人物(あとオリ主)をぶち込んだ完全オレ得なSSになります。

処女作ですが、どうかよろしくお願い致します。







[29543] 第一話 小説より奇なことって意外といろいろあるらしい 1
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/02 17:34
和泉 春海<いずみ はるみ>。
年齢、2歳と半年と少し。
性別、男。
此処海鳴市の街の少し端に位置する和泉家に生まれた長男であり、一人息子。

それが『僕』だ。

生まれが海鳴でも有数の金持ちだとか、特別な異能を扱う一族の末裔だとか、不治の病を患っているだとか、そんな特別な事項は何もない。

ただ、これらの自己紹介では付け足していないことが一つだけある。
まだ誰にも話しておらず、そしてこれから先も誰にも話すことがないであろう『俺』のプロフィール。



唐突で脈絡なさすぎて実に申し訳ないのだけど、自分は『前世の記憶』というものを信じている。
というよりも、“信じざるを得なかった”と言うのがこの場合正しいだろう。

───なんたって僕自身がまさに『それ』を持っているのだから。



『僕』が『それ』を思い出したのは、生まれてから1年と半年が経ったある日のこと。

別段、生まれた瞬間から『前』の自分の自覚があったわけではない。
幼心に“自分”と“他人”というものの区別が付くようになるにつれて、だんだんと今世で自分が体験していないはずの記憶が浮かんできたのだ。

最初は、夢心地のようなまどろみに中で徐々に『前』の自分を自覚し。
次に、やや開けてきた意識の中で『今』の自分の状況の認識。

生まれて2年と少し経つ頃には、『前』と『今』の自分がパズルのピースのように上手く噛み合い絡み合い、違和感なく“僕”が居た。

その際に、記憶に対する混乱は自分でも驚くほど少なかったように思う。
「ああ、そんなこともあったな」と自分の経験として、それがしっくりきたというのも理由の一つかもしれない。

『前』の死因は本当に幽かにしか覚えていないものの、死んだことに対する恐怖や混乱もあまりなかった。
多分これに関しては「今の自分は生きているのだから関係がないこと」として、脳が『前』と『今』を切り離して判断しているからだと考えている。
というか、そうでなければ自分が死ぬ記憶なんぞ幼児の体には悪影響が過ぎる。
普通に考えてトラウマものだろう。


閑話休題。


まあそんな感じで子供の体に大人の意識という某少年探偵のような状況の『今』の僕は、かなり早い段階で親離れをしてしまったように思う(たぶん世界最速だろう)。
この辺りは、そんなひどく冷めたクソガキであっても気にせず育ててくれた今世の親に感謝の毎日である。





で。

そんなリアルコナン君な僕が現在何をしているのかと言うと、家の敷地内に建っている離れである蔵の中で自分が使用していた遊び道具探しである。
……先に言っておくが、自分が使うためではない。

前述したように僕には前世の記憶があるため、この手の幼児用の遊び道具は以前に少し使っただけで今の僕にはもう既に必要なくなっていた。
何せ中身は元大学生なのだ。

それに、混乱は少なかったにしても自分にとっては全く覚えのない記憶である。
当時は“前の記憶”と“今の記憶”の整合性を付けるために父親の読み終わった新聞や雑誌の類を読み漁って情報を整理することがしばしばだったと思う(幸い、親はそのときの僕が新聞を理解できているとは思っていなかったようだ)。

当然ながら遊び道具はすぐさま無用の長物に。
結果として自分の初の遊び道具や知的遊具は殆ど手を付けられることなくお蔵入りしていった次第である。

それなら何故自分がそんなものを今さら探しているのかと言うと、別に今になってそれらに興味が湧いた───という訳では断じて、ない。

では何故かと言うと。
妹が生まれるのである。それも双子の。

───現在、僕の母親はそのお腹を膨らませて二つの生命を宿していた。

いくら僕という子供が生まれたからといって両親も僕に掛かりっきりという訳ではなく、やることはやっていたというわけだ。
……というよりも、母親が妹をその身に宿したのは僕が2歳になって間もない頃なのだ。当然、そんな僕に一人部屋などあるはずもなく、寝室は両親と同じ部屋。
両親は僕が既に眠ったものと思っていたようだったが……まあ、一度だけしっかりと起きていた時があったのだ。

妹誕生の瞬間である。

と、そんな感じで子供が作られる過程を息子が目撃するという子供にとってのトラウマ家族イベントを乗り越えつつも、『前』を含めても僕にとって初めての妹である。
自分としても早い段階の親離れで両親には多少申し訳なく思っていたため、この妹の誕生は非常に嬉しいものがある。
勿論それだけでなく、単純に家族が増えるという喜びもあるけど。

そんなわけで、今は一度お蔵入りしてしまった新品同然の乳児用玩具を探索中。
父親はただいま会社に出勤しており、母親は大事をとっての自宅休養。
別に僕がわざわざ探す必要はないのだが、先ほど言った両親への申し訳なさもあり、妹のことに関しては両親を全力でサポートすると決めているのだ。
これもまた、その一環である。





そして僕は我が家の物置と化している蔵にやって来て、ムダに広い蔵に置いてある箱やら何やらをひっくり返しているのだが、

「あれー……見つかんねぇな……」

見つからない。

蔵には電気が通っていないため、光源は何箇所かに配置されている窓から差し込む太陽の光のみ。中は薄暗くて見え難いことこの上ない。
両親も蔵にしまったということ以外は忘れてしまったようで(まあ、そもそも僕が以前の大掃除の際に使わなくなったものとして間違って箱詰めしてしまったことが原因なのだけど)、正確な場所も分からない。

「無駄に広いんだよなぁ、ここ」

我が家は何代も前から代々受け継いでいるだけあって古めかしく、無駄に広い。当然それはこの蔵にも言えるわけで、幼児の体ではいささか辛いものがある。
それでも、このくらいなら大丈夫だと思っていたけど……。

「さすがに出直した方がいいかもな……」

探し始めて既に30分は経っている。
もう少し成長していればこのまま探し続けることも出来るのだが、今の自分があまり長く探していたら母親に心配をかけてしまう。

今日のところは止めにして、また明日探しに来よう。

そう結論付けて、出していた箱を壁際に寄せるためにグイグイ押していく(まだ持ち上げることが出来るほどに筋肉がついてないのだ)。
そこで、ふと気がついた。

「……何だこれ?」

今自分は蔵の中の壁の一角にいて、目の前には壁がある。それだけなら何ら気にすることではないのだが……

「……ズレてる?」

その壁の一部がズレているのである。
よく見てみるとそこは隠し扉のようになっているようで、指を引っ掛けると案外簡単に開きそうだ。

「そういえば、昨日の夜に地震があったって母さんが言ってたっけ……」

僕はそのとき寝ていたし、その地震も確か震度が1か2だったこともあってあまり気にしていなかったけど。おそらくこの隠し戸もその地震が原因でズレたのだろう。
まあ、ひょっとしたら僕が知らなかっただけで、この隠し戸自体は両親も周知だったのかもしれないが。


ともあれ隠し戸である。


当然この中に何が入っているのか気になる。僕にだって人並みのは好奇心もあるのだ。
『好奇心は猫をも殺す』とはいうものの、こんな自宅の蔵の一角に生き死に関わるようなものがあるとも思えない。そもそもそんな死の危険が身近にある家なんて嫌すぎるし。

そんな感じで僕は深く考えることなく戸の隙間に指を引っ掛けるようにして、その土色の扉を開いた。





今にして思えば、それが全ての始まりだったのかもしれない。

ひどく刺激的で、悲しいことも沢山ある、だけどすごく大切なものにあふれた、そんな物語の。





「……箱?」

果たして隠し戸の中にあったのは、少し大きめの木箱。別に封をしているわけでもなく、幼児の自分でも開けられそうだ。

という訳で開けてみる。

中にあったのは、ボロボロで端々が欠けている本、それぞれ紅・黒・黄・蒼・白色の5枚の御札、狐をかたどったお面、そして達筆すぎる黒字が満遍なく彫ってある盤だった。

それは別にいい。いや、正直何でこんなものが家にあるのか疑問ではあるが今はいい、些細なことだ。


それより問題なのは。


「き、狐……?」


───いきなり僕の目の前にデンと現れた、この真っ白な狐の方だろう。






(あとがき)
第一話はプロローグで、全部で3まである予定です。





[29543] 第一話 小説より奇なことって意外といろいろあるらしい 2
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/02 17:35
蔵の隠し戸の中に入っていた木箱を開けると、目の前に眠っている真っ白な狐が現れました。まる。

「はっはっはっ、ねーよ」

いや笑いごとでもねぇな。

「ていうか、おおい!何だこれ、脈絡なさすぎだろう。開けるとメートル級のキツネってどんなビックリ箱だよ。ビックリ過ぎて逆にリアクション取りづれぇよコンチクショー。約2000字に渡ってしたはずの『俺』の生い立ちとか今の状況説明とか全無視じゃねーか。ホント何コレ?前振りすらなかったよね?いやいやいやいや、落ちつけ俺。クールビズ。違う。ビークール。いやいや、それはいいんだよ。そうだ。もしかしたら俺が見落としていただけで壮大にして繊細、且つエキセントリックな前振りがあったのかもしれない。よし!そうと決まればまずは落ち着いてタイムマシンを───」

テンパリ過ぎて人類未到達の領域を探し求めていた僕だった。思わず素の一人称が飛び出たり。

しかし、そんな前世の記憶を思い出したときよりテンパる僕を遮るように、

「長いわ、童」
「ッ!?」

何やら怪しげな声がひとつ。

(何だ、今の声……?)

慌てて周りをキョロキョロと見渡すも、そこにはさっきまで僕が掘り返していた物の山があるばかりで誰の人影もない。

「何処を見ておる。此処じゃ此処」

その声がする方向を見てみると、其処にいるのは相変わらず眠ったままの大きな白い狐が、

───いや。

眠っていない。
起きている。
その狐はさっきまで深く閉じられていたはずの目は今ではしっかりと見開かれており、其処から現れた切れ長な真っ赤な瞳で僕を見ていた。……まさか。

「おいおい、……さっきの声は、お前が?」

傍から見たら奇妙な光景だろう。動物相手に人語で話しかける、違わず変人のそれである。
僕が幼児でなく成人であったなら、ご近所さんからの変人認定は避けられまい。

ただ、そんな本来独り言でしかないような僕の呼びかけに。

「その通りじゃ、童」

果たして、澄んだ高めの女性の声でそんな答えが返ってきた。





「じゃあ、お前は1000年くらい前の狐の霊なのか?」
「儂の身は既に精霊の其れじゃがな。お主が言うておるのはどうせ怨霊や雑霊のことじゃろ」
「はぁ……精霊ねぇ……」

個人的には精霊と妖精がどう違うのか気になるところだな。
目の前のはティンカーベルには程遠いし。
ディズニー。



あれから狐が喋ったことに絶叫しつつも、僕は何とか落ち着きを取り戻してそのまま目の前の狐とお話し中。
どうやらこの狐は平安時代を生きた狐の妖の霊(精霊?)らしい。

「にしても平安時代か。にわか知識だけど、その時代って確か陰陽師の全盛期だったけか。そんな時代に、よく霊が無事でいられたなぁ。いや霊になっている時点で無事って言えるのかは知らないけど」
「じゃから精霊じゃというに。……それに別段、儂は奴等にとっては討伐対象という訳でもなかったしの」
「討伐対象じゃなかった?」

……そうか。そういうことか。
解かった。僕は全てを理解しました。思わず狐に向ける視線も憐みを含んでしまう。

「……おい。何じゃ、その腐った兎を見るかの如き目は」
「さり気にグロいもん想像させんなや。……まあ、あれだ。お前弱かったんだろ?」
「ぬなッ!?」
「いやだって討伐対象にならんくらいに弱かったってことだろう?」

あれ?違った?個人的にはいい線いってると思ったんだけど。

「そんなわけあるかーッ!其処らの木っ端陰陽師なんぞ相手にもならんわ!」

うがーっと大きく口を開けて(僕がスッポリ入るサイズ)吠えるように捲し立てる狐様。
戦慄である。

「あ、そ、そうなんだ。いや、ごめん」

謝ったのに、どうやらきつね様は僕の返答がお気に召さなかったらしい。こっちの方を疑わしそうにじと目で見ながら、その毛並みと同じ真っ白な歯をむき出しにしてくる。
歯並び良いね。口のサイズがサイズだけに恐怖しか湧いてこないけどな!

「……疑ぐるようならぬしを頭からガブッと」
「申し訳ございませんでした!」

土下座である。
いや無理だって。怖いもん。この狐3メートル以上だよ?じゃれつかれただけで致命傷だって。

「……ん?ってちょっと待て。ならなんでお前、退治されなかったんだ?普通の陰陽師が相手にならないって言うんなら、それこそ陰陽師総出で討伐に来そうなものじゃないか?」

人間は基本的に今も昔も異端に対して容赦しない動物である。中世に西洋で起きた魔女狩りなんかはその最たる例だ。
それが魑魅魍魎の全盛期である平安時代ともなると尚更だろう。

「ふん、頭の巡りは悪くないようじゃな。にしてもお主、儂と普通に話しておるのう。まるであいつと話しておるようじゃわい」

もっと怖がれ、面白くない、と呆れた様子の狐。
面白い面白くないでビビらせないで下さい、僕のハートはガラス製なんだから。美しくも脆いんだから。割れ物はもっと丁重に扱えよ。

あと、あいつって誰よ?

「まあ、そっちが僕を食べるつもりならこんな話なんかするまでもなく、今頃お前の腹の中だろうからなー。意思疎通が出来る時点で恐怖も結構薄れてきてるし」

もともと僕は幽霊とか怖がる方じゃないし。
って、あれ?霊って人間食べれるの?……ま、いっか。順番に聞いていこう。

「先の問いに答えるのなら、儂はとある陰陽師の所有霊≪アリミタマ≫じゃったからの」
「ありみたま?」

なんだそれ?『荒霊≪アラミタマ≫』なら聞いたことあるけど。ラノベで。

「陰陽師が術や闘争の手助けをさせる為に使役した霊のことじゃ。あいつが創った言葉故、語源は無い。まあ、どうせあいつにとっては式神代わりだったがの」
「霊を使役した、ねぇ。……スゲェな、そんなことまでするのかよ、陰陽師って。僕は映画……あ~、物語の中でしか見たことなかったけど、そんなの寡聞にして聞いたことなかったぞ」

教科書にはまず書いていないことだろう。
式神の方なら聞いたことがあるけどあれもまた少し違うっぽいし。確か前世で呼んだ漫画では似たような話があった様な気がするが……あの漫画って今の世界でもあるんだろうか?

「まあ、お主が聞いたことがないのも当たり前じゃよ。儂とて現代は兎にも角にも当時に霊と和解した上で共存した陰陽師などあいつ以外に知らん」
「さっきも出てたけど、その『あいつ』ってのは誰なんだ?お前の話だとお前を使役した陰陽師ってことになるんだろうけど……」
「お主の言う通り、儂を使役した主のことじゃよ。誰も見たことも聞いたこともない術を創りだし、訳のわからんことを言っては周りから変人と言われておった。そもそも傍から見て陰陽師かどうかすらも怪しい奴じゃったがな」

正道の術は大概投げ出しておったし、と続ける狐。いや、それはもう陰陽師じゃなくて完全に別物じゃない?

ただ、そう言う狐の口調や雰囲気は、どこか優しげで懐かしそうだった。
その“あいつ”のことが本当に大切だったんだなと、こっちにも伝わってくるような、そんな雰囲気だ。

「そっか……ま、それはいいとして。じゃあ何でお前はこんな他人様の家の蔵で寝てたんだ?」

普通に不法侵入じゃねぇか。動物に家宅侵入罪は適用外になりそうだけど。
そうでなくてもこのサイズの動物が街中で現れたら即通報されるだろう。こいつリアルもののけ姫が出来るサイズだし。

「別にただ寝とったわけではない。儂はあいつに書を守護するよう命令されとっただけじゃ。もっとも、盗みに来るような輩なんぞ、この800年終ぞ居らんかったがの」
「800年って……。」

スケールが違ぇ。というかどんだけ寝てたんだよ。
こち亀の日暮さんだって4年に1回は起きるぞ。……よく考えたら日本人の平均寿命が80歳程だから、あの人一生で一カ月も起きてないんだよな。
1回起きるごとにプチ浦島気分なのかもしれない。フィクションとはいえ、酷い話である。

「いや、別に年中寝とったわけではないが。時々は出歩いておったしの」
「おい、守護はどうした」
「……まあ暇しておったのは事実じゃな。正直なところ、人の子と話すのも久しいくらいじゃの。お主を追い払わずにこうして話しておるのも退屈凌ぎに他ならん」
「そーかい」

まあ、食われるよりマシだから別に良いけど。……ん?

「なあ」
「なんじゃい」
「今、書を守ってるって言ったよな。それってこれのことか?」

そう言いながら僕は木箱の中に入っている本を指差す。この狐が強烈すぎて箱のことなんかすっかり忘れていた。

「如何にも」
「というか、この箱自体何なんだ?統一性がなさすぎて訳が分からないんだが」

中身は“5枚の御札”に“狐面”と“盤”、それに目の前の狐が言うように“本”。
うん、訳が分からない。狐を前にして霞んでしまったが、この箱も十分にカオスである。

「あいつが使っとった式具と書き残した術書じゃよ。もっとも道具は兎も角、書の方は奴が独自の文字を使って書かれておる。」
「暗号ってことか。お前は読めないのか?」
「今も昔も儂は文字は読めん。尤もあいつは時が経てば読める者が現れるとは言っておったが。正直なところ、今となってはそれさえ眉唾じゃよ」

口を開けば湯水のように次から次へと適当なことを言う奴じゃった、と言ってため息を吐く白狐。
よほど苦労したのだろう、その背中には何処となく哀愁が漂っていた。

「へー、それはまた。僕としてはそんな本があるのなら是非とも読んでみたかったんだけど」

本物の陰陽師が書いた術書である。実践するかどうかは置いておいて、読むくらいはしてみたかったものだ。
しかし悲しいかな、当然のことながら平安時代の人間が考えた暗号文など元学生・現幼児の僕が読めるはずもなく。平安時代の文字をそのまま使っていたとしても難しいだろう。
古典は苦手なのだ。

僕は箱の中に置かれている本を手にとってみる。
本自体は1000年ほど前のものとは思えないほど状態が良い。まあ、この狐の話を信じるのならその人はかなりの腕利きらしいし、何かの特別な処置でもしたのかもしれない。
そう思いながら僕はそのまま本を開き、中のページを見て、

「……………………」

固まった。

「……おい」
「なんじゃい」
「この本ってその人が作った独自の文字を使ってるって言ったよな?」
「言ったな。あの時分の文字を原型にしておるらしいが、崩しすぎて欠片程しか残っておらん。少なくともあの時代に解読できた者は皆無じゃよ」

何を今更、などと言いたげなな顔をする白狐。
だが、次の僕の言葉を聞いてその目をまん丸に見開いた。

「……読めるんだけど」




(あとがき)

実際書いてみたらわかったけど、ギャグってホント難しい。





[29543] 第一話 小説より奇なことって意外といろいろあるらしい 3
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/01 17:42

「……読めるんだけど」

そんな僕の言葉に目を丸くする白狐。

……さっきから思ってたけど、この狐って1000年も存在しているからと言って別に落ち着いたり枯れているわけではないのね。さっきから滅茶苦茶顔に出まくってるし。
ひょっとしたらポーカーフェイスという概念自体ないのかもしれない。ジェネレーションギャップだなぁ。

そんなどうでもいいことをつらつらと考えながら、僕は言葉を続ける。

「というか、これ現代日本人は全員読めるぞ」
「?……どういうことじゃ」

白狐は怪訝そうな顔でジッと僕を見ている。
まあ、ポッと出のガキが手かがりなしの未知の文字をいきなり読めると言ってきたのだ。そりゃあ訝し気にもなるだろう。僕だって疑うわ。

ただ、今回ばかりは仕方ない。

僕は自分の手の中にある平安時代に書かれたはず書に目を落とした。

「だってこの文字───現代日本語だぜ?」

其処には多少達筆ではあるものの、僕が前世から慣れ親しんだ、現代的な仮名遣いの日本語があった。





「……どういうことじゃ。何故奴が平安の時分に記した書にお主等の文字が使われておる?」
「いや、それはこっちのセリフだって。正直、これが本当に平安時代に書かれたのかって思ってるくらいだぞ」
「……儂は嘘は言っておらんぞ」
「分かってるよ。そもそも会ったばかりの子供の僕にそんな嘘をつく理由がない」

ただ、だからこそ解らないんだよな。

「……なあ、この本って確かにその人が書いたのか?お前の勘違いや記憶違いでもなく」
「其れは間違いない。その書は確実に奴がわしに守護するように言い渡したものじゃ。…………疑っておるのか?」
「あー、違う違う!単なる確認作業だよ!一つ一つ可能性を確かめるだけだ」

噛むぞーとか言いながら、またしても白い歯をカチカチと鳴らしつつこちらを脅してくる狐に慌てて言い返して、僕はもう一度考えてみる。



・可能性① そもそも狐が勘違いしており、この本は現代に書かれたものである
話が前に進まないし、これ以上目の前でご機嫌斜めな狐に追求しようものなら頭からかじられそうなので却下。



・可能性② 狐の主が考えた文字と現代の日本語が偶然一致した
僕の頭でもその可能性があまりに低すぎることは分かるし、そもそも思考放棄でしかないので却下。



・可能性③ 未来予知のような能力で現代の日本語を知った
目の前の狐のような超常現象が既に存在しているため、意外と信憑性がありそうだけど、そんなんで未来予知するくらいなら自分で暗号文字を考えた方が楽そうなんだけど、どうなんだ?保留。



そして可能性④が『それ以外の何らかの要因により初めから現代の日本語を知っていた』いうものだ。
通常、可能性④は初めの3つの可能性が低い場合に想定するもので、そう簡単に『それ以外の何らかの要因』なんてものはそうそう思い浮かぶことではないんだけど……。


(僕、もう思いついちゃってるんだよなー……)


だって、他でもない僕自身が『それ』なんだ。思い浮かばないはずがないじゃないか。


「なあ、狐さん」
「なんじゃ、小童」
「その人って術の他にも、新しい発明なんかしてなかったか?」
「……確かに、職人を遣ってよくカラクリなんぞを作っておった。わしには理解の外じゃったがな。じゃが……」



───何故分かった?



白い狐の、血のように真っ赤な目が僕を射抜く。自身の大切な者に関することだからだろうか。その視線はこれまで以上に、鋭い。

(……にしても、やっぱりか)



多分、この狐の主である陰陽師は僕と同じ───『前世の記憶』を持つ人間だ。



僕のように『前』の知識を持ったまま平安の世の生まれ変わったのだとすると、ここに書かれた現代日本語も、目の前の狐の言う妙な術やカラクリというのも説明がつく。


『前』の知識によって、新たな術を考案する上でのアイディアを“汲み出し”。

『前』の知識によって、前人未到のカラクリを“再現し”。

『前』の知識によって、誰も知らない文字を“書き記す”。


平安の人間からすれば、確かに現代人のもつ発想は不思議極まりないモノだろう。



……ただそうなってくると、この狐にも話しづらいんだよなぁ。その陰陽師だけの話じゃなくて僕の出自まで話さなくちゃいけなくなるし。
まあ、そのあたりは正直に「言えない」って言うしかないか。

「あ~……そのあたりはあくまで可能性の話になっちゃうし、正直言いたくないんだけど。その人があんたに黙っていたのも何かしらの理由があるんだろうし」
「…………………………」

未だにこちらをじっと見ているが一応は納得してくれたのだろう、少し視線が和らぐ。

「とりあえず、この話はここまでだな」
「……まあ、よかろ」

多少強引になってしまったが、僕は断ち切るように話を切り上げた。

……いやだって、この狐の視線、怖いんだよ。正直いっぱいいっぱいなんだって。声が震えてないことを誉めてほしいくらいである。

よく見れば少し震えている手を根性で抑えつつ、僕は自分の手の中にある陰陽師の術が記されているという本を開く。読めると分かれば読んでみたい。

僕は狐が見ている前でゆっくりと読み進め───ずっこけた。

(いやいやいやいやいやいや)

思わず古典的リアクションを取っちゃった。

いや、だって、いきなり『元ネタ』とか書いてあるんだぜ!?そんでその後に『前』の僕が読んだことのある漫画やアニメのタイトルがズラリ。

………………………………。
……………………。
……………。
……。


「僕の考えほぼ確定じゃねえか!ネタバレするにしても、もうちょっとシリアス重視しろよ!?さっきまでの考察パート台無しどころか,クソ真面目に考えた僕が間抜けみたいなってるじゃん!」
「いきなりどうした、童」

狐が何やら話しかけてくる。が、ぶっちゃけなんか僕どうでもよくなってきたし。

萎え萎えである。

ああ、でもこれだけは言っておこう。僕は床に転がったまま、自信を持って言ってやった。

「お前の主人って性格悪いだろ」





とりあえず持ち直して、ある程度パラパラと手元の本を読んでみる。

やっぱりこの本自体は単なる術書でしかないらしい。内容自体は初歩的な術から酷く複雑な儀式術まで及んでいるみたいで、僕には理解できない部分も数多い。

「んー、やっぱり大半が理解できないな。そもそも基礎である『霊力』とか『氣』の部分からして分かり難いし。……こりゃあ僕には無理っぽいな」

別にそこまでやってみたい訳ではないけど、やはり未知のものには心魅かれる。今世でやりたいことが特にある訳でもないから、出来るのならやってみたかったんだけど。少し残念だ。

そんな僕の気落ちした雰囲気に気付いたのかは分からないけど、僕を見た狐が声を掛けてくる。

「別にお主は才能がないわけではないぞ」
「あ、そうなの?」
「今の儂が見えとる時点で最低限の才能は証明されとるしの。力の量もそこそこには有る。……なんじゃ。お主、やってみたいのかの?」
「興味があるって範囲を出てはいないけどな。ただ出来るって言うんなら、やってみたくはある」
「ま、儂はどちらでも構いやせんがの。お主が死のうが生きようが、儂にとっては如何でもいいことじゃ」

……ん?今、何か妙なこと言わなかったか?

「なんだなんだ、まるでこの本の術を覚えないと僕が死ぬみたいな言い方して。縁起でもない。日本語は正しく使おうぜ」

「分かっておるではないか。」





───正しくお主の言う通り、じゃ。





目の前の狐はなんでもないことのように、そう、言った。



「……どういうことだ?何でいきなり僕の生き死にの話になってるんだよ」
「分かっとらんの。お主、霊がそうそう見えるもんじゃとでも思おておるのか?」
「……?」

訳がわからない。

霊はそうそう目に見えるものじゃないなんて当たり前のことじゃないか。確かに僕は目の前にいる狐の霊が見えているけど、だけどそれで死ぬなんて……。

………………いや。

「……見えるからこそ、死ぬ?」

果たしてその言葉は確信を突いていたようで。ふむ、と狐が満足気にうなずく。

「気づいたか。やはりお主、馬鹿ではないようじゃの。
そも、霊というのは例外も多々存在するが、其の大半は本質的にはこの世に与える影響なんぞは微々たるもの。皆無と言ってもいいかもしれん。必然、意思なんぞ在って無いようなものが殆ど。漂っておるうちに消え逝くのが関の山じゃ」


じゃが、と続ける狐に対して僕は口を挟まない。挟めない。

僕の内から湧き上がってくる名状しがたい感情の激流が、僕に口を開かせてくれない。


「じゃが、其処にお主のような霊視が可能な者が居るとなると話が変わってくる。
見るということは定義付けることに似る。お主が視た霊は其の意思を顕在させ、お主に救いを求める。
霊なんぞ存在からして未練の塊。到底、人の子の身に耐えられるようなモノではあるまいよ。
中には未練を超えた害意を以て、お主に直接危害を加えるモノも居るやもしれん。俗に云う、悪霊、怨霊、霊障など呼ばれておるモノじゃの」





───まあどちらであろうと死、あるのみ───じゃ。





その言葉に対して、僕は額からいやに冷たい汗が流れるのを感じる。

息が乱れ、呼吸が速くなる。


───痛い。


思考を止めろ。


───暗い。

───怖い。


考えるな!


───悲しい。

───寒い。

───恐い。

───寂しい。

───助けてくれ。


思い出すな!!


───恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。寂しい。恐い。寒い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。寂しい恐い。寒い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。寒い。恐い。恐い。恐い。寂しい。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。寒い。恐い。恐い。恐い。寂しい。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。寂しい。恐い。寒い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。寂しい恐い。寒い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。寒い。恐い。恐い。恐い。寂しい。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。寒い。恐い。恐い。恐い。寂しい。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。痛い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い。恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐いこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────!!!!!


「────────カッ、……ハッ……アッ──────!!!??」


呼吸が止まる。息が、出来ない。

視界の中に、横向きになった狐の姿があった。いつの間にか、座り込んでいた姿勢から倒れてしまっていたらしい。
だが、それさえも今はどうでもいい。

目の焦点を合わせ、ぐちゃぐちゃになった思考を必死で掻き集める。


「ア……ッハ……ひゅ、は、ぁ…………ゼェ……ゼェ、ぜェ……ゼェ……ゼェ……」


それでも思うように行かない呼吸を、意識して行う。吸って。吐いて。吸って。吐いて。吸って。吐いて。吸って。吐いて。

一つ一つの動作に意識を集中させなければ、呼吸さえも儘ならなくなっていた。


死。


それは『前』の僕が一度経験したこと。
確かに僕は前世での自分の死因なんか覚えてもいないし、そもそも本当に死んだのかさえ分かっていなかった。いま僕の中にある記憶でさえ、ひょっとしたらただの妄想の産物かもしれないのだと、心の何処かで考えていた。

だけど、今、確信した。

僕は『前』の生の中で、確かにその“終わり”を味わっている。

例え忘れていようと。

記憶になかろうと。

身体が拒否しようとも。

『俺』の意識が、本能が、細胞が───魂が“ソレ”を覚えている。

その圧倒的なまでの“死”の感覚は、僕の中でその猛威を振るい、僕の魂を内側から掻き乱していた。





───それでも




僕の中で眠っていた“それ”は、再び訪れようとしている死の脅威を前に叫んでいた。

力を手に入れろ、と。

次こそは乗り越えて見せろ、と。




───次こそは、守ってみせろ!!




『僕』の中から、そう叫んでいた。


**********


そのとき。
白い狐は、目の前の少年にもなっていないような童に対して驚愕の念を抱いていた。

初めに見たときはただのガキだと思っていた。
次に、話している内に年齢の割にひどく賢しいということが解かった。

何処となく『あいつ』を思い出させるようなところも有りはしたが、それも微々たるもの。やはり自分の興味を引くには足りなかった。

更には自分が死ぬという話を聞き、冷や汗を垂らし、息を乱して前後不覚に陥っている。
傍目から見れば、それはひどく無様。同情から、簡単な身を守る術くらいなら教えてもいいかとは考えていた。

しかしその数瞬の後、眼前の童の眼の色が豹変したことに気付き、内心軽く舌を巻いた。

その目に宿るのは、死んでたまるかという絶対の意志。
自暴自棄になっている訳でもなく、現実を正しく認識していない訳でもない。

自身の運命に対する理不尽への、反抗の意志。

到底、僅か二歳程にしか見えない人の子が宿すようなものでも、宿していいものでもない。

おまけにこのガキ、その押せば簡単に折れてしまいそうな細い手に持つ書を差し出しながら、



「この中にある生き残る為の術、教えてくれないか」



などと言ってきた。


いつもの自分ならば教えはするものの何処か面倒くさがっていただろう。場合によっては何故自分がそんなことを、と一蹴していたかもしれない。

だが、今回は些か事情が違う。

目の前の童が魅せるその目は、かつての自身の主たる『あいつ』───『和泉晴明〈イズミノハルアキラ〉』とひどく被る。

彼も普段は飄々としている癖をして、自身や他者の命の危険に際しては目の前の童のような眼をしていた。もしかしたらこの二人には何か似通った境遇の一つや二つがあるのかもしれない。


(あいつの言葉を借るのなら、此れもまた『縁』かの)


目を閉じた自分の口角が軽く持ち上がるのを自覚する。

面白い。実に面白い。

自分はあいつの一生を見てきた。其の『あいつ』と非常に被って見える『こいつ』。
こいつの一生が如何いったものになるのか。

波乱万丈なものとなるか、はたまた凡人のそれで一生を終えるのか、実に興味がある。

少なくとも、これまでの千年の暇を僅かでも埋めることは出来るだろう。

だからこそ自分はこう応えた。


「よかろ。此れもまた『縁』じゃ」


それを聞いて目の前の子も安堵したように息を吐き、笑みを返した。


「そりゃ良かった、よろしく頼むよ。じゃあ取り敢えずは今さらながら、自己紹介だ。僕は『和泉春海』。見ての通りとは言い難いけど、二歳児だ」


その名を聞いた狐は、やはり『縁』じゃの、と小さく呟いてから笑い返す。


「我が名は『葛花〈クズハナ〉』。齢千を数える賢狐の霊魂じゃ」










それは海と山に囲まれた小さな町の片隅にあった、ひとつの出会い。


少年と妖狐。人と霊。
異なる存在である一人と一匹の出会いが何を意味し、何を為すのか。


剣と魔法と霊と人。
日常と日常の狭間を彩る非日常が織りなす物語。


これにて、はじまり、はじまり。






(あとがき)

これにてプロローグ終了。
この第一話は主人公の春海とその相棒である葛花の邂逅と、春海が力をつけるための理由づけの回ですね。言うまでもありませんがリリカルとらハの世界は武力的な意味でいろいろフリーダムなので。
ただ別に最強だとかチートにするつもりはありません。あくまで原作キャラ準拠の強さにするつもりです。

実を言うと、この第一話自体今年の3月には考えていたのですが、思いついた次の日に東北で地震が起こって、第一話の1で少しだけ「地震があった」って台詞があったので(ほんの小さな部分ですけど)不謹慎かと思ってお蔵入りさせていました。
もともと絶対書いてやる、なんて熱血な想いは持っていなかったので(もちろん適当に書いたわけではないです)。

ただそれから半年して、ちょこちょこ書いていたものをこのままパソコンの隅で眠らせるのも如何かと思って投稿しました。

次は一気に跳んで小学校入学になります。

当SSは「亀更新・不定期更新・展開微速」という三重苦な作品ですが、どうぞよろしくお願いします。






[29543] 第二話 ガキの中に大人が混ざれば大体こうなる。 1
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/03 00:20
『ええー、新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます』

体育館の壇上では初老の男性が、もはや定型句となった祝いの言葉を述べている。先刻進行役の先生の紹介があった通り、あの人がこの学校───私立聖祥大学付属小学校の校長だ。

周りでは白を基調とした制服に身を包んだ子供たちが用意されていたパイプ椅子に座っていた。笑っている者。不安そうな者。泣きそうな者。眠そうな者。退屈そうな者。その表情も千差万別、本当に様々で。

体育館の後ろ側では保護者である大人たちが我が子の晴れ姿を笑顔でビデオに収めていた。皆が皆、将来に一喜一憂して夢にあふれている。

そんな微笑ましい子供たち。



───その中に、ただ一人死んだ魚のような目をして、どんよりとしたオーラを隠すことなく垂れ流し状態にしている子供がいた。



口から吐き出される深いため息ですら色付いて見える。ドス黒いけど。その姿は周りの子供たちから浮いているどころか、なんかもう完全に別物だ。
周りの子供たちはその少年から漂う哀愁に完全にどん引きである。

そこから漂う悲壮感とくたびれ具合は、まるでリストラされた中年のそれだった。


ていうか僕である。


『なんじゃ。折角のハレの日に辛気臭い奴じゃのー。なんぞ、気に入らんことでもあるのかの、主殿?』
<気に入らんも何も不満しかねぇーよ>

僕の後ろから響く声に、音無き声を返す。

横目でそっと後ろを見ると、其処に居たのは絹のようにサラサラとした純白の髪を腰まで垂らした童女。
その白い頭からはキツネ耳がとびだしていて、小学1年生の僕よりも更に幼い体躯。黒地に鮮やかな朱色の彼岸花をあしらった着物を身に纏い、その背中でモフモフの白い尻尾を揺らしながら僕の肩に自分の顎をちょこんと乗せてニヤニヤと笑っている。うぜぇ。

<ため息の一つもつきたくなるよ。何が悲しくて小学生をもう一度やってんだろ、僕>

しかも短パン。なんかこう、精神的にクるものがある。

私服系統は母親に(泣いて)お願いして長ズボンに統一して貰っているものの、流石に制服には適用外でしたとさ。

『前世の知識などと訳の分からんモノを有しておることが、そもそも想定の埒外じゃろうて。諦めい』

それだけ言葉を交わして、再びため息が漏れる。
因みにさっきまでの僕の声は念話と呼ばれる、初歩に数えられる術のひとつである。相手と経路(パス)を繋げることで会話を行なう思念通話だ。

しかし僕の後ろの童女は声を抑えていないが、周りの人間は気にした風もない。

いや。

そもそも新入生の中に制服を着てもいない子が居るというのに、周りは気づいてもいない。

まあ、それもその筈。

───現在、僕の後ろでぷかぷかと浮かんでいる女の子の姿は、誰にも見えていないのだから。

<結局、前は大学の途中で死んじまったからなー。……勉強なんかもやり直しかと思うと今から激しく鬱だ。受験とかもうしたくない。厳密に言えば別に寿命が延びてる訳でもないしー>
『たかだか二十ぽっち、増えようが減ろうが大差あるまいて。今の世の人は些か生き過ぎじゃよ。人間長くて五十年、じゃ』

寿命が二十年減ったら僕は泣く。

<それは戦国時代の話だろ。……それに、千歳のお前だけには言われたくねぇよ───葛花>

そう。

お気づきの人もいるとは思うが、この狐耳の童女、あの大妖狐の精霊『葛花<クズハナ>』である。

いや、普段からあの大狐の姿は心臓に悪すぎて。朝起きてあの顔が目の前にあった時は漏らすかと思いました。マジで。
そういう訳で、自分の姿は基本的に自由だと教えてもらったときに土下座で頼みこんだのである。

因みに、僕の前世に関しては葛花に話してある。特に隠すことでもないし、存在からして非現実的な葛花なら信じるだろうという確信もあった。

も一つ因みに、幼女の姿になっているのはあくまで葛花の好みである。どうにも前の主人の趣味だったようで。チパーイ。
まあ僕としてもそちらの方がありがたかったから、何も言わなかったけど。

更に因みに、断じて僕の趣味ではない。僕にロリの気はないぞ。………………別に葛花のロリ姿を見て、「ババア口調の幼女だー!ヒャッホー!」なんて心躍ってないよ?本当だよ?

『誰が婆じゃ』
<地の文を読むな>

あと別に婆とは言ってねえ。





僕は現在6歳。ここ、私立聖祥大学付属小学校に入学した。

僕としては別に私立でなくとも同じ地区にある公立の小学校で十分だったのだが、両親が強く勧めたこともあってここに入学した次第である。やっぱり財布を持つ人が一番強いのだ。

自分ではこのリアルコナン君状態をうまく隠しているつもりだったけど、やっぱり所々でボロが出ていたのだろう。両親は僕の子供らしくない部分にしっかり気が付いていた。
前世や霊に関わるようなことは特にばれない様に気を使っていたため、そちらはばれていないようだが。

んで、そんな僕を見た両親は前々から私立に行かせることを決めていたらしく、話を持ち出された僕も特に断る理由も思いつかず、そのまま流れで受験勉強を始めた訳である。
まあ家はそこそこ裕福な家庭ではあったし、金銭的な面でも特に遠慮することがなかったという理由も大きかったが。

小学校の入試試験というのは前世を含めても初めての経験だったけど、勉強の甲斐あって何とかパス。
小学校の入試試験はたまに本気で難しい問題があるから困る。並行して修行もあったから結構マジで死ぬかと思ったけどな!

ま、何度か霊の類と対峙したこともあったりして、なかなかに濃い5年間だったように思う。別に対峙したと言っても、戦ったことはあまりないけど。

基本的には相手の霊を結界で動けなくしたうえでの話し合いや、どうしようもないときは僕自身で、稀に葛花に頼んで強制的に成仏してもらっている。
未練を聞いてあげるだけでも慰めになるらしく、大体はその上で未練を代わりに実行してやると、半数以上の霊は無事成仏してくれたのだが。

ただ、危険度が高い悪霊の類にはまだ数える程にしか遭ったことはない。葛花が言うには、近くに退魔師か祓い屋がいるのだろう、とのこと。

それでも、今でも死ぬのは怖いから戦うための鍛錬は継続しているけど。





そんな5年間を過しつつ、僕はこうして今日、小学校入学の日を迎えた訳である。





そんなこんなで入学式も無事終わって教室に。

僕は名字が『和泉』であり「ア」で始まる名字の子が居ないため、出席番号が1番の僕の席は教室の右隅の最前列。真面目な生徒ならまだしも、正直小学校レベルの授業を真面目に聞くつもりが初めから全くない僕にとってはただただ気が滅入るだけの席である。

それでも、生徒の中で席の位置で一喜一憂しているのは僕くらいだろう。周りの生徒は一度も授業というものを受けたこともなく、どの席にどんなメリットとデメリットがあるのかも知らないのだから。

喜ぶことにも、落ち込むことにも、経験というものは必要なのだ。

「───ではまず、皆さんのことをよく知るために自己紹介から始めましょう。出席番号1番の子からどうぞ」

などと考えている内にもどんどん進んで自己紹介タイム。
教壇に立つ女性教師が進行役となって手振りで自己紹介を促してくるので、席を立つ。

「あ~、……出席番号1番、和泉春海です。好きなことは体を動かすこと。6年間よろしくお願いします」

それだけ言って着席。本来ならここで軽く好物のひとつでも言えればいいのだが、特にないので省略する。

この体になってからというもの、前世で好きだったものが美味しく感じないのだ。

子供はコーヒーなどが苦手と言われるが、やはり味覚が幼い。こんなところでも子供の不便さが出てきている。コーヒーにも最近やっと慣れてきたところだし。
『前』では酒も最近なかなか美味しくなってきたところだったのに、また10年以上待たなきゃいけないとかないわホント。

でも僕の傍に浮かんでいる幼女は、そんな僕の自己紹介がお気に召さなかったらしい。

『なんじゃなんじゃ、つまらん挨拶じゃのー。もそっと気の効いたことは言えんのか』
<うっさい。小学1年生相手にどんなこと言えと>
『そこはそれ、お主のセンスでこの場を爆笑の渦中に』
<何その重すぎる期待>
『儂はお主を信じておるぞ』
<お前は僕の5年間の何をどう見てそう判断したんだよ……>

そんな愉快な幼年期を過ごした覚えはねーです。

葛花と馬鹿なことを話している内にもどんどん進む自己紹介。今は女子の番になっており、深い紫混じりの黒髪の女の子が立ち上がる。黒い髪の中での白いカチューシャが印象的だ。

「……月村すずかです。趣味は読書です。……よろしくお願いします」

僕同様の簡潔な自己紹介をして静かに席に着く。

(月村……ねぇ)

月村家は海鳴市において工場機器の開発製造を担う、日本でも有数の大企業であり、彼女はその社長令嬢、らしい。
昔、海鳴市の地理や歴史、企業関連について色々調べている内に知ったものだ。

ただ、別にそれだけなら僕も特に気にしたりはしない。精々、今のうちに友達になっておけば将来役に立ちそうな人脈になりそう、なんて自己嫌悪を催すゲスな考えが浮かんでくる程度だ。

「……………………」

ズーン。

そんな軽く自己嫌悪入っちゃった僕に、その空気を読もうともせずに葛花が話しかけてくる。

『月村の娘か。あそこもよく解からんのー。人理の外の者であるのは違いないと思うんじゃが』
<……まぁ、僕もそれは分かるよ。ひと目“視た”だけではっきりと、な>

修行を始めてからというもの、僕は一つの能力を手に入れていた。

『魂を視る』

それが、僕がこの5年間でいつの間にか身に着けていた能力だ。
葛花曰く、初めは霊を視るだけだった僕の霊視能力が修行を重ねるうちに発展拡大したらしい(ちなみに、僕はこの能力をまんま『魂視』と呼んでいる)。まあ、僕は扱う術の特性上、霊魂に触れる機会が異様に多いからしょうがない面もあるけど。

ただ、『視る』と言っても実際に形として眼に映っている訳ではない。自分の感覚では気配察知に近いものがあるのだけど、葛花が『視る』という表現を使っているため僕も真似ているだけだ。

さて。

当初は、気配に敏感になって不意打ちを喰らわなくなった、程度に考えていたこの能力。

使っていくうちに魂の区別がつくようになってきた頃、町の中にただの人間には視えない人が居ることに気が付いた。葛花が言うには人外を先祖に持ち稀にその血が色濃く現れる人がいるらしい。自分で気づいている人は少ないけど。
まあ僕も先祖が人外でないにしろ陰陽師であったからその才能を継いでいるっぽいし、その理屈は分からないでもない。

<前に視たのは確か猫が混ざったペットショップのお姉さんだったっけ。やけに猫の“ケ”が濃かったからよく覚えてるよ>

そうでなくても素でニャンニャン言って猫と話していた人はなかなか忘れられない。

『あれはどちらかと言えば、化け猫に人のケが混ざった類じゃったがの』
<あとは妖っぽい子狐だったっけ?まあ、力は強そうだったけど邪気は感じなかったし、あのぽやーっとした感じの巫女さんも解かってて一緒にいたみたいだったけど>

ま、実際に話をした訳じゃないけど、遠目でも彼女たち1人と1匹の間には信頼のようなものが見て取れたのが、僕が気にしないことにした一番の理由なのだが。

あの人たち、元気にしてるかなぁ。巫女さんなんて、掃除してたら自分の巫女装束の裾を踏んでスッ転んでたからな。

ドジっ娘なんだろうか?だとしたら萌えるなー。
巫女でドジっ娘。萌え要素の塊みたいな人だ。

『ふん。あの程度の子狐風情、儂と比べればまだまだ……』
<そりゃ向こうも10世紀以上存在してるお前と比べてほしくはないだろう……>

てか張り合うなよ、1000歳児。

<あとお前ってあの時は遠くから見ただけだったけど、あの巫女さんにばれてないよな。悪霊と勘違いされてお祓い騒動なんて御免だぞ?>
『誰にものを言っておる。齢千余の化け狐、隠行なんぞ労力の内にも入らんわ』
<そりゃ重畳>

葛花と話しながら、僕は月村嬢を盗み見る。

<ま、月村嬢にしてもパッと見た感じ、人を襲ったりする子には視えないし。非日常なんて僕や周りに害がなければ別にどうでもいいしな>
『相も変わらず冷めた童じゃの。そこはもっと突っ込んで行くとこじゃろ。話が広がらんではないか』
<広げてどうする……>

てか、いろいろ危険だよ、その発言。

<無理無理、中身は四捨五入すればもう三十路のおっさんよ?今さら未知との遭遇や冒険に興味なんか無い無い。将来はそこそこの会社に入って、エロ可愛い嫁さん貰って、愛と肉欲の日々を送りつつ今度こそ大往生するんだ>
『ふらぐ乙』
<やかましいわ>

そんなのばっか詳しくなりやがって。

『教えたの、お主じゃろうが』

そうでした。



話している内にもやっぱり進む自己紹介。今度立ち上がったのは、明るい金色に輝く髪を背中に流す女の子。つり気味の大きな青い眼が彼女自身の気の強さを表しているようにも思える。

「アリサ・バニングスです」

そう言って席に着く。

僕や先ほどの月村嬢よりさらに簡潔な自己紹介。ここまで来ると敬語を使っていても慇懃無礼でしかないけれど、しかし先生のほうも入学初日からそこまで指摘するつもりはないのか、すぐに次の人に自己紹介を促す。

(今度はバニングス家御令嬢、か)

バニングス家。

世界にいくつもの関連会社を持つ大企業の社長一族であり、海鳴においても月村家に勝るとも劣らない豪邸を構えている(これも海鳴について調べていると普通に出てきた。というか海鳴の企業について調べると関連企業の殆どバニングスの名前が出てきた。すげぇ)

彼女───アリサ・バニングスはその社長の一人娘らしい。

改めて横目で彼女を盗み見てみる。

背中の中ほどまで金髪を流し、頭の両側でちょこんと結んでいる。肌はいかにも西洋人的な白色で、その容姿と相まって何処かお人形のよう。しかし、その瞳は人形であることを否定するかのように意志の輝きを放っており、一般の小学1年生と比べても利発そうな印象を受ける。

…………ただ、

『不機嫌そうじゃな』
<周りからあれだけ好奇の目で見られたら、そりゃなぁ>

その顔は私不機嫌です、という感情を隠そうともせずムスッと顰められていた。

その理由はさっき言った通り、彼女に向けられている周りの子供たちからの視線だろう。彼女よりも後ろの席の生徒は彼女の金髪に物珍し気な眼を向け、前の席の者も振り向いてこそいないものの気にしていることが雰囲気で伝わってくる。

<まあ、子供からすれば金髪の西洋人なんてのは珍しいものだからなー>
『当の本人の娘は不快この上なさそうじゃがな』
<あの子もあの子で気が強そうだしねぇ>

家が金持ちで容姿も抜群、おまけに性格も強気。もしこれで頭も良ければ、将来は周りからいじめられるか、群衆の中でリーダーシップを発揮するかのどちらかだろう。

<まあ同じクラスになったことだし、僕もイジメなんかは気にしておくけど>
『いつもの如くお主も子供に甘いの。見た目と相まって、いっそ“しゅーる”なくらいじゃぞ』
<自分では甘いつもりはないんだけどなー。……んー、まあ、『前』は近所の孤児院によく出入りしていたからな。子供が苦しむのを見るのは気分が悪いだけだよ。全部を全部面倒みる訳ではないけど、せっかく子供の体なんだ。内側から気に掛けるくらいはするよ>





前世での『俺』は、子供の頃から頻繁に近所にある教会系の孤児院に出入りしていた。小学校で仲良くなった友達がそこで暮らしていて、遊びに行ったのが始まりだ。


そこで同年代の男子たちと外で遊んだり。

年長のお姉さんたちには料理や裁縫、果ては化粧の仕方まで教えてもらったり(今では僕の持つ108技の内の一つだ。てか前から思っていたが化粧は絶対におふざけの産物だろ。俺も何故真剣に聞いてたし。未だ解けない謎だ)

数人の友達と結託して教会のシスターのスカートをめくったり(逃げても全員すぐ取っ捕まってボコボコにされたものである。それからというもの、俺たちの間で彼女は「鉄拳シスター」となった。あだ名がばれるとまたボコボコにされたが)

50代くらい(怖くて正確な歳は訊けなかった)の筈なのに、どう見ても30代にすら見えない園長先生(女性)と一緒に日向ぼっこなんかもした。

自分が成長したら、孤児院の後輩たちの面倒を見たこともある。やんちゃ坊主や、大人しい子。やけに電波な発言をかます不思議ちゃんなんかも居た。


でも。

楽しい日々の中で忘れそうになるが、その場所は『孤児院』なのだ。

何らかの理由で親を失くした子供の集う場、である。

親が死んでしまった子や、捨てられた子。虐待を受けて体に生々しい痕を残していた子もいた。様々な理由で親元を離れた子供が、其処に居た。



ただ共通していたのは、その中の誰しも心に『傷』があったこと。



ちょっとした瞬間にその傷が垣間見えると、ただの子供でしかなかった『俺』は下手な慰めの言葉を掛けたり、少し強引に遊びに誘うくらいしか出来なかった。成長して10代も後半になってくると接し方もある程度慣れてきていたが、子供の頃は考えなしに相手を傷つけてしまったことさえあった。


葛花から見て僕が子供に甘く見えるというのなら、その根源にあるのは多分“それ”だ。

別に、トラウマなんて高尚な言葉を使えるほど深いものではないけれど。



だが、前の世界で『俺』が見た友達の涙は、確かに『僕』の中に根を張っていた。





『お主の人生じゃ、好きにすれば良かろ。儂は知らん』

逸れた思考から我に返ると、葛花がそう言ってプイッとそっぽを向いていた。

このロリきつね、千年も生きている割には子供っぽいところが多く、度々こんな仕草をとる。
単純というか、直情的というべきか。こういうところを見るたびにコイツ動物っぽいなーと感じる僕。いや、「っぽい」もなにも、もともと動物なんだけど。

今だって、周りの子供を気に掛けて自分を蔑ろにしている僕に対していじけているのだ。

そんな葛花を見るたびに、僕は内心萌えあがっている上にイジりたくて仕方がないだが、命懸けになりそうなので自重する次第。
前にからかい倒したときは修行時に殺されるかと思ったし。ボコボコされて親にばれないようにするのに苦労したものである。

宙に浮かんだままそっぽを向く葛花に、僕はばれない程度に小さく息を吐きながら言ってやる。

<お前のことだって頼りにしてるんだぞ?葛花>
『…………フン。まあお主がど~~~してもと言うのなら協力してやらんでもない。……いいか?仕方なくじゃぞ』

じと~っとした半眼でこっちを振り返る葛花。

僕はその顔の向こうにある左右にブンブンと激しく揺れるしっぽを見て、苦笑しながら頷いた。


まったく。仮にも千年も生きているのなら、もう少し老獪になってもいいだろうに。





(にしてもあの子……)

僕は横目でばれないようにアリサ・バニングスを再度覗き見る。
彼女の声を聞いたときからずっと思っていたのだが……


(声、くぎゅにそっくりだなぁ)


一度で良いからバカ犬とか言ってくれないかなぁ。






(あとがき)

ストックがあるうちは調子にのって連続で投稿。いやぁ、後先考えない自分がイヤになっちゃいますね。

今回、なのはが出てこなかったのは春海が注目していなかっただけで、ちゃんと同じ教室で自己紹介をしていますのでご安心を。

SSのテンプレともいえる擬人化が起こりましたね。葛花のモデルは「化物語」の忍野忍 と CLANP作「GATE」の神言 です。作者の趣味全開ですね。

あと第一話で出てきた『元ネタ』云々は単に「作者の発想力が貧困な時は既存のモノに頼っちゃおうぜ!」みたいな、いわゆる作者が作った緊急避難場所なので、作者の発想力次第で元ネタの数が減ったり増えたりします。ビビりですね。

そういう意味では第一話の「陰陽師とは完全に別物じゃない?」という言葉も、作者の陰陽師に関する知識不足を誤魔化すための逃げ場ですね。そしてやっぱりビビりですね?

そんな色んなところに保険を散りばめているような拙作ではありますが、一人でも多くの読者様に楽しんでいただければ幸いです。

ではでは。




[29543] 第二話 ガキの中に大人が混ざれば大体こうなる。 2
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/03 19:57
「んじゃ、ひる休みに校庭にしゅうごうな!遅れたらキーパーだよ、はるみ!」
「あいよ」

それだけ言って、吉川くん(♂)は別の男子のグループに走って行く。他のメンバーを探しに行ったのだろう。

入学式から1週間。僕はそこそこ上手く小学校生活を送っていた。

勉強は小学校程度の内容が解からないはずがなく(中の人は高校レベルまでは修めている上、今も中学・高校レベルの勉強も時たましているので当たり前だが)、孤立しない様にクラス内のここ数日の間にできた幾つかのグループに入って、外でサッカーをしたり野球をしたり漫画の話で盛り上がったりして、日々を無難に過ごしている。

たまに子供特有のテンションの高さに着いていけないときがあるので、そんな時は僕の108技のひとつ『気配断ち』(葛花直伝の隠行である。さすが獣)で輪の中からフェードアウトしているが。

小学生ってすっげーのよ。『う○こ』とかで大爆笑だもの。…………おっさんにはハードル高すぎだわぁ。


今は3時限と4時限の間の休み時間で、先ほど友達の一人の吉川くん(♂)とサッカーの約束を交わしたところである。

クラス内でも僕が危惧していたようなイジメが横行することもなく、僕はたまに起こる喧嘩を仲裁するくらいだ。

ま、他のクラスはどうかは知らないけど、さすがに全クラスの子供の相手が出来るほど僕は暇があるわけではないし、全部の問題を解決できるなんて自惚れてもいない。それは教師の仕事であり、僕が出来るのはせいぜい手助けくらいなものだ。





「……………………うーん」

ただ、全く問題がないわけではなかった。


問題というのは入学式の日に僕が気にしていた、月村すずか嬢とアリサ・バニングス嬢である。
彼女たち2人がクラス内において、どうにも孤立しているのである。


とは言っても、その2人にしても孤立している理由は些か異なる。


月村嬢の方は初日の物静かな印象を崩すことなく、毎日休み時間には到底子ども向けとは言えない難解な本を読んでいた。しかし話し掛けられるとおずおずと物静かにだが普通に話して対応しているところを見ると、上手く人と話せない訳ではなさそうで。

月村嬢、どうにも自分から率先して孤立しているようにも思える。


まあそれだけならば僕はべつに構わない。
考えは人それぞれである上に、孤立しているからと言って必ずしも不幸なわけではない。一人である方が落ち着く人間なんて幾らでも居るのだ。

これから変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。

しかし、変わったのならその時に頑張ればいい。



『月村すずか』が自分で友達が欲しいと思うようになったとき、その時に頑張って努力すればいい。



それならば僕も彼女に協力ができる。
彼女は子どもなのだ、時間なんてものはまだ沢山ある。

…………と、まあ、そんな理由で月村嬢に関しては僕は今しばらくは頭の片隅に留めておいて、一先ずは静観の構えであるのだが。





しかし問題なのはもう一方の女の子───アリサ・バニングス嬢だ。


彼女が孤立している理由はとても解かり易く、その容姿と気性にあった。

彼女の容姿は金髪に西洋人特有の白い肌と整った顔立ち。まだ小学一年生の周りの子供からすると彼女のその容姿は正しく『異物』である。
子供というのはそこらの大人などよりもよっぽど排他的で、その対象からはアリサ・バニングスも例外ではない。実際、最初のほうの周りの彼女を見る目は奇異や興味の視線が殆どだった。

ただ、それだけならばまだいい。数日経つ頃には子供たちも興味を継続できなくなったのか周りの視線も収まり、彼女に話しかける子供も出てきたからだ。

しかし、そこで更に悪効果となったのは彼女のその気性だった。彼女もまた初日の印象を覆すことなく、強気で弱みを見せないような性格であり、おまけにお嬢様育ち故かプライドが高く我が儘なところがあった。

つまるところ、せっかく話しかけてくれた女子生徒数人と大喧嘩になってしまったのである。

おまけにその喧嘩が起きたのが昼休みで僕は外で友達に誘われたサッカーに興じていたため仲裁さえ出来ず、そして更に悪いことに、その女の子たちの内にはクラスの女子の中でそこそこ社交性のある娘まで居たため、女子のほとんどが彼女を避け始めてしまったのだ。


そしてそれは男子においても同様だった。

この年頃だと男女の性差など有って無いようなものではあるが、彼女のプライドを刺激しないマイルドな対応が出来る小学1年生などいる筈もなく、男子の間においてでさえ彼女は腫れ物状態だ。


泥沼である。


結果、待っていたのはアリサ・バニングスのクラス内での完全な『異物』認定。




───アリサ・バニングスは完全にクラスから孤立していた。





<さてはて、どうしたもんかな。1番ベストなのはバニングス嬢が一人で周りと友達になってくれることだけど……>
『どう考えても無茶じゃろ。容姿の問題も有れ、今一番の原因は間違いなく金髪娘の気性じゃぞ?周囲の童どもに期待しても、望み薄じゃろうて』
<ですよねー>

そのアリサ・バニングスは今も教室内の自席で頬づえを突いて静かに座っていた。

その表情は周囲の皆と仲良くなれずに憂いと悲哀の気を纏いながら落ち込んでいる…………なんてことは全然なく、不機嫌そうにその形の良い眉根を寄せてムダに美しい逆ハの字を作り、ぐぬぬと云った具合にその可愛らしい顔をしかめていた。

『負けん気もあそこまで行くと、いっそ清々しいの』
(恐るべし、アリサ・バニングス)

とまあ、葛花と馬鹿なことを言い合いつつも考えてみる。

そもそもその容姿やら気性やらも間違いなく彼女の孤立の原因ではあるものの、問題は他にもある。

僕がみた限りでは、アリサ・バニングス嬢は周りの生徒たちを下に見ている。彼女は、ごくごく自然に周りを自分よりも下の人間として認識しているのだ。

<あれがお嬢様気質ってヤツなのかね?>
『あの娘は幼子の時分より上の人間としての作法を仕込まれておるのじゃろ。上流の人間であれば珍しいこともあるまいて。事実、知性も血統も格も、周りの童よりも上じゃ。……もっとも、周りを考慮の外に置いた発言を聞くに、あれもまだまだ童じゃがの』
<それはあの年齢の子どもなら仕方ないだろ。……まあ確かに今のバニングス嬢の行動って、周りの子どもから見ればただのわがまま娘だしねぇ。勿論、本人からしたら周りからの不躾な視線に耐えかねた当然の反発なんだろうけど>

入学式から数日間誰にも話しかけられずに奇異の視線に晒され、やっと話すことが出来たと思えば周りは品のないガキばかり。

後半はともかくとして前半の方は、まだ自制の効かない子どもにとって反発を我慢しろというには少々酷だろう。

『それで、お主はどうするつもりじゃ?正直なところ、周囲の童共じゃとあの娘の相手は些か荷が勝ちすぎるぞ』
<う~ん……出来ればやりたくなかった手ではあるんだけど……やっぱり僕が友達になるしかないかぁ?>

僕ならば幾ら彼女の反発心が強くても受け流すことはできるし、彼女の話し相手になることも可能だろう。なんと言っても中身的には元は20歳ちょいの大人なのだ。7歳の女の子の言葉くらい簡単にあしらえる。

ただ…………。


「…………。友達に『なってあげる』っていうのは、出来ることならしたくなかったんだけどなぁ……」


思わず声に出してぼやいてしまう。

友達は『なってあげる』ものではないというのが僕の持論であるし、僕自身も相手が小学生とはいえ『なってあげる』なんて言葉を本気で言えるほど恥知らずな人間ではない。

学生時代の友人は一生の宝、なんて言葉もあるくらいなのだ。僕の単なるお節介で彼女のそれを穢したくなかったのだけど……。

『こと此処至っては仕方なかろ。早くせんとあの金髪娘もいい加減爆発が近いぞ』
<怖いこと言うなよ……。まあ仕方ないか。今日の放課後にでもバニングス嬢に話しかけてみる。葛花は残りの休み時間や昼休みに何か起きないか彼女を見ててくれ>
『心得た』


そこで話を終え、授業を聞くふりをしつつ内職開始。


既に休み時間は終了していた。





で。

結論だけを先に言うと。

結局、葛花と話していたことを実行に移すことは出来なかった。




それよりも速くアリサ・バニングスが動いたのだ。




葛花的に言うのなら、『爆発』してしまった。





(あとがき)

またしても考えもなくストックの中から連日投稿。なんというか、読者様に自分の拙作を読んでもらいたくて堪らないドMな作者です。こんなところで自分の隠された性癖が発覚するとは。

はい、今回は前回の入学式から1週後ですね。3人娘の邂逅という原作イベントを次話にまわしたため、今回はかなり短めです。

原作主人公(あれ?ヒロイン?)さんも次話で登場しますのでお楽しみに。

ではでは。






[29543] 第三話 最近の小学生は結構バイオレンスだから気をつけろ
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/04 18:03
それが起こったのは、僕がアリサ・バニングスに話しかけると決めた日の昼休みのことだった。
既に昼食の弁当も食べ終え、友達である吉川とのサッカーの約束のために下駄箱で靴を履き替えていたとき、それは唐突にやってきた。

『お前様よ』

宙を滑るようにして現れたのは、休み時間中に面倒事が起こらないようにバニングスを見て貰っていた葛花。いつもよりも何処か真剣味の増した彼女の表情に、僕も茶化すことなく聞き返す。

<ん?どした?……もしかしてバニングスか?>
『中庭じゃ』

このタイミングで葛花が話しかけてくるとすればバニングス関連である可能性が高いと思って問うと、案の定である。

僕は簡潔に告げられた言葉の意味を理解するや否や、中庭を目指して走り出した。
サッカーには遅れることになってしまうが仕方ない。緊急事態だ。

僕は走りながら葛花に再び念話を通す。

<それで、一体何があったんだ?>
『あの金髪娘が月村の娘に近づいた。今は揉み合い喧嘩の様を成しておる』
<はぁッ!?またどうして月村が……。いや、しかもそれでケンカって…………?>
『金髪娘が一歩踏み出した、と云ったところかのぅ。それで悶着に発展するところが何ともあの娘らしいが』
<言ってる場合かよ。───あれか>

くすくすと笑う葛花を窘めながら走っていると、中庭が見えてきた。
今の季節が春なのもあって、中庭にある花壇には色鮮やかな花々が咲いている。

その花壇の傍に2人の女の子の姿があった。

「お、おねがい……!かえしてッ……」
「ちょっと見せてって言っただけじゃないッ。いいから貸しなさいよ!」

金髪と黒紫髪。
言うまでもなく、アリサ・バニングス嬢と月村すずか嬢である。

葛花は2人が喧嘩していると言ったものの、ここから見える限りではそれはバニングスからの一方的なものに思える。
いやだって、バニングスが嫌がる月村を押さえつけているようにしか見えないし。

<あれって……月村のカチューシャをバニングスが取った、のか?>

押さえ付けられている月村の頭からは彼女のチャームポイントのひとつである白いカチューシャがなくなっており、バニングスの右手にそれは握られていた。

月村のほうも取り返そうと腕を伸ばしてはいるものの、どこか動きがぎこちないように見える。

『じゃな。金髪娘があの髪飾りを貸すように言ったのが事の始まりじゃ』
<それを月村が断って、あれか。……月村の動きが鈍いのはバニングスを怪我させないためかね?>
『かもしれんな。あの娘に己が異能の自覚が有るかは解からんが』

また何でバニングスがそんなことを言いだしたのかは知らないけど、とにかくまずは2人を止めなくてはいけない。月村にその気が無かろうと、彼女の“力”は一歩間違えれば双方を傷つけてしまう。
そうでなくとも、こうしてケンカしているのを見てしまったのだ。無視する訳にもいくまい。

そう思って2人に近づこうとすると、

『ちと待て。春海』

唐突に、隣の葛花から待ったが掛かった。

<あん?どうした急に。早く止めないと───>
『だから待てと。あれじゃ、あれ』
<あれ?って…………あれは、>

葛花が指差す方向に居たのは、

<……高町?>

僕やバニングス、月村と同じクラスに在籍する『高町なのは』だった。





高町なのは。

容姿は月村やバニングスと負けず劣らずの美少女(美幼女?)であり、大和撫子の月村とはまた違った意味で日本人としての可愛らしさに溢れた女の子だ。
やや茶髪気味の髪を頭の両側で縛っており(ツーサイドテールってのか?)、どうやっているのか縛った髪の毛が重力に逆らうようにピョンと跳ねている。

性格は僕のパッと見の印象ではあるが、やや押しが弱いながらも明るく、気遣いのできる優しい穏やかな心の持ち主。

クラスでも目立ってこそいないものの、何人かのクラスメイトと話す姿も見かけ、僕も彼女のことはそれほど気にしていなかった…………んだけど。

その高町が、喧嘩している2人の方に小走りに近づいている。

それを見て、様子を見るために僕は知らず立ち止まっていた。

<高町の奴、何しに来たんだ?>
『十中八九、止める為じゃろ』
<まあ、しか無いよな>

まさか自分も喧嘩に混ざるためでもあるまい。

『お主は止めんでいいのか?』
<ん~……とりあえずは様子見だな。高町が止めてくれるなら、それに越したことはないし。高町に止められなかったら僕が止めるさ。…………それに、>
『ん?』
<いや、これで高町と2人が友達になればなー、……と>

それは単なる打算だった。

本当なら高町が止める前に、僕が実力行使(もちろん暴力ではなく、バニングスと月村の間に入って引き離すということ)で止めた方が良いのかもしれない。
もしかしたら、高町が2人の間に入っても事態が悪化することもあり得る。

それを考えたら、高町を巻き込まないようにした方が良いだろう。

ただ、それでも僕は3人の間に入ることはしない。

子どもが問題に対して自分で動いて解決に向かっているのだ。
だったら、それを止めるのは『大人』の仕事ではない。

必死になって頑張っている子供の邪魔をすることは、許されない。

もし万が一、子どもが失敗したとしたら。間違えたのなら。
そのときには取り返しがつかないことがないように備えて、守る。

それが『大人』の役目だ。


それに、彼女たちがこれから先、親交を持つにしても、仲違いをするにしても。
彼女たちの、その人生における長い道のりの、これが最初の交差路なのだ。

それを『大人』が邪魔するべきではない。


…………まあ、もちろん何があっても良いように、いつでも止められる態勢でいるけどね?

『まったく、今にも飛び出していきそうな顔しておいて何を言っておるのやら、じゃな』
<ほっとけ>
『まあ良い。お主がそれで良いのならば、儂からはとやかく言うまいよ』
<……ワリぃな、面倒くさくて>
『ふん、構わん』

話している内にも高町が2人のもとに到着する。

さて、バニングスも月村も高町の存在には依然として気が付いてはいないが、高町は一体どうやって止めるつもりなのか。
見た限りバニングスもヒートアップしており、ちょっとやそっとの言葉では止まりそうにないなー。

と、僕がのんきに3人を見守っていると、高町がその右手を高々と掲げ───


振り下ろした!!


「『ビ、ビンタだと!?』」

僕たちの予想の斜め上をブッ飛ぶ高町だった。

『精々が金髪娘を力任せに押しやる程度かと思うたら、……情け容赦皆無の一撃じゃったの』
<ま、まさかマジで混ざりに来たんじゃないよな?>

あまりにブッ飛んだ高町の行動に思わずちょっとおろおろしてしまう僕だった。葛花でさえ少し声が唖然としているように感じるのは僕の気のせいだろうか?
見ると、バニングスは突然のことに反応らしい反応も返すことが出来ず、赤くなった自身の左頬を押さえて呆然と高町を見ている。あ、微妙に涙目。

そんな涙目なバニングスを静かに見据え、高町がその小さな口を開いて言葉を紡ぐ。

「……痛い?でも、大事なものを取られちゃった人のこころは、もっともっと痛いんだよ?」

(いやいやいやいやお前ホントに小学1年生か?!)

いねえよ、そんな小学1年生。

とか内心で高町にツッコミを入れていると、我に返ったバニングスが短く声を上げながら高町に掴みかかり、そのままなし崩し的に2人は取っ組み合いに突入してしまった。

『……おい、止めんでいいのか?』
<お、おおッ!?って、そうだった!>

高町の思わぬバイオレンスとセリフに放心してたよ。

見てみると2人の取っ組み合いは徐々に激しさを増しており、このままでは確実にどちらか、或いは両方が怪我をしてしまう。
とりあえず僕も急いで3人のもとに駆け寄る。

(とりあえず、2人の間に割り込んで引き離すか。……上手くやらないと巻き込まれるな)

幸い、3人ともお互いに集中しているからか、まだ僕に気付いていない。

そのまま、僕がバニングスと高町の間に自分の腕と体を無理矢理割り込ませようとすると、


「やめてっ!!」


横合いから月村の大きな声が響いた。

月村が上げた悲鳴じみた大声に気を取られたのか、バニングスと高町の動きが一瞬止まる。

(月村ナイスッ!)

「はい、そこまでっ!」

月村が作ってくれた好機を逃すことなく、僕は2人の間に腕を差し込むと強引に引き離す。3人とも唐突に登場した僕に驚いたようで、涙の滲んだ眼をパチクリさせている。

<……にしても>
『どした?』
<止めたはいいけど……これからどうしよう?>
『…………って、決めとらんかったのか?』
<いや、僕が大人なら3人から理由を聞いて叱るなり諭すなり出来るんだけどな……>

如何せん、僕の体は3人と同じ小学1年生。

本来、子どもを教え諭すのは教師や大人といった物理的に目上の人間の役目だ。
子供を叱る上で見た目というのは思いのほか重要なもので、だからこそ相手の子どもに通じるのだ。同い年の僕からの説教が3人に何処まで通じることやら。

『中身はおっさんじゃがな』
<ほっとけ!>

「ちょっと、だれよあんた!いきなり出てきて!」

葛花と話していると、我に返ったバニングスが鋭い声を投げかけてきた。次から次へと現れる邪魔者に対して腹を立てているのか苛立たしげに眉を吊り上げ、こちらを睨みつけている。

「って、顔も覚えてないのかよ」

一応同じクラスなんだけどー。いや、別にいいけどねー?

「い、和泉くん?」

おお、高町はちゃんと覚えていたか。僕的好感度1アップだ。

「………………」

そんで月村は不安げな表情でこちらを窺うようにして上目づかいで見ている。涙目でそんなことするもんだから、その筋の人でないと自負する僕でも思わずお持ち帰りしたくなる凶悪な可愛さになってしまっていた。

「ちょっと、聞いてるのッ!」
「ん?ああ、悪い。とりあえずは……」

僕はバニングスの顔を見る。高町にビンタされたその左頬は、いまだ赤く腫れたままになっていた。

それに気付いた僕は、至って冷静に言う。

「Go To 保健室」

実はまだちょっとテンパってる僕だった。





ところ変わって保健室。

あの後、文句を言って素直に保健室に行こうとしないバニングスは僕が小脇に抱えて強引に連れてきた。めっちゃジタバタしてたけど気にしない。
月村と高町にも付いて来て貰っていた。

「ほい。こいつでほっぺ冷やしなさいな」
「…………ふん!」

氷の入った氷嚢をバニングスの腫れた左頬に押し当てて、自分の手に持たせる。

3人を伴って保健室に来たはいいものの、肝心の養護教諭の姿はなく、仕方なく僕がバニングスの腫れの処置をしたのだ。

現在、3人には室内に備え付けられている長椅子に一緒に腰かけてもらっている。
バニングスは自分の頬に氷嚢を押さえ付けながらも、僕を鋭く睨んでいた。月村はいまだ不安げに此方を上目遣いで覗き込んでおり、そして高町は何やらキラキラした目で僕を見ている。

……おや?

「どした、高町?」
「和泉くんってお医者さんみたい。すごいね!」
「……ドウモアリガトウ」

氷嚢を用意したぐらいで其処まで言われるとは。むず痒いというか、照れくさいというか……。

ま、それは今は置いておいて。

「とりあえず、まずは自己紹介ってことで。僕は和泉春海。一応、3人とは同じクラスだよ」
「なのは!高町なのはです!」
「……月村すずか、です」
「…………アリサよッ。アリサ・バニングス」

『ここまで性格丸分かりの自己紹介も珍しいの』
<ホントにな>

さて。

とりあえず、最初は理由を訊いてお説教かな?一人くらい素直に聞き入れてくれるといいんだけど。

「んじゃあ、まずはバニングス。何で月村のカチューシャを取ったりしたのかな?」
「あたしが見せてって言っても、見せてくれなかったからよッ!」

怒り心頭といった風情のバニングスに、内心でため息をつく。

『典型的な童の理屈じゃな』
<この歳じゃしょーがないって>

『前』の孤児院のガキ共や『今』の妹2人なんか、そりゃあもう……と、いかんいかん。思考が横道に逸れた。ただ、この程度なら『前』でも何度も言い聞かせたことがある。……聞き入れてくれたかどうかは別として。

「あー、あのな───」
「そんなの、まちがってるよッ!!」

だが僕が言いかけたそのとき、僕の言葉を遮るようにバニングスの隣に腰掛けた高町が大声をあげた。さっきまでのキラキラした笑顔とは一転して真剣な表情で、その顔は何処か必死さがにじみ出ているように見えるのは僕の間違いだろうか?

そんな高町は、僕が止める暇もなくバニングスに対して言葉を紡ぎ続ける。

「なんでもなかったのなら見せられないわけないよ。きっと見せられなかったのは、なにか理由があったんだと思う」
「なんでアンタにそんなの解かるのよ!」
「わかるよ!」

言い返すバニングスの怒鳴り声にも高町は怯むことなく言い放った。どこまでもまっすぐに相手の目を見つめながら。

「……すずかちゃん、泣いてた。泣きながら返してって、言ってた!どうでもいいことで泣いたりなんかしないよっ!」
「───ッ!!」



パァンッ!!



保健室の中に、軽い破裂音が鳴り響く。


───“僕が勢いよく自分の両手を”打ち鳴らした音だ。


唐突に鳴り響いた音に3人は身を竦め、動きを止めた彼女たちの視線が僕に集まった。

(あっぶねぇぇぇっ)

高町の言葉に聞き入って、また取っ組み合いのケンカに発展するのを見逃すところだった。バニングスも一瞬だけ顔がえらい迫力になってたし。

(……でも、まあ)

この場合は高町の言ってることが正しい。子供故なのか、はたまた高町独自の感性故なのかは解からないけど、物事の本質をしっかりと見抜いてる。
バニングスも高町の言葉に腹を立てたということは、自分でも思い当たる節があるからだろうし。

(こりゃあ、説得も幾らか楽ではある、かな?)

まあ改めて高町の年齢サバ読み疑惑が浮上してきたけど、それは今は置いておいて。

「はい、二人ともそこまで。高町の言いたいことも解かったけど、今は僕の話も聞いてくれ。な?」
「う、うん……」
「なによ、いきなり……」
「じゃあ、改めて。
なあ、バニングス。見せてって言っても無理だったのなら、月村にも何か理由があったのかもしれないだろ?もしかしたら月村にとってすごく大切なものなのかもしれないぞ?
想像してみろ。自分がすごく大切にしているものを。それを僕に強引に取られたら、どう思う?」
「ぶん殴ってやるわッ!!」

なんでお前、小学1年生でそんな血の気多いんだよ。

「……うん、まあ、なんかごめんなさい。……それで、すごく嫌な気分になるよな。月村もそれと同じで、嫌だと思っちゃったんだよ。違うか、月村?」
「え、あ。……う、うん、そう、です」

なるべく威圧しない様に口調を和らげて月村の方に確認を取ると、小さいながらも同意を示す月村。

「このカチューシャ……お姉ちゃんがくれた、だいじなモノだから」

途切れ途切れながらも、一生懸命に言葉を紡ぐ月村。その言葉に耳を傾けていた僕は改めてバニングスを見る。

「な?バニングスみたいに自分の意見をハキハキ言える子にはよく解からないかもしれないけどな、中には月村みたいについつい声が小さくなっちゃう子だっているんだ。
その時の相手の気持ちになって考えるっていうのはすごく難しいんけどさ、頑張ってそうしないと今回みたいにすぐケンカになる。
バニングスだって、嫌な子だなんて思われたくはないだろ?」
「……当たりまえ、でしょ」

刺々しい言葉ではあるものの、その語調は力強さがなくなっている。多分、自分が間違っていることが分かったのだろう。

<聡い子だな>
『他の2人を含め、精神年齢は其処らの童とは比べ物にならんほどに有りそうじゃからの』
<月村の読む本のレベルといい、さっきの高町の小学1年生とは思えない発言といい、ひょっとして今の小学1年生ってこんなモンなの?>

だとすれば、僕の小学生ライフも少しは楽になるんだが。

葛花と話している内にだんだんバニングスも俯きがちになってきたので、早いとこ話を先に進めることにする。

「バニングスも自分が悪かったと思ったんなら、どうすればいいか解かるよな?」
「うっ…………」

自分を覗きこむようにして言った僕の言葉にちょっとたじろぐも、やがてバニングスは月村に体ごと向き直るとバッと頭を下げた。

「そ、その……大切なカチューシャ、ムリヤリ取っちゃって……ごめんなさい!」

そう言いながら、今まで手に握っていたカチューシャを月村に差し出す。躊躇いながらも謝る時はきちんと相手の目を見るあたり、やっぱり育ちが良いんだなーと感じる今日この頃。うちの妹たちにも見習わせたいものである。

「ううん、わたしこそちゃんと言えなかったから。……ごめんなさい!」
「そ、そんなことないっ。悪いのはあたしよ!」
「で、でも、わたしも……」

(もーヤダこいつら……。この年でこんなに譲り合うって、僕でも見たことないぞ)

僕は心中でため息をつきながら2人の真っ白なおでこに軽くデコピン。

「きゃッ」
「ひゃッ」
「はい、そこまで。お互い自分の悪かったところは解かったんだし、これ以上譲り合うのは不毛だっつの。
喧嘩両成敗。今回はお互いに謝って、お互いに相手のことを許せばいいさ」
「「うぅ」」

自分のおでこを押さえながら、2人はお互いに顔を見合わせると、

「……ふふっ」
「……あははっ」

何がおかしかったのか、そのままクスクスと笑い合う。

こっちはこれで良し、と。



…………………で、だ。

ピンッ

「うにゃっ!?」

1人だけ僕たちの傍らで『よかったよかった』みたいな顔をしている高町にもデコピンをお見舞する。

何が起きたのかよく分からなかったのか高町はキョトキョトと周りを見渡すが、僕と目が合うとだんだん痛くなってきた自分のおでこ両手で押さえ、次第に目がうるうるしてきた。

「な、なんで……?」
「やかましい。……あのな、高町。今回お前は2人のケンカを物怖じせずに止めたことはすっごく良いことなんだ。バニングスに言ったことだって間違ってなかった。誰でも出来ることじゃないし、それが出来たお前は凄いんだぞ?」
「だ、だったらなんでデコピン……?」

うむ、やっぱりこれじゃ解かんないか。バニングスや月村を見て、高町は更に精神年齢高かったらどうしようと思ったけど、そんなことないんだな。いやー、よかったよかった。主に年上のプライド的な意味で。

「バニングスを叩いたからだよ。
もちろん場合によっては叩いてでも止めなきゃいけないことだってあるし、やむを得ないこともある。叩いて解決すること全部が悪い訳じゃないさ。
それでも、自分がどんなに正しくても暴力はダメなんだ。相手に暴力を振るっちゃった時点でお前も怒られなきゃいけないんだよ。
今回だってバニングスと取っ組み合いになっちゃって、下手すればどっちかが怪我してたかもしれないんだぞ?」

まあ、確かに暴力自体は褒められたことではないが、本当なら別にここまで言う必要はないのかもしれない。

だが、高町はまだ7歳なのだ。こんな小さなうちから暴力に躊躇いがなくなるのは、それこそ大問題だろう。

「もしこれからも相手を叩かなくちゃいけないことがあったら、その前に少し考えてみろ。本当に必要なのか、ってな。
まあ、さっきも言ったけど、相手を叩くことが全部が全部悪いことって訳じゃないぞ?ただ力に頼る前に考えようってことだ」

高町は僕の話を聞いて暫し目をパチクリさせていたが、やがて自分なりの答えが出たのか、コクリと頷いてくれた。

「そうだよね……たたいちゃったら、そのひとが痛いし、かなしくなるもんね……。うん!これからはよくかんがえて、まずはお話してみるね!」
「ん、いい子だ」

とは言え、高町が僕の言葉を真剣に考えてくれたのは事実。僕は『前』のときの妹分たちや『今』の妹2人を思い出しながら、嬉しくなってそのまま高町の頭をポンポンと軽くなでる。

「うやや~」

高町はそれが心地よいのか、目を細めて笑って受け入れてくれた。

『……お主に“なでぽ”の才はないぞ』
<ナデポ言うなや!>

これは純粋な親心的なモノだ。父性なのだ。

あとそれは僕がモテないと言いたいのか?失敬な、『前』は高校時代に彼女くらい居ましたー…………卒業前に別れたけど。

「あ!」

そうしていると、高町は何かに気づいたように立ち上がると、バニングスに向き直り、

「アリサちゃん、さっきは叩いちゃってごめんなさい!」

そう言って頭を下げた。

(………………へぇー)

これには僕もさすがに驚いた。自分できちんと気が付いて謝れるとは。

月村と一緒にこちらの様子を窺っていたバニングスも高町の急な謝罪に面食らったようだが、顔を真っ赤にしてそっぽを向いて返事をする。

「べ、別にいいわよ、あたしも悪かったんだし。……こっちも、掴みかかってごめんなさい」
「あ……うんっ!」

よしよし、この分だとバニングスと月村の孤立の問題も解決しそうだし、あとは当人たちだけで大丈夫だろう。

気が付くと昼休みの残り時間もあとほんの僅か。僕は友達ムードが漂っている3人のうちバニングスに近づくと、その頬に押しつけてある氷嚢を外して軽く調べる。

「……ん。もう腫れも引いてるし、赤みもなし。痛みはないか?」
「……大丈夫よ。もともとそんなに痛くはなかったから」
「そっか。じゃあ、もし今日帰って痛くなったら、病院に行くんだぞ?」
「ん、わかったわ」

まあ高町もパッと見た感じ、力があるようにも見えないし。バニングスも高町を気にして嘘を言っているようには見えないから、本人の言う通り本当に大丈夫なのだろう。

「んじゃ昼休みもあと5分も無いし、3人は教室に戻っていいぞ。後片付けはやっとくから」

氷嚢の中身を捨てるくらいだし、折角友人になった3人に水を差したくもないし、などと考えて3人を促したが、

「あたしたちも手伝うわよ」
「全部まかせっきりしたら悪いと思うの」
「うんうん」

あえなく失敗。

ていうかこの子たち、ホント年齢サバ読んでね?普通この年で此処まで他人に気を使えないって。

まあ申し出自体は有り難いことに変わりないので、氷嚢の中身の処分を頼む。

僕はその間に養護教諭の席に、氷嚢と氷を使用したこととクラスと名前をメモ書きにして置いておく。氷程度で何か言われることはないだろうが、まあ念のためだ。

僕がメモを書き終える頃にはバニングスたちも氷嚢の氷を捨て終えていた。





それから4人で一緒に教室に戻ると、バニングスたちにお礼を言われてしまった。本当に出来た娘たちだこと

ちなみに月村と高町は普通に「ありがとう、和泉くん!」だったものの、バニングスが頬を恥ずかしさで真っ赤にして「……その、あ……ぁりがとぅ」と言う姿は、非常に僕の心の琴線(別名、『萌え心』)に触れる可愛らしさだったことを此処に記しておく。いや、役得役得。

まあ何はともあれ、万事何事もなく終わってよかったよかった。








……ところで、授業が始まる頃にクラスメイト全員が席に座ると、男子数人がこちらを睨んできているのだが、一体如何したのだろう?

『お主、昼の休みに屋外で遊ぶ約束をしておったのではないのか?』
<…………Oh>


その後、男子たちには約束を忘れていたことを謝ると、一週間キーパーやキャッチャーを引き受けることを条件に許してもらうことが出来た。



余談ではあるが。

その日からバニングス・月村・高町の3人がクラスで話している光景をたびたび見かけるようになったのは、間違いなく良いことなのだろう。



…………それから、たまに3人が僕を昼食に誘ったりしてくれることも。





(あとがき)

はい、というわけでこのSS初の原作イベント『三人娘の邂逅』になります。
一応、この主人公のコンセプトの一つには『人生経験を積んだ大人』というものがありまして、その一面を描き切れたのならば幸いです。
なのは達に上から目線過ぎるだろ、みたいな意見もあるかもしれませんが、何度も言いますがこの主人公は元・大学生なので。精神的には常に保護者なのです。

ちなみにすずかのカチューシャの由来は原作「とらいあんぐるハート3」の画像で、忍が幼少期で同じカチューシャをしているのを見た作者の捏造です。まあでも、作者は同じものだと信じています!(キリッ

あと、主人公の双子妹なのですが、これからも主人公の語り部の随所随所で出てくるだけの予定です。本格的に出るのは番外編になるかと(いつ書くのかは未定ですが)
と言うのも、このSSにおいてオリキャラは主人公の「和泉春海」とその相棒「葛花」だけだと作者が決めているので(あ。吉川くん(♂)もか?)。ご了承ください。

今回で連日投稿はストップかな?ストック自体はまだあるけれど、あんまり調子にのっちゃうと後が怖いですからね。
次は予定では主人公の修行風景と高町家訪問になりそうです。お楽しみに。

ではでは。






[29543] 第四話 縁は奇なもの、粋なもの 1
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/08 11:38
早朝。

停滞していた町が活動を始めるには、まだ少しだけ早い時間帯。

まだ太陽は完全に昇りきってはおらず、町中は僅かに覗く太陽のからの薄明かりによって、もはや幻想的とまで言える雰囲気を称えている。

そんな静寂を破るように、ひとつの音が鳴り響く。
タッタッタッタッとリズムを刻むように流れる、規則正しい駆け足の音。

その音源に居るのは、一人の子ども。
幼児というには些か時が経ち過ぎており、少年というには少々足りない。

そんな中途半端な年頃の子供の顔にはうっすらと汗が滲んでいる。
呼吸はやや速いものの乱れるには至らず。
駆けているその足取りに淀みはなかった。


和泉春海。

現在、日課のランニング中である。


**********


早朝の海鳴の町を、駆け足よりもやや速い程度の速度で駆け抜ける。
ランニングを始めてから早2年。このくらいの速度なら音を上げない程度の体力は既に付いている。

そうしてただ無心に走っていると、僕の横をスーッと滑るように浮かんでいる葛花が話しかけてきた。

『毎日毎日、よくもまあ飽きもせず地道に続くもんじゃのう』
「生きる為だからなー。……まあ、飽きるなんてことは、それこそ死ぬまでないんじゃねえの?そりゃあ楽も怠惰も大歓迎だけどな、それでも最低限のことはやっておきたいし。……それに、最近では鍛えるのも案外楽しくなってきたしな」

今は周りに人の気配がないため、声に出して葛花に応える。

───ちなみに『気配』というのは誇張や比喩表現ではなく事実そのままである。

それには僕の能力、『魂視』が関係しているのだが。


以前話したと思うが、僕は今では人の魂が視えている。

『視える』というのは実際に眼に『見える』訳ではなく、どっちかと言うと目を閉じても其処に人が居ると解かる、という『感覚』に近いものがある。
某7つのボールを集める漫画で『気を感じる』なんて描写があるけど、ひょっとしたらあれが一番近いのかもしれない。流石にあそこまで広範囲は感じられないし、逆に対象に触れる程に近づくとより詳細に感じられるのだけど。

勿論、魂を視ることがメインである以上、気配察知は副次的なものでしかないが。

まあ早い話、達人が長年の鍛錬の末に手に入れるであろう超感覚を、僕は『生まれつきの能力』という形で楽に手に入れることが出来たということだ。

僕としてはそのことに対して思うことがない訳ではないが、自分の命が懸かっているのだ。
有り難く頂戴しておくが吉、なのだろう。

『相変わらずマゾい奴じゃのう』
「お前今なんつったァァア!?絶望した!!僕の5年間の努力をマゾいと言うお前の僕に対するその認識に絶望した!!」

あり得ねぇ……。もしかしてお前の中の僕ってそんな人間だったの?マゾいの僕?あれっ?なんかお前と過ごしてきた数年がやけに軽いモノに思えてきたぞ?あかん、目から汁が……。

というかさっきの僕、結構真面目な空気醸し出してなかった?
ほら、生まれつきの才能で手に入れた自分の能力にシリアス(笑)な想いを抱いていた風だったじゃん。空気ぶった切りやがってこのヤロー。


閑話休題。


本日は日曜日。全国の学生と一部の社会人にとっての楽しい休日である。
平日ならば日の出の前にランニングを開始して登校までに朝の鍛錬を終えるのだが、休日である今日は少し遅めに出発。このランニングを始めてからというもの、僕の休日のささやかな贅沢のひとつである。

現在僕が向かっているのは海鳴の端にある、そこそこ大きな山。其処が僕の目的地である。

「ん?」

「お」「む」「あ」

葛花も話しかけてくることもなくなり、ただ黙々と走っていると、前方から3人の男女が同じく走ってきた。
男2人に女1人。その整った顔立ちはとても似通っており、家族などの近しい者であることがひと目で解かるくらい。

僕も相手もそのまま近づいてストップ。お互いにその場で足踏みに移行して体を冷やさないようにしながら向かい合う。

「や、おはよう。今日も精が出るな」
「おはようございます、士郎さん」

3人の中で1番年長の男性───高町士郎さんと挨拶を交わす。

こちらの士郎さん、見た目はどう見ても20代半ばなのに実際は30代後半で、おまけに他の2人の父親なんだとか。
此処にはいないが、家には奥さんともう1人の娘がいるらしい。……見えねぇなぁ。

「おはよう、春海」
「おはよー、春海くん。相変わらず朝早いね」
「恭也さんと美由希さんもおはようございます。あと美由希さんたちも大概ですって」

あんたら僕よりも2,3時間は早いでしょ。

こっちは恭也さんと美由希さん。
どちらも士郎さん似のようで、恭也さんは質実剛健な侍、美由希さんはおとなしめの文学少女といった印象を受ける。

彼らは親子で剣術を嗜んでいるらしく、この走り込みもその鍛錬の一環らしい。
僕が走るコースと何度か重なっていて、その縁で僕たちは偶然出会ってはその度にこうして言葉を交わすようになったのだ。

とは言っても、こうして話し始めるようになったのは少し前くらいからで、それまでは精々すれ違う時に会釈や軽い挨拶、それに短い世間話をする程度だったのだが。

こうして親しげに話すようになったのは、士郎さんの一番下の娘が僕と同い年らしく、其処から話が膨らんで今みたいにいろいろ話すようになったのが切っ掛けだ。
前に士郎さんが営業している喫茶店に誘われたこともあったけど、僕の予定が合わなくて生憎とまだ行ったことはない。

ま、そんな風に誘ってくれるということは僕が悪い子供ではないと判断してくれたのだろう。
別に善人と思われたい訳ではないが、信用されたということは素直に喜んでおくことにする。

…………正直、『前』の自分よりも年下の恭也さんや美由希さんに対して敬語で接することに違和感が無いでもないが、流石にそろそろ慣れる必要があるよなー。

「あ、士郎さん」
「うん、何かな?」

丁度いいので、この間の御誘いの返事をしておくことにする。

「誘って頂いていた喫茶店の件なんですけど、今日の午後は何の予定もないので、今日でも構いませんか?」
「あぁ、もちろん構わない。今日は末の娘も家に居るはずだから、是非とも会って行ってくれ。場所は分かるかい?」
「はい。商店街の大通りの『翠屋』って喫茶店、ですよね?」
「ああ。お昼時に来てくれたら昼食も御馳走するから、楽しみにしておいてくれ」

爽やかに笑いながらそう告げる士郎さん。
と、そこに横で聞いていた美由希さんが、これまた晴れやかな笑顔で自分の父親の話を補足する。

「うちのお菓子ってどれも美味しいから、期待してくれても大丈夫だよ!ねっ、恭ちゃん?」
「お前が威張るな、美由希。……まあ、人気が高いのは本当だから、楽しみにしておいてくれても大丈夫なはずだ」
「あはは、期待しておきます。……じゃあ、今日の昼過ぎにでもお邪魔しますね」
「うん、待っているよ」

昼からとなると今日の修行は早めに切り上げなければならなくなる。士郎さんたちとの話ももう終わったし、そろそろ行くとしよう。

「じゃあ、僕はこの辺で失礼しますね。ランニングも残っていますから」
「お、すまんすまん、まだ途中だったな。なら俺たちもそろそろ失礼するよ」
「またね、春海くん」
「昼にまたな」
「はい、またお昼にお邪魔します。それでは」

4人で手を軽く振りながら、すれ違うようにして走りだす。

僕は士郎さん親子の駆け足の音を聞きながら、今まで自分の真横にプカプカ浮かんでいた葛花に念話で話しかけた。

<という訳だから、今日の修行は午前の早い内に終わるぞ、葛花>
『其れは構わんが…………』
<ん、どうした?……また士郎さんたちのことか?>
『うむ。やはりかなりの手練には違いなしじゃの』
<手練、ねぇ。……確かに強そうってのはなんとなく解かるけど、お前がそこまで言うほどなのか?>

僕自身『前』は少しだがやんちゃしていた時期もあるし、『今』は鍛錬もしている。ある程度強くなっている自負もある。
けれど、それでも葛花の言うように相手の具体的な強さを察して推し測る、なんて達人のような芸当はさっぱりである。

『正直、茶店の店主というのは今でも信じられんの。暗殺者や忍者と言われた方が余程“らしい”』
<……そりゃまた。物騒なこって>

僕には気のいいアンちゃん達にしか見えんが(おっさんでない辺り、士郎さんの見た目の若さが解かろうものである)。
そもそも葛花が言うように彼らが幾ら強いとはいえ、悪人でないのならそこまで警戒する必要もないだろう。

「ま、それもその内わかるだろうさ」
『……確かにの。わざわざ無害な輩にまで警戒を割くこともあるまいて』
「そういうこと」

葛花との会話に決着を付けると、僕は目的地の山まで無言で走り始めた。


**********


「それにしても春海くんってば、相変わらず大人っぽかったねー」
「全くだ。……それに、また少し強くなってるみたいだったな」

走り込みも終盤。家も近付いてきたのでクールダウンとしてペースを徐々に落としながら家への道を走っていると、唐突に美由希が話しかけてくる。
話に挙がるのは、先ほど別れたあの子供───和泉春海に関してだ。



アイツに初めて会った、というより見かけたのは、やはりランニング中のことだった。
去年あたりから偶にコースの途中で見かけるようになり、その当時はなかなか根性がある子だな、と思っていたぐらいだった。

ただ何度か見かける内に気が付いたことなのだが、アイツはあの年頃の子供としてはあり得ないほどに鍛えている。

最初の頃は体の動かし方も子供のそれであり、軸やバランスもぶれてばかりだった。まあ普通の子供ならば当たり前のことなのだけど。
だが、それから1年の間、アイツは見かけるたびに体に軸が生まれ、重心が安定し、走りが戦闘向けの足運びになって行っていた。おそらく強さの方もあの体捌き相応のものだろう、というのが俺たち3人の共通の読みだ。

もちろん実力こそ俺や横にいる美由希とは比べるべくもないが、それでもあの歳であの成長速度と到達地点は十二分に破格。
まるで武芸者が鍛える光景を録画したビデオを早回しで見ている気分だったのを、今でもよく覚えている。
父さんでさえアイツの成長速度には舌を巻いていたくらいだ。

それからちょっとしたキッカケで話すようになり、特にすれたところも無ければ尖った所も無い、普通の子供だと解かった。

……ああ、違った。

『普通』の子供、ではない。むしろ『子供』らしくもない。なんだあの馬鹿丁寧な口調。おまけに当の本人はそれで無理をしている様子もない。

あの歳の子供からしたら、大人である俺たち3人の話し相手をすることはかなりの威圧感だと思うのだが。
初めの頃はともかく、最近では俺たちも春海の反応にはすっかり慣れてきたため、今では気にせず3人で話しかけるようになっている程である。



「だが、それもそろそろ打ち止めの時期だろうな。あの歳であの成長は大したものだが、我流ではそのうち限界が来る。あの年頃では尚更だろう。聞いた話では、アイツ、師は居ないらしいからな」
「そもそも先生なしであそこまで強くなってるってことがすごいんだけどねー。……うー、やっぱり1人じゃどうにもならないことって出てきちゃうよね……」

最後は呟くように言って、何やらそのまま考え込む美由希。

……?

「どうした?美由希」
「……ねぇ、恭ちゃん。うちで春海くんに教えてあげられないかな?」
「…………本気で言っているのか?」
「うん」
「……確かに、御神流は守るための剣。だが同時に人を傷つける殺人の技でもある。……おいそれと他人様の子供に教えられるものじゃないのは、お前も解かっているだろう?」

御神流。
正式名称は『永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀術』

それが、俺や美由希が学んでいる古流剣術の名だ。

小太刀二刀流をメインに据え、更には徒手空拳、果ては飛針や鋼糸といった暗器までも駆使する殺人術。

だが同時にそれは、大切な者を守るための手段でもある。

目の前を行く父は、今でこそ怪我を理由に引退して喫茶店の一店主だが、昔は政治家などの重要人物のボディーガードをしていて、今でも当時の知り合いから度々連絡が来るぐらいだ(内容は世間話程度の挨拶が殆ど)。
それが原因で大怪我を負って意識不明の重体となったこともあり、2年前まで入院していたのだが…………やめよう。いま思い出す話ではない。

逸れた思考を修正して目の前の妹に意識を向け直すと、美由希は視線は前を向いたままに自分の考えを口にしていた。

「うん、わかってる。もちろん私だって、御神流を教えてあげようって思ってるわけじゃないよ」

それがわかっているのなら、何故?
視線でそう問いかけると、美由希は強い視線をこちらに返し、でも、と言葉を続ける。

「あんな小さな子が、あんなに必死になって強くなろうとしてるんだよ?確かに私には、春海くんが何のために強くなろうとしてるのかはわからない。でも、あんなに頑張ってる姿を見ちゃったら、私は手助けをしてあげたい」

美由希は確固たる決意を眼に込めながらそう言い、そのまま俺をじっと見つめてくる。
その眼に宿る意志は、こいつ生来の頑固さを秘めていた。

「…………はぁ」

隣の美由希にばれない程度に、少しだけため息をつく。

大方、父さんが入院した頃にひとりで必死に修行していた、自分や俺を思い出しているのだろう。
あの頃も、美由希は父さんに本格的に剣を教えて貰う約束をした矢先に父さんが入院し、父親が怪我をしたという事実も相俟ってそのことを酷く悲しんでいた。

そして、こんな眼をしている時の目の前の妹は、ちっとやそっとのことでは退くことはないということも、俺はよく解かっていた。

俺は美由希から視線を逸らし、そのまま前に向ける。先ほどから黙ったまま前を向いて歩いている、元・御神流師範───高町士郎を見た。

「父さん。父さんはどう思う?……俺は、剣術の手解きくらいはしてもいいと思ってる」
「恭ちゃん!」

俺の言葉を聞いた美由希が笑顔を浮かべる。

まったく、現金な奴。そう思って苦笑していると、前にいる父さんがこちらを振り向いた。
父さんも美由希と俺の会話を聞きながら春海のこと考えていたのだろう。思いのほか、その答えはすぐに返って来た。

「……そうだな。彼が悪い子ではないということは、ここ一カ月の間で父さんにもよく解かっている。剣術指南くらいはしても良いと思う程度にはな」
「それじゃあ!」
「とは言っても、それと御神流を教えるかどうかは別問題だ。才能の問題もあるし、何よりも彼自身の心根を視る必要がある。それに恭也も言ったが、春海くんは他所様の家の子供だ。人殺しの手段を教えることには、俺は反対させてもらうぞ」
「うん!」

美由希も其処はわかっているのだろう。
さして落ち込むでもなく、真面目な顔で父さんの言葉に頷く。

「とりあえずは、今日の昼にはまた会えるんだ。そのときにでも春海くんとは話をしてみよう。……というか、お前ら」

と、そこで父さんは表情を和らげ、何故か苦笑いを浮かべる。

…………?

「まだ春海くん本人が、俺たちに剣を教えられることを了承するかは分からないんだぞ?」
「「あ」」



(あとがき)

原作をプレイして生きている士郎さんのセリフを書くと泣きそうになるんですが……

ということで今回は御神流の人たちが登場と相成りました。うちの主人公、実は彼らとはもう知り合いだったんですね。
そして主人公の剣術習得フラグが立ちました。テンプレです。すみません。

とはいっても、作中で士郎さんたちが言うように本人たちに御神流を教える気は全くありません。
というか数あるSSの中で士郎さんたちってオリ主様にやけにあっさり御神流を教えているのは何故なんでしょうね。
原作やる限り、恭也も長年一緒に暮らしている晶の頼みを断っているくらいなのに。

あと、美由希と恭也が原作のように「とーさん」「かーさん」ではなく「父さん」「母さん」と呼びますが、それは小説では読みにくいと思った作者の判断です。
原作至上主義の方が居たら申し訳ありませんが、ご了承ください。

次回は翠屋訪問の前に、春海の修行風景の一部です。
作者の発想力の貧困さに自分でも絶望してしまった回ではありますが、努力してない主人公って誰にも(読者にも)応援して貰えませんし。

頑張って書くつもりなので、よろしくお願いします。

では。






[29543] 第四話 縁は奇なもの、粋なもの 2
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/08 18:00
「ハァ、ハァ…………到着ッ」

士郎さんたちに会った時よりも荒くなった呼吸を宥めながら立ち止まる。


国守山。

それがこの山の名前だ。

海鳴の町は古き良き観光の町としても知られており、海鳴にある山は基本的には私有地か観光地のどちらかしかない。

私有地は原則として一般人は立ち入り禁止。
観光地は大概の場合は人が必ずいるため、修行に利用するわけにはいかない。

自宅で堂々と修行する訳にもいかず、どうしたものかと困っていた数年前のある日、僕がランニング途中に偶然見つけたのが、自宅から片道1時間半の場所にあるこの『国守山』だ。

この山も海鳴にある他の山と同様に私有地ではあるものの、所有者が一部を一般開放しており、その敷地の一部が丁度いい具合に開けた広場になっているのだ。
町の中心地からもかなり遠く、特に観光地として整備されている訳でもないため、人が来ることも滅多にない。

そんな訳で、この広場は僕がよく利用する修行場となっていた



「これで良し、と」

目の前の木に符を張り付ける。

周りを見ると目の前の木の他に3本の木があり、同様の符がそれぞれに張り付けられていた。
上から見ると、ちょうど広場を正方形で囲む形になっていることだろう。

僕はそのまま正方形の中央の立つと、右拳を握った状態から人差し指と中指を立てて、刀印を結ぶ。


「青龍、白虎、朱雀、玄武、空陳、南寿、北斗、三体、玉女───急急如律令」


呪を唱えながら刀を象徴したその手で素早く四縦五横の九字を切る。

イメージするのは、世界の切り取り。

と、キンッと小さく甲高い音とともに4枚の符に白い光が灯る。周囲の世界が閉じる感覚。


国土結界。

密教に伝わる結界であり、四方に配置された符を基点に魔障の出入りを禁じることに特化している。
なんでも、比叡山や高野山の結界もこの『国土結界』らしい。

もっとも、いま僕が使っているのは人払いの意味合いが強いのだけれど。

『ふむ、結界の方はもう及第点かの。とは言え、本来は符に依ることなく発動するのが理想。故に評価としては“まだまだ”じゃのう』

結界の中央に立つ僕の横でプカプカ漂っている葛花が酷評を入れる。

「わかってるっての。でもいろんな術を同時進行してんだから、どうしても一つ一つの練度は落ちるもんだって」
『同時に手を出し過ぎて初期は使いものにならず、昔は霊障に出くわすと即座に回れ右で走り去っておったの』

着物の袖で口元を隠しながらクスクスと含み笑いする葛花。

くそう。人の情けない過去をいちいち蒸し返しやがって。これだから四六時中一緒にいる奴は。迂闊に失敗もできやしない。

お前、実は僕の背後霊じゃないだろうな?


そんな葛花を無視して、僕は背負ってきた鞄からあるものを取り出す。

取り出したのは白い面。葛花と出会った日に木箱の中にあった、あの狐の面である。

面は軽く、持ってみると硬い感触が手に伝わる。名称も特に無いらしく、僕もクズハもそのまま『狐面』と呼んでいた。
面の細部に引かれる朱は下品にならぬよう必要最低限であり、その顔に映し出される白い狐の表情は、眼を細め、口元は弧を描いて満面の笑顔を称えている。

「じゃ、今日もよろしく頼むな、葛花」
『心得た』

僕は面を彼女の前に差し出しながら葛花の簡潔な了承を確認すると、そのまま面を彼女の胸の中に埋め込んだ。ずぶずぶって感じで。
僕の手が彼女の膨らみに乏しい胸を貫いているように見えて、見た目の猟奇度が半端ない。

と同時に、僕の口から呪が紡がれる。



───我が真名は和泉春海。汝を使役し汝が身を繰る者也。



紡がれる呪と同じくして、葛花に埋め込んだ手を通して『力』を注ぎ込む。
普段念話を行なうために通す経路(パス)と同じ要領のものをこの瞬間のみ物理的に押し広げ、純粋な霊力を供給する。

すると。


ボゥ


と、葛花に埋め込んである自身の手を中心に、陰陽五行を司る五芒星《セーマン》が現れた。

それを目で確認しながら、僕は呪を唱え続ける。



───古よりの約定に従い、汝が身、其の霊魂尽き果てし其の時まで、我と共に在れ───急急如律令



と。

葛花の存在感が急激に増してくるのが、それこそ霊的な感覚ではなく直接触覚で感じられ。

『……ん」

目の前の幼女の悩まし気な声を聞き流しつつ、僕はゆっくりと彼女の胸中から右手を抜き去る。

「どうだ?感じは」
「大事ない。些か荒いが修正範囲内じゃ」
「ん。……やっぱまだ荒いか?」
「『あいつ』と比べておるからの。現時点ではどうあっても見劣りは仕方なかろ」
「これもまた要練習、か」
「そういうことじゃ」

地を踏みしめて立つ葛花は手をにぎにぎしながら告げる。

僕は彼女の足元の目を向けると、草がほっそりとした葛花の裸足に踏みつけられ、ひしゃげていた。

“ひしゃげている”



───そう、今の葛花には実体があった。



秘術 霊魂降ろし《ミタマオロシ》

対象の霊にとって縁が深いモノを媒介に“氣”を用いて外郭を創り、霊体を顕界に実体化させる秘術。
その際の霊の力は術者が最初に注ぎ込んだ力の量に比例し、術者と交わした約定を果たす者となる。


「…………………………………」

オーバーソ○ルですね、わかります。

…………いや、厳密に言えばあの技とも違うんだけどね。別に武器になる訳じゃないし、他にもいろいろ制約あるし。
でも元ネタは間違いなくアレである。だって書いてたし。「オーバーソウル!葛花 in 狐面!」とか叫んだ方が良いのかなぁ?

ちなみに普段の霊体でも物に触れられない訳ではない。
霊力をある程度もっている霊ならば小石程度の重さの物なら持てるらしい。それでも滅多に居ないらしく、僕は葛花以外に見たことはないけど。


「では、始めるとするかの」
「ん」

まあ、何時まで経っても不思議に思おう術の概要は置いておいて。

そう言って、僕と葛花は15メートルほどの間隔を開けて向かい合う。


───左に跳ぶ。


数瞬遅れて、さっきまで僕が立っていた場所を、あるモノが高速で通過する。
ただ、僕自身が『それ』を確認する暇はない。すぐに次がやってきた。

僕の進行方向を塞ぐように真上から落ちてきたモノをバックステップでかわすと、地面に激突したそれが、舞い上がる砂埃を掻き分けて地面スレスレを薙ぐようにして迫る。

僕は跳躍前転の要領でそれをやり過ごして着地。


今度は此方に向けて矢の如く一直線に伸びてくる。目標は僕の頭部。

僕は地を這うように上体を倒すと、体が完全に倒れきる前に右脚を強く踏み出す。

そんな極端なまでの前傾姿勢を維持したまま、自分の頭上を高速で通過するモノを気にすることなく、其のモノの発生地点───葛花に向かって一気に駆け抜ける。


前方の葛花に目を向ける。


僕を強襲してきたのは、彼女の背後から伸びた───9本の尾。

その一本一本が鉄のように硬質化しており太さは直径10センチ程度。中には剣状のモノもあれば、槍の如く鋭く尖ったモノもある。

流石に9本同時と云うのは今の僕では無茶が過ぎるので、今はそれらを4,5本同時に相手にしているのが現状だ。始めた頃が一本だったことを考えれば、これでも成長しているのだけど。

この修行光景を見た者はやり過ぎだと言うだろう。……うん、ごめん。全力で同意します。
でも葛花がやると言った以上、今のところ弟子的立場にある僕は従うしかないのである。所詮この世は弱肉強食なのだ。

……葛花が絶妙に手加減してくれてるから続けられるんだけどね?今までこれで大怪我したはことないし。その程度の信頼関係は一応あるのだ。


ちなみに9本の尾とは言うものの、それは別に葛花の正体が『九尾の狐』だった、とかではない。

葛花自身の尾は真っ白なものが1本だけだ。今の9本は「狐の妖怪変化」よろしく、『変化の術』による変身である。まあ妖狐の尾の数はそのまま本人の力の強さを表しているため、僕が相応の力を注げば数も増えるらしいが……今の僕では倒れるくらいに限界まで注いでも、3本がやっとだろう。

『本来の変化は自分全体の姿を変えるものだが、儂ほどの妖狐にもなると部分変化もお手の物』とは葛花の談。

おまけに既存のものであるのならば、無機・有機を問わず、如何なるものにでも変化できるとか。
ただ鉄や石の類ならともかく、レアメタルや電化製品などの葛花にとって理解不能なモノには流石に無理らしい。


前方の葛花に意識を集中する。

彼我の距離は残り5メートルほど。そのまま葛花まで到達できれば僕の勝ちなんだけど……流石にそう簡単にはいかないか。


葛花が引き戻した5本の尾が上空から僕を強襲した。

地面に等間隔で突き立つ鉄尾の群れの中を、僕はジグザグの軌道を描きながら紙一重で避け続け、


(1……2、3……4……)


───避け切る!


(よし、5本全部!これで───ッ!?)

油断。

現在の鍛錬のノルマである5本をかわし切ったことで、他の尾の存在を失念していた。

右上から叩きつけるように迫るのは“6本目の鉄尾”。


左右に避けている余裕は───ない。


「───フッ!」

咄嗟にそれを跳躍でかわす。

しかし、足元で轟音を立てる鉄尾に戦慄する暇もなく、真正面から再度一条の鉄尾が槍の如く迫る。

現在僕がいるのは空中。避けようにも足場はなく、満足に身動きもできない完全な死に体。


脳裏によぎるのは、迫る尾に叩きつけられた僕。


(───焦るな、集中しろ。目線を反らすな)


僕は始める前に左腕に巻いたホルダーの1つから、符を1枚取り出す。
それはあらゆる物理干渉を防ぐための、四縦五横に急急如律令と書かれた、一枚の護符。

それを前に掲げて力を込め、現れるのは───符を基点とした1枚の障壁。

こいつで葛花の鉄尾を受け止める。

たが真正面から受けたのでは、子供で体重の軽い僕は吹き飛ばされるのがオチだろう。


だから障壁を尾の側面に接触させ、そのまま自分の腕を振り抜くことで尾の軌道上から───自分を引っこ抜く!


ガキンッ、とやや甲高い音とともに障壁と鉄尾が接触。

が、やはり空中での急制動に体が付いていけず、着地の瞬間に体勢が崩れた。



そして、目の前に突きつけられる剣尾。



「ここまでじゃの」
「ハァ、ハァ……くっそー」

僕は息も荒いまま地面に大の字で転がった。

「6本目なんて聞いてないぞ…………って言うのは、言い訳なんだろうなぁ」
「当たり前じゃ。死合いの中に汚いも何も有るものかよ」

言いながらとてとてと近づいてきた葛花が、寝転がったままの僕に再度言葉を紡ぐ。

「やはり身体強化の術式は急務じゃの。反応速度と体捌きに身体が付いて行っておらん」
「……だな。体が貧弱じゃあ、どんな動きしたところで質量に押し潰されるだけだしな。……符を使わない術式はまだ苦手なんだけどなー」
「それと何かエモノもじゃな。攻めるにも守るにも、乱打戦の中で素手でいちいち符を掲げておったのでは時間が掛かり過ぎる。今のお主はただでさえ身が貧弱じゃ。一瞬の遅れが致命傷となるぞ」
「エモノ……ああ、武器か。……そうだなぁ。たださぁ、剣とかって振り回して上手くなるもんなのか?『前』の時は喧嘩なんかは全部素手で、武器なんかは持ったことがないんだけど」

一応、それなりの攻撃手段は考案しているのだが、まだまだ実戦では扱いがな。

「儂は武器の扱いに関しては門外漢じゃぞ」

胸張って言うな。

「お前、根本的なところで動物だもんな……」

弱肉強食を地で行く奴なのである。

ともあれ、やっぱり最優先は武器と身体強化か。

身体強化の術式は、今の僕の力量では発動までに時間がかかる上に、持続時間も短い。実用段階までは最短でも数カ月から半年はかかる。ここは精進あるのみだな。

ただ、問題はやはり武器だ。

さっきも言ったように、僕や葛花は武器に関しては完全に専門外。こればっかりは術書に頼るわけにもいかない。


誰か師が、せめてアドバイザーが必要になってくる。


「まあ、無いものねだりをしても仕方がない、か。武器に関しては、夜にでもまた検討してみようぜ」
「ま、よかろ。術式の修行も怠らんようにの」
「了解了解、っと」

話しながら、足を振り上げ反動を付けて勢いよく立ちあがる。

「まずは、今あるモノを伸ばすとしますか」


修行再開、ということで。



その後葛花と改めて二十回ほど様々な距離でやり合い、本日の勝率は3割ほど。

それから符の投擲練習と陰陽五行の修行。

午後からは士郎さん達との約束があるため、11時前には修行終了。修行場の後片付けを終え、僕はランニングをしながら帰路に着いた。





このとき、僕は予想もしていなかった。

この後、たった今話していたばかりの師の存在が現れることを。



(あとがき)

はい、今回は前回述べた通り「春海の修行の一部」となりました。……いやもうホントごめんなさい。作者の貧困な発想力ではこんなモンしか思い浮かびませんでした。てか、肉体鍛錬しかしてねえ。どこが陰陽師なんだよコイツ。
というか術の訓練って何やるんでしょうね。座禅や精度くらいしか作者には思い浮かびません。

あと、主人公の技が出てきましたね。はいオーバーソウルです。「お前これやりたかっただけだろう」と思った読者の方。あなたは正しい。これがしたかっただけです。

ただ、オーバーソウルとは言っても、別にこの世界に巫力だとかがある訳じゃありません。あくまで「リリカル」と「とらハ」の世界観で可能と(作者が)思うことだけです。
そういう考えでいけば、今回出ていた「氣」や「霊魂降ろし」が何のことだか分かる人もいると思います。ただ優しい人は分かってもスルーしてくれると作者はとっても助かります。

あと、国土結界とか呪文とかはネットで見つけたそれっぽい言葉を引用しているだけなので、現実のものと同じとは考えないようにお願いします。
この物語はフィクションであり、登場する人物・団体などの名称はすべて架空のものであることをお忘れなく。




[29543] 第四話 縁は奇なもの、粋なもの 3
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/10 23:42

「お、ここだよ、ここ。『喫茶・翠屋』」


あの後。
鍛錬を終えて家にたどり着いた僕はシャワーを浴びて着替えると、家にいた母親に翠屋に招待されたことを告げて家を出た。
ちなみに、出掛ける際に自分も連れて行けとせがむ妹2人のタックルを受け止めてソファーに投げ込んだりといったこともあったのだが、関係無いので今は割愛。

僕は目の前の喫茶店を見やる。
外装は『西洋風の可愛らしいお家』と云ったところか。窓から見える内装も、アンティーク調のインテリアが落ち着いた雰囲気を醸し出しつつも室内は活気づいており、暗い印象は全くない。

…………まあ、それは良いのだが、

<女の人、多いなー>

店内は休日のためか席が満席になるほどに賑わっている。
しかもその殆どが、休日を楽しむ高校生くらいの女の子たちや主婦の皆々様。

ぶっちゃけ、すごく入りづらい。

『眼鏡の小娘が言っておったのも強ち間違いだった訳ではなさそうじゃのう』
<?……ああ、美由希さんのことか>

確かにメガネッ娘だが。

<前に軽く調べてはみたけど、此処って地方の隠れた名店らしいぞ。海鳴の地方観光ガイドにも載ったことがあるとか>
『ほほう』
<特に3種類のクリームの入ったシュークリームと、自家焙煎のコーヒーが絶品なんだとか>
『おおっ!よいのよいの、全くもって今世は甘味に溢れた善き時代じゃの!!』

目をキラキラと輝かせる葛花。
こいつ、狐のくせに甘いモノに眼が無いのだ。あとそれとは別に、好物はきつねらしく油揚げである。あと日本酒も。

ちなみに。

霊体であるはずの葛花がどうやってモノを食べるのかというと、『霊魂降ろし<ミタマオロシ>』による実体化である。
あの形態だと普通にモノを飲み食いできるし、霊感の無い人にも葛花が視認できるようになるのだ。
この辺りがオー○ーソウルとの違いである…………葛花の前の主人マジぱねぇ。

葛花もこうして自分で食事するのはおよそ千年ぶりのためか、食事自体をかなり喜ぶ傾向にある。
実は彼女が僕と一緒にいてくれるのは半分くらいはこれが目的なんじゃなかろうかとひそかに思っていたりする。

も一つちなみに。

現在の和泉家における葛花の地位は飼い狐である。

普段は『霊魂降ろし』によって実体になってただの子狐をしているのだ。
もちろん家族の皆には葛花の正体は話していないので、彼女のことはかなり落ち着いた子狐くらいにしか考えていないと思うけど。

早い話が、妹2人が生まれて数年の間は衛生面の問題で葛花にも霊体で我慢してもらっていたのだが、さすがに葛花も隠れて御飯を食べる生活に飽きたと訴えてきた(噛みついてきた)ので、妹たちが幼稚園に入園したのを機に、親に葛花のことを飼ってもらえるように頼みこんだのだ。

幸い、それまで良い子にしていたのが良かったのか親は二つ返事で葛花のことを認めてくれた(後で訊いた話では、滅多にワガママを言わない僕のことを心配していたため、その僕が頼みごとをしてきてかなり安心したらしい。申し訳ない)。
妹たちも葛花のことを凄まじく可愛がっていて、葛花が僕の行く先々に着いて行くため(霊体で着いて来ていることは知らない)不公平だとギャーギャー騒ぐ毎日である。
てか僕に言うな、妹たちよ。お前たちが葛花を撫で回すのが悪いんだから。この間なんて、葛花のヤツ、泣きながら僕の部屋に避難してきたんだぞ。

そんなこと(主に妹2匹に関する愚痴)をつらつらと考えながら、しっぽをブンブン振りまわす童女に念話を返す。

<はいはい。母さん達にもお土産に買って帰るつもりだから。帰るまではちゃんと我慢しろよ>

しかも買うのは僕の金である。

まあ確かに月一で少額ながらお小遣いを頂いているのだが、何せ小遣いを貰っても子供が欲しがるようなものは興味がないし、興味がありそうなものを買うには小学1年生の小遣いでは全然足りないというのが現状なのだ。
もともと物欲はそんなに多くない性質ではあるので、今はコレやお年玉等々の臨時収入で何とかなっている。見たいアニメなんかはネットで見れるし。

結果、会社帰りの父親の如く、偶に家族に土産を買って帰ることが多くなっていた。

さらにはそれに気を良くした母さんがまた小遣いをくれるため手持ちの金が昔から微増しつつあり、今ではそこそこの額になっている。
シュークリームを買うくらいの手持ちは普通にあるのだ。

『ほ、ほんとじゃな?約束じゃぞっ?』

うわー、すげーいい笑顔。葛花ちゃん輝いてます。

<わかったわかった>

背中に貼りついて体もしっぽもぷらぷら揺れる葛花を軽くあしらいつつ、店の中に足を踏み入れた。



喫茶・翠屋の中は外から見えた通り、落ち着いた雰囲気でありながら活気づいている。
ただ中の客の殆どが女性なため、どうにも気おくれしてしまう。なんかこう、凄まじいまでの場違い感だ。

入り口でどうしたものかと思案していると、こちらに気が付いた店員さんが1人近づいてきた。

「いらっしゃいませ!ボク、ひとりかな?」

流暢な日本語で話しかけてきたのは、ブルネットの髪をした英国人系の外国人さん。
率直に言うと、喫茶店の店員よりもテレビに出てくる方がよっぽどしっくり来るほどの美人さんだ。

「あ、はい。えーと、士郎さん───この喫茶店のマスターさんからご招待頂いたんですが」
「あ、きみが春海だね。士郎から聞いてるよー。とってもおもしろい子だって」
「あ~……その春海くんです。面白いかどうかは分かりませんが」

てか、面白いって。士郎さんたち、僕のことどう言ったんだよ。

そんな僕の反応がおかしかったのか、目の前のフレンドリーな店員さんは口元に手を添えてクスクスと笑っている。こうやって笑っている顔も朗らかで、全く嫌味がない。見ているこっちの顔まで思わず緩んでくる。

「ふふ、士郎たちが言ってたとおりなんだね。あ、ごめんね、いきなりこんなこと言っても分からないよね」
「いえいえ、別にいいですよー。僕も眼福でしたし」
「ん?」

おっと本音が。

「こっちの話なので気にしない方向で。……それで、僕はどうしましょう?お店の方もいっぱいみたいですし、外で待ってましょうか?」
「あ、それならだいじょうぶだよ。きみの席はとってあるから」

(って、士郎さん、そこまでしてくれたんかい)

僕は改めて店内を見渡す。
店の中は先ほどから言っている通り、席が全て埋まるほどに賑わっており、一人分とは言え席を遊ばせている余裕があるようには到底見えない。
たぶん、僕が何時頃に来るか分からないから、昼の間中ずっと取っておいてくれたのだろう。

<なんか悪いことしちゃったか?……もう少し早く来ればよかったかもな>
『お人好し此処に極まれり、じゃな』
<こらこら、そんな言い方すんなよ>
『ふん』
<……?>

なんか不機嫌そうだな?
僕、何かしたか?目の前の店員さんと話していたくらいなんだが……。

黙っている僕を不思議に思ったのか、店員さんが首をかしげる。

「???」
「あっと、すみません!……わざわざ席まで取って貰って、本当に申し訳ない」
「あ、ううん。気にしないでね。士郎たちもきみが来るの、楽しみにしてたんだから」
「んー、それじゃあ、ありがとうございます、ということで」
「うん♪ それじゃあ席まで案内するね」

そう言って、彼女は先導するように歩きだした。

途中、カウンターに居る男性───士郎さんにも声をかける。

「士郎!春海、来てくれたよー」
「お、来たな、春海くん。今日は楽しんで行ってくれよ」
「あ、士郎さん。今日はありがとうございます。御馳走になりますね」
「ああ、うちの桃子の料理は絶品だぞー」
「『ももこ』?それって……?」

なにやら新キャラの名前が。

疑問に思っている僕に気が付いたのか、隣の美人店員さんが説明してくれる。

「桃子っていうのはね、翠屋のパティシエさんで、士郎のお嫁さんなんだよ」
「へ~。翠屋ってご夫婦で経営してたんですね」
「ああ。俺がいない間もこの店を護ってくれた、自慢の嫁だよ」

そう言う士郎さんの顔は自分の宝物を自慢する子供の表情そのもので。
その表情が言葉よりも雄弁に、如何に自分の奥さんを愛しているのかを物語っていた。

「……ごちそうさまです」
「ん?おいおい、食べるのはこれからだろう?」
「いやまあ、そうなんですけど」

既に心が満腹です。

僕は苦笑しつつ隣に立つ美人店員さんを見ると、こちらもニコニコ笑っていた。
と、こちらの視線に気が付いたのか彼女はその綺麗な顔を僕の耳元に近づける。あー、いい匂い。

「(士郎と桃子はね、すっごく仲良しさんなんだよー)」
「(いやまあ、その『桃子さん』を見るまでもなく士郎さんの顔ひとつでよく分かります)」
「(ふふ、そうだよねー。士郎、すっごく幸せそうだもんね)」

士郎さんはこそこそと笑い合いながら話す僕たちを不思議そうに見ていたが、すぐに気にしないことにしたのか話を先に進める。

「いまは桃子は厨房で調理中だから会えないけど、余裕ができれば話もできるはずだから」
「はい。お構いなく」
「ははは、そういう訳にもいかないさ。じゃあフィアッセ。春海くんの案内、よろしくな」
「うん、了解しました!じゃあ春海、こっちだよ」
「あ、はい。士郎さんも、それでは」
「おお、ごゆっくり」

そうしてカウンターの士郎さんと別れた後、店員さん───フィアッセさんに案内されて席に着いた。
僕にメニュー表を渡すと、フィアッセさんは『翠≪MIDORIYA≫』のロゴが入ったエプロンのポケットから電子伝票を取り出し、朗らかな笑顔で訊いてくる。

「ご注文は何になさいますか?」
「んー……ちなみにオススメって何かありますか?」
「あ、それならこの『本日のランチ』なんてどうかな。今日はBLTサンドがメインなんだけど、とってもおいしいよ?」

フィアッセさんがメニューを指差しながら勧めてくる。

白魚のようなと言う表現がしっくりくる指が示す先を見ると、値段も手ごろな何とも食欲を誘うBLTサンドの写真が一枚。
他の料理も食欲を誘う写真ばかりだが、このままではいつまで経っても決まらないため素直にオススメに従っておく。

「じゃあそれで。どれも美味しそうで、このままじゃ決まりそうにないので」
「あはは、ありがと。桃子もきっと喜ぶよー。すぐに持ってくるから少し待っててね」

そう言って、フィアッセさんはカウンターに注文を伝えに行った。

いやー、それにしても美人さんだこと。あんな美人、『前』も含めても滅多にお目にかかれなかったかも。

…………で、

<お前、さっきから何してんの?>

肩越しに振り返ると、さっきから僕の首に腕を回して背中側にぶら下がっている子狐1匹。
顔を見るとぷくーっと頬を膨らましている。無性に押して空気を抜きたくなってくるが自重。

葛花はこちらを責めるようににらみつけて───

『なんじゃなんじゃ、美人のおなごを見るとす~ぐデレデレしおってからに』

訂正。めっちゃ責めてました。

<おいおい、なんだそりゃ?そんなデレデレなんて>

……してないよな?無意識に鼻の下が伸びてた、なんてないよな?
鼻の下を伸ばす小学1年生……い、嫌すぎる。

『ふん、あの触覚娘がそんなにいいのか?胸か?やはり胸なのか?』
<あー……そう言えば、お前って成人形態のときの胸、気にしてたっけな>

こいつは成人形態での胸が小さいことを割と気にしているのだ。
別に小さいわけでもない丁度いい大きさだと僕は思うんだが、どうも葛花的には不満らしい。何でも、雄を悩殺するボデーのほうが良いのだとか。動物的に。

ちなみに以前、葛花の成人形態を見せてもらったことがあるのだが……うん、ヤバいくらいに綺麗でした。
理性が飛んでしまうレベルの美人さん。本人には絶対言わないが。

葛花の幼女形態を止めない理由は、実はこの辺りにもあったりする。

てかフィアッセさんは触覚娘なのか。まあ確かに2本ほどすんごいのが跳び出てはいたけど。

『お、おのれ、見ておれよ!儂の変化にかかれば胸の2個や3個───』
<それは偽乳だ>

あと3個って何だ。

「お待たせしました!」
「ん?ああ、フィアッセさん。ありがとうございます」

いじけた葛花を宥めすかしていると、フィアッセさんが料理を持ってやってきたので、とりあえず葛花は放置で。
後ろから僕の後頭部にあぐあぐと噛みついているような気もするが、断固放置で。

「あれ?わたしの名前って言ってたっけ?」
「あ、すみません。士郎さんがそう呼んでいたので」
「ううん、いいよ。そういえばまだ名前、言ってなかったね。わたしはフィアッセ。フィアッセ・クリステラ。フィアッセって呼んでね」
「じゃあフィアッセさんで。和泉春海です。呼び方はお好きに」
「うん、よろしく、春海!それじゃあ、これが本日のランチになります」

そう言ってテーブルの上にトレイをそっと置く。

トレイの上には、新鮮なトマトにレタス、それにカリカリに炒められたベーコンを挟みこんだ、こんがりとしたパン。
一緒にあるコンソメスープがまたいい匂いだこと。
写真以上に魅力的なBLTサンドだ。

「おおぅ、これはまた……いただきますね」
「ふふ、あとで桃子にも感想言ってあげてね。きっとよろこぶから」
「はい、是非」

ごゆっくりどうぞ、と言い残して、フィアッセさんは新たに来店したお客の元に行ってしまった。

そして僕はさっきから後頭部であぐあぐ言ってる葛花を気にすることなく、BLTサンドにかぶりつく。
周りから見たらBLTサンドにかぶりつく男の子にかぶりつく幼女、という訳のわからない光景が展開されてるんだろうなー。葛花は他の人からは見えないけど。

ちなみに、BLTサンドは非常に美味でした。



「ごちそうさまでした」

空っぽになった皿を前に手を合わせて、食材となった生き物と作ってくれた『桃子さん』相手に感謝の言葉を告げる。

本当に美味しかった。
あまりの美味しさについつい葛花のことも放っておいて、無言のまま夢中で食べ続けてしまったくらいだ。……断じて相手をするのがめんどくさかったからではないよ?

店の中はお客の数はまだまだ多いものの、食後の時間だからか穏やかな顔で談笑している人の比率が増えてきている。

そうして周りを見ているとそこに、翠屋のエプロンをした士郎さんと見知らぬ女性がやってきた。

「や。どうだったかな?喫茶翠屋の味は」
「すごくおいしかったです。僕だけご馳走になるのが申し訳ないぐらいですよ」
「あらあら。どうもありがとう」

そこで士郎さんと並んだ女性が嬉しそうに微笑みながら口を開く。
このタイミングで来るってことは、もしかして。

「……『桃子さん』ですか?翠屋のパティシエさんの」
「はい!喫茶・翠屋コック兼パティシエ兼副店長、高町桃子さんでーす♪」

こ、これまたフレンドリーな……てか若っ。

僕はどう見ても20代前半にしか見えない桃子さんの勢いに圧されて、若干仰け反りながら言葉を続ける。

「ご、ごちそうさまでした。本当に美味しかったです」
「お粗末さまでした。良かったらこっちもどうぞ、春海くん」

そう言って、桃子さんはテーブルの上に新たな皿をのせる。
皿の上には喫茶翠屋の名物・シュークリームがひとつ。

途端に後ろでゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてくる。実際、目の前にあるシュークリームは形も香りも素晴らしく、葛花でなくても食欲をそそられる。

<ちゃんとお土産で買ってやるから、我慢我慢。な?>
『うぅ~……解かっとるわい……』

真っ白なきつね耳や尻尾がへにゃりとしているのが見なくても分かる。既に涙声だし。

「ありがとうございます。ここのシュークリーム、楽しみにしてたので」
「あら、そうなの?よかったわー。さ、食べてみて食べてみて」
「はい、いただきます」

促されるままにシュークリームに口をつけると、くどさの無い甘みが口いっぱいに広がる。周りのパン生地もしっとりサクサクで、口の中でクリームと絡み合う。
名物になるのも納得の味だ。いい意味で値段と味のつり合いが取れてない。

僕は口の中のシュークリームを呑み込むと、これを作った御本人に感じたままの感想を述べる。

「やっぱり、こっちもすごく美味しいですね。甘いのに後を引かないと言うか」
「あ、よくわかったわね~。そのあたりは我が息子のお墨付きなのよ。3種類のクリームを上手く合わせてるの」
「へー。あ、息子さんって恭也さんのことですよね?」
「そうよー。あの子ったら私たちの息子なのに甘いものがもうめっきりダメなのよ。士郎さんは全然イケるのに」
「あはは。でも恭也さんってそんなイメージありますよね。こう、縁側でお茶啜って煎餅かじってる感じの」
「あら、大正解。まったく、誰に似ちゃったんだか。ねえ?」

そのまま世間話に突入しそうなところを士郎さんがストップをかける。

「おいおい、桃子。あまり長話してる暇はなさそうだぞ?」

見ると新しくお菓子を注文している客がちらほらと。
昼時のピークは過ぎたとはいえ、新しいお客も次々とやってきている。

「あらあら、いけない。春海くんったら意外と話し上手なんだもの。それじゃあ春海くん、のんびりしていってね」
「あ、桃子さん」
「ん、なにかしら?」
「このシュークリーム、家族にお土産で持って帰りたいので5つほどいいですか?お代はお支払いしますので」

後で頼んで品切れなんてことになったら頭蓋骨を噛み砕かれかねないので、今のうちに頼んでおく。……なにやら後ろからパタパタと尻尾を振る音が。

「あらあら、ありがとう!桃子さん、嬉しいからお土産に春海くんにシュークリーム、プレゼントしちゃうわね♪」
「い、いや、さすがにそれは……。ただでさえ昼食をご馳走して貰ったのに」

幾らなんでも頂きすぎだろう。

でも桃子さんは遠慮する僕を押し留めるようにして席を立つと、笑いながら告げてくる。

「いいのよ、こっちはお礼も兼ねてるんだし。それに、もしかしたらこれから長い付き合いになるかもしれないし。ね?」
「はい?」

お礼とな?

「ふふふ。それじゃあ士郎さんも、休憩時間の終わりに遅れないようにお願いしますね?」
「ああ、わかった」
「シュークリームは取っておいてあげるから。帰るときに言ってね、春海くん」
「え、あ、ちょっ」

……行ってしまった。僕は残っている士郎さんの方を見る。

「……士郎さん」
「気にすることはないぞ。桃子も君のことを気に入ったみたいだしな」
「いや、それでもさすがに……」
「まあまあ、いいじゃないか。それに、子供のうちは年上からの好意は素直に受けておくもんだぞ」
「あ~……じゃあ、ありがとうございます」

子供なら仕方ない……のか?

未だに自分が子供だということを失念しそうになることが偶にある。子供と大人の線引きで迷ってしまうのだ。
そうでなくとも、子供だからという理由で受け取る厚意は相手を騙しているような気がして申し訳ないのだけど……。

(これからもよくあるだろうし、とっとと慣れよう)

「それでな、春海くん。実は今日は君に話があるんだ」
「あ、は、はい」

幾らか真剣見が増した士郎さんを前に、僕も戸惑いつつ姿勢を正す。
こちらをじっと見据える士郎さんの目を、僕も真剣に見つめ返す。

「和泉春海くん」
「はい」
「君、剣術を習ってみるかい?」
「はい…………はい?」

なんですと?

「いや、な。君が鍛えていることは前々から知っていたんだが、これまで君の鍛錬は全て自己流だったんだろう?」
「あ、はい」
「それでだ。俺の見立てではそろそろ行き詰ってるんじゃないかと思っているんだが、どうだい?」

士郎さんの言葉に、今朝の鍛錬内容を思い出す。

回避や捌き、術の類に比べて、身体的・肉体的な攻撃手段が極端に少ない。
霊だけを相手するのならともかく、一般の人間相手では倒す手段が少なすぎる。一般人相手にバンバン炎や雷を出すわけにもいかないし。

改善する手立ても未だなし。事実、行き詰っているのだろう。

「そう、ですね。……なんというか、僕の体じゃ1発1発の威力が出難いので、そろそろ武器を検討中というか……」
「その武器に関して師の当てはあるのかな?」
「いえ全く。どんな武器を持つかもまだですから」
「うんうん。そこで、だ。今朝、恭也や美由希とも話し合ったんだけど、うちで剣をやってみる気はあるかい?」
「剣、ですか」
「ああ。君のことは1年前から見てきたからね。悪い子ではないのは俺も分かっている。
───何よりも、娘がえらく賛成していてね」
「娘さんって……美由希さんですか?」
「いや、美由希もそうなんだけどな。……もう一人の、末の娘の方だよ」
「僕と同い年の?」
「ああ」
「…………?」

同い年の友達ができるから、賛成してくれたのだろうか?
でもそれにしては士郎さんの言い方にちょっと違和感が……。

「えっと、その娘さんって……?」
「それはサプライズってことで、会ってからのお楽しみだ。そっちの方がワクワクするだろう?」

そういう士郎さんの顔はイタズラ好きの子供のようで。そんな歳に似合わぬ笑顔に、こっちも緊張が解けるのを感じる。
こういう、周囲の空気を自然と和らげ明るくする雰囲気を持った人は、『前』を含めても珍しい。

『前』では、園長先生くらいだろうか?(シスターには大抵ゲンコツを喰らった記憶しかない。自業自得だったけど)
あの人の周囲ではいつもみんなリラックスして、笑顔を咲かせていたように今さらながらに思う。

だからこそ、僕も自然と笑いながら答えた。

「そう、ですね」
「おお、わかるかい?」
「はい。やっぱり楽しい方がいいですよね」
「ハハハ、そうだな。……それで、どうだ?うちに出稽古に来てみるかい?」
「あ、それは……」

少し考えてみる。

正直、この申し出は非常にありがたい。
士郎さん達とは朝のランニング途中の世間話程度とはいえ知らぬ仲ではないし、実力の方も葛花のお墨付き。

師が欲しいと思ったその日にうちに師が見つかるのは、些かタイムリーすぎて出来過ぎな気もするけど。

<どうだ、葛花?>
『実力は有って害意は無し。これまでの会話でその善性も知れておる。むしろ断る理由が見当たらんの』
<じゃ、決まりだな>

出稽古自体は満場一致(2人だけ、どころか1人と1匹だが)で可決、と。

あとは───

「すみません。月謝はおいくらでしょう?」

金だろう。





「あそこだよ、春海」

フィアッセさんが指差す先にあるのは、武家屋敷然とした大きな日本家屋。
あれが士郎さんたちの家───高町家である。


あの後、僕の言葉に大爆笑した士郎さんは手をプラプラ振りながら「こっちの勝手で言いだしたことだから、お金は要らんよ」と告げると、士郎さんと入れ替わる形で休憩に入ったフィアッセさんに僕を高町家まで連れて行くように頼んでカウンターの中へと戻ってしまった。

さらっと告げた士郎さんがカッコよかったです。


というわけで、僕はフィアッセさんに手を繋がれた状態で高町家宅に向かって歩いていた。…………フィアッセさんに手を繋がれた状態で。

『大事なことじゃから二度言ったな』

ああっ、後ろでツッコミをいれる葛花の眼差しも心なしか冷えてる!?

<ちょ、ちょっと待て!お前も見たろっ!?差し出した手をスルーされかかった時のフィアッセさんの哀しそうな顔!>

手ひとつであんな哀しそうな顔、初めて見たぞ?!

『ほーじゃのー』
<棒読みー!?>

背後の葛花の絶対零度の視線を持て余しつつ、隣で僕の手を引くフィアッセさんに聞いたことを思い出す。

彼女の名はフィアッセ・クリステラ。

喫茶・翠屋のチーフウェイトレスをしていて、高町家とも古なじみで家族ぐるみの付き合いをしており、恭也さんや美由希さんとは幼馴染。

また、歌が大好きで彼女の母国であるイギリスでは舞台に立ったことも何度かあるのだとか。
さすがに僕はイギリス人歌手まで詳しくないため、よくは知らないのだけど(後日ネットで調べると、向こうでは結構な知名度だったらしい)。

本人曰く、歌手としてもまだまだ修行中の身。

ただ、今はちょっとした事情で痛めた喉の療養のために在日しているとのこと。
親しい高町家にもたびたび世話になって、本当の家族のように思っているらしい。

「にしても、ホントによかったんですか?せっかくの休憩時間にわざわざ案内までしてもらっちゃって。場所だけ教えてもらったら僕一人でも大丈夫でしたけど……」
「だいじょうぶだよー。そのために士郎が休み時間すこし多めにくれたから。それに他のみんなも春海に会えるの、楽しみにしてたんだよ」
「他のみんなって……士郎さんが言ってた『末っ子さん』ですか?僕と同い年の」

でも『みんな』って……何故に複数形?
恭也さんや美由希さんと僕が知り合いなことは既に知っていると思っていたんだけど。

「うん、その子もそうだよ。それに士郎の家には私のほかに、あと2人いっしょに暮してるの」
「……それはまた」

って、ちょっと待て。

それだと高町さん宅の人数って……士郎さん・桃子さん・恭也さん・美由希さん・末っ子さん+2人。
更にそこにフィアッセさんが家族当然の関係となると……8人?

「大家族ですね」
「Yes!みんなとーっても仲良しなんだよ♪」

家族という言葉が嬉しかったのか、フィアッセさんがニコニコと笑って肯定する。

「今日はみんな、お家に揃ってるはずだから」
「ハハ、楽しみです」

とか話している内に高町家到着。

「ただいまー!春海、連れてきたよー!」

フィアッセさんは僕の手を保持したまま門をくぐって玄関の扉を開き、家の中まで届く大声で叫んだ。
本人が歌い手だけあって、よく通る澄んだ声だ。


「きたー!」


フィアッセさんの声に応えるように返ってきたのは、女の子特有の高く可愛らしい声。
続いて扉が開く音と共に、複数の人の足音がパタパタと響いてくる。

<……人数は、1,2……聞いてた通り、5人か>
『それはいいが、何やら覚えのある気配がありはせんか?』
<あん?覚えって、そりゃ恭也さんと美由希さん……と?これって……>

近づいてくる5つの気配の中には、見知っているものが3つ。
1つは恭也さん、1つは美由希さん。

最後の1つ。

最近ようやく日常と呼べるくらいには慣れてきた小学校。そこで近頃、昼食時や休み時間なんかに感じているこの気配。

玄関から先に続く廊下。
そこから真っ先に現れた女の子。茶色の髪を左右で結い、当然ながら学校では見たことのない私服であるオレンジ色のワンピースに身を包んでいる。

その細っこい足でとてとてと走って来たその子は、

「いらっしゃい!春くん!」
「なのは!?」

今では下の名前やあだ名で呼び合うまでになった3人娘のうちの一人、高町なのはだった。



(あとがき)

という訳で、今回の話は翠屋と高町家訪問になります。
原作メンバーが新たに2人、フィアッセさんと桃子さんが出てきましたね。ちなみにフィアッセさんは作者のお気に入りなキャラの一人だったり。
ただSSで実際に書いてて思ったけどフィアッセさんの口調が難しすぎる。何というか、特徴が掴みづらいんですよね。それでも書いてて楽しかったですけど。

そしてテンプレ通り、高町家で剣術指南です。このSSにおける士郎さんは結構イタズラ好きというか、少年の心を持つ大人を目指しています。まあ原作やってると、ただズボラなだけだと思いますけど。旅行中に文無しになるって計画性無いにも程があるよ士郎さん(笑)

そして次回はお待ちかね(?)の高町家訪問。当然、高町家子供組のあの2人も居ますのでお楽しみに。

では。



[29543] 第五話 人の出会いは案外一期一会
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/13 18:50
高町なのは


聖祥小学校における僕の友達の一人であり、最近よく一緒に弁当を食べたりする間柄になった3人娘のうちの一人である。

第一印象こそ控えめで押しの弱いながらも心優しい女の子と云ったものであったものの、最近では初対面に由来していたであろう遠慮も無くなってきており、時折見せるようになった頑固さは本人の意思の強さを感じさせた。
まあ頑固とは言っても、本人が他者に迷惑をかけることを良しとしない、いわゆる『いい子』を地で行っているため、間違った方向に突っ走ることは全くないのだが(これは他の2人にも十分当てはまる)。



───その『高町なのは』が何故か、士郎さんの家に来たはずの僕の目の前にいた。



「なんでなのはが……って、あー…………ここ、『高町』か」
「うん!……って、おとーさんたちから聞いてたけどホントに気がついてなかったんだね、春くん」
「まあ、『高町』なんてそんなに珍しい名字でもないし」

隣のクラスにも1人いたはずだし、『高町』って名字の子。

「というか、そもそも士郎さんたちからは同じ学校とも聞いてなかったからな。前にそうなのかもって考えたことはあったけど、お前って士郎さん達とはあんまり似てないし」
「うっ!?な、なのははおかーさん似なのです!」
「ま、そうだな。……改めて思い出してみると桃子さんに激似だよな、お前」
「うにゃ?おかーさんにも会ったの?」
「おお。士郎さんの見た目からある程度覚悟してたけどメッチャ若かったな、お前の母さん」

見た目20代。化粧や格好に気を使えば、下手をすれば10代でも通るかもしれない…………高校生の息子を持つ親に抱く感想じゃねぇなぁ……。

「来たか、春海」
「いらっしゃい、春海くん」

なのはの後ろには恭也さんと美由希さん。
当たり前だが朝に会ったときとは異なり、2人とも私服姿だ。

「今朝ぶりです、恭也さん、美由希さん。お邪魔します」
「ああ」
「うん」
「というか。もしかしなくても僕がなのはと友達なの、知ってて黙ってたでしょ?」
「まあな」

この野郎、シレッとしよってからに。

恭也さんにジト目を向けていると、彼の横合いにいる苦笑いした美由希さんからフォローが入る。

「あはは。ごめんね、春海くん。お父さんが面白いから黙っておこうって言って聞かなかったんだよ」
「まあ、それはさっき張本人から聞きましたけど……。まさかなのはだったとは」

言いながらなのはを見ると、何やらクリクリの大きな目をまん丸に見開いて分かりやすく驚き顔に。

「どした?なのは」
「春くん、おにーちゃんたちと話すときってそんなしゃべり方なんだ……。学校でなのはたちと話すときとはぜんぜん違うんだね」
「言い方って、敬語か?んー……、まあ、なあ。でも目上相手なんだから敬語のひとつも使うだろ」
「逆に俺たちはお前がプライベートではそんなだったのかと驚いているがな」

恭也さんの言葉に、横に立つ美由希さんもうんうんと頷いて同意する。
あ。よく見たら隣のフィアッセさんも頷いてる。

まあ、その辺りには自分でも自覚がないでもないけど、やっている僕が子供だからこそ抱く違和感だろう。
直に慣れるだろうし、そこまで神経質に構えることもあるまい。

「それはそれ、仕様ってことで」
「どんな仕様だ」
「しよー?」

呆れる恭也さんに、きょとんと首を傾げるなのはさん。

む、なのはにはまだ難しかったか。小1だし。しょうがないので説明してやることにする。

「植物の最初の葉「子葉だな」……」

「武術の先生「師匠だね」……」

「法律「司法だよね♪」……」

「…………鬱だ『死のう、じゃな』……」

台詞を言い終える前に恭也さん、美由希さん、フィアッセさん、挙句の果てに葛花にまで切り捨てられてしまって切なくなる。

仕方がないのでなのはに本当のことを教えてから、ふと疑問に思ったことを訊いてみる。

「もしかして、桃子さんが言ってた『お礼』って……」
「うん、なのはのこと。春海くんたちと仲良くなってから、なのはってば学校がとても楽しいんだって」
「なのは、お友達と学校で何をしたーとか、家でいろいろお話してくれるんだよ」
「えへへ」

美由希さんとフィアッセさんの話が恥ずかしいのか、なのはが頬を少し赤くしてはにかむ。可愛いものだ。

「それで、お前を招待したいということになったんだ。偶然にもお前は俺たちとも知り合いだったしな」

そんななのはの頭を撫でながら、恭也さんが補足した。

その言葉に僕はようやく納得する。

要するに今回僕を翠屋に招いたのは、なのはの友達を招いて歓迎したかったのだ。
『お礼』というのも自分たちの娘と友達になってくれたことに対するものだろう。いや、この場合は娘の笑顔に対して、かな?

ともあれ、疑問が解けてスッキリしたところで、僕は先ほどから恭也さんたちの後ろに控えていた2人に視線を向けた。
そこに居るのは、簡素なTシャツとジャージのズボンを着たボーイッシュな短髪の女の子と、中国系の衣服に身を包むショートカットの女の子。

「それで、そっちの人たちは」
「あー、やっと振ってくれた。うちらのこと、このままスルーなんかと思ったわー」
「あ。ご、ごめんね!晶ちゃん、レンちゃん!なのはたちばっかりおしゃべりしちゃって」
「いや、気にしないでいいよ、なのちゃん。こいつも言うほど気にしちゃいないって」

ボーイッシュの子は、なのはにフォローを入れると改めて僕に向き合う。

「という訳で、まずは自己紹介だな。オレの名前は城島晶≪ジョウシマ アキラ≫。晶でいいぜ。この家の人たちには、ちょっと事情があってお世話になってるんだ。よろしくな!」

うわー、オレっ娘って初めて見た。実在してたのか、オレッ娘。

僕が内心で半ば感心したような驚いたような妙な気分になっていると、次はその隣の中華服少女が自己紹介を始める。

「うちは鳳蓮飛≪フォウ レンフェイ≫。呼びにくいし、レンでえーよ。うちも高町家にお世話になっとるんよー。よろしゅーなー」
「和泉春海です。此方こそよろしくお願いしますね。晶さん、レンさん」
「…………あー」
「…………んー」

僕の無難な自己紹介を聞いた途端2人とも何とも言えない微妙な顔つきに。
なんだなんだと思っていると、レンさんが苦笑いしながら理由を教えてくれる。

「敬語とか“さん”付けって、なんや自分よそよそしいなー。別にまだ子供やねんから、もっとこー、ふれんどりーに呼んでえーんよ?」
「じゃあ“蓮飛たん”で」
「いきなりめっちゃ砕けたな!?そ、それはさすがに勘弁してほしいかなー、なんて……」

笑顔が引きつってるよ、蓮飛たん。まあさすがに冗談半分だが。

さて、なんて呼ぼうか?個人的に『ちゃん』付けはあまり好きではないのだが、かと言って年上に呼び捨てもなんだかなー、やっぱり『蓮飛たん』でいこうかなぁ、おもしろそうだし。

などと悩んでいると、晶さんから助け船が。

「アハハ、いいじゃんか。カメにはお似合いだ。春海、オレは呼び捨てでいいよ。稽古でもないのに普段までさん付けじゃ肩が凝っちまう」

いや助け舟か、これ?

おまけに彼女の発言にレンさんまでカチンときたようで。

「なんかゆーたか、このおさる!……まー、あんたこそ先輩風ふかしたところで、どーせすぐボロのひとつやふたつも出るんやから、ムダなあがきやな。晶は今のうちにせいぜいムダな努力をムダに重ねときー。あ、うちも呼び捨てでえーからなー、春海」
「なんだと!」
「なんや!」

こっちを無視して完全にケンカになってしまった2人に唖然呆然。
あと何気に呼び捨ての許可が出てるし。

「……いいのかなぁ」
「……本人たちが許可を出したのだから別に構わないだろう。遠慮はしなくていいぞ?」
「んー、……まあ、そういうことなら」

恭也さんの言葉が後押しとなり、なし崩し的に呼び捨て決定。いいのかなぁ。

「もー!レンちゃんも晶ちゃんも、今日ぐらいケンカしないの!!」
「「うっ……」」

一方、レンと晶、当の本人たちのほうは、遂にはお互いに武術の構えをとってそのままヒートアップするかに思えたケンカも、傍にいたなのはの一喝によって鎮圧された。
なのはに平謝りする2人を見ると、なんとなくこの3人のカーストが見えてきた気がする。

(…………うん?待てよ待てよ)

瞬間、僕の思考に電流が奔った。

今ここにいるメンバーは僕と葛花を除くと、恭也さん・美由希さん・フィアッセさん・晶・レン・なのは。

その男女比率、実に1:5である。

ここ高町家ではご両親の士郎さんと桃子さんも暮らしているし、中には血のつながった家族もいるとはいえ、これは───。

『まるで“ぎゃるげー”主人公のような男じゃの』
<言うなー!?>

僕の中で恭也さんのあだ名が『ギャルゲー野郎』になったらどうする!?

「……………………」
「……?」

何とも言えない僕の視線をギャ……恭也さんは不思議そうに見返していたが、不意にその目が真剣なものになる。

「春海」

士郎さんによく似た整った顔をいつもよりも一層鋭いものにして、こちらを射抜いた。
僕も馬鹿な思考を瞬時に切り替える。

「父さんから話は通っているか?」
「はい。今日からお世話になります」
「ああ。それで、早速鍛錬を始めるつもりだが、今日は大丈夫か?おまえの実力も詳しく知りたいところだしな」
「大丈夫です」

士郎さんのときと同様、恭也さんの顔を正面から見返して、できる限り真剣に応える。

「よし。なら道場に行こう。美由希、お前も着替えて来い」
「うん!」

美由希さんは駆けだすと、階段を上って2階へ消える。たぶん自室で着替えてくるのだろう。

それを見届けて、玄関から外に出る恭也さんを追いかける形で僕も外に出る。

「あ、おにーちゃん!」

と、そんな僕らをなのはが呼び止めた。

「ん?どうした、なのは?」
「あ、あのね、なのはも、見ててもいい?」

お兄さんを不安の混じった上目遣いでそっと見上げる高町なのはちゃん小学1年生。
なのはの不安げな上目遣いに、さしもの恭也さんもウッと後ずさる。キュウショニアタッター。

<分かる。分かるぞ恭也さん。その上目遣いは反則だな>

こちらは何も悪いことをしていないはずなのに、いらん罪悪感が湧いてくるんだよね。

『お主、最初の頃は誘いを断るたびにあの眼を向けられておったの』
<そんでまた断ったら今度は心底残念そうに顔を伏せるんだぞ。なのはとすずかの涙目はキツかったなー。もうね、罪悪感ビンビン>

思わず遠い眼にもなる。

え?アリサ?あいつは最初に上から偉そうに命令してきて、断られるたびに弱弱しくなってくの。
それがいじらしくて可愛くて。ついつい涙目になってプルプル震えるまでやってしまったのは心温まる思い出である(そのあと足を踏まれたが)。

「……じゃ、邪魔をしないようにするのなら、別に構わないぞ」

おお、恭也さんが折れた。まあ最初から断るつもりも無かったのかもしれないけど。

お兄さんからの許可も出て、なのはもすぐにニコニコと笑顔になる。
すると今度は後ろに立ってそんな二人を見ていた晶とレンが、

「じゃあ師匠、俺もいいですか?春海がどれくらいなのか見たいですし!」
「じゃあ、おししょー。うちも、えーですか?」
「お、お前らな……」

流石に多すぎると思ったのか顔をしかめる恭也さんにさらなる追撃が。

「あっ、恭也。じゃあ、わたしも見にいってもいいかな?」
「フィアッセも?……でもお前、仕事の方は……」

年上の女性からの思わぬ援護射撃に怯みながらも、恭也さんは反撃の糸口を模索する。

「士郎が休み時間多めにくれたから、大丈夫だよー」
「いや、しかしだな……」

が、あえなく失敗。

恭也さんは他に何かないものかと相手に気付かれないように周囲を見渡す。
すると不意に目が合う僕と恭也さん。あ、やな予感。

「そうだ。あんまり大勢だと春海も気が散るだろう?」

この人こっちに振りやがったよ。

───だが、まだまだ甘いぞ、若造よ。

「あははははは、僕は別にダイジョーブですよー」(棒読み)

しかしまさかの裏切り行為。反逆の陰陽師。どっかでありそうだな、こんなタイトル。
ごめんね、恭也さん。こういう場合は女性の方が圧倒的強者ということは既に前世で学習済みなのよ。

触らぬ神に祟り無し、である。

「ぐっ!?……ぬぅ」

恭也さんは少しだけ恨めし気だったが、すぐに諦めたのか、

「……勝手にしろ」

最終的に全員参加になってしまった見学メンバーを見て、恭也さんは静かにため息をついた。やけに年季が入っていたように思う。





ところ変わって、高町家の敷地内にある道場。

……うん、敷地内なんだ。
まさか庭を横切ったら道場があるとは。

すずかやアリサもそうみたいだが、なのはの家も大概である。

道場の端には、先ほどの見学メンバーに、着替えから戻ってきた美由希さんを加えた5人が立っている。
その5人の視線の先は道場の中央。

其処で僕は恭也さんと向かい合って対峙していた。

両者とも、既に体はほぐし終わっている。

お互いに恰好は簡素な運動着姿。
僕が着ているのは、先ほど恭也さんに譲って貰ったものである。恭也さんが昔使っていたものだそうだ。

恭也さんの両手には、一般のものよりも少し短めの竹刀が一本ずつの計二本。
恭也さん曰く、御神流は小太刀二刀流。
当然、それを修める士郎さんに恭也さん、美由希さんも小太刀二刀を操る。

一方、それに相対する僕の両腕には鉄製の籠手。
籠手とは言っても腕の先まで覆う手袋型のものではなく、肘から手の甲までの覆いのみで、その用途は防御のみに絞られる、云わば手甲と呼ばれるものだ。その中でも薄手のものらしく、重さもあまりない。
更には拳を保護するために、要所にプロテクターの入ったグローブを嵌めている。拳の握りに阻害は無し。

僕は武器と呼べるものは扱えない。
そのため、恭也さんの竹刀を捌くためだけに手甲を選択したので、攻撃に使うことは殆どないだろう。

…………何の武器がいいか訊かれて籠手と答えると、何でもないことのように鉄製の手甲が出てきたのは驚いたけど。

<さて。どう攻めるかね……>
『力量差は大人と赤子じゃな。おまけにエモノは剣と拳。馬鹿正直に攻めても、どころか不意を打っても勝ちの目は有るまいて。まともに打ち合ったとしても二十合がやっとと言ったところじゃろうな』
<ですよねー>

そもそも攻めることは現時点における僕の不得意分野である。

(そうなると……アレしかないか。半分以上が博打だな)

心中でため息が漏れるのを止められない。
が、打つ手が限られている、どころか無いものを無理矢理捻り出しているのが現状なのだ。正面切って正々堂々やっても勝機がない以上、贅沢は言っていられない。

自分の考えが纏まったところで、お互いに準備が整ったことを悟った恭也さんが言葉を投げかけてくる。

「じゃあ、始めるぞ」
「はい」
「この勝負はお前の実力を測るための手合わせとは言え、真剣勝負には違いない。倒す気で、全力で来い」
「───はい!」

そうして2人同時に腰を落とし、恭也さんは小太刀二刀を、僕は手甲とグローブに覆われた両腕を構える。

「───合図を」
「うん。ほら、なのは」
「え、あ。……は、はい!───それでは!はじめ~!!」

美由希さんに促されたなのはの高い声を皮きりに───両者の間にあった五メートルは一瞬で零となり、道場の中央で竹刀と手甲が空気を震わせた。


**********


「───フッ!」

先手を取ったのは高町恭也だった。

左脇腹に収めた右の竹刀による逆薙ぎ。彼が得意とする居合を模した一撃。

武器が竹刀であるため真剣と異なり速度はかなり落ちるものの、それでも子供相手に大人気ないと言われても仕方がない程の速度は十二分にある。

が、対する春海は自身の右側から迫る竹刀を冷静に身切った上で右腕の手甲で受け流す。
そして追撃として襲いかかる同軌道の左の竹刀を焦ることなく右の手刀で叩き落とすと、同時に反撃の左回し蹴り。

これを恭也は半歩下がることで容易く避け、自身の左脚を踏み出し右の竹刀を下から斜めに切り上げた。

春海は咄嗟に右膝を曲げて、屈むことで回避。
自身の頭上ギリギリを掠める竹刀の鋭さに、冷や汗が頬を伝うのを自覚する。

回避行動もそのままに、春海は自身の右膝を折って姿勢を低くした状態で右手を床に突くと、

「───疾ッ!!」

屈めた右脚を軸に急加速。
水平に限りなく近づいた左脚が、地に滑るようにして相対する青年の左足首を急襲する。

が、春海の脚が恭也に到達する頃には相手の姿は既に其処になく、春海から3メートルほど離れた場所に立っていた。
地を這う蹴り足の軌道を見切った上で、それよりも速く後方に跳躍していたのだ。

態々3メートルも離れたのは仕切り直すためだろう。

それを目で確認することなく気配で察した春海も跳躍気味に素早く立ち上がると、相手から距離を取って態勢を立て直す。

「…………」
「…………」

両者は一瞬の間に睨み合うように視線を交錯させると、再びどちらともなく床を蹴った。





一方、二人の闘いを間近で見ている者たちは程度の差こそあれ、それぞれ目を見開いて驚いていた。

そのうちの一人───晶が竹刀と手甲をぶつけ合う両者から目を離すことなく口を開いた。

「……美由希ちゃん、なのちゃん。春海ってあんなに強いの?」
「そやそや。鋼糸なんかの暗器なしで竹刀使っとるとはいえ、あのお師匠についてっとるやなんて」

晶のその問いに追従するように、同じくその隣で観戦していた小柄な中国少女───レンも言葉を重ねた。

確かに、高町家の食卓において『和泉春海』のことは話題に上ったことはある。
その場で恭也や美由希からは彼が強いということは聞いていたが、それはあくまで“小学1年生にしては”であると思っていた。

それに、二人は付き合いの長さこそ異なるものの、両者ともに恭也を師匠と敬う者。彼の実力はよく知っていた。

御神流を修め、今なお父であり師でもある高町士郎からの教えを受けている若き剣士。

その実力は単純な力量だけであるなら、過去の事件の怪我が原因で長時間の実戦が不可能となった士郎を凌ぐのだ(あくまでもルール無用の死合いのみにおいてであり、技術や短時間の手合わせであるのならば未だ士郎が上であるが)

詰まるところ、現存する『御神の剣士』の最強の座は、暫定的ではあるものの恭也である筈なのだ。

その恭也と、幾つかのハンデがあるとはいえ、御神流の技を使っていないとはいえ、小学1年生の子供が互角に渡り合っている。
恭也をよく知る二人の少女からすると、正しく驚愕の一言である。

「う、ううん。なのはもあんな春くん、はじめて見たの……。春くん、すごい……」

晶たちの問いに反応したのは高町なのは。
しかし、その答えも彼女たちと同様、いや、ひょっとしたらそれ以上の驚きの彩られていた。

ここ最近は昼休みになるとお弁当を一緒に食べるまでの仲になったとはいえ、お互いの深いところまで話をした訳ではない。
それでも、少なくとも家族の中では誰よりも近しいと思っていたこともあり、武道への素養が全くない幼い少女の驚きの念は周りよりも大きかった。

また、少女も格闘技には詳しくないなりに、自分の家族の強さについてなら少しくらいは知っている。
だからこそ彼女は普段ならば家族の鍛錬を見ることも避けるほどの不安を抑えて、友達を心配してこうして2人の真剣勝負を見に来たのだ。
実際、今もなのはは自分の兄とギリギリで打ち合っている同級生の少年をハラハラしながらも見守っていた。

そんな落ち着かない様子の末の妹的存在を微笑ましげに見ていたフィアッセは、落ち着かせるようにそっとなのはの肩に自分の手を置くと、もう一人の妹のような女の子───美由希に視線を向けた。

「美由希はどう思う?」

4人の視線が、今ここにいる中で1番の実力者である美由希に集まる。
話を向けられた美由希は中央の2人から目を離すことなく、周りの問いに応じた。

「あ、うん。……恭也ちゃんの動きについて行けてるって言っても、春海くんもギリギリみたいだから、よっぽどのことがない限りは恭ちゃんが順当に勝つとは思うんだけど……」
「だけど?」
「……春海くん、なんだか動きが妙なんだ」
「妙って……なにがなん?美由希ちゃん」

美由希の言葉をオウム返しに問い返すレン。
他の3人も、言われて再び中央の少年に注目するものの、特に変わったことがあるようには見えない。

強いて言うのなら、恭也の竹刀が春海に掠る回数が増えたことぐらいだろうか。
美由希の言う通り、春海が押され始めているのだ。今では目に見えて分かるほどに息が乱れてしまっている。
竹刀が掠る度に、傍にいるなのはが「あっ!?」やら「あぶないっ」やら小さく声を上げるのは微笑ましいが。

「春海くん、避けるたり捌いたりするのはびっくりするくらいに上手なんだけど……ほとんど恭ちゃんに攻撃してないの。ときどき蹴ったりはしてるんだけど、それはあくまで牽制目的みたいだから」
「……そう言われてみると」
「……そないな感じやなぁ」

美由希の言葉に、これまでの攻防と思い返した晶とレンが顔を見合せながら納得の声をあげる。

目の前で必死に恭也の竹刀を捌き避ける春海も、最初はともかく今は偶に蹴り技を織り交ぜるのみで、防御面での激しい動きのわりに攻めの姿勢があまり感じられない。

しかし、そうなると新たに一つの疑問が浮かぶ。

「でも美由希。春海、それでどうやって恭也に勝つつもりなんだろう?」

おそらく全員が抱いているであろう疑問を、フィアッセが代表するようにして口にする。

「う~ん、単に攻めあぐねてるだけなのか……。それとも何かを狙ってるのかなぁ?でもそうなるとどうやって?……たぶんどこかで動きがあるとは思うんだけど……」

しかし美由希からの返答も芳しくない。どうやら彼女自身にもそこまでは解からないようだ。

4人は思考を巡らす美由希の邪魔をしないように、三度中央に目を向けた。





さて。

美由希たちから攻めの姿勢が感じられない、と少々情けない評価をいただいた渦中の人物である春海はと言うと、

(ムリムリムリムリ死ぬ死ぬ死ぬー!!)

ちょっとテンパってた。

確かに実力差があることも重々承知していた。
リーチの差があることも納得済みだった。

しかし、その実力差がここまであるとは完全に予想外である。

葛花の忠告がなかったら開始10秒でやられていた自信があった。

というか、今でも一瞬でも気を抜けば刹那の間で床に転がることだろう。
単に決定打を貰っていないというだけで、体中で竹刀が紙一重で掠りまくっているのだ。

冷や汗が止まらない。
極度の緊張状態で息も既に乱れ始めていた。

今も内心の焦りを必死に抑え込みながら、半ば勘で避けているようなものだ。

最初は避ける合間に挟むように繰り出していた蹴りも、今では殆ど打ち込めていない。



ただ、実のところ、牽制とはいえ春海が蹴りしか出さないことには理由があった。
それは、春海が積極的に攻めない───より正確に言うのなら、『攻められない』理由にも関係があった。

(ッ! にしても、リーチ差ってのが、ここまでキツイとは……!)

蹴りに拘っているのではない。“蹴りしか届かない”のだ。



剣道三段倍。

素手を武器とする者が刀を持つ者に勝利するには、其の者の三倍以上の力量が必要であるという理論。
その考えは諸々の諸説こそ存在するものの、概ね間違いはない。

この理論の根拠には、両者の武器による“間合い”が関係している。

通常において剣や刀は腕の延長として扱われ、その間合いは単純計算で『刃の長さ+腕』
その距離は到底、子供の二本の腕程度で足りるものではない。

そして剣対拳において拳が勝利を得るには、敵の技量を超えて間合いを詰め、相手の懐に潜り込むことが必須となる。

故に、その難易度の高さこそが『剣道三段倍』の根拠である。


翻ってこの試合。

高町恭也 対 和泉春海。

剣 対 拳。

個人の技量においても、武器の熟練度においても、春海にとっては三倍どころか三割あるかすらも怪しいものである。
少なくとも春海本人はそう考えていたし、客観的に見てもその評価に間違いはないだろう。

ではどうするか?
どうすれば相手の間合いに入り込み、尚且つ相手に防がれることなく此方の攻撃を届かせることが出来るのか?



春海の下した結論は『不可能』だった。



葛花の見立てと、自分が実際に向かい合って刃と拳を切り結んだ感覚。
それら全てを総合したところで、出てくる結論は『今の自分の実力では勝率ほぼ0%』といったもの。
それでも『ほぼ』が付いているだけまだマシというものだろう。

幾ら竹刀を防ごうとも間合いに入る隙が見当たらない。
隙を見つけたと間合いに入り込もうものならば、即座に膝や肘、竹刀の石突が飛んでくる。

間合いのギリギリから決定打にもならない蹴りを打ち込むのがやっとなのだ。
曲がりなりにもここまで立っていられたのも、防御に全力を注いでいるからに過ぎない。


───故に、だからこそ。


だからこそ、春海は持ち札の一枚を最大限に利用することにした。
高町恭也には無く、和泉春海のみが持つインチキの札を。

だからこそ、恭也が繰り出す二本の竹刀による連撃を、春海は手甲とグローブ、果ては蹴り足を駆使してひたすら防御に向かう。

有るか無いかの、微かな勝機を掴み取るために。

彼は静かに虎視眈々と機会を待ち、自らの爪を研いでいた。





右の竹刀による振り下ろしを左の手甲で受け流し、左の竹刀の逆袈裟を屈むことで回避。

そのまま春海は相手の懐に飛び込み肉薄するも、相手は自分よりも数段上手の実力者。
右拳の打ち込みを竹刀で容易く防がれ、逆に恭也の右脚が春海を蹴り飛ばす。

「ッ!?」

その下から迫る蹴り足を腹の前で交差させた両腕で辛うじてガードするも、体格・体重・筋力の全てで劣る春海は容易く宙に浮き上がった。

(どんだけなんだよ、この人!?)

が、浮き上がる寸前に床を蹴ることによって恭也から距離を取り、なんとか衝撃を軽減しながら着地。

脚が道場の床に接地すると同時に、間髪入れず再び地を蹴る。

恭也の右側面に廻り込むように駆る彼を襲うのは、自身の左肩狙いの突き。それを左の手甲で弾きながら、恭也に肉薄。

やっとの想いで懐に入り込むと、相手の顎下にアッパーカット気味に掌底を突き上げる。
が、恭也は顎を軽く逸らせるという僅かな動きのみでそれを回避して退けた。

と、恭也はそのまま跳躍してバック転。

そしてバック転の勢いを利用しながら、お返しとばかりに春海の顎を───蹴り上げた!

「ごッ!?」

相手の短い呻きを耳にしつつ恭也は着地すると、その場でステップを踏みながら春海に問い掛ける。

「まだやれそうか?」
「はぁ、はぁ……ええ、問題無しです」

見ると、春海は息を乱しながらも自身の顎下に左手を構えていた。咄嗟に手を差し込み、恭也の蹴りを受け止めたのだろう。
しかしそれでも衝撃の全ては止め切れなかったらしく、その足は僅かではあるがふらついていた。

「サマーソルトって……剣士というより、まるで、忍者ですね……」
「御神流は剣のみではなく総合的なものだからな。格闘技と呼んだ方がお前にはしっくりくるかもしれん。……よし、では次で最後だ」
「了解です」

春海の返答が終わるや否や、恭也が弾丸の如く跳び出す。

右の竹刀からの逆薙ぎ。恭也の得意とする、本日二度目の居合いを模した一撃。
これを春海は半歩後退することによって最小の力で回避する。

しかし、それは読まれていた。

それと同時に恭也は力強く左脚を踏み出すと、先程と同様に左側の竹刀による打ち下ろし。
視界の外から自身の左肩へ迫る竹刀を春海は咄嗟に左腕で受け止めた。

パンッと鋭く空気が破裂したような音が鳴り響き、春海は相手の竹刀に押し潰されないように腕に力を込める。


が、結果から言えば、それは悪手だった


力を込めたことで春海の身体が数瞬強張る。
その硬直が、ほんの数瞬だが春海に隙を生んだ。



───そして、それを見逃す恭也ではない



跳躍。

左の竹刀で春海の腕に圧力を掛けながらも、その接点を支点に、刹那の間で相手の後ろに回り込む。

踏み込み、打ち込み、跳躍、着地までの流れるような動き。

(まだ幼いお前がここまでやるとは、正直のところ予想外だったが───)

右手に掛かるプレッシャーに気を取られた春海は廻り込まれたことには気づいているのだろうが、振り返るまでの暇はない。───与えない!

「───破ァッ!」

恭也はいつの間にか逆手に持ち直していた右の竹刀の石突きを、裂帛の咆哮と共に春海の後頭部へ突き出した。


(これで終わりだ!)


着地時の反動さえ加わった一撃は相手の意識を容易く奪い去る


──────かに見えた。


「なっ?!」

短く驚愕の声を上げたのは───高町恭也。

絶対の自信を持って打ち込んだ筈の一撃。
その一撃を、春海は“振り返ることなく”首の捻りのみで避けていた。


そして


かわしざまに身を捻じるように、時計回りで強引に恭也へと体面を向けた春海の口元には───笑み。


(来た!)


唯一の勝機。



春海の策。

間合いが届かず、自身の攻撃は十分な威力も乗らない。
それでいて、間合いの中には容易に入り込ませてはくれない。

ならば、“相手から自分の間合いに入って貰えばいい”

もちろん言うほど容易なことではない。

相手は自身を超える圧倒的強者。その攻撃は容易く避けられる筈もなく、避けたとしても相手に隙が生まれなければ意味が無い。

つまり前提条件として、相手の攻撃を、しかも相手にとって予想できないような形で避けなくてはならないことになるのだ。

だからこそ春海は恭也に後ろを取らせた。

完全に見えもしない筈の一撃の回避。
如何に恭也といえども、この回避は完全に裏をかかれていた。

ただ、当然この策には一つの決定的なまでに致命的な欠点があった。

言うまでもなく、それは背を向けている状態で相手からの攻撃を寸分違わず避け切れるのか、ということだ。

回避と捌きを中心的に鍛えたとはいえ、自身の回避力はまだまだ常識の範囲内。
見えない攻撃を防ぐことが出来るほど、非常識な体になった覚えはない。

故に春海は、一枚の持ち札を利用していた。


『周囲の魂≪気配≫を感じる』


彼が『魂視』と名付けた自身の能力。
すなわち、高町恭也に無く、和泉春海だけが持つ、鋭敏なまでの『察知能力』。

実のところ、この一戦の間で恭也の猛攻を紙一重で避け続けることが出来たのも、この能力に依るところが大きかった。

最後の驚異的な回避も、恭也が自分の背後へと回りこんだ一瞬に春海は背後の相手が流れるように右腕を突きだしていることを察していたのだ。
あとはその軌道上から自分の頭を外せば良い。

もっとも、気配ひとつで攻撃の軌道が正確に分かる筈もなく、後頭部だと読んだのは半分以上に賭けだったのだが。
恭也も寸前で止めるつもりだったのか、石突が迫る速度が僅かに鈍っていたのも避けられた要因のひとつだろう。



ともあれ、結果として春海は賭けに勝った。



目の前には、伸びきった恭也の右腕と、無防備に晒された彼の右脇腹。───自身の間合いの中!!


向き直る一瞬の内で、右腕は既に腰に。奥歯を噛みしめながら、左脚を半歩踏み出す。

ダンッ!!!

震脚

左脚が接地と同時に、地面からの反動を全身全霊で受け止め、増幅。発勁の技法をもって足首から膝、膝から腰、腰から肩、肩から肘、肘から右拳へと流し込む。


木行・崩拳


中国拳法における形意拳。陰陽五行のひとつ、木行を司る拳。
その意は、打撃そのもの。
春海のもつ数少ない攻撃手段の中で最もシンプル、且つ破壊力のある技だ。

発勁の理で威力を増したその全力の拳を、


「アアァァァッ!!!」


咆哮と共に、目の前の恭也の右脇腹に叩きこむ!!

拳に感じる硬い感触


刹那、鈍い音が道場の空気を震わせた。


**********


目の前になのはの顔があった。

「おおっ!?」
「にゃっ!?」

なんだっ、なにが起こった!?時間がとんだぞ?!

「は、春くん、起きた?!どこか痛いところ、ないっ?」
「な、なのは?お前、なんで……?あ、ちょ、やめ……っ!?」

なのはに両肩をつかまれて、ガクガクと前後に揺らされる。
普段ならばこの程度なら何でもないはずなのに、やけに頭がグラグラする。何だこれ?

「起きたか、春海。……なのはも少し落ち着け。相手は気を失っていたんだから」
「あ、おにーちゃん」
「きょ、恭也さん?」

恭也さんの言葉になのはもやり過ぎたと気付いたのか、しゅんとしながらすぐに肩から手を離して僕の横にペタンと座り込む。た、助かった……。

僕はしょんぼりしてしまったなのはを元気付けるために頭をポンポンと軽く叩きながらながら周囲を見る。

どうやら僕は床に座り込んでいたようで、僕らの横に恭也さんが立っていた。
美由希さんたちも屈んだまま心配そうに僕を覗き込んでいる。

「でも春海、本当に大丈夫?」
「ホンマや。あんた、さっきまで気絶しとったんやで?」
「……気絶?」
「あかん、そっからか……そや!春海、これ何本か分かるか?」

心配そうに覗きこんでくるフィアッセさんに続いて、レンがズイッと右手を突き出してくる。
仰け反りながら見ると、細っこい指が3本立てられていた。

「……3本?」
「あちゃー。残念、4本や」

言いながら、右手の後ろから人差し指を立てた左腕が。オイ。

「フンッ!」
「アタッ!?」

ニヒヒと笑うレンに呆れていると、晶のゲンコツがレンの脳天を直撃。うわ、痛そー。

「───ッッッ!?……イッタ───!……いきなり何すんねん、晶!」
「気絶から起きたばっかのヤツに何やってんだ!」
「可愛いウチの可愛いジョークやないか!殴ることないやろ、おさる!」
「自分で可愛いとか言ってんじゃねえっ、ドンがめ!」
「も~!晶ちゃんもレンちゃんも、やめなさい!!」

またしてもなのはに叱られる猿亀コンビ。
たぶんこの光景がここでは日常茶飯事なんだろうなー。恭也さんたち、止める気配まるでないし。

そうしていると、だんだん記憶が戻ってきた。
そうだ。僕は恭也さんの竹刀を避けた後、崩拳を打ち込んで……

「あー…………、僕、負けました?なんか記憶が飛んでて……」

まあ、こうして床で寝ていたということは負けたんだろう。

だが、僕の問いを聞いた恭也さんは少し悩むような顔になる。

……うん?

「む。……難しいところだな。元々、勝敗を見るための試合ではなかったというのもあるんだが、……俺自身、あれを勝ったとは言いたくない」

と、よく分からないことを言う。

「……えっと。とりあえず、僕ってどうして気絶してたんですか?恭也さんに打ち込んだところまでは覚えているんですけど……」
「ああ、それはな───」

恭也さんが話してくれた内容によると。

恭也さんへと打ち込んだ僕の渾身の拳は、恭也さんが逆手に持った右手の竹刀で咄嗟にギリギリでガード。
それから恭也さんの左回し蹴りが僕の顎に直撃したんだとか。

僕も最後の一撃に全力を注ぎすぎて全く対処出来なかったようだ。

しかし、その後あまりにも綺麗に入りすぎて僕がポックリ気絶してしまったため、見ていた女性陣も大慌てだったらしい。
恭也さんもなのはから説教されたそうな。

「……聞いてる限り、完膚なきまでに僕の負けのような気がするんですけど」

全身全霊の一撃(しかも無意識なんだけど、身体強化も最後の一瞬だけ使っていた)を受け止められた挙句、一発で気を失ったのなら、それは明らかに負けだろう。

しかし恭也さんはそうではないようで、

「元々は寸前で止めるつもりだったんだ。さっきも言ったが、今回は相手に勝つことが目的じゃない。俺とお前の実力差ならば寸止めが普通でもあるしな。
だが、出来なかった。反射的に出た最後の蹴りは掛け値なしに本気だったよ。…………まあ、それだけでも俺が負けを認めるには十分なんだが───」

恭也さんは言いながら、持っていた竹刀を差し出す。恭也さんが使っていた竹刀だ。
目の前のそれを手に取ると、

「これが……ん?これって、ひび割れ、ですか?」

竹刀の真ん中辺りに大きく亀裂が走っている。
多分あと何度か叩きつけるだけで折れてしまうだろう。それほどまでに大きな亀裂だ。

「ああ、お前の出した拳の結果だ。己の刀を破壊された以上、剣士として負けを認めない訳にはいかない」

恭也さんは僕の目をまっすぐに見ながら言った。

その光景に僕は少し困りながら、自分の真上でプカプカ浮いている葛花に語りかける。

<……どうしようか、これ>
『武芸者の理屈じゃの。儂には理解出来んが。受け入れるかどうかはお主の勝手じゃろ』
<んー、僕としてもこうして気絶しておきながら『勝ったぜ☆』とか嫌なんだけど……>

全然実感湧かないし。

なんだこの試合に勝って勝負に負けた感。それどころか試合に勝った気もしないってどうよ?

僕が恭也さんにどう返したものかと迷っていると、ようやく晶とレンがケンカから戻ってきた。
2人はケンカしながらも先程の恭也さんの話をしっかりと聞いていたのか、まだケンカの余韻に少し興奮した様子で近寄って来た。

「すげぇじゃん、春海!いきなり師匠から一本取るなんて!」
「お師匠から一本取れる人なんて、おんなじ歳の人でもメッタにおらへんのよ。アンタ、もう晶よりも強いんとちゃう?」
「んだとコラ、レン。オレはまだまだ強くなってんだよ!そういうお前こそどうなんだよっ?」
「フッフ~ン。うちはお子様の春海には、まだ負けへんでー」

レンが残念な胸を張ってポンポン僕の頭を叩いてくるが、僕は苦笑いしながらそれを受け入れる。
なんというか、自分とそんなに身長が変わらないレンにそうされると怒るより先に微笑ましくなるな。

「たはは。ま、少なくとも恭也さんに勝てたなんて自惚れはしないって。こうして呆気なく気絶したしな」
「お?なんや素直やなー」

意外そうな顔のレン。

そりゃねぇ。
あれだけハンデ付けられると、もはや悔しささえ湧いてこないし。

僕は苦笑しながらレンに軽口を返す。

「まあ、まずは恭也さんのハンデを止めさせるとこから始めてみるかな」
「ハハハ、その意気だ。もう動けるか?動けるならオレともやろうぜ!」
「うちも5分だけならやってもえーでー」
「え゛」

待ってー、超待ってー。自分さっきまで気絶してたんですけどー。ボク全く動く気しないんスけどー。

『逝って来い』
<字が違います>

ドナドナドーナードーナー♪

「もー!晶ちゃん、レンちゃん!!」

なのはが女神に見えました。


**********


目の前で子供組4人でワイワイ騒いでいる。
晶やレンも武道仲間が出来て嬉しいのだろう。いつもよりも元気な気がする。

「恭也」
「フィアッセ、どうした?」

4人を見ている俺の横にいつの間にかフィアッセが立っていた。俺は4人から目線を切り、フィアッセを見る。

「春海も大丈夫そうだから。わたしも、もう翠屋に戻るね」
「そうか。わざわざ残っていてくれてありがとう」
「あはは、お礼を言われるようなことじゃないよー。気絶してる子を放ったままには出来ないから。……それよりも!」

そこでフィアッセは少し怒ったような顔になる。
うっ、これはやっぱり……

「春海はまだ小さな子供なんだから、あんまり無茶なことしちゃダメ!」
「……面目ない」

メッて感じに人差し指で俺の額を小突くフィアッセ。
こればかりは俺が悪いため、素直に謝る。

「……うん、Good!♪」

するとフィアッセはきちんと反省している俺に満足したのか一転して笑顔に戻ると、子供の頃のように笑顔で俺の頭を撫でてから、道場を出て翠屋に行ってしまった。

……まったく、いつまで子供扱いしているんだか。

「あ、フィアッセ、行っちゃったんだ」
「ん、美由希か。ああ、さっきな」
「そっか。それにしても、恭ちゃんがあそこまで焦ったのって、父さんや巻島館長との試合の時くらいじゃない?春海くん、予想以上だねー」
「まったくだ。たぶん、今まで防御や回避を中心に鍛えてきたんだろうな。アイツは攻め方を覚えただけで化けるぞ。最後の一撃もあと少し速ければ俺がやられていた」
「あ、そっか。それで春海くん、恭ちゃんのこと全く攻撃してなかったんだ……」
「お前も、うかうかしているとあっという間に置い抜かれるぞ」
「あ、あはは。……がんばります」

俺の脅しに美由希は笑顔を軽く引き攣らせていたが、すぐに普段通りの笑顔になるとこちらの顔を覗き込んでくる。

「恭ちゃん、なんだか嬉しそうだね」
「む、……そうか?」
「そうだよ。やっぱり男の子が増えたから?」
「……なんでそうなる」

いやまあ、嬉しいというか、ありがたいが。
高町家は女性の数が多すぎるため男としては気を使うことも多くなるからな。彼女たちの性格からか、肩身が狭いということは絶無なのだが。

「……まあ、少しだけ鍛えるのが楽しみになってきた」
「春海くんのこと?」
「ああ」

先ほどの手合わせで春海が見せた、小学生離れした『見切り』や『読み』。
才能が無い訳ではないが、たぶんあれは長年の反復訓練の中で身につけたものだろう。そうでなければ、読みの速さに身体が着いて行くはずがない

小学生のアイツが、何故あそこまで鍛えるのか?
手合わせの最後に見せた、あの回避は何だったのか?

疑問は幾らでも浮かぶものの、アイツを鍛えることにワクワクしている自分を自覚する。

他のみんなが居る方を見る。
晶とレンが言い合い、なのはが仲裁し、それを春海が呆れながらもどこか楽しそうに笑って見ていた。





開け放した道場の扉から一陣の風が吹き、心地よい風を顔に感じながら思う。


(これからまた、楽しくなりそうだ)


季節は、春。出会いの季節。───小さな出会いが、またひとつ。













(あとがき)

はい、というわけで今回は今までで一番の長文となりました。やっぱり戦闘描写は一気に乗せてしまった方がスピーディかと思いまして。

主人公、高町家訪問の回。書いてて思ったことだけど登場人物が多いとやっぱり書くの大変ですね。気をつけないと誰かが空気になってしまいそうで。この話の中でも美由希の影がちょっと薄いような気がします、反省。

あと戦闘描写はどうだったでしょう?一応、今回の恭也戦は主人公の現在の強さというか、そういうのを読者の皆様に分かって頂くための回でもありました。とはいえ、恭也と比較した場合、殺し合いではたぶん本人が言うとおり1分も保ちません。10秒で死にます。曲がりなりにも試合の形になったのは恭也がかなりの手加減をしてくれたからに他なりませんし。

てか、戦闘描写ムズすぎる。これを書きあげるのに普通に一週間かけてしまいました。そしてその割には大したことも書けてないって言う。……文才ほしいです。

あとさりげなく士郎さんは過去の事件の怪我で長時間の戦闘が不可能ということが発覚。というか原作とらハでも士郎さんはたぶん最強の一角ですので。この処置は現役時代と同じことが出来てしまうと恭也の役割が士郎さんに食われてしまいそうという理由からです。この辺りはこの作品の独自設定ですね。

次は学校での三人娘との一日にする予定です。日常回ですね。もっともこのSSは「ほのぼの50%」「ギャグ30%」「シリアス20%」を目指しているので原作突入しない限り、シリアス(笑)なんて滅多に入れるつもりはありませんが(まあ、それでも物語を引き締める意味でも、時折はシリアスも挟むつもりです)。

ではまた次回。



[29543] 第六話 人生わりとノッたモン勝ち、ノリ的な意味で。
Name: 篠 航路◆29c84ec9 ID:6f44a19a
Date: 2011/09/17 11:45
高町家での僕の出稽古が決定した翌日の月曜日。つまり学校への登校日、僕はバス停で通学バスが来るのを待っていた。
見上げた空は晴れやかな青色に染まり、柔らかな太陽の日差しは優しく僕を照らし出す。

「ア゛ー、イテェー……」

が、思わず口から漏れた声は爽やかな青空に反比例して頗る陰々としたものだった。

『阿呆じゃの』
「……言うなって」

葛花に返す声にも力がないのが自分でも分かる。というのも腕やら足やら痛みで調子最悪。体中の節々が悲鳴をあげているのだ。
原因は明白、昨日の高町家訪問である。

まあ確かに昨日の恭也さんとの手合わせの後は木刀で素振りや型を中心に教えて貰ってそれなりに夢中になりはしたものの、それだけならここまで痛がったりはしない。
では僕が何故ここまで痛がっているのかと言うと、

『調子に乗って他の娘らとも試合なんぞするからじゃ』

……そういうことだったりする。
結局あの後にも晶やレンとも手合わせを行なってボッコボコにされたというのが真相である。

「仕方ないだろ、断りきれなかったんだから」

それに受けたのも、いくら二人が実力者であっても恭也さんほどじゃないだろうという考えからだ。……うん、大ハズレだったけどね?少なくとも昨日のハンデ山積みの恭也さんよりよっぽど強かったです、はい。
晶とは割といい勝負になったとは思うんだけど、レンの方は技の相性もあってか完全にこちらの防戦一方。ていうより、ありゃ天才だわ。

「てかホントに何だ、あの戦闘一家」

そもそも過半数が実力者って正直どうよ?
昨日一日で僕かなり自信喪失だよ。元々そんなに持ってなかったけどな!

それから葛花の「相手の実力も読めんとは」とか「油断するな」とか「あそこのしゅーくりむマジぱない。もっと買って来い」とかの説教なのか催促なのか解からない言葉を聞き流していると、ようやくバスがやって来た。
あと『ぱない』言うな、おまえ仮にも平安出身なんだから。

葛花を背中に貼り付けたまま目の前に停車した白いバスに乗り込む。すると、すぐにバスの後ろの方の座席から声が掛かった。

「あ、春くん。おはよー」
「Good Morning、ハル」
「おはよう、春海くん」

もはや僕にとっては日常となった、なのは・アリサ・すずかの三人娘である。

あのケンカの一件以来、三人の仲は良好のままで、今ではクラスメイトの間でも仲良し3人娘として認識されていた。
そこに偶に加わっている男子が僕、和泉春海というわけだ。

初めの頃はクラス内のいろんなグループを行ったり来たりというのを繰り返していた僕だったのだけど、最近はアリサたちのグループと一緒なのが多くなってきていた。

理由は言うまでもなく、アリサたちの精神年齢の高さだ。

正直なところ、クラスの男子たちと話しているよりも彼女たちと一緒にいる方が気楽なのだ。
女子は男子よりも早熟ではあるとは言うものの、アリサたちはその女子の中でも飛び抜けて精神的に成熟している。
『前』でこそ園の子供とは兄弟同然でよく一緒にいて話をしたものの、それは僕が相手から年上としっかり認識されていたから出来たこと。同じ目線に立って話すことなど到底ムリなのだ。中の人的に。

もちろん今でも男子たちとはよく外で遊ぶし、見つけたケンカやイジメは仲裁しているものの、話をする時間・頻度はアリサたちの方が格段に増えていた。

以前葛花は僕が子供に甘いとは言っていたが、それは別に子供が特別好きという訳ではないのだ。生意気なガキが居れば普通にムカつくし、悪ガキが居れば殴りたくもなる。さすがに自重するけど。
たぶん葛花の言う通り、僕は『甘い』だけのだ。こんなのは到底『優しい』とは言わない。


───ま、要するに。
どこにスイッチがあるかも解からないテンションがバカ高い子供と、比較的落ち着きがある可愛らしい彼女たち。子供の皮を被った成人男性からすれば、どちらが良いかなど自明だということである。

『締めが犯罪臭いぞ』
<シャラップ>

そして地の文を読むんじゃありません。

「おはよ。なのは、アリサ、すずか」

なのはたちに挨拶を返してすずかの隣へ。並び順的には、なのは、アリサ、すずか、僕の順番となる。
最初こそ断っていたが今ではすっかりここが定位置に。諦めたとも言うけど。

バスが動き始めると同時に、さっそくアリサが話しかけてきた。

「なのはから聞いたわよ、ハル。アンタがなのはのお家のひとに弟子入りしたって」
「弟子入りじゃなくて出稽古な。剣の振りまわし方を教えて貰うだけだって」
「何よそれ?どう違うって言うのよ」
「んー、アレだ、アレ。漫画とかで技や流派ってあるだろ、『なんとか斬り』とか『なんとか流』ってヤツ。そういう技じゃなくて剣を持ったときの基本的な身体の動かし方を教えて貰うってことだ」
「へー」

なるほどと頷くアリサ。

アリサに説明しながら僕が思い出すのは昨日の試合中の恭也さんのこと。

恭也さんの指導を終えた僕はなのはの家から自宅に帰り着いた後、葛花と一緒に試合の反省会を行なった。
そこで2人で出した結論として、恭也さんたちが修める御神流という剣術はおそらく───殺人剣。
それも、かなり本格的な古流剣術。

このご時世に何故そんな物騒なものを学んでいるのかは結局解からないままであるものの、恭也さんが僕に御神流を教えられないと言ったのはおそらくそれが理由だろう。
少なくとも、昨日会った高町家の人々は他所の子供に人殺しの手段を躊躇い無く教える人ではない筈だ。


まあ───だからこそ、技を奪う価値があるのだが。


剣道ではなく、より実践的な剣術。しかも御神流は古流剣術に分類されるもの。さらには葛花が暗殺者とまで評した、恭也さんたちのあの技のキレ。
学び盗るだけの価値は十分にある。

幸いにも、と言うべきか、美由希さんは立場的にはまだ門下生らしい。僕が高町家で出稽古を行なう中で御神流の技の修行を見る機会は必ず度々あるはずだ。
その中で有用な技術や技能を見盗る、というのが僕と葛花の出した結論だ。

僕だけならまだしも葛花も居る。決して不可能ではないだろう。


昨夜の葛花との話し合いを思い出していると、アリサの向こう側からなのはが顔を出す。相も変わらず笑顔の絶えない女の子だこと。

「春くん、すっごく強かったんだよ!おにーちゃんに勝っちゃったの!」
「なのはちゃんのお兄さんって、たしか高校のひとだよね。春海くん、そんなに強かったんだ?」

隣のすずかも話の輪に加わる。この子も、最近ようやく恥ずかしがらずに話してくれるようになってきた。
初めの頃は会話ひとつで恥ずかしそう俯いちゃってボソボソ呟くのが精一杯だったからなぁ。

「全然。そもそもなのはの兄さん、恭也さんがかなり手加減してくれたからその隙をつけただけだし。結局それでも僕は気絶させられたから、恭也さんに譲って貰ったようなもんだって」
「そもそも、なんでそんなに鍛えてるのよ?」
「坊やだからさ」
「?」
「?」
「?」
「……ごめんなさい」

ネタが通じないことほど気まずいものはないよね!

「まあそれは置いといて。……理由は特にない、な。昔からなんとなく続けてるだけ」

さすがに『死にたくない』なんて涙が出そうなほど切実な理由があるとは言えないので、適当なところでお茶を濁す。

『そもそもネタに走ったのも言い訳を考えるためじゃろうが』
<盛大にすべったうえに上手い言い訳でもないけどなー>

アドリブは苦手なんだよ。

バスに乗っている間は僕たち4人の真上にプカプカ浮かんでいる葛花に返す。
アリサはしばらくフーンと呟きながらこちらを見ていたが、もともとそこまで興味はなかったのか、すぐに別の話題を振ってくる。

「にしても、……あたしやすずかよりも先になのはの家に行くなんて、ハルのくせに生意気よ」
「なんというアリサイズム」

其処に痺れも憧れもしないが。てか理不尽すぐる。お前はどこのガキ大将だ。

そんなアリサの言葉に反応したのはなのはだった。

「あ!それなら今度のお休みの日にアリサちゃんとすずかちゃんもなのはのおうちにあそびに来て!」
「か、勘違いするんじゃないわよ!べ、別にあたしはなのはの家に行きたいわけじゃないのよっ!?」
「ツンデレ乙」

まさか素でその伝説の如きセリフを聞けるとは。

てかツンデレの相手はなのはなんだ。せめて僕にしない?ほらほら、この中で唯一の男よ?

「Be quiet!何よ、つんでれって!」
「なのはたちと一緒に通学したいから、わざわざバス通に変えたくせに」(ボソ)
「な、な、ななな、なに言ってんにょッ!?」
「噛んでるから。すっごい噛んでるから」

僕の言葉にアリサの顔が瞬時に真っ赤っ赤。フッ、わかりやすい奴め。

「あ、じゃあなのはちゃん。今度のお休みにお邪魔してもいい……?」
「って、すずか!?」
「うん!」
「なのはまで!?」
「ボクもボクもー」
「だからアンタは黙ってなさい!」
「ひでぇ」

まあ、それは良いとして。

もたもたしている内にすずかが約束を取り付けてしまったからさあ大変。遊びに行きたいが素直にそうとは言えないアリサが焦る焦る。
しばらく両側でじっと自分を見つめるなのはとすずかをアセアセと交互に見ていたアリサだったが、やがて両腕を組んでツンッと前を向くと、

「しょ、しょうがないから、あたしも遊びに行ってあげるわ」

<デレたな>
『デレたな』

清々しいくらいにツンデレである。

<そして何故かここにアリサのツンデレ台詞の数々を録音した手持ち式レコーダーが>
『そういえば前々から貯め込んでおったの。どうするんじゃ、それ』
<これからも録音し続けて、将来アリサの結婚式にでも流すか>
『鬼か貴様』

フッフッフッ、僕に対してツンデレしないことを後悔させてくれるわ。

『……お主、童女にデレて欲しかったのか?』
<いや特に>

ただ悔しかったから、なんとなく。

そうこうしている内にバスは聖祥前のバス停に到着していたので僕はアリサたちにもう降りるよう言おうとしたら、なのはがアリサにくっついていた。どうやら2人が遊びに来てくれることに感激したらしい。

アリサも顔を真っ赤にしてワタワタして、すずかはすずかでその隣で2人の様子に微笑んでいる。こいつも相変わらずさりげなく被害を回避している娘である。

「はーい、笑って笑ってー……はい、チーズ」

僕はその光景を携帯で撮ってから(小1になって親が持たせてくれた)3人に外に出るように促した。
後ろでアリサが騒いでいるような気がするが気にしない。

『流れるように撮るな』
<考えたら負けだ。魂的に>

むしろ社会的に。

まあ3人が仲良くしている写真だけで、怪しいものは撮ってないから大丈夫でしょ。本気で嫌だと言われたら消すつもりだし。

これもそのうち見せてやろっと。





時間は飛んで3時間目。現在の授業は体育である。

教室で体操着に着替えを済ませるとグラウンドに集合する。
ちなみに着替えは男女一緒。流石に小学生をそういう目で見ることは死んでも無いけど(そもそも僕の好みは年上なのだ)。

今日の内容はドッジボール。
たぶん教師陣としてはこの時期にはこういう集団で遊べるものを中心に行なって、生徒たちの仲を深めることに利用しているのだろう。

準備体操も既に終わり、出席番号順に並んだ生徒を担任が2チームに分ける。
僕は白組となり、なのはと同じチーム。対する赤組には当然のことながらアリサとすずかがいる。

チームに分かれる寸前、アリサはすずかを連れて僕となのはに近づいてくると、仁王立ちでこちらをビシッと指差した。

「勝負よ、ハル。アンタはこのあたしがほふってやるわ!」
「“屠る”なんて難しい言葉をよく知ってるな。えらいぞー」
「え、あ、そ、そう?えへへ……って、そうじゃないわよ!いいわね、負けた方はお弁当のときに相手の好きなおかずを渡すのよ」

褒められて少し嬉しそうにはにかむも、すぐに怒ったように罰ゲームを告げるアリサ。照れたり怒ったり忙しい娘である。
あのケンカを仲裁して以来、彼女は僕に妙なライバル意識を燃やしているらしく、ことある毎にこうした勝負を持ちかけてくるのだ。まあ、アレじゃね?ハルのくせに生意気だ、的な某ガキ大将が某いじめられっ子に対して抱くアレ。

『よく言う。お主がことある毎に金髪娘をイジり倒すからじゃろうが』
<んー、ここまで良い反応が返ってくると、つい>
『言い訳にもなっとらんな』

なんだかんだでお前も楽しんでるくせにー。

「まあ、いいけど。ちなみに『相手にボールをぶつけた方が勝ち』って以外に決まりは?」
「ないわ。勝負のせかいに卑怯なんて言葉はないの。勝ったものが勝者よ」
「了解了解、っと」

言質、取ったり(悪笑)。

「いま、春くんがすっごく悪い顔になってたの……」

なのはが何か言ってるけどスルー。

「行くわよ、すずか!」
「うん。それじゃあ、なのはちゃん、春海くん!がんばろうね!」

アリサは言いたいことを言い切ったのか、笑顔のすずかを伴って颯爽と相手チームに行ってしまった。僕となのはも急いで自分のチームに合流する。

「それはそうと。なのはは大丈夫なのか?」
「にゃっ?」
「お前、運動神経死んでるだろ」
「し、失礼すぎなの!?なのは、死んでなんかないもんっ!」
「いやでも、体力測定のとき反復横跳びでコケてたろ。ソフトボールの遠投も確か5メートル以下だったような……?」
「にゃー!?い、言っちゃダメェ~!?」

真っ赤になってワタワタと僕の口を押さえようとするなのは。
が、運動神経が切れているなのは如きに僕が捕まる筈もなく、逃げる僕を追い掛け回しているうちにすぐハァハァと息を切らせる。弱っ!?

「50メートル走やシャトルランならともかく、反復横跳びって……。5メートルって……」
「だ、だから、言っちゃ、ダメ、なの……」
「……いや、ホントに大丈夫か、お前?」

生まれたての子馬の方がまだ生命力に溢れてるぞ。

「ま、まあ、そういうことなら外野に出てれば?安全だぞ?」
「そ、そうします~……」

なのはは息を切らせたまま外野へとフラフラ歩いて行った。始まる前からあれで、あの子は果たして大丈夫なのだろうか?

<よし。じゃあ行くか>
『どうするつもりじゃ?お主、昨日の今日でろくすっぽ腕に力も入らんじゃろう?』
<フフフ、それでも、ただの小学1年生女子を打ち取る程度のボールは投げれる>

僕は移動しながら葛花に返し、配置に着くと担任教師の開始の合図を待った。



「それでは、始めてくださ~い!」

審判位置についた担任がピーッと甲高くホイッスルを吹き鳴らし、ドッジボールが始まった。
初めにボールが渡されたのはジャンケンに勝った赤組、しかもボールを保持しているのはアリサである。彼女は意外と様になったフォームでボールを構えると、宿敵たる男(つまり僕)の姿を探しつつ、宣言する。

「ふふん。覚悟はいいわね、ハル!アンタはあたしが───って、いないじゃないっ!?」

しかし相手チームの陣地のどこを探そうとも僕の姿はない。それもその筈、

「くっ、一体どこに……!?」
「掛かったなアリサ!後ろだ!!」
「なんですって!?」

声を頼りに驚愕と共に振り向くと、其処には自分の友達であるなのはと───探していた筈の男の姿が。

「って、なんでアンタが外野にいるのよ!?」

そう。

実は現在僕が立っている場所はアリサたちを挟んで自身のチームの陣地の反対側、外野である。隣のなのはの視線が痛いぜ。

僕はアリサをビシィッと指差すと、得意気に告げる。

「ハッハッハッ、馬鹿めっ!『相手にボールをぶつけた方が勝ち』が唯一のルール。ならば答えは簡単!外野に出てしまえばお前は僕を狙えまい!そして僕はお前をここから一方的に攻撃するのみ!!」
「な、なんて卑怯なの……ッ!?あと指差さないで!」
「忘れたか?お前が言ったことだ。勝負の世界に卑怯なんて言葉は無いっ!!アーッハッハッハッ!あとごめん」
「ぐぬぬ……!」
「ハッハッハッハッ!」

小学1年生女子にドッジボールで勝負を挑まれ、本気を出すどころか策まで弄し、しかもそれに対して得意気に高笑いする大学生(亨年21歳)の姿が、そこにはあった。

ていうか僕だった。

自分で自分にびっくりだ。

「ほらほら、周りのみんなも待ってるぞー?」
「フンッ、いいわよ!やってやろうじゃない!!」

アリサは漢らしく啖呵を切ると、振り返るや否やすぐさまボールを投擲。さっそく1人目にぶつけてしまう。
のんびりそれを鑑賞していると、隣のなのはがじとーっとした目で僕を見ていた。

「……春くん、すごくずっこいの」
「兵法と言え、兵法と。その証拠に……見ろ。もうチャンス到来だ」

言いながら僕はアリサのチームメンバーに当たって転がってきたボールを拾い上げた。僕は右手でボールの具合を確かめながら、もはや狩られるのを待つばかりとなった獲物(アリサ)に目を向ける。

「さあ、覚悟はいいかな?アリサくん」
「来なさいよ。勝つのはあたしよ」

僕の言葉に威風堂々と構えるアリサ。……すごく……漢らしいです。

僕はそんなアリサに不敵に笑いかけ、右腕を後ろに回すと、

「じゃあ、行くぞ!…………なのはが」

言葉と同時に隣でポーとしているなのはにパス。

「うにゃっ!?にゃっ、にゃっ、……って、ええ~~っ??!」

なのはは不意打ち気味に渡されたボールを2、3度両腕でワタワタとお手玉していたが、体全体を使ってなんとか受け止めると、そのまま彼女の目は僕とボールの間を行ったり来たり。しかし状況を理解するとすぐにまたうろたえ始めた。

「は、春くん!?なのはじゃムリだよぅ!」
「大丈夫だって、投げるだけなんだから。別に当たらなくてもそれはそれで構わないし」
「で、でも~……」
「ちょっとハル、どういうことよ!あたしとの勝負はどうしたのよ!」

オロオロするなのはを宥めていると向こうのアリサから非難の声を上げた。なので僕はアリサの説得を試みる。僕の108技のひとつ『話術』を魅せる時が来たようだ。

「だってなのはだぞ?運動神経が切れてると名高いなのはだぞ?例え外野であってもボール確保が独力では絶対不可能と思われるなのはだぞ?」
「ひ、ひどすぎるのっ!?」
「……それもそうね」
「ア、アリサちゃんまで!?」

まさかの親友の同意に愕然とするなのは。

と、そこでなのははアリサの隣にいるもう一人の親友に目を向けると、救いを求めて涙目で縋るように問い掛ける。

「うぅぅ~~……す、すずかちゃん。なのは、そこまでよわよわじゃないよね!?ねっ!?」
「な、なのはちゃん……ごめんなさい!」
「にゃ、にゃぁぁぁ~~~~!?」

が、肝心のすずかはなのはからの切実な叫びに申し訳なさそうに謝罪すると、ツイッと顔を逸らしてしまう。ウソでも『そんなことないよ』って言えば良いのに。正直な娘さんである。

「もういいから早く投げなさいよ、なのは」 
「うぅ……わかったの……」

なのはの上げる魂の叫びをアリサは呆れたように斬って捨て、てめぇとっとと投げろやと催促。
その言葉になのははようやく諦め、ボールを持った左手(なのはは左利きなのだ)を構えた。

「来なさい、なのは!」
「う、うん!……えいっ!」

アリサの軽い挑発を受け、なのはは拙い投球フォームでボールを投げる。そのボールは思いのほか綺麗な放物線を描き、…………ポンとアリサの腕の中にこれまた綺麗に収まった。

「……………………」
「……………………」
「……………………」
『……………………』
「「「「「「「「……………………」」」」」」」」
「…………なにか言ってよぅ!?」

さすがにクラス全員(+きつね一匹)分の沈黙は非常に居たたまれなかったのか、赤い顔の涙目なのはが悲鳴のような声を上げた。

哀れである。

それを見た僕も、何だか非常に申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。

「…その……なんかゴメン…」
「あやまらないでよ~~!!」

僕の言葉がトドメとなり、とうとうなのはは赤くなった顔を押さえてしゃがみ込んでしまった。こりゃ、しばらく復活しなさそうだ。

僕はアリサの方を見て2人で目を合わせると、どうしたものかとアイコンタクト会議開始。

(これどうしよう)
(アンタの責任でしょうが。なんとかしなさいよ)
(いや、そうは言ってもな。流石にここまでよわよわだとは、僕も予想してなかったというか……」
「春くん、声に出てる!声に出てるよぅ!?」

なのはが僕を指さして何か言ってるような気がするけど、きっと気のせいだろう。

ともかく、僕とアリサのアイコンタクト。その結果は、

「じゃ、続けるか」
「そうね」

軽く流すことにした。メンドーだし。

そのままアリサは再び相手のチームにボールを投げ込む。今度は受け止められたようだ。

それを見ながら僕はしゃがみ込んでしょんぼりしてるなのはの肩に手をのせると、元気付けるための言葉を掛ける。

「元気出せって、なのは」
「うぅ、春く~ん……」

なのははしゃがんだまま顔を上げて、涙に潤んだ瞳で僕を見上げる。
大本の元凶が僕だったとか微塵も考えてないんだろうなー。
良い子である。

そんななのはに、僕は慈愛顔で更なる励ましの言葉を、

「───なのはがどれだけ弱っちくても、僕となのはは友達だ……!」
「まさかの追い打ち!?その言葉はうれしいけど、励ますならちゃんとがんばってほしいの!」

真っ赤な顔のままでポカポカ叩いてくるなのちゃん。でも本人が非力なので全然痛くない。

あと嬉しいんだ?
良い子である。

「まあ、なのはなら頑張れば運動も出来るようになることも無きにしも非ずなのかもしれない……かも?」
「すごく自信なさげなうえに、せめて断言しようよ……」
「いやだってな。なのは、想像してみろ。スポーツで自分が大活躍している光景を」
「むむ」

僕の言葉になのはは目を閉じて真剣な表情になる。僕の言った通り、ドッジボールなんかで相手にどんどんボールをぶつける自分を思い浮かべているのだろう。
しかし、釣り上げ気味だった眉はすぐにハの字になり、なんともよわよわな表情に。

「すごい違和感だろ」
「うぅ……、返す言葉もありません……」

シオシオと再び泣き崩れるなのはの頭をぽんぽん撫でておいた。

と、そこで外野に立つ僕の近くにボールが転がって来たので拾い上げる。
見るとなのはと話しているうちに中に残っている人数は半分ほどにまで減って、外野の数もその分増えていた。

ただアリサとすずかは未だにコートの中に残っている。アリサは先ほどの焼き回しのように構え、実に漢らしく笑いながら告げた。

「今度こそ来なさいよ!ハル!!」

それに僕は笑い返すと、全身のバネを引き絞るように身体を捻る。ボールは既に右手の中だ。

「おー、それじゃあ行く…ぞっ!!」

言葉の終わりと同時にアリサに向けて全力で投擲する。普段ならばともかく、今の僕の身体の状態なら全力で投げるくらいが丁度良い。
術符の訓練で鍛えた投擲技術はこんな場ででも無駄に発揮され、ボールは目標であるアリサ目掛けて一直線に飛んでいく。
別に怪我をするほどの威力は出ていないものの、それでも単なる運動が出来る程度の女の子が止められるボールじゃない。

「わっ、きゃっ!?」

僕の狙い通り、ボールは止めようとしていたアリサの腕を弾き、軽い放物線を描いてまっすぐ地面へと───

「アリサちゃん───えいっ!」
「なにー!?」

落下する前にすずかが滑りこむようにしてキャッチ。まさかあのギリギリのタイミングで間に合うとは……。

しかし、すずかのミラクルプレーはそれで終わらなかった。

「───やっ!」

更にボールを持つすずかの右手はノータイムで地面を滑るようにしてボールを射出。
アンダースロー気味に打ち出されたボールは地面スレスレを滑空し、そのまま敵の一人を打ち取った。

「すっげー!!」
「かっけー!!」

その様子に、僕とアリサの勝負を見守っていた周りの生徒が大賑わい。

<おいおいおい、なんだありゃ>
『そういえばあの娘、人外の血が混ざっておったの』
<……あー>

あったね、そんな設定。忘れてた。

<となると、あの運動神経はそれか>
『十中八九、な』

んー……まあ、すずかも力を悪用するような子じゃないのはよく分かってるし、大丈夫か。気にしないでいこう。

葛花との緊急念話会議で結論を出していると、クラス全員がすずかのミラクルプレーに歓声を上げていた。味方は口々にすずかを褒め称え、敵である僕と同じチームの生徒でさえ盛り上がっている。

「Thanks!すずか!」
「ううん、どういたしまして!アリサちゃん!」

その中心でアリサとすずかは二人とも笑顔でハイタッチ。アリサは僕に視線を移すと、

「どうよ、ハル!今のはアウトなんかじゃないわよ?」

その得意げな顔のアリサが微笑ましくなって、僕も思わず顔に笑みが浮かんでくる。

「オーオー、そうだな。次は打ち取ってやるから覚悟しとけ」
「望むところよ!」

そう言ってアリサは再びドッジボールに戻る。
そこで隣のなのはが膝を抱えたまま僕に話しかけてくる。

「うやー。すずかちゃん、すごいな~」
「羨ましいか?」
「にゃはは、うん。なのはって、あんなにはやく動いたり投げたりできないから……」

なのはは少し気落ちしたような哀しげな笑顔で僕に言った。
……やべぇ。なのはがちょっと落ち込みムードに入ってんだけど……。ちょっ、これマジどうしよう。もしかして僕、やり過ぎたッスか?

『泣ぁかした、泣ーかしたー』
<ガキみたいなことしてんじゃねぇよ!?あと泣いてないしっ!!うわっ、でもマジどうすんの!?>

とりあえず、なのはが考え込んでネガティブスパイラルに陥らないように話し続けよう。

「な、なのはは運動とかはやらないのか?ほ、ほら、恭也さんたちみたいに」
「なのはは運動ってあんまり得意じゃないから……。それに…相手の人を傷つけたり、怪我をさせちゃうのって……好きじゃない、から」
「ん、そっか。……うん。それじゃあ、まずはボールの取り方から練習してみるか?」
「ふぇ?」

僕の話の繋がりが解からず、こちらを見上げたまま不思議そうに顔を傾げる。

「なのはが恭也さんたちみたいに戦ったりするのが好きじゃない、ってのは分かったけどな。でも運動するのは得意じゃないだけで、嫌いってわけじゃないんだろ?」
「う、うん……」
「ならやってみようぜ。別に戦ったり真剣にスポーツをしたりするんじゃなくて、軽く体を動かしたりな。……ってことで、まずはドッジボールのボールの取り方から。どうだ?」
「あ、───うん!」

僕の言葉になのははパァと晴れたような笑顔になる。……よ、よかった。なんとかなのはを元気付けるというミッションはクリアしたっぽい。

それから、僕は外野の端で予備のボールを使い、なのはにボールの取り方を教えた。
ボールが飛んできたら目を逸らさずによく見ること。
腕だけでなく体全体で受け止めること。
体で受け止めたらすぐに体と腕で包み込むようにしてボールを固定すること。

誰でも知っているような簡単なことばかりではあるものの、その一つ一つをなのはは真剣に聞いて体を動かしていた。



そうしているうちに、肝心のゲームはいよいよ終盤に入る。

残っているのは白組は1人、赤組は3人。赤組3人のうちの2人は言うまでもなく、アリサとすずかである(三人目は吉川くん(♂))。

僕の目の前ではなのはが動作を確かめるように腕を動かして、うんうんと何度も頷いていた。

「ぇと、……こうして。……うん!分かったの、春くん!」
「そりゃ良かった。じゃ、最後に頑張ってみるか」
「うん!……あ、でも…」

しかし何故かここで今まで以上に気落ちした様子を見せるなのは。

「ん、どした?」
「ドッジボール、もう終わっちゃうの…」

彼女の目線の先ではすずかの投げたボールによって白組の最後の1人が打ち取られていた。
たぶん、なのはは自分の努力を試すことが出来ないことが残念なのだろう。
せっかく頑張ったのだ。成功するか失敗するかは置いておいて、努力したことを出し切ってみたいのが人情だしな。

確かに普通ならばここでゲームセット。試合は赤組の勝利で幕を閉じる。

───普通なら、な。

「ククッ、甘いぞ、なのは」
「にゃ?───って、わっ!?」

僕は小首を傾げるなのはの手を取ると、なのはを連れて白組の最後のひとりが打ち取られたコートに入る。
そして審判役の担任に告げた。

「僕たち、初めから外野に出てたので中に入りまーす!」
「はい、分かりました」
「あっ……」

僕の後ろでなのはが呆然と声を上げるのが聞こえる。

そう。
確かにドッジボールとは通常、原則として外野にいる人間は中にいる人間にボールを当てなくてはコートの中に復活することは出来ない。
が、物事には何事も例外というものが存在する。今回もそうだ。

ドッジボールにおける今回の例外。
それは『ただし、プレー開始時に外野に出ていた者は自分のタイミングで中に入ることが出来る』というもの。
その証拠に、赤組で初めに外野に出ていた2人だって、ある程度赤組の人数が減った時点で中に入っている。

このルールにより、僕となのははコートの中に復活出来たのである。

「にひひ。じゃ、やるか。なのは」
「───うん!」

状況が呑み込めたのか、なのはは僕の言葉に満面の笑顔で頷き返した。

僕はコート内に転がっていたボールを拾い上げると、アリサとすずか(と吉川くん(♂))に不敵な笑みを向け、先程と同じ台詞を投げかけた。

「さあ、覚悟は良いかな?アリサくん」
「ふふん、強がったところでそっちはアンタと戦力外のなのはだけじゃない。こっちはあたしとすずかと───」

バンッ!

「───これで、数は同じだな」

僕は再びこちらに転がって来たボールを手に取る。

不意に湧き上がる歓声。アリサが横を見ると、そこにはボールに当たって退場する吉川君(♂)の姿が。

アリサはその光景にしばし呆然としていたが、すぐに僕に向き直る。
その整った顔に浮かぶのは───笑み。
アリサ・バニングスは宿敵たる男(つまり僕)との闘いを前に歓喜している(っぽい)。

アリサは腰を落とし、完全に受ける態勢に入ると敢然と叫ぶ。

「いいわ、ハル!来なさいよ!!」
「言われずと…も!!」

自分の言葉を斬るように、引き絞った全身のバネを利用しての全力投擲。三度放たれたボールは寸分違わずアリサに向かって疾駆する。
アリサは先程と同様にそれを真っ向から受け止めようとするものの、これまた先程同様かなり大人気ない速度で投げられたボールを小学1年生の女の子が受け止められる訳もなく。

結果、またしてもアリサはボールを受け損ねた。

が、ここで僕は思わず舌打ちする。アリサにぶつかったボールが地面に向かうことなく宙を舞ったのだ。

(アリサのヤツ、自分では取れないと見てボールを上に弾いたな)

この超・小学生級女子め!

急なアーチを描いたボールは、やがて地面に向かい始め、



───そして、それをもう一人の超・小学生級女子が見逃す筈もない。



「させない!!」

すずかは力強く大地を蹴ると宙を舞うボールを空中で軽々とキャッチ。更には浮遊したままで態勢を整えると、そのまま空中で───投げた!

先程の僕のときとほぼ同速度のボールの行く先は、まだ投げ終わって姿勢が崩れたままの僕だ。
もはや受け止められるだけの態勢を立て直す時間は無い。つまり、僕に出来ることは倒れ込むようにして避けることのみ。
だがそうするとボールは外に出てしまう。授業の残り時間は少ない。相手にボールを渡していたら、アリサたちを打ち取る前に時間切れだ。



───だから僕は右腕を振り上げることで、あえてボールに自分から当たる。



ボールが振り上げた右腕に衝突する瞬間、僕は右腕の衝突部分を幾らか意識することでボールの軌道を調節。
僕はボールの行方を目で追いながら半ば予想した通りの軌道であることに確信しつつ、叫ぶ。

「なのは!」

振り抜いた右腕が弾いたボールの行き先は───なのはだ。

すずかの投げたボールは僕に当たったことで十分減速して軽くアーチを描いているものの、まだ少し速い部類に入る。少なくとも以前のなのはなら絶対に止められなかっただろう。

しかし、ボールが向かって来ているなのはの表情には僅かな緊張こそ見て取れるが、焦りはない。

怖がって目を閉じることなく、その両目をしっかりと開いてボールを見ていた。そして目標が自身に到達すると同時に、なのはは僕が教えた通りに身体を動かす。

手は突き出しすぎることなく、腕ごと胴体に引きつけた状態でボールを受け入れるように。
ボールは自分の胸のあたりで受け止め、取りこぼす前に身体全体で抱き込む。

なのはは抱き込む瞬間こそギュッと目を固く瞑っていたが、やがて怖々と目を開くと、

「………………あ」


───其処には、見事掴み取ったボールがあった。


「月村のヤツ、相変わらずスッゲー!」
「高町、あんなのよく取ったなー!」

外野にいるクラスメイト全員がすずかとなのはの見せたファインプレーに異口同音に湧き上がる。

それはそうだろう。

僕の投げた速球がアリサを打ち取ったかと思えば、先程の焼き回しのようにすずかがミラクルプレー。それにより僕がアウトになるかに見えたが、それさえもなのはの活躍で阻まれた。
これで盛り上がらない方がどうかしてる。

なのはは自分が取ったボールに呆然としていたが、やがて理解が追いつくと、その顔にパァとひまわりのような笑みが広がっていく。

「やった……やったよ!春くん!」
「よくやった!グッジョブだ、なのは!」

ピョンピョン飛び跳ねるながら駆け寄ってくるなのはに片手をヒラヒラ上げる。なのははキョトンと僕の右手を見ていたが、すぐに笑顔で自分の右手をパシンッと叩きつけた。イエーイ。

「やるじゃない、なのは!」
「なのはちゃん、すごい!」

アリサとすずかも我が事のように喜んでいる。敵であるなのはを純粋に称賛出来る辺り、この二人も人間出来てるなーと感じる。小1のなのに。……小1なのに……ッ!

「練習して良かったろ?」
「うん!……春くん!はい、これ!」

そう言って差し出した手の中には、なのはが先程取ったボールがあった。これって……、

「いいのか?お前が自分で取ったのに」
「いいの!」

笑って頷くなのはの顔には陰りなんてものは全く無い訳で。そんな顔で渡されたら断れるはずない訳で。

「……了解」
「がんばってね!」

受け取るしかない訳で。

僕はなのはから貰ったボールを手に、アリサとすずかに向き直る。僕はすずかに目を向けたまま、

「悪いな、アリサ。お前は少し後回しだ」
「む、………まあいいわ。ホントなら2回とも負けちゃってるんだし。というわけで、頼んだわよ、すずか!」
「うん!」

アリサの言葉に、いつに無く強気な笑みで応じるすずか。なんか体育になってからというもの、すずかが生き生きしているような気がします。あの子肉体派みたいです、先生。

「負けないよ、春海くん!」
「お前もうキャラ違くね?いや良いけどさ」

ムンッと気合を入れるすずか。あの子やっぱり体を動かすことが気持ち良いみたいです。肉体派です、先生。

まあ良い。僕はボールを構えると、すずかを真正面から見る。目線は相手の上半身。投げる位置をしっかりと見据える。

「少しばっかりセコいことするぞ、すずか」

ぶっちゃけ勝てそうにないし。真正面から行けば、たぶん負けます。小学1年生女子に。

「?……うん、いいよ!」

笑顔で受け入れる小学生1年生の包容力に惚れそうです、先生。

「───らァ!!!」

僕はすすかの了解を確認するや否や、全力でボールを放つ。先程以上に身体を捻り、球速をパワーではなく技術と遠心力で増す。

轟!!

低い風切音を伴いながら放たれた弾が宙を翔け抜ける。

すずかは既に捕球のために動き始めている。

刹那、すずかと目が合う。当然だ。“投げている間も”僕の目は変わることなく常にすずかの上半身に向けられている。



───例え僕の狙いが、すずかの足首スレスレだとしても。



「───え?」

すずかは無意識の内に僕の目線から大凡のボールの軌道を予測していたのだろう。通常ならば分からないぐらい一瞬のものであっても、普通とは異なる身体能力を持つすずかなら可能なはず。

しかし、その予想は大きく裏切られることになる。

彼女の予測と大きく異なり、ボールの軌道は遥か下。
すずかも人間離れした速さで捕球に動き始めるが、今更間に合う筈もなく。

その結果───

「───こうなる」


すずかから最後まで逸らさなかった目で地面を見ると、其処には彼女の足に跳ねかえり、転々と転がるボールが在った。


周囲には、歓声が湧いた。










『せこ……』
<お願い、言わないで下さい……ッ!>


そして僕には羞恥心が湧きあがった。


一時のテンションに身を任せた結果がこれだよ!!






(あとがき)

てな感じで第六話投稿。

今回は前回の予告通りの日常回で、学校での3人娘との1ページとなりました。主人公のテンションが異様に高いですが、学校では大概こんなもんです。「もともとの性格+精神が肉体年齢に引っ張られている」とでも考えて納得しておいて下さい。一応、随所随所で大人としていろいろ気を回してはいるので。
作者としてもなんでこんなにテンション高めで書いちゃったのか分かりません。これがキャラが勝手に動くというヤツか……ッ!

それはそうと、このSSの3人娘との関係はこんなもんでしょうか?
なのは=妹分
アリサ=ライバル(主人公的にはツンデレおもしれー)
すずか=他の3人のストッパー 兼 肉体派
みたいな?

あと関係ないけど「紐糸」のなのはって可愛いですね。

次回はちょっとシリアスになるかもです。

ではでは。


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