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第一話 碇ゲンドウの憂鬱
特務機関ネルフ。
人類全体の敵となる“使徒”に立ち向かう汎用人型兵器“エヴァンゲリオン”を開発・運用する事を目的に建てられた組織である。
表向きはそうなのだが、ネルフには裏の顔があった。
それは秘密裏に人類補完計画を遂行させる事。
人類補完計画のスケジュールによれば、使徒が襲来するのは約2週間後である。
ネルフではファーストチルドレン、綾波レイをパイロットとしてエヴァンゲリオン初号機の起動実験を行っていたが、実戦に耐えられるシンクロ率を出すことができなかった。
実験の失敗によりエヴァのコアに取り込まれてしまったユイの遺伝子を持つレイなら高いシンクロ率なると予測されていたのだが、計算が狂ってしまった。

「碇、A.T.フィールドを発生させられないようでは使徒と戦いにならんぞ」

冬月がゲンドウに向かって責めるように言葉を投げかけた。

「問題無い」

ゲンドウは冬月に今までの繰り返しとなるセリフで答えたが、その額には冷汗が浮かんでいた。
ここで使徒に負けるようなことがあってはゲンドウの目的も達成できなくなる。
絶対に失敗は許されなかった。

「先生、しばらくここをお願いします」

ゲンドウは冬月にそう告げて実験棟を出ると司令室へと戻り、思案に暮れた。
レイの他にチルドレンとなる適格者が居ないわけではない。
ドイツ支部ではセカンドチルドレンと弐号機による起動実験で高いシンクロ率を出すことに成功していた。
よって弐号機を日本に召喚して使徒を倒させると手段もあるが、それでは本部の面目丸潰れである。
弐号機のコアとなっているのは、弐号機のパイロットの母親。
レイはユイの遺伝子を受けついているが、ユイの娘ではない。

「やはり、母と子が“鍵”だと言うのか……?」

ゲンドウは机に両肘をついて頭を支えるいつもの体勢でつぶやいた。
その仮説ならばレイよりも高いシンクロ率を出せる適格者は存在する。
しかし、その仮説を正しいと認めてしまっては、ゲンドウにとって辛い事実を受け入れなければならない。
ゲンドウはネルフのMAGIシステムが完成した日の夜、赤木ナオコ博士に問い詰めたのである。
10年前の実験の失敗は仕組まれたものでは無いのかと。
ナオコ博士は口をつぐんだままゲンドウの質問に答える事はなかった。
そして次の日の朝、ナオコ博士は事故死をしてしまう。
冬月にすべては事故だと説得され、ゲンドウも疑惑を振り払って人類補完計画の遂行に努めた。
エヴァのシンクロにとって母子の愛情が重要なカギだと認めてしまえば、ゲンドウはまた疑惑を抱かなくてはならなくなる。
だが、レイによる初号機とのシンクロは失敗続きだ、背に腹は代えられなかった。



決断を下したゲンドウは京都の兄夫婦の家まで息子のシンジを迎えに行った。
シンジを預けたのは10年前の事である。
突然訪れたゲンドウに兄夫婦は驚いた。
そしてゲンドウがシンジに用があると告げると、兄夫婦は気まずそうに庭にあるプレハブ小屋を指差した。

「僕を捨てた父さんが今さら何の用だよ」

10年振りとなるゲンドウとシンジの再会。
シンジはゲンドウに警戒するオオカミの様な鋭い視線を向けてにらみつけた。
5歳の時のシンジの姿しか覚えていないゲンドウは少しショックを受けた。
しかしそれを顔に出す事は抑えてゲンドウはシンジに低い声で言い放つ。

「必要だから迎えに来たまでだ」

ゲンドウの言葉を聞いたシンジは目を輝かせた。
だが、すぐにふてくされた表情になって横を向いてつぶやく。

「父さんは勝手だよ」
「どうしますか、司令」
「子供のワガママには付き合ってられん、連れて行け」

諜報部の隊員に尋ねられたゲンドウはそう答えてシンジを強制連行するように命じた。

「お待ちください、司令」
「何故止める、葛城一尉」

しかし、そんなゲンドウの前に立ち塞がったのは作戦部長のミサトだった。
彼女はパイロットとなったシンジの直接の上司となるため、ゲンドウに同行していたのだ。

「強引に連れて行くのは得策ではありません、私が説得して見せます」

ミサトはそう言うとシンジに簡単な自己紹介をした後、説明を始める。

「シンジ君、突拍子もない話だけど私達は使徒を倒すため、あなたの力を必要としているの」
「使徒?」

シンジに尋ねられたミサトは順序立てて使徒やネルフ、エヴァについて説明を続けて行った。
ミサトの説明を聞いていくうちに、だんだんとシンジの顔は引きつって固まって行った。

「そんな……映画みたいな話……冗談だろ?」
「冗談を言うために、わざわざあなたのお父さんがここまで訪ねてくると思う?」

真剣な顔のミサトに言われて、シンジは黙り込んだ。
しばらく考えた後、シンジは口を開いてミサトに尋ねる。

「……どうして僕が危険な目にあってまで使徒と戦わなければならないんですか」
「私達ネルフの技術不足を素直に謝るしかないけど、今のエヴァはあなたにしか動かすことができないの。そしてあなたが拒否すれば、代わりにあなたと同い年の子が乗ることになるわ。ギリギリでエヴァを動かせるようなひどい状態でね」
「それって脅しじゃないですか」
「そう受け止められても仕方が無いわね」

シンジに指摘されたミサトは深いため息をついた。
再び沈黙がその場を支配する。
誰もが声を潜めてじっとシンジの言葉を待った。

「……分かりました、僕はネルフに行きます」
「シンジ君、ありがとう」

シンジの言葉を聞いてミサトはホッと息をついた。
そしてシンジは立ったままじっと動かないゲンドウを見つめて言い放つ。

「だけど、僕はミサトさんとその同い年の子を助けるためだ、父さんのためじゃないからね」
「……ああ、それで構わん」

ゲンドウは低い声でシンジにそう答えるのだった。
シンジを連れてプレハブ小屋を出たゲンドウを慌てて引き留めたのは、ゲンドウの兄夫婦だった。
彼らはシンジが使徒と戦う事を知ると、シンジはまだ未熟な子供であると言って猛反対の意見を述べた。
しかしミサトは憎らしげにゲンドウの兄夫婦をにらみつけると言い放つ。

「あなた方はシンジ君ではなくて、自分達の身が可愛いんでしょう。司令からシンジ君のために振り込まれた養育費を使い込んでいた事は解っているんですよ」

ミサトの言葉を聞いて、ゲンドウの兄夫婦は膝を折って崩れ落ちてしまった。

「さようなら伯父さん、叔母さん」

シンジは冷たい目で伯父夫婦をチラッと見ると、ミサトに続いてゲンドウの車へと乗り込んだ。



ミサトの運転で、ゲンドウとシンジを乗せた車は京都から第三新東京市へと疾走する。
シンジが助手席、ゲンドウが後ろの席と言う微妙な距離感が2人の今の心理状態を表しているのだとミサトは張りつめた空気と共に感じた。
しかし、ネルフ司令であるゲンドウの前でミサトは陽気に振る舞うわけにもいかず、とりあえずシンジにネルフの概要が記されたパンフレットを渡した。
シンジは車内の気まずい雰囲気をパンフレットを熱心に読む振りをする事でやり過ごしていた。
そして車はネルフ本部に到着しジオフロントの中に入ると、シンジは驚いて辺りの景色を見回す。

「凄い……!」
「これが私達ネルフの本部、人類を使徒の脅威から守るための砦。その総指揮をとっているのが、碇司令よ」
「父さんはこの仕事をするからに僕が邪魔になったの?」
「……そうだ」

シンジの問い掛けにゲンドウが答えると、ミサトは冷汗を浮かべながら必死にフォローする。

「だけど、司令はとっても忙しくなってシンジ君の面倒が見られなくなったから、シンジ君を伯父さん達に預けたと思うのよ」
「預けた? やっかいものを押しつけた、の間違いじゃないんですか?」

皮肉めいた言い方でシンジは自分の細い腕をミサトとゲンドウの前に見せつけた。
栄養失調までとは行かないが、シンジはやせている方だった。

「そうだ、今日はシンジ君のパイロットの就任の歓迎会をやりましょう! シンジ君の好きな物を何でも食べて良いから!」
「何でも買ってもらえるんですか?」

ミサトの言葉を聞いたシンジの目が鋭く光った。

「ええ、だって命を懸けて使徒と戦ってくれるシンジ君のためですもの、構わないですよね、司令?」
「……好きにしろ」

ゲンドウはぶっきらぼうにそう答えた。
その言葉を聞いたシンジはゲンドウの気持ちを試すかのように思いつく限りのワガママな注文をした。
聞いていたミサトはさすがにやりすぎかと思ってシンジをいさめる。

「ちょっとシンジ君、そんなにたくさん食べきれないでしょ? それぐらいにして止めておいたら?」
「ミサトさん、僕の歓迎会なんでしょう? じゃあたくさん人を呼べばいいじゃないですか」

シンジはふて腐れた様子でミサトに言い返した。

「……問題ない」

ゲンドウもそう言ってミサトの忠告を受け流した。
これは碇親子の意地の張り合いなのだとミサトは悟った。
巻き込まれたミサトはたまったものでは無いとウンザリして深いため息を吐き出した。
こうしてシンジがネルフに到着した日早々に、ネルフでは大宴会が行われる事になったのである。
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