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[29610] 【習作】気持ちよく自殺しようとしたら、彼女が出来た【中編】
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/09/12 12:28
短編を焼き直して中編程度にする予定です。
コレジャナイ感溢れる話になるかもですが、リア充死ねと言われる話にはします。
小説家になろうと同時投稿です。

今回のテーマ「高二病」



[29610]
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/09/09 20:20
壁にかけられた鍵箱を開けると、取り付けられた古びたプレートに『屋上』と書かれている鍵があった。

「先生、視聴覚室の鍵返しておきますね」

「ありがとうね、松浦くん。 皆、お仕事頼むとイヤそうな顔するから先生、松浦くんにしか頼めないの……」

制服を着ていたら僕達、高校生の中に平気で混ざれそうな童顔を曇らせながら、そんな事をのたまってくれる先生。
だから、いつも僕ばかり用事を頼まれてたのか。

「大丈夫ですよ、僕に出来る事があれば何でも言ってください」

「本当? ありがとうね」

えへへ、と向日葵が咲いたように笑う先生。

「いえ、先生もまだ一年目で大変でしょうし」

と、言いながら僕は屋上の鍵を手の中に隠したまま、鍵箱を閉めた。
隅っことはいえ、職員室の中で、しかも、担任の教師の前で堂々と窃盗。
これはなかなかドキドキするもんだなぁ。

「そうなのよぅ……みんな、私の事なんて先生だと思ってないのよね」

手の内に隠した鍵を、こっそりとポケットに落とす。
こんなに堂々とした窃盗を見逃すくらいだからだろう、と思いながら僕は言う。

「ははは、先生というよりお姉さんって感じですもんね」

「もうっ、松浦くんまでそういう事、言うんだから! 先生、怒りますからね!」

私、怒っています、とわざとらしく顔に書いた先生は、どこか嬉しそうな雰囲気だ。
周りは先輩の教師だらけで常に監視されているようなもの。
かと言って生徒にもナメられる訳にはいかないから、話す相手もいない。
だから、こんな軽口程度でも嬉しがっている。
きっと疲れているんだろうね。
でも、それがわかっても僕じゃ先生の役には立てやしない。
だって、

「あはは、すみません」

実は僕、先生の名前を覚えてないんです。

「うーん……仕方ないですね。 許してあげます」

朗らかに笑う先生に、僕は罪悪感を抱く事は無かった。





普段ならもう少し付き合ってあげる先生とのお喋りをさっさと切り上げると、僕は屋上に向かう廊下を歩いていた。
暦の上で夏は終わったはずだけど、まだまだ蒸し暑い。
夕暮れの日差しに赤く染まる廊下には誰もおらず、ただ僕の足音だけが響いている。
窓から外を眺めると、小高い丘ともつかない木々の緑に覆われた微妙な高さの多分、山。
でも僕の中では壁という表現がぴたりと当てはまる。
あの山さえなければ、と何度思った事か。
そして、誰もいない校庭。 部活もさっさと終わったらしい。
まだ五時にもならないのに練習切り上げてるから、うちの高校の部活は弱いんだ。
自分はやりもしないくせに文句をつけると、胸ポケットからイヤホンを取り出した。
曲はなるべくハイテンションなのを。
僕達の年代ではあまり好きだという話を聞かない古いロックバンドは、今の気分にぴったりだ。
イヤホンから聞こえて来る歌声から、愛だの恋だのの言葉は聞こえて来ない。
歌いたいから歌うという感じがして、気持ちがいい。
僕は今、わくわくしている。
封鎖されている屋上に入る。 ただそれだけで走り出したくなるような気分。

おいおい、待てよ。 もう僕は高校生じゃないか。 こんな冒険とも言えないような冒険で、うきうきわくわくするなんて恥ずかしいだろ。

そんな風に思わないわけじゃない。
だけど屋上ならきっと見えるはずだ。
空でも飛んでしまいたい気分のまま、僕は階段に足をかけた。
階段の上に見える金属製の扉はあちこち錆び付いている。
一歩、また一歩。
と、ここで曲が終わった。
ランダム再生にしているせいで次の曲に何が流れるかわからない。

流れて来たのは、ゆったりとした透き通る歌声。
そのくせ歌ってる内容は、馬鹿馬鹿しいくらい単純な歌。
世界はとても綺麗だ。
僕は心の底から、その言葉に賛同する。

ドアノブに手をかけて、鍵を差し込む。

そして、この歌には人がいない。
世界の美しさを美しい歌声で歌いながら、誰もいないのがまた僕を好きにさせてくれる。

鍵を回すと、かちゃん、という音がした。
ごくり、と唾を飲み込むと、ゆっくりとドアノブを回した。




















鍵がかかって開かなかった。
なんだよ、それ。
つまり、元々開いてたのを閉めちゃったのか。
ごくり、とかやってた僕が馬鹿みたいじゃないか!
恥ずかしい!
……くそう。
気を取り直して、扉を開ける。
ギギギギ、と音を立てながら開く扉の向こうには、

「おお」

海が見える。
山の向こうに見える海は夕焼けに染まって、オレンジ色にキラキラと輝いていた。
うっとおしい蒸し暑さを洗い流してくれるような涼しい潮風は、僕の気持ちを更にかき立ててくれる。

どの教室に入っても、絶妙に壁が邪魔をして学校から海は見えない。
だけど屋上からなら、と思っていたけど、正解だった。

多分、他人が見ても今の僕ほど綺麗な光景だとは思わないだろう。
山の影から、ぱーっと広がる景色は確かに綺麗だ。
でも探せばもっと綺麗な景色は沢山ある。
でも、今の僕にとってみれば、まさに目の前の壁がぱあっと開いた。
そんな感じの気分だ。

ふっと海から視線を逸らすと、そこにはフェンスにでかでかと穴が開いていた。
フェンス越しにみるより、きっとこの光景は綺麗なはず。
そう思って、僕はそこに歩み寄る。
風にふっと甘い香りが乗った。

ゆらゆらと揺れるポニーテールが、屋上の縁に座っている。
フェンスをくぐって、そのまま足を投げ出すように腰を下ろした。
地面を踏みしめていない僕の足は、ひどく頼りなくて、それがまた気持ちいい。

「ねぇ」

ここで飛び降りてしまえたら、どんなに気持ちいいだろう。
この浮き立つような気分のまま終われるのなら、僕にとって理想の死に方な気がする。
人生の最後は人生最高のタイミングであるべきだ。
僕はそう思っている。
僕の人生にこれからがあっても、これ以上はなかなかないんじゃないかな。
だったら今、ここから飛び降り自殺するのは間違っていないはずだ。

「ねぇ」

曲が切り替わる。
踊り出してしまいたくなるようなロックを聞きながら、僕は立ち上がった。
ただ勢いと陶酔だけで飛び降りる。
そういう自殺があってもいいじゃないか。
足元を見れば、吸い込まれるような気分。
これは世界が僕を誘ってる!

「よし」

I Can Fly!

「よし、じゃないわよ!」

「ぐえっ。 初対面の相手の襟首は掴んでもいい物じゃないだろう」

「あんたが私を無視したからじゃない!」

そういえばちらちら視界には入っていた。
どうでもよかったから、脳が認識してなかったけど。

「無視したわけじゃない。 この景色に感動していただけなんだ」

「綺麗よね、ここ」

「うん」

同じ物を見て、同じ感じ方が出来るなら友人になる事が出来るかもしれない。
同じ方向を向けるなら、恋人にだってなれるだろう。
まぁここで死ぬ僕には関係のない話だけど。
彼女は長いポニーテールを跳ねさせながら、すっくと立ち上がる。
僕の胸くらいまでしかない身長のくせに、偉そうに腕を組んで言った。

「それはともかく、あんたどっか行って」

訂正。 やっぱり友人にはなれそうにもない。

「嫌だね。 僕はここでやりたい事がある」

「奇遇ね。 私もよ」

「待って欲しい。 僕は今日で最後なんだ。 譲ってくれないか?」

「転校でもするの? そんなのは転校先でやってよ」

「いや、自殺しようと思ってね」

「はあ?」

綺麗な顔立ちなのに、そんなにぽかんと口を開くと残念な感じなるね。

「わ、私も自殺しようと思ってここに来たのよ」

「奇遇だね」

「嫌な奇遇もあったもんね」

合縁奇縁を大事にしなければ、僕のように友人が出来ない。
そう言ってやろうかと思ったが、僕にはそんな義理はなかった。
と、いうよりこれから浮き世に張った根を引きちぎり、自殺しようというのだから、彼女との関係性はこれまでだ。

「ではお先に」

I Can Fly!

「待ちなさい」

「だから、襟首を掴まないでくれ」

「あんたが先に飛んで、後から私が行ったら心中みたいに思われるじゃない!」

僕からすれば死んだ後、他人からどう思われようと関係はないけど、自分の死に方にどういう意味を乗せるかは個人の好みがあるだろう。
それを軽々しく否定するつもりはない。
それに、

「ああ、それに飛び降りて、地面で君と僕の身体が混ざったら嫌だな」

自分の身体と他人の身体が混ざるというのは、さすがに生理的嫌悪を感じる。

「……それは嫌ね」

「かと言って、どちらかが日にちをズラしたとしよう。 そうなったら屋上の管理が厳しくなってしまって、二度とここで自殺が出来なくなってしまうかもしれない」

やっぱり死ぬなら綺麗な場所がいい。
薄暗い富士の樹海で死ぬのはまっぴらごめんだ。
どうしてもここしかない。

「私はここ以外は絶対に嫌よ」

「僕もだよ。 ……つまり、お互い何らかの妥協が必要だ」

お互いに場所を譲る気は無い。
しかし、同時に飛び降りるのには問題が多い。
これを解決するには何らかの発想の転換が必要だ。

「あ、あんたが後から来たんだから、あんたがどこか行きなさいよ!」

「もし、その意見を僕が聞き入れたとしよう。 その場合、君は気持ちよく自殺出来るかな?」

「……どういう事よ?」

「自分が先にこの場所を使ったせいで、あの名も知らない男子生徒は、すんなり自殺出来ないのではないか?と微妙に気になるんじゃないかな」

「……………気にならないわ」

「逆に僕ならなるね。 罪悪感というほど大きな物じゃなくても、さっきまでのすっきりとした気分では、もう死ねない」

「………………」

ああ、そうだ。
僕にいい考えがある。

「だから、お互いに妥協点を探ろう」

「どうしたらいいのよ、ほんと」

「まず日にちをズラすのは論外だ」

「そうね」

「なら、心中と思われても構わない。 お互いの身体が物理的に混ざっても構わない。 そんな方法が一つある」

「どんな方法?」

「僕と、付き合ってくれないか? 恋人的な意味で」

同じ物を見て、同じ感じ方が出来るなら友人になる事が出来るかもしれない。

「は?」

一緒に同じ方向を向けるなら、恋人にだってなれるだろう。

僕が生まれて初めて告白した彼女が、またぽかんと口を開く。
この子は本当に残念な美人だなぁと思った。



[29610]
Name: 久保田◆4b468a75 ID:595bced8
Date: 2011/09/09 20:32
どうでもいい授業を聞き流しながら、僕は山に隠れて海が見えない窓の外を眺める。
別に山が嫌いなわけじゃないんだけど一度、壁と認識してしまうと気にいらない光景としか受け取れない。
それをずっと見続けるしかない教室にいるのも、あまり好きじゃない。
いや、教室にいるのが大好きな学生っていうのも、なかなかいない気がするけどさ。
ああ、屋上に行きたい。

ぼんやりとあらぬ事を考えていたら、

「起立」

いつの間にか授業が終わっていた。
特に意識しなくても身体が勝手に動く。

「礼」

こういうのを飼い慣らされているって言うのかもしれない。

「着席」

基本的に僕は流されて行くタイプだから、あまり気にはならないけど。
誰かが僕を飼ってくれるなら、喜んで飼ってもらう家犬体質です。
沢山、可愛がってね?

……我ながらおぞましい事を考えたもんだと思いながら、ささっと机の上の教科書やノートを片付けて行く。
ホームルームも適当に聞き流して、今日の日程は全て終了。
今日もお勤めご苦労様でした!

「待ちなさい、松浦くん」

屋上に行こうとしていた僕を引き止める声。
ピシッとした感じで格好いい。

「あれ、委員長どうしたの?」

「委員長はやめてって言ってるじゃない……」

だって名前知らないしね。
委員長と呼んではいるけど、実際に委員長というわけではない。
ただ僕の中の理想の委員長像にぴったりだから、委員長と呼んでいるだけだ。
誰だって彼女を見たら、「ひょっとして委員長やってる?」と聞きたくなるはず。
そのくせ生まれてこの方、委員長はやった事はないらしい。
勝手な言い分だけど詐欺だと思う。

「とにかく今日、あなた掃除当番でしょ。 サボらないでよ」

そのくせ真面目なんだから、本当に委員長はよくわからない。
まさに委員長の中の委員長なのに、委員長じゃないってどういう事なんだ。

「ツケにしといて」

「駄目よ」

駄目ですか。
まだ委員長の常連にはなれていないらしい。
駅前のファミレスなら出来るのに。

「仕方ない……やりますか」

「あ、ひょっとして何か用事があったの……?」

自分から言い出したくせに、いきなり弱気になられると、ちょっとリアクションに困る。

「あー、まあね」

「じ、じゃあ私も手伝ってあげる!」

……委員長だから掃除が好きなんだろうなぁ。
しなくていい掃除を手伝うのに、こんなに嬉しそうに出来るんだから。










喜々として細かい所まで掃除をしたがる委員長を、必死に止めていたせいで、やたら時間がかかってしまった。
なんで委員長はあんなに掃除好きなんだ!
凄い迷惑! 用事がどうとか気を使ってくれてたのはなんだったんだ!?
実は委員長に嫌われていて、遠まわしな嫌がらせを受けているのかもしれない。
……他に教室で話す相手、あんまりいないんだけどなぁ。
少しでも早く、と思いながら屋上に駆け込む。

「遅い!」

「ごめん、掃除当番だって忘れててね」

そこには彼女がいた。
結構、お怒りなのかまゆげが急な角度を描いている。
今日はフェンスの外側で仁王立ち。
沈み始めた太陽を背負って、綺麗というよりも格好いい。
ちっこいくせに無駄にイケメンだなあ。

「ごめんで済めば警察はいらないのよ! 大体、あんたが今日来ないと私の後に飛び降りるって言うから、わざわざ来てあげたんじゃない!」

今日はやたらテンション高い。
ぎゃーぎゃー騒ぐ彼女の言葉を聞き流しながら、僕は屋上の縁に腰掛ける。

「はい、お詫び。 炭酸とオレンジどっちがいい?」

「オレンジ。 あんた、ちゃんと聞いてんの? 私がどんな気持ちで待ってたとかわかってる!? 最近、人と話してないから何を喋ろうだとか、髪の毛乱れてないかな?とか、全然来ないしからかわれたのかなーとか不安だったんだからね! それをあんたはこんなジュース一本で」

適当に聞き流しながら、ふと目を上げた。
夕暮れの空に、

「あ、トンビ」

トンビがぴーひょろーとのんきに鳴いた。

「人の話、聞いてんの!?」

「いや、全然」

「そこまですぱっと言われると怒る気にもならないわ……」

十分、怒ってたと思うけど。
まぁ火に油を注ぐ気はないから、わざわざ言ったりはしない。

「まぁ君も座りなよ」

「なんでそんなに冷静なのよ……」

ぶちぶち文句を言いながら、彼女も縁に腰を下ろした。
僕と彼女の距離は約一メートル強。
話すにはちょっと遠い気がする。

「よいしょっと」

腰をあげて、三十センチほど彼女の領域を侵食した。
体温は感じられないけど、話すのに苦労はないだろう。

「なんでこっちに来るのよ!?」

「え、話すのに少し遠くない?」

「ない! あっち行け!」

「いや、ほら。 僕達、彼氏彼女の関係じゃないか」

「わ、私は認めてないわよ!」

夕日の下でもはっきりと彼女の顔が赤くなっているのがわかる。

「あれ、つまり僕はフラれたのか」

「……そ、そうね。 でも別にあんたの事が嫌いとか、そういうのじゃなくて……まだよく知らないというか」

「まぁいいや。 そういえばさ」

話題を変えようとした僕に彼女は叫んだ。

「なんでフラれた方がまったく気にしてないのよ!?」

「……あんまり君に気に病んで欲しくなくて。 僕は大丈夫だから……」

わざとらしく顔を背けて、下を向いて言ってみる。

「あ、ごめん……わ、私こういうのよくわからなくて……で、でもいきなりお付き合いとかは……」

効果抜群過ぎる。
目を逸らしたり、手をバタバタさせたり、何故か左右を見渡したり、明らかに私は動揺しています、という様子の彼女を見て、

「ヤバい、楽しくなってきた」

「え、今なんて」

「デートしよう」

「ま、待って! 心の準備が出来てない!? そういうのはお付き合いしてから!?」

別に子作りしようと言っているわけじゃないんだけど。

「お互いの事をよく知るためだよ!」

「いや、でも!」

「じゃ明日の放課後ね!」

「や、無理」

手のひらをこちらにびしっと向けて、お断りされた。

「明日の放課後ね!」

「でも」

その手がしなびた野菜のように、へたりと胸元に。

「明日の放課後ね!」

「う、うん」

押し切った。
勢いだけでも何とかなるもんだ。

「どこか行きたい所とかある?」

彼女は顎に指を当てて考えこんだ。
たっぷりと十呼吸。
そして顔をこちらに向けて、神妙な様子で彼女は言った。

「……イタリア?」

「日帰りでイタリアに行けると思っているのか、君は」

彼女の脳内世界地図はどうなっているんだろうか。

「ごめん、待って! なんなの、この急展開!?」

コミュ障の私には荷が重いよ!と頭を抱えて叫ぶ彼女の全てが、僕の笑いのツボを刺激する。
顔がにやけそうなのを必死に押し殺して、なるべく真面目な顔を作る。

「さあ、どこに行きたい? 言ってよ」

駄目だ、絶対に僕、今にやけてる。

「え、え、え」

だというのに、真剣に考え込む彼女が面白くて仕方ない。
少し落ち着ければ、今の僕の様子に気付くだろうに。
でも、そんな暇は与えてあげない。

「5……4……3……」

「なにそのカウント!? 待って、待って、待って!」

「1……0」

「や、やだぁ」

泣きそうになる彼女に、

「よし、明日のデートは僕の好きな所に行く事に決定しました」

なるべく、にっこりと笑いかけた。

「へ?」

またぽかんと口を開く彼女。
昨日は残念な感じだと思ったのに、今日は可愛く見えて来たのはどういう理由だろう。
これが……恋?
……どちらかと言えば、サディズムの発露な気がするなぁ。
あんまり意識してなかったけど、僕はサディストだったのか。
いや、飼われたがりのマゾヒストでありたいね。
楽だし。

「嫌? それなら君が決めてくれてもいいよ」

「う、ううん、それでいいよ。 ……なんでこんなに釈然としないんだろ?」

首を傾げる彼女に、僕は言った。

「不思議だね?」



[29610]
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/09/12 16:19
もし、運命という物があるとして、それは私にとってどういう意味があるんだろう。
運命なんてよくわからないけど、神様が私を嫌いなのはよくわかる。

駅のあんまり綺麗でもないトイレの個室から出る。
途中でトイレに行くのは、よくは思われないだろうし、これもエチケット……だと思う。
他に人がいない事を確認して、備え付けの鏡の前に立つ。
鏡に映った私は、どこか不思議そうな顔をしている。

私は死のうと思った。
死にたいと、まだ思っている。
生きる事は辛いし、死なない理由もない。
母さんと父さんは悲しむだろうけど、不出来な娘でごめんなさいと言うしかない。
今だって部屋の机の引き出しには遺書が入ったままだ。

不思議だな、と思う。
もう一歩も動きたくないくらい死にたいと思う私がいて、ちょっと前髪が曲がってるな、と気にする私もいる。
それは同じ私なのにイコールで結ばれている気がしない。

困った事に何をどう失敗したのか、さっぱりわからないんだけど、私は失敗してしまった。
他人と話すのは元々、得意じゃないし、言いたい事ははっきりしていても、どうしても上手くいかない。
思ってもいないことばかり口に出してしまう。
こんなつもりじゃなかったのに、といつも後悔してばかりだ。
きっと今日も明日には後悔する一つになるんだろう。
そう思っているのに、

「よし」

ピンクの色付きリップをポーチから取り出す。
昨日、家に帰った後、あちこち探し回って見つけた一本。
最近、あんまり使う事もなかったから上手く塗れるか少し心配。
少し濃い目だけど、私のちょっと薄めの唇を引き立てる感じ。
今年の秋の流行色ってファッション雑誌に書いてあったし、間違ってはいないはずだ。
そして、一緒に書いてあった事を試してみよう。
鏡を見つめて、自己暗示。

私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い私は可愛い……ギギギ。

「怖いわ!」

笑顔を作ろうとするほど、口の端がひん曲がって、眉間に皺が寄っていく。
笑顔ってどうやって作るんだっけ……。
ああ、もう何なのよぅ……デートとか私には難易度高すぎるのよぅ……。
無理だって、絶対。
彼だって呆れて途中で帰っちゃう、というかまず来ないかもしれない。
ああ、そうだ。 そうに決まってる。
いきなり初対面の相手に軽く付き合おうとか言えちゃう人だし、きっと今だって別の女の子といるんだ。
絶対そう。

「うー……」

それは無い気がする。
まだ出会ってから二日しか経ってないのに私があたふた困ってるのを見て、へらへら笑うのははっきり想像出来てしまう。
嫌な笑い方じゃないけど、腹の立つ笑い方だ。

なんなの、あのいじめっ子!

私が言っても話聞かないくせにやたら強引だし怒ってもへらへら笑ってスルーして誤魔化す気もないしたまにいきなり優しくしてくるし時間には遅れてくるしモヤシみたいに足細くてズルいし私のお肉分けてあげたいくらいだし睫毛ながいし髪の毛とか細いし笑い方下品じゃないし人と話しながら音楽聞き始めるとか失礼じゃない!?
思い出したらムカムカしてきたわ!
あんな男に私が気を使う事なんてないの!
あってたまるか!
負けるな私!
今日こそビシッと言ってやるの。

「もう私に付きまとわないでちょうだい!」

完璧に決まった……!
これで行こう。
時間に遅れてきた彼に、ズバッと言ってやるんだ。
泣きそうになる彼を置いて、そのまますたすたと帰っちゃえば、それで終わりだよね。
そして、明日、死のう。

「うん、そうしよう」

そうしなきゃいけないんだ。
死ねる、と思うだけで私の心には解放感が広がる。
もうこれ以上、苦しまなくていいと想像するだけで楽になる。

私は鏡を見ずに、その場を後にした。
見るのが何となく怖かった。





寂れた地方都市。
僕達の住む街を一言で言ってしまえばそれでおしまい。
休みの日、本気で遊ぶなら高速バスか、鈍行に揺られて数時間かけて大きな街に行くような場所だ。
まぁ平日の放課後だし、今日はゲーセンかカラオケ辺りで我慢してもらおう。
学校から歩いて二十分くらいの距離にある駅前で僕達は待ち合わせをしている。
駅の正面に設置されているしょぼくれた噴水は、しょぼくれた駅をよりしょぼく見せるだけだと思う。
そこで待ち合わせしてる身で思うことじゃないけどさ。
何人か同じ学校の制服を見かけるけど、彼女はまだ来ない。
しかし、本当に彼女は来るんだろうか?
正直、あれだけ強引に誘って彼女が来るとしたら……結構なあほの子なんじゃないかなあ。
来ないなら来ないで、また屋上で待ち構えればいいだけの話だけどさ。

「あっ!」

「お」

あほの子だった。
しかも、いきなり人を指差して何のつもりなんだろう。

「なななななな」

「な?」

菜?

「何で先に来てるのよ!?」

「人と待ち合わせするのに五分前行動は当たり前じゃないかな」

流石に不条理なキレられ方だと思う。
今の彼女は僕の人生トップスリーに入る不条理さだ。
一位は人生、てのはどうだろう?

「それじゃあ私の完璧な計画が台無しじゃないの!」

いや、暫定一位に据えてもいいかもしれない。
そんな事を言われてもなあ。

「いきなり失敗するなら完璧じゃなくない?」

「それもそうね……実は私も薄々わかってた」

「……ちなみに僕に何をしようとしてたの?」

「言いたい事があったのよ! いや、いいわ。 今、改めて言う!」

しょんぼりしていた彼女だったけど、あっという間に元に戻った。
こうやってテンション上がってる方が似合うね。

「い、いい? 言うわよ……? ……後悔するかもよ?」

「よし、聞くよ」

彼女はすーっと息を吸って、腕組みをして仁王立ち。

「もう私に付きまとわないでちょうだい! いいわね? じゃあね! ごめんね!」

最後の方でへたれた。

「君の意見はわかった」

彼女は僕の言葉を聞くと露骨に胸をなで下ろした。
ちょっとムッとするな。

「その上で断る」

「あれえ?」

「と、いうことで」

彼女の右手を取った。

「行こうか」



[29610]
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/09/16 06:16
「やぁ、松ちゃん久しぶりだね! おっと今日は彼女連れ? いつもぼっちでヒトカラなのに珍しいね」

「ははは、余計なお世話だよ」

やたらテンションの高い金髪の店員を八割無視。
脱色し過ぎて髪が傷んでるのは気にならないのかな、とどうでもいい事を考えながら、僕は彼女の様子を伺った。
初めは手を握る事自体に抵抗していたけど、諦めたのか引かれるがまま着いてきた。
ふてくされた子供みたいだ。
今はカラオケボックスの店内に入った途端、キョロキョロと……まるで初めて入った家を探る猫みたいに辺りを見回している。

「あのさ」

彼女は一度ビクッと身体を震わすと、

「な、なによ!? カラオケくらい毎日来てるわよ!? 悪い!?」

僕も歌うのは好きだけど、毎日はきついなぁ。
内心のにやつきを無理矢理、別な思考をする事で抑える。

「あ、じゃあ機種はどれにする? 最近は色々あって迷っちゃうよね」

「機種ぅ!?」

機種って何よぅ……と呟く彼女をカウンターの前に引っ張ると、カラオケの機種が載っている写真を突きつけた。

「はい、お客様。 当店では最新の機種を取り揃えております」

嘘つけよ。 未だにJayの後継機が入ってないじゃないか。

そうは言われてもワタクシ、ただのバイトでして。

お前の名札に書かれた店長ってどういう意味だよ。

などとアイコンタクトを交わす。
その間もずっと彼女はむーむーと唸り続けている。
……いい加減に助け舟を出そうか。 ちょっと涙目になってきてるし。

「あーじゃあ」

「き、決めたわ!」

彼女はばしん!とカウンターを叩く。

「あ、はい。 いかがいたしましょうか?」

一瞬、呆気に取られた店長だったけど、腐ってもプロらしい。
腐ってる分、半笑いではあったけど、きちんと応対してみせた。

「一番、いい部屋に案内しなさい!」

なにこの子、かっけー。 マジロック。















「さ、こちらで御座るよ」

「仕事ほったらかしてんじゃないよ。 僕に案内とかしてくれた事ないじゃないか」

「松ちゃんは……ほら、可愛くないからさ」

店長が無駄にかしこまって、僕達を案内してくれた部屋は十人は軽く入れるようなパーティールームだった。
禁煙室なんてない小さなカラオケボックスだから、少し煙草くさい。

「ご苦労」

「君もどうしたの、そのキャラ」

「松ちゃんは空気読めないなぁ」

「ホント、ダメ男よね。 おほほ」

なにこの連携。
抵抗するのも面倒になってきたし、彼女の手を引いて部屋に入る。

「はい、スリッパ。 足元、気をつけてね」

「よきにはからえ」

「姫、拙者にご用の際はそちらの電話にて連絡くだされ」

「よきにはからえ」

わはは、おほほと笑う彼女と店長にちょっと疎外感。
ちくしょう……寂しくなんてないさ!

何だかもうどうしようもない感じの二人を置いて、僕はモニターの前にあるリモコンとマイクを二つ用意して先に座る。

「君も松ちゃんみたいによくわからない子とよく付き合えるよね。 あの子、ちょっと頭おかしいでしょ?」

「あ、やっぱりあいつ頭おかしいですよね! 絶対、イカれてますよね!」

僕はそんな風に思われてたのか……。
非常識人には常識人が理解出来ないんだろう。
共通の話題(僕への悪口)で二人は盛り上がる。
なんなの、これは。

「店長、ハウス!」

「犬扱いか!? まぁいいや。 姫は何飲む? 今日はおじさんが何でも奢っちゃるけーの」

「何弁だよ」

「えー、本当に? じゃあー私は……一番、いいのを持ってきなさい!」

「何様だよ」

盛り上がる二人に僕のツッコミは届かない。
ああ、もう! 餌付けしようと思った野良猫が僕には懐かないくせに、他人には自分から擦り寄って行くのを見た気分だ。
凄い腹立つ。

「あのさ」

後ろから彼女の腰をぐいっと抱き締める。
無駄なお肉ついてないな、と考えながら、そのまま力任せに彼女を引き寄せた。
妙にしっくりくる感じで、彼女はすっぽりと僕の胸の中に収まった。

「これは僕のだ」

だから邪魔すんな、という意志を篭めて店長に視線を合わせる。
彼女の髪が僕の鼻をくすぐる。
そのくすぐったさが突然、火を吹いた脳に冷や水をぶちまけてくれた。
即炎上即鎮火して思うのはただ一つ。
……あれ、これ僕のキャラじゃなくない?
そんな僕を見ると店長はにやりと笑うと、

「それではごゆっくり」

扉を閉めた。
あ、待って。 置いて行かないで!?
どうすんの、この状況!
ど、どうしよう……か、彼女は、駄目だ。 完璧に硬直してる。
ぴくりとも動かない。
体温がやたら熱く感じるのは僕か、彼女か!?

「そ、そうだ! 座ろう!」

「そ、そうね!?」

ダンスでも踊っているかのように、僕達は完璧なユニゾンを見せる。
どかっ!と二人分の体重がソファーの一カ所に集まった。

「えっと」

「あわわわわわ……」

Q.後ろから抱きしめたまま、一緒に腰を下ろしたらどうなるでしょうか?
A.膝の上にようこそ!

なんだこれ。
膝の上に彼女の柔らかい……お尻が当たって、たまにもぞもぞ動くものだから……待った。
落ち着け、僕はケダモノではないはずだ。
だから、ステーイ……ステーイクール。

「……………………………」

気まずい沈黙が辺りを包む。
逆にこんな状態で何をどうすればいいのだろう。
誰か教えてください。



[29610]
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/09/17 02:29
シャンプーとも香水とも違う気がする甘い香りが、彼女の首筋から漂ってくる。
そこから逃げようとしても、柔らかい髪の中に顔を埋めるような体勢になっていて動きようがない。
腰に回している腕を外そうとした。

「あっ……」

僕の膝の上は不安定なのか、彼女がぐらつく。
思わずまた腰に左腕を回してしまう自分の自制心の無さを憤るべきか、その紳士的態度を自賛するべきか。
はたまた自分の馬鹿さ加減を嘆けばいいのか。
せめて、右腕を外してバランスを取りやすくしたのは進歩だと信じたい。

「あ、あのさ……」

「な、なに?」

もう色々といっぱいいっぱいだ。
ここは僕の自制心が揺らぐ前に、人類らしく対話で何とかしよう。

「えっと……暑くない?」

暑いと答えてもらえれば、自然に降りてもらえる流れになるはずだ。
その後の会話のフォローだって、きっと上手く行くだろう。
何のフォローもない気まずい雰囲気は嫌だ。

「な、無いわ!」

首筋まで赤く染まりながら、彼女は声を裏返しながら叫んだ。

「そんな顔赤くしてるのに!?」

僕の声も裏返ってるよね!
自分で何を言ってるのかわかってないだろ、彼女!?

「いや、ほら。 僕なんかを椅子にしたって楽しくないでしょ?」

「わ、私の椅子になれる事を光栄に思いなさい!?」

「明らかにしまったって顔しながら言わないでくれ……」

「う、うるさいわね! 私の勝手よ!」

変な所で意地を張るなぁ……。
完全にパニックになってるだろ。
降りようとしないくせに、彼女は落ち着かないのかお尻をもぞもぞと動かして……ああ、ちくしょう!
今まで知らなかったけど、女の子って柔らかいな!
すっげーふにふにしてる! すっげーむにむにしてる!

「お、落ち着け」

「わたしは しょうきに もどった!」

大丈夫。 僕は我慢の子。 このくらい何の問題もない。
クールになれ。 クールになるんだ。

「あ、そうだ。 そろそろ歌おうか」

「そ、そうね! 歌いましょうか!」

僕の上で歌うのはなかなか大変なはず。
それなら彼女も自然に降りられるだろう。
彼女の脇の下から、僕は空いていた右手をリモコンに伸ば



ふにょん、とした感触が肘の内側に当たった。



「きゃっ」

彼女は自分の胸元を、ついでに僕の腕まで両腕で押さえ込んだ。

「は、離せ! 離せばわかる!」

「や、やだ!?」

この腕に当たってるのは、ひょっとして胸!?
実は結構あるの!? あ、この金具の感触がブラジャーってやつですかね?

「おおおお落ち着け!?」

「私は冷静よね!?」

「いいえ、違います!」

「あんたも落ち着きなさいよ!?」

「落ち着いてるさ! 僕は冷静だ!」

暴れるたびに腕に柔らかい感触がするし、お尻とか腰とか髪の毛とかが!

「と、とりあえず腕! 腕を放してくれ」

「やだぁ! もう何なのこれ!?」

完璧にパニックを起こしていて、腕を放してくれない。
こうなったら、まだ僕が冷静な証拠を見せてやるさ。

「大丈夫。 やれる事から一つずつこなして行けば問題ない」

女の子の両手より、僕の右腕の方が力が強いのは間違いない。
最初から無理矢理、引き抜いてしまえばよかったんだ。
しかし、パニックを起こした人間の力は案外、侮れない。
Yシャツの袖が駄目になっているぞ、これ。

「や! 駄目ぇ……乱暴にしないで!」

「人聞きの悪い台詞はやめて!?」

全身で暴れ始めた彼女を落とさないように左腕で、更に強く抱きしめる。
一体、僕は何をしてるんだ。
よくわからないけど、あんまりにも暴れるもんだから、僕の唇が彼女の首筋に当たったりしている。
体験した事がない感触で正直、かなり気持ちいい。

「何か首に当たってる!?」

「ちがう! 君が当ててるんだ」

「あーてーてーなーいー!」

ええい、埒があかない!
こうなったら、一気に腕を引き抜くしかない。














全てが終わってから思った事がある。
僕は悪くない。
彼女も悪くない。
きっと社会が悪いんだ。





















ぷちん、と聞こえた気がした。
いや、音として伝わるはずがないから、振動とかそんな感じのが伝わったのかもしれないけど。
とにかく彼女の胸元からそんな音がした。

「ひっ!」

「何があったの!?」

「ブラが……違うの! 何でもなくてね?」

なるほど。
暴れた結果、ブラジャーが外れたという事か。
これは僕のせいではない。
しかし、ブラジャーが外れた女の子の意見と、健全な男子校生の僕の意見では前者の方が重いだろう。
前屈みになって、より強く胸元を抑える彼女を見れば誰だってそう思う。
更に強く感じる柔らかさから意識を逸らし、強いて冷静に考えてみる。

「なあ」

「な、なによぅ……」

半泣きで鼻をぐずぐず鳴らす彼女に僕は言った。

「腕を放してくれ」

「やだ。 放したらブラ取られる」

人をなんだと思ってるんだ、この子は。

「誰がそんな性犯罪者みたいな事するか!」

「ホック外したじゃない!」

「事故だ!」

「痴漢は皆そう言うのよ!」

相手が男なら殴れるのに。
こうなったら本気で無理矢理、引き抜こう。

「うぎぎぎぎぎ……!」

「だから駄目だってば……! ずれちゃう!」

思わず何が?と聞く所だった。
これ以上、失態を繰り返すわけにはいかないのだ。
何とか肘と前腕まで抜けた。
そして、僕はいつも全て終わってから後悔するんだ。

肘から前腕にかけて細くなっていくのが一般的だ。
しかし、手首から手のひらにかけて細くなるという事はない。
つまり、更に彼女からすれば抑えやすくなるのだ。
より抑えられた手は彼女の胸に押し付けられる結果になった。

「ひっ!?」

「違うんだ」

第三者が見れば、彼女が僕の手を自分の胸に押し付けているように見えるだろうが、お互いにそれが事実ではない事はわかっている。
それはともかく、ふにょふにょとした柔らかい感触は何と例えるべきだろうか。
マシュマロのような、という例えがよく使われるがそれともまた違う。
何というか芯に固さがあるというか、こう……なんだ?
だが一つだけ理解出来た事がある。



―――これが、おっぱいか。



手にある圧力を感知する器官は、他の部分の数倍。
つまり、腕で感じていた感触に比べて、今の僕は彼女のおっぱいを数倍強く感じているという事だ。
それはまさに革命だった。











「やっ……! 揉んじゃ駄目だって……」

革命じゃないよ!?
何を考えてるんだ、僕は!
ああ、もう。

「どうすりゃいいんだ!?」

「わかんないわよ!」

「いいから放してくれよ!?」

「やだぁ……!」

マジ泣き!?
かろうじて涙が零れていなかった状態から、ついにぽろぽろと涙が流れ始めた。
泣かせるつもりなんて無かったのに。
一緒に歌って、それなりに楽しめればよかったのに。
こんなつもりじゃなかったのに。
彼女を傷付けるつもりなんて無かった。
少し困らせてやろうかな、と思ったりはしたけど泣かせるつもりなんて無かったんだ。

「ああ、ちくしょう……」

言い訳してる場合かよ、と自分を叱咤。
腰に回した手に力を篭め、彼女の身体を持ち上げて、左手一本でソファーに寝かせた。
片腕じゃさすがにこれ以上は厳しい。
胸に当たっていた(断じて揉んでいた、ではない)右手が凄い角度に曲がる。
だけど、おかげで引き抜ける隙間が出来た。
右手が自由になったおかげで、

「ごめん」

彼女の涙を拭える。
右手の人差し指で、彼女の涙を拭った。
抱き締めてわかった事の一つは、女の子の華奢さ。
壊れてしまわないように、出来るだけ優しく。

「泣かせるつもりは無かったんだ」

仰向けに寝そべって胸元を抑える彼女に、覆い被さるようにして心からの謝罪をした。
まっすぐに、合わせてもらえなくても彼女から視線を絶対に外さない。

「……ばか」

「ごめん。 悪かった」

「初めてだったのに」

上目遣いでそういう事を言われたら、僕はどうしたらいいんだ。
そして、どうして僕は彼女の頬に手を当ててるんだ。
泣いたせいなのか、彼女の頬はひどく熱い。

「ごめん」

その熱が、僕の脳まで焼いてしまう。
まだ視線を合わせてはくれないくせに、彼女は抵抗一つしない。
せめて、ほんの少しでも抵抗してくれればよかったのに。
そうすれば、こんな事をしようとせずに済んだのに。

「ごめん」

何に謝ってるのか自分でもよくわからない。
自分が何をしようとしているのかもよくわからない。
わかっている気もするけど。

「駄目……」

彼女の声が漏れた唇から目が離せなくなって。
彼女が目を閉じて、僕も目を閉じた。

「ごめん」

僕は、そこに唇を落とした。
レモンの味は、しなかった。



















「それ以上はここで勘弁してねー」

「店長!?」

いつの間にやら店長が扉の所に立っていた。
グラスを二つ持って、にやにやと笑っている。

「どこから見てたんだ!?」

「ワタクシ覗き見とかした事アリマセン」

一生の不覚……!
絶対、ずっと見てたろ!

「はいはい、じゃあごゆっくり」

と、店長はグラスを置くと、さっさと出て行った。

「…………」

彼女は無言でむっくりと起き上がると、グラスを手に取った。
そのまま凄い勢いでごくごくと飲み干すと、

「歌いましょう!」

何かを吹っ切るように叫んだ。
吹っ切らなきゃいけないような事を、僕はしてしまった。

「そうだね!」

その後、僕達は狂ったように歌った。



[29610] 気持ちよく自殺しようとしたら、彼女が出来た【短編】
Name: 久保田◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2011/09/08 15:20
死にたい、と思った。
灰色の校舎に灰色の風景、僕の灰色の人生。
夢も希望もありゃしない。
よく大人が言う無気力な子供というやつなのかもしれない。
そうは言っても、何を目的にして生きればいいのか、僕にはさっぱりわからない。
他人から見れば、何を馬鹿な理由で死ぬんだ、という話になるだろう。
だけど僕にとってはどうしても、生きている事が我慢ならないのだった。
他人が生きたかった明日かもしれないが、僕の今日をあげられるわけではないのだから勘弁してもらおう。

こっそり職員室からちょろまかして来た鍵を、鍵穴に差し込む。
回す。
閉まった。
気持ちよく人が自殺しようとしているのに、なんて事だろうか。
不愉快な気分になりながら、僕はもう一度、鍵を捻った。
人が寄り付かず、錆び付いた屋上に続く扉を開くと、海が見えた。
真っ青な青空と、輝く海。
風は穏やかに吹いている。
死ぬにはいい日だ。
そんな絶好の自殺日和に、僕は少しうきうきしながら、屋上に足を踏み入れた。
管理はまったくされていないのか、あちこち薄汚い。
周りを囲う朽ちかけたフェンスには、でかでかと穴が開いていて僕一人くらいならくぐるのには問題が無さそうだ。
そこから座っていた女の子を三メートルほどよけて、僕は縁に腰を下ろした。
うん、いい眺めだ。

「ねえ」

夕日を見ながら飛び降りようかと思ったけど、青空の下というのも悪くない。

「ねえ」

ああ、よく考えたら今日は満月だ。
月明かりの下というのも捨てがたい。

「ねえってば!」

「なんだい、人がせっかく贅沢な悩みに浸っているというのに! 失礼だな、君は」

「な、何よ! ここで最後に色々と考えてたら、あんたが後から来たんじゃないの!」

ふむ。

「それは悪かったね。 ただ僕は今日で最後なんだから、この場は僕に譲ってくれないか?」

「転校でもするの? なら転校先でやって。 私は正真正銘、最後の一日なんだから!」

「いや、自殺しようと思ってね」

「は?」

女性がぽかんと口を開けるのは、好ましくないと思う。
せっかく綺麗な顔立ちをしているのに、勿体無い子だ。

「飛び降り自殺をしようと思ってね」

「言い直さなくてもわかるわよ……。 と、いうか私もよ」

「それは奇遇だね」

「嫌な奇遇もあったもんね」

合縁奇縁を大事にしなければ、僕のように友人が出来ない。
そう言ってやろうかと思ったが、僕にはそんな義理はなかった。
と、いうよりこれから浮き世に張った根を引きちぎり、自殺しようというのだから、彼女との関係性はこれまでだ。

「よし、じゃあお先に」

「待ちなさいよ」

「襟を掴まないでくれ。 苦しいじゃないか」

「うるさいわよ。 私が先、あんたが後。 おけー?」

英語出来ないだろうな、この子。

「まぁ一理あるね。 さあ、どうぞ」

「さあ、どうぞで飛ばないわよ! あんた、どっか行って」

「それは断るよ。 僕はここがいい」

薄暗い富士の樹海より、こんな綺麗な場所がいいに決まってるじゃないか。

「大体、私の後にあんたが飛び降りたら、心中みたいに思われるじゃないの」

まぁ死んだ後の評価なんて、僕はどうでもいいのだが、彼女にしてみれば大事な事なんだろう。
自分にとってどうでもいい事が、人にとって大事な事だというのはよくある話だ。

「ああ、それに飛び降りて、地面で君と僕の身体が混ざったら嫌だな」

「……それは嫌ね」

「かと言って、どちらかが日にちをズラしたとしよう。 そうなったら屋上の管理が厳しくなってしまって、二度とここで自殺が出来なくなってしまうかもしれない」

「私はここ以外は絶対に嫌よ」

「僕もだよ。 ……つまり、お互い何らかの妥協が必要だ」

お互いに場所を譲る気は無い。
しかし、同時に飛び降りるのには問題が多い。
これを解決するには何らかの発想の転換が必要だ。

「あ、あんたが後から来たんだから、あんたがどこか行きなさいよ!」

「もし、その意見を僕が聞き入れたとしよう。 その場合、君は気持ちよく自殺出来るかな?」

「……どういう事よ?」

「自分が先にこの場所を使ったせいで、あの名も知らない男子生徒は、すんなり自殺出来ないのではないか?と微妙に気になるんじゃないかな」

「……………気にならないわ」

「逆に僕ならなるね。 罪悪感というほど大きな物じゃなくても、さっきまでのすっきりとした気分では、もう死ねない」

「………………」

「だから、お互いに妥協点を探ろう」

「どうしたらいいのよ、ほんと」

「まず日にちをズラすのは論外だ」

「そうね」

「なら、心中と思われても構わない。 お互いの身体が物理的に混ざっても構わない。 そんな方法が一つある」

「どんな方法?」

「僕と、付き合ってくれないか? 恋人的な意味で」

「は?」

その馬鹿を見る目は、やめてくれないだろうか。










「今日辺り、いい日よね」

「そうだね」

一ヶ月後、僕らはまた屋上の縁に座っていた。
澄み渡る青空。
柔らかな風。
キラキラと輝く海。
死ぬにはいい日だなぁ。

「あ、駄目だ」

「どうしてよ?」

「来週、君が見たいって言っていた映画が始まるじゃないか」

半径十㎝の距離に僕らはいる。

「ああ、そうだったわね。 あれを見ないと、死ぬに死にきれないわ」

「多分、予告マジックってやつだろうけどね」

「でもさ、それで本当に面白かったら悔くて、化けて出るわよ」

「確かに。 じゃあ、来週までは生きないと」

「うん、あとさ」

彼女は僕の胸倉を掴むと、

「ん……」

「…………………いつもそうやって無理矢理、胸倉掴まなくても逃げやしないよ?」

「恥ずかしいのよ、まだ」

「とんだ照れ隠しもあったものだね」

「うるさいわね! ……まだキスしたりないから、死ねないわ」

「困ったね」

「困ったわ」

どうやったら僕らは一緒に死ねるんだろう?
僕は困った困ったと言って笑う彼女にもう一度、口付けをした。


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