右_酸素透過性が高い『トゥルーアイ』。世界初のシリコーンハイドロゲル素材の1日使い捨てレンズである〔PHOTO〕高塚一郎
「『眼に沁る』との声があまりにも多いので、メーカーにも伝えたのですが・・・。納得のいく説明が得られず、コンタクトレンズの化学分析を行って驚きました。通常含まれていない化学物質が検出されたのです」
こう話すのは、コンタクトレンズ販売チェーン『プライスコンタクト』の経営者で、自身も眼科医である丸本桂三氏。
従来、コンタクトレンズ装用による眼のトラブルは、レンズを長く使用することによるレンズの傷や汚れの付着などが原因になることが多かった。しかし、清潔で安全な1日使い捨てタイプのコンタクトレンズが登場したことで、レンズ劣化によるトラブルは減少。ただ、使い捨てタイプのコンタクトはソフトレンズであるため、瞳への酸素供給力の低さが課題点とされてきた。
しかし、 '90年代後半に酸素透過性が高いシリコーンハイドロゲルという新素材のソフトレンズが登場。以降、シリコーンハイドロゲル素材が、2週間や1ヵ月などの使い捨てタイプにも用いられるようになった。
そして、昨年4月、『ジョンソン・エンド・ジョンソン』社(以下J&J社)は、世界初のシリコーンハイドロゲル素材の1日使い捨てレンズ『ワンデー アキュビュー トゥルーアイ』(以下『トゥルーアイ』)を日本で発売。清潔な1日使い捨てタイプで、酸素透過性が高いということで、いわば「究極のレンズ」として人気を呼んでいる。
ところが丸本氏は、発売直後から不審に感じていたという。
「私は新規の商品を取り扱う際、モニター調査を行っているのですが、6月に『トゥルーアイ』を157人にモニター調査したところ、47%が『眼に沁みて痛い』と訴えたのです」
丸本氏はこの調査結果を7月28日にJ&J社に報告。J&J社は丸本氏に、「発売当初は沁みるという声もあったが、最近は聞かない」などと回答したという。
ところが、その3週間後の8月19日『トゥルーアイ』の使用者から「眼に刺激を感じた」などの苦情が複数寄せられたとして、J&J社は「一部の製品に不具合があった」と発表し、対象レンズの自主回収を行った。
9月6日には、その原因として、「レンズ製造工程の一部不具合により、製造に使った希釈剤(デカン酸:化粧品、食品などに使用されている、ココナッツ油、パーム油に含まれている中鎖脂肪酸)の残存があった」と公表。
自主回収発表以降に刺激、眼痛、充血、局所アレルギー反応といった健康被害の報告が、1523件寄せられていたことを明らかにした。
「J&J社からは自主回収の前日に、回収を行う旨の連絡がありました。『使用者から沁みるなどの訴えがあり、20本の製造ラインのうち1本で不具合が見つかった。除去されなければいけない物質が十分に洗い流されていなかった。回収対象以外のレンズはまったく問題がない』という話でした。しかし、私に『最近は沁みるという声を聞かない』と言ったわずか3週間後に『消費者からの訴えが増えたため、自主回収に至った』と言われても素直に受け取れません」(丸本氏)
しかも、丸本氏がモニター調査に使用したレンズの多くは回収対象外の製品だったという。つまり、眼に沁みるレンズが自主回収以降も市場に出回っている可能性があるということだ。
「J&J社に、回収対象外のレンズにも眼に痛みを感じるものがあることを説明し、その原因について尋ねたのですが、『治験データでは沁みる事例はない。引き続き調査する』との報告だけで、その後も明確な回答は得られませんでした」(丸本氏)
丸本氏の懸念どおり、10月29日、J&J社は「製造工程の検証を行ったところ、回収対象とは異なる一部の製品からも、社内基準を超えるデカン酸の残留が確認された」として、2度目の自主回収を行った。
同日、丸本氏はJ&J社から2度目の自主回収についての説明を受けた。そこでも「レンズの製造工程の見直しを行ったところ、除去されなければいけないデカン酸が微量に残留していることがわかった。製造ライン改修後は、残留はほぼゼロになり、回収対象以外のレンズはまったく問題がない」などと説明されたという。
そこで丸本氏は、ライン改修後に製造された製品について、レンズ内部の残留物の分析を2社に依頼した。すると、通常コンタクトレンズには含まれていない化学物質を検出。さらに詳しく調べたところ、ミリスチン酸メチル、ブチル化ヒドロキシトルエンなどの化学物質が確認された。
化学物質メーカーが公開している「製品安全データシート」によると、2つの物質の危険有害性情報には、いずれも「強い眼刺激」と記されている。なかでも、ブチル化ヒドロキシトルエンは、取り扱い注意事項として、「皮膚、眼および衣類との接触を避ける」と記されている。
危険有害性の分類でも、「眼に対する重篤(じゅうとく)な損傷/眼刺激性」は、いずれも「区分2A」という毒性の強さだった(厚生労働省の指針に基づき開設されている「化学物質管理支援センター」の相談窓口担当者によると、区分の分類は、その物質の毒性や有害性がどの程度含まれているのかを示しており、1から4までの区分のうち1から順に毒性が強く、Aから順に症状の出るまでの時間が短くなっている)。
日本消費者連盟の富山洋子代表運営委員も、こう指摘する。
「ミリスチン酸は、親水性がありシャンプーにも用いられています。ブチル化ヒドロキシトルエンは、酸化防止剤として食品添加物にも使われている物質ですが、私たちは有害だと訴えている。症状の出るような物質を流通させること自体、消費者からすると不誠実で無責任と言わざるをえません」
ちなみに、丸本氏は、J&J社の1日使い捨てタイプ『ワンデー アキュビュー モイスト』、2週間交換タイプの『アキュビュー オアシス』、チバビジョン社の2週間交換タイプでシリコーンハイドロゲル素材の『エアオプティクス』も同様に分析したが、こうした化学物質は検出されなかった。すなわち、『トゥルーアイ』のみに、シャンプー成分が含まれているのである。
さらに、丸本氏は、レンズ形状についても調べた。12本の製造ラインのレンズ計120枚を実体顕微鏡で観察したところ、35%に異常な形状が認められたという。
右_縁に、「バリ」と呼ばれる複数の突起物があるレンズ。レンズをプレスし、円形に切り取る過程でできたものだと考えられ、眼に痛みを生じる恐れもあるという
厚労省によるレンズの承認基準には、次の規格が定められている。
1.内部に気泡や不純物または変色があってはならない
2.10倍以上に拡大して観察する装置を用いて観察する時、角膜などに対して有害な傷または凹凸が表面にあってはならない
3.縁はなめらかな丸みを帯び、角膜などに障害を与える恐れのある形状ではならない
1と3については、検査方法や倍率は定められていないが、丸本氏が顕微鏡で見たところ、気泡の混入や、縁のノコギリ状の突起、表面の傷などが認められた。このようなレンズを使用していると、角膜を傷つける恐れがないとは言い切れないという。
そこで、丸本氏は、これらの分析結果や異常形状について厚労省に報告。J&J社にも、分析結果を渡し、2度にわたり面談した。
これに対し、J&J社からは12月2日、まず形状異常についての回答があったが、「日本の承認基準の中で規定されていることは遵守している」などとのことだったという。
「その後さらに、12月10日には、J&J社から化学分析についての返事がありましたが、開発、承認時のテスト結果などを延々と説明され、製造は検証されたプロセスに従っているので安全性には問題がないとのことでした」(丸本氏)
本誌は、J&J社の広報担当に、化学物質や形状異常についての説明を求めたが、「安全性の品質に関しましては、法律上問題のないように行っている。こちらで具体的に何かをお答えすることは難しい」と、丸本氏へと同様、そっけない回答だった。
コンタクトレンズを管轄する厚労省監視指導・麻薬対策課では「個別の案件についてはお答えできない」としながらも「販売された製品に問題があれば、回収措置が取られることになる。情報を頂いて問題があれば、きちんと事実を確認したうえで、回収などの指示を出すこともあるし、必要な対応をとることになる」としている。
丸本氏は、眼科医として、また販売業者として次のように考えている。
「たとえ承認基準はクリアしていても、流通する商品に化学物質の混入や形状の異常があり、そのために痛みなどの症状が出るレンズであれば、その情報は、販売店、診察する医師などに共有して頂くべきですし、消費者にはそれを知る権利がある。さらに、現在の承認基準は、かなり以前に作られたものですが、レンズの製造方法は変化しています。現行の製造方法に見合った基準の設定が必要ではないかと思います」
コンタクトレンズは、眼に付着させる身近でデリケートな医療機器であるだけに、こうした問題商品は使用者への不安を増すばかりか、大きな危険をはらんでいることは明らかだ。メーカーだけでなく、それを監督する行政にも真摯な対応が求められる。
[取材・文:池上正樹(ジャーナリスト)]
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