海洋という近代の限界
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ロシア艦船航行と軍機侵入…北朝鮮難民の漂着と近未来「武装難民」襲来の危機!
日本の「海洋戦略」破綻と海洋国家の没落…
尖閣沖では中国工作船の「攻撃」が繰り返されていますが、日本の四方八方は絶えず忙(せわ)しい。
石川県の能登半島沖では男女9人が乗った北朝鮮からの難民ボートが漂着しましたが、北日本の北方領土近海ではロシア艦船数十隻が相次いで航行。続いてロシア空軍機が領空侵犯スレスレの「戦闘行為」を仕掛けてきています。この他、実弾を用いたロシア軍の演習が北方沖で計画されているなど通常訓練に名を借りた日本への侵略行為はいよいよ本格化の兆しにあります。
かつて米国と太平洋を二分して大戦争を繰り広げた頃の面影はなく、戦後も遠海漁や海洋資源の探査、南極への観測船を出した日本ではありますが、著しい食文化の破壊(食糧戦争での敗北)によって捕鯨すらままならず、遥か地球の裏側まで駆け回った世界に冠たる海洋国家は没落しました。
これは同時に「近代国家・日本」の海洋戦略が破綻したも同然で、明治以降の世界への進出から大きな舵きりを迫られているのです。
★『船の科学館』へ行ってきました!
写真:科学館に展示されていた戦艦『陸奥』の主砲の砲身を前に写された筆者
日露戦争における「日本海海戦」での大勝利など、戦前日本の強さと戦後日本の経済躍進は武家時代の「遺産」だったと言えるでしょう。
膨大な資産・予算を投じて行なわれた博物館の建設・乱造はその余力を示していました。
さる9月15日、東京・港区にある『船の科学館』へ赴きました。
かつて故笹川良一氏が設立した『日本船舶振興会』の肝いりで建てられた船の科学館ですが、昭和49年のスタート以来、37年間の歴史を以って今年9月30日に閉館となるようです。
昭和49年と言えば私が生まれた年でもあり、その科学館を閉館する半月前に初めて赴くことになろうとは何と言いますか、不思議と感慨深いものがあります。
01年に不審船事件で沈んだ北朝鮮工作船が海から引き上げられ、この科学館に展示されていた頃はひっきりなしに見学者が訪れたようですが、当日は平日ということもあって館内は閑散としたものでした。
一説には同科学館を維持・運営管理する通称・笹川財団にカネが無くなってきたのではないかとも言われていますが、かつて海洋科学の普及を目的に設立された科学館は、海洋国家という近代日本の没落と海洋戦略の破綻によってその存在意義が問い直されているのかも知れません。
運営サイドの懐事情も然ることながら歴史的な使命の終焉、また歴史的な必然と言えましょうか。
写真:船の科学館ではつい最近の出来事でも安全保障に関わるニュースを絶えず更新して掲載しています
さて、北方沖のロシア軍による挑発・示威の戦闘行為に対してですが、まだ自衛隊がスクランブルしているだけ良いほうで今や政府間でまともな抗議さえ出来ていません。
そのうちスクランブルによる対処さえ一切出来なくなるのではないでしょうか?
こうした行ないに対しては断固「迎撃」「撃沈」しかありません!
しかし、今の「体制」では出来ない。民主党政権が…とか、そのような政権政党だけの問題ではないんです。近代国家の成立以降、海洋国家として外への進出にばかり比重を置いてきた日本ですが、今や内に篭ってでもひたすら防衛することに比重を置く以外にないんです。
保守・右派はよく「憲法改正して国軍を創設して外国の侵略行為に反撃を…」と言いますが、半世紀もそんなことを繰り返していて何か良くなったんでしょうか? 逆に憲法改正の機運なんてますます遠ざかるばかりなのが現状です。
憲法などどうにかしなくて良いので、議会によって全てが決する現行の「体制」こそ、どうにかしなきゃならんのです!
ハッキリ言ってタダの公務員組織である自衛隊を今になって軍隊にしたところで追いつく話ではありません。むしろ警察組織にでも編入し、警察任務として持てる装備・兵器を扱わせるようにしたほうがまだ現実的です。
自衛隊さえ解体せよとする左翼勢力も確かに問題ですが、軍隊によって国を守らなければならない…とする近代国家の概念に囚われた思考もどうかしています。
武家時代の遺産をとうに使い果たしてしまった今、近代が成立する以前に立ち返るしかないのです。なぜ近代の国家社会ではいけないのかと言うと、答えは明快で近代では日本と日本人を守れないことは現状からも明らかだからです。
だから近代をもたらした「維新」という言葉が私は大嫌いです。維新なる言葉が好きで好んで使う現代日本人ですが、現代日本人が維新という表現に拘っている限り、本当の意味での維新は訪れません。
海洋国家という近代の概念に基づいて外へ出て行く活力が無くなったのなら、後は内の守りを固めるしかありません。
二十一世紀の日本が置かれた状況とは、そのような状況なのです。
★画像ご紹介!
写真:筆者の背後に写っているのは南極にも遠征した観測船(手前)と、
その奥は科学館の別館として展示されている船
写真上:館内の様子
七十年代テイストが漂うシャンデリアなど内装も
笹川良一初代館長のセンスでつくられたのだろうか?
わが郷里・大阪が生み出した豪傑・笹川良一先生
笹川先生の存在は私が右翼運動に入るきっかけを与えてくれた!
笹川イズムを排外主義に転化して発展させよ!
笹川先生が亡くなられたのは、奇しくも私が右翼運動に参画した平成7年夏のことだった…
至言!
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それでも日本人は明治以降に発足した欧米の真似事が成功してると思っちゃっています。
ひとえに洗脳のせいです。あらゆる情報媒体によって年がら年中、明治政府による近現代国家体制を賞賛しては止むことの無い日常に飼い慣らされてしまっているので明治朝廷が間違えであったと言う認識を持つ事が出来ないでいます。
日本人は自身の病気に敏感ですが、国家の病気に無頓着みたいです。健康だと思っているのでしょう。末期症状が出てから慌てふためくと思います。
日露戦争が勝てたのも幕府のおかげです。勿論、明治朝廷得意の日本人の命を命とも思わない人海戦術によって死んでいった者達には哀れみを覚えます。
幕府が幕末、列強との軍拡競争に勝てるように日本の為にと横須賀海軍工廠を作っていてくれてたので日露戦争は難なく勝てました。明治朝廷は一切何も日本に貢献はしておりません。逆です。幕府の貯金をむさぼる毎日なだけです。
アメリカの植民地となっている今では横須賀海軍工廠は米第7艦隊の所有ですが、ここが未だにアジアに派遣を敷いています。今では幕府海軍の力は米軍が受け継いでいます。
明治朝廷が日本の執政をするには荷が重すぎます。植民地となっていたいだけなのしょう。日本有史始まって以来、初めて日本に泥を塗りまくっているだけが明治朝廷です。
日本国土国益防衛市民の会 武装蜂起歴史研究市民の会 会員 青木正和(あおきまさかず)
http://erwds7eg8hyt.blog.fc2.com/
[引用開始]
源頼朝
日本における第1級の愛国救国の武装蜂起者 源頼朝
治承4年1180年8月17日 武装蜂起し腐敗平家権力の一端、目代山木兼隆を襲撃殺害
以後武力闘争を継続
愛国救国の軍事独裁権力鎌倉幕府を樹立 壮大な国家改造へ[引用終了]
携帯用
http://k2.fc2.com/cgi-bin/hp.cgi/dertri778/?pnum=25_26
[一部引用開始]
そもそもの日ごろからの対応体制づくり・更新体制 国民共同体の哲学 防災戦略 21世紀からは自国の自然災害や事故を防止し被害・損失を最小限にすることが国防・国益の必須条件の1つ。[引用終了]
【・ω・】
明治朝廷に侵略されて移行の日本人は日々、強制的に殺されているか見殺しにされているかのどちらかです。国防の在り方に疑問を持ちましょう。
山伏の日々
【明治朝廷】
http://ameblo.jp/yamabushitaiken/entry-11004045881.html
[一部引用開始]
この明治朝廷からはじまる半島利権、大陸利権等々によって政治家たちや、商人たちが現在もなお私腹を肥やしております。
そして現在、日本は世界の植民地・・・
これでも「明治維新は素晴らしかった」と思いますか?[引用終了]
【・ω・】
明治朝廷の中枢にいる連中の私腹を肥やす為に明治マンセーをさせられているのに恥ずかしいと思わないんでしょうか、客観的に見てると恥ずかしい姿ですよ。
同和特権を許すな!ネット連合(同特連)
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[一部引用開始]民主も自民もない。 国会では野党・自民党が与党・民主党を激しく突き上げたようですが、言わば「プロレスショー」のような議会を運営する連中にとってはこの議会体制が守られていることが第一義なんです。 議会体制という名の「明治朝廷」、これを正当化するために武家時代は遺物として葬り去られ、やれ与党だの野党だのはたまた抵抗勢力だのと仮想敵がつくられた劇場を見せられているに過ぎません。 政権を選んだのは日本国民…だとか言う前に、現在の議会体制は誰も望んだものではなく、かつて戊辰戦争とかいう名称の「武力革命」によってもたらされているんです。 その報復で血塗られた革命闘争を「明治維新」として賞賛する為政者のプロパガンダに乗せられてはいけないんです! [引用終了]
`・ω・´
プロレス飽きた。。。
船の科学館は 今月いっぱいで閉館ですか?? 知らなかったです
呉の大和ミュージアムは 6年前に見に行きましたが 灯台下暗しです
極東軍事裁判の被告の家族達の生活を支えていた笹川良一・・・ 巨人でした
花王は 北朝鮮のドラマのスポンサーもしないと 差別だぞーーー 笑
笹川良一という人はあれですね、私が書いた「金と力がありながら、日本のために何もしない右翼」の代表じゃあないですか?
有門さんへ
幕府が近代化の礎石をすべて用意したからですよね。
みーさんが仰ってるように幕府は横須賀の海軍工廠のような現代にも通じるよう先を見据えての設備投資など財政の限りを尽くし新生「日本」を作りました。
しかし素人集団の薩長がその舵取りをしたので「終わりの始まり」となってしまいました。
>武家時代の「遺産」だった
その遺産は明治朝廷と云う寄生虫によってなくなりつつありますね。
>憲法などどうにかしなくて良い
ホントです。
先になさねばならないことは山ほどあります。
昨今、保守層に人気のカルト弁護士が「新無効論」を唱えてますが無効と云うならテロリストが作った帝国憲法も占領憲法も共に無効です。
またバークやハイエクなどを引き合いに出し「真正保守主義」を掲げ「憲法改正」を謡ってる教授がいますが、バークはアイルランド出身、ハイエクはオーストリア出身、つまり彼ら自身が「外国人」と云う立場からの論説なので民族性についての考察は皆無です。
国体がそもそも違うんです。
違う国の「国体」を我が国の「国体」に当てはめることは、左翼がマルクス史観的解釈で我が国の歴史を見てるのと同じで事実が歪められます。
>「維新」という言葉が私は大嫌い
「維新」と云う忌まわしい言葉を誇らしげに使ってる者の歴史観なんぞ、ろくなもんじゃありませよね。
日本は自身の臆病を憲法のせいにしてるだけでござる。
臆病が治らない限り憲法がどーなろうが日本が変わる事は無いのでござる。
オランダは インドネシアを支配していても 現地の宗教に口を出さず 植民地軍を作らず いい宗主国です
漢民族のアイデンティティは周王朝にあります。
その周王朝の開祖は事実は武王なのですが、真の周王朝開祖はその父親である文王とされてます。
【維新】とは
「詩経」によると
文王上にあり、天にあきらかなり。周は旧邦なりと雖も、その命維新(めいこれあら)たなり。
意味は
周は由緒ある国だ。文王すで死して天にあるが、文王が至って新たに天命を受けて、とわに子孫を加護をする。
維新は漢民族の手本王朝である周の開祖による革命の事で、漢民族子孫繁栄を願っている特別な意味があります。
明治朝廷のアイデンティティがどこにあるのかが伺えます。
明治以降、体制によって儒学は学問として推進されてこなかった結果、誰も維新の意味が分からないものとなっています。これは日本人を盲目にする為の意図したものだと思います。
げんにこの朝廷は大陸に対してのアイデンティティの強い想いは尋常ではありません。
一言で言うと不気味です。
海洋国家の没落・・・・ 原因は ハッキリしている 造船世界一の地位を
隣のチョンに持って行かれた為 チョンの国に造船所を作り・技術を教え・材料を供給したため チョンの国に容易く追い抜かれた
日本が 何もしなければ 北チョン国と同程度の造船能力しかないはず
是は 自動車業界・電器業界他 全てに当てはまる
船の科学館の閉館 今初めて知りました、残念です。
小学6年の時に社会科見学ではじめて行きました(昭和50年頃)
アンケートを書き込み返送した所 世界海洋少年団団員(はっきり憶えてない)になっており 半年後には招待を受け大型バスで科学館見学、東京湾遊覧見物、美味しいお弁当、高級な生地のTシャツやら無料でいただきました。
子供心に な〜んもしていないのにいいのかなぁ〜俺?? と言うくらい
贅沢三昧を体験しました。極めつけは笹川良一氏の生演説を聴いた時の
あのオーラ・・・度肝を抜かれたのを憶えています、『子供が大好きだ』と言っておられました。
同和特権を許すな! 応援しております。
理事長の写真のお顔は良い表情してますね。
私は笹川氏は全て正しいとは言ってないし、日本財団のやられていることは正しいことばかりであるとも言えない。良くないと言われていることは色々な識者が言われている事でもあります。しかしながら、現状の脱税トップ3に常にランクインすると言われるパチンコ業界の惨状を見れば、比較的まともな部分があったことは否定できないように思います。
それで3点お知らせとお願いがあります。
1つ目は単純に宣伝です。私のブログは本日17日から1日置きに更新する予定です。17日、19日、21日・・・、の順に更新する予定です。
本日17日に更新する予定のエントリーは
http://yuukinohan.exblog.jp/13577154
です。ということです。理事長のブログが16日にあったので恐らく16日、18日、20日・・・の順に更新すると思います。それで合間の日に見れるように致しました。宣伝でした。ただ、始めの数回は予約投稿なので少し時局からはずれているかもしれません。(理事長や団体の方と意見が異なる場合もありますので気に食わない方は無視してください。)
2つ目は行動する保守運動に関して、少なくとも地元の原発に慎重だあるいは反対だと言う一般の人達が説明会に来た時に「売国奴だ」と罵らないようにお願いしたいところです。例えば、在特会が北国で説明会を開かれるそうえすが、その時に来られた方がいたときにそれではせっかく勢力拡大を行うチャンスを逃すことになります。反反原発運動はあくまで在特会東京に過ぎないのですから多少は融通を利かせて頂ければと思います。少なくとも各地方支部、特に北海道では「原発慎重派」「反対派」も受け入れるとアピールすることが肝要に思います。
3つ目は主にみたいな実さんへ。
私は同特連に入りたいのですが、実際に童話問題を私は目撃したことがありません、そして、お金がないのでほとんど魚ばかりを食べていますが、肉も少し食べます。それでもよろしいのでしょうか?大賢さんの国家神道の話も凄いので衝撃を受けました。実際にどの程度のものなのかこれから勉強していくつもりですが、その為にも入れて頂きたい。
最後に、私は維新は好きではありませんが、「維震軍」は好きです(わからない人は検索してください)。
以上です。
みーさんへ
江戸の学風は非常に自由で、それがために様々な学問が発達しましたね。
イスラム圏では絶対有り得ないことです。
水戸学や国学もこの自由さの故に発達しました。
幕府の思想的統治正統論もここから出ました。
しかし水戸学も国学も後期になるにつれ「易姓革命」否定なんです。
これは朱子学を根底にしてるからですね。
水戸の黄門さまは大の朱子学好き。
ですが孟子以来儒教の伝統は「易姓革命」肯定なんです。
つまりは朱子学は儒教の一宗派に過ぎない訳です。
しかし、孔孟思想の儒教の正統は「易姓革命」肯定なんです。
つまり「民心の向うところ」に天命がある訳です。
それで幕府は自らの地位を脅かされないためにも天皇の権威を高め、その正統たる天皇から統治権を任命されたとし、その任命された将軍に刃向かう者は逆賊だとしたのですが・・・。
つまり朱子学イデオロギーを持って幕府は治安秩序の学とし、天皇の地位を高めました。
でも後期になると本来の統治者は天皇の筈なのに何故に徳川の世なのか?
それは天皇の失徳によるものだ!
そう考えた訳です。
ですから徳を得させるために「天皇とは斯くあるべし」「天皇とはこうでなければならない」と始まる訳です。
国体神学の始まりです。
「臣下の分際で政権を奪った徳川は簒奪者である!」
としました。
これが倒幕イデオロギーとなって行く訳ですね。
これが朱子学を原理主義化した後期水戸学や垂加神道から出た思想ですね。
つまり「易姓革命」否定です。
しかし余りにも徳川の治世は良かった。
太平の世であればこそ水戸学や垂加神道なども出来ました。
これが「民心の向うところ」だと私は思います。
しかし「正統論」にこだわる朱子学イデオロギーでは世の中が太平だろうが何だろうが正統でないものは駄目!としました。
文王と武王は正反対の態度を紂王に対して示したがどちらも聖人にされています。
文王の場合、「君臣の義」によって秩序を絶対に守ることが「義」で、暴君を諫めて殺されようと幽閉されようと叛逆してはならない。
武王の場合、君主が暴虐なときは、民のため臣が決起しこれを誅滅することが「義」としました。
文王の「君臣の義」が絶対規範であるならば、この武王の誅殺は非常に問題となります。
しかし、「この武王の行いは完全に正しい」としたのが孟子です。
ですから後期水戸学や垂加神道あたりから原理主義化されておかしくなっていったんですよね。
>1つ目は単純に宣伝です。私のブログは本日17日から1日置きに更新する予定です。17日、19日、21日・・・、の順に更新する予定です。
>本日17日に更新する予定のエントリーは
>http://yuukinohan.exblog.jp/13577154
の日程を訂正します。極右翼勢力が先ほど更新されたので、18日からの更新にします。
18日更新予定
http://yuukinohan.exblog.jp/13577154
以後20日22日24日・・・の順に更新するつもりです。
>大賢さん
はじめましてよろしくお願いします。
山伏のブログは度々拝見させて頂いております。勉強になります。
yuukinohanaさんへ
初めまして!
>山伏のブログは度々拝見させて頂いております。
有難う御座います。
どうぞ宜しくお願いします。
それから「大賢」ではなくて「太賢」ですよ^^
そりゃまた失礼しました
>太賢さん
各位 たくさんの熱きご意見を有り難う御座いました。
>笹川良一という人はあれですね、私が書いた「金と力がありながら、
>日本のために何もしない右翼」の代表じゃあないですか?
>Posted by マオ at 2011年09月16日 17:37
日本のために何もしない…と言うよりも日本のためにならないことを誰よりもダイナミックにやったという印象があります。国会議員として、右翼政党の党首として活躍した戦前はともかく、戦後は反共活動に名を駆りて統一教会系の勝共運動を推進しました。在日ヤクザにチカラを持たせたのもこの方々に起因すると言われます。
しかしながら、朝鮮人の跋扈なんて戦後から始まったわけではなく、戦前から同じ日本人として扱う形で起きていたわけですよね。反共云々にしたって共産主義者を根絶したところで日本の諸問題が解決するわけではありません。
日本の諸問題っていうのは戦前・戦後を通じ明治以降の体制そのものを見直さなきゃならないわけで、笹川良一氏は良かれ悪かれド派手に活躍された方ですが、それもこれも「体制の中」で行なわれたこと。日本のためにならないことも長く広い視野に立てば瑣末なこと。
ただ、笹川氏らが生きていた時代に良かったのは右も左も分からない人々にまで「右翼って凄いな」という存在感を示せていたこと。