訴訟 係争中の訴訟
福島集団疎開裁判
仮処分申立書
平成23年(2011年)6月24日
福島地方裁判所郡山支部 御 中
債権者代理人 弁護士 神 山 美 智 子
同 弁護士 安 藤 雅 樹
同 弁護士 安 藤 絵 美 子
同 弁護士 笠 原 一 浩
同 弁護士 菅 波 香 織
同 弁護士 越 前 谷 元 紀
同 弁護士 柳 原 敏 夫
同 弁護士 井 戸 謙 一
当事者の表示
債権者の表示 別紙債権者目録記載の通り
債権者代理人の表示 別紙債権者代理人目録記載の通り
債務者の表示 別紙債務者目録記載の通り
申立の趣旨
1 債務者は債権者らに対し、別紙環境放射線モニタリング一覧表で測定高さが50cmま
たは1mのいずれかにおいて空間線量率測定値の平均値が0.2マイクロシーベルト/
時以上の地点の学校施設において教育活動を実施してはならない。
2 債務者は債権者らに対し、別紙環境放射線モニタリング一覧表で測定高さが50cmま
たは1mのいずれかにおいて空間線量率測定値の平均値が0.2マイクロシーベルト/
時以上の地点以外の学校施設において教育活動を実施しなければならない。
3 申立費用は債務者の負担とする。との裁判を求める。
申立の理由
第1、 当事者
1 債権者
債権者らは、福島県郡山市に居住し、別紙学校目録記載の郡山市立の各小学校ないし
中学校に通っている児童生徒である。
2 債務者
債務者(郡山市)の教育委員会は、小中学校、保育園及び幼稚園を所管し、その教育に
当たり適切な教育の実施を図る機関である。
第2、経緯
1 福島第一原子力発電所の設置
福島第一原子力発電所は、申立外東京電力株式会社により設置された、福島県双葉郡大
熊町大字夫沢字北原22 番地に所在する原子力発電所である。
1 号機から6 号機が設置されており、1 号機が1971 年3 月に営業運転を開始したのを最
初として、1974 年7 月に2 号機、1976 年3 月に3号機、1978 年10月に4 号機、同年4
月に5号機、1979 年3 月に6 号機が営業運転を開始した。
全ての原子炉において二酸化ウラン、3 号機において一部MOX燃料(プルサーマル)
を用いていた。
2 福島原発事故
本年3 月11 日発生した東北地方太平洋沖地震によって、福島第一原発において運転中
の原子炉は緊急に自動停止したものの、地震と津波により外部からの電源と非常用ディ
ーゼル発電機を失い、全電源を喪失した。
そのため、原子炉や核燃料プール内の使用済み核燃料を冷やすことができなくなるとい
う世界でも「チェルノブイリ原発事故」以来とされる深刻な原発事故となった。
のみならず、原子炉格納容器につながる圧力抑制室が破損するなどし、建屋内での水素
爆発などの結果、核燃料棒に含まれる高レベルの放射性物質が大量に外部(大気および
海水等)に漏出し続け、現在なお収束できていない。この放射性物質の外部への漏出の
継続という点では、「チェルノブイリ原発事故」ですら経験したことのなかった歴史上
未曾有の深刻な人災である。
以下では、この東京電力福島第一原子力発電所において起こった大量の放射性物質の流
出を伴う原子力事故を「福島原発事故」という。
3 福島原発事故による放射性物質の拡散
福島原発事故により、放射性物質が大量に放出され、日本各地、主に東北・関東全域及
び太平洋側の海洋が高濃度に汚染されることとなった。特に、食品、水道水、海水及び
土壌に対する放射能汚染が未曾有の深刻な問題となっている。
4 国による対応
かかる未曾有の原発事故に対し、国は原子力災害対策特別措置法15条2項・3項
(「内閣総理大臣は、第一項の規定による報告及び提出があったときは、直ちに、前項
第一号に掲げる区域を管轄する市町村長及び都道府県知事に対し、第二十八条第二項の
規定により読み替えて適用される災害対策基本法第六十条第一項及び第五項の規定によ
る避難のための立退き又は屋内への退避の勧告又は指示を行うべきことその他の緊急事
態応急対策に関する事項を指示するものとする。」)に基づき、3月12 日に福島第一原
発から20 キロ圏内に避難指示を、3月15 日には半径20 キロから30 キロ圏内に屋内待
避指示を出した。4 月22 日には半径20 キロ圏内が「警戒区域」に設定され立入りが禁
止されている。
5 文部科学省における対応
(1)ア 国(文部科学省)は、福島県教育委員会などを名宛人として、4月19日、
下記通知(以下、4月19日付け通知という。甲8)を発した。
記
表題 福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な考え方について
日付 平成23年4月19日
通知人 文部科学省生涯学習政策局長 板東久美子
初等中等教育局長 山中伸一
科学技術・学術政策局長 合田隆史
スポーツ・青少年局長 布村幸彦
被通知人 福島県教育委員会
福島県知事
福島県内に附属学校を置く国立大学法人の長
福島県内に小中高等学校を設置する学校設置会社を所轄する構造改革
特別区域法第12 条第1項 の認定を受けた地方公共団体の長
イ 4月19日付通知においては、一般論として「非常事態収束後の参考レベルの1-20mSv/年を学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安とし、今後できる限り、児童生徒等の受ける線量を減らしていくことが適切であると考えられる。」とした上で、環境放射線モニタリングの結果により下記の具体的措置をとるよう求めている。
記
① 文部科学省による再調査により、校庭・園庭で3.8μSv/時間(幼稚園、小学校、特別支援学校については50cm 高さ、中学校については1m 高さの数値:以下同じ)以上の空間線量率が測定された学校については、別添に示す生活上の留意事項に配慮するとともに、当面、校庭・園庭での活動を1 日あたり1 時間程度にするなど、学校内外での屋外活動をなるべく制限することが適当である。
なお、これらの学校については、4 月14
日に実施した再調査と同じ条件で国により再度の調査をおおむね1週間毎に行い、空間線量率が3.8μSv/時間を下回り、また、翌日以降、再度調査して3.8μSv/時間を下回る値が測定された場合には、空間線量率の十分な低下が確認されたものとして、②と同様に扱うこととする。さらに、校庭・園庭の空間線量率の低下の傾向が見られない学校については、国により校庭・園庭の土壌について調査を実施することも検討する。
②文部科学省による再調査により校庭・園庭で3.8μSv/時間未満の空間線量率が測定された学校については、校舎・校庭等を平常どおり利用して差し支えない。
(2)しかるに、国(文部科学省)は、5月27日、4月19日付通知を事実上修正し、年間1ミリシーベルト以下を目指すなどの下記内容の「福島県内における児童生徒等が学校等において受ける線量低減に向けた当面の対応について」と題する発表(以下、5月27日発表という。甲9)を表明した。
記
① 本日、福島県教育委員会の協力の下、福島県内の全ての学校等に対して、積算線量計を配布する。これにより、児童生徒等の受ける実際の積算線量のモニタリングを実施する。
② 暫定的考え方で示した年間1ミリシーベルトから20 ミリシーベルトを目安とし、今後できる限り、児童生徒等の受ける線量を減らしていくという基本に立って、今年度、学校において児童生徒等が受ける線量について、当面、年間1 ミリシーベルト以下を目指す。なお、引き続き児童生徒等の心身の健康・発達等に関する専門家等の意見を伺いながら、更なる取組の可能性について検討する。
③ 「原子力被災者への対応に関する当面の取組方針」を踏まえ、更なる安心確保のため、文部科学省または福島県による調査結果に基づき、校庭・園庭における土壌に関して児童生徒等の受ける線量の低減策を講じる設置者に対し、学校施設の災害復旧事業の枠組みで財政的支援を行うこととする。対象は、土壌に関する線量低減策が効果的となる校庭・園庭の空間線量率が毎時1
マイクロシーベルト以上の学校とし、設置者の希望に応じて財政的支援を実施する。
第3、被保全権利
1 総説
しかるに、福島県内の多くの地域において、福島原発事故以来の放射線量の積算値は既に1ミリシーベルトを超えており、その人体に及ぼす影響に鑑みると、債権者らを含む福島県内の小中学校、保育園及び幼稚園に通う児童生徒は、現状のまま学校生活を送る中で、のちに放射線障害によるガン・白血病といった疾病を発症する可能性があるのは確実であり、そのため、彼らの生命・身体・健康という最も尊ぶべき人格的利益は今まさに重大な危険にさらされている。
以下、詳述する。
2 放射線が人体に与える影響
(1)はじめに
福島原発事故によって環境に放出された放射線が人体に与える影響は甚大である。
これを考える場合には、事故原発から放出された放射性物質(これには、放射性ヨウ素131や放射性セシウム137ほか何種類もの核種が含まれる)が、放射能雲(プルーム)として風に乗って運ばれ、降雨・降雪や下降気流によって放射性降下物として地上に舞い降りることが、まず問題となる。
すなわち、地上に舞い降りた放射性降下物の人体に及ぼす影響については、種々の核種から放射される放射線の1
種であるガンマ線が体外から人体内を突き抜けることが主要因となる一時的な「外部被曝」ならびに、呼吸による吸入と飲食物の摂取によって体内に取り込んだ種々の核種から放射されるアルファ線とベータ線が主要因となる長期的な「内部被曝」という、次元の異なる2種類の被曝があることを、まず認識する必要がある。
しかも、今回の原発事故では、後者の「内部被曝」が重要であるにもかかわらず、日本政府が依拠するICRP(国際放射線防護委員会)の諸勧告は、基本的に前者の外部被曝だけを念頭においているため、実際問題としては、一時的に強線量を外部被曝したときに直ちに現れる即発性の「確定的影響1」しか問題とせず、長期間にわたって低線量を内部被曝したときに現れる晩発性2の「確率的影響3」が著しく軽視されていることをも、認識する必要がある。
1 放射線を浴びた結果、ほぼ確実に健康障害が現れること。
2 放射線を浴びてから実際の被害が発生するまでに時間がかかること。
3 放射線を浴びた結果、健康障害の発生が確率的であること。
以上の実態については、文献が豊富な幾つかの名著、例えば『人間と放射線』
(ジョン・W・ゴフマン著、今中哲二ほか訳、社会思想社、1991。甲10)、『人類の未来をおびやかすもの 原子力公害』(アーサー・R ・タンプリン、ジョン・W
・ゴフマン著、徳田昌則監訳、アグネ、1974。甲11)、『放射線被曝の歴史』(中川保雄著、技術と人間、1991。甲12)、『内部被曝の脅威』(肥田舜太郎、鎌仲ひとみ、筑摩書房、2005。甲13)、『隠された被爆』(矢ヶ崎克馬著、新日本出版社、2010。甲14)、『新装版 食卓にあがった放射能』(高木仁三郎、渡辺美紀子著、七つ森書館、2011。甲15)、『低線量内部被曝の脅威:原子炉周辺の健康破壊と疫学的立証の記録』(ジェイ・マーティン グールド著、肥田舜太郎、斉藤紀、戸田清、竹野内真理訳、緑風出版、2011。甲16)などを読めば、内部被曝の脅威は一目瞭然であり、また、ECRR(欧州放射線リスク委員会)の1993
年勧告(甲17)と2010 年勧告(甲18)を見れば、これが歴然たる事実であると認めるしかない。
(2)放射線に「それ以下の被爆は安全」という被曝放射線量の閾値(いきち、しきいち)はない本来的には、止むを得ず被曝せざるを得ない自然の放射線だけしか存在してはならず、それすらも可能な限り浴びないように心がけるべき、というのが真に科学的な態度である。
すでに、前記タンプリンとゴフマンの書(甲11)や中川氏の書(甲12)で克明に述べられているとおり、被曝放射線量に閾値なるものが放射線で用いられるようになった契機は、もっぱら原子力(核分裂)を利用したい側の理論である。すなわち、内部被曝を曖昧にしたまま、基準値(閾値)以下の被爆であれば無害であると偽って勝手に線引きをして、一般市民に原子力災害をある程度許容させた上で、被曝せざるを得ない状況を生み出しているのが実態である。
あらゆる生物は、低線量でも被曝線量に応じた出現頻度で遺伝子突然変異や遺伝子損傷などを繰り返し起こすこととなり、生命の危機が高まることは、1970 年代までに明確な事実として遺伝学界では周知の事実となった。突然変異は、すべてが有害というわけではないが、生命に有害な場合が圧倒的に多い。
したがって、低線量でも内部被曝すれば、結果的に白血病や癌など生命に危険が及ぶ種々の障害の原因になり得る。しかも、この場合に、ただちに障害が出るのではなく、晩発性(発症するまでに時間が要する)という特徴がある。
(3)外部被曝と内部被曝の割合
チェルノブイリ原発事故後、平均的なオーストリア人の外部被曝と内部被曝の割合に関する、オーストリア政府による見積もりによれば、被曝の80%が飲食物から、5%が汚染空気の呼吸からで、計85%が内部被曝であり、外部被曝は主として地面の汚染に起因する15%のガンマ線ということである。このことは、例えば、高木仁三郎・渡辺美紀子著の『食卓にあがった死の灰』(1990
年、講談社現代新書。『新装版 食卓にあがった放射能』(高木仁三郎、渡辺美紀子著、七つ森書館、2011)甲15)に見られる4。そして、ECRR の算定方法をベースにした内部被曝量を概算するためのソフトもある。このソフトでは、ICRP の算定方法との比較が出来るようになっている。
以上の事実からも、ICRP や日本政府が軽視する内部被曝が極めて問題なことは、火を見るよりも明らかである。
4 ウェブ上では、http://blackblade.at.webry.info/201106/article_227.htmlで見られる。
5 例えば「食品による年齢別の内部被曝ベクレル(Bq)シーベルト(Sv)換算ツール」
(http://www.mikage.to/radiation/internal_exposure.html)日本人は、オーストリア人よりも魚の摂取が多いだろうが、これらのソフトでは現在の日本における食品の測定データも地域別・種類別にベクレル値が見られるようになっている。
(4)放射線の種類と特徴
外部被曝と内部被曝の関連で放射線の種類と特徴を概観すれば、放射線源(今回の福島原発事故では放射性降下物としての種々の核種)から照射される透過性の強いガンマ線や中性子による外部被曝だけを問題にし、放射性降下物を直接間接に体内に取り込み(口や鼻から)、長期にわたって体内でアルファ線やベータ線に被曝する内部被曝を意図的に無視しているのがアメリカを中心とするICRP
であり、広島、長崎の原爆症裁判でも長期にわたって無視され続けたが、近年になってようやく、一連の原爆症認定訴訟においても内部被曝が認
められるようになった。
内部被曝では、透過性の低いアルファ線やベータ線でも有害に作用するため、放射性ヨウ素131 やセシウム137、ストロンチウム90 などが特に問題となる。放射性ヨウ素131 は、半減期が約8 日と短いが、甲状腺に集積しやすく、特に子どもたちでは甲状腺癌を誘発しやすい。セシウム137 は、筋肉など身体全体に散らばり、半減期が約30
年と長いため、長期にわたって被曝され続けることになる。また、ストロンチウム90 は、骨に集積されやすく、半減期が約29 年と長いため、これも長期にわたって被曝され続けることになる。なお、実際には、生物体内では、一部排泄されたりするため、上記の物理的半減期よりも短くなる。
いずれにしても、内部被曝で問題となるのは、アルファ線とベータ線である。アルファ線は、空中では約45 mm、体内では約40μm6しか飛程(移動)できない。また、ベータ線は、空中では約1 m、体内では約10 mm
しか飛程(移動)できない。しかし、これら粒子線としての両放射線は、このわずかな移動中に自身が持つすべてのエネルギーを放出して細胞中の原子を結びつけている電子をはじき飛ばし、分子を切断する。その結果、DNA に損傷を与える(61μm(マイクロメートル)は1mmの1000分の1。)ため、アルファ線やベータ線はガンマ線に比べ透過力は弱くても、やがて目に見える大きな放射線障害を誘起することになる。
一方、エックス線と同じく電磁波に属するガンマ線は、透過力が極めて強く、体内を容易に透過するため、ガンマ線の外部被曝を受けた一瞬の間にガンマ線が放出するエネルギーは微々たるものである。したがって、体内に取り込んだ放射性物質から放出されるガンマ線による内部被曝の影響も、アルファ線やベータ線の内部被曝に比べれば極めて微々たるものとなる。
内部被曝すなわち、アルファ線とベータ線による長期にわたる放射線被曝の影響の恐ろしさの理由が、ここにある。
(5)放射線が生体に及ぼす作用
生体内では、放射線被曝するとイオン化(電離)が生じる。
ガンマ線(エックス線も同様)被曝では、「フリーラジカル」(活性酸素もそのひとつ)と呼ばれるイオン化分子が形成される。すなわち、これらの放射線が生体内を通り抜ける際に、生体内の原子から電子を放出させ、この電子が生体内を走りながら飛跡の周辺の分子と反応してエネルギーを与えるために、これによって分子から電子が放出されてイオン化する。この癌や老化の原因にもなるフリーラジカルは、きわめて不安定な分子で、やたらに他の細胞構成分子に取り付いては電子を奪って酸化させ、障害を誘起する「超嫌な悪者」である。したがって、細胞内で遺伝をつかさどるDNA
やRNA をはじめとする諸組織が傷つけられて、遺伝子突然変異やさまざまな病的症状を引き起こすことになる。
一方、アルファ線やベータ線による内部被曝では、上記(4)で述べた理由により、生体内を通り抜けるときにできるイオン化の密度が非常に高いために、フリーラジカルを介することなく、直接的に生体内分子に作用する。その結果、一時的な高い線量(すぐ死亡するほどではない)の外部被曝よりも、持続する低線量の内部被曝の方が、晩発性障害が大きいことが分かってきた。すなわち、DNA
など遺伝情報をつかさどる重要な生体組織に、修復不可能な変異を誘起することが、アルファ線やベータ線による低線量の内部被曝の恐ろしさなので
ある。アルファ線で原子が電離されると、二次電子が生じ、この二次電子の飛跡に沿って細胞構造物を電離させる高いエネルギーをもつゆえ(これをデルタ線と呼ぶ)、アルファ線が生物体に及ぼす作用の多くは、このデルタ線の効果である。
いずれにしても、放射線被曝の影響は、特に細胞分裂の盛んな時期ほど大きく、年齢別では高齢者よりも中年、それよりは壮年、思春期の若者、少年少女、幼児、胎児という具合に大きくなる。
(6)結論
以上より、既に福島県内においては福島原発事故以来の累積放射線量が1ミリシーベルトを超えている現在、その人体に及ぼす影響に鑑みると、特に細胞分裂の盛んな成長期にある福島県内の小中学校、保育園及び幼稚園に通う児童生徒は、前記の文部科学省通知に基づいた学校生活を送る中で、早晩、晩発性の放射線障害としてのガン・白血病といった疾病、さらにはたとえ死を免れたとしても子孫に代々悪影響を及ぼし続ける遺伝子(DNA)損傷等をもたらす可能性がある。そのため、彼らの生命・身体・健康という最も尊ぶべき人格的利益は今まさに重大な危険にさらされていることは、まごう事なき事実である。
今後さらに、必要に応じて、文献を示しつつ、これらの理由の詳細を示す予定である。
3 「年間1ミリシーベルト」の根拠
(1) はじめに
人間の健康面から許容される公衆の被ばく限度は、諸説あるものの、文部科学省が従うICRP勧告においては年間1ミリシーベルトと定められている。
(2) ICRP2007年勧告
国際放射線防護委員会(ICRP)は、1985年のパリ声明で、それまでの1977年勧告の「一般公衆の線量限度は5ミリシーベルト」は高すぎるという国際的な批判をようやく受け入れ、「一般公衆の線量限度は1ミリシーベルト」に引き下げる決定をした。それに対し、セラフィールド放射能汚染で揺れるイギリスの放射線防護庁が「一般公衆の線量限度は0.5ミリシーベルト」に引き下げることを勧告したが、また、世界で初めて低線量被曝の問題を発見したECRRの初代議長アリス・スチュアートから基準の大幅見直しを求める公開質問状がICRPに出されたが、ICRPは5から1ミリシーベルトに下げたので、これ以上引き下げる必要ないと反論した。こうして、1990年に出されたICRP1990年勧告は、従前の「一般般公衆の線量限度は1ミリシーベルト」と変わらなかった。
2007年12月に公表した2007年勧告においても、従前の勧告の焼き直し版にとどまり、一般公衆の線量限度は1ミリシーベルトと変わらなかった。
Pub.1117(“Publ.111 Application of the Commission's Recommendationsto the Protection of Individuals Living in Long Term Contaminated AreasAfter a Nuclear Accident or a Radiation
Emergency”「(原子力事故又は放射線緊急事態後における長期汚染地域に居住する人々の防護に対する委員会勧告の適用)で「汚染地域内に居住する人々の防護の最適化のための参考レベルは、この被ばく状況区分に対処するためにPublication103(ICRP.2007)で勧告された1? 20mSv の範囲の下方部分から選定すべきである。過去の経験により、長期の事故状況における最適化
(7 http://www.jrias.or.jp/index.cfm/6,15092,76,1,html)
プロセスを制約するために用いられる代表的な値は1mSv/年であることが示されている」と記載されている。
また、同文書では、「長期汚染地域に関する歴史的経験」として、「原子力事故又は放射線緊急事態がもたらす現在被ばく状況に関する参考レベルの設定に関する限り、過去の経験では、この種の状況を管理するために当局が選定する代表的な線量値は1mSv/年程度であることを示しており、これは、長期被ばくを「正常」と見なせるレベル、すなわち、計画的状況における公衆被ばくに関して定められた制限範囲内まで徐々に減少させたいという願望に合致したものである。」と記載されている。なお、同書では合わせてチェルノブイリ原発事故の後にベラルーシにおいて制定された「チェルノブイリ原子力発電所で発生した災害によって影響を受けた市民の社会的保護に関する法律」において、生活及び仕事の条件に何の制限も課されないような地域においては、当該集団の(外部及び内部)平均総被ばくが1mSv/年を超えてはならないと定められ、当該集団の平均被ばくが1mSv/年を超える場合には、防護措置を実施しなければならないとされていることが紹介されている。
(3) ECRR2010年勧告(甲18)
なお、欧州放射線リスク委員会2010年勧告においては、「公衆の構成員の被曝限度を 0.1 mSv 以下に引き下げること。原子力産業の労働者の被曝限度を 2 mSv に引き下げること。」(勧告の概要14)が勧告されており、一般人については、1ミリシーベルトすら許容されていない(その10分の1である)。
その理由としては、次の通り記されている。「これは原子力発電所や再処理工場の運転の規模を著しく縮小させるものであるが、現在では、あらゆる評価において人類の健康が蝕まれていることが判明しており、原子力エネルギーは犠牲が大きすぎるエネルギー生産の手段であるという本委員会の見解を反映したものである。全ての人間の権利が考慮されるような新しい取り組みが正当であると認められねばならない。放射線被曝線量は、最も優れた利用可能な技術を用いて合理的に達成できるレベルに低く保たれなければならない。最後に、放射能放出が与える環境への影響は、全ての生命システムへの直接・間接的影響も含め、全ての環境との関連性を考慮にいれて評価されるべきである。」(同上)
(4) ICRP2007年勧告の国内制度への取り入れについて
ICRPの2007年勧告を受けて、文部科学省の放射線審議会の基本部会は平成23年1月12日「国際放射線防護委員会(ICRP)2007 年勧告(Pub.103)の国内制度等への取入れについて(第二次中間報告)」を報告し、この報告は同月28日の放射線審議会において承認された。
この報告書において、2.2.2 計画被ばく状況における公衆被ばく(線量拘束値)中の、(2-a) 公衆被ばくの線量拘束値に係る基本的考え方について(基本部会の提言)」の提言には、「公衆の線量限度1 mSv/年を遵守するため」と説明している。
また、その解説においては、「公衆被ばくの線量拘束値は、一般公衆の線量限度1 mSv/年の遵守を支援するための管理手法の中で、線源毎に用いられるべきものである。ここで、2007 年勧告の中では、公衆被ばくに関する線量拘束値として設定される線量は「状況に応じ1 mSv/年以下で選択されること」とされ、国の規制当局により設定されることが示されている。」と記載されている。
(5) 国内法
現在の国内法においても、公衆被ばくの限度は年間1ミリシーベルトを基準として構成されている。なお、ICRP2007年勧告を受けての国内制度への取り入れは審議会での議論途上であって、まだなされていないが、もともとICRP2007年勧告は従前のICRP1977年・1990年勧告の焼き直し版にすぎず(1985年声明、1990勧告で1リシーベルトが基準とされていた)、1990勧告に基づき作成された「ICRP1990年間国の国内制度等への取り入れについて(意見具申)」8を基礎として国内制度が整備されているものである。
この点、放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律19条9、放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律施行規則19条10、放射線を放出する同位元素の数量等を定める件(平成十二年科学技術庁告示第五号)14条4項11、により、事業者は廃棄の際、放射性障害の防止のために必要な措置を講じなければならないとされており、その排気による廃棄の場合の事業所等の境界の外における線量限度は年間1ミリシーベルトとさ
8 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/housha/81009.htm#05 この中で、次のように述べられている。「2 現行(1)
1985年のパリ声明で示された公衆の構成員に関する主たる実効線量当量限度の値である年1mSv を取り入れ、これを規制体系の中で担保することとしている。」(5. 公衆被ばくに対する線量限度)
9 (廃棄の基準等)
第十九条 許可届出使用者及び許可廃棄業者は、放射性同位元素又は放射性同位元素によつて汚染された物を工場又は事業所において廃棄する場合においては、文部科学省令で定める技術上の基準に従つて放射線障害の防止のために必要な措置を講じなければならない。
10第十九条 許可使用者及び許可廃棄業者に係る法第十九条第一項 の文部科学省令で定める技術上の基準(第三項に係るものを除く。)については、次に定めるところによるほか、第十五条
第一項第三号、第四号から第十号まで、第十一号及び第十二号の規定を準用する。この場合において、同項第三号ロ中「放射性同位元素又は放射線発生装置」とあるのは「放射性同位元素等」と、同項第四号から第九号までの規定中「作業室」とあるのは「廃棄作業室」と、同項第十一号中「使用施設又は管理区域」とあるのは「廃棄施設」と読み替えるものとする。
二 前号の方法により廃棄する場合にあつては、次に定めるところにより行うこと。
ハ 第十四条の十一第一項第四号ロ(3)の排気設備において廃棄する場合にあつては、排気中の放射性同位元素の数量及び濃度を監視することにより、事業所等の境界の外における線量を文部科学大臣が定める線量限度以下とすること。
11 (排気又は排水に係る放射性同位元素の濃度限度等)
第十四条4 規則第十九条第一項第二号ハ及び第五号ハに規定する線量限度は、実効線量が四月一日を始期とする一年間につき一ミリシーベルトとする。
れている。
また、原子炉等規制法35条12、同法施行令18条13、実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則(昭和53年12月28日通商産業省令第77号)1条2項6号14、8条3号15、同規則の規定に基づく線量限度等を定める告示(平成13年3月21日経済産業省告示第187号)3条1項1号1612(保安及び特定核燃料物質の防護のために講ずべき措置)
第三十五条 原子炉設置者及び外国原子力船運航者は、次の事項について、主務省令(外国原子力船運航者にあつては、国土交通省令)で定めるところにより、保安のために必要な措置を講じなければならない。
一 原子炉施設の保全
二 原子炉の運転
三 核燃料物質又は核燃料物質によつて汚染された物の運搬、貯蔵又は廃棄(運搬及び廃棄にあつては、原子炉施設を設置した工場又は事業所(原子力船を含む。次項において同じ。)において行われる運搬又は廃棄に限る。次条第一項において同じ。)
2 原子炉設置者及び外国原子力船運航者は、原子炉施設を設置した工場又は事業所において特定核燃料物質を取り扱う場合で政令で定める場合には、主務省令(外国原子力船運航者にあつては、国土交通省令)で定めるところにより、防護措置を講じなければならない。
13(原子炉の設置、運転等に係る防護措置が必要な場合)
第十八条 法第三十五条第二項 に規定する政令で定める場合は、原子炉施設において防護対
象特定核燃料物質を取り扱う場合とする。
14(定義)
第一条
2 この省令において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
六 「周辺監視区域」とは、管理区域の周辺の区域であつて、当該区域の外側のいかなる場所においてもその場所における線量が経済産業大臣の定める線量限度を超えるおそれのないものをいう。
15第八条 法第三十五条第一項の規定により、原子炉設置者は、管理区域、保全区域及び周辺監視区域を定め、これらの区域においてそれぞれ次の各号に掲げる措置を講じなければならない。
三 周辺監視区域については、次の措置を講ずること。
イ 人の居住を禁止すること。
ロ 境界にさく又は標識を設ける等の方法によつて周辺監視区域に業務上立ち入る者以外の者の立ち入りを制限すること。ただし、当該区域に人が立ち入るおそれのないことが明らかな場合は、この限りでない。
16第三条 実用炉規則第一条第二項第六号及び貯蔵規則第一条第二項第三号の経済産業大臣の定める線量限度は、次のとおりとする。
一 実効線量については、一年間(四月一日を始期とする一年間をいう。以下同じ。)につき一により、周辺監視区域(管理区域の周辺区域であって、人の居住が禁止され、
業務上立ち入る者以外の者の立入りが制限される区域)の外側において、実効線量が1年間に1ミリシーベルトを超えないことを求めている。
4 放射線量の積算値
(1)、はじめに
福島県内の小中学生は、本年3月11日以来継続して、放射線による被曝、すなわち内部被曝と外部被曝の両方の危険に置かれている。この一刻も猶予が許されない被曝から債権者らを救済するため、以下、債権者らが浴びた放射線量の積算値の算定を外部被曝に限定して行なう(その詳細は甲1報告書の「1、はじめに」を参照)。従って、最も危険な内部被曝を考慮せず、外部被曝だけで危険な状態であることが判明したならば、それは極めて危険な状態にあることを意味する。
(2)、債権者らが通学する小中学校における放射線量の積算値
ア、 基準値
債権者らが通学する小中学校における放射線量の積算値を算定するために、基準となる値として、文部科学省、原子力安全委員会、及び原子力安全・保安院共同作成の「実測値に基づく各地点の積算線量の推計値」の表(甲1)に記載された「郡山市豊田町」(文部科学省の位置情報によれば郡山総合体育館)における本年3 月12日6時から5
月25日24時までの積算値の推計値を利用する。なぜなら、債権者らが通学する小中学校はいずれも前記「郡山市豊田町」の地点から約5km以内の近距離にあるからである(甲1.2頁表1参照)。
すると、「郡山市豊田町」における本年3 月12日から5月25日までの75日間の放射線量の積算値は2.9ミリシーベルトであり(甲2。2頁地点番号89)、ミリシーベルト
この時点で既に1ミリシーベルトをはるかに超えている。
のみならず、債権者らが通学する小中学校における放射線量の積算値は「郡山市豊田町」の積算値と同じではなく、それより少なくとも1.3~2.3倍高い。なぜなら、両者の本年4月5日前後の測定値を比較してみたとき、地上から1mで測定した場合には約1.3~2.3倍高く、地上から1cmで測定した場合には約1.58~2.8倍高くなっており(その主たる理由は「郡山市豊田町」はアスファルトでの測定であるの対し、小中学校は土の校庭での測定であることに由来するものと思われる)、そのちがいが積算値にも反映するからである(甲1.3頁表2参照)。
イ、3月12日~5月25日の積算値以上から、債権者らが通う7つの学校の3月12日~5月25日の積算値は、少なく見積もっても、
2.9mSv×1.3=3.8mSv
最大では、2.9mSv×2.3=6.67mSvとなる。すなわち、債権者らは、外部被曝だけで、なおかつ積算にあたって木造家
屋内の低減係数を0.6とし不当に低い数値を導く計算方法によった17としても、75日間だけで既に年間許容量(1mSv)の3.8倍から6.67倍も被曝している。
ウ、年間の放射線量の積算値の推計
「実測値に基づく各地点の積算線量の推計値」(甲2)には、福島県内の各地の「3月12日~5月25日の積算値」と「年間の放射線量の積算値の推計値」のデ
17 本来、木造家屋内に滞在の場合、屋外の線量に比べ低減係数は0.9(浮遊放射性物質のガンマ線による被ばくの場合は、0.1すなわち10%しか低減しないということ)であり、国もこれを認めてきた(甲6。原子力安全委員会作成「原子力施設等の防災対策について」112頁表1)。しかるに、福島原発事故のあと、国は、本年3月28
日、放射線量の合計値(積算値)の計算にあたって、突如、この低減係数は0.6に変更した(甲2.2頁注※1参照)。これは明らかにおかしい。
ータが記載されている。そこで、債権者らが通う7つの学校の3月12日~5月25日の積算値と対比して最も近いものを探せば、そこから「年間の放射線量の積算値の推計値」のデータを引き出すことが可能となる。それが報告書(甲1)4頁表3であり、債権者らが通う7つの学校では、来年3月11日までの1年間の積算線量として、外部被曝だけで、なおかつ積算にあたって木造家屋内の低減係数を0.6とし不当に低い数値を導く計算方法によったとしても、年間許容量(1mSv)の12.7倍から24倍も被曝することになる。
(3)、福島県内の小中学校のうち1 年間の放射線量の積算値が1ミリシーベルトを
超えると推計される学校
ア、推計の方法
では、福島県内の小中学校のうち1 年間の放射線量の積算値が1ミリシーベルトを超えると推計される学校はどれか。
ここでは、或る時点での測定値がいかなる値のときに、1 年間の放射線量の積算値が1ミリシーベルトを超えると推計されるか、というやり方で計算する。すなわち、「実測値に基づく各地点の積算線量の推計値」(甲2)で、いかなる「5月23~25日の測定値の平均値」のときに「年間の放射線量の積算値の推計値」が1ミリシーベルトとなるかを検討すると、次のことが判明する(甲1.4頁表4参照)。
①. 5月23~25日の測定値の平均値が0.0002ミリシーベルト/時=0.2マイクロシーベルト/時の地点は、年間の積算線量の推計値は1ミリシーベルトを超える。
②. 5月23~25日の測定値の平均値が0.0001ミリシーベルト/時=0.1マイクロシーベルト/時の地点は、年間の積算線量の推計値が1ミリシーベルトを超えるものと超えないものがある。
ここから、次のように言うことができる。5月23~25日の測定値の平均値が0.2マイクロシーベルト/時以上の地点では、年間の放射線量の積算値は1ミリシーベルトを確実に超えると推計することができる(その理由の詳細は、甲1報
告書5頁(2)を参照)。
イ、1ミリシーベルト/年を超える具体的な地点
以上のやり方で、本申立書の別紙環境放射線モニタリング一覧表(甲5)記載の福島県内の各市の学校について、1年間の放射線量の積算値を推計すると、次のような結論が導かれる(その詳細は、甲1報告書6~8頁参照)
①.郡山市
60箇所の測定地点のうち55箇所が0.2マイクロシーベルト/時以上あり、年間の放射線量の積算値は1ミリシーベルトを確実に超えると推計される。これに対し、5箇所は0.2マイクロシーベルト/時に達しないが、0.17マイクロシーベルト/時を記録した3箇所は年間の積算値が1ミリシーベルトを超える可能性は十分ある。
②.福島市
32箇所の測定地点すべてが0.2マイクロシーベルト/時以上あり、年間の放射線量の積算値は1ミリシーベルトを確実に超えると推計される。
③.須賀川市
9箇所の測定地点すべてが0.2マイクロシーベルト/時以上あり、年間の放射
線量の積算値は1ミリシーベルトを確実に超えると推計される。
④.田村市
10箇所の測定地点すべてが0.2マイクロシーベルト/時以上あり、年間の
放射線量の積算値は1ミリシーベルトを確実に超えると推計される。
⑤.白河市
12箇所の測定地点すべてが0.2マイクロシーベルト/時以上あり、年間の放
射線量の積算値は1ミリシーベルトを確実に超えると推計される。
⑥.会津若松市
箇所の測定地点のうち21箇所が0.2マイクロシーベルト/時以上あり、年間の放射線量の積算値は1ミリシーベルトを確実に超えると推計される。これに対し、6箇所(そのうち4箇所は校庭なし)は0.2マイクロシーベルト/時に達しないが、0.17マイクロシーベルト/時以上を記録した5箇所は年間の積算値が1ミリシーベルトを超える可能性は十分ある。
⑦.喜多方市
20箇所の測定地点のうち15箇所が0.2マイクロシーベルト/時以上あり、年間の放射線量の積算値は1ミリシーベルトを確実に超えると推計される。これに対し、5箇所は0.2マイクロシーベルト/時に達しないが、0.17マイクロシーベルト/時以上を記録した4箇所は年間の積算値が1ミリシーベルトを超える可能性は十分ある。
⑧.南相馬市
27箇所の測定地点すべてが0.2マイクロシーベルト/時以上あり、年間の放射線量の積算値は1ミリシーベルトを確実に超えると推計される。
⑨.いわき市
69箇所の測定地点のうち62箇所が0.2マイクロシーベルト/時以上あり、年間の放射線量の積算値は1ミリシーベルトを確実に超えると推計される。これに対し、7箇所(そのうち1箇所は園庭なし)は0.2マイクロシーベルト/時に達しないが、0.17マイクロシーベルト/時以上を記録した6箇所は年間の積算値が1ミリシーベルトを超える可能性は十分ある。
ウ、 小括
以上から、本申立書の別紙環境放射線モニタリング一覧表(甲5)記載の福島県内の各市の学校(総数266)のうち、年間の放射線量の積算値が年間許容量(1ミリシーベルト)を確実に超えると推計される地点が243、年間の放射線量の積算値が年間許容量(1ミリシーベルト)を超える可能性が十分あるとされる地点が18であり、それ以外が5である。
5 小括
人体に対する被曝は、外部被曝だけでも、空間線量による被曝だけでなく、地面に降り積もった放射性物質からの被曝を考慮しなければならないし、さらに、呼吸器から体内に入った放射性物質及び食物や水から体内に入った放射性物質による内部被曝も考慮に入れなければならない。福島の子どもたちを守るためには、これらのすべての経路による被曝量を合計して少なくとも1ミリシーベルト以下に抑える必要があるが、この測定は容易なことではない。しかし、空間線量による外部被曝だけでも1ミリシーベルトを超える地域内の学校施設で教育活動を行えば、子どもたちの総被曝量が1ミリシーベルトをはるかに超えることが明らかである。
そうすると、このまま債権者の子どもらを含む上記の児童生徒を放射線の空中線量が既に1ミリシーベルトを超えた地域及び1年間で1ミリシーベルトを超えることが確実に予測できる地域において教育活動を行った場合、福島県内の小中学校、保育園及び幼稚園に通う児童生徒の生命・身体・健康が放射線障害によるガン・白血病の発症という重大な危険にさらされることは明らかであり、その生命・身体・健康という人格的利益に対する重大な侵害行為に該当するものである。
7 福島県内の児童生徒の有する権利
(1) 教育を受ける権利
憲法26条1項は、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と規定し、同条2項後段は「義務教育は、これを無償とする。」と規定する。
ここに保障する国民の教育を受ける権利は、当然に「安全に教育を受ける権利保障」を含むものであり、言い換えれば、児童生徒は生命・身体・健康を損なうことなく教育を受ける権利が憲法により保障されている。この保障は、今回の福島原発事故が発生した状況下においても、否、そのような場合においてこそ、一層、この保障の実現が求められるものである。
(2) 生存権・生命に対する権利(人格的利益)
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利(生存権、憲法25条1項)を有しており、国はこれを保障する義務がある(憲法25条2項)。また、憲法13条により生命に対する国民の権利は最大限尊重される(憲法13条)。
国民が、福島原発事故を起因とする大量の放射性物質放出による生命・身体・健康への侵害から保護される権利を有することは当然である。
(3) 保健措置
学校においては、児童生徒等の健康の保持増進を図るため、健康診断を行うほか、その他その保健に必要な措置を講じなければならない(学校教育法12条)とされており、児童生徒および保護者は、適切な保健措置を講ずることを求める権利を有している。
(4) 最善の利益
児童の権利に関する条約第3条1項は、「児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。」と規定し、児童の最善の利益の尊重が謳われている。
本件の解決に当たっても、かかる観点を常に念頭に置いて考えることが必要不可欠である。
8 債務者の負う義務
(1)安全配慮義務
第7項記載の児童・生徒の権利(特に憲法26条に基づく権利)を全うするため、国及び地方自治体は、児童生徒の生命・身体・健康を守るために必要な措置をとる「安全配慮義務」を負う。
すなわち、福島原発事故により3月11日以来継続して、原発から大量の放射性物質が最も身近に放出され続けている福島県内において、国、福島県及び福島県内の市町村は、福島県内の小中学校、保育園及び幼稚園に通う児童生徒が放射線障害によるガン・白血病の発症より生命・身体・健康が損なわれることのないように、危険地域において教育活動を行わないような措置を積極的に取る安全配慮義務がある。
学校保健安全法26条は、「学校の設置者は、児童生徒等の安全の確保を図るため、その設置する学校において、事故、加害行為、災害等(以下この条及び第二十九条第三項において「事故等」という。)により児童生徒等に生ずる危険を防止し、及び事故等により児童生徒等に危険又は危害が現に生じた場合(同条第一項及び第二項において「危険等発生時」という。)において適切に対処することができるよう、当該学校の施設及び設備並びに管理運営体制の整備充実その他の必要な措置を講ずるよう努めるものとする。」と定めているが、
安全配慮義務の表れである。また、上述する学校教育法12条も同様である。
(2)小中学校の設置場所
本件において、年間の放射線量の積算値が年間許容量(1ミリシーベルト)を確実に超えると推計されるような危険区域内に設置した小中学校では安全配慮義務を全うすることができない。
この点、小中学校の設置場所について、学校教育法38条は「市町村は、その区域内にある学齢児童を就学させるに必要な小学校を設置しなければならない。」とし、同法49条において中学校についても38条を準用しているが、本条はあくまで原則を定めたものであって、やむを得ない理由がある場合には、その区域外に設置することも当然に認められる。
通達では、「市町村が小・中学校を設置するに当たっては、その区域内に設けるのが原則であるが、やむをえない理由がある場合は区域外に設けることもできる」とされている(昭和34年4月23日委初80 初中局長回答」。
本件では福島原発事故以来大量の放射性物質が放出され続けており、債権者らが通学する小中学校における放射線量の積算値は本年3月12日から5月25日までの75日間だけで、最小で3.8ミリシーベルト、最大で6.67ミリシーベルトに達し、1年間の最大許容限度である1ミリシーベルトの3.8倍から6.67倍もの被曝により、児童生徒の生命・身体・健康に重大な影響を与える状況となっているのであるから、上記「やむを得ない理由」があることは明らかである。
(3)結論
以上より、債務者は債権者ら児童生徒の生命・身体・健康を守る安全配慮義務を負っているが、危険地域において教育活動を継続することはこの義務に違反するものであって、認められない。
債務者は、安全配慮義務を全うすべく、早急に小中学校について危険区域外に移転して設置すべき法的義務を負う。そして、義務教育の無償(憲法26条2項後段)からすると、これは学校設置者である地方公共団体の費用により行われることが当然である。
第2、 保全の必要性
1 唯一の方法
以上から明らかな通り、このまま債権者の子どもらを含む上記の児童生徒を放射線の空中線量が1ミリシーベルトを超えた地域及び1ミリシーベルトを超えることが確実に予測できる地域(危険地域)において教育活動を行った場合、債権者の子が放射線障害によるガン・白血病の発症より生命・身体・健康が損なわれる具体的危険性がある。
しかるに、直ちに、国・地方公共団体の費用による集団疎開措置を施さない限りこの事態は解決できず、他に実効的にとりうる手段はない。
なお、福島県内では、子どもの健康被害を避けるために、すでに多くの親たちが自主的に子どもを転校させて県外に避難させているが、申立人を含む多くの親たちは、子どもの健康を心配しつつ、個人的に避難させることに逡巡している状況にある。個人的に子どもを避難させるのは、経済的に大きな負担であるのみならず、子どもを学校集団から切り離し、それまでに築きあげてきた恩師や友人との関係を断絶させる結果となり、子どもにとって精神的負担が大きく、教育上、好ましい結果を生じないことは明らかである。子どもの教育権を保障しつつ、子どもの生命、身体、健康を守るためには、小学校の設置者である市町村において、危険地域外の施設に学校ごと移転させて学校教育を行うこと、すなわち、集団疎開措置を施すしか方法がないのである。
2 緊急性
債権者は、債務者を被告として、本件申立と同一内容の作為及び不作為を求める本訴を提起する予定であるが、子どもは、高濃度の放射能によって日々その健康を蝕まれており、本訴の確定を待っていては、その健康に取り返しのつかない被害を受ける恐れがあるから、子どもに生ずる著しい損害及び急迫の危険を避けるため、申立どおりの仮処分命令の発令が必要である。
なお、債権者が予定している本訴請求は、被告に対し、①子供の人格権に対する妨害排除としての差止請求、及び、②安全配慮義務の履行を求める請求である。
①は、民事訴訟であるから、これを本案とする民事保全法に規定する仮処分が許容されることは明らかである。②は、私立学校における在学契約から生じる安全配慮義務と同種の非権力的な措置を求めるものであるから、民事訴訟として提起できる。なお、仮に、これが実質的当事者訴訟(行訴法4条後段)に当たるとしても、債権者は、債務者に非権力的な措置を求めているにすぎず、その内容は、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為ではないから、行訴法44条の反対解釈によって、民事保全法に規定する仮処分が許容されると解されるべきである。