和泉雅子(マコちゃん)は山内 賢(久保 明の弟)とのコンビの作品が多かったが、その後は高橋英樹と任侠路線「男の紋章」に出演、安定した演技を見せた。
マコちゃんがケン坊(山内 賢)とコンビを組んでいた頃、私は二人のお供で横須賀まで出かけたことがある。横須賀ライオンズクラブの催しで、二人が歌を披露するアトラクションにでることになった。ピアニストが必要というので私が手配し、現地に直接来て貰ったのだ。
俳優部の広瀬 優さんが司会役で同行。ケン坊はドラム演奏も披露するので楽器を積んだ車で別行動。マコ、広瀬さん、私の3人で運転手さんと車に乗り込み横須賀まで往復のドライブとなったのである。
マコちゃんはもっぱら広瀬さんと話す程度で、自分からいろいろ話かける方ではなかったと記憶している。
私の仕事はアトラクション会場の設営、ピアニストへのギャラの支払いなどで、1時間程度で終了したと思う。さすがに広瀬さんの司会は上手いものだった。ケン坊のドラムソロは大したもので、拍手喝さいだ。マコちゃんの歌の方はまづまづと言った所だった。
彼女が演技開眼したのは浦山桐郎監督の「非行少女」だろう。つとに有名な浦さんのきつ〜いしごきに耐え抜いた彼女は立派だった。
後に冒険家として名をはせた彼女の素質はこの時の浦山監督の薫陶の賜物だと私は信じたい。
女性で始めて北極点踏破の大偉業を成し遂げた彼女に大拍手を贈りたい。
太田雅子というおとなしい女優さんがいた。当初は太田博之とのコンビで使われていた。あまりパッとしない女の子という印象が強かった。彼女とも小田原の劇場まで車で出かけた記憶がある。太田雅子という名前に覚えがない方でも、梶芽衣子といえばご存知だろう。
まだ新人で舞台挨拶と歌を数曲披露するイベントだった。この時のプレイヤーがピアニストだったかヴァイオリニストだったか、覚えていない。俳優部の広瀬優さんがこのときも一緒だった。雅子ちゃんの歌の出来の方はどうだったか、まずまずだったと思う。
小田原までは結構遠かった。車では助手席に広瀬さんが乗り、私は後部座席に雅子ちゃんと乗った。往復の道中、雅子ちゃんとはポツリポツリと五月雨のように話をしたものだ。話の内容など全く覚えて居ない、雅子ちゃんには気の毒だが・・・。
帰り道、雅子ちゃんは神奈川の尻手あたりで、友達のところへ寄ると言って下車したのは未だに覚えているのだから妙なものだ。
彼女が後に梶芽衣子と改名し、スターになろうとはその時は思いもしなかった。青春映画で小百合ちゃんの脇役に過ぎなかった彼女だが、藤田敏八、長谷部安春などの名伯楽により、華麗な蝶に変身を遂げたのだ。
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