特集|「外国人が語る“わたしのにいがた”」 1
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▲第18節大分戦前、新潟市陸上競技場での練習風景。4人のキーパーに鋭いシュートを浴びせる。「キーパーはミスをしてはいけないポジション。ワンプレーで人生が変わることもある。だから基本が一番大事なんです」

◆ アルビサポーターの熱い声援にコーチングで応える
 キックオフ45分前の新潟スタジアム。ウオーミングアップに出てくるキーパーとともに4万人のサポーターから大声援を受けるのが、アルビレックス新潟のGKコーチ、ジェルソンさんだ。「サポーターの声援を聞くと熱くなります。とてもうれしいし、いい試合のためにいい準備をしようという責任を感じる。これは僕だけではなく選手もスタッフもみんな思っていること」
 25歳で初来日、サッカークリニックの指導者として全国を回った。27歳で現役を退き、GKコーチとして日本文理大学へ。新潟へは5年前にやってきた。「奥さんが上の子を妊娠していたときで、僕が練習や遠征に行ってしまうと独りぼっち。苦労をかけたけど、すぐに選手の奥さんや周囲の人と仲良くなり日本語も上達しました。子どもも幼稚園でどんどん日本語を覚え、みんなで新潟ライフを楽しんでいます」
 オフには家族でデパートや新潟スタジアム周辺へ。「公園でダイエットのために(笑)歩いたり自転車に乗ったり、子どもとサッカーをしたり。練習中は真剣なので名前を呼ばれても返事ができないけれど、クラブハウスを出たら普通の人。声をかけてください」

◆ J1昇格を目前に、選手と共に丸刈りに
 2000年のアルビレックス新潟はJ2で7位。新潟市陸上競技場に数千人の観客しかいなかったころだ。01年は4位、02年は3位と苦しい時期を経験している。03年11月にJ1昇格をかけた福岡戦に敗れ、選手やスタッフと共に生まれて初めて丸刈りになった。「引き分けでも昇格できるとあって、ホテルでは昇格パーティーの準備をしていました。ところが逆転負け。みんなで話し合い、気持ちを盛り上げようと新潟に戻ってから髪の毛を切りました。反町監督を助けたい気持ちだったけど、強烈な体験だったよ。僕の人生で初めての丸刈り(笑)。J2優勝とJ1昇格は一番うれしかったこと」
 2年目を迎えたJ1の舞台では厳しい戦いが続いている。「自信がついてきた野澤には向上心を持つよう言っています。経験豊富な木寺、調子が上向きの北野、若い諏訪と3人のキーパーが下からプレッシャーをかけることで、野澤はまだ伸びる。3人も野澤に負けず厳しいトレーニングをすることで伸びてほしい」

◆ シチュエーションに応じてシュートをけり分ける
 サポーターの間では、ジェルソンさんのキックは現役選手より上という声も多く、シチュエーションに応じた練習が特徴だ。「神戸の三浦(淳)や鹿島の小笠原など、相手チームのキッカーと同じようなボールをけることができます。試合で野澤や木寺がスーパープレーを見せるのは、常に難しいトレーニングをしているから。簡単なボールを止めるのは普通のキーパーでもできる。難しいボールを止めるのがいいキーパーだからね」
 新潟のサポーターからはいつも、チームを支える気持ちを感じるという。「チームが厳しいとき、苦しいときこそ強い言葉をかけてほしい。サポーターあってこそのサッカーですから」。そのためにも、Jリーグばかりではなくチームを応援する世界のサッカーを見てほしいそうだ。
「僕はポジティブな人間。常に野心を持って向上しようと思っています。他のチームからのオファーも多いけど、僕はもう新潟の人になったからね。ここにいる以上は新潟のためにベストを尽くします」。新潟のGKから日本代表を出すこと、チームがタイトルを取るのがジェルソンさんの夢だ。
取材協力:アルビレックス新潟

画像 【右】「ブラジルの最低気温は15度くらい。今はもう慣れましたけど、新潟の冬の寒さはこたえました。初めて雪を見たのも新潟。最初は面白かったけど……寒かったよ。今はもう慣れましたけどね」と語るジェルソンさん 画像
Gerson Silva Ornelas
ブラジル連邦共和国サンパウロ州サントス市出身、1971年12月9日生まれ。6歳でフットサルを始め、11歳からサッカーへ。89年18歳でサンパウロ州リーグ現在1部のポルトゲーザ入団。以後、国内各クラブで活躍。97年サントスFCサッカースクールGKコーチ、99年日本文理大学サッカー部GKコーチ、2000年からアルビレックス新潟GKコーチ。サンパウロ州プロサッカーコーチ協会承認登録済み。家族は妻と息子2人。「上の息子は今、柔道に夢中。サッカーは……これからもっと好きになってくれるかな?」




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▲愛娘・優海ちゃんと夕暮れの海辺を散歩。海岸の近くに住んでいることもあり、夏の休日には家族でよく泳ぎにくるという

◆ 日本人の同級生が日本文化の窓口に
 パリで流行しているファッションやグルメ情報を、新潟のお茶の間に紹介しているマドレーヌさん。NST新潟総合テレビ土曜夕方の「スマイルスタジアム」ナビゲーターとして出演中だ。「マドレーヌはわたしのセカンドネーム。本名は逸見・ヴィアート・クロエと言います。どちらで呼んでいただいてもいいですよ」とにっこり。
 日本に興味を持ったのは小学生のころ。同級生に日本人の友達がおり、彼女が持っていたハローキティのおもちゃや人形、着物などに関心を持った。「水曜日の午後にはテレビで『キャンディ・キャンディ』を見ていました。フランスの物語だと思っていたので、日本製アニメと知ったときはびっくり」。日本のアニメはヨーロッパで人気があり「ワンピース」なども放送中とか。映画「となりのトトロ」はパリで見たという。

◆ バレエの道を断念、日本語と民俗学を学ぶ
 幼いころからバレリーナを夢見ていたマドレーヌさんは、5歳でジューヌ・バレエ・ド・パリに入学。空き時間はすべてクラシックバレエに費やした。20歳の時、仲間と劇団「スキゾー・ダンス」を結成、オーストリアやドイツなどへ海外公演を重ねる。しかし思いがけないけがでバレエの道を閉ざされてしまった。「日常生活は普通にできるんですが、もう踊ることはできない。ショックでした」
 気持ちを切り替えたマドレーヌさんはフランス語や数学、日本語を学び、96年に新潟大学の留学生として初来日した。「新潟で好きな場所は海。初めて新潟に来た年の大みそか、新年を海で迎えたいと友達と海岸にきたものの、あまりの寒さにカウントダウンが終わった瞬間、車に飛び乗って帰ったこともありました(笑)。夫と結婚前によくデートしたのも海でしたし、子どもが生まれたら、海の付く名前にしたいと思っていました」。1年間の勉強を終えてパリに戻った後、新潟大学からフランス語講師の依頼を受け、99年に再来日。「みんなの前に立ってわかりやすく伝える。学生の前で教えることは芝居と近いものがあります。毎年8月には学生を連れてパリに行くんですよ。おいしいものを食べて買い物をして、道に迷って人に尋ねる。現地でフランス語を話すことでみんな上達しますね」

◆ 大好きなパリの魅力を一つでも多く伝えたい
 4年前、伊勢丹地下のチーズの店でテレビに出演してくれるフランス人女性を探していると聞いた。それが「スマイルスタジアム」VTR初出演。「カメラの前で話すのは初めて。20回も撮り直しになって、言葉の壁を感じてしまいました。ところが翌週も番組でコメントをするよう申し出があって、今のようにレギュラー出演するようになったんです」
 「スマイルスタジアム」は、女性のための情報生番組だ。パリの今を伝える映像や写真を準備し、隔週の土曜日は午後3時にスタジオ入り。リハーサルなどを経て本番に臨む。「数十秒から数分間という短い時間の中で、伝えたいことをきっちり話す。日本語の勉強には優れた環境です。ただ、言いたいことが言葉にならず、3日後に『あの時言いたかったのはこれだ!』と思い出したりすると、本当に悔しい。でも、市場やカフェなど大好きなパリのことをいっぱい紹介したいから、これからも頑張るつもり」
 新潟大学の逸見龍生助教授とミレニアム結婚、3年前に娘が生まれた。新潟大学非常勤講師や「スマイルスタジアム」出演だけではなく、現在は聖心女子高校仏語教師、NHK文化センター仏語教師として活躍している。
「日本は子どもを持つ働く女性に優しくないな、と思う場面はたくさんあります。フランスではお医者さんに行ったら30分くらいは話ができるのに、こちらでは長時間待っても話は10秒くらい。これでは安心感を得ることはできないでしょう。24時間お金を下ろせる銀行もないし、信頼できるベビーシッターもまだまだ少ない。子どもを預けて夫婦で映画を見に行くことも難しいですよね。番組でもそういう話をしていきたいと思っているんです」

画像 【左】行きつけの喫茶店「器」でくつろぎのひととき。静かに流れるジャズと落ち着いた雰囲気にひかれ、週に2、3回はここへ。午後5時を過ぎるとワインを楽しむこともある[器:新潟市営所通1−329 TEL.025(224)6585]
【右】NST「スマイルスタジアム」(毎週土曜午後6時から6時54分)は生放送。リハーサルは念入りに行われる。出演者やスタッフとはすっかり仲良し
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Chloe Viatte Hemmi
1974年、フランス共和国の首都パリ生まれ。5歳から20歳までジューヌ・バレエ・ド・パリに所属。20歳で演劇とバレエのグループ「スキゾー・ダンス」を結成、海外公演を重ねる。ソルボンヌ大学でフランス語を、パリ・ドフィーヌ大学で数学を、フランス国立東洋文化研究院(INALCO)で日本語(民俗学)を学ぶ。96年に新潟大学へ留学、99年より新潟大学人文学部非常勤講師。新潟大学助教授の夫・逸見龍生(たつお)さん、大好きな日本海から字をもらった3歳の娘・優海(ゆうな)ちゃんと3人暮らし。


取材・文/大橋純子、清野弘子  撮影/渡邊久男、村井勇、松永由佳

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