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リラックス


この写真ははじめての出産のとき
陣痛が始まってから撮った写真だ。

この夜、一晩中陣痛が続き、明け方にポコが生まれた。

なんて穏やかな顔をしているんだろう。

家で産むことの意味が、この写真に現れている。

安全で楽しいお産にもっとも必要なもの。
それはリラックスすることだと思う。

お産とは体が開くことだ。
体が開いて、赤ちゃんが出てくる。
体が開くためには、リラックスすることが大切だ。

病院でリラックスできる人はなかなかいない。
それが分娩台という股を開いたままの不快な体勢に固定されて
寒い慣れない部屋で一人ぼっちか、知らない人に囲まれて
ご飯も飲み物もなく、いつまで続くかわからない状態なら、なおさらだ。

だから病院にいくというだけで出産に対するリスクは増えるのだと思う。

いま、子どもを産もうとする女性たちは
いわれなき、必要のない、苦しみを強いられている。

会陰切開も、分娩台も、内診も、なくて済むならその方がいい。
自分たちでやってしまえば、そんなことは必要なかった。

出産の本来の姿を、
女性たちが、そしてそれを取り巻く男性たちも
楽しめるようになることを、願う。
# by genagain | 2008-04-25 23:05 | お産について | Trackback | Comments(0)
私たちのお産の基本方針
わたしたちが美和の妊娠を知って、その子を産もうと決めたとき
わたしたちは、どう産み、どう育てるかを決める必要があった。

ふと周囲を見回すと

・・・世界は、行き詰っていた。

大国は「テロ撲滅」のために世界中で爆撃や殺戮を繰り返していたし、
大きな地震やハリケーンなどの災害が多発して、
世界規模の経済危機や不況、失業が続いていた。
「京都議定書」は無視され、環境問題は世界を破滅させるだろうと毎日のように報道されていた。
日本の自殺者は年間3万人を超えていた。
得体の知れない病気が多発した。
毎日何万種もの生物が絶滅しているらしかった。

新しい世紀、夢の21世紀が始まったばかりなのに終末思想がはやっていた。
アセンションがやってくる。人類は滅びる。2013年!

わたしたちに子どもができることを伝えたとき、ある友人が言った。
「こんな世の中で、ほんとに子どもを産むのか?」

まったく馬鹿げた世界だった。

自分たちに子どもができる、という事実が、そのことをわたしたちに突きつけた。

わたしたちは無責任な人間たちから一線を引くことにした。

わたしたちは基本方針を持った。

それは

自然に従う。
余計なことをしない、余計なものを与えない。
大人の都合をおしつけない。

ということだった。

科学という神話・信仰は崩壊していた。
人間は何が正しいかを知らず、方向を失っていた。

その根底には、無責任があると思った。
自分たちで真実を探さずに、専門家や権威にまかせっきりでやってきたからこんなことになったのだ。

自分の子どもに、
だって偉い人がそう言ったんだもの、とか
テレビでそういってたんだもの、とか
そんな言い訳はしたくなかった。

わたしたちは
人間が作り出した何をも信じず、自分たちと生まれてくる子どもで、すべてを決めていこうと決心した。

そのよりどころとなるのは、わたしたちの体とそこから生まれる感覚だけだった。
# by genagain | 2008-02-09 21:47 | お産について | Trackback | Comments(0)
妊娠 ~ 命名
美和が妊娠したとき、
わたしたちは結婚していなかったし、
結婚を話し合ったこともなかった。

子どもがほしいと思ってなかったし、
お互いもっとやりたいことをやっていたいと思っていた。

子どもを持つことは、自由を奪われることだった。

それでも、妊娠がわかったとき、わたしはそれを受け入れた。
なぜだかわからないが、「そうか、がんばって育てよう。」と思った。

どうしようか、とか、堕胎しようか、という考えは浮かばなかった。
今思えば、不思議なことだ。
なぜ避妊しないでセックスをしていたのかも、不思議だ。

すべてはわたしたちの意志を超えて動いていたような気がする。
そして、その子がやってきた。

妊娠5ヶ月くらいのころ、美和が言った。
「あっ、おなかを蹴った。」

わたしは膨らみ始めたおなかに顔を寄せた。
ポコっと中から蹴るのが分かった。

わたしたちは、おなかの中に話しかけるようになった。
話しかけるには、名前が必要だった。
とりあえずわたしたちはその子を「ポコちゃん」と呼んだ。
ポコポコ蹴るから。

# by genagain | 2008-01-01 18:11 | お産について | Trackback | Comments(0)
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