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第一楽章Largo「騎士の少女」
断章「それはいつからだったのだろう?」




 物語の世界に憧れた。
 それは何時からだったのだろう? それを俺はもう覚えていない。気付いた頃には、俺の考えた世界をノートに書き出していた。
 剣を振るう英雄に憧れた。
 魔術を操る導師に憧れた。
 歌が紡ぐ心の震えに憧れた。


 凝り性だと、皆からはよく言われていた。それだからだろうか。書き上げたノートの冊数は十数冊か二十数冊か……学校と部活に時間をとられながらも、数年をかけて書き上げた。ある種、俺の誇りでもある。

「よっしゃ!ついに完成だぜ!」

 そして今、最後のノートが書き上げられた。机の蛍光灯の光を弱め、俺はそれを纏めてバッグに詰め込んで、部屋の外に声が漏れないように喜びの声を上げる。俺が描いた世界の産声を、代わりにあげている気分になった。

「―――ん?」

 その時、俺は耳にする。どこか遠くで、不確かながらも自分を呼んでいる声。何かを懇願しているという風にだけ聞き取れるかすかな声。だがいくら周囲を見回しても、音の発信源は見当たらない。

「空耳―――か?」

 自分しかいないはずの自室の中、俺はそう結論付けた。
 だから俺は、世界観を描ききった達成感を胸にしたまま、瞼を閉じてベッドに仰向けに飛び込んだ。


 何時までたっても、ベッドは俺をとらえてくれない。









――――――――――――――――


 赤く塗られた荒野に風が吹いている。
 風を遮る物の無い荒野では、砂がその風に巻き上げられていて、その中央に、一つだけ鎧がオブジェのように鎮座している。
 剣を垂直に突き刺し、寄りかかるように存在し、全身を覆う装甲の裏に、命の気配は見えない。
 傷つきひび割れ、防具としての寿命をとうに迎えたその鎧の隙間からは、色のついた靄が滲み出ている。
 風に乗り、荒野の彼方に抜けていくそれには、音が宿っていた。

「神よ……」

 その音は、砂嵐の音が混じる。
 ただ、それが男性のものであることは判った。だが、彼を知るものがその声を聞いたとしても、彼であるとは判別できないだろう。ソレほどまでに、その音声は濁り霞んでいる。

「その御身、真に在らせられるならば…」

 懇願するその声は、風に乗り、雲と共に駆けていく。

「どうか、――――――を―――――頂けぬだろうか――」

 そして靄の出なくなった鎧から、兜が崩れ落ちた。


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