梶原しげる:【168】「常套句」に逃げ込む人たち
2011年9月15日(木)12時0分配信 BPnetビズカレッジ
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現在スポーツキャスターや旅番組のレポーターとしておなじみの舞の海さん。「平成の牛若丸」「技のデパート」と言われ、自分の3倍も容積のでかい小錦、曙など巨漢力士を翻弄し小兵ながら小結までつとめたことのある舞の海さんの「転職」は入門9年目。
勝てば関取(十両)として2000年という節目の年の初場所で相撲がとれる。負ければ無給の幕下だ。「この一番にかけよう!」と思った取り組みに負けた瞬間引退を決意した。
31歳。妻も子供もいる。いちばんいいのは親方として相撲の世界の残ることだ。そうすれば年収1000万円以上は保証される。ところがその権利を手にするには当時2億円ともいわれた年寄り株を手にしなければならない。タニマチ(スポンサー)を持たない舞の海さんの選択肢は「転職」しかなかった。
「解説者」としては若すぎるし相撲界で費やした時間が短い。うまい具合にテレビで「野球のベンチレポート」のような役回りで起用されることになった。不慣れな放送現場で、とちったり言葉を失ったりしながらも、賢明に努力し続ける誠実な人柄がスタッフにも視聴者にも好感を持たれ、今の人気につながっている。
はじめは「亡命者」の心境だった
「最初の4年間ぐらいは、相撲の技術的なことについては語れても、相撲界そのものについては怖くて話すことができなかったですね。たぶん共産主義の国からいきなり資本主義の国に移り住んだ。そう、脱北者みたいな心境かも知れません。何か元の組織について語ると怖い関係者に通報される。そんなおかしなプレッシャーを勝手に感じていたかもしれません」
こういう「言葉にできない時期」を体験しているだけに、今の舞の海さんは相撲の世界を最も冷静に客観的に、雄弁に語れる元力士のお一人だと思う。
「何が厄介かといって、相撲界は自分のことがわかっていない。わかりやすいのは力士インタビューです。アナウンサーが勝因を尋ねると『自分の相撲が取れました』。翌日への意気込みを聞いても『自分の相撲を取るだけです』と答える。大半の力士がそうですね。 実は、この危機の時期、協会関係者に『今後どうするのか?』と聞くと、多くの人は判で押したように『自分たちの相撲を取っていくだけです』と答えています。自分たちの相撲ってなに? 確かに僕も現役時代にはそう答えていました。しかし実のところ、自分の相撲が、自分たちの相撲が何なのか、明確に理解して答えていた訳ではありませんでした。今の力士たちや協会はどうでしょうか? 僕はこんな妄想をすることがあります。アナウンサーが『自分の相撲って、具体的にどんな相撲ですか?』って食い下がるんですね。言われた力士は不意をつかれ、答えに窮して沈黙する。アナウンサーはにっこり微笑み『いつまででも待ちますから、自分の相撲の中身を詳細に、これを聞いている人がわかるようにご説明くださいね』と迫るんです。これ面白いことになりますよ」