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FC 第三節「白き肌のエンジェル」(9/7第30話微修正)
第三十二話 A.T.フィールドを持つ少年 ~エステルとヨシュアの危機!~
<ルーアンの街 遊撃士協会>

マーシア孤児院放火犯の一味であるギルバードを捕まえ、遊撃士協会まで連行したエステル達。
夜も更けてきたのだが、エステル達は休むわけにはいかなかった。
真の黒幕であるダルモア市長を追い詰めなければならないからだ。
しかしギルバードは市長に指示されたと自供しているが、市長は関与を否定している。
ギルバードの身柄を引き取りに来た軍の関係者もダルモア市長逮捕に至る証拠を見つけられないでいた。

「このままじゃダルモア市長逃げられちゃうわ」
「そうだね、王都に別邸があるって話だし」

悔しそうにつぶやくアスカにヨシュアも同意してうなずいた。

「それにダルモア市長はまた孤児院再建を妨害してくるかもしれません」
「巻き込まれるテレサさんやクラム君達がかわいそうだよ」

クローゼの言葉にシンジは悲しそうな顔をしてつぶやいた。

「うーん、こうなったらダルモア市長を突いて挑発して現行犯逮捕させるか」

シェラザードのつぶやきを聞いて、ジャンがシェラザードに提案をする。

「それよりも、別のアプローチから市長に迫った方が良いんじゃないかな」
「別のアプローチ?」
「リベール通信の記者のナイアルだよ。彼は市長の身辺を探っているようだから何かをつかんでいるかもしれない」
「じゃあ、アタシ達が連れて来る!」

ジャンの言葉を聞いたアスカはエステルと一緒にホテルに泊まっているナイアルを迎えに飛び出して行ってしまった。

「まったく、じっとしていられない子達ね」

その行動力にシェラザード達は顔を見合わせてため息をついた。
そしてそれほど時間が経たないうちに服を濡らしたナイアルが頭をハンカチでふきながらアスカとエステルに引きずられてやって来た。
辛そうな顔をしているナイアルにジャンが気さくに声を掛ける。

「やあ、わざわざ済まないね、ナイアル」
「畜生、こっちは酒を飲んで寝てたっていうのに水まで掛けて起こしやがって」
「叩いても起きなかったから悪いのよ」
「そうそう、水を掛けて起こした方が良いって言ってくれたのはドロシーさんだし」

ナイアルのぼやきに悪びれた様子も無く言い返すアスカとエステル。

「だからってバケツはないだろう!」
「ごめんなさいね、エステルは加減を知らないから」
「ほらほらアスカ、それぐらいになさい」

まだ続きそうなナイアルとアスカの言い争いをシェラザードが止めた。

「それでナイアル、君は優秀な記者だからダルモア市長について何かつかんでいるんじゃないのかい?」
「俺に飯のタネとなるネタを話せってか? いくらお前の頼みだからって、そりゃあ無理な話だ」

ジャンが尋ねるとナイアルは取りつく島もない様子で答えた。

「ふん、どうせロクに情報がつかめないもんだから飲んだくれていたんでしょう?」
「何を、こうなったら話してやらあ!」

アスカが挑発すると、ナイアルは集めた情報を洗いざらい話し始めた。
数か月前、ダルモア市長はカルバード共和国の株取引で大損をして借金を背負ってしまったらしい。
そして市長はその借金を返済するために市の予算を横領してしまったそうなのだ。
それを隠すため、市長はマーシア孤児院のある辺り一帯を別荘地にして国内外の貴族に土地を売却し、造成工事に必要だと資金を集める計画を立てたらしい。

「ま、造成工事が行われなかったら市長は詐欺罪として訴えられる事になるんだろうけどな」
「お金を掛けないで工事をして切り抜けるつもりなんでしょうか」

ナイアルの言葉を聞いてヨシュアはそう推理した。

「それで、近々市長邸で貴族向けの別荘地販売についての説明会があるそうだ。だから市長は今逃げるわけにはいかないのさ」
「そうなんだ」

ダルモア市長がすぐに逃亡できないことを知って、シンジ達は安心してため息をもらした。
ジャンは感心したようにナイアルに声を掛ける。

「うん、さすがナイアルだ。それだけの状況証拠があれば、秘書の件も含めて軍の人達を説得できる」
「ちっ、せっかくのスクープだったんだぜ」
「あーあ、結局軍の人達に手柄を持って行かれてしまうのね」

ナイアルとアスカは面白くなさそうな表情になった。

「自分達の手で解決したかったけど、仕方無いよ」

シンジがそう言ってアスカを励ました。
そんなアスカ達にジャンは笑顔で声を掛ける。

「なんの、アスカ君達にも活躍の場は残ってるよ、それもスクープになるほどね」
「本当!?」
「マジか?」

ジャンの言葉を聞いてアスカとナイアルは目を見開いて驚いた。



<ルーアンの街 ダルモア市長邸>

翌日ダルモア市長は自分の邸宅に貴族を招いて説明会を開催した。
予定の日より繰り上げて行われたため、参加者は予定より少なかった。
それでも強行したのは、秘書のギルバードが捕まった話が広まる前に契約をまとめて資金を手に入れてしまおうと考えたようだ。
秘書ギルバードが捕まった話が街に広まらなかったのはジャンの作戦でもあった。
秘書逮捕をリベール通信の号外スクープの記事にしようとしていたナイアルは、市長逮捕直後の独占インタビューと言う大きな獲物を用意する事で口止めした。

「まったく市長も小心者なんだから、解りやすい行動を起こしてくれるわね」

エステル達を率いるシェラザードはダルモア市長邸を眺めてそう言い捨てた。
早朝からダルモア市長邸を見張っていたシェラザード達は数人の貴族らしい人間が入って行くのを確認していた。

「シェラザートさん、そろそろよろしいのではないでしょうか?」
「そうね、契約が決まって市長も油断している頃でしょうね」

クローゼに声を掛けられたシェラザードはそう答えた。
ダルモア市長逮捕の時にはクローゼも同行したいと申し出ていたのだ。

「じゃあ、市長邸に乗り込むわよ」
「おーっ!」

シェラザードの号令にエステルが拳を天に振り上げときの声を上げた。
アスカもエステルと同じく拳を天に突き上げた。

「女性陣は元気だよね」
「うん、でも僕もダルモア市長を捕まえられるとなると正直血が騒ぐんだ」

苦笑したヨシュアにシンジはそう答えた。
突然市長邸を訪問したエステル達6人の遊撃士の姿を見て、使用人達は驚いた。
戸惑いながら執事が市長は来客中で会う事ができないと告げると、シェラザードは緊急の用事で市長に呼ばれてやって来たと告げた。
すると執事は納得した様子でエステル達を市長の部屋へと通した。
堂々としたシェラザードの振る舞いに執事はシェラザードの言葉を信じて疑わなかった様子だ。
アスカは笑いを浮かべてシェラザードにそっと耳打ちする。

「ハッタリが上手いわね、シェラ姉は」
「あなた達と育ちが違うからね。私は嘘を上手くつかないと生きていけなかったのよ」
「あっ、ごめん」

シェラザードがイヤミで返すと、アスカは自分の発言を恥じて謝った。
自分は小さい頃母親を失ってしまったが、孤児とはならなかった。
エヴァンゲリオンのパイロットとしてネルフに手厚く保護された自分はそれなりに恵まれていたのだと思い返した。
シェラザード達が勢い良くドアを開けて説明会が行われている市長の執務室に入ると、部屋に居た市長と貴族達は驚いてシェラザード達を見つめた。

「何だね君達は、今我々は大事な商談の最中なのだぞ、邪魔をしないでくれたまえ!」

ダルモア市長が少し怒った口調で入ってきたシェラザード達を追い払おうとした。
シェラザードはダルモア市長の言葉を完全に無視して部屋の中央へと歩み出て、訳が解らずぼう然としている貴族達に向かって大きな声で語りかける。

「お集まりの皆様、ダルモア市長との契約は少しお待ち頂けないでしょうか?」
「遊撃士が口を挟む問題ではないだろう!」

ダルモア市長は声を荒げてそう言うが、すでに貴族達はシェラザードの言葉に耳を傾けようとしていた。
そしてシェラザードは貴族達の目の前で、ダルモア市長の企みを順序立てて話し始めた。
ダルモア市長が株取引で大損をして借金返済のため市の予算を使い込んだ事。
その穴埋めをするために進行中だった別荘地建設計画を利用した事。
孤児院を立ち退きさせるため秘書に犯罪行為を行わせ、それが露見した事。
最後にダルモア市長が集めた資金を別荘地建設に使うつもりが無い事を結論付けると貴族達は疑いの眼差しでダルモア市長を見つめた。

「みなさん、流言に騙されてはいけません、あの遊撃士は証拠も無く言っているのです」

ダルモア市長は何とか貴族達の気持ちを繋ぎ止めようと誠実な人間を演じて訴えかける。
貴族達はダルモア市長とシェラザードのどちらを信じればいいか迷っている様子でボソボソと話し合うと、ダルモア市長に先ほどの契約締結は破棄にして、契約は後日にして欲しいと困った顔で申し出た。

「そ、そんな……」

膝を折って崩れ落ちるダルモア市長。
そんなダルモア市長にクローゼが近づいて問い掛ける。

「どうしてご自分の財産を使って借金を返そうとは思わなかったんですか? 例えばこの家は売ればかなりのミラになると思いますけど……」
「私が先祖代々受け継いだダルモア家の財産を手放したりできるものか」
「自分の家を守るためなら、他人の家を奪っても構わないと言うのですか? テレサ先生や子供達は思い出の詰まった、あの孤児院を失ったのですよ?」
「うるさい! この栄光あるダルモア家の邸宅と、あんな薄汚い孤児院を一緒にするなぁっ!」

クローゼに向かって怒鳴り返すダルモア市長の醜い形相は、すでに温厚な市長としての面影は全く無かった。
貴族達もダルモア市長の豹変ひょうへんに驚いていた。

「こうなったら、全員地獄に送ってやる!」

ダルモア市長はそう叫ぶと、部屋の奥の壁につけられたスイッチを押した。
すると壁と一体化していた隠し扉が開け放たれ、地獄の番犬を思わせるような姿をした魔獣が3匹飛び出して来た!
驚いた貴族達は腰を抜かしたり、気絶してしまった。

「信じられない、家の中に魔獣を解き放つなんて!」
「現行犯ね、これで遠慮無く市長を逮捕できるってもんよ」

シンジとは対照的に、アスカは少し嬉しそうに腕を鳴らした。
出現した3匹の魔獣は悲鳴を上げ続ける貴族達に気が付いて襲いかかろうとする。
そのうち1匹をシェラザードとクローゼが立ちはだかって受け止めた!
残りの2匹はさらに貴族達の方へと近づいて行ったので、エステルとヨシュア、アスカとシンジが貴族を守りながら戦う事になった。
エステル達が相手をした2匹の魔獣はそれぞれ物理攻撃に弱く・アーツに強い、物理攻撃に強く・アーツに弱いと特徴が分かれていた。
それを見抜いたヨシュアはエステルと共に片方の魔獣に物理攻撃を加え、アスカとシンジにはもう片方の魔獣にアーツ攻撃をするように指示した。
弱点を突かれた2匹の魔獣はほぼ同時に大きな鳴き声を上げて倒れ伏した。

「ざっとこんなもんよ!」

勝利宣言をしたアスカ達に、助けられた貴族達がお礼を述べた。
しかしシェラザードとクローゼが戦っていた魔獣が突然素早さを増す。

「くっ、こいついきなり強くなったわよ!?」
「大丈夫ですか、シェラザードさん!」

速さで優位性を持っていたシェラザードは魔獣の爪によって傷を負わされた。
クローゼはシェラザードの回復のためにアーツを詠唱するだけで手一杯となってしまった。
そこへ他の2匹の魔獣を倒したエステル達が駆けつけアスカとシンジが回復役になり、前衛の4人掛かりで取り囲んで最後の1匹を倒したのだった。

「何だと……1匹1,000万ミラもした帝国産の軍用犬が……」

ダルモア市長は目の前で起こった光景が信じられないと言った様子でつぶやいた。

「さあ年貢の納め時よ、覚悟しなさい!」
「ふっ、お前達遊撃士では私を逮捕することなどできないはずだ」

シェラザードが鞭を構えてそう言うと、ダルモア市長は開き直った。

「アンタバカ!? 遊撃士はね、民間人に危害を加えようとした人間は誰であれ現行犯逮捕できるのよ!」
「国政に携わる者として、勉強不足だったようですね」
「良いことを聞かせてもらった、つまり現行犯でなければいいのだな?」

アスカとクローゼの言葉を聞いたダルモア市長は不敵な笑みを浮かべて大笑いをした。
そんなダルモア市長の様子を見て、シェラザードがあきれたように尋ねる。

「どうしたのよ、恐怖でいよいよ頭がおかしくなってしまったんじゃないでしょうね?」
「別におかしくなってなどおらんよ。こうなったら奥の手を使わせてもらうまでだ」

ダルモア市長は短めの魔法の杖のような物を取り出すと、大きな声で言い放つ。

「呪縛の光よ! 彼の者達の動きを封じたまえ!」

まばゆい光が部屋の中を照らすと、エステル達の体は石像のように硬直してしまった。

「か、体が動かない……」
「いったい、どうなっているのよ!」

シンジとアスカが苦しそうな声を出すと、ダルモア市長は得意気に持っていた杖の解説を始める。
その杖はダルモア家に伝わる家宝であり、一定の範囲内の生物の動きを完全に封じてしまう効果がある。

「こんな強い魔力を持つアーティファクトを個人所有しているなんて、それだけで重罪よ」
「ふん、この杖さえあれば教会の連中も私に手出しできまい」

シェラザードに対して、ダルモア市長は自信満々に言い放つと、今度は導力銃を取り出した。

「目撃者さえ居なければ、後はどうにでもなる」

ダルモア市長はそう言って、動けないエステルに近づきエステルの頭に銃を突きつけた。
エステルの顔が恐怖で青ざめた。
すると、ヨシュアが冷たい低い声でダルモア市長に語りかける。

「エステルに手を出すな……地獄の底まで追いかけて八つ裂きにしてやる……」
「ひいっ……!」

凍てつくようなヨシュアの瞳ににらまれたダルモア市長は目を見開いて、額からは大量の冷汗を流し始めた。

「ヨ、ヨシュア!?」

エステルが驚きの声を上げた。

「く、くそっ、お前から始末してやる……!」

ダルモア市長は震える手で銃口をヨシュアの方へと向けた。

「だ、ダメっ、ヨシュアが死んじゃったらあたし、どうしたら良いかわからないよ!!」
「ふう、どうやらギリギリ間に合ったようだね」

エステルが目を閉じてそう叫んだ時、銀髪の少年が部屋のドアを開けてゆっくりと歩きながら入ってきた。
その少年はエステル達に黒のオーブメントを預けた少年だった。

「大丈夫、君の愛しい人を殺らせはしないよ」

少年はそう言ってエステル達に向かって微笑みかけた。
ダルモア市長は自在に歩き回る少年の姿を見て、半狂乱になる。

「どうしてお前は動けるのだ! 不気味なやつめ!」

ダルモア市長の放った銃弾は、少年の前に展開された薄いオレンジ色の光の壁に跳ね返された。
シンジとアスカはそのオレンジ色の光の壁に見覚えがあった。
使徒とエヴァが持っていたATフィールド。
ではこの少年は使徒なのか?
シンジとアスカの頭の中にそんな考えが浮かんだ。

「じゃあ、この杖はもらって行くね。さようなら、闇の誘惑に負けた弱者よ」

穏やかな笑顔を浮かべた少年はそう言ってダルモア市長からアーティファクトの杖を取り上げると、部屋から出て行ってしまった。
部屋の中に居た誰もがぼう然として少年の消えた部屋の出口を見つめていた。
そして我を取り戻したエステルとヨシュアがダルモア市長に声を掛ける。

「さてと、よくもひどい手であたし達をいたぶってくれたわね……」
「ただでは済みませんよ、覚悟してください……」

愛しい相手を極限状態にさせられたエステルとヨシュアは他のメンバーより激しい怒りの表情でダルモア市長に向かって武器を構えて詰め寄った。

「わ、私は決して捕まらないぞ!」

ダルモア市長はそう言うと、魔獣が出てきた奥の部屋へと逃げ込んだ。
エステル達もあわてて後を追いかける。

「脱出用の通路があるなんて……!」

先頭を行くエステルが外に出た時、ダルモア市長は船着き場に止めてあったヨットに乗り込み逃げようとしていた。

「逃がさないわよ!」

エステルはエンジンのかかったヨットへと飛び乗った。
続けてヨシュアもダルモア市長のヨットに乗ろうとしたが間に合わなかった。
仕方無く他に船着き場に置いてあったボートに乗ってヨットを追いかける。

「ええいっ、しつこいやつめ!」

ダルモア市長は船体の後ろに飛び乗ったエステルに向かって銃を乱射した。

「うわわっ!」

驚いたエステルはバランスを崩し、その体は海へと沈んだ。

「エステルーっ!」

奇跡的にもエステルは潮流に流される前にボートで追いかけてきたヨシュアに引っ張り上げられた。

「あ、ありがとう、助かったわ」
「まったく、1人で追いかけるなんて無茶しないでよ……」

ヨシュアはエステルを怒るよりも、エステルを救出する事ができて安心している気持ちの方が強い様子だった。
エステルは遥か遠くへ逃げてしまったダルモア市長のヨットを見てつぶやく。

「ダルモア市長、逃がしちゃったね」
「エステルだけの責任じゃないよ」

元気が無さそうなエステルをヨシュアは優しく励ました。
すると、エステルは笑顔でヨシュアを見つめてささやく。

「ねえヨシュア、助けに来てくれた時の必死なヨシュアの顔、とっても嬉しかったよ」
「な、何を恥ずかしい事を言ってるのさ」

ヨシュアとエステルを乗せたボートが船着き場に戻ると、アスカ達は笑顔でエステルとヨシュアを待っていた。

「ごめん、ダルモア市長を取り逃がしちゃった」
「そっか、それは残念ね」

アスカは口ではそう言うが、表情は明るかった。
そんなアスカ達の笑顔を見てエステルは首をかしげる。

「みんなどうしたの? 逃げられて悔しくないの?」
「それよりもエステルが助かった事の方が嬉しいんだよ」
「エステルが海に落とされたのを見た時はアタシ達もショックで動けなかったわ」
「ヨシュアさんがエステルさんを救い上げるのを見て安心しました」
「みんな、ありがとう……」

シンジとアスカとクローゼの言葉を聞いて、エステルは胸に手を当てて感激した様子だった。
ホッと安心したエステルは気が付いたようにつぶやく。

「あ、そうだ、ダルモア市長から杖を取り上げてあたし達を助けてくれたあの人はどこに行ったんだろう?」
「姿を消してしまったようですね。まさか、あの方がテレサ先生がおっしゃっていた“天使”なのかもしれません」

クローゼがエステルの言葉を聞いて答えると、アスカは顔をしかめる。

「怪しい存在には間違いないわよ、油断ならないわ」
「そうだね」

アスカとシンジが真剣な顔で見つめ合うと、エステルは慌てて銀髪の少年の擁護に回る。

「あたし達を助けてくれた命の恩人に、そんなこと言っちゃダメよ」
「そうだね、悔しいけど僕達だけだったらやられていたかもしれない」
「そりゃあそうだけど……仕方ないわね」

エステルとヨシュアに言われて、アスカは渋りながらも納得した。
シンジも困った顔でため息をついてうなずいた。

「気になる存在なのは確かだけど、今回は命を助けてもらったし、詮索せんさくはしないことにするわ。私達は彼を見なかった、それで良いわね?」
「はい、私も報告する必要はないと思います」

シェラザードのつぶやきに、クローゼも穏やかな笑顔で同意した。

「でも、やっぱり逃げられたのは痛かったわね。あそこまでしぶといとは思わなかったわ」

シェラザードはダルモア市長が乗ったヨットが消えた方向を見て悔しそうにつぶやいた。



<ルーアンの街 飛行船発着場>

ダルモア市長を後一歩の所で逃がしてしまった事を気落ちしながらジャンに報告していたエステル達だったが、驚くべき知らせが入った。
レイストン要塞を発進したリベール王国空軍の警備艇が海上を逃げるダルモア市長のヨットを捕獲したと言うのだ。
軍の司令官が事件解決に協力した遊撃士達にお礼を述べたいと言うので、エステル達はジャンと共に発着場まで呼び出された。
ついでに決定的瞬間に立ち会えなかったナイアルもせめて記事になるだけのネタを集めようとドロシーを連れてエステル達に同行した。

「やあ、事件を解決した遊撃士とは君達のことだったのか」

発着場に姿を現したのはリシャール大佐とカノーネ士官だった。

「じゃあ、ダルモア市長を捕まえたのはリシャール大佐だったの?」
「たまたまレイストン要塞に居たものだからね」

エステルの質問にリシャール大佐はうなずいた。

「どうやら、女王親衛隊にも連絡が入っていたようですが、私達が止めましたわ。何でこの事件の事を知ったのかしら、不思議な事もありますわね」

カノーネ士官はそう言ってクローゼの方をチラッと見つめた。
クローゼは気まずそうに目をそらしてうつむいた。

「それで、ダルモア市長は罪を認めたの?」
「いや、それが彼は自分の意思で行ったものでは無いと言い張っているんだよ」
「えっ、誰か他に市長を操っていた黒幕が居るって事?」

シェラザードの質問にリシャール大佐が答えるのを聞くと、アスカは疑問の声を上げた。

「黒装束の男に出会って、計画を聞いた当たりから、だんだんと自分の欲望が抑えきれなくなって操られるように放火などを指示してしまったと話していたのだけどね」
「何よそれ、ひどい言い訳じゃない」
「レイヴンの連中と似ているわね、黒装束の男と出会ってからおかしくなるなんて」

リシャール大佐とアスカのやり取りを聞いて、シェラザードは考え込むようにつぶやいた。

「私もダルモア市長が接触した黒装束の男に興味を持って追跡調査をしているのだけど、なかなか情報が集まらなくてね」
「リシャールさん達でも苦戦するほどなんですね」

ヨシュアがそうつぶやいたところで話が途切れたと察したナイアルはここぞとばかり、リシャール大佐に声を掛ける。

「そうだ、これから大佐を取材させては貰えませんか? 情報を提供したのに逮捕されたダルモア市長にインタビューができなくて弱っているんですよ」
「君も逮捕に協力してくれたそうだね? それではこちらも協力しないわけにはいかないな」
「マジっすか!?」

リシャール大佐の答えを聞いたナイアルは嬉しそうな顔になった。

「発着場で立ち話も何ですから、あちらの建物の中で取材をお受けしたらいかがでしょうか?」
「そうだな」

カノーネ士官の提案に、リシャール大佐はうなずいた。
そして去り際にシェラザード達に声を掛ける。

「事件の調査結果は後ほど遊撃士協会宛てに文書で送らせてもらうよ。君達も報告をしてくれるとありがたいのだが」
「もちろんさせていただきます」

シェラザードの返事を聞くと、リシャール大佐は満足したような表情でカノーネ士官とナイアル、ドロシーと共に去って行った。
リシャール大佐達が去って行くと、シェラザードはエステル達に告げる。

「それじゃあ、私はカシウス先生に黒装束のやつらの事を報告しに戻るわ」
「えーっ、シェラ姉と一緒に居られると思ったのに」

シェラザードの言葉を聞くとエステルはつまらなそうな顔をして不満の声を上げた。
そんなエステルに向かって、アスカが少しあきれたように声を掛ける。

「アタシ達は遊撃士になるための旅をしているのよ? シェラ姉が居たら修行にならないじゃない」
「ふふ、アスカは解ってるみたいね」

アスカの言葉にシェラザードは満足したように微笑んだ。

「でもシェラザードさんが居ないと少し不安だよ」
「そんな事ないわ、あなた達の戦い振りを魔獣との戦いで見せてもらったわ。見事なものね、合格点よ」

シンジのつぶやきにシェラザードがそう言って太鼓判を押すと、エステル達は照れくさそうな表情になった。

「うん、これだけの活躍をしたのだから、ルーアン支部の推薦状を出さなければいけないね」
「やったわ!」

ジャンもシェラザードの意見を聞いてエステル達をほめると、アスカは喜びの声を上げた。
自分達の頑張りが認められたエステル達も嬉しそうな表情になった。
しかし、クローゼだけは悲しそうな顔になってポツリとつぶやく。

「みんな、行ってしまうんですね……」
「クローゼ……」

そのクローゼに気が付いたエステルも落ち込んだ表情になった。
すると、クローゼは慌てて笑顔を作って明るい口調でエステル達に話し掛ける。

「出発する日が決まったら教えてくださいね! ジルとハンス君と一緒に見送りに行きますから!」

クローゼはそう言うと、勢い良く発着場を飛び出して行った。
出会いと別れが必然である正遊撃士を目指す旅だとは言え、クローゼの背中を見送ったエステル達には寂しさが広がるのだった。
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