2011年09月02日

東電救済法の成立と政府調査発表―広島原爆168発分核飛散と日本の未来(1)

 8月27日、菅直人首相(当時)は、「全力でやってきたつもりだが、不十分さがあった。心からおわび申し上げる」(朝日新聞) と福島復興再生協議会の場で述べるとともに、同日福島県庁で佐藤雄平知事との会談で、 「長期間居住が困難になる地域が生じる可能性も否定できないのが現実だ」と明かした。原則立ち入りを禁じる警戒区域の一部地域について、 当面解除しない方針を伝え、「大変申し訳ない。心からおわびしたい」と陳謝した。

(JCJふらっしゅ「Y記者のニュースの検証」=小鷲順造)

 経済産業省からの移転が決まった原子力安全保安院は、原子炉から15000テラベクレルの、 発癌性をもつセシウムが放出されていること、それは1945年の広島型原爆168発分に相当することを明らかにした。そして、政府はついに、 というかようやく、重大な破損事故を起こした福島第一原発周辺地域に暮らしてきた数千名の住民について、 一世代以上の期間にわたってもう戻ることはできないと明かした。枝野官房長官(当時)は、「われわれは、 原発周辺に長期間戻れない地区がいくつかあるという可能性を、排除できない」と語り、「本当に申し訳ない」とようやく口にしたのである。

 それでは、事故発生当初から繰り返してきた「ただちに〜」のアナウンスはいったいなんだったのか。その政府筋が繰り出してくる 「安全・安心」キャンペーンに同調して、ひどい場合にはプルトニウムは呑んでも死なない、放射能は健康に良い、原子炉はけっして爆発しない、 絶対安全だ、などと空恐ろしいウソを口にしてきた学者や専門家と称される者たちの言葉や対応はなんだったのか。それどころか、 自主的避難区域と定めたなかには、本来、緊急に警戒区域に変更して強制避難させるべき区域が存在しているのに、それを放置したりもしている。

 一世代、あるいはもっと長期にわたって、自宅及びその周辺には戻ることができない、という事実、 他者からそう宣言されることはあまりに悲しすぎることだが、それ以上に、 政府やそれに連なる関係機関や電力事業者や日本中に広がる原発ムラの人間たちの事情や思惑を優先させて、 地域住民の生命と生活をおびやかしている事実は、到底許されることではない。犯罪行為そのものというべきだろう。

 菅首相の「おわび」の前日(8月26日)、ドイツのTV局ZDF「フロンタール21」シリーズが、原発から遠く離れた地域でも、セシウム137の汚染がひどく、すぐに避難すべき状況の場所が存在するとして、毎時90マイクロシーベルトを田んぼで計測して、農業を捨てる決意した住民について報道した。そのニュースでは、住民は農作物の検査を行政に依頼したが人手も機材も足りないとの理由で拒否され、自身の放射能被曝検査も県内の大学病院から拒否された経験を証言している。また、友人の経験の伝聞として、隣県の病院に問い合わせたところ、病院から福島県知事から福島県民の診察を受け入れないよう指示されているという話まで飛び出した。

 また英インディペンド紙は、保安院の発表や官房長官のおわびの内容を伝える「Why the Fukushima disaster is worse than Chernobyl」29日付の記事で「一時帰宅する住民の様子を次のように伝えた。
<先週金曜日、原子炉に最も近い双葉町と大熊町の数百人の住民が、所有物を持ち出すための一時帰宅――もしかすると最後かもしれない― ―を認められた。マスクを着け対放射能スーツを着込み、原発周辺の20km圏内を通過し、何百匹もの動物が死に、腐敗し、 台所や居間が徐々に自然に戻りつつあるのを見た。ある住民はNHKの取材に「ここに住んでいたのが信じられない」と語った。

 原発の北西にある、いくつかの他の地域は、避難命令が出た後、ゴーストタウンと化している。 事故から何週間か後に避難命令が出たため、既に危険な量の放射性物質を吸いこんだと信じている住民たちは、避難命令が遅すぎたという。

 原発から40kmほどの飯館村で、キャベツや米を作り、牛を飼う農家をしていたショウジ・カツゾウさんは「戻れるとは思っていない」 という。飯館村は避難区域に入っていないが、村の地形や位置関係から見て、放射性物質が風や雨で運ばれ、作物や水、 学校の校庭が汚染されている事を示している。

 若く裕福な母親や妊婦たちは東京や他の地域へ去った。残っていた6000人ほどの人々のうちの殆ども、 政府が安全な放射能レベルを超えたことを認めたため、既に避難している。――ショウジさんは75歳で、政府に「野菜を潰し、六匹の牛を殺し、 73歳になる妻のフミさんと20km離れた郡山の集合住宅に移ることになる」と告げられたとき、衝撃から怒り、 そして絶望へと変わっていった。

 「戻れるまで5年、10年かも知れないと聞いていたが、それは楽観的すぎると言う人もいる」と泣きながら語った……>

 そして8月29日には文部科学省が初めて、これもようやく、 福島第一原発から半径100キロ圏内の土壌の汚染度を調べた地図を公表した。農林水産省も、これもようやく、福島、宮城、茨城、栃木、群馬、 千葉の6県の579地点を調査した農地の汚染地図を公表した。

 文部科学省の調査では、チェルノブイリ原発事故で「強制移住」の対象とされた55万5千ベクレルを超える地域は、約8% に上ることがわかった(チェルノブイリでは食材についても、軍隊を事故翌日に各地に派遣、 厳しい規準値に基づいて汚染の疑われる野菜などを大量廃棄している)。 その多くは警戒区域や計画的避難区域などにすでに指定された地域だったが、福島市や本宮市、 郡山市などの一部でも超える場所があることが判明している。

 福島第一原発から80キロ圏内は2キロ四方、80〜100キロ圏内は10キロ四方に1カ所の割合で調査されたものでしかない。 それぞれ5地点で深さ5センチの土を採取したという。数値は「6月14日」時点のものだ。 これでは55万5千ベクレルを超えるような地域がほかに散在していると警戒し、 さらなる詳細なマップを急いでつくるべきだと考えるのが普通だろう。

 同日発表の農林水産省の調査では、6県・579地点のうち、福島県内の40地点で、 イネの作付け禁止の基準を超える汚染が確認された。基準を超えて汚染された農地の面積は、推計で8300ヘクタールにのぼるとした (この数値の判明は、厳しい基準による農作物の廃棄をまっさきに実施したチェルノブイリの事例と比較して、 事故直後に流通させる農作物の規準値を大幅に引き上げて、それを食べることが被災地の支援になるというキャンペーンを行った日本の対応が、 明らかに事故の過小評価に基づくもので、根本的に誤っていることを如実に示している)。また、福島県は同日、 警戒区域内の水田の放射線量を初めて調査した結果を発表。警戒区域、計画的避難区域などの計89地点のうち、 20地点でイネの作付け基準を超えたことが判明したことが報じられた。

 放射能の飛散とその隠蔽の構図、そしてそれがもらたす甚大な被害については、たとえば『原発と白血病の因果関係 (ドイツのテレビ番組)』などを観れば、より被害者の辛酸と加害者の罪深さがわかるはずだ。

(1) http://j.mp/p7tEyQ (2)  http://goo.gl/0dpus (3)  http://goo.gl/irUsV

 さて、東京電力などは、こうした政府の流れをうけて8月31日、ようやくというか遅ればせながら、 福島第1原子力発電所の廃炉へ向けて核燃料を取り出す手順をまとめて、原子力委員会の専門部会に提出している。その手順書には、(1) 使用済み核燃料プールと原子炉のそれぞれから、安全に搬出する方法や、(2)そのために必要な技術などを示し、3年以内にプールから、 10年後をメドに原子炉から、燃料搬出に着手する方針を記している。

 また東京電力は翌31日に、福島第1原発を満たす高濃度汚染水について、高濃度汚染水が海などに漏れるのを防ぐための「遮水壁」 の基本設計を公表した。原子炉で溶け落ちた核燃料。溶け落ちた燃料の場所や状態は把握されていない。 それでもできることは冷却しつづけることしかない。その過程で膨大な量の高濃度汚染水を発生させ、上下四方へと垂れ流してきた。 建屋を囲んで水を注入してそれをフィルターで濾して循環させるという建物上部だけを対象にした付け焼刃の手法では、 原子炉から解け落ちてどこへいったのかもわからない核燃料と、それにかけられることで生じる高濃度汚染水を封じ込めることなど、 到底できはしない。

 時々刻々と動く事態に対応できず、ずるずると事態をさらに深刻化させている原因は、どこにあるのか。その点における敵は溶け落ちた核燃料ではなく、 人間たちである。技術的な無策無能ではなく、そうさせている原子力ムラの論理、 大事故をひきおこしてもなお日本社会に存在する智恵の結集をはかろうとしない、 国策原子力に閉鎖的にぶらさがる人間たちの所業そのものにある。

 遅ればせながら否定してきた遮水壁の基本設計を急ぐことにし、計画では来年1月までに着工し、2年後の完成を目指すという。 全長800メートルにわたって約700本の鋼管(直径1メートル、長さ22〜23メートル)を並べて海中に打ち込み1〜4号機を取り囲む (地下水を通さない下部の地層まで打ち込む)。また、鋼管どうしを継ぎ手でつなぎ、中にはコンクリートを流し込む (鋼管矢板と呼ぶ壁状の強力な構造)。これも大事なところだが、耐用年数は約30年を見込むという。このほか、 地下水の汚染状況などを観測するための井戸も掘るという。

 2年後の完成を目指すというのだから、それまでは完全に、高濃度汚染水は、引き続き、垂れ流しとなる。それも数字をつけることさえ意味がないほどの膨大な量である。雨も降る、台風もやってくる。海、土壌、地下水脈、雨――動植物、 そして人の住む土地を襲い汚染し続けてゆく。爆発で首都圏も含む広範囲に放射性物質を撒き散らし、 海へと垂れ流されたまさしく高濃度の汚染水は海底へと沈んで海底と魚介類を汚染、その一方で高濃度汚染水は海流や台風などとともに移動し、 汚染エリアを広げ続ける。

 飼料、地下水、土砂、農作物、魚介類、下水、廃水、汚泥――放射性物質の大規模な循環過程が、福島第1原発について、 ようやく2年後の「遮水壁」による囲い込みの方針が決まるなかでも、始まっているのだ。このプロセスは大掛かりな循環のほかに、 地域的な循環も伴い、それは時間的経過とともに深度を増し、循環を恒常化させようとするだろう。 大元が止まっていないのだから当然のことである。場所によっては除染作業も追いつかないほど、 上から下から横から汚染され続ける場所も発見されていくことになるだろう。

 この状態のどこが「福島原発は沈静した」「もう放射能を出していない」のだろうか。この期に及んでもなお、 立ち入りも居住もできない場所はほんの一部に限られ、それ以外は「帰郷」「帰農」できるようなデマを垂れ流して、 広範囲の汚染と向き合わねばならない日本社会の今後を実直に描き出し、共有することを拒み続ける東電、政府、関係機関、 原子力ムラの無責任かつ姑息なやり方――。いまでも本質は何も変わっていない。

 東電や役所が、ようやく事故の規模や概要を認めはじめたのは、8月3日に「原子力賠償支援機構法(支援機構法)」 が成立したからではないか、と私は疑っている。この「東電救済法案」と別称されるものを立案した官僚たちは、法的整理をすると(1) 被害者に対する迅速・適切な賠償ができない、(2)電力の安定供給ができなくなる、などの説明を繰り返した。

 放射能汚染の被害を受けた農家の代理人として、東電との間で損害賠償交渉を行っている弁護士の一人は、 <7月末では代理人となった被害者の被害額は500億円程度だったが、 被害がお茶や牛肉に広がるにつれ急速に増加>したという<→ナンバーワン企業弁護士を激怒させた『東電救済法案』 久保利英明 「私はなぜ東電と本気で闘うことを決めたのか」>(現代ビジネス8月31日付、磯山友幸)。また、 <避難地域などの土地の買い上げが本格的に議論になれば、損害額は「数千億円から兆円単位に拡大していくだろう>と見ているという。 <被害者は何万人になる分からない。米国で起きるような大規模な集団訴訟に発展する可能性も高い>と、記事は付け加える。

 弁護士は、「東電や国が、カネさえ払えば文句ないだろう、という従来の態度、やり方で損害賠償に当たるとしたら、断じて許せない。 この国に正義とか矜持はないのか、ということになる」と語っているが、まさにそういうことだろう。

 政治家から政府の役人、事業者、研究者、 はてはメディアまでがぐるみとなった日本の原発関連利益集団の都合と事情と利害と主張とを優先させて、被害者の命も生活も脅かし破損させ、 自然環境も動植物もひっくるめて犠牲にしてふみつけにしながらもなお、シラをきって、事故対策は後手後手、被害対策も結局、 地域や住民の自助努力にまかせきり、頼りきるような無責任な姿。その上、あわよくばまだ、 原発の再稼動と生き残りのチャンスを執拗にうかがう輩たち。

 日本の新聞は、放送は、どこまでいま起きていること、いま言うべきこと、伝えるべきことを伝えているだろうか。見えない、 見えにくい敵は、無責任な隠蔽と保身の原発利益集団と、八方に撒き散らされた放射能である。全体像を見失い、発表のみにしがみつき、 一方で事故の過小評価とおためごかしの論評のたぐいを紹介し、あるいこの甚大かつ深刻な長期にわたる事故などまるでなかったかのように、 芸能人などの口をふさぎ、エンタテイメントに没頭させようと奔走するマスメディア、広告、芸能関連会社。

 見えず、さわれず、症状も即座にはあらわれない敵を相手にすることは、自覚と無自覚、被曝者とそうでない者 (そうでないと思っている者、思いたい者)を分断し、原発の利益にぶら下がり続けようとする者たちに対する責任追及と処罰、 そして放射線に対する有効な防護とを遅れさせる。はるか長期にわたる放射性核物質との共存を余儀なくさせ、生活の糧と故郷を奪い、 首都圏も含む膨大な数の人に脅威を与え続ける「人災」の最たる者たちを暴き出さずに、いったい何のマスメディアであろうか。

 事故の全貌と詳細を見極め、事故の終息にむけた機動的な動きと、今後のあるべき日本のエネルギー政策と、 潜在的被害者に対する適切な防護策とを広めずに、いったい何のためのマスメディアであろうか。

 未曽有の規模の原発事故は、放射性物質の大量放出をもって、これまで垂れ流されてきた「安全神話」 にだまされてきた日本社会にとって、遭遇したことのない、姑息と呼んで警戒すべきほど、急性だけではなく、人を油断させ、 事故などなかったかのように錯覚させ晩発性の障害をもたらしていく。

 その性質を知り尽くした面々は、(1)けっして母乳からセシウム137が検出される異常を異常と認識せず、(2) 立証されたものしか賠償せず、(3)立証されないものは言いがかりとして処理し、(4)事態の長期化と、あいまいさと、 被害者数の減衰に倦み疲れ、(5)忘れようとする風潮が発生することを、ひたすら期待しながら、結束して生き残りをはかり、(6) 科学的研究と称して、「核」のもつ破壊力と人々・世間の対応に関する研究データを蓄積しようともくろんでいる。 そのことを私たちはけっして忘れるわけにはいかないのである。

(つづく)

(こわし・じゅんぞう/日本ジャーナリスト会議会員)


*本文中の一部に脱落が見つかりましたので修正しました。
首相「原発対応、心からおわび」 福島で首長らに陳謝(日本経済新聞8月28日)
http://goo.gl/vauJk
セシウム汚染土壌マップ発表 文科省、原発百キロ圏内(朝日新聞8月29日)
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201108290502.html
原子炉からの核燃料搬出は10年後 東電が福島廃炉手順(日本経済新聞8月31日)
http://goo.gl/zjnP7
汚染水防ぐ壁 2年後に 東電が設計公表(日本経済新聞1日)
http://goo.gl/ISBYY
ナンバーワン企業弁護士を激怒させた『東電救済法案』(現代ビジネス8月31日)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/17765
「ドイツZDF-Frontal21 福島原発事故、その後...」 http://t.co/ZTpD1EZ
『原発と白血病の因果関係』 http://j.mp/p7tEyQ

posted by JCJ at 11:29 | TrackBack(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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