「紳助騒動」でも明らかになった吉本興業の非上場化メリット、“行儀悪い”非上場化に株主からの訴訟も【下】
東洋経済オンライン 9月14日(水)11時1分配信
吉本非上場化がもたらした罪
吉本の非上場化は、会社自身にとっては合理的な選択であっただろうが、株主にとっては罪な選択だったという側面があることもまた否定できない。
吉本興業は06年2月に子会社のファンダンゴを上場させ、そのわずか1年7カ月後の07年9月に同社を上場廃止にさせている。吉本興業の持株会社化がその理由で、このときはキャッシュアウトではなく、ファンダンゴの株主に吉本株を渡す株式交換だった。
とはいえ、ファンダンゴの公募価格は4900円。吉本株との交換比率から計算される価格は2440円だったので、ファンダンゴ株主としては怒り心頭だったはずだ。
それから2年後に、今度は吉本本体が、それもキャッシュアウトによる非上場化に踏み切る。
持ち株会社化からの2年間で、吉本興業の株価は4割ダウンした。TOB価格は持ち株会社化当時の吉本の株価の8割程度でしかなく、旧ファンダンゴ株主にしてみれば、まさに踏んだり蹴ったりである。
キャッシュアウトは金銭で株主を追い出すので、追い出される株主は、買われる会社の成長シナジーから永久に遮断される。
上場会社が上場子会社を完全子会社化する際にも、子会社側の株主追い出しは実施されるが、多くの場合は金銭ではなく、買収者である上場会社自身の株を渡す。買収者の成長を通じ、買われる会社の成長シナジーにあずかれるという利点がある。それがないキャッシュアウトは、より罪が重い。会社法が明確に認めている行為なので合法だが、極めて行儀の悪い行為である。
追い出される株主は、1人の株主に3分の2の議決権を押さえられたら、追い出されることそのものに抵抗の余地はない。
会社法が追い出される株主に認めている権利は、「追い出し価格を法廷で争う権利」だけだ。
だが、その唯一の権利も、個人投資家にとっては、「法廷で争う」ことがとてつもなく高いハードルである以上、機能しているとは言いがたい状況にある。
このため、実際に争う株主はごく少数にとどまるが、争った株主が一定の成果を上げ、キャッシュアウト実務に多大な影響を与えていることもまた事実だ。
株主の抵抗がM&A実務にくさびを打ち込む?
あまり知られていないが、吉本興業でも、現在19人の株主が、法廷闘争を展開している。ただしこちらは「価格で争う」のではなく、損害賠償請求である。
現在多用されている会社法のキャッシュアウト条項は、本来、法的手続きを使わず、任意で債務整理を行う際の100%減資を円滑に実施する目的で創設されたものだ。条文が利用目的を限定しない文言になっているので、単なる株主追い出しに盛んに転用されてきたが、本来の法の趣旨とは異なる使われ方であることは事実だ。
19人の株主は、この「転用」が不当なものだ、というロジックで訴訟活動を展開。株主側は現在、TOB価格算定の根拠として、吉本側が拠り所とした、第三者の株式価値算定評価書の提出を求めている。
買収者は、ファンドなど自力で計算してしまう買収者を除けば、TOB価格算定に当たって証券会社や会計系のコンサル会社などから評価書を取る。
さらに、買収提案を受けた取締役会も、買収者とは別に評価書を取るし、場合によっては取締役会が任命・組成する第三者委員会も、別に評価書を取る場合がある。
一声1通5000万円ともいわれる高い評価書を、こうして何通も取る一方で、開示は結論だけ。計算プロセスが書かれている中身は開示しない。
DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法で計算すると評価はいくら、ということは開示するけれど、その根拠となる将来キャッシュフローや割引率は一切開示しないのである。
「その開示拒否のかたくなさは尋常ではない。会社側は評価書を発行する会社と締結している守秘義務契約をタテにとって抵抗する」(会社法の専門家)のだが、いったい誰の何に対する守秘義務なのか。
ディスカバリーという証拠開示義務の制度がある米国では、上場会社のTOBの際に評価書を開示しないで済ませるなどということは到底通用せず、ここが日本と米国の株主保護機能の決定的な差と言える。
あまりにもかたくなに開示に抵抗されると、そんなに都合が悪いことが書いてあるのかと疑いたくなるのが人情である。
キャッシュアウトの実務は、非上場化需要が急増していることもあり、近年のM&A実務において重要な位置を占める。
今回、裁判所が株主からの求めに応じて、会社側に開示命令を出すようなことがあれば、日本のM&A実務に絶大な影響を及ぼす可能性を秘めているのである。
(金融ジャーナリスト 伊藤歩 =東洋経済オンライン)
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とはいえ、ファンダンゴの公募価格は4900円。吉本株との交換比率から計算される価格は2440円だったので、ファンダンゴ株主としては怒り心頭だったはずだ。
それから2年後に、今度は吉本本体が、それもキャッシュアウトによる非上場化に踏み切る。
持ち株会社化からの2年間で、吉本興業の株価は4割ダウンした。TOB価格は持ち株会社化当時の吉本の株価の8割程度でしかなく、旧ファンダンゴ株主にしてみれば、まさに踏んだり蹴ったりである。
キャッシュアウトは金銭で株主を追い出すので、追い出される株主は、買われる会社の成長シナジーから永久に遮断される。
上場会社が上場子会社を完全子会社化する際にも、子会社側の株主追い出しは実施されるが、多くの場合は金銭ではなく、買収者である上場会社自身の株を渡す。買収者の成長を通じ、買われる会社の成長シナジーにあずかれるという利点がある。それがないキャッシュアウトは、より罪が重い。会社法が明確に認めている行為なので合法だが、極めて行儀の悪い行為である。
追い出される株主は、1人の株主に3分の2の議決権を押さえられたら、追い出されることそのものに抵抗の余地はない。
会社法が追い出される株主に認めている権利は、「追い出し価格を法廷で争う権利」だけだ。
だが、その唯一の権利も、個人投資家にとっては、「法廷で争う」ことがとてつもなく高いハードルである以上、機能しているとは言いがたい状況にある。
このため、実際に争う株主はごく少数にとどまるが、争った株主が一定の成果を上げ、キャッシュアウト実務に多大な影響を与えていることもまた事実だ。
株主の抵抗がM&A実務にくさびを打ち込む?
あまり知られていないが、吉本興業でも、現在19人の株主が、法廷闘争を展開している。ただしこちらは「価格で争う」のではなく、損害賠償請求である。
現在多用されている会社法のキャッシュアウト条項は、本来、法的手続きを使わず、任意で債務整理を行う際の100%減資を円滑に実施する目的で創設されたものだ。条文が利用目的を限定しない文言になっているので、単なる株主追い出しに盛んに転用されてきたが、本来の法の趣旨とは異なる使われ方であることは事実だ。
19人の株主は、この「転用」が不当なものだ、というロジックで訴訟活動を展開。株主側は現在、TOB価格算定の根拠として、吉本側が拠り所とした、第三者の株式価値算定評価書の提出を求めている。
買収者は、ファンドなど自力で計算してしまう買収者を除けば、TOB価格算定に当たって証券会社や会計系のコンサル会社などから評価書を取る。
さらに、買収提案を受けた取締役会も、買収者とは別に評価書を取るし、場合によっては取締役会が任命・組成する第三者委員会も、別に評価書を取る場合がある。
一声1通5000万円ともいわれる高い評価書を、こうして何通も取る一方で、開示は結論だけ。計算プロセスが書かれている中身は開示しない。
DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法で計算すると評価はいくら、ということは開示するけれど、その根拠となる将来キャッシュフローや割引率は一切開示しないのである。
「その開示拒否のかたくなさは尋常ではない。会社側は評価書を発行する会社と締結している守秘義務契約をタテにとって抵抗する」(会社法の専門家)のだが、いったい誰の何に対する守秘義務なのか。
ディスカバリーという証拠開示義務の制度がある米国では、上場会社のTOBの際に評価書を開示しないで済ませるなどということは到底通用せず、ここが日本と米国の株主保護機能の決定的な差と言える。
あまりにもかたくなに開示に抵抗されると、そんなに都合が悪いことが書いてあるのかと疑いたくなるのが人情である。
キャッシュアウトの実務は、非上場化需要が急増していることもあり、近年のM&A実務において重要な位置を占める。
今回、裁判所が株主からの求めに応じて、会社側に開示命令を出すようなことがあれば、日本のM&A実務に絶大な影響を及ぼす可能性を秘めているのである。
(金融ジャーナリスト 伊藤歩 =東洋経済オンライン)
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最終更新:9月14日(水)11時1分
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