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野田首相がきのう国会で、所信表明演説をした。民主党政権で3人目の首相の初演説は、総じて地味な印象だった。2年前、鳩山元首相は政権交代を果たした総選挙の熱気そのままに、持[記事全文]
「食事が必要な方は入居できません」。パンフレットにこう明記した有料老人ホーム。口から食べることが難しく、胃にチューブを通した「胃ろう」の寝たきり高齢者だけが住む。厚生労[記事全文]
野田首相がきのう国会で、所信表明演説をした。民主党政権で3人目の首相の初演説は、総じて地味な印象だった。
2年前、鳩山元首相は政権交代を果たした総選挙の熱気そのままに、持論の「友愛政治」を唱えていた。後を継いだ菅前首相は「政治主導」を旗印に「強い経済、強い財政、強い社会保障」を掲げた。
ともに政権奪取の高揚感や、政策決定の仕組みを大きく変えようという意気込みが伝わる内容だった。
それに比べて、野田首相は粛々と課題に取り組む姿勢に徹した。東日本大震災と世界経済危機という「二つの危機」への対応を最優先課題に挙げ、演説の多くを割いた。
それは当然だろう。
いまが危機のときだから、という理由だけではない。
民主党は政権交代への一票を投じた有権者を裏切ってきた。政策で大風呂敷を広げながら、政治主導は空回りした。自信過剰で組織運営は拙劣、おまけに内輪もめばかり。
もはや民主党政権に、多くの有権者はあきれている。いまさら色あせた美辞麗句を聞かされても、しらけるだけ。そんな首相の現状認識が、演説によく表れていたように見える。
復旧・復興の財源は、いまを生きる世代全体で連帯し、負担を分かち合う。
中長期的には、原発への依存度を可能な限り引き下げていくという方向性をめざす。
財政再建には歳出削減、増収、歳入改革の「三つの道」を同時に展望しながら歩む。
社会保障は世代間の公平性を実感できるように「全世代対応型」に転換する。
こうした演説に並べられた個別の政策の方向性を、私たちは評価する。増税を「歳入改革」と言い換えるなど、歯切れが悪く、具体性に欠けるものが目立つし、官僚の作文に過ぎないとの批判もあろう。
それでも、あとは実行あるのみだと考える。
首相は勝海舟が「政治家の秘訣(ひけつ)」として説いた「正心誠意」という言葉を引き、みずからの心を正し、重責を果たす決意を述べた。そして、ねじれ国会を「議論を通じて合意をめざすという立法府が本来あるべき姿に立ち返る好機でもある」と指摘し、徹底的な議論と対話によって与野党は一致点を見いだすべきだと訴えた。
この言葉通りに行動し、結果を残さねばならない。総選挙なしに4人目の首相など許されるはずもないのだから。
「食事が必要な方は入居できません」。パンフレットにこう明記した有料老人ホーム。口から食べることが難しく、胃にチューブを通した「胃ろう」の寝たきり高齢者だけが住む。
厚生労働省は先月末、こうした施設の調査を公表した。
判明した施設の数は4県で10カ所。ただ、現場の福祉関係者の間には「もっとたくさんあるはずだ」という声がある。
調査の発端は2年前に岐阜県内で、ある入居者の成年後見人が抱いた疑問だった。
当時は普通の民間賃貸住宅を名乗っていたが、医療や介護サービスを受けるのに、特定の業者との契約が義務づけられた。
家賃を含めた自己負担は月15万円ほどだが、医療と介護の公的保険から約84万円分の給付を受けていた。中には不正請求が疑われるものもあった。
何よりも、口から食べられるようにする努力をしない介護の姿勢に怒りを感じた。
こうした寝たきり住宅は福祉関係者から「胃ろうアパート」とも呼ばれる。地元メディアや参院予算委員会で取り上げられたのを受け、国が調査した。
ただ、問題のある施設の全容が把握できたわけではない。
食事や介護、家事、健康管理のいずれかを提供する施設は、有料老人ホームの届け出が必要で、都道府県が調査や指導ができる。だが、「単に高齢者が集まって住み、外部業者のサービスを利用しているだけ」という体裁をとる施設も多い。見極めは簡単ではない。
寝たきりや認知症の高齢者が集まって住み、先月、外出制限などの問題が指摘された堺市のマンションも調査対象外だ。
入居者保護のため施設の実態に即した監督が不可欠だろう。
問題のある施設でも、行く場所のない高齢者の一定の受け皿になっている現状は重い。
病院には長くいられない。胃ろうの人も介護できる特別養護老人ホームには空きがない。まともな介護付き有料老人ホームに入るお金がない……。
介護難民化しかけた時に、月額15万円程度で入居できるアパートは、本人はともかく家族らにとってありがたい存在だ。
前政権で大枠が決まった「社会保障と税の一体改革」では入院期間を短くして医療費を節約し、地域での介護を充実させる方向だ。ただ、退院した後の行き先がこれでいいのだろうか。
まずは、より正確な実態と向き合いたい。それは、私たちが「どんな老後を過ごしたいか」という問いを通して、社会保障を考える第一歩になる。