日本がまだ豊かだった遠い昔、ロックフェラーセンターを日本の不動産屋が買い占めて物議を醸し、顰蹙を買っていた頃、私はNYに行き、島南端のWTCノースタワーの最上階にあるレストランで食事を楽しんだ。Windows on the Worldという有名な店で、観光客に人気の一軒だった。107階までのエレベーターが速くて快適で驚いたことを覚えている。そこは限りなく楽しくて心地よく、人を浮き浮きとさせてくれる空間だった。店内のフロアは、自由の女神が見える海のサイドとマンハッタンの摩天楼が見える島のサイドの二つがあり、私が座った席は後者の方だった。料理もそっちのけで、子どものようにガラス窓に顔をくっつけて眺望に見とれていた。当時、日本で市販されていたNYの旅行ガイドブックの表紙には、ツィンタワー・ビルの写真が必ず大きく使われていた。WTCはNYの象徴であり、あの建物があるからNYの摩天楼は個性的な絵になった。NYの景観をNYたらしめ、NYのコンセプトを押し出し、憧れを誘っていたのは、間違いなく島南端に立つ2本のタワーだった。コンテンポラリー・モダンのWTCビル。そこは思っていたとおり機能的で、オープンでユースフルで、シンプルでフレンドリーで、NYの良さを私に実感させ堪能させてくれた場所だった。もう一度行きたかった。WTCビルを失い、NYは本来の豊かさを失い、街の魅力を失ったのかもしれない。