44 葉波の里・婆様のテント
鳥八、松地、婆様の前に座らされているお甲。
松 地「……まさか、黒羽衆に惚れるとはな」
お 甲「……」
松 地「しばらく、町に戻る事は許さん。それに裏の仕事自体も……」
婆 様「霧助の話は確かなのか?」
松 地「どういう事じゃ?」
婆 様「霧助のやきもちではないのか?」
お 甲「……」
松 地「霧助は優秀な忍びじゃ」
婆 様「こやつ(お甲)も優秀な忍びじゃろ」
松 地「霧助の申す事に誤りはないと……思います」
お 甲「……」
鳥 八「澄乃、申しひらきはあるか?」
お 甲「いえ……」
鳥 八「……」
45 同・外
婆様のテントから出てくるお甲、後ろから暮松が近づいて来る。
暮 松「澄姉!」
お甲、振り返り、力泣く笑顔をみせる。
暮 松「あたし信じてるから」
お甲、視線を逸らす。
暮 松「澄姉が、そんな色恋にうつつをぬかすわけないって。ねえ、そ
うでしょ?」
お 甲「……」
暮 松「あたし、澄姉の事、本当の姉ちゃんだと思ってるから! 澄姉
がいなくなったら、あたし、何を支えに生きればいいかわから
ないよ……」
お 甲「わかってる」
お甲、去って行く。
暮 松「また一緒に暮らそうよ!」
お甲、視線を下げたまま突き進んで行く。
46 居酒屋・店先
東五郎と蓮がおり、蓮は東五郎を店に入れたくないのか、引っ張って抵抗するが、結局東五郎は蓮を連れて店内へと入っていく。
× × ×
そんな二人を遠くの物影から眺めている霧助。
駒 彦「あの男に何か用かい?」
霧助、振り返ると駒彦が真後ろにいる。
駒 彦「まだこの町にいたんだな」
霧 助「ちょっと用事ができたンです」
駒 彦「何の用だい?」
霧 助「いやぁーちょっと、薬の仕入れにきてて……」
駒彦、疑念の目をじっと霧助に向ける。
霧 助「じゃあ、急ぐんで……」
霧助、駒彦の横を通り過ぎようとする。
駒彦、霧助の肩を掴む。
駒 彦「まあ、そう慌てるなよ」
駒彦、霧助の肩を持つ手に力を込める。
霧助、体をひねらせ、駒彦の手を振りほどく。
霧助、頭を下げ、去って行く。
駒彦、霧助の背中を見てニタリと笑う。
47 町の中
霧助が歩いてくる。
その表情は硬く、緊張している。
木戸の外には、黒羽衆姿の舟冶と勘八がおり、距離を置いて霧助のあとを着けて行く。
48 町への山道
速足で歩き、町から遠ざかって行く霧助。
やがて、逃げるように走り出す。
黒羽衆姿の舟冶と勘八、走って霧助を追いかける。
49 渓流
逃げている霧助。
舟冶、懐から短銃を取り出し、霧助にむけ発砲する。
霧助、肩に被弾するが、それでも走り続ける。
霧助、肩から血を流しながら必死に逃げている。
やがて追いついてくる舟冶と勘八、そして駒彦。
舟冶、またも短銃で発砲する。
霧助、弾丸が足に被弾し、崖を転げ落ちる。
駒彦などの黒羽衆、霧助を囲んでいく。
霧助、必死に立ち上がり手裏剣を投げた。
駒彦、それをよけるがバランスを崩す。
霧助、仕込み杖で駒彦を斬ろうとする。
霧 助「うぉおおおおおッ!」
駒 彦「……!」
が、それを“兜割り”で防ぐ東五郎。
霧助の刀が折れた!
霧 助「……!」
東五郎、兜割りで霧助を叩く!
霧助、頭を割られ血飛沫を上げ倒れる。
東五郎「おぬし……詰めが甘いぞ」
駒 彦「(東五郎を睨み)……」
50 婆様のテント
鹿皮の上で寝ている老巫女の婆様がおり、お甲、その傍らに座っている。
婆様、せき込んでおり、ひどく苦しそう。
お 甲「薬湯を用意しましょうか?」
婆様が手をお甲にさしだし、お甲はその手を握る。
婆 様「澄乃、里の掟を忘れるな。さすれば、私の魂はつねにそなたと供にある。そなたがどこにいようともな」
お 甲「……はい」
婆様、お甲の頬を愛おしそうになでる。
51 同・外
鳥八とお甲が話している。
お 甲「私を今一度、町へおやり下さい」
鳥 八「……」
お 甲「婆様は、許して下さいました」
鳥 八「澄乃、お主は、あの男を殺せるか?」
お 甲「……」
鳥 八「あの男が我らの里にとって、生かしてはおけぬ男だとしたら、お主が、あの男を殺す事となろう。それができるのか?」
お 甲「はい」
鳥 八「よかろう、お主は今一度、町へゆけ」
お 甲「ありがとうございます!」
お甲、頭を深々と下げ、去る。
鳥 八「(見送って)……」
52 別の場所1
わらじを編んでいる忍者。
そのわらじのひもが切られた。
股の間に手裏剣が刺さっている。
忍 者「うわぁあああああ!」
手裏剣を誤って後に飛ばしたマナ。
暮松がマナに手裏剣を教えている。
カイがやってくる。
カ イ「そんな奴に教えても意味ないよ」
マ ナ「……」
カ イ「時間の無駄」
とマナから手裏剣を奪い投げる。
的に命中する。
マ ナ「……」
暮 松「カイ、ナニか用か?」
カ イ「松地さまがお呼びだよ」
暮 松「……」
53 別の場所2
やってくる暮松とカイ。
木の上から声をかける見張り番のサエ。
サ エ「待て! 合い言葉を言え!」
カ イ「そっちが先に言え、馬鹿!」
サ エ「馬鹿って言う方が馬鹿だろ!」
カ イ「見張り番のくせに生意気な!」
暮 松「ちょっと……」
サ エ「よし通れ!」
カイと暮松、歩いていく。
暮 松「その合い言葉、やめた方がいいと思うよ」
54 別の場所3
松地が刀を振っている。
暮松とカイがやってくる。
カ イ「松地さま、暮松姉上を連れて参りました」
暮 松「……」
松 地「暮松、お前に内々に一働きしてもらう」
暮 松「……!?」
55 町の一角
旅装束姿のお甲、歩いている。
道に人だかりができている。
町人が集まり、ザワザワと騒いでいる。
お 甲「……?」
チラリと輪の中心を覗いた。
お 甲「……!」
霧助の遺体があり、同心が現場検証をしている。
お甲、愕然とした表情で見つめている。
× × ×
少し離れた場所でその町民達の動きを見ている駒彦、舟治、
勘八、。
お甲を瞶めている駒彦。
駒 彦「……」
56 居酒屋・店先
呆然とした表情のお甲、店先へと近づいて来る。
すると、店の外に罵声が聞こえて来る。
東五郎の声「いいから酒だ! 酒持ってこい!」
お甲、不安気な表情を浮かべる。
57 店内
東五郎、かなりの泥酔状態。
正次郎が必死に対応している。
お甲の声「東五郎さん」
正次郎、戸口に視線を向けると、そこにはお甲の姿。
正次郎「……お甲ちゃん」
朦朧としている東五郎、ぼんやりとしながら戸口へと視線を向け、お甲の姿を確認する。
東五郎、目を見開き、動きが止まる。
お 甲「お久しぶりです」
お甲、東五郎へと近づいて行く。
正次郎、東五郎を見て、安堵の息を吐き、事態を把握して店の奥へと姿を消す。
東五郎、立ちあがりゆっくりとお甲に近づいて行く。
東五郎「……どうして」
お 甲「……」
東五郎「どうして……急にいなくなった?」
お 甲「……ごめんなさい」
東五郎「どうしてだッ!」
東五郎、動こうとしてよろめき、その場に倒れる。
お 甲「大丈夫ですかッ!」
東五郎「(朦朧と)……お甲……(と眠ってしまう)」
お 甲「(優しく瞶めて)……」
58 東五郎屋敷・外観
59 寝室
布団の中の東五郎、パチリと目を開ける。
息は荒く、脂汗をかいている。
傍らには心配そうに東五郎を見つめるお甲の姿。
東五郎「……お甲」
お 甲「大丈夫ですか?」
東五郎、深く息を吸い、呼吸を落ち着けようとする。
お 甲「着替え、持ってきます」
お甲、立ちあがり去ろうとする。
東五郎、お甲の腕を掴む。
お 甲「……!」
東五郎「……もう、どこにも行くな」
お 甲「……!?」
東五郎「……そなたに……聞いてほしい事がある……」
お 甲「……?」
東五郎「わしは……表向きは見廻りの仕事をしているが……まことは忍
びを亡ぼす任を受けた……黒羽衆のものだ」
お 甲「……!」
東五郎「……わしの妻は……十年前……忍びに殺された」
お 甲「……!!」
60 記憶・縁側
ぼんやりしている東五郎。
お茶を持ってくる妻・お凜。
お 凜「お仕事が決まったのに、浮かない顔ですね」
東五郎「……そうか?」
お 凜「危ないお勤めなのですか?」
東五郎「なぜだ?」
お 凜「妻の勘です」
東五郎「大丈夫、ただの見廻りだ」
お 凛「(心配そうに)……」
61 記憶・居間
夕食を食べている東五郎。
部屋の隅で寝ている赤ん坊の蓮。
熱燗を持ったお凜が現れる。
お 凜「今日は冷えますね(と東五郎に酌をする)」
東五郎「……」
蓮が泣き出す。
お凛、立ち上がろうとするが、
東五郎「(おちょこを置き)わしがいこう」
お 凜「すみません(と酌をする)」
東五郎、蓮をあやしている。
お 凜「(酒を飲む)……はぁ、おいしい」
東五郎「さすがわしの娘だ……すぐに泣きやんだぞ……」
と、お凛を見る。
ボトリとお銚子を落とすお凜。
お銚子からお酒が床の上にこぼれていく。
次の瞬間、お凜は大量に吐血する。
東五郎、蓮を寝間に戻し、
東五郎「おい! 凜! しっかりしろ! 凜!」
蓮、再び泣き出した。
お凜、苦しそうにしながらも、視界に蓮が入る。
お 凜「……蓮」
お凜、苦しそうにしながらも、はいつくばるように蓮へと進んで行く。
東五郎「おい! 凜! すぐ医者を呼ぶ! しっかりしろ!」
凜 「……あなた」
東五郎「何だ」
お凜、血だらけの手を東五郎の頬に近づけて行く。
お 凜「……蓮を」
お凜、力尽きて手がパタリと落ちる。
東五郎「凜! 凜!(何度も)……」
蓮の鳴き声が響き渡る。
62 元の場所
東五郎「わしの身代わりに、何も知らぬまま死んでいった」
お 甲「……」
東五郎「……そなたには、全てを知ってもらいたかった……」
お 甲「……」
東五郎、お甲を見つめる。
しかしお甲は俯き、東五郎の顔を見ようとしない。
63 町の実景
64 町
町人たちが集まっている。
中心には、女の羅宇屋(らうや)がいる。
お甲が通りかかる。
お 甲「(羅宇屋を見て)……!」
羅宇屋は暮松だ。
羅宇屋「いやいや驚いたの何のって、何つうかこう、猿みたいに、木
から木へピュンピュン飛び跳ねていったのさ」
舟治が近づいて来る。
女 3「煙をだして姿くらましたり、蝙蝠に化けたり、そういうのは
どうなんだい?」
羅宇屋「いや、そんな感じじゃなかったなぁ。人とは思えない動き、あれが忍びなんだって妙に納得しちまったよ」
舟治、忍びという単語に反応し、目を見開く。
町人達を強引に押しのけ、羅宇屋の傍へ。
舟 治「そやつらをどこで見た?」
羅宇屋「そこの山道で、今しがたです」
舟 治「どっちへ行った?」
羅宇屋「木原山のほう」
舟 治「……!」
舟治、走り去って行く。
羅宇屋、お甲の顔を見てペロッと舌を出す。
お 甲「……」
65 山道
舟治、必死に走っている。
その時、林の中からゴソゴソという音が聞こえる。
舟治、足を止め神経を集中させる。
「あんたが黒羽さんかぃ?」の声。
舟 治「……!?」
振り返ると、羅宇屋が立っている。
舟 治「貴様、忍びかッ!」
暮 松「だったら……どうよ?」
キセルを舟治に投げる。
舟 治「(抜刀し)うぉおおおお!」
キセルを切る!
キセルが爆発する!
暮れ松と舟治の戦い!
刀が木に刺さり抜けなくなった舟治、懐から拳銃を出す。
暮 松「……!」
舟 治「(引鉄(ひきがね)に指をかける)」
暮松、棒手裏剣を飛ばす。
舟治の腕に刺さる。
銃声!
暮松、舟治を斬る!
舟治、血飛沫を上げ倒れた。
暮 松「……」
66 境内
お甲が辺りを気にしながらやってくる。
暮松の声「……澄姉」
お甲、声のほうに視線を向ける。
そこには、羅宇屋姿の暮松。
暮 松「似あうだろ?」
お 甲「何しに来たの?」
暮 松「澄姉が心配だったから」
お 甲「お頭の指示?」
暮 松「そうだよ」
お 甲「……わかったから……もう帰んな」
暮 松「あいつら、あたしらで殺っちゃおうよ」
お 甲「……」
暮 松「話を聞き出せとか、まどろっこしいんだよね。そういうの。どいつもこいつも殺っちゃえばいいのに。でしょ?」
お 甲「……もう帰って」
暮 松「あの侍もさ、優男のふりして、助次郎や霧助の事、ザクザク殺
っちゃってんだもん……したたかなもんだよ」
お 甲「(冷静に)勤めは果たす……里の掟も忘れない、だから……」
暮 松「掟なんてどうでもいい」
お 甲「……!」
暮 松「何百年も掟、掟って……そればっかり……くだらない」
お 甲「……」
暮 松「澄姉、石川五右衛門って知ってる?」
お 甲「三条の河原で釜茹での刑にされた……盗賊の?」
暮 松「五右衛門は伊賀の抜け忍だった」
お 甲「……!」
暮 松「あたしも、この世に名を残すくらいの盗賊になろうかな……澄
姉と一緒に……」
お 甲「馬鹿なこと言わないで」
暮 松「あたしは澄姉がいればいいンだよ!」
お 甲「……」
暮 松「烏を一匹……片付けた」
お 甲「……!」
暮 松「話は簡単……邪魔な烏は駆除すればいい……こっちがやられる
前にね」
お 甲「……」
暮 松「里に帰ったら、また一緒に寝ようね……小さい頃みたいに」
お 甲「……」
67 裏道
人通りのない裏道、東五郎、駒彦、勘八の姿。
東五郎「……それは忍びの仕業なのか?」
勘 八「羅宇屋から話を聞いて、山に向かったそうだ」
駒 彦「手柄を独り占めしようとしやがって……マヌケな奴だ」
東五郎「おまえらも気をつけろ」
と、行こうとする。
駒 彦「おめぇの方こそな」
東五郎「(振り返って)……」
駒 彦「あんまり入れ込むなよ」
東五郎「……?」
駒 彦「飲み屋の女だ」
東五郎「……!」
駒 彦「奴は、忍びだ」
東五郎「……」
駒 彦「おまえも感づいているのだろう」
× × ×
お甲、蓮の足を掴んで引き上げた。
× × ×
駒彦の声「ガキどもをあしらった身のこなし……」
お甲、竜太と与平の棒をかわす。
× × ×
駒 彦「ただもんじゃない」
東五郎「……」
駒 彦「口を割らせて、さっさと殺してしまえ」
東五郎「……」
駒 彦「その前に、ワシが手込めにしてやるか」
駒彦、ニヤリと笑った。
東五郎、駒彦の胸倉を掴んだ。
東五郎「(押し殺し)図にのるなッ!」
駒 彦「試してみるか、どっちが上か?」
東五郎「(駒彦の腰を見て)……!」
腰の拳銃を東五郎に向けている。
駒 彦「ワシの妹が殺されたのは貴様のせいだ」
フラッシュ……お凛。
東五郎「……」
駒 彦「忘れるな……我々の任務を……」
東五郎「(駒彦を睨みつけ)……」
68 町
羅宇屋(暮松)が道で商売している。
勘八がやってくる。
勘 八「おい、羅宇屋」
羅宇屋「へい?」
勘 八「お主……山で忍びを見かけたそうだな」
羅宇屋「……」
勘 八「その場所へ案内してくれないか」
羅宇屋「どうしてですか?」
勘 八「忍びを見つけて、里の場所を吐かせる……さすれば、助かるも
のが何人もいるンでのぉ」
羅宇屋「(ニヤリと)……」
69 山道
羅宇屋と勘八がやってくる。
羅宇屋が先導し、勘八が後をついてきている。
羅宇屋「この辺りなんですけどね……」
勘 八「そうか……」
羅宇屋「黒羽は町の人に化けてるって訊いてるンですけど……あん
たもそうじゃないのかい?」
勘 八「だとしたら……どうする?」
勘八、振り返ると刀を抜いている羅宇屋。
暮 松「(頬被りをとり)……駆除するよ」
林の中から駒彦が出てくる。
駒 彦「(ニヤリと笑い)……エサをもとめ山から降りてきた獣のようだ
な」
ズラズラと数人の黒羽衆が暮松を囲むように現れる。
暮 松「……!」
暮松、手裏剣を投げる。
黒羽の一人に当たる。
暮松、刀を振り回し逃げようとするが、東五郎に背中を斬りつけられ倒れる。
黒羽衆、暮松を押さえつける。
暮 松「……!」
東五郎「おまえらの里はどこにある?」
暮 松「死んでも言うか!」
と東五郎の顔面を蹴り上げた。
東五郎の面が外れた。
東五郎「……!」
駒彦、暮松に近付き短銃の引金に手をかける。
駒 彦「飲み屋の女は仲間だな?」
暮 松「……」
駒 彦「言わねば、おまえも飲み屋の女も殺す」
暮 松「……!」
駒 彦「教えれば……二人とも助けてやる」
暮 松「……」
駒 彦「お上から見放されたお前達はお終いだ……二人で里を抜けて
気楽に暮らせ」
暮 松「……」
東五郎、暮松の様子をうかがいながら手拭を外す。
暮 松「本当に……見逃してくれるのか?」
駒 彦「あぁ、約束しよう」
暮 松「……獅子唐峠の……北東側の麓……東へ八里ほど行ったところ
だ……」
駒 彦「よし……行け……」
黒羽衆たち「……!?」
暮松、肩から血を流しながら逃げる。
駒彦、黒羽衆から長鉄砲を奪い構える。
銃声!
暮松に被弾し、倒れた。
東五郎「……!」
駒 彦「里の所在がわかった! これから向かうぞ!」
黒羽衆「おぉおおおおおッ!」
東五郎「……」
駒 彦「場所さえ分かれば、あんな小娘一人どうでもいい」
東五郎「……」
駒 彦「任務を遂行するのだ……お凛のためにッ!」
東五郎「(拳を握りしめ)……」
70 居酒屋・裏
お甲が野菜を運んでいる。
フラフラとやってくる暮松。
お 甲「……?」
暮松、肩と腹から血を流しバタリ倒れる。
お 甲「暮松!」
と暮松を抱き起こす。
暮 松「ごめんね……澄姉……へましちまった……」
お 甲「(怒りに震えて)……誰が……こんな……」
暮 松「……木下東五郎は……黒羽だよ……」
お 甲「……!!」
暮 松「澄姉の……悪口言っていい?」
お 甲「いいよ……」
暮 松「澄姉……寝相……悪かったよね……」
お 甲「(込み上げて)……」
暮 松「ごめんね……あたし……澄姉の役に立たなくて……」
暮松、絶命する。
お 甲「(暮松を抱きしめ慟哭する)……」
71 町からの山道
東五郎を先頭に、黒羽衆が進軍している。
そのいくつかのショットの積み重ね。
72 獅子唐峠麓・林の中
深い木々の中、ひっそりと身をひそめている東五郎を始めとした黒羽衆。
木々の間から広がる眼下の景色は、葉波の里。
駒 彦「忍の根絶やしは、我らが生きた証とろう。それが例え、人知れ
ずであろうともだ」
駒彦、立ちあがり短銃を抜き取る。
駒 彦「我ら、全てを闇に帰す、悪鬼とならん! 続け!」
駒彦を先頭に、葉波の里への襲撃が始まる。
73 葉波の里
里の住民達、それぞれが通常の生活を送っている。
そんな中、松地がピタリと動きをとめる。
松地、目を閉じて耳をすます。
遠くから、複数の足音が聞こえてくる。
松地、カっと目を見開く。
松 地「みな逃げろ! 敵だ! 早く逃げろ!」
里の住民達、ざわつき始める。
松 地「急げ!」
その時、里の一角から、発砲音が響き渡る。
住民達、一斉に騒がしく動きだす。
74 婆様のテント・内部
婆様、宝玉を握り、祈りを捧げている。
婆 様「幾度(いくたび)の月輪(がちりん)ののち、異界(いかい)より舞ひ降りし漆黒(しっこく)の船、下界に
常闇(とこやみ)を招来(しょうらい)せむ。里より選ばれし童子(どうじ)、漆黒(しっこく)の船を平定(へいてい)
し、深海(しんかい)の森へといざなはむ。里の民、血を混(ま)ずる事なかれ、
血を絶やす事なかれ」
婆様、立ち上がり、テントの隙間から空を瞶めた。
婆 様「澄乃……お主は生きのびるのじゃぞ」
75 様々な場所
必死に逃げようとする非戦闘員の住民達、黒羽衆を食い止めようと戦う忍戦闘員、そして全てを破壊しようとする黒羽衆の戦いが始まる。
松地、非戦闘員の逃走を誘導している。
忍は強いが、黒羽衆の鉄砲に苦戦している。
双方、続々と殺されていく。
その中でも頭一つ抜けて強いのは、東五郎と駒彦。
東五郎は冷徹に、駒彦は豪快に、それぞれの相手を続々と打ち倒し、斬り倒していく。
非戦闘員を誘導している松地の前に現れる東五郎。
東五郎、短銃を松地に向けるが、それよりも早く松地が棒手裏剣を東五郎に投げる。
東五郎、跳ね飛んで棒手裏剣を避けるが、松地が急速に距離を詰めてきて、忍刀を振りかぶっている。
東五郎、空いている手で居合抜きをし、松地を斬る。
松地、絶命する。
× × ×
鳥八、婆様のテントの前で孤軍奮闘している。
実は強く、数人の黒羽衆の死体が転がっている。
婆様の声「鳥八! ここは良い。子等を守れ!」
鳥 八「……」
鳥八、一礼して襲われそうになっている子供達を助けに行く。
子供達を間一髪助ける鳥八。
× × ×
婆様が悠然と立っている。
ドカドカと入って来る黒羽衆。
ゆっくりと振り返る婆様。
黒羽衆、一斉に婆様に襲いかかる。
婆様、ニヤリと笑う。
黒羽衆「―!?」
導火線に火がついている。
ゆっくりと目を閉じる婆様。
婆様のテントが爆音とともに吹っ飛ぶ。
x x x
鳥 八「……!」
と背後に東五郎が現れる。
鳥八と東五郎の戦いが始まる!
x x x
駒彦がカイとサエを追いつめる。
サエを庇い、駒彦に刀で立ち向かうカイ。
カイの刀が弾き飛ばされた。
カイの頭に駒彦の刀が振り落とされる瞬間、手裏剣が飛んでくる。
駒 彦「ぐぅうううう!」
背中に手裏剣が刺さっている。
駒彦、振り返るとマナが立っている。
マ ナ「カイ! サエ! 逃げろ!」
カイ、サエ走り出す。
マナ、手裏剣を投げる!
駒彦、刀で弾き飛ばす。
マナ、必死で投げるが全部弾き飛ばされる。
駒彦、容赦なくマナを斬りつけた!
カ イ「マナァぁあああああああッ!」
駒彦、ニタリと笑い、短銃を向ける。
手裏剣が飛んできて駒彦の手に突き刺さった!
駒 彦「……!」
お甲だ。
一気に距離をつめ、斬りかかる。
駒彦も抜刀し、お甲との戦いが始まる。
しかし、お甲は強く、忍刀を片手で操りながら、最短距離で棒手裏剣を駒彦の体に突き刺していく。
駒 彦「……この……化け物めが……」
お甲、駒彦の腹にブスリと忍刀を突き刺す。
忍刀を引き抜くと駒彦は絶命して倒れた。
お 甲「(絶命しているマナを瞶めて涙を流し)……うぉおおおおお
お!」
東五郎が鳥八を追い詰めている。
お甲、物凄い勢いで黒羽衆を倒していき、東五郎に辿り着
いた!
東五郎「……!」
東五郎、短銃をお甲に、刀を鳥八に向けている。
二人の周りを刀を構えた数人の忍者(カイとサエもいる)が囲む。
お甲と東五郎の視線が宙で交錯し、火花を散らす。
肩で息をする東五郎。
その姿を瞶めるお甲の瞳がかすかに動いた。
忍者たちが息を殺して二人を見守る。
東五郎「……」
お 甲「……」
お甲の目から熱い涙がしたたり落ちた。
東五郎の顔が少し歪んだ。
重い沈黙が二人を覆った。
次の瞬間、東五郎の銃口が鳥八に向いた。
お甲が東五郎に飛び掛かり袈裟がけに斬った!
空に撃たれる銃弾!
東五郎、体から大量の血を噴き出し、倒れる。
お甲、東五郎の傍にに駆け寄り、体を抱き上げる。
朦朧としている東五郎、お甲の頬に手を伸ばす。
お甲、泣きながら東五郎を見ている。
東五郎、頬に手が届く両腕で寸前に力尽き、腕が落ちる。
お甲、慟哭し、東五郎を両腕でかき抱いた。
x x x
壊滅している黒羽衆。
忍者たちもたくさん死んでいる。
鳥八、目を閉じて小さく息を吐く。
お 甲「……」
76 重蔵屋敷・外観
77 池
鯉を瞶めている重蔵。
傍に女中(顔は見えない)がやってくる。
女 中「お館様……鯉の餌をお持ちしました」
重 蔵「うむ」
重蔵、受け取り鯉に餌をやる。
女 中「先程、知らせがまいりました」
重 蔵「なんだ?」
女 中「黒羽衆が全滅とのこと……」
重蔵、ピタリと動きを止める。
重 蔵「ほ〜」
重蔵、餌を大量に掴み池に撒いた。
重 蔵「かまわん……代わりなどいくらでもいる」
女 中「そなたの代わりも……」
重 蔵「(振り返る)……!」
女中はお甲だ。
お甲、短刀で重蔵の腹を刺す。
重 蔵「……!」
お 甲「……」
78 長い山道
ぞろぞろと歩いている葉波の里の生き残り数名。
その中に、鳥八、お甲、そして蓮の姿もある。
お甲、ふと足を止め、振り返る。
お 甲「……」
お甲、新たな道へと進んで行く……。
(了)
鳥八、松地、婆様の前に座らされているお甲。
松 地「……まさか、黒羽衆に惚れるとはな」
お 甲「……」
松 地「しばらく、町に戻る事は許さん。それに裏の仕事自体も……」
婆 様「霧助の話は確かなのか?」
松 地「どういう事じゃ?」
婆 様「霧助のやきもちではないのか?」
お 甲「……」
松 地「霧助は優秀な忍びじゃ」
婆 様「こやつ(お甲)も優秀な忍びじゃろ」
松 地「霧助の申す事に誤りはないと……思います」
お 甲「……」
鳥 八「澄乃、申しひらきはあるか?」
お 甲「いえ……」
鳥 八「……」
45 同・外
婆様のテントから出てくるお甲、後ろから暮松が近づいて来る。
暮 松「澄姉!」
お甲、振り返り、力泣く笑顔をみせる。
暮 松「あたし信じてるから」
お甲、視線を逸らす。
暮 松「澄姉が、そんな色恋にうつつをぬかすわけないって。ねえ、そ
うでしょ?」
お 甲「……」
暮 松「あたし、澄姉の事、本当の姉ちゃんだと思ってるから! 澄姉
がいなくなったら、あたし、何を支えに生きればいいかわから
ないよ……」
お 甲「わかってる」
お甲、去って行く。
暮 松「また一緒に暮らそうよ!」
お甲、視線を下げたまま突き進んで行く。
46 居酒屋・店先
東五郎と蓮がおり、蓮は東五郎を店に入れたくないのか、引っ張って抵抗するが、結局東五郎は蓮を連れて店内へと入っていく。
× × ×
そんな二人を遠くの物影から眺めている霧助。
駒 彦「あの男に何か用かい?」
霧助、振り返ると駒彦が真後ろにいる。
駒 彦「まだこの町にいたんだな」
霧 助「ちょっと用事ができたンです」
駒 彦「何の用だい?」
霧 助「いやぁーちょっと、薬の仕入れにきてて……」
駒彦、疑念の目をじっと霧助に向ける。
霧 助「じゃあ、急ぐんで……」
霧助、駒彦の横を通り過ぎようとする。
駒彦、霧助の肩を掴む。
駒 彦「まあ、そう慌てるなよ」
駒彦、霧助の肩を持つ手に力を込める。
霧助、体をひねらせ、駒彦の手を振りほどく。
霧助、頭を下げ、去って行く。
駒彦、霧助の背中を見てニタリと笑う。
47 町の中
霧助が歩いてくる。
その表情は硬く、緊張している。
木戸の外には、黒羽衆姿の舟冶と勘八がおり、距離を置いて霧助のあとを着けて行く。
48 町への山道
速足で歩き、町から遠ざかって行く霧助。
やがて、逃げるように走り出す。
黒羽衆姿の舟冶と勘八、走って霧助を追いかける。
49 渓流
逃げている霧助。
舟冶、懐から短銃を取り出し、霧助にむけ発砲する。
霧助、肩に被弾するが、それでも走り続ける。
霧助、肩から血を流しながら必死に逃げている。
やがて追いついてくる舟冶と勘八、そして駒彦。
舟冶、またも短銃で発砲する。
霧助、弾丸が足に被弾し、崖を転げ落ちる。
駒彦などの黒羽衆、霧助を囲んでいく。
霧助、必死に立ち上がり手裏剣を投げた。
駒彦、それをよけるがバランスを崩す。
霧助、仕込み杖で駒彦を斬ろうとする。
霧 助「うぉおおおおおッ!」
駒 彦「……!」
が、それを“兜割り”で防ぐ東五郎。
霧助の刀が折れた!
霧 助「……!」
東五郎、兜割りで霧助を叩く!
霧助、頭を割られ血飛沫を上げ倒れる。
東五郎「おぬし……詰めが甘いぞ」
駒 彦「(東五郎を睨み)……」
50 婆様のテント
鹿皮の上で寝ている老巫女の婆様がおり、お甲、その傍らに座っている。
婆様、せき込んでおり、ひどく苦しそう。
お 甲「薬湯を用意しましょうか?」
婆様が手をお甲にさしだし、お甲はその手を握る。
婆 様「澄乃、里の掟を忘れるな。さすれば、私の魂はつねにそなたと供にある。そなたがどこにいようともな」
お 甲「……はい」
婆様、お甲の頬を愛おしそうになでる。
51 同・外
鳥八とお甲が話している。
お 甲「私を今一度、町へおやり下さい」
鳥 八「……」
お 甲「婆様は、許して下さいました」
鳥 八「澄乃、お主は、あの男を殺せるか?」
お 甲「……」
鳥 八「あの男が我らの里にとって、生かしてはおけぬ男だとしたら、お主が、あの男を殺す事となろう。それができるのか?」
お 甲「はい」
鳥 八「よかろう、お主は今一度、町へゆけ」
お 甲「ありがとうございます!」
お甲、頭を深々と下げ、去る。
鳥 八「(見送って)……」
52 別の場所1
わらじを編んでいる忍者。
そのわらじのひもが切られた。
股の間に手裏剣が刺さっている。
忍 者「うわぁあああああ!」
手裏剣を誤って後に飛ばしたマナ。
暮松がマナに手裏剣を教えている。
カイがやってくる。
カ イ「そんな奴に教えても意味ないよ」
マ ナ「……」
カ イ「時間の無駄」
とマナから手裏剣を奪い投げる。
的に命中する。
マ ナ「……」
暮 松「カイ、ナニか用か?」
カ イ「松地さまがお呼びだよ」
暮 松「……」
53 別の場所2
やってくる暮松とカイ。
木の上から声をかける見張り番のサエ。
サ エ「待て! 合い言葉を言え!」
カ イ「そっちが先に言え、馬鹿!」
サ エ「馬鹿って言う方が馬鹿だろ!」
カ イ「見張り番のくせに生意気な!」
暮 松「ちょっと……」
サ エ「よし通れ!」
カイと暮松、歩いていく。
暮 松「その合い言葉、やめた方がいいと思うよ」
54 別の場所3
松地が刀を振っている。
暮松とカイがやってくる。
カ イ「松地さま、暮松姉上を連れて参りました」
暮 松「……」
松 地「暮松、お前に内々に一働きしてもらう」
暮 松「……!?」
55 町の一角
旅装束姿のお甲、歩いている。
道に人だかりができている。
町人が集まり、ザワザワと騒いでいる。
お 甲「……?」
チラリと輪の中心を覗いた。
お 甲「……!」
霧助の遺体があり、同心が現場検証をしている。
お甲、愕然とした表情で見つめている。
× × ×
少し離れた場所でその町民達の動きを見ている駒彦、舟治、
勘八、。
お甲を瞶めている駒彦。
駒 彦「……」
56 居酒屋・店先
呆然とした表情のお甲、店先へと近づいて来る。
すると、店の外に罵声が聞こえて来る。
東五郎の声「いいから酒だ! 酒持ってこい!」
お甲、不安気な表情を浮かべる。
57 店内
東五郎、かなりの泥酔状態。
正次郎が必死に対応している。
お甲の声「東五郎さん」
正次郎、戸口に視線を向けると、そこにはお甲の姿。
正次郎「……お甲ちゃん」
朦朧としている東五郎、ぼんやりとしながら戸口へと視線を向け、お甲の姿を確認する。
東五郎、目を見開き、動きが止まる。
お 甲「お久しぶりです」
お甲、東五郎へと近づいて行く。
正次郎、東五郎を見て、安堵の息を吐き、事態を把握して店の奥へと姿を消す。
東五郎、立ちあがりゆっくりとお甲に近づいて行く。
東五郎「……どうして」
お 甲「……」
東五郎「どうして……急にいなくなった?」
お 甲「……ごめんなさい」
東五郎「どうしてだッ!」
東五郎、動こうとしてよろめき、その場に倒れる。
お 甲「大丈夫ですかッ!」
東五郎「(朦朧と)……お甲……(と眠ってしまう)」
お 甲「(優しく瞶めて)……」
58 東五郎屋敷・外観
59 寝室
布団の中の東五郎、パチリと目を開ける。
息は荒く、脂汗をかいている。
傍らには心配そうに東五郎を見つめるお甲の姿。
東五郎「……お甲」
お 甲「大丈夫ですか?」
東五郎、深く息を吸い、呼吸を落ち着けようとする。
お 甲「着替え、持ってきます」
お甲、立ちあがり去ろうとする。
東五郎、お甲の腕を掴む。
お 甲「……!」
東五郎「……もう、どこにも行くな」
お 甲「……!?」
東五郎「……そなたに……聞いてほしい事がある……」
お 甲「……?」
東五郎「わしは……表向きは見廻りの仕事をしているが……まことは忍
びを亡ぼす任を受けた……黒羽衆のものだ」
お 甲「……!」
東五郎「……わしの妻は……十年前……忍びに殺された」
お 甲「……!!」
60 記憶・縁側
ぼんやりしている東五郎。
お茶を持ってくる妻・お凜。
お 凜「お仕事が決まったのに、浮かない顔ですね」
東五郎「……そうか?」
お 凜「危ないお勤めなのですか?」
東五郎「なぜだ?」
お 凜「妻の勘です」
東五郎「大丈夫、ただの見廻りだ」
お 凛「(心配そうに)……」
61 記憶・居間
夕食を食べている東五郎。
部屋の隅で寝ている赤ん坊の蓮。
熱燗を持ったお凜が現れる。
お 凜「今日は冷えますね(と東五郎に酌をする)」
東五郎「……」
蓮が泣き出す。
お凛、立ち上がろうとするが、
東五郎「(おちょこを置き)わしがいこう」
お 凜「すみません(と酌をする)」
東五郎、蓮をあやしている。
お 凜「(酒を飲む)……はぁ、おいしい」
東五郎「さすがわしの娘だ……すぐに泣きやんだぞ……」
と、お凛を見る。
ボトリとお銚子を落とすお凜。
お銚子からお酒が床の上にこぼれていく。
次の瞬間、お凜は大量に吐血する。
東五郎、蓮を寝間に戻し、
東五郎「おい! 凜! しっかりしろ! 凜!」
蓮、再び泣き出した。
お凜、苦しそうにしながらも、視界に蓮が入る。
お 凜「……蓮」
お凜、苦しそうにしながらも、はいつくばるように蓮へと進んで行く。
東五郎「おい! 凜! すぐ医者を呼ぶ! しっかりしろ!」
凜 「……あなた」
東五郎「何だ」
お凜、血だらけの手を東五郎の頬に近づけて行く。
お 凜「……蓮を」
お凜、力尽きて手がパタリと落ちる。
東五郎「凜! 凜!(何度も)……」
蓮の鳴き声が響き渡る。
62 元の場所
東五郎「わしの身代わりに、何も知らぬまま死んでいった」
お 甲「……」
東五郎「……そなたには、全てを知ってもらいたかった……」
お 甲「……」
東五郎、お甲を見つめる。
しかしお甲は俯き、東五郎の顔を見ようとしない。
63 町の実景
64 町
町人たちが集まっている。
中心には、女の羅宇屋(らうや)がいる。
お甲が通りかかる。
お 甲「(羅宇屋を見て)……!」
羅宇屋は暮松だ。
羅宇屋「いやいや驚いたの何のって、何つうかこう、猿みたいに、木
から木へピュンピュン飛び跳ねていったのさ」
舟治が近づいて来る。
女 3「煙をだして姿くらましたり、蝙蝠に化けたり、そういうのは
どうなんだい?」
羅宇屋「いや、そんな感じじゃなかったなぁ。人とは思えない動き、あれが忍びなんだって妙に納得しちまったよ」
舟治、忍びという単語に反応し、目を見開く。
町人達を強引に押しのけ、羅宇屋の傍へ。
舟 治「そやつらをどこで見た?」
羅宇屋「そこの山道で、今しがたです」
舟 治「どっちへ行った?」
羅宇屋「木原山のほう」
舟 治「……!」
舟治、走り去って行く。
羅宇屋、お甲の顔を見てペロッと舌を出す。
お 甲「……」
65 山道
舟治、必死に走っている。
その時、林の中からゴソゴソという音が聞こえる。
舟治、足を止め神経を集中させる。
「あんたが黒羽さんかぃ?」の声。
舟 治「……!?」
振り返ると、羅宇屋が立っている。
舟 治「貴様、忍びかッ!」
暮 松「だったら……どうよ?」
キセルを舟治に投げる。
舟 治「(抜刀し)うぉおおおお!」
キセルを切る!
キセルが爆発する!
暮れ松と舟治の戦い!
刀が木に刺さり抜けなくなった舟治、懐から拳銃を出す。
暮 松「……!」
舟 治「(引鉄(ひきがね)に指をかける)」
暮松、棒手裏剣を飛ばす。
舟治の腕に刺さる。
銃声!
暮松、舟治を斬る!
舟治、血飛沫を上げ倒れた。
暮 松「……」
66 境内
お甲が辺りを気にしながらやってくる。
暮松の声「……澄姉」
お甲、声のほうに視線を向ける。
そこには、羅宇屋姿の暮松。
暮 松「似あうだろ?」
お 甲「何しに来たの?」
暮 松「澄姉が心配だったから」
お 甲「お頭の指示?」
暮 松「そうだよ」
お 甲「……わかったから……もう帰んな」
暮 松「あいつら、あたしらで殺っちゃおうよ」
お 甲「……」
暮 松「話を聞き出せとか、まどろっこしいんだよね。そういうの。どいつもこいつも殺っちゃえばいいのに。でしょ?」
お 甲「……もう帰って」
暮 松「あの侍もさ、優男のふりして、助次郎や霧助の事、ザクザク殺
っちゃってんだもん……したたかなもんだよ」
お 甲「(冷静に)勤めは果たす……里の掟も忘れない、だから……」
暮 松「掟なんてどうでもいい」
お 甲「……!」
暮 松「何百年も掟、掟って……そればっかり……くだらない」
お 甲「……」
暮 松「澄姉、石川五右衛門って知ってる?」
お 甲「三条の河原で釜茹での刑にされた……盗賊の?」
暮 松「五右衛門は伊賀の抜け忍だった」
お 甲「……!」
暮 松「あたしも、この世に名を残すくらいの盗賊になろうかな……澄
姉と一緒に……」
お 甲「馬鹿なこと言わないで」
暮 松「あたしは澄姉がいればいいンだよ!」
お 甲「……」
暮 松「烏を一匹……片付けた」
お 甲「……!」
暮 松「話は簡単……邪魔な烏は駆除すればいい……こっちがやられる
前にね」
お 甲「……」
暮 松「里に帰ったら、また一緒に寝ようね……小さい頃みたいに」
お 甲「……」
67 裏道
人通りのない裏道、東五郎、駒彦、勘八の姿。
東五郎「……それは忍びの仕業なのか?」
勘 八「羅宇屋から話を聞いて、山に向かったそうだ」
駒 彦「手柄を独り占めしようとしやがって……マヌケな奴だ」
東五郎「おまえらも気をつけろ」
と、行こうとする。
駒 彦「おめぇの方こそな」
東五郎「(振り返って)……」
駒 彦「あんまり入れ込むなよ」
東五郎「……?」
駒 彦「飲み屋の女だ」
東五郎「……!」
駒 彦「奴は、忍びだ」
東五郎「……」
駒 彦「おまえも感づいているのだろう」
× × ×
お甲、蓮の足を掴んで引き上げた。
× × ×
駒彦の声「ガキどもをあしらった身のこなし……」
お甲、竜太と与平の棒をかわす。
× × ×
駒 彦「ただもんじゃない」
東五郎「……」
駒 彦「口を割らせて、さっさと殺してしまえ」
東五郎「……」
駒 彦「その前に、ワシが手込めにしてやるか」
駒彦、ニヤリと笑った。
東五郎、駒彦の胸倉を掴んだ。
東五郎「(押し殺し)図にのるなッ!」
駒 彦「試してみるか、どっちが上か?」
東五郎「(駒彦の腰を見て)……!」
腰の拳銃を東五郎に向けている。
駒 彦「ワシの妹が殺されたのは貴様のせいだ」
フラッシュ……お凛。
東五郎「……」
駒 彦「忘れるな……我々の任務を……」
東五郎「(駒彦を睨みつけ)……」
68 町
羅宇屋(暮松)が道で商売している。
勘八がやってくる。
勘 八「おい、羅宇屋」
羅宇屋「へい?」
勘 八「お主……山で忍びを見かけたそうだな」
羅宇屋「……」
勘 八「その場所へ案内してくれないか」
羅宇屋「どうしてですか?」
勘 八「忍びを見つけて、里の場所を吐かせる……さすれば、助かるも
のが何人もいるンでのぉ」
羅宇屋「(ニヤリと)……」
69 山道
羅宇屋と勘八がやってくる。
羅宇屋が先導し、勘八が後をついてきている。
羅宇屋「この辺りなんですけどね……」
勘 八「そうか……」
羅宇屋「黒羽は町の人に化けてるって訊いてるンですけど……あん
たもそうじゃないのかい?」
勘 八「だとしたら……どうする?」
勘八、振り返ると刀を抜いている羅宇屋。
暮 松「(頬被りをとり)……駆除するよ」
林の中から駒彦が出てくる。
駒 彦「(ニヤリと笑い)……エサをもとめ山から降りてきた獣のようだ
な」
ズラズラと数人の黒羽衆が暮松を囲むように現れる。
暮 松「……!」
暮松、手裏剣を投げる。
黒羽の一人に当たる。
暮松、刀を振り回し逃げようとするが、東五郎に背中を斬りつけられ倒れる。
黒羽衆、暮松を押さえつける。
暮 松「……!」
東五郎「おまえらの里はどこにある?」
暮 松「死んでも言うか!」
と東五郎の顔面を蹴り上げた。
東五郎の面が外れた。
東五郎「……!」
駒彦、暮松に近付き短銃の引金に手をかける。
駒 彦「飲み屋の女は仲間だな?」
暮 松「……」
駒 彦「言わねば、おまえも飲み屋の女も殺す」
暮 松「……!」
駒 彦「教えれば……二人とも助けてやる」
暮 松「……」
駒 彦「お上から見放されたお前達はお終いだ……二人で里を抜けて
気楽に暮らせ」
暮 松「……」
東五郎、暮松の様子をうかがいながら手拭を外す。
暮 松「本当に……見逃してくれるのか?」
駒 彦「あぁ、約束しよう」
暮 松「……獅子唐峠の……北東側の麓……東へ八里ほど行ったところ
だ……」
駒 彦「よし……行け……」
黒羽衆たち「……!?」
暮松、肩から血を流しながら逃げる。
駒彦、黒羽衆から長鉄砲を奪い構える。
銃声!
暮松に被弾し、倒れた。
東五郎「……!」
駒 彦「里の所在がわかった! これから向かうぞ!」
黒羽衆「おぉおおおおおッ!」
東五郎「……」
駒 彦「場所さえ分かれば、あんな小娘一人どうでもいい」
東五郎「……」
駒 彦「任務を遂行するのだ……お凛のためにッ!」
東五郎「(拳を握りしめ)……」
70 居酒屋・裏
お甲が野菜を運んでいる。
フラフラとやってくる暮松。
お 甲「……?」
暮松、肩と腹から血を流しバタリ倒れる。
お 甲「暮松!」
と暮松を抱き起こす。
暮 松「ごめんね……澄姉……へましちまった……」
お 甲「(怒りに震えて)……誰が……こんな……」
暮 松「……木下東五郎は……黒羽だよ……」
お 甲「……!!」
暮 松「澄姉の……悪口言っていい?」
お 甲「いいよ……」
暮 松「澄姉……寝相……悪かったよね……」
お 甲「(込み上げて)……」
暮 松「ごめんね……あたし……澄姉の役に立たなくて……」
暮松、絶命する。
お 甲「(暮松を抱きしめ慟哭する)……」
71 町からの山道
東五郎を先頭に、黒羽衆が進軍している。
そのいくつかのショットの積み重ね。
72 獅子唐峠麓・林の中
深い木々の中、ひっそりと身をひそめている東五郎を始めとした黒羽衆。
木々の間から広がる眼下の景色は、葉波の里。
駒 彦「忍の根絶やしは、我らが生きた証とろう。それが例え、人知れ
ずであろうともだ」
駒彦、立ちあがり短銃を抜き取る。
駒 彦「我ら、全てを闇に帰す、悪鬼とならん! 続け!」
駒彦を先頭に、葉波の里への襲撃が始まる。
73 葉波の里
里の住民達、それぞれが通常の生活を送っている。
そんな中、松地がピタリと動きをとめる。
松地、目を閉じて耳をすます。
遠くから、複数の足音が聞こえてくる。
松地、カっと目を見開く。
松 地「みな逃げろ! 敵だ! 早く逃げろ!」
里の住民達、ざわつき始める。
松 地「急げ!」
その時、里の一角から、発砲音が響き渡る。
住民達、一斉に騒がしく動きだす。
74 婆様のテント・内部
婆様、宝玉を握り、祈りを捧げている。
婆 様「幾度(いくたび)の月輪(がちりん)ののち、異界(いかい)より舞ひ降りし漆黒(しっこく)の船、下界に
常闇(とこやみ)を招来(しょうらい)せむ。里より選ばれし童子(どうじ)、漆黒(しっこく)の船を平定(へいてい)
し、深海(しんかい)の森へといざなはむ。里の民、血を混(ま)ずる事なかれ、
血を絶やす事なかれ」
婆様、立ち上がり、テントの隙間から空を瞶めた。
婆 様「澄乃……お主は生きのびるのじゃぞ」
75 様々な場所
必死に逃げようとする非戦闘員の住民達、黒羽衆を食い止めようと戦う忍戦闘員、そして全てを破壊しようとする黒羽衆の戦いが始まる。
松地、非戦闘員の逃走を誘導している。
忍は強いが、黒羽衆の鉄砲に苦戦している。
双方、続々と殺されていく。
その中でも頭一つ抜けて強いのは、東五郎と駒彦。
東五郎は冷徹に、駒彦は豪快に、それぞれの相手を続々と打ち倒し、斬り倒していく。
非戦闘員を誘導している松地の前に現れる東五郎。
東五郎、短銃を松地に向けるが、それよりも早く松地が棒手裏剣を東五郎に投げる。
東五郎、跳ね飛んで棒手裏剣を避けるが、松地が急速に距離を詰めてきて、忍刀を振りかぶっている。
東五郎、空いている手で居合抜きをし、松地を斬る。
松地、絶命する。
× × ×
鳥八、婆様のテントの前で孤軍奮闘している。
実は強く、数人の黒羽衆の死体が転がっている。
婆様の声「鳥八! ここは良い。子等を守れ!」
鳥 八「……」
鳥八、一礼して襲われそうになっている子供達を助けに行く。
子供達を間一髪助ける鳥八。
× × ×
婆様が悠然と立っている。
ドカドカと入って来る黒羽衆。
ゆっくりと振り返る婆様。
黒羽衆、一斉に婆様に襲いかかる。
婆様、ニヤリと笑う。
黒羽衆「―!?」
導火線に火がついている。
ゆっくりと目を閉じる婆様。
婆様のテントが爆音とともに吹っ飛ぶ。
x x x
鳥 八「……!」
と背後に東五郎が現れる。
鳥八と東五郎の戦いが始まる!
x x x
駒彦がカイとサエを追いつめる。
サエを庇い、駒彦に刀で立ち向かうカイ。
カイの刀が弾き飛ばされた。
カイの頭に駒彦の刀が振り落とされる瞬間、手裏剣が飛んでくる。
駒 彦「ぐぅうううう!」
背中に手裏剣が刺さっている。
駒彦、振り返るとマナが立っている。
マ ナ「カイ! サエ! 逃げろ!」
カイ、サエ走り出す。
マナ、手裏剣を投げる!
駒彦、刀で弾き飛ばす。
マナ、必死で投げるが全部弾き飛ばされる。
駒彦、容赦なくマナを斬りつけた!
カ イ「マナァぁあああああああッ!」
駒彦、ニタリと笑い、短銃を向ける。
手裏剣が飛んできて駒彦の手に突き刺さった!
駒 彦「……!」
お甲だ。
一気に距離をつめ、斬りかかる。
駒彦も抜刀し、お甲との戦いが始まる。
しかし、お甲は強く、忍刀を片手で操りながら、最短距離で棒手裏剣を駒彦の体に突き刺していく。
駒 彦「……この……化け物めが……」
お甲、駒彦の腹にブスリと忍刀を突き刺す。
忍刀を引き抜くと駒彦は絶命して倒れた。
お 甲「(絶命しているマナを瞶めて涙を流し)……うぉおおおおお
お!」
東五郎が鳥八を追い詰めている。
お甲、物凄い勢いで黒羽衆を倒していき、東五郎に辿り着
いた!
東五郎「……!」
東五郎、短銃をお甲に、刀を鳥八に向けている。
二人の周りを刀を構えた数人の忍者(カイとサエもいる)が囲む。
お甲と東五郎の視線が宙で交錯し、火花を散らす。
肩で息をする東五郎。
その姿を瞶めるお甲の瞳がかすかに動いた。
忍者たちが息を殺して二人を見守る。
東五郎「……」
お 甲「……」
お甲の目から熱い涙がしたたり落ちた。
東五郎の顔が少し歪んだ。
重い沈黙が二人を覆った。
次の瞬間、東五郎の銃口が鳥八に向いた。
お甲が東五郎に飛び掛かり袈裟がけに斬った!
空に撃たれる銃弾!
東五郎、体から大量の血を噴き出し、倒れる。
お甲、東五郎の傍にに駆け寄り、体を抱き上げる。
朦朧としている東五郎、お甲の頬に手を伸ばす。
お甲、泣きながら東五郎を見ている。
東五郎、頬に手が届く両腕で寸前に力尽き、腕が落ちる。
お甲、慟哭し、東五郎を両腕でかき抱いた。
x x x
壊滅している黒羽衆。
忍者たちもたくさん死んでいる。
鳥八、目を閉じて小さく息を吐く。
お 甲「……」
76 重蔵屋敷・外観
77 池
鯉を瞶めている重蔵。
傍に女中(顔は見えない)がやってくる。
女 中「お館様……鯉の餌をお持ちしました」
重 蔵「うむ」
重蔵、受け取り鯉に餌をやる。
女 中「先程、知らせがまいりました」
重 蔵「なんだ?」
女 中「黒羽衆が全滅とのこと……」
重蔵、ピタリと動きを止める。
重 蔵「ほ〜」
重蔵、餌を大量に掴み池に撒いた。
重 蔵「かまわん……代わりなどいくらでもいる」
女 中「そなたの代わりも……」
重 蔵「(振り返る)……!」
女中はお甲だ。
お甲、短刀で重蔵の腹を刺す。
重 蔵「……!」
お 甲「……」
78 長い山道
ぞろぞろと歩いている葉波の里の生き残り数名。
その中に、鳥八、お甲、そして蓮の姿もある。
お甲、ふと足を止め、振り返る。
お 甲「……」
お甲、新たな道へと進んで行く……。
(了)
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