GPOの限定版の設定資料やら何やらで調べてはいますが、細かい点で間違っているかもしれませんので、作者の脳内設定ということでお願い致します。
また、この作品は世界の謎、戦闘描写、恋人とのらぶらぶちゅっちゅにはあんまり興味ありません!
それでも読んでやんよ、という方は↓へスクロールなう。
利用規約をすっ飛ばしてすいません。
仮の話になってしまうが、人類に未来っていうものが存在していたとして、この日記は百年後の人類にどんな感想を抱かせるのだろうか。まぁ、どうせ学者連中が好き勝手に言い立てて、人権団体がこれみよがしに『これが戦時中の方々の真実の独白です』、なんて言うのかもしれない。あるいは、誰の目に留まることも無く朽ちていくのかもしれないし、俺の名前を題名にしたベストセラー本になる可能性だってあるだろう。結果を知るためには、結局百年先まで続くように俺達が頑張るしかない、ってのが辛い所だ。
ヒロイン天国小隊のとある隊員の日記より抜粋。
※
野口直也は凡人である。と言うより、凡人としての典型例が野口直也だった。出自、思想、学歴、能力、展望、十把一絡げの平均的な人間としての完成形が野口直也という青年であり、凡そ凡庸であるとか凡夫という形容は野口直也にこそ相応しいと言えた。本人自身も己が『ただの人』である事を十二分に自覚し、多少なりとコンプレックスに感じてはいた。
容貌は十人並でしかなく、悪過ぎるというものでもないが少なくとも特長的とも特徴的とも言えるものではない。石を投げれば相似した印象の人間には五万と当たり、一山幾らという人間である。性格は事なかれと少々の生真面目さ、微量の節介焼きを撹拌したようなものだった。普通、印象というものは個々人によって十人十色の見方をするものであるが、野口直也に対しては皆いくらか言い澱むような仕草を見せた後、大抵は異口同音にこう口にする。
曰く、普通であると。
直也のその非凡の対極に位置する生は両親すら首を傾げる有様であり、最早運命付けられているとしか思えない。そういった経緯があるためか、何時の頃からか直也は害にならない程度に嘘を吐くようになっていた。と言って、根が比較的善良であるために悪意を持って誰かを貶めるような嘘は吐くような真似はせず、せいぜいその場の冗談で済ませられるような類である。元々己が平凡であることへのささやかな抵抗ではあったが、染み付いた習慣はそのまま直也の人格形成と思考に影響を及ぼしたのだった。
まず、直也は内心を隠すようになっていた。自問自答の繰り返しは何時しか他者への興味や好奇心を減殺させ、自己完結させることで現実との折り合いをつけ始めたのである。実質自己満足の世界で成り立つ趣味とマラソンを始めてからは、他人への関心の希薄さは拍車をかけた。と言って、適度に真面目で適度に適当で適度に節介を焼く性分であったため、完全に第三者への関わりが断裂する事は無かったのだが。
さて、直也の無味乾燥として面白味の少ない平坦な人生譚であるが、かと言って直也を取り巻く周囲の環境は泰平楽とは言い難い。往年のアニメ風にナレーションを入れるならば、『人類は危機に瀕していた!』、という所であろうか。少々使い古され気味で陳腐ではあるが、これほど的確にして明確な言葉は無いだろう。
『幻獣』。
音も無く此方へと現れ出で、声も無く彼方へと消えて行く。圧倒的な物量と外見通りの化け物染みた能力を多用し、幻獣の名を冠するその生物は瞬く間に大陸に住まう人類を殲滅せしめ、遂に日本列島の九州へとその魔手を伸ばしてきたのである。日本は戦力の大半を割いて防衛に徹したものの、歴史的な大敗という形で初戦に幕を下ろすこととなる。と言って、当時の自衛隊員が無能だったわけではない。寧ろ、前代未聞のSF染みた天敵を相手取って一糸乱れず戦い抜いた事は称賛に値するだろう。しかし、弾幕、ミサイル、地雷、支援砲撃、救援物資、戦争を継続する為の物資が目減りすることはあれども、地球の体表に存在する陸地の殆どを制圧されてしまっている状態で、生産が追いつく筈はなかった。その結果が、後に軍事教練の教本にまで記載される事となる八代平原会戦での敗北へと繋がるのである。
戦える大人が激減したことにより、日本政府は最後の非常策に着手した。徴兵可能な年齢を十七歳以下の未成年にまで及ばせ、兵士として戦場に放り込む選択を取ったのである。それは、かつて人権や倫理と呼ばれたものを捻じ曲げ、子供の命の価値を二束三文に叩き売る行為だった。
強制的に戦闘に巻き込まれる事への士気の低下は当初より予測されていたが、しかし、それは事実の一端のみを見た場合の話である。確かに徴兵の憂き目にあって絶望している者も数多いが、議員の懸念とは裏腹にこの危急の事態に立ち上がる若者は数多く存在していたのだ。
『何処かの誰かの未来の為に』。
大人達に訓示を垂れられずとも、双肩に圧し掛かる重圧は年端もいかない子供達の間にこそ伝播していく。そういうものだった。
そして――――死は慈悲無く振り撒かれた。
老若男女、老兵新兵、古参新参、分け隔てなく死の長い腕は彼等を薙ぎ払い、絡め捕り、握り潰し、引き摺り込んだ。分かり切っていた事であったが、戦士とは名ばかりの練度の低い少年少女が真っ先に死人に変わり、足を引っ張られた大人が肉塊となって地に伏した。連鎖的に崩壊していく戦線は人類が末期的な状況にある事を否応無く見せつけ、幻獣は人間の抵抗を嘲笑うかのように各地で猛威を振るい、壊滅的な打撃を与え続けていた。かくして屍山は数多築かれ、血河は止め処無く流れた。現世に描かれた地獄は現実に成り替わり、一時の安息は次なる悲哀への気休めでしかなく、闘志は儚く刈り取られ、絶望と悲しみは際限無く生み出された。
何もかもが破壊され、何もかもが奪われていく中で、『だが』、『それでも』、ほんの小さな、一条の煌めきだけは誰しもの胸に燦然と輝いていた。『それ』は恐怖に震える者を勇気づけ、臆病者を最後の最後まで戦場に踏み止まらせていた。
歌〈ガンパレード・マーチ〉と――――希望〈5121小隊〉が。
第5連隊第1大隊2中隊旗下第1小隊――通称5121小隊。遊撃隊として九州各地の戦場を転々と巡り、運用が極めて困難な三機の人型戦車を駆る今や伝説の小隊があった。
現在でこそ5121小隊は解体されて存在してはいないが、5121小隊の隊員が成し遂げた数々の比類無き功績は戦史に太字で記載されることとなる。彼等が存在していたからこそ学兵達の士気はかろうじて留まり、後の熊本城攻防戦において圧倒的な劣勢を逆転するまでに至った、というのは最早周知の事実である……のだが、「どうにもなぁ……」とひとりごちるのが野口直也という人間である。
確かに5121小隊の戦功は華々しいものがあるが、文句の垂れようが無くてどうにもこうにも嘘臭い。伝聞での話はそれこそ御伽噺のような、一種の物語めいたものがあり、いかにも士気向上を狙った軍部の工作であるように感じてしまう。
絢爛舞踏速水厚志にしても、彼の戦歴にはいくらか下駄を履かせてもらっているのではないだろうか。英雄などというものは、何時の時代も時の権力者によって都合良く生み出されるものなのだから。まぁ、何にせよ、虚実は兎も角として彼等5121小隊が九州奪還の立役者であり、彼等がある限りは多少なりとこの戦争にも張り合いが出るというものである。と言って、直也は真面目に戦争をする腹積もりは欠片も無い。一応、直也は志願という形で青森に飛ばされて来たのだが、その内実は相当情けないものである。思い出すだけで両親を呪い倒したくなるので、わざわざ不快な記憶を呼び覚ます事は無いが。
不幸中の幸いと言うべきか、ラインオフィサーではなくテクノオフィサーとして振り分けられたのは本当に運が良かった。マラソン選手としてそこそこ体力があった為に偵察兵として配属されるものだと思っていたが、何時の頃からか『多少』機械類に興味があって弄り回していた経験と体力が決め手になったようである。で、野口直也の配属先である処の第108警護師団に含まれる小隊の一角であるが、現在この隊は正式に稼働していない。と言うのも、指揮官の着任が数日遅れているのである。理由は知らないし、知った所で直也にはどうすることもできない事柄である。
しかし、少なくともその間は出撃する必要も無く――そもそも裏方の直也にはあまり関係は無いが――過ごす事が出来るのは良い事であり、可能であればもっと遅れてくれも構わないとさえ直也は考えていた。何故なら、出撃頻度が下がればそれだけ手塩にかけて整備している戦車が壊される事は無く、時間が許す限りは愛しい機械達を愛でていられるからだ。
話が少々脱線したが、どういった人物であるにせよ直也の理想とする指揮官は有能『ではない』人間である。無能な指揮官は最悪と言っていいが、有能過ぎる指揮官もまた最悪の次くらいには面倒な手合いであると、直也は信じていた。
世の中には勲功を数多く蒐集する事に余念が無い人物がおり、特に部隊指揮官なんぞにはエリートが多く、他人との競争を勝ち抜く事にこそ血道をあげる手合いがひしめき合っている。上昇志向の無い直也としては、糞真面目に戦争をしようとしている指揮官は願い下げだった。叶うならば、明日着任が決まっている指揮官殿が生き残る事にこそ優秀である事を祈るばかりである。
という、直也のささやかながらも切実な期待は、翌日に谷口竜馬を伴った石田咲良との初遭遇によって脆くも打ち砕かれる事となった。
※
仲良くなれそうにないな、というのが、直也から見た石田咲良への第一印象であった。と言うのも、校門を潜った直後の開口一番に「私の命令に従いなさい!」という喧嘩腰の挨拶を敢行した見知らぬ少女――直後に石田咲良だと察した――は、他人とは半歩離れて接する直也にとっては天敵に近い存在である。正反対ではあるが行動と言動が得体の知れない鈴木真映もまた石田咲良と同類項に成り得るが、真映は怪獣なので扱っている言語が根本からして隔絶しており、意思の疎通が図れないのはある意味仕方が無いと言えた。
しかし、この少女の一方通行な物言いには悪感情を覚えずにはいられない。二級線の学兵と言っても軍人であることには変わりなく、命令される事には従順でいる心算ではある。だが、それをわざわざ御丁寧にお教え下さる必要なんぞは何処にも無い。それでも遅ればせながら直也が咲良に敬礼で返してみせた理由は、視線で必死に拝み倒す竜馬の大量に苦虫を噛み潰した様な表情が視界に映ったからである。
真冬の盛りであるにも関わらず、竜馬の厳しい顔には脂汗が滲み、謹厳実直な上に不器用である為に咲良を諌める言葉も出せず、ただ只管この苦行にも近似した時間を耐え忍ぶ様に対し、直也は同情の念を禁じ得なかったのだ。少なくとも、直後に放たれた咲良の言動の直前までは。
男同士相通じている事も露知らず咲良は厳しい表情を崩して満足気に頷くと、
「じゃ、朝のHRまで時間も無いし、アンタも付いて来なさい。まだアンタで『一人目』なんだから。今日中に全員と顔を合わせるわよ」
「え?」
直也は思わず神経接続から現在時刻を呼び出すと、HRの十分前となっている。現時点で言葉を交わしたのが自分一人、というのは余りにも不自然である。特に真面目一辺倒の横山亜美が遅刻間際に登校する筈が無く、竜馬と咲良が何時から此処で待ち伏せしていたとしても、まず亜美と面識が無いというのはどう考えても前後の辻褄が合わない。つまり、これは、そう、たった今脳裏を横切ったように、この二人は正しく待ち伏せていたのだ。
直也は慌てて竜馬を見やると、気まずさからか竜馬の視線はそこかしこを遊泳している。
(俺……まさか……嵌められた……?)
はたして、直也のその予想は的中していた。竜馬はある程度与し易いと見て最初に直也に声をかけさせ、HR間近である事を言い訳に同道させることにより、教室や廊下で耳目を集めて実質的に立場を咲良寄りに仕立て上げるつもりなのだ。この場合、直也の意思には然程意味は無く、咲良に引き連れられて現れる直也を他の小隊員がどう判断するのか、という事だった。当然ながら、隊員はこう思うだろう。『野口は早速小隊長と組むらしい』、と。無論、認識は大なり小なり違ってくるだろうが、其処に竜馬が付いてくれば俄然説得力が増してくる。
何故ここまで強引で拙い運び方を実行しなければならないのか。簡単だ。直也自身が感じているように、石田咲良という少女は相当の難物である。仕草や言動もそうだが、それ以前に感情表現が随分と稚拙なのである。一直線だと言い換えても良いだろう。それ故、感情を受け止める部分が柔軟ではない人間は容易に咲良に反発し、小隊内に不必要な敵愾心が生まれる事になる。
小隊とは個々が寄せ集まった群体である事が最も重要なのであり、頭脳があっても手足が損なわれていれば群体の機能は著しく減じてしまう。隊内の軋轢はそのまま戦場での生存率を減退させ、最悪直也自身が戦闘の矢面に立たされる可能性がある。それは直也にとってよろしくない事態であり、竜馬は直也が保身に走るであろう事を見越していた。つまり、直也が咲良と小隊の緩衝材として存在し、隊内が上手く回っていれば直也の安全は保障されている。故に、直也は断れない。断ったとして、竜馬が咲良にラインオフィサー云々と脅迫紛いの忠告をしようものなら、直也の明日は風前の灯となってしまう。
本来なら、竜馬も当初はあくまでも小隊の運営は咲良に任せ、自身は小隊員との折衝に励む心算でいたのだ。だが、その甘い目論見が咲良という一人の少女によって覆されてしまい、頭を抱える事態となってしまった。
ただでさえこの小隊の隊員は我が強い者――特に女性陣――が多く、小隊長と隊員という不和の構図が出来上がるのは時間の問題である。と言って暴走気味の咲良から目を離す訳にもいかず、かと言って隊員にかまけていれば咲良は本当に隊内で孤独に陥ってしまう。不器用な人間である竜馬では両者をバランス良く取り持つという事は非常に難儀な事であり、本人もそれをよくよく理解していた。そこで、苦肉の策ではあるが、竜馬は彼なりに一計を案じたのである。
それが、野口直也を自陣に引き込むことによって自身が咲良に付き、咲良の命令と隊員の意見の繋ぎを直也に一任する、というマッチポンプ紛いの歪な運営方法だった。直也に白羽の矢を立てたのは消去法による選別であり、常識的な人物を選り抜いた結果である。特に深い意味は無い。直也としては何故俺が、というやさぐれた思いであったが、何となく竜馬の気苦労も察する事が出来るだけに、文句も言い難い。運悪く貧乏籤を引かざるを得ない状況なのである。何せ、こと小隊の運営に関して頼りにならない人間がこの小隊には多過ぎる。
直也はがしがしと頭を掻くと、竜馬に軽く肘鉄をくれた。
「……今度何か奢れよ……んで、チャラってことで」
竜馬は微かに目を見開くと、神妙に頷いた。
「……すまん」
「?」
いまいち男同士のやり取りに付いていけていない咲良は二人を交互に見やり、頭上に疑問符を浮かべて小首を傾げた。眉間の皺が解れて純粋に困惑している様子は幼子のようなそれで、先程までの張り詰めた雰囲気よりも余程似合っているように思える。間が抜けているような、と言うと言い過ぎであろうか。
幼稚な小隊長、苦労性の手綱持ち、能力の劣る相談役、どうにも暗澹たる先行きである。
小、中、大の凸凹三人組が漸くその場を離れたのは、HR間近のチャイムが鳴ってからのことであった。
※
十二月四日。放課後。時刻は七時を回り、十二月ともなれば周囲は既に薄暗い。直也はハンガーから出て寒気に追い立てられるように足早に運動場を横切り、食堂から薬缶と陶器のコップをちょろまかす。
そのまま保健室へと直行し、電気を点け、椅子を窓際に寄せ、旧式のストーブに火を入れると、その上に薬缶を置く。蓋を開けて昼間買っておいた牛乳とコーヒーを各二本投入し、砂糖代わりに味の微妙な板チョコを親指大に割って放り込む。その間に戸棚を漁って細長い計量スプーンを取り出すと、一応アルコールスプレーで消毒して乾いたガーゼで表面を拭き取り、薬缶の中に突っ込んで緩々とかき回す。
明りの大部分を落としてしん、と静まり返った校内とは対照的に、ハンガーからは光と機械音が絶えない。精密機械である戦車は毎日のように手入れをしてやらなければ途端に湿気や水気に錆びつき、機嫌を悪くするので困りものである。いやまぁ、そこが可愛い所なのであるが、と直也は内心で独り呟く。
直也は足踏みを繰り返しながらコートの襟元を引き寄せ、ようやく室内に漂い始めた安っぽいカフェ・オレの香りに口元を綻ばせた。直也はいそいそとベッドの下のダンボールから毛布を引っ張り出すと、椅子の上に放り投げ、陶器のコップを装備。薬缶が十二分に温まった事を確認し、注ぎ口からそっとコップへと中身を注ぐ。湯気が鼻先を擽り、手の平にじんわりとした温もりが伝わる。
直也は放り投げた毛布を自身に巻き付けると、小さく悲鳴を上げる椅子へと腰を下ろした。コップを傾けて熱い液体を口内へと導き、ゆっくりと嚥下する。カフェ・オレが食道を通って胃へと広がっていく感覚を味わうように楽しむと、直也はようやく疲労が多分に含まれた吐息を吐いた。直後に腰と足に疲労による重みが加わり、直也は背もたれに身を預けて全身から力を抜いた。粘ついた熱の籠もった眼球を休ませようと瞼を閉じ、瞼の上から揉み解す。苦みと微かな甘みの余韻を舌で転がした。
「……ぶぁぁあぁあばばぁ」
無意味な呻き声。野口直也、至福の瞬間である。
そのまましばらくの間ぼんやりと暖かな室内でカフェ・オレを啜っていると、目の端にちらちらと横山亜美が校庭を走っている姿が映った。亜美が躍動する拍子に合わせて彼女の馬の尻尾がばたばたと揺れ、白くなった呼気が遠目にも判別がつく。制服とトレンチコートの代わりに体操服を着込み、身を切るような寒風の中を走り続けている。
横山亜美、一言で言えば、今時珍しい――否、今時だからと言うべきなのか――古式ゆかしい大和娘である。容姿は恵まれたものがあり、肩まである髪を後頭部で纏めて尻尾にしている。剣道で培われたのか、性格は溌剌として真面目。谷口竜馬とは面識があるらしく、小隊の設立当初から竜馬とは親しい様子であった。竜馬爆発しろ。
幸いにして、と言うべきなのか、亜美はそれほど石田咲良に対して抵抗がある様子は無かった。亜美は貴重な戦闘要員であるため、石田陣営に引き込むにしても有望で、希望が持てそうである。そしてその石田咲良であるが、三日間で予想以上に隊内を引っ掻き回していた。
現在隊内は三つに分かたれた。即ち、石田咲良を筆頭とした石田陣営、渡部愛梨沙、菅原乃恵留、両名以下による反石田同盟、両陣営にはまったく興味が無い第三者組である。喧嘩を二束三文で売って顰蹙を大人買いした結果がこれ。頭が痛い。不幸中の幸いだったのは、大部分の人間が第三者組に流れてくれた事であろうか。
直也は改めてコップの中身を飲み干すと、深く深く溜息を吐いた。
考えなければならない事は山積しているというのに、兎にも角にも人手が足りていない。今の所石田陣営の各々が二足の草鞋を履いているので表面的には問題は出ていないが、戦場に出るようになり、戦車に関する消耗品の消費が加速していけば間違い無く直也がまず整備に出ずっぱりになる。すると、当然会計や消耗品の把握にまで手が回らない。隊員の訓練や戦闘を担当している竜馬に任せられる筈も無く、皺寄せは咲良に重く圧し掛かる。だが、咲良の手が普段の業務に加えて事務レベルの仕事に忙殺されるのは非常によろしくない。
「石田咲良……石田……ねぇ」
石田咲良。ブルーヘクサ。未熟な人格に反し、不自然なまでの優秀さを備える少女。
こんな噂がある。政府は深刻な指揮官不足を解消するため、指揮官の能力と疑似的な記憶を埋め込んだ人間の促成栽培を行い、これをもって人材の不足を補おうとしていると。仮にそれが事実であるとするならば、本格的に人道などというものは地に堕ちたのではないか。無論、本人に直接問い質した訳では無いので、彼女が本当に調整された人間であるのかどうかは分からないが……。
基本的に、直也はこの戦争に関しては悲観的な立場である。最終的に人類は敗れ去ると信じていたし、幻獣共生派が主張するように人類と幻獣が共生可能などと思ってもいない。精々日一日生き延びる事が出来れば、と慎ましく考えていた。腐らずに仕事を丁寧に仕上げているのも死の瞬間を今日では無く明日に延ばす為に行っているだけに過ぎず、戦争に勝利する為に働いているわけではない。しかし、良心すら打ち捨てた行いに遣る瀬無さを覚えぬ程、直也は絶望してはいなかった。だが、現実的にそうせざるを得ない、というのもまた事実の一端である。
「そう考えると、多少なりと憐憫の情が湧くのも仕方が無い、か?」
直也はそこで思考を打ち切ると、今度は何の気は無しに窓を見やり、
「どぅおわ!?」
見事にずっこけた。
「んな、な、ななっ」
と言うのも、窓の外、窓硝子に密着せんばかりに咲良、竜馬、亜美が張り付いていたのである。寒さに震えるその様は、凄まじく間抜けな絵に見える。
「俺ってこんなキャラだったかなぁ……」
どちらに対して向けられたものなのか、直也は呆れたように笑うと、薬缶の中身が足りるだろうかと頭を巡らせた。