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[29662] 【習作】インフィニット・スカイ(IS×BALDR SKY)
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/10 10:50
気が付いたら迷子状態。しかも自分が門倉甲だと思っていたら、門倉甲としての記憶があるだけで……。そんな主人公が次に目覚めた世界は平行世界で、前の世界ではなかったはずのISと呼ばれるものに関わることになる。これはインフィニット・ストラトスとBALDR SKYのクロス小説です。小説書くのが初めてなのでおかしな部分もあるかもしれませんがよろしくお願いします。

この作品は戯画様より発売されているBALDRSKYシリーズDive1~2のネタバレを含みますので未プレイ、未読の方はご注意ください。

※にじファン様の方でも同じものを投稿させていただいています。



5/9 第三話の前半部分の内容を改訂しました。ご指摘ありがとうございます。

5/10 第五話と第七話の内容を少し改訂しました。ご指摘ありがとうございます。

5/10 第十一話の文章(神経挿入子挿入口等の部分)を改訂しました。



[29662] プロローグ 覚醒
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/09 12:47
 ふと、意識が浮上した。
 やわらかなシーツに包まれたような感覚が体中を取り巻く。意識がありながらもどこか頭の中がぼやけている。
 どうやら自分は浅い眠りに落ちているようだ。
 肌に感じる空気は寒くはなく、どちらかというと温かい。このまま熟睡してしまいそうになる。
 ああ、いい気分だ…。うん、このまま寝てしまおう。
 …
 ……
 ………

「…って寝ている場合じゃない!!」

 慌てて身を起こし辺りを見渡す。

「一体なんなんだここは……」

 見渡す限り終わることのない空間。その空間の地平線には不自然な穴が空き空間を捻じ曲げるように小さな渦ができている。何やら崩壊した建物などが散乱しているが何が起こっているのか理解できない。
 何故おれはこんなところに…

 -ズキンッ!!

「ぐッ…!!」

 自分がここにいることを不思議に思い、過去を回想しようとすると唐突に頭に痛みが走った。
 まだ少し痛みがある。

「…クソっ、本当に訳が分からないぞ。……それにしてもここはどこだ? おれは確かあいつに呼ばれて――」

(……ん? あいつって誰だっけ?)

 ――いやいや。今の今まで会話していた人物が思い出せないとかそんなバカなことが‥…

 -ズキンッ!!

「グゥッ!!」

 また頭痛が来た。

「なんだってんだ! さっきから!!」

 なにかを思い出そうとするたびに、頭ではなく脳に直接針を刺すような鋭い痛みが走る。まるで思い出すことをおれの脳が拒否しているようだ。
 とにかく、何か思い出そうとしては来る頭痛に歯を食いしばる。それを繰り返す内に、なにも考えなくても頭痛がするようになった。痛みに慣れることはない。
 だが、だんだんと頭の中で記憶が復元していくのが手に取るように分かる。

「……そうだ……、おれは久利原先生に呼ばれて研究所に行った。その帰りの途中連絡を取ろうとしたらなぜか通話ができなくて‥…」



 目の前に投影された時計に表示されている時間をみると、帰る予定だった時間よりも少し遅くなってしまっていることに気付いた俺は、空に連絡しようとしたのだが通話をしようにも調子が悪くて仕方なく施設から少し離れたところに備え付けられていた電話を使った。
 空が呼び出し(コール)に出た瞬間怒鳴られ、話を聞くとどうやら予定の時間になっても連絡をよこさない俺を心配した空が慌てて連絡してきたが繋がらなくて不安だったということらしい。
 俺も人のことは言えないが、相変わらず焦ると周りが見えなくなるな、空は。
 警察に連絡しようとするのを必死に止めようとしている、あいつの妹の真ちゃんの姿が簡単に頭に思い浮かぶ。
 半日。そう、たった半日とはいえ、久しぶりにあいつの顔を見た気分になったおれは、なんだか照れくさくて思わずからかってしまった。
 それに対して機嫌を損ねてしまった空を、どうやって宥めようかと試行錯誤していたときにそれは起こった。
 突然通話が繋がるようになり、さっき別れたばかりの久利原先生が通話(でんわ)をしてきた。

『どうしたんです? 久利原先生。とくに忘れ物は――』

 ――ない、と言葉をつづけようとした瞬間。

『急いでここを離れたまえ! 甲君!!』

 とても普段の様子からは考えられないほど険しい顔をした先生から、そんな言葉を投げつけられた。

『どうしたんですか先生? いったい何が『アセンブラが暴走したんだ。実験は失敗だ!!』なんですって!?』

 アセンブラとは、先生が研究していた自己増殖能力を持った次世代型ナノマシンのことだ。先生はこれを完成させて、環境汚染などで汚れきってしまった地球を緑でいっぱいにするのが夢だと言っていた。
 最近は少々行き詰っているが、ここを乗り越えればもう少しで完成する。
 そう言って子供のような顔で笑っていたのに。
 そのあとは悲惨だった。
 先生に、焦った口調でとにかく逃げることだけを考えるように言われた俺は、先生はどうするのか聞いたがもう脱出のは終わってシェルターにいるとのことだった。
 だがすぐにその場から離れなかったのが俺の命取りとなった。まあ、人の足で逃げる程度の速度ではどの道間に合わなかったかもしれないが。
 急激に増殖速度を上げたアセンブラから人の身では逃げることも、防ぐこともできるわけもなく。アセンブラによってどんどん俺の体が分解……というか溶けていく中、そんなおれを見て悲鳴をあげる空の声だけが耳に残っていた。
 …
 ……
 ………

「……記憶の最後はここで終わっている。つまりおれはそこで死んだはずだ」

 だけど、今おれはここに生きている。
 ここが死後の世界だと判断するには妙にリアルだし、この慣れ親しんだ感覚はネットの構造体の中に近い。
 ――まて。今おれはなんて考えた!?

「そうだ。なんでおれは仮想空間にいるんだ!? いつの間におれは没入(ダイブ)したんだ!?」

 間違いない。ここはネットだ。
 もう数えるのも馬鹿らしいほどここには何度も足を運んだ。幼いころから何か嫌なことが現実(リアル)であってもネットに入れば忘れることができた。
 そんなおれがこの感覚を間違えるはずがない。

「だとすればここはいったいどこになるんだ? 清城市(すずしろし)にこんなところ「やぁっと見つけた!!」!?」

 背後からかけられたその声に振り向こうとして、その聞き覚えのありすぎる声におれは何も考えることができずにいた。

「まったく。生体反応が突然出たから焦ってきてみれば…ちょっとあんた! どうやって‥ここに…」
「もう。どーしたのよ、急に走り出して。いったいなに‥が…」

 あれ? 今同じ声質の声が二つ聞こえなかったか? おれの頭がおかしくなったのか?

「ねえ…ちょっとあれ……の後ろ姿にそっくりじゃない?」
「確かに似ているけど…が二人いるはずないじゃない」
「でも…」

 は…はははは。どうやら幻聴じゃないらしい。この声は確かに二つともあいつの声だ。なんでなのかはおれにはわからないが、こうして思考に没頭しても結論には行き着かないだろう。

「ふぅ」
「「!!」」

 驚きのあまりに緊張していた体がようやく弛緩してきた。そうしたら思わず声が漏れていた。だが、どうやら今漏れたため息混じりの声であいつらも確信したらしい。
 さて、そろそろあいつらの方に振り向くとするか。

「よう。久しぶりって感覚がこみ上げてくるんだが、ところでなんでお前が二人もいるんだ? 空」
「「どうしてあんたがもう一人いるのよ!! 甲!!」」

 そこには、記憶にあるいつもと同じ私服を着た空と赤のミリタリージャケットに黒のズボンというまるで軍人のような格好をした空がいた。
 ――しっかし、恰好は全く違うというのに驚いた顔は本当におんなじだな。
 どういうことなのか聞こうとしたその時、今度こそおれはそれこそ息をするのも忘れるほど驚愕した。

「おーい。どうしたんだ二人とも? 急にどうし――」

 二人の後ろから走りながらやってきた男も言葉を失ってしまったようだ。
 その顔は驚愕の色で彩られている。いや、多分おれもまったく同じ顔をしているんだろう。
 なぜなら……

「なんで俺がもう一人いるんだ!!」
「なんでおれがもう一人いるんだ!!」

 そいつはおれと同じ顔、つまり門倉 甲だったからだ。


 お互いに落ち着いた後、情報交換することになりおれの方から質問することに決定し、疑問に思っていたことを次々と聞いていった。

「つまり、この二人の内の鈴みたいな髪留めをしている方がクゥで? こっちの髪にリボンをした軍人みたいな恰好した方が空だと」
「「そう」」
「んで? この世界は仮想空間でありAIが抑制されてノインツェーンに支配された後の世界で、今さっきノインツェーンをそっちの門倉甲が倒したと?」
「ああ」
「…………………」

「おい。俯いたと思ったらあいつ急に静かになったぞ」
「まあ、いきなりで混乱している頭を整理しているところじゃない?」
「待って、なんかぷるぷる震えてるわよ」

「って信じられるかーーー!!!!!」

 ひそひそ話を始めた三人に向かって、勢いよく頭をあげてそう叫んだ。

「「キャア!?」」
「うわっ!?」

 急に叫ばれたためか軽く悲鳴を上げられたが、そんなことに構っていられない。
 まだ追求を続けようとした時、また頭痛がした。

「――グゥッ!?」

 そして全てを思い出した。いや、たった今情報を受け取った。
 そう。『世界0』から送られた平行世界にいる全ての門倉甲に送ったメッセージを。

「そうか。お前、おれの模倣体(シミュラクラ)か」
「っ!? なんでそれを!?」
「なんで……。いいえ、わかったわ。今の頭痛、平行世界から情報を受け取ったんでしょ?」
「そうだ。よくわかったな、クゥ」

 どうやらクゥがわかってくれたみたいだ。
 模倣体(シミュラクラ)。アーク社の最新技術を用いて開発された特殊なNPCのことで、特定の第二世代(セカンド)とリンクを繋ぐことで、対象セカンドの感情や記憶から学習し、クオリアと「同一の魂」を得るに至る「心のあるNPC」。
 目の前にいる門倉(かどくら)甲(こう)とクゥは門倉甲と水(み)無月(なづき)空(そら)の模倣体である。
 特異点が発生している今ならば全ての平行世界の甲とリンクが繋がっているので、情報を送るといったことができたんだろう。

「ちょっと待って」
「ん? なんだ空?」
「貴方が本当に甲だっていうのはわかったわ。でも、それならどうして共振(ハウリング)が起こらないの?」

 その通りだった。
 共振(ハウリング)とはシミュラクラと本人との間に起きる感情の増幅現象のことで、それが原因でクゥやおれの模倣体(シミュラクラ)は凍結されたのだ。
 空とクゥは今ではもはや完全に別の存在と言ってもいいほどお互いに別の個として存在している。
 しかし、今おれは門倉甲の模倣体(シミュラクラ)から情報を受け取った。つまり未だに繋がりがあるということだ。なのに共振(ハウリング)は起こらない。
 これは一体どういうことなのか。

『その疑問に対して、私がお答えしましょう』

 この声は……! 

「「「「イヴ!!!」」」」

 その場の四人の声が重なった。そこには星修学園で見慣れたマザーの姿をとった『イヴ』が目の前に映っていた。

『まずその前にこの世界のことについて説明しておきたいことがあります』
「この世界って…」
『「世界0」からのノインツェーンによる異世界への干渉が終わり、水無月空さんと門倉甲さんが眠りについたことで、新たに分岐点が発生して生まれた世界。それがこの世界です』
「でも、「世界0」の戦いが終わったのなら、なぜこの世界にグレゴリー神父とノインツェーンが?」
『確かに「世界0」のグレゴリー神父とノインツェーンは倒されました。しかし、グレゴリー神父と同様にノインツェーンも何かしらの復元手段を用意していた可能性があります』
「それでこの世界でも神父とノインツェーンが復活したということね」
『はい。そして門倉甲さんのシミュラクラであるあなたとクゥさんですが』
「わかっているわ。もうすぐ三回目の特異点が消える。だから私たちも消える、そうでしょ?」

 もう一人のおれとクゥが悲しげな顔をする。空も同じ顔だ。
 特異点は三回しかその世界では起こらない。三回目の特異点が消えれば平行世界とリンクが途切れるので二人は消えてしまうだろう。
 『イヴ』もそれを伝えようとしたのだと誰もが思った。だが、『イヴ』が発した言葉はそれを否定するものだった。

『違います。貴方達は消えません』
「「「!!」」」
「どうして!?」

 もっとも驚きから復帰するのが早かった空が質問を投げかけた。

『「世界0」の水無月空さんと門倉甲さんが眠りについている間だけですが「世界0」からの干渉が途切れるまでは微弱ですが特異点が発生し続けます』
『それまでに地上に戻ることができれば貴方達が消滅することはないでしょう』
「俺たちは、戻れるんだな…地上へ」
「消えないで、すむのね?」
「まだまだ、二人とずっと一緒にいれるのね?」
『はい。可能です』

 その言葉をきっかけに三人の目から涙が溢れていた。しかし、さっきとは違いみんな笑顔で泣いていた。

『感動されているところ申し訳ありませんが、先ほどの疑問についてお答えします』
「グスン‥あ、ごめん。お願いしていいかしら」

 空が涙を拭きとりつつ『イヴ』にそう促した。
『門倉甲さん、貴方にいくつか質問をします』
「おれに?」
『はい。まず、一つ目の質問ですが、あなたはアセンブラに溶かされていく最中に意識が途切れた。これに間違いはありますか?』
「いや、その通りだ。」
『では次の質問ですが、貴方の記憶に覚えのないはずの記憶がありませんか?』
「おれの記憶にないはずの記憶?」

 何を馬鹿な。そんなことがあるわけ。

『この研究が完成すれば私も』
『なぜだ! なぜ成功しない!』
『心配をかけてすまないね。もう少ししたら学園に戻れるから』
『どうやら私はここまでのようだすまない‥みんな』

 突然知らないはずの記憶が再生されていく。なんだ、これは。いったい何なんだこの記憶は。
 知らない。知るはずもない記憶に体が恐怖で震えだす。

『やはりそうでしたか。あなたはアセンブラに溶かされました。しかしその最中に他の人と意識が混ざり合い、複数の人格と融合してしまったみたいですね』
「つまりこの記憶は…」
『ええ。おそらく融合した誰かのものでしょう。それにあなたの電子体としての情報から推測すると貴方の体の大半がナノマシンによって書き換えられてしまっています』
「……なるほど共振(ハウリング)を起こすはずがない。つまりおれはもう‥」
『はい。貴方の推測道理、外見はそうでも貴方はもう門倉甲とは違う存在です。門倉甲の経験・知識・記憶をもった全くの別人といったところでしょうか』

 それを聞いた空が怒りの表情を浮かべて『イヴ』に言葉を発する。

「そんなことあるわけがないでしょう!!」
「……いやおれは」
『それです』
「は?」
『他に呼び方がないのでまだこう呼ばせていただきますが、門倉甲さん。あなたのその『おれ』と自分を指す時の言い方。そのときあなたの電子体反応が微弱ですが不安定になります。この乱れ方は、はっきりと自分を認識できない。つまり存在が不確かになることから起こっています』

 『イヴ』の言葉が頭の奥深くまで沁み渡っていく。

『自分が何者なのか、確固たる意志を持たないと今の人格もいずれ消えてしまいますよ?』
「…………」

 …
 ……
 ………
 長い沈黙が支配したその時、世界が大きく振動した。

 ―――ズシン!!!

「!? 急いで!! もうここも持たないわ!!」
「ああ! とりあえず転送(ムーヴ)して場所を変えよう!!」

 クゥともう一人のおれ…いや、もうおれは門倉甲ではないのだから、あいつが本物と言っていいだろう。二人は得体のしれない誰か、ではなく仲間に向けるような眼差しをおれに向けながら転送(ムーヴ)していった。
 そして残ったのはおれと空だけになり、空は先ほどからずっと俯いている。

「どうしたんだ。急がないと巻き込まれるぞ」
「アンタは……」
「ん?」
「アンタはどうするのよ」

 いっこうに動く気配を見せない空をいぶかしんで声をかけると、小さな声ではあったが顔を下に向けたまま聞いてきた。

「おいおい、こんな外見だけの中身は誰かもわからない、得体のしれない奴の心配をしている場合じゃないだろう――」

 それより、という言葉は後に続けられなかった。

 パァン!!!!!

 なぜならその両の瞳に涙を浮かべながら、先ほどよりもずっと憤怒の表情を浮かべた空に頬を張られたからだ。
 頬を叩かれたことに茫然としていると、急に胸倉を掴まれて引き寄せられた。

「たしかにアンタは門倉甲じゃないかもしれない! その現実を突き付けられたアンタの気持ちはわたしにはわからないわ。でも、それでも、甲ではないとしても! アンタはアンタでしかない!! そうでしょ!?」

 自身の知っているより少しだけ大人びた顔が目の前にある。その瞳には怒りと悔しさと、悲しみが混ざっていた。

「今ここにしっかりとした、アンタという意識を持ってここに立っているじゃない!! だから、そんな風に自分のことなんてどうでもいいみたいなことを言わないで……お願いだから」

 その言葉を最後にその両腕からは力が抜け、おれにうなだれるようにして泣き出してしまった。
 おれは駄目だな。また空を泣かせてしまった。空の言った通りおれはあくまでおれでしかない。他の誰にもなることなどできやしない。
 おれは…いや〈俺〉は今から新しい一歩を踏み出せばいいんだ。

「悪かった、空。お前の言うとおりだ。俺は俺だ。またここから新しい俺を始めようと思う」
「アンタ……。うん、それでいい。ふふふっ、さっきよりずぅっとマシな顔だわ」

 そう言って笑った彼女はとても綺麗だった。

 「さあ。私たちも行きましょ」
 「ああ。っっ!? 空っ!!」

 空が立っている場所が崩れそうになっているのを見た俺は、彼女を突き飛ばした。

 「キャッ!! いったー、もう何すんのよ…て」
 
 振り向いたそこに見えたのは自分が先ほどまで立っていた場所に空いた、深層意識領域(エス)の赤い海が見える穴だけだった。




あとがき
ちょくちょくすでに書き上がっているものを投稿して行こうと思います。なにとぞよろしくお願いします。



[29662] 第1話 邂逅
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/09 13:03
 空の足元が崩れるのがわかった俺は咄嗟に彼女を突き飛ばしていた。その結果、元、門倉甲となった俺は今、現在進行形で深層意識領域(エス)の海に沈んでいっている。
 深層意識領域(エス)とはAIの深層意識である赤い海のことで、仮想空間の果て。AIの全てのデータがここにあり、その奥底には存在しない偽りのデータや歴史が存在すると言われている。
 とてつもない量の情報が頭に直接叩き込むようにして入ってくる。こちら側としてはそんなことはご免こうむりたいのだが、こっちの意志などお構いなしだ。正気さえ持てば何でもできる、と誰かが言っていた気がするが、確かにこの圧倒的な暴力に等しい情報の塊にさらされ続ければ精神汚染してもおかしくはないだろう。
 どうにかしてこの窮地を脱したいが、この状況では転送(ムーブ)することも難しいし、俺には戻るべき肉体ももう存在しない。記憶にある前回のときにはエージェント(クゥ)のおかげで生還することができたが、今はもう俺ただ一人だ。

「せっかく文字通り蘇ったっていうのになあ」

 俺は薄れていく意識の中、そんなことをつぶやいた。

 -ザッ- ――ザザッ――

 どうやらもう限界のようだ意識が朦朧としてきた。頭にも何やらノイズが鳴り響いている。

『‥まったく。いつまでたっても世話が焼けるんだから…』

 最後に誰だかわからない、そんな声を聞きながら俺の意識は闇に落ちて行った。







 ---日本○県山奥にある建物。

 人も滅多に訪れないような山の中にある、とある研究所。そこはあまり整備されていないことを一目で判断できるほど寂れていた。こんな山の中だ。訪れる人など皆無だろう。
 しかし、その外見に反して中は意外ときれいになっていたことが分かった。――つい二時間前までは。今ではこの研究所の研究員たちと襲撃者たちの銃撃戦の所為でその見る影もない。
 その最奥の部屋では、胸のところに『門倉運輸』とプリントされた青い制服を着た、一人の男が床下に散らばった研究日誌と思われる資料や周りにある生体ポッドを忌わしげに見ていた。
 その男こそ、ここを襲撃した悪名高い傭兵部隊、フェンリルを率いる門倉永二(かどくら えいじ)である。
 なぜ傭兵部隊なのに服に『門倉運輸』とプリントされているかというと、統合の許可を得た正式の民間軍事会社(PMC)であるとはいえ、フェンリルの名前を出すと入国拒否されてしまうことがほとんどの為、「門倉運輸」という運送業を隠れ蓑にしているからだ。
 何か思うところがあるのか永二は難しい顔をして佇んでいて、その後ろから同じ制服を着た南米出身であることを思わせる容姿をした、いかにも軍人気質で姐御肌といった感じの女性が部屋に入ってきた。

「少佐。研究者どもの搬送が終わりました。」
「悪い。ご苦労だったな、シゼル」
「はっ。……しかし、ここの奴らはよほど頭のねじが外れていたようですね」

 永二に対して敬礼しながら報告をした、シゼルと呼ばれた女性が辺りを見渡しながら怒りを隠すことなくつぶやき、それに同意するかのように永二も頷いた。

「全く、ノインツェーンの野郎も大したことを思いつくもんだ」

 Dr.ノインツェーン。今世紀最大の科学者にして、最悪の狂人。マッドサイエンティストの代名詞的な存在ではあるが、その才能は多岐に渡り、昨今の情報社会の立役者となった人物だ。多大な功績を残しながらも、人柄も容姿もそして経歴さえも一般には知られていない。
 その実態は、反統合勢力が作り出した情報兵器にして生体コンピュータ。人類、有機AIに次ぐ第三の知性体とも呼べる存在だ。
 だがすでに彼は大戦中の愛機であった、ミッドスパイアにあるバルドルに自身を直結し、自意識と記憶とをバルドルに焼きこもうとして脳死している。
 この研究所では彼が死ぬ前にさせていた、ある研究を密かに続けていた。
 それは第二世代(セカンド)の人間の遺伝子をもとに、人工的に遺伝子を改良されて生まれた子供である被造子(デザイナーズ・チャイルド)の持つスペックを、はるかに超えた新たな人『第三世代(サード)』を創り出すというものだった。
 そのことを偶然知った、アーク社社長である橘聖良(たちばな せいら)はフェンリルにこのことを依頼し、その依頼を受けた永二たちはすぐさま任務に赴き制圧をした、という次第である。

「無理な遺伝子強化の所為でしょう。ここにいるものは皆、脳死した状態です」
「脳が急激な強化には耐えられなかった、ってとこか……こんな小さな子供にひでえことをしやがるぜ」

 永二とシゼルの顔が悲しげなものに歪む。
 実験体にされていたのはまだ4、5歳ごろの子供たちだったのだ。さきほどから永二が他人事のように思えないのは自身にも同年代の息子がいてそれがここの子供たちと重なるからだろう。

「長いこと会ってないが……甲も今これくらいの歳だな」
「というと……少佐の息子さんですか?」
「ああ」

 また思考に耽りそうになった頭を左右に軽く振ると、ずっと前を見ていた視線をシゼルに移した。

「…まあ、いつまでもこうしていても仕方がねえ。おいシゼル、ここの爆破の準備はもうできたか?」
「はっ。あとは我々が脱出して、起爆するだけです」
「よし! なら、さっさとここをずらかるぞ!!」
「了解(ヤー)!」
 
 研究室の部屋の出入り口に向けて走り出そうとした時、一つの生体ポッドが開き、突然生体反応が生まれた。

「馬鹿な!! 生体反応だと!?」
「おいおいおい。何の冗談だこりゃあ!?」

 死んだ人間が生き返るなど、B級のホラー映画でもなければおこらない。
 しかし、たしかに今開いた生体ポッドから出てきた子供は、意識はないようだがかすかにではあるが息をしている。なぜ急に生き返ったのかはわからないが、このまま放っておくわけにもいかないだろう。

「全く、なにがどうなってんだか……。まあいい、シゼルっ! とりあえずこの坊主も連れてずらかるぞ!!」
「少佐!? しかし、その子供は危険です! まだ正体もはっきりしていないんですよ!?」
「ノイの奴にでも頼みゃいいだろう。あいつなら嬉々として調べそうだ」
「しかしっ!」
「上官命令だ。行くぞ、シゼル」
「くっ! ……了解(ヤー)」

 未だに納得のいっていないシゼルだったが、上官命令と言われてはもう逆らえない。渋々といった感じではあったが、シゼルはもう何も言わなかった。

 (ノイの奴には至急連絡するとして、こいつは聖良さんにも伝えといた方がいいな)

 自分の息子と同じくらいと思われる少年を抱えて脱出しながら、永二はそんなことを考えていた。







「ん…ここは…」

 消毒液のする病院独特の匂いを感じた俺は目を開いた。どうやらベッドに寝かされているようだ。
 俺は横になっていた体を上半身だけ起こす。なにやら体が軽いな……
 深層意識領域(エス)の海に落ちて意識がブラックアウトしたあと、何が起こったのかは分からないがどうやら俺は助かったようだ。

「目が覚めたかね」

 声のした方に顔を向けるとゴスロリ風の洋服で、その上に白衣を羽織ったどう見ても子供にしか見えない女の子がこちらに歩いてくるところだった。相変わらず、身長が足りないせいか白衣を引きずってしまっている。

「ノイ先生!?」
「ふむ。なぜ初対面であるはずの君が、私のことを知っているのかな?」

 俺が名前を呼んだ瞬間、なぜか警戒レベルを上げた様子の先生が俺に訊ねてきた。

「初対面って……。何言ってるんですか、ノイ先生。真ちゃんの紹介で知り合ったじゃないですか」
「君の言う、真ちゃんというのは水無月真君のことかね?」
「ええ、そうですけど…」

 肯定した瞬間、警戒レベルが最大限に高まったのが分かった。部屋の中の空気がピリピリしたものに変わっていく。
 先生の眼はもはや俺を射殺さんばかりに睨みつけている。

「君は何者だ。なぜ、私の患者である真くんのことを知っている?」
「何者かって……。俺は」

 なぜこのような尋問を受けるのかわからなかった俺は焦って両腕を持ち上げた。
 その時目に入った光景に俺は思わず固まってしまった。
 そう。さっき体を起こした時も体が軽く感じたが、その理由が分かった。なぜかは知らないが、どうみても俺の両手は小さくなっている。――いや、それだけじゃない。体全体が4、5歳くらいの体に縮んでいるのだ。しかも、今更気付いたが、ここは仮想(ネット)ではない。現実(リアル)だ。つまり俺は肉体を持っているということになる。
 訳のわからないことに茫然としていると、その様子をおかしく思ったのか先生が心配そうな声で聞いてきた。

「急に黙り込んでどうしたんだ? なにか体に異常が――」
「は、ははっ。先生、鏡はありますか?」

 先生が全ての言葉を言いきる前に、こっちから言葉を被せる様な形で震える声で言う。それを不思議そうな様子でしばらく俺を眺めていたが、俺の希望通り小型の鏡を白衣のポケットから取り出し、貸してくれた。

「っっっ!!!」

 先生に軽く頭を下げ感謝の意を示した後、鏡で自分の顔をみて俺は生きてきた中で一番の驚きを味わった。
 そこに見えたのは見慣れた門倉甲の顔ではなく、誰だかわからない少年の顔だったからだった。







 それからいくらか冷静さを取り戻した俺は、先生に自分に起こったことについて説明をした。

「―――つまりだ。君の記憶では、君は先ほどまで仮想(ネット)に没入(ダイブ)していて、深層意識領域(エス)の海に沈んでいる真っ最中だったと」
「はい」
「さらに? 君は門倉永二の息子である門倉甲君であり、平行世界の知識も持っていると」
「ええ、ただ先ほど言った通り、今はもう門倉甲の経験・知識・記憶を持った別のだれかと変わらないですが」
「ふむ……」
 
 最後の質問に答えた後、頷いたかと思えば顎に手を当てて考え込んでいる。

「あの、先生?」
「…ん? なにかね?」
「自分で言うのもなんですが、こんな途方もない話を信じるんですか?」

 俺だったら間違いなくこんなことをいう奴に、ふざけるなといって殴りかかる自信がある。

「たしかに信じがたいことだが、診断結果の通り君の記憶は本物だ。君の言う平行世界の知識も門倉甲としての経験・知識・記憶も外的要因によって各種情報がアップデートされたようなものだ」

 なんだかとても簡略化されたように感じたが、たしかに俺に起こったことは概ねそんな感じだ。
 元々あったゲームなんかのバージョンをアップデートする感じだろう。

「ま、つまりはそういうことだ。私は信じるよ」
「ありがとうございます。ノイ先生」
「だが、他の人間はどうかな。なあ、二人とも」

 先生が急に病室の入り口に向かって声をかけたかと思うと、俺のよく知った顔が二人入ってきた。

「親父!? シゼルさん!?」

 いつもの門倉運輸の制服を着た二人が俺に名前を呼ばれた瞬間、複雑そうな顔をした。まあ、見ず知らずの子供に名前を呼ばれるのは変な感覚だろう。

「ノイ、今話していたことは事実なのか?」
「勿論だシゼル。私が診断したんだ。間違いが起こるはずがない」
「いやあ、よくわからんがこいつは甲なんだな?」
「永二……、私はこれでもわかりやすく説明したつもりなんだがな……」

 親父の言葉にノイ先生が目に見えて落ち込んでいる。
 シゼルさんはまだあまり納得できていないようだったが、親父は結構あっさりとしていた。

「親父はいいのか? こんな見た目も違う子供になってしまっているのに…」
 
 俺はあっさりと納得している親父に思わず聞いた。だが、親父の返答は至極簡単なものだった。

「確かにお前の見た目は甲じゃねえ。だけど雰囲気や仕草でなんとなくだがわかるんだよ。こいつは俺の息子だ、ってな」
「なんだよ、なんとなくって」
「おう。なんとなくは、なんとなくだ。とにかく俺は信じる」

 親父の適当な言い草につい、それでいいのか!? と突っ込みそうになった。

「少佐がそう申されるのであれば、私が口にはさむことは何もありません」

 シゼルさんも親父が認めたということで、とくに意見はないようだ。

「しかし、するとあれだな。お前をなんて呼ぶかだが…」
「そうだな、俺はもう気にしていないが俺はもう完全に門倉甲ではないしな」

 この世界にも門倉甲はいるだろうし、顔が違っても同姓同名というのはややこしい部分があるだろう。
 しばし、沈黙が流れたがふと、ノイ先生が口を開いた。

「ふむ……。永二、君からすれば二人目の息子と言っても過言ではないだろう?」
「ああ、そうだな」
「ならば、二人目の甲君ということで「甲二(こうじ)」でいいのではないか?」
「おお! そりゃいいな。どうだ? お前さえよければそう呼ぼうと思うんだが?」

 しばらくの間親父とノイ先生が話し合っていたようだが、最後に俺の意見を求めるように俺に声をかけた。
 
「「甲二」か、悪くないな……。俺はそれで構わないぜ」
「よし! お前はこれから俺の二人目の息子、門倉甲二だ!」

 そして新しい俺の名前が決まった。






 
 その後、俺の記憶について色々と問題視する事柄が上がったが、そこはフェンリルが独自に調査するみたいだ。
 そして俺の現在の体であるこの肉体だがノイ先生の診断結果によると次のことが分かった。
 第二世代(セカンド)の持つ脳内チップをはるかに超える能力のある脳内チップに、どうやら俺の電子体の情報がアセンブラによって書き換えられていたらしく、この肉体も影響を受け、ちょっとした自己再生能力と組織改編能力を有している。被造子(デザイナーズ・チャイルド)が可愛く思えるような性能っぷりだ。簡単にいえば進化し続ける肉体だからな。
 傭兵としての知識や経験もある俺は、フェンリルに所属して親父たちについていくと言ったが、これは即却下された。

「駄目だ」
「なんでだよ! 俺は傭兵としてやってきた知識も記憶も経験もある。足手まといなんかになるつもりはない!」
「そりゃあおめえ、そうかもしれないが知識や経験があっても、今のお前はただのガキだ。まさかその体で今まで道理の動きができる、とでも言うつもりか?」
「そ、それは……」

 その通りだ。いくら経験があったとしても今のこの体は動き出して間もない。とてもじゃないが戦闘ができる体力も筋肉もあるはずがない。

「ウチにいる甲もだが、お前は傭兵という人種も仕事も毛嫌いしてるんじゃなかったのか?」
「事実を知るまでは俺もそうだったさ。だけど今の俺は親父がどんな思いで傭兵をしていたのか知ってる。だから、今はもうそんなわだかまりはないよ」

 その言葉を聞いた親父はほんの僅かにだが嬉しそうに口元を緩ませた。

「……そうか。だがそれでも連れていくわけにはいかねえ。どうしてもっていうのならば、条件がある」
「条件?」
「3年間だ。お前に3年間だけ時間をやる。俺の知り合いに道場を開いている奴がいるから、お前をそこに預ける。そこで今度会ったときに俺が納得するほどお前は自分を鍛え上げろ」
「知り合い? 親父にそんな知り合いがいたか?」

 少なくとも俺の記憶では親父にそんな知り合いはいない。

「ああ。篠ノ之っていう名前の、剣道の道場を開いている奴だ」



[29662] 第2話 鍛錬
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/09 12:13
親父に篠ノ之家に連れてこられ、預けられてから、もう2年の月日が流れていた。
 あれから日々体を鍛え、怠ったことはない。
 そのおかげか逞しくなったものだと自分でも思う。――あくまで、6歳児にしてはだが。
 初めてここに来た時には、知っている人など一人もいるわけもなく少々不安だったが、今では篠ノ之家の人たちや、ここの道場に通うようになった織斑一夏とその姉の千冬さんとも良好な関係を築くことができている。
 初めてここに来た時はこんな感じだった……
 




「初めまして。君が永二の言っていた、門倉甲二くんだね? 話は永二から聞いているよ」
「こちらこそ初めまして。これからお世話になります。どうかよろしくお願いします」

 ぺこっ、とこれからお世話になる篠ノ之さんに頭を下げる。
 どうやら見た目4歳児の俺がしっかりとした挨拶をしたためか、目を丸くしていた。
 篠ノ之さんは厳しそうな人ではあったが、やさしく声を掛けてくれた。

「ははは。君はどうやら永二ではなくて八重(やえ)さんの方に似たみたいだね。永二ならばそんな礼儀正しいあいさつはできないだろう」
「やかましい。おめえ、今日という今日こそは決着をつけてやる」
「望むところだ。いいだろうかかってこい」

 どうやら親父と篠ノ之さんは古い喧嘩友達らしく、未だにその決着はついていないらしい。しばらく二人してガンを飛ばしあっていたが、道場でやり合うことに決めたらしく、俺と篠ノ之さんの娘である束(たばね)さんと箒(ほうき)さんを残して行ってしまった。
 箒さんは長い黒髪をポニーテールにしており、平均的な女子の身長でありながら長身に見えると言った風貌の女の子で俺と同い年ということで仲良くできるだろうと思っていたが、結構人見知りの激しいタイプのようで姉である束さんにしがみつきながら、俺を睨みつけている。
 束さんは大きく年が離れていて箒さんをそのまま成長させて、目つきをやさしくした感じだが、なんでも興味のもてること以外には無関心らしくて、ここの道場に通っている織斑姉弟と妹の箒さんの3人にしか関心を持っていないらしく、目の前の俺に一切興味がないようでその手に持ったパソコンをしている。
 このまま立っていても仕方がないので自己紹介をすることにした。

「…えー、初めまして。これから3年という短い間ではありますがここでお世話になる門倉甲二です。よろしくお願いします」
「わ、わたしは篠ノ之箒。……よろしく」
「……………………」

 箒さんは礼儀正しい子みたいで、無愛想ながらも挨拶を返してくれたが、姉の束さんの方は案の定無視だった。

「……ねえさん。あいさつしてくれたんだから、ちゃんとかえさないと」
「えー。やだよ箒ちゃん、めんどくさい」
「ね・え・さ・ん!」
「あー、もう仕方ないな~」

 箒さんが束さんに挨拶を返すように促すと、本当に気だるそうに俺の方に顔を向ける。

「私が大天才束さんだよ。ああ、別に私はきみとよろしくしようなんて思わないからこれからは話しかけないでね」

 そう言ったかと思うと、もう用は済んだと言わんばかりに家に戻ってしまった。

「その……」
「ん?」
「ごめんね。あんなおねえちゃんで…」
「いやいいよ、そんなに気にしないで。こっちの都合でお世話になろうっていうんだから」
「……ありがとう」

 申し訳なさそうに顔を俯かせた箒さんに、気にしないように言うと素直にお礼を言われた。
 まあ、篠ノ之姉妹との初めての会合はこんな感じだった。
 その二年後に篠ノ之家の道場を訪ねてきた織斑姉弟と初めて顔を合わせた。

「おまえが箒のいってた門倉甲二か? オレは織斑一夏(おりむら いちか)だ。これからよろしくな!」
「初めまして、織斑。俺のことは甲二でいいぜ」
「わかった。そのかわり、おまえもオレのことは一夏って呼べよな!」
「ああ、こちらこそよろしくな一夏!」
 
 ……と、一夏とはすぐに友達になることができた。
 そして、千冬さんだが……

 「……………………」

 (なに!? なんなの!? なんで俺こんな睨みつけられてんの!?)

 千冬さんに自己紹介しようと体を向けた途端。
 俺は無言で睨まれていた。
 確か千冬さんは束さんと同い年であるはずだが、年齢の平均よりも高い身長と鋭い吊り目の整った顔立ちが相まって見られるだけで凄まじい威圧感が襲う。
 この雰囲気はシゼルさんに近いものを感じる。

「あ、あのー」

 いつまでもこの視線にさらされるのは辛いものがあったため、とりあえず話しかけることにした。

「おっと、済まなかったな。私はこいつの姉の織斑千冬(おりむら ちふゆ)だ。一夏とは同年代らしいな。できれば仲良くしてやってくれ。」
「あ、はい。門倉甲二です。こちらこそよろしくお願いします」

 目元をかすかにだが緩ませた千冬さんが、一夏の頭を乱暴に撫でたあと、俺に手を差し出してきたため、俺はその手を取って握手した。

「ところで聞きたいことがあるのだが」
「はい? なんですか?」
「お前はなにか、武道の経験でもあるのか?」
「え? …な、なんででしょう?」

 唐突に聞かれたことに戸惑いながらも、理由を聞く。

「いや、さっきからお前の立ち方や体の動かし方を見ていたが、とても素人とは思えないほど重心がぶれなかったのでな」

 ――ギクッ

「こんなに小さなころから何か習っているのかと思ったのだが……」
「………」

 まずい。まずいまずいまずい。なんなんだこの人。本当に中学生か!?
 確かに俺は傭兵になる前に軍学校で色々と扱かれたため、ある程度の格闘術の経験があるがまさか立ち方や動かし方だけでそこまで推察されるとは。
 いや、確かに武道の達人とかがいうのならばまだわかる。
 だが中学生の女の子にそこまで見抜かれると誰が思うであろうか。
 ちなみに先ほどから何も答えない俺に一夏は頭にクエスチョンマークを浮かべているが、千冬さんは違う。探るような眼を俺に向け続けている。

「じ、実はですね」
「ほう、なんだ。言ってみろ」
「俺の父親は傭兵稼業をしているんですよ」
「…それで?」
「その、何回か格闘術の手ほどきを受けてですね。だからだと思いますよ?」
「そうか」
「はい」
「…」
「…」
「……」
「……」
「………」
「………」

 ――辛い。この沈黙は辛い。

「ふぅ…まあ、いいだろう。今はそれで納得してやる」
「ありがとうございます」

 助かった。もうあと数秒今の沈黙が続いたら、全部話すところだった。
 そのあとは一夏と箒が剣道の稽古を始めて、千冬さんもしばらくそれを眺めていた後俺に一言声をかけて帰って行った。
 その日以降、時々千冬さんが俺のことを探るような眼で見ることがあるが、俺はあえて気付かないふりをしている。





 ……うん。だいぶ、おおまかではあるがこんなもんだ。
 そんなことを考えながら日課である早朝ランニングをしていると、もういつもの距離は走り終わっていたため家に戻ることにした。

「ただいまー」

 まだここに住み始めて時間が経ってないときはいちいち気を使っていたが、もっと気軽に過ごしてくれと言われ、はじめのうちは慣れなかったが今では普通に生活できるようになった。靴を脱いで棚に直した俺は、玄関に向けてすごい足音を立てながら向かってくる人に気づいた。
 これも2年前では考えられなかった状態である。

「おかえり~、こーちゃん!! ちょっと聞いてよ~」

 そう、この人はあれほど俺に興味を示していなかった、束さん本人である。
 篠ノ之家で生活するようになって2週間くらいしたころ、俺は貸し与えられた自分の部屋で、自分に効率のいいトレーニングメニューを考えていた。元々第二世代(セカンド)であった俺はわざわざパソコンを使わなくても常時無線でネットと接続しているため、ディスプレイをその場に展開してネットサーフィンしていたのである。
 この肉体は第二世代(セカンド)をはるかに超えた演算処理ができるようになっているため、いくつもディスプレイを展開して流し読みをしつつ、データを打ち込んでいたのだが部屋の扉を閉めるのを忘れていたためその光景を偶然通りかかった束さんに見られてしまった。

「ねえねえ~、なにしているの?」
「うーん……って、うわっ!? 束さん!?」
「あ~、まだ見ていたかったのにぃ」

 集中していた俺は後ろから急にのぞきこまれて驚いてしまったため、展開していたディスプレイを閉じてしまった。

「あ~、またメニューを組み立てなおさなきゃ。で、どうしたんですか束さん」
「さっきのは何をしていたの?」
「自分のトレーニングメニューを考えていたんですよ」
「さっきのデータ、すべてを処理しながら?」

 どうやって俺がしていたことを見ていたのかはわからないが、マッドサイエンティストと言えるこの人ならそれを可能とするものを作っていても不思議じゃない。
 苦笑しながら束さんの方に振り返ると、意外と近いところにその綺麗な顔があった。

「第二世代(セカンド)の演算能力がどれほどあるかは知らないけど、さっきのは明らかに普通にできることじゃないよね?」

 初めてあったときとは正反対に興味心身に迫ってくる束さんから距離をとりながら説明する。

「まあ、俺は少々特殊なので」
「ふーん、君、名前なんだっけ?」
「つい二週間前に自己紹介しませんでしたっけ?」
「あのときは全く興味がなかったからね~。だからもう一回教えて?」

 これっぽっちも悪びれない表情をしている束さんに少々どころじゃなく呆れてしまった。
 過ぎたことを気にしてもしょうがないのでもう一度自分の名前を告げた。

「はぁ。俺は門倉甲二です」
「じゃあ、こーちゃんだね!」
「は? いや、俺は甲二――」
「こーちゃんだね!」
「……はい、それでいいです」

 そのあと何回訂正しても呼び方が変わることはなかったので諦めることにした。

「で、用事はそれだけですか? 何もなかったらメニュー作りに戻ろうと思うんですけど」
「そうそう、こーちゃんはプログラミングはできる?」
「? 多少はできますけど」

 門倉甲の知識だけでなく、誰だかわからない知識も俺は持っているので、その知識を利用すればプログラマじみたこともできないこともない。

「じゃあ手伝ってほしいことがあるんだけど、いいよね?」
「ちょっと待っててください。すぐメニュー作りを終わらせるので」
「いいよね?」
「‥…はい」

 それ以降何かあれば、問答無用で手伝わされている。俺としても楽しいので別に構わないのだが。

「で、今度はどうしたんですか?」
「それがね~、今ISのコアについて色々と考えていたんだけど、なかなかまとまらなくてね」

『IS』

 束さんが言うには正式名称「インフィニット・ストラトス」。宇宙空間での活動を想定し、開発しているマルチフォーム・スーツのことらしい。そんなものを独力で思いつき作ろうとしていると知った時には心底驚いたが、俺が相談に乗った時にはもうすでにその理論だけは出来上がっていた。
 あとは細かい調整やISの核となるコアさえできれば完成するらしい。もっともこのことを知っているのは色々と相談に乗っている俺と束さんの親友の千冬さんだけらしい。箒にも教えないのかと前に聞いたところ、

「ちゃんと完成品を見せて、驚かせたいから!!」

 と、胸を張って言われてしまった。たしかに、未完成品を見せるよりは完成品を見せた方が反応も大きく違うだろうし、それもそうかと納得した。

「なるほど、わかりました。でももうすぐ朝御飯だと思うので、食べてからにしませんか?」
「んー、そうだね。束さんもお腹ペコペコだよ」

 最近はこんな風に体を鍛えながら、束さんの手伝いをするという毎日を繰り返している。
 あと一年。俺はそれまでに何としても親父にフェンリルの一員として認めてもらえるようになってみせる。そう改めて決意して朝食の匂いのする居間に向かっていった。



[29662] 第3話 シュミクラム
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/09 22:08
「そういえば、こーちゃん」

 とある日、束さんの自室(もはや研究室?) でディスプレイを見ながらキーボードを叩いて手伝いをしていると、思い出したかのようにこちらに顔を向けた。

「はい、そうですけど。どーかしましたか?」
「シュミクラムに乗ってみたくない?」

 シュミクラムとは仮想(ネット)における戦闘用電子体。プログラムによって通常の電子体を鋼鉄のロボットに組み替えることで乗ることができる。あくまで電子体のため、殴られたりすると痛みを感じる。
 しかしこれが結構値の張る代物で学生なんかではとても手が出ないほど高額である。
 門倉甲だった頃には従姉弟の西野亜季(にしの あき)から入寮祝いに贈られたシュミクラム「カゲロウ(影狼)/Shadow wolf」を愛機としていたが今はもうそれもない。アセンブラに電子体のデータを書きかえられたせいでそのデータが消えてしまったのだ。

「乗りたいですけど、シュミクラムを買うお金なんて俺にはありませんし…」
「ふっふっふっ。これを見ろ!」

 急に怪しげな笑い方を始めたかと思うと、一つのディスプレイを開き俺に自慢げな顔を向けてきた。
 その画面には数字が表示されており、0がひい、ふう…七つは並んでいる。

「何ですか?この数字」
「これはねー…束さんの預金残高だよ!」

 ……は?

「いやー、この前IS関連とは別に、ちょびっと手伝ってもらったのがあったでしょ?」
「ああ、なんかありましたね。そんなの」

 もういくつもしているために、どれのことだかうろ覚えではあるが。

「あれは、アーク社からの依頼だったんだよ」
「アーク社からの!?」

 アーク社。正式名称アーク・インダストリー。仮想空間をビジネスとした商材によって莫大な利益を上げた巨大企業でその事業は幅広く、本丸のAI事業や仮想空間クリエイト事業、仮想空間を彩り豊かにするNPCやシュミクラムの開発、会員制の仮想都市の提供、更には大半の第二世代(セカンド)に埋め込まれている脳内チップの開発、生産等をも手掛けている。
 AI関連の事業をほぼ網羅していると言っても良い程であり、自社開発のシュミクラムによる強力な警備部門(保安組織)すら擁している。

「でもなんで束さんにアーク社から依頼が?」
「いやー、この間あっちこっちハッキングしていたら、ついアーク社のガードの固さにこう、対抗心がメラメラとね?」
「アンタ何してるんだ!?」

 なんで嬉しそうにとんでもないことを語るのかな、まったく。天下のアーク社にハッキング仕掛けるとかこの人は……!

「で、上手くやってたつもりなんだけど、いきなりメールが送られてきてさ。さすがの私も肝が冷えたね★」
「なんて書いてあったんですか? それも誰から?」
「いや、最初は何が目的? みたいなことが書かれてて、私も遊びでここの構成がまだまだ甘いみたいなことを具体的に記していってたんだけど、それで興味を持ったらしくて会ってみたいって言われたんだよ♪」

 束さんに逆にメールを送りつけることができるほどの凄腕(ホットドガー)と言えば、あの人しかいないが。

「最初のうちは面倒だと思ってたんだけど、なんかこう、これは私と同じ人間だって気がしてね。ためしに会いに行ったんだよ」
「ああ、一か月前にふらっとどこに行ったのかと思えば、そんなことをしてたんですね」
「そ。それで向こうの社長さんとご対面して、すっかり仲良くなったのだ! ぶいぶい~! ちなみに今度第二世代(セカンド)相当の強化処置を受けてくるからこれで一緒だね!!」 

 嬉しそうに笑う束さんを見て、そういえば束さんはこういう言い方もされなくなったがまだ第一世代(ファースト)だったなと思う。
 まだまだ第一世代(ファースト)の方が数は多いが、第二世代(セカンド)も少しずつ増えてきている。利便性の違いもあると思うが、没入(ダイブ)する際に第一世代(ファースト)は有線(ワイアード)じゃなきゃいけなくて、そのため第二世代(セカンド)に比べて回線切断による脳死の危険性が高いからなのかもしれない。 

「それ以降、なにかと色々と仕事を依頼されるようになってね。やってみたら結構面白かったし。だから、次々と報酬が入って気が付いたらこんな金額になってました、てへっ☆ そうそう。あそこの社長さんこーちゃんの叔母さんなんだってね~。驚いちゃった! 研究内容について話してたら、ついつい科学者としての血が騒いじゃって!! それにね~」

 などなど珍しくあの束さんがマシンガントークを始めてしまったことにも驚いたが、あれだけ特定の人とじゃないと話さない束さんが聖良叔母さんと仲良くなったことにはもっと驚いた。
 束さんが言ったようにアーク社の社長は門倉甲の叔母である橘聖良(たちばな せいら)さんでアーク社を一代で立ち上げ、巨大企業にまで伸し上げた人だ。ちょっと普通の人とは違った雰囲気を持っている人なのでそこらへんで気があったのかもしれない。

「…っと。ちょっと! ちゃんと聞いてる!?」
「はいはい、聞いてますって」

 考え事をしていた俺は話を聞き流してしまっていたようだ。束さんはそんな俺を呆れる様な眼で見つめながら「んもう…」とため息をついた。

「とにかく、色々とこーちゃんには手伝ってもらってお世話になってるからね。束さんが戦闘電子体(シュミクラム)をプレゼントしてあげるよ!!」
「ええっ!? いや、そんな高いもの貰えませんよ…」
「いいの、いいの。どーせこんなにあっても使わないし。それにこれはお礼のつもりだから」
「…いいんですか?」
「だから、さっきからそう言ってるじゃん」
 
 人の好意を無下にするのも悪いし、ここは貰っとくか。

「わかりました。ありがたく受け取ることにします」
「うんうん。それでいいんだよそれで。子供は素直が一番☆」

 しばらく俺の頭を撫でていたが「それじゃあ」と言って俺の前にいくつものシュミクラムの画像の映ったディスプレイを開いた。

「どこのモデルがいい? 結構色々あるみたいだけど」
「そうですね…」

 アーク社のモデルや軍の最新型から古いものまで多岐にわたって表示されている。
 その中でも目を引いたのは、統合軍の「アイゼン=ヴォルフ(鉄狼)/ EISEN WOLF」という機種だ。これを亜季姉が独自にカスタマイズしたものがカゲロウだった。
 …うん、俺にはこれが合っている気がする。

「束さん」
「ん? 決まった?」
「はい。俺はこのアイゼン=ヴォルフにします」

 軍のページを指さしながら俺は、振り返った。どれどれと覗き込んだ束さんが、疑問気な顔をしている。

「これで本当にいいの?」
「はい。これがいいです」
「………」

 何やら突然黙り込んでしまった。何でなのかは、わからないが悔しそうな顔をしている。

「…あーあ。賭けは私の負けか~」
「賭け…ですか?」
「うん。せーちゃんと、どの機種を選ぶか賭けをしていたの」
「せーちゃん?」

 一体誰? …ああ。聖良さんか。せいらだから、せーちゃんね。

「はい、これ」

 俺が一人で納得していると軍用のカートリッジを渡された。鉛コーティングされており、表面に統合(GU)のマークが刻まれている。

「なんですか? これ」
「せーちゃんと私がカスタマイズした戦闘電子体(シュミクラム)が入ってるよ」
「え…」
「せーちゃんが、きっとこれだって言うから私も協力したけど、まさか本当にこれを選ぶなんて…」

 束さんが、なにやらぼやいているのを無視して、俺は急いで首筋にある神経接続子(ニューロ・ジャック)を引っ張り出し、カートリッジと接続した。
 すると、すぐに目録(インデックス)が表示され、視野透写された文字列と画像を追っていくとカゲロウとほとんど違いのない機種であることが分かった。メーカー名はないがプログラマの署名として聖良さんの名前と束さんの名前が記されていた。
 愛称が目録の末尾に書かれている。

「……雷狼(ライロウ)?」
「そう!  正式名称『ライロウ(雷狼)/Lightning wolf』だよ!! 他を圧倒する機動力と、そのスピードによって生まれるパワーで接近戦をこなしつつ、持ち前の機動力で距離をとって、射撃といった遠距離戦もできるオールラウンダーな機体だよ。ただその分ちょっと耐久力が平均より低いけど」
「…もう一度聞きますけど、これ本当に貰ってもいいんですか? ここまでしてもらうようなことはしていませんよ」
「いいの。その子も君に使われることが幸せだと思うから」

 愛おしげにカートリッジを見つめている束さんに大きく頭を下げた。

「ありがとうございます! 俺、きっと束さんが誇れるような、シュミクラム使い(パイロット)になってみせます!!」
「うん、頑張ってね。それと、その戦闘電子体(シュミクラム)にはAIと同じ、自己進化ロジックが組み込んであるの」
「つまり、今は俺と同じで青二才の新米だけど」
「だけど…いつの日か誰にも負けないぐらい強くなれるよ。君と一緒にね」

 そう言って微笑んだ束さんは温かい目で俺を見つめていた。







「……とうとう。とうとうIS試作機が完成したよー!!」

 俺が親父に言われた期限の半年前に遂にIS試作機が完成した。
 存在感のある真っ白な装甲。その姿は中世の騎士を彷彿とさせる。

「やりましたね! 束さん」
「ふん、遂に完成させたか」

 今日で最終調整が終わるということで千冬さんもその場に姿を現していた。
 まあ、俺が呼んできたからなのだが。

「さあ、ちーちゃん。乗ってみてくれたまえ!」
「なに? 私が乗るのか?」
「うん! やっぱり最初はちーちゃんに乗ってほしいから☆」
「これはどう乗ればいいんだ?」
「こう、背中を預けるようにして座る感じかな?」

 千冬さんが乗り方のレクチャーや基本的な説明をしてもらっているその隣で、俺は計測機器をいじっている。

「ど~お? こーちゃん。異常はない?」
「はい。今のところどの数値も正常です」
「ちーちゃんは?」
「まだ慣れない感じだが、体に異常はない」

 腕や脚を動かして感触を確かめている千冬さんがそう答える。そこで俺はふと、あることが気になり、束さんに問いかけた。

「そういえば、束さんこれは何ていうんですか?」
「あっはっはっ。何言ってるのこーちゃん。ISだよ。」
「いや、そうじゃなくて。この機体の名前です」
「ああ、それは私も気になっていた」

 そう。俺が気になったのは今目の前にある機体の個別の名前である。どうやら千冬さんも気になっていたようで、体を動かすのをやめて束さんに顔を向けている。

「そうだねぇ。…白くて、騎士を思わせるから『白騎士』かな★」
「また安直な名前だな……」
「いいんじゃないですか? 束さんにしてはマシな名前をつけた方ですよ」
「……そうだな」
「ぶぅぶぅ。どーゆー意味それ~」

 頬を膨らませてプンスカ起こっているが普段の束さんの言動を考えると、奇跡に近いんじゃないだろうか?

「しかし…。白騎士なんて戦闘をこなしそうな名前だな」

 ふと千冬さんがそんな言葉を零した。それに対し俺と束さんは全く同じタイミングで発言した。

「「え、ISって戦闘もできるよ?/できますよ?」」
「何!?」
「いや、装備とか一式全部作ったのは束さんですけどね」
「なんでお前はそんなものを作った!?」
「いや~、だってこーゆうロボットものって言ったら、荷電粒子砲とかレーザーブレードとか装備させたくなるじゃない♪」
「――っ!!お・ま・え・は~~!!」
「いたたたたっ!! ちーちゃんその状態でアイアンクローはやめて~」
 
 千冬さんにアイアンクローされて宙づりになって足をバタバタさせている姿はとても天才には見えないが、とんでもないものを作り上げてしまったものである。
 その攻撃力、防御力、機動力は非常に高い究極の機動兵器。特に防御機能は突出して優れており、シールドエネルギーによるバリアーや「絶対防御」などによってあらゆる攻撃に対処でき、操縦者が生命の危機にさらされることはほとんどない。ISには武器を量子化させて保存できる特殊なデータ領域があり、操縦者の意志で自由に保存してある武器を呼び出せる。ハイパーセンサーの採用によって、目視できない遠距離や視覚野の外(後方)をも知覚でき、コンピューターよりも早く思考と判断ができ、実行へと移せる。
 ……これ一機で世界と戦争できるんじゃないか? これって宇宙空間での活動を想定したものじゃなかったっけ?
 そんなことを考えていた俺だった。







「ん~。じゃあちょっ~と、ちーちゃんは残ってもらっていいかな?」
「ああ別にかまわんが」
「こーちゃん、今日のところはもういいよ。ありがとね~」
「わかりました。これが終わったら帰ります」

 計測した数値をコンソールに打ち込んでいた俺はそれを終えてから研究室を後にした。

 (夕食まで大分時間があるし、仮想(ネット)に潜って模擬闘技場(アリーナ)で戦闘電子体(シュミクラム)に乗るとするか。)

 束さんからライロウを貰ってから俺は毎日、仮想(ネット)に潜って、シュミクラムの野良試合のある模擬闘技場(アリーナ)で腕試しをしている。
 少しずつ俺のカンも戻りつつある。あと半年だ。待ってろよ! 親父!



 次の日に早速ISを政府に発表した束さんだったが、政府はその成果を認めなかった。
 いや、束さんの「現在存在する兵器全てを凌駕する」という言葉を認めるわけにはいかなかった、といった方が正しいかもしれない。
 そしてその1ヶ月後事件は起こった。
 各国の軍などに備えられている日本を攻撃できる全てのミサイルがハッキングされ、日本に向けて発射されたのだ。
 その数二千三百四十一発。
 またたく間に日本中がパニックになった。

「束さん! 今ミサイルが」
「うん。飛ばされたみたいだね~」
「のんびりしてる場合ですか!!」
「だいじょーぶ。今ちーちゃんが対処に向かっているから」

 知ってはいるだろうと思っていたが、あまりにも対処が早すぎる。

「……まさか。ハッキングしたの、貴女ですか?」
「うん」
「なんでそんなことを!?」
「大丈夫だよ、こーちゃん。ちーちゃんと白騎士ならこれくらい軽い、軽い☆」

 そう言って束さんの眺めるディスプレイには超音速で飛翔する、千冬さんの操る白騎士が剣のようなもので次々と切り捨て、撃墜していっている。
 剣が届かない遠距離のものは、荷電粒子砲を量子変換によりその手に出現させ、撃ち落とす。
 どんどん画面に表示されているミサイルの数字が減っていく。

「…すごい。たしかにこれなら」
「あ」

 自由に空を舞う白騎士に見惚れているとそんな声を束さんが上げた。

「? どうしました?」
「間違えてさらに、あと1500発ぐらい発射しちゃった」
「はぁ!? どどど、どうするんですか!?」
「流石にこれはちーちゃんでもまずいねぇ」

 そのとき千冬さんから通信が入った。

『おい。どういうことだ。センサーが新たなミサイルを捉えたぞ』
「ごめんねちーちゃん。もう少しだけ一人で頑張って。すぐに救援を行かせるから」
『救援? まあいい。とにかくさっさとしろ』
「はいはーい♪」

 救援? なんだ? もうひとつISが作ってあったのか? いや、そんなもの見たことはない。
 じゃあ一体どうやって救援を送るんだ? まて、そもそも誰が?
俺の頭を様々な疑問が駆け巡る。顎に手を当てて思考に耽っていると、束さんに肩を叩かれた。

「こーちゃん。君の出番だよ」
「はい! すぐに向かいます! とか言ってる場合じゃないでしょう!? 早くその救援者を」
「うん。だから君だよ」
「えーと、束さん? 実はISがもう一つあったり?」
「ないよ」
「じゃあどーやって俺にあそこまで行けってんですか!?」
「本当はもっと、じっくり調べてから渡すつもりだったんだけど」

 普段のふざけた雰囲気を潜めた束さんがそう言ってポケットの中に手を入れたと思ったら、俺のよく見たことがあるペンダントが取り出された。
 そう。門倉甲だった頃、俺が空にプレゼントしたガラスの中にサイコロが入ったペンダント。それをなぜ束さんが?

「束さん一体それをどこで?」
「これはね。一番最初に作ったコアがこの形になることを望んだんだ」
「これが…ISのコア?」

 見るからに俺が前もっていたペンダントだ。あまりにも似すぎていて少し怖くなってくる。

「突然この形になるように作るよう指示されて、最後にこーちゃん。君に渡してほしいとこの子が意志を示したんだ」
「コアが意志を持ってるんですか!?」
「そう。そしてこの子は君と一緒にいることを望んでいる」
「でもコアだけあってもどうしようもありませんよ」
「大丈夫。あとはこの子がやってくれるから」

 ペンダントを受け取ったその瞬間その言葉の意味がわかった。

〈接続(コネクト)〉
〈導入(インストール)〉
〈初期化(フォーマット)開始〉

 聞き馴染んだ機械音声。最近はよく経験している感覚。
 骨が、皮膚が、筋肉が、無機質の構造に置き換わってゆく。

〈初期化(フォーマット)終了……起動(ラン)〉
〈移行(シフト)〉

 その言葉を最後に俺の体は鋼に覆われていた。
 心音の代わりに、電磁パルスが胸中で高鳴っている。
 そう。俺の体は現実(リアル)であるにも関わらず、戦闘用電子体(シュミクラム)の姿に変わっていた。

「な…これどういうことですか!? 束さん!!」
「何でも、君の脳内チップのシュミクラムのデータを読み取って完全に再現、体を量子変換したらしいよ」
「そんなことが可能なんですか?」
「さあ、でもおそらくは君だけじゃないかな? 君の体、普通じゃないしね」
「…いつから気付いてたんですか?」
「割と最初の方。多分ちーちゃんも気付いてるよ」

 色々と言いたいことはあるが、今はそんなことをしている場合じゃない。

「ああ、あとそれ、見た目はシュミクラムだけど、エネルギーが切れれば機能停止するところはISと変わらないからね」
「それにコアが自動的にPICとかのISとしての性能も発揮してくれるから安心して」

 なんというか、このISコア至れり尽くせりだな。

「じゃあ俺は行ってきます」
「うん。ちーちゃんをよろしくね」
「了解(ヤー)!」

 思わず敬礼をしてしまったが、まあ束さんも笑いながら敬礼しているので大丈夫だろう。
 さあ、千冬さんを助けに行くのが俺の任務だ。
 現実(リアル)で乗るシュミクラムに胸を高鳴らせながら、俺は千冬さんのところへ向かって飛び立った。







 見えてきた。まだ遥か彼方ではあるが流石はISに搭載されているハイパーセンサー。もうすでにミサイルを知覚範囲に捉えている。白騎士も捕捉できた。
 これが俺の現実(リアル)での初戦闘だ。機体制御を行い、遠すぎない位置で空中に停止する。
 目の前には大量に飛んでくるミサイル。
 さあ、行くぞ!!

「戦闘開始(オープンコンバット)!」



[29662] 第4話 白騎士事件
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/08 16:39
「戦闘開始(オープンコンバット)!」

その言葉を引き金に、俺は再びミサイルに向かってまっすぐに突っ込んだ。
両手のクローを伸ばし、スピードを上げて千冬さんのところにまで追いつくと、周りの届く範囲のミサイルをすれ違いざまに両手の爪で切り落とす。
おそらくその光景を見る者がいれば、獣が暴風を巻き起こしながら暴れ狂っているように見えるだろう。
ひとまず、近くのミサイルの掃討を終えた俺は、千冬さんに通信を繋いだ。

「すみません、千冬さん。お待たせしました!」
「お前は……甲二か? その機体はどうした?」
「いろいろと説明したいことはありますが、とりあえず後に回しましょう。エネルギー残量はどのくらいですか?」
「そうだな…。あと半分といったところか」

 ……半分か。十分大丈夫そうだが、一応用心しといたほうがいいな。
 残りのミサイルは俺が来る前に千冬さんが相当健闘したらしく、残り千を切っている。
 ――よし。これなら…

「わかりました。あとは俺が前線に出るので、千冬さんは後ろから援護射撃をお願いします」
「本気か? まだ結構残っているぞ。私も前に出た方が――」
「いいえ。たしかにそのエネルギー残量だったらまだ余裕でしょうけど、これで終わらなかったときに、俺一人だと流石に辛いものがあります」
「……それもそうだな。確実にこれで最後と決まったわけではないか」
「はい。……すみません、生意気なことを言って」
「いや、気にするな。お前の言ったことが正しい」

 苦笑して俺にそう告げた千冬さんは、俺の後方に下がっていった。
 さあて、残りを片づけるとするか。
 再び構えをとった俺は、己の機体の名前に恥じない、稲妻のごとき速さと破壊力を持って蹂躙していった。





 速い。本当に速い。束に渡されたこの白騎士も驚くべき機動性を持っていたが、甲二の操る機体はさらにケタ違いだ。ISのハイパーセンサーのおかげで何とか眼で追えるが、まだまだスピードは上がっていく。さながら雷光のようだ。
 大概のものは間合いに入った瞬間その両手に伸ばした爪で破壊しているが、数が多く、まとまっているところには距離を大きくとって、ミサイルランチャーやバズーカ砲といった射撃武器をその手に展開して撃墜する。

「ふん。何が援護射撃だ……必要ないではないか」

 その光景に呆れ、そうぼやいてしまうほど何もすることがない。へたに撃てばあいつに当たってしまう。

「それにしても、あいつは中々いい動きをするな。一つ一つの動作に余計なものが少ない」

 そう。最小限の動きで、できるだけ無駄なエネルギーを使わないようにしている。

「これは…あいつと試合をしてみたいものだな。わりと楽しめそうだ」

 笑みを深くしながら私はそう呟いていた。





 直撃しそうになるミサイルをブースターを吹かせることによって、擦れ擦れでかわす。
 そして、すれ違いざまに右腕の爪を叩き込む。そのまま流れるようにして、体を回転させながら超音速で近づき、次々と切り裂いていく。
 熱が蓄積してきたら、距離をとって少しの間だけ回避に専念し、後ろに逃したものはデータ領域から呼び出したライフルで狙い撃つ。このISもどきは俺のライロウのデータをそのまま反映しているようで、廃熱処理が異常に早い。少しの間攻撃の手を緩めるだけで、次の瞬間には熱処理が完了している。
 だが、装甲が薄い面も反映しているようだ。いくつか爆風を至近距離で浴びたせいか、俺のシールドエネルギーは三分の一は削られている。
 だけど……っ!

「これでっ! 最後だ!!」

たった今最後のミサイルを左手の爪で薙ぎ払った。

「よし。これで――」

 ――ゾクッ!

「……今、なんだか決して目を付けられてはいけない人に目を付けられたような」

 最後のミサイルを切り裂いた瞬間、体に寒気が走った。まるで誰かとの戦闘フラグが立ったような感覚だった。
 気のせいだと思い込むと、感知装置(センサー)に何かが近づいてくる反応があった。
 もちろん白騎士だ。千冬さんは少し嬉しそうな声で俺に話しかけてきた。

「よくやった。中々いい動きだったぞ」
「ありがとうございます。ところで千冬さん、何かいいことでもあったんですか? 声がなんだか嬉しそうですけど」
「ん? そうか? まあ、気にするな」
「はあ、そうですか…」

 いやな予感がするので、俺はもう聞かないことにした。そんな会話をしていると感知装置(センサー)が新たな反応を捉えた。
 おそらく、日本周辺各国の戦闘機だろう。そんな彼らの任務は『目標の分析、もしくは捕獲。無理ならば撃滅』。といったところか。国際条約を無視してこういった手段に出るということは、よっぽど切羽詰まっているのだろう。見たところ統合軍の最新型の戦闘機までいる。
 それだけではない。巡洋艦、空母といった様々な兵器も集まってきている。

「甲二。お前はもういい、戻れ」

 視線を前に向けたまま千冬さんがそう口にした。

「いやいや、何言ってるんですか。最後まで手伝いますよ」
「お前のそれはただのISというわけではないのだろう? ならばあまり人目に付かない方がいいだろう」
「もう遅い気がしますけど……」
「それでもだ。それに……これくらいだったら私一人で何とかなる。あまり私を甘くみるな」

 何だこの人…。滅茶苦茶格好いいんですけど。

「そら。さっさと行け」
「はい! 千冬さんお気をつけて」
「ふん。まかせろ」

 そう千冬さんに言った俺は、その場から遠ざかって行った。
 後に残るのは白騎士と各国の様々な兵器たち。

「さて、では始めようか。甲二の真似ではあるが…いくぞ、戦闘開始(オープンコンバット)」

 誰に聞こえるでもなく呟いた言葉を皮切りに、白騎士のもはや戦闘とは言えない一方的な攻撃が始まった。





 白騎士の一方的な攻撃が始まったころ。俺はもうすでに戦場を離脱し、あと三十分もすれば陸が見えるところまできていた。そんな時、親父から秘匿回線である直接通話(チャント)で話しかけられた。最後に別れる前に何かと便利だからということで転送してもらって脳内(ブレイン)チップに導入(インストール)していたので、別段驚きはしなかったが、今このタイミングで直接通話(チャント)を使って話しかけてきたことには疑問を覚えた。

『どうした。親父。約束の期限までは連絡もするなと言ったのはそっちじゃないか』
『いや、お前今起こっていること、もちろん気付いているだろう?』
『あれだけ騒いでいれば気付かない方がおかしいぞ』
『ああ、仮想(ネット)でも大騒ぎだ。ところでお前』
『何だ?』
『今、何してる?』

 つぅー、と、鋼の体なのに背中に汗が伝うような感覚が走る。

『…なにって。何がだ?』
『いやおめえ、確かにあのロボットみたいなのは見たこともねえが、さっきまでいたもう一体の方はありゃあ、戦闘用電子体(シュミクラム)だろう』
『そうだな。たしかにあの外見は戦闘用電子体(シュミクラム)そっくりだったな』
『おう。聖良さんから聞いた特徴によく似たシュミクラムだったぜ』
『……………………』
『さあ坊主。どういうことだろうな? まあ、今予定を繰り上げてそっちに向かっているからじっくり話を聞かせてもらうぞ』
『…わかった。全部話す』
『よし。んじゃ、お前は家でおとなしく待ってろ』

通信はそれで終わったが、俺の頭に残っているのはどうやってこのことを説明するか。ただそれだけだった。





 家に戻った俺は、親父に説明するのに一人だけでは無理だろうと判断し、束さんにも協力を仰いだ。 快く了承してくれた束さんだったが、一つだけ条件を付けられた。

「条件…ですか?」
「そう、君はいったい何者なのか。それを私とちーちゃんにちゃんと話すこと」
「それは、どーしてもですか?」
「これを呑んでもらえないんじゃ、私は協力しないよ~?」
「多分、聞いても信じられませんよ?」
「秘密にされるよりはマシだね~。信じる信じないは私とちーちゃんが判断するよ」

 結局その条件を呑むことにした俺は、その会話が終わった直後に帰ってきた千冬さんや、千冬さんが帰ってきた時間の二十分遅れで、篠ノ之家に着いた親父となぜか一緒にいるノイ先生が来るまで、話すことをまとめていた。

 「ほおー、これがお前の体をシュミクラムにねぇー…」

 俺と束さんから話を聞いた親父は興味深げにペンダントを持ち上げている。
 ノイ先生は束さんと千冬さんの二人に俺の体や俺に起こったことを説明し終えたら、さっきからISにしか興味を持っていなくて会話に入ろうとしない。

「そうだったんだー」
「にわかには信じがたいが、それならこいつが大人びていることも説明がつく」

 説明を聞き終えた束さんと千冬さんは納得した感じで俺を見つめている。
 場を重い空気が支配していく、そんな中。

「なるほど、だから一緒にお風呂に入ろうって言っても嫌がったんだね☆」
「ちょっ!? 束さん!?」

 いきなり束さんが爆弾発言をした。

「わはははは、よかったじゃねえか坊主。体が小さくてもいいことが一つはあったようだな?」
「ほう、なぜだ? お前の肉体は幼いが中身は二十歳を超えているのだろう? ならば役得ではないのか?」

 親父はそれを聞いて大笑いしているし、千冬さんがニヤニヤしながら俺に尋ねてくる。くっ、全員の目が俺を見ている。

「体が小さいことを利用してそんなことをするなんて、男らしくないじゃないですか」

 顔を真っ赤にしてそう言ったら、全員感心したような目を向けてきた。

「こーちゃん、紳士なんだね☆」
「うむ。男はそうでないとな」
「お前は俺の息子らしくないなー。俺だったら喜んでついていくぞ」
「本当か? 甲二君。本当は一緒に入りたかったんじゃないのかね? うりうり~、正直に答えたまえ」

 一瞬でシリアスな空気が壊れてしまったことに呆れたが、この人達らしいと思いながらノイ先生にほっぺたをつつかれている俺だった。



「さて、これからどうするかだが」

 真面目な顔をした親父がそう切り出した。

「甲二、まだ色々とそれに関しては謎なことだらけだが、このままここにいてもいずれお前を利用しようとする奴等が出てくるだろう」
「じゃあ! 親父。連れてってくれるのか!?」
「ああ、あれだけの戦闘ができるなら、ついてきても足手まといにはならんだろう。そっちのお譲ちゃん達の話からすれば、相当鍛えていたらしいしな」
「だが、お前もこれからはフェンリルの一員だ。息子だからって特別扱いすることはねえ。わかってるな?」
「ああ!!」

 厳しい顔で俺を見た親父を、はっきりと決意の籠った目で見返す。
 ふと、表情を柔らかくすると俺の頭をぐしゃぐしゃに混ぜるように撫でてきた。

「へっ、いい顔をするようになりやがって。んじゃあ、あとはそっちの譲ちゃんたちだが」
「直に政府の人間がISについてここを訪ねてくるでしょう。だから私はここで束を護りますよ」

 そう述べる千冬さんに親父が心配そうな声を上げる。

「しかし…」
「束は唯一ISの製造方法を知っている人間ですからね。一人にするわけにもいきませんし…」

 そこで言葉を切った千冬さんは強い意志の籠った瞳で親父を見据える。

「私には、護るべき弟もいます。その弟を面倒事に巻き込みたくはない」
「それにたいじょぶ、だいじょぶ。いざとなったらこっちには白騎士があるんだから。ね? ちーちゃん」
「そうだな」
 
 護られる対象であるはずの束さんの軽い声に、千冬さんは頷く。

「そういうことです。門倉さんは自分たちのことを優先してください」
「そうか…わかった。でもなにかあったらすぐに連絡してもいいからな。これだけ坊主が世話になったんだ、何もしないわけにはいかねえからな」
「はい!」
「ちょっと急いだ方がいいぞ永二。政府が動き出したようだ。ここに向かっているらしい」
「よ~し。んじゃ、さっさと行動に移るとするか! 行くぞ坊主」
「先に行っててくれ。挨拶を済ませてから行く」

 玄関に足を向けた親父に声をかける。すると回線経由で待ち合わせ場所が送られてきた。

「そこに門倉運輸のトラックが止めてある。あまり長くは待てないぞ」
「わかった、ありがとう親父!」

 後ろ手を振った親父と親父について行くノイ先生を見送った後、二人に振り返った。

「今までありがとうございました。一夏や箒にもよろしく伝えといてください」
「んー、またねこーちゃん。きっとどこかで会えるよ」
「安心しろ。またそのうち会える日が来る、だから…泣くんじゃない」

 千冬さんがそう言ったと思ったら、気がつけば束さんと千冬さんに抱き締められていた。
 三年間という短い間ではあったが、やっぱり誰かとしばらく会えなくなるというのは辛い。知らず知らずのうちに俺の瞳から涙が零れていた。

「…はい、お二人とも……お元気で」

 別れのあいさつを済ませ、二人から離れた俺は顔を袖で拭うと下げていた頭を上げて笑顔で手を振る。

「また、どこかで会いましょう!!」
「「うん!/うむ!」」

 二人の笑顔を見届けた俺はトラックのある地点へと走り出す。
 意外とそう遠くない位置にそのトラックは止められていた。
 
「もういいのか?」
 
 急いで飛び乗った俺に親父が尋ねてきた。

「ああ、十分だ!」

 笑顔でそう答えた俺を見た親父は「よし!」と頷いたあと、アクセルを全力で踏み込んだ。

「それじゃ、行くとするか! 我らが魔狼(フェンリル)の基地(ベース)へ!!」

 これが後に『白騎士事件』と呼ばれるようになる事件の終幕だった。




[29662] 第5話 魔狼
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/10 10:19
 トラックを運転していた親父が前を見たまま俺に問いかけてきた。

「ところで甲二。最後に確認しておきたいんだが」
「何だ? 親父」
「わかっちゃいると思うが、フェンリルの一員になるということはこれからお前は汚い仕事もしなくちゃならねえ。もちろん、拒否は認められねえ。つまり、お前の夢である正義の味方とはかけ離れた存在だ。それでもついてくるというんだな?」

 親父…俺の覚悟を試しているな? なら、俺も己の持論をぶつけるだけだ。

「当たり前だ。それに、俺にも俺の信義がある。もし親父たちがそれに反することを強制するというのなら自分から出ていくさ」

 俺は毅然とした態度でそう言い切った。
 元々深く追求するつもりはなかったのだろう。これ以上俺がついてくることに対して何か言うことはなかった。

「そうか……。悪かったな、試すような真似をして」
「いいさ、俺を心配してくれたがためのものだろう?」
「そうだ。まあ、安心しろ。俺や俺の部隊にも信義はある。少なくとも、狂信者やテロ組織に与するような真似はしない」
「その言葉、信じてるぜ」
「おう。信じられなくなったらいつでも出て行ってかまわないぞ?」

 親父は気楽そうに笑うとそんな提案を俺にしてきた。
 軽い調子で言う親父に俺は心配になる。

「親父、そんなに簡単に人を出入りさせたりしたら、隊の規律や士気に問題があるんじゃないか?」
「なあに。隊の王様はこの俺だ。その程度の融通はいくらでも効かせられる」

 二カッといつもの笑いを親父は浮かべ、俺はそれにホッとした。自分では出ていくと言ったが、今の俺の能力では一人で戦っていくことは無理だ。
 それに肉体面でも俺はまだ幼い。こんな体ではいくら鍛えてあると言ってもできることは限られてくる。ならば力を借りるほか無い。
 今も胸元にぶら下がっているこいつを使えば大抵のことはどうにかなるだろうが、今の世界状況でそんなことをすれば再び世界を騒がせるだけだろう。
 少しでもフェンリルで力を付けなければ。
 胸のペンダントを握ってこれからのことを考えていると、とうとう見えてきた。

「さあて着いたぞ。これが俺たちの基地(ベース)だ!」

 広い港の駐車場にそれはあった。
 VC147大型軍用輸送機。空飛ぶ駆逐艦と呼ぶに相応しい、大型のVTOL輸送機だ。
 親父はこれを軍艦と呼ぶのは否定するが、見る人が見れば一目でわかるだろう。
 門倉運輸として行動するときはただの輸送機だが、備えられている設備がとてもただの民間会社の輸送機にはみえない。
 港の駐車場の適当なところにトラックを止めると、俺たちはそれに乗りこんで行く。
 親父に連れられ扉を潜ると、そこには近代設備の整った作戦室が待っていた。
 
「相変わらず輸送機の一室とは思えないほど広いな」
「こいつには、かなり金を継ぎ込んだからな」

 自慢げに言う親父を尻目に、周りを観察していると三年ぶりに見る光景にちょっとだけ懐かしさがこみ上げる。
 ふと後ろに気配を感じ振り向けば、いつの間にかシゼルさんが立っていた。

「久しぶりね、門倉甲二君。改めて自己紹介するわ。シゼル・ステインブレッシェルよ」

 シゼルさんは微笑むと回線経由で、名刺(ID)を送りつけてきた。
 それに目を通すと『門倉運輸 仮想サービス部 特殊処理科課長 シゼル・ステインブレッシェル』と書いてある。

「久しぶり、シゼルさん。これからはよろしくお願いします」

 そう言って握手をしようと手を伸ばした。その手を握った瞬間シゼルさんの目が鋭くなったのが分かった。

「…っ!」

 予告無しにいきなり足を払われ、腕をとられて投げられた俺だったが、何とか空中で体勢を立て直し地面に叩きつけられるのを防いだ。
 それを見たシゼルさんは目を丸くして感心している。

「ほお……。確かに鍛えていたようだな。それにカンもいい」
「あ、ありがとう。シゼルさん」
「中尉と呼べ。同じ隊に所属するのだ、口の利き方には十分に気をつけろよ」
「や、了解(ヤー)。わかりました、中尉」
「よし。それでいい……モホーク、来い! これから同じ隊に所属する仲間だ! お前も挨拶しろ!」

中尉が叫ぶと、後ろ側から赤銅の肌の大男がぬっと現れた。寡黙な巨漢で一見すると怖い人に見えるが、実際は仲間を気遣うことのできる優しい性格をしている。

「お久しぶりです。」
「久しいな」

 言いながら、ずいっと右手を差し出してくる。前に見たときと変わらずまるで熊の手のようにゴツイ手だ。握手すると、俺の手がすっぽりと包み込まれて見えなくなってしまった。

「これからはよろしくお願いします。モホーク准尉」
「モホークでいい。お前の事情は少佐や中尉から聞いている。お前は電脳将校の傭兵で、階級は中尉だったと聞いた」
「けど今は違います」
「それでも、以前のお前が俺より階級が上だったのは事実だ。だから、モホークでいい」

 まるで大岩のようにその意思が動くことはない。どうやら譲るつもりはないようだ。本人が良いというのだから従った方が良いだろう。

「……そうか、じゃあ、よろしく、モホーク」
「よし」

 表情も変えないまま、大きく頷いている。モホークが表情を変えたところは見たことがない。
 だが、このときのモホークは少し嬉しそうに見えた。

「モホークもシュミクラム乗りとしては相当な凄腕(ホットドガー)、特に重い機体を扱わせれば天才的だ。クソ重い機体でダンスを踊ってみせてくれる。……私も何度か命を救われた」
「踊りは戦士の基本だ」

 少佐が懐かしそうに目を細めている。冗談なのか本気なのかは分からないが、モホークは得意げだ。
 けれど、腕前の方は冗談じゃないのだろう。
 その後。乗っているすべてのクルーと挨拶を交わしたあと、あることに気付いた。

 (ノイ先生はどこにいった?)

 挨拶をするために艦内を一通り回ったが、あの白衣を引きずる姿を一度も見ていない。
 気になった俺は親父に聞くことにした。

「おや……少佐。ノイ先生はどこに?」
「別に親父でもかまわないが…ノイの奴なら篠ノ之家から自分で帰ったぞ」
「ええ!?」
「ええ!? って…。トラックには乗ってなかっただろう?」

 呆れた風に言われて、考えてみればトラックに乗っていなかった。
 どうやって帰ったんだ? あの人。

「…まあそれは別にいい。隊の奴らに挨拶は済ませたか?」
「ええ、一通り終わりました。」
「んじゃあ、今日のところはもう休んでおけ。色々あって疲れただろう。だが、明日からはお前にも演習に参加してもらう。いいな?」
「了解(ヤー)。失礼します」

 壁面のパネルからみえる外の景色は、もう暗くなっており、もうだいぶ遅い時間になっていることが分かった。
 作戦室の扉の前で一礼して静かに部屋を後にした俺は、シャワー室でシャワーを浴びて自分に宛がわれた部屋に入ったあと、特にすることもなくボーとしていると眠気に襲われ、自分が結構疲れていることを自覚しながら眠りに着いた。


 次の日の朝目覚めてみると、視界の隅に着替えが用意されていた。

「わざわざ作っておいてくれたんだな…」

 今の俺の身長に合わせて作られた門倉運輸の青い制服を始め、昨日まで来ていた私服や新品の下着類も置いてある。
 用意されていた制服に袖を通し終えたところで、中尉が部屋に入ってきたので俺は敬礼する。

「おはようございます、中尉」
「よし、ちゃんと起きていたようだな。来い、飯の前に朝の体操の時間だ」

 俺にタオルを放り投げ、中尉が指を曲げて誘ってきた。
 誘いに従い輸送機の外に出てみると、昨日まで運送のための作業をしていたクルーまで全員揃っていた。
 軽くストレッチをした後で駐車場周辺を走りだし、十キロ程度走ったところで足を止め、筋トレを始めた。

 「……ふむ、まだ朝食まで少し時間があるな…。よし! 二人一組になって組手を始めろ!!」

 時計を見て時間を確かめた中尉は、残った時間をどう使うか考えていたが、顔を上げるとそう言い放った。それぞれが二人一組になって組み手を始める中、俺も相手を探していると、背中の高い位置から野太い声で呼びかけられた。

「おい」

 顔を見上げながら振り返ると体を大きな影が包むのが分かった。
 始めの内は朝日の所為で顔は見えなかったが、大きな体をした誰かがぶっとい腕を組んで立っているのがわかる。
 こんなにガタイが良い人物は一人しかいない。モホークだ。

「どうやらお互い、相手がいないようだな」
「あんたが相手してくれるのか? モホーク」
「よし」

 モホークが大きく頷いたのを合図にお互いに距離をとり、腕を構えた。俺もモホークもすぐには手を出さずに見つめ合う。
 モホークの体が大きいこともあると思うが、とてつもない威圧感が俺を襲う。体の大きなわりには隙のないその構えに俺の頬を冷たい汗が伝っていく。

「………」
「………」

 お互いに無言。円を描くようにしつつ、その距離を少しずつ詰めていく。二人の間の空気がどんどん張り詰めていき、互いの足が止まった。
 次の瞬間。

「っ!!」

先にその緊迫した空気を破って動き出したのは俺の方だった。体を低く倒し、這うようにしてモホークに忍び寄る。

「……こい」

それをみたモホークはその場から動かず、受け身の姿勢で俺を迎え討つつもりだ。

「ハァッ!」

 まずは先制攻撃のジャブがわりとして顔面にこぶしを叩き込む。だが、呆気なくその攻撃は右手によって防がれた。防がれることを予想していた俺は、そのまま飛び上がった勢いを維持したまま回し蹴りをその太い首めがけて放つ。

「ふっ…」

 しかし、隙を見て放ったつもりだった蹴りも余裕の笑みでその太い左腕に防がれていた。
 動きの止まった俺にモホークが右の拳を固め、鋭いストレートを打ってくる。それを体を横にずらすことでなんとか躱した俺は、両手で腕に捕まり逆上がりの要領でその上に乗って、相手の後方の方へ跳躍した。片膝をついて着地した後振り向こうとするが、後ろ蹴りが飛んできたためそれを両手を胸の前でクロスして受け止める。

「グッッッッ!!!!」

大きく吹き飛ばされるが、何とかガードが間に合ったため肉体にダメージはない。が、受け止めた両手はその衝撃でとても痺れていた。両手を軽く振ってその痺れを取っていると、向こうも上げていた脚を下ろしてこちらに向き直っているところだった。

「強いな、モホーク」
「お前も良い動きをする」
「はは。ありがとよ」

 モホークの強さを改めて実感し賛辞の言葉を送ったら、無表情ではあったが自分も褒められてしまった。なんだか照れくさくなってしまい頭を掻いていると、挑発の言葉を返されてしまった。

「どうした? これで終わりか?」
「いいや、まだまだ!」

 そう言った俺は再び仕掛けるために走り出した。







 甲二とモホークが組み手を始めてから、周りの者たちは思わずその手を止めて二人の闘いに注目していた。

「おいおい…。加減されているとはいえ少佐の坊主、あのモホーク准尉と互角に張りあってるぞ!?」
「とてももうすぐ小学生になる子とは思えない動きね…」
「おお、今あの子の攻撃が准尉に一発入ったぞ」
「それにしてもよく躱すわね…あ、でも今少しかわし損ねたわ」

 完全に足を止めて観戦モードに入ってしまっている。中にはどちらが勝つか賭けまで始まっているところもある。
 だがその状況を許さない人がいた。

「貴様ら! 誰が休んでもいいと言った!! それともまだ体力が有り余っているのか!!」
『や、了解(ヤー)! 申し訳ありませんでした! シゼル中尉!!』

 シゼルが怒りの声を上げると集まっていた連中はばらばらと散って行った。
 そして、そのころ甲二がモホークに投げられ、ちょうど決着がついたところだった。







「…つぅ…! 俺の負けか…」

 俺がそう呟いて寝っ転がっていると、俺の体に大きな影が差した。モホークだ。

「立てるか?」

 手を差し出されたので、ありがたくその手を借りて起きることにした俺は手を伸ばして握った。すると勢いよく引っ張られて起こされた。

「怪我はないか?」
「ああ、大丈夫だよ、受け身も取れたからな」
「よし」
「でも、俺はまだまだだな。こんな呆気なく負けるようじゃ……」

 少し負けたことに落ち込んでいると、モホークが大きな拳を握り締め、ぬっと俺に突き出してきた。

「……っ……!?」

 半歩下がって身構えると、突き出された拳が眼前で開かれた。

「食え」
「食えって……これ、キャンディーか…?」

 掌の上にはピンクの包み紙につつまれた物体が一つあった。

「甘いぞ?」
「あ…ああ。ありがとう…」
「よし」

 ありがたく貰い、包み紙を開いて口に含むと甘い味が口に広がった。腕を組んでしばらくその様子を眺めていたモホークがふと口を開いた。

「お前は弱い」
「……………」
「だが、今はまだお前は幼い。まだまだ強くなることができる」
「……そうだな。精進あるのみ…だな。ありがとう、モホーク。励ましてくれて」
「よし!」

 うんと大きく頷いて俺の肩を叩くと、広い背中を向けて、のっしのっしと歩き去って行った。飯の時間がなくなりかけていることに気付いた俺は、慌ててモホークの背中について行った。







 何年か経ち、必ず二人は共に行動する者がいたがそれに不満を言うこともなく任務に参加したりという風な日々を過ごしているとついに俺に初単独任務が訪れた。その日親父に呼び出された俺は緊張しながら作戦室に向かった。

「失礼します」
「おう。来たな」

 そこにはいつものスタッフが作業を行っており、親父とシゼルさんが立っていた。

「だいぶここでの生活にも慣れてきたみたいだな。日に日に動きが良くなるとシゼルが褒めていたぞ」
「少佐!?」
「中尉…ありがとうございます」
「……ふん。これに浮かれて鍛錬を怠るなよ?」
「了解(ヤー)」

 焦っているシゼルさんに感謝の言葉を告げると、照れたように顔をそむけたシゼルさんがそう忠告してきた。そんなシゼルさんを少々微笑ましく思っていると、親父が真面目な顔をして事を切りだしてきた。

「さて、呼びだしたのは他でもないおまえにとって初めての単独任務についてだ」
「はい!」
「そんなお前に与える任務だが………」

 これがフェンリルに所属して初めての単独任務だ。いったいなんだ? 要人警護か? それともゲリラ討伐? もしくはどこかの組織に潜入か?
 そんな風に考えていた俺に下された言葉は、興奮で熱くなっている体を一瞬で凍りつかせるほど理解不能だった。







「小学校に小学生として転入してもらう」







 …………………………………………………………………………………………は?
 
「申し訳ありません少佐。よく聞こえなかったので、もう一度言っていただけますか?」
「はあ? ……ったく、もう一度言うぞ。小学生として小学校に転入することがお前の任務だ」

 うん。どうやら俺の聞き間違いではなかったようだ。どうやら俺は小学生になって学校に通うらしい。 ははははは。
 ……………………。

「って、納得できるか!! どういうことだよ! 親父!!」
「どうもこうも、これがお前の任務だが?」
「ふざけるなよ…! どうして俺がそんなことを――」
「口を慎め! 甲二!! 父親であっても、今は貴様の上官だぞ!!」

 掴みかからんばかりの勢いのある俺にシゼルさんの叱責が飛ぶ。
 対して親父は気にしていないようにニヤニヤ笑っている。

「いいじゃないか。多少は大目に見てやろう……なあ、甲二?」
「いえ……申し訳ありませんでした、少佐」

 熱くなりすぎていたことを自覚した俺は頭を冷やして、親父に頭を下げる。

「やれやれ……ま、いいか。それにな、甲二。説明は最後まで聞くもんだ」
「? どういうことです?」
「貴様に転入してもらう小学校だが、近々、久利原直樹が外部講師としてしばらく勤務することが分かった。」
「久利原先生が!?」

 親父の言葉に首を傾げているとシゼルさんがその詳細を説明し始めてくれたが、説明の中に入っていた名前に驚きの声をあげてしまった。
 久利原直樹。次世代型ナノマシン、アセンブラの研究主任を任されている人で俺が門倉甲であったころ星修学園で講師をしており、そしてシュミクラムの師匠でもあった。
 俺がこの世界で目覚めてすぐのころ、俺からアセンブラが暴走して起こった事件を聞いた親父は、久利原先生に親父の部隊の人間が監視につくようにして、何か動きがあればすぐにわかるようにしてあるらしい。

「そうだ。お前には時を見計らって久利原に接触してもらう。そのときにお前が知っていることをすべて話してしまえ」
「了解(ヤー)。しかしそれなら、久利原先生に直接会いに行けばいいのでは?」
「久利原が来るだけだったらそれでよかったんだが、実は最近、久利原の身を狙う連中に動きがあってな。どうも、勤務する小学校にいるときを狙っているという情報が入った」
「先生の身を狙う連中?」

 なぜ久利原先生を狙う? アセンブラの開発もそんなに進んでいないのに。
 アセンブラじゃないとなると、先生を狙う連中といえば、シュミクラムの指導をされていたときに襲ってきた連中ぐらいしか思い浮かばないが。

「ああ。『暁の虎』っつう、東亜細亜反人工知性・人類救済戦線に所属する、反AI主義者集団だ」

 ――当たっていた。なぜこの時期なのかは知らないが、テロリストの考えることなど正確にわかるはずもない。

「我々も警備のために学校の周りで見張りをすることになっているが、せっかく年齢の丁度いいお前が部隊に所属しているんだ。有効に使わないはずがあるまい」
「本来なら甲二、お前も小学校に四年生として通っている歳だろう? どうせだから任務がてら小学校生活をしばらく満喫して来い」

 つまり小学生として学校に通いつつ、学校内の警備と久利原先生への接触をしろとのことらしい。そんな説得をされた俺は、あれよあれよといわれるがままに転入の手続きをすませ、とうとう小学校の転入するクラスの前まで来ていた。まさかまたランドセルを背負う羽目になるとは……
 これから呼ばれたら教室に入って、自己紹介をしろと担任の先生に言われた。

「じゃあ、門倉君。入ってきてくれるかな?」

 おっと、呼ばれたみたいだ。さて行くとするか。

「はい。失礼します」
「うん。ここにきて自己紹介をしてね」
「はい」

 教室に入った俺は黒板の前に立ち、生徒たちの方へ体を向ける。
 みんなこの時期の転入が珍しいからか、はたまた単に転入してきた奴に興味があるからか全員の目が俺を見ている。

「初めまして。今日からこの四年二組に転入することになった、門倉甲二です。よろしくお願いします」
「はい。ありがとう。みんな仲良くしてあげてね」
『はーい!』

 先生の声にみんなが元気良く返事をする。さて俺の席だが…

「門倉君はあそこの空いている席に座ってもらっていいかな?」

 先生が指さす先には、後ろの方に座っている女の子の隣が空いている席があった。

「はい、わかりました」

 俺はみんなが視線を浴びせる中、空いている席に向かいその隣に座っている女の子に話しかけた。

「これから隣同士よろしくな。俺は門倉甲二。君は?」

 握手を求めて手を伸ばしたがその女の子は臆病な性格のようで少し尻込みしていた。
 俺が急かしたりせずに返事を待っていると、ゆっくりではあるが手を握りながら自分の名前を告げてくれた。

「……更識簪(さらしき かんざし)。よろしく……門倉君」





あとがき
読んでくださってありがとうございます。
自分で改めて読んでみると、あちこち文章の修正をするべきところが出てきました。もし誤字脱字などがありましたらご指摘いただけると嬉しいです。戦闘描写などでこうした方が良いといったご意見がありましたら、参考にさせていただくのでご意見をお待ちしております。



[29662] 第6話 初任務
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/08 21:22
 さて、無事小学校に転入することのできた俺だったが、とある問題に直面していた。

「……眠い。眠すぎる」

 そう。今現在授業中であるのだが、習っているのは小学生の分野だ。有名な私立小学校らしいので習っているところは普通の一年生のところではなく、だいぶ進んだところではあるがそれでも所詮は小学生が学習する内容だ。
 算数とか結構応用の利いた問題があったりするが、もう精神年齢であれば二十代後半の俺からすれば授業を聞いていなくても答えられる内容である。
 そのことが原因で俺は今とてつもない睡魔に襲われていた。

「すんごい~、眠そ~にしてるね~、かどくー」

 このとても間延びした声で話しかけてきたのは、簪さんの後ろに座っている少女で名前を布仏(のほとけ) 本音(ほんね)という。なんでも簪さんの家は昔からある古いお家柄らしく、布仏家は代々更識家に仕えてきた家系であるため、本音さんは簪さんの専属メイドであるらしい。
 ちなみに簪ちゃんに自己紹介したときに呼び方を聞いたら、二人とも下の名前でいいとの事だったので下の名前で呼ぶことにした。

「と言いつつ、君もだいぶ眠そうだよね。本音さん」
「えー、そんなことないよ~。ぐぅ…zzZ」
「寝てる、寝てる。寝てるよ本音さんっ!」
「……っは!? 寝てないよ~」
「いや、今のは確実に寝てたよ」
「…うるさいよ。……二人とも」

 話しかけてきた本音さんの相手をしていたら簪さんに怒られてしまった。ちなみに簪さんはきちんと先生の授業を聞いてノートを取っている。

「ごめん、簪さん」
「ごめんね~、かんちゃん」

 謝ったのだがもうすでに授業に集中しているようで、聞こえていないみたいだった。簪さんは物事に打ち込むと、すごい集中力を発揮するタイプのようだ。
 しばらく真面目にノートを取る簪さんを眺めていたがまた眠気に襲われたため、俺はそのまま眠気に身を委ねることにした。
 チャイムが鳴り響き、その授業は終わりを迎えたため俺は欠伸をしながら身を起こした。
 休み時間に入りみんながそれぞれ会話をはじめ、教室が騒がしくなり始めたころ次の授業のことを考えていた。次の授業の先生は俺の接触対象者である、久利原先生だ。
 俺が転入したころには既にこの学校に勤務しており、生徒たちにもわかりやすいように環境問題や自身の研究でそれをどのように解決できるかなどを教えているようだ。
 今日はその初めての授業で、俺はこの体になってからは久しぶりに久利原先生の授業を受けることになる。
 他の授業は寝てばかりだが、今回に限っては楽しみで仕方がない。

「あれ~? 珍しいねー、かどくーが起きてるなんて~」
「ああ、次の授業は興味があって楽しみにしてるんだ」
「ふ~ん? 次の授業ってー、この前ここに赴任してきた久利原先生だよねー?」

 どうやらいつも寝ている俺が起きているのを珍しく思ったらしく、本音さんが俺に話し掛けてきた。それを隣で静かに見ていた簪さんも会話に加わってきた。

「……そういえば、門倉君って久利原先生に似てるよね……?」
「おお~。言われてみればたしかに」

 実は、この世界で目覚めたときに俺の意識が入ったこの体の持ち主の顔は、久利原先生を小さくして、眼鏡をはずした顔に割とそっくりなのである。
 しばらくの間俺も気付いていなかったことだが、気付いた時には「この顔、久利原先生だ!?」と、思わず叫んでしまったほどだ。

「もしかしてー、親戚だったりするのかな~?」
「……そうなの?」
「いや、一度も会ったこともないよ。今日が初めてさ」


 あくまでこの世界では、だが。

「ふーん。じゃあー、偶然なんだね~」

 二人が感心したように頷いていると授業の始まりのチャイムがなった。しばらくすると久利原先生が教室に入ってきて黒板に自分の名前を書きこちらに向き直った。

「やあ、みんな! またせたな! 今日のこの時間の授業を担当する久利原直樹(くりはら なおき)だ。生徒のみんなよろしく頼むよ?」
『はーい』
「ははは。みんな元気があっていいクラスだな。じゃあまずは私たちが住んでいるこの星、地球のことから教えていこうか」
「我々の住んでいるこの星、地球は環境汚染や大地の枯渇などによってはっきり言えば壊死しかけている。世界中で海が汚染されたり、砂漠化が進んでいるのはみんなもテレビのニュースなんかで見たことがあるだろう? 私たちの研究している次世代型ナノマシン(アセンブラ)はそんな地球の状態を改善することができるのだ。」

 そう言って先生の授業は始まり、最初は地球の状態について簡単に話し、俺たちにとっても身近な環境問題やそれによって起こっている影響、先生の研究している次世代型ナノマシン(アセンブラ)によって得ることのできる成果について説明していく。
 先生の説明は子供でも十分理解できるよう、とても分かり易くクラスのみんなは真剣に聞いている。
 今はどうやら質問の時間になったようだ。子供たちが次々と手を上げていく。久利原先生は一人一人当てて質問に真摯に答えている.

「先生ー。そのアセンブラっていうのはどういったものなの?」
「そうだな……、簡単に言うと環境を汚している物質などを選択的によりよい物質に書き換えることができるとても小さなロボットの集合体、と言ったところかな」
「例えばだが、ダイオキシンに汚染された土壌を有機肥料に満ちた肥沃な土壌にしたり、汚染された水源を清水にしたりも出来るはずだ」
「じゃあ、先生の研究しているものが完成したら海がもっときれいになるんだね?」
「そのとおり。南の海のような澄んだ海が見えるようになるよ」
「世界中に緑がいっぱいになるの?」
「そうだよ。しかもそこの土もとてもいいものに変えて野菜や果物、お米等がいっぱい取れるようにするんだ」
「すっげー! 先生天才なんだな!!」
「はははは。ありがとう」

 子供たちが目を輝かせて、先生に質問や尊敬の言葉を口々に言う。それに先生は照れながらもうれしそうに回答していく。
 そうだ。先生の夢や子供たちの希望を護るためにも俺がここで任務を果たさなければ。
 そう改めて認識した俺は早速動くことにした。質問をするふりをしつつ、秘匿回線である直接通話(チャント)話しかける。

「はい、先生。」
『突然すみません、久利原先生。俺は民間軍事会社、魔狼(フェンリル)に所属する門倉甲二といいます』
「っ!? うん? なにかな?」
『君のような子供が!? それでいきなり秘匿回線である直接通話(チャント)を使用してきた理由はなんだ?』
「もっとアセンブラについて詳しく知りたいんですけど放課後に伺ってもいいですか?」
『実は久利原先生に話しておきたいことがあるんです。アセンブラや俺の記憶について』
「ああ、いつでも構わないよ。私は職員室にいる。気軽に訪れたまえ」
『君の記憶……? ……わかった。よくわからないが話を聞こう。では、放課後に職員室で待っている』
「ありがとうございます先生」
『感謝します、先生』

 先生は訝しんでいたようだったが、最後には納得してくれた。その後もしばらく質問は続き、この授業は終わった。
 そのあと放課後までまた無気力に過ごした俺は、放課後になった瞬間、職員室に向かう。
 職員室に入り久利原先生を探すと資料の後片付けをしている姿をみつけた。どうやら向こうもこっちに気付いたようだ。

「やあ、門倉君。ちょっと待っていてくれたまえ」

 しばらく待っていると片付けも終ったようで、そのまま職員室にある相談室に案内された。先生は用意されていた椅子に腰かけると俺にも座るように促してきた。俺も座ったところで先生が話し掛けてきた。

「さあ、では聞こうか。君の話とやらを」
「はい。少々長くなりますがお時間の方は?」
「大丈夫だ。時間は空けてある」
「ではまず、俺の身に起きたことから話させていただきます」

 俺は先生にすべてを語った。俺が別の世界で門倉甲だったことや、先生とも知り合いだったこと。その世界でアセンブラの暴走によって死んだこと。その後に起こったことも全部話した。

「アセンブラが暴走!? どうしてそんなことが起きたんだ? そんなことが起こらないように細心の注意を払っているというのに」
「それはこのデータを参考にしてください。全てが分かるはずです」

 俺はアセンブラ関連のことを全てまとめたデータを久利原先生に回線経由で送る。先生は送られたデータに次々と目を通して行った。次第にそのスピードが上がっていく。そしてあるところで止まった。

「私がバルドルに接続して知識を得てから、私がおかしくなっていった?」
「はい。研究に詰まった先生はバルドルに眠っているノインツェーンの遺産を得るために、バルドルとその身を繋いだんです」
「それでどうして私が狂っていったんだ?」
「ノインツェーンの死因はご存知ですよね? ノインツェーンはバルドルと自身を繋いだ時にある仕掛けをバルドルに仕込んでいたんです」
「仕掛け?」
「はい。ノインツェーンはバルドルと接続して頭を焼かれた際にバルドルの中にコンピュータウイルスを仕込んで、バルドルに接続した者の思考パターンを誘導してもうひとつの人格を作り、それを駒とすることで世界を滅ぼそうとしたんです」
「もうひとつの人格とは一体…?」
「その人格こそ、ドミニオンの教祖グレゴリー神父です」
「グレゴリー神父だって!?」

 ドミニオン。AIを崇拝する教団。AI派の最右翼で、サイバーグノーシス主義を掲げ(「AIは神である」、「この世界は幻想で、真実の世界は別に存在する」などと言った)狂信的な思想を有しており、反AI派に対してテロ活動やゲリラ戦を行うなど、危険極まりない集団と化している。
 以前は小規模な集団が点在していた状態だったが、一人の神父の登場により規模は一気に拡大、巨大宗教組織となる。その神父こそがグレゴリーである。

「バルドルシステムに繋がった人間の人格や思考を徐々に誘導する形で洗脳し、最終的にその人間が屈すると神父が生まれます。人間の脳に作用するコンピュータウィルスのような存在です」
「私は……屈してしまったんだな……」
「それでも先生。先生はすごいです!  通常ならばすぐに神父に乗っ取られるところを数年間耐えたんですから」

 本当に先生はすごい。日に日に体を蝕まれていく恐怖と闘いながら、何年も持ち堪えた驚異的な精神力を持っているのだから。

「そしてグレゴリー神父に体を乗っ取られた先生は、アセンブラを暴走させてしまいました。でも、この世界ではそんなことはさせません。先生に送ったデータにはアセンブラの研究データや暴走した原因を直すも正常化プログラムもあります。もう先生がバルドルに接続する必要もありません」
「本当だ……。これがあればあと少しで完成させることができる! ありがとう、甲二君。君には何と言っていいか……」
「いいえ……。それより俺こそありがとうございます。こんな荒唐無稽の話を信じてくれて」
「最初は信じられなかったが、君のその大人びた言動やこんなものを見せられれば納得のしようがないさ」
「それもそうですね」

 二人してしばらく笑い合った後、先生が居住まいを正して俺に向き合い真面目な顔で聞いてきた。

「一つ気になったんだが、この世界のグレゴリー神父はどうしているのかね?」
「俺が預けられているときに、親父が奴を追って倒したそうです」
「そうか。ではまた誰かがなってしまうまでは神父はいないということか」
「はい。……それとは関係ないのですが、先生。最近先生が反AI主義者集団『暁の虎』の奴らに狙われているのは知っていますか?」

 ひとまず神父の話題はここで切り、早速もう一つの本題を話す。
 俺が聞くと先生は顔を歪ませた。

「ああ。ひっきりなしに警告状が届くよ」
「それでは奴らが先生が学校にいるときを狙っているというのは?」
「いや、それは知らない。……そうか。君がこの学校に転入してきたのもそのためだな?」
「ええ、奴らがいつ動くかはまだ分かりません。ですから先生も気を付けていてください」
「わかった。気を付けることにしよう」

 先生はそこで「それに…」と言って言葉を区切った。
 その顔は笑っている。これはあの言葉だな?

「「備えよ、常に」」
「ですよね? 久利原先生?」
「ははははは。その通りだ」
「……ぷっ」
「……ふっ」
「「あはははははは」」

 まったく同じ言葉を言った俺と久利原先生は、同時に吹き出して大声で笑い合った。



 先生との接触任務を済ませた俺は別れのあいさつをしたあと一礼して、職員室を出た。
 鞄を教室に置きっぱなしだったのを思い出した俺は、教室に向かおうとしてこちらに向かって走ってくる人影を見つけた。
 
「あれは……、本音さんか?」

 本音さんも俺に気付いたようで、俺に向かって走ってくる。いつもののんびり具合が嘘のような速さだ。その顔は今にも泣きそうになっている。

「かどくー、かどくー!」
「一体どうしたんだ? とりあえず、落ち着いて話して?」

 結構な距離を走ったようで肩で息をしている。まあ、その袖丈が異常に長い服では走りにくいのだろうが。

「かんちゃんが……、かんちゃんがいじめられてるの」
「なんだって!? でも、それはまた、どうして?」
「かどくーは受けてないかもしれないけど、この前のテストの成績が返ってきて、かんちゃんそれでクラスで一番だったの。それで……、それを知ったクラスの一部の子が、かんちゃんに「生意気だ」って言って」
「今、簪さんは?」
「まだ教室で三人に囲まれていろいろ言われてる……。私…止めようとしたんだけど、おろおろして何もできなくて……」

 先生を呼ぼうとして職員室に来たということらしい。そこまでいった本音さんは顔を伏せて嗚咽を漏らし始めてしまった。
 有名な私立校だろうとピンからキリまでいるらしいな。――久々にはらわたが煮えくりかえってきたぜ。
 とりあえず本音さんを落ち着けるために、頭を撫でながら安心するように言ってあげた。

「よく頑張ったね本音さん。偉いぞ」
「……でも、わたし…なにもできてない」
「その場から逃げることもできたのに、勇気を出して行動したじゃないか。もう大丈夫、あとは……」

 そこで言葉を区切って足を教室に向けた。振り向く際に、顔を上げた本音さんの両頬に涙が伝っているのがうっすらとみえた。

「俺に任せろ!」

 胸に怒りの炎を宿しながら、俺は走りだした。




[29662] 第7話 暁の虎
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/10 09:59
 私は何をしても姉さんと比べられる。
 あなたのお姉さんがあなたの年のときにはもっと上のことができた。もっとお姉さんを見習いなさい。あなたはあの子の妹なんだから。
 お姉ちゃん。お姉ちゃん。お姉ちゃん。
 みんなして姉さんの方ばかり見て私には一切見向きもしない。見てもらえたと思っても、言われる言葉は必ず姉さんとの比較の言葉。
 私もそんな姉さんに憧れて、追いつくために必死になった。いつかみんなにさすがあのお姉ちゃんの妹だと思ってもらえるように。
 それでも、どんなに頑張っても姉さんには追いつけない。私はこの前のテストでクラスで一番になれることができたが、姉さんは学年で一位。しかも全国上位にも食い込んでいるらしい。
 そんなことを考えていると、いつのまにか私はクラスの一部の子たちに囲まれて口々になじられていた。

「おまえ、クラスで一位になったからって生意気なんだよ!」
「そうだ。そうだ。何でもないような顔しやがって」
「おれたちのこと見下してんだろ!」
「……別に、そんなこと思ってない」
「嘘つけ!!」

 どうやらテストで一位を取ったのに、澄ましたような顔をしていた私が気にいらなかったようだ。本当にそういうつもりはなかったのだが。

「いっつも勉強するか、本を読んでばかりいやがって!」
「おれ、知ってるんだぜ。おまえが必死になって勉強する理由」
「っ!?」

 思わず体が反応した。
 そういえばこの子にはたしか姉さんと同い年の兄がいた。とすればその兄から話を聞いたのだろう。

「おまえ、自分の姉ちゃんと同じようになりたいから、必死になって勉強してるんだろう」
「むりむり。おまえなんかじゃあの姉ちゃんには追いつけねーよ!」
「おまえとあの姉ちゃんじゃ才能に違いがありすぎるからな!」

 やっぱりだ。結局みんなそう言う。お前には無理だ。お前はあんな風にはなれない。生まれ持った才能が違う。
 たしかに姉さんは勉強も出来ればスポーツもできる。明るい性格で人ともすぐに仲良くなれるし、人気もある。俗に言う完璧な人だ。
 それに比べて、私は臆病な性格で人と話すのもあまり得意ではない。そんな私が姉さんを目指すのは無理があるのだろうか。

(やっぱり駄目なのかな)

 こんなつらい時に、私の好きなアニメのような正義のヒーローが颯爽と現れて、私のことを助けてくれたらどれだけいいだろう。
 そんなことを考えて、顔を俯かせて零れそうな涙を必死にこらえていた時だった。
 気が付いたら、目の前に誰かが立っているのがわかった。


「おい、お前ら。言いたいことはそれだけか?」


 顔を上げると横顔がちらっとしか見えなかったが、声で誰かはわかった。
 最近できた友達の門倉君が、いつも優しげにしている顔を怒りで歪ませて私の前に立っていた。







 教室についてみれば、簪さん一人を囲んで男子三人が悪口を言っていた。
 男三人で女の子一人をいじめている、という光景に冷静にならなくてはいけないというのが分かっていても、ますます俺の怒りのボルテージは上がる。
 三人と簪さんの間に割って入るときに、顔を伏せているためよくは見えなかったが瞳に涙が浮かんでいるのが見えた。
 男の子三人を見ると、どうやら割って入ってきた俺に向こうは戸惑っているようだ。

「な、なんだよ、転入生。お前には関係ないだろ!」
「「そーだ、そーだ!」」
「関係ある。この子は俺の友達だ。理由はそれだけで十分だ」
「へっ、かっこつけやがって! どかないとお前、ボコボコにするぞ」
「いいだろう。かかってこい」
「かっこつけてられるのも今の内だ! こっちは三人いるんだぜ!」

 そう言って俺に殴りかかってきた。それを見た簪さんが心配そうな声を上げる。

「危ない甲二! 逃げて!!」
「いまさら逃げても、もう許さねえよ!」

 一人目のガキが俺の顔めがけて拳を放ってくる。たしかに、ただの小学生では三人相手にするのは難しいだろう。それが、ただの小学生だったらの話ではあるが。

「え?」

 簪さんが疑問の声を上げる。殴られたと思ったら俺がそこにいなかったからだ。殴りかかった奴も、残り二人もどこに行ったのか探している。

「どうした? 俺はここだぞ?」

 男の子三人の後ろの方から声をかける。俺は体を前に倒すことによって拳をかわすとそのまま死角をついて後ろに回ったのだ。

「な……このやろ――」
「そろそろ止めにしないと、先生が来るぜ? ほら、足音が聞こえるだろ?」

 向こうが再び殴りかかってくる前に俺が言葉を被せると、遠くから大人の大きな足音が聞こえてきた。
 本音さんが近くにいた久利原先生を連れてきたようで、二人の声が聞こえてくると慌てて三人は逃げて行ったが、それを久利原先生に呼び止められ職員室に連れて行かれるのを見た。
 今、教室いるのは遅れてきた本音さんと俺と簪さんの三人だけだ。

「ごめんね、かんちゃん。……私助けられなくて」
「いいの……。……本音は人を呼びに行ってくれたんでしょ? ……なら、謝ることはないよ」
「ううう。ありがとう~、かんちゃーん」
「こ、こらこら……。もう泣かないの」

 いやー良かった、良かった。と俺が頷いていると、簪さんが俺の方に視線を向けた。

「甲二もありがとう……。私なんかのために……怒ってくれて」
「当たり前だろ、友達なんだから。これからは何かあったら俺に言えよ?」

 その言葉を聞いた途端、また顔を伏せてしまった。

「……大丈夫。あんなことはもう……されないようにするから」

 少し悲しげに言うのでその理由を聞いたらこんな答えが返ってきた。簪さんには姉がいてとても優秀らしく、そんな姉と比べられるたびに誰も自分のことを見てくれなくて、辛い思いをするのが嫌だから必死になって頑張ってきたが、もう姉のようになれるように努力するのはあきらめると。
 しばらくその様子を眺めていた俺だったが、自身の体験を交えて、自分の考えを話すことにした。

「俺はちょっと前まで多重人格障害みたいなものになっていてね。自分がここにいてもいいのかって悩んで、自棄になってた時があったんだ」

 実際には少し違うが。

「そのとき近くにいた奴に言われたんだ。「アンタが何者かはわからないとしても、今ここにいるアンタはアンタでしかない」って。それでわかったんだ。他の誰にも俺がなることはできないし、他の誰も俺になることはできない」

 俺の言葉を本音さんと簪さんは黙って聞いている。
 それを確認すると俺は続けて言った。

「俺には、簪さんがどんな思いを抱いているのかはわからない。だから、どんな気持ちなのかは知ることはできない。でも、なりたい自分があるのなら、それを目指せば君のお姉さんとは違う、簪さんらしさを見つけることができるんじゃないかな?」

 そこまで言ったときに簪さんは不安げな目で呟いた。

「……でも、甲二はお姉ちゃんを知らないから……」
「うん。たしかに俺は君のお姉さんのことは知らない。でも、君のお姉さんがどんな人でもその人は、その人だ。簪さんじゃない。俺がそれを知ったからって、簪さんのことを見る目を変えることはないよ」

 だから努力することを諦めないで、と言ったところで簪さんは静かに泣き出してしまった。

「あー! かどくー泣かせた~」
「え!? ちょっ、どうして泣くかな!?」
「……ううん。なんでもないの……ありがとう」
「そう? ならいいけど」

 本音さんに言われて焦る俺を見て、笑いながらそう言ってくれたので俺は安心した。
 そこで遠くから何やら何か聞こえてきた。

「……を………るなー!」
「ん?」
「私の簪ちゃんを苛めるなー!!」
「ぐはっ!?」

 振り向こうとしたところ、そんな声が聞こえた瞬間、俺の後頭部に何かが直撃した。驚きに目を見開いている簪さんと本音さんを見ながら俺の意識は闇に落ちた。



「……ん? ……痛つつつっ!」

 目が覚めた瞬間、後頭部に激しい痛みが走った。そういえばさっき何かが当たったな。何が起こったのか不思議に思い辺りを見渡すと、簪さんと同じ髪色のセミロングの髪型の女の子が簪さんに怒られていた。

「お姉ちゃん! どうしてあんなことしたの!!」
「いや~、だって簪ちゃんが苛められていると思ったんだもん」
「いいから! 早く彼に謝って!!」

 俺を指さして言った簪さんに従って、その女の子は俺に謝ってきた。

「君、ごめんね? 簪ちゃんを助けてくれたんだって? ありがとう」
「いいえ、構いませんよ。それより貴女は?」
「私は更識楯無(さらしき たてなし)。あの子の姉よ」
「貴女が……。俺は門倉甲二といいます。呼び方は甲二でいいですよ。簪さんとはクラスメイトです」
「門倉?」

 俺の名前を聞いた瞬間、一瞬だけ顔を顰めたがすぐに笑顔になると簪さんと本音さんに帰るように促した。

「ほら。もう遅いから、二人は帰りなさい」
「……お姉ちゃんは?」
「私はもうしばらく、そこの彼と話してから帰るわ。ほら行きなさい」
「うん……。甲二、今日はありがとう」
「かどくー、また明日ね~」
「おう。また明日な!」

 二人とも手を振って帰って行った。さて、さっきから俺にだけ殺気を向けてきている簪さんのお姉さんに話しかけるとするか。

「えーと? 更識さん? 俺に何か用ですか?」
「楯無でいいわ。……フェンリルの、傭兵の貴方があの子に何の用?」
「!? どうして、貴女がそれを?」
「私の家の家柄ね、そういう情報は入ってくるのよ。もう一度聞くわ。傭兵の貴方がどんな目的であの子に近づいたの?」
「いや、特に何か思惑があって近づいたわけではないですよ。ただ、席が隣だった。それだけです」

 しばらく冷たい目で俺のことを見ていた楯無さんだったが、ふとため息をつくと背を向けた。

「はぁ、まあいいわ。今はそういうことにしといてあげる。ただ、私は傭兵の言葉なんて信用しないから……あの子に手を出したら、生まれてきたことを後悔させてあげるわ」

 最後に、顔だけ振り向いて殺気の籠った目で睨みつけてから、楯無さんは去って行った。
 その日のあとから簪さんと一緒にいると、なにかと俺に殺気を向けてくる楯無さんだった。






 楯無さんにそろそろ視線で殺されるかもしれない。そんな生活が続いたある日のこと、四年五年六年生合同のレクリエーションが体育館であった日のことだった。
 もうすぐ勤務の終わる久利原先生も交えて、みんなでレクリエーションに取り組んでいると、銃で武装した集団が体育館に土足で入り込んできた。

「我々は、東亜細亜反人工知性・人類救済戦線、『暁の虎』部隊のものであるっ!」
「久利原直樹。貴様には我々と一緒に来てもらおう」
「やれやれ。反AI主義の君たちが、私に何の用かな?」
「貴様を放置しておくのは大変危険だと判断した我々は、貴様を捕獲することにしたのだ!!」
「私が、それに従うとでも?」
「従わなければ、このガキの命が無くなるだけだ」

 そう言って奴らが人質に取っているのは、先ほどお手洗いに向かった簪さんだ。
 親父に直接通話〈チャント〉で連絡を取ると、外で他の奴らと交戦しているため、親父達はすぐにはこちらに来れないことが分かった。

「止めたまえっ! その子は無関係だ!」

 簪さんを見た久利原先生は、声を荒げて奴らを睨みつける。
 だが、その言葉を受けた奴らは馬鹿にしたようにニヤケながら久利原先生を見ている。

「なら、貴様が従えばいいだけのことだろう?」
「……わかった。従うからその子を放してくれ」
「駄目だ。貴様を連れていくまでは人質代わりだ」
「待って!!」

 テロリストどもの前に一歩、歩み出たのは楯無さんだ。

「その子を放して。人質なら私が代わりになるわ」
「お姉ちゃん!?」
「へっへっ、なんだこのガキのお姉ちゃんか? 健気だねぇ~。……いいだろう早くこっちに来い!」

 楯無さんを人質に取ると奴等は簪さんを解放した。久利原先生が簪さんを庇いながらこちらに連れてきた。







「お姉ちゃん!」
「大丈夫よ、簪ちゃん。お姉ちゃんは大丈夫だから」

 テロリストたちによって一か所にまとめられた私たちはその場に座らされていた。私が姉さんを呼ぶとにっこりと微笑んだ。

「かんちゃん! 無事でよかった~」
「でも、今度はお譲様が」

 本音は私が無事に解放されて安心したからか、抱きついてきた。
 そして、本音が私の専属メイドであるように、虚さんも姉さんの使用人だ。そのため虚さんも心配そうに人質にされている姉さんを見ている。
 私の所為だ。私があいつらに捕まってしまったから、今度は姉さんの身に危険が及んでしまっている。
 このままでは、姉さんがあいつらに連れて行かれてしまう。本当ならあそこで人質にされているのは私なのに。
 もしかしたら二度と逢えなくなるかもしれない。
 あいつらが久利原先生を連れて行っても、姉さんを解放してくれる保証なんてどこにもない。
 どうしよう。どうしよう。どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 (このまま姉さんに会えなくなるなんて、そんなのは絶対に嫌だ!)

 姉さんがずっと私のことを気にかけてくれていたのは知ってる。ただ、私が優秀すぎる姉さんに気後れして、姉さんと触れ合えなかっただけだ。こんなぎくしゃくした関係のまま終わりなんてしたくない。
 アニメじゃないけど正義の味方でもそうじゃなくても誰でもいい! 誰でもいいから。
 だれか……

「誰か……、お姉ちゃんを助けて!」

 誰にも聞こえないように小さな声で、そう呟いたと思ったのに。その言葉に対して返事があった。

「大丈夫。親父達があと、もう少しでここに駆けつける。そして君のお姉さんもきっと無事に助けてみせる」

 それは甲二だった。他のみんなが恐怖に震えている中で一人だけ、毅然とした態度でそこに座っている。その姿は私を苛めっ子たちから助けてくれた時によく似ていた。私はそんな甲二が、いったい何者なのか気になり思わず尋ねていた。

「……甲二。あなたは一体何者なの?」
「俺か? 俺は傭兵、いや……そうだな……」




 ――――ただの……正義の味方さ。




 始めの内は言い淀んでいたが、私に笑いかけながらそう言う甲二のその姿は、まさに正義の味方そのものだった。







 安心させるために正義の味方発言をしたのだが、なにやら顔を赤くして簪さんは俯いてしまった。――あれ? ちょっと子供っぽすぎる発言だったかな?
 さて、状況を把握しよう。
 楯無さんを人質に取っているので一人。久利原先生についているのが三人。体育館の出入り口に二人。俺たちの方に注意を向けているのが二人。合計で八人か。
 どうにかして注意がそれたときに久利原先生にあれを渡せれば久利原先生の方はどうにかなる。
 だがあとの五人をどうするか……
 すると、急に奴らが慌て始め、出入り口の二人が出て行き、外が騒がしくなり始めた。
 今なら全員の注意が外に向いている。今がチャンスだ!
 俺は予め用意していたものを二本、量子変換によってその手に顕現させると久利原先生にそれを投げ渡した。

「久利原先生! これを!」
「これは!? さすがだ甲二君!!」

 先生は俺から受け取った二本の日(・)本(・)刀(・)を鞘から抜き放ち、即座に周囲の三人の銃をバラバラに切り裂いた。さらに三人を峰打ちで気絶させている。恐るべき早業だ。

「このガキ!」

 外に注意を向けていた二人の内の一人が俺に銃口を向けてくるが行動が遅い。
 俺は一瞬で距離を詰めると銃を持っているその手を蹴り上げ、腹に肘を叩き込み、頭が下がったところに顎を掌底で打ち上げて気絶させる。
 もう一人もそこで我に返るが、そいつも行動を始める前にその顔に飛び膝蹴りを喰らわせて沈めた。
 これであとは楯無さんを人質に取っているあと一人だが、絶望的な顔をしてその膝を笑わせている。

「さて。あとはアンタだけだな」
「……なんなんだ。おいガキ! お前は一体何なんだ!?」
「俺の名前は門倉甲二。フェンリルの一員だ」

 フェンリルの名前を聞いた瞬間、面白いように顔が青を通り越して白くなった。

「フェンリル!? 傭兵部隊を雇ったなんて聞いてねえぞ!! だけどこっちには人質が――」
「ねえ?」
「あん? なんだ譲ちゃん?」
「いつまでも汚い手で私に触らないでくれる?」

 いきなり話しかけた楯無さんは、拘束の手が緩んだその隙に銃を持つ手に手刀を振り下ろし、銃を落とすとその手を取って綺麗な一本背負いを決めた。
 俺と目があった楯無さんは自慢げにしている。

「なんだ。楯無さん、強かったんですね」
「ふふっ……。弱いと言った覚えはないわよ?」

 俺と楯無さんが笑いあっていると、簪さんと布仏姉妹が走ってきた。その顔は喜びでいっぱいになっていたが急に険しい顔になった。

「お姉ちゃん危ない!!」
「え?」
「このガキーーーー!!!!!」

 さっき楯無さんが投げた奴だ。どうやら気絶をしていなかったようでその手にはナイフを握っている。 ――まずい! 楯無さんの反応が遅い。あれではかわせない!

「お姉ちゃんっ! いやーーーー!?」
「っ!? しまっ」

 ドスッ。と刺さった音がした。慌てて振り向いた楯無さんの前に立って庇った、俺の右掌に刺さった音が。

「な!? このガキ」
「おい」
「な、なんだ?」
「小学生の、それも女の子に向かってナイフを振り下ろしてんじゃねええええぇぇぇ!!!!!!」
「ガッ!?」

 俺は左の拳を握りしめ、思いっきりその顔面に叩き込んだ。確かめたところ今度こそ奴は気絶したようだ。

「はあっ…はっ…! ぐっ……!?」
「甲二君! 無事か!? これは……待っていたまえ。すぐに包帯を取ってくる」

 怒りがおさまったところで、急激に右掌が痛み出した。当たり前だ。ナイフが刺さっているのだから。 先生は俺の傷を見た後すぐに包帯を取りに行ってくれた。

「どうして?」
「はい?」

 ズキンズキンする痛みに耐えながらナイフを抜き、ポケットに常備している膚板(ダーマ)を貼って止血をしていると楯無さんが話し掛けてきた。
 その顔にはただ困惑の色があり、理解できないと言わんばかりだ。

「どうして、庇ってくれたの? 貴方は傭兵、金さえ貰えれば何でもする奴らの一員でしょう? なんで私なんかを怪我をしてまで庇ってくれたの?」
「……先に謝っておきますよ。すみません」
「え?」

 パアン! と乾いた音が鳴り響いた。俺が左の掌で楯無さんの頬を叩いたからだ。
 茫然としている楯無さんに、俺の指さす方を見るように顎で示した後、馬鹿なことを言う友人の姉を思いっきり怒鳴りつけた。

「見ろ! あそこでアンタを心配して泣いてくれる妹がいるだろう!? 自分のために泣いてくれる人がいる奴が「私なんか」なんて二度と言うな!! わかったか!?」
「は、はい」

 そこまで言ったところで簪さんが泣きながら楯無さんに抱きついた。

「うう……良かった。……お姉ちゃんが死んじゃうかと思った」
「……そうね。ごめんね簪ちゃん。簪ちゃんを一人にするところだったわ」
「まったく。門倉君の言うとおりです。勝手に死んでもらっては困ります」
「虚……」
「それに大丈夫です、お譲様~。かんちゃんには私がいますー」
「……それは私が居なくてもいいということかしら? 本音ちゃん」
「ええっ!? 違います~、そうじゃないですー!」

 やれやれ、すっかり緊張感が解けてしまった。でもまだ言い足りないことがある。

「あとですね、楯無さん。確かに傭兵はお金を貰えれば何でもします。でも、親父達の部隊にも俺にも貫くべき正義があります。今回は俺も自分の正義を貫くために、貴女を庇いました。それが理由です」
「そう……、ごめんなさい甲二くん。キミのこと、勘違いしていたわ」
「いいえ、それよりも怪我がなくてよかった。」

 安心して笑いかけるとなんだか四人の頬が若干赤くなった。
 あれ? みんなどうしたのかな?

「みんなどうしたんですか? 顔が赤いですけど」
「「「「な、な、な、なんでもない!」」」」
(ま、まさか私が惚れるなんて……。いや、気のせいよ。きっと。うん。多分……)
(い、言えない。さっきの甲二が格好良かったなんて……)
(うーん。もしかして私、かどくーのこと好きになったのかなー? 撫でてもらえるの嬉かったし)
(さっきの啖呵の切り方は結構男らしかった。……いやいや彼は年下)
「?」

 よくわからなかったが、そのあと親父達が来て『暁の虎』の奴らをまとめて連れて行った。それでこの事件は終わったのだが……

「ほら、甲二くん。右手不自由で食べにくいでしょ? 私が食べさせてあげる」
「……なんでお姉ちゃんがこのクラスにいるの? ……はい甲二、あーんして」
「にひひ。ほら、かどくー。アーン」

 次の日。昼食の時に左手で食べづらそうにしていると、気が付いたらこんな状況になっていた。
楯無さんと簪さんはなんだか火花を散らしているし、本音さんはそれを面白がりつつ自分も参加してくるし、もう訳が分からない。

 (ど・う・し・て・こ・う・な・っ・た!?)

「ちょっと、楯無さんに簪さん待って」
「……簪」
「え?」
「……さんはつけなくてもいい。甲二」
「わ、わかった。簪」
「それにしても簪ちゃん。あなたが男の子を下の名前で呼び捨てなんて珍しいわね~」
「そ、それは……って! お姉ちゃん! どさくさにまぎれて甲二に抱きつかないで!!」
「ええ~? いいじゃない別に~。ねえ? 甲二くん?」
「ええっ!? お、俺に言われても……」
「甲二……鼻の下伸びてる」
「んふふ、お姉さんの体にどきどきしちゃった?」
「もう! 楯無さん! からかわないでください!」
「あは。顔赤いわよ?」
「うっ……」
「……甲二?」
「あはは。かどくーモテモテだねー」
「う」
「「「う?」」」
「うわーーーーー!!」

 とりあえずこの場から逃げ出すために俺は走りだした。何やら後ろの方で声が聞こえるが気にしない。

「ふー。ここまで来れば大丈夫だろう」

 俺は屋上まで走って逃げてきていた。ここならおそらく大丈夫だ。

「しかし……俺はなんで焦ってたんだ? 相手は小学生だぞ?」
 
 これではまるで俺が真正のロリコンみたいではないか……。
 そのことに少々どころじゃなく頭を抱え、屋上を流れる風で涼んでいると、突然目の前が真っ暗になって耳元で声がした。

「だーれだ?」
「っ!? ……よくここが分かりましたね。楯無さん」
「あはっ♪ 逃げるとこと言ったらここ位だからね」

 目を塞いでいた手を解放してくれたので振り向くと、イタズラっぽい笑みを浮かべた楯無さんが立っていた。そういえば楯無って女の子の名前じゃないよな。

「ん? それは更識家当主の名前なんだよ。私は十七代目楯無」
「え、今俺口に出してました?」
「うん。気付かなかった?」

 気がつかないうちに呟いていたようだ。自分ではそのつもりはなかったのだが。
 そして、思い出したことを訊いてみる。

「そういえば、俺がフェンリルの一員だってことも知ってましたよね? 楯無さんは何者なんですか?」
「そうねぇ。暗部はわかるでしょ? 更識家は対暗部用暗部。私はその当主よ」
「なるほど。それなら色々なことが情報で入ってくるわけだ」
「ええ、だからこんなことも知ってるわよ? 白騎士じゃないもう一人のIS操縦者さん?」

 にこにことしているが、その目は獲物を捕まえて面白がる猫のようだ。
 表情に出さなかった俺は、本当に不思議そうに尋ねた。

「……なんのことです?」
「みんないろんなことが急にありすぎて忘れているけど。キミ、久利原先生に渡した刀、何もないところから出したよね? あれは『白騎士』や『閃光の狼(ライトニングウルフ)』が武装を出した時に似ていたわ」
「ちょっと待ってください。『白騎士』はわかるんですけど、なんですか? 『閃光の狼』って?」
「え、知らない? 閃光のように動く狼みたいだってことで『閃光の狼』って名前が付けられたらしいわよ? 通称『ライトニング』」

 知らなかった。そんな風に呼ばれていたのか。まあ、確かに俺のシュミクラムは雷狼(ライトニングウルフ)だけど。

「それで、不思議に思って調べてみたらキミ、IS製作者の篠ノ之博士のところでお世話になっていたらしいじゃない? それで確信したのよ。キミが『ライトニング』の操縦者だって」
「それで、楯無さん。貴女は俺をどうしますか? 政府に渡しますか?」

 後ろに手を回し、腰元にあるポケットの小型ナイフをいつでも抜けるようにしておく。
 暗部の人間なら手を抜く必要はないだろう。

「うーん、別に言う気はないわ。」
「はい?」

 あっけらかんと言うその姿に少々気が抜ける。
 口元に当てていた手を放すと、人差し指を立てて俺を見た。

「ただ、黙っていてほしいならひとつお願いがあるわ」
「はい。なんですか?」
「今じゃなくていい。今度会うときでいいからキミがまだ隠していることを話してほしいの」

 真剣な目で言われてしまい、嘘のないことを悟った俺は手を戻すと俺の方からも一つだけと指を一本立てた。

「……わかりました。俺からも良いですか?」
「ええ。なにかしら?」
「もっと貴女の方から簪に歩み寄ってあげて下さい。知ってますよ? 簪以上に、貴女の方が彼女に気後れしているのは」
「そ、それは……」

 目に少し恐れの色が混じる。
 ふっ、と表情を柔らかくした俺は優しく語りかけた。

「普通に話せばいいんですよ。さっきはできていたじゃないですか。それが俺からのお願いです」
「…………わかった。私も頑張るわ」

 楯無さんが頷いたのを見た俺は、ISを展開した。

「移行(シフト)」

〈移行(シフト)〉

 機械音声が聞こえた瞬間、俺はライロウの姿になっていた。

「あら、もう行っちゃうの?」
「はい。もう俺の任務は終了したので」
「簪ちゃんが悲しむわよ?」

 その瞬間簪の泣き顔が頭に浮かんだが、そう長居もしていられない。
 しかし、このまま行くのも忍びない。
 なら、所詮口約束でしかないが……

「それは……すみません、伝言をお願いできますか?」
「ええ、いいわよ」
「『これが最後じゃない、いつかまた会おう』って。もちろん楯無さん、貴女や布仏姉妹もです」
「ふふっ。わかったわ。伝えておく」
「それじゃあ、またいつか会いましょう」

 微笑んだのを見た俺はそう言ってフェンリルベースに向けて飛び立った。







「……だってさ。簪ちゃん」

 そう楯無が独り言をつぶやいた時うしろのドアが開いた。そこには簪が立っていた。

「……いつから気付いていたの?」
「ふむん。割と最初の方かな? 簪ちゃんの髪が扉の窓から見えてたし」
「そう。……ところでお姉ちゃん、甲二のこと好きでしょ?」

 簪のその質問に楯無の頬が薄く染まる。
 その反応から好意があるのは丸わかりだった。

「……ええ。あんな風に説教されたのは初めてだったけど、私や簪ちゃんのことを本当に心配してくれていたのがわかったら、自分の気持ちに気付くのは結構早かったわ」
「……そう。私も甲二が好き。だから……負けないよお姉ちゃん」
「うふふ。私も譲るつもりはないわよ、簪ちゃん」

 屋上で火花を散らしながら、恋の闘いを始める更識姉妹だった。



[29662] 第8話 誘拐
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/10 10:24
 IS。正式名称『インフィニット・ストラトス』。宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツだったが、とある事件で従来の兵器を凌駕する圧倒的な性能が世界中に知れ渡ることとなり、宇宙進出よりも飛行パワード・スーツとして軍事転用が始まり、今では世界各国の抑止力の要となっている兵器だ。また、原因は不明であるがISは女性にしか動かせず、この世界が女尊男卑という世の中になったきっかけでもある。
 しかしそれは現在では、各国の思惑から『スポーツ』にと落ち着いていた。
 そして、ドイツでは『モンド・グロッソ』と呼ばれる21の国と地域が参加して行われるIS同士での対戦の世界大会の第二回目が行われていた。格闘部門など様々な競技に分かれ、各国の代表が競うことになる。各部門の優勝者は「ヴァルキリー」と呼ばれ、総合優勝者には最強の称号「ブリュンヒルデ」が与えられる。
 たった今、その大会の格闘部門準決勝戦の勝者が決まったところである。

『勝者! 日本代表、織斑千冬! よってトーナメント決勝戦進出を決定する!!』

 その瞬間会場が歓声で沸き起こった。大きな拍手が会場を包み、勝者が歓声に応えて観客の方へ軽く手を上げながら控室に戻っていく。
 それを観客席で見ていた俺は急いで控室に向かった。女性の警備の人がいたが、名前と用件を述べると割とあっさりと通してくれた。
 選手の控室の扉の前に立ち、軽くノックをすると「どうぞ」と返事があったため静かに中に入った。

「お久しぶりです、千冬さん。決勝戦進出おめでとうございます」
「甲二か! 久しぶりだな。一応礼は言っておこう、感謝する。……それにしても大きくなったな」
「はい。最後に会ってから六年の月日が流れましたからね。流石に俺も大きくなりますよ」

 そう。『白騎士事件』が起こってからもう六年たっていた。
アラスカ条約が締結したり(軍事転用が可能になったISの取引などを規制すると同時に、ISの技術を独占的に保有していた日本への情報開示とその共有を定めた協定)世の中が女尊男卑になったりと色々なことがあったが、傭兵の仕事には特に変化はなくフェンリルの一員として世界中を飛び回っていた。

「それにしても流石ですね千冬さん。第一回IS世界大会(モンド・グロッソ)総合優勝者「ブリュンヒルデ」」
「お前も軍関係者の間では有名になっているぞ。弱冠十三歳にして「仮想(ネット)の悪魔」の異名を持つ、門倉甲二中尉殿」
「俺は電脳将校のしかも傭兵としての階級ですけどね」
「それでもお前が数々の戦果を上げたことには変わるまい? あと、鋭い者は口には出さないが疑い始めているぞ。お前が『ライトニング』の操縦者ではないかと」
「確かにそう思っている人も少なくはないようですが、確証は持てないでしょう。なぜなら、俺は男ですからね」

 今までにも俺が『ライトニング』の操縦者ではないかと疑ってくる人物は何人かいたが、ISは女性にしか動かせないという事実を前に追求を諦めていった。
 そのあとも当たり障りのない話をしていたがその日はそれで会話も終り帰路についた。
 そして、決勝戦当日の控室で千冬さんに激励の言葉を送り、観客席に戻ろうとしたところで扉の外の方が騒がしくなったと思ったら、突然扉が勢いよく開き金髪の美女が入ってきたのとそれと同時に親父から通信が入った。

「大変よ! ブリュンヒルデ!! 貴女の弟さんが何者かに拉致されたわ!」
『大変だ! 坊主!! 千冬譲ちゃんの弟の一夏君が拉致された!!』
「なんだと……!?」
「なんだって……!?」

 俺と千冬さんは同時に驚きの声を上げた。

「ホテルを出て会場に向かっている間に何者かが拉致したみたい。」
『俺も部隊の奴らもさっきから捜索してる。お前も急いでこっちに来い!』
「……そうか。たしかアメリカ代表候補のナターシャ・ファイルスだったな。情報感謝する」
「了解(ヤー)。俺もすぐそちらに向かいます」

 通信が切れたところで俺は千冬さんと向き合った。どうやら向こうも話は終わったようだ。

「甲二。話は聞いていたか?」
「はい。今親父から全て聞きました」
「そうか……。頼む甲二、一夏を助けるのに協力してくれ…!」
「何言ってるんですか千冬さん、当たり前じゃないですか。それではすぐに俺も向かいます」

 窓から出ようとしたところで、金髪の……たしかファイルスさん、が俺に怪訝な目を向けてきた。

「そういえば、ブリュンヒルデ。その子は?」
「こいつは門倉甲二。お前も聞いたことがあるだろう?」
「フェンリルの『仮想(ネット)の悪魔』!? この子が!?」
「あ、あと今から見る事は他言無用でお願いします。ファイルスさん」
「ナターシャでいいわ。それと、なんのこと?」
「見れば分かりますよ。……移行(シフト)」

〈移行(シフト)〉

 機械音声が頭に響くと俺はISを展開して鋼の体になっていた。ファイ…ナターシャさんは俺がISを起動したことに目を見開いていたが、それよりも俺のその姿に驚いているようだ。

「男がISを!? ……いえ、それよりもその姿はまさか…『ライトニング』!?」
「ファイルス、このことは黙っていてもらうぞ。では行くぞ、甲二」
「はい、千冬さん」

 千冬さんも専用ISである『暮桜』を展開し、いざ飛び立とうというところで、扉の所に係の人がやってきた。

「織斑選手、決勝戦が始まります。至急準備を……なっ!? 『ライトニング』!?」
「済まない、急用ができた。私は棄権する」
「え!? ちょっと、織斑選手!?」
「行くぞ!」
「はい!」

 係の人が茫然としている中、俺と千冬さんは窓から大空へと舞い上がった。



 飛んでいる最中にドイツ軍が独自の情報網から真っ先に一夏の居場所を特定し、千冬さんに伝えた。その情報を頼りに一夏の捕まっている現場に向かった俺たちは、其処にいた実行犯と思われる奴らを一掃し、千冬さんは奴らに一夏の居場所を聞きすぐにその部屋に向かった。
 俺はその場に留まり、倒れている一人を無理やり起こし尋問することにした。

「何の目的で一夏を誘拐した? 千冬さんを手駒にするためか?」
「ぐっ……。誰が言うかよ……それに……これは駄目で元々の囮作戦だ。……まさか、『ライトニング』まで釣れるとはな……」
「なんだと?」

 一夏を誘拐したのは囮? 成功しなくても良かったということか? じゃあ一体何が狙いで………
 思考に耽っていると親父が俺に通話(でんわ)してきたため、回線を繋げると半透明の親父が視界へと映し出された。その顔は苦渋に満ちている。

「たった今、聖良さんから連絡が入った。何者かが軍経由でバルドルにハッキングしたらしい」
「な!? 一体何が目的で!?」
「それはわからねえ。だが、これで新しい神父が発生したのかもしれねえな」
「それでそのハッキングを仕掛けた奴は?」
「もう逃げられた後のようだ。クソっ、面倒なことになりそうだぜ」

 そこで親父からの通話(でんわ)は切れた。すると千冬さんも無事一夏を助けだしたようで、幸い無傷で監禁されていたらしい。俺の胸に不安の種を残しながらもこれで無事、一夏誘拐事件は解決した。
 そのあと千冬さんと一夏に挨拶もしないままに次の任務に移った俺は、まさか意外なところで再開するとは思いもよらなかった。



 あのあと聞いた話によると、ドイツ軍に借りを作った形になった千冬さんは見返りとして、一年ほどドイツ軍の教官に着任したらしい。そして、ナターシャさんからもプライベートで連絡があり、誰にも話さない代わりに「いつか無償で私を助けること」とお願いされた。
 一夏は特に事件の後遺症もなく普通に生活しているとのことだ。
 そして月日は流れ、俺が十五歳になったとき世界を震撼させるニュースが流れた。
 今まで女性しか動かせなかったISを世界で初めて男子が起動させた、というニュースだった。しかもその男子は俺の親友の織斑一夏であり、今最も世界で注目されている人間らしい。
 俺はそのニュースをフェンリル基地(ベース)の食堂で素うどんを食べながら聞いていた。

「ふーん。一夏の奴ISを起動させたのか。しかしなんでまた?」

 俺の疑問の声に答えるようにニュースキャスターの人が資料を読み上げる。

『織斑一夏君は高校受験をするために私立藍越学園を受験するはずが、間違ってIS学園の試験会場に入ってしまい、たまたま間違えて入った部屋にあった受験者用のISを、男性でありながら起動させてしまったとのことです』
「なんだそれ? まあ多分あいつのことだから名前を間違って会場入りしたんだろう」
『そのため彼はISの学習のためにIS学園に強制入学させられるそうです』

 IS学園。アラスカ条約に基づいて日本に設置された、IS操縦者育成用の特殊国立高等学校である。操縦者に限らず専門のメカニックなど、ISに関連する人材はほぼこの学園で育成される。また、学園の土地はあらゆる国家機関に属さず、いかなる国家や組織であろうと学園の関係者に対して一切の干渉が許されないという国際規約があり、それ故に他国のISとの比較や新技術の試験にも適しており、そういう面では重宝されている。ただしこの規約は半ば有名無実化しており、全く干渉されない訳ではないというのが実情である。
 もちろんその学園に通っているのは女の子だけである。つまり一夏は女の園に一人で行くわけだ。

「くっくっくっ。一夏の奴め、面白いことになってるな」

 笑いながらうどんを啜る俺。あー、天ぷらつければよかったかな。
 汁を飲んでいると、キャスターの人が慌てたように新たな資料を読み始めた。

『今新たな情報が入りました! IS製作者である束博士から急遽連絡があり、もう一人ISを動かせる男子がいることがわかりました!!』

 へー、もう一人現れたのか。一体誰だろう?
 ……というか束さん今どこにいるんだ?

『その人物は、運送会社『門倉運輸』の代表である門倉永二さんの息子の門倉甲二君だそうです!
「ぶっ……!」

 思わず口に含んでいた汁を吹き出してしまった。なんてことをしてくれたんだ! あの人は!?
 しばらくむせていると親父が肩を叩いてきた。

「わはははは、大変なことになっちまったな甲二」
「笑い事じゃないぞ、親父!」
「いいじゃないか。お前もIS学園に行って来い。それに千冬ちゃんからの依頼もある」
「依頼?」
「ああ。一夏君を護衛して鍛えてやってくれ、だそうだ。やれないとは言わせないぞ?」
「了解(ヤー)。わかった、行ってくるよ」
「それとドミニオンが少し動きをみせたようだ。十分に気をつけろよ」
「了解(ヤー)」







「ここがIS学園か……」

 今俺はIS学園の目の前に来ていた。正門のところで待っていれば担当の人が呼びに来るらしいが。

「来ないな……」

 時間になっても来ないのを不思議に思い辺りを見渡していると、良く知った人が歩いてくるのが見えた。スーツを着ていてその手には出席簿らしきものを持っている。
 いや……、なんであの人がここにいるんだ?

「久しぶりだな甲二。あの時は挨拶もなしにいなくなりおって」
「千冬さん!? どうしてここにブッ!」

 パアンッ! 痛い。出席簿で頭を叩かれた。

「ここでは私のことは織斑先生と呼べ」
「……了解(ヤー)、織斑先生」
「よし。ついて来い。お前の教室は一夏と同じ一年一組だ」
「あれ? IS起動試験や筆記試験はいいんですか?」

 さっさと歩きだしてしまったちふ「ギロッ」…織斑先生にそう質問すると、呆れたような顔をされてしまった。

「お前が起動できるのはそれだけだろう? それにお前は高校のテストでも余裕じゃないか。だから私が免除しておいた」
「いいんですか?」
「なら今からテストするか? 勿論私が相手だ。私は構わないぞ?」
「遠慮しておきます」
「ふん。つまらない奴だ」

 もの凄いイイ笑みを浮かべてそう提案してきたので、謹んで遠慮しておいた。
 校舎に入ると前を向いたまま織斑先生が話し掛けてきた。

「甲二。」
「はい。何ですか?」
「あいつを……一夏を頼む」
「まかせといて下さい。一端の戦士にして見せますよ」
「ふっ……。期待しているぞ」

 教室の前に着くと千冬さんが名前を呼ぶまで待っていろと言ったため、教室の中の声に耳を澄ますことにした。
 パアンッ!

「いっ――!?」
「げえっ、関羽!?」

 パアンッ! ……この声は一夏か。それにしてもよく叩かれてるな。

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち弱冠十五才の新人を一年で使い物になる操縦者に鍛え抜くことが仕事だ。私の言うことはよく聞き、理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 うん、流石は千冬さんだ。格好いい。

「キャ―――――――! 千冬様、本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」
「私、お姉様のためなら死ねます!」

 すごい人気だな。うっとうしそうにしている千冬さんの顔が簡単に思い浮かぶ。

「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者を集中させてるのか?」
「きゃあああああっ! お姉様! もっと叱って! 罵って!」
「でも時には優しくして!」
「そしてつけあがらないように躾をして~!」

 ……いや、本当にすごい人気だな。…っていうか大丈夫かこのクラス? というか俺はいつ中に入れるのだろうか?

「で? 挨拶も満足にできんのか、お前は」
「いや、千冬姉、俺は―――」

 パアンッ! 三回目だ。そろそろ一夏の頭ヤバいんじゃないか?

「織斑先生と呼べ」
「……はい、織斑先生」
「え……? 織斑君って、あの千冬様の弟……?」
「それじゃあ、世界で二人だけ男で『IS』を使えるっていうのも、それが関係して……」

 ふむ。どうやら一夏が千冬さんの弟だということをみんな知らなかったようだ。

「さて、そろそろ外で待っているもう一人の男のIS操縦者を呼ぼう。……それと、織斑先生だ。次はないぞ、入ってこい!」

 お。やっと呼ばれたようだ。……それにしても織斑先生。心が読めるんですか?




[29662] 第9話 再会
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/09 00:02
 俺は教室の中に入り一番前の席の真ん中まで来ると、そこで立ち止まった。教室の中を見渡したが、うん。当たり前だが女子ばっかりだな。
 みんな俺を見ている。それにしても学校の教室の雰囲気を味わうのはとても久しぶりだな。
 懐かしい思いを抱いていると、サイズのあってなさそうな眼鏡をかけた女性が申し訳なさそうに話し掛けてきた。

「あ、あの、私は副担任の山田真耶といいます。ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな?」
「さっさとしろ。まともな自己紹介をな」
「わかりました山田先生、織斑先生。えー、皆さん初めまして。門倉甲二です。先ほど織斑先生がおっしゃったようにもう一人の男のIS操縦者です。あと、俺はセカンドでもあります。趣味は仮想(ネット)でシュミクラムに乗ることです。これからよろしくお願いします」

 どうやら、まともな自己紹介と判断されたようで出席簿で叩かれることはなかった。ちなみに目の前に座っている一夏は俺がいることに驚いて固まっている。

「きゃ……」
「は?」
『きゃあああああああ―――っ!』

 ぐああああっ! 耳が。耳が痛い。俺でもこれだけ痛いのだ。一夏なんか突っ伏して痙攣している。

「男子! 二人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
「イケメン! 優しげなインテリ系の!」
「背たかーい!」

 元気だなー。このクラスの女子一同は。おや? あの窓側の端っこの席にいるのは箒じゃないか? 箒も同じクラスだったのか。

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

 織斑先生の面倒くさそうな声にピタリと静かになる。すごいな、もう一致団結してる。

「さあ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染みこませろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ。私の言葉には返事をしろ」

 織斑先生、なんかシゼル少佐に似てきたな。いや、元々話し方はそっくりだったけど。ドイツで教官をしたからか?

「さっさと席に着け、馬鹿者。お前の席は織斑の後ろだ」
「や、了解(ヤー)! 少佐!」

 パアンッ!

「誰が少佐だ、誰が」
「……すみません。織斑先生」







「ふぅ。これはきついな」

一時間目のIS基礎理論授業が終わり今は休み時間だ。内容は以前束さんの手伝いをしていたときに散々聞かされたものと余り変わらないため、授業に疲れたわけではないのだが、この教室の異様な空気は何とも居づらい。
 俺と一夏以外が全員女子。俺と一夏のことはニュースで世界的に有名になっているので、当然学園関係者から在校生まで俺たちのことを知っている。
 そんなわけで廊下は他のクラスや二、三年生の先輩の女子でいっぱいになっている。
 まさに客寄せパンダ状態だ。
ちなみに一夏は俺に話し掛けようとしたが、箒に呼ばれて教室の外に出て行ってしまった。
 だから、全ての視線が俺に集中しているのである。せめてこの雰囲気を何とかしようと思って隣の子に話しかけようとしたのだが、視線を向けるだけで慌てて眼をそらされてしまう。
 すごく居たたまれない気持ちを味わっていると、突然後ろから首に抱きつかれた。
 女の子らしい香りに戸惑っていると、懐かしい声が聞こえた。

「久しぶり~、かどくー。ずっと会いたかったよぉ……」
「その声は……本音さんか?」

 首に回された手を解きつつ振り返ると、そこには前見たときと変わらず制服の袖丈を異常に長くした本音さんが少し涙目で立っていた。

「何も言わずにいなくなっちゃったから、あの後泣いたんだからね~?」
「ごめん。一応、伝言を楯無さんに頼んどいたんだけど」
「そういうことはー、直接言ってほしいものなんだよ?」
「……そうだな、本当にごめん」
「もういいよ~。こうしてー、また会えたんだから」

 そう言った本音さんの頭を撫でると、嬉しそうに目を細めて撫でられている。それを周りで見ていた女の子たちの一人がおずおずと話し掛けてきた。

「ええと。門倉君、布仏さんとどういう関係なの?」
「ああ、小学校で少しの間だけ一緒のクラスだったんだ」
「あの頃は~、そんなに身長変わらなかったのに、かどくー本当に大きくなったね~」
「うん。二年前から急に伸び始めてね」

 二年前から急激に背の伸び始めた俺は今では百七十八はある。しかも、未だに伸び続けている。

「じゃあ、門倉君にとっては布仏さんがこのクラスで一番古い知り合いなんだ?」
「いや、実は……」
「なあ、お前甲二だろ? 甲二だよな!?」

 どうやら一番の古い友がクラスに戻ってきたようである。俺はそいつに振り返りながら、懐かしの親友に左手をあげて笑いかけた。

「久しぶりだな一夏。十年ぶりか?」
「本当に久しぶりだな!? お前挨拶もしないでいなくなりやがって」
「ははっ。あのときは悪かったな」

 向こうもだいぶ興奮しているようで、俺の背中を強めの力で叩いてくる。その親友の言葉に、たしかに自分は色々な人に碌に挨拶をしていないなと思いつつ苦笑した。

「まったくだ。私も一夏も心配したんだぞ」
「箒……、お前も変わってないな。」
「二度と黙っていなくなるな。あのときの一夏の落ち込みようは半端なかったのだぞ?」
「ちょっ!? 箒! それは言わない約束……」

 伸ばした黒髪をポニーテールにして、仏頂面をしている箒も昔と変わらない。そんな二人の会話を聞いていると俺はなんだか昔に戻ったような気持ちを感じた。

「それで甲二、お前今までいったいどこに……」

 キーンコーンカーンコーン。

 一夏が俺に詰め寄った瞬間チャイムが鳴り、遠巻きに見ていた廊下の生徒もクラスの生徒たちも急いで、それぞれのクラスや自分の席に戻って行った。
 どうやら休み時間は終わりのようだ。

「とりあえず一夏、積もる話は後だ。俺たちも席に戻ろうぜ」
「あ、ああ、そうだな」

 俺がそう言って自身の席に座ると、一夏が箒に話し掛けて箒も席に戻って行った。







 二限目の授業が始まり、教卓の前で山田先生がすらすらと教科書を読んでいる。今読んでいるところはIS運用について書かれているところだ。
 山田先生の説明はとてもわかりやすいため聞いてて苦にならない。周りの女子も、山田先生の話に時々頷きながらノートを取っている。俺もそれに倣ってノートを取っているとあることに気付いた。
 先ほどから一夏が頻りに頭を傾げている。おそらくだが理解できていないのだろう。

「織斑くん。何かわからないところがありますか?」

 そんな一夏の様子に気付いた山田先生が一夏に訊ねた。戸惑っている一夏に「何でも聞いてください」と言って、えっへんとでも言いたそうに胸を張っている。それに対する一夏の返答は俺の予想していたものと全く同じだった。

「先生!」
「はい、織斑くん!」
「ほとんど全部わかりません」

 やっぱり。ここでまともな質問をできたらそいつは一夏じゃない。断言できる。

「え……。ぜ、全部、ですか……?」

 先ほどのやる気に満ちた勢いはどこかに吹っ飛び、山田先生は明らかに困り度百パーセントの顔になっている。まあ、あれだけ分かりやすいをしていたのに全部わからないと言われれば顔も引きつるだろう。

「えっと……織斑くん以外で今の段階でわからないっていう人はどれくらいいますか?」

 山田先生が挙手を促すが、誰も手を挙げない。それに焦った一夏が、俺の方に振り返り訊ねてきた。

「甲二! お前はわかるのか!?」
「ああ」
「どうして!?」
「それは「それは門倉が束の手伝いをしていたからだ」……」

 一夏に答えようとしたら教室の端に控えていた織斑先生に先に答えられてしまった。

「束さんの?」
「そうだ。こいつはISの企画段階のときから束の相談に乗っていた。今のISの技術にはこいつの意見によるものもある」
『えええええっ!?』

 織斑先生の暴露した事実に教室中が騒ぎに包まれる。何人かは俺に質問してきた。

「門倉君、篠ノ之博士と知り合いなの!?」
「うん、まあ」
「ISの製作に関わったのって本当!?」
「ちょっとだけ、だけどね」
「それと……」
「あー、一々騒ぐな。今はそのことはどうでもいい」

 まだ質問は続きそうだったが、織斑先生がパンパンと手を叩いて場を鎮めた。

「それよりも……織斑、入学前の参考書は読んだか?」

 ああ、あの異常に分厚かった本か。たしかに読むのには骨が折れたが、この体のスペックのおかげで覚えるのには苦労しなかったな。その点に関してはさすがノインツェーンの考えた実験の被検体だ。そのおかげで身体能力や自己治癒力もおかしなことになっているが。
 一夏はそれを古い電話帳と間違えて捨てたらしく、またもや出席簿アタックを喰らっていた。しかも一週間で覚えろと言われ、それに苦言を呈したら睨まれたので渋々ではあるが納得したようだ。

「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解できなくても覚えろ。そして守れ。規則とはそういうものだ」

 うん、正論だな。事故が起きてからでは遅い。今の内から自覚しなくては。

「……貴様、『自分は望んでここにいるのではない』と思っているな?」

 ビクッと一夏の体が反応した。どうやら不満げな顔をしていたらしい。

「望む望まざるにかかわらず、人は集団の中で生きなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」

 相変わらず辛辣だなあ。でもこれも一夏のためを思っての言葉だからな。なんだかんだいって昔と変わらず一夏には厳しくもあるけど甘いんだから。
 そんなことを思っていると俺も聞かれてしまった。

「門倉。お前は今ここにいることをどう思っている?」

 そう聞いた織斑先生の顔は『どういった答えを返す?』という感じに俺を試して楽しんでいる。

「そうですね……、自分でもここにいることを不思議に思いますが、俺がこの世界のこの場所に存在しているのも必ず何かしら意味があるからだと思います。それがなんにせよ俺は俺だというはっきりとした自己をもって、今ここにいます。ただそれだけですね」
「ふっ。そうか。その想いを大事にしろよ」
「はい」

 どうやら今の答えで満足だったらしい。なんか俺に対する周りの視線が妙に多いんだが何なのだろうか?



「ちょっと、よろしくて?」
「へ?」
「ん?」

 二時間目の休み時間、一夏にISのことについてちょっとでもいいから教えてくれと言われたため、説明していたところで急に声をかけられた。
 声のした方向に顔を向けると、地毛の金髪が鮮やかな白人の女子がその青い瞳をややつり上がらせた状態で俺たちを見ていた。
 わずかにロールがかった髪はいかにも高貴といった感じで、腰に当てた手がとても様になっている。
 たしか……セシリア・オルコットさんだったかな?
 ちなみにこのIS学園では様々な国籍の生徒がいるため、外国人など珍しくない。そんな環境のおかげか俺がセカンドであると知っても態度を変える人はいなかった。

「訊いてます? お返事は?」
「あ、ああ。訊いてるけど……どういう用件だ?」

 一夏がそう答えると、オルコットさんはかなりわざとらしく声をあげた。

「まあ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
「……………」

 どうやら一夏はこの手合いは苦手のようで無言で顔を顰めている。それに千冬さんが担任だったこともあって個人個人の自己紹介のことなど忘れているだろう。

「ごめん、オルコットさん。イギリスの代表候補生さんがどういったご用件かな?」
「あら、そちらの方はわたくしをご存じだったようですわね」
「いや、さっき自己紹介のときに聞いたから」
「甲二、こいつ誰だ?」

 やはり一夏は覚えていなかったらしく、オルコットさんを指さしながらそう訊ねてきた。

「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!?」
「あ、あと代表候補生ってなんだ?」

 今聞き耳立ててたクラスの女子が数人ずっこけたな。オルコットさんに至っては額に青筋を立てて震えている。

「あのなぁ一夏。代表候補生っていうのは国家代表IS操縦者の、その候補生として選出される所謂エリートってやつだ」
「なるほどな」
「そう! エリートなのですわ!」

 そう言ったオルコットさんはとても自慢げな顔で胸を張っている。

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運なのよ。その現実をもう少し理解していただける?」
「そうか。それはラッキーだ」
「……馬鹿にしていますの?」

 ……一夏。なんでも正直に言えばいいというものではないよ。

「大体、こちらの方は別としてあなたISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを操縦できると聞いてましたから、少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待はずれですわね」
「俺に何かを期待されても困るんだが」
「ふん。まあでも? わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しくしてあげますわよ? ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから」

 へえ。教官を倒したってことは実力は確かなんだな。

「入試って、あれか? ISを動かして戦うってやつ?」
「それ以外に入試などありませんわ」
「あれ? 俺も倒したぞ、教官」
「は……?」

 オルコットさんが呆けた顔をして固まってしまった。
 ――それにしても…… 

「へぇ。やるじゃないか一夏」
「いや、倒したっていうか、いきなり突っ込んできたからかわしたら、勝手に壁にぶつかってそのまま動かなくなっただけだ」

 そうだとしても倒したことには変わりない。その時に足が動いたのは評価すべきことだ。
 硬直が解けたオルコットさんは信じられないものを見るかのように一夏を見ている。

「わ、わたくしだけだと聞きましたが?」
「女子ではってオチじゃないのか?」
「つ、つまり、わたくしだけではないと……?」
「そういえば甲二はどうだったんだ?」
「……っは! そうですわ! あなたはどうでしたの!?」

 ちょ……、お前ら距離が近い。

「俺か? 受けてないぞ?」
「「「は?」」」

 おや? なぜかクラス全体が沈黙したぞ? みんな聞いてたのか。

「どういうことだよ甲二!?」
「そうですわ! どういうことですの!?」
「まあ、俺は特殊だからな」
「特殊……? それはどういう」

 キーンコーンカーンコーン。

「っ……! またあとで来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」

 チャイムが鳴ったためオルコットさんは席に戻って行った。他の聞き耳を立てていた女子たちもそれぞれの席に戻っていく。
 このときは面倒なことが終わってよかったと思っていた俺だったが、まさかさらに面倒なことが起こるとは思ってもいなかった。




[29662] 第10話 決闘フラグ
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/09 12:26
「それではこの時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」

 三限目は一、二限目とは違って、山田先生ではなく織斑先生が教壇に立っている。しかも山田先生までノートを手に持っていた。

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 ふと、思い出したように織斑先生が言う。クラス対抗戦というのはわからないが、代表者か……このクラスではオルコットさんが適任ではないだろうか?

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりで」

 ざわざわと教室が色めき立つ。例によって一夏はよくわかっていないようだ。まあ、俺もクラスの委員長を決めるぐらいの認識しかしていないが。

「はいっ。織斑くんを推薦します!」
「私もそれがいいと思います!」
「では候補者は織斑一夏……他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」
「お、俺!?」

 ははっ。一夏の奴大人気だな。その本人は思わず立ち上がっているし、周りの視線は一夏に集中している。

「はーい。私はー、かどくーがいいと思います!」
「あ、私も私も!」
「何!? ちょっ…本音さん!?」
「ふむ、門倉甲二…と。他にはいないか?」

 おのれ本音さん、何の恨みがあって……。いや、きっとおもしろがってだろうな。だがこれはまずい。俺はそんなのやりたくない!

「ちょっ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな―――」
「はい! 織斑先生。俺は辞退します!」
「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟しろ」

 くっ。なら、相応しい人を推薦するだけだ!

「それなら、俺はオルコットさんを推薦します」
「ほう。その理由はなんだ? 言ってみろ」
「彼女はイギリスの代表候補生なんでしょう? なら、実力も確かな筈です」

 そこまで言ったときに、バンッと机を叩いてオルコットさんが立ち上がった。

「そこの彼の言うとおりですわ! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 賛成してくれるのはうれしいのだが、少々言いすぎではないだろうか?

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!」

 あははははっ! 猿かー、確かに親父の顔はサル顔だな。いやー、それにしてもオルコットさんすごい度胸だな。一夏の姉のいる目の前で俺たちを猿呼ばわりするとは。

「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!」

 たいした自信だ。余程自分の実力に確信を持っているのだろう。
 段々と声が大きくなってきた。

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で―――」

 おや? 一夏の我慢が限界に達したようだ。振り返ってオルコットさんをみている。

「イギリスだって対してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」
「なっ……!?」

 あー、言っちゃったよ。そこを耐えれば面倒なことにならずに済んだのに。まったく、俺もさっきから掌に爪を立てて我慢してたのに。

「あっ、あっ、あなたねえ! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
「おいおい一夏。そういうことは思っても口に出しちゃいけないぞ?」
「何だ、甲二。お前もそう思ってたのか?」
「あなたたち……! 決闘ですわ!」

 どうやら俺も対象に入ってしまったらしい。バンッと机を叩いて俺と一夏を睨みつけている。

「おう、いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」
「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い――いえ、奴隷にしますわよ」
「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」

 おかしい。俺は何も言ってないのに一夏とオルコットさんの間で急速に話が展開していく。今はなにやらハンデの話になったらしく一夏がハンデをどれくらいつければいいかと聞いたところでクラスからドッと爆笑が巻き起こった。

「お、織斑くん、それ本気で言ってるの?」
「男が女より強かったのって、大昔の話だよ?」
「織斑くんは、それは確かにISを使えるかもしれないけど、それは言い過ぎよ」

 みんな本気で笑っている。一夏は苦虫を潰したような顔をすると吐き捨てるように言った。

「……じゃあ、ハンデはいい」
「ええ、そうでしょうそうでしょう。むしろ、わたくしがハンデを付けなくていいのか迷うくらいですわ。ふふっ、男が女より強いだなんて、日本の男子はジョークセンスがあるのね」

 オルコットさんはさっきまでの激昂はどこへやら、明らかな嘲笑をその顔に浮かべていた。その顔を俺に向けて訊いてきた。

「で? あなたもハンデを付けなくてもよろしいのかしら?」

 どう返答しようかと迷っていると、今まで黙っていた織斑先生が急に笑い出した。

「くっ……ははは! 門倉にハンデを付けさせるだと! ぷっ……駄目だ、我慢できない」

 あの織斑先生が目の端に涙をためて笑っているという光景に、誰もが唖然としている。
 まあ、この中でたった一人だけ『ライトニング』の操縦者が俺だということを知っている織斑先生からすれば堪らないジョークにしか聞こえないだろう。
 それが気に食わなかったのか、オルコットさんが不機嫌そうな顔で織斑先生に問いかけた。

「織斑先生。何がそんなにおもしろいんですの?」

 その声に我に返った織斑先生は咳払いをして語調を整える。

「ん、んんっ。――オルコット、お前なら門倉という名前を聞いたことがないか?」
「は? 門倉運輸のことですの? それなら――」
「違う。私が言いたいのは軍事関係者から傭兵の門倉という名字を聞かなかったかということだ」
「軍の……? 門倉……まさか!? 傭兵部隊『魔狼(フェンリル)』!?」
「そうだ。そして、そこに所属するその名字を持つ隊員も知っているだろう?」
「門倉甲二。十歳にして『仮想(ネット)の悪魔』と呼ばれ、中尉の地位まで登り詰めた隊の中でも異例の最年少電脳将校……同姓同名ではなかったんですのね」

 先ほどまでとは違う畏怖の念が籠った声を出し俺を見てくる。だがそれも一瞬だけ。またすぐにその顔に嘲笑を浮かべた。

「ですが、いくら仮想(ネット)で強くてもそれがISの操縦に繋がるとは限らない。違いまして?」
「そうだな。常識でいえばシュミクラムとは所詮仮想の産物だ。だが、こいつは戦場をいくつも潜り抜けてきた生粋の凄腕(ホットドガー)だ。あまり舐めてかからないほうがいいぞ?」
「そこまで言うのでしたらわかりました。頭の片隅に留めておきますわ」

 織斑先生が口の端を吊り上げながら、常識という言葉を強調したことには気付かなかったらしい。まあ多分、織斑先生はここですべてをネタばらしするよりは黙っている方が後々面白いとでも思っているのだろう。
 どうやら一夏が斜め後ろの女子に何か言われたようで、ハンデはいらないとハッキリと宣言したところで織斑先生がまとめにかかった。

「さて、話はまとまったな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑と門倉とオルコットはそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」

 ぱんっと手を打って織斑先生が話を締める。一夏は納得のいかない顔で席に座った。俺は元から座っていたので特に何かするでもないが、

(ふぅ。面倒なことになったな……)

 思わず深くため息をついてしまったが、とりあえず授業をまじめに受けるために俺は教科書を開いた。







「頼む! 俺にISのことを教えてくれ!」

 放課後、俺は一夏に頭を下げられていた。ついさっきまで机の上でうなだれていたのだが、急に立ち上がったのかと思ったらいきなり振り返って頭を下げてきたのだ。

「一夏。俺は束さんの手伝いをしていただけだから知識が多少あるだけだぞ?」
「ああ、それでもいい!」
「昼休みに説明した通り、シュミクラムは得意だがISの動かし方など知らないぞ」
「だけど、お前の傭兵として培った技術や経験は役に立つはずだ。だから頼む!」

 なぜこんなことになっているのかというと、昼休みのときクラス全員に俺がフェンリルに所属している傭兵だと話したからだ。
 三限目の千冬さんとオルコットさんの会話のことが分からなかった一夏とクラスの女子たちが、あれはどういう意味なのかとみんな集まって聞いてきたため、学食でこの十年間どこでなにをしていたのか(白騎士事件や一夏誘拐事件を除いて)すべて話したのだが、どうやら俺は『凄腕の傭兵』として学校中の噂になっているらしい。
 ちなみに放課後とはいえ全く状況は変わらず、また女子が他クラスや他学年から押しかけきゃいきゃい小声で話し合っている。しかもなんだか人が増えてるような……
 しかし、このまま一夏をそのままにしていても余計な注目を集めるだけだ。千冬さんに頼まれてもいたし、引き受けるとするか。

「……わかった。とりあえず俺の知っているISについての知識を教える。あと、ISを動かすために体力も必要だろうから体も鍛えてもらう。いいな?」
「本当か!? 助かるぜ甲二!」
「ああ。だけど俺は厳しいぞ? あとから止めると言っても聞かないからな?」
「ああ! 望むところだ!!」

 一夏が感激した様子で俺の手を握ってくる。すると、それをまわりで見ていた一部の女子たちが色めき立つ。なんか勘違いされているようだ。

「ああ、織斑くん、門倉くん。まだ教室にいたんですね。よかったです」
「「はい?」」

 呼ばれたので顔を向けると副担任の山田先生が書類を持って立っていた。

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 そう言って部屋番号の書かれた紙とキーを渡す山田先生。
 なんでも、ここIS学園は全寮制らしく、生徒はすべて寮で生活を送ることが義務付けられているらしい。将来有望なIS操縦者たちを保護するという目的のためだそうだ。

「俺の部屋、決まってないんじゃなかったですか? 前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」
「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割を無理矢理変更したらしいです」

 途中から一夏にだけ聞こえるように耳打ちをし始めたためよくは聞こえなかったが、政府からの特命で寮に入れることを最優先し、しばらくは相部屋みたいだ。
 しかし俺はどうなるのだろうか?

「あの、俺はどうするんですか?」
「あ、それなんですけど、門倉くんはですね――」
「しばらくは私の部屋だ。ありがたく思え」

 …………………………え?

 この声は間違いなく千冬さんである。しかも千冬さんは冗談を言う人ではない。つまり俺は部屋が用意できるまではこの人と同じ部屋になるのだ。

「ちょっと待って下さい! 千冬さブッ!」

 スパァンッ!

「織斑先生だ。何度言わせる気だ? お前は」
「はい、織斑先生。……しかし、いいんですか? 俺と一緒で。それなら一夏と織斑先生が一緒の方が……」

 さっきから一夏の「手ぇ出したらタダじゃおかねえ」的な視線がとても怖いのだが。すると今度は織斑先生が俺だけに聞こえるように耳打ちしてきた。

「最初はお前も誰かと相部屋になってもらうはずだったのだが、どうしてもお前と同じ部屋になりたいというのが二人ほどいてな…」

 俺と同じ部屋になることを望む? 一体誰が……。顎に手を当てて考えていると織斑先生がその二人の名前を告げた。

「二年の更識楯無と一年の更識簪だ。お前も知っていると向こうは言っていたぞ?」
「……本音さんがいたのでまさかとは思ってましたけど、やっぱりあの二人もいるんですね」
「ふっ、どこで知り合ったんだお前は? とにかく何やら二人の雰囲気がおかしかったのでな、ひとまず部屋の用意ができるまでは私と同じ部屋にしたのだ」
「なぜです? 別に他の人でも……」
「ちなみに更識姉の方はここの生徒会長だ。相部屋の相手が生徒ならば、あの手この手を使って交代してもらいお前と同じ部屋になろうとするぞ?」
「的確な処置、本当にありがとうございます」

 つい、敬礼をしてしまった。俺としても年頃の女の子と一緒というのは勘弁願いたい。
 余計な気を使ってしまいそうだからだ。それに長く会っていないこの状態であの二人のどちらかと同じ部屋になったらなにか危険な気がしてたまらない。
 そのうち二人にも会いに行かなきゃな。

「でも、いいんですか?  今の俺は十五歳の少年とはいえ、精神年齢でいえばもう三十超えたおっさんですよ?」
「ふん。別に私に手を出す気はなかろう? そういうのは雰囲気でわかる。それに言わせてもらうがお前の心はまだまだガキだよ」

 一応聞いてみたのだが鼻で笑われてしまった。精神は肉体に引きずられると言ったりするが、確かにそれを自覚することは多々ある。
 中身のことを考えれば俺からすればみんな十も年の離れた子供なのだが、どうもむきになってしまったり、異性のことを気にしてしまったりしている。
 この状態が嫌だというわけでもないので別に構わないのだが。

「織斑、そう門倉を睨みつけるな。安心しろ、こいつに私に手を出す度胸なんかない」
「ははははっ。というか怖くて手を出せるわけがブッ!」

 ゴスッ!

「ほぉ。そんなことを思っていたのか」
「ちょ! ……織斑先生…それ……カド…」

 俺が激痛に身もだえていると、一夏はそれもそうだという顔をしていた。
 痛みがやっと治まってきたところで周りを見渡してみると、もうすでに山田先生と織斑先生、一夏はいなくなっていた。

「やれやれ、とりあえず部屋に行きますか」

 そう呟いた俺は山田先生に渡されたキーと紙を持って歩き出した。



[29662] 第11話 特訓
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/10 10:42
「なあ……」
「………………」
「なあって、いつまで怒ってるんだよ」
「……怒ってなどいない」
「顔が不機嫌そうじゃん」
「生まれつきだ」

 次の日。日課の早朝トレーニングを済ませた後、一年生寮の食堂でご飯を大盛にして肉野菜炒めを食べていると、一夏と箒が同じ部屋という話を耳にした。
 しかも、昨日一夏は箒を怒らせてしまったらしく不機嫌そうな箒に一夏が一生懸命話し掛けている。
 だが、不機嫌そうな割にその顔は若干嬉しそうでもある。おそらく他の人はその違いがわからないだろう。俺がいなくなってから何があったのか知らないが、今は完全に一夏に好意を抱いていることが丸わかりだ。

「箒。急がないと、どんどんライバルが出てくるぞ」

 誰にも聞こえないようにそう呟いた。今は物珍しさだけで注目しているだけかもしれないが、一夏には人を惹き付ける魅力がある。そのうち本気になる子も出てくるだろう。

 (箒には悪いが面白いことになりそうだ)

 これから起こりそうな展開に一人密かに笑っていた俺だったが、突然手を叩く音が食堂に響いた。

「いつまで食べている! 食事は迅速に効率よく取れ! 遅刻したらグラウンド十周させるぞ!」

 一年生寮の寮長も務めている千冬さんの声がよく通った。途端、食堂にいた全員が慌てて朝食の続きに戻った。実はこのIS学園のグラウンドは一周五キロある。朝、俺も十キロ走るつもりが気が付いたら倍走っていた―――って俺もさっさと食べなくては。



 三限目も終り、休み時間に怒涛の質問攻めを受けていたとき、千冬さんが自宅でどんな感じなのか訊かれた一夏が答えようとしたとき千冬さんが出席簿アタックをした。

 パアンッ!

「休み時間は終わりだ。散れ」

 実にタイミングがいいな。ちなみに千冬さんは結構だらしない。あの部屋の散らかり様だと――――

 パアンッ!

「懲りないな、お前も」
「すみません」
「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」
「へ?」
「予備機がない。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」
「???」

 千冬さんの言葉に教室中がざわめいた。へえー、一夏に専用機が与えられるのか。だが、その言われた本人がよくわかってない。その様子を見た千冬さんがため息混じりにつぶやく。

「教科書六ページ。音読しろ」
「え、えーと……」

 一夏が音読したことと、織斑先生が言ったことを要約すると

 1. ISは世界に467機しか存在しない。
 2. コアは篠ノ之博士以外作れない。博士はコアをもう作っていない。
 3. 一夏はデータ収集を目的として専用機が用意される。

 ということだ。もちろん篠ノ之博士というのは束さんのことである。

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか……?」

 女子の一人がおずおずと織斑先生に質問する。……おや? まだばれてなかったのか。

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」
「ええええーっ! す、すごい! このクラス有名人の身内がふたりもいる!」
「ねえねえっ、篠ノ之博士ってどんな人!? やっぱり天才なの!?」
「篠ノ之さんも天才だったりする!? 今度ISの操縦教えてよっ」

 織斑先生がそう告げた途端、箒の周りにわらわらと女子が集まる。だが――――

「あの人は関係ない!」

 突然の大声で教室が静かになった。

「……大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」

 そう言って、箒は窓の外に顔を向けてしまった。女子はそれぞれ困惑や不快を顔にして席に戻った。
 どうやら俺がいなくなったあとに何かあったみたいだ。まあ、行方不明の束さんと今の箒の反応、それから昔の束さんと箒の状態を考えればある程度予測はつくが。

「さて、授業をはじめるぞ。山田先生、号令」
「は、はいっ!」

 とりあえず、授業を受けよう。







「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど」

 昼休み、一夏の席にやってきたオルコットさんは、腰に手を当ててそう言った。………そのポーズ、癖なのだろうか?

「まあ? 一応勝負は見えていますけど? 流石にフェアではありませんものね」
「? なんで?」
「あら、ご存じないのね。いいですわ。庶民のあなたに教えて差し上げましょう。このわたくし、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生……つまり、現時点で専用機を持っていますの」
「へー」
「……馬鹿にしていますの?」
「いや、すげーなと思っただけだけど。どうすげーのかはわからないが」
「それを一般的に馬鹿にしていると言うでしょう!?」

 くくっ。いや、すげーな一夏。お前はオルコットさんを怒らせる天才だ。
 気を取り直したオルコットさんが説明を続ける。

「……こほん。さっき授業でも言っていたでしょう。世界でISは467機。つまり、その中でも専用機を持つ者は全人類六十億超の中でもエリート中のエリートなのですわ」
「そ、そうなのか……」
「そうですわ」
「人類って今六十億超えていたのか……」
「そこは重要ではないでしょう!?」

 ――ぷっ、もうだめだ。堪えられない。

「ぷっ。ふふっ、ははははっ。お、お前ら漫才するなよ」
「な!? ほら見なさい、あなたのせいで笑われてしまいましたわ!」
「おい甲二。俺は真面目だぞ」
「そ、そうか……ぷっ…くくっ」

 笑いをこらえていると、今気が付いたかのようにオルコットさんが訊ねてきた。

「そういえば、あなたのISはどうなさるんですの? まさかISがないから逃げる、なんて言わないですわよね?」
「たしかに。甲二、お前はどうするんだ?」
「ん? 俺か? 俺は自分のがあるぞ?」
「「は?」」

 俺が自分の首に下げているペンダントを持ち上げると、二人が全く同じタイミングで固まった。お前ら本当は仲いいんじゃないか?

「どういうことですの!? あなた、一体それをどこで」
「これは十年前に束さんに貰ったものだ」
「篠ノ之博士に?」
「ああ。それ以来ずっと俺が持ち続けている」
「でも、あなたがISを動かせると発表されたのはついこの間で、それより前にあなたのISの話を聞いたことなんてありませんわよ?」

 オルコットさんが疑惑を込めた視線を俺に向けてくる。多分俺が嘘をついていると思っているのだろう。まあ、正確には俺がISを起動することはできない。俺が起動できるのはこいつだけだ。

「それが本当だとしても、あなたISの稼働時間はどれくらいですの?」
「んー、一時間ちょっとかな?」

(ISとしての稼働時間はな…)

 このペンダントは俺の脳内チップからシュミクラムのデータを読み取り、体を量子変換しISとして再現する。つまり仮想(ネット)でシュミクラムに乗っていた時間も含めると、俺は代表候補生なんかより遥かに長い時間ISに乗っていることになる。……改めて考えても十分にずるいな。

「ふっ、なら大したことありませんわね。」

 俺の稼働時間を聞いて大した障害にならないと判断したらしい。今度は箒に話しかけた。

「そういえば、あなた篠ノ之博士の妹なんですってね」
「妹というだけだ」

 怖っ! 箒、本気ですごむなよ。見ろ、セシリアとか「う……」って怯んでるし一夏は顔を引きつらせているぞ。ある意味千冬さんより怖い。

「ま、まあ。どちらにしてもこのクラスで代表にふさわしいのはわたくし、セシリア・オルコットであるということをお忘れなく」

 ぱさっと髪を手で払うときれいに回れ右してそのまま教室を出て行った。さーて、俺も飯を食いに行きますか。後ろで何か言い争う声が聞こえるが気にしない気にしない。







「一夏。弱くなったのではないか?」
「強くなったなぁ、箒。昔は俺の圧勝だったのに」

 時間は放課後。場所は剣道場である。何故こんなところにいるのかというと、箒も一夏にISについて教えることになったらしく、まずは一夏の腕がなまってないか見ると言ったからだ。
 現状の一夏の実力を確かめるのに丁度いいと判断した俺は二人についていってその試合を見ることにした。今もまたギャラリーはすごいことになっている。
 手合わせを開始してから十五分。いい線いってたが箒の勝ち。面具を外した箒が一夏を鋭い目で見ている。

「どうして腕が鈍った?」
「受験勉強をしていたから、かな? それでも鍛えていたんだけどな。さすがに全国大会優勝者には敵わないか」
「……中学では何部に所属していた」
「帰宅部」

 そうか。一夏の奴、一応体は鍛えていたんだな。それが嘘でないことは先ほどの手合わせの動きでわかった。ただ少し箒が上をいっていただけだ。

「そうか……だが、お前が弱くなったのは事実だ。だから、お前を鍛えなおす!」
「はい?」
「……これから毎日、放課後三時間、私が稽古を付けてやる!」
「え。それはちょっと長いような――というかISのことをだな」
「IS以前の問題だ!」

 やれやれ、なんか俺がお払い箱の雰囲気になっているのだが。

「おーい、一夏。俺はもう帰ってもいいか?」
「ちょっと待ってくれ! 頼む! こうなったらお前だけが頼りなんだ!」

 今、一瞬で俺の目の前まで来たな。その動きをさっきできれば勝てたんじゃないか?

「いや、でも俺がさせようとしていたこともあまり変わらないぞ? 第一、知識なら教えられるがISの動かし方なんか俺は知らないからな」
「はあ? ISを動かせるんじゃないのか?」
「言っただろ? 俺は特殊だって。俺は普通のISは動かせないよ」
「なら、誰がISの動かし方を教えてくれるんだーーー!?」

 防具を付けたまま頭を抱えて器用に右へ左へと横に転がっている。本当に器用だな、痛くないのだろうか?
 しかしこのまま放っておくのも時間がもったいない。

「ぐえっ」
「箒、すまないが一時間だけ一夏を借りるぞ。そのあとは好きにしてくれ」

 未だに転がり続けている一夏の後ろ襟をつかみ、そのまま引きづりながら道場を出ようとしたとき箒に呼び止められた。

「待て、甲二。一夏をどこに連れていく気だ?」
「先に俺が頼まれていたからな。安心しろ、一時間経ったらちゃんと返す」
「そ、そうか。それならいい」
「よし。それじゃ、行くぞ一夏「待て」」

 納得してくれたと思ったのだが、なぜかまた呼び止められた。

「甲二。お前の実力も確かめてみたい。竹刀を持て」
「はあ? 俺は剣道なんてしたことないぞ」
「そうだろうな。ただ、お前が凄腕の傭兵だという話は聞いたが、実際にその実力を見たことはない。だから手合わせをしてみたいだけだ」

 いつからバトルマニアになったんだお前は。でも、誰かと手合わせをするなんてここに来てからは久しくしてないしやってやるか。

「わかった。ちょっと待て」

 制服の上着を脱いできれいにたたんで邪魔にならないところに置き、一夏の使っていた竹刀と周りにいるギャラリーの剣道部員の子から一本竹刀を借りると箒の前に移動した。

「おい、防具は付けないのか?」
「いや、身軽な方がいい」
「せめて面だけでも」
「邪魔なだけだ」

 箒と一夏が防具を付けないで生身でしようとする俺を心配して声をかけてくるがにべもなく切り捨てる。

「……後悔するなよ」
「本気か甲二?」
「ああ」

 一夏はまだ俺に何か言いたげだが、箒は言っても無駄と判断したのかもう防具に関しては何も言ってこなかった。
 俺にとって防具など体を重くするだけだ。なぜなら俺が先生に習ったのは剣術なのだから。
 俺は左足を後ろに引き、半身となり、腰を落とすと、左手は肘を引いて肩の高さに。右手は下段に構え、両手に携えた竹刀を上下並行になるように持ち、構える。

「二刀流か。それも変わった構えだな」
「これは俺の師匠(せんせい)譲りだ。まだまだ足元にも及ばないけどな」

 その言葉を最後に場が静まり返った。箒は基本に忠実に中段に構えている。いつ打ち込んでこられてもいいように構えていると、誰かの喉を鳴らす音で箒が動いた。

「はあっ!」
「ふっ!」

 箒は間合いを詰めるのと同時に竹刀を振り上げ、そのまま面を狙ってくる。こちらの構えからある程度力量を読んだのか一切躊躇いはない。俺はそれを竹刀で下にそらしつつ間合いを詰め、すれ違いざまに一閃。横薙ぎの一撃を胴に決めると、パアンッ! と乾いた音が響いた。
 しばらくお互いに背を向けたままだったが小さく箒がつぶやいた。

「……私の負けだな」
「ああ、俺の勝ちだ」

 俺がそう言った瞬間ギャラリーが一斉に沸いた。次々と称賛の声を飛んでくる中、箒は面を外しながら、一夏はその手に面を持って俺のもとに来る。

「すごいな甲二! 俺、なんとか目で追えるだけだったぞ!」
「うむ。私にも霞んだようにしか見えなかった」
「はははっ、『最速で最短の動きをする』。それが先生からの教えでね」
「誰なんだ? 甲二の先生って」
「お前も名前を聞いたことはあるだろう? 久利原直樹先生だ」
「あの、アセンブラとかいうのを開発した先生か?」
「そうだ。ちょっとした知り合いでな、よく会ってたんだ」

 IS学園に来るまでは任務がないとき、割と頻繁に研究所に会いに行ったのだがその際に剣術の稽古を付けてもらったのだ。それ以来この世界でも俺は先生の弟子というわけだ。

「へぇー。やっぱり強いのか? その人」
「強い。見かけではそうは見えないんだけどな」
「どんな人なんだ?」
「いかにも学者です。って感じの人だな。身長は高いけど痩身だし」

 箒が更衣室に行ったあと、久利原先生の話で盛り上がっているとギャラリーがひそひそと話をしているのが聞こえてきた。

「門倉くんは強かったけど、織斑くんてさあ」
「結構弱い?」
「ISほんとに動かせるのかなー」

 その声に一夏は拳を握りしめる。その顔には悔しさがありありと見える。俺はそんな一夏に肩を組んだ。

「気にするな一夏。言いたい奴には言わせておけばいい」
「男が女に負けるなんてやっぱり惨めだよな。でも、何より自分が許せない」
「大丈夫だ。その気持ちがある限りお前は強くなれる。さあ、お前も動きやすい服に着替えて来い」
「……わかった」

 もうそこには弱気の一夏はいなかった。強い意志を目に秘めた一夏は人目の付かないところに着替えに行った。







 一夏の身体能力がどのくらいなのか見定めることにした俺は校庭を走らせていた。とりあえず様子見として五周するよう言ったのだが結構快調に走っている。

「なんで一夏は走っているんだ?」

 どうやら着替え終わったらしい箒が様子を見に来たようだ。走っている一夏を見て、俺の方に困惑した視線を向けてくる。

「おう、箒か。とりあえずあいつの身体能力がどれくらいなのか確かめてみようと思ってな」
「なるほど。体力がなければISが動かせても意味がないか」
「そういうこと。この後は筋トレをさせるつもりだ」
「……あまりキツイことをさせるなよ?」

 一夏の事を心配してか、俺にそう言う箒はいつもしている不機嫌そうな顔が嘘のように好きな人を心配する、恋する女の子の顔をしている。

「安心しろ。お前の思い人を潰したりしないよ」
「なっ!? ち、違うぞ!? わ、私はただあいつが心配なだけで」
「そうか」

 俺の言葉にボッと顔を真っ赤にする箒。とても動揺していることがひじょーにわかりやすい。俺が頷くと、しばらく俯いていたが小さく訊ねてきた。

「…………いつから気付いていた?」
「この学園に来てからかな」
「こ、このことは、くれぐれも一夏には」
「わかった。黙っておく」
「す、すまない」

 落ち着いてきたのか顔色も熱が引いてきたようで真っ赤だったのが元に戻ってきた。

「俺は応援しているぞ?」

 またすぐに真っ赤になった。



「……はぁっ……はぁっ……! 甲二、もういいのか?」
「OK。上出来だ。基礎体力を一から鍛え上げるつもりだったが、ある程度の下地はできているな」

 これならある程度トレーニングをするだけで体力面は大丈夫だろう。それでも毎日、今日と同じことを続けてもらうが。

「……まあな。……ちょっとしたことがあってから……護られてばかりじゃいけないと思って、鍛えなおしたんだ」
「さて、今日のところはこれくらいでいいだろう。明日からは本格的に行うからな。んじゃ、箒。あとはまかせた」
「まかされた。さあ行くぞ一夏」
「えっ。もうちょっと休ませて」

 そのまま一夏は問答無用で箒に引きずられていった。







〈離脱(ログアウト)〉

「ふう」

 機械音声が頭に響き、俺は仮想空間(ネット)から現実(リアル)に戻ってきた。IS学園には生命維持装置のついた大掛かりな操作席(コンソール)こそないものの、教室の学習机や廊下のあちこち、勿論寮にも神経接続子(ニューロ・ジャック)挿入口がある。
 ここは星修と違って第二世代(セカンド)だけというわけじゃないし、ここIS学園はISの情報が一番集まる場所と言っても過言ではないはずなので、セキュリティの面では大丈夫だとは思うが、もしもの時を考えると無線(ワイヤレス)ではなく有線(ワイアード)で仮想世界(ネット)に没入(ダイブ)出来た方が何かと安全だろう。
 仮想空間(ネット)はリミッター付きエリアなら死ぬことはないが、制限無し(リミッター・オフ)エリアは回線切断(ディスコネクト)や脳死(フラットライン)、過剰なフィードバック等の危険があるし、有線(ワイアード)の方が第三者が強制離脱(アボート)させやすいからな。

「なんだ。まだ没入(ダイブ)していたのか」
「織斑先生。今日の仕事は終わったんですか?」
「今何時だと思っている。飯は食ったのか?」

 いつの間にか戻ってきていた千冬さんに呆れた風に言われ、壁の時計を見てみるともうすでに九時になろうとしていた。

「はい。一夏の特訓をしたあと仮想(ネット)に潜る前に軽く食べました」
「ならいい。……一夏はどうだ?」
「体づくりからさせようと思ってたんですけど、あれなら大丈夫そうですね。それでもトレーニングはしてもらいますけど」

 ネクタイを解きながら、椅子に座った千冬さんが「ふっ」と柔らかい笑みを浮かべる。

「あいつは誘拐事件以降、人が変ったように体を鍛えなおし始めたからな」
「なるほど、あれ以来ですか。その前は?」
「篠ノ之が転校してから剣道から離れていたからな。三年は剣をまともに握っていない」
「その割には結構いい試合をしてましたよ?」
「私が暇なときは扱いていたからな」

 いや、そんなどや顔されても……。まあ、それなら納得がいく。たまにとはいえ千冬さんの相手をしていたのなら勘が鈍るのもそう進まないだろう。

「明日からはちょっと本格的にしてみようと思います」
「そうか。お前に任せる」

 織斑先生はそう言うとシャワーを浴びに行った。
 さて、ちょっと喉が渇いたな。千冬さんが出てくるまで飲み物でも買いに行くか。
 ゆっくり歩いてきたら寮の食堂ではまだ何人か話をしていた。適当にスポーツドリンクを買い、テーブルの椅子に座っていると目の前にとある人物が座った。

「ちょっと、よろしくて?」

 それは、オルコットさんだった。突然話しかけられたことに驚いたが、そんなことよりも小さく俺だけに聞こえるようにつぶやかれた「『ライトニング』の操縦者さん?」という言葉に返答ができずにいた。




[29662] 第12話 決闘 一夏VSセシリア
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/09 12:07
 甲二が仮想空間(ネット)に没入している頃、箒は自室のシャワー室でシャワーを浴びていた。

(まったく、鍛えてはいたようだがすっかり腕が錆び付いている)

 一夏は、六年前の幼馴染は強かった。
 そして何より、格好良かった。

(いや、ま、まあ、その、なんだ。格好は……うむ、わ、悪くないと思うぞ)

 六年前よりも、当然だが大人びている。ただの生意気だった瞳は、わずかだが大人の男を感じさせるものに変わっていた。
 六年たって、お互いに顔も体も全く別物に成長しているというのに名前を言う前から自分のことをわかってくれた。それがとてもうれしかった。

(と、とにかく、明日からもまた今日と同じように放課後は特訓だ。せめてもう少し使えるようになってもらわなくては困る。それに――)

 それに、放課後に一夏と二人きりになる口実ができた。
 一夏以上に久しぶりに会った、同い年のはずなのにどこか年上を思わせる甲二も応援してくれるという。

「いや! そ、そのようなことは考えてはいないぞ!」

 そう、そうだとも。何も不埒なことは考えていない。下心などあるはずもない。自分は純粋に、同門の不出来を嘆いているだけだ。そして同門ゆえに面倒を見てやる。何もおかしなところはない!

「故に正当だ!」

 シャワー室で外に聞こえるほど大きな声で叫ぶ箒だった。







 そして翌週、月曜。セシリアとの対決の日。場所は第三アリーナ・Aピット。

「―――なあ、箒、甲二」
「なんだ、一夏」
「………………」
「ISのことを教えてくれる話はどうなったんだ?」
「「………………」」
「目を逸らすな!」

 あれから六日、箒は稽古をみっちりと付け、俺もちょっとした訓練を課したのだがすっかりとISについて教えることを忘れていた。
 一夏があれこれ言っている中、俺はセシリアとの会話を思い出していた。







「やあ、オルコットさん。どうしたのかな?」

 つぶやきは聞こえなかった振りをして、いかにも急に話し掛けられて驚いた、という風に誤魔化した俺はオルコットさんにジュースを買って渡した。

「あら、感謝いたしますわ。それと凄腕の傭兵であるあなたに、さん付けされるのは違和感がありましてよ」
「それなら何と呼べばいいかな?」
「セシリアで構いませんわ。門倉甲二中尉」
「なら、俺も甲二でいいよ」
「わかりました。甲二さんと呼ぶことにします」

 なんだろう。今まで見下していた感じがあったのだがそれが無くなっている。やはり先ほどのつぶやきが関係しているのか?

「昼間の発言が少し気になったので調べさせてもらいましたわ」
「何を?」
「あなたに関することすべて、ですわ。あなたのシュミクラム、『ライトニング』とまったく同じ姿ですわね?」
「……偶然じゃないかな?」
「第二回モンド・グロッソのときにライトニングを目撃したという情報がありました。そのまえに控室の方へ行ったあなたを見た人がいたそうですわ」
「………………」
「そして十年前、『白騎士事件』が起こった年にあなたはそのペンダントを篠ノ之博士に直接もらった……本当に全て偶然ですの?」

 もうどうやら誤魔化すのは無理のようだ。半ば確信に満ちた目で俺を見ている。俺は観念してため息をついた。

「やれやれ、あと一週間もすれば自動的にばれることだったのに。で? わざわざ確かめにきた理由はなんだ?」
「それは……」

 告げられた理由は簡単な条件を付けるためのものだった。

「条件がある?」
「ええ」
「どんな条件だ?」
「わたくしとの試合で全力を出すこと。それが条件ですわ」
「そんなことでいいのか?」
「織斑先生に実力を認められているあなたに、わたくしの今の力がどのくらい通用するのか確かめてみたいですから」

 なるほどね。けどそれなら……

「じゃあ、俺からも一ついいか?」
「はい、なんでしょう?」
「一夏に勝つことが条件だ。あまりあいつを舐めない方がいい」
「あの素人が? とてもそんな風には見えませんけど」
「油断していると、痛い目を見るぜ?」
「わかりました。でも、私が負けることはありませんわ」

 余裕の笑みを浮かべたセシリアはその言葉を最後に食堂から去っていった。







「というか甲二! お前聞いてるのか!?」
「………………」
「無視するな!」
「……ん? 何だ一夏?」
「お前が俺にさせた目隠しをした状態で物を避ける訓練は本当に役に立つのか?」

 そう。俺が一夏にさせたのは目隠しをした状態の一夏にものを投げて、それを躱す、もしくは防御するという訓練だ。まだ完全ではないがある程度はできるようになった。

「大丈夫だ。必ず役に立つ。空間把握能力が多少は上がったはずだ」
「そうだけど、ISにはハイパーセンサーがあるんだろ? ならそんなことしなくても…」
「たしかにハイパーセンサーは便利だ。だがそれはあくまでも補佐してくれるだけだ。お前自身を鍛えているのと鍛えていないのでは段違いの差が出るだろう」

 ISを動かす際に様々なサポートがあるとしても、結局一番必要なのは本人の力だ。ならば本人の感覚が鍛えられていればその成果も反映されるだろう。
 しかし一夏の専用ISというのが未だに来ていない。いつ来るのだろうか?
 モニターの映像に目を向けると準備は既に完了したのかセシリアがISをその身に纏って空中に浮かんでいる。
 『ブルー・ティアーズ』。鮮やかな青色の機体で、その外見は特徴的な四枚のフィン・アーマーを背に従え、どこぞの王国騎士のようである。
 データベースを開いて調べてわかったことだが、第3世代型の中距離射撃型で主力武装は六十七口径特殊レーザーライフル《スターライトmkⅢ》。そして特殊装備の『ブルー・ティアーズ』と呼ばれるビット兵器を積んであるらしく、それが機体の名前の由来となっているらしい。
 そのデータに目を通しているとようやく一夏のISが来たようだ。
 そこには山田先生と織斑先生がいた。

「き、来ました! 織斑くんの専用IS!」
「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナの使用できる時間は限られている上に門倉も控えているんだ。ぶっつけ本番でものにしろ」
「この程度の障害、男子たるもの軽く乗り越えて見せろ。一夏」

 次々と言葉を投げかけられ一夏は戸惑っている。すると重い音が響き渡り、ピット搬入口が開いて行く。

 ――――そこに、『真っ白』な機体が操縦者を待っていた。

「こ、これが…」
「はい! 織斑くんの専用IS『白式』です」
「体を動かせ。すぐに装着しろ。時間がないからフォーマットとフィッティングは実戦でやれ。出来なければ負けるだけだ。わかったな」

 せかされた一夏は白式に近づいて行き、その純白の機体に触れる。

「背中を預けるように、ああそうだ。座る感じでいい。後はシステムが最適化をする」

 一夏が白式に体を預けると、その装甲が閉じた。

「ISのハイパーセンサーは問題なく動いているな。一夏気分は、悪くないか?」
「大丈夫、千冬姉。いける」
「そうか」

 少しほっとしたような感じの言葉だな。普通の人の耳ではわからないだろうが、ハイパーセンサーのおかげで一夏もそれがわかっただろう。

「箒、甲二」
「な、なんだ」
「ん?」
「行ってくる」
「あ……ああ。勝ってこい」

 箒のその言葉に首肯で応えると、今度は俺に視線を向けた。

「最後まで油断するなよ?」
「ああ!」

 力強く頷くと、一夏はピット・ゲートを飛び出していった。







「あら、逃げずに来ましたのね」
「………」

 セシリアが話し掛けてくるが俺は答えない。もう試合開始の鐘は鳴っているのでいつ攻撃をしてきてもおかしくはないからだ。

「最後のチャンスをあげますわ」
「チャンスだと?」

 右手の人差し指を俺に向けてくるが、俺に対する余裕からか左手に握った銃の銃口はまだ下がったままだ。

「このまま勝負をすればわたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ」
 そう言って目を細める。俺のISが敵IS操縦者がこちらをロックしたことを伝えてくる。相手の動作に気を配りながら俺は吐き捨てた。

「いらないお世話だ」
「そう? 残念ですわ。それなら―――」

 ―――警告! 敵IS射撃体制に移行。トリガー確認、初弾エネルギー装填。

「お別れですわね!」
「―ッ!?」

 ロックされていることはわかっていたので自分では反応できたつもりだったが、直撃は避けたものの左肩の装甲が吹き飛び、シールドエネルギーは削られていた。
 それだけでは終わらず、まさに弾雨のごとき攻撃が降り注ぐ。

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」







「へぇ。一夏の奴、ISの起動が二回目の割にはよく動くじゃないか」

 試合開始から四十分。一夏は中距離射撃型のセシリアに対して片刃の近接ブレード一本で勝負を挑んでいた。
 というか装備があの刀一本しかないらしい。
 セシリアは特殊装備である『ブルー・ティアーズ』も展開し、一夏を攻めているが特訓の成果が出ているのか一夏はビットの放つレーザーをよく躱す。
 しかし、全てを躱しきれているわけではないのでシールドエネルギーは徐々に減少している。
 そして、シールドエネルギーが残り二割を切った時に一夏が動いた。ビットを展開している間、操縦者のセシリアはビットの制御に集中しなければならないので他の武器との連携が出来ない、セシリア本人が無防備になるという弱点を見抜いた一夏は、ビットの軌道を読んで一つ、二つと落としていく。

「はぁぁ、すごいですねぇ、織斑くん」

 ピットのリアルタイムモニターを見ている山田先生がため息混じりに呟くが、千冬さんは対照的に忌々しげな顔をする。

「あの馬鹿者。浮かれているな」
「えっ? どうしてわかるんですか?」
「さっきから左手を閉じたり開いたりしているだろう。あれはあいつの昔からの癖だ。あれが出るときは、大抵簡単なミスをする」
「へぇぇぇ……。さすがご姉弟ですねー。そんな細かいことまでわかるなんて」
「ま、まあ、なんだ。あれでも一応私の弟だからな‥‥」
「あー、照れてるんですかー? 照れてるんですねー?」

 ……山田先生。骨は拾ってあげますよ。

「‥‥‥‥‥‥‥」

 ぎりりりりっ。山田先生にヘッドロックが炸裂した。

「いたたたたたたっっ!?」
「私はからかわれるのが嫌いだ」
「はっ、はいっ! わかりました! わかりましたから、離し―――あうううっ!」

 その光景からモニターに目を戻したとき試合は大きく動いた。
 一夏がセシリアの間合いに入り展開していたピットの最後の一つを撃墜し、確実に一撃が入るというタイミングだった。
 セシリアの腰部から広がるスカート状のアーマー。その突起が外れて動いた。
 それもさっきまでのレーザー射撃を行うものではなく『弾道型(ミサイル)』だ。
 赤を超えて白い、白い爆発に包まれた一夏を心配して箒が思わず声を上げる。

「一夏っ……!」

 さっきまで騒いでいた千冬さんと山田先生もモニターを真剣な面持ちで注視する。

「――ふん。機体に救われたな、馬鹿者め」

 黒煙が晴れたとき、千冬さんが鼻を鳴らしてそう言った。まだかすかに漂っていた煙が弾けるように吹き飛ばされたとき、そこには白式が真の姿になって佇んでいた。







「これは……」
「ま、まさか……一次移行(ファースト・シフト)!? あ、あなた、今まで初期設定だけの機体で戦っていたって言うの!?」

 セシリアの顔が驚愕で染まっている。どうやらやっとこの機体は俺専用になったらしい。
 改めて機体を見ると、最初の工業的な凹凸は消え、滑らかな曲線とシャープなラインが特徴的などこか中世の鎧を思わせるデザインに変わっている。
 そして何より変わったのは、その武器だった。

 ―――――近接特化ブレード《雪片弐型》。

 ―――――雪片。それはかつて千冬姉が振っていた専用IS装備の名称。

「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」
「俺も、俺の家族を守る」
「……は? あなた、何を言って――」
「とりあえずは千冬姉の名前を守るさ!」
「だからさっきから何の話を……ああもう、面倒ですわ!」

 弾頭を再装填したビットが二機、セシリアの命令で飛んでくるがさっきまでとは違う。

(見える……!)

 右手の雪片を握りしめる。使い方は千冬姉に隠れて何度も見た試合映像のおかげでわかっている。

 ギンッ――!

 横一閃。ビットを両断し、俺はセシリアへと突撃する。機体の瞬間加速度、センサーの解像度はさっきまでの比じゃない。

「おおおおっ!」

 手の中でエネルギーがその密度を増していくのを感じる。刹那、雪片の刀身が光を帯び、より強い力の存在を俺に伝えてくる。
 セシリアの懐に飛び込み、下段から上段への逆袈裟払いを放った。
 その斬撃が当たる直前―――

『試合終了。勝者――セシリア・オルコット』

 なぜか決着を告げるブザーが鳴り響き、何が起こったのかわからないまま試合は終了して、結果俺は負けた。







「よくもまあ、持ち上げてくれたものだ。それでこの結果か大馬鹿者」

 試合が終わって一夏は千冬さんに怒られていた。まあ、武器の特性も考えずに使用してしまったのは一夏のミスだったと言えるだろう。

「しかし思ったよりも時間がかかってしまったな。オルコットの準備ができてから始めたらアリーナを使える時間が三十分しかないぞ」
「大丈夫です織斑先生。ちょっとした約束で全力を出すので」
「なに? ということは……二十分かからんな。よし。門倉、準備をしろ」
「了解(ヤー)」

 千冬さんに敬礼をした俺は軽く準備運動を始める。するとそれを聞いた山田先生が焦ったように言ってくる。

「門倉くん、無茶です! いくら門倉くんが専用ISを持ってるとしても代表候補生とは稼働時間に差がありすぎます!」
「そうだよ千冬姉! 甲二は一時間ちょっとしか乗ったことないんだろ!?」
「甲二が凄腕の傭兵といってもそれでは……」

 山田先生だけでなく一夏と箒も俺と千冬さんに詰め寄ってくる。それに対して千冬さんは鬱陶しそうに手を振った。

「あー、離れろ。それにお前ら一つ間違っている」
「「「え?」」」
「門倉はこの学園の生徒の中ではある意味一番、稼働時間が長い」
「は? でも甲二はISに乗った時間は一時間って…」
「そうだろうな。ISとして乗った時間はな」
「「「?????」」」

 あー、三人とも訳がわからなくなっているな。そのとき向こうのピットから準備ができたと連絡が入った。さあ、行こう。

「よし。さっさと終わらせてこい甲二。」
「了解(ヤー)!」

 千冬さんの声を背に俺はピットを後にした。




[29662] 第13話 決闘 甲二VSセシリア
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/09 12:08
 第三アリーナの控室でセシリアは物思いに耽っていた。

(先ほどの試合―――)

 なぜいきなり彼のシールドエネルギーがゼロになったのかはわからない。けれど、最後の一撃が当たっていたらどうなっていたかはわからなかった。

(たしかにわたくしは勝った……でも……)

 やはり、腑に落ちない。なんだかすっきりしない。自分のプライドがあの結末に納得しない。

(――織斑、一夏――)

 あの男子のことを思い出す。あの、強い意志を宿した瞳を。
 婿養子という立場の弱さから母に対し卑屈になっていた父とは正反対の、他者に媚びることのない眼差し。
 自分の理想の、強い瞳をした男。

「織斑、一夏……」

 名前を口にしてみただけなのに、なぜか胸が熱くなる。
 胸に手を当てると、いつもより激しくその心臓が鼓動を打っている。
 ――なんだろう、この気持ちは。
 彼のことを考えるだけで胸がいっぱいになる。
 ――もっと知りたい。一夏のことが…………

「………はっ!?」

 かぶりをふってそのことを頭の隅に追いやる。このことも大事なことだが、もっと大事なことがある。
 今から試合する相手は十年前、白騎士についで姿を現したライトニング。本人はISの稼働時間は一時間ちょっと、と言っていたが『白騎士事件』のときのライトニングのあの動きを考えると稼働時間のことなど当てにはならない。
 それに、あの織斑先生が実力を認めるくらいだ。おそらく代表候補生レベル、もしくは国家代表クラス。
 それを確かめるためにわざわざ条件まで付けた。でも、もしかしたら手も足も出ないかもしれない。
 それでも…………

「一夏さんが見ていますもの。無様な姿など見せられませんわ!」

 今、気になっている異性の前で恥ずかしい試合を見せることだけは決してしない。
 そう心に誓い拳を握るセシリアの姿があった。





 
 アリーナに姿を現した全身装甲のISを見てスタンドのあちこちで驚愕の声が上がった。
 白騎士を誰もが知っているようにこの機体を知らない者などいない。
 バイクのカウルを思わせる流線型の装甲、力強さと機能性を同時に感じさせるスタイリング。機体の色は白を基調としているが所々青のラインが走っている。
 誰もがこの機体の操縦者の正体に気付いたとき、反対のピットからISを纏って出てきたセシリアが会場によく響く声で俺に話しかけた。

「お待たせしましたわ『ライトニング』」

 その声に応えるかのように俺は表情画面(フェイスウィンドウ)を開き、操縦者の顔が明らかになった。

「正確には俺の機体はその名前じゃないんだ。ちゃんとした名前で呼んでくれないか?」
「では、その名前をお聞かせ願えませんか?」
「ああ、機体名も含めて改めて自己紹介しよう」

 表情画面を閉じ、一呼吸置いてから俺は名乗りを上げた。

「傭兵部隊フェンリル所属、門倉甲二中尉。機体名は雷狼(ライロウ)だ。準備はいいか? セシリア・オルコット」
「ええ、全力で相手をさせていただきますわ!」
「こっちも全力で行かせてもらう。戦闘開始(オープン・コンバット)っ!」

 俺の声に丁度試合開始のブザーが鳴り、二人は同時に武装を展開して戦闘を開始した。







「織斑先生。門倉くんがライトニング…いえライロウの操縦者だって知ってたんですか?」
 
 ピットではリアルタイムモニターに映されるライロウとブルー・ティアーズの戦闘を見ながら山田真耶が千冬に訊ねていた。
 すると千冬はモニターを見ながら淡々と頷いた。

「ああ」
「どうして教えてくれなかったんですか!?」
「先にネタばらししてしまうよりもこのほうが面白いだろう?」

 ニヤリ。と擬音が付きそうな笑い方をする千冬に真耶は諦めたように項垂れると浅くため息をつく。

「織斑先生にとってはそうでしょうね……」
「オルコットは気付いていたみたいだがな」

 そんな二人の会話が間近でされている中、一夏と箒はその話声がほとんど聞こえないくらいにモニターに見入っていた。

「……すごい。どうして甲二はあんな動きができるんだ?」

 一夏が思わずそうつぶやいてしまうのも無理はない。モニターに映し出される映像では自分があれだけ苦戦したビットによる攻撃を、ライロウが踊るようにして全て回避してみせる姿があった。

「ふん。あれくらいで驚くな。」

 千冬は回避して当然という顔をしている。一夏たちは千冬がそう断言する理由がまだわからなかった。そして箒はさっきから気になっていることがあった。

「織斑先生。なぜ甲二は、第一世代のISで第三世代のISを使用している代表候補生を相手にあそこまで戦えるのですか?」

 ライロウが十年前には存在していたISということは世代的には、ほぼ退役している第一世代ということになる。十年たって技術も進歩したことを考えると、とてもじゃないが搭乗者の実力だけで補えるとは思えない。
 箒と一夏、真耶の視線が千冬に集まったとき、千冬はとんでもない事実を口にした。

「あれに世代などない。正確にはあれをISと言っていいのかどうか……」
「どういう…ことですか?」
「詳しいことは省くが、門倉が首から下げているペンダントはあいつのシュミクラムを完全に再現する」
「「?」」

 一夏と箒は甲二がシュミクラムに乗っているというのは知っているがその戦歴までは知らない。そのため何がそんなにすごいのかわかっていない。
 しかし、真耶は千冬の言葉を聞いた瞬間、驚きと畏怖の色が混じった目をモニターに向けた。

「ええっ!? じゃあ、今あそこにいるのは……」
「そうだ。『仮想(ネット)の悪魔』と呼ばれた門倉のシュミクラムそのものだ。」
「そうだとしたらどうなるんだ千冬姉?」

 パアンッ!

「織斑先生だ。そろそろいい加減に覚えろ。」

 いつのまに持っていたのか、一夏の頭にもう何度目なのかわからない出席簿による一撃が入った。

「……はい。どうなるんですか? 織斑先生」
「あいつは仮想の時間も含めれば、誰よりも長くISに乗っているということだ。あいつの動きをよく見ていろ一夏。何か得るものはあるはずだ」
 
 再びモニターに視線を戻す千冬。モニターでは甲二が攻勢に出始めた。







 開始から十五分。俺は試合開始と同時に展開してきたビットによる激しいレーザー射撃をかわし続けていた。
 油断や慢心のあった一夏の試合のときとは違い、ビットによる狙いもずっと鋭くなっていて少しでも回避の仕方を間違えると彼女の手にあるレーザーライフルの餌食になるだろう。
 流石は代表候補生だ。その技量は目を見張るものがある。
 だが、俺はセシリア以上にビット兵器を使いこなす凄腕(ホットドガー)を知っている。
 彼女は変則的遠距離型の機体を自在に操り、ありとあらゆるビット攻撃を仕掛けてきた。

「あの弾幕に比べれば、この程度大したことはない!」
「くっ、どうして当たりませんの!?」

 どうやら焦りが出てきているようだ。その影響かビットの制御も甘くなってきている。
 冷静さを取り戻される前に終わらせる!
 四つのビットによる包囲攻撃を次々と回避しながらスキを窺っていた俺は攻撃のリズムを読むと攻勢に出た。
 体を捻って最小の動きでかわしながら、両手にフォトンランサーを出現させ、もっとも遠い位置にある二つのビットに向けて投げつける。

「っ! そこですわ!!」

 動きの一瞬止まったところをスターライトmkⅢで撃ってくるが、俺はブーストダッシュをして驚異的なスピードでその場から離脱すると連続でブースターを使い、残りの無防備なビットに急接近する。

「なっ!? 二連続瞬時加速!?」
「痺れろっ!」

 自らの体内に高圧電流を発生させ、全方位に放電する門倉コレダーを使いすれ違いざまに電流を流し破壊した。
 すぐさまPICの慣性制御でその場で体勢を立て直すと、そのままセシリアの方に向かって最大速度で翔る。

「お忘れではありませんの? まだ二機残っていますわよ!」

 残りの二つの弾道型(ミサイル)ビットを飛ばそうとするがそれは予想済みだ。ビームソードを右手に呼び出し、横に薙ぎ払うことでビットを両断する。

「んなっ!? インターセプター!」

 接近されることを予想したのかスターライトmkⅢを放り投げ、ショートブレードを展開する。
 が…………、

「遅い」

 セシリアの真下に移動してすでに次の武装の展開を終えていた俺は、日本刀を構えると真上に飛び上がりながら居合いによって数回斬撃を繰り出し、ショートブレードを根元から斬り飛ばしながらセシリアを斬りつけた。

「シールドエネルギーはまだまだ残っているだろうが……まだやるか?」
「……いいえ、わたくしの完敗ですわ」

 日本刀を構えながら訊ねるが、セシリアが負けを宣言した。その瞬間大歓声がアリーナを包み込んだ。







 試合が終わった後、女子たちからの質問攻めにあい、なんとか逃げ出して寮の食堂で日替わり定食を頼んだところ、ニラレバ炒めが付いてきた。

「最悪だ。まさかここでもニラを食べる羽目になるなんて……」

 よくメニューを見なかった俺が悪いのだが、相変わらずニラが苦手な俺からすればこれは地獄だ。
 ガックリと肩を落としながら適当に椅子に座ると、洋食セットをトレーに乗せたセシリアが目の前に座った。

「どうしましたの? なんだか気分が悪そうですわよ?」
「いや、なんでもない。それより何か話があるんじゃないのか?」
「約束通り全力を出して下さったことに感謝をしに来ましたの。本当にありがとうございました。それと遅くなりましたが、男だからと失礼な態度を取ったことを謝罪しますわ」

 ご丁寧に頭まで下げられてしまった。周りの注目も集めてしまって非常によろしくない状況だ。

「待て待て、別に頭まで下げなくていい。それに俺も君のことを甘く見てたしな」
「あら、そうですの? それにしてもまさかあなたのISがシュミクラムを完全再現したものだとは思いませんでしたわ」
「それを誰に聞いたんだ?」
「織斑先生です。リミッターが掛けられているとはいえ、あの『仮想(ネット)の悪魔』相手に二十分持つとはたいしたものだ、と言われましたわ」

 織斑先生に褒められたからか、少し嬉しそうだ。今セシリアが言った通り俺のISにはリミッターが掛けられている。この学園の全てのISに掛けられているものとは別のもので、ブースターを二個とフォースクラッシュが使えないようになっている。
 少なくとも専用機持ちが今の俺に勝てるレベルになるまではそのリミッターは外さないらしい。意外とすぐだと思うけどな。

「見ていなさい。必ずそのリミッターを外させて見せますわ」
「ああ。楽しみにしているよ」

 手を差し出しながら宣言されたので、俺もその手を取って握手をしながら返事をした。
 話も終ったようだしどうやってこのニラを処理しようかと悩んでいると、セシリアが急に顔を近づけて小声で話してきた。その顔は林檎を思わせるほど真っ赤である。

「と、ところで甲二さん。一夏さんについて知っていることがあったら教えていただけませんこと?」
「うん? もしかして……」
「なななな、なんでもありませんのよ!? た、ただ、好きな食べ物とかもし知っていたら教えて欲しいだけで……!」

 うん。箒、頑張れよ。どうやら早速ライバルの登場みたいだぞ。
 そのあとはなんか勝手に暴走し始めたのでほっとくことにして、死ぬ気でニラを食べて部屋に戻ったところ、織斑先生が珍しく本気で慌てた様子で俺の心配をしてくれた。



 翌日。朝のSHR。愉快なことが起きていた。

「では一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですねー」

 山田先生は嬉々として喋っている。そしてクラスの女子は大いに盛り上がっている。一夏だけが暗い顔をしている。
 俺は腹を抱えて机に突っ伏している。

「先生、質問です」

 おお、立ち直ったのか一夏。

「俺は昨日の試合に負けたんですが、何でクラス代表になってるんでしょうか?」
「それは――」
「それはわたくしが辞退したからですわ!」

 がたんと立ち上がり、いつもの腰に手を当てるポーズをしている。どことなく上機嫌の様子だ。

「まあ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然のこと。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。しかし、まあ、わたくしも大人げなく怒ったことを反省しまして」

 それと、一夏に惚れてしまったので、を足した方がいいんじゃないか?

「一夏さんにクラス代表を譲ることにしましたわ。やはりIS操縦には実践が何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いには事欠きませんもの」

 ふむ。それは確かに言えているな。これからはなにかと一夏の身柄を狙う奴等も出てくるだろう。このIS学園内ならいざ知らず、外出したときに弱くて何もできませんでした、では話にならない。それを考慮するとこれは意外と一夏にはいい経験になる。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! それだったら『ライトニング』操縦者の甲二の方がいいだろ!」

 急に立ち上がった一夏が今度は俺の名前を上げる。しかし譲れないものがあった。

「おい、一夏。それは通称。俺の機体の正式名称はライロウだ。」
「あ、悪い。……じゃなくて!」
「座れ、馬鹿ども」

 ふう。危なかった。俺は座っていたので千冬さんクラッシュは喰らわない。

 ゴッ!!

「ちょ……。だから、それ……カド……」
「門倉のISは普通のものとは違う。まだ謎な部分が多い。それにお前たちのような、ひよっこと門倉の技量には差がありすぎる」

 千冬さんが述べたように、未だにこのペンダントの形をしたコアがなんなのかははっきりとしていない。わかっていることは俺のシュミクラムを現実(リアル)に再現できる。
 ただそれだけだ。

「だが、お前たちは運がいい。歴戦の凄腕(ホットドガー)から盗める技術は可能な限り盗め。そうすればお前たちの成長も早くなるだろう」

 え。え? いやいや、そんな大したことないですよ、俺は。なんでみんなして俺を見ているのかな? 特にセシリア。お前、一番目が怖い。

「とにかく、クラス代表は織斑一夏。異存はないな」

 はーいと俺と一夏を除く全員が一丸となって返事をした。一夏も憂鬱な顔をしているが、俺もまたやってきそうな面倒な事態にため息をついた。



[29662] 第14話 幼馴染
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/09 12:10
 四月も下旬、遅咲きの桜も花びらがすべてなくなった頃。晴れ晴れとした青空の下で今日も千冬さんの授業を受けていた。

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、門倉。試し
に飛んでみせろ」

 その言葉に従い、俺はシュミクラムへと移行(シフト)する。
他の二人の方に意識を向けると、何か考え事をしていたらしい一夏が千冬さんにせかされてISを展開し、浮遊していた。
同じく、セシリアもIS『ブルー・ティアーズ』を装備して浮かんでいる。

「よし、飛べ」

 言われて、すぐさま急上昇し、はるか頭上で静止する。
セシリアも俺に少し遅れて同じ高さで静止するが、後に続く一夏の上昇速度はセシリアよりかなり遅いものだった。

「何をやっている。スペック上の出力では白式の方が上だぞ」
「そう言われても……『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』っていうのがよくわからないんだけど」

 一夏が千冬さんから通信回線でおしかりの言葉をもらい、ぼやいている。

「一夏さん。イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ」
「そう言われてもなぁ。大体、空を浮かぶ感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだ、これ」

 一夏の疑問に対してセシリアが詳しく説明することを提案したが、一夏はすぐに断った。
 それにしてもセシリアは本当に楽しそうに微笑んでるな。
 あの試合以降、一夏にも謝罪をしたセシリアは何かと理由を付けては一夏のコーチを買って出ている。
 一夏はセシリアが面倒を見てくれる理由が全然わからないらしく、この前俺に相談してきたが適当に流しておいた。

「あの、一夏さん、よろしければまた放課後に指導してあげますわ。そのときはふたりきりで――」
「一夏っ! いつまでそんなところにいる! 早く降りてこい!」

 いきなり通信回線から箒の怒鳴り声が響く。地上ではインカムを取られた山田先生がおたおたしている。
 すごいな箒。この距離で一夏とセシリアの雰囲気を察知したのか?

「織斑、オルコット、門倉。急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地上から十センチだ」
「了解(ヤー)」
「了解です。ではお二人さん、お先に」

そう言って、すぐさま地上に向かったセシリアは見事にどちらもクリアーした。一夏はそれを見て感心している。

「うまいもんだなぁ」
「じゃあ、次は俺が行くぞ、一夏」
「おう!」

 今度は俺が上体を入れ替え頭を下にして急降下し、タイミングを見計らって体制を整え、バーニアを吹かして目標ぴったりに停止した。

「よし。見事だ門倉」
「はっ。ありがとうございます」

 千冬さんに敬礼する。さて、次は一夏だな。


 ギュンッ―――――――――――ズドォォンッ!!


 急降下をしたそのままのスピードで、停止できずにものの見事に墜落した。グラウンドには大きな穴が空いている。どうやら怪我はないようだが、クラスの女子からくすくす笑われているので心のダメージは大きいだろう。

「馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を空けてどうする」
「……すみません」

 姿勢を整えて上昇し、地面から離れる一夏。そこに目じりをつり上げている箒が目の前まで歩いてくる。

「情けないぞ、一夏。私が昨日教えてやっただろう」

 ずいぶん擬音の多い説明だったが、あれを果たして教えたというのだろうか。箒が小言を言っていると、一夏を心配したセシリアがそれを遮った。
 そのままにらみ合いを開始したが――

「おい、馬鹿者ども。邪魔だ。端っこでやっていろ」

 ――と、千冬さんが二人の頭を押しのけた。

「織斑、武装を展開しろ。それくらいは自由にできるようになっただろう」
「は、はあ」
「返事は『はい』だ」
「はっ、はい」
「よし。でははじめろ」

 言われて、横を向いた一夏は、右腕を突き出してそれを左手で握る。
 手のひらから光が放出し、光が完全に収まったころにはその手に《雪片弐型》が握られていた。

「遅い。〇・五秒で出せるようになれ」
「……はい」

 一夏も一週間訓練して今のスピードにまでもってきたんだがな。流石、織斑先生。厳しいな。

「オルコット、武装を展開しろ」
「はい」

 左手を肩の高さまで上げ、真横に腕を突き出す。すると一瞬爆発的に光ったと思うと、その手には《スターライトmkⅢ》が握られていた。
 さっきの一夏よりも圧倒的に早い。

「流石だな、代表候補生。――ただし、そのポーズは止めろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ。正面に展開できるようにしろ」
「で、ですがこれはわたくしのイメージをまとめるために必要な――」
「直せ。いいな」
「――、……はい」

反論する余地を与えずに切って捨てる。セシリアもまだ何か言いたげだったが、千冬さんの一睨みで黙った。

「オルコット、近接用の武装を展開しろ」
「え。あ、は、はいっ」

 何を考えていたのかはわからないが、振られた会話に反応が鈍るセシリア。
 銃器を光の粒子に変換して収納(クローズ)し、近接用の武装を展開(オープン)しようとする。
 けれど、手の中の光はなかなか像を結ばず、くるくると空中をさまよっている。

「くっ……」
「まだか?」
「す、すぐです。――ああ、もう! 《インターセプター》!」

 焦りからか、武器の名前をヤケクソ気味に叫ぶ。それによって光はまとまり武器として構成される。
 しかし、武器の名前を呼んで武装を展開するのは教科書の頭の方に書いてある、初心者用の手段だ。そうしないと武装を展開できないというのは、代表候補生であるセシリアにとっては屈辱的だろう。

「……何秒かかっている。お前は、実戦でも相手に待ってもらうのか?」
「じ、実戦では近接の間合いに入らせません! ですから問題ありませんわ!」
「ほう。門倉のとき…はまあ置いておいて、初心者の織斑との対戦で簡単に懐を許していたようだが?」
「あ、あれは、その」

 千冬さんの言葉にごにょごにょとまごついて、セシリアの言葉の歯切れは悪い。俺がそれを眺めているとキッと一夏を睨みつけた。
 大方、個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)を送って文句を言っているのだろう。
 ISは操縦者同士で会話をする際に、開放回線(オープン・チャネル)と個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)を使って会話できる。
 オープン・チャネルは普通の通話。プライベート・チャネルは直接会話(チャント)のようなものだ。

「門倉。近接武装を展開した後、遠距離武装を展開しろ」
「了解(ヤー)」
「返事は……まあ、いいだろう」

 左手を軽く開きその手に日本刀を展開して、そのまま間を空けることなく日本刀を収納し、ライフルを展開する。

「……『高速切替(ラピッド・スイッチ)』。……そういえばわたくしとの試合のときも戦闘と平行して武装を替えていましたわね」
「ここまでとは言わんが、すぐに近接武装を展開できるようにしておけ。いいなオルコット」
「はい!」

 まあ、シュミクラム乗りが武装の展開に手間取っていたら連撃(コンボ)を繋げられないからな。

「時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑グラウンドを片付けておけよ」

 あの穴を埋めておけってことか。体を鍛えるのにも丁度いいし手伝ってやるか。

「よし、一夏。とりあえず土を探しに行くぞ」
「甲二……手伝ってくれるのか?」
「さっさと終わらせないと運動部の邪魔になるからな」
「ありがとう」
「何、気にするな」

 さて、さっさと終わらせますか。







 夕食後の自由時間。寮の食堂で『一夏クラス代表就任パーティー』が開かれた。俺もその場にいたのだが、何やら新聞部の人が来たので面倒事になると判断し、こっそりと抜け出した俺は部屋に向かって歩き出した。

「さて、ところでなんで付いてきているのかな? 本音さん」
「あれ~? 気付いてたの? かどくー」

 誰にもばれないように抜け出したつもりだったが、後ろを付いてきていたようだ。

「足音の消し方は上手かったけどね」
「ふふふ~。メイドですからー」

 なぜメイド? ああ、簪の専属メイドだったっけ。この子。

「で? なんでわざわざ足音消して付いてきたのかな?」
「驚かしたかっただけ~」
「あ、そう」

 相変わらずマイペースだな。亜季姉ぇといい勝負かもしれない。

「それだけ? だったらもう行くけど」
「いやー、ちゃんとした用事もあるよー」
「用事? 一体なんの」
「こっち、こっちー。付いてきてー」

 急に手を取ったかと思ったら、俺を引っ張って行く。そしてしばらく歩いたと思ったらある部屋のドアの前で止まった。

「ここ、誰の部屋なんだ?」
「すぐにわかるよ~」

 そう言ってドアをノックする。そして聞こえてきた声で俺は誰かわかった。

「はい……誰?」
「私だよー。かんちゃーん」
「本音? ……ちょっと待って」

 ぱたぱたと足音が近づいてくる。
 はははっ。そうだった。後回しにして結局会いに行くのを忘れてたっけ。

「どうしたの……あっ……!?」
「久しぶり、簪……」
「甲二……久しぶり」

 俺が小学校を去って以来、十年ぶりに再会した俺にとって二番目の幼馴染。髪型は変わらないが、あのころとは違い長方型のレンズの眼鏡をかけている。

「眼鏡かけるようになったんだな」
「これは携帯型ディスプレイ……」
「へぇ」
「空中投影ディスプレイは……高いから。それより……」

 急に近づいてきたかと思うと、しがみついてきて顔を伏せてしまった。

「今度黙っていなくなったら……絶対に許さないから」
「ごめん、簪。楯無さんに伝言をお願いしたんだけど……」
「それが許せない……お姉ちゃんには直接伝えたくせに……」
「本当にごめん……」
「でもよかった……また会えて」

 顔を上げて微笑みを浮かべる簪。あの頃よりも大人っぽく成長した顔立ちは綺麗で、不覚にもドキッとしてしまった。

「そ、それより、なんでそっちから会いに来なかったんだ?」
「それは……」
「キミが大概、織斑一夏くんの近くにいるからよ」

 簪がパッと俺から離れると突然目の前が暗くなり、耳元で声がした。

「!?」
「だーれだ?」
「……あなたも変わりませんね。楯無さん」
「あはっ♪ せいかーい」

 そう言って開放してくれたので後ろを振り向くと、簪や本音さんと同じく大人っぽく成長した楯無さんが昔と変わらない笑みを浮かべていた。

「お久しぶりです。楯無さん」
「久しぶり、甲二くん。寮の食堂で薫子ちゃんが探してたわよ?」
「あの新聞部の人ですか?」
「そう。今度会ったら質問攻めにするって言ってたわ」

 くっ。逃げたのが仇となったか。

「それより、どういうことですか? 一夏が近くにいるからっていうのは」
「それは」
「お姉ちゃん!」
「いいじゃない。甲二くんに言っても」
「……わかった」

 今の簪の大きな声で何事かとそれぞれの部屋のドアが開きこっちを見ている。

「……なになに?」
「あ、門倉くんだ」
「あれ? 会長がいる」
「更識さんと布仏さんもいるわね」

 ぞろぞろと女子が部屋から出てくる。しかも困ったことにみんなラフなルームウェアでかなり男の目を気にしない格好をしている。
 ……あの、みんな。もうちょっと気にしようよ。

「あらあら、人が集まってきちゃったわねぇ。時間もあまりないし、甲二くん明日の放課後に生徒会室に来てもらえる?」
「わかりました」
「うんうん♪ 素直な子はおねーさん好きだよ」
「はいはい」
「むー。信じてないなぁ。あ、簪ちゃんも来てね☆」
「……勿論行く」
「ふふっ……」

 うん。どうやら二人の変なわだかまりもなくなったようだ。よかった、よかった……のハズなのだがなんか二人の間に火花が散っているな。
 とりあえずほっといてこの場から脱出することにしよう。お互いに向き合っている二人を尻目に、本音さんに手を振ってその場を去った。







 ―――夢を見ている。
 広大な花咲く草原が広がっていて、そこに二人の人影がある。
 一人は高校生くらいの少年でもう一人も同じくらいの少女だ。
 二人は楽しそうに会話をしている。それを俺は眺めている。

「これは……仮想の草原か。てことはあの二人は」

 門倉甲と水無月空の模倣体(シミュラクラ)であるクゥだ。どうやら俺は門倉甲だった頃の夢をみているらしい。
 まだクゥと出会ってすぐの頃のようで門倉甲がその日にあったことを語って聞かせている。

「それでさ、雅の奴が千夏にサッカーボールを顔面にぶつけられて」
「くすくすくす……」

 クゥはそれを聞いて笑っている。本当に懐かしい。なんだか昔に戻ったようだ。
 二人からは俺が見えることはないらしい。まあ、当たり前だが。
 しばらく二人を眺めていると、急に周りが静かになった。気付くと門倉甲もピクリとも動かずに一言もしゃべらない。

「なんだ? 一体どうしたんだ?」

 そして、驚いた。クゥがまるで俺が見えているかのように俺と視線を合わせてくる。いや、本当に見えているようだ。
 さきほどまでと違い、厳しい顔をしている。

「まさか、俺が見えているのか?」

 コクリ。と頷いたかと思うと何かを言っている。

「……気を付けて。もうすぐ……が……」
「何だって? よく聞こえない」
「だめ……時間が……足りない」

 どうやら何か伝えたいようだが。ノイズが入ってよく聞こえない。

「もうすぐ……なるから」
「教えてくれ! 君は誰なんだ!? クゥじゃないのか!?」
「私は……■■……」

 だめだ。やっぱり聞こえない。しかも俺の意識が目覚めつつある。

「君は…一体……」

 最後に聞こえたのは「待ってて、甲二」という言葉だった。




[29662] 第15話 一夏のセカンド幼馴染
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/09 12:16
(待ってて、甲二)



「……っ!?」

 ガバッと布団を撥ね退けて上半身を起こす。カーテンが閉じていて隙間から光が差していないことからまだ夜明け前ということが分かる。部屋にある時計を見ると、午前二時を少し過ぎた時間を時計の針が示していた。
 少し離れたところで寝ている千冬さんは静かに寝息を立てている。

「今のは……ただの夢……だったのか?」

 懐かしい夢を見ていたと思ったら、突然何かを伝えようとしてきたクゥ。いったい何を伝えようとしていたのだろうか? そして、彼女は本当にクゥなのか?
 他にも色々と気になることはあるが―――

「……とりあえず寝るか」

 今、考え事をして寝不足になり、明日の授業中に居眠りしてしまっては元も子もない。確実に千冬さんからの出席簿による鋭い一撃が入るだろう。
 そんなことにならないためにも布団をかぶり直しもう一度眠りにつく俺だったが、今度は夢を見ることはなかった。







「織斑くん、門倉くん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

 不思議な夢を見た日の朝。一夏たちと朝食を食べてクラスに向かい、席に着くなりクラスメイトに話しかけられた。入学してすぐのころは俺が傭兵とわかってから敬遠されがちだったのだが、今ではみんな普通に話し掛けてくれるようになった。

「転校生? 今の時期に?」

 たしかに一夏の疑問も尤もだ。今はまだ四月。なぜ入学ではなく転入なのか? しかもこのIS学園、転入はかなり条件が厳しかったはずだ。試験はもちろん、国の推薦がないとできないことになっている。ということはつまり―――

「どこかの国の代表候補生か?」
「するどいね門倉くん。そう、なんでも中国の代表候補生らしいよ」
「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」

 話を聞いていたのか、一組の代表候補生であるセシリアが腰に手を当ててこちらを見ている。

「このクラスに転入してくるわけではないのだろう? 騒ぐほどのことでもあるまい」

 窓際の最前列にある席に行ったはずの箒が、気が付けば一夏の側に来ていた。なんだかんだ言っても箒も女子、噂は気になるのだろう。
 それにしても、あの不思議な夢を見た直後に転入生。何か関係があるのだろうか?
 たしかあの子は「気を付けて」と言っていた。夢は結局のところ夢でしかないが俺の直感が無視していいことではないと告げている。
 果たして何に気を付ければいいのかまったくわからないが、一応注意しておくか。

「なあ、甲二。お前も気になるのか?」
「……え? あ、ああ。そうだな」

 危ない、危ない。話を聞き逃すところだった。

「厳しい試験を乗り越えてきた人物だからな。実力は確かなんじゃないか?」
「どんなやつなんだろうな」

 その一言にピクリ、と箒が反応した。

「む……気になるのか?」
「ん? ああ、少しは」
「ふん……」
「?」

 なんで箒が不機嫌になったのかまったくわかってないな一夏の奴。見当違いなことを考えているに違いない。
 それにしても箒も、あとちょっと素直になればいいのに。

「今のお前に女子を気にしている余裕があるのか? 来月にはクラス対抗戦があるというのに」
「そう! そうですわ、一夏さん。クラス対抗戦に向けて、より実戦的な訓練をしましょう。ああ、相手ならこのわたくし、セシリア・オルコットが務めさせていただきますわ。なにせ、専用機を持っているのはまだクラスでわたくしと一夏さんだけなのですから」

 あれ? 俺は? いや、俺のはISというよりシュミクラムだけど。何もそこまで『だけ』を強調しなくても。
 ちなみにクラス対抗戦とはクラス代表同士によるリーグマッチのことで、やる気を出させるために一位クラスには優勝賞品として学食デザートの半年フリーパスが配られる。
 それが手に入るかどうかは一夏に懸っているというわけだ。

「まあ、やれるだけやってみるか」
「やれるだけでは困りますわ! 一夏さんには勝っていただきませんと!」
「そうだぞ。男たるものそんな弱気でそうする」
「織斑くんが勝つとクラスみんなが幸せだよー」

 一夏の周りにどんどん女子が集まってくる。いつものパターンなので俺は巻き込まれないように外側に避難していた。

「織斑くん、がんばってねー」
「フリーパスのためにもね!」
「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」

 へぇ、四組にもいるのか。それも気になるな。

「―――その情報、古いよ」

 声のした方に目を向けると、髪をツインテールにした女の子が腕を組み、片膝を立ててドアにもたれていた。
 ……誰?

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」
「鈴……? お前、鈴か?」
「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音(ファン・リンイン)。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 どうやら一夏の知り合いのようだ。なるほど彼女が中国の代表候補生か。それもクラス代表。これはクラス対抗戦も少し厳しくなったかな。

「何格好付けてるんだ? すげえ似合わないぞ」
「んな……!?なんてこと言うのよ、アンタは!」

 そろそろ休み時間が終わるな…って、やばい! 座らなければ。

「おい」
「なによ!?」

バシンッ!

 聞き返した凰さんに痛烈な出席簿打撃が入った。―――千冬さん登場。

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」
「ち、千冬さん……」
「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」
「す、すみません……」

 どうやら千冬さんとも知り合いのようだ。俺がいなくなってからの知り合いかな?

「またあとで来るからね! 逃げないでよ、一夏!」
「さっさと戻れ」
「は、はいっ!」

 すごい勢いで二組の方へ走って行った。
 なんだか慌ただしい子だなぁ。あの快活さは少し空に似ていて、思わず笑みがこぼれた。
 転入生と一夏が知り合いとわかった途端に箒やセシリア、そのほか、クラスメイトからの質問集中砲火が始まった。

バシンバシンバシンバシン!

「席に着け、馬鹿ども」

 これでクラスの大概の人が叩かれたんじゃないか? 主に一夏が原因で。
 その後、箒とセシリアが授業に集中できなくて山田先生に注意、もしく千冬さんに叩かれたのは余談である。







 昼休みになり学食に移動した俺たちは、そこで待ち構えていた凰さんと一緒にテーブルについた。
 親しげに話す一夏と凰さんだが、そろそろ箒とセシリアの目が怖くなってきているので紹介を促すことにした。

「なあ、一夏。そろそろ俺たちにも紹介してくれないか?」
「甲二の言う通りだ。どういう関係なのか説明しろ」
「そうですわ! 一夏さん、まさかこちらの方と付き合ってますの?」

 箒やセシリアが多少棘のある口調で訊き、付いてきた他のクラスメイトも興味津々とばかりに頷いている。

「べ、べべ、別に私は付き合ってるわけじゃ……」
「そうだぞ。なんでそんな話になるんだ。ただの幼馴染だよ」
「……………」
「? 何睨んでるんだ?」
「なんでもないわよっ!」
「なんで怒ってるんだよ」
「なんでもないってば! 馬鹿!」

 ああ、この子も一夏に好意を抱いているのか。どうやら一夏以外全員が気付いたらしく同情的な視線を向けている。

「あー、それでだな。鈴は小五の頭に引っ越してきたんだよ。箒が小四で引っ越したからちょうど入れ違いになったわけだな。で、鈴が中二の終わりに国に帰ったから、会うのは一年ちょっとぶりだな」

 なるほど。それは俺が知るはずもない。そして箒もまたしかりだ。

「で、こっちが箒。ほら、前に話しただろ? 小学校からの幼馴染で、俺の通ってた剣道道場の娘」
「ふうん、そうなんだ」

 凰さんが箒をじろじろと見る。箒は箒で負けじと鈴を見返す。

「初めまして。これからよろしくね」
「ああ。こちらこそ」

 そう言ってお互いに笑顔で握手をしているのだが、その笑顔とは裏腹に握った手はとても力が込められている。
 怖い。これは非常に怖い。

「ンンンッ! わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん?」
「誰?」
「なっ!? わ、わたくしはイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!? まさかご存じないの?」
「うん。あたし他の国とか興味ないし」
「な、な、なっ……!?」

 うわ。バッサリと切ったな。セシリアが怒りで顔を真っ赤にしているぞ。
 お、今度は俺に顔を向けてきた。てっきり無視されると思ったのに。

「でも、アンタには興味あるわ。門倉甲二」
「おや? 知ってたのか」
「もう世界中で有名になってるわよ。『ライトニング』の操縦者がアンタだって」

 だから俺の機体はライロウだって……もういいや、面倒くさいし。

「それで? 何に興味があるんだ? 機体のデータを盗もうとしても無駄だぞ」
「ちがうわよ。アンタのIS、自身のシュミクラムと全く変わんないんでしょ?  ただ単に戦ってみたいだけ。噂の『仮想(ネット)の悪魔』とね。」
「機会があればな」
「ふん、まあいいわ。そういえば一夏。アンタ、クラス代表なんだって?」
「お、おう、成り行きでな」
「ふーん………」

 凰さんは注文したラーメンのどんぶりを持ってごくごくとスープを飲んでいる。女の子の割には随分と豪快な食べ方だ。

「あ、あのさぁ。ISの操縦、見てあげてもいいけど?」
「それは助か――」

 ダンッ!

 テーブルが叩かれてびりびりと震えた。その勢いで立ち上がったのは箒とセシリアだ。

「一夏に教えるのは私の役目だ。私が頼まれた」
「あなたは二組でしょう!? 敵の施しは受けませんわ」
「あたしは一夏に言ってんの。関係ない人は引っ込んでてよ」
「か、関係ならあるぞ。私が一夏にどうしてもと頼まれているのだ」
「一組の代表ですから、一組の人間が教えるのは当り前ですわ。あなたこそ、後から出てきて何を図々しいことを―――」

 ……さてと巻き込まれないうちに俺はそろそろ行くかな。あ、一夏に今日の放課後のことを伝えなければ。

「一夏。俺は今日の放課後は用事があるから特訓に付き合えない。悪いな」
「いや、構わないさ。箒たちに手伝ってもらうさ」
「それじゃ、俺は先に戻るぞ」
「ああ」

 一夏に一言告げて席を立ち、トレイをおばちゃんに返してそのまま教室に戻った。







「ほらー、ここだよ~」

放課後になり教室の外に出た俺は、簪を連れてきた本音さんと合流して生徒会室にやってきた。

「ふたりを連れてきました~」

 そう言いながら本音さんはがちゃりとドアを開ける。重厚な開き戸は軋みの一つも立てない。
 
「失礼します」
「……失礼します」
「あは。待ってたよ簪ちゃん、甲二くん」
「ええ、仕事も手につかないぐらいでしたね」

 出迎えてくれたのは楯無さんと、本音さんのお姉さんの虚さんだった。
 虚さんは俺の視線に気付くと、微笑みながら話し掛けてくれた。

「久しぶりね、門倉君。元気にしてた?」
「お久しぶりです、虚さん」
「背、随分伸びたのね」
「はい。まだ伸びてますけどね」

 笑いながら、自分の頭に手を乗せる。それをみて虚さんもくすくす笑っている。

「まあ、そこにかけなさいな。虚ちゃんお茶の用意をお願い」
「はい、お譲様」
「あん、お譲様はやめてよ」
「失礼しました、会長。ついクセで」

 虚さんはそう言ってティーカップとお茶の用意を始める。その手つきは手慣れたものでてきぱきとこなしている。
 俺と簪は席に着いたが本音さんはケーキの用意を始めた。

「そういえば、楯無さんたち生徒会役員なんですね」
「そう、私は生徒会長。虚ちゃんが会計、本音ちゃんが書記よ」
「あれ? 楯無さん二年なのに生徒会長なんですか? 副会長ではなく?」
「ええ、この学園では生徒会長にいつでも襲いかかっていいの。そして勝ったなら、その者が生徒会長になるのよ」
「なるほど。つまりあなたは学園最強というわけですね」
「そうね。そういうことになるわ」

 頷く楯無さんの顔に驕りは一切ない。ただ事実として受け止めている顔だ。
 でも、と言ってイタズラな笑みを浮かべる。

「相手があなたとなると難しいかもね。『仮想(ネット)の悪魔』さん☆」
「その呼び方はやめて下さい。それに負けるとは言わないんですね」
「ふふ、これでも学園最強を背負っているからね。簡単に無理なんて言えないわよ」
「ははは。そうですね」
「うふふ。そうよ」

 楯無さんと会話をしていると低く冷たい声が隣から聞こえた。

「楽しそうだね、甲二……」
「!?」

 隣に目を向けると、ドス黒いオーラを纏った簪が満面の笑顔で俺を見ている。
 くっ、歴戦の凄腕(ホットドガー)を前にしたときのような威圧感だ。
 虚さんと本音さんは、それぞれ俺たちの前に紅茶の入ったティーカップとショートケーキを載せたお皿を置くと、簪の視界に入らないように避難した。
 ふたりとも息ぴったりだな!
 
「お姉ちゃんも……早く本題に入ろうか」
「あらら。ごめんね、簪ちゃん」
「……もう」

 楯無さんのおどけた声に簪の黒いオーラが霧散した。
 俺にあれだけの威圧感を与えた簪もすごいけど、それを受け流す楯無さんもすごいな。
 けれども、簪の言うとおりだ。俺はここにお茶をしに来たわけではない。椅子に座り直すと楯無さんに昨日の続きを聞くことにした。

「昨日のことについて聞きたいんですけど」
「簪ちゃんがなんでキミに会いに行かなかったかってことだよね?」
「はい。一夏が近くにいるからと言ってましたけど、どういう意味ですか?」

 俺が一夏の名前を出した途端、簪が少し嫌そうな顔をした。もしや、あいつが何かしたのか?

「もしかしてあいつが何かしたんですか? だったら謝らせますけど」

 そう言うと楯無さんは少し困ったように苦笑した。その手はティーカップの中身をスプーンでかちゃかちゃとかき混ぜている。

「彼が直接何かしたわけじゃないんだけどね。一年生の専用機持ちがどのクラスにいるかは知ってる?」
「ええ、今日聞きました。たしか俺のクラスと転入生のいる二組。あと四組でしたよね?」
「そう。そして四組の専用機持ちっていうのは簪ちゃんなのよ」

 それは知らなかった。驚きながらも簪に目を向けると、こくりと頷いた。

「実力があるから専用機持ちで、日本の代表候補生なんだけど―――」
「けど、何ですか?」
「専用機がないのよねぇ」
「は?」

 実力もあって専用機持ちなのに、専用機がない? それは専用機持ちとは言わないのでは?

「簪ちゃんの専用機の開発元は倉持技研なの。聞いたことあるでしょう?」

 倉持技研。たしか一夏の白式を開発していた……なるほどそういうことか。

「白式の開発を先にしたせいで、簪の専用機を後回しにされたってことですか?」
「そういうこと。だから彼が悪いわけじゃないんだけど、簪ちゃん的には彼が原因で自分の専用機がまだ未開発だからあまり顔を合わせたくないのよ」

 一息ついた楯無さんは、スプーンを置いて紅茶をゆっくり飲む。
 せっかくなので俺もケーキと紅茶をいただくことにした。うん、ケーキも紅茶も絶品だ。
 それにしても、そりゃたしかに自分の専用機は未完成なのに、後から来た奴の専用機を先に完成させられたらそいつに対していい顔はできないだろうなぁ。
 学園にあるものを使うより専用機を使った方が遥かに有利だし、なによりこのままでは専用機関係の行事に出られない。
 うーん…………。

「今どれくらい完成しているんですか?」
「そうね。七割といったところかしら、ね? 簪ちゃん」
「うん……。でも、まだ……ハードウェアもソフトウェアも……色々と、問題が山積み」
「私も自分のISの機体データを参考にして手伝ってるんだけど、これから忙しくなるからあまり手伝えないのよ。ごめんね~、簪ちゃん」
「大丈夫……いつもありがとう……お姉ちゃん」

 どうやら楯無さんは簪を手伝っていたようだ。両手を合わせて謝っている楯無さんに簪は微笑んでいる。
 あの頃の、楯無さんに対して強いコンプレックスを抱いていた、他者を遠ざけ何でも自分ひとりでやろうとする傾向のあった簪は、もうそこにはいなかった。

「ちゃんと姉妹仲良くできるようになったんだな、簪」
「うん……。他の誰に何を言われても……私は私だから……。もう、気にする必要はないんだって……わかったから」
「……そうか」
「ひとりで全部できなくても……私は、私なりのやり方で……お姉ちゃんに並んで……ううん、お姉ちゃんを追い抜いてみせる!」
「あなたならできるわ。だって私の自慢の妹だもの。でも、簡単には抜かれないわよ?」
「どうかな……わからないよ、お姉ちゃん」

 ふたりとも不敵に笑っている。俺と本音さんと虚さんはそんなふたりを嬉しく思いながら見詰めていた。







 その後、俺が楯無さんの代わりに手伝うと言ったところ、簪はとても嬉しそうな顔をして、今度は楯無さんがヤバイ殺気を俺に向けてきた。でもなんだか少し拗ねたような顔をしていた気がする。
 そして、私も手伝うと言って駄々をこねて、毎日昼休みに放課後の分まで死ぬ気でその日の仕事を終わらせてくると宣言していた。
 俺が代わりに手伝う意味あるのか?
 そんなことを考えながらこれからしばらく特訓に付き合えないことを一夏に言おうと思い一夏と箒の部屋を目指していると、その一夏たちの部屋のドアが乱暴に開き、誰かが飛び出してきた。
 そのまま俺にぶつかりそうになってその子が立ち止まり顔を上げたので誰なのかわかった。

「アンタは……」
「凰さんじゃないか。どうしたんだ?」

 その目には今にも零れそうな涙が溜まっている。そのまま急に横を走り抜けようとしたのでその肩を掴んだら怒鳴りつけられた。

「っ!! 何よ!? アンタには関係ないでしょ!? ほっといてよ!!」
「たしかに関係ないな」
「だったら!」
「でも、だれかに話せば少しは気が楽になるぞ? 俺と千冬さんの部屋に行こう。この時間だったら千冬さんも夕飯を食べに食堂に行ってるから」

 そう言うと、とても不審そうな眼で俺を見てくる。

「……アンタ、そう言ってあたしに手を出す気じゃ」
「ははは。あと五年は出なおして来い。ほら、行くぞ」
「ちょっと、引っ張らないでよ!」
「手ぇ放したら逃げるだろ。とりあえず涙拭け、ほら」

 手を引っ張りながらハンカチを渡し、そのまま寮長室に向かう途中、小さく「ありがとう」という声が聞こえたが聞こえないふりをした。







「つまりだ。一夏は『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』という約束を『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を奢ってあげる』と間違えて記憶していたと?」
「そうよ! って、なんであたしそこまで詳しく話してんのよ!?」
「いや、怒りと悲しみで頭がいっぱいになってたからじゃないか?」

 一人勝手に自爆したかと思うと、今度は顔を真っ赤にして唸りながら俺を睨みつけている。
 いや、そんな睨まれても。

「でも、少しは楽になっただろ?」
「……そうね」
「ほれ、ホットココアだ。気持ちが安らぐぞ?」
「ありがとう」

 両手に持っていたマグカップの片方を渡す。もう一つは俺のコーヒーだ。

「それ飲んだら部屋に戻りな。あと、このことは一夏には言わないから安心しろ」
「うん。……わざわざ話聞いてくれてありがとね」
「気にするな」
「……………」
「……………」

 しばらく沈黙が続く。お互いにカップを傾ける仕草だけを繰り返す。

「……あんたは」
「うん?」
「あんたは……なんだか同い年って気がしないわ」
「……………」
「だからかな……とくに意識しないで話ができたのは……」
「こんな俺でよければいつでも相談に乗るぜ?」

 頭を撫でながらそう言うと、凰さんは軽く照れながら笑った。

「なんか、お兄ちゃんって感じね。……甲兄ぃって呼んでもいいかな?」
「ああ、別に構わないよ。凰さん」
「あたしは鈴でいいわ」
「わかった、鈴」

 俺が了承するとマグカップをテーブルの上において部屋のドアに歩いて行った。
 部屋のドアを開けると、振り向いて俺にお礼を言ってきた。

「今日はありがとね、甲兄ぃ」
「こう言っても無駄だろうけど、あまり一夏を責めないでやってくれよ。あいつに悪気はないんだ」
「それは……アイツ次第だわ! じゃ、また明日ね」
「ああ、また明日」

 鈴はここに来たきたよりは元気な顔で帰って行った。


 ―――翌日、生徒玄関前廊下に大きく張り出された張り紙があった。
 表題は『クラス対抗戦(リーグマッチ)日程表』。
 一夏の一回戦の相手は二組――鈴だった。



[29662] 第16話 クラス対抗戦
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/09 12:21
五月。
 クラス対抗戦日程表が張り出されてから数週間たった今も、鈴の機嫌は直らない。
 それどころか日増しに悪くなっている。
 簪の手伝いに集中しているため一夏とは寮の食堂かクラスぐらいでしか話さないのだが、鈴から会いに来ることはまずないし、たまに学食や廊下で会っても露骨に顔を背けられるそうだ。
 鈴に一夏ともう一度話をしてみてはどうかと訊いてみたのだが、

「絶対にいや! 一夏の方から謝りにこないと許さないわ」

 と、言って聞かない。
 そんな感じで未だに一夏と鈴のケンカは続いていた。
 
「そういえば、アリーナが使えるのは今日までだったな……」

 今日もまた簪の手伝いのために放課後に第二整備室に来た俺は、空中投影ディスプレイを見ながら空中投影キーボードを叩いていた。
 今は簪の専用機『打金弐式』のシールドバリアー制御システムの調整を行っている。

「うん……。来週から、クラス対抗戦が始まるから……」

 ぽつりと俺がつぶやいた言葉に、簪は両手両足の上下に空間投影キーボードを一枚ずつ、計八枚同時に操りながら答えてくれた。
 たった今、簪が答えてくれたように、来週からいよいよ始まるクラス対抗戦に向けてアリーナは試合用に調整されるので今日までしか使えないのだ。
 俺としては返答を望んだわけではなかったのだが、俺より遥かに多い作業量をこなしながらもちゃんとこちらの言葉に耳を傾けてくれるのは、素直にうれしかった。

「しかし……何度見てもすごいな」
「……? 何が?」
「今、簪がしてることだよ」

 ISを起動して浮いている状態とはいえ、それぞれ上下に配置されたキーボードを両手だけではなく両足の指まで使って行うのは超人技だろう。
 使っているキーボードも通常のものと違い、球状に各キーが配置されているフル・カスタマイズ・モデルのキーボードだ。
 普通の配置では指を動かす時間が惜しい、と束さんも似たようなものを自作していたが、それを操りながら同時に複数の処理を行うというのは、これに関して簪が非凡であることを示している。
自分が平凡と思っている節のある簪だが、これに関しては十分以上に凄腕(ホット・ドガー)と言えるだろう。

「……そう? 甲二なら、できそうだけど……」
「いや、俺はせいぜい二つが限度だよ」

 もしかしたらこの体のスペックをフルに使うことができたら俺もそれ以上のことができるのだろうが、俺はそんなに器用じゃない。
 俺も同じことができると言われ、苦笑していると簪が少し上目づかいになって訊ねてきた。

「その、本当に……すごいと思う?」
「ああ、勿論だ」
「じゃ、じゃあ……頭を撫でてもらっても、いいかな?」
「ん? ああ、構わないぞ」

 よくわからなかったがすごいと思ったのは事実なので、簪の頭を丁寧に撫でる。簪の髪もサラサラで手触りがいい。
 …………なんか俺IS学園に来てからいろんな人の頭を撫でているな。
 撫でられている簪は作業していた手を止め、幸せそうな顔をしている。
 しかし、この状況も長くは続かなかった。

 ――ダダダダダダッ!! バシュッ――!

「!?」
「……あっ」
「さあ! 私も手伝うわよ~!!」

 入り口の扉が急に開いたので、俺は驚いて撫でていた手を離した。手を離したとき簪が少し名残惜しそうな顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻ると入ってきた人物……楯無さんに声をかけた。

「お姉ちゃん……もう仕事終わったの?」
「ふふふ。今日も大変だったけど、なんとか終わらせたわ」
「………………ちっ」
「……簪ちゃん? 今、舌打ちしなかった?」
「甲二……。もうすぐ本音や、虚さんも来ると思うから……今日はもういいよ?」
「スルー!? 簪ちゃんが、まさかのスルー!?」
「……お姉ちゃん。……うるさいよ?」
「ごめんなさい」

 いつもは容赦なく他者を振り回しつつ飄々とした言動で周囲の人間を自分のペースに引き込んでいく楯無さんが、なんと簪にあしらわれていた。
 とても見事な土下座を見せてくれた楯無さんだったが、俺の視線に気づくと顔を真っ赤にして立ち上がり何事もなかったかのように振舞っている。

「ん、んんっ。―――こんにちは、甲二くん。今日もおねーさんに会えなくて寂しくなかった?」
「………………」
「せ、せめて、何か反応してくれないかしら?」
「いや、あれの後に何事もなかったかのように振舞うところがすごいと思いましてね」

 俺が呆れながらそう言うと、楯無さんはいつもの調子を取り戻したようで、服の上からでもわかる大きく整った胸を強調するかのような腕の組み方をすると、蠱惑的な笑みを浮かべた。

「うふふ。もっとすごいことを教えてあげようか?」
「あ、簪。俺はもうちょっとこれをしてから行くから」
「うん、わかった」

 先ほどの簪のように華麗にスルーすると、楯無さんは部屋の隅っこに蹲って「少しぐらい動揺してくれないかしら……」と言いながら、床にのの字を書いている。
 …………危なかった。なんとかスルーしたが、正直さっきの提案はとても魅力的だった。
 ただでさえ、美人でスタイルも抜群なのにあんな表情をされては動揺しない方がおかしいだろう。
 ドキドキしている心臓が早く治まることを願いながら、調整を行っていった。







「あー、やっと終わった」

 あの後、すぐに本音さんと虚さんも来て俺はアリーナに向かおうと思ったのだが、楯無さんの伝手で手伝いに来た新聞部の黛薫子先輩に捕まってしまい、以前逃げた分までまとめて色々と取材された。
 ようやく解放された俺は、一夏たちのいるはずの第三アリーナに向かっている。

「やれやれ、せめてもうちょっと早く終われば……ん?」

 ふと、目を凝らして見ると前方から誰かがすごい速さで走ってくる。

「あれは……鈴か? おーい、どうしたん……だ?」

 なんでだろう?
 巻き込まれたらまたしばらく解放されないと俺の直感が告げている。
 それは当たりだったようで鈴は俺の後ろ襟を掴むとそのまま引きずって行った。
 ついた場所は寮の食堂。あのままここまで引きずられた俺は、鈴から愚痴を聞かされている。
 ちなみに俺は豚肉の生姜焼き定食を頼み、鈴はラーメンを頼んだ。
 ……好きだな、ラーメン。

「それでアイツ謝りもしないどころか私に悪口言ったのよ! …って、聞いてる!? 甲兄ぃ!」
「ちゃんと聞いてるよ……で? なんて言われたんだ?」
「そ、それは、その……って言われたのよ」

 さっきまでの勢いはどこに行ったのか。
 急に歯切れが悪くなったと思ったら、小さく何かをつぶやいた。

「ん? なんだって?」
「だから……って言われたのよ」
「悪い、もう少し大きな声で言ってくれ」


「貧乳って言われたのよ! 気にしてることを何回も言わせないで!!」


「ちょっ!? 声がでかい!」

 周りに目を向ければみんな何事かとこちらを見ている。
 しばらくこちらを眺めていたが、俺が愛想笑いを浮かべていると興味が無くなったのかそれぞれの会話に戻った。
 安堵のため息をつき正面に顔を戻すと、鈴は申し訳なさそうにしていた。

「ご、ごめん。つい……」
「いや、何度も言わせた俺も悪いさ。それにしても一夏の奴そんなことを言ったのか」
「そうよ! 私だって好きで小さいわけじゃないのにアイツときたら……!」

 まずい。
 また怒りのボルテージが上がってきたようだ。
 ひとまず話題を変えよう。

「そういえば、クラス対抗戦一回戦は一夏とだな」
「ええ。ボッコボコにしてやるわ」
「そう簡単にはいかないんじゃないか?」

 拳を鳴らしている鈴に、にやりと不敵に笑ってみせると不思議そうな顔をされた。

「なんで? アイツがISを使い始めたのってごく最近でしょ? 負けようがないじゃない」
「だが、あいつはセシリア相手に善戦したぞ?」
「でも、結局は負けたんでしょ? それにあたしは油断はしないわ。全力で叩きつぶす」
「そうか……。とにかくお前も頑張れよ、鈴」

 俺が応援の言葉を送ると、鈴は怪訝な顔をした。

「甲兄ぃ……自分のクラスの敵を応援していいの?」
「別に俺はフリーパスに興味はないからな。ただ、可愛い妹分と一夏のいい試合が見れればそれで満足さ」
「なっ!? 可愛い妹分って……」
「なんだ? お前が俺を甲兄ぃと呼ぶなら、お前は妹みたいなもんだろう?」
「そ、そっか……えへへ。ありがとね、甲兄ぃ」
「どういたしまして」

 少し照れたように笑う鈴を眺めていると、何かに気づいたような反応をみせて立ち上がった。

「愚痴に付き合ってくれてありがとね、甲兄ぃ。あたし頑張るから!」
「あ、ああ」

 いつの間にか空になっていたラーメンどんぶりをトレイに載せるとそのまま走って行った。
 それに呆然としていると、目の前に気を落とした様子の一夏が日替わり定食の載ったトレイを置いて座り、遅れて箒とセシリアがそれぞれ一夏の隣に座った。
 箒はきつねうどんでセシリアは洋食セットだ。
 お前らもうちょっとメニューを変えてみようぜ。

「どうしたんだ? 一夏。元気ないじゃないか」
「鈴をさらに怒らせてしまってな……」
「人の気にしてることを言うのは関心しないぞ、一夏」
「なんで知って……そういえば鈴がお前のことを甲兄ぃとか呼んでたな。いつの間に仲良くなったんだ?」
「まあ、色々とあってな」
「ふーん」

 俺が肩をすくめてみせると一夏は特に追求する気はなかったのか、適当に相槌を打つとそのまま自分の定食を食べ始めた。
 すると、今まで黙っていた箒とセシリアが厳しい目で俺を睨みながら口を開いた。

「甲二。お前、四組のクラス代表の手伝いをしているらしいな」
「甲二さん。敵の手助けをするとはどういうおつもりですの?」

 俺を睨む二人の目つきは明らかにこの裏切り者、と言いたげである。ちらっと一夏に目を向けてみれば二人と違い、責める気はないようだが気になるのか俺を眺めている。
 俺自身がどう思われようが、何を言われても構わない。
 しかし、簪が悪いと思われて責められるかもしれないと危惧した俺は事情を簡潔に説明した。

「俺が原因なのか……悪いことしたな」
「気にするな、一夏。お前が直接何かしたわけじゃない。ただ、運が悪かっただけさ。向こうもそれはわかっているけど気持ちの整理がまだ付かないんだ」
「そう言ってくれると助かる。でも、開発を先に譲ってくれたんだからお礼を言わないといけないな」
「クラス対抗戦には間に合わなかったが、もうすぐ完成するからその時に顔合わせをすればいいさ」
「ああ。その子とも仲良くできるといいな」
「「むっ」」

 おー、怖っ。一夏、早く両隣の視線に気づけ。
 あと箒とセシリア。そんなに心配しなくても一夏にそういった気はないから安心しろ。
 いや、無理か。

「事情はわかったがどうしてお前が他クラスの奴にそこまでするのだ。クラス対抗戦が終わってからでもよかったのではないか?」
「小学校での友達なんだよ。あいつがずっと努力しているのは知っているからな。一刻も早く完成させてあげたいんだ」
「そういうことでしたら、仕方ありませんわね」
「そうだな。私も人の努力を蔑ろにするようなことは言いたくない」

 どうやら、二人ともわかってくれたようだ。
 これなら箒とセシリアが簪と顔を合わせたときに険悪な雰囲気にはならないはずだ。
 二人とも努力家だから、他人の努力もしっかりと認められるのだろう。

「ところでどうなんだ? 一夏の特訓の成果は」
「わたくしの指導もありまして、だいぶ成長なさいました。きっとあの凰さん相手でもそうそう後れは取らないでしょう」
「いいや、私のおかげだ。一夏の剣の腕も上達してきている。あんな奴には負けん」

 恒例となったにらみ合いを始めた二人を放っておいて、一夏が俺に拳を突き出してくる。

「とにかく持てる力を全部出しつくすさ。見ていてくれ、甲二!」
「頑張れよ、一夏!」
「ああ!!」

 俺と一夏は、お互いの拳を合わせて、にっと笑った。







 その日もまた俺は夢を見ていた。
 あの変な夢を見てからは、ときどきではあるが眠りにつくと気が付いたら仮想の草原に立っている。
 目の前にはクゥそっくりの少女がいて段々とその声も鮮明になってきた。

「もう一度聞くけど、君は誰なんだ?」
「私は■…■。駄目ね、音にならないわ。でも、私はずっとあなたの側にいる」
「もう大分声が聞こえるようになったな。俺の側にいるっていうのはどういう意味なんだ?」

 最初に出会った頃よりも感情表現が上手くなってきているのか、それとも繋がりが深くなってきているからなのか、理由はわからないが彼女は少し困ったような顔をした。

「ごめんなさい、それは言えないの。ただ一つ言えることは危険が身に迫っているから気を付けて。ただそれだけ」
「その危険ってのは具体的にはわからないのか?」
「ええ。残念だけど、私が分かるのは何かが起こるってことだけ。直感だけどね……」
「そうか……あれ?」

 どうやら目覚めが近いようだ。俺の意識が浮上していく。
 目の前の少女はここにきて初めて笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ、甲二。私はいつもあなたを見守っているから。あとほんの少し。本当にもう少しで私は現実(リアル)に目覚めるから」
「ああ、待ってるよ」
「うん。それじゃ、今度は―――」


 ―――現実(リアル)で……







 試合当日。第二アリーナ第一試合。組み合わせは鈴と一夏だ。
 噂の新入生同士の戦いとあって、アリーナは全席満席。俺はアリーナの通路に立って試合を観戦していた。
 通路も生徒で埋め尽くされているので入れなかった生徒や関係者はリアルタイムモニターで鑑賞するらしい。
 試合はもうすでに始まっていて一夏の白式と鈴の第三世代型IS『甲龍(シェンロン)』が熾烈な戦いを繰り広げている。

「しかし、あの『衝撃砲』は厄介だな。弾が見えないんじゃ、ハイパーセンサーで調べても撃たれてからわかったようなものだ」

 甲龍の肩の横の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)の棘付き装甲(スパイク・アーマー)がスライドして開くと空間自体に圧力をかけ砲身を作り、衝撃を砲弾として打ち出すらしく、砲弾だけではなく、砲身すら目に見えないのが特徴らしい。
 さらに砲身の稼動限界角度はほぼないに等しいようだ。
 操縦者である鈴の能力も高いこともあり、一夏もセシリアのときより移動技能は上がっているようだが、なかなか攻めきれないようだ。

「一夏。お前の白式ならば接近できればもらったも同然だ。それが千冬さんから受け継いだ、お前の力なんだからな」

 白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)『零落白夜』。対象のエネルギー全てを消滅させるもので、使用の際は雪片弐型が変形し、エネルギーの刃を形成する。
 相手のエネルギー兵器による攻撃を無効化したり、シールドバリアーを斬り裂いて相手のシールドエネルギーに直接ダメージを与えられる白式最大の攻撃能力。自身のシールドエネルギーを消費して稼動するため、使用するほど自身も危機に陥ってしまう諸刃の剣でもある。
 なぜ千冬さんのISと同じワンオフなのかは不明だ。
 だが、今の一夏にとってそれは実力の差を大きく埋めてくれる力だ。
 すべては一夏の操縦技術に懸かっている。

「ん? なにか会話しているな」

 会話を終えたのか、鈴がバトンのように両刃青竜刀を一回転させ構え直す。
 そこで一夏は勝負に出たようだ。
 いつの間に身に付けたのか『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を使い、懐に飛び込む。

「行け! 一夏!!」

 一夏の『零落白夜』を発動させた雪片弐型による一撃が鈴に届く、と思われた瞬間。

 ズドオオオオンッ!!!

「なんだ!?」

 突然大きな衝撃がアリーナ全体に走った。鈴の衝撃砲――――いや、違う。範囲も威力も桁違いだ。
 アリーナの中心からはもくもくと煙が上がっている。どうやらさっきのは『それ』がアリーナの遮断シールドを貫通して入ってきた衝撃波らしい。
 そこには深い灰色をした、手が異常に長くつま先よりも下まで伸びていて、肩と頭が一体化しているような全身装甲(フル・スキン)のISが一夏と鈴に狙いを定めていた。
 即座に移行(シフト)して向かおうとするが未だに遮断シールドが張られたままであり、見渡す限りすべての出入り口がロックされているのが見える。

「あいつの仕業か……!」

 元凶と思われるISと一夏と鈴が戦っているが、二人ともシールドエネルギーがあまりないだろう。
 このままでは二人が嬲り殺しにされる。

「待ってろよ! 一夏! 鈴!」

 俺は神経接続子(ニューロ・ジャック)を首筋の人工筋肉から引っ張り出し、アリーナの端子につなぐとシステムクラックを開始した。







「もしもし!? 織斑くん聞いてます!? 凰さんも! 聞いてますー!?」

 ISのプライベート・チャネルは声に出す必要は全くないのだが、そんなことを失念するくらい真耶は焦っていた。
 千冬はそれを特に注意などしない。焦るのもわかるからだ。

「本人たちがやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」
「お、お、織斑先生! 何をのんきなことを言ってるんですか!?」
「落ち着け。コーヒーでも飲め。糖分が足りないからイライラするんだ」
「……あの、先生。それ塩ですけど……」
「………………」

 ぴたりとコーヒーに運んでいたスプーンを止め、白い粒子を容器に戻す。

「なぜ塩があるんだ」
「さ、さあ……? でもあの、大きく『塩』って書いてありますけど……」
「………………」
「あっ! やっぱり弟さんのことが心配なんですね!? だからそんなミスを――――」
「………………」

 はっ! しまった! きっと真耶はそう思ったに違いない。

「あ、あのですねっ―――――」
「山田先生、コーヒーをどうぞ」
「へ? あ、あの、それ塩が入ってるやつじゃ……」
「どうぞ」

 問答無用で差しだされるコーヒー(微塩)。真耶はそれを涙目で受け取った。

「い、いただきます……」
「熱いので一気に飲むといい」
『織斑先生。あなた悪魔ですか……』
「なんだ、聞いていたのか甲二」
『ええ、ついさっき通信を繋いだところです』

 そこには甲二の立体映像(ホログラフ)が壁面スクリーンに映し出されていた。

「先生! わたくしにIS使用許可を! すぐに出撃できますわ!」
「そうしたいところだが、――――これを見ろ」

ブック型端末の画面を数回叩き、表示される情報を切り替える。その数値はこの第二アリーナのステータスチェックだった。

「遮断シールドがレベル4に設定……? しかも、扉がすべてロックされて―――あのISの仕業ですの!?」
「そのようだ。これでは避難することも救援を出すこともできないな。門倉、そっちはどうだ」
『今、俺も端末からシステムクラックを実行中ですがまだしばらく時間がかかります』
「三年の精鋭だけでなく、サポートとしても優秀なお前も加わっているのにこのザマか……今ここにあいつらがいればお前の手際を見せてやりたいところだが」
『そんな大層なもんじゃないですよ、俺は』
「とにかく、至急解析を頼む」
『了解(ヤー)!』

 その言葉を最後に通信は切れた。
 そして、システムクラックが終わるまですべての扉は誰ひとり通すことはなかった。







 (参ったな……)

 シールドエネルギー残量が六〇を切っていた。バリアー無効化攻撃が出せるのはよくてあと一回。

「鈴、あとシールドエネルギーはどのくらい残ってる?」
「一八〇ってところね」

 普通ならかわせるはずのない速度と角度で攻撃しているのだが、敵ISの全身に付けたスラスターの出力が尋常ではない。零距離から離脱するのに一秒かからない。

「ちょっと厳しいわね……現在の火力でアイツのシールドを突破して機能停止(ダウン)させるのは確率的に一桁台ってところじゃない?」
「ゼロじゃないならいいさ」
「あっきれた。確率はデカイほどいいに決まってるじゃない。アンタってよくわかんないところで健康第一っていうかジジくさいけど、根本的には宝くじ買うタイプよね」
「うっせーな……」
「――――で、どうすんの?」
「逃げたけりゃ逃げてもいいぜ」
「なっ!? 馬鹿にしないでくれる!? あたしはこれでも代表候補生よ。それが尻尾を巻いて退散なんて、笑い話にもならないわ」

 代表候補生の採用基準はきっとプライドなんだろうな。セシリアも似たようなこといつも言うしな。

「そうか。じゃあ、お前の背中ぐらいは守って見せる」
「え? あ。う、うん……。ありが―――」

 なぜだか赤くなった鈴の横をビームがかすめる。しまった、今は戦闘中だった。
 俺たちは再度集中力を高める。

「……なあ、鈴。あいつの動きって何かに似てないか?」
「何かってなによ?」
「いや、なんつーか……機械じみてないか?」
「ISは機械よ」
「そう言うんじゃなくてだな。えーと……あれって本当に人が乗ってるのか?」
「は? 人が乗らなきゃISは動かな――」

 とそこまで言って鈴の言葉が止まる。

「まさか……甲兄ぃと同じであれもシュミクラム?」
「いや、それだったらもっと人間らしい行動を取るはずだ。今俺たちに攻撃してこないのもおかしい」
「―――そういえば、さっきからあたしたちが会話してるときってあんまり攻撃してこないわね。まるで興味があるみたいに聞いてるような……」
「仮に、仮にだ。無人機だったらどうだ?」
「なに? 無人機だったら勝てるって言うの?」
「ああ、人が乗っていないなら容赦なく全力で攻撃しても大丈夫だしな」

 おそらく《雪片弐型》の威力は、零落白夜も含めて高すぎる。訓練や学内対戦で全力を使うわけにはいかないが、無人機なら最悪の事態を想定しなくていい。

「全力も何もその攻撃事態が当たらないじゃない」
「次は当てる」
「言い切ったわね。じゃあ、そんなこと絶対あり得ないけど、あれが無人機だと仮定して攻めましょうか」

 俺に一策があると知ってか、鈴はにやりと不敵に笑った。







「よし、扉のロックは解除。遮断シールドも直に解除できる」

システムクラックを続けながら、一夏たちの方に目を向けると一夏が突撃姿勢に入ろうとしていた。

「何か作戦でも―――」
「一夏ぁっ!」

 キーン……とハウリングが尾を引くその声は、箒のものだった。
 中継室の方を見ると審判とナレーターがのびているのが見える。

「男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」
「なにしてんだ、あの馬鹿!?」

 今の館内放送その発信者に興味を持ったらしい敵ISは、箒の方をじっと見ている。
 そして、それを隙と見た一夏が鈴の衝撃砲をその背に受け、エネルギーを吸収し、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用し加速した。
 右手に持つ《雪片弐型》が零落白夜を発動し、中心の溝から外側に展開した光が一回り大きいエネルギー刃を形成していた。

「俺は千冬姉を、箒を、鈴を、関わる人すべてを――守る!」

 大きく叫びながら放った必殺の一撃は敵ISの右手を切り落とした。
 しかし、その反撃で左拳をモロに受ける。そのまま接触させていることから零距離でビームを叩き込むつもりのようだ。

「「一夏!」」
「まったく、やってくれるぜ」

 箒と鈴の叫びが聞こえたが、それが視界に入っている俺は軽口をたたいた。
 刹那、客席からブルー・ティアーズの四機同時狙撃が敵ISを打ち抜く。そう、俺がもうすぐ解除するはずだった遮断シールドは、一夏の先の一撃で破壊された。
 シールドバリアーのない状態でブルー・ティアーズのレーザー狙撃を一斉に浴びた敵ISは、ボンッ! と小さな爆発を起こし、地上に落下する。

 「移行(シフト)」

 一夏たちは機能停止したと思って油断しているようだが、敵ISが僅かに片方だけ残った左腕を庇ったのが見えた。
 つまり、まだ奴は生きている。
 俺はブーストダッシュで奴の背後から強襲し、最大出力形態(バースト・モード)に変化させた左腕をエクステンドアームで伸ばした腕の先に付いた回転刃で切り飛ばす。
そのまま巻き込みながら機体に接近し、その勢いのままサーベルを右手に展開して貫き、敵ISを貫通する。
 敵に背を向けた形になったので後ろを振り向き確認すると完全に停止していた。
 すると、目の前に一夏が下りてきて俺にお礼を言った。

「すまない甲二。助かった」

 それに対して俺は表情画面(フェイス・ウィンドウ)を開き、苦笑する。

「構わないさ。次からは気を付けろよ?」
「ああ!」

 俺と一夏は互いに右手を交差するようにぶつけ合い笑う。
 すべてが終わったと思い、シュミクラムを除装しようとしたときだった。
 一夏からは見えていないが敵ISから黒ずんだ液体が滴れ落ち、奴を中心に広がり沸き立つように黒い霧が立ち込めていく。
 機体が再生していき、最初に完全に再生した両腕のチェーンソーが轟音を上げ、その音に振り向くまで気付かなかった一夏に振り下ろされる。
 なぜならそいつがロックしているのは俺。一夏はその射線上にいるにすぎない。

「なっ…!」
「くそっ! 一夏ぁ!」






「ははははははぁっ! こ・ん・に・ち・わ・ああああっ!」






 一夏を横に突き飛ばし、自身も身をかわすことで直撃は避けたものの、回避が遅れたせいで右わき腹と左肩を削られた。すさまじい激痛が走るがそんなことに構っている暇はない。
 反撃を思った時には俺の体が動き、足払いをかましながら転がるように間合いを離す。
 そして、平行世界で幾度となく戦った記憶のある、目の前の漆黒のシュミクラムを睨みつける。

「どうしてお前がここにいやがる! グレゴリー神父!」



[29662] 第17話 こ・ん・に・ち・わ・ああああっ!
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/10 11:32
「ははははははぁっ! こ・ん・に・ち・わ・ああああっ!」

 一夏を庇ったことにより回避が遅れ、無防備となった俺に轟音を上げて空気を震わせるチェーンソーが振り下ろされる。
 ダメだ! かわしきれない!!

「があああああああ!!!」

 身をよじってかわそうとするが、左肩と右わき腹の装甲板を回転する刃が火花を散らして削っていく。同時に皮膚を抉られるような激しい痛みが損害個所から伝わってくる。
 なんとか身を捻りながら伏せるとその勢いを利用し、足払いをかまして転がるように間合いを離す。

「無事かっ、甲二! お前、俺を庇って……」
「甲兄ぃ! 大丈夫!?」

 一夏と鈴が、奴の方を警戒しながら心配そうに俺に近づいてくる。なんとか一夏は無事だったようだ。

「……ああ、大丈夫だ。シールドエネルギーと装甲板が少し削られただけだ」
「そ、そうか…」
「よかった~」

 俺の言葉に二人はほっとしたような顔をした。
 二人にはそう言ったが、洒落にならない激痛が今も俺を襲っている。
 シールドバリアーを突破してきたチェーンソーによる攻撃によって装甲板を削られて、今は内部構造が見えそうになっている。つまり、人間で言えば筋組織や骨が見えそうになっているということだ。
 戦闘用電子体(シュミクラム)はその名が示すように、単なるプログラムで作られたロボットではない。鋼鉄の体を操るために神経系が内部に張り巡らされ、装甲板には感覚が張り巡らされているのだ。  おかげで、シュミクラムの使い手は、自分の体を操るように機敏に機体を扱える。
 その代償として深手を負えば、現在のように洒落にならない苦痛を味わう羽目に陥ってしまうというわけだ。
 だが、そんな痛みを気にしている場合じゃない。

「下がれ、一夏、鈴。今のお前たちではこいつの相手をするのは無理だ」

 さっきからこちらの様子を窺うようにして、ピクリとも動かない漆黒のシュミクラムを睨みながら、一夏と鈴に命令する。

「な、何言ってんだ、甲二! 俺も戦う!」
「馬鹿! 甲兄ぃの言う通りよ! 私たちはシールドエネルギー残量も少ないし、足手まといになるだけだわ。ここは引くべきよ」
「……くそっ!」

 悪態をついた一夏を連れて、鈴が後方に下がっていく。
 そのことを気にせずに俺だけをセンサーに捕えている相手に俺は話しかけた。

「で? どうしててめえがここにいやがる、グレゴリー神父!」
「久しぶりだな、門倉甲君」

 表情画面(フェイス・ウィンドウ)が開き、朗々とした声が響いてきた。
 彫りの深いスラブ系の男。柔和な笑みに、ガラス玉のような目玉。
 その異形ともいえる顔つきは間違いなく、サイバーグノーシス主義を掲げる武装狂信カルト『ドミニオン』の親玉、グレゴリー神父だ。
 ただ俺を見る神父に対して皮肉気に笑いながら、神父の言葉を訂正する。

「悪いな神父。俺はもう門倉甲じゃない。俺は、門倉甲二だ」
「? どういうことだ? 甲二?」
「甲兄ぃ?」
「後にしろ」

 二人が後ろから声をかけてくるが構っている暇はないので、冷たく言い放つ。

「ふむ。そういえば今は、そう名乗っているのだったな。すまなかった、門倉甲二君」

 すまなかった、と言っている割にはその顔は変わらぬ柔和な笑みを浮かべている。
 まあ、こいつに本気で謝られても気持ちが悪いだけだが。

「そんなことより、さっきの質問に答えてもらおうか?」
「私が、なぜここにいるか、かね? それに答えるのもやぶさかではないが、もっと順を追って質問するべきではないかな?」
「……ちっ。最初の質問だ。てめえは親父にパイルバンカーで頭をぶち抜かれて倒されたはずだ。いったい今度は誰がてめえになりやがった!?」
「愚かなことをっ! 君が君であるように、我は我でしかない。私は君の宿敵……それで十分ではないかね?」

 質問の答えになっていないが、元からこいつにまともな返答など期待していない。
 それに、確かにそれで十分だ! 誰が神父になろうと、ここまでになってしまったら倒すしかない。

「じゃあ次の質問だ。お前はどうやってそのシュミクラムを展開した?」

 今の奴の姿は、先ほどまでの灰色の腕の長い全身装甲のISではない。奴が仮想空間(ネット)で操る漆黒のシュミクラム『パプティゼイン』そのものだ。

「それにさっきの手ごたえから、確実に無人機だったはずだ。お前が乗っ取る人間もいないのにどうなってやがる」
「すべては、神の力なのだよ! 神は、バルドルとISのコアを繋ぎ、解析し、直接コアに干渉することを可能とした。そして、ISの制御を奪った私は、今ここに現れたということだ」

 なるほど。何らかの方法でコアに干渉し、神父に制御を奪わせ、俺と同じくシュミクラムを展開したってとこか。
 確かに、それなら一々人を神父化させなくても、神父を直接コアに干渉させれば効率もいい。なぜなら、人が乗る必要がないからだ。
 ……まて、コアから制御を奪っただと!?

「おい神父。てめえ、そのコアの意識はどうした?」

 ISのコアの深層には独自の意識があるとされている。
 操縦時間に比例してIS自身が操縦者の特性を理解し、操縦者がよりISの性能を引き出せるようになるからだ。
 だが、コアに直接干渉したということは、もしかしたらその意識は――――

「ああ、あの最後まで抵抗していた、いたいけな少女かね? 安心したまえ――――」






 ――――心配しなくても直に私の意識と融合して消えるだろう。






 ぶちっと、俺の頭の中の何かが切れる音がした。

「神父っ……! てめぇえええ!!!」

 思わず右手にライフルを出現させ、照準(サイト)を合わせて撃ち抜こうとする。
 だが、それが挑発だとわかっている俺はなんとかその場に踏み止まった。
 表情画面(フェイス・ウインドウ)に映る奴の顔は、俺が憤るのがおかしくてたまらないという顔をしている。

「ふははははっ、どうしたのかね? 少し落ち着きたまえ」
「お前らは! 個々の意思を、生命を、なんだと思ってやがる!? ISは、この子たちは、お前らの玩具じゃねぇええええ!!!」
「やれやれ、君は何をそんなに憤っているのかね? このコアがどうなろうと君には関係なかろう?」

 俺の叫びに呆れたような顔をしてみせる神父。
 ――くそっ、怒りに身を任せてはダメだ。それが奴の狙いなのだから。
 引き金を引きたいのを堪えて照準(サイト)から奴を外すと、また神父が柔和な笑みを浮かべた。

「ふむ。冷静になれたかな?」
「ああ、お陰さまでな」

 胸の内に怒りを燻らせながらも、頭は冷静に皮肉を口にする。
 最後に奴が先ほど口にしたことと、神父の目的について訊ねることにした。

「これで最後だ。神、と言ったな。神ってのは、やっぱりあいつのことか?」
「無論、君の想像の通りだ」
「なら、あいつは何の目的でお前をここに来させた?」
「神は不義を犯した汝に天罰を与えるべく、私を……召還したのだっ! 神に手を出した罪は果てしなく重い。その罪の重さは、魂の消滅でしか贖えない」

 あいつに直接手を出して倒したのは俺じゃなくて、平行世界の門倉甲だけどな。

「……と言いたいが、君にもチャンスをやろう」
「そりゃご親切に。聞くだけ聞いてやるから言ってみろよ」
「神に二度と手を出さないと誓い、この学園の全てのISを、邪魔するものは殺してでも奪え。そして、君の実体(リアル・ボディ)と君の持っているISのコアを渡したまえ。そうすれば、神が世界を支配し、再びAIを掌握した後も君の構成データを消去せずに残してやろう」
『なっ!?』

 神父の、邪魔するものは殺してでもISを奪えという言葉に、今まであまりの急展開ぶりに絶句して静まっていたアリーナの誰もが驚愕の言葉を漏らす。

「はは……なんとも人間的な申し出だな? まさか、そんな提案をしてくるとは思わなかったぜ」
「私は神父、神と人の仲介者である。……で、返答は?」
「論外だ」
「実によろしいっ! では、君は苦しんで死にたまえ」

 その言葉と共に表情画面(フェイス・ウィンドウ)が閉じ、再び奴のチェーンソーの刃が回転し、轟音を上げ始める。
 俺は戦闘態勢を取りながらも一夏と鈴にプライベート・チャネルで言葉を交わす。

『なにやってる! 二人とも早くピットに戻れ!』
『わかってる。だけど……また全ての扉がロックされて、遮断シールドも張り直されてて解除できないって通信が入った』
『なんだって!?』

 辺りに探りを入れると確かにまた、扉がロックされている。遮断シールドもまた同じだ。

「てめえの仕業か……。グレゴリー神父!」
「さて、何のことかね? さあ、楽しもうではないか!」

 高々とその両腕を振り上げると、俺に襲いかかってきた。







「そんな、門倉くんでも全く歯が立たないなんて……」
「………………」

 リアルタイムモニターで甲二とグレゴリー神父の戦いを見ている真耶が信じられないといった風に言葉をつぶやく。モニターの中では機体のあちこちの装甲を削られ、爆弾によってボロボロになっている甲二の姿があった。
 その様子を唇を噛み締めて、何も言わずにモニターを無言で睨みつける千冬。
 沈黙が場を包み始めたころ、一夏とセシリアから通信が入った。

『織斑先生! どうして甲二さんは避けられる攻撃をかわさないのですか!?』
『そうだよ、千冬姉! 千冬姉からも甲二に言ってやってくれよ!』

 二人の言った通り、甲二は避けられるはずの攻撃を全てその身に受けていた。それが原因で甲二のシールドエネルギーもじきに尽きてしまうだろう。
 だが、千冬は甲二が回避行動を取らない理由が分かっていた。

「馬鹿者どもが! わからないのか!? 敵はいつでも遮断シールドを解除できるのだぞ! もし甲二の後ろに生徒たちがいるときに遮断シールドを解除されてみろ。そこで甲二が回避すれば生徒たちが攻撃される! それを防ぐために、あいつは攻勢に出ることもできずにいる……!」

 いつも表面だけは冷静に保っている千冬が、甲二の事を名字で呼ぶことも忘れるほど言葉を荒げている。その手はきつく握りしめられており、爪が手のひらの皮を突き破って血が滴り落ちていた。

「せめて、せめてあいつのリミッターを外せたら……!」
『「お、織斑先生……」』
『千冬姉……』

 初めて千冬のそんな様子を見た三人は目を丸くして千冬を見つめている。普段ならば取り繕う千冬だが、今はそんな素ぶりも見せずモニターを睨み続ける。

『なんとか、なんとかできないのか! どうして俺はこんなにも弱いんだ!!』
『このままでは、甲二さんが嬲り殺しにされてしまいますわ……!』

 二人が悔しげにアリーナの中心に目を向けると、ライロウが膝をついていた。その五メートルほど先にパプティゼインが佇んでいる。

「『甲二!?』」
『甲兄ぃ!?』
『甲二さん!?』
「門倉くん!?」

 その姿を見た全員が思わず甲二の名前を呼ぶ。
 そんな中、攻撃が止んだかと思うと機体のスピーカーを通してグレゴリー神父の落胆した声が聞こえてきた。

「弱くなったのではないかね? 門倉甲二君。門倉甲中尉だった頃の君はもっと冷徹だったよ。敵とあらば、老若男女関係なく殺し、命乞いをする者も容赦なく殺した。そんな君が今ではこの体たらくだ。少しの犠牲を出せば私を倒すこともできただろう。何をそんなに必死になっているのかね?」

 神父の言葉を本当の意味で理解できるものはいなかったが、甲二の人となりを知っている者からすれば、神父が語る昔の甲二はとても信じられるものではなかった。
 その言葉に真っ先に反論したのは静かに戦いを見守っていた鈴だった。

「馬鹿言ってんじゃないわよ、アンタ! 甲兄ぃがそんなことするわけないでしょ!?」
「おや、君は確か中国の代表候補生、凰鈴音君だったかな? これはれっきとした事実だよ。嘘ではない」
「でも―――」
「……そうだ。……そいつの言ってることは、本当だ……」
『!?』

 スピーカーを通して聞こえた、甲二の小さな声にアリーナにざわめきが広がる。一夏たちは信じられないようなものを見る様な顔をしている。

「ほおぅ。まだ口がきけたか……。流石だな、門倉甲二君」
「へっ……。舐めるなよ、神父。俺はまだ……倒れるわけにはいかない」

 ボロボロの機体でなんとか立ち上がる甲二。とてもじゃないが無事といえるような状態ではない。
 誰から見ても、もう戦える力は残っていない様子だった。それでも甲二は諦めず、神父を強く見据えている。
 そして、腹に力を込めると懸命に言葉を絞り出した。

「お前の言った通り、門倉甲だった頃の俺は容赦がなかった。少しでも仲間を死なせるわけにはいかない、そのためには俺が誰よりも冷酷に徹して、強く在らねばと……そんなことをずっと思っていた。その頃からすれば今の俺は弱くなったのかもしれない」

 小さな独白に場が静まり返って行く。そんな中、甲二の声だけが響き渡る。そこで甲二が、「だがな……」と言葉を区切った。

「俺はそれを後悔なんてしていない。そして、ここにいる俺の仲間はきっと俺と肩を並べられる、もしくはそれ以上に強くなる。それまでは俺の身を犠牲にしてでも、みんなを守ってみせる……そう、誓ったんだ!!」

 そう叫ぶ甲二の姿は、もう戦う力が残っていないとは思えないほど頼もしかった。
 だが、そこに神父が嘲笑うかのような笑い声をあげる。

「ふはははははっ…! それは結構だが、もう君の誓いが果たされることは、ないぃ!」
「何?……どういうこ―――ぐっ……!? アアァアアアァァァァ!!!」
「ふはははははははははははっ! どうやら効き始めたようだな。さらばだ! 門倉甲二君!!」

 突然、甲二が頭を抱えると苦痛の叫び声を上げた。グレゴリー神父はそれを見て高笑いを続けている。

「グレゴリー神父! 貴様っ、甲二に何をした!?」
『これは、これは。ブリュンヒルデの織斑千冬君ではないか、私のことを知っているとは光栄だよ』
「ドミニオンについては深く調べたからな。そんなことはどうでもいい! 甲二の身に何が起こっている! 答えろ!!」
『よろしいいっ! 答えてあげようではないか! 彼に最初に接触したとき自我崩壊を促すプログラムを打ち込んでいたのだよ!!』
「……あのときか!? そして、自我崩壊だと!? では、まさか!?」
『ほう。君は彼の事情を知っているようだな。君の予想している通りだ。彼の人格にはここで消えてもらう』
「貴様っ! 貴様ぁあああああ!!!」

 千冬は握りしめた拳で勢いよく壁を殴りつける。千冬の烈火の如き咆哮が、スピーカーを通してアリーナ全域に響き渡る。

「織斑先生、どういうことですか!?」
『この場にいる皆にもわかるように私が説明しよう。彼は元々いくつもの意識が混ざり合った多重人格者のようなものだった。そして、それらが融合してできた人格が彼だったのだ。だが、今その纏まっていた自我を崩壊させてもらった。つまり、今までの彼に戻ることはない』
「そんな!?」

 嘘だと信じたい。だが、隣で殺しても殺し足りないと言わんばかりにグレゴリー神父を睨む千冬の様子から、それが嘘ではないのだとわかってしまう。
 そして、とうとう甲二は倒れてしまった。
 一夏たちが絶望の表情で倒れた甲二を見つめる中、神父の笑い声だけがアリーナに響き渡っていた。







 様々な記憶が呼び起こされ、俺という意識が徐々に流されていく。
『俺』って誰だっけ?
 もはやそんなことすら思い出せない。
 ああ、空と約束したのにな、俺は俺として生きるって。
 あれ? 約束ってなんだっけ?
 駄目だ。どんどん自我が崩れていく。このまま意識が流れて行って俺はまた誰でもない誰かになるのか…………。
 ………………。
 …………。
 ……。
 …。

 (甲二っ…!)

 ……誰かが呼んでいる。

(甲二、今、みんながあなたの名前を呼んでいるっ! だから、早く正気に戻って、早く……!)

 ……空なのか?
 空が俺を迎えに来てくれたのか?
 だったらこれで楽になれる……。もう、これで戦わなくて済むんだな……。

(~~~~っ! 馬鹿ぁあああああああああああああっ! 私は空じゃないし、あんたも死んでないいいっ! あなたはまだ休めないし戦うのおおっ……!)

「……っ…うるせえええっ! 脳内で叫ぶんじゃねえっ!」

 大声で怒鳴って、今度こそ目が覚めた。どうやら倒れていたらしく。身を起こすと体中が痛んだ。

「「甲二!」」
「甲二くん!」
「甲二さん!」
「甲兄ぃ!」

 気が付くと一夏や鈴だけでなく、遮断シールドが解除されなくて入れなかったはずの、ISを展開したセシリアやまだ未完成の打鉄弐式を展開している簪。専用機なのだろうか、水のヴェールのようなものを纏ったISを展開している楯無さんが周りにいた。
 みんなが俺を守るようにして取り囲んでいる。

「『無事か! 甲二!?』」
「門倉くん! 大丈夫ですか!?」

 箒と千冬さんと山田先生がほぼ同時に大声で怒鳴った。耳がすごいことになっている。

「~~~っ! なんとか無事です。耳以外は」

 三人が口々に何か言ってきているが、軽くスルーして疑問の声を上げる。

「扉はロックされていて、遮断シールドも解除できないはずじゃ……」
「何故かはわからないけど、急に制御権がこちらに戻ったわ」

 楯無さんが大型のランスを構えながら俺の疑問に答える。

(その二つは私が制御権を神父から奪ったわ)

「は? 君は誰だ?」
「……甲二くん。本当に大丈夫?」

(馬鹿っ! 私の声は今はリンクしてるあなたにしか聞こえないんだから声に出さないの! 直接通話(チャント)を使う感じで、私にだけ話し掛けて!)

「すみません、楯無さん。なんでもありません」

(こうか? それにしても君は誰なんだ? その声は、まさか…夢に出てきたあの子なのか? しかもリンクしてるってことは君はやっぱりクゥなのか?)
(そうね。クゥでもあるし、そうでないとも言えるわ。後で説明するから、今は神父を!)

 そうだった。この少女の正体も気になるが、神父を倒さなければ。
 俺は痛む体を動かし、神父の前に出るとピクリとも動かない神父に話しかけた。

「どうした神父。何をそんなに驚いてるんだ?」
「馬鹿な! 君の人格が再び構成されるなどあり得るはずがない! 一体何が起こったというのだ!?」
「さあな。それより、覚悟はいいんだろうな神父? もう人質はいないぜ?」
「ふ、ふははははははっ! そのような状態の君が何を言うのかね? リミッターのかかっている君など私の相手ではない」

 確かにな……。フォースクラッシュも使えずブースターも二個封じられた状態は流石に無理があるか。
 どうする? 万事休すか……。

(安心して甲二。私がリミッターを解除したわ。今のあなたは全力が出せる)
(君は本当に一体何者なんだ? やっぱりクゥじゃないのか?)
(私はクゥでもあり、ライロウでもある。私は、このコアの意思よ)

 なんだかさらっとすごいことを言われた気がするが今はそれもどうでもいい。
 おそらく協力して倒すために集まってくれたであろう、一夏たちに下がるようにお願いする。

「みんな、すまない。ここは俺に任せてくれないか?」
『なっ!?』
「大丈夫だ。仮想(ネット)の悪魔と呼ばれた実力を見せてやる」

 俺が自信満々にそう言うと、みんなは文句を言いながらも下がってくれた。

「正気かね? 門倉甲二君。今の君に何ができると?」
「神父」
「……何かね?」
「今からお前ができることは何もない」
「何を―――」

 神父の言葉を待たずにブースターを吹かし、体が痛むがそれを無視して瞬時加速で一瞬で間合いに入ると門倉コレダーによって放電し続ける。感電し、吹き飛んだところにタックルをかます。互いの装甲が軋んで音を立て、神父の機体が離れる前に両手に構えた戦斧で下から抉るように突き上げる。
 全身に力を込めて上にかち上げ、丁度自分の真上に来たところで膝を曲げ、足に力を込めて飛び上がり日本刀による居合いを放ち、流れるようにしてクローを伸ばし敵に突進して飛び上がりながら斬りつける。まだまだ終わらせるつもりのない俺はバトルロッドによって、棒術を駆使して左右交互に攻撃した後、斜めに打ち上げ、そこに爆発的に高めた推進力で強烈な飛び蹴りを放った。
 だが、そこで装甲に熱が溜まりきり、体の動きが鈍くなる。それを待っていたと言わんばかりに神父が笑ったような気配が伝わってくるが、今の俺はリミッターが外れたことによりフォースクラッシュが使える。
 だから、この瞬間を待っていたのは俺だ! イニシャライザを起動!

「最大出力!」

 その瞬間、機体のリミットが解除され、周りがスローになったような感覚に陥る。これは思考速度が限界まで早くなったために起きる現象だ。この間は装甲に熱が溜まっても制限が無くなり再びコンボを繋げることができる。
 それを見た神父から余裕の気配が消え、ただ焦るように言葉を捲し立てた。

「リミッターを、外したというのか!? 一体、どうやって……!」

 先と同じコンボを繰り返した俺は、溜まりに溜まった熱を利用して、ヒートチャージ対応のブンディダガーを両手で何度も突き立てながら、遥か上空へ昇って行く。

(神父の機体の中、人間でいうと心臓部分の少し横にコアに干渉しているチップみたいなものがあるわ。それを破壊して!)
(わかった!!)

「この一撃にかける!」

 けっこうな高さまで来たところでパンチを浴びせ、言われたところに狙いを定めると、そこを掴みもう一つのフォースクラッシュ『タイラントブレイカ―』によって右手を巨大なパイルバンカーに変形させた。
 そのままブーストを点火して機体が軋むほどのスピードで地面に向かって突っ込んでいく。
 そして、スピードを落とさずその勢いに乗ったまま地面にぶつかったところで、パイルバンカーを打ち出した。

「貫け!」

 右手が神父の機体の装甲板を貫いた感覚を伝えてくる。
 どうやら隣のコアには傷を付けず、見事にチップだけを貫いたようである。空になった薬莢が放り出され地面に落ち、カランと乾いた音を立てた。

「くううっ……見事なり、門倉甲二っ! よくぞ、見破ったああああああああっ…!」

 その言葉を最後にシュミクラムが爆散し、コアだけがその場に残った。
 そのコアを手に取ってみると、幻聴かもしれないが「ありがとう」という声を聞いた。

(この子もあなたにすごく感謝しているわ)
(そうか、それは…よかった……)

 それを最後に俺の意識は途切れ、前のめりに倒れた。







『…………………………』

 一夏たちは本日何度目になるのかもうわからないが再び絶句していた。
 甲二の本気を目の当たりにして、彼がどうして『仮想(ネット)の悪魔』と呼ばれるのかそれがようやく理解できた。
 みんなしばらく呆然としていたが甲二が倒れると慌てて走り寄った。
 見るに堪えないほど機体はボロボロである。

「やったな甲二! それにしてもお前って、すごい……な」

 一夏が一番に声をかけるが、返事がない。しかも、シュミクラムが除装されるとそこには血だらけの甲二が倒れていた。
 どうして? なんで? 甲二は装甲によって守られていたはずでは?
 様々な疑問が浮かぶが地面にはどんどん血が流れていく。特に左肩と右わき腹の出血量が半端じゃない。

「甲二ぃーーーーーー!!!」

 誰のかわからない悲鳴が、静まったアリーナに響き渡った。






あとがき
神父は何でも知っています(笑)原作の方でも平行世界のAIからの情報を真が受け取っていたりしたので、神父なら似たような方法で知っていても不思議ではないと思ってこういう風にしてみました。量子を使った通信は時空を超えて影響するらしいので。



[29662] 第18話 説明会 前編
Name: エージェント山田太郎◆d1e90796 ID:346da034
Date: 2011/09/10 12:45
「ん………?」

 少しずつ閉じていた瞼を開き、まばたきを行った。
 ぼんやりとした意識のまま、見覚えのない白い天井を見つめる。
 自分がどういった状況になっているのか理解できずにいると、唐突に脳内で声が聞こえた。

(目が覚めた?)

 えっと…君は、クゥ…でいいんだっけ? ここはどこなんだ? 俺はアリーナにいたはずじゃ……

(ここは学園の医療室よ。あなた、丸一日寝てたんだから)

まるで心を読むように、言葉に出していないのに、直ぐに答えを返してくれた。

(ある意味、それに近いかも。私への甲二からの伝達はAI群経由だから……。表層思考の言語的なメッセージなら読み取れる)

 ついつい、ぎくっとしてしまう。
 相手が人間でなくても心を読まれるのは、考えていること全てが筒抜けになるということで…なんだか落ち着かない。

(気にしないで…、って言っても難しいかもしれないけど。私は所詮、人間じゃないんだし)

「そういえば、結局君は何者なんだ? あのときクゥでもあり、雷狼でもあるって言ってたけど……」

(よく覚えていたわね。私はあなたの持っているISのコアの意識とクゥの意識が混ざってできた存在。だから私はクゥだけど、ある意味クゥじゃないの)

「ちょっと待ってくれ。どうしてクゥがこのペンダントの意識と融合したんだ?」

(それなんだけど、あなたは自分が深層意識領域(エス)の海に落ちたのは覚えてる?)

 たしかにこの体になる前に深層(エス)の海に落ちたな。あのとき君の声を聞いたような気がする。

「ん? どうして君はあそこにいたんだ? 君はコウ(門倉甲の模倣体)と一緒にどこかに転送(ムーブ)したんじゃなかったのか?」

(私はその世界とは別の世界のクゥ。私がいた世界で色々あって深層(エス)の海を漂っていたのよ。あなたと私が出会えたのは深層(エス)が平行世界と繋がっているおかげね。そこに落ちてきたあなたをどうにかして外に出そうとしていたら、突然あなたとリンクが繋がって引きずられるようにしてこの世界に来たの)

 気が付いたら、このコアの意識と融合していたわ。という言葉を最後にクゥは黙り込んだ。

「つまり、君自身にも何が起こったのかわからないってことか。AIから何か情報を引き出すことはできないのか?」

 そもそもクゥは意識のあるNPC。
 言ってみれば、AIの一部と言ってもかまわない存在のはずだ。

(今の私は孤立した単体で、空をベースとした人間的な思考ロジックに縛られているの。そのせいか、AIから自我を切り離されてしまっている。だから、ここに至るまでの情報が曖昧で……)

 なんだか、声が心細げだ。
 AIの端末であるNPCにしてみればAIから切り離されるってことは未知の恐怖かもしれないな。

(そう、とても不安。だから、今は甲二が頼りの綱)

「ははっ、君に頼られる日が来るなんて想像もしていなかったな」

 苦笑しつつ、ちょっと気力が湧いてくる。
 女の子に頼られた途端、これか……。
 誰かさんに指摘されたように、俺は不幸な女の子に甘いのかもしれない。

(甘いも何も、大甘よ。あなた、この世界でも何人の女の子を引っかけてると思ってるの?)

「なっ!? クゥ、人のことを女たらしみたいに言うのは止めろ! 大体俺は女の子を引っかけたつもりはねえぞっ!?」

 胸元にぶら下がっているペンダントを掴み、睨みつけながら怒鳴りつける。

(やっぱり自覚がないんだっ! ああっ、やっぱり私が監視してて正解ね! これからは私が歯止め役になれるもの!)

「お、お前っ!? いつからだ!? いつから監視してやがった!?」

(あなたが束さんから私を受け取ってからよ! それからというものの何かあれば女の子に手を出してっ!)

「だからっ! 俺は一度も手を出した覚えはない!」

(似たようなものじゃないっ! なに? あなた、ハーレムでもつくる気なの?)

「あのな、脳内から喧嘩を売ってんじゃねえっ! 手を出せないと思って言いたい放題言いやがって!」
「甲二。誰と話してるの?」
「ああっ!? 誰ってクゥに決まってんだろう!?」
「へぇー、甲二くん。クゥって誰なの?」
「さっきから俺に脳内から話しかけてくる生意気な女の子だよ!」
「そっかー。かどくー、私たちが心配していたのに脳内彼女と楽しく会話していたんだね?」

 ……………………………………………待て。
 俺は今、一体誰と話をしている? 明らかにクゥじゃないんだが……。

(甲二……生きて帰ってね?)

 ペンダントを睨みつけていた状態から、少しづつ顔を上げていく。
 そこには修羅が三人いた。
 全員にこにこ顔だが、目が笑っていない。
 簪は今まで以上に黒いオーラが出ているし、楯無さんはとても丈夫そうな扇子を構えている。その開かれた扇子には『一撃必殺』と書いてある。
 本音さんに至ってはダボダボの袖からなんか、ナイフやフォークといった銀食器が見える。
 え? 何、この状況。
 三人の遠く離れた後方の方では、一夏たちがガタガタ震えているし、虚さんや山田先生や千冬さんは呆れた顔をしている。

「「「さあ、覚悟はいい?」」」
「………………いいえ」
「「「問答無用!!」」」

 三人による、俺への制裁が始まった。







 制裁が始まる少し前。
 無人機ISによる襲撃事件が起こった次の日の放課後。
 未だに意識の戻らない甲二を心配して一夏、箒、セシリア、鈴の四人が学園の医療室前に行くと、千冬と真耶がすでに来ていた。
 腕を組んで目を瞑っていた千冬は一瞬だけ一夏たちに目を向けたが、直ぐに視線を前に戻すとさっきまでと同じように無言で佇んでいる。その姿になんとなく声を掛けづらいと思った一夏は、真耶に訊ねることにした。

「あの、甲二はまだ意識が戻らないんですか?」
「はい。幸い、命に別状はなかったので、そろそろ意識が戻ってもいいはずなんですけど……」
「そうですか……」

 真耶の言葉を聞いた一夏は、心配そうな顔で医療室を見つめる。
 他のみんなも気を落とした様子で誰も何も言わなくなり、場を沈黙が支配していたが、そんな中ふと、鈴がつぶやいた。

「そういえば、甲兄ぃがグレゴリー神父って呼んでた奴の言ってたことはどういう意味なのかしら?」
「……ああ、最初に甲二のことを門倉甲って呼んだことか?」
「それもだけど―――」
「『神の力によりISの制御を奪った』ということですわね?」

 鈴が一夏に対して返答しようとしたら、セシリアが口を挟んできた。
 いつもならば口を挟むなと怒る鈴だが、今はそんなことを言う気にはならなかった。

「そう。他にも甲兄ぃが神とやらに手を出した、とも言ってたわ」
「それに、甲二はその神を知っているようだったな」

 今度は箒も会話に参加してきた。
 やはり、それぞれ気になっていたようである。そこで鈴が言いにくそうにしていたが、おそらくみんなが気にしていることを口にした。

「他にも色々言ってたけど、一番信じられなかったのは……」
「甲二が人を容赦なく殺した……だろ? 俺も信じられないよ。あの甲二が冷酷だったなんて考えられない」
「ええ……」
「ああ……」

 それを最後に、四人が再び沈黙していると後ろから声をかけられた。

「彼は傭兵よ。任務でそれが必要ならば、人を殺さなきゃいけないでしょうね」

 四人が後ろを振り向くと、昨日軽くではあるが紹介された生徒会のメンバー三人と簪がいつの間にかそこにいた。

「あなたは……生徒会長の更識楯無先輩でしたっけ?」
「楯無でいいわよ、織斑一夏くん。もしくはたっちゃんでも可」
「わかりました、楯無先輩。ただ、俺も一夏でいいです」
「あら、そう?」

 少し楯無が残念そうに答えた。
もしかしてたっちゃんと呼ばれたかったのか? と疑問に思った一夏だったが、とりあえずそれは流すことにした。

「ところでさっきのことですけど、あなたは甲二が命乞いをするものを殺すほど冷酷だったと信じるんですか?」
「キミたちはあることを忘れているよ。グレゴリー神父は甲二くんが『門倉甲』だった頃って言ったのよ? つまり、今の甲二くんはそうではないということではないかしら?」
「……楯無先輩は、あのグレゴリー神父って奴が言ってたことがどういうことなのかわかるんですか?」
「いいえ、わからないわ。でも……織斑先生。先生は何か知っているんじゃないですか?」

 楯無のその一言に、今までずっと黙っていた千冬に全員の視線が集中する。
 千冬はしばらくの間その視線にさらされながらも黙秘を貫いていたが、諦めたかのようにため息をつくと鋭い目つきで皆を見た。

「たしかに私はあの神父が言っていたことをある程度は知っている。以前、門倉に直接教えてもらったからな」

 千冬さんがそう言うと、一夏と箒が複雑そうな顔をする。

「あいつ……俺たちにだけ黙っていたのか」
「私たちは……信用されてなかったのか?」

 他の人たちも、どうして話してくれなかったのか? と言いたげな顔をしている。
 だが、千冬はそれを当り前だと言わんばかりに鼻で笑った。

「あいつがお前たちに話さなかったのは、それが普通ならとても信じられるような話ではないからだ」
『?』

 誰もが千冬の言葉を理解できないようで頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
 千冬以外の全員が頭を捻っているとき、治療室から言い争うような声が聞こえてきた。

「とにかく。知りたかったら、ようやく起きた馬鹿者に聞くんだな」

 そう言って千冬は医療室に入って行った。
 とりあえず千冬の後に続いて入った一夏たちは、どう見ても怪しい独り言を言っているようにしか見えない甲二を憐みの目で見ていたが、女の子っぽい名前を甲二が呼んだ瞬間に、とある三人がヤバいオーラを発して甲二に向かって行った。







 そして、今に至る。神父から受けた傷は体内の医療用ナノマシンとこの体の常人を越えた治癒能力によりあらかた治っていたのだが、ちょっとした生傷が新たに増えていた。

「さあ、甲二くん? 十年前の約束を果たしてもらいましょうか」
「話してくれるよね……甲二」
「楯無先輩、約束ってなんですか?」

 楯無さんと簪の言葉に一夏が疑問の声を上げる。

「私たちが通っていた小学校に甲二くんが滞在してた時があってね、その時に約束したのよ。今度会ったら隠し事を全部話してもらうって」
「そういうことなら勿論、俺たちにも話してくれてもいいよな? 甲二」

 全員が俺に隠し事は許さない、といった目で見てくる。
 さて、どうしたものか。千冬さんにさりげなく目を向けてみると了承を得た。

「いいんじゃないか? こいつらも、もう巻き込まれた当事者だ。下手に誤魔化すよりは全て打ち明けた方がいいだろう」
「……はぁ。わかりました、全部話します。とりあえず俺のことから話しますよ?」

 皆を見回してみると特に反対意見もなかったため、自身のことから話し始めた。
 ………………
 …………
 ……

「…以上が俺に起こったことの全てです」
『………………』

 全員、何も言わずに沈黙している。
俺が話せることは全てを語ったのだが、みんな難しい顔をしていた。

「甲二……」
「なんだ? 一夏」

 そんな沈黙を破り、一夏がとても真面目な顔で俺の名前を呼んだので目を向ける。

「お前……本当はおっさんだったんだな」
『ぶっ!?』

 一夏の思わぬ一言にその場の全員が吹き出した。
 真面目な顔で何を言うのかと思えば、そんなことか! 
 そう突っ込みたいのを必死にこらえていると、脳内でクゥが大笑いしている。

(ぷっ。あはははは、さ、流石は一夏だわ……だ、駄目。あの真面目な顔で「おっさんだったんだな」って……あははははは!)

 顔の筋肉がピクピクと引きつるがなんとか笑顔を浮かべる。
 以前自身のことを精神年齢で言えばおっさんだと千冬さんに言ったことがあったが、人に指摘されるとこんなに腹が立つのか。

「ああ、そうさ。確かに精神年齢で言えば俺はもう三十越えてるよ。どーせ、立派なおっさんさ」
「その、悪い。別に馬鹿にするつもりじゃなかったんだ」
「あの言い方で!?」
「ああ」

 必死に笑いを堪えていた皆だったが、俺たちのやり取りを聞くと一斉に笑いだした。
 しばらく爆笑していたが、ようやく笑いが治まってきた頃には皆の硬い表情も幾分柔らかくなっていた。

「確かになんか同年代ではないと思っていたけど、まさか本当に年上だったなんてね」
「ああ。昔から大人びていたのも納得がいった」
「クラスでも明らかに雰囲気が一夏さんとは違いましたもの」
「……おい、セシリア。それは俺がガキっぽいってことか?」
「え!? いえ、そういうことではなく、ただ甲二さんが一夏さんとは何かが違うと思っていただけで……」

 箒や鈴は感心したような顔をしていて、セシリアは一夏に聞かれてうろたえている。
 楯無さんたちは、

「これからなんて呼べばいいのかしら? やっぱり、甲二さん?」
「甲二さん……悪くはないけど」
「う~ん。かどくーさん?」
「本音。それはないんじゃないかしら」
「私は何とお呼びすればいいんでしょうか? 門倉さん? しかし、彼は生徒で……でも年上だし…」

 山田先生も混じって俺の呼び方を考えている。
 というか…………

「あの、みんな信じるんですか? 普通信じられるような話ではないと思うんですけど……」
「俺は信じるぜ。お前のさっきの話し方は嘘をついているような感じじゃなかったしな」

 一夏の言葉に皆頷いている。
 そこまで俺のことを信頼してくれていることを俺は嬉しく思った。

「ありがとう。みんな……」
(よかったね、甲二。ここにいるメンバーがいい人たちで)

 ああ、そうだな。全員かけがえのない仲間だ。

「ところで、これからは敬語で話した方がいいのか? 俺たちより年上なんだし」
「今さら話し方や呼び方を変えなくてもいいさ。実年齢はどうあれ、今は十六歳の体だ。変に気にされても違和感があるだけだし、俺が困る」

 もうすっかりタメ口には慣れているし、他の事情を知らない人は一夏たちが俺に敬語を使っているところを見れば変にしか思わないだろう。
 俺としては今まで通りに自然体でいて欲しい。

「本人がそう言うのならそれでいいんじゃない?」
「私も……その方がいい」

 鈴と簪の二人をはじめ、他の面々もそれを受け入れたようだ。
 みんな今さら友人の呼び名を変えるのは変な感じがしていたらしい。
 とりあえず落ち着いたのか、楯無さんが俺の話をまとめてくれた。

「とにかく。甲二くんは平行世界で一度死に、仮想空間で意識を取り戻したあと平行世界となぜか繋がっている深層意識領域(エス)の海に落ち、この世界の今の体で蘇った。そしてキミは元々、門倉甲という人間で、平行世界の知識や門倉甲の経験・知識・記憶がある……これでいいのかしら?」
「ええ、それで合ってますよ。他に何か俺が言ったことで聞きたいことはありますか?」

 一応何か質問はないか訊ねておく。
 話している途中で平行世界のことや、深層(エス)の海、模倣体(シミュラクラ)や平行世界の知識や門倉甲の経験・知識・記憶のことなど色々と聞かれたが、一つ一つ詳しく説明もしたためみんな理解してくれたと思う。
 まあ、一夏は平行世界云々の話をなかなか理解できずにいたようだが……。

「うーん、もうこれといったものはないかな」

 他の人たちも同様に特に聞きたいことはないようだ。
 そこで今まで後ろの方で黙っていた千冬さんが口を開いた。

「さて、では昨日お前が神父と話していたことについて詳しく教えてもらおうか?」

 誤魔化しは許さないということを暗に含ませた声で俺に聞いてくる。
 まだまだ説明は続くのだった。





あとがき
これではみんな簡単に信じすぎでしょうか? しかし、嘘ではないと証明する方法はノイ先生による診断書ぐらいしかありませんし、どうでしょう?


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