(cache) DOD&M - 21 - 電脳狂想曲
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 ルイズとカイムの前で完膚無きまでに敗北したサイトは、「一人にしてくれ」と場の者に言い残し、そのまま宿の方へと引き篭もってしまった。
カイムはカイムで、憮然とした態度を見せたまま、何処かへと去ってしまっている。
任務が始まる前から、随分掻き乱された物だ。アンヘルは心中で呟き、何をするでもなく中庭で寝そべる。

「こんな調子で、大丈夫なのかしら……?」

 アンヘルと同じく一連の流れをその目にしていたシルフィードは、心配そうな声で言った。
状況は確かにあまり良くない傾向と言えよう。ワルドのした事は、集団行動の輪を乱す以外の結果を生み出さなかった。
愚かと言えばあまりに愚かな行動に出た物だ。本当に彼が任務の事を思って行動しているのか、アンヘルは疑わしく思っていた。

「最初から止めていれば、この様な結果にはならずに済んだのだろうか……」
「……きゅい、アンヘルお姉さま、シルフィは思うのね。あの男はあの場で止めた所で、きっと同じ事を繰り返してたのね」

 子供っぽい喋り方とは裏腹に、シルフィードは良く人を観察し、その上で物を言う。
言われて見れば確かに、あの様な口のペラペラ回る男であれば、サイトを上手く言いくるめ、挑発し、似た様な事態を作り出していた事であろう。

「おぬしの言う通りだろうな」
「お忍びの任務って聞いてるけど、何だか雲行きが怪しいのね……」
「これ以上の厄介事は、増えて欲しくないが……」

 嫌な予感と言う物程、当たってしまう傾向にある。
この状況を主にどうやって話した物かと思い、二頭のドラゴンは同時に溜息を吐いた。

 いつまで経っても戻ってこないカイムが心配になったキュルケは、朝食もそこそこに中庭へと繰り出し、アンヘルに何かあったのかと尋ねに来ていた。
離れた場所にいても、カイムとなら意思の疎通が出来るアンヘルであれば、彼が今何処にいるのか分かる筈だ。
尋ねた答えは簡単に返って来たが、彼女が付け加えるに、今は一人でいたいとカイムは伝えて来たらしい。

「一体何があったのよ……」
「面倒な事だ」

 アンヘルによる早朝の出来事の報告は、キュルケを呆れ返らせるには充分過ぎる内容だった。

「ワルド子爵も婚約者の為にとは言え、随分と必死ねぇ」
「少なくとも我は、あれのおかげであの人間が信用に足らぬと判断出来た」
「ちょっと大げさじゃない?」
「……気に入らぬものは気に入らぬのだ」

 珍しく頑固な意見を言うアンヘルに、キュルケは目を丸くした。

「アンヘル、ちょっと気負ってない?」
「そうかもな……何か、嫌な予感がするのだ」
「…………」

 そしてその夜。出立を前に英気を養おうと言い出したワルドにより、酒場での飲み食いを一行は提案された。
断る理由は無いが、今朝にアンヘルから話を聞いているキュルケは、率先して大騒ぎし始めるギーシュの様に、素直に場を楽しもうと言う気にはなれなかった。
ちびちびと舐める様にワインを飲む姿に、タバサが不思議そうな面持ちを見せる。

「……どうしたの?」
「タバサはシルフィードから聞かなかった?」
「今朝のこと?」

 そう、と頷いた後、キュルケはピリピリした空気を放っているカイムに視線を移した。
流石のキュルケも、声をかけるのが憚られる雰囲気だ。ガス抜きの為の一日を使ってガスを溜めてしまってどうするのだ。叫びたいのを堪え、キュルケは飲み食いに走った。
少なくとも今くらいは、自分くらいはストレス発散してやろう。
だが、そのストレスを発散させ様とした尻から、更なるストレスの元がキュルケらの下に訪れた。

「「うわぁぁぁ!」」

 酒場の入り口付近から上がった悲鳴に一行が目を向けた時には手遅れだった。
武装した屈強な男達が、何を考えたのかこの酒場に攻め込んで来たのだ。
身なりから、傭兵であるのは想像に難くないが、一体何の目的でやって来たのか……。 考える間も無く、矢が雨あられと一行の元に降り注いだ。カイムが咄嗟にテーブルの根元を折り、それを盾にした事で当面の難は逃れた。
そして、冷静になって吹きさらしになっている部分から見える巨大ゴーレムの足を目にし、皆は襲撃者の黒幕を悟った。
所々から悲鳴や嗚咽が漏れ始めている。無理も無い、いきなりこの様な修羅場に出くわしたら誰だってパニックになろうと言う物だ。可哀想としか言い様が無い。
だが、真に可哀想なのは、この状況に巻き込まれた一般人では無かった。

「…………!」

 キュルケは隣にいるカイムが、凄絶な笑みを浮かべている事に気付き、背筋を凍らせた。
制止の声をかける間も無く、カイムは矢が飛び交う酒場の中を駆け出した。

「カイム!」

 キュルケの叫びに応える事無く、己に向かってくる矢のことごとくを剣で打ち落としながら、傭兵達の群れに突っ込んでいく。
そして、

「「ひぃぁぁぁぁ!!」」

 今度響き渡ったのは、傭兵達の悲鳴だった。弓を撃っていた傭兵達が十人から、一息によって斬殺されたのだ。
これが狂戦士カイムによる虐殺劇の始まりだった。

 遅れて二階からルイズを連れて来たサイトは、フーケがいた事を皆に説明しようとし、その場で固まった。

「がぁっ!」
「やめ……! ぎゃぁ!」
「助けてくれぇ!」

 弓を撃つ暇すら無く、剣を抜く暇すら無く、傭兵達はカイムに斬り殺されていく。
あまりの惨状に、場の殆どの人間が思考を凍結させた。
そんな中、ただ一人、落ち着きを持って状態を眺めている人物がいた。ワルドだ。
彼はこの混乱に乗じ、ルイズの手を取って裏口から酒場の外へと駆け出していた。
「任務を成功させる為に、今は彼の活躍に僕は賭ける」とは言い残しているものの、果たして何人がそれを聞いていたのか。そんな彼にとって誤算だったのは、ルイズの手を握ったままだった為に付いて来たサイトの存在だ。
だが、それも予想の範囲内と内心でほくそ笑み、ワルドは桟橋の方へと消えていった。 残されたキュルケ達が平静を取り戻したのは、カイムによって酒場の中に入り込んできた者達が皆殺しにされた後だった。

「……ぼ、僕達はあんな恐ろしい奴と……」
「落ち着きなさい、ギーシュ。あんたが怯えるのは分かるけど……まだフーケが控えてるのよ」

 酒場の外に飛び出し、笑いながら剣を振るってゴーレムと傭兵達の相手をするカイムを眺めながら、ギリ、と歯を噛み鳴らしてキュルケは言った。
酒場の中は、それなりの数の修羅場を経験して来たタバサですら目を覆いたくなる光景である。
外も、程なくして同じ様な物が築かれる事になるだろう。

「……これは、あたしが何とかしないとね……」

 震える身体をかき抱く様にして、キュルケはそう呟いた。

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