「ったく、あのお姫様ったら、肝心な所はぼかしたにしたって、他国の人間に密命任せるかしら? 普通」
先の件が一段落し、カイムと共に部屋に戻ったキュルケは開口一番そう言った。
勢い良くベッドに倒れこんだキュルケに、そっと毛布をかけ、カイムはその脇に座った。
ルイズの部屋に居たアンリエッタなのだが、話を聞くに、どうやら信頼できる物にしか与えられない密命の任務をよりにもよって、ルイズに託したのだと言う。
後に、ルイズとアンリエッタが幼少の頃からの馴染みの仲だと聞かされ、多少は納得した物の、どうにもやり切れぬ思いを抱いたキュルケだが、そこは置いておこう。
しかし、こうなってはただではいられなかった。トリステイン国民のギーシュならばともかく、ゲルマニア国民のキュルケが、その様な話を耳にしてしまったのだ。まかり間違えば、機密保持の為に何らかの処置を施されるやも知れぬ。
そう思い、どうしたものかと困り果てていたキュルケだったのだが、この際、任務に協力するのであれば、今回の件に関しては不問に処す、との姫殿下直々のお達しを得たのだった。
先に発したキュルケの言葉どおり、肝心な部分に関してはキュルケの耳には入る事はなかったのだが。
「アルビオンねぇ……ま、学院で勉強するよりは、よっぽど楽しいか」
最初こそは渋った様子を見せていたキュルケだったが、ベッドに入ってしばらく頭を冷やしている内に、考えがポジティブになった様だ。いつの間にか、頬が緩んでいる事に気付いた。
「ちょっとした小旅行だと思えばいいのよね。うん。タバサも連れて行きたい所だけど……流石にこの状況じゃまずいかなー」
「…………」
仮にも姫からの任務だぞ? と言うカイムの念を受けた物の、彼女は正直、自国の事でないだけに、楽観的に物事を考えていた。
「いいのよ。もし何かあっても、カイムとアンヘルが守ってくれるでしょ? 違う?」
キュルケが自信たっぷりに言うと、カイムは苦笑を漏らして頷いた。
その反応が満足だったのか、キュルケはにっと一つ笑みを浮かべると、ガバっと毛布を被り、その中から手を振って脇に座るカイムを誘う。
「さ、明日は早いみたいだから、さっさと寝ましょ? あんまりお酒残ってないといいけど……ほら、早く一緒に入りなさい」
「…………」
「もしかして、まだ照れてる?」
「…………!」
「やーねぇ、冗談じゃない」
お前の冗談は性質が悪い、そうカイムに言われても、キュルケはそれを止めようとはしなかった。これも今となってはもう慣れた物で、カイムも程なくすると、諦めた様子でキュルケの隣に身体を横たえた。
「ねえ? 今日こそは何かしないの?」
「…………!」
「あははっ、ごめんごめん」
こうして、夜は更けていく。
翌朝、学院の正門の前で、アルビオンに向けての出発準備を行う一行。
準備と言っても、五人くらいならアンヘル一頭でまかなえる為、随分と簡単な物だった。
「我のあずかり知らぬ所で、よくよく面倒ごとを抱えたようだな。キュルケよ」
「状況的に仕方なくってぇ~……」
「しなを作っても我には意味はないぞ?」
「あはっ、やっぱり?」
急遽自身が駆り出されるという事を聞かされたアンヘルは、昨日のキュルケ同様、最初はブツブツと言っていたのだが……
「……まったく手間のかかる子らよ」
等と言って、結局は納得していた。
そんな中、アンヘルとカイムとの繋がりが薄いギーシュは、一人蚊帳の外な空気を感じつつも、それを自分で振り払う様に張り切ったポーズを見せている。
「姫殿下より与えられし任、ああ、このぼく! このギーシュ・ド・グラモンがきっと!」
「あの小僧は一体何なのだ……」
「わたしが聞きたいわ……」
この一行の、実質のリーダーであるルイズは、アンヘルの言葉に対して肩を落として答えた。はしゃぐギーシュの隣では、自らが掘った穴から顔を出した、ジャイアントモールのヴェルダンデが、自身の主人に乗じるかの如く、さかんに鼻をひくひくさせている。
「あれも乗せるのか……我の背も随分と安くなった物だな……」
「まぁまぁ、そう言ってやるなって、アンヘル。頼りにしてるからさぁ」
サイトが取り繕う様にして言うのだが、彼のギーシュを見る目はアホの子を見るそれであった。
しばらくの間、準備をしながらやいのやいのと一行がやり取りをしていると、朝もやの中から一人の長身の貴族が現れた。かぶった羽帽子がやけに自己主張をしている。
男はルイズ達の存在を認めると、その帽子を取って彼女等に一礼をした。
「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ。姫殿下よりきみたちの同行を命じられてやって来た。よろしく頼む」
お姫様ったら、随分と根回しがいい事。キュルケは内心で呟く。
「ワルドさま……」
彼の登場に、ルイズはやけに熱っぽい視線を向けてワルドの名を呼んだ。すると、その顔にぱぁっと人懐っこい笑みを浮かべたワルドが、「久しぶりだね! 僕のルイズ!」などと声高らかに言い、ルイズに駆け寄りその身体を抱きかかえた。
「……また妙な男が同行者となったものだな」
アンヘルが呟くと、その声を聞いたワルドは、ルイズを抱きかかえたまま振り返った。
「ルイズ、すまないが、彼等の紹介をお願いできないだろうか?」
「ええ……」
今の状況が恥ずかしいのだろう。ルイズは顔を赤らめたまま、順々に名前を呼んでワルドに告げた。
「ふむ……君はゲルマニアの民だね。他国の為に働いてくれる事、姫殿下に代わり感謝の意を述べさせてもらおう。そちらの使い魔達も頼りになりそうだ。韻竜に人間とは、随分驚かされたが」
「礼には及びませんわ。あたしの使い魔ともども、どうかよろしくお願いしますわね?」
今までのキュルケであれば、ワルドに対し何らかのモーションをかけていたかも知れないが、カイム程ではないと確信している以上、その様な振る舞いを見せることは無かった。
「さて、きみがルイズの使い魔だね? ぼくの婚約者がお世話になっているよ」
「「ええ!?」」
ワルドの発言に、一行は驚きの声を上げる。
「おや、言ってなかったのかい? ルイズ」
「ええ、その……」
口ごもるルイズに、勝手な意見で結論を付けたワルドは、一人で何やら納得している。それに対し、あからさまに不機嫌な様子を見せているのは、サイトであった。
「何ていうか、元気だしなさい? サイト」
「こう言う時、なんて返したらいいのかわかんねぇよ、キュルケ……」
「サイト、敵わないにしろ、頑張りたまえ?」
「ギーシュはうるせぇっ!」
盛り上がるサイト達を他所に、ワルドは口笛を吹き、グリフォンを呼び出した。
「さて、諸君。歓談も結構だが、そろそろ出発と行こうではないか」
そう言ってまとめ、ワルドはルイズを抱えたままグリフォンの背に跨った。
「きみ等は、そのドラゴンに乗って、僕に付いて来てくれたまえ。では!」
やや芝居がかった仕草で言うワルドは、勢い良く手綱を引いて、グリフォンを上空へと飛び立たせた。
「ぼさっとしていても始まらぬ。さて、我等も行くとしようか」
アンヘルが言うと、一行は揃って頷きを返し、その背中に乗り込んだ。
巨大な羽をはためかせ、アンヘルはグリフォンの後に続く。
「あっちには負けてられないわよ? ねぇ? カイム」
「…………」
グリフォンに跨るルイズとワルドに視線を向け、キュルケはカイムの腕に組み付き、微妙に見等違いな事を言う。
カイムはその行為に、やれやれと肩を竦め、呆れの溜息を吐くばかりだった。