(cache) DOD&M - 16 - 電脳狂想曲
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 うららかな陽光が差し込む昼下がり。
カイムは昼寝をするアンヘルの体に寄りかかりながら、一人物思いに耽っていた。
彼はこの所、暇な時間を見つけては、よくこうして考え事をしている。この世界に呼び出されてしばらく経った今だからこそ、ゆっくりと彼にも物を考える余裕が出てきていた。
憎悪の炎に身を焦がし、復讐の鬼となりて人を斬り殺し続けていた自分と、今の自分では随分差が出ている。いや、復讐の為に戦っている振りをして、人殺しの快感に酔いしれていた頃の自分とは、と言った方が正しいかも知れない。
今は、ありのままの自分を受け止め、それを変えようと、努力が出来ている。そうでなければ、今こうして穏やかな時間を過ごせてなどいなかった筈だ。
それもこれも、元の世界で戦いを終え、一旦全てを失ったからか? それとも、アンヘルやキュルケ達の影響だろうか? 恐らく、そのどれもが当てはまるのだろうと思う。
このハルケギニアでの穏やかな生活は、徐々にカイムからその狂気を拭い去り、そして失われていた人間性を取り戻させていた。

「…………?」

 特にする事も思い当たらない為、そのまま眠ってしまおうかと思ったカイムであったが、何やら学院内の慌しい空気を感じ取り、その身を起こした。
見れば、学院付きの衛士やメイド達が、忙しなくその身を動かしながら、何かの準備に勤しんでいる。その中に見覚えのあるメイドの姿を見かけ、カイムはおもむろにそちらの方へと歩み寄り、その肩を叩いた。

「あら? カイムさんどうなされたんです?」
「…………」

 言葉を返してきたシエスタに、カイムは正門の方を指差し、首を傾げた。

「ああ、何をやってるかですって? 聞いてください! カイムさん! 今日はこの学院に、アンリエッタ姫殿下が来られるのですよ!」
「…………」

 上手く意図を悟り返してくれた彼女を前に、成る程な、とカイムは頷いた。
一国の姫の行幸とあっては、学院の一大事であろう。異世界から来たとは言え、ある程度似通った文化形態の世界に生きていた為、その重要度くらいは容易に推し量れる。
一人の平民の少女として、姫に対し憧れを抱いているのか、シエスタは普段よりも浮かれて見えた。

「今は歓迎式典の準備の真っ最中でして……カイムさん、また後でお会いしましょう」

 そう言ってパタパタと忙しそうに駆けて行ったシエスタの背中を目で追いながら、姫という単語から連想した、己の妹の姿を幻視していた。

『私を……見ないで……』

 思い返すは、頭に焼き付て離れない、短剣で己が胸を刺し貫いた妹の姿。自らの想いが受け入れられぬと決定的に悟った、あの絶望の顔。
せり上がって来た、怒り、悲しみを喉元で押し殺してカイムは頭を振った。
妹の姿を思い出す事が、自らの業を突き付けられた様に感じ、彼は自嘲の笑みを浮かべるしかなかった。

「トリステインの王女って言っても、やっぱりあたしの方が美人じゃなかったかしら?」
「…………」

 キュルケは酒で紅潮した頬をカイムに押し付け、ベッドの上に押し倒そうとしながら言った。
ここは彼女の寝室。ここ最近と言うもの、カイムは一日置きで寝る場所を変えているのだ。これも、キュルケの押しの強さにカイムが負けた結果だった。
そして、姫殿下の歓迎式典も滞りなく済み、無事に夜を迎えた訳なのだが……

「ねぇ? ちょっと聞いてるの? カイムったら。もう~、いつだってあなたはあたしにちゃんと振り向いてくれないー」
「…………」

 少し落ち込み気味だったカイムを慰める為、キュルケが酒でも酌み交わそうと提案したのがきっかけだった。
そんな中、先日、カイムがコック長のマルトーから仕入れた、度数の限りなく高い特別な蒸留酒を、キュルケがワインと間違えてグラス一杯一気飲みという荒行を為したのだ。
始めこそは、目を白黒させてケホケホ咳き込んでいた物の、チビチビとやる内に、その酒の味に気を良くしたのか、それを何杯か重ねて行き、この様な状態と相成った訳である。
中途半端に酒に強い体質と、未知の味に好奇心をもてあました結果がもたらした出来事だ。やけにちやほやされる姫君に、幾許かの嫉妬心も原因の一つかもしれない。
何時に無く押しの強いキュルケに、カイムはほとほと困り果てていた。

「ちょっとー、カイムー……って、んん?」

 酔っていたせいで扉の施錠がきちんと出来なかったのか、窓から吹いた風に、軋んだ音を立てて扉が半開きになった。
そしてそこから覗く、こそこそとしたギーシュの姿を目ざとく見つけたキュルケは、とろんとした目つきながら、ハッキリした語調でカイムに言った。

「……んふ、何かあるわね。あれ。カイム、行くわよ」

 また何やらよからぬ事を企てているな、こいつは。そう思いながらも、このまま押し倒されるよりはマシと思ったカイムは、足元のおぼつかないキュルケを支えながら、そっと部屋から出た。
目標のギーシュは、誰かに気取られぬ様気配を殺すことに必死に見えたが、彼にはその為の注意力が足りてない様だ。酔ったキュルケを支えながらではあったが、尾行は驚くほど簡単に成功した。
どうやら、ギーシュも誰かを追っていたらしい。黒衣の人影が、とある一室に入り込んだのを確認すると、そのまま部屋の扉に耳を押し当て始める彼。

「…………」

 そして、尾行を提案した当のキュルケは、カイムの腕の中で小さな寝息を立て始めていた。いっそこのまま帰ってやろうかとも思ったカイムだが、それも今更と思い、挙動不審気なギーシュにその視線を固定させた。
それからしばらくの後、目を覚ましたキュルケが、寝ぼけ眼で辺りを見回し始める。最初は混乱していた様だったが、ようやく用件を思い出し、そしてギーシュが誰の部屋の前にいるのかを確認すると、意地の悪い笑いを浮かべて彼の肩を背後から叩いた。

「ちょっとギーシュ、あんた今度はルイズにまで手を出そうってわけ?」
「!? ななななな、一体君はいつの間に!?」
「誰!? 一体何者!?」

 飛び上がって驚いたギーシュの声に、扉の中から大きな声が返された。
声と同様に、大きな音で開け放たれたドアの向こう側には、腕を組んで仁王立ちするルイズの姿と、その奥に、

「あ、え、あ……」
「あらまぁ。お姫様が何でこんな所に」

 突然の事態に驚き身を竦ませた、アンリエッタ姫殿下の姿があった。

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