事が終わり、ゴーレムの形に影が出来た地面に降り立つ一行。
今になって緊張と疲労が噴き出したのか、へたり込んだサイトに肩を貸すカイムが、それをアンヘルに預ける様にしてもたれかからせた。
「ご苦労であったな」
「ほんとだぜ、まったく。すっげぇ疲れた」
「サ、サイトにしちゃ、よくやった方じゃない。特別に、ほ、褒めてあげてもいいかしら」
相変わらず肝心な所でどもるルイズに、サイトは苦笑いで返し、ゴーレムに対するとどめの功労者として、カイムはアンヘルの首を優しく撫でた。キュルケもそれに倣う。
しかし、ここで肝心な事を思い返し、シルフィードの傍らで立っていたタバサが呟いた。
「フーケはどこ?」
全員がハッとして、辺りに神経を集中させた。
そこで、辺りの警戒を行っていたロングビルが、茂みの中から身体を現した。
「ミス・ロングビル! あなたフーケは見かけなかったかしら?」
「いいえ、分からなかったわ。ごめんなさい……」
キュルケの問いに、どこか疲れた様子で彼女は答えた。
ゴーレムごと焼き尽くしてしまったのでは? という疑問も挙がったが、アンヘルに寄ると、ゴーレムの付近に第三者の気配は感じられなかったとの事。
五人で周辺を探ってはみたが、二時間程かけた捜索も、無駄に終わる事となった。
そして、いい加減にゴーレムとの戦闘もあり、疲れ果てた全員が小屋を前にし休憩の時間を取っていると、不意に破壊の杖が話題の種になり始めた。
「破壊の杖だなんて言うけど、一体これ、何なのかしらね?」
タバサが持っている、大型の筒の様な物を隣で座るキュルケが突付き、興味深そうに言う。
「学院の秘宝、という事しか知らない」
「でも、破壊の杖、だなんて大層な名前が付いてるんだから、そりゃあ、もう凄いんじゃない?」
素っ気無く言うだけのタバサに対し、何やら想像力を膨らませつつ、大げさなジェスチャーでルイズはその破壊の威力等を表している。
そんな中、ただ一人サイトだけがその杖に対し、真剣な眼差しを向けて考え込んでいた。
「サイトよ、おぬし何かこの杖に感じ入る所でもあるのか?」
アンヘルが問うと、サイトはタバサの懐から杖を抜き取り、まじまじと眺めてから言った。
「いや、これさ。俺知ってるわ」
「「え!?」」
思いがけぬ一言に、全員の視線が破壊の杖を手にしたサイトに向けられる。
そのサイトは、杖の色々な部分を触りながら、一人うんうんと頷いていた。
「ロケットランチャーって言ってさ。ここから、さっきのアンヘルのブレスに多分、近い威力の弾が発射される武器だ」
驚きの表情でサイトの言葉に聞き入るのだが、いきなりその様な事を言われてもピンと来ないのが現実だ。ましてや、アンヘルのブレスの威力を目の当たりにすれば尚更という物。こんな物であの破壊力に近い物を再現出来るとは誰も思いもよらなかった。
サイトはサイトで、見た瞬間から、これがロケットランチャーだとは分かっていたのだが、触った途端に扱い方までが頭の中にすぅっと浸透して行く様に理解できた事実に、驚きを隠せていなかった。
とりあえず、異世界云々については事が面倒になる為、今の時点では伏せておいたが。
「それ、使い方分かります?」
眉唾だと大半の者が思い始めている中、ロングビルだけが興味を持ったと言う様に、サイトの元に擦り寄るかの如き近き方をした。ルイズの表情がむっ、と歪む。
「え? あ、分かり、ますけど……」
「せっかくなんだし、ちょっと教えて下さらない? これ一つの為に、わたくし達危険な目に遭いましたもの。それがどんな物かくらい、詳しくしっても罰は当たらないんじゃないかしら」
身体を密着させて言うロングビルに、サイトは思わずどぎまぎしながら口ごもる。
それとは別に、サイト以外の人間は、「おまえは危険な目に遭ってないだろう」という冷静な突っ込みを心の内で行っていた。ルイズはその後、ロングビルに射殺せそうな視線をついでに送ったが。
「まず、これをこうして、ここをこう。そんで、最後はこれを押すと、ここから……って、危険なんですぐに直し……」
「ありがとう。良く分かったわ」
なし崩し的に説明を終えたサイトに、にっこり笑って礼を言ったロングビルは、発射準備の整えられた破壊の杖をサイトの手から取り、発射口を彼等に向けた。
「ミス・ロングビル!?」
キュルケが叫ぶ。
「一体どういう真似ですか!?」
ルイズが慌てて尋ねるも、返ってきたのは先ほどまでのロングビルの物とは打って変わった酷薄な笑みであった。かけていた眼鏡を取り外し、猛禽類の如き目つきで一行に視線を送る。
「ほんと、そこのドラゴンや平民の使い魔二人はイレギュラーだったわ。正直、今回は失敗だと思って焦ってたけど、最後の最後で報われた感じね」
この時点で誰もが悟った。彼女こそが土くれのフーケであるという事実を。そして、使い方を知っていると言うサイトにそれを尋ねた真意も。
「回りくどい真似をしたものね、フーケ」
「我ながらそう思うわ。随分手間を取っちゃったし」
キュルケの言葉に、自嘲した様に言うフーケだが、その表情は愉悦のそれだ。
サイト以外、破壊の杖に関しては半信半疑な為、どう動くか、と頭を動かしていたのだが、ここに至ってルイズ達を手で制するサイトの真剣な面持ちに、迂闊な行動を避け様と言う意識になった。
本能的に、あの筒で狙われている事に身体が恐怖しているのかも知れない。
「……獅子身中の虫、と言う奴だな」
「難しい言葉を知ってるのね?」
「人間が偉そうな口を聞く……」
アンヘルが苦々しげに言うのを、フーケは楽しげに見ている。ゴーレムの借りがあるだけに、尚更この状況が楽しい。フーケはこみ上げる笑いを堪える事が出来なかった。
サイトにカイムは、剣に手をかけてはいるものの、指先を動かすのと自分達が動くのと、どちらが速いのか、よく理解している。
「とりあえず、全員杖は捨てなさい。そこの使い魔君達も、物騒な物はお捨て願える?」
人を食った物言いだが、どこか有無を言わせぬ雰囲気に、全員は渋々と得物を地面に放り投げる。
全員の顔に、絶望の色が差し掛かった。
「色々としてやられたけど、結果オーライね。ま、それに、そこのドラゴンさんの背中に乗って飛ぶの、中々気持ちが良かったわ」
「抜かせ」
「そうねぇ……もしかしたら生き残るかもしれないあなたに、言っておくわ。再契約とかどうかしら?」
「御免被る」
「残念ね……いいわ。それじゃ、さよなら」
キュルケも、タバサも、ルイズも、サイトも、そしてカイムまでも、その目をつむった。だが、アンヘルだけは目をつむらなかった。
「させぬ!」
「遅い!」
咄嗟にアンヘルは身体を起こし、全身でキュルケ達を庇った。
その程度では無意味、トリガーを押し、発射されたロケットにそんな確信を抱いたフーケだったが、彼女のあては残念ながら外れていた。
「ぐぅっ……!」
「何よ!? 話が違うじゃない!」
一同はアンヘルの呻き声に、その目を開けた。その先には、ごろりと転がったロケット弾がある。そこでサイトは武器の特性を思い返し、その顔を輝かせた。
近距離であるため、安全装置が働いて爆発しなかったのだ。人の身体であるならともかく、アンヘルならばそれを受け止めても致命傷には至るまい。
カイムと目配せしたサイトは、驚き戸惑うフーケに向かい、地面に落ちた武器を拾いながら走る。
「あっ!」
「今度はそっちが遅い! っても、二発目はないんだけどな、それ」
カイムがフーケの手からロケットランチャーを弾き飛ばし、サイトがデルフリンガーの柄で彼女の腹部を痛打する。それで終わりだった。フーケはそのまま地面に倒れ伏して昏倒した。
地に落ちた破壊の杖もそこそこに、皆、自分達を庇ってくれたアンヘルに向けて殺到する。
「アンヘル! 大丈夫!? 怪我してない?」
「わ、わたし達を守るだけ守って、い、逝っちゃったりしないわよね!?」
「…………すぐ帰って、治療する」
「すまねぇ……アンヘル。俺のドジで……」
「…………!」
「きゅい! アンヘルお姉さま!」
押し合いへし合う様にして群がる彼等に、アンヘルは苦笑いを噛み殺して言った。
「ぴぃぴぃとやかましい子らよ……ふん、おぬしらに心配される程、ヤワな身体はしておらぬわ」
それを聞き、皆一様に安堵の表情を浮かべる。そう言うアンヘルも、皆の無事な姿に、例えようも無い安心感を抱いていた。