結論から言えば、破壊の杖を盗んだフーケが潜伏していると思しき場所に辿り着くまで、特に何のトラブルもありはしなかった。まぁ、巨大ゴーレムを操るフーケとしても、大空を羽ばたくドラゴン二頭が相手では、どうしようもないのだろうが。
そこは、森の中にある空き地、とでも形容すべき場所だった。魔法学院の中庭程の広さがあり、その中央に潜伏先らしい、小さな廃屋がある。
「わたくしの聞いた情報によれば、あそこで間違いない筈なんですが……」
カイムやキュルケと共に、アンヘルの背に乗ったロングビルが、眼下に移る建物を指差して言った。
広さ的に、このまま降り立つ事も可能ではあるのだが、空から直接向かっては、相手に感付かれる可能性が大きい。
少し手前の森の茂みへ、『フライ』、『レビテーション』によって、一行は静かに降下した。
目標まで、約五十メイル程の距離だ。そこで、彼等は作戦を練ることにした。
「奇襲が一番。フーケにゴーレムを作らせる間もなく沈めるのがベスト」
真っ先に発言したタバサは、地面にその際の絵図を書き込みながら、その内容を説明し始める。
偵察兼囮役が、小屋内の様子を調べ、中にフーケがいる様であれば、それを挑発し外におびき出す。そして、一行による魔法の一斉攻撃でゴーレムの出現の間を与えずに倒す、と言うのが、タバサの作戦だった。
アンヘルのブレスによる殲滅もキュルケによって提案されたが、フーケからは有益な情報が得られるかも知れないこと、そして、盗まれた物まで破壊しかねないと言うタバサの意見から、それは却下されていた。
「偵察は……」
「そんなの、カイムとサイトしかいないじゃない」
サイトが言いかけた所を、即座にキュルケが返し、全員の視線が二人に向けられた。
「俺らかよ」
「…………」
溜息混じりに漏らした一言に、カイムは諦めろ、とばかりにサイトの肩を叩いた。
そうして二人は、剣を抜き放って小屋へと向かう。五十メイルの距離も、二人にかかれば二息程度のものだ。
カイムが先導し、サイトがそれに続くように小屋の様子を探っていく。中は埃まみれの朽ちた炭焼き小屋、それ以上でも以下でもなかった。人の気配は無い。
片隅にある大きなチェストを目に、もしや盗まれた物があれなのか? という意識が働いたが、どういう方法でフーケが潜伏しているか分からない以上、迂闊に踏み込むのは躊躇われた。
しばらくの熟考の後、サイトは後方待機している人間に誰もいない、という合図を送った。何かあっても、カイムと自分がいれば、ある程度の危機回避は可能であろうという判断からだ。カイムもそれに同意した上での事である。
慎重にキュルケ達は小屋に近づき、タバサによる罠の有無の確認が成された後、小屋の中へと入り込んでいった。その際、ルイズは見張りの番を申し出、ロングビルは周辺の警戒を買って出ていた。
「怪しいと思ったのは、そこのチェストだよ」
サイトが言うと、タバサはおもむろにそれに近づき、蓋を開いた。
「破壊の杖」
目当ての物は、実にあっけなく発見された。
「え、これで終わり? 確かにそれ、あたしも宝物庫で見たことあるけど……」
「……おい、待てよ、破壊の杖って、そりゃあ……」
あまりに事が簡単に運びすぎている。
破壊の杖を前に、言葉を交わすキュルケとサイトを尻目に、カイムは小屋の外を出た。その時である。目の前に出現した巨大な影に、カイムは目を見張り、ルイズは叫び声を上げた。
「きゃあああああ!」
「…………!!」
ゴーレムだ。昨日に引き続き現れた巨大なゴーレムが、出現と同時に小屋の屋根をその腕で吹き飛ばしていた。
それに真っ先に反応したのはタバサだった。身の丈を超える杖を振るい、魔法による竜巻を繰り出すも、ゴーレム相手にそれはそよ風の如く消え失せた。
続いてキュルケが胸元から取り出した杖を一振りし、メロン程の大きさの火球を撃ち込むも、結果は同じことだった。
「無理よ! こんなの!」
「…………!」
キュルケが叫んだ時、カイムが手にしていた剣を腰に収め、背負っていた鉄塊を構えてゴーレムに斬りかかった。ゴーレムの腕が、一撃の下に粉砕されて地面に散らばる。
「すげぇ!」
サイトが喝采を上げるも、砕けた筈のその腕は周りにある土を取り込み、瞬時に再生して彼等を襲った。
「退却」
タバサの呟きにより、一行は小屋の外を脱出して、ゴーレムから距離を取った。
だが、そんな中で動かぬ者が一人。ルイズは、呪文を唱えてゴーレムにそれをぶつけた。相変わらずの失敗魔法だが、多少の効果はあったらしい。爆発にゴーレムが小揺るぎした。だが、それまでだ。
「馬鹿! さっさと逃げろ!」
「いやよ! わたしがあいつを捕まえれば、今までの汚名返上ができるかもしれないじゃない!」
「んな事言ってる場合か! ってうぉ!?」
言い合いをしている間にも、ゴーレムは容赦なく攻撃を繰り出してくる。しかし、それは鉄塊を携えたカイムによって、間一髪防がれていた。少しでも再生を遅らせようと、キュルケやタバサも呪文を唱えてゴーレムに追撃するも、せいぜいそれらは気休めにしかならない。
「…………!」
「とりあえず下がれ! 頼むから!」
「わたしにだってプライドがあるわ! ここで逃げたらわたしは貴族じゃないのよ! 敵に後ろを見せたら、そうしたらわたしのプライドは……!」
カイムが必死にゴーレムの相手をするも、やはり大きさと再生能力がネックだ。捌き切れず、ゴーレムの足蹴にその身体を吹き飛ばされた。
万事休す。迫り来るゴーレムの足の裏に、サイトが顔を青ざめた時である。
「やれやれ、強情な娘よ。だが、その心意気は我が買ってやろう」
上空から急降下してきたアンヘルが、寸での所で二人をその足に引っ掛けていた。そのままの勢いでアンヘルは上空へ戻ると、隣接して飛行していたシルフィードに目配せし、キュルケとタバサの回収を促した。
「……助かったよ、アンヘル」
「あ、でも、ツェルプストーの使い魔が!」
「あやつなら心配ない」
吹き飛ばされたカイムではあるが、彼自身大したダメージは受けていないらしい。今度はキュルケとタバサを狙いだしたゴーレムを相手に、勇猛果敢に斬りかかり、攻撃を防いでいた。
「きゅい! ご苦労様なのね、あなたも一緒に乗って!」
タバサ達の元へと降りて来たシルフィードは、彼女達を乗せた後カイムに言うのだが、彼はただ首を振るばかりで、乗る意思を見せなかった。
「シルフィードよ! カイムの事なら案ずるでない!」
アンヘルがそう言うと、渋々ではあったが、シルフィードはアンヘルの隣へと二人を乗せたままやって来る。
「きゅい! アンヘルお姉さま、これからどうするつもりなの!?」
「サイト、すまぬがおぬしもカイムと一緒に足止めを頼めぬか?」
「ええ!? 俺にそんな事……」
「出来る。出来るのだ。そこの剣も、そう思っておるだろう?」
アンヘルはサイトに背負われた剣に、声を掛ける。返ってきたのは威勢のいい返事だった。
「当たり前よ! 俺さまを誰だと思ってんだ。相棒! 一丁あのゴーレムをなますにしてやろうじゃねえか!」
「そう言っておるが?」
サイトは少しだけ考える素振りを見せると、ゴーレム相手に戦うカイムの姿を目に、決心した様に頷いた。
「分かった。降ろしてくれ」
「おう、いい返事だ! 相棒!」
「よし、その前に、キュルケよ。我の足からこの娘の方は背に移してやってくれ」
「分かったわ」
キュルケは言われるままに、シルフィードの背から『レビテーション』を唱えると、アンヘルに掴まれてから大人しくしていたルイズをアンヘルの背に移した。
それを確認し、アンヘルは地上付近まで降下すると、足を離してサイトを地に下ろす。
「ほんの暫くでいい、カイムと二人であのゴーレムを。後は我が何とかする」
「ああ」
迷い無く頷き、デルフリンガーを抜き放ったサイトはカイムを追う様に、ゴーレムに近づいてその一撃を足元に炸裂させた。ゴーレムのバランスが僅かだが狂う。
カイムが鉄塊による薙ぎ払いを逆足に放つと、そのバランスの狂いは更に大きな物へと変化した。
上空に戻ったアンヘルは、その光景を眼下に、自身のブレスの威力とその範囲を計算し始める。
「あの場所であれば、そう被害は広がるまい……」
紅蓮の炎が、アンヘルの口元から溢れては零れ出す。
「ちょ、アンヘル? くれぐれも二人には当たらないようにね?」
「わかっておる。ここらで我の本気と言うものを拝ませてやろうではないか」
キュルケの言葉に、若干おどけた様に答えたアンヘルは、再び眼下に目を向けた。
「カイム! 今度は俺が左をやる! あんたは右を!」
「…………!」
即席ながら、カイムとサイトのコンビネーションは冴え渡っていた。的確にゴーレムの再生の間を狙い、その巨体をどんどんと削っていく。右拳を再生しようとすれば、左拳がデルフに斬り落とされ、左足で蹴りを繰り出そうとすれば、鉄塊によってそれを打ち砕かれる。
ゴーレムの方もそのおかげで上空のアンヘルに意識を傾ける余裕が無い様だ。
そうしている間にも、アンヘルはその身に力を漲らせ、灼熱の吐息を漏らす。
完全にゴーレムが両足を崩し、倒れこもうとした瞬間、アンヘルは大きく声を上げた。
「カイム! サイト! その場を離れよ!」
その言葉から一拍を置いて、ゴーレムの胴体程のブレスがアンヘルの口から発射された。
「「凄い……」」
ドラゴンの背に乗る者達は、一様に同じ言葉を漏らす。着弾したアンヘルの火炎弾は、ゴーレムの巨体を爆散させ、跡形も無く消し去っていた。
無論、カイムとサイトがその場を飛びずさって逃げたのを確認済みでの一撃である。
「あれではひとたまりもなかろうよ」
「きゅい! おかわいそうに、なのね!」
アンヘルはそう言って、得意気に頷き、シルフィードは形だけの同情の言葉を漏らした。