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 「医療事故対策は航空機事故対策に見習って、対策をすすめなければなりません。人がおこなうことには必ずミス、ヒューマンエラーが起こるということを前提で仕事の仕組みを見直さないと」とT病院での医局会議で発言される病院長。

 「しかし、航空機事故は免責が前提で事故の詳細が明らかにされますが、医療では免責とはほど遠く、実際のところ限界があるのでは」と内科部長。

 「当院の看護部ではヒヤリとした事象やハッとした事柄を月別で集計しています。そしてそれを分析して未然に防ぐ仕事の仕組みを検討しています。われわれ医師も組織的に取り組んでいただかなければ」と院長の言葉は終わった。当時、T病院でも訴訟トラブルが散見されるようになり、医療安全対策の組織づくりが全国に先駆けて立ち上がろうとしていた。

 その数年前、私も「ヒヤリ」「ハッと」を経験したことを思いだす。大学病院で研修医と共に診療に当たっていたころ、大動脈瘤に対してバイパス手術をした患者さんを研修医と私で担当していた。「昨日のバイパス手術の患者さんですが上室性の不整脈が出ています。キシロカインの投与でいいでしょうか」と研修医の確認の電話が私のもとへ入った。

 「そう、静脈注射用キシロカイン2分の1アンプル用意しておいて、すぐ行くから」と答える私。患者さんが収容されている重症観察室へ行くと注射用のトレイに10%のキシロカインのバイアルとそのバイアルの液を半分吸い出し、いつでも注射できる状態になって用意されている。それを見た瞬間、私は冷や汗が出てきた。「2%のキシロカイン2分の1アンプルですよ!10%だと大変なことに」とその研修医の持つトレイを取り上げ医薬品室へ入った。研修医は何がなんだかわからない様子。

 10%キシロカインを一気に静脈注射すると、多くの場合心停止を誘発する。しかし、リスクマネージメントの概念が欠落していた当時、そのような薬剤が整然と並べられ、医師の口頭での指示で看護師さんが注射を用意してくれる時代。その後、全国で10%キシロカインの医療事故が頻発し、行政指導が徹底されることになったのだ。

 最近レストランで食事を注文すると、必ずウエイトレスは注文を復唱して再確認してくれる。レストランでは注文したものと違う食事が運ばれてきても命にかかわることはまずない。しかし、同じような“うっかりミス”が医療現場やパイロットで起これば惨事につながる。命を預かる業種以外でもうっかりミスで会社がつぶれることもあるだろう。今、あらゆる職場でヒューマンエラーを惨事にしない仕事の仕組みが、求められているのだと思う。

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現在は製薬会社役員である外科医師による医療エッセイ。患者の知らない医師の世界。病院の内側が覗ける、ここだけの話が満載。

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