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【プロ野球】

マー 12K 15勝 4年間の差見せつけた!

2011年9月11日 紙面から

6回表2死三塁、小谷野を空振り三振に打ち取り、雄たけびを上げる田中。後方は斎藤=Kスタ宮城

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◆楽天4−1日本ハム

 2006年夏の甲子園決勝で球史に残る死闘を演じた楽天・田中将大投手(22)と、日本ハム・斎藤佑樹投手(23)がプロで初対決した。結果は5安打1失点、12奪三振で完投し、15勝目をマークした田中に軍配。プロ4年目の貫禄を、同級生のルーキーに見せつけた。

      ◇

 最後のバッター・陽岱鋼を空振り三振に仕留め、リーグトップの10完投を成し遂げた田中に笑顔はまったくなかった。5年前の夏、あの歴史的な甲子園決勝から数えて1846日。きっちりと完封勝利を収めることができれば、斎藤へのリベンジを素直に喜べたかもしれない。だが、筋書き通りにはいかなかった。

 「まあ、悔しいですね。あの時は切り替えるも何もなかった。本当に申し訳ないです。ゼロに抑えて締めたかった」

 完封目前の9回、2死満塁で代打二岡に押し出し四球。スコアボードの最後に「1」が刻まれた。満員札止めの2万809人が詰め掛けるほどの関心の高さは本人も肌身で感じていた。「この投げ合いはプロに入ってからずっと注目され続けてきた。これだけの方々に見に来てもらえて本当に幸せ」と感謝しつつも「最後に締まらないのは僕らしいかな」と苦笑した。

 斎藤と最後に対決したのは2006年10月4日の国体決勝。あれからまもなく5年。プロ4年のキャリアの差は歴然だった。118球を投げ、最速は151キロ。今季7度目の2桁奪三振となる12Kを奪った。「2日前のブルペン投球は最悪の出来だった」と振り返るが、この2日間で体のぶれを修正。大一番ではスライダー、スプリットを駆使。最後の打者となった陽へも、ワンバウンドのスプリットを投げる豪胆ぶりもみせた。

 06年末。当時駒大苫小牧高3年だった田中はプロ4年以内に「通算50勝、年俸1億円」を達成すると宣言した。すでに早大進学を決めていた斎藤が大卒でプロ入りすることを意識してのものだった。4年で通算46勝。一歩及ばなかったものの、昨オフには公約の倍にあたる年俸2億円で更改し、斎藤とのプロ初対決までに勝ち星を60勝にまで増やした。「実績というか、年数も違う。世界が違う」。プロで研さんを積んだ選択を是とした。

 これで防御率、完投数、勝率の“3冠”を守り、2009年以来となる自己最多タイの15勝にも到達した。「チーム一丸となって、つかんだ勝利。シーズンが終わってからかみしめたい」。チームの連敗も3でストップし、悪い流れも断ち切った。 (鶴田真也)

 

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