小宮山提案たばこ1箱700円は妥当な増税
2011年09月11日07時11分
小宮山洋子厚生労働大臣の発言から、たばこ税の増税が話題になっている。喫煙による健康被害は喫煙者が被るのだから自己責任、政府に干渉されたくないと言う論調があるようだ。
この議論はもっともらしいが、健康保険制度、受動喫煙、火災等を考慮すると喫煙は社会悪の面もあるので、個人的な問題には留まらない。ゆえに課税は正当化される。
さらに小宮山厚生労働相の1箱700円に増税と言う「個人的な思い」は、需要の価格弾力性や社会的損失額に一定の仮定をおいて計算ではあるが、妥当な水準にあるようだ。「個人的な思い」と言うよりは、組織的によく検討された数字に思える。復興財源をどうするかと言う問題もあり、たばこ税増税議論はしばらく終息しそうにない。
喫煙で不健康になると、医療費がかかる。そして健康保険制度があるので、社会全体の負担になる。喫煙理由の治療は保険外にすれば良いと言う主張は良く見かけるが、健康被害が顕在化したときに、それが喫煙由来のものか、それ以外の理由によるものかが判別できない。早死にすれば生涯保険料は減ると言う主張は、喫煙者の方が治療費が高いので否定されている(関連記事:喫煙者は早死にするので医療費を減らす?)。
外部不経済も問題だ。副流煙による健康被害は確認されている(16〜30年間受動喫煙を続けると肺がんリスクが1.33〜1.59倍になるそうだ)し、吸殻のぽい捨てや歩きタバコ、たばこの臭いで不愉快な思いをしている人もいる。火の不始末による火災も社会的コストとしてかかっている。自己責任か否かには直接関係ないが、納税者が不健康になって生活保護者になられると、国民経済も悪化する事になる。
習慣性の強いたばこは価格弾力性が低いと認識されている。頻繁に増税・減税があるわけでもないので、価格弾力性を数字で出す事はできないが、近年の喫煙率の減少は増税のタイミングと関係なく続いている(最新たばこ情報|統計情報|成人喫煙率(JT全国喫煙者率調査))。
ただし価格選好が強い中高生は昨年10月のたばこ値上げ以降に禁煙に踏み切ったと報道されており、政策効果が現れているようだ(産経ニュース)。10代や20代前半で喫煙をするか否かが生涯喫煙率を大きく左右すると言われるので、国民の健康促進効果が無いとも言えなくは無い。
増税ではなく禁止してしまえば良いと言う議論もある。しかし禁止にすると密輸などが横行することは、禁酒法時代の米国の経験で分かっている。闇社会の資金源になりかねないし、取り締まり費用もかかるので、たばこ禁止は理屈としては正しいが、現実的に実行ができない。そして喫煙者が社会的費用を支払ってでも喫煙を続行したい場合は、経済学で言うカルドア基準においては、喫煙を認める方が社会的厚生は高いと言う事になる。
タバコによる医療費負担が問題ならば、肥満の原因にも課税すべきだと言う議論もある。ハンガリーではスナック類に課税するそうだ。日本でもそうなるかも知れない。ただし、日本の肥満率は4%で、ハンガリーは19%。社会的なコンセンサスを得られるようになるまでは、もう少し時間がかかるであろう。たばこ税が先行しているのもおかしくはない。
たばこ税で社会的費用を喫煙者に負担させ、もしくはタバコ消費量を抑える事で今より社会的費用を削減する事は、外部不経済の解消として正当化されるであろう。この意味では、税収と社会的損失が等しくなる税率が妥当な税率となる。
国立がんセンター後藤公彦氏の試算では56,000億円、医療経済研究機構(2002)によるとたばこの社会的損失は73,000億円だ。喫煙による社会的損失は長期的影響があるので単年度で比較するのは妥当ではないが、販売本数ピーク時の1996年度は販売本数3,483億本、2010年度は2,102億本の販売数なので、現在でも少なくとも33,796億円程度はあるであろう。
これに対してたばこ税は19,734億円に過ぎないので、現在のたばこ税収入は妥当な水準より少ない可能性が高い。
銘柄は指定されていなかったが、小宮山氏は1箱700円程度にしたいらしい。人気のマイルドセブンは410円(たばこ税は245円)なので、全体で1.7倍の値上げを考えているようだ。
たばこ需要の価格弾力性が問題になるが、政府では-0.33を仮定している(平成22年度第15回税制調査会議事録)ので、販売数量は23%低下する。平成22年度の売上は36,163億円なので、販売数量減と値上幅を考慮した予想売上は47,330億円になる。平成22年度のたばこ会社の収入は16,429億円だったので、これは保障するとしよう。予想税収は30,901億円になる。予想販売数は1611億本程度になるので、健康被害は54%減と見なす。予想社会的損失は30,092億円〜39,228億円となる。
1箱700円は、どうやら妥当な金額なようだ。価格弾力性と喫煙による社会的損失に強い仮定を置いた上での数字なので、そこは留意して欲しい。例えば、増税に負けずに喫煙を続ける人が多く価格弾力性が低いと税金は取りすぎになるし、逆だと課税不足になる。
小宮山厚生労働相の「個人的な思い」を評価しよう。喫煙による健康被害は喫煙者個人に納まらないので、たばこ税自体は正当化される。現在のたばこ税は安すぎる。そして1箱700円は、仮定付だが妥当な金額だ。
前総理の閣僚も驚いた「個人的な思い」よりは、小宮山厚生労働相の「個人的な思い」は随分と現実ラインだと思う人もいるであろうが、禁煙推進議員連盟に所属し、厚生労働関係の研究会に熱心に参加されていたそうなので、裏側の計算は知っているはずだ。つまり、厚生労働省を中心にした組織的な意図がそこにある。
実際のところ、小宮山氏は「厚労省を代表して述べた意見」と断言しているので、本当は閣内不一致なだけであって「個人的な思い」ではない(産経ニュース)。復興財源をどうするかと言う問題もあり、喫煙に関しては否定的な人が大勢である。今後の閣議で取り上げられる事もあるであろう。たばこ税増税議論はしばらく終息しそうにない(関連記事:「たばこ税」に関して知っておくべき10のこと)。
この議論はもっともらしいが、健康保険制度、受動喫煙、火災等を考慮すると喫煙は社会悪の面もあるので、個人的な問題には留まらない。ゆえに課税は正当化される。
さらに小宮山厚生労働相の1箱700円に増税と言う「個人的な思い」は、需要の価格弾力性や社会的損失額に一定の仮定をおいて計算ではあるが、妥当な水準にあるようだ。「個人的な思い」と言うよりは、組織的によく検討された数字に思える。復興財源をどうするかと言う問題もあり、たばこ税増税議論はしばらく終息しそうにない。
1. たばこの社会的コスト
喫煙で不健康になると、医療費がかかる。そして健康保険制度があるので、社会全体の負担になる。喫煙理由の治療は保険外にすれば良いと言う主張は良く見かけるが、健康被害が顕在化したときに、それが喫煙由来のものか、それ以外の理由によるものかが判別できない。早死にすれば生涯保険料は減ると言う主張は、喫煙者の方が治療費が高いので否定されている(関連記事:喫煙者は早死にするので医療費を減らす?)。
外部不経済も問題だ。副流煙による健康被害は確認されている(16〜30年間受動喫煙を続けると肺がんリスクが1.33〜1.59倍になるそうだ)し、吸殻のぽい捨てや歩きタバコ、たばこの臭いで不愉快な思いをしている人もいる。火の不始末による火災も社会的コストとしてかかっている。自己責任か否かには直接関係ないが、納税者が不健康になって生活保護者になられると、国民経済も悪化する事になる。
2. 「健康のために増税」はありえない?
習慣性の強いたばこは価格弾力性が低いと認識されている。頻繁に増税・減税があるわけでもないので、価格弾力性を数字で出す事はできないが、近年の喫煙率の減少は増税のタイミングと関係なく続いている(最新たばこ情報|統計情報|成人喫煙率(JT全国喫煙者率調査))。
ただし価格選好が強い中高生は昨年10月のたばこ値上げ以降に禁煙に踏み切ったと報道されており、政策効果が現れているようだ(産経ニュース)。10代や20代前半で喫煙をするか否かが生涯喫煙率を大きく左右すると言われるので、国民の健康促進効果が無いとも言えなくは無い。
3. たばこ禁止にできない理由
増税ではなく禁止してしまえば良いと言う議論もある。しかし禁止にすると密輸などが横行することは、禁酒法時代の米国の経験で分かっている。闇社会の資金源になりかねないし、取り締まり費用もかかるので、たばこ禁止は理屈としては正しいが、現実的に実行ができない。そして喫煙者が社会的費用を支払ってでも喫煙を続行したい場合は、経済学で言うカルドア基準においては、喫煙を認める方が社会的厚生は高いと言う事になる。
タバコによる医療費負担が問題ならば、肥満の原因にも課税すべきだと言う議論もある。ハンガリーではスナック類に課税するそうだ。日本でもそうなるかも知れない。ただし、日本の肥満率は4%で、ハンガリーは19%。社会的なコンセンサスを得られるようになるまでは、もう少し時間がかかるであろう。たばこ税が先行しているのもおかしくはない。
4. 現在のたばこ税は安すぎる
たばこ税で社会的費用を喫煙者に負担させ、もしくはタバコ消費量を抑える事で今より社会的費用を削減する事は、外部不経済の解消として正当化されるであろう。この意味では、税収と社会的損失が等しくなる税率が妥当な税率となる。
国立がんセンター後藤公彦氏の試算では56,000億円、医療経済研究機構(2002)によるとたばこの社会的損失は73,000億円だ。喫煙による社会的損失は長期的影響があるので単年度で比較するのは妥当ではないが、販売本数ピーク時の1996年度は販売本数3,483億本、2010年度は2,102億本の販売数なので、現在でも少なくとも33,796億円程度はあるであろう。
これに対してたばこ税は19,734億円に過ぎないので、現在のたばこ税収入は妥当な水準より少ない可能性が高い。
5. 1箱700円は妥当な金額か?
銘柄は指定されていなかったが、小宮山氏は1箱700円程度にしたいらしい。人気のマイルドセブンは410円(たばこ税は245円)なので、全体で1.7倍の値上げを考えているようだ。
たばこ需要の価格弾力性が問題になるが、政府では-0.33を仮定している(平成22年度第15回税制調査会議事録)ので、販売数量は23%低下する。平成22年度の売上は36,163億円なので、販売数量減と値上幅を考慮した予想売上は47,330億円になる。平成22年度のたばこ会社の収入は16,429億円だったので、これは保障するとしよう。予想税収は30,901億円になる。予想販売数は1611億本程度になるので、健康被害は54%減と見なす。予想社会的損失は30,092億円〜39,228億円となる。
1箱700円は、どうやら妥当な金額なようだ。価格弾力性と喫煙による社会的損失に強い仮定を置いた上での数字なので、そこは留意して欲しい。例えば、増税に負けずに喫煙を続ける人が多く価格弾力性が低いと税金は取りすぎになるし、逆だと課税不足になる。
6. まとめ
小宮山厚生労働相の「個人的な思い」を評価しよう。喫煙による健康被害は喫煙者個人に納まらないので、たばこ税自体は正当化される。現在のたばこ税は安すぎる。そして1箱700円は、仮定付だが妥当な金額だ。
前総理の閣僚も驚いた「個人的な思い」よりは、小宮山厚生労働相の「個人的な思い」は随分と現実ラインだと思う人もいるであろうが、禁煙推進議員連盟に所属し、厚生労働関係の研究会に熱心に参加されていたそうなので、裏側の計算は知っているはずだ。つまり、厚生労働省を中心にした組織的な意図がそこにある。
実際のところ、小宮山氏は「厚労省を代表して述べた意見」と断言しているので、本当は閣内不一致なだけであって「個人的な思い」ではない(産経ニュース)。復興財源をどうするかと言う問題もあり、喫煙に関しては否定的な人が大勢である。今後の閣議で取り上げられる事もあるであろう。たばこ税増税議論はしばらく終息しそうにない(関連記事:「たばこ税」に関して知っておくべき10のこと)。
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