余録

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余録:大震災半年

 がれきを見つめながら、東京からやってきたボランティアの男性は神妙な顔をしていた。土の中で何かがくすぶっている。そんなにおいが鼻孔から離れないという▲静寂について話すのは埼玉の支援者である。震災から3週間目のころ、障害者の安否確認のため全戸をしらみつぶしに歩いた。新たな遺体が見つかると福祉避難所にも知らせが届いたが、いつも異様に張り詰めた空気が漂う。その静寂の正体が気になった▲理由は、避難所で働いていた地元の福祉職員だった。市役所を訪れた時に被災し、そのまま三日三晩被災者を救援した。家族が車ごと津波にのまれたことは後で知った。幸い妻は助かったが、3歳と1歳の子の行方がわからない。それでも仕事から離れられず、がれきの野に障害者を捜し回った。心中を察してであろう、子どもや遺体の話題になると同僚の誰もが沈黙した▲幼いころから連なる記憶とは違って、悲しみや恐怖に襲われた場面がフラッシュをたいた写真のように残ることがある。細部まで長く消えない「フラッシュバルブ記憶」という。あの日から半年が過ぎた。被災者だけでなく支援に入った人々の脳裏にも焼き付いた記憶がある▲死者と行方不明者は約2万人。今も8万人以上が避難生活をしている。復旧とともに被災地のニーズは刻々と変わる。「もはや職員を派遣するだけでは無理だ」。埼玉の支援者は地元自治体の要請を受け、被災地に相談支援事業所を設立することになった▲あの若い福祉職員も一緒に働く予定だ。まだ1歳の子は見つからないが、酒を飲むと子どものことを少し話すようになったという。

毎日新聞 2011年9月11日 0時03分

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