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2011年9月10日(土)付

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テロ後10年の米国―武力超え、協調の大国へ

 誰も勝者になれない戦争は、いつまで続くのか。

 米国の中枢が襲われた同時多発テロから10年。対テロ戦争はブッシュ前大統領が「米国と共にあるか、テロリストと一緒になるかだ」と始めたが、いまや米国はベトナム戦争に匹敵する大きな痛手を受けている。テロの首謀者オサマ・ビンラディン容疑者は殺害したものの、9%を超える失業率が続く米国には重い疲労感が漂う。

■危うい超大国の座

 「超大国の座を滑り落ちる」という不安と、「これ以上の負担に耐えられない」という悲鳴のはざまで、米国民の心も揺れている。

 首都ワシントン郊外の丘に広がる国立アーリントン墓地の一角。芝生を削った土の上に、名前が刻まれた目印が置かれている。アフガニスタンで戦死した兵士の墓の予定地だ。白い墓石が今後どこまで並ぶのか、まだ誰も分からない。

 開戦以来、米兵は6千人以上が戦死した。負傷者は55万人を超える。負傷兵の医療費などを含む戦費全体で4兆ドル(309兆円)に達するという試算もある。泥沼化する戦争は、米社会をボディーブローのようにむしばんでいる。

 金融バブルに踊った経済も、リーマン・ショック以後は大きく傾いた。11会計年度の財政赤字は1兆3千億ドル(100兆円)に達し、信用の象徴だった米国債が格下げされる屈辱も味わった。「この10年間、われわれは歳入以上に支出してきた」とオバマ大統領も認める。

 米国の行動によって戦場にされた国では、もっと多くの命が失われた。米ブラウン大学ワトソン研究所の推計では、イラクの民間人は12万5千人、アフガニスタンでは1万1700人、パキスタンでも3万5600人にのぼる。

 イラクでは誤算続きの占領政策の末、全土で血で血を洗う宗派争いをもたらした。各派が対立する中、オバマ大統領は「今年末までの米軍撤退」と公約したが、混乱を考えると完全な撤退は無理とみられる。

■失われた多くの命

 アフガニスタンでも、この8月に66人と過去最悪の米兵の犠牲者を出した。来夏までに3万3千人を撤退させる方針だが、その後の見通しは立たない。このまま戦闘を続ける意味を、米国民も見いだせなくなっているのではないか。

 米国の外にも、マドリード、ロンドンなどに無差別テロは拡散した。テロの標的も広がり、8月末にはナイジェリアの国連ビルに爆弾を載せた車が突っ込んで20人を超す犠牲者が出た。国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長は「人助けのために人生をささげた人々に対する襲撃だ」と悲痛な声明を出した。

 オバマ氏はカイロでの演説で「イスラム世界との和解」を提唱して期待を集めた。だが、地上部隊にかわる無人機での攻撃はイエメンやパキスタンなどで拡大している。虐待が明らかになったグアンタナモ収容所も、閉鎖を先送りしたままだ。

 チュニジア、エジプトなどで民衆が強権政治を倒した「アラブの春」でも、米国ははじめ、運動を支持することができなかった。イスラム過激派の台頭を恐れ、独裁だが友好関係にあるサウジアラビアなどに配慮したからだ。

 アラブの民衆が流血の犠牲を払って改革に踏み出したいま、米国も暗い過去を清算して、新たな関係を築かなければならない。とくに、アラブ世界の紛争の根源にあるパレスチナ問題に取り組むことが必須だ。

 その困難を避ける限り、今後も反米過激派が生まれてくる。ビンラディン容疑者も「イスラムの聖地」に米軍が駐留したことへの反感が生んだ鬼子だったことを忘れてはならない。

 米国の単独行動主義は、同盟国との関係もゆがめた。日本は小泉首相がイラク戦争を支持して自衛隊を送った。だが大義なき戦争に同調したことは、日米関係を深いところで傷つけた。

 民主主義の旗手としての米国への共感はすっかり薄れ、「米国追随」という反発を日本国内に呼んだ。

 米国が力を過信し、その価値観を世界に押しつけようとした10年は失敗に終わった。米国は今後も突出した大国だが、世界の一員として新たな役割を見いださなければならない。

 対テロ戦争に疲れた米国内には、対外的な負担から手を引くべきだという声も出ている。米国が各国の事情を認めて協調することは望ましい。

■重い役割変わらず

 だが、大国が自分の地域以外の安定や民主化を求める動きに無関心になれば、世界は混乱しかねない。安定した秩序の軸を失ってはいけない。

 戦争で抑え込むのではなく、価値観が異なる世界に住む人々とも真剣に対話して、テロがない世界の実現を目指す。それが米国のこれからとるべき道だ。

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