タバコと肺がんはほぼ無関係?
2011年09月10日10時16分
定期的にタバコの危険性は疑われているし、租税に関わる問題であるので疑うべきであろうが、それでも武田教授の主張はかなり粗雑な議論となっている。社会調査のデータ分析に慣れていないと騙されやすい論理展開なので、どこが問題なのか簡単に整理をしてみよう。
1. 肺がんの発生率は時代で変わる
肺がんの発生率は、公衆衛生や交通安全、医療技術の進歩、人口構成の変化などの「時代」の影響を受ける。
肺がんは、喫煙の他、遺伝的要素やウイルス疾患、アスベストなどの大気汚染、健康状態などの影響で発生確率が変化する。また死人は肺がんにならないので、戦争や事故や感染症などでの死亡者数が減少すると、肺がん発生率・死亡率は増加する。さらに年齢や性別も影響するため、人口構成が変化しても影響を受ける。
2. 喫煙の長期効果で肺がんになる可能性
生活習慣病なので、喫煙開始後何十年後に肺がんになる長期の効果もありえる。喫煙率が下がっても、以前の喫煙率が現在の肺がん発生率に影響を与えている可能性も否定できない。
3. 単純なグラフの比較は意味が無い
このように喫煙率と肺がん死亡者数に関係がありそうなときも、無さそうなときも、単純なグラフで比較しても意味が無い。他の要因に喫煙の影響が隠されているときも、他の要因の影響が喫煙の影響に見えているときもありえる。数々の要因をコントロールした上で、喫煙と肺がんの関係を見ていく必要がある。つまり統計学の出番になる。
4. 同時代の喫煙者・非喫煙者を比較する
統計学と言っても、学部レベルのシンプルなモノではない。生きた人間の生活を調査するので、実験で他の要因をコントロールできる工学よりは複雑な手法を使う。
「時代」の影響を排除するために、喫煙者と非喫煙者で構成される調査対象は、同年代の人間に揃えておく事も行われる。これはコホート分析と呼ばれており、何十年間も追跡調査を行う事で長期効果も観察する事ができる。
もちろん性別、身体機能、飲酒、肥満指数等もそろえたコホートで比較を行う必要がある。
5. 生存率曲線(罹患率曲線)と検定
疫学調査では、生存率曲線や臨床生命表を作成して、コホート分析をする事が多いようだ。生存率曲線の場合は「肺がんで死亡するまでの日数」を横軸にとり、「生存率」を縦軸にとってプロットされる。
上はDoll, Peto, Wheatley, Gray, and Sutherland(1994)から転載したグラフで、現在の喫煙者(●線)と、喫煙未経験者(○線)の生存率曲線を比較したものだ。半分の人が死亡する年齢で、7.5年の差がある。
●線と○線の違いが統計学的に有意であるかは検定を行う。生存率曲線であればKaplan-Meire法、臨床生命表であればCutler-Ederer法を用いるようだ。
6. コホート分析によると、喫煙の肺がんリスクは大きい
コホート分析の結果で公開されている表があったので参照してみよう。有意性が分からないのだが、気管・気管支・肺がんの発生確率は、現在喫煙中の男性で4.79倍、女性で3.88倍になる。喫煙経験でも3.88倍、3.55倍なので、喫煙によって肺がんリスクは倍増すると言ってよいであろう。他のがんも軒並み危険度があがっているので、肺がん以外にも喫煙者でがんで死ぬ人はかなりいるようだ。
7. 病理学的な証拠もある
複雑な要因が絡み合う疫学的な調査は、分析手法も、分析結果の解釈も注意が必要だ。また喫煙に関しては統計学的な分析だけではなく、病理学な観察でも喫煙の影響は確認されているので、説得力を持つ。以下は良くみかける喫煙者と非喫煙者の肺の写真だが、これとあわせてコホート分析結果を見るので、強い説得力を持つわけだ。
8. まとめ
肺がんの原因は複数存在し、時代の影響を強く受け、長期効果も考えられるので、単純に喫煙・非喫煙で比較分析ができない。同じ出生年などの同時代の観察対象のコホート群を追跡調査し、生存率や罹患率を比較分析する必要がある。武田教授の主張は提示されたグラフからは可能性を述べることができるのかも知れないが、より詳細かつ緻密な分析がある現状からは意味不明としか言いようが無い。
グラフを用いたレトリックは『統計でウソをつく法』でも数多く紹介されているが、人を騙すには有効な手段でもある。武田教授は中部大学教授の肩書きもあるので、ちょっと考えれば意味不明な主張も信じた人もいるかも知れない。武田教授がどのような理由でこのような行為に至ったのかは良く分からないのだが、今後は氏の主張を信じる前には大人の流儀として、その根拠を慎重に検討する事をお勧めする。
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