2006年08月21日

社員の副業禁止規定はどうして存在するのか

 会社員が、会社勤務を続けながら自分でビジネスを立ち上げる週末起業。
 そのとき、問題になるのが、「副業禁止規定」だ。
 きっちり明文化されている企業もある。
 中には、副業に関してはまったく無頓着な企業もあるが、規定が明文化されていなくても、多くは暗黙のうちに制約を受けるのが通常である。

 「社員が、本業をきっちりこなした上で、自分の自由時間に何をしようと自由なはずで、会社に縛られるのはおかしい」という理屈も成り立つ。
 だが、副業は、趣味や暇つぶしのレベルではないからこそ、禁止されるということに気づく必要がある。

 「副業を始めると、本業がおろそかになるから禁止するのだろう」と憶測する者があるが、勘違いだ。
 趣味に熱中するあまり本業がおろそかになってしまう社員もいるではないか。
 家庭内トラブルに心を奪われ、仕事が手につかなくなってしまう社員もいるではないか。
 この理屈だと、会社は社員の趣味にまで制約を設け、家庭内の事情にも関与しなければならなくなる。

 では、副業禁止規定の目的は何か。
 ずばり、社員の不正防止と、機密情報漏洩の防止である。

 事例を紹介しよう。
 ある電気技術系エンジニアの話。
 知人のコネで、いままで電気関係の書籍や雑誌の原稿執筆に協力してきた。
 名前を出さず、ゴーストライターとしてだ。
 そのうち、出版社の方から、単著での出版依頼が来た。
 電気関係の初心者向けの入門書だ。
 これは、自分の余暇として取り組むものではあるが、一応、会社の了解を取っておこうと思って、上司に報告した。
 会社とは直接関係ない内容の本だし、責任については全部自分が負う覚悟であることを伝えた。
 会社側は、条件を提示してきた。
 「勤務時間中に執筆しないこと。原稿を事前に提示しチェックを受けること。受け取った印税の8割を会社に納めること」
 実質、書籍の執筆は副業とみなされ、勝手に取り組むことを禁止されたことになる。
 本人は、会社側の判断に納得がいかないながらも、無駄な争いを避けるため、書籍の執筆は断念した。

 会社員の立場でこの事例を見ると、なんと横暴な会社だろう、と思う。
 しかし、会社の側から見たら、これが当たり前なのだ。
 むしろ、執筆のチャンスを残し、印税の一部を受け取れるよう配慮してくれただけでも、温情ある対応だったといえる。

 このエンジニアは、電気系のエンジニアとして勤務していた。
 知識や経験が豊かなことから、執筆依頼が来たのだろう。
 そこで問題なのが、その知識や経験はいったい誰のものか、ということだ。
 当然、本人が通常業務の中で身につけていったものだ。
 ということは、その知識や経験は、個人のものであると同時に、会社に蓄積された財産でもある。
 エンジニアが、その知識や経験を本にして印税を受け取るという行為は、会社の作った商品を横流しして、売り上げを社員が着服してしまうのと同じなのである。
 会社側がストップをかけるのは当然だろう。

 もちろん、本人にはそんなつもりはない。
 何も会社の機密情報を売り飛ばして儲けようとしているわけではない。
 電気関係の入門書であれば、一般に知られている知識をわかりやすくまとめる程度の話で、会社の機密情報に触れるはずがない。
 だが、外部に公表していい情報といけない情報との線引きは誰がするのか。
 エンジニア個人に任せてしまって大丈夫か。
 本人に悪意がなかったとしても、線引きがあいまいなままでは、歯止めがきかなくなるおそれは常に存在する。
 これは、会社にとってはリスクであり、このリスクを放置するわけにはいかないのである。

 個別の社員が行なう副業内容を細かくチェックして、本業との関係や影響度を調査し続けるのは、会社としては、これだけでも多大なコストだ。
 無用なリスクを避けるために、副業禁止の規定を設けるのは、やむをえないといえるだろう。
 
posted by 平野喜久 at 12:41| Comment(13) | TrackBack(2) | リスクマネジメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
僕はこれは基本的人権に反することだと思います。その優秀な社員は会社へはメリットを与えてきたのだから、執筆によって会社はダメージを受けると考えるのは、企業のありかたとして間違っている。
本が書けるくらいの社員なら、会社に育てられてそこまでなったとは考えにくい。おそらく大学教育の賜物、もしくは本人の個人の努力、才能によるものでしょう。会社がそこまでしてやったと考えるのはずうずうしすぎる、というケースが多いでしょう。むしろ、その社員が会社をこれまで食わせてやったのだから。
本の内容などは見たらわかるから、杓子定規に禁止するのは、本が読めない人のすること。
執筆出版という形で、その会社はむしろ社会へ、奉仕していると考えないといけないと思います。
それを拘束してくるような会社はやめたほうがいいでしょう。企業理念を疑います。
成熟した豊かな社会は、こういう細かいことはいろいろ口出ししないものだと思うけど、いかがでしょう。
私なら絶対に書きます。禁止して妨害してきたら、そのときは仕方なく、ペンネームを使うまでです。そのためにペンネームがあるのですから。
Posted by くもお at 2009年02月04日 10:16
なるほど
大変参考になりました
Posted by 亀男 at 2009年02月04日 10:16
くもおさん、
従業員の知識や経験は、会社から与えられたものだけではなく、個人の努力や才能によって培われたという意見はよくわかります。
ですが、それでも組織の中で働くのであれば、従業員側からの立場だけでなく、会社側からの立場でもこの問題を考える必要があるのではないですか?

あともう一点。基本的人権という概念はあまり簡単に持ち出さないでくださいね。この概念は原則的に国家と国民の話であって私人間では適用されないのですよ。仮に準用があったとしても、どこにでも持ち出せるものではないです。例えば、茶髪を禁じる校則は基本的人権に違反するでしょうか?自分の外見を自分で判断する権利だって認められてもよいのではありませんか? でもくもおさんはそれは認めないと思います。なぜでしょうか?考えてみてください。
Posted by うむ at 2009年02月04日 10:40
確かに個人の能力や努力の賜物、という側面もあるでしょう。しかし、その研究や業務に対する直接的な設備や費用、その結果が出るまでの側面援助的な時間的コストや給与など、会社が負担している部分も多いのではないでしょうか?
その結果が出るまでには、他の人の頑張りによって給与をもらっていることは否定できないでしょう。
確かに、一律に副業を禁止する規定に疑問がないわけではありませんが、かといって人権侵害という発想に基づいて副業に走ってしまって、問題が明るみに出ることの方がもっと問題ではないでしょうか?
成熟した社会、企業であれば個人の努力や会社に対する貢献などを認めた上できちんとした形で評価するようになってほしいという点は当然だと思います。
私は研究や開発にまったく関係のない業種ですので、ズレていたらすみません。
Posted by おっさん at 2009年02月04日 10:49
>くもおさん
例では電気会社が挙がっていますが、これが会社=手品用品の製作・販売会社、私=その会社の営業マン だったらどうでしょう。
手品のタネを明かすのは会社に対して損害を与えると考えられますよね。
では、どのタネは良くて、どのタネはいけないのか?
一つ一つに判断を下していたらキリが無いですね。
だから「原則的には全面的に禁止」なのです。
会社側が自社に損害を与えうるリスクを予防するのは自然なことだと思いませんか。
Posted by at 2009年02月04日 10:51
> くもおさん
例では電気関係の会社が挙がっていますが、これが会社=手品用品の製作・販売、私=その会社の営業マン ではどうなるでしょうか。
手品のタネ明かしをするのは会社にとって損害になり得る行為ですよね。
ではどのタネは公開しても問題なくて、どれが問題になるのか?
一つ一つに判断を下していたらキリが無いですね。
だから「原則全面的に禁止」なのです。
会社側が自社に損害を与えうるリスクを予防・対策するのは自然な事だと思います。

Posted by ザワ at 2009年02月04日 10:59
ここでの副業の話とは、ちょっと異なりますが、
2001年8月、中村修二さんが職務上で発明した「404特許」を巡って元勤務先の日亜化学工業を提訴し、同特許の原告への帰属権確認ないし譲渡対価を巡って係争しました。会社側が和解金を支払うことで終わりました。
研究・開発は、その個人に帰属権がある程度あるようです。
あまり、会社の権利をいうのもなんだかなとの感想を持ちました。

Posted by としさん at 2009年02月04日 11:06
私もとしさんと同じ感想です。
会社の都合や権利だけを考慮すれば、このエントリーの内容は理解できます。
しかし、従業員は会社の所有物ではありませんし、従業員への投資さえすれば、必ず結果が出るものでもありません。
「社員の副業禁止規定はどうして存在するのか」という題目の説明としては良いのですが、この規定がごく当然であるという容認の姿勢には違和感を覚えます。
Posted by ながせ at 2009年02月04日 11:23
 日亜化学と中村氏との特許紛争については、次をご参照いただければと思います。

青色発光ダイオード訴訟が和解
http://hiraki.seesaa.net/article/1549087.html

日亜化学の勝利と見る理由
http://hiraki.seesaa.net/article/1554691.html

リスクチャレンジの対価を評価せよ
http://hiraki.seesaa.net/article/1567012.html
Posted by 管理人 at 2009年02月04日 13:47
会社はだれのものか?
みんなが食えるための集団では?
誰かのがんばりで成り立っている集団。
人材あっての会社だと思う。
もっと優秀な社員を大事に考えたほうがいいと思います。それは差別とかの考えではなく、素直に、みんなを食わしてくれるすぐれた社員を認めてあげるべきなのです。それができないのが日本の社会でもありますが。。。
手品のタネだけで食っているような会社は、そんな理想的なことは通用しないでしょうけど。

Posted by くもお at 2009年02月04日 20:55
会社は誰のものか?

答え:出資者の物(創業者・株主等)

会社は出資者へ利益を生み出す為に存在します。その労働力として従業員がいます。
そしてその従業員には労働力に対し対価が支払われます。

また、一般的に専門職には相応の対価が支払われているでしょう。
みんなを食わしてくれるなんて、随分と上から目線ですね。
雇用主と労働者が50:50であれば対価で相殺ですよね。
無論、労働力に対して対価が少ないともなれば上記にリンクされているような事も有り得ますね。
Posted by 通りすがり at 2009年02月05日 10:19
本を執筆して副業とみなされても、同じ内容を自分のホームページに発表するとしたら副業とは言えないですよね。この違いはどのように解釈したらよいのでしょうか?
Posted by かつお at 2009年02月15日 21:05
たまたま立ち寄りましたが、あまりにも無茶苦茶なことが書いてあるので一言。

>では、副業禁止規定の目的は何か。
>ずばり、社員の不正防止と、機密情報漏洩の防止である。

そう考える会社もあるでしょうが少しずれているように思います。
会社の業務と無関係ならいいのかという突っ込みが来るでしょう。


>「勤務時間中に執筆しないこと。原稿を事前に提示しチェックを受けること。受け取った印税の8割を会社に納めること」

勤務時間中に執筆させないにもかかわらず印税の8割を持って行く会社に対して、

>しかし、会社の側から見たら、これが当たり前なのだ。
> むしろ、執筆のチャンスを残し、印税の一部を受け取れるよう配慮してくれただけでも、温情ある対応だったといえる。

というのは、まるで理解できません。

>エンジニアが、その知識や経験を本にして印税を受け取るという行為は、会社の作った商品を横流しして、売り上げを社員が着服してしまうのと同じなのである。
>会社側がストップをかけるのは当然だろう。

いくら何でも、常軌を逸した考えです。


ここから、私の意見(というか裁判所の判断)を書きます。

企業の副業禁止規定は「原則として」無効です。
退社後の自由時間や休日に働くのは「原則として」本人の自由です。
別に憲法22条で保障される職業選択の自由を持ち出すまでもありません。

では、「原則」が適用されない場合とはどんな場合か?

・タクシー運転手が、非番の日に肉体労働のアルバイトをしたことが会社にばれ、
就業規則違反として懲戒解雇された事例。
判決では、以下のように判示された。
「運転手が、非番とはいえ肉体労働に従事すれば翌日のタクシーの運転に
支障が出ることは当然であり、客の生命を預かるタクシー運転手としては
大変危険な行為である。従って、その限りにおいて副業を禁止した就業規則は有効である。」

・銀行のOLが、アフターファイブに風俗店のホステスをしていることがバレ懲戒解雇された事例。
判決では、以下のように判示された。
「銀行にとって、社会的信用の維持はきわめて重要である。銀行に勤務する女性職員が
アフターファイブとはいえ、風俗店に勤務することは、銀行の社会的信用を毀損する
おそれがあり、その限りにおいて副業を禁止した就業規則は有効である。」

このように、副業禁止規定が有効とされるのは、「その副業」が会社の業務や
信用に大きなマイナスを与えることが確実な場合です。

副業禁止規定の適用を争った裁判事例はたくさんありますが、
サラリーマンが塾の講師をしたり、自宅で軽作業程度の副業をしていた事例など
会社の本業に影響を与えていない限り
副業禁止を規定した就業規則はいずれも「その具体的な副業行為に対して」無効とされています。

Posted by 法務屋 at 2010年08月23日 22:11
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