1944年 9月5日
第501統合戦闘航空団によりガリア共和国が解放される。後日、扶桑ではマロニー空軍大将のコア・コントロールシステムの研究が開始。これを利用して新兵器を作るらしい。桜木中佐と篠原少佐の話をメトリングして知る。
同年 10月1日
ガリア解放の影響かネウロイのウラル攻略が激化。フォグサス、ディアレンドと護衛のスリッドが多数飛来するようになる。重爆の私には戦闘待機命令が続くが、戦闘隊の疲労は目に見える様になる。
同年 11月9日
オラーシャ戦闘隊に護衛されペルミを爆撃するが、効果には疑問が残る。この日、立て続けに7回出撃するも大きな戦果は無し。
同年 12月18日
オラーシャ軍参謀本部よりウラル総攻撃の"NS作戦(National salvation)"が発令される。しかし即日、ハッキネン大佐・桜木中佐・グライエヴァ中佐らが戦力不足を理由に反対し延期。
1945年 1月3日
不足戦力を補う形で扶桑陸戦ウィッチ隊が到着。NS作戦決行まで秒読みに入った模様。
夜空に星が輝き、北の空ではオーロラが舞っているころ、薄暗い部屋では小さな明かりを灯して少女がペンを走らせていた。
「これで…よし」
静かに万年筆を下ろす。
「んー。終ったぁ」
椅子に座ったまま、背中を反らして大きく伸びをする。
「陽子、消灯時間過ぎてるんだから早く寝ないと桜木中佐のあの”笑顔”を見ることになるよ」
「うわっ、早く寝なきゃ!」
この部屋には同居人がいるようで、この少女はどうやら”陽子”と呼ばれているようだ。
「まだ書いてたの?それ」
「うん…私が死んだら親のところに"遺品"としてこれ送れるでしょ?それにこれ…お母さんに貰った大事な物なんだ」
「……」
私は今、この手記を書いている。
母に叩き込まれた速記と、残留思念を読み取る” サイコメトリー”という大して役に立たない固有魔法を使って。
(あーもうこんなに夜遅く…これじゃ明日起きられないじゃんか)
明日はオラーシャ陸軍と共に総攻撃をかけることになっている。それゆえ今日は全員早くから寝ることになっていたのだが…
ブツンッ
いきなり基地内放送のスイッチが入る音がする。それに続いて外よりも冷たい冷酷な声が部屋に響いた。
「緊急事態です!セロフがやられました。ウィッチの皆さんは至急ブリーフィングルームへ」
と、同時にサイレンが鳴り、真夜中にも関わらず基地が慌ただしくなる。
「え、わ!ちょっ」
眠たい目を擦り、私は肩で息をしながらブリーフィングルームに向かった。
白熱電球の黄色ともオレンジとも言える暖かい光に溢れるブリーフィングルームには大勢のウィッチが国、部隊ごとにそろう。もちろん、私も後ろの方にまぎれ込んだ。
全員揃うと、それを見計らったかのように3人のウィッチが入ってきて黒板を背に、私たちと向き合うように並ぶ。
「招集放送の通り、セロフがネウロイ爆撃隊にやられた。これは哨戒ミスだ。責任は我々にある」
真っ先に口を開いたのは3人の中で一番背の高いニコレット・グライエヴァ中佐だ。
グライエヴァ中佐はオラーシャ貴族の出身で、責任感が人一倍強く、影では貴公子と呼ばれてるくらいの容姿をしている。そして唯一、桜木中佐を名前で呼べる人でもある。
「"全機、ただちに出撃し迎撃せよ"と言われているのですがぁ、これはネウロイの陽動作戦と考えられるので全機出撃は見合わせますぅ。今回出撃するのは――」
的確な分析と正確な判断をするこの人は篠原広子少佐。
篠原少佐は14歳にして少佐というとても凄い人なのに、それを鼻にかけない…というか、ただの小心者と言った方が正解な人である。
「――そういうことですから、戦闘隊以外の皆さんは、今晩ゆっくり休息をとって"来週以降"の作戦に備えてください。以上解散!」
テキパキとまとめ上げたこの人こそ扶桑陸軍が誇る歴戦のエース、桜木優菜中佐である。代々陸軍軍人の家に生まれながらも階級に厳しくなく合理的な人で、なおかつ容姿端麗であるため"舞姫"という愛称もあるくらいの人。
(というワケで私の出撃はなかったが…中佐は「来週以降」と言ってた。つまり明日の作戦も延期する気なんだ…)
そう考えていると、後ろから私に襲いかかる影があった。
「良かったー。これでNS作戦も決行されたら死んじゃうね。そうは思わない?陽子」
「きゃっ、えっあ、うん。そうだね」
私に抱きついて来た彼女は、私と同じ第3中隊所属で皇族の百合子。彼女が私のルームメイトである。
「もー脅かさないでよ」
「それに、これで来週まで毎晩は陽子と……フフフ」
「ちょ、ちょっと!」
彼女のせいで私の貞操はいつも脅かされている。
解散後、私達は必要最低限の荷物を持って、自身のストライカーと共に基地地下壕に集められた。ネウロイの陽動目的はこの基地の襲撃にあるという篠原少佐の分析からの判断だ。
地下壕はとても広く、基地勤務者全員が来てもまだまだ余裕が有りそうだ。皆はここに満足しているようだったが、私だけは違った。
灰色の鉄筋コンクリートで塗り固められた、このトンネルの様な空間は堪え難く、全てが冷たく静かな空間は、生も死もない世界のようだったから。
壕の中央付近に通信機が運び込まれてきた。
すると皆が群がり始める。
桜木中佐は普段からインカムをMaxにすることを義務づけていて、戦闘待機のウィッチや地上勤務兵に実況をすることで戦意高揚させていた。
『F4地点、高度3000にて敵編隊確認。機種はフォグサス28、ディアレンド20、護衛のスリッド…は無し』
報告していた隊員とは別の隊員が叫ぶ。
『違う!スリッド直上!突っ込んできます!』
『ブレイク!!オーバー33』
『『了解!』』
私と百合子もそばまで行くと、いきなり敵機発見の第一報が飛び込んで来た。
私は慌てて懐中時計を取り出した。
時刻は0時51分を指している。
扶桑第1中隊の疾風、第2中隊の飛燕迎撃部隊が離陸してからじつに23分後の事だった。
(直上からの奇襲に遭遇、編隊を解いて高度3,300mまで上昇…いつもどおり的確は判断だなぁ)
私はいつも桜木中佐に関心していた。
『"メツールプラツナヴァィ"より"ヤエザクラ"へ。第二波は確認されず。引き続き哨戒は継続する』
『了解』
『メツールプラツナヴァィ』とは"白金の流星"を意味し,
グライエヴァ中佐のことを指す。
これと同様に『ヤエザクラ』は花言葉で"理知に富む・凛々しい"であり、桜木中佐のことを言う。
『岡崎1撃墜』
『猟山2撃墜』
『佐々木1撃墜』
各人の撃墜報告が入るたびに皆が沸き立ち、士気の上昇が手に取るようにわかった。
無論、私達も一緒になって騒いだ。
しかし、これは束の間の出来事だった。
とある言葉を皮切りに地獄が始まったのだ。
『敵、ロケットライン突破!』
突如、桜木中佐の焦った声が通信機から発せられ壕中に響いた。
基地内に一瞬静寂が訪れた――かと思うと皆が一斉に忙しなくなる。
「静かに。落ち着いて!通信急いで!」
ハッキネン大佐が壕の隅に置かれた、壕司令部の通信兵を怒鳴りつける。
「”ターゲットE”より”メツールプラツナヴァィ”へ。敵ロケットラインを突破。至急防空されたし!繰り返す…」
『敵が多すぎる!!』
『2個大隊はいるぞ』
なおも実況されるが誰も聞く余裕はない。
「対空砲火用意!!陸戦ウィッチ隊は爆撃に備えて!!」
ハッキネン大佐は内線に叫ぶ。
私と百合子は壕の隅に、身を寄せ合う様に避難していた。
「…大丈夫かな」
私が意味も無く弱音をはく。
今思うと、どういう意味で言ったのかわからない。
しかし、百合子は花のような笑顔で私を包み込んでくれた。
「私が付いてるから…。私が守ったげる」
私も百合子に抱きついた。
ここで私はあることに気づいた。
(手帳がない!どこかで落したんだ…)
「……」
「どうしたの?」
自分の荷物を漁っている私に百合子が話しかけて来た。
「えっあ、うん。大丈夫だよ」
私はウソをついた。
正直に話せば彼女は、私のために探しに戻りかねないと思ったから。
「そう?私の陽子に何かあったらもう…」
「だからそういう言い方はやm」
ウゥゥウウウウウウウ…
耳をつんざくような音。
空襲警報がなる。
上から幾度どない爆発音、発砲音、それと…悲鳴が聞こえる。
私は必死に耳を押さえた。
しかし音は防空壕の揺れ、体、骨に伝わって”感じられる”。
固有魔法のせいなのか、こういう事に関しては他人よりも敏感なのだ。
(早く、早く、早く…っ!)
私はこの時が早く過ぎるよう必死に願い、そして、意識が遠のいていった。
私が目を覚ますと、目の前には綺麗な青空が広がっていた。
どうやら外で昼寝をしてしまっていたようだ。
日はすでに高く昇り、"暖かく"心地よい風が私を包む。
深く深呼吸をして、雲ひとつない空を見渡す。
さっきまでの事が夢のようだった。
そう、これは夢だったのだ。
少し悪い夢を見ていただけなのだ。
…今でもそうであって欲しい…と願っている。
そんな私は見てしまった。
ボコボコに穴が開いた滑走路。
半壊したハンガー。
跡形も無く消し飛んだ兵器庫。
未だに燃え続けている兵舎。
それと…負傷したウィッチ。
そう私は野外に設置された仮設医務室に横たわっていたのだ。
私はその横たわるウィッチ達の中に、包帯を赤く染めた百合子を見つけた。
「百合子!」
私は駆け寄り、声を荒げて百合子を問いただした。
「…どうして?どうしt」
「こ、これ…」
まるで聞こえていないかのように、百合子は自身のそばに置いてある手帳を力なく指差す。
「え?」
「……これが…無いと…困る…んで…しょ?…だ、から…」
「――っ!」
奈落の底に突き落とされたような感覚が私を襲った。
私の手帳を百合子はわざわざ探しに戻ったのだった。あの爆撃の中…
私が出征する時に母から貰った、この手帳を取りに。
私は…
私は自分を戒めた。
私は恐らく、うわ言かなにかで口にしていたのだろう。
「手帳…」と。
それから私は、憲兵隊によって取り押さえられた。
あまりにも騒ぐので通報されたのだった。
連行される途中、両手を口に当て不安そうな顔をした篠原少佐と、ただ私を見つめる桜木中佐がいた。
あれはまるで…
第1話 とある魔女の北亜戦線 終わり